『円朝全集』未掲載円朝俳句

菊池眞一


 『朝野新聞』明治八年二月二十七日(第四百六十号)四面には、円朝の俳句が掲載されている。

梅か香の河をへたてゝ来る夜かな   円朝

とある。これは局長(成島柳北)発会の詩歌を紹介した記事の中にある。「水辺梅」という題の下、漢詩八首、和歌二首の次に来るものである。その他漢詩三首も紹介されている。(詳細は後記)

 この円朝句はどういう訳か、『円朝全集』(岩波書店)には掲載されていないが、夙に前田愛が『幕末・維新期の文学』(1972年10月30日。法政大学出版局)で、次のように述べている。

 明治八年七月、春濤は茉莉吟社の勢力拡大の手段として雑誌の発行を企画した。詩文雑誌の鏑矢として有名な《新文詩》である。これより先、明治七年九月に《朝野新聞》に招聘された成島柳北は投書欄の一部を解放して漢詩を掲載していた。また大槻磐渓の一種の詩話ともいうべき「読余贅評」を連載していた。投書の漢詩は曙鶏仙史の台湾征討を主題にした絶句七首が初出である(10・17)。「読余贅評」は十月三十日に始まり、時に民選議院問題や開化風俗を詠じた磐渓の詩が掲載されることもあった。翌年の二月には柳橋の万八楼で柳北主催の文会が催され、磐渓や石井南橋が参加した。二月二十七日の紙面にはこのとき円朝がつくった「梅が香の河をへだてて来る夜かな」という句が転載されている。この柳北の試みは明治八年四月十八日の投書に下谷の混沌社中が「貴社新聞紙上ニ於テ柳北先生ノ詩学不可廃論ノ高旨ニ服ス云々」と述べているように、文明開化の片隅に追いやられていた漢文家から歓迎されたのである。


 乾照夫『成島柳北研究』(2003年5月20日。ぺりかん社)224頁には、「柳北と名流諸家との交遊(明治8年~13年)」という表が掲載されているが、
明8.2.21 発会(会主柳北) 柳橋万八楼(会場)
明11.10.6 詩会(会主柳北) 向島成島邸(会場)
の両会に三遊亭円朝の名前が見られる。


 『朝野新聞』明治十一年十月八日(第千五百二十六号)二面には、柳北宅での集まりに円朝も参加したことが記されている。これは名前のみで、円朝の作品は掲載されていない。

 ○涼秋の好時節になりし故一昨日柳北の新宅で小集を催しました来賓は湖山甕江翠雨松塘春濤学海小舟恕軒の諸先生にて幸ひ菊池三渓先生も西京より参られて出席あり秋月古香前田夏繁大槻文彦の諸君も来会せられ三遊亭円朝をも招き半日の余閑を楽しみました春濤先生席上の詩あり
 重畳仙雲擁上游。経営断手墨隄頭。柴門近接三囲柳。蓮岳遥臨百尺楼。花月新聞伝本事。水天佳話写清秋。煖房多有蘭台客。酔解金亀伴白鷗。





 以下、『朝野新聞』明治八年二月二十七日(第四六〇号)三面から四面にかけての記事を紹介する。

念一日局長発会ノ詩歌御慰ニ少シ録シマス御嫌ノ御方ハ御見逃シヲ願ヒ奉リマス

  水辺梅
                 南橋仙史
梅不得水精神死、水不得梅風韻鄙、譬之一場鐘情遊、梅是佳人水才子、洛下誰会此妙機、唯有濹上主人耳、濹之東兮春色催、遶家梅花樹々開、好事却張背花陣、柳橋馳檄闘詩才、渡水倶酔西楼酒、隔水顧観東岸梅、

                 雪香真逸
人渓洗我心、超脱雰霧外、水石不着塵、麗鮮賽図絵、野竹乍婆娑、山雲収蔚薈、梅花発無余、的皪映飛瀬、春立僅幾日、便覚物光異、幽禽相上下、清音出馣馤、心奥花神融、黙与花相対、勿将此時情、説与異調輩

                 枳園老人
得々吟行野水汀、到辺偏覚酔魂香、軽寒却為梅花喜、吾再訪時猶未零

                 磯部烟帆
独木橋野辺水涯、白嬋妍映碧淪漪、満渓淡月雪千点、両岸軽風春一枝、高士枕流洗仙骨、美人出浴曝氷肌、為思林下維舟客、夢繞江南旧酒旗

                 小沢圭二
特立水辺魁百花、風烟幾度弄横斜、一従仙史通芳信、緑葉成陰濹上家

                 愛古翁
野梅籬落影斜々、独木橋辺三両家、老幹半傾横澗底、一枝放出水中花、

                 濹上漁客
香風先動最南枝、正是雪融氷冸時、籬外一泓清浅水、朝来写出美人姿、

                 編者 直温
梅樹参差倚水郷、水融梅発報新陽、雪沈水底梅千点、春在梅梢水一方、流水自倶梅蕾浄、落梅又使水烟香、水辺梅下高吟士、対水看梅好倒觴

   ○
                 梅村宣雄
水底にうつらんものとさく梅のこゝろへたつる池のうすらひ

                 大倉喜
下水も春の匂ひとなりにけり堤の梅の花さきしより

   ○
                 円朝
梅か香の河をへたてゝ来る夜かな

   ○

   呈主人            雪江釣史
高士行臧見素真、旧廬起臥養吟身、園梅種得傍門柳、匹似陶翁林叟倫

   次主人見睍扇上所題詩韻    雪香真逸
詩尤峭勁筆紆余、高臥三囲祠畔廬、不怪薫陶及吾輩、監厨婢子尚知書

   同前             南橋仙史
紅燈緑酒傲遊余、笑巻新編臥草廬、雪裡梅花林下月、酔仙今夕読何書

マダ沢山アリマスレ共先今日ハ是レ切リニ致シマス次第不同ハ御用捨下サリマセ





2017年8月25日公開

菊池眞一

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