『評伝宮武外骨』の誤り
―『さあござれ』の猥歌―
菊池眞一
木本至『評伝宮武外骨』(社会思想社。一九八四年十月三十日)の178・179頁には、次の記述がある。
第六号(二十八年十月十日)《注:『頓智と滑稽』》、瀬木愽尚から小西大東(西村芳郎)へ編輯兼発行者の名義が移る。この号は手柄岡持(秋田藩江戸留守役・平澤常富)の松茸と赤貝は〈好き女夫〉と評した戯文なども紹介され滑稽の要素がさらに強まる。その第六号に関し、
東京市神田区鍋町二十二番地
小西 大東
其方発行ニ係ル頓智と滑稽第六号卜題スル出版物ハ風俗ヲ壊乱スルモノト認メ其発売頒布禁止ノ旨内務大臣ヨリ達アリタルニ付比〔此〕旨相達ス
明治二十八年十月十八日 警視総監 園田安賢
(『頓智と滑稽』七号)
との命令を受けてしまった。
明治新聞雑誌文庫所蔵の『頓智と滑稽』第六号の頁をめくると、〈右ノー項ニテ発売禁止トナル〉と朱筆でしたためられた付箋が、外骨の手で貼られている。それは、「さあ御覧 神田寓言子寄」とある一段組みの投稿である。神田寓言子の言葉によると、東京図書館の珍書部類で『さあござれ』(撰者不詳)という、三十首ほどの狂歌を集めた本を発見した。このような〈妙詠を拝誦する事を得るも亦是れ畢竟明治政府文部大臣の賜といふべし〉と、神田寓言子は妙な感謝をし、誌上に六首を紹介した。
娘子がそろそろいぢる指先で じくじく汁の出るほうづき
《菊池注:『頓智と滑稽』では下の句が「じくじく汁の出るはほうづき」となっている。国会図書館本では「じくじくしるの出るほうづき」》
いやがるを無理に捕へて入ければ 直ぐに啼き出すきりぎりす篭
割かけて覗いて見れば真赤にて さねの見へたる良き水瓜かな
《菊池注:国会図書館本では上の句が「割かけてのぞいて見ればまつかいに」となっている》
やるせなき娘心の一筋に さして見たがる銀むねのくし
それ其処をまそっと奥をつきなさい 突けば出た出たねずみ四五匹
あけて見て指でいぢって嗅で見て 少しくさいと云ふはびんつけ
明治二十八年十月の風俗壊乱事件としては、江見水蔭「雛子と赤子」のため中央新聞が禁止されたのが目立つ。二十六年の出版法の第二十七条(風俗壊乱に対し著作者、発行者を軽禁錮十一日以上一年以下、罰金十円以上二百円以下)と第二十九条(二十七条に該当する場合、検事は刻版・印本を仮に差し押さえることができる)が『頓智と滑稽』六号に対し適用され得る。しかし、当時の慣例として、出版法第二十七条の刑罰は適用されず、第二十九条によって『頓智と滑稽』六号が差し押さえられただけだったらしい。しかし、この処分の影響で『頓智と滑稽』は次の七号(十一月十日)で一頓挫する。第七号の「近事雑報」で讃岐平民は、〈猥褻駄洒落は勉めて是を避け〉てきたのに、〈猥褻の記事〉のために処分を受けたことを残念がる。特に、寄稿者の名をあげ〈噫、神田寓言子こそ怨めしけれ〉と愚痴る。愚痴るのも当然であろう。
問題の『さあござれ』は、東京図書館の後身、国会図書館には姿がない。『国書総目録』第三巻で探すと、節藁仲貫作の黄表紙『早来恵方道』(二巻、天明四年刊)に、「さあござれ(さござい)えほうのみち」のルビがある。それは都立中央図書館の加賀文庫(加賀豐三郎旧蔵)で見ることができた。確かに北尾政美の絵入りで、狂歌がついている。といっても、この黄表紙を飾る十六首ほどの狂歌に、『頓智と滑稽』六号に載った作品は見当たらない。ひとつの推測を加えると、神田寓言子は『さあござれ』に名を借り滑稽猥雑な戯れ歌を寄稿したと考えられる。神田寓言子とは編輯兼発行者西村芳郎のことか、あるいは別人か不詳である。
木本は、
問題の『さあござれ』は、東京図書館の後身、国会図書館には姿がない。
と書いているが、これは間違いである。請求記号「京乙-95」、タイトル『〔もぢり/狂歌〕さあござれ』(〔〕内は割書、/は換行)で、国会図書館デジタルコレクションで全貌を伺うことができる。柱に「浮世」とあるが、作者・刊年は不明。
以下、『さあござれ』の狂歌三十四首を翻字する。(※印は『頓智と滑稽』第六号掲載分)
かみさまにしやうのよさにぐにやぐにやがしやつきりとなるかみしものひだ
ぐちやぐちやととゝはつくなりかみさまがにぎるそばからくばるぼたもち」(一オ)
娘子がへやでひそかにいもじまではつしてとらすあさのまののみ
おさへつけぜひま一どとむりやりに入る入るとさけのじき合」(一ウ)
※むすめ子がそろそろいぢるゆびさきでじくじくしるの出るほうづき
まつくろにふとく大きにむつくりとできたとほめる帳の上がき」(二オ)
※いやがるをむりにとらへて入ければすぐになき出すきりきりすかご
見るにさへはなをつまむにするときはさぞくさかろふばんつけのすみ」(二ウ)
もち上てちよろちよろ出るをのべかみでふいてさし出すかんなべの口
大きなもよいはよけれどふといよりかたいがよいとにぎる白瓜」(三オ)
わくせきときのせくまゝに門くちでやつてしまふてかへるとし●●
《菊池注:二文字不明。挿絵から想像すると「だま」か?》
女ぼうはちやうすがよいと立あがりふんばたかつてもつすしのをし」(三ウ)
かやのうちあゝよいきみしやそれきつくしてあげましよともむあんまとり
※やるせなきむすめごゝろの一トすじにさして見たがるぎんむねのくし」(四オ)
取かけてそれはまつ白むまさうにひとついたそとあまざけのふた
それよしかよかよいといえよこんすとゆふはけんくはの中なをりなり」(四ウ)
ひそひそとこへはおとこと女にて入る出すのとしちのだんかう
みじか夜にくわれぬいたるわか後家のはだ身にのこるのみのあとかな」(五オ)
※割かけてのぞいて見ればまつかいにさねの見へたるよきすいくはかな
こしもとがさしてゐるのを引ぬいてふいてかしたるぎんのかんざし」(五ウ)
ゆびさきていぢりまはして十六のわりおぼへたるそろばんの玉
一トすじにおもひつめたるわか後家のよるも夜どをしするじゆずのおと」(六オ)
おくさまのおねまへいつかそろそろとはいかけて来る朝がほのつる
むすめごの御意にまかせてぬらぬらとすればこくなる清書のすみ」(六ウ)
かみさまもむすめも下女もさすほどにさしてもたらぬかづさもめんは
大きなも又ちいさなもかみさまが入て見たがるなげ入のきく」(七オ)
どう中をくるりとまいてしつくりとまとうてしめたかけもののひも
※それそこをまそつとおくをつきなさいつけばでたでたねずみ四五疋」(七ウ)
女ぼうがとかせたがつてすゝむればどうぞとりたや百両の富
※あけて見てゆひでいぢつてかいで見て少しくさいといふはびんつけ」(八オ)
うすあかくあいたわれめにつはつけてそつと入てもいたむあかゞり
ま一つと入にかゝればいやがるを上手に入たそばのもりかへ」(八ウ)
ひるもするよるはなをよしぐしやつかせ取みだしたるよめのおはくろ
毛をなでゝにぎればほんにむけてあるとうもこしをみやけにぞする」(九オ)
2017年9月17日公開
菊池眞一