太平記 巻第二 総平仮名版
P1057
たいへいきくわんだいにもくろく S02
なんとほくれいぎやうがうのこと S0201
そうとろくはらへめしとることつけたりためあきらえいかのこと S0202
さんにんのそうとくわんとうげかうのこと S0203
としもとあつそんふたたびくわんとうげかうのこと S0204
ながさきしんざゑもんのじよういけんのことつけたりくまわかどののこと S0205
としもとちゆうせらるることならびにすけみつがこと S0206
てんがけいのこと S0207
もろかたとうざんのことつけたりからさきのはまかつせんのこと S0208
ぢみやうゐんどのろくはらにごかうのこと S0209
しゆしやうりんかうじつじにあらざるによつてさんもんにぎをへんずることつけたりきしんがこと S02010
P1058
たいへいきくわんだいに
○なんとほくれいぎやうがうのこと S0201
げんとくにねんにぐわつよつか、ぎやうじのべんのべつたうまでのこうぢのちゆうなごんふぢふさのきやうをめされて、「らいぐわちやうか、とうだいじ・こうぶくじぎやうがうあるべし。はやくぐぶのともがらにふれおほすべし」と、おほせいだされければ、ふぢふさ、ふるきをたづね、れいをかんがへて、ぐぶのかうさう、ろじのかうれつをさだめらる。ささきびつちゆうのかみ、ていゐになりて、はしをわたし、しじふはちかしよのかがり、かつちうをたいし、つじつじをかたむ。さんこうきうけいあひしたがひ、はくしせんくわんれつをひく。ごんごだうだんのげんぎなり。
とうだいじとまうすは、しやうむてんわうのごぐわん、えんぶだいいちのるしやなぶつ、こうぶくじとまうすは、たんかいこうのごぐわん、とうじそんそうのだいがらんなれば、だいだいのせいしゆも、みなけちえんのおんこころざしはおはせども、いちにんいでたまふことたやすからざれば、たねんりんかうのぎもなし。このみよにいたつて、たえたるをつぎ、すたれたるをおこして、ほうれんをめぐらしたまひしかば、しゆと、くわんぎのたなごころをあはせ、れいぶつゐとくのひかりをそふ。されば、かすがやまのあらしのおとも、けふよりはばんぜいをよばふかとあやしまれ、きたのふぢなみちよかけて、はなさくはるのかげふかし。
P1059
またおなじきつきにじふしちにちに、ひえいさんにぎやうがうなつて、だいかうだうのくやうあり。かのだうとまうすは、ふかくさのてんわうのごぐわん、だいにちへんぜうのそんざうなり。なかごろざうえいののち、いまだくやうをとげずして、せいざうすでにつもりければ、いらかやぶれては、きりふだんのかうをたき、とぼそおちてはつきじやうぢゆうのともしびをかかぐ。されば、まんざんなげきてとしをふるところに、たちまちにしゆざうのたいこうをとげられ、すみやかにくやうのぎしきをととのへたまひしかば、いつさんまゆをひらき、きうゐんかうべをかたぶけり。みだうしはめうほふゐんのそんちようほつしんわう、じゆぐわんはときのざすおほたふのそんうんほつしんわうにてぞおはしける。しようやうさんぶつのみぎりには、じゆぼうのはなにほひをゆづり、かばいじゆとくのところには、ぎよさんのあらしひびきをそふ。れいりんあつうんのきよくをそうし、ぶどうくわいせつのそでをひるがへせば、はくじうもひきゐまひ、ほうてうもらいぎするばかりなり。すみよしのかんぬし、つもりのくになつ、たいこのやくにて、とうざんしたりけるが、しゆくばうのはしらに、いつしゆのうたをぞかきつけたる。
ちぎりあればこのやまもみつあのくたらさんみやくさんぼだいのたねやうゑけん WN002
これは、でんげうだいしたうざんさうさうのいにしへ、「わがたつそまにみやうがあらせたまへ。」と、さんみやくさんぼだいのほとけたちにいのりたまひしこじをおもうて、よめるうたなるべし。
そもそもげんかういご、しゆうれへ、しんはづかしめられて、てんがさらにやすきときなし。をりふしこそおほかるに、いまなんとほくれいのぎやうがう、えいぐわんなにごとやらんとたづぬれば、きんねんさがみにふだうのふるまひ、ひごろのふぎにてうくわせり。ばんいのともがらは、ぶめいにしたがふものなれば、めすともちよくにおうずべからず。たださんもんなんとのだいしゆをかたらひて、とういをせいばつせられんための、おんはかりごととぞきこえし。これによつて、
P1060
おほたふのにほんしんわうは、ときのくわんじゆにておはせしかども、いまはかうがく、ともにすてはてさせたまひて、てうぼただぶようのおんたしなみのほかはたじなし。おんこのみあるゆゑにやよりけん、はやわざはかうとがけいせふにもこえたれば、しつせきのへいふう、いまだかならずしもたかしともせず、うちものはしばうがひやうほふをえたまへば、いつくわんのひしよつくされずといふことなし。てんだいのざすはじまりて、ぎしんくわしやうよりこのかた、いつぴやくよだい、いまだかかるふしぎのもんしゆはおはしまさず。のちにおもひあはするにこそ、とういせいばつのためにおんみをならはされけるぶげいのみちとはしられたれ。
○そうとろくはらへめしとることつけたりためあきらえいぐわのこと S0202
ことのもれやすきは、わざはひをまねくなかだちなれば、おほたふのみやのおんふるまひ、きんりにてうぶくのほふおこなはるることども、いちいちにくわんとうへきこえてけり。さがみにふだう、おほきにいかりて、「いやいやこのきみのございゐのほどは、てんがしづまるまじ。せんずるところ、きみをばしようきうのれいにまかせて、ゑんごくへうつしたてまつらせ、おほたふのみやをしざいにしよしたてまつるべきなり。まづきんじつ、ことにりようがんにしせきしたてまつつて、たうけをてうぶくしたまふなるほつしようじのゑんくわんしやうにん、をののもんくわんそうじやう、なんとのちけう・けうゑん、じやうどじのちゆうゑんそうじやうをめしとりて、しさいをあひたづぬべし。」と、すでにぶめいをふくみて、にかいだうしもつけのはうぐわん・ながゐのとほたふみのかみににん、くわんとうよりしやうらくす。りやうし、すでにきやうちやくせしかば、「またいかなるあらきさたをかいたさ
P1061
んずらん。」と、しゆしやうしんきんをなやまされけるところに、ごぐわつじふいちにちのあかつき、さいがはやとのすけをつかひにて、ほつしようじのゑんくわんしやうにん・をののもんくわんそうじやう・じやうどじのちゆうゑんそうじやう、さんにんをろくはらへめしとりたてまつる。
このなかに、ちゆうゑんそうじやうは、げんしゆうのせきとくなりしかば、てうぶくのほふおこなひたりといふ、そのにんじゆにはいらざりしかども、これもこのきみにちかづきたてまつつて、さんもんのかうだうくやういげのこと、よろづぢきにまうしさたせられしかば、しゆとよりきのこと、このそうじやうよもぞんぜられぬことはあらじとて、おなじくめしとられたまひにけり。これのみならず、ちけう・けうゑんににんも、なんとよりめしいだされて、おなじくろくはらへいでたまふ。
またにでうのちゆうじやうためあきらのきやうは、かだうのたつしやにて、つきのよ、ゆきのあした、ほうへんのうたあはせのごくわいにめされて、えんにはべることひまなかりしかば、さしたるけんぎのひとにてはなかりしかども、えいりよのおもむきをたづねとはんために、めしとられて、さいとうなにがしに、これをあづけらる。ごにんのそうたちのことは、ぐわんらいくわんとうへめしくだして、さたあるべきことなれば、ろくはらにてたづねきはむるにおよばず。ためあきらのきやうのことにおいては、まづきやうとにてたづねさたありて、はくじやうあらば、くわんとうへちゆうしんすべしとて、けんだんにおほせて、すでにがうもんのさたにおよばんとす。ろくはらのきたのつぼにすみをおこすこと、くわくたうろたんのごとくにして、そのうへにあをだけをわりてしきならべ、すこしひまをあけければ、まうくわほのほをはきてれつれつたり。てうじやくざふしきさうにたちならびて、りやうばうのてをひつぱりて、そのうへをあゆませたてまつら
P1062
んと、したくしたるありさまは、ただしぢゆうごぎやくのざいにんの、せうねつ・だいせうねつのほのほにみをこがし、ごづめづのかしやくにあふらんも、かくこそあらめとおぼえて、みるにもきもはきえぬべし。ためあきらのきやう、これをみたまひて、「すずりやある」とたづねられければ、はくじやうのためかとて、すずりにれうしをとりそへてたてまつりければ、はくじやうにはあらで、いつしゆのうたをぞかかれける。
おもひきやわがしきしまのみちならでうきよのことをとはるべしとは WN003
ときはするがのかみ、このうたをみて、かんたんきもにめいじければ、なみだをながしてことわりにふくす。とうしりやうにんも、これをよみて、もろともにそでをひたしければ、ためあきらはすいくわのせめをのがれて、とがなきひとになりにけり。
しいかはてうていのもてあそぶところ、きゆうばはぶけのたしなむみちなれば、そのならはし、いまだかならずしも、りくぎすきのみちにたづさはらねども、もののたぐひあひかんずること、みなしぜんなれば、このうたいつしゆのかんによつて、がうもんのせめをやめけるとういのしんぢゆうこそやさしけれ。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めにみえぬおにがみをもあはれとおもはせ、をとこをんなのなかをもやはらげ、たけきもののふのこころをもなぐさむるはうたなりと、きのつらゆきがこきんのじよにかきたりしも、ことわりなりとおぼえたり。
○さんにんのそうとくわんとうげかうのこと S0203
P1063
どうねんろくぐわつやうか、とうしさんにんのそうたちをぐそくしたてまつつて、くわんとうにげかうす。
かのちゆうゑんそうじやうとまうすは、じやうどじのじしようそうじやうのもんていとして、じふだいはんだんのとうくわ、いつさんぶさうのせきがくなり。もんくわんそうじやうとまうすは、もとははりまのくにほつけじのぢゆうりよたりしが、さうねんのころよりだいごじにいぢゆうして、しんごんのだいあじやりたりしかば、とうじのちやうじや、だいごのざすにふせられて、ししゆさんみつのとうりやうたり。ゑんくわんしやうにんとまうすは、もとはさんとにておはしけるが、けんみつりやうしゆうのさい、いつさんにひかりあるかとうたがはれ、ちぎやうけんびのほまれ、しよじにひとなきがごとし。しかれども、ひさしくさんもんげうりのふうにしたがはば、じやうまんのはたほこたかうして、つひにてんまのしやうあくのなかにおちぬべし。しかじ、くじやうろんぢやうのせいよをすてて、かうそだいしのきうきにかへらんにはと、ひとたびみやうりのくつばみをかへして、ながくじやくまくのこけのとぼそをとぢたまふ。はじめのほどはさいたふのくろだにといふところにきよをしめて、さんえをかえふのあきのしもにかさね、いつぱつをしようくわのあしたのかぜにまかせたまひけるが、とくこならず、かならずとなりあり、だいみやうひかりをかくさざりければ、つひにごだいせいしゆのこくしとして、さんじゆじやうかいのたいそたり。かかるうちかうかうのそんしゆくたりといへども、ときのわうざいをばのがれたまはぬにや、またぜんぜのしゆくごふにやよりけん、ゑんばんのとらはれとなつて、げきりよのつきにさすらひたまふ。ふしぎなりしことどもなり。
ゑんくわんしやうにんばかりこそ、そういん・ゑんせう・だうしようとて、じよえいずいぎやうのおんでしさんにん、ずいちくして、こしのぜんごにぐぶしけれ。そのほか、もんくわんそうじやう・ちゆうゑんそうじやうにはあひしたがふものいちにんもなくて、あやしげなる
P1064
てんまにのせられて、みなれぬもののふにうちかこまれ、まだよぶかきにとりがなくあづまのたびにいでたまふこころのうちこそあはれなれ。かまくらまでもくだしつけず、みちにてうしなひたてまつるべしなんどきこえしかば、かのしゆくにつきても、いまやかぎり、このやまにやすめば、これやかぎりと、つゆのいのちのあるほども、こころはさきにきえつべし。きのふもすぎ、けふもくれぬとゆくほどに、われとはいそがぬみちなれど、ひかずつもれば、ろくぐわつにじふしにちにかまくらにこそつきにけれ。
ゑんくわんしやうにんをば、さすけのゑちぜんのかみ、もんくわんそうじやうをば、さすけのとほたふみのかみ、ちゆうゑんそうじやうをば、あしかがのさぬきのかみにぞあづけらる。
りやうしきさんして、かのそうたちのほんぞんのかたち、ろだんのやう、ゑづにうつしてちゆうしんす。ぞくじんのみしるべきことならねば、ささめのらいぜんそうじやうをしやうじたてまつつて、これをみせらるるに、「〔もんくわんそうじやうのだんのやう、〕しさいなきてうぶくのほふなり」とまうされければ、「さらばこのそう−たちをがうもんせよ」とて、さぶらひどころにわたして、すいくわのせめをぞいたしける。もんくわんばう、しばしがほどは、いかにとはれけれども、おちたまはざりけるが、すいもんかさなりければ、みもつかれ、こころもよわくなりけるにや、「ちよくぢやうによつて、てうぶくのほふおこなひたりしでう、しさいなし」と、はくじやうせられけり。そののち、ちゆうゑんばうをがうもんせんとす。このそうじやう、てんぜいおくびやうのひとにて、いまだせめざるさきに、しゆしやうさんもんをおんかたらひありしこと、おほたふのみやのおんふるまひ、としもとのいんぼうなんど、ありもあらぬことまでも、のこるところなくはくじやういつくわんにのせられたり。このうへはなにのうたがひかあるべきなれども、どうざいのひとなれば、さしおくべきにあらず、ゑんくわんしやうにん
P1065
をもみやうにちとひたてまつるべきひやうぢやうありける、そのよ、さがみにふだうのゆめに、ひえいさんのひんがしさかもとより、さるどもにさんぜんむらがりきたつて、このしやうにんをしゆごしたてまつるていにて、なみゐたりとみたまふ。ゆめのつげただごとならずとおもはれければ、いまだあけざるにあづかりびとのもとへししやをつかはし、「しやうにんがうもんのことしばらくさしおくべし」とげぢせらるるところに、あづかりびとさえぎつて、さがみにふだうのかたにきたつてまうしけるは、「しやうにんがうもんのこと、このあかつき、すでに、そのさたをいたしさうらはんために、しやうにんのおんかたへまゐつてさうらへば、ともしびをかかげて、くわんぽふぢやうざせられてさうらふ。そのおんかげ、うしろのしやうじにうつりて、ふどうみやうわうのかたちにみえさせたまひさうらひつるあひだ、おどろきぞんじて、まづことのしさいをまうしいれんためにまゐつてさうらふなり」とぞまうしける。むさうといひ、じげんといひ、ただびとにあらずとて、がうもんのさたをやめられけり。
おなじきしちぐわつじふさんにちに、さんにんのそうたち、をんるのざいしよさだまりて、もんくわんそうじやうをばいわうがしま、ちゆうゑんそうじやうをば、ゑちごのくにへながさる。ゑんくわんしやうにんばかりをばをんるいつとうをなだめて、ゆふきかうづけにふだうにあづけられければ、あうしうへぐそくしたてまつり、ちやうどのたびにさすらひたまふ。させん・をんるといはぬばかりなり。ゑんばんのほかにうつされさせたまへば、これもただおなじりよていのおもひにて、でうほふしがけいりくのうちにくるしみ、いちぎやうあじやりのくわらこくにながされしすいしゆくさんかうのかなしみも、かくやとおもひしられたり。なとりがはをすぎさせたまふとて、しやうにん、いつしゆのうたをよみたまふ。
みちのくのうきなとりがはながれきてしづみやはてんせぜのうもれぎ WN004
ときのてんさいをば、だいごんのしやうじやものがれたまはざるにや。むかし、てんぢくのはらなしこくにかいぢやう
P1066
ゑのさんがくをけんびしたまへるひとりのしやもんおはしけり。いつてうのこくしとして、しかいのいらいたりしかば、てんがのひと、きえかつがうせること、あたかもだいしやうせそんのしゆつせじやうだうのごとくなり。あるとき、そのくにのだいわう、ほふゑをおこなふべきことありて、せつかいのだうしに、このしやもんをぞしやうぜられける。しやもんすなはちちよくめいにしたがひて、ほうけつにさんぜらる。みかど、をりふしごをあそばされけるみぎりへ、てんそうまゐつて、しやもんさんだいのよしをそうしまうしけるをあそばしけるごに、おんこころをいれられて、これをきこしめされず。ごのてについて、「きれ」とおほせられけるを、てんそう、ききあやまりて、このしやもんをきれとのちよくぢやうぞとこころえて、きんもんのほかにいだし、すなはちしやもんのかうべをはねてけり。みかど、ごをあそばしはてて、しやもんをおんまへへめされければ、てんごくのくわん、「ちよくぢやうにしたがつてかうべをはねたり」とまうす。みかど、おほきにげきりんあつて、「『かうしさだまりてのち、さんそうす』といへり。しかるを、いちごんのしたにあやまりをおこなうて、ちんがふとくをかさぬ。つみだいぎやくにおなじ」とて、すなはちてんそうをめしいだして、さんぞくのつみにおこなはれけり。さてこのしやもん、つみなくしてしけいにあひたまひぬること、ただごとにあらず、ぜんしやうのしゆくごふにておはすらんと、おぼしめされければ、みかど、そのゆゑをあらかんにとひたまふ。あらかん、なぬかがあひだ、ぢやうにいりて、しゆくみやうつうをえて、くわげんをみたまふに、しやもんのぜんしやうはかうさくをげふとするでんぷなり。みかどのぜんしやうはみづにすむかはづにてぞありける。このでんぷ、すきをとつてはるのやまだをかへしけるとき、あやまりてすきのさきにて、かはづのくびをぞきりたりける。このいんぐわによつて、でんぷはしやもんとうまれ、かはづは、はらなしこくのだいわうとうまれ、あやまりて、またしざいをおこなはれけるこそあはれなれ。されば、このしやうにんも、
P1067
いかなるしゆいんかんくわのりによつてか、かかるふりよのつみにしづみたまひぬらんと、ふしぎなりしことどもなり。
○としもとあつそんふたたびくわんとうげかうのこと S0204
としもとあつそんは、せんねんときのじふらうよりさだがうたれしのちめしとられて、かまくらまでくだりたまひしかどもやうやうにちんじまうされしおもむき、げにもとてしやめんせられたりけるが、またこんどのはくじやうどもに、もつぱらいんぼうのくはたて、かのあつそんにありとのせたりければ、しちぐわつじふいちにちにまたろくはらへめしとられて、くわんとうへおくられたまふ。さいぼんゆるさざるは、はふりやうのさだまるところなれば、なにとちんずるともゆるされじ。ろしにてうしなはるるか、かまくらにてきらるるか、ふたつのあひだをばはなれじとおもひまうけてぞいでられける。
らつくわのゆきにふみまよふ、かたののはるのさくらがり、もみぢのにしきをきてかへる、あらしのやまのあきのくれ、ひとよをあかすほどだにも、たびねとなればものうきに、おんあいのちぎりあさからぬ、わがふるさとのさいしをば、ゆくへもしらずおもひおき、としひさしくもすみなれしきうてうのていとをば、いまをかぎりとかへりみて、おもはぬたびにいでたまふ、こころのうちぞあはれなる。うきをばとめぬあふさかのせきのしみづにそでぬれて、すゑはやまぢを、うちでのはま、おきをはるかにみわたせば、しほならぬうみにこがれゆく、みをうきふねのうきしづみ、こまもとどろとふみならすせたのながはしうちわたり、ゆきかふひとにあふみぢや、よをうねのの
P1068
になくたづも、こをおもふかとあはれなり。しぐれもいたくもりやまの、このしたつゆにそでぬれて、かぜにつゆちるしのはらや、ささわくるみちをすぎゆけば、かがみのやまはありとても、なみだにくもりてみえわかず。ものをおもへば、よのまにも、おいそのもりのしたくさにこまをとどめてかへりみるこきやうをくもやへだつらん。ばんば、さめがゐ、かしはばら、ふはのせきやはあれはてて、なほもるものは、あきのつきのいつかわがみのをはりなる、あつたのやつるぎふしをがみ、しほひにいまやなるみがた、かたぶくつきにみちみえて、あけぬくれぬとゆくみちのすゑはいづくととほたふみ、はまなのはしのゆふしほに、ひくひともなきすてをぶね、しづみはてぬるみにしあれば、たれかあはれとゆふぐれの、いりあひなれば、いまはとて、いけだのしゆくにつきたまふ。げんりやくぐわんねんのころかとよ、しげひらのちゆうじやうの、とういのためにとらはれて、このしゆくにつきたまひしに、「あづまぢのはにふのこやのいぶせきにふるさといかにこひしかるらん WN005」と、ちやうじやのむすめがよみたりし、そのいにしへのあはれまでも、おもひのこさぬなみだなり。りよくわんのともしびかすかにして、けいめいあかつきをもよほせば、ひつばかぜにいばへて、てんりゆうがはをうちわたり、さよのなかやまこえゆけば、はくうんみちをうづみきて、そこともしらぬゆふぐれに、かけいのてんをのぞみても、むかし、さいぎやうほふしが、「いのちなりけり」とえいじつつ、ふたたびこえしあとまでも、うらやましくぞおもはれける。ひまゆくこまのあしはやみ、ひすでにていごにのぼれば、かれひすすむるほどとて、こしをていぜんにかきとどむ。ながえをたたきて、けいごのぶしをちかづけ、しゆくのなをとひたまふに、「きくかはとまうすなり」とこたへければ、しようきうのかつせんのとき、ゐんぜんかきたりしとがによつて、みつちかのきやう、くわんとうへめしくだされしが、このしゆくにてちゆうせられしとき、
P1069
むかしなんやうけんのきくすい、かりうをくんでよはひをのぶ。
いまはとうかいだうのきくかは、せいがんにしゆくしてめいををふ。
とかきたりし、とほきむかしのふでのあと、いまはわがみのうへになり、あはれやいとどまさりけん。いつしゆのうたをえいじて、やどのはしらにぞかかれける。
いにしへもかかるためしをきくかはのおなじながれにみをやしづめん WN006
おほゐがはをすぎたまへば、みやこにありしなをききて、かめやまどののぎやうがうの、あらしのやまのはなざかり、りようとうげきしゆのふねにのり、しいかくわんげんのえんにはべりしことも、いまはふたたびみぬよのゆめとなりぬと、おもひつづけたまふ。しまだ、ふぢえだにかかりて、をかべのまくずうらがれて、ものがなしきゆふぐれに、うつのやまべをこえゆけば、つたかへで、いとしげりて、みちもなし。むかし、なりひらのちゆうじやうの、すみどころをもとむとて、あづまのかたにくだるとて、「ゆめにもひとにあはぬなりけり」とよみたりしも、かくやとおもひしられたり。きよみがたをすぎたまへば、みやこにかへるゆめをさへ、とほさぬなみのせきもりに、いとどなみだをもよほされ、むかひはいづこみほがさき、おきつ、かんばらうちすぎて、ふじのたかねをみたまへば、ゆきのうちよりたつけぶり、うへなきおもひにくらべつつ、あくるかすみにまつみえて、うきしまがはらをすぎゆけば、しほひやあさきふねうきて、おりたつたごのみづからも、うきよをめぐるくるまがへし、たけのしたみちゆきなやむ、あしがらやまのたうげより、おほいそこいそみおろして、そでにもなみはこゆるぎの、いそぐとしもはなけれどもひかずつもれば、しちぐわつにじふろくにちのくれほどに、かまくらにこそつきたまひけれ。
P1070
そのひやがて、なんでうのさゑもんたかなほ、うけとりたてまつつて、すはのさゑもんにあづけらる。ひとまなるところにくもできびしくゆうて、おしこめたてまつるありさま、ただぢごくのざいにんの、じふわうのちやうにわたされて、くびかせてかせをいれられ、つみのきやうぢゆうをただすらんも、かくやとおもひしられたり。
○ながさきしんざゑもんのじよういけんのことつけたりくまわかどののこと S0205
たうぎん、ごむほんのこと、ろけんののち、おんくらゐは、やがてぢみやうゐんどのへぞまゐらんずらんと、きんじゆのひとびと、あをにようばうにいたるまで、よろこびあへるところに、ときがうたれしのちも、かつてそのさたもなし。いままた、としもとめしくだされぬれども、おんくらゐのことについては、いかなるさたありともきこえざりければ、ぢみやうゐんどのがたのひとびと、あんにさうゐして、ごいをうたふもののみおほかりけり。
されば、とかくまうしまゐらするひとのありけるにや、ぢみやうゐんどのよりないないくわんとうへおんつかひをくだされ、「たうぎんごむほんのくはたて、きんじつことすでにきふなり。ぶけすみやかにきうめいのさたなくば、てんがのらんちかきにあるべし」とおほせられたりければ、さがみにふだう、「げにも」とおどろきて、むねとのいちもん・ならびにとうにん・ひやうぢやうしゆをあつめて、「このこといかがあるべき」と、おのおのしよぞんをとはる。しかれども、あるいはたにゆづりてくちをとぢ、あるいはおのれをかへりみて、ことばをいださざるところに、しつしながさきにふだうがしそく、しんざゑもんのじようたかすけ、すすみいでてまうしけるは、「せんねん、ときのじふらうがうたれしとき、たうぎんのおんくらゐをあらためまうさ
P1071
るべかりしを、てうけんにはばかりて、ごさたゆるかりしによつて、このことなほいまだやまず。らんをはらつてちをいたすは、ぶのいつとくなり。すみやかにたうぎんををんごくにうつしまゐらせ、おほたふのみやをふへんのをんるにしよしたてまつり、としもと・すけともいげのらんしんを、いちいちにちゆうせらるるよりほかは、べちぎあるべしともそんじさうらはず」と、はばかるところなくまうしけるを、にかいだうではのにふだうだううん、しばらくしあんしてまうしけるは、「このぎ、もつともしかるべくきこえさうらへども、しりぞきてぐあんをめぐらすに、ぶけけんをとりて、すでにひやくろくじふよねん、ゐ、しかいにおよび、うん、るいえふをかかやかすこと、さらにたじなし。ただ、かみ、いちにんをあふぎたてまつつて、ちゆうていにわたくしなく、しも、はくせいをなでて、じんせいにほどこしあるゆゑなり。しかるに、いま、きみのちようしんいちりやうにんめしおかれ、ごきえのかうそうりやうさんにんるざいにしよせらるることも、ぶしんあくぎやうのせんいつといひつべし。このうへに、またしゆしやうをゑんしよへうつしまゐらせ、てんだいのざすをるざいにおこなはれんこと、てんだうおごりをにくむのみならず、さんもん、いかでかいきどほりをふくまざるべき。かみいかり、ひとそむかば、ぶうんのあやふきにちかかるべし。「きみ、きみたらずといへども、しんもつて、しんたらずはあるべからず」といへり。ごむほんのこと、きみたとひおぼしめしたつとも、ぶゐさかりならんほどは、くみしまうすものあるべからず。これにつけても、ぶけいよいよつつしみて、ちよくめいにおうぜば、きみも、などかおぼしめしなほすことなからん。かくてぞ、こつかのたいへい、ぶうんのちやうきうにてさうらはんとぞんずるは、めんめんいかがおぼしめしさうらふ」とまうしけるを、ながさきしんざゑもんのじよう、またじよのいけんをもまたず、もつてのほかにきしよくをそんじて、かさねてまうしけるは、「ぶんぶのおもむきひとつなりといへども、ようしやときことなるべし。しづかなるよには、ぶんをもつていよいよをさめ、みだれたるときには、ぶをもつてきふにしづむ。
P1072
かるがゆゑにせんごくのときにはこうまうもちゐるにたらず、たいへいのよにはかんくわもちゐることなきににたり。ことすでにきふにあたりたり。ぶをもつてをさむべきなり。いてうには、ぶんわう・ぶわうしんとしてぶだうのきみをうちしれいあり。わがてうには、よしとき・やすとき、しもとして、ふぜんのしゆをながすれいあり。よみなここをもつてあたれりとす。されば、こてんにも、「きみ、しんをみること、どかいのごとくなるときは、すなはちしん、きみをみること、こうしうのごとし」といへり。ことちやうたいして、ぶけついばつのせんじをくだされなば、こうくわいすともえきあるべからず。ただすみやかにきみををんごくにうつしまゐらせ、おほたふのみやをいわうがしまへながしたてまつり、いんぼうのげきしんすけとも・としもとをちゆうせらるるよりほかのことあるべからず。ぶけのあんたいばんせいにおよぶべしとこそそんじさうらへ」と、ゐたけだかになりてまうしけるあひだ、たうざのとうにん、ひやうぢやうしゆ、けんせいにやおもねりけん、またぐあんにやおちけん、みなこのぎにどうじければ、だううんさいわうのちゆうげんにおよばず、まゆをひそめてたいしゆつす。
さるほどに「きみのごむほんをまうしすすめけるは、げんちゆうなごんともゆき、うせうべんとしもと、ひののちゆうなごんすけともなり。おのおのしざいにおこなはるべし」とひやうぢやういちづにさだまりて、「まづきよねんよりさどのくにへながされておはするすけとものきやうをきりたてまつるべし」と、そのくにのしゆごほんまやましろにふだうにげぢせらる。このこと、きやうとにきこえければ、このすけとも〔のきやう〕のしそく、くにみつのちゆうなごん、そのころは、くまわかどのとて、としじふさんにておはしけるが、ちちのきやう、めしうどになりたまひしより、にんわじへんにかくれてゐられけるが、ちちちゆうせられたまふべきよしをききて、「いまはなにごとにかいのちををしむべき。ちちとともにきら
P1073
れて、めいどのたびのともをもし、またさいごのおんありさまをもみたてまつるべし」とて、ははにおんいとまをぞこはれける。ははご、しきりにいさめて「さどとやらんは、ひともかよはぬ、おそろしきしまとこそきこゆれ。ひかずをふるみちなれば、いかんとしてかくだるべき。そのうへ、なんぢにさへはなれては、ひとひかたときもいのちながらふべしともおぼえず」と、なきかなしみてとめければ、「よしや、ともなひゆくひとなくば、いかなるふちせにもみをなげてしなん」とまうしけるあひだ、ははいたくとめば、まためのまへにうきわかれもありぬべしとおもひわびて、ちからなく、いままでただいちにんつきそひたるちゆうげんをあひそへられて、はるばるとさどのくにへぞくだしける。みちとほけれども、のるべきむまもなければ、はきもならはぬわらうづに、すげのをがさをかたぶけて、つゆわけわくるこしぢのたび、おもひやるこそあはれなれ。
みやこをいでてじふさんにちとまうすに、ゑちぜんのつるがのつにつきにけり。これよりあきんどぶねにのりて、ほどなくさどのくにへぞつきにける。ひとしてかくといふべきたよりもなければ、みづからほんまがたちにいたつて、ちゆうもんのまへにぞたつたりける。をりふしそうのありけるがたちいでて、「このうちへのごようにておんたちさうらふか。またいかなるようにてさうらふぞ」ととひければ、くまわかどの、「これはひののちゆうなごんのいつしにてさうらふが、このころきられさせたまふべしとうけたまはつて、そのさいごのやうをもみさうらはんために、みやこよりはるばるとたづねくだりてさうらふ」といひもあへず、なみだをはらはらとながしければ、このそう、こころありけるひとなりければ、いそぎ、このよしをほんまにかたるに、ほんまもいはきならねば、さすがあはれにやおもひけん、やがてこのそうをもつて、ぢぶつだうへいざなひいれて、たびはばきとかせ、あしあらはせて、おろそかなら
P1074
ぬていにてぞおきたりける。くまわかどの、これをうれしとおもふにつけても、「おなじくは、ちちのきやうをとくみたてまつらばや」といひけれども、けふあすきらるべきひとに、これをみせては、なかなかよみぢのさはりともなりぬべし。また、くわんとうのきこえもいかがあらんずらんとて、ふしのたいめんをゆるさず、しごちやうへだてたるところにおきたれば、ちちのきやうは、これをきいて、ゆくへもしらぬみやこにいかがあるらんと、おもひやるよりもなほかなし。こは、そのかたをみやりて、なみぢはるかにへだたりしひなのすまゐをおもひやりて、おもひつるなみだは、さらにかずならず」と、たもとのかわくひまもなし。これこそちゆうなごんのおはしますらうのうちよとて、みやれば、たけのひとむらしげりたるところにほりほりまはし、へいぬりて、ゆきかよふひともまれなり。なさけなのほんまがこころや、ちちはきんろうせられ、こはいまだいときなし、たとひいつしよにおきたりとも、なにほどのふゐかあるべきに、たいめんをだにゆるさで、まだおなじよのなかながら、しやうをへだてたるごとくにて、なからんのちのこけのした、おもひねにみんゆめならでは、あひみんこともありがたしと、たがひにかなしむおんあいの、ふしのみちこそあはれなれ。
ごぐわつにじふくにちのくれほどに、すけとものきやうをらうよりいだしたてまつつて、「はるかにおんゆもめされさうらはぬに、おんぎやうずいさうらへ」とまうせば、はやきらるべきときになりけりとおもひたまひて、「ああうたてしきことかな。わがさいごのやうをみんために、はるばるとたづねくだりたるをさなきものを、ひとめもみずしてはてぬることよ」とばかりのたまひて、そののちはかつてしよじにつけてことばをもいだしたまはず。けさまではきしよくしをれて、つねにはなみだをおしぬぐひたまひけるが、にんげんのことにおいては、づねんをはらふごとくになりぬと
P1075
さとりて、ただめんみつのくふうのほかは、よねんありともみえたまはず。よにいれば、こしさしよせてのせたてまつり、ここよりじつちやうばかりあるかはらへいだしたてまつり、こしかきすゑたれば、すこしもおくしたるきしよくもなく、しきがはのうへにゐなほりて、じせいのじゆをかきたまふ。
ごうんかりにかたちをなし 。しだいいまくうにきす 。
かうべをもつてはくじんにあつ 。せつだんいちぢんのふう JN007
ねんがうつきひのしたに、みやうじをかきつけて、ふでをさしおきたまへば、きりてうしろへまはるとぞみえし、おんくびはしきがはのうへにおちて、むくろはなほざせるがごとし。このほどつねにほふだんなんどしたまひけるそうきたつて、さうれいかたのごとくとりいとなみ、むなしきこつをひろひてくまわかにたてまつりければ、くまわか、これをひとめみて、とるてもたゆくたふれふし、「こんじやうのたいめんつひにかなはずして、かはれるはつこつをみることよ」と、なきかなしむもことわりなり。くまわかいまだえうちなれども、けなげなるしよぞんありければ、ちちのゆいこつをば、ただいちにんめしつかひけるちゆうげんにもたせて、「まづわれよりさきにかうやさんにまゐつて、おくのゐんとかやにをさめよ」とて、みやこへかへしのぼせ、わが+みはいたはることあるよしにて、なほ、ほんまがたちにぞとどまりける。これは、ほんまがなさけなくちちをこんじやうにてわれにみせざりつる、うつぽんをさんぜんとおもふゆゑなり。かくてしごにちへけるほどに、くまわか、ひるはやむよしにてひねもすにふし、よるはしのびやかにぬけいでて、ほんまがねどころなんどこまごまにうかがひて、ひまあらば、かのにふだうふしがあひだに、いちにんさしころして、はらきらんずるものをと、おもひさだめてぞねらひける、ある+よあめかぜはげしくふきて、ばんするらうどうどもも、みなとほさぶらひ
P1076
にふしたりければ、いまこそまつところのさいはひよとおもひて、ほんまがねどころのかたをしのびてうかがふに、ほんまがうんやつよかりけん、こんやはつねのねどころをかへて、いづくにありともみえず。またふたまなるところに、ともしびのかげのみえけるを、これはもしほんまにふだうがしそくにてやあるらん。それなりともうつて、うらみをさんぜんとぬけいりて、これをみるに、それさへここにはなくして、ちゆうなごんどのをきりたてまつりしほんまさぶらうといふものぞ、ただいちにんふしたりける。よしやこれも、ときにとつてはおやのかたきなり。やましろにふだうにおとるまじとおもひて、はしりかからんとするに、われはもとよりたちもかたなももたず。ただひとのたちをわがものとたのみたるに、ともしびことにあきらかなれば、たちよらば、やがておどろきあふこともやあらんずらんとあやしみて、さうなくよりえず。いかがせんとあんじわづらひてたつたるに、をりふしなつなれば、ともしびのかげをみて、がといふむしの、あまたあかりしやうじにとりつきたるを、すはやくつきやうのことこそあれとおもひて、しやうじをすこしひきあけたれば、このむしあまたうちへいりて、やがてともしびをうちけしぬ。いまはかうとうれしくて、ほんまさぶらうがまくらにたちよりてさぐるに、たちもかたなもまくらにありて、ぬしはいたくねいりたり。まづかたなをとつてこしにさし、たちをぬきて、むなもとにさしあてて、ね〔−いり〕たるものをころすは、しにんにおなじければ、おどろかさんとおもひて、まづあしにてまくらをはたとぞけたりける。けられておどろくところを、いちのたちにほぞのうへを、たたみまでつとつきとほし、かへすたちに、のどぶえさしきつて、こころしづかにうしろのたけはらのなかへぞかくれける。ほんまさぶらうが、いちのたちにむねをとほされて、「あつ」といふこゑに、ばんしゆどもおどろきさわぎて、ひをともして、これをみるに、ちのつきたる
P1077
ちひさきあしあとあり。「さてはくまわかどののしわざなり。ほりのみづふかければ、きどよりほかへはよもいでじ。さがしいだしてうちころせ」とて、てんでにたいまつをとぼし、このした、くさのかげまでのこるところなくぞさがしける。くまわかは、たけはらのなかにかくれながら、いまはいづくへかのがるべき。ひとでにかからんよりは、じがいをせばやとおもはれけるが、にくしとおもふおやのかたきをばうつ、いまはいかにもしていのちをまつたうして、きみのごようにもたち、ちちのそいをもたつしたらんこそ、ちゆうしん・けうしのぎにてもあらんずれ。もしやと、ひとまどおちてみばやとおもひかへして、ほりをとびこえんとしけるが、くちにぢやう、ふかさいちぢやうにあまりたるほりなれば、こゆべきやうもなかりけり。さらば、これをはしにしてわたらんよとおもひて、ほりのうへにすゑなびきたるくれたけのこずゑへ、さらさらとのぼりたれば、たけのすゑ、ほりのむかひへなびきふして、やすやすとほりをばこえてけり。よはいまだふかし、みなとのかたへゆきて、ふねにのりてこそくがへはつかめとおもひて、たどるたどるうらのかたへゆくほどに、よもはやしだいにあけはなれて、しのぶべきみちもなければ、みをかくさんとてひをくらし、あさやよもぎのおひしげりたるなかに、かくれゐたれば、おひてどもとおぼしきものども、ひやくしごじつきはせちりて、「もしじふにさんばかりなる、ちごやとほりつる」と、みちにゆきあふひとごとに、とふこゑしてぞすぎゆきける。くまわか、そのひはあさのなかにてひをくらし、よになればみなとへとこころざして、そこともしらずゆくほどに、かうかうのこころざしをかんじて、ぶつじんおうごのまなじりをやめぐらされけん、としおいたるやまぶしいちにんゆきあひたり。このちごのありさまをみて、いたはしくやおもひけん、「これはいづくよりいづくをさし
P1078
て、おんわたりさうらふぞ」ととひければ、くまわか、ことのやうをありのままにぞかたりける。やまぶし、これをききて、われ、このひとをたすけずば、ただいまのほどにかはゆきめをみるべしとおもひければ、「おんこころやすくおぼしめされさうらへ。みなとにあきんどぶねどもおほくさうらへば、のせたてまつつて、ゑちご・ゑつちゆうのかたまで、おけりつけまゐらすべし」といひて、あしたゆめば、このちごをかたにのせ、せなかにおひて、ほどなくみなとにぞゆきつきける。よあけて、「びんせんやある」とたづねけるに、をりふしみなとのうちに、ふねいつさうもなかりけり。いかがせんともとむるところに、はるかのおきにのりうかべたるたいせん、じゆんぷうになりぬとみて、ほばしらをたて〔て〕とまをまく。やまぶしてをあげて、「そのふねこれへよせてたびたまへ。びんせんまうさん」とよばはりけれども、かつてみみにもききいれず、ふなびとこゑをほにあげて、みなとのほかにこぎいだす。やまぶし、おほきにはらをたてて、かきのころものつゆをむすびてかたにかけ、おきゆくふねにたちむかつて、いらだかじゆずをさらさらとおしもみて、「いちぢひみつじゆ、しやうじやうにかご、ぶじしゆぎやうじや、ゆによばかぼんといへり。いはんやたねんのごんぎやうにおいてをや。みやうわうのほんぜいあやまらずば、ごんげん・こんがうどうじ・てんりゆうやしや・はちだいりゆうわう、そのふね、こなたへこぎかへしてたばせたまへ」と、をどりあがりをどりあがり、かんたんをくだきてぞいのりける。ぎやうじやのいのり、しんにつうじて、みやうわうおうごやしたまひけん、おきのかたよりにはかにあくふうふききたつて、このふねたちまちにくつがへらんとしけるあひだ、ふなびとどもあわてて、「やまぶしのごばう、まづわれらをおんたすけさうらへ」と、てをあはせ、ひざをかがめて、てんでにふねをこぎもどす。みぎはちかくなりければ、せんどうふねよりとびおりて、ちごをかたにのせ、やまぶしのてをひきて、やかたのうちにいりたれば、かぜはまたもとの
P1079
ごとくになほりて、ふねはみなとをいでにけり。そののちおひてども、ひやくしごじつきはせきたり。とほあさにむまをひかへて、「あのふねとまれ」とまねけども、ふなびと、これをみぬよしにて、じゆんぷうにほをあげたれば、ふねはそのひのくれほどに、ゑちごのこふにぞつきにける。くまわか、やまぶしにたすけられて、わにのくちのしをのがれしも、みやうわうかごのおんちかひ、けつえんなりけるしるしなり。
○としもとちゆうせらるることならびにすけみつがこと S0206
としもとあつそんは、ことさらむほんのちやうぼんなれば、をんごくにながすまでもあるべからず、きんじつにかまくらぢゆうにてきりたてまつるべしとぞさだめられたる。このひと、たねんのしよぐわんありて、ほつけきやうをろつぴやくぶみづからどくじゆしたてまつるが、いまにひやくぶのこりけるを、「ろつぴやくぶにみてるほどのいのちをあひまたれさうらひて、そののちともかくもなされさうらへ」としきりにしよまうありければ、「げにもそれほどのたいぐわんをはたさせたてまつらざらんもつみなり」とて、いまにひやくぶのをはるほど、わづかのひかずをまちくらす、いのちのほどこそあはれなれ。
このあつそんのたねんめしつかひけるせいしに、ごとうさゑもんのじようすけみつといふものあり。しゆうのとしもとめしとられたまひしのち、きたのかたにつきまゐらせ、さがのおくにしのびてさうらひけるが、としもと、くわんとうへめしくだされたまふよしをききたまひて、きたのかたは、たへぬおもひにふししづみて、なげきかなしみたまひけるをみたてまつるに、かなしみにたへずして、きたのかたのおんふみをたまはつて、すけみつ、しのびてかまくらへぞくだりける。
P1080
けふあすのほどときこえしかば、いまははやきられもやしたまひつらんと、ゆきあふひとにことのよしをとひとひ、ほどなくかまくらにこそつきにけれ。うせうべんとしもとのおはするあたりにやどをかりて、いかなるたよりもがな、ことのしさいをまうしいれんとうかがひけれども、かなはずしてひをすぐしけるところに、「けふこそ、きやうとよりのめしうどは、きられたまふべきなれ。あなあはれや」なんどさたしければ、すけみつ、こはいかがせんときもをけし、ここかしこにたちてけんもんしければ、としもと、すでにはりごしにのせられて、けはひざかへいでたまふ。ここにてくどうじらうざゑもんのじよううけとりて、かづらはらがをかにおほまくひいて、しきがはのうへにざしたまへり。これをみけるすけみつがこころのうち、たとへていはんかたもなし。めくれあしもなえて、たえいるばかりにありけれども、なくなくくどうどのがまへにすすみいでて、「これはうせうべんどののしこうのものにてさうらふが、さいごのやうみたてまつりさうらはんために、はるばるとまゐりさうらふ。しかるべくはごめんをかうぶりておんまへにまゐり、きたのかたのおんふみをもげんざんにいれさうらはん」とまうしもあへず、なみだをはらはらとながしければ、くどうもみるにあはれをもよほされて、ふかくのなみだせきあへず。「しさいさうらふまじ。はやまくのうちへおんまゐりさうらへ」とぞゆるしける。すけみつまくのうちにいりて、おんまへにひざまづく。としもとはすけみつをうちみて、「いかにや」とばかりのたまひて、やがてなみだにむせびたまふ。すけみつも、「きたのかたのおんふみにてさうらふ」とて、おんまへにさしおきたるばかりにて、これもなみだにくれて、かほをももちあげずなきゐたり。ややしばらくありて、としもと、なみだをおしのごひ、ふみをみたまへば、「きえかかるつゆのみのおきどころなきにつけても、いかなるくれにか、なきよのわかれとうけたまはりさうらはんずらんと、こころを
P1081
くだくなみだのほど、おんおしはかりもなほあさくなむ」と、ことばにあまりておもひのいろふかく、くろみすぐるまでかかれたり。としもと、いとどなみだにくれて、よみかねたまへるけしき、みるひとそでをぬらさぬはなかりけり。「すずりやある」とのたまへば、やたてをおんまへにさしおけば、すずりのなかなるこがたなにて、びんのかみをすこしおしきりて、きたのかたのふみにまきそへ、ひきかへしひとふでかきて、すけみつがてにわたしたまへば、すけみつ、ふところにいれてなきしづみたるありさま、ことわりにもすぎてあはれなり。くどうさゑもん、まくのうちにいりて、「あまりにときのうつりさうらふ」とすすむれば、としもと、たたうがみをとりいだし、くびのまはりおしのごひ、そのかみをおしひらきて、じせいのじゆをかきたまふ。
こらいいつく しもなくしやうもなし 。ばんりくもつきて ちやうかうみづきよし JN008
ふでをさしおきて、びんのかみをなでたまふほどこそあれ、たちかげうしろにひかれば、くびはまへに〔ぞ〕おちけるを、みづからかかへてふしたまふ。これをみたてまつるすけみつがこころのうち、たとへていはんかたもなし。さてなくなくしがいをさうしたてまつり、むなしきゆいこつをくびにかけ、かたみのおんふみみにそへて、なくなくきやうへぞのぼりける。
きたのかたは、すけみつをまちつけて、べんどののゆくへをきかんことのうれしさに、ひとめもはばからずすだれよりそとにいでむかひ、「いかにや、べんのとのはいつごろにおんのぼりあるべきとのおんぺんじぞ」ととひたまへば、すけみつ、はらはらとなみだをこぼして、「はやきられさせたまひてさうらふ。これこそいまはのきはのおんかへりごとにてさうらへ」とて、びんのかみとせうそくとをさしあげて、こゑもをしまずなきければ、きたのかた
P1082
は、かたみのふみとはつこつをみたまひて、うちへもいりたまはず、えんにたふれふし、きえいりたまひぬとおどろくほどにみえたまふ。ことわりなるかな、いちじゆのかげにやどり、いちがのながれをくむほども、しれずしらぬひとにだに、わかれとなればなごりををしむならひなるに、いはんやれんりのちぎりあさからずして、ととせあまりになりぬるに、ゆめよりほかはまたもあひみぬ、このよのほかのわかれとききて、たえいりかなしみたまふぞことわりなる。しじふくにちとまうすに、かたのごとくのぶつじいとなみて、きたのかた、さまをかへ、こきすみぞめにみをやつし、しばのとぼそのあけくれは、ばうふのぼだいをぞとぶらひたまひける。すけみつももとどりきりて、ながくかうやさんにとぢこもりて、ひとへにばうくんのごしやうぼだいをぞとぶらひたてまつりける。ばうふのちぎり、くんしんのぎ、なきあとまでもとどまりて、あはれなりしことどもなり。
○てんがけいのこと S0207
かりやくにねんのはるのころ、なんとのだいじようゐんのぜんじばうと、ろつぱうのだいしゆとかくしふのことありて、かつせんにおよぶ。こんだう・かうだう・なんゑんだう・さいこんだう、たちまちにひやうくわのよえんにせうしつ−す。またげんこうぐわんねん、さんもんとうだふのきただによりひやうくわいできて、しわうゐん・えんみやうゐん・だいかうだう・ほつけだう・じやうぎやうだう、いちじにくわいじんとなりぬ。これらをこそ、てんがのさいなんをかねてしらするところのぜんさうかと、ひとみなたましひをひやしけるに、おなじきとしのしちぐわつみつか、だいぢしんあつて、きのくにせんりのはまのとほひがた、にはかに
P1083
りくちになることにじふよちやうなり。またおなじきなぬかのとりのこくに、ぢしんあつて、ふじのぜつちやうくづるること、すひやくぢやうなりと。うらべのしゆくね、おほかめをやきてうらなひ、おんやうのはかせ、せんもんをひらきてみるに、「こくわうくらゐをかへ、だいじんわざはひにあふ」とあり。「かんもんのおもておだやかならず。もつともおんつつしみあるべし」とひそかにそうす。「てらでらのくわさい、しよしよのぢしん、ただごとにあらず。いまやふしぎいでくる」と、ひとびとこころをおどろかしけるところに、はたして、そのとしのはちぐわつにじふににち、とうしりやうにん、さんぜんよきにてしやうらくすときこえしかば、なにごととはしらず、きやうにまたいかなることやあらんずらんと、きんごくのぐんぜい、われもわれもとはせあつまる。きやうぢゆうなにとなく、もつてのほかにさうどうす。
りやうしすでにきやうちやくして、いまだふんばこをもあけぬさきに、なにとかしてきこえけん、「こんどとうしのしやうらくは、しゆしやうををんごくへうつしまゐらせ、おほたふのみやをしざいにおこなひたてまつらんためなり」と、さんもんにひろうありければ、はちぐわつにじふしにちのよにいりて、おほたふのみやより、ひそかにおんつかひをもつて、しゆしやうへまうさせたまひけるは、「こんどとうししやうらくのこと、ないないうけたまはりさうらへば、くわうきよををんごくへうつしたてまつり、そんうんをしざいにおこなはんためにてさうらふなる。こんや、いそぎなんとのかたへおんしのびさうらふべし。じやうくわくいまだととのはず、くわんぐんはせさんぜざるさきに、きようともしくわうきよによせきたらば、みかたふせきたたかふにりをうしなひさうらはんか。かつうは、きやうとのてきをさいぎりとめんがため、またはしゆとのこころをみんがために、きんしんをいちにん、てんしのがうをゆるされて、さんもんへのぼせられ、りんかうのよしをひろうさうらはば、てきぐんさだめてえいさんにむかつて、かつせんをいたしさうらはんか。さるほどならば、しゆと、わがやまをおもふゆゑに、ふせきたたかふにしんみやうをかろんじさうらふべし。
P1084
きようとちからつかれ、かつせんすじつにおよばば、いが・いせ・やまと・かはちのくわんぐんをもつて、かへつて、きやうとをせめられんに、きようとのちゆうりく、くびすをめぐらすべからず。こつかのあんき、ただこのいつこにあるべくさうらふなり」とまうされたりけるあひだ、しゆしやう、ただあきれさせたまへるばかりにて、なにのごさたにもおよびたまはず。ゐんだいなごんもろかた・までのこうぢのちゆうなごんふぢふさ、おなじきしやていすゑふさ、さんしにんうへぶししたるをおんまへにめされて、「このこといかがあるべき」とおほせいだされければ、ふぢふさのきやうすすみてまうされけるは、「げきしん、きみををかしたてまつらんとするとき、しばらくそのなんをさけて、かへつてこつかをたもつは、ぜんしよう、みなかれいにてさうらふ。いはゆるちようじはてきにはしり、だいわう〔は〕ひんにゆく。ともにわうげふをなして、しそんむぐうにひかりをさかえしさうらひき。とかくのごしあんにおよびさうらはばよもふけさうらひなん。はやおんしのびさうらへ」とて、おんくるまをさしよせ、さんじゆのしんぎをのせたてまつり、したすだれよりだしぎぬいだして、にようばうぐるまのていにみせ、しゆしやうをたすけのせまゐらせて、やうめいもんよりなしたてまつる。ごもんしゆごのぶしども、おんくるまをおさへて、「たれにておんわたりさうらふぞ」と、とひまうしければ、ふぢふさ・すゑふさににん、おんくるまにしたがつてぐぶしたりけるが、「これはちゆうぐうのよにまぎれて、きたやまどのへぎやうけいならせたまふぞ」とのたまひたりければ、「さてはしさいさうらはじ」とて、おんくるまをぞとほしける。かねてよういやしたりけん、げんちゆうなごんともゆき・あぜちのだいなごんきんとし・ろくでうのせうしやうただあき、さんでうがはらにておつつきたてまつる。これよりおんくるまをばやめられ、あやしげなるはりごしにめしかへさせまゐらせたれども、にはかのことにて、かよちやうもなかりければ、だいぜんのだいぶしげやす・がくにんとよはらのかねあき・ずいじんはだのひさたけなんどぞおんこしをばかきたてまつりける。ぐぶ
P1085
のしよきやう、みないくわんをときて、をりえぼしにひたたれをちやくし、しちだいじまうでするきやうけのせいしなんどの、によしやうをぐそくしたるていにみせて、おんこしのぜんごにぞぐぶしたりける。こづのいしぢざうをすぎさせたまひけるとき、よははやほのぼのとあけにけり。これにてあさがれひのぐごをすすめまうして、まづなんとのとうなんゐんへいらせたまふ。かのそうじやう、もとよりふたごころなきちゆうぎをそんせしかば、まづりんかうなりたる〔よし〕をばひろうせで、しゆとのこころをうかがひきくに、にしむろのけんじつそうじやうは、くわんとうのいちぞくにて、けんせいのもんしゆたるあひだ、みなそのゐにやおそれたりけん、よりきするしゆともなかりけり。かくてはなんとのくわうきよかなふまじとて、よくじつにじふろくにち、わつかのじゆぼうせんへいらせたまふ。これはまたあまりにやまふかく、さととほくして、なにごとのけいりやくもかなふまじきところなれば、えうがいにごぢんをめさるべしとて、おなじきにじふしちにち、せんかうのぎしきをひきつくろひ、なんとのしゆとせうせうめしぐせられて、かさぎのいはむろへりんかうなる。
○もろかたとうざんのことつけたりからさきのはまかつせんのこと S0208
ゐんだいなごんもろかたのきやうは、しゆしやうのだいりをぎよしゆつありしよ、さんでうがはらまでぐぶせられたりしを、おほたふのみやよりさまざまおほせられつるしさいあれば、りんかうのよしにてさんもんへのぼり、しゆとのこころをもうかがひ、またせいをもつけてかつせんをいたせとおほせられければ、もろかた、ほつしようじのまへより、こんりようのぎよい
P1086
をちやくして、えうよにのりかへて、さんもんのさいたふゐんへのぼりたまふ。しでうのちゆうなごんたかすけ・にでうのちゆうじやうためあきら・なかのゐんのさちゆうじやうさだひら、みないくわんただしくして、ぐぶのていにあひしたがふ。ことのぎしき、まことしくぞみえたりける。さいたふのしやかだうをくわうきよとなされ、しゆしやう、さんもんをおんたのみあつてりんかうなりたるよし、ひろうありければ、さんじやう・さかもとはまうすにおよばず、おほつ・まつもと・とづ・ひえつじ・あふぎ・きぬがは・わに・かただのものまでも、われさきにとはせまゐる。そのせい、とうざいりやうたふにじゆうまんして、うんかのごとくにぞみえたりける。
かかりけれども、ろくはらにはいまだかつて、これをしらず。よあけければ、とうしりやうにん、だいりへまゐつて、まづぎやうがうをろくはらへなしたてまつらんとてうつたちけるところに、じやうりんばうのあじやりがうよがもとより、ろくはらへししやをたてて、「こんやのとらのこくに、しゆしやう、さんもんをおんたのみあつて、りんかうなりたるあひだ、さんぜんのしゆとことごとくはせまゐりさうらふ。あふみ・ゑちぜんのごせいをまちて、あすはろくはらへよせらるべきよしひやうぢやうあり。ことのおほきになりさうらはぬさきに、いそぎひんがしさかもとへごせいをむけられさうらへ。がうよ、うしろぜめつかまつりて、しゆしやうをばとりたてまつるべし」とぞまうしたりける。りやうろくはら、おほきにおどろきて、まづだいりへまゐつてみたてまつるに、しゆしやうはござなくて、ただつぼねまちのにようばうたち、ここかしこにさしつどひて、なくこゑのみぞしたりける。「さては、さんもんへおちさせたまひたることしさいなし。せいつかぬさきに、さんもんをせめよ」とて、しじふはちかしよのかがりに、きないごかこくのせいをさしそへて、ごせんよきおふてのよせてとして、せきさんのふもと、さがりまつのへんへさしむけらる。からめてへは、ささきのさぶらうはうぐわんときのぶ・
P1087
かいどうさこんのしやうげん・ながゐたんごのかみむねひら・ちくごのせんじさだとも・はだのかうづけのせんじのぶみち・ひたちのせんじときともに、みの・をはり・たんば・たぢまのせいをさしそへてしちせんよき、おほつ・まつもとをへて、からさきのまつのへんまでよせかけたり。
さかもとには、かねてよりあひづをさしたることなれば、めうほふゐん・おほたふのみやりやうもんしゆ、よひよりはちわうじへおんのぼりあつて、おんはたをあげられたるに、ごもんとのごしやうゐんのそうづいうぜん・めうくわうばうのあじやりげんそんをはじめとして、さんびやくき、ごひやくき、ここかしこよりはせまゐりけるほどに、いちやのあひだに、ごせいろくせんよきになりにけり。てんだいのざすをはじめて、げだつどうさうのおんころもをぬぎたまひて、けんかふりへいのおんかたちにかはる。すいしやくわくわうのみぎりたちまちにへんじて、ゆうししゆぎよのばとなりぬれば、しんりよもいかがあらんと、はかりがたくぞおぼえたる。
さるほどに、ろくはらのせいすでにとづのしゆくのへんまでよせたりと、さかもとのうちさうどうしければ、みなみぎしのゑんしゆうゐん、なかのばうしようぎやうばう、はやりをのどうじゆくども、とるものもとりあへず、からさきのはまへいであひける。そのせいみなかちだちにて、しかもさんびやくにんにはすぎざりけり。かいどう、これをみて、「てきはこぜいなりけるぞ。ごぢんのせいのかさならぬさきに、かけちらさではかなふまじ。つづけやものども」といふままに、さんじやくしすんのたちをぬきて、よろひのいむけのそでをさしかざし、てきのうづまきてひかへたるまんなかへかけいり、てきさんにんきりふせ、なみうちぎはにひかへて、つづくみかたをぞまちたりける。をかもと−ばうのはりまのりつしやくわいじつ、はるかにこれをみて、まへにつきならべたるもちだていちでふ、がばとふみたふし、にしやくはつすん
P1088
のこなぎなた、みづぐるまにまはしてをどりかかる。かいどう、これをゆんでにうけ、かぶとのはちをまつぷたつにうちわらんと、かたてうちにうちけるが、うちはづして、そでのかぶりのいたよりひしぬひのいたまで、かたすぢかひにかけずきつておとす。にのたちをあまりにつよくきらんとて、ゆんでのあぶみをふみをり、すでにむまよりおちんとしけるが、のりなほりけるところを、くわいじつ、なぎなたのえをとりのべ、うちかぶとへきつさきあがりにふたつみつ、すきまもなくいれたりけるに、かいどうあやまたず、のどぶえをつかれて、むまよりまつさかさまにおちにけり。くわいじつ、やがてかいどうがあげまきにのりかかり、びんのかみをつかみてひつかけて、くびかききつてなぎなたにつらぬき、「ぶけのたいしやういちにんうつとりたり。ものはじめよし」とよろこびて、あざわらひてぞたつたりける。ここになにものとはしらず、けんぶつしゆのなかより、としじふごろくばかりなるちごの、かみからわにあげたるが、きぢんのどうまるに、おほくちのそばたかくとり、こがねづくりのこたちをぬきて、くわいじつにはしりかかり、かぶとのはちをしたたかに、みうちようちぞうちたりける。くわいじつ、きつとふりかへつて、これをみるに、よはひじはちばかりなるこちごの、おほまゆにかねぐろなり。これほどのちごをうちとめたらんは、ほふしのみにとつてはなさけなし。うたじとすればはしりかかりはしりかかり、てしげくきりまはりけるあひだ、よしよしさらばなぎなたのえにて、たちをうちおとして、くみとめんとしけるところを、ひえつじのものどもが、たのあぜにたちわたつていけるよこやに、このちごむないたをつといぬかれて、やにはにふしてしににけり。のちにたれぞとたづぬれば、かいどうがちやくし、かうわかまるといひけるこちご、ちちがとめおきけるによつて、いくさのともをばせざりけるが、なほもおぼつかなくやおもひけん、けんぶつしゆにまぎれて、あとについてきたりけるなり。
P1089
かうわかをさなしといへども、ぶしのいへにうまれたるゆゑにや、ちちがうたれけるをみて、おなじくせんぢやうにうちじにして、なをのこしけるこそあはれなれ。かいどうがらうどう、これをみて、「ににんのしゆうをめのまへにうたせ、あまつさへくびをてきにとらせて、いきてかへるものやあるべき」とて、さんじふろくきのものども、くつばみをならべてかけいり、しゆうのしがいをまくらにして、うちじにせんとあひあらそふ。くわいじつ、これをみてからからとうちわらひて、「こころえぬものかな。ごへんたちは、てきのくびをこそとらんずるに、みかたのくびをほしがるは、ぶけじめつのずいさうあらはれたり。ほしからば、すはとらせん」といふままに、もちたるかいどうがくびをてきのなかへがばとなげかけ、さかもとやうのをがみぎり、はつぱうをはらひてひをちらす。さんじふろくきのものども、くわいじついちにんにきりたてられて、むまのあしをぞたてかねたる。ささきさぶらうはうぐわんときのぶ、うしろにひかへて、「みかたうたすな、つづけや」とげぢしければ、いば・めかだ・きむら・まぶち、さんびやくよきおめいてかかる。くわいじつ、すでにうたれぬとみえけるところに、けいりんばうのあくさぬき、なかのばうのこさがみ、しようぎやうばうのじじゆうりつしやぢやうくわい、こんれんばうのはうきぢきげん、しにんさうよりわたりあひて、きつさきをさしあはせてきつてまはる。さぬきとぢきげんとおなじ−ところにてうたれにければ、ごぢんのしゆとごじふよにん、つづきてまたうつてかかる。からさきのはまとまうすは、ひんがしはみづうみにて、そのみぎはくづれたり。にしはふかだにて、むまのあしもたたず。へいさべうべうとしてみちせばし。うしろへとりまはさんとするもかなはず、なかにとりこめんとするもかなはず、さればしゆともよせても、たがひにおもてにたつたるものばかりたたかうて、ごぢんのせいはいたづらにけんぶつしてぞひかへたる。
P1090
すでにからさきにいくさはじまりたりときこえければ、ごもんとのせいさんぜんよき、しらゐのまへをいまみちへむかふ。ほんゐんのしゆとしちせんよにん、さんのみやはやしをおりくだる。わに・かただのものどもはこぶねさんびやくよさうにとりのつて、てきのうしろをさいぎらんと、おほつをさしてこぎまはす。ろくはらのせい、これをみて、かなはじとやおもひけん、しがのえんまだうのまへをよこぎりに、いまみちにかかりてひつかへす。しゆとはあんないしやなれば、ここかしこのつまりつまりにおちあひて、さんざんにいる。ぶしはみなぶあんないなれば、ほり・がけともいはず、むまをはせ−たふして、ひきかねけるあひだ、ごぢんにひきけるかいどうがわかたうはちき、はだのがらうどうじふさんき、まののにふだうふしににん、ひらゐくらうしゆじゆうにき、たにぞこにしてうたれにけり。ささきはうぐわんもむまをいさせてのりかへをまつほどに、たいてきさうよりとりまきて、すでにうたれぬとみえけるを、なををしみ、めいをかろんずるわかたうども、かへしあはせかへしあはせ、ところどころにてうちじにしけるそのあひだに、ばんしをいでていつしやうにあひ、はくちうにきやうへひつかへす。
このころまでは、てんがひさしくしづかにして、いくさといふことはあへてみみにもふれざりしに、にはかなるふしぎいできぬれば、ひとみなあわてさわぎて、てんちもただいまうちかへすやうに、さたせぬところもなかりけり。
○ぢみやうゐんどのろくはらへごかうのこと S0209
P
せじやうみだれたるをりふしなれば、やしんのものどものとりまゐらすることもやとて、きのふにじふしちにちのみのこくに、ぢみやうゐんのほんゐん・とうぐうりやうごしよ、ろくでうどのよりろくはらのきたのかたへごかうなる。ぐぶのひとびとには、いまでがはのさきのうだいじんかねすゑこう・さんでうのだいなごんみちあき・さいをんじだいなごんきんむね・ひののさきのちゆうなごんすけな・ばうじやうのさいしやうつねあき・ひののさいしやうすけあきら、みないくわんにて、おんくるまのぜんごにあひしたがふ。そのほかのほくめん・しよし・かくごんは、たいりやくかりぎぬのしたにはらまきをきすかしたるもあり。らくちゆうしゆゆにへんくわして、りくぐんすいくわをけいごしたてまつる。けんもんじぼくをおどろかせり。
○しゆしやうりんかうじつじにあらざるによつてさんもんぎをへんずることつけたりきしんがこと S0210
さんもんのだいしゆ、からさきのかつせんにうちかつて、ことはじめよしとよろこびあへることななめならず。ここにさいたふをくわうきよにさだめらるるでう、ほんゐんめんぼくなきににたり。じゆえいのいにしへ、ごしらかはのゐん、さんもんをおんたのみありしときも、まづよかはへごとうざんありしかども、やがてとうだふのみなみだに、ゑんゆうばうへこそおんうつりありしか。かつうはせんじようなり、かつうはきちれいなり。はやくりんかうをほんゐんへなしたてまつるべしと、さいたふゐんへふれおくる。さいたふのしゆと、りにをれて、せんひつをうながさんために、くわうきよにさんれつす。をりふしみやまおろしはげしくして、みすをふきあげたるより、りようがんをはいしたてまつりたれば、しゆしやうにてはおはしまさず、ゐんのだいなごんもろかたの、てんしのこんえをちやくしたまへるにてぞありける。だいしゆ、これをみて、「こはいかなる
P1092
てんぐのしよぎやうぞや」ときようをさます。そののちよりは、まゐるだいしゆいちにんもなし。かくてはさんもんいかなるやしんをかそんせんずらんとおぼえければ、そのよのやはんばかりに、ゐんのだいなごんもろかた・しでうのちゆうなごんたかすけ・にでうのちゆうじやうためあきら、しのびてさんもんをおちて、かさぎのいはむろへまゐらる。さるほどに、じやうりんばうあじやりがうよは、ぐわんらいぶけへこころをよせしかば、おほたふのみやのしつし、あぐゐのちゆうなごんほふいんちようしゆんをいけどりて、ろくはらへこれをいだす。ごしやうゐんそうづいうぜんは、ごもんとのなかのだいみやうにて、はちわうじのいちのきどをかためたりしかば、かくてはかなはじとやおもひけん、どうじゆく、てのものひきつれて、ろくはらへかうさんす。これをはじめとして、ひとりおち、ふたりおち、おちゆきけるあひだ、いまはくわうりんばうのりつしげんぞん・めうくわうばうのこさがみ・なかのばうのあくりつしさんしにんよりほかは、おちとまるしゆともなかりけり。
めうほふゐんとおほたふのみやとは、そのよまで、なほはちわうじにござありけるが、かくてはあしかりぬべしと、ひとまどもおちのびて、きみのおんゆくへをもうけたまはらばやとおぼしめされければ、にじふくにちのやはんばかりに、はちわうじにかがりびをあまたどころにたかせて、いまだおほぜいのこもりたるよしをみせ、とづのはまよりこぶねにめされ、おちとまるところのしゆとさんびやくにんばかりをめしぐせられて、まづいしやまへおちさせたまふ。これにて、「りやうもんしゆいつしよへおちさせたまはんことは、けいりやくとほからぬににたるうへ、めうほふゐんはごぎやうぶもかひがひしからねば、ただしばらくこのへんにござあるべし」とて、いしやまよりににんひきわかれさせたまひて、めうほふゐんはかさぎへこえさせたまへば、おほたふのみやはとつかはのおくへとこころざして、まづなんと
P1093
のかたへぞおちさせたまひける。さしもや〔ん〕ごとなきいつさんのくわんじゆのくらゐをすてて、いまだならはせたまはぬばんりへうはくのたびにうかれさせたまへば、いわう・さんわうのけちえんも、これやかぎりとなごりをしく、ちくゑんれんしのさいくわいも、いまはいつをかごすべきと、おんこころぼそくおぼしめされければ、たがひにへだたるおんかげの、かくるるまでにかへりみて、なくなくとうざいへわかれさせたまふおんこころのうちこそかなしけれ。そもそもこんどしゆしやう、まことにさんもんへりんかうならざるによつて、しゆとのこころたちまちにへんずること、いつたんことならずといへども、つらつらことのやうをあんずるに、これえいちのあさからざるところにいでたり。むかし、がうしんほろびてのち、そのかううとかんのかうそとくにをあらそふことはちかねん、いくさをいどむことしちじふよかどなり。そのたたかひのたびごとに、かうう、つねにかつにのりて、かうそ、はなはだくるしめることおほし。あるとき、かうそ、けいやうのじやうにこもる。かうう、つはものをもつてじやうをかこむことすひやくぢゆうなり。ひをへて、じやうちゆうにかてつきて、つはものつかれければ、かうそたたかはんとするにちからなく、のがれんとするにみちなし。ここに、かうそのしんにきしんといひけるつはもの、かうそにむかつてまうしけるは、「かうう、いま、じやうをかこみぬることすひやくぢゆう、かんすでにしよくつきて、しそつまたつかれたり。もしつはものをいだしてたたかはば、かんかならずそのためにとりことならん。ただてきをあざむきて、ひそかにじやうをにげいでんにはしかじ。ねがはくは、しん、いま、かんわうのいみなををかして、そのぢんにかうせん。そ、これにかこみをときてしんをえば、かんわう、すみやかにじやうをいでて、かさねてたいぐんをおこし、かへつてそをほろぼしたまへ」とまうしければ、きしんがたちまちにそにくだりてころされんことかなしけれども、かうそ、しやしよくのためにみをかろくすべきにあらざれば、ちからなくなみだをおさへ、わかれをしたひながら、きしんがはかりごとにしたがひたまふ。
P1094
きしんおほきによろこびて、みづからかんわうのぎよいをちやくし、くわうをくのくるまにのり、さたうをつけて、「かうそのつみをしやして、そのだいわうにかうす」とよばはりて、じやうのとうもんよりいでたりけり。そのつはもの、これをききて、しめんのかこみをときて、いつしよにあつまる。ぐんぜいみなばんぜいをとなふ。このあひだに、かうそ、さんじふよきをしたがへてじやうのさいもんよりいでて、せいかうへぞおちたまひける。よあけてのち、そにくだるかんわうをみれば、かうそにはあらず、そのしんにきしんといふものなりけり。かううおほきにいかりて、つひにきしんをさしころす。かうそ、やがてせいかうのつはものをそつして、かへつてかううをせむ。かううがいきほひつきてのち、つひにをかうにしてうたれしかば、かうそ、ながくかんのわうげふをおこして、てんがのしゆとなりにけり。いま、しゆしやうも、かかりしかれいをおぼしめし、もろかたもかやうのちゆうせつをぞんぜられける〔ゆゑ〕にや。かれはてきのかこみをとかせんためにいつはり、これはかたきのつはものをさいぎらんためにはかれり。わかん、ときことなれども、くんしん、たいをあはせたる〔こと〕、まことにせんざいいちぐうのちゆうてい、きやうこくへんくわのちぼうなり。
たいへいきくわんだいに
P1095