今鏡 日本文学叢書 総ひらがな版
凡例
底本: 『日本文学叢書第八巻 「今鏡 増鏡」』
物集高見 監修
発行所 日本文学叢書刊行会
基本的に底本の読みに従っていますが、一部訂正しております。
歌の頭に@を付し、和歌の末尾に、 Wを付けました。
漢文は、原文のみで、振り仮名がありませんが、読み下しと総ひらがなを併記しました。
他本により補った語句は、〔 〕に入れました。
底本通りに改行し、ページ数を記しました。
P001
いまかがみ
だいいち すべらぎのじやう
やよひのとをかあまりのころ、おなじこころなるともたち、あまたいざなひてはつせにまうではべりし
ついでに、よきたよりにてらめぐりせんとて、やまとのかたにたびありきひごろするに、みちとほく
てひもあつければ、こかげにたちよりて、やすむとて、むれゐるほどに、みつはさし
たるをんなのつゑにかかりたるが、めのわらはの、はながたみにさわらびをりいれて、ひぢにかけ
たるひとりぐして、そのきのもとにいたりぬ。とほきほどにはあらねど、くるしく
なりてはべれば、おはしあへるところはばからしけれど、みやこのかたよりものしたまふ
にや。むかしもこひしければ、しばしもなづさひたてまつらん。といふけしきも、くち
すげみわななくやうなれど、としよりたるほどよりも、むかしおぼえににくげもせず。この
わたりにおはするにやなどとへば、もとはみやこにももとせあまりはべりて、そののち、
P002
やましろのこまのわたりに、いそぢばかりはべりき。さてのちおもひもかけぬくさのゆかりに、かすがの
わたりにすみはべるなり。すみかの、となりかくなりしはべるも、あはれにといふに、
としのつもりきくほどに、みなおどろきてあさましくなりぬ。むかしだにさほどのよはひはありがたき
に、いかなるひとにかおはすらん。まことならば、ありがたきひとみたてまつりつ
といへば、うちわらひて、つくもがみはまだおろしはべらねど、ほとけのいつつのいむ
ことを、うけてはべれば、いかがうきたることはまうさん。おほぢにはべりしものも
ふたももちにおよぶまではべりき。おやにはべりしも、そればかりこそはべらざりしかども、
ももとせにあまりてみまかりにき。おうなも、そのよはひをつたへはべるにや、いまいまとまち
はべりしかど、いまはおもなれて、つねにかくてあらんずるやうに、ねんぶつなども
おこたりのみなるもあはれになんといへば、さていかにおはしけるつづきにか、あさましく
も、ながくもおはしけるよはひどもかな。からのふみよむひとのかたりしは、
みちよへたるひともありけり。ももとせをななかへりすぐせるもありければ、このよ
にも、かかるひとのおはするかなと、このともたちのうちにいふめれば、おほぢ
は、むげにいやしきものにはべりき。きさいのみやになんつかへまつりはべりける。な
P003
はよつぎとまうしき。おのづからもきかせたまふらん、くちにまかせてまうしけるものがたり、
とどまりてはべるめり。おやにはべりしは、なまがくじやうにてだいがくにはべりき。このおうな
をもわかくては、みやづかへなどせさせはべりて、からのうた、やまとのうたなどよく
つくりよみたまひしが、こしのくにのつかさにおはせしおんむすめに、しきぶのきみとまうしし
ひとの、じやうとうもんゐんのきさいのみやとまうししとき、おんははのたかつかさどのにさぶらひたまひしつぼねに
あやめとまうしてまうではべりしを、さつきにうまれたるかととひたまひしかば、
いつかになんうまれはべりける。ははのしがのかたにまかりけるに、ふねにてうまれ
はべりけるとまうすに、さてはさつきいつか、ふねのうちなみのうへにこそあなれ。
うまのときにやうまれたるとはべりしかば、しかほどにはべりけるとぞ、おやはまうし
はべりしなどまうせば、ももたびねりたるあかがねななりとて、いにしへをかがみ、いまをかがみる
などいふことにてあるに、いにしへもあまりなり。いまかがみとやいはまし。また
をさをさしげなるほどよりも、としもつもらずみめもささやかなるに、こかがみとや
つけましなどかたれば、よにひとのみきようずることかたりいだされたるひとのうまごに
こそおはすなれ。いとあはれに、はづかしくこそはべれ。しきぶのきみたれがことにか
P004
ととへば、むらさきしきぶとぞよにはまうすなるべしといふに、それはなだかく
おはするひとぞかし。げんじといふめでたきものがたりつくりいだして、よにたぐひなき
ひとにおはすれば、いかばかりのことどもか、ききもちたまへらん、うれしき
みちにも、あひきこえけるかな、むかしのかぜもふきつたへたまふらん、さるべき
ことのはをも、つたへたまへといへば、かたがたうけたまはることおほかりしかども、ものがたりども
にみなはべらんといへば、そののちのことこそゆかしけれといふに、ちかきよ
のことも、おのづからつたへききはべれば、おろおろとしのつもりにまうしはべらん。
わかくはべりしむかしは、さるべきひとのこなどみたりよたりうみてはべりしかど、このみ
のあやしきにや、みなほふしになしつつ、あるはやまぶみしありきてあともとどめはべらざり
き。あるはやまごもりにて、おほかたみるよもはべらず。ただやしなひて、はべる、ごせちの
みやうぶとてはべりし、うちわたりのこともかたり、よのこともくらからずまうして、ことのつま
ならしなどして、きかせはべるも、よはひのぶるここちしはべりし。はやくかくれはべりて、
またとのもりのみやつこなるをのこのはべるも、うひかうぶりせさせはべりしまでやしなひたてて、この
かすがのさとに、わすれずまうでくるが、あさぎよめ、みかきのうちに、つかうまつるに
P005
つけて、このよのこともききはべる。みなもとをしりぬれば、すゑのながれきくに、こころ
くまれはべり。よつぎがまうしおけるまんじゆにねんより、ことしはかおうにねんかのえとらなれ
ば、ももとせあまりよそぢのはるあきに、みとせばかりやすぎはべりぬらん。よはとつぎあまり、
みつぎにやならせたまふらんとぞおぼえはべる。そのをりまんじゆにねんに、ことしなる
とまうしたれば、かのごいちでうのみかどよをたもたせたまふこと、にじふねんおはしまししか
ば、まんじゆにねんののち、いまとかへりのはるあきはのこりはべらん。じんむてんわうよりろくじふはちだい
にあたらせたまへり。そのみよよりまうしはべらんとて。
S0101 くもゐ
ごいちでうのみかどとは、まへのいちでうゐんのだいにのわうじにおはします。おんははじやうとうもんゐん、
ちゆうぐうあきことまうしき。にふだうさきのだいじやうだいじんみちながのおとどのだいいちのおんむすめなり。
このみかどくわんこうごねんながつきのとをかあまりひとひのひ、うまれさせたまへり。おなじ
としのかみなづきじふろくにちぞ、みこのせんじきこえさせたまひし。おなじはちねんみなづきじふさんにち
とうぐうにたたせたまふ、おんとしよつにおはしましき。いちでうのゐんくらゐさらせたまひ
P006
て、おんいとこのさんでうゐんとうぐうにおはしまししに、ゆづりまうさせたまひしか
ば、そのおんかはりのとうぐうにたたせたまへりき。かのさんでうゐんくらゐにおはしますこと、
いつとせばかりすぐさせたまひて、ちようわごねんむつきのにじふくにちに、くらゐをこのみかどにゆづり
まうさせたまひき、おんとしここのつにぞおはしましし。さてとうぐうには、かのさんでうゐん
のしきぶきやうのみこをたてまうさせたまへりき。せつしやうは、やがておんおほぢのにふだうおとど、
さだいじんとてさきのみかどのくわんばくにおはしましし、ひきつづかせたまひてつぎの
としのやよひに、みこのうぢのおとど、うだいしやうときこえさせたまひしに、ゆづり
まうさせたまひにき。そのひやがてないだいじんにもならせたまふと、きこえさせたまひ
にき。そのはつきここのか、とうぐうわがみこころと、のかせたまひき。さんでうゐんもうづき
にみぐしおろさせたまふ。さつきにかくれさせたまひぬるにも、よのなかさうざうしく
おもほしめすにや、おんやまひなどきこえて、かくさらせたまひぬれば、みかどのおんおとうと
のだいさんのみこを、このかはりにたてまうさせたまひて、にじふごにちにぞ、さきのとうぐう
にゐんがうきこえさせたまひて、こいちでうゐんとまうす。としごとのつかさくらゐ、もとのごとくたまはら
せたまふ。みずゐじんなどきこえたまひき。ほりかはのにようごの、みえしおもひのなどよみ
P007
たまへる、ふるきものがたりにはべるめれば、こまかにもまうしはべらず。くわんにんにねんむつき
には、うへのおんとしとをにあまらせたまひて、みかごげんぶくせさせたまへれば、きびは
におはしますに、おんかうぶりたてまつりて、おとなにならせたまへるおんすがたもうつくしう
いとめづらかなる、くもゐのはるになんはべりける。うづきのにじふはちにちに、おほうち
やうやうつくりいだしてわたらせたまふ。しろがねのうてなたまのみはし、みがきたてられたるありさま、
いときよらにて、あきらけきみよのくもりなきも、いとどあらはれはべるなる
べし。みかうしもみすもあたらしくかけわたされたるに、くものうへびとのなつごろも、
ごたちのよういなど、いとどすずしげになんはべりける。おほみやもいらせたまふ。とうぐう
もわたらせたまひて、うめつぼにぞおはします。にふだうおとどのしのきみは、たけこのないしのかみ
ときこえたまひし、こよひにようごにまゐりたまひて、ふぢつぼにおはします。
かみなづきのとをかあまりのころ、きさきにたたせたまふ。こくももきさきもあにおととにおはしませ
ば、いとたぐひなきおんさかえなるべし。にじふににちにじやうとうもんゐんにみゆきありて、かつら
ををるこころみせさせたまふ。だい、しもをへてきくのしやうをしる、またみどりのまついろをあらたむる
ことなし、などぞきこえし。おほきおとどたてまつらせたまへるとなん。はつきにじふはちにちとうぐう
P008
ごげんぶくせさせたまふ、おんとしじふいちにぞおはしましし。ながつきにじふくにちに、にふだうおとど
とうだいじにてごかいうけさせたまひき。おなじきよねんのかのえさるやよひにじふににちにむりやうじゆゐん
つくりいださせたまひて、くやうせさせたまふ。きさき、みところぎやうけいせさせたまふ。
おんありさまども、ふるきものがたりにこまかにはべれば、さのみおなじことをまうしかさね
はべるべき。かみなづきにはにふだうのおとど、ひえにのぼりたまひて、ゑしんとかいひて、
ごかいかさねてうけさせたまふ。ぢあんにねんみづのえいぬのふみつきじふよつかほふじやうじにみゆきせ
させたまひき。にふだうおとどこんだうくやうせさせたまひしかば、とうぐうもきさきたちも、みな
ぎやうけいせさせたまひき。つみあるものどもみなゆるされはべりにけり。さんねんむつきにたいくわうたいこうぐう
にてうきんのみゆきせさせたまひき。とうぐうもおなじやうにぎやうけいせさせたまひける。
ふたりのみこおはしませば、いとたぐひなき、みやのうちなるべし。かみなづきじふさんにち
にじやうとうもんゐんのおんははたかつかさどの、むそぢのおんがせさせたまふ。そのおんありさま、
むかしのものがたりにはべれば、このうちにもごらんぜさせたまへるひとも、おはしますらん。
まんじゆぐわんねんながつきじふくにち、くわんばくどののかやのゐんにみゆきありて、くらべうまごらんぜ
させたまふべきにて、たいくわうたいこうぐうまづじふよつかにわたりゐさせたまひてぞ、まち
P009
たてまつらせたまひける。かくてにじふいちにちに、おほみやはうちへいらせたまひき。かやのゐん
のみゆきには、かのいへのつかさかかいなどしはべりけり。むらかみのなかつかさのみやのおんこ
げんじのちゆうじやうを、にふだうおとどのおんやしなひごときこえたまふ。このたびさんみちゆうじやうに
なりたまひき。にねんはづきみつかとうぐうのみやすどころ、をとこみやうみたてまつりたまひて、いつか
にかくれさせたまひき。にふだうおとどのろくのきみにおはする、おんさいはひのうちにあさましく
かなしとまうすもおろかにはべれど、ごれいぜいゐんを、うみおきたてまつりたまへれば、いと
やんごとなくおはします。そのをりのかなしさは、たぐひなくはべりしかども、
いきてきさきにたちたまへるおんあねたちよりも、おはしまさぬあとのめでたさは、こよなく
こそはべるめれ。
S0102 ねのひ
みとせのむつきじふくにち、たいくわうこうぐうおんさまかへさせたまひき。きさきのおんなもとどめ
させたまひし、じやうとうもんゐんとまうしき。よそぢにだにまだみたせたまはぬに、いと
こころかしこくよをのがれさせたまふ。めでたくもあはれにも、きこえさせたまひき。だいさいゐん
P010
とまうししは、せんしないしんわうときこえさせたまひし。このおんことをきかせたまひ
て、よみてたてまつらせたまへるおんうた、
きみはしもまことのみちにいりぬるなりひとりやながきやみにまどはん W
このさいゐんは、むらかみのくわうごうぐうのうみおきたてまつらせたまへりしぞかし。ひがしさんでうどの
のおんいもうとなれば、このにふだうどのには、おんをばにあたらせたまふぞかし。ながつき
にはちゆうぐうごさんときこえさせたまひて、ひめぎみうみたてまつらせたまふ。さゑもんのかみかねたか
ときこえたまひしがいへをぞ、おんうぶやにはせさせたまへりし。をとこみやにおはしまさ
ぬは、くちをしけれど、おんうぶやしなひなど、こころことにいとめでたく、ことわりとまうしながら
きこえはべりき。このひめみやはごれいぜいゐんのきさき、にでうゐんとまうししおんことなり。
とうぐうにはじめてまゐらせたまひけるころ、ではのべんみたてまつりて、
はるごとのねのひはおほくすぎぬれどかかるふたばのまつはみざりき W
とぞよめりける。おなじきよねんむつきには、じやうとうもんゐんのとしのはじめのみゆきありて、
てうきんのごはいせさせたまひき。つねのところよりもおんすまひありさま、いとはえばえしく、
からゑなどのやうに、やまのいろみづのみどり、こだちたていしなどいとおもしろきに、くらゐにしたがへ
P011
るいろいろのきぬのそで、このゑのつかさのひらやなぐひ、ひらをなど、めもあやなるに、きぬのいろ
まじはれるうちより、からのまひ、こまのまひびと、さうかたがたにそでふるほどなど、ところ
にはえておもしろしなども、ことばもおよばずなんはべりける。しもつきにはにふだうおほきおとど
おんやまひおもらせたまひて、せんにんのどしやとかやいひて、ほふしになるべき
ひとのかずの、ふみたまはらせたまふときこえはべりき。ほふじやうじにおはしませば、その
みてらにみゆきありて、とぶらひたてまつらせたまふ。みずきやうおんふせなど、さまざまきこえはべり
き。とうぐうにもぎやうけいせさせたまふ。おんうまごないとうぐうにおはしませば、おんやまひの
をりふしにつけても、おんさかえのめでたさ、むかしもかかるたぐひやははべりけん。しはす
のよつかににふだうどのかくれさせたまひぬれば、としもかはりて、はるのはじめのせちゑなど
もとどまりて、くらゐなどたまはすることもほどすぎてぞはべりける。ちやうげんにねんきさらぎ
のふつか、ちゆうぐうまたひめみやうみたてまつらせたまへり。このひめみやはごさんでうゐんのきさきに
おはします。ふたりのひめみやたち、にだいのみかどのきさきにおはします、いとかひがひしき
おんありさまなり。ろくねんしもつきに、たかつかさどののななそぢのおんがせさせたまふとて、
によゐんちゆうぐうくわんばくどののうちのおほいどの、かたがたいとなませたまひき。わらはまひなどいとうつくしく
P012
て、まだいとけなきおんよはひどもに、からびとのそでふりたまふありさまいとらうありて、いか
ばかりかはべりけんに、またのひうちにめして、きのふのまひどもごらんぜさせたまへ
り。まひびとくものうへゆるさるるひとびとときこえはべりき。まひのしもつかさたまはりて、
このゑのまつりごとびとなど、くはへさせたまひけりとなん。かのおんがのびやうぶに、
りんじきやくのところを、あかぞめのゑもんがよめる、
むらさきのそでをつらねてきたるかなはるたつことはこれぞうれしき W
またねのひかきたるところよめるうたも、いうにきこえはべりき。
よろづよのはじめにきみがひかるればねのひのまつもうらやみやせん W
おなじきくねんやよひのとをかあまりのほどより、うへのおんなやみときこえさせたまひて、かみがみ
にみてぐらたてまつらせたまへる、さまざまのおんいのりきこえはべりき。てんじやうびとみつかひにて、さう
のおんうまなどひかれはべりけり。おんとしみそぢにだに、いまひとつたらせたまはぬ、
いとあたらし。されどにじふねんたもたせたまふ、すゑのよにありがたくきこえさせたまひ
き。まだおはしますありさまにて、おんおとうとのとうぐうに、くらゐゆづりまうさせたまふさまなり
けり。のちのおんことのよそほしかるべきによりて、くらゐおりさせたまふこころなるべし。
P013
をとこみこのおはしまさぬぞくちをしき。いづれのあきにかはべりけん、きくの
はなほしににたりといふだいのぎよせい、からのおんことのはきこえはべりき。
@司天記取稀色。 分野望看露冷光。 (司天記取す葩の稀なる色。分野望み看る露の冷じき光。) してんきしゆすはなのまれなるいろ。ぶんやのぞみみるつゆのすさまじきひかり。
とかひとのかたりはべりし。おんざえもかしこくおはしけるにや、ぼだいじゆゐんにこのみかど
のみえいおはしましけるを、ではのべんがよめりける、
いかにしてうつしとめけんくもゐにてあかずかくれしつきのひかりを W
かくぼだいじゆゐんは、にでうゐんのみだうなれば、みこころざしのあまりに、ちちのみかどのおんすがた
をかきとどめて、おきたてまつらせたまひけるなるべし。おもひやりまゐらするも、
いとあはれにかなしくこそはべれ。
S0103 はつはる
ごすざくゐんとまうす、さきのいちでうゐんのだいさんのわうじ、おんははじやうとうもんゐん、せんだいとおなじ
おんはらからにおはします。このみかどくわんこうろくねんつちのとのとりとまうししとしの、しもつきの
にじふごにちにうまれさせたまひけり。しちねんむつきじふろくにちに、みこときこえさせたまふ、
P014
おんとしここのつときこえさせたまひき。ちやうげんくねんうづきじふににちくらゐにつかせたまふ、
おんとしにじふはち。そのとしごそくゐだいじやうゑなどすぎて、としもかはりぬれば、いつしか、
むつきのなぬか、くわんぱくひだりのおとどとて、うぢのおほきおとどとおはしまし
し、にようごたてまつらせたまふ。みかどのおんせうとにおはしましししきぶきやうのみこのをんなぎみ
の、むらかみのなかつかさのみやの、おんむすめのおんはらにおはせしを、くわんぱくどのにおんこしたてまつり
たまひて、にようごにたてまつりたまへるなり。いちでうのゐんのくわうごうの、うみたてまつりたまへ
りしいちのみこにおはしませば、とうぐうにもたちたまふべかりしを、おんうしろみ
おはしまさずとて、にのみこにて、せんだい、さんのみこにて、このみかどふたり、
みだうのうまご、くわんぱくのおんをひにおはしませば、うちつづきつかせたまへるなり。
かのいちでうゐんのくわうごうぐうは、おんせうとのうちのおとどの、つくしにおはしまししことども
に、おもほしなげかせたまひて、おんさまかへさせたまへりしのちに、しきぶきやうのおんこ
をうみたてまつらせたまへるなり。からくにのそくてんくわうごうのみぐしおろさせたまひてのちに、
みこうみたまひけんやうにこそおぼえはべりしか。されどかれはさきのみかどのにようご
にて、かのみかどかくれさせたまひにければ、よをそむきて、かんごふじとかいふてら
P015
にすみたまひけるを、さきのみかどのみこくらゐにつきたまひて、かのてらにおはして
みたまひけるに、みこころやよりたまひけん、さらにきさきにたてまつりけると、これ
はおなじみよのもとのきさきなれば、いたくかはりたまはぬさまにて、なのめなるさまにてはべり
き。かしこきみよのおんことまうしはべるもかたじけなく、かのくわうごうのにようばう、ひごのかみもとすけ
とまうすがむすめ、せいせうなごんとてことになさけあるひとにはべりしかば、つねにまかり
かよひなどして、かのみやのこともうけたまはりなれはべりき。そのしきぶきやうのおんこの
おんむすめにおはしませば、みかどにはめひにあたらせたまへり。かくて、やよひのついたち
に、きさきにたたせたまひぬ。おんとしにじふににぞおはしましし。もとのきさきはくわうごうぐう
にならせたまひき。そのもとのきさきは。みかどとうぐうにおはしまししときよりまゐり
たまへりき。さんでうゐんのひめみやにおはします。それはおんとしにじふごにならせたまへ
りき。やうめいもんゐんとまうすはこのおんことなり。みぐしのうつくしさを、こゐんみまゐらせ
ぬ、くちをしとて、さぐりまうさせたまひけんもおもひやられて、おなじきさきとまうせ
ども、やんごとなくおはします。ひさしくうちへまゐらせたまはざりけるころ、
うちより、
P016
あやめぐさかれしたもとのねをたえてさらにこひぢにまどふころかな W
とはべりけん、おんかへりごとはわすれにけり。とうぐうにおはしまししときのみやすどころなり。
このきさきに、みだうのろくのきみまゐりたまひて、ないしのかみときこえたまひし。ごれいぜいゐん
のいまのとうぐうにおはしましし、うみおきたてまつりて、うせたまひしかば、
このみやは、そののちまゐりたまへるなり。こないしのかみのおんもとに、かすみのうちにおもふ
こころをと、よませたまひたるおんうた、たまはりたまひけるときこえはべりしものを、ちやうりやく
ぐわんねんかみなづきのにじふさんにちくわんぱくのとのかやのゐんに、じやうとうもんゐんわたらせたまひて、
ぎやうかうありて、きんだちゐんじなどかかいどもしたまひき。かくてとしもあけぬれば、
またむつきふつかじやうとうもんゐんにてうきんのぎやうかうありて、いづくとまうしながら、なほこの
ゐんのけしきありさま、やまのあらし、よろづよよばふこゑをつてへ、いけのみづも、ちとせの
かげをすまして、まちとりたてまつりたまひき。せんだいかくれさせたまへれども、かくうちつづき
ておはします、にだいのこくもとまうすもやんごとなし。またみかはとうぐう
てうきんのぎやうけいとて、うちにまゐらせたまふ。みかどのみゆきよりも、ことしげからぬものから、
はなやかにめづらしく、ゆげひのすけいちゐんなどひきつくろひたるけしき、こころことなる
P017
べし。すべらぎのおんよそひ、みこのみやのおんぞのいろかはりてめづらしく、ごはいのありさまなど、
そでふりたまふたちゐのおんよそひ、うつくしうて、よろこびのなみだもおさへがたくなんあり
ける。つらなれるむらさきのそでも、ことにしたがへるあけもみどりも、はなやかなるみかきのうち
のはるなりけるとなんきこえはべりし。
S0104 ほしあひ
ちゆうぐうこぞよりいつしかただならずならせたまひて、しもつきのじふさんにちに、
ひだりのおとどのたかくらどのにいでさせたまへりしが、つぎのとしうづきついたち、をんなみこうみ
たてまつらせたまひて、またうちつづき、またのとしもおなじやうにまかりいでさせたまひて、
たんごのかみゆきたふのぬしのいへにて、ちやうりやくさんねんはづきじふくにちに、なほをんなみやうみたてまつり
たまひて、おなじきにじふはちにちにうせたまひにき。おんとしにじふし。あさましくあはれなる
ことかぎりなし。いとどあきのあはれそひて、ありあけのつきのかげも、こころをいたましむるいろ、
ゆふべのつゆのしげさも、なみだをもよほすつまなるべし。かくてながつきここのかにうちよりこちゆうぐう
のおんために、ななてらにおんずきやうせさせたまふ。みかどおんぶくたてまつりて、はいてうとてせいりやうでん
P018
のみすおろしこめられ、ひのおものまゐるも、こゑたててそうしなどすることも
せず、よろづしめりたるままには、ゆふべのほたるをもあはれとながめさせたまふ。あきのともしび
かかげつくさせたまひつつぞ、こころぐるしきをりふしなりけるに、はつかぞげぢんとかいひ
て、よろづれいざまにて、おんとののみすなどもまきあげられ、すこしはるるけしき
なりけれど、なほみけしきはつきせずぞみえさせたまひける。かんなづきも
すぎぬれば、ごきすゑになりて、かのうせたまひにしみやにて、おんぶつじあり。
こずゑのいろもかぜのけしきも、おもひしりがほなるさまなり。くれなゐはらはぬむかしのあとも、
のりのにはとて、ことにきよめらるるにつけても、をりにふれて、あはれつきせざり
けり。しもつきのなぬかぞ、うちにははじめて、まつりごとせさせたまふ。なでんにいでゐ
させたまひて、くわんそうなどあるべし。ごいちでうのゐんのちゆうぐうにはべりける、いづもの
ごといふが、このみやにはべりしいがのせうしやうがもとに、
@いかばかりきみなげくらんかずならぬみだにしぐれしあきのあはれを W
とよめりけり。あきのみやうちつづき、あきうせさせたまへるに、いとらうありて、
おもひよせられけるもあはれにこそきこえはべりしか。またのとしのふみづきなぬか、くわんぱくどの
P019
に、うちよりおんせうそこありて、
@こぞのけふわかれしほしもあひぬなりなどたぐひなきわがみなるらん W
とよませたまひてはべりけんこそ、いとかたじけなく、なさけおほくおはしましけるおんこと
かなと、うけたまはりしか。やうきひのちぎりもおもひいでられて、ほしあひのそら、いかにながめあか
させたまひけんといとあはれに、たづねゆくまぼろしもがななどや、おぼしけんとおしはから
れてこそ、つたへききはべりしか。しなどをも、をかしくつくらせたまひ
けるとこそきこえはべりしか。あきのかげいづちかへらんとす、などいふことに、
@路非山水誰堪趁。跡任乾坤豈得尋。(路山水に非ず誰か趁ふに堪へん。跡乾坤に任せて豈尋ぬることを得むや) みちさんすいにあらずたれかおふにたへむ。あとけんこんにまかせてあにたつぬることをえむや。
などつくらせたまひけるとこそ、うけたまはりしか。けんこんといふこと
にぞはべりける。ちやうきうにねんやよひよつか、はなのえんせさせたまひて、うたのしたはうぐひすに
しかずといふだいたまひて、かつらををるこころみありときこえはべりき。つぎのとしやよひの
ころ、ほりかはみぎのおとどそのときとうぐうのだいぶとまうししに、にようごたてまつりたまひき。そちのうちのおとど
のむすめのおんはらなり。おとどたちにもおとりたまはず、いとめでたくはべりき。
かんなづきのころ、おほにでうどのないだいじんときこえたまひし、にのきみないしのかみになりて
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まゐりたまひて、かたがたはなやかにおはしき。しもつきにはにのみやおんふみはじめとて、しきぶのたいふ
ときこえしはかせ、ごちうかうきやうといふふみをしへたてまつりき。くらうどさねまさ、しやうふく
とて、それもおんしなるべし。おなじきよねんのやよひにも、すけくにたかときときつなくにつな
などいふものども、こころみさせたまひき。ゆばどのにてぞ、つくりてたてまつりたまひける。
もとかつらををりたるは、はかせをのぞみ、まだをらぬものは、ともしびののぞみなんあり
ける。くごとにもろこしのはかせのななどおきければ、つづりかなふるひとかたくなんあり
ける。くわんとくぐわんねんはづきに、おほすみのかみながくにたじまのすけになり、みんぶのじようなりゆきおなじくに
のじようになしたまひて、こまうどの、かのくににつきたる、とぶらはせたまひき。おんなやみ
とて、あくるとしむつきじふろくにちに、くらゐさらせたまひみぐしおろさせたまふ。おんとし
さんじふしちになんおはしましし、よをたもたせたまふことくねんなりき。まだわかく
おはしますさまを、をしみたてまつらずといふひとはなし。せんだいにじふくにおはしまし
き。これはされど、みそぢあまりのはるあきすぎさせたまへり。ははぎさきの、あまりながく
おはしますに、かくのみおはしませば、おんさいはひのうちにも、おんなげきにたへ
ざるべし。なほおんうまごのいちのみこはみかど、にのみこはとうぐうにおはしませ
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ば、いとやんごとなきおんありさまなるべし。
S0105 もちづき
よつぎもみかどのおんついでに、こくものおんことまうしはべれば、このみかどのおんははきさきのおんこと、
このついでにまうしはべるべし。おんとしにじふさんにおはしまししとき、ごいちでうゐん、ごすざくゐん
うちつづきうみたてまつらせたまへり。つちみかどどのにて、ごいちでうゐんうみたてまつらせたまへ
りししちやのおんあそびに、みすのうちより、いだされはべりける、さかづきにそへられ
はべりしうたは、むかしのみつぼねのよみたまへりし。
@めづらしきひかりさしそふさかづきはもちながらこそちよはめぐらめ W
とぞおぼえはべる。そのにようゐんはじふさんよりきさきにおはしましき。いちでうゐんかくれさせ
たまひてごいちでうのみかど、をさなくおはしましけるに、なでしこのはなをとらせたまひ
ければ、おんははぎさき、
@みるままにつゆぞこぼるるおくれにしこころもしらぬなでしこのはな W
ごせちのころ、むかしをおもひいでててんじやうびとまゐりてはべりけるにいせのたいふ、
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@はやくみしやまゐのみづのうすごほりうちとけざまはかはらざりけり W
とぞよみていだしはべりける。くわんこうくねんきさらぎにくわうたいこうぐうにあがらせたまふ、
おんとしにじふごときこえさせたまひき。ごいちでうのみかどくらゐにつかせたまひて、くわんにん
にねんむつきにたいくわうたいこうぐうにならせたまひき。まんじゆさんねんむつきじふくにちに、おんさま
かへさせたまふ、おんとしさんじふく、おんなはさうじやうかくとまうしけり。きさきのおんなとどめ
させたまひて、によゐんときこえさせたまふ。としごとのつかさくらゐたまはらせたまふことは、
おなじやうにかはりはべらざりけり。ちやうりやくさんねんさつきなぬかみぐしおろさせたまふ。あきもとのにふだうちゆうなごん、
@よをすててやどをいでにしみなれどもなほこひしきはむかしなりけり W
とよみて、このによゐんへたてまつりたまへるおんかへしに、
@つかのまもこひしきことのなぐさまばふたたびよをもそむかざらまし W
とよませたまへる、はじめはみぐしそがせたまひて、のちにみなおろさせたまふこころなるべし。
かのちゆうなごんはごいちでうゐんのおんおぼえのひとにおはしけるに、おんいみにおはし
て、みやのうちにおほとなぶらもたてまつらずはべりければ、いかにとたづねたまひけるに、
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にようくわんどもいまのうちにまゐりて、かきともしするひともなしなどききたまふに、いとど
かなしくて、みかどのかくれさせたまひて、むゆかといふに、かしらおろして、やまふかくこもり
たまへりけり。としさんじふしちになんおはしける。きくひとなみだをながさずといふ
ことなくなんはべりける。くわざんのそうじやうの、ふかくさのみかどのおんいみに、みぐしおろしたまひ
けんにも、おくれぬみこころなるべし。なほつきせずおもほしけるにこそとかなしく、
おんかへしもいとあはれに、おんははぎさきさこそはおもほしおめとおぼえて、かのとうぼくゐん
はこのゐんのごぐわんにて、ちちおとどのみだう、ほふじやうじのかたはらにつくらせたまへり。
やまのかたちいけのすがたもなべてならず、まつのかげはなのこずゑもほかにはすぐれてなんみえ
はべりける。ながつきじふさんやよりもちづきのかげまで、ほとけのみかほもひかりそへられたまへ
り。おんねんぶつはじまりけるほどに、かんだちめてんじやうびとまゐりあつまりたまへるに、うぢのおほきおとど
の、らうえいはべりけんとすすめさせたまひければ、なりのぶのみんぶきやう、とし
たけたるかんだちめにて、ごくらくそんをねんじたてまつることひとよと、うちいだしたまひけん、
をりふしいかにめでたくはべりけん。まさなといふはかせのつくりたるが、いける
よに、いかにいみじくはべりけん。このよならば、いまのひとつくりたること
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もいだしたまはざらまし。てんじやうびとしをにいろのさしぬき、このおんねんぶつよりこそき
はじめたまひしか。このだうつちみかどのすゑにあたれば、じやうとうもんゐんとまうすなり。この
のちよよのによゐんのゐんがう、かどのなきこえはべるめり。やうめいもんも、このゑにあたり
たれば、このれいによりてつかせたまへり。いくはうもんたいけんもんなどは、おほゐのみかど、
なかのみかどにごしよおはしまさねど、なぞらへてつかせたまへるとぞきこえはべる。
たいけんもんゐんのゐんがうのさだめはべりけるに、なぞらへてつかせたまふならば、など
さしこえていくはうもんゐんとはつけたてまつりけるにかなどきこえければ、あきたかのちゆうなごん
といひしひとの、このごれうにのこしておかれけるにこそはべるめれと、
まうされけるとかや。さてぞつかせたまひにけるとなん。みかどのおまへなどにて
は、つちみかどこのゑなどはまうさで、じやうとうもんのおほぢよりはいづかた、やうめいもんの
おほぢよりはそなた、などぞそうすなる。されば、いちでうにでうなどまうすにおなじ
こころなるべし。このじやうとうもんゐんのおんとしは、やそぢあまりななつまでおはしましき。
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S0106 きくのえん
このつぎのみかどは、ごれいぜいのゐんとまうしき。ごすざくゐんのだいいちのわうじ、おんははないしのかみ、
ぞうくわうたいこうぐうよしこときこえき。にふだうおほきおとどのだいろくのおんむすめなり。じやうとうもんゐん
のおなじおんはらからにおはします。このみかどまんじゆにねん。きのとのうしのとし、はちぐわつみつか、
うまれさせたまへり。ちやうりやくぐわんねんしちぐわつふつかおんげんぶく。やがてさんぽんのくらゐたまはら
せたまふ。はちぐわつじふしちにちにとうぐうにたたせたまひて、くわんとくにねんしやうぐわつじふろくにち、
くらゐにつかせたまふ。おんとしにじふいちにぞおはしましし。えいしようぐわんねんやよひのころ、
いつきたち、おのおのさだめさせたまふ。しちぐわつとをかちうぐうたたせたまひき。とうぐうのおんとき
より。みやすんどころにておはしましし。ごいちでうのゐんのひめみやなり。かみなづきもすぎ
て、みかどことしぞとよのみそぎせさせたまふ。しやうぐわつじふろくにち。おんいみのつきとて、たふかのせちゑ
もなし。じふぐわつにくわんぱくどののおんおとうとの、みぎのおとどにようごたてまつりたまふ。おほにでうどの
とまうししおんことなり。おなじきよねんじふいちぐわつに。てんじやうのうたあはせせさせたまひ
き。むらかみのおんとき、くわざんのゐんなどののち。めづらしくはべるに。いとやさしくおはしまし
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しにこそ。のういんほふしのいはねのまつもきみがためといちばんのうたによみてはべる、
このみちのすきものときにあひてはべりき。たつたのかはのにしきなりけり、といふうた
も、このたびよみてはべるぞかし。ごねんしはすくわんぱくどののおんむすめにようごにまゐりたまふ。
しでうのみやとまうししおんことなり。ろくねんきさらぎとをか、きさきにたちたまふ。くわうごうぐう
とまうしき。もとのきさきは、くわうたいこうぐうにあがりたまひき。さつきいつかてんじやうのあやめ
ねあはせせさせたまひき。そのうたども、うたあはせのなかにはべるらん。きさいのみやさとに
おはしましけるとき、りやうぜんほふし、もみぢばのこがれてみゆるみふねかなといふ
れんが、てんじやうびとのつけざりけるをも、みかどのおんはぢにおぼしめしたりけるも、
いとなさけおほく、おはしましけるにこそ。ながつきここのかきくのえんせさせたまひて、
きくひらけてみづのきしかうばしといふだいを、つくらせたまひけるとぞきこえはべりし。しちねん
かみなづきのころ、つりどのにておんあそびあり。ふみつくらせたまひけるとぞきこえはべりし。
かやうのおんあそびつねのことなるべし。
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S0107 こがねのみのり
いづれのとしにかはべりけん。ながつきじふさんやかやのゐんのだいりにおはしましけるに、
たきのみづおとすずしくて、いはまのみづにつきやどしてごらんぜさせたまひて、よませたまひ
ける、
@ いはまよりながるるみづははやけれどうつれるつきのかげぞのどけき W
とぞきこえはべりし。ちりやくぐわんねんながつきにじふごにちにかやのゐんにてこがねのもじのおんきやう、
みかどおんみづからかかせたまひて、みはかうおこなはせたまひき。むらかみのみよのみづぐき
のあとを、ながれくませたまふなるべし。はじめのおんだうしはしようはんざすの、いまだそうづ
などきこえしをりぞせらるるときこえはべりし。いづれのとひとかいひて、ろんぎの
ことのよしなども、かのむらかみのおんときのをぞ、ちりばかりひきかへたるやうなり
けるとぞ、ちやうもんしけるひとなどつたへかたりはべりし。ごくわんのひはみやみやかんだちめ。てんじやうびと、
みなささげものたてまつりて、たつとりのからふね、いけにうかびて、みづのうへにこゑごゑしらべあひ
て、ほとけのみくにうつしたまへり。もみぢのにしき、みづのあや、ところもをりもかなへる、
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みのりのにはなるべし。さんねんじふぐわつじふごにちには、うぢのびやうどうゐんにみゆきありて、おほきおとど、
にさんねんかれにのみおはしまししかば、わざとのみゆきはべりて。みたてまつら
せたまふとぞうけたまはりし。うぢはしのはるかなるに、ふねよりがくにんまゐりむかひて、
うぢがはにうかべて、こぎのぼりはべりけるほど、からくにもかくやとぞみえけると、
〔ひとは〕かたりはべりし。みだうのありさま、かはのうへに、にしきのかりやつくりて、いけのうへにも、
からふねのふえのね。さまざましらべて、おまへのものなどは、こがねしろがね。いろいろのたまども
をなむ、つらぬきかざられたりける。じふろくにちにかへらせたまふべきに。あめにとどまら
せたまひて、じふしちにちにふみなどつくらせたまふ。そのたびのみかどのぎよせいとて。うけたまはりはべりしは、
@忽看烏瑟三明影。 暫駐鸞輿一日蹤。(忽ち看る烏瑟三明の影。暫く駐まる鸞輿一日の蹤。) たちまちみるうしつさんめいのかげ。しばらくとどまるらんよいちしつのあと。
とかや、つくらせたまへると、ほのかにおぼえはべる。をりにあひて、おぼしよらせ
たまひけんほど、いとめでたきことと、しりたるひとまうしける。そのたびぞじゆんさんぐう
のせんじは、うぢどのかうぶらせたまひけるときこえさけたまひし。そのころにやはべり
けん、だいりにてわらはまひごらんぜさせたまひき。かんだちめのわかぎみたち、おのおのまひたまひ
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き。がくにんはてんじやうびと、さまざまのふきもの、ひきものなどせさせたまふ。そのうちに、
ろくでうのみぎのおとどの。ちうなごんときこえたまひしとき、そのわかぎみこいんすまひたまふを、
おまへにめして、おんぞたまふに、おほぢのないだいじんとておはせし、ざをたちて
はいしたまひけるは、つちみかどのおとどとぞきこえたまひし。まひたまひしは、だいじやうのおとど
とやまうしけむ。かくてしはすのじふににち。にじふにしやにみてぐらたてまつら
せたまひき。みかどのおんなやみのこととて、つぎのとししやうぐわつついたちはにつしよくなりしかば、
はいてうとてみすもおろし、よのまつりごともはべらざりき。さきのおほきおとども、おんなやみとて、
きさらぎのころ。くわうごうぐうも。さとにいでさせたまひき。うちにはくじやくみやうわうのほふおこなは
せたまひて、おほみむろとておはしましし、にんわじのみやおんでしそうがうになり、
わがおんみもぎつしやなどかうぶりたまひき。みかどおんここちおこたらせたまふなるべし。しぐわつ
にはこがねしろがね、あやにしきなどのみてぐら、かみがみのやしろにたてまつらせたまひき。かかるほどなれ
ど、ひだりのおとどのおんむすめのにようご、くわうごうぐうにたちたまひき。ちちおとども。くわんぱくになり
たまひき。うちにもおんなやみおこたらせたまはず。おほきおとども。よろづのがれたまひて、
ゆづりまうしたまふなるべし。みかどよをたもたせたまふこと、にじふさんねんなりき。おんとしよそぢ
P030
によとせばかりあまらせたまへりけるなるべし。をとこにても、をんなにても、みこの
おはしまさぬぞ、くちをしきや。おんははないしのかみ。おんとしじふくにて、このみかどうみ
たてまつりたまひて、かくれさせたまひにき。くわんとくにねんはちぐわつじふいちにちに、くわうごうぐうおくり
たてまつられき。こくきにて、そのひはよろづのまつりごとはべらす。むかしはきさきにたちたまはで、
うせたまへれど、みかどのおんははなれば、のちには、やむごとなき、おんなとどまりたまへり。
S0108 つかさめし
このつぎのみかどごさんでうのゐんにぞおはしましし。まだみこにおはしまししとき、
ちちのみかどごすざくのゐん。さきのとしのふゆよりわづらはせたまひて、むつきのとをかあまりのころ、くらゐ
さらせたまひて、みこのみやにゆづりまうさせたまふとばかりにて。とうぐうのたたせたまふ
ことは、ともかくもきこえざりけるを、よしのぶだいなごんとて、うぢどのなどのおんおとうと
の、たかまつのはらにおはせしが、おまへにまゐりて、にのみやをいづれのそうにかつけ
たてまつりはべるべきと、きこえさせたまひけるに、ばうにこそはたてめ、そうには
いかがつけむ、くわんぱくの、とうぐうのことはしづかにといへば、のちにこそはとおほせ
P031
られけるを、けふたたせたまはずば、かなふまじきことにはべりと、まうしたまひ
ければ、さらばけふとてなんとうぐうはたたせたまひける。やがてだいぶには、
そのよしのぶのだいなごんなりたまへりき。きみのおんため、たゆみなく。すすめたてまつりたまへりけむ、
いとありがたし。さればしらかはのゐんは、まことにや、だいぶどのとぞおほせられける
とぞひとはまうしはべりし。にのみやとはごさんでうのゐんのおんことなり。このみかどは、ごすざくのゐん
のだいにのわうじにおはします。おんははたいくわうたいこうぐう、ていしのないしんわうとまうす。
やうめいもんゐんこのおんことなり。みかどくわんとくにねんしやうぐわつじふろくにちに、とうぐうにたたせたまふ、
おんとしじふに。ちりやくよねんしぐわつじふくにちくらゐにつかせたまふ、おんとしさんじふご。だいごくでん
もいまだつくられねば、だじやうくわんのちやうにて。おんそくゐはべりける。よをおさめさせたまふ
こと、むかしかしこきみよにもはぢずおはしましき。おんみのざえは、やむごとなき
はかせどもにも、まさらせたまへり。とうぐうにおはしましけるとき、まさふさのちうなごん、まだ
げらふにはべりけるに、よをうらみてやまのなかにいりて、よにもまじらじなど
まうしければ、つねたふのちうなごんとまうししひとの、われは、やむごとなかるべき
ひとなり。しかあらばよのため、みのため、くちをしかるべしといさめければ、うぢのおほきおとど、
P032
こころえずおぼしたりけれど、とうぐうにまゐりはべりければ、みやもよろこば
せたまひて、やがててんじやうして、ひとのよそひなどかりてぞ、ふだにもつきける。
さてよるひるふみのみちのおんともにてなむはべりける。くらゐにつかせたまふはじめに、つかさも
なくて、ごゐのくらうどになりたりければくらうどのしきぶのだいぶとてなむ。あき
たるにしたがひて、なかつかさのせうにぞなりはべりける。だいにのさねまさは、とうぐうのおんとき
のがくしにてはべりしを、ときなくおはしませば、かまへてまゐりよらぬことになむ
と、おもひけるに。さすが、いたはしくて、かひのかみにはべりければ、かのくによりのぼり
て、まゐるまじきこころがまへしけるに、くだりけるに、はなむけせさせたまふとて、
@州民縦發甘棠詠、莫忘多年風月遊。 (州民縦ひ甘棠の詠を發すとも、忘るること莫かれ多年風月の遊。)しうみんたとひかむたうのえいをおこすとも。わするることなかれたねんふうげつのあそびを。
とつくらせたまへりけるになむ、えわすれまゐらせざりける。かんたうのえいとは、
からくにのくにのかみになりけるひとの、やどれりけるところに、やまなしのきのおひたりける
を、そのひとのみやこへかへりてのち、まつりごとうるはしく、しのばしかりければ、この
なしのききることなかれ。かのひとのやどれりしところなり。と、いふうたをうたひ
けるとなむ。さてみかどくらゐにつかせたまひてのち、さちうべんにくはへさせたまへとまうし
P033
ければ、つゆばかりも、ことわりなきことをばすまじきに、いかでかかることをば
まうすぞ。しやうさちうべんにはじめてならむこと、あるまじきよしおほせられければ、
くらうどのとうにて、すけなかのちうなごんはべりけるが、かさねてまうしけるは。さねまさまうす
ことなんはべる。きづのわたりのことを、ひとひにてもおもひしりはべらむ。と、そうしけれ
ば、そのをりおもほししづめさせたまひて、はからはせたまふみけしきなりけり。
むかしさねまさは、とうぐうのかすがのつかひにまかりくだりけり。たかかたはべんにてまかりけるに、
さねまさ、まづふねなどまうけてわたらむとしけるを、たかかたおしさまたげて。まちさいはひする
もの、なに〔に〕いそぐぞなど、ないがしろにまうしはべりければ、つらくおもひて、かくなむ
とまうしたりけるを、おもほしいだして、このことわりあまてるおんかみにまうしうけむ
とて、さちうべんにてくはへさせたまひてけり。たかかたはかりなきこころばへにて、てんじやう
につかさめしのふみいだされたるを、かんだちめたち、かつかつみたまひて、なに〔に〕なり
けり。かれになりにたり。などのたまはせけるを、たかかたつかうまつりてはべらん
など、えたりがほにいひけるを、さもあらぬもののかみにくははりたるぞなど、
ひとびとはべりければ、うちしめりていでにけり。つぎのあしたのはいぜんは、たかかたがばんにて
P034
はべりけるを、よもまゐらじ。ことびとをもよほせとおほせられけるほどに、うまのとき
よりさきに、たかかたまゐりはべりければ、みかどさすがにおもほしめして、ひごろはおんゆする
めして、うるはしくおんびんかかせたまひて、たしかにつかせたまふみこころに、けふはまち
けれども、ほどすぎていでさせたまへりけるに。はいぜんつかうまつりて、べんも
じしまうして、こもりはべりにけりとなむ。だいのはじめつかたのことにやはべりけむ。
だいりしやうまうのはべりけるに、てんじやうびと、かんだちめなども。さぶらひあひたまはぬほどにて、
なんでんにいでさせたまへりけるに、ごらんじもしらぬもの。すくよかにはしりめぐり
て、ないしどころいだしたてまつり、うこんのぢんに、みこしたづねいだして、おんはしによせて、のせ
たてまつりなどしければ、おのれはたれぞととはせたまひけるに、うしやうべんまさいへと
まうしければ、べんくわんならば。ちかくさぶらへとぞ、おほせられける。まさいへまさふさとて、
ときにすぐれたる、ひとつがひのはかせなるに、まさふさはあさゆふさぶらひけり。これはごらんじ
もしられまゐらせざりけるにこそ、つかさをさへぐして、なだいめんまうしけむ、
をりふしにつけて、いとかどあるこころばへなるべし。さてこそ。これかれのてんじやうびと
かんだちめ、そくたいなるも、またなほしかりぎぬなどなるひとも、とりもあへずさまざま
P035
にまゐりあつまりたりけれとなんきこえはべりし。