尾崎紅葉事典 あとがき


 まず本事典の刊行が大幅に遅れてしまったことを読者のみならず全ての関係者の方々、とくに執筆者の方々に深くお詫びしたい。ひとえに編集委員の怠慢と不手際のせいであり、ただただ恥じ入る以外にない。企画段階から数えると六年の歳月が流れてしまったわけで、執筆者の方々からするとさぞ腹立たしい思いに駆られたに相違ない。何とも無様なことでひたすらお詫びする以外にないのである。
 こうした遅延の原因はさまざまあげられるが、ひとつだけあげておけば初期の段階で編集委員の一人大屋幸世氏が病没されたことである。大屋氏は編集委員の山田や木谷と同世代であり、二〇代の頃からの研究仲間であった。彼の魅力的な人柄はもちろんのこと、鷗外研究への情熱など実にさわやかなものがあった。とくに書誌学者としての緻密な仕事ぶりには定評があり、最近では円熟の境地に到っていた。だから彼の紅葉についての該博泊な知識を大いに期待していたのである。そうした過度の期待がもともと病弱な身体の負担となったのか、彼は病いに倒れたばかりか帰らぬ人となってしまった。こうした大屋氏の突然の不在は埋めようがなく、残された編集委員の喪失感の深さは甚大なものがあった。もちろん大屋氏の無念を引き受けて私たち編集委員は努力はしたつもりだが、大屋氏の期待した事典となったかについてははなはだ心もとないものがある。それはともかく、本事典の刊行を亡き大屋氏のみ霊にささげたいと思う。
 「まえがき」でも述べたが、本事典はまず尾崎紅葉の存在とその文学の解明を目的としている。が、それだけにとどまらず近代文学の生成をも遠望しようと試みている。ただ、それはあくまでも夢想の域にとどまっており、紅葉文学の全体像すら明確に把握しきれてないのかもしれない。そうだとすれば全ては編集委員の責任であり、何よりも玉稿を寄せられた執筆者の方々にお詫びする以外にないのである。
 最後になったが、松浦法子氏には編集の最後の段階で校正や索引などで大変お世話になった。そのエネルギッシュな作業がなければ本事典はさらに遅延を重ねたことは必至であったろう。松浦氏には改めてお礼を申し述べておきたい。また、この編集作業の遅遅とした歩みを傍らからじっと見つめて寛容な姿勢を貫いてこられた翰林書房の今井肇氏と静江氏に深甚な謝意を表したい。静江氏などは編集委員のすべき仕事までもひき受けて奮闘してくれたわけで、その熱意にはただただ感謝するばかりである。

  令和二年秋 彼岸花の咲いた日に
                   山田有策
                  木谷喜美枝
                   宇佐見毅
                   市川紘美
                   大屋幸世




尾崎紅葉事典
編者  山田有策・木谷喜美枝・宇佐見毅・市川紘美・大屋幸世
発行日 2020年10月28日
発行所 翰林書房
定価  12,000円+税
ISBN978-4-87737-455-6



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