「平家物語 長門本」の歌
凡例
底本 『平家物語 長門本』黒川真道他・校。国書刊行会・明治39。名著刊行会・昭和49再刊。底本・国書刊行会蔵本(現在、所在不明。)
参考
昭和49再刊に伴う別冊『平家物語箚記』(高橋伸幸・昭和50。延・長・盛三本の記事対照表、長門本の和歌索引等)。*この索引は本文と漢字や仮名の表記が異なります。W134とW152が抜けています。
『岡山大学本平家物語 二十巻 一〜五』 岡山大学池田家文庫等刊行会・森岡常夫。福武書店・昭和50〜52。底本・岡山大学蔵池田侯御筆本。
独自に、通し番号としまして、W+番号3桁を後に付けました。
その後に、国歌大観の番号をK+番号3桁を後に付けました。1〜247は、「延慶本平家物語」の番号です。248〜296までが、「異本歌」としての「平家物語 長門本」の歌です。
漢字表記や仮名遣いは一部改めました。
山のみなうつりてけふにあふ事は
春のわかれをとふと成べし W001 K001
霊山のしやかの御前にちぎりてし
ふけんの光り爰にかかやく、 W002 K002
かひら会の苔の莚に行逢し
文珠の御かほ今見つるかな、 W003 K003
乙女子かおとめさひすもから玉の
おとめさひすも其から玉を W004 K115(W093として再出します。)
播磨路や月も明石の浦風に
波ばかりこそよると見えしか W005 K248
有明の月も明石の浦風に
波ばかりこそよると見えしか W006 K125
雲井よりただもり来たる月なれば
おぼろ気にてはいはじとぞ思ふ W007 K124
いよ讃岐左右の大将取籠て
欲のかたには一の人かな W008 K005
花の山高き梢と聞しかと
海士の子なれやふるめひろふは W009 K006
千はやぶるあら人神の神なれば
はなもよはひを延にけるかな W010 K249
我やどに千尋の竹の植つれば
なつ冬たれか隠さざるべき W011 K250
春日山かすめる空にちはやふる
神の光りも[B 「も」に「はイ」と傍書]のどけかりけり W012 K252
鷲の山おろす嵐のいかなれば
雲間残らず照す月影 W013 K253
迷ひつつ仏の道を求むれば
我心にぞたづね入ぬる W014 K254
草枕おく白露に身をよせて
ふく秋風を聞ぞかなしき W015 K255
あるじなきやどの軒端に匂ふ梅
いとどむかしの春ぞ恋しき W016 K256
浮ふしに沈みもやらてかは竹の
世にためしなき名をや流さん W017 K008
思ひきやうき身なからにまよひ[B 廻りイ]きて
同じ雲井の月を見んとは W018 K009
常に見し君か御幸を今朝とへは
かへらぬたひと聞そかなしき W019 K010
梅[B 桜イ]の花賀茂の川かぜうらむなよ
ちるをばえこそとどめざりけれ W020 K011
いつとなく大内山の山もりは
木かくれてのみ月を見る哉 W021
深山木の其梢ともみえさりし
桜は花にあらはれにけり W022 K012
遠山をまもりにきたる今夜しも
そよそよめくは人のかるかや W023 K257
水ひたりまきのふちふちおちたぎり
ひをけさいかによりまさるらん W024 K258
五月やみ名をあらはせる今夜哉
たそかれ時も過ぬと思ふに W025 K084
高き屋にのぼりて見れば烟たつ
民のかまどはにぎはひにけり W026 K013
松枝は皆さかむきになりて果て
山には座主にするものぞなき W027 K014
おほかたは誰あさがほをよそに見む
日かげを待ぬ世とはしらずや W028 K259
極楽とおもふ都をふり捨てて
ならくの底に入らんかなしさ W029 K015
玉すがたしのばば我に見せ給へ
むかしがたりの心ならひに W030 K260
津の国やその名ながらのくちもせで
むかしのはしを聞わたるかな W031 K261
大海にうつらば影のきゆべきに、
底さへもゆるあまのいさり火、 W032 K263
いにしへのはなの衣をぬぎかへて、
いまぞ着そむる墨ぞめの袖、 W033 K264
終にかく背きはてける世の中を、
とくすてざりしことぞ悔しき、 W034 K021
きのふまで岩間をとぢし山川の
いつしかたたく谷の下水 W035 K017
行あはむことのなければ黒髪を
かたみとてやる見てもなぐさめ W036 K018
秋近きけしきの森になく蝉の
涙の露や下葉染むらん W037 K265
千早振神のいかきを頼む人
などか都にかへらざるべき W038 K032
さつまがた沖の小島に我ありと
親には告げよ八重の潮風 W039 K034
思ひやれしばしと思ふ旅だにも
猶古さとの恋しきものを W040 K033
身を捨てて木の丸殿に入ながら
君にしられで帰るかなしさ W041 K266
あさくらやただいたづらに返すにも
つりするあまの音をのみぞなく W042 K267
はま千鳥跡は都に通へども
身は松山にねをのみぞなく W043 K268
よしさらば道をばうづめつもる雪
さなくば人の通ふべきかは W044 K045
なほ島の波にゆられて行く舟の
行衛も知らずなりにける哉 W045 K269
よしや君昔の玉のゆかとても
かからん後は何にかはせん W046 K047
ひさに経て我後の世をとへよ松
あと忍ぶべき人もなき身を W047 K048
月もおなじ月空もおなじ空のいかなれば今夜の空
のてりまさるらん、 W048 K270
限りあればさはにおりぬるあしたづの
もとの雲井に帰る嬉しさ W049 K272
君ばかりおぼゆる人があらばこそ
思ひもいでめ山のはの月 W050 K273
祈こし我たつ杣の引かへて
人無き山と荒やはてなん W051 K052
いとどしく昔のあとやたえなんと
思ふもかなしけさのしら雪 W052 K053
君が名ぞ猶あらはれんふる雪に
むかしのあとは絶えはてぬとも W053 K054
はなうるしぬる人もなき我身かな
むろありとてもなににかはせん W054 K275
入道はかずの栄花をもちかねて
あらぬさまなるまどひをぞする W055 K276
はかなしや主はきえぬる水ぐきの
あとを見るこそかたみなりけれ W056 K278
くちはてぬその名ばかりはありきにて
あとかたもなくなりちかのさと W057 K056
人はいさ心もしらず古さとの
花ぞむかしにかはらざりける W058 K058
古郷の軒のいたまに苔むして
思ひしよりももらぬ月哉 W059 K060
見せばやな哀と思ふ人やあると
ただひとりすむ岩のこけやを W060 K061
大江山いく野の道の遠ければ
まだふみも見ず天のはし立 W061 K279
信濃にあんなるきそぢ川
君に思ひの深かりし W062 K280
鏡山いざたちよりて見てゆかん
としへぬる身は老やしぬると W063 K224(W148として再出します。)
時鳥しらぬ山路にまよふには
なくぞ我身のしるべなりける W064 K068
山法師おりのべ衣薄くして
はぢをばえこそかくさざりけれ、 W065 K069
山法師味噌かひしほかさかしほか
へいしのしりにつきてめぐれば、 W066 K070
おりのべを一切もえぬ我等さへ
うす恥をかく数に入るかな、 W067 K072
たき木こるしづがねりそのみじかきか
いふことの葉のすゑのあはぬは、 K068 K071
伊勢武者は皆ひをどしの鎧きて、
宇治の網代にかかりぬるかな、 W069 K075
むもれ木の花さく事もなかりしに
身のなりはてぞ哀なりける W070 K076
君がために身をばはぶくとせし程に
世を宇治川に名をばながしつ W071 K281
山城のたかのわたりに時雨して
水なし川に波やたつらん W072 K077
百年を四かへりまでに過きにし
おたぎの里のあれやはてなん W073 K086
咲出るはなの都をふりすてて
風ふく原のすゑぞあやうき W074 K088
君が代は二万の里人数そひて
今も備ふるみつぎものかな W075 K091
南無薬師憐み給へ世の中に
すみわびたるも同じ病ひぞ W076 K282
いもが子ははやはふほどに成にけり、
いまはもりもやとるべかるらん、 W077 K283
待宵のふけゆくかねの音きけば
あかぬわかれの鳥はものかは W078 K093
ものかはと君がいひけん鳥の音の
けさしもいかにかなしかるらん W079 K094
またばこそ更け行かねもつらからめ
あかぬわかれの鳥の音ぞうき W080 K095
露深くあさぢが原に迷ふ身は
いとどやみぢに入ぞかなしき W081 K284
限りとてかく水ぐきのあとよりも
ぬるるたもとぞまづきえぬべき、 W082 K285
闇路にもともに迷はでよもぎふに
ひとりつゆけき身をいかがせん W083 K286
君故にうき世をそむくすがたをば
こけの下にもさこそ見るらめ W084 K287
みなもとはおなじ流れぞいは清水
せきあけ給へ雲のうへまで W085 K106
ちひろまでふかくもたのめいは清水
只せきあげん雲のうへまで W086 K107
東路の草葉をわけん袖よりも
たへぬ袂の露ぞこぼるる W087 K108
わかれ路をなにかなげかん越えて行
せき[B 「せ」に「さイ」と傍書]をむかしのあととおもへば W088 K109
富士川の瀬々の岩越す水よりも
はやくもおつるいせ平氏かな K089 K110
ひらやなるむねもりいかにさわぐらん
柱と頼むすけをおとして W090 K111
ふじ川に鎧はすてつすみ染の
衣ただきよのちの世のため W091 K112
ただかげはにげの馬にやのりにけん
かけぬに落るかづさしりがい W092 K113
「乙女子が
乙女をひすもから玉を乙女さひすもそのから玉を W093 K115」(W004の再出です。)
しのぶれど色に出にけり我恋は
ものやおもふと人のとふまて W094 K117
せみの羽の薄き契りの甲斐なくて
結びもはてぬ夢ぞ悲しき W095 K288
おぼつかなたれ杣山の人ぞとよ
此くれに引く主をしらばや W096 K123
雲間より忠盛きつる宵なれば
おぼろげにてはあかすべきかは W097 (K124)
夜なきすと忠盛たてよ此子をば
清く盛ふることもこそあれ W098 K126
はや来つる道の草葉や枯ぬらん
あまりこがれてものをおもへば W099 K127
思ふには道の草葉もよもかれじ
涙のあめのつねにそそげば W100 K128
一枝を折らずばいかに桜ばな
八十余りの春にあはまじ W101 K130
雲井より吹来る風のはげしくて
涙の露のおちまさるかな W102 K132
結びつる歎きもふかき元結に
ちぎる心はほどけもやせし W103 K133
あづまよりともの大風吹来れば
西へかたぶく日にやあるらん W104 K134
さざ波やしがの都はあれにしを
むかしながらの山ざくらかな W105 K137
いかにせんみかきが原につむ芹の
ねのみなけども知る人のなき W106 K138
ながれ名のなだにもとまれ水ぐきの
あはれはかなき身はきえぬとも W107 K140
呉竹のもとの筧はかはらねど
猶すみあかぬ宮の中かな W108 K141
あかずしてわかるる袖に涙をば
君がかたみにつつみてぞおく W109 K143
皆ちりぬ老木もこきも山ざくら
おくれさきだつ花も残らじ W110 K144
旅衣よなよな袖をかたしきて
思へば遠く我はゆきなん W111 K145
御幸するすゑも都と思へども
猶なぐさまぬ浪のうへかな W112 K146
はかなしや主は雲井にわかるれど
やどはけぶりとのぼりぬるかな W113 K148
古さとを焼野の原にかへりみて
すゑも煙りの波路をぞゆく W114 K149
こぎ出て波とともにはただよへど
よるべき浦のなき我身かな W115 K150
磯なつむ海人よをしへよいづくをか
都のかたを見るめとはいふ W116 K151
世の中のうさには神もなきものを
こころつくしになに祈るらん W117 K172
月を見し去年の今宵の友のみや
みやこに我を思ひいづらん W118 K177
恋しとよこぞのこよひのよもすがら
月見しともの思ひ出られて W119 K178
君すめば是も雲ゐの月なれど
なほこひしきは都なりけり W120 K179
名にしおふ秋の半も過ぬなり
いつより露の霜にかはらむ W121 K180
うちとけてねられざりけり梶枕
今宵の月のゆくへ見んとて W122 K181
さりともと思ふ心も虫の音も
よわりはてぬる秋のゆふ暮[B 「ゆふ暮」に「くれかな」と傍書] W123 K182
都なる九重のうち恋しくば
柳の御所を春よりて見よ W124 K518
すみなれし旧き都の恋しさを
神もむかしを思ひ出らめ W125 K154
赤さいて白たなごいにとりてかへて
頭にまける小入道かな W126 K185
宇治川を水つけにしてかき渡る
木曽のごれうを九郎判官 W127 K187
田畠の作り物皆かりめして
木曽のごれうはたえはてにけり W128 K188
名に高き木曽のごれうはこぼれにき
よし中々に犬にくれなん W129 K189
人しれずそなたを忍ぶ心をば
かたぶく月にたぐへてぞやる[B 「や」に「見イ」と傍書] W130 K191
行くれて木の下蔭を宿とせば
花や今宵の主人ならまし W131 K289
ふみかへす谷の浮橋うき世ぞと
思ひしりてもぬるるそでかな W132 K195
谷水の下にながれてまろきばし
ふみみての後ぞくやしかりける W133 K197
いづくともしらぬ渚のもしほ草
かきおくあとをかたみとは見よ W134 K606
涙川うきなを流す身なれども
今一たびのあふせともがな W135 K199
君ゆゑに我もうき名を流せども
底のみくづとともになりなん W136 K200
あふことも露の命も諸ともに
今夜ばかりと思ふかなしさ W137 K201
かぎりとて立ち別れなば露の身の
君よりさきにきえぬべきかな W138 K202
そるまでも頼しものをあづさゆみ
誠の道に入ぞうれしき W139 K207
住なれし都の方はよそながら
袖に浪こすいその松風 W140 K213
今ぞしる身もすそ川の御ながれ
波の下にもみやこありとは W141 K214
ながむればぬるる袂にやどりけり
月よ雲井のものがたりせよ W142 K215
雲のうへに見しにかはらぬ月影は
すむにつけてもものぞかなしき W143 K216
我身こそあかしの浦に旅ねせめ
おなじ水にもやどる月かげ W144 K217
八雲たつ出雲八重垣つまごめに
八重垣つくるその八重垣を W145 K219
時鳥はなたち花の香をとめて
なくはむかしの人や恋しき W146 K222
あまたたび行あふ坂の関みづの
けふをかぎりのかげぞ悲しき、 W147 K223
鏡山いざたちよりて見てゆかん
としへぬる身は老やしぬると、 W148 K224(W063の再出です。)
東路のはにふの小屋の淋しさに
故郷いかに恋しかるらん、 W149 K203
故郷も恋しくもなし旅のそら
都もつひの住家ならねば、 W150 K204
ぬぎかふる衣も今は何かせむ
けふを限りのかたみと思へば、 W151 K225
いかなれどちぎりはくちぬものといへば
のちの世までもわするべきかは、 W152 K292
かへりこんことはかた田に引網の
目にもたまらぬ泪なりけり W153 K226
時鳥はな橘の香をとめて
鳴はむかしの人や恋しき W154 K222
いざさらば泪くらべん郭公
我も雲井に音をのみぞなく W155 K242
けふもまた暮れぬと鐘の声すなり
いのちつきぬと驚かすかは W156 K294
岩根ふみ誰かは問はんならのはの
そよぐは鹿のわたる成けり W157
池水に汀の桜ちりしきて
波のはなこそ盛りなりけれ W158 K229
かわくまもなき墨染の袂かな
こはたらちめの袖のしづくか W159 K235
思ひきやみ山の奥に住居して
雲井の月をよそに見んとは W160 K237
いにしへの奈良の都の八重桜
けふ九重に匂ひぬるかな W161 K238
夏は清涼殿のすずしきに、御遊ありて、
打しめりあやめぞかほる時鳥
なくや五月の雨の夕くれ W162 K239
久かたの月のかつらも秋はなほ
紅葉すればやてりまさるらん W163 K240
待人の今も来らばいかがせん
ふままくをしき庭の雪哉 W164 K241
世の中はとてもかくても有ぬべし
みやもわらやもはてしなければ W165 K230