承久記 流布本
底本：国史叢書 「承久記」 (大正6年6月26日 発行)
発行所 国史研究会 定価 1円20銭
(表紙) 承久記
(扉題) 文学士 矢野太郎編
国史叢書 「承久記」
国史研究会蔵版
〔系図 1〕
第八十 諱憲仁 第八十一 諱言仁
高倉院 ―――――― 安徳天皇
二品 守貞親王
後高倉院
第八十二 諱尊成
後鳥羽院
依 関 東 追 伐 御 叛 逆 、 官軍敗北、仍為関東 夷
之沙汰、奉移隠岐国。承久三七八、依天下
事、急出家。法諱良然、同十三奉移隠岐国。
延応元二廿二崩六十三
第八十三 諱為仁 治十三年 諱邦仁
土御門院 ――――――――――― 後嵯峨院
母存子 承明門院 内大臣親女
承久三十 一令向土佐国給。
同閏十十依隠岐院縁坐奉移阿波国
寛喜三十十一崩阿波国。卅七
第 八 十 四 諱 守 成 治 十 一 年
順徳院
母修明門院 贈左大臣範季女
承久三七廿移佐渡国。
仁治三九十二崩二於佐渡国一。四十六。
〔系図 2〕
北条流
遠江守
北条四郎 執事 右京権大夫 武蔵守 修理亮 執事 相模守
時政 ―― 義時 ―― 泰時――時氏――時頼
号先代 貞応三六十六卒 最明寺道崇
関東執事第一
建保三正六卒
七十八才
相模守 時房
名越、遠江守 朝時
執事 相模守重時
右大将頼朝卿室
従二位 女子
頼家卿 実朝卿母
執事、左京権大夫 政村
執事 左馬頭 執事 相模守 執事 左馬権守 相模太郎
時宗 ―― 貞時 ―― 高時 ―― 邦時
相模二郎 時行
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承久記 上
百王八十二代ノ御門ヲバ、後鳥羽院トゾ申ケル。隠岐国ニテ隠レサセ給ヒシカバ、隠岐院トモ申ス。後白河院ノ御孫、高倉院第四ノ御子、寿永二年八月廿日、四歳ニテ御即位、御在位十五年ノ間、芸能二ヲ学ビ給フルニ、哥仙ノ花モ咲キ、文章ノ実モ成ヌベシ。然リシ後、御位ヲ退ゾカセマシ＜テ、第一ノ御子ニ譲リ奉ラセ給ヒヌ。其後、賤キ身ニ御肩ヲ双べ、御膝ヲクミマシ＜テ、后妃・采女ノ止事ナキヲバ、指置カセ給ヒテ、アヤシノ賤ニ近ヅカセ給フ。賢王聖主ノ廉ナル御政ニ背キ、邪ニ武芸ヲ好マセ給フ。然ル間弓取リテヨク、打物持チテシタゝカナラン者ヲ召使ハゞヤトテ、御尋有シカバ、国々ヨリモ進ミテ参リ、又勅定ニ随ヒテモ参ル。白川院ノ御時、北面ト云フ事ヲ始而侍ヲ近ク召使ハルゝ事有リケリ。此御時ニ又西面トイフ者ヲ召シヲカレケリ。其比関東へ仰テ、弓取ノヨカラン者ヲ十人参セヨト召サレシカバ、津田筑後六郎 ・賤間
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若狭兵衛次郎 ・原弥五郎 ・突井兵衛太郎・高井兵衛太郎・荻野三郎、且六人ヲゾ参セケル。呉王剣革ヲ好ミシカバ、宮中ニ疵ヲ蒙ラザル者ナク、楚王細腰ヲ好ミシカバ、天下ニ飢死多カリケリ。上ノ好ニ下モ随フ習ナレバ、国ノ危カラン事ヲノミゾ恠ミケル。 其後十二ヶ年ヲ経テ、承元四年三月三日、土御門院御位ヲ落シ奉ラセ給ヒテ、第二御子ヲ御位ニ付奉セ給フ。是ハ当腹御寵愛ニヨリテ也。新院御恨モ深ケレドモ、力及バセ給ハズ。又十 一ヶ年ヲ経テ、承久三年四月廿日、御位ヲゝロシ奉リテ、新院ノ御子ヲ付参セ給フ。斯シカバ一院 ・本院御中御心ヨカラズ。同年夏ノ比ヨリ王法尽サセ給ヒテ、民ノ世トナル。故ヲイカニト尋レバ、地頭 ・領家ノ相論トゾ聞ヘケル。古ヘハ下司 ・庄官ト云計ニテ、地頭ハ無リシヲ、鎌倉右大将朝敵ノ平家ヲ追討シテ、其ケン状ニ日本国ノ惣追捕使ニ補セラレテ、国々ニ守護ヲ置キ、郡郷ニ地頭ヲ居ヘ、段別兵粮ヲ宛テ取ラル。斯ル間、領家ハ地頭ヲ猜ミ、地頭ハ領家ヲ讎トス。彼右大将ト申ハ、去平治元年ニ、右衛門督信頼ト謀叛ヲ起シテ失ニシ左馬頭義朝ガ三男也。生年十三ト申セシ永暦元年三月、伊豆国ニ流罪セラレテ、廿一年ト申治承
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四年秋八月ノ末、平家追討スベキ由、院宣ヲ給リ、世ヲ乱ル事六ヶ年、天下穏カナラズ。文治元年春夏ノ比、平家無程亡ハテヽ、静ナル事十三年、世ヲ打取事十九年、廿年ト申正治元年正月十三日、世ヲ早クシ給ヌ。生年五十二。其御子左衛門督頼家、二代ノ将軍トシテ世ヲ継セ給フ。然レドモ、フテウノ振舞有ルニヨテ、神明仏陀ニモ放タレ、人望ニモ背キケレバ、セメテ十年ヲダニモ保給ハデ、僅ニ五年ニテ外祖父ニテ後見ナリシ北条遠江守時政ガ為ニ亡サレ給ヒヌ。 御弟萬壽御前未幼クシテ、建仁三年ニ叙爵、則征夷将軍ノ宣旨ヲ下サレ、十三ニテ元服シ実朝トゾ申ケル。同年右兵衛佐、明ル年従五位上、元久二年正五位下、右中将ニ任ジ、 賀介ヲ兼ズ。建永元年従四位下、同二年従四位上、承元二年正四位下、同三年従三位右中将ニ復任、同五年正三位美作ノ権守ヲ兼ズ。建暦二年従二位、同三年正二位、建保四年廿四二テ権中納言、中将モトノ如シ。同六年権大納言、左大将ヲ兼ズ。同年内大臣ニ任ズ。大将如本。同年冬十二月二日、右大臣ニ任ズ。同七年正月廿六日、大饗行ハルベシトテ、尊者ノ為ニ坊門大納言忠信卿、正月廿四日鎌倉へ下着。是ハ室家ノ兄也。
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同廿七日、鎌倉ノ八幡宮ニテ拝賀有ベシトテ、公卿五人、坊門大納言忠信・左衛門督実氏 ・宰相中将国通 ・池三位光盛 ・刑部卿宗長。殿上人十人、皇后宮権大夫頼氏 ・花山院少将ヨシウヂ ・一条少将ヨシツギ ・左兵衛佐頼経 ・伯耆前司師範 ・伊予少将実政 ・因幡少将陸経・文章博士仲季・右馬権頭頼持・権亮少将信能。随身八人、上臈ニハ番長敦秀・府生兼峯、下臈六人、秦公氏・同兼村・播磨貞文・大中臣近任・下野敦光 ・同敦氏等也。前駈廿人、平勾当時盛相模太郎・藤勾当頼高遠江太郎・美作蔵人大夫朝親 ・駿河守秀時 ・信乃蔵人大夫行国 ・但馬蔵人大夫忠国 ・藤右馬助行光 ・相模守経定 ・伯耆前司親時・長井左衛門大夫親広 ・相模守時房 ・足利武蔵前司義氏 ・駿河右馬介敦俊 ・甲斐左馬助宗泰・多田蔵人大夫重綱・藤蔵人大夫有俊 ・武蔵前司時弘 ・筑後前司時頼 ・右京権大夫義時 ・修理大夫惟義。随兵十人、武田五郎信光・小笠原次郎長清 ・式部大夫泰時 ・河越次郎重時 ・秋田城介景盛 ・伊豆次郎左衛門尉頼定 ・三浦太郎兵衛尉朝村 ・長江八郎師景・三浦平九郎左衛門尉胤義・波多野中務次郎信清 調度懸ニハ加藤大夫判官光定・隠岐二郎左衛門尉元之等也。大膳大夫広元、加様ノ時ハ御装束ノ下ニメサレタランニ苦敷モ候マジトテ、唐綾威ノ
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御キセナガ一領参ラセタリケルヲ、文章博士、何条去事有ベキトテ、止メ奉ル。広元頻ニ昼ニテ有バヤト申ケルヲ、仲章必〓燭ニテスル事也トテ、戌亥時トゾ定メラレケル。若宮へ参リ着セ給ヒテ、車ヨリ下サセ給ヒケルガ、細太刀ノ柄ノ車ノ手形ニノタリケルヲ知セ給ハデ、打折ラセ給ヌ。人浅間シト見奉ル程ニ、仲章苦敷候ハジトテ、木ヲ結ソエテ進ラセケル。劉皇王トイヒシ人、遠ク道ヲ行ケルニ、車ノ轅ヲレタリケルヲ暁ズシテ、二度帰ル事ヲヱズ。先車ノ覆ヘスハ、必後車ノ誡ムル所也ト乍知、諌メ申サゞリケル文章博士、 一業所感ノジユ生ナレバヤト哀也。是ノミナラズ、黒キ犬ノ車ノ前ヲ横ザマニ走リ通ル事有ケリ。是モサルベシトモ覚ヘヌ不思儀也。去程ニ若宮ノ石橋ノ辺ニ近付セ給フ時、美僧三人何クヨリ来ル共ナク、御後ニ立副ヒマイラセケルガ、左右ナク御頸ヲ打落シ参ラス。 一ノ刀ハ笏ニテ合セ給ヒヌ。次ノ刀ニ切り臥ラレ給ケリ。又次ノ刀ニ文章博士仲章切レニケリ。次ノ刀ニ伯耆前司師範、疵ヲ蒙リテ、翌日失ヌ。前後ニ候ケル随兵供奉ノ輩、コハ如何ナル事ゾヤト周章サハグ。敵ハ誰共知レズ、暗サハ闇シ。上ヲ下ニゾ返シケル。トヨミ詈ル声劫多敷共ヲロカ也。是ハ若宮ノ別当公暁ノシハザ也
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ト計リイヒ出サレテ、三浦平六左衛門尉馳給ヒテ、彼坊中ヲ捜シケレドモ、逐電シテ見へ給ハズ。タテ逢者共少々ウタレヌ。疵ヲ蒙者モアリ。搦トラルゝ者モ多シ。此別当ト申ハ、故左衛門督頼家卿ノ御子、四歳ニテ父ニ後レ給ヒテ、賤キ孤ニテオハセシヲ、祖母ノ二位殿哀ミ給ヒテ、育ソダテ若宮ノ別当ニナシ、今年ハ十九ニゾナリ給フ。此両三年御所中ニ化物有ケリ。女ノ姿ニテ常ニ人ニ行逢。 イカニモシテ入所ヲ見ヨトテ、見セケレ共、足ハヤク身軽シテ幻ノ如シ。終行衛ヲ見タル者ナシトゾ聞エシ。今コソ此人ニテ有ケリ共知レケル。其後若宮別当トテ、所々ニテ多クウタレ搦ラレケレ共、誠ハスクナシ。 一説ニハ三浦平六左衛門尉子息若宮ノ児ナリシ間、ソレヲ頼ミテ若宮ノ後ロヲ山越ニ西ノ御門へ越ラレケルガ、正月廿七日ノ夜、究テ闇ク、大雪サヘ降タリケレバ、山ノ上ヨリコロビ落テ、西ノ御門ナル小屋ノ上へ落懸リタリケルヲ、家主サハ盗人ト号シテ、打殺シタリケルヲ、其夜犬共集テ、終夜引散ス。明ル朝見ケレ共、其ノ正躰慥ナラズ。此人ヤラントテ止メケリ。扱モ都ヨリ下リ給ヒシ公卿・殿上人、ハカラザル眼前ノ無常ニ目ヲ驚シ、空ク帰リ上リ給フ 駿河国浮嶋原ヲ通リ
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給フニ、霞メル空ノ長閑ナルケルニ、姿モ見ヘヌ雁ノ音信通シヲ、左衛門督実氏卿角ゾ思ヒ続給ヒケル。
春ノ雁ノ人ニ別レヌ習ダニ帰ル空ニハ鳴テコソユケ
聞人袖ヲゾシボリケル。各都ヲ出シ時ハ、伝聞シ富士ノ高根ノ煙ヨリシテ、珍キ名所共ヲ見ナン事ヨト思ヒ続ケテ下ラレシニ、思ハザル無常ニ興ヲ失ヒ、歎ノ色ヲ含ミテ上ラレケルゾ哀ナル。其比駿河国ニ阿野次郎冠者ト云フ人有ケリ。故右大将ノ弟阿野ノ禅師ノ二男也。手ツギヨキ源氏ナレバ、是コソ鎌倉殿ニモ成給ハンズラメト詈リ敢リ。権大夫此事伝聞テ、何条サル事ノ有ベキトテ、討手ヲ遣ハシ、伊豆 ・駿河ノ勢ヲ以テ責ラレケリ。身ニ誤ル事無レ共、陳ズルニ及バネバ、散々ニ戦テ、自害シテ失ヌ。都ニハ又源三位頼政ガ孫、右馬権頭頼持トテ、大内守護ニ候ケルヲ、是モ多田満仲ガ末ナレバトテ、 一院ヨリ西面ノ輩ヲ指遣シ攻ラレシカバ、是モ遁難シトテ、腹掻切テゾ失ニケル。院ノ関東ヲ亡サント思召レケル事ハアラハ也。故大臣殿ノ官位ヲモ除目ゴトニ望ニモ過テ被成ケリ。是ハ官打ニセン為トゾ。三条白河ノハシニ関東
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調服ノ堂ヲ建テ、最勝四天王院ト名付ラル。サレバオトゞ程ナクウタレ給シカバ、白河ノ水ノ恐レモ有リトテ、急ギ壊レニケリ。扱モ鎌倉殿ニ誰ヲカナシ奉ルベキト云フニ、都ニハ冷泉宮 ・六条宮、此間ニテヤヲハシマスベキトイヘバ、京鄙ニ御兄弟ノ御門ニテ並ビ給ハン事、如何有ベカラントテ止ラレヌ。其比一条二位入道ト申ハ 故右大将頼朝ノ妹聟、世ノ覚エ時ノキラ、肩ヲ双ル人モナシ。其御娘トモエノ大将ノ御台所、其御娘九条禅定殿下ノ北政所ニテ座ス。其御腹ノ三男ノ若君二歳ニ成セ給フ。是コソ母方ノ源氏ナレバトテ、セメテモユカリノ草ノナツカシサニヤ、関東ノ将軍ニ備リ給フ。則鎌倉殿トゾ申ケル。去程ニ関東ヨリ御迎ニ参ル輩、三浦太郎兵衛尉・ 同平九郎左衛門尉 ・大河津次郎 ・佐原二郎左衛門尉・同三郎左衛門尉 ・天野左衛門尉・子息大塚太郎 ・筑後太郎左衛門尉 ・結城七郎 ・長沼五郎 ・堺兵衛太郎・千葉介、以上十二人ゾ参リケル。先陣三浦太郎兵衛尉友村、後陣千葉介胤綱トゾ聞ヘシ。忽ニ一ノ人ノ家ヲ出テ、武士ノ大将ト成給ゾ珍キ。角テ承久元年六月廿六日 都ヲ立セ給ヒテ、御下向アリ 路次ノ間 旅宿ノ有様珍敷 ワレ劣ラジトゾ色メキケル。相模国田村ニ五日御逗留、七月十九日鎌倉へ
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下着アリ。又近ク御迎ニ参ル輩、島津左衛門尉 ・伊東左衛門尉・小笠原六郎、此等ヲ始トシテ十人ノ随兵也。時ノ花何レノ世ニ劣ベシ共見へ給ハズ。其比鎌倉ニ右京権太夫兼陸奥守平義時トイフ人アリ 上野介直方ニ五代ノ孫 北条遠江守時政ガ二男也。権威ヲモクシテ、国中ニ仰ガレ、政道正シウシテ王位ヲ軽ジ奉ラズ。然トイヘドモ、不計ニ勅命ニ背キ、朝敵トナル。其起ヲ尋レバ、信濃国ノ住人仁科二郎平盛遠ト云ヲノコアリ。十四五ノ子共、未ダ元服モセサセズ、宿願有ニヨリテ熊野へ参リケルニ、折節一院御熊野詣デ有ケルニ、道ニテ参リ逢ヌ。何者ゾト御尋アリ。シカ＜ト申。キヨゲナル童ナレバ、召使ハレントテ、西面ニゾ被成ケル。子共ガ召ルゝ間、面目ノ思ヲナシテ、守遠モ同ジウ参リケリ。権大夫此事伝へ承リテ、関東御恩ノ者ノ許モ無テ、院中ノ奉公不得心トテ、関東御恩二ケ所没収セラレヌ。守遠歎キ申間、返シアタフベキ由院宣ヲ雖被下不奉用。又摂津国長江倉橋ノ両庄ハ、院中ニ近ク召使レケル白拍子亀菊ニ給タリケルヲ、其恩賞ノ地頭、領家ヲ忽緒シケレバ、亀菊憤リヲ含テ、歎キ申ケレバ 一院安カラズ被思召テ、地頭ヲ改易スベキ由、被仰下ケレ
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バ、権大夫申ケルハ、地頭職ノ事上古ハナカリシヲ、故右大将平家ヲ追討ノ解状ニ日本国ノ惣地頭ニ補セラル。平家追討六ケ年ガ間、国々ノ地頭人等、或ハ子ヲウタセ、或ハ親ヲ打セ、或ハ郎従ヲ損ズ。カ様ノ勲功ニ随ヒテ、分チ給タラン物ヲ、サセル罪ナキニ、義時ガ計ヒトシテ改易スベキ様ナシトテ、是モ不奉用シカバ、 一院弥安カラズ被思召、関東ヲ亡サルベキ事思召定テ、国々ノ兵共、事ニ寄テメサレケリ。関東ニ志深キ輩モ不及力 召ニ随ヒテ祗候シケリ 其比 関東ノ武士下総前司モリツナモ祗候シテケリ。平九郎判官胤義、大番ノ次デ在京シテ候ケレバ、院此由被聞召テ、能登守秀康ヲメサレテ、抑胤義ハ関東祗候ノ身トシテ、久在京スルハ何事ゾ、若存ズル旨アルカ、尋聞ケト仰ラレケレバ、秀康承リテ、雨降リ静ナリケル夜、平九郎判官胤義ヲ招キ寄テ、門サシ堅メテ外人ヲバ寄ズ 向ヒ居テ酒盛シ遊ケリ 夜更テ後 秀康申ケルハ、関東御奉公ノ御身ニテ御在京候ハ、イカ様ノ御所存ニテ候哉覧、内々尋承リ候ヘトノ御気色ニテ候ト申ケレバ、胤義別儀候ハズ、当時胤義ガ相具足シテ候者ハ、故右大将殿ノキリモノ意法坊生観ガ娘ニテ候。故左衛門督殿ニ思ハレ参ラセテ 若君一人儲奉リシヲ 権大夫ニ故無失ハレテ 、憂キ者ニ朝夕姿ヲ見スル
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事ヨト余ニ歎キ候間、サテ力及ズ、角テ候也トゾ語リケル。秀康、ヂタイ義時ハ院中ノ御気色ヨカラヌ者ニテ候。如何ニシテ義時討セ給ベキ計ヤ候ベキト申ケレバ、胤義 一天ノ君ノ思召立セ給ハンニ、何条叶ヌ事ノ候ハンゾ、日本国重代ノ侍共、仰ヲ承リテ争カ背キ候ベキ 中ニモ兄ニテ候三浦ノ駿河守、究テヲコノ者ニテ候ヘバ、日本国ノ惣追捕使ニモナサレント候ハゞ、ヨモ辞シ申ベキ。胤義モ内々申遣候ハントテ帰ニケリ。秀康、賀陽院ノ御所へ参テ、胤義カクコソ申候ツレト申ケレバ、 一院エツボニ入セ給テ、胤義ヲ召テ御尋有。秀康ガ申ツルニ少モ違ハズ申ケレバ、今ハ角ト思召レテ 鳥羽ノ城南寺ノ流鏑馬汰ヘト披露シテ、近国ノ兵共ヲ召レケリ。大和・山城、近江・丹波・美濃 ・尾張 ・伊賀 ・伊勢 ・摂津国 ・河内 ・和泉 ・紀伊 ・丹後 ・但馬、十四ケ国、是等ノ兵共参ケリ。内蔵権頭清教承テ着到ヲ付、宗徒ノ兵一千七百人トゾ記タル。一院弥御心猛ナラセ給テ先巴ノ大将ヲ討バヤト仰ラレケレバ、公卿殿上人閉口シテ申旨モ無リケル処ニ、徳大寺ノ大臣申サレケルハ、彼仁ウタレテ候ハゞ思召立セ給ン事軽ク、若ウタレ候ハズハ御大事ノ重ク
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成候ベシ。サセル弓矢トル者ニテモ候ハズ、子細候者重テ御計ヒ候ヘカシト覚候。大方今度ノ御謀叛、於公継ハ可然共覚候ハズ。其故ハ故法皇ノ御時 木曽義仲勅命ヲ背テ振舞候ケルヲ、頼朝ニ被仰テハ亡サレズシテ 壱岐判官知康ト申臆智ナシガ進ニ付セ給テ、院中ニ兵ヲ召レ合戦候シカバ、浅間敷事モ出来リキ。大方日本国ヲ葦原国卜申ハ、葦葉ニ相似タル故ニテ候。其フクロハ東国ニ相当リ、モトヨリ武士多シテ、随ヘサセ給ハン事不定ト存候。御方ノ兵千ガ一ニモ難及候 能々御思惟有ベク候ト被申ケレバ 、一院以外ノ御気色ナリケレ共 後ニ定テ思召合ラレケントゾ覚シ。巴ノ大将忽ニ失ハルベカリシヲ、徳大寺被申シニ仍テ、思召宥ラレテ、サラバ召籠ヨトテ召レケリ。大将、賀陽院へ参ラレケルガ、主税頭ナカヒラヲ御使ニテ、伊賀判官ノ方へ仰ラレケルハ、賀陽院へ召ルゝ間、参ル也。城南寺ノ流鏑馬汰ト候。其キコヘシガ義ハ無テ 寺ノ大衆鎮メラルベシト聞ユ。何様ニモ世間穏シカルベシ共覚ヘズ候。御辺召ルゝ共、無左右不可参給。子細重テゾ申入候ハメトテ、賀陽院へ参ラレケレバ、小舅ノ二位法印尊長、大将ノ直衣ノ袖ヲ引テ、弓場殿
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ニ押籠奉ル。子息新中納言モ同召籠ラレヌ。平九郎判官胤義ヲ召レテ チカ広法師・伊賀判官 是等ヲバ如何スベキト被仰ケレバ 胤義申ケルハ、親広ハ召レ候ハゞ定テ参候ハンズラン。光季ハ権大夫ニ縁者ニテ候ヘバ、召ル共ヤワカ参候ベキ。何様ニモ先両人ヲ召レテ、参候ハズハ其時コソ討手ヲモ被指遣候ハメト計ラヒ申ケレバ、尤可然トテ少輔入道方へ御使遣サル。則五十騎バカリノ勢ヲ相具シテ参ケルガ伊賀判官ノ許へ使ヲ遣ス。賀陽院殿へ召レ候間 参候。ソレヘハ御使ハ不参ヤト云遣ケレバ、コレヘハ未御使モ不参、縦御使候共、承旨候間左右ナク参候マジト答ケリ。少輔入道、是ヲ暁ズ、賀陽院殿ヘゾ参ケル。則殿上回へ召レテ、院直ニ仰下サレケルハ、義時既ニ朝敵トナリタリ。汝ハ義時ガ方ニアランズルカ、又御方ニ候ベキ力、只今申キレトゾ仰ラレケル 直ノ勅定ニテハアリ、兎角申ベシ共覚ヘズ、御方ニコソ候ハンズレト申ケレバ、サラバ只今起請ヲ書テ進ラセヨト仰ラレ、遁レ難ケレバ居ナガラ起請ヲ書テ奉ル。サテコソ御所中ニハ候ケレ。軈テ伊賀判官メセトテ、メサル。畏テ承候ヌ。無左右可参候へ共、京中ニ何トヤラン詈事ノ候。光季ハ未様子不承候。カタノ
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ヤウニ候ヘドモ、関東ノ御代官トシテ角テ候ニ、イカナル御事ニテ候トモ、先承候ハントコソ存候ニ、今始テ勅定ニ預候ヘバ、参マジキニテ候トゾ申ケル。押返シ別ノ義ニ非、直ニ仰下サルベキ旨アリ。急参レト仰ラレケレバ、子細候バウケタマハツテ一方ヘモ罷向候ハン。御所ヘハ左右ナク参り難シトゾ申ケル。扨ハ此事 ハヤ知テケリ。胤義ガ申状違ズ。サラバウテトテ、討手ヲ向ラル。承久三年五月十四日ノ事也。其日ハ已ニクレヌトテ止ラレヌ。
更行程ニ判官ノ郎従等 一所ニ寄合テ、軍ノ僉議評定シケルハ、御身ニ無誤シテ大勢二取籠ラレ、打レサセ給ハンハ無念ノ事ニテ候ハズヤ。夜中ニ都ヲ出サセ給テ候バ、定而美濃・尾張マデハ落延候ハンズラン。鎌倉ヘハ三四日ニハ付セ給ベシ。サ候ハズハ北陸道ニカゝラセ給テ、御舟ニ召テ、越後ノ府中ニ付セ給ヒ、信濃路ヨリ鎌倉へ付セ給ベシトゾ申ケル。判官、其コソ有間鋪事ニテアレ。鎌倉殿モ思召様有テコソ、都ノ守護ニモ指置セ給ツラメ。一天ノ君、日本一ノ御大事ヲ思召立セ給程ニテハ、白地ノ御計ニヤ有ベキ。今ハ定テ道々関々モ支テゾ有ラン。トテモ遁ヌ物故ニ、敵ニ後ヲ見セタリナンド、鎌倉へ聞ヘン事、日惜カルベシ。 一天
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ノ君ヲ敵ニ請マイラセテ、我身ニアヤマリナキニ王城ニ尸ヲ曝シ、名ヲ万代ノ雲ニ上事、願所ノ幸也。 一引モ引マジキ物ヲトイヘバ、此上ハ力ニ及バズトテ、深行ママニ郎等共一人ヲチ、二人ヲチ 次第＜ニ落行テ、残輩ニハ贄田三郎 ・同四郎 ・同右近 ・武者次郎 ・塩屋藤三郎 ・片桐源太 ・大射又太郎 ・園平次郎 ・子息弥次郎 ・政所太郎 ・治部次郎 ・熊王丸ヲ始トシテ、 一人当千ノ輩廿七人ゾ残ケル。判官、嫡子壽王冠者トテ今年十四ニ成ケルガ、元服シテ光綱トゾ云ケル。判官是ヲ招テ、汝今年十四、程ヨリモ幼ナシ。軍ニアハン事、如何アランズラン、案内者ノ冠者原七八人相具シ落ヨカシ。光季ハカマ倉殿ノ聞召ルゝ所モアリ、都ニテ尸ヲ曝ント思ヒ定タリ。幼ナカラン程ハ、千葉ノ姉ノモトニ可有。幼キ間出仕ナシソ 十七八廿ニモ成テ 人ノ重代 我イニシヘヲ思知程ニテ出仕モセヨ。ハヤ＜落ヨト申セバ、壽王袖ヲ刷ヒ畏テ、サン候、弓矢取者ノ子共ノ十四五バカリニナランズル者ノ、敵ニ逢、親ノ討ルヲ見捨、落行候
ハゞ、幼稚ナレバトテ、ヨモ人ノ許候ハンヤ、親ヲ棄テ逃タル不覚人トテ、朝夕人ニ指ヲサゝレ候ハン事、恥敷覚候。千葉介モ親クハ候へ共 弓矢取者ニテ候ヘ
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バ、定テ未練ニ思ハレ候ベシ。只御供ニコソ如何ニモナラント存候へ。其ニ付テモ今度鎌倉ヲ罷立候シ時、母ニテ候者、簾ノキワマデ立出サセ給、壽王又何比カト仰候シ時、臆テ御供ニ罷下候ハント申セシ事、今存合候ヘバ最後ノ暇ニテ候ケルゾヤト、涙ヲハラ＜ト流ケリ。判官、壽王ガ顔ヲツク＜“トマボリ泪ヲ流シテ、イシクモ申タルモノ哉。汝幼ナケレバ落テ命ヲモ助リ、光季ガ跡ヲモ継、世ニモアレカシトテコソ落ヨトハイヘ。供セント申上ハ、其コソ願所ニテアレ、サラバ治部次郎、アノ壽王ニ物ノ具セサセヨト謂ケレバ、軈テ長絹ノ直垂、小袴ニ萌黄匂ノ小腹巻ニ十五指タル染羽ノ矢、滋籐ノ弓ヲ持セケル 伊賀判官ハ滋目結ノ直垂小袴ニ鎧 一両前ニ置キ、弓押張、矢二腰双べ立テ 敵今ヤト待カケタリ。判官、年比馴遊ケル白拍子招寄テ、通夜遊ケリ。判官、其夜ノ気色 ・詞葉 ・振舞、只思出ニナレトバカリニトゾ見ヘケル。席ニ臨輩、此程京中詈ル事ナレバ、皆存知シタリ。今夜コソ最後ナレト思ケレバ、袖ヲ絞ラヌハナカリケリ。判官 財宝ノ有限リ取出シ、形見ニト覚ヘテ 面々ニ引与。漸ク暁近クナリケレバ、敵定テ寄来ントテ皆返シケリ。思切タル
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主従七人残ケル、心中コソ無慚ナレ。判官ノ宿所ハ高辻京極、高辻ヨリハ北、京極ヨリハ西、京極面ハ棟門平門ニテ大門也。高辻面ハ土門ニテ小門也。贄田三郎申ケルハ、大門小門押開キテ、敵ヲ思様ニ入テ打死セントゾ申ケル。同四郎ガ申ケルハ、恐入タル申事ニ候へ共、此仰コソ然ベシ共存候ハネ。大勢思様ニカケ入テ候ハゞ、是程ノ小勢等、弓ヲモ引太刀ヲモ指合候ベキカ。手取ニトラレ候ナンズ。大門ヲバサシ、小門 一方ヲ開テ、寄コンズル敵ノ武具ノ毛ニ付、或名対面ニ付テ各打死センズルコソ、後代ニ誉レヲトゞムル本望ニテ候ヘトゾ申ケル。此義尤可然トテ、京極面二門ヲバサ ゝセテ、高辻面ノ土門バカリヲ開テゾ相待ケル。院ヨリ討手ノ大将ニハ能登守秀康 ・平九郎判官胤義 ・少輔入道親広 ・山城守広綱 ・佐々木□弥太郎判官高重 ・筑後入道有則 ・下総前司盛綱 ・肥後前司有俊 ・筑後太郎左衛門尉有長 ・間野左衛門尉時連、是等ヲ始トシテ八百余騎ニテゾ向ヒケル。高辻面焼亡ト呼ル。判官是ヲ聞、ヨモ焼亡ニテアラン 敵ノ寄ル煙ニテゾ有ント云モ果ネバ、押寄テ時ヲドツト作ル。一番ニ黒皮威ノ鎧着テ、葦毛ナル馬ニ乗タル武者 一騎平九郎判官ノ手ノ者、
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信濃国ノ住人志賀五郎トテ真前カケテ押寄ル。贄田三郎ガ放ツ矢ニ、馬ノ腹射サセ退ニケリ。二番ニ同手ノ者岩崎右馬允押寄、贄田右近ガ放ツ矢ニ、馬テノ股ヲ射ラレテ退ニケリ。三番ニ同手者、岩崎弥清太ト名乗テ押寄タリ。小腕射ラレテ引退ク。四番ニ一門ナリケル高井兵衛太郎寄タリケルガ、余ニ手シゲク射ラレテ、馬ヲバ乗放チ、太刀ヲ抜テ額ニアテ、只一人打テ入、伊賀判官郎従等十四五人下ニ下立テ、矢前ヲ汰テ散々ニ射ル。余ニキブク射ラレテ、颯ト引テゾ退ニケル。縁ノ上ヨリサゝヘテ射矢ニ、弓手ノ股、妻手ノ小腕射ラレテ、郎等ガ肩ニカケテゾ退ニケル。京極面ニ磬ヘタル寄手ノ中ニ申ケルハ、何マデ角ハ守ランズルゾ。大門ヲ打破レト詈ル声シケレバ、判官聞テ、敵ニ破ラレンヨリ、トテモ叶ヌ物シカニ、門アケヨトテ開サセケリ。京極面ニ数百騎磬タル兵ドモ、二ツノ門ヨリ馬ノ鼻ヲ双ベテ、我前ニト乱レ入ル。日威ノ鎧、白葦毛ノ馬ニ乗タル武者、間野左衛門尉時連ト名乗テ間近ク馳寄、何ニ伊賀判官、軍場ニハ見ヘヌゾト呼ル。光季是ニアリ。近寄テ問ト云儘ニ、判官ヨツ引テ放ツ矢ニ時連ガヒキ合箆深
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ニイサセテ姥ニケリ。其次ニ三浦平九郎判官胤義押寄テ、伊賀判官面ニハ見ヘヌゾ。朝敵トナリ参ラスルハ面目ニテコソアルニ、何マデ籠ランゾ。出テ宣旨ノ趣ヲモ承レカシ、キタナキ物哉ト詈ル。伊賀判官ナニト云ヤラン。己ラガ君ヲ進奉テ、世ヲ乱ントスル事ハ光季存タル物ヲ。近ク寄ヨト呼リ、間近ニ近付テ、敵多中ニ取分平九郎判官コソ光季ガ存旨アリ。構テ射ヲトセト、矢前ヲ汰テ射ル。余ニシゲク射ラレテ、車宿リニ打入テゾ磬ヘタル。伊賀判官ヨツ引テ放ツ矢、平九郎判官持タル弓ノ鳥打ヲ射削テ、弓手ノ方ニ双ンデ磬ヘタル播磨国住人原田右馬允ガ頸ノ骨ニアタル。馬ヨリ逆ニヲチテ死ヌ。支テイケル矢、其仁ニハアタラズ、ソバナル者ニ当テ死事定業ニヤトゾ見ヘシ。爰ニ寄手ノ中ニ佐々木弥太郎判官高重トテ寄タリ。壽王橡ニ立出テ、如何ニ弥太郎判官殿、壽王コソ是ニ候へ。兼テハ親子ノ契約候キ。ヨモ御忘レ候ハジ。給テ候シ矢ヲコソ未持テ候へ。恐候ヘドモ、親ノ只今打死仕ル、最後ノ供仕候
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矢一筋参ラセント存ルトテ、ヨ引テ放チケレバ、戎ノ弦ハシリノ三ノ板ニゾ射ハシラカシタル。十二三ノ小冠者ナレバ、志ノ行程ハ引テ放ツトイヘ共、サスガウラカクマデハナカリケリ。弥太郎判官、是ヲ見テ、ハゲタル矢ヲサシハヅシテ引退キ、人々是御覧候へ。壽王ニ射ラレテ候ゾ。ゲニ子ニセン親ニナラント契約シテ、シタシカラン為ニ烏帽子キセ、聟ニ取ントマデ約諾仕タリ。謂ツル詞ノヲトナシサヨ、心中ノ恥カシサヨ。地躰ハ王土ニ住身程悲キ事非ジトテ涙ヲ流シ、其日ハ軍モセザリケリ 見人情有ケリト感ジツゝ皆涙ヲゾ流シケル。寄手ハ乱入ル、館ノ内ハ小勢也。拒ギ戦トイヘドモ、七八人残留リケル者共モ落行、今ハ贄田三郎 ・同四郎二人バカリゾ残ケル。贄田三郎三ケ所ニ痛手負テ、太刀ヲ杖ニ突、ヨロボヒ＜判官ノ前ニ参テ、今ハ角罷成テ候間、弓モ引レズ、太刀モ持レズ候。御供仕ラントコソ存候ヘドモ、敵ニトラレテ犬死仕候ハンヨリ、先立奉テ、シデノ山ニテ待参ラセ候ベキトテ、突タル太刀ヲ取直シ、鋒口ニ含、ツバモトマデ貫レテゾ臥ニケル。ハヤ館ニモ火力 ゝリヌ。贄田四郎バカリゾ防矢射ケル。
判官
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嫡子壽王ヲ招テ、時コソヨク成タレ。ハヤ自害セヨ。イヒツル詞ヲ思ヒテ、構テ能振舞へ、壽王。自害ハイカ様ニ仕候哉覧。只腹ヲ切ゾト云ケレバ、則腹巻ノ高紐切テ押ノケ、直垂ノ紐トキクツロゲ、赤木柄ノ刀サシタリケルヲ抜テ、柄ヲ取直シ、キランノヽトシケレドモ、サスガヲサナキ故ニヤ切エズ。光季、哀レ自害シ損ゼント思テ、如何ニ壽王、火コソヨケレ。火へ入カシトイヘバ、ツイ立刀持ナガラ、火ニ飛入ントシケルガ、度々焔ヲ顔ニ吹カケラレ、幾程遁ントテ、走帰＜二三度ガ程ゾシタリケル。光季是ヲ見ルニ目モクレヌ。壽王サラバ爰ヘヨレトテ、左ノ方ニスヘテ、片手ヲバトリグシ、片手ヲバ膝ニ置、壽王ガ顔ヲツク＜“トマモリテ、親トナリ子トナルモ、先世ノ契リト謂ナガラ、是程光季ニ契リ深キ子ハナシ。幼ケレバ落テ跡ヲモ問、世ニモアレカシト思へ共、供セント云上ハ其コソ願所ノ幸ナレ。生テイカナル孝養報恩ヲイトナム共、是ニ可過トモ覚ヘズ。シデノ山ヲ連テ越ンコソ嬉シケレ。人手ニカケジト思程ニ我ガ手ニカケンズルゾ。吾恨メシト思ナヨトテ、暫マモリテ敵ハ手痛ヨル、サリトテハト思ケレバ、掴デ引寄、首掻切テ頸トムクロヲ後様ニ炎ノ中へ投入テ、二目トモ見ズ、東
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へ向テ三度伏拝奉リ、南無皈命頂礼鎌倉八幡大菩薩、若宮三所、権大夫ガ為ニ命ヲ王城ニ捨ヲキヌト祈誠シテ、又西ニ向ヒ三度伏拝、南無西方極楽教主弥陀如来、本願アヤマリ給ズハ、必向へ給ヘト念仏高ラカ二三十返バカリ申ケルガ、腹掻切テ壽王ガ焼ケルニ飛加リ、打重リテゾ焼ニケル。贄田四郎、防ギ矢射ケルガ、是ヲ見テ、腹掻切リ主ト同ク臥重リテゾ焼ニケル。其後防グ者ハナシ、寄手思様ニ乱入リ、姻ノヒマヨリ焼頸少々取テゾ帰リケル。
光季、昨日マデハ鎌倉殿ノ御代官トシテ、都ヲ守護シテ有シカバ、世ノ覚へ時ノキラ肩ヲ双ル人モナシ。宿所モ宮殿楼閣ミガキシカ共、今日ハ片時ノ灰儘トナリ、セバキ名ヲ耳残シケルコソ哀ナレ。討手ノ使ドモ、賀陽院殿へ帰参テ、事ノ由奏聞ス。 一院御感不斜、ハヤ解状行ルベキ由被仰出ケルヲ、胤義申ケルハ、何条是程ノ事ニ勧賞ヲコナワルベキ。御大事ヲトゲラレテ後コソト申ケレバ、イシクモ申タリト感ジ仰ラル。扨モ伊賀判官、
朝敵トナリシハ奇恠ナレドモ 一引モ引ズ打死スルコト 天晴ユゝシカリケル兵カナト、上一人ヲ始奉テ、下万民マデヲシマヌ者モナカリケリ。
一院尋仰ラレケルハ、当時関東ニ義時ト一所ニテ死ベキ者、幾程
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力有ベキ。胤義申ケルハ、朝敵トナリ候バ、誰カハ一人モ相随ヒ候ベキ。推量仕候ニ、千人バカリニ過候ハジト申ケレバ、児玉庄四郎兵衛尉、判官殿ハ僻ゴトヲ申サレ候モノ哉、只千人シモ候ベキカ。平家追討以来、権大夫ノ重恩ヲ請、イカナル事モアラバ忠ヲセバヤト思者コソ多候へ。只千人候ベキカ、イカニ少シト申共、万人ニハヨモ劣り候ハジ。角申候家定程ノ者モ関東ニダニモ候バ、義時ガ方ニコソ候ハンズレト申ケレバ、 一院御気色悪ゲナル躰ニテ、奇恠ニ申者哉ト思召レケルガ、後ニゾ能申タリケルト思召合ラレケル。京中ニ山々寺々ノ僧侶、国々ノ住人等参ケリ。熊野法師ニハ田部法師・十万法橋 ・王橋・万劫禅師、山法師ニハ播磨竪者 ・小鷹智坊 ・丹後、清水法師ニハ鏡月坊 ・卿性坊ナドゾ召レテ参ケル。奈良法師ヲ召レケレバ、僉義シテ申ケルハ、平家此寺ヲ焼払テ跡形モナカリシヲ、鎌倉右大将力」ヲ合テ 当国ノ守護人ヲノケ、東大寺・興福寺ヲ再興シ、供養ノ時ハ仰ニ随ヒ上洛シテ、守護ヲ加へ、随分志シ深カリシ事ナレバ、只今モ源平アラソフ事アラバ、幾度モ方人ヲシ、命ヲ捨ベキナレドモ、是ハ一天ノ君ノ仰ナレバ、王土二住ナガラ、争カ随ヒ奉ラデ有ベキナレバ、少々参ラセヨ
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トテ、学生ニハ土護覚心、堂衆ニハ円音、是等二人ヲ始トシテ、事ヲ好悪僧少々ゾ参ケル。北陸道ヘハ討手ヲ向ラルベシトテ、仁科次郎 ・宮崎左衛門尉親式 ・糟屋左衛門尉 ・伊王左衛門尉、是等ヲ始トシテ官軍少々下サレケリ。東国ヘハ院宣ヲ下サルベシトテ、按察前中納言光親卿承テ、七通ゾヤラレケル。左京権大夫朝敵タリ。早ク迫罰セラルベシ。解状ヨウニヨルベキ趣也。武田・小笠原・千葉・小山・宇都宮・三浦・葛西ニゾ下サレケル。院宣ノ御使ニハ、推松トテ究テ足ハヤキ者有ケリ。是ヲ撰デゾ下サレケル。平九郎判官ワタクシノ使ヲ相添テ、承久三年五月十五日ノ酉刻ニ都ヲ立テ劣ラジ負ジト下ケル程ニ、同十九日午刻、鎌倉チカウ片瀬ト云所ニ走着タリ。平九郎判官ノ使ハ、案内者ニテ先ニ鎌倉へ走入テ、駿河守ニ文ヲ告。則披見シテ返事スベケレドモ、道ノ程モ覚束ナシトテ、使ヲ追出シテ、此文ヲカイ巻テ、権大夫ノモトヘ行、既ニ世中コソ乱テ候へ。去十五日、
光季討レヌ。又弟ニテ候胤義ガ私ノ文御覧候ヘトテ、折節義時諸侍対面ノ前ニヒロゲテ指置ク。権大夫、サテハ御辺ノ御手ニコソ掛リ候ハンズラメ。駿河守ウチ退テ、是コソ
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御詞トモ覚ヌ仰ニテ候へ。平家追討以来、度々ノ戦ニ忠節ヲ致シ、一度モ不忠ヲ存ゼズ。自今以後トテモ疎略ヲ可存トハ存ゼズ候。若偽申事候ハゞ、遠クハ熊野ノ御嶽、近クハ伊豆筥根 別而ハ若宮三所・足柄・松童、殊更頼奉ル三浦十二天・栗浜・森山惣ジテハ日本国中ノ大小神祗冥道、示現シ給へ。御後メタキ事候ハズトゾ申ケル。権大夫打咲テ、扨ハ心安候。今マデ此事出来ヌコソ不思議ニ候へ。兼テヨリ存儲事也。推松モ定而鎌倉へ入ンズラン、尋ヨトテ尋ラレケリ。
推松、人ノ気色カワリ、何トヤランサワガシケレバ、或者ノ所隠レ居タリケルヲ、鎌倉中不残捜シケレバ、笠井ノ谷ヨリ尋出シ召具シテ参ケリ。院宣共皆奪ヒ取、大概バカリ読セテ、後ニ焼捨ラレヌ。角テ権太夫、駿河守相具シテ、二位殿へ参、世間コソ既ニ乱テ候へ。去十五日、光季討レテ候也。世上何御計ヒ候ベキト申サレケレバ、二位殿妻戸ノ間へ出給イ、御簾上サセ御覧ジ出シテ、曰ヒケルハ、日本国ニ女房ノ目出度タメシニ、尼ヲコソ申ナレ共、只尼程物思ヒタル者、世ニハアラジ。故殿ニ相初参ラセシ時ハ、世ニ無振舞スルトテ、親ニモ疎ニ思ハレ、其後平家ノ軍始リシカバ、手ヲ拳、心
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ヲ砕キ精進潔斎シテ、仏神ニ祈精ヲイタシ、安カラヌ思ヒニテ六年ガ程ハ明シ暮シニ、平家程ナク亡シカバ、扨世間穏シクトコソ思シニ、幾程無シテ大姫君ニヲクレ参ラセテ、何事モ覚ヘズ、同ジ道ニト悲ミシヲ、故殿仰ラレケルハ、 一人ナケレバトテ思沈ム事ヤハアル。無者ノ為ニモ罪深キ事ニコソアレト仰シカバ、必ズソレニ慰トシハナケレドモ、明ヌ暮ヌトセシ程ニ、故殿先サセ給シカバ、今ハ誰為ニカ命モ惜カラメト有シニ、左衛門督殿未幼ナクマシ＜テ、故殿ニ後レ参ラセテ、如何セント存候ダニモ、セン方モナク存候ニ、御事ニサヘ後レン事ヨト、余ニ御歎キ有シ程ニツレナク存生テ有シニ、又督殿失ナワレ給シカバ、誰ヲ頼ムベキ方モナク成ハテゝ、鎌倉中ニ恨メシカラヌ者モナク思シカドモ、故大臣殿ノ今ハ頼敷方モナク独子ト成テ 誰ヲ争カ御覧ジ捨ラレ候ベキ。何レカ御子ニテ候ハヌト長シク歎仰ラレシカバ、実悼ハシクテ、空ク明シ暮シニ、大臣殿失サセ給シカバ、今コソ身ノ限ナレ。何ニ命ノナガラヘテ、斯ル浮身ノ報ニ重テ物ヲ歎クラン。何ナル淵川ニ身ヲモ没、空クナラント思立シニ、権大夫角テ空クナラセ給ヒナバ、鎌倉ハカセギノ住カトナリ果亡ナン。三代将軍ノ後生ヲモ誰カハ訪
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奉ルベキ。誠ニ思召立セ給候ハゞ、先義時御前ニテ自害ヲシ、御供仕ベク候ト夜昼立モサラズ漸々ニ歎キ承リシ間、寔代々将軍ノ菩提ヲモ誰カ訪奉ルベキト思シ程ニ、今日マデ連ナク存テ、斯憂事ヲ聞事コソ悲シケレ。日本国ノ侍ドモ、昔ハ三年ノ大番トテ、一期ノ大事ト出立、郎従 ・眷属ニ至マデ、是ヲハレトテ上リシカドモ力ツキ下ル時ハ手ヅカラ身ヅカラ簑笠ヲ頭ニカケ、カチハダシノ躰ニテ下リシヲ、故殿ノ哀レマセ給ヒテ、三年ヲ六月ニツゞメ、分々ニ随テ支配セラレ、諸人助ル様ニ御計有テ、御情深ク渡セ給ヒシ御志シヲ忘レ参ラセテ、京方へ参ラントモ、又留テ御方ニ候テ奉公仕ラントモ、只今慥ニ申キレトゾ曰ヒケル。是ヲ承テ、有トアル大名小名皆袖ヲ掩面、泪ヲ流シテ申ケル。心ナキ鳥獣マデモ恩ヲ忘ヌトコソ承候へ。況ヤ代々御恩ヲ罷蒙上ハ、向ハレ候ハン所マデハ相向ヒ、都ヲバ枕トシ関東ヲ跡ニシテ、戸ヲ曝シ候ハントコソ存候ヘトテ、各帰リヌ。明ル廿日ノトク、権大夫ノ許へ又大名小名集テ、軍ノ僉議評定有ケルニ、武蔵守カサレケルハ、是程ノ御大事無勢ニテハ如何有ベク候ラン。両三日
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モ延引セラレテ、片鄙ノ若党冠者原ヲモ召具シ候ハヾヤト申サレケレバ、権大夫大ニ怒テ、不思儀ノ申様哉、義時ハ君ノ御為ニ忠ノミ有テ不義ナシ。人ノ讒言ニヨルカニテ、朝敵ノ由仰下サルヽ上ハ、百千万騎ノ勢ヲ相具シタリトモ、天命ニ背奉ル程ニテハ君ニ勝参ラスベキカ。只果報ニ任センズルニテコソアレ。一天ノ君ヲ敵ニ請参ラセテ、時日ヲ移スベキヤ。早ノボレ、トクウツ立トノ給ヒケレバ、其上ハ兎角申ニ及バズ、各宿所ニ帰ケリ。終夜用意シテ、明レバ五月廿一日ニ由井ノ浜ニ有ケル藤沢左衛門尉清親ガ許へ門出シテ、同廿二日ニゾタヽレケル。
一陣相模守時房、二陣武蔵守泰時 三陣足利武蔵前司義氏、四陣三浦駿河守義村、五陣千葉助胤綱トゾ聞ヘシ。此人々ニ相随輩ニハ城入道・毛利蔵人入道・少輔判官代・駿河次郎・佐原左衛門尉・同三郎左衛門尉・同又太郎・天野左衛門尉・狩野介入道・後藤左衛門尉・小山新左衛門尉・中沼五郎・伊吹七郎・宇都宮四郎・筑後太郎左衛門尉・葛西五郎兵衛尉・角田太郎弥平次・相馬三郎父子三人・国分二郎・大須賀兵衛尉・佐野小二郎入道・同七郎太郎・同八郎・伊佐大進太郎・江戸八郎・足立三郎・佐々目太郎・階太郎・早川平次郎、奥兵ニハ嶋橘左衛門尉・
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丹・児玉以下、猪俣。相模国ニハ本間・渋谷・波多野・松田・河村・飯田・成田・土肥・土 屋 。 伊 豆 国 ニ ハ伊 藤 左 衛 門 尉・宇 佐 美 五 郎・同 与 一。 駿 河 国ニハ奥津左衛門尉・蒲原五郎・屋気九郎・宿屋次郎、是等ヲ始トシ十万余騎ニテ上リケリ。東山道ノ大将軍ニハ、武田五郎父子八人・小笠原次郎父子七人・遠山左衛門尉・諏方小太郎・伊具右馬允入道、軍ノ検見ニ指副ラレタリ 其勢五万余騎 式部丞朝時、四万余騎相具シテ北陸道ヘゾ向ヒケル。東海道十万余騎、東山道五万余騎、北陸道四万余騎、共ニ三ノ道ヨリ十九万余騎ゾ上ラレケル。
鎌倉ニ止ル人々ニハ、大膳大夫入道・宇都宮入道・葛西壱岐入道・隼人入道・信濃民部大輔入道・隠岐次郎左衛門尉、是等也。親上レバ子留リ、子上レバ親止ル。父子兄弟引分上セ止メラルヽ謀コソ恐シケレ。
討手ノ輩、五月廿二日、方々へ向。同廿七日、院宣ノ御使推松カラウ誡ラレシヲ、権大夫召出シテ、汝帰参テ申サンズルヤウハ、義時昔ヨリ君ノ御為ニ忠義有テ不義ナシ。然ヲ讒奏スル者欺 違勅ニ罷成候上ハ、兎角申ニ及バズ候。軍御好候ナレバ、舎弟時房、子ニテ候泰時等ヲ始テ、海道十万余騎、東山道五万
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余騎、北陸道四万余騎、十九万余騎ヲ参ラセ候。是等ニ軍ヨクサセラレテ、御見物有ベク候。猶アキ思召シ候ハズハ、三郎重時・ 四郎政村、是等先トシテ廿万騎ヲ相具シテ、義時モ急ギ上洛仕ランズルニテ候ト申セトテ、追出サレヌ。
推松、院宣ノ御使トテ関東へ下リナバ、大名ドモニ賞セラレテ、馬鞍ヒカレテ徳ツイテ上ランズルトコソ思シニ、徳マデハ無クトモ、斯ル辛目ニ相ヒツル事ノ悲シサヨ、サレドモ命ノ生タル不思議ナルト、ナク＜上リケルガ、吾ガ頸ハモトノ如クツキタルヤラン、ゲニ我レハ元ノ身ニテ行ヤラン、現トモ覚ズシテ常ニ頸ヲ捜リ足ヲ捜リ、夢路ヲ行心チシテケルガ、 一両日過テコソ夜ノ明ル心チシテ、誠ニ頸モ手足モ恙ナカリケリト覚ケル。ウカリシ鎌倉ヲ出、夜ヲ日ニ継テ急ギ上ケル程ニ、五月廿七日午刻ニ鎌倉ヲ出テ、六月一日午刻ニ賀陽院ヘゾ走着タル。
公卿殿上人、推松参タリ。如何ニ義時ガ頸ヲバ 誰取テ参ラスルゾ 関東ニハ合戦スルカ タテ逢カ、イカニ＜ト声々ニ問ケレドモ、涙ニ咽ンデ、モノモ申サズ。余ニ苦シサニ啼ゲニ候ナド、人々咲アエリ。良久有テ、推松涙ヲ拭ヒテ心ヲ沈メテ申ケルハ、五月都ヲ出罷下、同十九日ノ午刻
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ニ鎌倉近キ片瀬ト申所ニ着テ候シニ、平九郎判官使ハ案内者ニテ 先様ニ鎌倉へ入テ、駿河守ニ文ヲ付テ候ヘバ 返事ヲバセズシテ、軈而権大夫ノ見参ニ入候ケル程ニ、鎌倉中以外ニ馳譟ギ候事、申バカリモ候ハズ。私義モ頓而鎌倉へ入候シカ共、事ノ外ソウ＜ニ候間、何様ニモ様ノアルゴサンナレト存、身ノ上トハ不存知、葛西ノ谷ナル所ニ立入、サシモ出ズ候シ処ニ鎌倉中セバシト尋ネラレ候間、捜出サレ、引ハリモテユキ権大夫ノ前ニ引スエ、院宣奪取、軈而誡ラレ候間、只今ヤキラルヽト存候ヘバ、同廿七日ニ又権大夫ノ前ニ召出シテ、申セト候ヒツルハ、海道十万余騎、東山五万余騎、北陸道四万余騎、三ノ道ヨリ十九万余騎ヲ参ラセ候。東山道・北陸道ハ見候ハズ。海道十万余騎、鎌倉ヲ出候シ日ヨリ、一段モ馬ノ足ノ双バヌ所モナク、 一町トモ旗ノ手ノ靡カヌ所ハ候ハズ。ヒシトツヾキテ候ガ、何様百万騎モ候哉覧ト申ケレバ、公卿殿上人、咲ツルモ皆アキレ、興ヲ失ヒケリ。一院ヨシ＜物ナイヒソ。武士共ノ上タラン跡ニ、義時ガ頸ヲバ取テ参ラスル者アランズルゾト仰ケル。
先討手ヲ向ラルベシトテ、宇治・勢多
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ノ橋ヲヤ引ルベキ。 尾張・参河へヤ向ラルベキ。尾張河破レタラン時コソ、宇治・勢多ニテモ防ガレメ。尾張河ニハ九瀬アンナレバトテ、各々分遣サル。大炊ノ渡ヘハ駿河大夫判官・糟屋四郎左衛門・筑後大郎左衛門尉・同六郎左衛門尉、是等ヲ始トシテ、西面ノ者共二千余騎ヲ指添ラル。鵜浪ノ渡ヘハ、美 濃目代帯刀左衛門尉・神土蔵人入道親子三人、是等ヲ始テ一千余騎ゾ向ラレケル。板橋ヘハ朝日判官代・海泉大五郎、其勢 一千余騎ヲ向ラル。気瀬ハ冨来次郎判官代・関左衛門尉、 一千余騎ニテゾ向ラレケル。大豆ノ途ヘハ能登守秀康・平九郎胤義・下総前司盛縄・安芸宗内左衛門尉・藤左衛門尉、是等ヲ始トシテ一万余騎ヲ向ラル。食ノ渡ヘハ阿波太郎入道・山田左衛門尉、五百余騎ニテ向フ。稗嶋ヘハ矢二郎左衛門・原左衛門・長瀬判官代、五百余騎ヲ向ラル。墨俣ヘハ河内判官秀澄・山田次郎重忠、 一千余騎ヲ向ラル。市河前ハ賀藤伊勢前司光定、五百余騎ニテ向ラレケリ 以上一万七千五百余騎、六月二日ノ暁、各都ヲ出テ尾張河ノ瀬々ヘトゾ歩セケル。
海道ノ先陣相模守、遠江ノ橋本ニ付ケルニ、十九騎ツレタル勢ノ高志山へ入ヌト申ケレバ、相模守何ナル者ナレバ先陣ヲ越テ、先サマニ
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通ルヤラン。遠江国住人内田四郎ガ申ケルハ、駿河守殿既ニ敵大勢ニ紛テ通ル事モ ランズルゾトノ給ツル。相模守サル事モヤアラン、サラバ各追カケテ、敵カ味方カ尋聞。敵ナラバ打テ参レトゾ仰ケル。内田四郎・同六郎・新野右馬允、是等ヲ始テ六十余騎追カケタリ。十九騎連タル勢、高志山ヲモ馳過テ、宮路山へ打懸リ、音羽川ノ端ニ落立チ、今ハサリ共ツヾク敵ヨモアラジトテ、馬ノ足冷サセテ片々タル岳ニ扇開キツカウテ休ミケル処ニ、内田ノ者共馳来テ、谷ヲ隔テ磬ツヽ使者ヲ以テイハセケルハ、イカナル人ナレバ先陣ヲ越テ通リ給ゾ。敵カ御方カ承レトテ、相模守殿御使ニ、遠江国住人内田者共ガ参テ候也トゾイワセケル。是ハ下総守ノ族ニ三浦筑井四郎大郎ト申者ニテ候。坂東ニ用事有テ下候ツルガ、都ニ事出来タル由承テ、大勢ニ紛テ上リ候ガ、見付ラレ参ラセケリ。運ノ窮ル処、力ニ及バズ、 一人モ蓬キ死ハスマジキゾ、各相近ニヨリ給ヘトイヒケレバ、内田ノ者共六十余騎ニテ押寄セタリ。筑井トアル小家ニ走入テ、四方ノ垣切テ押タテ、六人タテ籠テ、矢タバネトイテ押クツロゲ、指詰＜是ヲ射ル。内田者ドモ谷ヲ隔テ磬タルガ、射落サルヽ者モアリ、
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目ノ前ニ疵ヲ蒙リ命ヲ失フ者アマタアリ。筑井、矢種スクナク射ナシテ、迚モ打勝ベキ軍ニモ非ズ。サノミ罪作リテモ何ニセン、イザヤ思切ントテ、後見安房郡司ト指違テゾ伏ニケル。残四人モ同ク指違テケリ。十三騎ノ郎等ドモ峙ヲ打下テ、大道ニツカントシケルヲ、敵ニマサナク落ルカト詞ヲ懸ラレテ、主ノ死所ニテ死ズ、落ルヤウヤアル。軍センズル為ニコソトテ、引ツ立ケル馬ドモナレバ、ヒタ＜ト打乗テ、十三騎轡ヲ双ベテ大勢ノ中ヘヲメイテ蒐入、 一騎ニ二三騎四五騎押並ベ＜組ケレバ、心ハ猛ク思へ共、多勢ニ無勢可勝ヤウナクシテ、皆打取レヌ。十九騎ガ頸ヲ本野ガ原ニゾカケタリケル。次ノ日、相模守通ラレケルガ、是ヲ見テ、十九騎ト聞ヘツルガ、 一人モ落ザリケルヤ、哀レ剛ノ者共哉。御大事ニ逢ベカリケル者ヲヤ。アタラ者共ヲトゾ曰ヒケル。
六月五日辰時ニ尾張ノ一宮ニ着テ軍ノ手分セラレケリ。大炊ノトヘハ、東山道ノ手ノ向ハンズレバトテ、鵜沼ヘハ毛利蔵人入道、板橋ヘハ狩野介入道、気ガ瀬ヘハ足利武蔵前司、大豆ノ渡ヘハ相模守時房、墨俣ヘハ武蔵守・駿河守ゾ向ハレケル。東山道ニカヽリテ上リケル大将、武田五郎父子八人・小笠原次郎親子七人・
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遠山左衛門尉・諏方小太郎・伊具右馬入道・南具太郎・浅利太郎・平井三郎・同五郎・秋山太郎兄弟三人・宮太郎・星名次郎親子三人・突井次郎・河野源次・小柳三郎・西寺三郎・有賀四郎親子四人・南部太郎・逸見入道・轟木次郎・布施中務丞・甕中三・望月小四郎・同三郎・祢津三良・大原太郎・塩川三郎・小山田太郎・千野六郎・黒田刑部丞・大籬六郎・海野左衛門尉、是等ヲ始トシテ五万余騎、各関ノ太良ヲ馳越テ、陣ヲ取ル。
其中ニ武田五郎国ヲ立、家ヲ出ル日ハ十死 一生ト云悪日也。跡ニ止ル妻子ヲ始トシテ有トアル者、今日バカリハ止ラセ給ヒテ、明日立セ給ヘカシト申ケレ共、武田五郎何条サル事ノ有ベキゾ。譬ヘバ十死一生トハ、多出テ少ク帰ルトゴサンナレ。軍ニ出ルヨリシテ、二度帰ルベシトハ覚ズ。是コソ吉日ナレトテ、軈而打立ケリ。
市原ニ陣ヲ取時ニ、武田・小笠原両人ガ許へ院宣ノ御使三人マデ下サレタリ。京方へ参レト也。小笠原次郎、武田ガ方へ使者ヲ立テ、如何御計ヒ候ゾ。長清ハ此御使キ ントコソ存候へ。信光モサコソ存候トテ、三人ガ中二人ハ切テ 一人ハ此様ヲ申セトテ、追出シケリ。
武田五郎、子共ノ中ニ頼タリケル小五郎ヲ招テ、軍ノ習ヒ親子ヲモ帰リ見ズ、マシテ一門他人ハ
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申ニヤ及。一人抜出テ先ヲ懸、ワガ高名セント思フガ習也。汝小笠原ノ人共ニ知レズシテ、抜出テ大炊ノ渡リノ先陣ヲセヨカシト思フハイカニ。誰モサコソ存候ヘトテ、一二町抜出テ野ヲ踏ヤウニテ、其勢廿騎バカリ河端ニゾスヽミケル。武田小五郎ガ郎等武藤新五郎ト云者アリ。童名荒武者トゾ申ケル。勝タル水練ノ達者也。是ヲ呼テ大炊ノ渡ノ瀬踏シテ、敵ノ有様能見ヨトテ指遣ス。新五郎瀬踏シ覚ヘテ帰。瀬踏コソ仕テ候へ。但河ノ両方岸高シテ、輙ク馬ヲアツカイ難シ。向ノ岸ニ渡瀬七八段ガホド菱ヲ植流シ、河中ニ乱杭打、縄ハヱ、逆茂木引テ流シ
懸、四五段ガ程候シヲ、菱抜ステ、縄キリ、逆茂木切テ馬ノアゲ所ニハ、シルシヲ立テ候。ソレヲ守テ渡サセ給ヘトゾ申ケル。武田五郎、河端へ進ム。
武田ガ手ノ信濃国住人平野五郎・河上左近二人打入テ渡シケルガ、 向ノ岸ニ黒革威ノ鎧ニ月毛ナル馬ニ乗テ、黒羽ノ矢負テ、塗籠藤ノ弓持タリケルガ、河端ノ下ノ壇ニ打下テ、向ノ岸ヲ渡スハ何者ゾ、是ハ武田小五郎殿ノ御手ニ信濃国住人平野六郎・川上左近ト申者ト名乗リケレバ、同国ノ住人大妻太郎兼澄也。誠ニ平野六郎ナラ
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バ、我等ガ一門ゾカシ。六郎ハ諏方大明神ニユルシ奉ル。川上殿ニオイテハ申請ントテ、ヨ引テヒヤウト射ル。左近ガ引合ヲ箆深ニ射サセテ、逆ニ落テ流レケルニ、千野六郎是ニモ臆セズ、軈而続イテ渡シケレバ、千野六郎ハ東ヨリ大明神ニユルシ奉ル。馬ニ於テハ申請ントテ、ヨ引テヒヤウト射ル。六郎ガ弓手ノ切付ノ後ノ余ヲ箆深ニ射サセテ、馬逆ニコロビケレバ太刀ヲ抜テ、逆茂木ノ上へ飛立、歩武者六人ヨリ合テ、千野六郎ウチ取ニケリ。同手ノ者、常葉六郎其モ大妻太郎草摺余レヲ射サセ、舟ノ内ニ落タリケルヲ、先ノ六人寄合テ打ニケリ。吾妻太郎・内藤八モ射ラレテ流レニケリ。
内藤八ハ真向ノ外射サセテ、血目ニ流レ入ケレバ、前後モ見ヘズ、馬ノ頭下リ様ニ悪テ向テ、軈テ巻沈メラレケルガ、究竟ノ水練ナリケレバ、逆茂木ノ根ニ取付テ、心ヲ沈思ケルハ、是程ノ手ニテヨモ死ナジ。相具シテハ助ラジ。此鎧重代ノ物也。命生タラバ、其時トラント思テ、物ノ具ヌギ、上帯ヲ以テ逆茂木ノ根ニ結付テ、向タルカタヘ這ケル程ニ幸イ渚ニ這着ニケリ。腰ヨリ上ハアガリテ、ソコニテ絶入ヌ程ヘテ後アガリタリ。京方ノ者共、見付タリケレドモ、死人流レ寄タル
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ト思テ目モ掛ズ。其後縁者尋来テ助ケテケリ。後ニ水練ヲ入テ河底ナル鎧ヲ取タリケリ。
去程ニ武田小五郎、頓而打入テ渡シケリ。友ナウ輩ニハ兄ノ悪三郎・弟ノ六郎・同七郎・武藤五郎・新五郎・内藤七・黒川内次郎・岩崎五郎、以上九人是等ヲ始トシテ百騎ニ足ヌ勢ニテゾ渡ケル。京方勢放ツ矢サキ、雨ノ如ナレバ或ハ馬ヲ射サセ、或物具ノスキヲ射サセテ河へ入ル。是ヲモ顧ズ乗越＜渡ケリ。武田五郎、軈而続テ河端ニ打望テ、小五郎能コソ見ユレ。日来ノ詞ニ似セテ能振舞へ。敵ニ後ヲ見セナバ、人手ニハ懸マジキゾ。只渡セトゾ下知シケル。小五郎、本ヨリ敵ニ目ヲ懸テ思切タリケル上、父ガ目ノ前ニテ角下知シケレバ、面モ振ズ戦ヒケル。小笠原次郎出抜レケルコソ安カラネトテ、打立テゾ渡シケル。京方各河端ニ馳向テ、散々ニ戦ヒケレ共、東山道ノ大勢雲霞ノ如ク打入＜渡シケレバ、力及バズ引退テ、上ノ壇へ打上ル。河下ノ手へ向ケル者共手負タル馬、或ハ射捨タル矢ナド西岸ニ添テ流レケレバ、御方ノ軍弱シテ、東勢西岸ニ着タレバコソ手負共西岸ニ添テハ流ラント、アヤシミケル処ニ、大炊ノ渡京方破レ、
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大勢既ニ打入ト申ケレバ、鵜沼へ向タリケル美濃目代帯刀左衛門尉、口惜事ト思テ、五十騎バカリニテ馳来ル。中ニ隔リ七八度程取テハ返シ＜戦ケレ共 終ニハ叶ベクモナケレバ引退。美濃国住人蜂屋冠者モ引退ケルガ 信濃国住人祢豆次郎ニ組落サレ打レニケリ。筑後六郎左衛門尉、黒革威ノ鎧ニ赤袋カケテ白月毛ナル馬ニ乗テ落行ケルヲ、武田七郎キタナシ、 スマジキゾトテ追懸タリ。六郎左衛門尉取テ返シ、キコユル御所焼ト云太刀ヲ、抜打ニウツ。武田七郎推双タル馬ノ頸手縄ヲソヘテ、ツツト切テ落シタリ。武田鐙ヲ越テ、ヒラリト下立。其間ニ筑後六郎左衛門落延ニケリ。此御所焼ト云太刀 ハ、次家 ・次延ニ作ラセテ、君御手ヅカラ焼セ給タル太刀也。公卿殿上人、北面 ・西面ノ輩、御気色ヨキ程ノ者ハ、皆給テ佩ケリ。筑後六郎左衛門尉、都ヲ出ケル時タビタリケル。去程ニ武田七郎、馬ヲバキラレヌ、乗替モナシ、イカヾセント、四方ヲ見マハシケル処ニ、乗放チタル馬、幾等モ走散ル。折節白葦毛ナル馬ノ、轡モナキガ出来リケルヲ、雑色下人ヨリ逢テ、是ヲ取テゾ乗セタリケル。カゝル所ニ京方ヨリ犬竹小太郎家任ト云、キコユル大力出来ル。信濃国
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住人岩間三郎親子、向様ニ歩セケルガ、イカニ大竹殿、哀レ悪ク計ヒ給モノ哉。ワ殿ハ元ハ武蔵国住人、今コソ京方ニヲハシタレ、其モ関東ヨリ参ラセラレタレバ、力ナシ。侍ハ渡リモノ、草ノ靡ニ随ヒ給ヘトイヘバ、誠ニモトヤ思ケン、磬テ案ズル所ヲ、岩間父子押双デムヅト組。大力トハイヘドモ、指殺シテ首トリニケリ。此大竹小太郎ハ関東ノ者ナリシカ共、先年一院ヨリ関東へ仰ラレテ、侍共ノ内、相撲取テシタヽカナラン者ヲ参ラセヨト有シカバ、岡部鬼尉五郎ト此犬竹ト撰バレテ参リケリ。二人共ニシタヽカ者ナリ。サレドモ力ハ猶大竹トゾキコヘシ。本ハ家光ト名乗ケルガ、西面ニ召レテ院ノ家任ト付給タリ。
又京方大妻太郎・中三郎・小嶋四郎、三騎連テ落行ケルガ、大妻太郎申ケルハ、我ハ痛手負タリ。敵ニ姿ヲ見ヘジト思程ニ、山へ入テ自害センズル也。ワ殿原ハ手モ負給ハズ。大豆渡ニ行向テ、軍ノ様ヲモ披露シ給へ。君軍ニ勝セ給ハヾ、京ニ二歳ノ男子アリ。是ニ勲功申与給ヘトテ、山方ヘゾ馳ニケル。中三郎・小嶋四郎、大豆渡ニ行向テ、此由申ケレバ、人々色ヲ失フ。平九郎判官、扨モ大炊渡破ルヽ事コソ
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安カラネ。胤義罷向テ一軍セントテ、下総前司・安芸宗内左衛門尉・伊東左衛門尉ヲ始トシテ五百余騎、大炊渡へ差向フ。能登守申サレケルハ、既ニ大炊渡破レテ、東山道ノ大勢打入タリ。後ヲ隔ラレ、中ニ取籠ラレテハ由々敷大事也。平九郎判官殿ノ仰コソ然ルベシ共覚ズ候へ。君モ尾張川破レナバ、引退テ宇治・勢多ヲ防ゲトコソ仰下サレ候シ秀康ニ於テハ罷上ル也トテ、引テ行。平九郎判官、口惜ハ思へ共、宗徒ノ者ドモ角云間、力ニ及ズ引テ行。大豆渡ヘハ相模守・足利武蔵前司向ハレタリケルニ、足利小太郎兵衛・阿曽沼小次郎近縄ヲ始テ、各川ヲ渡ス。京方宵ニ皆落タリケレバ、屋形計残テ有ケリ。勇ミ進ンダル寄手共、軍ニ相ザル事ヲ無念ニ思テ、各追テ行。伊具六郎有時・善左衛門太郎・奥岳嶋橘左衛門・山田五郎兵衛入道・紀伊五郎兵衛入道・阿保刑部丞・由良左近・青木兵衛尉・新開兵衛小次郎・目黒太郎・佐賀羅三郎・加地丹内・同中務丞、是等ヲ始トシテ引行敵ニ追着ント、道ヲバヨケテ進ミ行ク。美濃筵ト云所ニテ、京方少々返シ合、合戦シケリ。坂東ノ兵共、願所ニテハアリ、悦ヲナシテ責戦。京方ハ引立タル武者ニテ、サマデノ勢モナカリケレバ、組落シ＜ウツ、サレバ独シテ頸二ツ三ツ取ラ
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ヌ者ハ無カリケリ。
角テ落行勢ノ中ニ山田次郎申ケルハ、サレバトヨ、人々。討手ニ向ラレタル者共ノ尾張川ニテモ恥有矢ノ一モ射ズ。道ノ程モ甲斐＜シキ軍モセデ落行。君ノ御尋アランニ如何答申ベキ。重忠ハ一軍セント思也トテ、杭瀬河ノ西ノ端ニ九十余騎ニテ磬ヘタリ。奥岳嶋橘左衛門、三十騎計ニテ馳来、御方ヲ待ト思シクテ、河モ渡サズ有ケルガ、勢少ニ馳付タリケレバ、河ノ端ニ打莅デ、向ノ岸ナルハ何物ゾ。敵カ御方カト問。山田次郎、御方ゾ。又御方ハタソト問。誠ニハ敵ゾ。敵ハタソ。尾張国住人山田次郎重忠也。サテハヨキ敵也トテ矢合スル程コソアレ、打ヒデ渡シケリ。山田次郎ガ郎等共、水野左近丞・大金太郎・大田五郎兵衛尉・藤兵衛尉・伊与坊・荒左近・兵部坊ナンド云大弓精兵共、九十余騎、河端ニ下浸テ、散々ニ射ルニ、或ハ射ヒテラレ流ルヽモアリ。痛手負テ引退モアリ。左右ナク渡シヱザリケリ。其中ニ加地丹内ト名乗テ渡シケルガ、鞍ノ前輪鎧コメ後輪ニ射付ラレテ、シバシモタマラズ、真逆ニ落テゾ流ケル。佐賀羅三郎モ、真向ノ余ヲ射サセテ引退ク。波多野五郎ト名乗テ
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渡シケルモ、尻モナキ矢ニテ真向ノ余ヲ射ラレテ引退ク。カヽル所ニ大将軍武蔵守、河端ニ馳立テ軍ノ下知ヲセラル。手負共、各参テ見参ニ入。誠由々敷ゾ見ヘニケル。ウス手負タル者共、矢打カケテヲメキ叫デ渡ス。ウタルヽヲモ顧ズ、乗越＜雲霞ノ如ノ大勢渡シケレバ爰ヲセンドヽ防ケレ共不叶シテ山田次郎颯ト引テ行。
武蔵国住人高枝次郎、只一騎細縄手ニ懸テ追懸テ行。七八騎有ケル勢取テ返シ、高枝ヲ中ニ取籠テ、散々ニ戦。高枝片足ヲ田エ踏入レケル処ヲ、終ニ切臥ヌ。痛手負テ横様ニ臥タリケルヲ、敵一人寄合、取テ押へ首トラントシケル所ニ、東国ノ兵共颯ト続タリケレバ打捨テ落行ヌ。御方勢近付テ何物ゾト尋ケレバ、鎧物具モ朱ニ成テ見へ分ザリケルガ、未死セズシテ、息ノ下ヨリ、是ハ武蔵国住人高枝次郎ト申者ニテ候ト申。武蔵守ウチ聞テ無漸ノ事也。手ヲヨク見ヨトアリケレバ、人々走寄テ見ルニ痛手・ウス手卅三ケ所キラレヌ。イカニ此手ニテ助ルベキカト、心地ハ何ト問。此手ニテハヨモ死シ候ハント申ケレバ、道ニテハ
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イカニモ叶マジケレバトテ、御文アソバシ、御使一人ソヘテ、鎌倉ヘゾ下サレケル。是ハ武蔵国住人高枝次郎ト申者ニテ候。六月六日、杭瀬川軍ニ手アマタ負テ候。道ニテハイカニモ療治叶ガタク候間、参ラセ候。随分忠ヲ致シ候。相構テ助リ候様ニ御計候へ。権太夫殿ヘゾ申サレケル。去程ニ京方引行ケルヲ、追懸＜行程ニ、伊具六郎有時ガ手ノ者伊佐三郎行正、山田二郎ヲ目ニ懸テ行程ニ、アナタノ端モコナタノ岸モ草生ヲホヒ底モ見ヘザルニ、馬ノシリ足フミハヅシテ、逆ニ帰リケレバ、山田次郎堀ノ底ニゾ落立ケル。伊佐三郎馳寄テ、イカナル者ゾ、山田次郎重忠ゾ。サ云ハタソ。伊佐三郎行正ト名乗リ、鐙ヲ越テ落、ムヅト組。堀底ナリケレバ、敵御方、是ヲ知ズ。重忠ハ乗カヘ下人モナシ。伊佐ハ雑色一人具シタリ。主、軍ヲスレ共、手伝モセズ、打逢時ハ立退見物シ、戦疲テ休時ハ又ソバニヨリヰル。角スルコト三度ニ及ベリ。カヽリケル処ニ山田ガ郎従藤兵衛尉、落行ケルガ、重忠ハ何ト成給ケント取テ返シ見ケレバ、堀ノ底ニ太刀音シケリ。打寄テ伺ヘバ、我主也。是ニマシ＜ケルヤ。藤兵衛コソ参テ候ヘトテ、馬ヨリ飛下、重忠ヲ己ガ馬ニ掻乗セ、堀ヨリ上ラントス。伊佐、山田ガ甲ノシヨロ
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ヲ掴デ引タリケレ共、重忠大力ナリケレバ、甲ノ緒ヲフツト引切テ、終ニ山田落行ヌ。伊佐、山田ヲ打留ヌハ遺恨ナレ共、甲ノシコロヲ奪留タレバ、高名トゾ申ケル。山田次郎、美濃ノ小関ニテ旗ヲ高梢ニ結付置、落行ヌ。是ハ爰ニ敵アリト思ハセン為也トゾ。東山・東海両道勢一ツニ成テ上ケレバ、兵、野山ニ充満シテ、幾千万ト云数ヲ知ズ。野上・垂井ニ暫ク陣取テ、軍ノ手分セラレケリ。駿河守申ケルハ、勢多ヘハ相模守殿、供御瀬ヘハ武田五郎、宇治ヘハ武蔵守殿、芋洗ヘハ毛利蔵人入道殿コソ可然候ハンヅレ。義村ハ淀へ罷向候ハントゾ申サレケル。相模守殿ノ侍本間兵衛尉忠家、進出テ申ケルハ、哀レ駿河守殿ハ悪ウ申サレ候モノ哉。相模守殿、若党ニハ軍ナシソト思テ申サレ候カ。義村聞テ此事コソ心得候ハネ。義村昔ヨリ御大事ニ逢テ、多ノ事ヲ見置テ候。平家追討ノ時、関東ノ兵共指上セラレ候ニ、勢多ハ大手ナレバトテ参河守殿向ハセ給、宇治ハ翔手ナレバ九郎判官殿向ハセ給。先規御吉例ニテ
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候ヘバト存テコソ、カヤウニハ申候へ。争軍ナシソトハ存候ベキ。申サルヽノ条共、存外ノ次第ニコソ候へ。勢多ヘハ敵ノ向フマジキニテ候カ。軍ハ何所モヨモ嫌候ハン。只兵ノ心ニコソ候ヘト申サレケレバ、本間詞無ゾ見ヘケル。武蔵守泰時ハ駿河守儀可然トテ、宇治へ向ハセ給。義村又申ケルハ、式部丞北陸道ヨリ罷上候ガ、道遠クシカモ難所多候ヘバ定而未ダニテコソ候ハンヅレ。都へ責入日、一方透テハ悪カリナン。小笠原次郎殿、北陸道路ヨリ罷上ラレ候ヘト仰遣サレ、尤ニ候ト申ケレバ、尤可然トテ小笠原次郎ニゾ云遣ケル。小笠原承テ、今度東山所々悪所、殊サラ関太良ニテ馬乗疲カシ、爪カヽセ、其上大炊ノ渡ニテ若党共ニ手負セテ候ヘバ、無勢旁以叶ハジトコソ存候ヘトゾ答ラレケル。武蔵守サラバ勢ヲ添ラルベシトテ千葉助・筑後太郎左衛門尉・中沼五郎・伊吹七郎、是等ヲ始トシテ一万騎ヲ付ラル。小笠原、此上ハトテ小関ヲヘ、伊吹山ノ腰ヲ過、湖ノ頭ヲ経テ、西近江・北陸道ヘゾ向ケル。
去程ニ式部丞朝時ハ、五月晦、越後国府中ニ着テ、勢汰ス。枝七郎武者・加地入道父子三人・大胡太郎左衛門尉・小出四郎左衛門尉・
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五十嵐党ヲ具シテゾ向ケル。越中越後堺ニ蒲原ト云難所アリ。一方ハ岸高クシテ人馬通ズ。一方荒磯ニテ風ハゲシキ時ハ、船路心ニ任ズ。岸ニ添タル細道、岩間ヲツタフテ通ニ馬五騎十騎双ル事叶ズ。僅ニ一騎計通道也。市降浄土ト云所ニ逆茂木ヲ引テ、宮崎左衛門堅メタリ。上ノ山ニハ石弓ハリタテヽ、敵寄来バハズシ懸ント用意シタリ。人々如何スベキトテ、各僉ノ議ヲ申ケル所ニ、式部丞ノ謀ニ浜ニ幾等モ有ケル牛ヲ取ヘテ、角ニ続松ヲ結付テ放チ遣ル。牛続松ニ恐レテ走突躍ケルヲ、上ノ山ヨリ是ヲ見テ、アハヤ敵ノ寄来ルハトテ、石弓ノ有限、ハヅシ懸ケレバ、多ノ牛ウタレテ死ヌ。其跡ニ事故ナク、爰ヲバ打過、夜ノ明打ニ逆茂木近ク押寄テ見レバ、海面モナギタリ。早リヲノ若者共、汀ニ添イ馬ヅヨナル者ハ海ヲ渡シ。足軽共、手々ニ逆茂木取除テ、通ル人モアリケリ逆茂木ノ内ニハ、人ノ郎従ト覚シキ者、二三十人篝焼テ有ケルガ、矢打ニ射懸ケルガ、大勢向ヲ見テ、皆打棄テ山へ迯上ル。其間ニソコヲモ事故ナク通リケリ。
又越中ト加賀ノ堺ニ砥並山ト云所アリ。黒坂・志保トテ二ノ道アリ。
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砥並山ヘハ仁科次郎・宮崎左衛門尉ヲ指向ラル。志保ヘハ糟屋有名左衛門・伊王左衛門ヲ指向ラレケリ。加賀国住人林・富樫・井上・津旗、越中国住人野尻・河上党ノ者共、少々官軍ニ付テ拒ギ戦フ。志保ノ軍破ケレバ、京方皆落行ケリ。其中ニ手負ノ法師武者一人、傍ニ臥タリケルガ、大勢トヲルヲ見テ、是ハ九郎判官義経一腹ノ弟糟屋ノ有名左衛門尉ガ兄弟、刑部坊現覚ト云者也。能敵打テ高名ニセヨト呼リケレバ、誰トハ知ズ敵一人寄合、刑部坊ガ首ヲゾ取ケル。式部丞、砥並山・黒坂・志保打破テ、加賀国ニ乱入リ、次第ニ責上ル程ニ山法師美濃竪者親賢、水尾坂ヲ堀切テ、逆茂木引テ有トゾ聞ヘシ
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承久記 下
去程ニ山田次郎重忠、杭瀬河ノ軍破レテ後、都へ帰参テ、事ノ由ヲ申上ル。海道ノ所々攻落サレ、北陸道ノ勢モ都近ク攻上ルト聞ヘシカバ、一院何ト思召分タル御事モナク、六月九日酉刻ニ一院、新院・冷泉宮引具シマシ＜テ、日吉へ御幸ナル。二位法印尊長ハ、巴大将ノ御供ニ参ラレタリケルヲ、組落シ打バヤト、頻ニ目ヲ懸、支度セラレケルヲ、子息新中納言、大将ニ申ケルハ、尊長ガ君ニ目ヲ懸参ラセ候。実氏死テ後ハシラズトテ、押隔＜セラレケレバ、悟ラレヌトヤ思ケン、左右ナク組ザリケリ。角テ君ハ東坂本梶井御所へ入セ給フ。天台座主参セ給テ、終夜御物語申サセ給。君ヲ守護シ奉ラン大衆ハ、皆水尾サキ・勢多ヘトテ馳向候。又是ハイカニモアシク候ハント申サレケレバ、猶モ宇治・勢多ヲ堅メラレテコソ御覧ゼラレメト、謀叛結構ノ公卿、殿上人武士共各進メ申上ル。卯刻ニ都へ還御、四辻
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宮へ入セ給ヒテ後ハ、四方門ヲ閉ラレ、兎角ノ儀モ仰出サレズ。
月卿雲客僉義シテ打手ヲ向ラルベシトテ、宇治・勢多方々へ分遣サル。山田二郎重忠・山法師播磨竪者・小鷹助智性坊・丹後、是等ヲ始トシテ、二千余騎ヲ相具シテ勢多へ向フ。能登守秀康・平九郎判官胤義・少輔入道親広・佐々木弥太郎判官高重・中条下総守盛縄・安芸宗内左衛門尉・伊藤左衛門尉、是等ヲ始トシテ一万余騎、供御瀬へ向ラル。佐々木前中納言有雅卿・甲斐宰相中将範茂・右衛門佐朝俊、武士ニハ山城前司広縄・子息太郎右衛門尉・筑後六郎左衛門尉・中条弥二郎左衛門尉、熊野法師ニハ田部法印・十方法橋・万劫禅師奈良法師ニハ土護覚心・円音、是等ヲ始トシテ一万余騎、宇治へ相向フ。長瀬判官代・足立源左衛門尉、五百余騎ニテ真木嶋へ向フ。一条宰相中将信能・二位法印尊長、一千余騎ニテ芋洗へ向フ。坊門大納言忠信、一千余騎ニテ淀へ向フ。河野四郎入道通信・子息太郎、五百余騎ニテ広瀬ヘゾ向ラレケル
承久記 上 終