『源平闘諍録』総ひらがな版


凡例
底本: 内閣文庫蔵『源平闘諍録』(五冊、一之上・一之下・五・八之上・八之下)
『源平闘諍録 : 坂東で生まれた平家物語』上、下 福田豊彦、服部幸造 全注釈 講談社 (講談社学術文庫1397,1398)の訓読文に基づき制作しました。振り仮名のない箇所は、独自に読みました。
原本の割注は 〈  〉 に入れて示しました。
参考のため、ページ数を記しました。


源平闘諍録 一之上
P1019
げんぺいとうじやうろく いちのじやう
P1020
  〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく いちのじやう
 一 くわんむてんわうよりへいけのいちいんのこと
 二 びぜんのかみただもりしようでんのこと〈 てんしようぐわんねんさんぐわつじふさんにち 〉
 三 ただもりしきよののち、きよもりそのあとをつぎてさかゆること〈 にんぺいにねん ほうげんねん〈 ひのえね 〉しちぐわつ 〉
 四 うちとゐんとおんなかふわのこと〈 えいりやく・おうほうのころ 〉
 五 にでうのゐん、せんてうのきさきのみやをこひおはしますこと〈 ぜんてうのうち 〉
 六 にでうのゐんほうぎよのこと〈 えいまんぐわんねんはちぐわつ 〉
 七 えんりやく・こうぶくじ、がくうちろんのこと〈 まへにおなじ 〉
 八 たかくらてんわうおんそくゐのこと〈 にんあんさんねんさんぐわつはつか 〉
 九 うひやうのすけよりとも、いとうのさんぢよにかすること〈 にんあんさんねんさんぐわつ 〉
 十 よりとものしそく、せんづるごぜんうしなはるること〈 おなじくじふいちぐわつげじゆんじふしにち 〉
十一 よりとも、ほうでうのちやくぢよにかすること〈 おなじくじふいちぐわつげじゆんのころ 〉
十二 とうくらうもりながゆめものがたり〈 おなじくじふにぐわつふつか 〉
十三 だいじやうにふだうきよもり、あくぎやうはじめのこと〈 おなじくにねんじふろくにち 〉
十四 だいじやうにふだうのだいにのおんむすめ、じゆだいあること〈 しようあんぐわんねんじふにぐわつじふしにち 〉
十五 しんだいなごんなりちか、だいしやうしよまうのため、さま〔ざま〕のきたうのこと〈 おなじころ 〉
十六 なりちか・しゆんくわん、へいけついたうのせんぎのこと〈 おなじころ 〉
十七 もくだいもろたか、はくさんのだいしゆとあらそひをおこすこと〈 あんげんにねんじふにぐわつじふくにち 〉
十八 さんもんのだいしゆ、しん〔よ〕をささげてげらくすること〈 ぢしようぐわん〔ねん〕しぐわつじふさんにち 〉
   つけたり よりまさ、へんげのものをいること
十九 へいだいなごんときただ、せいせんにあづかること〈 おなじくじふしにち 〉
 廿 かがのかみもろたか、をはりのくにへながさるること〈 おなじくはつか 〉
廿一 きんちゆう・らくちゆうえんしやうのこと〈 おなじくにじふはちにち 〉
P1022
 一 くわんむてんわうよりへいけのいちいんのこと
ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろは、じやうしやひつすいのことわりをあらはせり。おごれるひともひさしからず、ただはるのよのゆめのごとし。たけきものもつひにはほろびぬ。ひとへにかぜのまへのちりにおなじ。とほくいてうをとぶらへば、しんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしうい、たうのろくさん、これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをいれず、てんがのみだれをもさとらず、みんかんのうれふるところをもしらざりしかば、ひさしからずして、うせにしものなり。ちかくはほんてうをたづぬれば、しようへいのまさかど、てんぎやうのすみとも、かうわのぎしん、へいぢのしんらい、おごれるこころもたけきことも、とりどりにこそありしかども、まぢかくはにふだうだいじやうだいじんたひらのきよもりとまうしけるひとのありさまをつたへきくこそ、こころもことばもおよばれね。
P1025
そのせんぞをたづぬれば、くわんむてんわうだいごのわうじ、いつぽんしきぶきやうかづらはらのしんわうくだいのこういん、さぬきのかみまさもりのまご、ぎやうぶきやうただもりのあそんのちやくなんなり。かのしんわうのみこたかみのわうは、むくわんむゐにてうせたまひぬ。そのみこにたかもちのわうのとき、じゆんなてんわうのぎよう、てんちやうねんちゆうのころ、たちまちにわうしをいでてじんしんにつらなり、はじめてたひらのあそんのしやうをたまはり、かづさのすけににんず。
P1027
 かのたかもちにじふににんのこあり。ちやくなんくにかひたちのだいじよう、まさかどがためにちゆうせらる。じなんよしもちちんじゆふのしやうぐん、これまさかどがちちなり。さんなんよしかねかづさのすけ、まさかどとどどかつせんをくはだて、つひにうたれをはんぬ。しなんいげはこなくして、しそんをつがず。だいじふにのばつしよしふみむらをかのごらう、まさかどがためにはをぢたりといへども、やうしとなり、そのげいゐをつたふ。まさかどははつかこくをしたがへ、いよいよけうあくのこころをかまへ、しんりよにもはばからず、ていゐにもおそれず、ほしいままにぶつもつをおかし、あくまでわうざいをうばひしがゆゑに、めうけんだいぼさつ、まさかどがいへをいでて、よしふみがもとへわたりたまふ。これによつてよしふみ、かまくらのむらをかにきよぢゆうす。ごかこくをりやうじて、しそんはんじやうす。
P1029
 かのよしふみにしにんのこあり。ちやくなんただすけ、ちちにさきだちてしきよしをはんぬ。じなんただよりむらをかのさぶらう、あうしうのすけとかうす。むさしのくにのあふりやうしとして、かづさ・しもふさ・むさしのさんがこくをりやうす。しもふさのちちぶのせんぞなり。さんなんただみつするがのかみをばごんのちゆうじやうといふ。まさかどのらんによつてひたちのくにしだのしまへはいるせらる。よつてひたちのちゆうじやうといふ。しやめんののちは、ふねにのつてみうらへつき、せいうんすけのむすめにかし、みうらのこほり・あはのくにをあふりやうす。みうらのせんぞこれなり。しなんただみちむらをかのへいたいふ、むらをかをやしきとして、かまくら・おほば・たむららをりやうちす。かまくらのせんぞこれなり。
P1031
 またかのただよりにさんにんのこあり。ちやくなんただつね、かづさのくにこうずけのさとにきよぢゆうせしかど、のちにはしもふさのくにちばのしやうにうつつて、しもふさのごんのすけとかうし、りやうごくをりやうす。そのとき、めうけんだいぼさつはちやうちやくにつき、ちばのしやうへわたりたまふ。そのこにつねまさ、むさしのあふりやうしとなる。そのこにつねながちばのすけたいふ、じふにねんのかつせんのとき、くわんへいにかられ、はちまんどののおんともにありしが、かいだうのおほてのたいしやうぐんたり。そのこにつねかねちばのじらうたいふ、しやていつねふさかもねのさぶらう、ちだのせんぞこれなり。おなじくつねはるさうまのこごらう、かづさのせんぞなり。そのこにつねずみかづさのおほすけ。そのこにひろつねごんのすけ、よりとものめいによつて、かじはらのへいざうかげときがためにかさる。(あうしうおんげかうのとき、ひろつね、しんせつなることをいたくちんじ、ひきやぶりてきこくす。ゆゑにひろつねをおんたいぢす。あまりにつまびらかなり。そのすゑつねたねあうしうおんざいぢんのゆゑに、ちばのおんいちぞく、あうしうにおほくおはしますぎなり。かづさのくにしゆごしよく、そのとしいらいなり。)つねかねがじなんつねしげだいごんのすけ。しやていつねやすしらゐのろくらう。おなじくしやていさふさのはちらうつねつな。そのこにつねたねちばおほすけ、かまくらどののひだりのいちのざをたまはる。かのつねたねのしやていたねみつしひなのごらう、しひなのせんぞこれなり。
P1035
 ただよりがじなんただたか、やまなかのあくぜんじとかうす。だいぢからのかくうちなり。そのこにつねとほかさまのあふりやうし、かげまさがためにちゆうさる。そのこにつねむねなかむらのたらう。そのこにむねひらなかむらのしやうじ。そのこにさねひらとひのじらう、とひのせんぞこれなり。そのしやていとほむねつちやのさぶらう、つちやのせんぞこれなり。
P1037
 かのただよりがさんなんまさつねむさしのごんのかみ、ちちぶのせんぞこれなり。そのこにたけもとちちぶのべつたうのたいふ。そのこにたけつなちちぶのじふらう。そのこにしげつなごんのかみ、ちちぶのくわんじやといひて、じふにねんのかつせんのとき、せんぢんのたいしやうぐんたり。そのこにしげひろたらうたいふ。そのこにしげよしはたけやまのしやうじ。おなじくしやていをやまだのべつたうありしげ。しげよしがこにしげただはたけやまのじらう、かまくらどののせんぢんのたいしやうぐんこれなり。
P1038
 ただみつむらをかのしらうはみうらのせんぞたり。そのこにためなみうらのへいたいふ。そのこにためつぐみうらのへいたらう、じふにねんのかつせんのときのかうへいしちにんのそのいちなり。そのこによしつぐろくらうしやうじ。そのこによしあきみうらのおほすけ、しげただがためにうたれをはんぬ。そのこによしむねすぎもとのたらう。じなんよしずみべつたうのすけ。そのこによしむらするがのかみ。
P1039
 ただみちへいたいふ〈 かまくらのせんぞなり。 〉そのこにかげみちかまくらのごんのたいふ。そのこにかげむらかまくらのたらう。しやていかげまさごんごらう、さだたふをせめしときのかうへいしちにんのうち、ごぢんのたいしやうぐんたり。そのこにかげなが〈 まことにはかげむらがこなり。 〉、そのこにかげときかじはらのへいざう、うりんよりともにはごぢんのたいしやうぐんたり。
 またくにか、そのこにさだもりへいしやうぐん、ちやくちやくのすゑ、たけのだいじようをはじめとして、よしだ・かしま・とうでう・をぐり・まかべ、このしちにんはかしまのしんじのつかひなり。いづのほうでうのせんぞはへいしやうぐん。そのこにこれひらひたちのかみ。そのこにこれのりゑちぜんのかみ。そのこにこれもりちくごのかみ。そのこに、さだもり・これひら・まさのり・まさひら・まさもり・ただもり、もりもとみののかみ。そのこにさだときひやうゑのたいふ。そのこにときいへ、ほうでうのすけのむすめにかして、ときいろのしらうたいふをまうけたり。そのこにときまさほうでうのしらう、とほたふみのかみとかうす。うだいしやうよりとものしゆうとたり。そのこによしときあうしうのかみ、うきやうのごんのたいふといふ。かのよしときはみやこをうちしたがへ、につぽんごくをちぎやうす。〈 じよぶん 〉
P1046
 二 びぜんのかみただもりしようでんのこと
たかもちのしんわうのすゑ、につぽんごくをうちなびかすこと、すでにさんがどにおよべり。しかるに、せんぞさだもり、てうてきまさかどをちゆうしてちんぢゆふのへいしやうぐんににんず。へいしやうぐんよりびぜんのかみただもりにいたるまで、ろくだいのあひだは、しよこくのじゆりやうたりといへども、いまだてんじやうのせんせきをばゆるされず。しかるをただもりびぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわんとくちやうじゆゐんをざうしんして、さんじふさんげんのみだうをたて、いつせんいつたいのおんほとけをあんぢしたてまつる。そのこうによつて、てんしようぐわんねん〈 かのとゐ 〉さんぐわつじふさんにちのくやうのひ、ただもりにけんじやうおこなはれて、けつこくをたまはるよし、おほせくださるるうへ、ぜんぢやうほふわう、えいかんのあまりに、うちのしやうでんをゆるさるるあひだ、くものうへびといきどほりそねむ。
P1048
どうねんじふいちぐわつにじふさんにち、ごせちとよのあかりのせちゑのよ、やみうちにせんとしければ、ただもりがきんしんのらうどうん、しんのさぶらうだいふすゑふさがこ、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。このことをききえて、かりぎぬのしたにはらまきをき、さんじやくのたちをわきばさんで、ことあらば、ただいまはしりたつべきていにて、てんじやうのこにはについひざまづいてぞさうらひける。てんじやうびと、くわんじゆいげ、これをあやしみ、ろくゐのくらんどをめして、「うつぼばしらよりうちに、ほういのもののさうらふはなにものぞ。らうぜきなり。いそぎまかりいでよ」といはせければ、いへさだ、そでをおしあはせ、かしこまつてまうしけるは「おほせにしたがつて、もつともまかりいでさうらふべけれども、さうでんのしゆびぜんのかみどのを、そのよしもなきに、こんや、やみうちにせらるべきよし、うけたまはりさうらへば、いかにもなりたまはんやうをみんために、かくてさうらふ。えこそまかりいづまじけれ」とて、さうらひゐたり。そのうへ、おとうとのへいくらういへすゑも、たちをわきばさんで、はるかにひきさりてゐたりければ、くらんどたちかへつて、くはしくこのよしをまうしければ、おのおのしたをまいてをそれあへり。
P1050
 さるほどに、ただもり「このこといかがあるべき」とやすらひ、ぎよいうもいまだはてざるに、やみうちのこと、けんじつよういのあひだ、ほかげにたちよつて、いつしやくさんずんのうちがたなの、こほりのごとくなるをぬきいだし、びんぱつにひきあて、おしのごひて、さわがずしてしづかにこしにさし、またしやうじのかげにたちより、くだんのかたなをぬきいだし、まてにとるに、ひとをうかがふけしき、いとあらはにみえたり。ややひさしく、てんじようのかたをみてたちければ、おもてをむくべきやうもなし。しかるあひだ、よしなしとやおもはれけん、そのよのやみうちとまりにけり。
P1052
そもそもごせつのえんすいとまうすは、これきよみはらのてんわうのおんときにはじめてよりこのかた、いまのよにいたるまで、「かたぬきには、しろうすやうのこぜんじのかみ、まきあげのそで、ともゑかいたるふでのじく」と、かくはやすに、ひやうしをかへて、「いせへいじはすがめなりけり」とぞはやしける。ただもりはいせのくによりおひたちけるうへ、かためのすがめをこころうしとはおもへども、しよぞんのむねあるによつて、よるしんかうにおよんで、かつうはごにちのそしようのために、ししんでんのごごにて、かたへのてんじようびとのみらるるに、くだんのかたなをとりいだして、とのもづかさにあづけおきてぞいでられける。いへさだまちうけて、「いかがさうらひける」とたづねまうしければ、「べちのことなし」とこたへけり。
P1055
しやうこにもかやうのことありけり。むかし、すゑなかきやうはいろのきはめてくろかりければ、ときのひと「こくそつ」とぞまうしける。しかるにくらうどのとうたりしとき、ごせつのえんに、「あなくろぐろし、くろきとうかな。たれかとらへてうるしぬりけん」とはやしけり。すゑなかきやうのかたうどに、てんじやうびと「あなしろじろし、しろきぬしかな。いかなるひとのはくをおしけん」とこれをはやす。また、くわさんのゐんのにふだうだいじやうだいじん、おんとしじつさいのとき、ちちただいへきやうにおくれたてまつり、みなしごにてましましけるを、なかのみかどのちゆうなごんいへなりきやう、はりまのかみたりしとき、むこにとり、はなやかにもてなされて、これもごせつに、「はりまよねはとくさか、むくのはか。ひとのきらをつく」とはやしけり。しかるに、じやうだいはあへてこともいできたらず。まつだいはいかがあるべからん、しりがたし。
P1056
ごせつもすでにはて、つぎのひになつて、あんのごとく、てんじやうびといちどうにうつたへまうされけるは、「それゆうけんをたいしてくえんにれつし、ひやうぢやうをたまはつてきゆうちゆうをしゆつにふすることは、みなきやくしきのりんめいをまもる、せんれいよしあるものなり。しかるにただもり、らうじゆうをしてひやうぐをおびさしめ、てんじやうのこにはにめしおきて、そのみまた、こしがたなをさしてせちゑのざにつらなる。むかしよりいまだきかず、てんじやうのしゆうにまじはるともがらの、こしがたなをたいすることを。りやうでうともにせんれいにあらず、きたいみもんのらうぜきなり。ことすでにちやうでふす。ざいかいかでかのがるべけんや。はやくみふだをけづつて、けつくわんちやうにんせらるべき」よし、おのおのうつたへまうされければ、しゆしやうおどろきおぼしめされて、ただもりをめして、おんたづねあるところに、ただもりのまうしじやう、まことにゆゆしくぞきこえし。
「まづらうじゆうこにはにしこうのでう、ただもりこれをかくごせず。ただし、きんじつ、ひとびとあひたくまるるしさいあるあひだ、ねんらいのけにんこのことをきき、そのはぢをすすがんがために、ただもりにしられず、ひそかにさんこうのでう、ちからおよばざるしだいなり。もしなほとがあるべくは、はやくそのみをめしまゐらすべきか。つぎにかたなをたいすること、すでにろけんのうへはもちろんなり。ただし、くだんのかたな、とのもづかさにあづけおけり。はやくかれをめしいだされてごひけんののち、かたなのじつぷにつき、とがのさうあるべきか」と、はばかるところなくまうしければ、しゆじやう「しかるべし」とて、かのかたなをめしいだし、えいらんありければ、まことのかたなにはあらず、いつしやくさんずんのきがたなをつくり、うへにくろうるしをぬつたるさやまきの、みにはぎんぱくをおしたりけり。
しゆじやうゐつぼにいらせおはしまして、おほせありけるは、「おのおのこれをうけたまはれ。たうざのなんをのがれんために、かたなをたいするよしをみせしむといへども、ごにちのそしようをぞんぢして、きがたなをたいするよういのほどこそしんべうなれ。きゆうせんのみちにたづさはらんはかりごとは、もつともかうこそあらまほしけれ。かねてはまたらうじゆう、しゆうのはぢをすすがんために、ひそかにさんこうのでう、かつうはぶしのらうどうのならひなり。まつたくただもりがとがにあらず。『もしなほそのとがあるべくは、そのみをめしまゐらすべきか』のまうしやう、まことにせいだうのほふなり。あはれ、りちをしつたるものかな」と、かへつてぎよかんあるうへは、あへてざいかのさたもなかりけ
また、ただもり、よのことのゆゆしきのみにあらず、かだうにとつてもやさしかりけり。そのかみはりまのかみたりしとき、くによりしやうらくせられたりけるに、ひとびとおほくあつまつて、「あかしのうらのつきはいかに」ととひければ、ただもりかくぞこたへける。
ありあけのつきもあかしのうらかぜはなみばかりこそよるとみえしかW
かやうによまれたりければ、ひとびというにぞおもはれける。
また、ただもり、ぎをんのにようごにみやづかひまうしけるちゆうらうのにようばうのもとへ、しのびてときどきかよひけるに、かたへのにようばうたち、これをそねみわらひあひしに、かのにようばう、あるとき、つきのいでたるあふぎをもちたりければ、にようばうたちこれをみて、「あないくつしのあふぎや。そのつきのかげはいづくよりさしまゐりたるぞ。あはれ、いでどころをしらばや」とて、わらひければ、このにようばう、まことにおもはゆげにおもひながら、
くもまよりただもりきたるつきなればうはのそらにはいはじとぞおもふWとよみければ、わらひけるにようばうたちも、きようさめてはぢあへり。
P1068
三 ただもりしきよののち、きよもりそのあとをつぎてさかゆること
さるほどに、ただもりのあつそん、にんぺいさんねん〈 みづのととり 〉しやうぐわつじふごにち、としごじふはちにてうしたまひぬ。きよもりちやくなんたりしかばそのあとをつぐ。ほうげんぐわんねん〈 ひのえね 〉しちぐわつ、さだいじんよりながきやう、よをみだしたまひしとき、あきのかみとしてみかたにこうしてくんこうありしかば、はりまのかみにうつつて、おなじきさんねん〈 つちのえとら 〉だざいのだいにににんじ、へいじぐわんねん〈 つちのとう 〉じふにぐわつ、うゑもんのかみのぶより・さまのかみよしとものあつそん、むほんのとき、またきようとをうちたひらげて、かさねたるおんしやうあるべきひととて、えいりやくぐわんねん〈 かのえたつ 〉しやうざんみにじよせらる。さいしやう・ゑふのかみ・けんびゐしのべつたう・ちゆうなごんににんじ、あまつさへしようじやうのくらゐにいたり、さうをへずしてないだいじんよりじゆういちゐにあがる。たいしやうにあらねども、ひやうぢやうをたまはつて、ずいじんをめしぐし、しつせいにあらねども、れんじやにのつてきゆうちゆうをしゆつにふす。
そもそも「だいじやうだいじんはいちじんをしはんとして、しかいにぎけいせり。そのひとにあらずはすなはちかけよ」といへり。そのひとにあらずんばけがすべきくわんにてもなかりけり。しかればすなはち「そくけつのくわん」となづく。しかれども、くわんゐこころにまかせ、いつてんしかいをたなごころのうちににぎるうへはしさいにおよばず。
P1070
かかりけるほどに、にんあんさんねん〈 つちのえね 〉じふいちぐわつじふいちにち、としごじふはちにてやまひにをかされ、ぞんめいのためにしゆつけにふだうす。そのしるしにや、しゆくびやうたちどころにいえててんめいをまつたくす。ひとのしたがひつくこと、ふくかぜのくさきをなびかすがごとし。よのあまねくあふぐこと、ふるあめのこくどをうるほすににたり。ろくはらどののいつかのきんだちとだにいへば、くわそくもえいようもおもてをむかへかたをならぶるひとぞなき。へいだいなごんときただきやうのまうされけるは、「このいちもんにあらざらんものは、をとこもをんなもあまもほふしも、にんぴにんなり」とぞいひける。しかるあひだ、いかなるひともそのゆかりにむすぼほれんとぞおもひける。まことにときにとつてはことわりなり。およそえもんのかきやう、えぼしのためやうよりはじめて、なにごともろくはらやうとだにいひければ、てんがのひとこれをまなぶ。
P1073
またいかなるけんわうせいしゆのおんまつりごと、せつしやう・くわんぱくのせいばいなれども、ひとのきかぬところにては、なにとなくよにあまされたるいたづらものなどの、そしりまうすことはつねのならひなり。しかるに、このにふだうのよざかりのあひだは、ひとのきかぬところなりとも、いささかもいるかせにまうすものなし。
そのゆゑは、にふだうのはかりごとに、じふしちはちばかりのわらはべのかみをかぶろにきりまはし、ひたたれ・こばかまをきせ、にさんびやくにんがほどめしつかはるるあひだ、これらきやうぢゆうにじゆうまんして、おのづからろくはらどののかたざまのうへをあしざまにいふものあらば、これらききだすにしたがつて、けをふきてきづをもとめ、さんびやくよにんざいざいしよしよにゆきむかひ、そくじにこれをまめつす。おそろしなんどまうすもおろかなり。さればすなはち、めにみ、こころにしるといへども、これをことばにあらはしていふものなかりけり。ろくはらどののかぶろとだにいへば、じやうげみなおぢおそれ、みちをとほるむまくるまもしさつてすぎけり。きんもんをしゆつにふするといへども、めいしやうをたづぬるにおよばず、けいしのちやうりこれがためにめをそばだつるか、とみえたり。
そもそも、だいじやうにふだうかぶろをおほくつかはれけることは、あへてしさいなきにあらず。そのゆゑは、いこくのこじをたづぬるに、かんのわうまう、てんがをうばひとらんとして、はかりごとにおほくのあかがねのにんぎやうのうまがたをつくり、たけのあひだをやぶつてこれをこめおき、かめをひいてこふに「しやう」のじをかき、これをかいちゆうにはなつ。はらめるをんなをにさんびやくにんあつめて、あかきすずめにくすりをあはせてぶくさしめ、ふかきやまにこれをこめおく。しかればすなはち、かのうみたりしこのいろのあかきことならびなし。やうやくそのとしじふさんしごになりければ、すなはちあかきころもをつくりてこれをきせ、うたををしへてうたはしむ。「たけのなかにあかがねのじんばあり。わうまうくらゐにつくずいさうなり。かめのこふに『しやう』のじあり。わうまうくにををさむるひやうじなり」と。ひとみなあやしみをなすあひだ、たけのなかをやぶりてみるに、まことにあかがねのじんばあり。かめをひきてこれをみるに、またこれ「しやう」のじあり。てんがのひとこれをおそれ、すなはちわうまうにしたがひにけり。しかれば、きよもりにふだうもこのことにおもひなぞらへ、かぶろわらはをつかはれけるにや。
P1082
わがみのえいがをきはむるのみにあらず、ちゃくししげもりないだいじんのさだいしやう、じなんむねもりちゆうなごんのうだいしやう、さんなんとももりさんみのちゆうじやう、しなんしげひらくらうどのとう、ごなんとものりみかはのかみ、ろくなんきよふさあはぢのかみ〈 にふだうのばつし 〉、ちやくそんこれもりしゐのせうしやう、しやていよりもりしやうにゐだいなごん、おなじくのりもりちゆうなごん、いちもんのくぎやうじふよにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう・
しよゑふ・しよし、つがふろくじふよにん。よにはまたひとなしとぞみえたりける。
ならのみかどのおんとき〈 いみなをしようほうしやうむてんわうといふ 〉、じんきごねん〈 つちのえたつ 〉こんゑのたいしやうをはじめておかれてよりこのかた、きょうだいさうにあひならぶことわづかにさんがどなり。はじめはもんとくてんわうのぎようにんじゆしねんに、かんゐんのぞうだいじやうだいじんふゆつぎのおとどのおんそく、そめどののくわんばくだいじやうだいじんちゆうじんこう〈 よしふさ 〉はちぐわつにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのにしさんでうのうだいじん〈 よしあふこう 〉どうねんのくぐわつにみぎにならびおはします。つぎにしゆしやくゐんのぎよう、てんぎやうぐわんねんに、こいちでうのくわんばくだいじやうだいじん〈 ていしんこうただひら 〉のおんそく、おののみやのくわんばくだいじやうだいじん〈 せいしんこうさねきよ 〉じふにぐわつにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのくでうのうだいじん〈 もろすけこう 〉おなじきにねんじふいちぐわつにみぎにならびおはします。まぢかくはにでうゐんのぎよう、えいりやくぐわんねんにほふしやうじのくわんばくだいじやうだいじん〈 ただみちこう 〉のおんそく、まつどののくわんばくだいじやうだいじん〈 もとふさこう 〉ごぐわつひとひにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのくでうのくわんばくだいじやうだいじん〈 かねざねこう、つきのわどの 〉おなじきくぐわつにみぎにならびおはします。これみなせふろくのしんのおんしそくなり。はんじんにとつてはそのれいなし。
てんじやうのまじはりをだにもきらはれしひとのしそんの、きんじきざつぱうをゆるされ、りやうらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうをかねて、しそくきやうだいさうにならぶこと、まつだいなりといへども、これふしぎのことなり。
P1085
おんむすめはちにんあり。それもとりどりにさいはひたまへり。いちはさくらまちのちゆうなごんしげのりきやうのきたのかたにておはしまししが、のちにはくわさんのゐんのさだいじんかねまさこうのみだいばんどころにて、おんこあまたありけるが、いかなるもののしわざなりけん、くわさんのゐんどののよつあしもんにかきつけたり。
はなのやまたかきこずゑとおもひしがあまのこどもかふるめひろふはWと。いちにんはきさきにたちたまひて、わうじごたんじやうあつて、わうじこうたいしにたちたまひ、ばんじようのくらゐにそなはりたまひしかば、すなはちゐんがうあつて、けんれいもんゐんとまうす。てんがのこくもにておはしますうへは、しさいにおよばず。いちにんはろくでうのせつしやう〈 もとざねこう 〉のきたのまんどころにておはしましけるが、たかくらゐんのおんそくゐのおんときに、おんぱはしろにて、じゆさんごうのせんじをくだされ、おもきひとにて、しらかはどのとぞかうする。しはれいぜいのだいなごんたかふさきやうのおんまへにて、それもおんこあまたありけり。ごはこのゑのにふだうてんが〈 もとみちこう、ふげんじどの 〉のきたのまんどころ。ろくはしつでうのしゆりのだいぶのぶたかきやうにあひぐしけり。しちはごしらかはゐんにめされにようごのごとし。いくつしまのないしがはらとぞきこえし。このほか、くでうゐんのざふしときはがはらにいちにんあり。みだいばんどころにしたしきひととかうす。くわさんのゐんのさだいじんどののおんもとに、じやうらふにようばうにて、らふのおんかたとぞまうしける。
P1090
かくのごとくいちもんはんじようするあひだ、くぎやう・てんじやうびとも、ほとけにいのりかみにのたまひても、きよもりにふだうのしそんをもつてむこにもとり、ふにもならんとぞねがひける。しかるあひだ、ときにあるしつせいもとみち・もとざねふし、ともについしようをいたして、きよもりにふだうのむこになる。あるひと、これをにくんでふだをたてけり。
ひらまつにはひかかりたるわかふぢは へくそかづらにさもにたるかなW
P1091
につぽんあきづしまはわづかにろくじふろくかこく、へいけちぎやうのくにはさんじふよかこく、すでにはんごくにおよべり。そのうへ、しやうゑんでんばくそのかずをしらず。きらじゆうまんしてたうしやうはなのごとし。けんきくんじゆしてもんぜんいちをなす。ようしうのきん、けいしうのたま、ごきんのあや、しよくかうのにしき、ぜんしやぜんば、しつちんまんぽうひとつもかけたるところなし。かだうぶがくのもとゐ、ぎりようしやくばのもてあそびもの、ていけつもせんとうもいかでかこれにはすぐべきと、めでたくぞみえし。
P1092
そもそもだいじやうにふだうのかくなられけることは、ひとへにくまののごりしやうなり。のちにあくしんなくははてまでもさかゆべしとおぼえたり。そのゆゑは、せんねん、きよもり、いせぢよりくまのへまゐられけるに、おほきなるすずきせんちゆうにとびいりをはんぬ。せんだちこれをうらなひて、「きちじなり」とまうしければ、きよもりまたいひけるは、「むかし、いこくに、しうのせんこうのふねにはくぎよとびいりて、おもひのごとくにかうゐにのぼりたまひぬ。このひとをきちれいとすべし」とて、さばかりじつかいをもち、しやうじんけつさいのみちなるに、いへのこ・らうどうにいたるまでみなこれをかはしむ。まことにきちじなるゆゑにや、ほうげんぐわんねんしちぐわつ、みかたにこうしてはりまのかみにうつされ、おなじきさんねんだざいのだいにになり、へいぢぐわんねんじふにぐわつ、くまのさんけいのとき、きりめのしゆくよりかへり、またみかたにこうし、つぎのとししやうさんみにいたる。そののちののぞみは、りようのくもにのぼるよりもなほはやし。くわんゐほうろくくだいのそんにこえたり。
P1094
四 うちとゐんとおんなかふわのこと
むかしよりげんぺいりやうし、とりのふたつのつばさのごとく、くるまのふたつのわににたり。たがひにてうかにめしつかはれ、こくかをまもるとうりやうなり。しかるを、もしくわうくわにしたがはず、てうゐをかろんずるものには、おなじくこれをちゆうばつせしむるあひだ、あへてよのみだれもなかりしに、ほうげんにためよしきられ、へいぢによしともうたれしのちは、すゑずゑのげんじども、せうせうありといへども、あるいはながされあるいはちゆうされ、いまはへいけのいちるいのみはんじやうして、さらにかしらをさしいだすものなし。いかなるすゑのよにもなにごとかあらんとぞみえし。
P1096
されども、すぎぬるほうげんぐわんねんしちぐわつ、とばのほふわう〈 いみなをむねひとといふ 〉あんがののち〈 しちぐわつふつか。おんとしごじふし 〉は、ひやうがくうちつづき、しざい・るけい・げくわん・ちやうにんおこなはれて、かいだいもしづかならず。せけんもいまだらくきよせず。なかんづくえいりやく・おうほうのころより、うち〈 いみなをもりひとといふ。にでうのゐんなり。 〉とゐん〈 いみなをまさひとといふ。ごしらかはのゐん 〉とおんふしのおんなかおんふわのあひだ、うちのきんじゆしやをばゐんのおんかたよりこれをいましめ、ゐんのきんじゆしやをばうちのおんかたよりおんいましめあり。しかればすなはち、たかきもいやしきもおそれはばかり、やすきこころもなし。なほしんえんにのぞんではくひようをふむがごとし。しゆしやう・しやうくわう〈 ゐんなり。 〉ふしのおんなかなれば、なにごとのおんへだてのあるべきなれども、おもひのほかなることどもありけり。これもよげうきにおよんで、ひとにはけうあくをさきとするゆゑなり。
P1099
五 にでうのゐん、せんてうのきさきのみやをこひおはしますこと
しゆしやう、ほふわうのおほせをまうしかへさせたまひけるなかに、ひとのじぼくをおどろかし、よもつておほきにかたぶけまうしけるおんことは、ここんゑのゐんのきさきたいくわうたいこうぐうとまうしけるは、さだいじんつねむねきやうのおんはは、うぢのさだいじんどののやうしなり。ちゆうぐうよりたいくわうたいこうぐうにぞのぼりたまひける。せんていにおくれたてまつりおはしましてのち、ここのへのほかこんゑがはらのごしよに、うつりすませおはしましけり。せんてうのきさきのみやにてわたらせおはしましければ、ふるめかしくかすかにおはしますありさまなり。しようりやく・おうほうのころは、おんとしにじふにさんにならせおはしましければ、すこしすぎたるおんほどなり。しかるに、てんがだいいちのびじんのきこえありければ、しゆしやういろにそめるおんこころにて、ひそかにかうりよくしにぜうじて、ぐわいきゆうにひきもとめしむるにおよび、しのびてかのみやにおんせうそくあり。しかれども、みやあへてきこしめしいれられず。しのびかねたるおんおもひ、ひたすらはやほにあらはれて、じゆだいあるべきよし、うだいじんげにせんじをくださる。
P1101
このこと、てんがにおいてことにすぐれたることゆゑに、くぎやうせんぎあり。おのおのいけんにいはれけるは、「まづいてうのせんしようをたづぬるに、そくてんくわうごうはたいそう・かうそうりようていのきさきにたちたまへることあり。かのきさきとまうすは、とうのたいそうくわうていのきさき、かうそうくわうていのおんためにはけいぼなり。たいそうほうぎよののち、みぐしをおろし、せいごうじにこもりゐたまへり。たうていかうそうののたまはく、『ねがはくはきみきゆうしつにいつてまつりごとをたすけたまへ』と。てんしごどきたるといへども、あへてもつてしたがひたまはず。ここにみかどみづからせいごうじにりんこうあつていはく、『ちんあへてわたくしのこころざしをとげんとにはあらず。ただてんがのためなり』と。しかれどもくわうごうなびくおんこころなくして、ごちよくたふにまうされけるは、『せんていのたかいをとぶらひたてまつらんがために、たまたましやくもんにいれり。ふたたびぢんかいにかへるべからず』と。ここにくわうていないがいのぐんせきをかんがへあはせ、しひてかんこうをすすむといへども、くわうごうくわくぜんとしてひるがへらず。しかれどもこしようのぐんこうら、よこさまにとりたてまつるがごとくにして、みやにいれたてまつる。かうそうざいゐさんじふしねん、くにしづかにたみたのしめり。くわうていとくわうごうとににんしてまつりごとををさむるゆゑに、かのおんときをばじくわのぎようとぞまうしける。かうそうほうぎよののち、くわうごうぢよていとしててんがををさめ、ねんがうをじんこうぐわんねんとあらたむ。しうのわうそんたるゆゑに、たうのなをあらためて、たいしうのそくてんしやうくわうていとかうす。ここにしんか、なげきていはく、『せんていほうぎよののち、たいそうよをあひつぎてけいえいせしむること、そのこうせきここんにもたぐひなしといつつべし。しかるにてんしなきにしもあらず。ねがはくはくらゐをさつてたいそうのこうげふをながからしめたまへ』と。よつてございゐにじふいちねんとまうしけるに、たいそうのたいしちゆうそうくわうていにおんくらゐをさづけたてまつりたまふ。すなはちかいげんあつてだいたうしんきぐわんねんとしようす。すなはちわがてうのもんむてんわうけいうんにねん〈 きのとみ 〉のとしにあたれり。
これはいてうのせんぎたるうへはべつだんのことなり。わがてうにおいては、じんむてんわうよりこのかたにんわうしちじふよだいにいたるまで、いまだにだいのきさきにたちたまふれいをきかず」と、しよきやういちどうにまうされければ、ほふわうも、このことしかるべからざるよし、まうさしめたまひけれども、しゆしやうおほせありけるは、「てんしにふぼなし。ばんじようのほうゐをかたじけなくするうへは、これほどのことをえいりよにまかせざるべきやうやある」とて、すでにじゆだいのにちじをせんげせられけるうへは、しさいにおよばず。
P1104
みや、このことをきこしめし、ひきかずきて、おんとのごもらせたまふ。まことにおんなげきのいろふかくぞみえさせおはしましける。せんていこんゑゐんにをくれたてまつりしきうじゆのあきのはじめに、おなじくさばのつゆときえたりせば、かかるうきことをばきかざらましと、くちをしきことにぞおぼしめされける。ここにちちのだいじん、なぐさめまうされけるは、「『よにしたがはざるをもつてきようじんとす』といへり。すでにぜうめいをくだされをはんぬ。しさいをまうすにところなし。ただすみやかにじゆだいあるべきなり。これひとへにぐらうをたすけおはしますかうかうのおんぱからひなり。またしらずや、このおんすゑにわうじごたんじやうあらば、きみはこくもとあがめられおはしまさば、ぐらうはていそといはるべし。かもんのえいがにやあるべからん」とこしらへまうしたまへども、おんいらへもなし。
またそのころ、みや、なにとなきおんてならひのついでに、かくかきなぐさみたまひける。
うきふしにしづみやはてむかはたけのよにためしなきなをばながしつW
よにはなにとしてもれきこえけん、あはれにやさしきためしにこそおうかしけれ。
じゆだいのひには、ちちのおとど・ぐぶのかんだちめのしゆつしやのぎしき、こころもことばもおよばれず。みやはものうかるべきおんいでたち、とみにもいでたてまつらず、はるかによふけてなかばにむかひてぞかきのせおはしましける。ことさらいろあるぎよいをめされず、ただしろきぎよいじふごばかりぞめされける。うちにまゐらせたまひしに、やがておんをかうぶらせたまひ、れいけいでんにわたらせおはします。ひたすらあさまつりごとをすすめたてまつりおはしますおんありさまなり。またせいりやうでんのぐわとのしやうじに、つきをかきたるところあり。これはこんゑのゐんのえうていにてわたらせおはしまししそのかみ、なにとなきおんてまさぐりにかきくもらかしおはしましたりしが、ありしながらにすこしもかはらずありけるをごらんぜられて、せんていのむかしをおもひいだし、こひしくやおはしましけん、かくこそおぼしめしつづけられける。
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをみむとはW
このあひだのおんことども、あはれにやさしきおんありさまなり。
P1108
六 にでうのゐんほうぎよのこと
かかるほどに、えいまんぐわんねん〈 きのととり 〉のはるのころより、しゆしやうにでうのゐん、ごなうのよしきこえしほどに、そのなつのはじめにはことのほかにごふよにおはしますあひだ、うだいじんさねよしきやうのおんむすめのはらにきんじやうのみやのにさいにならせたまふを、わうじにてたてたてまつるべきよしきこえしほどに、ろくぐわつにじふごにち、にはかにしんわうのせんじをくだされて、やがてそのよおんくらゐをゆづりたてまつりき。なにとなくてんがあはてたるありさまなり。
P1110
わがてうのとうたいをたづぬるに、にんわうごじふろくだいせいわてんわう〈 いみなをこれひとといふ。 〉くさいにてもんどくてんわうのゆづりをうけ、てんあんぐわんねん〈 ひのとうし 〉じふにぐわつなぬか、だいこくでんにておんそくゐあり。これはわこくとうたいのはじめなり。しんだんのしうこうたんの、せいわうにかはりなんめんにしてまつりごとをおこなはれしになぞらへて、そぶちゆうじんこう、えうしゆをふちしたてまつる。これせつしやうのはじめなり。ようぜいてんわう〈 いみなをさだあきといふ。 〉くさい、いちでうのゐんしちさい、ごいちでうのゐんくさい、これはせめてぜんあくにつけておんこころもたけく、ぶんべつのかたもありければ、もつともしかるべし。しかるに、とばのゐんはごさい、こんゑのゐんはさんざいにておんそくゐありしを、いつしかなりとひとまうしあへり。このきみは〈 いみなをのぶひとといふ。 〉わづかににさいにならせたまふ。せんれいなし、ものさわがしとぞひとみなまうしける。
かかりしほどに、しちぐわつにじふににち、しんゐん〈 にでうのゐん 〉くらゐをおりたまひてのち、わづかにさんじふよにちとまうすにおんかくれあり。あはれなるかな、きのうはたうてい、じふぜんのほうゐにのぼりてはなやかなりしに、けふはしんゐん、ここのへのたまのすみかをいでてをちぶる。ちちのおんとしはにじふさん、おんこはわづかににさい。らうせうぜんごといひながら、よにあさましきおんことなり。
P1113
おなじきはちぐわつなぬか、かうりゆうじのうしとられんだいののあたり、ふなをかやまにおくりたてまつる。いたはしきかな、かたじけなきかな、ぎよくだいをすみかとしておはしましけるきみの、くさむらをやどりとしておはします。まことにやくなきせかいなり。ほんざうのしやうにん、をりふしさんかいして、かくおもひつづけける。
いつもあるみゆきのことをけふとへばいまをかぎりときくぞかなしきW
とよみつつ、すみぞめのそでをしぼりあへり。ことわりとぞおぼえける。ふなをかやまのおんいただきとまうすなり。いたはしきかな、かたじけなきかな、ぎよくだいをすみかとしておはしましけるきみの、くさむらをやどりとしておはします。まことにやくなきせかいなり。
このゑのおほみやは、にだいのきさきにたたせたまひたりしかども、さしたるおんさいはひもおはしまさず。またいつしかこのきみにもおくれたてまつりたまひしかば、やがておんかみをおろしおはしましけるとぞきこえし。
P1116
七 えんりやく・こうぶくじ、がくうちろんのこと
さるほどに、そうそうのよ、えんりやくじ・こうぶくじのしゆとら、がくうちろんをしいだし、たがひにらうぜきにおよべり。こくわうのほうぎよあつて、そうそうのさほうには、なんぼくにきやうのそうとら、ことごとくぐぶしたてまつつて、わがてらのしるしには?をたててがくをうつ。なんとにはとうだいじ・こうぶくじをはじめとして、まつじまつじあひつらなれり。とうだいじはしやうむてんわうのごがん、あらそふべきてらなければ、いちばんなり。にばんにはたいしよくわん・たんかいこうのうぢでら、こうぶくじのがくをたてて、なんとのまつじとう、しだいにたてならべたり。こうぶくじのがくにおさへて、ほくきやうにはえんりやくじのがく、そのほかやまやまてらでらたてならべたるはせんれいなり。
しかるにこんどのごそうそうに、えんりやくじのそうと、ことをみだりて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのうへにがくをたつるあひだ、やましなでらのかたより、とうもんゐんのしゆと、さいこんだうのしゆう、くわんおんばう・せいしばうりやうさんにん、さんまいかぶとをき、さうのこてさして、くろかはをどしのよろひにおほなぎなたをもつてはしりいで、えんりやくじのがくをけづりたふして、「うれしやみず、なるはたきのみず」とはやして、こうぶくじのかたへはしりいりにけり。えんりやくじのそうと、せんれいをそむきてらうぜきをいたすほどならば、やがてそのざにててむかひすべきに、こころにふかくおもふことやありけん、ひとことばもいださざるこそおそろしけれ。いつてんのきみよをはやくせさせたまひしかば、なさけなきさうもくまでもうれひたるいろあるべきに、いはんやじんりんそうとのほふにおいてをや。あさましきこといできて、しきさほふ〔さんざんにて〕たかきもいやしきもしはうにたいさんし、をめきさけぶ。
P1121
おなじきここのかのねのときに、さんもんのだいしゆげらくのよしきこえければ、ぶし・けんびゐし、にしざかもとへはせむかひたりけれども、だいしゆおしやぶつてらんにふせんとす。きせんじやうげさわぎののしることなのめならず。くらのかみのりもりのあつそん、ほういにてさゑもんのぢんにさうらひけり。いかなるもののいひいだしたるにや、「じやうくわう、さんもんのだいしゆにおほせて、きよもりをついたうすべき」よし、ふうぶんありしかば、へいけのいちもんろくはらへはせあつまり、あはてあへり。うゑもんのかみしげもりばかりは、「なにゆゑにや、ただいまさやうのことはあるべき」とて、しづめられけり。じやうくわう、これをきこしめし、おどろきおぼしめされければ、にはかにろくはらごかうあり。ちゆうなごんおほきにおそれさわがれけり。
P1124
さんもんのだいしゆ、せいすいじにおしよせて、ぶつかく・そうばういちうものこさずやきはらふ。これはさるなぬかのがくうちろんのゆゑなり。せいすいじはこうぶくじのまつじたるゆゑに、これをやきはらふとぞきこえし。しかるに、せいすいじえんしやうのあした、「くわんおんくわきやうへんじやうちはいかに」といふふだをかきてたてたりければ、つぎのひ「りやくごふふしぎこれなり」といふへんれいをぞたてたりける。いかなるあとなしもののしわざなるらんと、をかしかりけり。
P1125
しゆとはへんざんしければ、しやうくわうはくわんぎよなりにけり。しげもりきやうはおんおくりにまゐられたり。ちちのきよもりはとどまりたまふ。なほようじんのためとかや。ちゆうなごんののたまひけるは、「ほふわうのじゆぎよこそまことにそのおそれありけれども、とにもかくにもおぼしめさるるむねのあればこそ、かやうにふうぶんもあるらめ。しかればすなはちほふわうのごかうあればとて、われらうちとくべからず」とぞいひける。うゑもんのかみしたをふるひ、おもてをあかくしてまうされけるは、「このこと、ゆめゆめおんことばにもおんいろにもいださるべからず。ひとにこころづけがほに、なかなかあしきことにてさうらひなん。それにつきてはいよいよえいりよにもそむかず、よのためひとのため、よきふるまひあらば、さだめてさんぽうぶつじんのかごもあるべし。さらずはごしそんのすゑ、なにごとにつきてもあしかるべくさうらふ」とまうしながら、いそぎたちたまひにけり。「うゑもんのかみはもつてのほかにおほやうなるものかな」とぞいひける。
P1129
八 たかくらてんわうおんそくゐのこと
ことしはてんかりやうあんたれば、ごけい・だいじやうゑもなし。おなじきとしじふにぐわつにじふごにち、けんしゆんもんゐんのおんはらの、ほふわうのだいごのわうじ〈 たかくらこれなり。 〉ましまししが、しんわうのせんじをかうぶらせたまひにけり。ほふわう、ねんらいはうちこめられておはしましけるが、今はほふわうのおもんぱからひにまかせたてまつることこそおんめでたけれ。
P1130
にんあんぐわんねん〈 ひのえいぬ 〉、ことしはすでにだいじやうゑあるべきよしきこえければ、てんがにそのいとなみありけり。おなじきとしじふぐわつなぬか、しんわうのせんじをかうぶりたまひしたかくらのゐん〈 いみなをのりひとといふ。 〉とうさんでうにてとうぐうにたちたまふ。とうぐうとまうすはたうていのおんこなり。これをたいしとかうす。またおんおとうとのまうけのきみにそなはりおはしますをたいていとまうす。それにこのとうぐうはおんおぢろくさい、しゆしやうはおんをひさんざいなり。ぜうもくいまだあひかなはず。ただし、くわんわにねん〈 ひのえいぬ 〉ろくぐわつにじふいちにち、いちでうのゐん〈 いみなをやすひとといふ。 〉しちさいのおんとき、だいこくでんにておんそくゐあり。さんでうのゐん〈 いみなをいやさだといふ。 〉じふいつさいのおんとき、しちぐわつじふろくにち、とうぐうにたちたまふ。これまたせんれいなきにしもあらず、とぞまうしける。
ろくでうのゐんにさいにて、えいまんぐわんねんろくぐわつにじふごにちにしんわうのせんじをかうぶらせたまひ、おんくらゐをうけとりおはしましてのち、わづかにさんねんをぞをさめたまひける。にんあんぐわんねん〈 ひのとゐ 〉にぐわつじふくにち、とうぐう〈 たかくらてんわう 〉おんせんそありしかば、ろくでうのゐんしさいにておんくらゐをしりぞき、しんゐんとかうせられおはします。いまだおんげんぶくもあらずといへども、だいじやうてんわうのそんがうあり。かんかにもほんてうにもこれぞとうたいのはじめなるらんと、めづらしきことどもなり。しかれどもつひにあんげんにねんしちぐわつじふはちにち、おんとしじふさんにてかくれたまひぬ。
にんあんさんねんさんぐわつはつか、だいこくでんにてしんてい〈 たかくらのゐん 〉おんそくゐあり。このきみのくらゐにつきたまひしおんことは、いよいよへいけのえいがとぞみえし。こくもけんしゆんとまうすはへいけのいちもんにてあるうへ、ことににふだうのきたのかたにゐどのとまうすはにようゐんのおんあねにておはしましければ、しやうこくのきんだち、にゐどののはらは、たうぎんのおんいとこたるあひだ、いみじきことどもなり。へいだいなごんときただきやうはにようゐんのおんせうと、しゆしやうのおんぐわいせき、ないげにつけしつけんたるあひだ、じよゐぢもくひとへにこのきやうのさたなり。しかればすなはち、このよにはへいくわんばくとぞまうしける。
P1137
九 うひやうのすけよりとも、いとうのさんぢよにかすること
さるほどに、おなじきとしのやよひのころにもなりければ、「えんざんにかすみたなびきて、がんきたにかへる。ちゆうりんにはなひらきて、うぐひすきやくをよぶ」とうちおもはれてものあはれなり。
るにんうひやうゑのすけよりとも、とうくらうもりなが・ささきのたらうさだつなをめしてのたまひけるは、「よりともじふさんのとき、へいぢぐわんねんじふにぐわつにじふはちにち、たうごく〈 いずのくに 〉にさせんせられてよりこのかた、ゆかりもなくてつれづれなれば、いとうのじらうすけちかにむすめよにんありときく。ちやくぢよはみうらのすけよしずみがさいぢよ、じぢよはとひのやたらうとほひらがさいぢよ、さんしはいまだぼうけをみず、やしなひてしんそうにありときく。しかるにくにぢゆうだいいちのびぢよとうんぬん。めとりかよはんとおもふはいかがあるべきや。」もりながまうしけるは、「いとうのじらうはたうじおほばんやくとしてしやうらくのあとなり。をりからしかるべしといへども、きみはるにんにてひんる、よになきおんみなり。すけちかはたうごくにおいては、うとくゐせいのものなり。うけひきたてまつらんことふぢやうなり。よくよくおんはからひあるべきか。」さだつなまうしけるは、「いかにとうくらうどの、ごへんはさんでうのくわんばくけんとくこうのおんすゑときく。さだつなはいやしくもうだてんわうのこういん、おうみげんじのもなかなり。たとひわれらむこにならんとしよまうすともきらはれじ。いはんやきみはろくそんわうのべうえい、はちまんどのしだいのばつえふ、とうごくのやつばらがためにはぢゆうだいのしゆうなり。たとひよになきおんみたりといへども、いかでかおほせをかろんぜんや。しかればすなはち、ないないおほせられんに、もしもちゐずば、すなはちわれらこれをおさへてとるべし」とまうしければ、よりともこれをきき、「さだつなのただいまのぞくしやうのさた、むやくなり。はからふところもこうぎなり。わどのばらとわがみとはときによつてほんちつなり。たうじにおいてはせんなし。ただくひねむつてよをまつべし。しかればすなはち、えんしよをとばしてこころをはかるべし」といひながら、かなたのみしたしきをんなにつけてたびたびこれをつかはせども、あへてもつてこれをもちゐず。
よりともなほおもひもやまず、こころづくしになりにければ、ひとしれずまたおぼしめしけるさまは、「むかし、なりひらのちゆうじやう、にでうのきさきにこころをかよはして、いくたびかおもひわづらひし。しかのみならず、『ももよのしぢのはしがきも、ちつかおふるにしきぎ』といふことあり。これせんしやうなきにしもあらず。よりとももいかでかもだすべき」とて、えんしよのかずもかさなるあひだ、いはきならねばなびきにけり。ひやうゑのすけはにじふいち、さまのかみのさんなん、ようがんゆゆしきをのこなり。いとうのさんぢよはじふろくさい、くにぢゆうだいいちのびぢよなり。たがひにちぎつてつきひをへ、いちにんのなんしをうみえたり。ようがんびれいにして、はんがくぎよくざんにあひおなじ。けいばうたんじやうにして、じやうかいのてんだうにことならず。しかるあひだ、よりともおもはれけるは、「われたうごくにるざいせられて、ゐなかのちりにまじはるといへども、このこをまうけたることはよろこびなり」とて、せんづるとなづけられたり。よりともいひけるは、「このこじふごにならんとき、いとう・ほうでうをあひぐしてせんぢんにうたせ、さだつな・もりながをさしめぐらし、とうごくのせいをまねき、よりともみやこにはせのぼつて、ちちのかたききよもりをうたん」といひながら、にしよごんげん・みしまのみやうじんのごほうでんにひそかにぐわんじよをぞをさめられける。
P1145
にんあんさんねん〈 つちのえね 〉さんぐわつはつか、たかくらのゐんごせんそののち、ほふわう〈 ごしらかはのほふわう 〉わくかたなく、しかいのあんきをば、たなごころのうちにてらし、はくわうのりらんをばこころのなかにかけ、ばんきのせいむをきこしめされければ、ほふわうのちかくめしつかはれけるくぎやう・てんじようびといげ、ほくめんのともがらにいたるまで、みなほどほどにしたがつて、くわんゐほうろくみにあまり、てうおんをかうぶるといへども、ひとのこころのならひなれば、なほこれをふそくにおもひけるあひだ、このにふだうのいちるいのみおほくくにをふさぎ、くわんをさまたぐることを、おのおのめざましくおもひしほどに、おろそかのひともなきときは、すなはちよりあひささやきけるは、「このにふだうのほろびたらば、そのくにはあきなん、そのくわんにはなりなん」とぞまうしける。
P1147
ほふわう、おほせありけるは、「むかし、くにのとこたちのみことよりだいしちだいいざなき・いざなみのみことのおんこあまてらすおほみかみ、わがてうあきづしまをしろしめししよりこのかた、いまにいたるまで、かたじけなくもじふぜんのそんがうをうけ、いやしくもばんきのほうゐにきよす。まつだいといへどもわうぼふいまだたえず。しんかいかでかかろんずべけんや。なかんづく、ここんにもてうてきをうつものこれおほし。たむらまろ〈 さがてんわうのときのひと 〉はたかまるをちゆうしてごんのだいなごんのくらゐにのぼるといへども、いまだせつろくのしんにはふさず。さだもり・ひでさとがしようへいのまさかどをうちし、みなもとのよりよしがてんぎのさだたふをちゆうせし、そのけんじやう、じゆりやうにはすぎず。しかるにきよもりにふだう、くわんゐほうろくそのみにすぎ、いちもんのはんじやうよにこえたり。ゆゑにえいりやく・おうほうのころよりあくぎやうばいざうし、むだうひれいなり。これわうぼふのつくるか、はたまたぶつぽふのほろぶるか」とぞおほせありける。
P1150
十 よりとものしそく、せんづるごぜんうしなはるること
かおうぐわんねん〈 つちのとうし 〉しちぐわつじふいちにち、いとうのじらうすけちか、おほばんやくもはてければ、きやうよりげかうして、せんざいのかたをみければ、さんざいばかりのをさなきものを、ちひさきめのわらはのこれをいだきてあそびければ、すけちかこれをみて、「あのをさなきものはたがこぞ」とさいぢよにとひければ、さいぢよこたへけるは、「あれこそとののひさうせらるるさんのおんかたの、せいするをもきかず、るにんうひやうゑのすけどのにあひぐしてまうけらるるおんこ、せんづるごぜんとはこれなり」といはれければ、すけちかこれをきいて、おほきにふくりふしてまうしけるは、「むすめなりともしたしむべからず、まごなりともあいすべからず。おやのめいをそむき、るにんのこをうむ。へいけのきこえあらば、すけちかさだめてそのざいくわをかうむるべし。いそぎいそぎひろうなきさきにかのものをうしなふべし」とて、らうじゆうににん・ざふしきさんにんをめしよせ、まごのせんづるをうけとらす。ごにんのものども、これをうけとり、いずのくにまつかはのしらたきにゐてゆき、かはのはたにくだりすゑたてまつりければ、をさなきひとしはうをみまはしたまひて、「ちちごはいづくにぞ、ははごはいづくにぞ」といへば、「あれ、あのたきのしたに」とこれをまうす。「いざ、さらばとくゆかん」とのたまふとき、このものども、なさけなくしづめをつけ、ふしつけにするこそいとほしけれ。
P1152
ここにすけちかのむすめ、をさなきひとをうしなはれ、もだへこがれかなしみて、「あなこころうや。わがこをばいかなるひとのこれをうけとりて、いかなるところへこれをゐてゆきけん。いかさまなるめをみせ、いかさまにかこれをうしなふらん。あはれなるかな、はははこのどにとどまり、こはめいかいにおもむきけり。わがみわがみにあらず、わがこころわがこころにあらず。ぶつじんさんぽう、しかるべくは、わがいのちをめしとりたまへ。いきてものをおもはんもたへがたし」と、てんにあふぎちにふして、なきかなしめどもかひこそなけれ。
あまつさへ、すけちか、なさけなくよりとものえんふをひきさり、たうごくのぢゆうにんえまのこじらうちかすゑをむこにとらんとあひぎするところに、このにようばう、ふうふのわかれをかなしみ、わかぎみのなごりをおもひしがゆゑに、ふかくふぼをうらみ、ちかすゑにおさへらるるといへども、あへてもつてなびくことなし。ひそかにかのところをにげいで、えんじやのもとにしのびこもりぬ。えまのこじらう、ちからおよばずやみにけり。
P1155
うひやうゑのすけ、あいしをうしなはれえんふをさられ、ひとかたならずなやみければ、いきてしせるがごとくおもはれけり。さだつな・もりなが、うひやうゑのすけどのにまうしけるは、「たとひきみよにましまさずといへども、われら、きゆうせんのいへにうまれてさうらへば、なををしむものなり。われら、きみにつきそひたてまつること、よにもつてかくれなし。ぢゆうだいのなをくたさんこと、げにもつてくちをしくさうらふ。われらににんてをとりくんで、すけちかをとこにゆきむかつてしぬべくさうらふ」とまうしければ、うひやうゑのすけいひけるは、「おのれらがこころざし、ありがたし。ぢゆうだいのゆうしのみたるあひだ、おのおのまことにさこそおもふらめ。しかれどもよりとも、たうごくにるざいせられしよりこのかた、ちちのかたききよもりをうたんとおもふこころざし、にちやてうぼにはれやらず。しかるに、なんぞだいじのかたきをさしおいて、せうじにいのちをうしなふべけんや。おのれらがわれもわれもとおもはば、このことおもひやむべし」とせいせられけるあひだ、「あはれ、あはれ」といひながら、おほせにしたがひてやみにけり。
かのにようばうのおもひをものにたとふれば、いこくにかんていのおんとき、わうせうくんとまうしけるきさきは、ゑびすのてにわたされ、ほくろのたびにむかひて、「すいたいこうがん、きんしうのよそほひ、なくなくささいをたづねて、かきやうをいづ」となげかれけるがごとし。このにようばうも、よりとものやかたをいでたまひて、ちかすゑのもとへわたりぬ。いかでかかれにかはらんや。またよりともがなげきをものにたとふるに、たうのげんそうくわうていのようきひをうしなひたまひしおもひのごとし。それはされどもはうじをしてほうらいきゆうにもとめしめ、ぎよくひ、でんがふきんしやをもつてはうじにあたへてかたみにさづけ、「もつててんにあらばねがはくはひよくのとりとなり、ちにあらばまたれんりのえだとならむと、なさけのことばをちぎりししるしとなさむ」といひてつかはす。はうじかへつてこれをそうす。くわうていすなはちなぐさみたまふ。
P1160
十一 よりとも、ほうでうのちやくぢよにかすること
うひやうゑのすけはかれにはにず、つたへかたらふひともなければ、やるかたもなきおもひなり。しかのみならず、すけちかにふだう、へいけのとがめをおそれ、ひそかにようちにせんとす。しかるにかのにふだうのしそく、いとうのくらうすけずみ、ひそかによりともにまうしけるは、「すけずみがちちにふだう、にわかにてんぐそのみにつきさうらひて、きみをようちにしたてまつらんとあひはかりさうらふ。たとひひだうをたくむといへども、おやのとがをあらはすべきにはあらねども、このひごろきみにあひなれたてまつつたるうへ、またさしたるとがもましまさず。このことをいはずはみやうのせうらんおそれあり。しかればただ、にふだうのおもひたたざるさきに、きみすべからくこのところをたちいでたまふべし。ゆめゆめごひろうあるべからずさうらふ」とまうしながら、はらはらとなきければ、うひやうゑのすけいひけるは、「にふだうのために、それほどにおもひこめられたるうへは、よりともこのところをたちしのぶといへども、きたるべきわざはひをばのがるべからず。またわがみにおいてはあやまりなければ、じがいをするにはおよばず。なんぢがこころざし、しやうじやうせせにもわすれがたし」といひければ、くらうやがてたちさりぬ。
P1164
うひやうゑのすけ、さだつな・もりながをめしてのたまひけるは、「すけちかにふだう、よりともをうつべきよし、ひそかにこれをききえたり。たとひよりともいちにんこそうたるとも、おのれらはうたるべからず。おのれら、しよくけいここにとどまり、ごにちによりともをたづぬべし」といひければ、もりなが・さだつなまうしけるは、「しよせんざうらふ、かのにふだうおもひたたざるさきに、かへつてこれをうちさうらはん」とて、かれらににんおもひきつていでたちければ、うひやうゑのすけいひけるは、「かねていひしがごとく、いまだちちのかたききよもりにふだうをうたざるあひだ、なにごとのありともわれとさわぐべからず。あひかまへて、なんぢらおさへしづむべし」とて、おほくろかげといふうまにのり、おにたけといふとねりをあひぐし、はちぐわつじふしちにちのやはんばかりに、いとうのやかたをうちいでて、ほうでうへはせこえけり。よるもやうやくあけければ、さだつな・もりながあとをおひ、たづねゆきぬ。
うひやうゑのすけ、きねんしてまうされけるは、「なむきみやうちやうらい、はちまんさんじよきこしめすべし。よりとものせんぞいよのかみよりよしあそん、あうしうのさだたふをせめしとき、ちやくなんよしいへをもつてはちまんだいぼさつのうぢことなし、そのなをはちまんたらうとかうす。これによつて、だいぼさつ、うぢこにいたるまでまもるべしといふおんちかひあり。しかるによりともはこれはちまんどのよりしだいのうぢこなり。しかるべくははちまんだいぼさつ、につぽんごくをよりともにうちしたがはしめたまへ。よりとものこのかたき、いとうのにふだうをうちとらん」とのたまひはて、にしよごんげんにせいぜいをいたさる。
P1166
おなじきじふいちぐわつげじゆんのころ、うひやうゑのすけ、いとうのむすめになほこりず、ほうでうのしらうのさいあいのちやくぢよに、ひそかにしのびてかよはれけり。このよならぬちぎりにてありけり。ゆゑにねんごろにかいらうをむすびぬ。ときまさはゆめにもこのことをしらず。ほうでう、おほばんをつとめてくだりけるほどに、みちよりこのことをきき、おほきにおどろきながら、へいけのゐをなげきおそれしがゆゑに、どうだうしてげかうしけるへいけのさぶらひ、いづのもくだいいづみのはんぐわんかねたかにやくそくせしむ。しかるあひだ、おなじきじふにぐわつふつか、むすめをとりかへし、もくだいかねたかがもとへわたす。しかれども、にようばうすべてなびかず。いまだゐのこくにならざるいぜんに、ひそかにかのところをのがれいでて、すみやかにいづのおやまのしゆくばうにいたれり。ししやをよりとものもとへたてられければ、とをか、うひやうゑのすけ、むちをあげてはせきたる。もくだいこれをききおよぶといへども、かのやまはだいしゆこはきところたるあひだ、たやすくもとりがたし。かねたかはちからおよばずやみにけり。ほうでうこれをきき、むすめをかんだうせしむ。
P1171
十二 とうくらうもりながゆめものがたり
さるほどに、さがみのくにのぢゆうにん、ふところじまのへいごんのかみかげよし〈 おほばごんのかみかげむねがをとこ 〉このよしをきき、「うひやうゑのすけどの、いづのおやまにしのびておはしましける。しんぶつとぜんにんとはみやづかへまうすにむなしきことなし。かげよしまゐつていちやなりともおんとのゐつかまつるべし」とて、いづのおやまにはせのぼり、とうくらうもりながといつしよにおんとのゐつかまつるところに、そのあかつき、もりなが、ゆめものがたりをまうしていはく、「うひやうゑのすけどの、あしがらのやくらがだけにゐて、みなみにむかひ、ひだりのあしにてとうごくをふみ、みぎのあしにてさいごくをふみ、いつぽんばうしやうくわん〈 くわんおんほんばかりをよりともにをしへしゆゑに、かうしていつぽんばうといふなり。 〉るりのへいじをいだき、さだつなはきんのさかづきをささげ、もりながはぎんのてうしをとり、すけどのにむかひたてまつる。すけどのさんこんすでにをはつてのち、さうのそでをもつてつきひをいだきたてまつる。またねのひのまつをひきもち、さんぼんがしらにさし、きみはみなみにむかひてあゆませおはしますところに、しらはとにはてんよりとびきたつて、きみのおんかみにすくひ、さんしをうむとみえたり」とうんぬん。
かげよしききもあへず、「とうくらうがゆめあはせ、かげよしつかまつるべくさうらふ。きみ、あしがらのやぐらがだけにをりおはしますとみえたるは、につぽんごくをりやうちしおはしますべきへうじなり。またさかもりとみえたるはむみやうのさけなり。そのゆゑは、このひごろ、きみいづのくににながされ、ゐなかのちりにまじはりおはしまし、よろづにつけてみだりがはし。これさけにゑひたるおんここちなれば、とくゑふべくおはしますずいさうなり。ひだりのあしにてとうごくをふみおはしますとみえたるは、ひがしよりあうしうにいたつてしろしめすべきへうさうなり。みぎのあしにてさいごくをふみおはしますとみえたるは、きかいがしまをりやうじやうあるべしとのせんべうなり。さうのそでをもつてつきひをいだきおろすとみえたるは、きみぶしのたいしやうぐんとして、せいいしやうぐんのせんじをかうぶりおろすべし。だいじやうてんわうのおんまもりとなりたまふこうさうなり。このひのまつさんぼんをひきもちおはしますとみえたるは、きみひさしくにつぽんごくををさむべくおはしますずいさうなり。しらはとにはとびきたつておんかみのなかにすくひ、さんしをうむとみえたるは、きみにおんこさんにんあるべきへうじなり。みなみにむかひてあゆみたまふとみえたるは、むみやうのさけさめて、きみおもふところなくふるまひおはしますべきへうさうなり」と、かげよし、いさいにあはせたり。うひやうゑのすけこれをきいていひけるは、「よりとももしよにあらば、かげよし・もりなががゆめとゆめあはせのてんとうには、くにをもつてあてたまふべし」と、かんたんみにあまりて、きえつしたまふことかぎりなし。
P1179
さるほどに、ほうでうはしかるべくもよほされけるくわほうにや、やうやくこころやはらぎゆき、むすめのかんだうをゆるしをはんぬ。よりともふさいをよびよせたてまつる。すでによりとも、いづのおやまよりまたほうでうへたちかへり、いよいよひごろのちぎりをむすび、ことにしらんのかたらひをいたし、やうやくねんげつをおくるあひだ、いちにんのぢよしをまうけたまへり。ようがんびれいにしてほとんどきちじやうてんによのごとし。しかるあひだ、よりとも、るざいのかなしみはふうふのかたらひにやみ、ころうのおもひはぢよしのたすけになごむ。あるとき、よりとも、をまのさかもりのついでに、ぢよしをみて、
たけのこはもるやまにこそそだちけれ
といひたまひければ、ときまさとりあへず、かくぞこれにつけにける。
すゑのよまでにちよをへよとてW
このれんがは、まことによりともふしともにさかえ、ほうでうはんじやうすべききたんなりと、これをきくひと、よしあるべきこととおうかせり。
P1192
十三 だいじやうにふだうきよもり、あくぎやうはじめのこと
おなじきかおうにねんじふぐわつじふろくにち、まつどののせつしやうもとふさ、しゆしやう〈 たかくらてんわう。おんとしくさい 〉ごげんぶくのおんさだめあるために、なかのみかどのひがしのとうゐんのごしよよりごさんだいありけるほどに、こまつのないだいじんしげもりきやうのじなん、しんざんみのちゆうじやうすけもりきやう、そのときはゑちぜんのかみとまうしてじふさんになられけるが、れんだいのにいでてこたかがりして、うづら・ひばりをおつたてて、ひねもすにかりくらして、ふるゆきにかれののけいきあはれなりけるあひだ、ゆふべにおよんで、おほみやおほぢをくだりに、おほひのみかどおほみやへかへりけるに、てんがのぎよしゆつにはなつきにまゐりあはれたり。」
ゑちぜんのかみの、ほこりいさみて、よをもよとおもはざりけるうへ、めしぐすところのさぶらひども、れいぎこつぽふをもわきまへたることなければ、てんがのぎよしゆつともいはず、いつせつげばのれいぎもなかりけり。しかるあひだ、ぜんぐ・みずいじんら、きよもりにふだうのまごともしらず、ただうちまかせてのひとの、ぶれいにかけとほるとうちおもひて、あやしむゆゑに、「なんぞ、いかなるしれものぞ、らうぜきにてんがのぎよしゆつにのりあひしたてまつる。とつてひきおろせ」とまうしながら、みずいじんども、うまよりおどりおり、たちをぬいておつちらす。すけもりいげのさぶらひどもごろくにん、うまよりとつてこれをひきおとし、すこぶるちじよくにおよびけり。
P1195
すけもりあそん、ろくはらのしゆくしよへはせかへつて、おほぢにふだうにむかつてなくなくまうされければ、にふだうさいあいのまごたるあひだ、おほきにいかりふくりふして、「たとひてんがたりとも、いかでかにふだうのあたりのことをば、それほどには、おぼしめさるべき。おひさきはるかのをさなきものに、さうなくちじよくをあたへらるるこそゐこんのしだいなれ。このことおもひしらせたてまつらずしては、えこそあるまじけれ。かかることよりひとにもあなづらるるぞ。てんがをうらみたてまつらばや」といひければ、こまつのだいふは、「このこと、ゆめゆめあるべからず。しげもりがこどもとまうしさうらはんずるものは、てんがのぎよしゆつにまゐりあひて、げばせざるこそびろうなれ。さやうにせられたてまつるは、ひとかずにおもはれたてまつるによつてなり。このことおもへばめんぼくなり。よりまさ・ときみつがやうのげんじなんどにあざむかれてさうらはんは、まことにちじよくにてもさうらひなん。かやうのことによつてだいじをひきおこしてこそ、よのみだれとはなりさうらはん」といさめまうされければ、そののちにはないだいじんにはいひあはせず、かたゐなかのさぶらひどものこはくふくつけなきが、にふだうどののおほせよりほかには、おもきことなしとおもひて、ぜんごをもわきまへぬものどもをじふしごにんめしよせて、「きたるにじふいちに、しゆしやうごげんぶくのさだめのために、てんがさんだいあらんずるみちにてまちうけたてまつりて、ずいじん・ぜんぐがかみをきれ」とぞげぢせられける。
P1197
ここにてんがはくるまにめし、なかのみかど・ひがしのとうゐんのごしよより、うちのちよくろにさんにふせらるるところに、おほひのみかど・ゐのくまのあたりにて、ろくじふよきのぐんびやうら、てんがのぎよしゆつをまちかけたてまつる。てんがはゆめゆめこのことをばおぼしめさずして、うちまかせてのぎよしゆつよりもひきつくろひおはしまして、なにごころもなくぎよしゆつなりけるを、いころしきりころさずとも、かけちらしうちおとしなげおとす。あしにまかせてにぐるもあり、うまをすててかくるるもあり、ぜんぐろくにんのかみをきる。そのなかにくらんどのたいふたかのりのかみをきるとて、「これはなんぢがかみをきるにはあらず。おのれがしゆうてんがのかみをきるなり」といひけり。ずいじん〔じふ〕にんがうち、みぎのふしやうたけみつがかみもきられにけり。あまつさへおうしのしりがいをきりはなち、ゆみをあららかにおんくるまのうちへつきいれければ、てんがもおんくるまよりくづれおりさせたまひて、あやしのたみのいへへぞたちいらせたまひにける。ぜんぐ・みずいじんもいづちへかにげうせけん、いちにんもなかりけり。ぐぶのてんじやうびと、くものこをちらすがごとくはしりうせぬ。ろくじふよきのぐんびやうら、かやうにしちらして、よろこびのときをつくり、ろくはらへかへりにけり。にふだうこれをきき、「ゆゆしくしたり」とぞかんぜられける。
P1198
こまつのだいふおほきにおどろきなげかれけり。「かげつな・いへさだきつくわいなり。にふだういかなるふしぎをげぢせらるとも、いかでかしげもりにゆめをばみせざるべき」とて、ゆきむかひたりしさぶらひどもじふよにんかんだうせられけり。「およそしげもりがこどもにてあらんものは、てんかをおそれ、れいぎをもぞんじてこそふるまふべきに、いふかひなきわかものどもをめしぐし、かやうのびろうをげんじて、にふだうどのにはらをたてさせ、かかるだいじをもひきいだし、ふそのあくみやうをたつる。ふかうのいたり、ひとりなんぢにあり」とて、ゑちぜんのかみをもいさめられけり。およそこのだいじんはなにごとにつけてもよきひとなりと、よにもほめられたまひけり。
P1199
そののち、てんがのおんことをしりたてまつつたるひといちにんもなきほどに、みくるまぞひにさうらひけるこらうのものに、よどのじゆうにんいなばのさいつかいくにひさまるとまうしけるもの、げらうなりといへどもていけつものにて、「そもそもわがきみはいかにならせおはします」とて、ここかしこをたづねたてまつりけるに、てんが、あやしのたみのいへにたちかくれおはしましけるを、「きみはここにわたらせたまひける」とおもひて、みくるまのしやうぞくをとりととのへてよせければ、てんが、おんなほしのそでをおんかほにおしあてて、なくなくみくるまにめされけり。くにひさまるばかりただいちにんみくるまをつかまつつてくわんぎよなしたてまつりけり。くわんぎよのぎしきのこころうさはただおしはかるべし。せつしやう・くわんばくのかかるうきめをごらんずることは、むかしもいまもありがたきためしなるべし。これぞへいけのあくぎやうのはじめとぞきこえし。てんがはかかるなんにあはせたまひけるゆゑに、こんやはしゆしやうごげんぶくのさだめものびにけり。あさましかりしことどもなり。
P1204
十四 だいじやうにふだうのだいにのおんむすめ、じゆだいあること
しかるあひだ、おなじきにじふごにち、ゐんのごしよにてしゆしやうごげんぶくのさだめあり。せつしやうどの、おなじきじふにぐわつここのか、かねてせんじをかうぶりたまひて、おなじきじふしにち、だいじやうだいじんににんじたまふ。これすなはち、みやうねんしゆしやうごげんぶくかくわんのためなり。おなじきじふしちにち、せつしやうどの、おんがあれどもゆゆしくにがりてぞみえける。
P1206
かおうさんねんしやうぐわつついたち、だいりにはせちゑおこなはれて、ふつか、えんすいあり。みつか、みかどごげんぶくあり。よつか、かへう。なぬか、いぬのときに、ゐんのごしよほふぢゆうじどののなんめんに、くるまのわばかりのひかりものいできたり。おそろしともいふにおよばず。じふににち、てうきんのぎやうがうとぞきこえし。めづらしくはなやかに、ほふわうもにようゐんもとりまうさせたまふ。うひかうぶりのおんすがたいつくしくおはしましけり。はるのはじめのことなれば、ひとびとことにおんいはひことどもまうし、よろこびあへり。
P1207
おなじきしぐわつ、かいげんあり、しようあんぐわんねんとかうす。おなじきしちぐわつ、すまひのせちあるべきよしきこえけり。こまつのだいふははなやかにてやかたにつかれたるありさまあたりをはらつてぞみえし。「しゆくほうかぎりあれば、くわんゐはおもふさまなりとも、みめかたちはこころにかなふべからねども、へいけのひとびとはいづれもようがんすぐれたり。なかにも、このしげもりきやうの、ことにみめことがらいうにおはしますめでたさよ」とぞまうしける。こどもたちにはかぐら・さいばらうたはせ、くわんげんぶぎをもてあそばせ、なさけあることをばすすめられけり。しようあんぐわんねん〈 かのとう 〉じふにぐわつじふしにち、だいじやうにふだうだいにのむすめ、じゆだいありしかば、じふごにて、ちゆうぐうのとくことぞきこえたまひし。おなじきにじふろくにち、にようごになりたまふ。
P1210
十五 しんだいなごんなりちか、だいしやうしよまうのため、さまざまのきたうのこと
そのころ、めうおんゐんのだいじやうだいじんもろながのきやう、ないだいじんのさだいしやうにておはしましけるが、だいしやうをじしまうされけるあひだ、そのくわんをば、ごとくだいじのさだいじん、だいしやうになさるべきに、しんだいなごんなりちかきやうの、ひらにのぞみまうされけり。ゐんのごきしよくよかりしあひだ、さまざまのきたうをぞはじめられける。
やはたのみやにそうをこめ、しんどくのだいはんにやをよませられけるほどに、はんぶばかりにおよび、かはらのだいみやうじんのまへなるたちばなのきに、はとふたつくひあひてしににけり。はとはだいぼさつのだいいちのししやなり。しかるあひだ、べつたうじやうせい、このよしをそうもんしければ、みうらどもあり。「てんしのおんつつしみにはあらず、しんかのつつしみ」とぞまうしける。また、かものかみのやしろに、たけきそうをこめて、げほふをおこなはしむるほどに、ほうでんのうしろにあるすぎのきに、ひつきてもゆるあひだ、わかみやのやしろをやきにけり。ひぶんのことをいのりまうされけるあひだ、かみはひれいをうけたまはねば、かやうのこともいできたるにや。
また、だいなごん、かのやしろへだいしやうしよまうのために、ひやくにちまうでのいのりをくわだてられけり。ひやくにちにまんずるときに、ごほうでんのうちより、こゑあつて、
さくらばなかものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれW
とよみいだされたりければ、だいなごん、むねうちさわぎ、みのけよだつてぞおもはれける。
P1217
十六 なりちか・しゆんくわん、へいけついたうのせんぎのこと
さるほどに、しげもりはうだいしやうにてありけるが、ひだりにうつつて、むねもりはちゆうなごんにてありけるが、うだいしやうになりたまふ。これをみて、なりちかのきやう、いとどくちをしくおもはれけるあひだ、いかにもしてへいけのいちもんをほろぼし、ほんまうをとげんとおもふこころつきにけり。なりちかのちちのきやうはちゆうなごんにてありしに、そのばつしとして、みのしやうぶんをもしらず、しやうにゐにのぼりあがり、くわんだいなごんににんじ、としわづかにしじふになるあひだ、あまたのたいこくをたまはり、いへのうちもたのしく、しそく・しよじゆうにいたるまでてうおんにあきみち、なにのふそくあつてかかるこころのつきにけん。ひとへにてんまのしよぎやうなり。なりちか、まのあたりにのぶよりきやうのありさまをみしひとぞかし。そのとき、しげもりのぢゆうおんをかうぶつてくびをつがれしひとにあらずや。しかるになりちか、うときひともなきところにてひやうぐをととのへあつめ、たけきつはものどもをあひかたらひて、このいとなみよりほかはあへてたじもなし。
P1219
ひがしやまのおく、ししのたにといふところはほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんがしよりやうなり。くだんのところは、うしろはみゐでらにつづきてゆゆしきじやうくわくなり。かのところに、へいけをうつてひきこもらんとぞしたくせしめける。ほふわうもときどきしのびてごかうあり。あるとき、こせうなごんにふだうのしそく、じやうけんをめされ、このことをかのじんにおほせあはせられければ、「ゆめゆめしかるべからずさうらふ。ひとびとあまたこれをうけたまはりさうらひぬ。ただいまこのこときこえなば、てんかのだいじいでこなんず。あさましきことなり」とおほきになげきまうされければ、なりちか、けしきをたがへてたたれけるがおんまへなるへいじを、かりぎぬのそでにひきかけて、ひきたふされけるを、ほふわう「あれはいかに」とおほせられければ、「へいじのたふれてさうらふ」となりちかきやうまうされければ、ほふわう、ゑつぼにいらせおはします。「やすよりまゐつてさるがくつかまつれ」とおほせけるあひだ、やすよりとりあへずついたつて、「きんだいはへいじあまりにおほうさうらふに、ゑひてさうらふ」とまうしければ、なりちかきやう、「さてそれをばいかがすべき」といへば、「それをばくびをとりさうらはん」といひて、へいじのくびをとつていりにけり。じやうけんこれをきいて、あさましくおぼえて、あへてものもまうさず。
P1221
よりきのともがら、あふみのちゆうじやうにふだうれんじやう〈 ぞくみやうなりまさ 〉・ほつしようじのしゆぎやうほふいんしゆんくわん・やましろのかみもとかね・しきぶのたいふまさつな・へいはんぐわんやすより・そうはんぐわんのぶふさ・しんぺいはんぐわんすけゆき・ただのくらんどゆきつな・さゑもんのにふだうさいくわう、ほくめんのげらふども、あまたどういのよしきこえけり。そのなかに、ほふいんしゆんくわんは、きやうごくのげんだいなごんまさとしがまご、きでらのほふいんとしまさがこなり。しかればしゆんくわんはさしてきゆうせんのいへにあらねども、そぶだいなごんまさとしきやうは、ゆゆしくこころもたけくはらもあしきひとにて、きやうごくのいへのまへをばひともやすくとほさず、つねにおくばをくひしばりて、なにごともなくいかりあかみておはしましけり。かのひとのまごこたるあひだ、しゆんくわんもそうなりといへども、そのこころたけきひとにて、かやうのことにもくみせられけり。
P1226
十七 もくだいもろたか、はくさんのだいしゆとあらそひをおこすこと
ほくめんはこれしやうこにはなかりしを、しらかはのゐんのおんときよりはじめておかれ、ゑふどもあまたさうらひけり。ためとし・もりしげとまうすもの、わらはよりめしつかはれ、せんじゆまる・いまいぬまるとてきんじゆしやたり。とばのゐんのおんとき、すゑのり・すゑよりとまうして、ふしともにちかくめしつかはれけるほどに、をりをりはてんそうするときもありけり。しかれども、かれらはみなみのほどをしつてふるまひたりしに、このきみのおんときは、ほくめんのものども、ことのほかにくわぶんにて、くぎやう・てんじやうびとをもののかずともせず、れいぎもなかりけり。げほくめんよりじやうほくめんにうつり、あまつさへはてんじやうをゆるさるるともがらもありけり。かくのみおこなはるるあひだ、おごりいさめるものおほし。
なかにも、こせうなごんにふだうしんぜいのもとに、もろみつ・なりかげといふものありけり。ことねりわらはがかくごんしやにて、げらふなりといへども、さかしきものにて、ゐんのおんまなじりにかかりてめしつかはれけり。もろみつはさゑもんのじよう、なりかげはうゑもんのじようとて、ににんながらいちどにゆげひのじようになされけるほどに、せうなごんにふだうのことにあひしとき、ににんながらしゆつけして、さゑもんにふだうさいくわう・うゑもんにふだうさいけいとまうして、ににんともにみくらあづかりにてめしつかはれけり。さいくわうがしそくもろたかも、ちちがごとくきんじゆしやにて、けんびゐしごゐのじようになりあがりにけり。
P1229
あんげんにねん〈 ひのえさる 〉じふにぐわつじふくにち、かがのかみににんじ、こくむをおこなひしあひだ、せいむをそむき、ひほふひれいをちやうぎやうせしほどに、じんじやぶつじ・けんもんせいかのしやうえんともいはず、みなこれをもつたうして、さんざんにおこなふ。たとひていこうが、あとをふとも、をんびんのまつりごとをこそおこなふべかりしに、こころにまかせてふるまひしほどに、おなじきさんねんはちぐわつじふさんにち、もくだいもろたかとはくさんのまつじうんせんじのそうとと、ことをしいだすによつて、くにがたよりもろたかおしよせて、うんせんじのばうしやをやきはらふ。
よつてはくさんのしゆと、どうねんのふゆのころ、しんよをささげてじやうらくし、さんもんにうつたふるあひだ、わがやまのまつじたるによつて、だいしゆほうきす。
P1234
こくしもろたか・もくだいもろつねをるざい・きんごくにおこなはるべきよし、そうもんをふといへども、ごさいだんおそかりければ、だいじやうだいじん・さだいじん・うだいじんいげのくぎやう・てんじやうびと、おのおのなげきまうされけるは、「あはれ、このこととくとくごさいきよあるべきものを。さんもんのそしようはむかしよりたにことなり。もつてのほかにひろきことどもなり。そのゆゑは、おほくらのきやうためふさ・ださいのだいにもろすゑあそん、かれらはみなてうかのおんためにぢゆうしんたりといへども、だいしゆのそしようによつてるざいせられにき。もろたかがことはことのかずにもあるべきか。おんぱからひあるべきものを」と、ないないはだんがふすれども、ことばにいだしてそうもんせず。「たいしんはろくをおもんじていさめず、せうしんはつみをおそれていはず」といふことなれば、おのおのくちをとぢたまへり。
まことに、みをわすれてきみをいさめたてまつり、ちからをつくしてくにををさむべきひと、そのかずあまたありしうへ、ぶゐをかかやかしててんかをしづめしにふだうのしそく、しげもり・むねもりなんど、しゆくやのきんらうをつんでもよほされけれども、もろたかいちにんにはばかつて、ことばにかたぶきまうすとも、かんそうすることなかりけり。きみにつかへよををさむるほふ、げにもつてしかるべけんや。「くつがへつてたすけずは、あにそのしやうをたのまむや」と、せうかをばたいそうはおほせられけるとぞきこえし。きみもとどこほるべきにあらず、しんもこころよかるべきにあらぬおんことどもなり。いかにいはんや、くんしんのくにをみだらんにおいてをや。せいだうのよこしまなるにおいてをや。
P1237
しらかはゐんのちよくぢやうには、「かもがはのみず、すぐろくのさい、やまほふし、これぞまるがこころにかなはぬもの」とまうしつたへられたり。とばのゐんのおんとき、へいせんじをもつてさんもんにつけられけるには、「ごきえあさからざるによつて、ひをもつてりとなす」とこそせんげせられて、ゐんぜんをばくだされけれ。むかし、おほくらのきやうためふさ、るざいせらるべきよし、さんもんのしゆとうつたへまうしけるに、とうのちゆうなごんまうされけるは、「しんよをぢんとうへふりたてまつつてうつたへまうさんに、このときいかでかおんぱからひなくてあるべき」とまうされけり。まことにさんもんのそしようはもだしがたきことなり。
P1239
ほりかはのゐん〈 いみなをよしひとといふ。 〉のおんとき、かほうにねん〈 つちのとゐ 〉みののかみみなもとのよしつなあそん、たうごくみたちのしやうをたふしけるあひだ、やまのくぢゆうしやゑんおうをせつがいす。このことをうつたへまうさんがために、だいしゆさんらくすべきよし、ふうぶんありしかば、かはらへぶしをさしつかはして、これをふせがるるほどに、ひよしのしやし・えんりやくじのじくわん、つがふさんじふにんばかり、まうしじやうをささげてぢんたうにさんじやうしけるに、ごにでうのくわんばくもろみちのさたとして、なかつかさのじようよりはるにおほせてこれをふせぐといへども、なほだいりへいらんとするあひだ、よりはるがらうどうはつきおしよせてこれをいる。やにあたりてしぬるものににん、てをおふものいちにん。しやし。しよしともにしはうへちりうせぬ。もんとのそうがうら、しさいをそうもんのために、なほげらくせしむるところに、ぶしをにしざかもとへさしつかはしていれられず。だいしゆ、ひよしのしんよをこんぼんちゆうだうにふりあげたてまつつて、くわんばくもろみちをしゆそしたてまつる。いまだむかしよりかくのごときことをばきかず。しんよをうごかしたてまつること、これぞはじめとうけたまはる。
さんわうのおんとがめにて、くわんばくもろみち、おんみにぢゆうびやうをうけ、しなじなのごぐわんをたてられ、さまざまのおこたりをまうされけれども、まことにことのきふになりしとき、おんよはひををしませたまふ。まことにをしかるべし。いまだしじふにもみたずして、ちちのおほとのにさきだちたまふこと、くちをしかりしことなり。ときにとつてはあさましかりしことどもかな。さればすなはち、ここんにおいては、さんもんのそしようはおそろしきことなりとまうしつたへたり。らうせうふぢやうのさかひなれば、おいたるおやをさきだつべしといふことはさだまらず。せいぜんのしゆくごふにしたがふならひなれば、まんとくくわまんのせそんもじふちくきやうのだいじたちも、ちからおよばざるおんことにて、じひぐそくのさんわうも、なさけなくがうぶくしたまふをや。わくわうりもつのはうべんなれば、をりふしとがめたまふもことわりながら、うらめしくあさましきことなり。
P1246
十八 さんもんのだいしゆ、しんよをささげてげらくすること
   つけたり よりまさ、へんげのものをいること
ぢしようぐわんねん〈 ひのととり 〉しぐわつ、ひよしのおんまつりにてあるべかりしを、だいしゆこれをうちとめて、おなじきじふさんにちたつのこくに、しゆとひよししちしやのみこしをささげたてまつり、ぢんとうにさんかうして、いそぎもろたかをざいくわにおこなはるべきよし、うつたへまうさんとするあひだ、ないだいじんしげもり・げんざんみよりまさいげげんぺいりやうけのたいしやうぐん、りんじのちよくをうけたまはつて、しはうのぢんをかため、これをふせぐ。しげもりにはかにうつたたれけれども、そのせいさんぜんよきなれば、さゑもんのぢんならびになんめんのびふく・しゆしやく・くわうかもんをかためけり。むねもり・とももりきやうだいににんはにしおもてのだつてん・さうへき・いんぶもんをかためけり。ほくめんのあんか・いかん・たつ〔ち〕いじやうここのつのもんをばとぢたり。
そのなかにげんざんみよりまさは、わづかにさんびやくよきのつはものをもつてきたのぢんをかためたり。だいしゆ、びんぎたるによつて、みこしをぬひどののぢんにめぐらす。
P1248
よりまささるふるつはものにて、いそぎもんをひらき、かぶとをぬいでたかひもにかけ、うまよりおりてしんよをになひたてまつる。いへのこ・らうどうみなかくのごとし。しかるあひだ、よりまさ〈 よりみつのまごなり。 〉ししやをたてて、だいしゆのなかへまうしおくるむねあり。そのつかひをばいちのらうどう、わたなべのちやうしちみなもとのとなふといふものなり。となふのそのひのしやうぞくには、しげめゆひのひたたれに、こざくらをきにかへしたるよろひをき、くろはのやをおひて、かぶとをばたかひもにかけ、ぬりごめのゆみよこにとりなほし、だいしゆのまへについひざまづき、「げんざんみどののまうせとまうされさうらふは、『こんどさんもんのおんそしよう、りうんのでう、もちろんにこそおぼえさうらへ。ごさいきよのちちをこそよそにもゐこんにおぼえさうらへ。ただし、ちよくぢやうによつてこのもんをかためさうらへども、よりまさ、さんわうにかうべをかたぶけたてまつつてとしひさし。しかるあひだ、おそれをなしてしりぞかんとすれば、ゐちよくのとがのがれがたし。ぜうめいにしたがつてふせがんとすれば、しんりよまたはばかりあり。かたがたもつてなんぢのしだいにさうらふ。みなみのぢんはしげもりきやうかためてさうらふ。しかるべくはしゆとみなみのぢんへむかひ、おほぜいのなかにわつていりたまはば、さんわうのおんいきほひもいよいよおもく、だいしゆのめんぼくたるべきものか。しかるにぶせいにてこのぢんをかためてさうらへば、けつぢやうやぶられたてまつらんことうたがひなし。もんをばひらきさうらひてこのぢんよりいりたまはば、だいしゆめたりがほしたりとかやまうしさうらはん。さらんにおいては、ごにちのあざけりにこそとおぼえさうらへ。さゑもんのぢんへみこしをめぐらさるべくやさうらふらん』」といひおくりけるに、わかだいしゆどもは、「なんでふそのぎあるべき。ただおしやぶつていらん」といふものもあり、「みなみのぢんへみこしをまはせ」とまうすやからも〔あり〕。
P1251
らうそうどものなかにまたせんぎしけるは、「このこともつともいはれたり。みこしをさきだてたてまつりて、われらそしようをいたすならば、おほてをうちやぶつてこそこうだいのきこえもよけれ。なかんづくよりまさは、さんわうにかうべをかたぶけたてまつるうへ、ろくそんわうよりこのかた、きゆうせんのげいにたづさはつて、いまだふかくのなをとらず。それはぶしのいへなればいかがはせん。ふうげつのすきもの、わかんのさいじん、いうにやさしききこえあり。ひととせこゐんのおんとき、たうざのごかいのありしに、ごぜんより『みやまのはな』といふだいをいだされけるに、さちゆうじやうありふさあそん、よみわづらはれたりけるに、よりまさきやう、
みやまぎのそのこずゑともわかざりしさくらははなにあらはれにけりW
といふめいかのさくしや、ぎよかんをうごかしたてまつるやさをとこなり。このよりまさ、ひとすぢにたけくかふなるのみにもあらず、わかきよりなまめかしききこえもあり、かふなるきこえもあり。」
P1252
「にでうのゐんのえうていにてわたらせおはしまししとき、よなよなおびえさせたまふことありけり。これただごとにあらずとて、はうべんをつけてみせられければ、とうさんでうのこむらより、やはんばかりにくろくもひとむらいづるごとに、だいりのうへにかかりけり。まいどしゆしやうのごなうあるは、いかさまにもへんげのものにやとおぼえければ、よりまさつかまつるべきよしせんげせられけり。ちよくぢやうをかうぶりけるあひだ、ちからおよばず、りやうじやうをまうす。ごぐわつはつかあまりのことなれば、めをさすともしらぬやみよなり。しんかうにおよび、やうやくそのときにもちかづきければ、よりまさがたのむところのらうどうに、ちやうしちとなふ、くろいとをどしのはらまきに、さうのこてをさし、たちばかりをたいし、いおとすものあらばこれをいだくべきよし、まうしふくめらる。ごてんちかくにこうす。よりまさはもののぐもせず、くまたかのかざきりにてはいだるとがりやにすぢぬきもつて、すこしさしのきてまちかけたり。くぎやう・てんじやうびとけんぶつしてもんぜんいちをなす。やはんにおよび、れいのくろくも、きむらのうへよりたちいでて、ししんでんのむねにかかりけり。いづくをいつべしともおぼえず。しばしみつめて、しゆしやうまたおびえなきたまひけり。これをいそんずるものならば、ながきはぢたるべしとおもひ、とがりやをそんしため、くもすきにみければ、しもわのくろくものなかに、なほひとしほくろきもののみえければ、あはれ、これやらんとおもひ、よつぴいてしばしかためてひやうどいければ、てほんにこたへ、ふつときりぬ。『おう』といふやさけびにこたへて、ごてんのうへよりなにものにてかありけん、ころころとまろびおつ。のきばにひとむらきえて、にはへどうどおつ。
ちやうしち、あまだりにまちうけて、みしといだく。くぎやう・てんじやうびと、てでにしそくをさしてこれをみるに、かしらはさる、みはたぬき、をはきつね、あしはねこ、はらはへび、なくこゑはぬえにてぞありける。しゆしやうのごなう、たちまちにやませおはしましたり。ほふわうぎよかんのあまりに、とばのゐんよりつたへけるししわうといふぎよけんをみづからとりいだし、ぎよいにそへて、とうさんでうのうだいじんつねむねきやうにこれをたまはしむ。だいじんこれをたまはり、ししんでんのみなみのきざはしよりおりらる。
ころはごぐわつはつかあまりのひかずをへて、さみだれのそらいまだはれざるをりふしに、ほととぎすくものほかにおとづれければ、だいじん、きざはしにたちやすらひて、なくかたをうちながめ、
ほととぎすなをばくもゐにあぐるかな
とよりまさにいひかけ、ぎよけんをたまふ。よりまさ、さんのきざはしについひざまづきつつ、さうのそでをおしひらき、ぎよけんをたまはるとて、
ゆみはりづきのいるにまかせてWとつけけるぞゆゆしくきこえし。またいまだじゆうしゐにて、さんみをしよまうしけれどもかなはざりければ、
のぼるべきたよりのなくてこのもとにしゐをひろひてよをわたるかなW
とよみたりけるといへども、なほてんじやうをゆるされざりしかば、よりまさ、こころうきことにおもひて、
ひとしれずおほうちやまのやまもりはこがくれてのみつきをみるかなW
とよみて、くげにまゐらしめければ、しやうざんみにのぼり、てんじやうをゆるされにけり。だいりをまかりいでけるを、あるにようばうたちやすらひて、いひかけける、
つきづきしくもいでてゆくかな
といひかけければ、よりまさ、とりもあへず、
なにとなくくもゐのうへをはみそめてWとつけたりけり。ときどきはかやうにやさしきこともありけるよしをききけり。かやうのものには、いかでかときにのぞんでちぢよくをはあたふべき。なかんづく、げばのしやう、ししやのたてやう、まことにしりよふかし。さればすなはち、ないだいじんのかためたるさゑもんのぢんへみこしをまはせ」とせんぎせしむ。
P1258
よつてみこしをさゑもんのぢんへまはす。だいしゆみこしをさきとしておしいらんとするあひだ、らうぜきたちまちにいできて、しげもりがらうどうやをはなち、じふぜんじのみこしにたつ。またしんじんいちにん、みやびといちにん、やにあたつてしにをはんぬ。そのほか、きずをかうぶるものおほかりけり。しかるあひだ、しんよをふりあげたてまつり、だいしゆさんぜんにんこゑをあげてをめきさけぶ。ぼんでん・たいしやくぐうをもおどかしたてまつり、りゆうじんはちぶもさわぐらんとぞおぼえける。きせんじやうげことごとくみのけよだつて、しんじんしんよをすておきたてまつり、だいしゆなくなくほんざんにかへる。ぢゆうぢのさんぽう、しよしやのしんぎもいまはおはしまさず、たのむかたなく、ゆくさきめもくれてぞのぼりける。
くらんどのさせうべんかねみつ、おほせをかうぶつて、せんれいをだいげきにたづねまうされけり。またてんじやうにくぎやうせんぎあり。ほうあんしねんのれいにまかせて、ぎをんのべつたうにおほせて、かのやしろにいれたてまつり、ほんざんにおくりたてまつるべきよし、ぎぢやうあり。たうしやのしんべつたうごんのだいそうづちようけんおほせをうけたまはるによつて、しんよをへいしよくにむかへたてまつり、みこしにたつところのやをしんじんをしてこれをぬかしむ。
だいしゆ、さんわうのみこしをだいりにふりたてまつること、むかしよりどどにおよべり。えいきうぐわんねん〈 みづのとみ 〉よりこのかた、ぢしようぐわんねんにいたるまでろくかどなり。しかれども、ただぶしをもつてふせがるることはまいどのことなり、しんよをいたてまつることはせんれいなし。あさましともまうせばおろかなり。しちしやごんげん、いかばかりのことをかおぼしめされけん。「ひとのうらみ、かみのいかりはかならずさいがいあり」といへば、ただいまてんかのだいじいできなんと、ひとみなおそれあへり。
P1263
十九 へいだいなごんときただ、せいせんにあづかること
じふしにち、だいしゆなほげらくすべききこえこれありければ、よのなかに、しゆしやう〈 たかくらのみかどなり。 〉えうよをめして、ゐん〈 ごしらかはのゐんなり。 〉のごしよほふぢゆうじどのへぎやうかうあり。ないだいじんしげもりいげぐぶのひとびと、なほしのうへにやをおひてぐぶせらる。ぐんびやうすまんぎ、うんかのごとくみこしのぜんごにうちかこむ。ちゆうぐう〈 けんれいもんのにようご、たかくらのゐんのきさき 〉はみくるまにめし、ぎやうけいなる。よつてきんちゆうのじやうげ、あはてさわぐことなのめならず。きやうぢゆうのきせんはしりまどふ。くわんばくいげだいじん・しよきやう・てんじやうのたいしんはせまゐる。
しゆとら、ごさいだんちちのうへ、じんにん・みやじやにあたりてしばうし、しゆとおほくきずをかうぶりしあひだ、おほみや・にのみやいげのしちしや、かうだう、じやうげのしよだういちうものこさずやきはらひて、さんやにまじはるべきよし、さんぜんにんいちどうにせんぎせしむ、ときこえしかば、さんもんのじやうがうをめして、「しゆとのまうすところ、ごせいばいあるべき」よし、おほせくだされけるあひだ、おなじきじふくにちに、そうがうら、ちよくせんのおもむきをもんとのだいしゆにふれんがためにとうざんせしむるところに、しゆとらいかりをなしておひかへしければ、そうがうらいろをうしなひてにげくだる。
P1265
これによつて、「たれかさんじやうにまかりむかつて、ちよくせんのおもむきをまうしふくめ、だいしゆをなだむべき」と、くぎやうせんぎありければ、ひとびとおほきなかに、へいだいなごんときただきやうせいせんにあづかつてしやうけいにたつ。こんのくずばかま・たてえぼしにて、さぶらひにさんにんばかりあひぐしてのぼられけり。だいしゆこのことをきいて、かうだうのにはにさんぜんにんいちどうにくわいがふして、「なんでふそのぎあるべき。ときただきやうをまちうけて、そのをとこをとつてひきはり、もとどりをきれ」とののしるところに、ときただ、さわがぬていにて、「しゆとのおんなかにまうしいるべきことのさうらふ。しばらくしづまりたまへ」とて、こさぶらひをまねきよせ、もたせたるこすずりとりいだし、たたうがみをひきひらき、いつくのことばをかいてだいしゆのなかにおくりたり。しゆとらこれをひらきみるに、
しゆとのらんあくをいたすはまえんのしよぎやう
めいわうのせいしをくはふるはぜんせいのかご
とこそかいたりけれ。だいしゆこれをひきはるにおよばず、なみだをながしそでをしぼり、ぜんぴをくひてたにだにばうばうにぞかへりける。いつしいつくをもつてさんたふさんぜんのいきどほりをなぐさめ、こうしのはぢをすすぐ。ときただここうをのがれ、いそぎげらくす。さんじやう・らくちゆうのひとみなぢぼくをおどろかさざるはなし。およそこのひとはなにごとにつきてもていけつにて、にふだうのこころにもかなへり。
P1267
ぢしようぐわんねんしやうぐわつにじふしにちのぢもくに、としごじふろくにてだいなごんになさる。なかのみかどのちゆうなごんむねいへきやう・くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさ、くわんになさるべかりけるを、これをおしとどめてくにつなきやうのこえられけること、げにもつてありがたし。これもだいじやうのにふだうのばんじこころにまかするゆゑなり。このだいなごんは、ちゆうなごんかねすけはちだいのまご、さきのうまのすけもりくにがこなり。にさんだいはくらんどにだにもならず。くにつなをばしんじのざつしきといひしほどに、こんゑのゐんのおんとき、いんじきうあんしねんしやうぐわつなぬか、ほふしやうじどののすいきよによつていへをおこす。ことさらにだいじやうのにふだうにとりいり、だいせうのこと、ふたごころなくちゆうきんせしめ、なにものにてもまいにちにいつしゆをおくられければ、げんせのとくいこれにすぎたるひとなしとて、くにつながしそくいちにんをこひとりてにふだうのやうしにし、げんぶくせしめて、じじゆうきよくにとなづけらる。
P1269
ぢしようしねんのごせちはふくはらにておこなはりけり。てんじやうのえんすいのひは、うんかく、まへのみやのおんかたにまゐられけるに、あるくぎやうの「たけしやうほにまだらなり」といふらうえいをいだされたりけるを、くにつなきやうききとがめて、とりもあへず、「あなあさまし、これはきんきとこそうけたまはれ。いやいや、きかじ」とてにげられけり。さしてしよくぶんのいへにはあらねども、かやうなることをもとがめられけるとぞうけたまはる。
このくにつなのははは、かものだいみやうじんにこころざしをえらびてさんけいせしめ、「わがこのくにつなをいちにちのなかにくらんどをへさせたまへ」といのりまうされたりけるに、おんやしろびと、びろうのくるまにゐてきたり、わがいへのくるまやどりにたつとゆめをみて、こころえずおぼえてひとにかたりければ、「くぎやうのきたのかたになるべし」とあはせけり。「わがみ、としたけぬ。いまさらにをとこをまうくべからず」とおもひけるに、くらんどはこともなのめにや、せきらうのくわんじゆをへてしやうにゐのだいなごんにいたる。にふだう、このひとをさりがたくおもはれけるも、ひとへにかものだいみやうじんのごりしやうなり。
P1276
廿 かがのかみもろたか、をはりのくにへながさるること
おなじきはつか、ごんのちゆうなごんただちかにおほせて、かがのかみもろたかをげくわんしてをはりのくにへるざいせらる。またいんじじふさんにち、しんよをいたてまつりしぶしろくにんきんごくせらる。ないだいじんしげもりのらうどう・ずいひやう、たひらのとしいへ・おなじきいへかね・ふぢはらのひさみち・おなじきなりなほ・おなじきとしゆき・おなじきみつかげらなり。
P1278
廿一 きんちゆう・らくちゆうえんしやうのこと
おなじきにじふはちにち、ゐのときばかりに、ひぐち・とみのこうぢよりひいできて、たつみのかぜはげしくふきて、きやうぢゆうおほくやけうせににけり。めいしよもさんじふよかしよ、くぎやうのいへじふろくかしよ、てんじやうびと・しよだいぶのいへはかずをしらず。はてにはおほうちにふきつけて、しゆしやくもんよりはじめて、おうでんもん・くわいしやうもん・だいこくでん・ぶらくゐん・しよし・はつ〔しやう〕・だいがくのかみ・しんごんゐんもやけうせにけり。ひぐち・とみのこうぢよりすみちがひにいぬゐのかたをさして、しやりんばかりのごとくなるほむらとびゆきけり。おそろしともいふはかりなし。よしありだいじんのほんゐんどの、ふゆつぎのおとどのかんゐん、これたかのみこをののみやのをののみやどの、わかまつどの、きたののてんじんのこうばいどの、たちばなのはやなりのたかまつどの、ゑんゆうのおとどのかはらのゐん、なかつかさのみやのちくさどの、ながよりさんみのやまのゐ、ごでうのきさきのとうごでう、ちゆうじんこうのそめどの、ていじんこうのこいちでう、きんたふのだいなごんのしでうのみや、とうさんでう、にしさんでう、これらのめいしよもやけにけり。いへいへのだいだいのもんじよ・しざいざふぐ・しつちんまんぽう、さながらちりはひとなりぬ。そのほかのつひえいかばかりぞ。ひとのやけしぬることすまんにん、ぎうばのたぐひはかずをしらず。すべてきたのきやうはさんぶんのいちやけにけり。
これただごとにあらず。さんわうのおんとがめとて、ひえいさんよりさるどもあまた、まつのはにひをつけてもちて、やきはらひてくだるとぞ、ひとのゆめにはみえける。
だいこくでんはこれせいわてんわうのおんとき、ぢやうぐわんじふはちねん〈 ひのえうま 〉しぐわつここのか、はじめてやけたりしを、おなじきじふくねんしぐわつみつか、ようぜいゐん、ぶらくゐんにおいておんそくゐあり。ぐわんぎやうぐわんねんしぐわつここのか、ことはじめあつて、おなじきにねんじふぐわつやうか、つくりいだされしを、またごれいぜいのゐんのぎよう、てんぎごねんにぐわつにじふいちにち、やけにけり。ぢりやくにねんはちぐわつふつか、ことはじめあつて、おなじきじふぐわつとをか、おんむねあげありけれどもつくりいだされざりしを、ごれいぜいのゐんかくれさせたまひて、ごさんでうのゐんのおんとき、えんきうしねんじふぐわつじふごにち、つくりたてられて、ぎやうがうなりつつえんくわいおこなはれし。ぶんじんしをけんじ、がくじんがくをそうす。いまはすゑのよとなり、くにのちからすいへいして、またつくりたてられんこともかたからんと、なげきまうすひともありけり。されども、せうなごんみちのりにふだう、ていけつなるひとにて、つひにつくりたてたりけり。
げんぺいとうじやうろく くわんいちのじやうをはり



げんぺいとうじやうろく いちのげ
P1286
  〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく いちのげ
 一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
 二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
 三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
 四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
 五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
 六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
 七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
 八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと
 九 ゆきつなちゆうげんのこと
 十 しやうこくむほんをそうすること ならびにしんだいなごんめしとらるること
十一 さいくわうほふし、めしとらるること
十二 しげもりきやう、ちちしやうこくをいさめらるること
十三 ほふわうをながしたてまつらんとほつするあひだ、かさねてちちをいさめたてまつること
十四 しげもり、ひやうしやをめさるること ならびにほうじのきさきのひゆ
十五 なりちかきやうのらうどう、しゆくしよへかへること ならびにせうしやうとらはるること
十六 かどわきどの、なりつねをこひうけらるること
十七 なりちかきやうながさるること
十八 なりちか・やすより・しゆんくわん、きかいがしまへながさるること やすより、しまにおいてせんぼんのそとばをつくること
十九 さぬきのゐんついがうのこと
二十 うぢのあくさふ、ぞうくわんのこと 〈 いちのまつ もくろくをはり 〉
P1288
一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
あんげんさんねんごぐわついつか、てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらる。くらんどをつかはして、ごほんぞんをめしかへす。やがて、しんよをふりたてまつるだいしゆのちやうぼんをめさるべしとうんぬん。「かがのくににざすのごばうあり、もろたかちやうはいのあひだ、そのしゆくいにより、もんとのだいしゆをかたらひてそしようをいたされければ、すでにてうかのおんだいじにおよばんとす」と、さいくわうほふしふしともにざんそうせしむるゆゑに、ほふわうおほきにげきりんあつて、ことにざすをぢゆうくわにおこなはるべきよし、おぼしめされけり。
P1291
二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
おなじきなぬか、みや、てんだいざすにならせたまふ。かくくわいほつしんわうこれなり。とばのゐんのだいしちのわうじ、こしやうれんゐんのだいそうじやうぎやうげんのおんでしなり。ごじふろくだいのざすにあひあたりたまふ。でんきやうだいしのきもんにいはく、「わうじ、てんだいざすになりたまはば、まつせとおもふべし」と。「よすでにすゑにのぞめり」とまうしあへり。
P1294
三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
おなじきひ、めいうんそうじやうをざいくわにしよすべきせんじのじやうにいはく、
さきのえんりやくじのざすそうじやうめいうん、でうでうをかさるること
一 だいそうじやうくわいしうたうざんざすたるあひだ、あくそうらをあひかたらひ、さんもんをおひはらはしむること
一 さんぬるかおうぐわんねん、みののくにひらのしやうみんらにつきそしやうをかまへ、たうざんのあくとをはつしてきゆうじやうへらんにふし、らうぜきをいたさしむること
一 きんじつのだいしゆほうき、ことのしだいは、かのかおうのらうぜきにちようかせり。まづ〔いつ〕たんのいしゆをもつてさんたふのきようとをもよほし、そとにはせいしのことばをかまへ、うちにはさうどうのくはだてをなす。てうしやうをべつじし、ぶつぽふをほろぼさむとす。あるいはきようとをもつてぢんちゆうにらんにふし、すかしよにひをはなし、あるいはけいごのともがらにむかひかつせんし、またひやうぐをたいしてげらくすべきよししつそうせしむ。まことにこれてうかのをんでき、ひとへにえいざんのあくまたるものか。
みやうほふはかせにおほせくだされ、でうでうのしよはん〔につき〕、めいうんしよたうのざいめいをかんがへまうさしむべし。
 あんげんさんねん ごぐわつじふいちにち
  くらんどのとううこんゑのちゆうじやうふぢはらのあそんみつよしうけたまはる
P1300
四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
おなじきじふににち、さきのざすめいうんそうじやう〈 あきみちのだいなごんのおんこなり。 〉、しよしよくをとめられ、けんびゐしににんをつけてすいくわのせめにおよばしむ。あまつさへじふごにち、しざいいつとうをげんじてをんるせらるべしと、ほつけにかんがへまうさしむるよし、そのきこえあり。だいしゆ、またそうじやうをささげててんちやうをおどろかす。そのそうもんのじやうにいはく、
 えんりやくじさんぜんのだいしゆ・ほふしら せいくわうせいきようつつしみてまうす
ことに てんおんをかうぶり、はやくさきのざすめいうんのはいる、ならびにしりやうもつくわんをちやうじせられむことをこふしさいのこと
 みぎ、ざすはこれほふとうをかかぐるのしき、かいくわうをつたふるのじんなり。もしぢゆうくわにしよしはいるせられば、あにてんだいのゑんしゆうたちまちにほろび、ぼさつのだいかいながくうしなはるるにあらずや。これによつて、わがやまかいびやくののち、くわんじゆさうさうよりこのかた、ひやくわうのりらんこれことなりといへども、いつさんのあんきときにしたがふといへども、ただききやうのれいのみありてすべてるざいのれいなし。なかんづく、めいうんはこれけんみつのとうりやう、ぢぎやうのけんとくなり。いつさんくゐんのりようち、このときにきうせきにふくし、しきようさんみつのせうりう、そのぎじやうだいにはぢず。いまたちまちにゑんぱうにおもむき、ながくたうざんをわかれなば、しゆとのひたんなにごとかこれにしかむ。いかにいはむや、さきのざすはてんてうにおいてはまたぼさつかいのくわしやうなり。なんぞさんじのらいきやうをはこばざる。しよちをもつくわんせしめ、さらにぢゆうくわにしよせらるる、むしろたいぎやくざいにあらずや。つつしみていいきを〔たづね〕、ならびにきうれいをとぶらふに、いまだきかず、いつてうのこくしゆゑなくしてぎやくがいをかうぶることを。
そもそもはいるのくわたいこれなにごとぞや。りよかうのせつのごとくんば、あるいはひとのざんげんに、どどのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなり、あるいはくわいしうそうじやうをついきやくし、あるいはなりちかきやうをうつたへまうす、またたうじもろたかのこととうはひとへにこれめいうんがけつこうなり。てへればこのざんたつによつてたちまちにちよくかんをかうぶるとうんぬん。もしふうぶんのごとくんば、なんぞふげんをもちゐむ。すべからくかれこれをたいけつして、しんぎをきうめいせらるべきなり。くだんのことにいたりては、だいしゆうつぷんしまんざんししようをいたすのきざみ、さきのざすにおいてはまいどこれをきんせいしき。けだしさんもんのどうようをくわんじゆとしてこれをいたむがゆゑなり。たいけつのところ、そのかくれなきか。たとひふりよのをつどありといへども、なんぞぢゆうくわにおよばむや。しゆとらつつしみててんちやうをおどろかし、まつじのぐそうをすくはむとするところに、そのちやうぼんをめされ、なぎきをなすのあひだ、つひにほんざんのかうそうをうしなふでう、ふりよのうれひ、たとへをとるにものなし。それしやうちやくをかうぶらずしてえんばうをさんずることなかれ。これつねのれいなり。いまてんさいをいただくといへども、かへつてげんばつをかうぶる。いまだいをえず。
そもそもわがきみだいじやうほふわうは、ひとへにいわうさんわうのめいとくをあふぎ、ひさしくたいごくのさんぽうにきし、もつぱらさんしゆうさんがくのぜんりよをあはれみ、かたじけなくもこうりゆうのえいりよをぬきんでたまふ。しかるにいま、じんおんたちまちにへんじ、ちゆうりくにはかにきたる。すひやくさいのぶつにちここにくれ、すでにしんじんのしよぎやうにまよひぬ。さんぜんにんのきようくわしねんして、ぐしんのおくところをしらず。もしめいうんはいるせられば、しゆとたれかあとをとどめむ。ちんごこくかのだうじやう、がんぜんにまめつせむとす。
はやくめいうんはいるをなだめ、しりやうもつくわんをちやうじせられば、じふにぐわんわうあらたにぎよくたいをごぢし、さんぜんのしゆといよいよほうさんをいのりたてまつらむ。せいくわうせいきようつつしみてまうす。
 あんげんさんねん ごぐわつじふろくにち
  えんりやくじさんぜんのだいしゆほふしら
P1304
そもそも、このじやうをたれにつきてそうもんすべきかのよし、せんぎせしむるほどに、ふくはらのにふだうだいしやうこくにまうすべしと、さだめをはんぬ。これによつてじふしちにち、またそうもんのじやうにわたくしのじやうをそへておくらしむ。そのじやうにいはく、
  えんりやくじのしゆとらつつしみてまうす
 はやく、さきのざす、さしたるゆゑなくはいるせられ、ならびにもんぜきさうでんのしりやうをいはれなくちやうじせられしを、とりまうされむことをほつするしさいのじやう
 みぎ、てんだいのゑんしゆうをほんてうにひろめ、ぼさつのだいかいをたうざんにおこししよりこのかた、いつてんしかいみなざすのほふたうをつたへ、ごきしちだうことごとくくわしやうのひかりをうく。これによつてけんわう・せいしゆただきえのぎのみあつて、わうこきんだいまつたくはいるのれいなし。しかるにさしたるくわたいなく、たちまちにるざいをかうぶる。あにゑんしゆうのまめつ、さんもんのもつばうにあらずや。
はいるのざいくわ、そもそもなにごとぞや。ふうぶんのごとくんば、あるいはざんげんに、たびたびのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなりと。いはゆる、くわいしうそうじやうをついきやくし、なりちかきやうならびにもろたかをそしようまうすことこれなり。かのざんたつによつてこのぢゆうくわをかうぶるとうんぬん。これごんごだうだんのことなり。だいしゆのほうきはまつたくくわんじゆのしんたいにあらず。かのくわいしうそうじやう、しゆがくしやをせつがいせしによつて、さんもんをついきやくす。またなりちかきやう・もろたかあそんら、ざすなんのいこんあつてかおんしんをむすぶべきや。これによつてまいどのそしよう、くわんじゆかたくきんせいをくはふ。ちよくせんをおそるるがゆゑなり。しかるにだいしゆ、さんもんをおもひ、あへてせいほふにかかはらず。えいがくのさほふむかしよりかくのごとし。なんぞしゆとのうつたへをもつて、かへつてざすのつみにしよせむや。もしなほみしんあらば、たいけつせられむにそのかくれなきか。
ふしてことのこころをあんずるに、たうざんはこれちんごこくかのだうぢやうとして、せいてうあんをんのごぐわんをしゆす。これによつてところどころのそしよう、ひとびとのしうしよ、ゐをしんよにかり、いきどほりをてんちやうにたつす。そのなかに、あるいはこころよくてんさいをいただきてきさんし、あるいはせいだんをかうぶらずしてなみだにむせびもつてたいしゆつす。ここんつねのれいなり。それよりこのかたひさし。いまだあやまりをきかず。だいしゆのそしようによつてくわんじゆのるざいにおこなはるる。いはむやさきのざすはけんみつのほふしやう、ちぎやうのけんとくなり。このゆゑに、かうろんのむしろにはしようぎのものとしてげんぢゆうのごぐわんをたすけ、ゆがのだんにはあじやりとして、せいてうのあんをんをいのりたてまつる。しかのみならずめいうんはいやしくもほうけつにしかうし、ひさしくりようがんをおうごす。せいしゆこれにしたがひていちじようきやうをうけたまひ、せんゐんこれにつきてぼさつかいをつたへたまふ。すなはちこれいつてうのこくし、ほふわうのくわしやうなり。なんぞひとのざんたつをもつてたちまちにげんばつをかうぶらむや。またかのしりやうはこれしよううんくわしやうよりこのかた、もんぜきさうぞくしてちぎやうするところなり。じかくだいしのもんとそのかずありといへども、えだはのはんじやうはもつぱらなしもとにあり。しかるにこれをちやうじせしめてたにんにつくれば、むしろだいしのいりゆうのみだれにあらずや。くわしやうのいちもんたちまちにうしなはむや。たとひたしよくをとどむといへども、しりやうをぼつしゆうするにおよぶべからず。
そもそもぜんぢやうだいしやうこくはすでにいつてうのかためたり。またこればんにんのまなこなり。てんがのみだれ、さんじやうのうれひ、なんぞそのせいばいなからむ。なかんづくさきのざすはこれだいしやうこくのぼさつかいのくわしやうなり。このことにおいてはいかでかかんこをならされざらむや。
もしこのいきどほりをさんぜずして、だいかいのくわしやうをげんぞくせしめ、なほるざいせられば、すなはちわがやまのぶつぽふはめつのときいたるなり。もんえふいづれのものかそうとのぎあらむ。さんぜんのがくりよたれかしんみやうををしまむ。よつてだいかうだうのまへにおいてまんざんのぶつじん・がらんのごほふをおどろかしたてまつり、なくなくきしやうしていはく、しゆとのうつぷんさんぜずしてかたくるざいせられば、だいしゆみなかれにしたがひておなじくはいるのつみをかうぶり、まんざんのがくりよいちにんもとどまるべからずとうんぬん。
たうざんのそんばうただこのせいばいにあり。よろしくこのおもむきをさつし、とりまうさるべくは、さんぜんにんのるいせんたちまちにかはき、すひやくさいのほふとうふたたびにぐるものか。よつてしゆとのせんぎのじやう、くだんのごとし。
 あんげんさんねん ごぐわつじふしちにち
とこれをかき、しよしらをもつてふくはらへつかはす。そのうへ、だいしゆなほさんらくすべきよし、ふうぶんありければ、だいりならびにゐんのごしよほふぢゆうじどのにぐんびやうらをめされけるあひだ、きやうぢゆうなにとなくさわぎあへり。
P1312
五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
おなじきはつか、さきのざすざいくわのことをせんぎせられんがために、だいじやうだいじん・さうのだいじんいげ、くぎやうじふさんにんさんだいせしむ。ぢんのざにれつしておのおのさだめまうされけり。そのなかにだいじやうだいじんもろなが・うゑもんのかみふぢはらのあそんただちか・さだいべんのさいしやうながかたあそんら、ほつけのかんもんにまかせてさだめまうされけるは、「はやくしざいいつとうをげんじてをんるせらるべきでう、かのめいうんだいそうじやうはけんがくけんみつ、じやうぎやうぢりつのうへ、いちじようめうきやうをもつてくげにさづけたてまつり、ぼさつかいをもつてほふわう〈 ごしらかはこれなり。 〉にさづけたてまつる。しかるにたちまちにげんぞくせしめてるけいにしよするでう、すこぶるいうよにおよぶべきぎか。よろしくちよくぢやうあるべし」と、はばかるところなくまうされければ、たうざのしよきやう、ことごとくながかたきやうのぎにつき、どうじまうされけれども、ほふわうのおんいきどほりふかかりければ、つひにるざいにさだめられにけり。
だいじやうにふだうもこのことをまうしなだめんがために、さんもんのそうじやうならびにわたくしのしよじやうをたいしてゐんざんせられけれども、おんかぜけのよしおほせあつて、ごぜんにもめされざるあひだ、にふだういきどほりふかくしてまかりいでられけり。
P1319
六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
にじふいちにち、さきのざすめいうんそうじやうをげんぞくせしめて、だいなごんのだいぶふぢゐのまつえだといふぞくみやうをつけて、いづのくににながさるべきにさだまりぬ。そのとき、きやうわらんべ、うたによみてわらひけるは、
まつがえはみなさかもぎにこりはててやまにはざすにするものもなしW
と。ひとびとかたぶきまうしけれども、さいくわうほふしがざんそうによつて、つひにるざいにさだめられけり。
P1320
こんやみやこをいだしたてまつれと、ゐんぜんきびしくて、かさねておつたてのけんびゐし、しらかはのごばうにまゐりてまうしければ、あはたぐちのほとり、いつさいきやうのべつしよをいでさせたまひぬ。しゆとこれをきき、さいくわうふしのみやうじをかいて、こんぼんちゆうだうにたたせたまふこんびらだいじやうのおんあしのしたにふませたてまつり、「じふにじんじやうしちせんやしや、じこくをめぐらさず、かれらににんがいのちをめしとりたまへや」と、じゆそしけるこそおそろしけれ。
P1324
七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
さるほどに、にじふさんにちにおよびて、さきのざすすでにいつさいきやうのべつしよをいでて、はいしよのたびにおもむきたまひけり。しばらくこくぶんじのだうにたちいりてたちやすらひたまふほどに、まんざんのだいしゆのこりとどまるものもなく、うんかのごとくにひがしざかもとよりあはづにいたるまでつづきて、ざすをとどめたてまつらんとぎするあひだ、きびしげなりつるおつたてのくわんにんども、いづちにもいちにんもみえず。
だいしゆこれをとどめたてまつりけれども、ざすはおほきにおそれおぼしめして、おほせられけるは、「ちよくかんのものはじつげつのひかりにだにもあたらずとこそまうしつたへたれ。さればすなはち、じこくをめぐらさずおひくださるべきよし、せんげせらるるうへは、しばしもとうりうすべからず。されども、ただいまえいがくのかげちようざんのくもにかくれぬるこころぼそさに、ひとしれずなみだこぼれてゆくさきもみえず。このだうにしばしたたずむばかりなり。しゆとはやはやかへりのぼるべし」とて、はしちかくたちいでていひけるは、「われ、さんたいくわいもんのいへをいでてしめいいうけいのまどにいりしよりこのかた、ひろくえんじゆうのけうぼふをまなびて、ただわがやまのこうりうをのみおもひ、こくかをいのりたてまつることおろそかならず。またもんとをはぐくむこころざしこれふかし。みにとりてあやまつことなし。りやうじよさんしやうもさだめてしようらんをたれたまふらん。むじつのざんそうによつてをんるのぢゆうくわをかうぶる。これせんぜのしゆくごふにこそとおもへば、よをもひとをもかみをもほとけをも、さらにうらむところなし。おのおのじひのもんをいでてけんなんのみちをしのぎ、これまでとぶらひきたりたまふしゆとのおんはうじこそまうしつくしがたけれ」とて、なみだにむせびたまふ。かうぞめのおんたもともしぼるばかりなり。みたてまつるだいしゆもみなこゑもをしまずさけぶことおびたたし。
P1327
ここにくわいしゆんりふしやとまうすあくそう、さんまいかぶとにさうのこてさし、もえぎいとをどしのはらまきのそでつきたるをきて、おほなぎなたわきにはさみ、だいしゆのなかにすすみいでたり。かのりふしやは、あくそういちだうにひいでたるのみにあらず、くしや・じやうじつのほか、てんだい・しんごんにいたるまでふかくあうぎをきはめ、しいかくわんげんにもまたたつしやたり。さればこのくわいしゆんすすみいでていひけるは、「つらつらことのこころをおもふに、たうざんさうさうよりこのかた、すひやくさいのせいざうをおくり、くわんじゆだいだいさうぞくして、かのひとつのはこのなかにそのなをしるしおかる。あへてじんちのおよぶところにあらず。ひとへにさんわうだいしのおんぱからひなり。かたじけなくもしめいのながれをくみ、さんみつのあうぎにたつするほどのひとの、じつぷをたださず、たちどころにぢゆうくわにおこなはれたまふこと、まつせのならひとはいひながらこころうきしだいにあらずや。かつうはてうかのおんしはんたり、かつうはしよそうのちやうらうたり。たれひとかなげかざらん、いかなるたぐひかとぶらはざらん。しんめいあはれみをたれ、さんぽういかでかせうらんせざらんや。もしこんどるざいにしづみたまはば、いごまたあしかるべし。せんずるところ、はやくきさんあるべきなり」といひければ、しゆとみななみだをながし、いくどうおんに、「もつとも」とみなどうじけり。
P1328
されどもざす、「こんじやうのさいかい、こんにちながくへだつといへども、ぼだいのはうきつ、かならずじちほうじやくくわうのあかつきをごすべし。はやはやかへりのぼりたまへ」とのたまひけり。だいしゆすでにいそぎおんこしをよせ、のせたてまつらんとしければ、「むかしこそさんぜんにんのくわんじゆたりしが、いまはかかるさまとなりたれば、いかでかやんごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいとこたちにはにげささげられて、わがやまにはかへりのぼるべき。わらぐつなんどいふものはきて、おなじありさまにてこそゆかめ」とのたまひければ、さいたふのにしだににかいじやうばうのあじやりいうけいとて、さんたふにきこえたるあくそうありけり。くろかはをどしのよろひに、おほあらめにくろがねまじりたるを、くさずりながにきなし、さんまいかぶとをゐくびにきなし、おほなぎなたつえにつき、ざすのおんまへにすすみむかひ、かぶとをぬいでたかひもにかけ、はつたとにらみたてまつりてまうしけるは、「あれほどのいひがひなきおんこころよわさでわたらせたまへばこそ、いつさんにきづをもつけ、こころうきめにもあはせたまはめ。くわんじゆはさんぜんのしゆとにかはつてるざいのせんじをかうぶりたまふに、またさんぜんのしゆとはくわんじゆにかはりたてまつつていのちをうしなひさうらふとも、なんのうれひかあるべき。とうとうおんこしにめされさうらへ」といひければ、ざす、いうけいのきしよくにおそれて、あはてさわぎていそぎおんこしにのりたまひぬ。だいしゆざすをとりえたてまつるこそあやしけれ。
げすほふしばらにはかかせず、いうけいさきのこしをいだく。ごぢんはとうだふのほふし、めうくわうばうのあじやりせんせい、いだきたてまつる。あはづよりとりのとぶがごとくにとうざんするに、いうけい・せんせいはいちどもかたをかへずかきたりけり。なぎなたのえもこしのながえもくだくばかりにぞみえたりける。さしもけはしきひがしざかをへいちをあゆむがごとし。
だいかうだうのにはにかきすゑたてまつり、めんめんにせんぎせしむ。「むかしこそいつさんのくわんじゆとあふぎたてまつりつれども、いまはちよくかんのせんじをかうぶり、をんるせられたまふひとをとりとどめたてまつること、いかがあるべからん」といふやからもありければ、いうけいすこしもへらず、かたをひらきつかつていひけるは、「わがやまはこれにつぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやうなり。さんわうのごゐくわうさかんにして、ぶつぽふわうぼふごかくなり。しかればすなはち、しゆとのいきどほりなほよざんにすぐれ、いやしきほふしばらまでもよもつてこれをかろしめず。いかにいはんや、わがきみはちゑかうきにしてさんぜんにんのくわんじゆたり。とくぎやうぶさうにしていつさんのくわしやうなり。つみなくしてもつてつみをかうぶりたまふこと、さんじやう・らくちゆうのみだれ、こうぶく・をんじやうのあざけりか。かなしきかな、しくわんのまどのまへにはけいせつのつとめすたれ、さんみつのだんじやうにはごまのけぶりたえなんこと、しやうじやうせせまでもこころうかるべし。せんずるところ、いうけい、こんどさんたふのちやうぼんにしよせられて、かばねをさんやにさらし、かうべをごくもんのきにかけらるるとも、すこしもいたみぞんぜず。こんじやうのめんぼく、めいどのおもひいで、なにごとかこれにしかん」とて、さうがんよりなみだをながしければ、まんざんのしゆ〔と〕これをきき、おのおのそでをしぼりつつ、「もつとももつとも」とどうじけり。これよりいうけいをばいかめばうとなづけたり。
さてざすをばとうだふのみなみだにめうくわうばうにいれたてまつる。
P1332
[ さんぢゆう ]ときのわうざいをばごんげのひとものがれざりけるにや。だいたうのいちぎやうあじやりはげんそうくわうていのおんとき、やうきひになをたちて、くわらこくへながされけり。そのゆゑは、いちぎやう、ちぎやうぶさうのうへ、ゑしたりけるあひだ、みかどおぼしめすしさいあるによつて、やうきひのかたちをゑにかかしむ。ふでをとりはづしてこれをおとす。ははくろのごとくにみえけり。くわうていあやしみおぼしめされておほきにげきりんあり。「いちぎやう、やうきひになじみちかづくよりほかには、いかでかはだへなるははくろをばしるべき」とて、むじつのざいくわによつて、くわらこくへながされけり。かのくわらこくといふは、つきひのひかりをもみずしてゆくところなり。みやうみやうとしてはるかなり。しかれどもかみはひほふをもちゐたまはず、てんたうむじつのつみをあはれみたまふゆゑに、くえうのかたちをげんじてこれをてらしまもりたまふあひだ、あへてもつてくらきことなし。そのときいちぎやう、みぎのゆびのはしをくひきつてちをあやし、ひだりのそでにかきうつしたまふ。くえうのまんだらとて、いまにいたるまでよにるふするところこれなり。
P1336
八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと
しかるに、だいしゆ、さきのざすをとりとどめたてまつるよし、ほふわうきこしめされて、いとどやすからずおぼしめされけり。これによつて、だいしゆ、ふくはらのにふだうだいしやうこくのもとにかさねてしよじやうをつかはす。かのじやうにいはく、
  えんりやくじのしゆとらかさねてまうす
 かさねてそうたつせられむことをこふ。しゆとらしばらくさきのざすめいうんををしみとどめしこと、さらにむほんのぎにあらず、ひとへにちんごこくか、こうりうぶつぽふのために、はいるのことをまうしとどめ、ぼさつかいのけちみやくをつぎ、まさにさんわうだいしのそくわいにかなはむとす。しゆうたんひあい、しさいのこと。
みぎ、たうざんはでんきやうだいし、ちんごぐほふのたいぐわんをはつし、がらんをたいれいのうへにたて、くわんむくわうてい、ほうちようずいきのえいじやうによつて、はうきつをさうさうのなかにむすびたまふ。えんりやくじふさんねんにいたりてみやこをへいあんぐうにうつせしよりこのかた、ねんじよしひやくくわいにおよぶに、じやうぐうさらにうごくことなし。せいしゆすでにさんじふいちだい、ふちまつたくたにあらざるゆゑんなり。
さがてんわう、せんていのゆいせきをおひ、ゑんどんのけうぼふをあふぎ、ぼさつのだいかいをさづくべきむね、せうちよくをたうじにくだしたまはる。じようわくわうてい、そうぢのだうじやうをこんりふし、ちんごのかんぢやうをしゆうせしむ。じこくにはじめて、もしはたどにえるところのほふもんとうは、かならずだいしのおんかいをそへ、どくりつじまんのはかりことをせつだんし、そうじてもつてはさんわうごこくのじんこうをしやうごんす。ろくでうのしきはびやうどうをきゆうぞんし、ぢゆうくわにうるほふことなしとうんぬん。
しきはちんごかんぢやうのあじやりなり。ぼさつだいかいのくわしやうなり。もしはいるのとがにしよし、たちまちにげんぞくのなをえば、めいうんざすにふしていごじふいちねんのあひだ、とくどじゆかいのともがら、しらのりんしようをうしなひ、にふだんかんぢやうのともがら、しつちのけちみやくをほろぼさむ。たとひめいうんとがあるものにてしざいのおもきにおこなはるるとも、げんぞくはいるのがうにいたりては、まげていつさんのためにめんじよをかうぶらむとほつす。よつてしばらくていとのほかにこれをりゆうざいするは、しゆとのこんばうをいたさむことをそうたつせむがためなり。これすなはち、ほふをおもくししやうをかろんずるきしやうなり。なんぞむほんならむや。なんぞまうあくならむや。
しかるにいちよくのぎになずらへ、くわんへいのともがらをもよほしおほせ、さんじやう・さかもとのだうたふ・じんじやことごとくぜうしつせらるべきよし、ふうぶんあり。しうたんのいたりなにごとかこれにしかむ。ただし、しゆとのこふところはよりどころあらずしてくわいろくのいましめをのがれずといへども、にふだんのそうぢゐんにいたりては、なほてうかのおんためにこれをとどめのこさむとおもふ。もしめいうんあやまちありてまつたくさせんのつみのがるべからずは、だいしゆかはりてそのとがをかうぶり、でんかいわじやうのげんぞくのがうをけづらむとおもふ。かのゑしやうてんしのぶつぽふをほろぼすに、ちよくめいをもちくだして、じかくだいしのきてうをいうめんす。いはむや、だいじやうほふわうのゑんしゆうにかへしたまふをや。なんぞざいくわをなだめ、あらためてざすのはいるをとどめざる。
そもそもめいうんのざいくわ、しゆといまだこれをしらず、ひそかにくだすところのほつけのといじやうをみるに、いささかしさいをひちんせむとほつす。
まづくわいしうをついきやくせしことは、ぢゆうさんしゆがくしやのくびをきり、はかいむざんのうつはとなし、ひとへにをんしんをふくみ、はちじふにんのしゆとをしるしてしちやうにつけいましめしがゆゑに、でんかいのわじやうにたへず、かねてだいしのきしやうにそむく。よつてさんぜんのしゆとどうしんにざすしよくをちやうはいせり。かおうぐわんねんのそしようは、さらにざすのけつこうにあらず。これへいやのしやうみんらはねんぐのおんあぶらをそなへず、まさにしよだうのじやうとうたえなむとす。しかればさんたふのだいしゆ、いつたんてんちやうをおどろかしたてまつりしなり。たとひめいうんのしよゐたりといへども、てんまのたいしやいぜんのしよはんなり。いはつかく・みはつかく・いけつしやう・みけつしやう、みなことごとくゆるしのぞかれをはんぬ。にじにつきなんぞこんにちのつみとなさむや。はくさんのそしようにいたりては、まつたくざすのけつこうにあらず。さんだいのあひだのらうぜき、またしゆとのほんいにあらず。しぜんのふしやう、りんじのわうざいなり。かつうはけいしんのえいりよにより、かつうはきほふのごぐわんにまかせて、しゆとのこんしやうにしたがひ、はいるのいちじをとどめられむとほつす。
およそわがやまのほうこうちゆうせつはむかしにこえたり。ひよしのしやだんにりんかうするあひだは、しゆんにわたりひをつぎ、くだんのへいじをほくめんのしんとかうし、てんだいのかいだんにのぼりいでますみぎりは、ふかきにつけあさきによせて、かのしゆくげんをなんざんのひびきとかうす。しかればまのあたりにえいりよのりんしをかうぶり、いよいよきんらうのびこうをはげまさむ。なんぞいちよくのこころをおこし、むほんのくはだてをなさむや。ただにでんかいけちみやくのだんぜつをかなしみ、かねてけんみつかうとくのめつばうをいたむのみなり。つらつらことのこころをおもふに、ぜんぢやうせんゐんおんとんせいのときはをんじやうじのまへのだいそうじやうをもつてかいしとなし、ごとうだんのひにはさきのえんりやくじのざすをわじやうとなせり。かたじけなくもみゐのながれをくみ、しめいのかぜをあふぎたまふ。かならずちしやうのゆいかいにまかせて、じかくのばつえふすつることなかれ。かつうはいつてうのこくしはいるのれいをなくし、かつうはさんぜんのしゆとわうせいのおんをまぬがれんこと。はやくだいしゆのこんばうにまかせてるざいのいましめをあらためられば、わがやまのぶつぽふかさねてはんじやうし、ひよしのれいしやふたたびひかりをそへむ。このおもむきをもつてそうたつせらるべきじやう、くだんのごとし。
あんげんさんねんごぐわつにじふくにちとかきたり。
P1340
ほふわういよいよげきりんをふかくしたまふうへ、さいくわうほふしないないまうしけるは、「さんもんのしゆと、むかしよりみだりにそしようをいたすといへども、これほどのらうぜきいまだうけたまはりおよばず。もしくわんたいのおんさたあらんにおいては、よにあるまじくさうらふ。よくよくおんいましめあるべき」よしまうしけり。わがみのただいまにほろびんずることをもかへりみず、さんわうのしんりよにもはばからず、ざんそうをくはだて、いとどしんきんをなやましたてまつる。「ざんしんはくにをみだり、とふはいへをやぶる。そうらんしげからむとほつすれども、あきかぜこれをやぶる。わうじやあきらかならむとほつすれども、ざんしんこれをかくす」ともいへり。このげんまことなるかな。
ざすはめうくわうばうにおはしましけるが、だいしゆふたごころありときこしめされければ、「こはなにとなるべき」とこころぼそくおぼされけり。
P1345
九 ゆきつなちゆうげんのこと
かかるほどに、ただのくらんどゆきつな、ちぎりふかくたのまれながら、このことよしなしとおもひかへして、ゆぶくろのれうにたまはつたりししろぬのさんじつたん、げにんにもたせ、にじふくにちのよる、だいじやうにふだうのもとにゆきて、「まうすべきだいじのむねさうらふ。ひとづてにまうすべきことにあらず。げんざんにいつてまうすべし」といひければ、にふだうちゆうもんのらふにいでむかはれけり。ゆきつな、くだんのぬのをとりいだしてけんざんにいれ、ちかくゐよつてささやきけるは、「へいけのごいちもんをうたんがために、このひごろなりちかのきやうをはじめとして、しゆんくわんほふし・へいはうぐわんやすよりならびにほくめんのげらうどもよりきして、むほんをおこすべきよし、そのしたくあり」とかたりまうしければ、にふだうこれをきき、おほきにおどろきていひけるやうは、「このみ、きみのおんためにいのちをすてててうてきをうちしことにかどなり。ほうげんのためよし・へいぢのよしともこれなり。たとひざんげんありとも、きみいかでかにふだうをすてたまはんや。いまおもひあはするに、せんじつさんもんのだいしゆをもつてにふだうをうせらるべきよしきこえしは、まことなりけり」と、いよいよやすからずおもはれけり。ゆきつな、かくのごとくいひいれてかへりにけり。
P1347
にふだうおほきにはらだち、めをいからし、おくばをかんで、ちくごのかみさだよしをめして、「むほんのともがらありとききたるぞ。いそぎいちもんのひとびとにふれまはり、ぐんびやうどもをめしあつむべし」といひければ、ないだいじんしげもりよりはじめて、いちもんのしよじゆうらにいたるまで、のこるところなくこれをふれまはる。うだいしやうむねもり・さんみのちゆうじやうとももり・さまのかみしげひらいげのひとびと、かつちうをき、きゆうせんをたいしてはせきたる。そのほかのぐんびやうどもうんかのごとし。いちじのほどにごせんぎばかりぞあつまりける。
P1351
十 しやうこくむほんをそうすること ならびにしんだいなごんめしとらるること
おなじきろくぐわつついたちのよるみめいに、きよもりにふだう、けんびゐしあべのすけなりをめしよせていひけるは、「なんぢ、ゐんのごしよにまゐりむかつて、のぶなりについてそうもんすべし。ごきんじゆのひとびと、ほしいままにてうおんにほこり、よをみだるべきしたくのよし、そのきこえさうらふ。おんたづねあらんに、そのかくれあるべからずさうらふ」と。すけなりこれをうけたまはり、いそぎゐんのごしよにまゐりむかひ、のぶなりをしてこのよしをそうもんせしむ。のぶなりこれをききをはりて、いろをへんじきもをうしなひ、「こはあさましきしだいかな。なにとなるべきよのなかぞや」とおもひながら、をののくをののくごぜんにまゐり、そうもんせしむ。
ほふわうきこしめしておほせありけるは、「ちんあへてこころえず。こはさればなんといふことぞ」とばかりおほせくだされけり。すけなりいまだかへらざるまへに、にふだうかねてこのことをおしはかり、「いかさま、ふんみやうのおんへんじはあるべからず。ゐんもさだめてしろしめされたるらん」とおもふより、いとどやすからずあらだちけり。
やがてしんだいなごんなりちかのもとに、「いささかまうしあはすべきことのさうらふ。いそぎたちよりたまふべし」とししやをつかはされけるあひだ、なりちかのきやうこれをきき、おしはかりていはれけるは、「このししやは、かねてさんもんのことをぞんぢして、ごしよにそうもんせられんとや。このことは、ほふわうおんいきどほりふかくおぼしめされければ」と、わがみのうへとはしらず、いそぎせんぐいちにん、さぶらひさんにんめしぐして、にふだうのしゆくしよにしはつでうへゆきむかはれけり。さるほどに、にしはつでうにちかづき、しはうをみわたせば、ごちやうばかりのあひだにぐんびやうおほくじゆうまんしてうんかのごとし。これをみてなりちかのきやう、「われらがしたくもれきこえぬるにや」とおもふより、むねうちさわぎ、たましひもうせぬ。もんのうちにたちいり、はるかににはをみければ、ひやうぢやうをたいしたるものども、ところもなくみえけり。ちゆうもんのさうのわきよりきじんのごとくなるつはものどもごろくにんばかりたちいでて、なりちかのきやうのてをひきはり、ちゆうもんのうちへとりいれぬ。なりちかのきやうゆめうつつともわきまへず、しやうねんをうしなひ、とうざいもしらず。ひやうぢやうをたいしたるぶしじふよにん、ぜんごさうにうちかこみ、なりちかのきやうをいたじきのうへにひきあげ、ひとまなるところにおしこめて、そとよりきびしくこれをとづ。しかるあひだ、なりちかきやうのとものもの、しよだいぶ・さぶらひどもにいたるまでたてへだてられ、ぜんぐ・ざふしき・うしかひら、さんざんにみなにげうせぬ。だいなごんはこのほどのあつさたへがたきに、ひとまなるところにおしこめられ、あせもなみだもあらそひてぞながれける。
しかるあひだ、「あはれ、このことゆめならばいそぎさめよ」とせんをなしてまたれけり。「そもそも、われらがひごろのしたくをいかなるもののもらしつらん。ほくめんのものどものなかにやあるらん」とおもひながら、「あはれ、しげもりのきやうのおはしませかし。さりともおもひはなちたまはじ」とおもはれけれども、かたりつたふべきひとも〔なければ〕、なみだといひあせといひ、そでもたもともくちぬべし。
P1359
十一 さいくわうほふし、めしとらるること
にふだうのいきどほりふかくして、さいくわうほふしをめしとり、しさいをたづねとへども、さんざんにわるくちをはき、はくじやうせず。「あやつばらほどのものを、ゐんのきんじゆにめしつかはれ、くわぶんのくわんしよくをたまふあひだ、てうおんにほこるあまりに、かかるむほんにもくみしたり」といはれければ、さいくわうすこしもはばかるところなくまうしけるは、「わにふだうこそくわぶんのものとはみゆれ。せんぞよりちちただもりにいたるまで、あへてしようでんをもゆるされざりしに、だいじやうだいじんになりあがるはきたいみぞうのしだいなり。しかるにさぶらひほどのものの、じゆりやう・けんびゐしになるは、ゆめゆめくわぶんにあらず」と、したをうごかしくちをひらき、さやうのことをいはれはうげんしければ、にふだういよいよはらだち、つよくきうもんせしめけり。ことばにもにず、ありのままにはくじやうす。はくじやうはかみさんまいにかきつけけり。
P1361
にふだうみづからとりてかいちゆうし、なりちかきやうのゐたまふところにゆきむかはれけり。あしのおとのたかくきたるを「たれひとにか」とあやしみて、なりちかきやうききゐたまふほどに、あららかにしやうじをあけたるひとをみればきよもりにふだうなり。にふだうたちよりながら、めをいからし、はをはくわへ、かほをあからめ、こゑをあらげていはれけるは、「すでにへいぢのかつせんのとき、のぶより・よしともにかたらはれててうてきとなり、ちゆうせらるべかりしに、こまつのだいふがまうしじやうによつてくびをつぎしじんにあらずや。いつしかのほどにはうおんをわすれ、むほんをくはだて、このいちもんをほろぼさんとぎせらるるこそおほけなけれ。むかしもいまもこころあるをもつてじんとなし、おんをしらざるをひにんとなづく。なんぢ、だいふがはうおんをかうぶりながら、かへつてあたをなす。これすなはちにんげんのともがらにあらず。ひとへにいぬ・やかんのごとし」と、あつこうをはかれけるあひだ、なりちかきやうのしんちゆうきえいるがごとし。たへがたけれどもざせきをゐなほり、そでをかきあはせて、「このことをきこしめさるるあひだ、おんいきどほりさうらふでう、もつともおんことわりなり。ただしなりちかがみにおいては、このこと、あとかたもなきむじつにさうらふ。これすなはち、なりちかをうしなはんとするひとのざんげんとおぼえさうらふ」といはれたりければ、にふだうあざわらひながら、ふところよりさいくわうがはくじやうをひきいだし、「こはいかに」と、だいなごんのほほになげかけたり。なりちか、しぶしぶこれをひけんするに、ひごろわがみをたいしやうぐんとしてしたくせしめしこと、ひとこともおとさずはくじやうにあり。なりちか、はくじやうをおしまき、さきにさしおき、うちうつぶいてゐたまひけり。
にふだういよいよはらだち、もりくに・さだよし・つねとほ・やすかげらをめしけり。おにのわうのごときさぶらひども、しはうよりいできたる。にふだういひけるは、「そのをとこ、えんのうへよりひきおとし、さけびなかせよ」とのたまへば、さぶらひどもこれをうけたまはり、なりちかきやうのてあしをとつてつぼのうちにひきおろす。もりくにこころえたるをとこにて、てをもつてなりちかきやうのくびにうちかけ、ひざをむねにおしあて、こごゑにささやきけるは、「にふだうどののききたまふやうに、さけびなきたまへ」とまうしければ、なりちかきやうこころえて、いんいんとかうしやうににどをめきけるを、にふだうききてこころすこしゆきてぞみえられける。
P1367
十二 しげもりきやう、ちちしやうこくをいさめらるること
ややひさしくして、こまつのだいふしげもり、えぼし・すそつきにて、しそくのせうしやう、くるまのしりにのせて、ゑふしごにん・ずいじんにさんにんばかりあひぐして、みなほういに、たうぢやうをたいしたるものもなく、のどのどとにしはつでうどのにまゐられけり。にふだうどのをはじめとして、じやうげのしよにん、このありさまをみたてまつりて、「これほどのだいじのいできたるに、いかにかくのどのどと、もののぐしたるものをめしぐせられずして、おんちさんさうらふぞ」とまうしければ、ないだいじんこれをききたまひて、「なにごとかはあるべき」と、こともなきやうにいはれければ、めんめんにいさめまうしけるさぶらひども、しらけかへつておともせず。
しげもりしはうをにらみまはして、なみゐたるぶしどもをみられければ、むねもりのきやうは、かうけちのよろひびたたれにえぼしをおしたて、こぐそくばかりにやおひて、みぢかきらうどうじふよにんぜんごにさうらひて、わたどのにゐられけり。とももりのきやうは、あかぢのにしきのよろひびたたれに、らうどうどもしちはちにんばかりもののぐしてさうらひけり。かやうにものさわがしきていにて、そそろきはやりたり。だいふ、いたはしさにめもあてられずおもはれけるうへ、ちちにふだうどの、そけんのうすすみぞめのころものうへにもえぎいとのはらまききて、ことさらあかくすかしたるおほくちに、ひじりづかのかたなをさし、ひさうのてほこをつきて、なにごとやらん、かうしやうにげぢしてたたれたり。
しげもりこのありさまをみたてまつり、よにもあさましくおもはれければ、ことばすくなに、なりちかのきやうのゐたまふところにゆきたまふ。
P1370
なりちか、だいふをみつけたてまつりて、ごふりきかぎりありてあびだいじやうにだざいして、うかぶよなきざいごふじんぢゆうのざいにんの、てうじやくくなうひまなきが、ろくだうのうけ・ばつくよらくのしゆう、ぢざうさつたをみつけたてまつりたらんも、このうれしさにはすぎじと、てをあはせてよろこびながら、のたまひけるは、「このことまつたくなりちかしりぞんぜずさうらふ。かつうはしろしめされたるごとく、このみはぶげいのみちをしらねば、かつせんをこのむべきにあらずさうらふ。またなりちか、もとよりにふだうどのをはじめたてまつり、きんだちごいちもんにいたるまで、ゆめゆめおろかにおもひたてまつらず」といひながら、はらはらとなきたまふ。
これをみて、ないだいじん、いはきならねば、よにもむざんにおもはれ、そでをかほにおしあてて、たがひにものものたまはず。ややひさしくして、ないだいじん「このこと、ただひとのざんげんにてぞさうらはんずらん。おんいのちばかりにおいてはいかにもまうしたすけたてまつらばやとぞんじさうらへども、それもいかがあるべくさうらはんずらん」といひければ、だいなごんいよいよこころぼそくおもはれ、またなくなくまうされけるは、「へいぢのげきらんのとき、なりちかうしなはるべくさうらひしを、しかしながらごおんによつていのちをたすけられたてまつり、くらいしやうにゐにのぼり、くわんだいなごんににんじ、としすでにしじふよにおよびぬ。しやうじやうせぜにいかでかごおんをわするべき。しかるべくはこんどもいのちをたすけられたてまつり、せんなきかみをそりのぞき、かうや・こかはにこもりゐて、ただひとすぢにごせのはげみをなすべくさうらふ」となくなくいひけり。ないだいじんいひけるは、「しげもりかくてさうらへば、たのもしくおぼしめさるべくさうらへ。おんいのちにかはりたてまつるべし」とてたたれたり。
だいなごんはとものものどもいちにんもなければ、たれにかものをいひあはすべきと、もだへこがれたまふもあはれなり。わがみのかくなるにつけても、「せうしやうもめしやとられぬらん」とおぼつかなく、「おなじくはただいつしよにて、とにもかくにもならで、ところどころにうしなはれんことのかなしさよ。」またのたまひけるは、「けされいならず、をさなきもののかどおくりしてちゆうもんにたちいで、いとままうしをいひてとどめさうらひしこと、わかれのかぎりなりけんや。きたのかた・にようばうどももみすのきはになみいでて、ありさまをみえたりけり」と、かれといひこれといひおもひつづくるにやるかたもなし。ないだいじんのおはしつるほどは、いささかなぐさむこころもありつるに、たちかへりたまひしのちは、なほせけんもものおそろしく、あらきあしおとをきくにつけても、われをうしなひにきつるかと、たびごとにきもをけされけり。
P1372
しげもり、だいなごんのことをまうされんために、ちちのごぜんにまゐりたまふ。にふだうこれをしらずして、こんどはなほあかぢのにしきのひたたれに、いへにつたはるからかはといふよろひきて、しらほしのかぶとにこがらすといふたちはき、れいのこなぎなたつえにつき、「さまれ、やすからぬものかな。ぢゆうおんをわすれ、むほんをおこすなりちかを、よしなくだいふのたすけおきて、たうけのあたとなす。なにとまれ、じやうかいがてにかけてくびをきるべし」とくるはれけるところに、げんだいふはんぐわんすゑさだ、にふだうどののまへにはせまゐつて、「ただいまなほこまつどののまゐられさうらふ」とまうしければ、いそぎしやうじのかげにたちより、みなもののぐをぬぎすて、ながきじゆじゆをかきめぐらせ、そらねんじゆしてゐたまひけり。ごぜんにさうらふひとびともみなしづまりかへつてぞさぶらひける。
P1373
ないだいじん、ちちのごぜんにちかくまゐつて、えもんをただし、うるはしくはかまのそばかきしき、ものけなくまうされけるは、「そもそもだいなごんをうしなはれんことはよくよくおんぱからひあるべくさうらふ。かのだいなごんは、せんぞよりてうかにめしつかはれてとしひさし。たうじもきみのおんいとほしみよにこえたるを、たちまちにくびをきられんこと、いかがあるべくさうらふやらん。ただりをまげてをんごくにながさるべくさうらふ。もしきこしめされしむねひがごとならば、さだめておんこうかいあらんか。『きたののてんじんはときひらのおとどのざんげんによつてさせんせられ、にしのみやのさだいじんはただのまんぢゆうがざんそうにつきてるざいせられにき。これすなはちえんぎのせいしゆ・あんわのみかどのおんひがごとなり』とこそかたりつたへてさうらへ。しやうこかくのごとし、いはんやまつだいにおいてをや。けんわうまたあやまりあり、いはんやぼんぶにおいてをや。
しかれば、かのえんぎのみかどはけんわうのなをえたまふといへども、みつのつみによつてぢごくのなかにおちたまふ。ひとつには、ひさしくくにををさめけんわうのなをほどこさんとしたまひしみやうもんのつみ、ふたつには、ちちくわんぴやうほふわう、くわんだいじんのつみをまうしゆるさんがためにごかうありけれども、かうだいよりみおろしたてまつつて、ほふわうにおんことばをかけたてまつらざりしつみ、みつには、むしつをもつてくわんしようじやうをながされたる、これなり。しかればすなはち、『ぜんしやのくつがへるをみては、かならずこうしやのいましめとなすべし』といへり。すでにめしおかれぬるうへは、いそぎうしなはれずとてもなんのくるしきことかあるべき。こんやくびをきられんことは、ゆめゆめあるべからずさうらふ」とまうされけれども、にふだう、なほこころゆかぬけにて、「かのなりちか、このいちもんをほろぼし、よをみだらんにおいては、にふだういちにんにかぎらず、たれたれもあんをんにてあるべきか。にふだう、きみのおんためにつゆちりもふちゆうをぞんぜず。どどのくんこうたにことなれり。しかるに、なりちかがすすめまうすによつて、にふだうをうしなはるべきよしのごけつこうこそ、いこんもつてさんじがたけれ。おとなしきふるまひはことのよろしからんときなるべし。このことにおいてはだいじんのこうじゆむやくにおぼえさうらふ」とよにもにがにがしげにいへば、だいふかさねてまうされけるは、「しげもり、かのだいなごんのいもうとにあひぐしてさうらふ。これもりくわんじやまただいなごんのむこにてさうらふ。かやうにしたしくなつてさうらふあひだまうすとやおぼしめされさうらふらん。ゆめゆめそのぎにはあらずさうらふ。ただよのため、ひとのため、きみのため、いちもんのためにまうすところなり。」
またいひけるは、「こざかしくおぼしめすべくさうらへども、ほうげんのげきらんのとき、ほんてうにたえておこなはれざりししざいを、せうなごんにふだうまうしおこなひしゆゑに、なかにねんあつてへいぢにこといでてしんぜいいきながらうめられ、しがいほりいだしてくびをきり、おほぢをわたしごくもんのきにかけられき。しんぜいさしたるてうてきにはあらねども、さふのはかをじつけんせしそのむくひにやとおぼえて、おそろしきことなりき。ただしおんみにおいてはえいがのこるところなければ、なにごとをかおぼしめすべき。しかれどもひとはみなししそんぞんまでもはんじやうこそありたくおぼえさうらへ。『せきぜんのいへにはよけいあり。せきあくのもんにはよあうあり』とこそまうしつたへたれ」なんどさまざまにこしらへまうされければ、こんやだいなごんをきらるべきことはおもひとどまりたまひにけり。
P1376
だいふたちいでて、しかるべきさぶらひどもにむかひいひけるは、「おほせなればとてさうなくだいなごんをうしなふべからず。かねてしげもりにしらしむべし。にふだうどのはらのたつままにものさわがしきことあらば、かならずおんこうかいあるべし。おのおのひがごとをひきいだして、しげもりうらむべからず」といひければ、ぶしどもみなしたをふつておそれあへり。
またいひけるは、「なんばのじらう・せのをのたらうらがだいなごんになさけなくあたりたてまつりたりけるは、かへすがへすきくわいなり。いかでかしげもりをはばからざるべき。かたゐなかのものどもはいづれもこころえず」といひければ、つねとほ・やすしげいきたるここちもせず、おそれいつてぞさうらひける。だいふはかやうにいひおいて、こまつどのにかへりたまひにけり。
P1379
十三 ほふわうをながしたてまつらんとほつするあひだ、かさねてちちをいさめたてまつること
そののち、にふだう、つらつらまたこのことをあんじられけるに、「せんずるところ、ほふわうのごけつこうなり。はなちたてたてまつりてはかなふまじ」と、ながしたてまつらんとおもふこころつかれにけり。ぬぎおくところのもののぐとりいだし、こんどはよろひをきず、はらまきばかりなり。ちくぜんのかみさだよし、もくらんぢのひたたれに、ひをどしのよろひきて、うちたたんとするていなり。さるあひだ、いちもんのひとびと・さぶらひども、みなかつちうをよろひ、きゆうせんをたいしていでたち、うまどもにくらおき、もんがいにたてならべ、「ただいまゐんのごしよへまゐり、うらみたてまつるべし」とぞののしりける。
だいふのはんぐわんもりくに、こまつどのにはせまゐつて「にしはつでうどの、ただいま、ゐんのごしよほふぢゆうじどのへよせたてまつらんとて、ごいちもんをはじめたてまつり、さぶらひどもみなよろひ、うつたたれさうらふあひだ、いそぎおんわたりあるべきよし、まうしさうらふ。ほふわうとばどのへのごかうとうけたまはりさうらへども、ないないはさいごくへとこそききさうらひつれ。いかに」とまうしければ、ないだいじん「さしもやは」とおもはれけれども、「にふだうどの、ものぐるはしきひとにて、さることもやあるらん」とて、はつでうどのにまゐられけり。くるまよりおりてちゆうもんをみければ、ないげにうだいしやうむねもり・さんみのちゆうじやうとももり・さまのかみしげひらいげ、いちもんのうんきやくすじふにん、しよだいぶ・さぶらひどもにいたるまで、えんにもつぼにもひしとなみゐたり。はたざをどもひきそばめひきそばめ、うつたたんとするていなり。
P1381
ないだいじんのどのどとさやめいていられけり。にふだう、きやくでんよりはるかにこれをみつけ、「れいのだいふがよをへうするとは」とおもひけれども、こながらもまたけんじんなれば、あのすがたにはこのありさまにてみえんも、さすがにおもはゆくやおもはれけん、はらまきぬぐべきひまもなかりければ、もののぐのうへにころもをとつてうちき、しきりにころものむねをひきちがへひきちがへせられけれども、はらまきのむないたのかなもの、すきとほりて、きらきらとみえけり。
にふだういひけるは、「そもそもこのむほんのしだいをたづねうけたまはりさうらふに、みなもとはほふわうのごえいりよよりおぼしめしたつところなり。おほかたはきんじゆのものどもが、をりにふれときにしたがひ、さまざまのことどもをすすめまうすあひだ、ごけいぎやうのきみにて、いちぢやうてんかのわずらひ、たうけのだいじ、いださせたまひぬとおぼえさうらふ。ほふわうをむかへとりたてまつり、かたほとりのほどにおしこめたてまつらんとぞんずることを、まうしあはせんがために、よびたてまつるなり」といへば、だいふ、「かしこまつてうけたまはりさうらふ」とばかりにて、すそつきのそでをかほにおしあて、とかうのへんじもなし。
P1383
にふだうあさましながら、「いかにいかに」とのたまへば、ややひさしくして、だいふなみだをおさへてまうされけるは、「こはなんといふおんことにてさうらふぞや。ただいまこのおほせをうけたまはりさうらふに、ごうんすゑにのぞめりとおぼえさうらふ。たとひひとのざんげんによつてちよつかんをかうぶりたまふとも、いくたびもあやまたぬよしをちんじまうさせたまへ。たとひまたしざいにおこなはるるとも、いかでかそむきおはしますべき。ほうげんよりこのかたにじふよねんのあひだ、くわんゐといひ、あくまでにてうおんをかうぶりたまふ。むかしもいまもためしすくなきことどもなり。しげもりがやうなるむさいぐあんのみにいたるまで、さんこうのかずにくははり、けいしやうのくらいをぬすむ。しやうじやうぜぜにいかでかほうじたてまつるべき。それわがきみにつぽんあきつしまはへんぴそくさんのさかいとはまうしながら、しんこくにしてみちただし。いかでかひれいをいたすべけんや。しかればだいじやうだいじんのくわんにのぼり、なんぞへいぢやうをたいせらるべき。おんみはしかもごしゆつけなり。なんぞげだつどうさうのほふえをぬぎすてて、しゆらとうせんのかつちゆうをよろひ、じやけんはういつのきゆうせんをよこだへおはしまさん。うちにははかいむざんのつみをまねき、そとにはじんぎれいちしんのほふにももれぬらん。いかでかしんめいぶつだのかごあらんや。ぶつしんのめぐみなくは、すなはちかなふべからずとぞんぢおはしませ。むほんのともがらすでにめしおかれさうらひぬるうへは、なにごとかさうらふべき。えいぐわといひくわんしよくといひ、みにあまることせんれいなし。ゐんのおぼしめすところ、しさいことわりなきにあらず。さらんにとつては、きみにはいよいよほうこうのちゆうせつをぞんじ、たみにはことさらぶいくのじひをほどこし、せんぴをくひ、のちのぜをねがひ、さいだんわたくしなくおはしまさば、しんめいぶつだのかごをえて、くんしんじやうげのあいれいあるべし。もししからば、ぎやくしんたちまちにめつばうし、きやうとすなはちかたがたへたいさんせん。
おそれあるまうしごとにてはさうらへども、しばらくしんぢくわんぎやうをひらきみるに、よにしおんといふことあり。いちにはてんちのおん、ににはこくわうのおん、さんにはぶものおん、しにはしゆじやうのおん〈 あるいはだんせのおん 〉なり。そのなかにこくわうのおんこれおもし。これをしるものをじんりんとなし、これをしらざるものをきちくとなす。なかんづく、しんこくにおいてはことさらひれいをおこなふべからず。はちまんだいぼさつのしんりよにもそむき、てんせうだいじんのみやうりよをもかうぶるべからずさうらふ。しやうとくたいしのじふしちかでうのけんぼふにも、『ひとみなこころあり。このこころしゆあり。われをぜすればかれをひす。かれをぜすればわれをひす。しかればすなはちけんぐはたまきのはしなきがごとし』と。よくおもんばかりあるべし。しんこくにすみながらぶたうをおこなふべからずさうらふ。およそさうてんのした、そつとのうへ、たれかこくわうのおんなかるべき。しかれば、こくわうのおんにおいては、このいちもんことにきはまれり。げにくわんゐしよりやうしよにんにちやうゑつす。そのぢゆうおんをわすれたてまつり、ごゐんざんあらんにおいては、じつげつせいしゆく・けんらうぢしんまでもおんゆるされやあるべき。『てうてきとなるものは、ちかくはひやくにち、とほくはさんねんをすぎず』とこそまうしはべれ。しかればすなはち、しげもりにおいてはごゐんざんのおんともまつたくつかまつらずさうらふ。
それきみとしんとをくらぶるに、ちゆうはきみにあるべし。だうりとひきよとをおもふに、いかでかだうりにつかざらんや。かのぜんかんのせうかはくんかうあるによつて、くわんたいしやうこくにいたり、けんをたいしくつをはきながらてんじやうにのぼることをゆるされたり。しかれどもえいりよにそむくことありしかば、かうそいかりてていいにおもむけてきんぜられたり。ろんごとまうすふみのなかには、『くににみちなければふきははぢなり』といふほんもんさうらふ。いたましきかな、すすんできみのためにちゆうをいたさんとほつすれば、ふかうのざいごふみにあるべし。かなしきかな、しりぞいてちちのためにかうをおこなはんとほつすれば、ふちゆうのぎやくしんわれにありぬべし。しんたいここにきはまれり。ぜひわきまへがたし。
これをもつてむかしをおもふに、ほうげんのげきらんに、ろくでうのはんぐわんためよし、てうてきたるによつてしそくよしともこれをうけたまはつて、すざくおほぢにおいてくびをちゆうしたりしをこそひとのうへとおもひしに、ただいましげもりがみのうへになりさうらふことこそくちをしくおぼえさうらへ。かどかどをさしかためふせぎたてまつりさうらはば、もつてのほかのおんだいじにあらずや。このでうきつくわいにおぼしめされさうらはば、たれにてもさうらへ、さぶらひいちにんにおほせつけて、おつぼのうちにひきおろし、ただいましげもりがくびをめさるべし。すこしもいたくぞんぜずさうらふ。おんふるまひをみたてまつるに、ごうんはすでにつきぬとおぼえさうらふ。『ねかれなばすなはちしえふまたからず。みなもとつくればすなはちりゆうはつく』といふほんもんあり。ごうんいのちつきはててのち、われらがしそんあひつづくべからず。これをききたまふや、とのばら」とて、はらはらとなきたまへば、ひとびとみなおのおのよろひのそでをぞぬらされける。じつにだうりしごくにきこえけり。
にふだうけうざめしてともかくもものもいはず。だいふはかやうにいひおきて、いそぎこまつどのにぞかへりける。
P1392
十四 しげもり、ひやうしやをめさるること ならびにほうじのきさきのひゆ
ししやをもつてふれられけるは、「しげもりをもしげもりとおもはんものは、ときをかへずわがかたにまゐるべし。てんがにだいじをききいだしたり」といひければ、「をぼろけにてはさわぎたまはぬひとのかくのたまふは」とて、われもわれもとまゐりけり。ほどなくいちまんよきになりにけり。
さるあひだ、にしはつでうにはたださだよしいちにんさうらひけり。にふだう、さだよしをめして、「ただいまたれかある」ととはれければ、「たれもさうらはず」とまうす。「こはふしぎのことかな。さるにてもつはものはなきか。うだいしやうはいかに。さんみのちゆうじやうはいかに」といへば、「きんだちもさぶらひどももみなこまつどのへ」とまうせば、にふだうなほふしんげにて、おほゆかにたち、うそうちふきながらえんぎやうだうし、これにひとあるか、かしこにひとあるかと、ここのめんだうかしこのめんだうをさしのぞきさしのぞきみまはしけれども、つはものいちにんもなし。にふだう「だいふとなかたがひてはかなはぬことかな」と、おほきにさわがれけり。
またのたまひけるは、「このていのひまにや、だいなごんのよたうよせきたらばいかがすべき」といひければ、さだよしまうしけるは、「しかることさうらはば、よきやうにおんぱからひあるべくさうらふ。おんこもおんこによりさうらふ。こまつどのにおんなかたがひおはしましてはあしくおぼえさうらふ」とまうしければ、「さぞとよ。たれもさぞおもふ。しかればさだよし、だいふのもとにまかりむかつていふべきやうは、『まことにはいかでかきみをながしたてまつるべき。いつたんのうらみをこそまうしさうらへ。しかれどもかやうにいさめられしうへは、いかでかそのぎあるべけんや。じこんいごは、ともかうも、だいふがはからひをそむくべからず。ぜんあくこれにおはしませば、よくよくまうしあはすべきことはべり』」といひつかはされ、はらまきをぬぎすて、そけんのころもにけさをうちかけ、ぢぶつだうにさしいつて、こころにもおこらぬねんじゆしてぞゐたりける。
さだよし、こまつどのにまゐつてこのよしをまうしければ、しげもりまたなみだをはらはらとながしていひけるは、「われたまたまにんがいにしやうをうけながら、かかるあくにんのことなりて、しかしながらざいごふをつくるかなしさよ。こはおやにあひてこそたいばうすとまうすべきに、われはこながらおやにたいばうせられんこと、これにすぎたるぎやくざいいかでかあらんや」とて、なみだもかきあへずなきたまへば、いちもんのひとびとならびにさぶらひども、みななみだをながさずといふことなし。
「しげもり、このおほせをうけたまはり、おんぺんじかしこまつてうけたまはりさうらひをはんぬ。さやうにゐんざんをおぼしめしとどまりさうらふうへは、いかでかおほせにそむきたてまつりさうらふべき。またなにごともみやうにち、のどやかにさんじやうせしめまうしうけたまはるべくさうらふ」とまうしたまひけり。にふだうこのことどもにおどろき、だいなごんのくびをきるべきこともうちおかれて、ほふわうをながしたてまつるべきこともおもひとどまられたまひぬ。
P1396
かやうににふだうのしづまりたまひければ、ないだいじん、ぶしどもにむかひいひけるは、「しげもりてんがにだいじをききいだしつるによつて、めすところなり。おのおのいそぎまゐりたるこそしんべうなれ。しかれどもきこしめしなほしたれば、まかりかへるべし。ただしきやうこうもしげもりかやうにめさんには、まゐらぬこともやある。
いこくにさるためしあるぞとよ。むかし、しうのいうわう、ほうじをちようあいしたまふ。ほうじとはきさきなり。かのきさきのゆらいをたづぬるに、ならびのくににほうじこくといふくにあり。いうわうかのくにをうちとらんとほつしてこれをせめけるに、すでにさんぶんがいちはうちとられにけり。ここに、ほうじくににはかりことをめぐらされけるほどにちとせにへたるきつねをとらへて、うげんのそうじふにんをもつて、ひやくにちのあひだ、これをおこなはしむるに、かほかたちのいつくしきをんなとおこなひなしぬ。ていわうかのをんなにむかつていひけるは、『われ、いうわうのもとへつかはさば、なんぢいうわうのこころをたぶらかし、われにをしへてうたせよ。そののちはかならずはなつべし』といへば、けぢよこれをしようだくしけり。かのくにのみかど、けぢよにししやをそへて、いうわうのかたにまうされけるは、『きみせむるにわがくにたへがたし。しかるあひだ、わがくにだいいちのびぢよをたてまつらん。きやうごはせむることをとどめたまへ』とまうされたり。いうわう、くだんのけぢよをみて、こころすなはちとろけて、よろこびをなしてこれをうけとり、せむることをやむべきよし、りやうじやうしけり。すでにいちきさきをちやうしながら、ほうじこくよりいだされたるによつて、そのなをすなはちほうじとなづく。きさきかずありといへども、よそにこころをうつすこともなく、ひとへにほうじをしようあいす。
P1397
 ただしこのきさきすべてものいはず、わらふことなし。いうわうこれをなげくほどに、そのくにのならひとして、ほうくわのたいこといふことあり。てんがにこといできたれば、すなはちたいこのなかにひをもやしてこれをとばすあひだ、しよはうのぶし、ことごとくくんじゆしててうてきをたひらげ、てんがをしづむ。あるとき、みやこにことあるによつて、ほうくわのたいこをとばしたり。くだんのきさき、ゑみをふくんで、『あなおもしろや、たいこのそらにとぶことよ』といひけり。このきさき、ひとたびゑめばもものこびあり。ゆゑにいうわうこれをよろこび、けんぶつさせたてまつらんがために、なにごともなきにつねにこれをとばす。ぶしどもきたれどもあたなし。あたなければすなはちかへりぬ。これによつてそののちはまゐりあつまらず。しかれどもなにごともなきにつねにこのことをいたされけるあひだ、きさき、みかどのこころをとりはたし、ほうじこくわうにことのよしをまうす。わうおほきによろこび、すまんぎのくわんぺいにおほせて、いうわうをせめさす。ときにいうわう、ほうくわのたいこをあぐれども、れいのきさきのほうくわぞとこころえ、へいいちにんもまゐらざりけるあひだ、いうわうつひにほろぼされにけり。そのとき、くだんのきさきはをみつのきつねとなつて、いなづまのごとくにうせぬ。それよりびぢよをけいせいとなづけたり。ただしろをかたむくるのみにあらず、ひとをころしよをみだすなかだちとなる。つつしまざるべからず、といへり。
いこくにかかるためしあり。そのやうにこんどおのおのをめしつるに、ことなかりけり。のちにめすことあらば、まゐらぬこともやある。いくたびなりともめしにしたがふべし」と、かへすがへすこれをおほせふくめてかへされけり。
P1398
ないだいじん、まことにはちちにむかひいくさせんとにはあらず、むほんのこころをなだめんがためなり。「きみきみたらずといへども、しんもつてしんたらざるべからず。ちちちちたらずといへども、こもつてこたらざるべからず」といへり。しげもりこのむねをぞんちして、ぶんせんこうのいひけるにたがはず。おほやけのためにはちゆうあり、ちちのためにはかうあり。かたがたゆゆしかりけるひとかな。
 ほふわう、このことをもんじきして、「まるひとへにしげもりがおんをえたり」とおほせありけり。「くににいさむるしんあらば、すなはちそのくにかならずやすし。いへにいさむるこあらば、すなはちそのいへかならずなほし」といへり。このことまことなるかな。
P1401
十五 なりちかきやうのらうどう、しゆくしよへかへること ならびにせうしやうとらはるること
さるほどに、だいなごんのらうどうども、だいなごんのしゆくしよにはしりかえつていひけるは、「とのはにしはつでうどのにめしこめられおはしましさうらひぬ。このくれうしなひたてまつるべきよしうけたまはりさうらふ」とまうしければ、きたのかたきこしめしもあへず、うちふして、こゑもをしまずをめきさけびたまふことなのめならず。
またおんとものものどもまうしけるは、「せうしやうどのをはじめたてまつり、をさなききんだちにいたるまで、みなめしとられおはしますべきよし、うけたまはりさうらふ」とまうしもはてず、なきければ、きたのかた「これほどのことになりては、のこりとどまるとも、あんをんにても、たのむひともなく、なんのかひかはあるべき。このとの、けさをかぎりとのなごりにや、いつしかよりもなつかしげにて、いそぎいでもやらず、われとをさなきものども・にようばうたちをみたまひしは、これをさいごとやおもはれけん。わがひとよくよくみたてまつり、みえたてまつるべきなりけり」と、うちふしてなきたまへば、よそのたもともしぼるばかりなり。
「すでにぶしどもきなん」とひとまうしければ、かくてはぢがましきことをみえんもさすがなれば、いづちへもたちしのばんと、あとさきともなきひとびと、ひとつくるまにとりのせ、そことさしさだめども、やりいだしたまふぞあはれなる。にようばうたち・さぶらひども、かちはだしすあしにて、はぢをもしらずまよひいでにけり。
みぐるしきものどもをとりととのふるにもおよばず、もんはおしたつるひともなし。うまどもはうまやにたちならびたれども、くさかふものもなし。あしかきをしてとねりをしたへども、とねりひとりもなければ、くちをむなしくしていななく。ひごろはよあくればばしやもんにたちならび、ひんきやくざにれつす。まひおどりあそびたはむれ、よをよともおもはず。ちかきあたりのひとはものをだにもたかくいはず。もんぜんをすぐるものもおぢおそれてこそきのふまではありつるに、よるのあひだにかはるありさま、あさましといふもおろかなり。
P1405
このだいなごんはあまりにいちはやく、いささかのたはむれごとにもいひすごすこともありけり。ごしらかはゐんのきんじゆしやに、ばうもんのちゆうなごんちかのぶとまうすひとあり。かのちちうきやうだいぶのぶすけあつそん、むさしのかみたりしとき、かのくににくだられたりしに、まうけられたるこなり。げんぶくじよしやくののち、ばんどうたいふとぞまうしたりける。ゐんちゆうにさうらひければ、ひやうゑのすけになり、ばんどうひやうゑのすけとなのりけり。しんだいなごんなりちかのきやう、はふわうのごぜんにまゐりあひ、ちかのぶにとひけるさまは、「ばんどうにはなにごとどもかあるやらん。」ちかのぶとりもあへず、「なはめのいろかくこそおほくさうらへ」といひければ、だいなごんのけしきすこしかはつてものもいはざりけり。あんぜちのだいなごんにふだうすけかたもそのところにさうらはれけり。のちにすけかたいひけるは、「ひやうゑのすけはゆゆしくへんたうしたりつるものかな。なりちかことのほかにこそにがりてみえつれ」とまうされたりけるとかや。これすなはち、へいぢのげきらんのとき、なりちかきやうのことにあはれしことなり。
P1407
このだいなごんのちやくし、たんばのせうしやうなりつね、ことしにじふいつさいなり。ゐんのごしよほふぢゆうじどのにうはぶしして、いまだまかりいでられぬほどに、だいなごんのおんともにさうたひつるさぶらひいちにん、ゐんのごしよにまゐつて、「とのはすでににしはつでうどのにめしこめられたまひぬ。こんやうしなはれたまふべきよし、うけたまはりさうらふ。きんだちもみなめしとられおはしますべきむねきこえさうらふ」とまうしければ、ほふわう「こはいかに」とおほせられて、なかなかあはておはします。せうしやう「いかにさいしやうのもとよりつげられざるらん」と、しうとをうらみけるほどに、いそぎさいしやうのもとよりつかひあり。「なにごとやらん、にしはつでうより、『せうしやうをぐしたてまつれ。うけたまはるべき』よしまうされたり。とくとくわたりたまへ」とまうしければ、これはいかなることにや、あさましといふもおろかなり。
P1408
ゐんのごしよにさうらふひやうゑのすけとまうすにようばうを、せうしやうたづねいだされ、「かかることこそさうらふなれ。よべより、せけんものさはがしとうけたまはれば、れいのやまのだいしゆのげらくすべきかと、よそにおもひてさうらへば、みのうえのことにてさうらひけり。ごしよへもまゐりて、いまいちどきみをもみたてまつるべくさうらへども、かかるみとなりてさうらへば、はばかりぞんじてまかりいでぬと、ごひろうあるべし」とまうしながら、なみださらにふせぎあへず。ひごろみなれたてまつりたるごしよぢゆうのにようばうたち、せうしやうのたもとをひかへ、こゑもをしまずなきあへり。せうしやうのいひけるは、「なりつねはつさいのとき、はじめてきみのげんざんにいり、じふにさいよりよるひるごぜんをたちさらずごしよにさうらひて、かたじけなくもきみのおんいとほしみをかうぶり、たのしみにほこりてあかしくらしさうらひつるに、いかなるめをみるべきやらん。まただいなごんもうしなはるべきよしうけたまはりぬ。さだめてわがみもどうざいにこそおこなはれさうらはんずらめ。ただしちちうしなはれんうへは、よのなかなにごとかこころとどまることあらん」といひつづけてなきたまふ。よそのたもともしぼりあへず。
にようばうごぜんにまゐつて、このよしをまうされければ、はふわうおほきにおどろきおぼしめして、「これらがないないしたくせしことどものもれきこえけるよな」と、あさましくおぼしめされけり。「さるにてもこれへ」とのみけしきにてあれば、せうしやうはおそろしけれども、いまいちどきみのおんかんばせをみたてまつらんとおもはれければ、ごぜんにまゐりむかはれたりけれども、なみだにむせびてひとこともまうしいださず。ほふわうもおんなみだをおさへおはしまして、のたまひやりたるおんこともなし。「じやうだいにはかかることやはありし、まつだいこそこころうけれ」とばかりなり。せうしやうはつひにまうしやりたるむねもなく、まかりいでたまひぬ。にようばうたちはるかにおくりたてまつりて、みなそでをぞしぼりける。
せうしやうはしゆうとのしゆくしよろくはらへまかりいりたれば、このことをききたまふより、きたのかたはあきれまよつてものもおぼえぬけしきなり。ちかくさんしたまふべきひとにて、ひごろもなにとなくなやみたまひしが、ことさらこのことをききたまへば、いよいよふししづみたまふもあはれなり。せうしやうはけさよりながるるなみだつきせぬに、きたのかたのおんけしきをみたてまつるにつけても、いとどなげきはふかかりけり。「せめてこのひとのみとみとならんをみて、いかにもならばや」とおもはれけるぞいとほしき。
ここにろくでうとて、としごろせうしやうにつきたてまつたるにようばうありけり。ふしまろび、をめきさけびて、なくなくまうしけるは、「かなしや、わがきみのえなのなかにましまししをあらひきこえたてまつりて、いとほしかなしとおもひそめたてまつりしひよりいまにいたるまで、あけてもくれてもこのおんことよりまたほかにはさらにいとなむことなし。わがみのとしのつもるをばしらず、このきみのとくひととなりたまへかしとおもひしに、ことしはすでににじふいつさいなり。ゐんないへまゐりたまふにも、おそくいでたまへば、おぼつかなくこいしくのみこれをおもひたてまつりつるに、たちはなれたてまつりては、いちにちへんしもいきてあるべしともおぼえず」とまうしながら、なきかなしむことおびたたし。「まことにさこそおもふらめ」とせうしやうおもはれければ、なみだをおさへていひけるは、「さこそおもふところはことわりなり。しかれどもいたうなげくべからず。わがみにおいてはすこしもあやまちなければ、あながちにざいくわにおこなはるべしともおぼえず。そのうへさいしやうさておはしませば、なりつねがいのちばかりはいかでかまうしうけたまはざるべき」と、こまごまとなぐさめたまへども、なみださらにとどまらず。
またせうしやういひけるは、「いまいちどわかぎみをみんとおもふ」とて、よびよせたてまつり、みぐしをかきなでて、「しちさいにならば、げんぶくさせてごしよのげんざんにいればや、とこそおもひしに」といひもはてず、なきたまふ。また「われつみにしづまば、いかなることかあるらん。わかよきけ。ひととなりてあたまかたくは、ほふしになりてなりつねがぼだいをとふべし」といひながら、なきたまへば、きたのかたもうばもふしまろびてさけばれければ、わかぎみよにあさましげにぞおぼしめしゐられける。「はつでうどのよりおんつかひあり」とまうしければ、「いかさまにもはつでうどのへまかりむかつて、ともかくもまうすべし」とて、さいしやうにあひぐせられていでたまひぬ。このよになきひとをとりいだすやうにみおくりてぞなきあへる。ほうげん・へいじよりこのかたは、へいけのひとびとはたのしみさかえはありとも、いまだなげきのこゑをばきかざりつるに、さいしやうばかりこそよしなきむこゆゑに、かかるなげきにあはれけるこそいとほしけれ。
P1414
十六 かどわきどの、なりつねをこひうけらるること
すでににしはつでうちかくやりよせてこれをみれば、しごちやうのほどにぶしじゆうまんしていくせんまんともしらず。せうしやうこれをみるにつけても、だいなごんのなさけなくぶしどもにしえられたまひけんこと、おもひやるこそあはれなれ。くるまをもんぐわいにたてて、さいしやうさんくわうのよし、あんないをまうしいれければ、にふだう「なりつねはいるべからず」といへば、せうしやうをばそのあたりちかきさぶらひのいへにくだしおかれて、さいしやううちにいりてみえたまはねば、いとこころぼそくぞおぼされける。
さいしやうすでにうちにいつて、げんざんにいるべきよしいへば、にふだうあへていであはれず。しかるあひだ、さいしやう、すゑさだをよびいだしてまうされけるは、「よしなきなりつねをむこにとることかへすがへすくやしくぞんじさうらへども、いまさらちからにおよばず。なりつねにあひぐしてさうらふむすめの、いたくなきかなしむこそかぎりなけれ。おんあいのみちはいまにはじめぬことなれども、よにむざんにおぼえさうらふ。しかもちかくさんすべきものにて、このほどなやむとうけたまはりしが、またこのなげきをうちそへなば、、みみとならぬさきに、いのちもたえぬべくおぼえさうらふ。かれをたすけんがために、おそれながらまうしなしてさうらふ。なりつねばかりをばりをまげてまうしあづかりて、のりもりかくてさうらへば、ゆめゆめひがことおこさせまじくさうらふ」となくなくまうされければ、すゑさだ、たちかへつてこのむねをまうす。にふだうよにこころえずおもはれて、いそぎてもおんぺんじなし。さいしやう、ちゆうもんにゐて、いまやいまやとまたれけるほどに、にふだうややひさしくしていひけるは、「なりちかのきやうこのいちもんをほろぼして、こつかをみだらんとするくはだてあり。しかれどもいつかのうんめいいまだつきざるによつて、このこといまろけんす。せうしやうはかのだいなごんのちやくしなり。おんみしたしといへどもまつたくなだめまうすべからず。かのむほんのくはだてとげましかば、それごへんとてもあんをんにてあるべきか。おんみのうえをばいかにかくはおほせらるるぞ。むこのこともこのことも、いかにだいじにおぼしめすとも、いかでかわがみにはまさらん」と、にふだうくつろぐけしきもなくおはします。
すゑさだかへりいでて、このよしをまうしければ、さいしやうおほきにほんいなくおもひて、「かやうにおほせらるるを、またかさねてまうすは、そのおそれふかけれども、しんちゆうにおもふことをのこさんもくちをしきことなり。ほうげん・へいぢりやうどのかつせんにも、みをすてておんいのちにかはりたてまつらんとこそぞんぜしか、じこんいごも、あらきかぜをまづふせがんとこそおもひたてまつりさうらへ。のりもりとしこそおいたりといへども、わかきものどもおほくさうらへば、しぜんのおんだいじもあらんときは、などかいつぱうのおんかためともならざるべき。なりつねをまかりあづからんとまうすをおぼつかなくおぼしめされておんゆるしのなきか。かくふたごころあるものにおもはれたてまつりて、よにありてもいかにせん。よにあればこそのぞみもあれ。のぞみのかなはねばこそうらみもあれ。せんずるところ、みのいとまをたまはつてしゆつけにふだうして、かたやまでらにもこもりゐて、ごせぼだいのつとめをいたすべき」よしいひければ、すゑさだにがにがしきことにおもひて、このさまをいさいににふだうどのにまうしければ、にふだういひけるは、「このさいしやうはものにこころえぬひとかな」とて、へんじもなし。
すゑさだまうしけるは、「さいしやうどのはおもひきられてさうらふおんけしきとおぼえさうらふ。いちぢやうごしゆつけさうらはんずらん。おんぱからひあるべし」とまうしければ、にふだういひけるは、「それほどにおもはるるうへは、ともかくもしさいをまうすべきにおよばず。しかればせうしやうをばしばらくおんしゆくしよにおかるべし」としぶしぶにいへば、すゑさだたちかへつてかくとまうしけるあひだ、さいしやうよろこびていでられけり。
せうしやう「いちにちなりとも、いのちをたすけらるるこそおろかならね」と、またなきたまふもあはれなり。「『ひとのみにぢよしをばもつまじかりけるものを』といひけるは、かやうのことをいひけるにや」とぞ、さいしやうおもひしられける。
せうしやうまた「わがみのすこしのびゆくにつけても、ちちだいなごんどの、いかがおはしますらん。かばかりあつきころに、しやうぞくもくつろげず、ひとまどころにおしこめられて、いかにたへがたくおはしますらんと、おぼつかなくおもひたてまつりさうらふ。いかやうにかきこしめされさうらふ」と、さいしやうにむかつてとひければ、「いさとよ、しらず。おんことばかりをとりまうしさうらふ。だいなごんどののおんことまではおもひもよらず」といへば、せうしやうこれをきいて、「まことにうれしくおもはるれども、だいなごんうしなはれんにおいては、なりつねいのちいきてもいかにせん。ただおなじみちにとおもひさうらふ」といへば、さいしやういひけるは、「だいなごんどののおんことは、ないだいじんたりふしまうされけるとこそうけたまはりさうらへ。しかりともおんいのちうしなはれんほどのことはおはしますまじとおぼえさうらふ」といへば、なりつねてをあはせてよろこびけり。さいしやうこれをみて、「むざんやな、こにあらざらんものは、たれかこれほどにおもふべき。ひとはまたこをばもつべかりけるものを」とぞ、ほどなくおもひかへされける。
P1419
せうしやうのいでられけるのち、きたのかたをはじめたてまつり、ははうえ・うば、ふししづみておきもあがらず、なきかなしむありさま、まくらもとこもくちぬべし。いかなることをかきかんずらんと、きもこころもあられず、おのおのおもはれけるほどに、「さいしやうかへりいりたまふ」といひければ、「せうしやうをうちすてておはしますにこそ。せうしやういまだいのちもうしなはれずは、たのもしきひとにすてられて、いかばかりこころよわくおぼしめすらん」と、おのおのもだへこがれけるに、「せうしやうどのもおんかへりさうらふ」と、ひとさきにはしりてまうせば、ひとびとくるまよせにいでむかつて、「まことかやまことかや」とこゑごゑにまたなきあへり。さいしやう、せうしやうともろともにのりぐしてかへりたまへり。きやうこうはしらず、ししたるひとのかへりたるやうに、よろこびなきになきあひけり。
さいしやうのいひけるは、「にふだうどののいきどほり、こともなのめならずふかく、たいめんもせられず、ゆゆしくあしきやうなりけれども、すゑさだをよびいだして、のりもりとんせいのよしをまうしつるほどに、しぶしぶ『しからばしばらくのりもりにあづけおく』といひつれども、しじゆうよかるべしともおぼえず」といひければ、「たとひいちにちたりとものびたまふことこそうれしけれ。けさたちいづるをかぎりなりとも、にどみたてまつること」と、みなおのおのよろこびなきあへり。
P1421
またさゑもんにふだうさいくわうを、こんやまつうらのたらうしげとしにおほせつけて、すいくわのせめにおよぶところ、さいくわうまうしけるは、「『みはおんのためにつかはれ、いのちはぎによつてかるし』といふほんもんなり。しかればすなはち、わがみはきみのおんためにめしつかはれ、いのちはむほんにくみするによつてうしなはるるあひだ、まつたくもつてをしからず。いつしやうはわづかにゆめのごとし。くさばにやどれるつゆににたり。ばんじはみなそめににたり。すいじやうにただよへるあわのごとし。しかるにへいけのいちもんもつてのほかにくわぶんにて、いちてんがをたなごころのうちににぎり、ばんじまつりごとをこころのままにおこなふあひだ、ぶつぽふをほろぼし、わうぼふをかろんず。これによつて、ちゆうしんかつうはげきりんをやすめたてまつり、かつうはぶつぽふをしゆごし、かのいちもんをほろぼすべきよし、たがひによりきするところなり。かのむほん、まつたくもつてわたくしにあらず。たとひろけんにおよぶとも、くびをのべてちんじまうすべし。ちよくめいをおそるるところなく、あまつさへすはいのくわんぐんをめしとり、くびをきらんとぎするでう、みやうのせうらんもはばかりあり。ただいまにてんのせめをかうぶり、いちもんのともがらへんしにほろびんことふびんなり。あみだぶつ、あみだぶつ」とまうして、はなぶえをふきゐたり。およそさいくわうがことばともおぼえず。「てんにくちなし、ひとのさえずりをもつていはせよ」とはこのことにや。おそろしおそろしと、きくひとまうしけり。
さるほどに、さいくわうをばそのよるまつらのたらうしげとしこれをうけたまはつて、すざくおほぢにひきいだしてくびをきる。きらるるところにてもさまざまのあくこうをはくときこえけり。これひとへにさんわうしちしやのおんばつをかうぶりぬらんとおそろしくおぼえし。らうどうさんにんきられにけり。さいくわうがこども、かがのかみもろたか・さゑもんのじようもろちか・うゑもんのじようもろひらついたうすべきよし、にふだうじやうかいげぢせられけるあひだ、ぶしども、をはりのはいしよにくだつて、いちいちにきりにけり。
かのさいくわうほふし、ともにゑんぢゆうのきんじゆしやにて、よをよともおもはず、ひとをひとともせず、しんりよをもはばからず、じんばうにもそむきしかば、たちどころにかかるめにあひにけり。「さみつることよ」とよもつておうかしけり。「およそをんなとげらふは、さかしげなるさまなれども、しりよなきものなり」といふこと、これほふれいのふみなり。さいくわうもいひがひなきげらふにてつひにじふぜんのきみにちかくめしつかはれて、くわほうたちまちつき、てんがのだいじをひきいだし、わがみこどもおなじくほろびにけり。
P1427
十七 なりちかきやうながさるること
ふつか、だいなごんをば、よるやうやうあぐるほどに、くぎやうのざにいだしたてまつり、ものまゐらせたてまつる。むねおしふさがりてえきこしいれたまはず。すでにくるまをさしよせ、「とくとく」とまうしければ、こころならずのりたまひぬ。ぐんびやうおほくうちかこみて、わがかたのものはいちにんもなし。われをいづちへぐしていくやらんとつげしらするひともなし。こまつどのにいまいちどあはばやとおもひけれども、それもかなはず。ただみにそふものとてはなみだばかりなり。
しちでうをにしへめぐり、しゆしやかをみなみへいきければ、おほうちやまをかへりみてもおぼしめしいだすことどもおほかりけり。とばどのをやりすぎたまへば、としごろひごろみなれたてまつりしとねり・うしかひども、はるかにみおくりたてまつり、おのおのなみだをながすめり。よそのたもとのしがらみだにしぼりせきあへがたくみゆるに、いかにいはんや、みやこにのこりとどまるきたのかた・をさなきひと・しよじゆう・けんぞくのこころのなか、おしはかられてあはれなり。
P1429
だいなごん、いひけるは、「わがめしつかひしものどもさんぜんよにんもありけんに、ひとりだにもつきそふひともなくて」とひとりごとをいひて、こゑもをしまずなきたまふ。くるまのぜんごにさうらひけるつはものども、これをききて、みなよろひのそでをぬらしけり。すでになんもんのほどをいでたまへば、おんふねのしやうぞくをととのへ、「はやはやめせ」とまうしければ、「こはいづちへいくぞ。さてうしなはるべくは、ただこのあたりにてはからふべし」といひけるぞ、せめてのことにやといとほしき。おんくるまちかくさうらひけるぶしをみたまひて、「こはたれといふものぞ」ととひたまへば、つねとほこれをうけたまはつて、「なんばのじらうとまうすものにてさうらふ」とまうしければ、「このほどにさだめてわがかたざまのものやあるらん。たづねてまゐらせよ。ふねにのらぬさきに、いひおくべきことのあるぞ」といひければ、つねとほ「そのあたりをはしりまはつてたづねとひけれども、こたふるものさらになし」とまうしければ、なりちかのきやういひけるは、「おもふに、にふだうにおそれてこそこたふるもののなかるらめ。いかでかこのあたりに、わがかたのゆかりのものなからん。なりちかがいのちにもかはらんとちぎりしさぶらひいちにひやくにんもありけんを、いつしかかはるこころこそうらみなれ」とて、なみだをながしたまへば、たけきもののふもみなよろひのそでをぬらしけり。
またいひけるは、「くまのといひてんわうじといひ、きみのごさんけいのときは、ふたつかはらぶき、みつむねづくりのふねにおんすだれひき、もののうちにゐたまひて、つぎのふねにはにさんじふさうばかりこぎならべてこそまゐりしに、これはさるていなるやかたぶねに、おおまくばかりひきまはして、わがかたのものはひとりもなくて、いまだみもなれぬつはものどもとのりつれて、いづちともなくこぎいだされけり。さこそかなしくおぼしめしけめ。
こんやはだいもつといふところにとまりぬ。みつか、いまだくれざるに、きやうよりおんつかひありとてひしめきけり。すでにだいなごんをうしなはるべきやとききたまひしほどに、さはなくて、「びぜんのくにへ」といひて、ふねをいだすべきよしののしる。ないだいじんどのよりおんふみあり。だいなごんとりあげてこれをみるに、「みやこちかきやまざとなんどにうつしおきたてまつるべく、ちからのおよぶほどまうしさうらへども、つひにかなはざることこそ、よにあるかひもなくおぼえさうらへ。とかうしておんいのちばかりはまうしこひてさるらふ」とかかれたり。そのうへ、りよしゆくのおんぐそくととのへて、こまごまとおくられけり。またせのをのたらうやすしげがもとへも、「あなかしこあなかしこ、だいなごんどのにおんみやづかへまうすべし。そりやくにあたりたてまつるべからず」とねんごろにおほせくだされけるこそなさけぶかくきこえしか。
よもやうやうあけゆけば、「ふねとくいだせ」とののしる。まんまんたるたいかいにこぎいだす。くものなみ、けぶりのなみのうへなれば、ふねのうちにてみをこがす。ちかくめしつかひしきみをばわかれたてまつり、むつまじくなれこしうんじやうのそのゆかりもかれはて、をさなきひとびとをみすてて、いつしかかへるべしともなきをんごく、はるかなるさかひへおもむきたまふぞむざんなる。
からすのあたまのしろくなり、うまにつのおふるそのごもいつとしりがたければ、ただはいしよのつゆときゆらんのみにてはてんこそかなしけれ。ふねのなか、なみのうへのえり、ゆみづもさらにきこしめしいれたまはねば、おんいのちながらふべしともみえたまはねども、つゆのいのちもさすがにきえたまはず。ひかずもやうやくすぎゆきて、みやこのかたのみこひしくて、あとのことのみおぼつかなし。びぜんのくに、こじまといふところにつき、みんかのあやしげなるしばのいほりにいれたてまつる。かのところはうしろはやま、まへはいそ、まつふくかぜのおと、きしうつなみのひびき、いづれもあはれをもよほすなかだちなり。
P1434
そもそも、このだいなごん、ひととせちゆうなごんなりしとき、をはりのくにをしりたまひけるに、こくしのだいくわんにうゑもんのじようまさともとまうすものをくだしつかはされけり。じやうらくしけるに、さんもんのりやうみののくにひらののじんにんとことをいだしけり。そのゆゑは、じんにんくずといふものをもちきたりてばいばいせんとしけるを、ぢきせんのたせうをろんじて、かへさんとてふでをもつてくずにすみをつけたるを、じんにん、こころえぬことにいふほどに、とがめあがりて、それよりじんにん、さんもんにうつたへければ、さんもんまたくげにそうす。
こくしなりちかをるざいせられ、もくだいまさともをきんごくせらるべきよし、そうもんをへけり。さまうすほどこそありけれ、かをうぐわんねんじふにぐわつにじふしにち、ひえしちしやのみこしをらくちゆうにふりたてまつり、このゑのもんをふりすぎて、けんれいもんのまへにすておきたてまつつてかへりにけり。しかるあひだ、しゆじやうおぼしめしとどめられ、なりちかをびぜんのくにへるざいすべしとて、やがてそのひににしのしゆしやかにうつされけり。もくだいまさともをばすなはちきんごくせられけり。だいしゆやがてごせいばいにあづかることよろこびをなす。なりちかもとよりつみなきものなり。めしかへさるべしとまうすあひだ、ごかにちをへて、おなじきにじふはちにちににしのしゆしやかよりめしかへされ、おなじきみそかほんゐにふす。つぎのとししやうぐわついつか、さゑもんのかみをけんじてけんびゐしのべつたうになる。じゆうにゐよりしやうにゐしてだいなごんになりたまふ。かやうにゆゆしくさかえたまへば、ひとみたてまつりて、「だいしゆにはしゆそせらるべかりけるものをや」とこそまうしあひしか。「しんみやうのばつもひとのしゆそも、そくちのふだうこそあれ、いま、かかるめにあひたまへるは」とひとびとまうしけり。ところもびぜんのくにへとさだまることこそふしぎなれ。
だいなごんのたまひけるは、「ひととせやまのだいしゆのそせうにておびたたしかりしをだに、にしのしゆしやかまでつかはさることありしが、やがてめしかへされき。これはだいしゆのそせうにもあらず、きみのおんいましめにてもなし。いかなりけることかな」と、てんにあふぎちにふして、かなしみたまふぞむざんなる。
P1436
さるほどに、しんだいなごんふしのみにもかぎらず、いましめらるるひとびと、そのかずおほかりけり。あふみのにふだうれんじやう・ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわん・やましろのかみもとかぬ・しきぶのたいふまさつな・へいはうぐわんやすより・そうはうぐわんのぶふさ・しんぺいはうぐわんすけゆきらなり。これみなはつでうどのよりめしとられけり。
P1439
十八 なりちか・やすより・しゆんくわん、きかいがしまへながさるること やすより、しまにおいてせんぼんのそとばをつくること
はつか、だいじやうにふだう、ふくはらよりへいさいしやうのもとへまうされけるは、「たんばのせうしやうをこれへわたしたてまつりたまへ。あひはからひていづかたへもつかはすべし。みやこにおきたてまつりてはなほあしかるべし」とまうしおくられたりければ、さいしやうあきれてたましひをうしなひ、「このほどひかずをへれば、とりのぶるこころもありつるに、またふたたびものをおもはすることのかなしさよ。なかなかそのとき、ともかくもなるべかりけるものを」とおもはれけるが、こんどはおもひきりて、「とうとう」といふ。せうしやう、またたちいでながらいひけるは、「なりつね、けふにいたるまでもありつることこそふしぎなれ。」きたのかたもめのとのろくでうも、いまさらにたえいりなきかなしみて、「なほなほさいしやうどののまうしたまへかし」とおのおのおもはれけり。せうしやうはなほしさいのわかぎみをよびよせ、「さきにいひしがごとく、なんぢしちさいにならば、げんぶくさせてごしよにまゐらせんとおもひしかども、いまはいふにかひなし。かしらかたくそだちたらば、ほふしになりて、わがごしやうをとぶらへ」とのたまへば、わかぎみよつになりたまふあひだ、なにとはききわかねども、うちうなづきたまふぞあはれなる。さいしやう「いまはせんずるところ、よをすつるよりほかははかことはなし。しかれどもおんいのちをうしなはるるほどのことはよもさうらはじ」とぞいひける。
にじふににち、せうしやうふくはらへおはしましけるを、せのをのたらうかねやすにおほせて、びつちゆうのくにへつかはす。さいしやうのかへりきかんことをはばかりて、やうやうにいたはりたてまつり、こころざしあるていにこそふるまひけれ。しかれどもせうしやうなぐさみたまはず、よるひるなくよりほかのことはなし。だいなごんのおはしましけるなんばといふところと、せうしやうのおはしますせのをといふところは、そのあひわづかにさんじふよちやうなり。せのをのたらうに「だいなごんのおはしますところへはいくほどあるぞ」ととひたまへば、「かたみちじふさんにちにまかりさうらふ」とぞまうしける。せうしやうこれをききたまひて、「びつちゆう・びんごりやうごくのあひだとほしといへども、かたみちりやうみつかにはすぎじ。ちかきをとほしといふは、しらせじがためなり」とおもはれければ、そののちはかさねてとひたまはず。
P1443
にじふさんにち、だいなごんはすこしもくつろぎたまはず、いとどなげきぞまされける。「せうしやうもふくはらへめしとられたるよしきこえしに、いまにいたるまでさまをもかへずして、つれなくつきひをすごすこともおそれあり。ここにだいなごんのとしごろいとほしみふかかりけるさぶらひに、げんざゑもんのじようのぶとしといふものありけり。あるくれに、きたのかた、のぶとしをめしていひけるは、「とのはびぜんのなんばにながされたまふときけども、いきてやおはしますらん、しにてやおはすらん、そのゆくへもしらず。こなたのこともいかばかりかきかまほしくおぼすらん。なんぢたづねてまゐりなんやいなや」といへば、のぶとしなみだをおさへて、「かぎりのおんともをこそつかまつるべくさうらへども、おんかたざまのものはいちにんもつきたてまつらざるよしをうけたまはつて、おもひながらとどまりさうらひぬ。しかるにこのおほせをうけたまはりさうらふうへは、もつともしよまうのしだいなり。ぜんあく、おんふみをたまはり、たづねまゐるべし」とまうしければ、きたのかたおほきによろこび、おんふみをかきてたまはつてんげり。わかぎみ・ひめぎみもめんめんにいろはのじをひろひ、ふみをかき、のぶとしにとらせたまふ。
のぶとしなくなくなんばにくだり、しゆごのものどもにあひて、「これはだいなごんどのにとしごろめしつかはれさうらひしげんざゑもんとまうすものにてさうらふ。あまりにみたてまつりたくぞんずるがゆゑに、はるばるとこれまでたづねまゐつてさうらふ」とまうせば、「なにかくるしかるべき」とて、これをゆるす。のぶとしちかくまゐつて、すみぞめのおんたもとをみたてまつるに、ただひとめみたてまつつて、ごぜんにたふれふし、さけびをめくことかぎりなし。だいなごんにふだうもなみだにむせび、ものもいはず。ややしばらくあつて、だいなごんいひけるは、「おほくのものどものなかに、なんぢひとりたづねきたるこころざしこそありがたけれ。きたのかた・をさなきものどものありさまはいかに」ととひたまへば、「きたやまのあたりうりんゐんとまうすところにふかくしのびておはしましさうらふ」とて、おんなげきのあさからぬおんありさま、わかぎみ・ひめぎみのこひしたひたてまつるおんことを、こまかにかたりまうして、おんふみどもをとりいだしてこれをたてまつりけり。にふだうこれをひらいてみたまふに、なみだのいろにかきくれて、そのことのはもみもわかず。しかれども、なみだのひまよりこれをよみけるに、きたのかたのごしんちゆう、わかぎみ・ひめぎみのふでのあと、ぬしにむかふがごとくして、いとどなみだをながしけり。
のぶとし、むかしいまのものがたりして、にさんにちさうらひて、なくなくまたまうしけるは、「このおんありさまをもみたてまつりたくはぞんじさうらへども、きたのかた、いかばかりかおんおとづれをきかまほしくおぼしめされさうらふらん。いそぎおんぺんじをたまはつて、またこそまゐりさうらはめ」とまうせば、だいなごん「もつともしかるべし。われいかにもなりぬときかば、ごせをこそとぶらへ」とて、おんぺんじどもこまかにかきたまふ。おんぺんじどものなかにびんぱつをつつみそへ、のぶとしにたまふ。のぶとしなくなくみやこにのぼり、これをたてまつりたりければ、きたのかたもをさなきひとびとも、おんふみ〈 ならびに 〉おんかみをみたまひて、をめきさけびもだへこがれたまふことなのめならず。まことにめもあてられぬありさまなり。
P1445
たんばのせうしやうをばせのをのたらうにあづけてびつちゆうのくにへつかはされたりけるほどに、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ・へいはうぐわんやすよりを、さつまがたきかいがしまへながされけるあひだ、どうざいたるによつて、せうしやうをもあひそへてつかはされけり。へいはうぐわんやすよりはうちそとのたつしや、ふうげつのさいじんなるうへ、ないないだうしんありければ、せつつのくににてさまをかへてんげり。しゆつけはもとよりののぞみなれば、かくぞおもひつづけける。
つひにかくそむきはてけんよのなかを とくすてざりしことぞくやしき
かのしまは、さつまのくによりはるかにかいじやうをわたりてゆくところなり。いわうといふものおほきゆゑにいわうがしまとはまうすなり。なみたかくいそあれ、ふねをくつがへすことうんなんのろすいのごとし。しかればすなはち、たまさかにもわたるひとなし。かのしまにはひとまれなり。おのづからあるものは、このどのひとにもにず、いろきはめてくろくしてうるしをさすがごとし。みにはけおほくおひてはだへもかくるべし。ただひとへにごづのごとく、めづににたり。いふことばをばひとさらにききしらず。きるふくなく、こしにはもづくといふものをまとひきたればたうさきのごとし。をとこはえぼしもきず、はねかわといふものをしたり。をんなはかみもつつまず、くしけづることもなし。なんによともにきじんのごとく、やしやににたり。そののくわばをすかざれば、さらにけんぷのたぐひなし。しづがさわだをかへさねば、ましてべいこくのたぐひまれなり。むかしはおにがすみけるあひだ、またきかいがしまともなづけたり。およそこのしまには、つねにくろくもてんをおほひ、つきひのひかりもさらにみえず。とこしなへにはくらうちをうごかし、ふうすいのひびきともにわきまへがたし。しまのなかにはかうざんあつて、いつしかともなくくわえんもえたちもえあがる。ひるよるかみなりのおとひまなく、でんくわうしきりにひらめいて、ひるよるろくじにきもをけす。まことにいちにちへんしもいのちあるべきやうもなし。
しかればすなはち、さんにんひたひをあはせて、「このるざいはしざいにはましたり」と、なくよりほかのことはなし。
P1451
やすよりしゆつけののちははうぐわんにふだうしやうせうとぞまうしける。みのほどさいかくありければ、つねにしをつくり、うたをえいじてなぐさむほどにせうしやうもこれにひかれてこころをやりたまふ。さりながら、われらがみはせんぞのごふとおもへばちからおよばず。ふるさとにのこりとどまるひとびとのなげき、おもひやられてあはれなり。たまたまのよがれだにもこころもとなくおもはれしなかどもなるに、みやこのほか、くもゐのそら、やへのしほぢをひだてけん、たがひのこころぞいとほしき。そうづはあまりのなげきにつかれて、いはまのゆかになきゐたり。はうぐわんにふだうはいたくなきかなしみてもよしなしとて、ほとけをねんじてよをあかし、かみをたのみてききやうをいのりけり。
P1453
やすよりにふだうせめてのかなしさのあまりに、せんぼんのそとばをつくり、うへにはあじをかき、したにはにしゆのうたをかきつけて、うらにはねんがうつきひづけをして、まいにちにさんどかいしやうにこれをうかべたり。そのにしゆのうたにいはく、
  さつまがたおきのこじまにわれありと おやにはつげよやへのしほかぜ
  おもひやれしばしとおもふたびだにも なほふるさとはこひしきものを
と、にしゆのうたをかきつけて、すみはなみにきゆることもやあるとて、もじをゑりてすみをいれけるとかや。
しやうせうのおもひやかぜになりけん、そとばいつぽんはすみよしのにしのうらにふきつけられ、いつぽんはあきのくにいつくしまのやしろのまへのなぎさによりたりけるこそふしぎなれ。
P1454
そのころ、やすよりがためにゆかりなりけるそうの、あまりにははのなげきしあひだ、そのゆくへきかばやとて、うらうらをしゆぎやうしてまはりけるが、いつくしまのやしろにぞまゐりける。「かのみやうじんとまうすは、しやかつらりゆうわうだいさんのひめみやにて、ほんぢはだいにちによらいなり。はつしよのやしろはのきをきしる。ひやくはちじつけんのかいらうはいらかをならべたり。およそこのちのていたらくや、うしろにはせいざんががとしてたきおち、まへにはさうかいまんまんとしてなみしづかなり。かぜしようぜんのこずえをはらへばまうざうのねむりもさめぬべし。つきしやだんのいらかをてらせばむみやうのやみもはれんとす。しほみちきたるときにはなみのめんにとりゐたち、しほだにひればしらすにて、なつのよなれどもしもぞおく。まことにわくわうのりやくはいづれもまちまちにてましますといへども、いかなるいんねんをもちてか、このみやうじんはことにかいはんのいろくづにえんをむすびたまふらん」と、おもひめぐらしたてまつれば、いとどしんがうふかかりけり。
なぬかたうしやにさんらうして、「やすよりがことをきかせたまへ」といのりけるほどに、すでにいちしちにちにまんずるよる、つきいでてしほのみつるにおよび、そこはかともなくもづくのながれよりけるに、くだんのそとばをみつけたり。よあけてこれをみるに、やすよりにふだうのしゆせきなり。うへには「へいはうぐわんにふだう」とかきつけたり。このそういそぎみやこにのぼり、きたやまのむらさきのにしのびいり、ははのゆくへをたづねけるに、ははもまたおもひのあまりにやはたにこもり、「やすよりがゆくへをきかせたまへ」といのりしほどにやはたにまゐり、くだんのそとばをみせたりければ、ちがはぬやすよりがてにて、「たひらのやすより、いまはほふみやうせいしやう」とぞかいたりける。
ははこれをみて、「むざんやな、『おやにはつげよやへのしほかぜ』とかきぬらんわがこのしんちゆうこそいとほしけれ。さんにんがなかにもことさらになげくとききしかば、みちにてもしにやすらんとおもひしに、さてはしままでつきぬるにや。わかれしときのおもひより、このそとばをみるに、なかなかきもたましひもきえぬべし。せめてのおもひのあまりにてこそ、そとばにううたをもかきつらめ。いかになかなかにそとばよ、かんかたいこくもろこしのかたへもゆかずして、なにしにこれまでゆられきて、おいのあまにふたたびうきめをみするかなしさよ」とて、そとばをひたひにおしあて、てんにあふぎちにふして、もだへこがれたまひけり。
しかれば、ほふわうこのよしをきこしめして、くわんにんをつかはし、そとばをめしよせてえいらんあり、かたじけなくもおんなみだにむせびたまひけり。ないだいじんしげもりこれをたまはつて、ちちしやうこくにみせければ、しやうこくはつやつやこれをもちゐず、「きやうぢゆうのやつばらがつくりごとなり」とて、かへつてちようろうにおよびけるところにいまいつぽんのそとばすみよしよりみやこにのぼりたり。かれこれにほんすこしもたがはぬいつぴつのしゆせきなり。そのときにこそ、さしもよこがみをやぶられしじやうかいも、すこしあはれげにおもはれけるとかや。
P1457
やすよりさんねんのゆめさめてみやこにかへりのぼるまで、このうたをくちずさみもてあそばぬひとはなし。むかしのそぶはごごんのしをつくり、ははのこひしさをとどめ、いまのやすよりはにしゆのうたをよみ、おやのおもひをなぐさむ。かれはくものうへ、これはなみのうへ、かれはたうてう、これはわがてう。わかんさかひはことなれども、おやこのちぎりはこれおなじ。えんきんへだつるといへども、はいるのかなしみこれなり。いづれもいづれもあはれなることどもなり。
P1460
しかるに、だいなごんにふだうどのは、はいしよのこころうさ、みやこのこひしさ、やるかたなくおもはれけるにや、しちぐわつとをかごろより、ひにしたがつてよはられければ、つゆのいのちのきえるさきに、いまいちどこひしきひとびとをみたてまつりたくおもはれけれども、きやうとより「とくとくうしなひたてまつるべし」とてつかひありければ、なんばのじらうこれをうけたまはり、にさんにちしよくじをたち、さけにどくをいれてころしたてまつるとぞきこえし。またたにそこにひしをうゑて、たかきところよりつきかけてうしなひたてまつるともいひつたへたり。またふねにのせたてまつり、おきにこぎいでてふしづけにしたりともいへり。さんぎのなかに、ひしにつらぬきたまふはいちぢやうなり。なんばがこうけんにちめいといふほふしのさたとして、うしなひたてまつるとぞきこえし。かのほふしがさいあいのむすめをさんにんもちけるが、はじめはおほきむすめがものにくるひ、のやまにはしり、だいなごんのことばをはき、さまざまのことどもをののしり、はてにはしゆくしよのうしろのたけのうちへはしりいり、たけのきりくひにみをつらぬきてうせにけり。いちにんのかくあるをふしぎにおもひたれば、いもうとににんもまたかくのごとくすこしもたがはず、かくつらぬかれてしににけり。さてこそ、だいなごんのひしにつらぬかれたまふぎはいちぢやうなりとあらはれにけれ。
これをつたへききたまふきたのかたのしんちゆう、おしはかられてあはれなり。きたのかたは、もしたがひにいのちあらば、かはらぬすがたをいまいちどみえたてまつらんとおもひ、かみをつけたれども、いまはなににかせんとて、うんりんゐんのそうばうにてしのびておんかみをおとしたまふ。きんだちもみなさまをやつしこきすみぞめにひきかへて、けうやうはうおんよりほかはたじなくぞしゆせられける。あはれなりしことどもなり。
P1463
十九 さぬきのゐんついがうのこと
にじふくにち、さぬきのゐんごついがうあつて、しゆとくゐんとなづけたてまつる。これはすなはちとばてんわうのいちのみやにて、しんゐんといはれしとき、むほんをおこしたまひしことなり。ほうげんぐわんねんしちぐわつふつか、ほんゐんとばてんわう〈 いみなをむねひとといふ。 〉ほうぎよあり。おなじきじふいちにちうのこくに、しんゐんとたうこんごしらかわてんわう〈 いみなをまさひとといふ。 〉とだいこくでんにおいてごかつせんあり。しんゐんつひにうちまけさせたまひて、おなじきじふににち、おんとしにじふいちにておんかざりをおとさせたまひ、おなじきにじふさんにち、さぬきのくにしどのだうぢやうにうつされたまひぬ。
P1465
ねんげつをへさせたまふほどに、あながちにみやこをこひしくおぼしめされけるあひだ、たびたびしゆじやう〈 たかくらゐんか。 〉にまうされけれども、おんくつろぎなかりければ、いよいよおんうらみふかくして、わがみのおんことはちからおよばずおぼしめされけれども、ことにつきたてまつるところのにようばうたちの、なのめならずこきやうをこひしたひけるを、おんこころぐるしくおぼしめされ、ほつしやうじのくわんばくただみちのもとへ、「よきやうにはからひまうすべき」よし、おほせられけれども、よのなかにおそれをなして、おんひらうもなかりければ、しんゐんおぼしめしきつて、ごいつぴつにてごぶのだいじやうきやうをあそばし、みやこへまうさせたまひけるは、「にんげんかいにいきたるしるしに、かつうはごしやうぼだいをいのらんがために、このさんねんがほど、ごぶのだいじやうきやうをかきあつめてさうらふを、かいかねのおともせぬをんごくのさんちゆうにすておくこと、あさましくおぼえさうらふ。しかるべくは、おんきやうばかりをらくちゆう・やはた・とばあたりにいれたてまつり、おさめたてまつるべき」よし、まうさせたまひける。そのじやうのおくにいつしゆのごえいあり。
はまちどりあとはみやこにかよへども みはまつやまにねをのみぞなく
このおんしよをば、こんどはおむろへまうされければ、おむろこれをごらんぜられて、よにあはれにおもひたてまつり、このよしいささかくわんばくどのにまうさせたまふ。おほうちにてごせんぎありていはく、「るにんのおんじひつのおんきやうをいかでかぬしもなくみやこにいれたまふべき」とて、いれたてまつるにおよばざりけるあひだ、さぬきのゐんこのよしをきこしめして、「こころうきことかな。くだら・かうらい・しんら、いてうにいたるまで、きやうだいくにをあらそひ、をぢをひくわんをあげつらひて、かつせんをいたすことはつねのならひなり。しかれどもくわほうのしようれつによつて、あにはまけをぢはまけて、てをあはせてかうをこへば、からきつみにおこなふことなし。われあくぎやうのこころをおこすにあらず。これをかくことは、こんじやうのめいばうをおもひすて、ごせぼだいのためにおんきやうをかきたてまつれば、おきどころをだにゆるされず。ただいまこんじやうばかりのてきにあらず、ごしやうまでのてきごさんなれ」とおほせられて、おんしたのはしをくひきり、そのちをもつてきやうのじくのもとごとにおんちかひじやうをあそばされけるは、「わがこのごぶのだいじやうきやうをさんあくだうになげいれて、そのだいぜんりきをもつてにつぽんこくのだいまえんとなり、かならずこのうらみをむくいん」とちかひたまひて、くだんのおんきやうをちひろのそこにしづめられけり。おんつめをもきらず、おんかみをもそらず、いきながらてんぐのかたちをあらはしたまふ。
さるほどに、くかねんのせいざうをへて、ちやうくわんにねん〈 きのえさる 〉はちぐわつにじふににち、おんなげきややまいとなりにけん、おんとししじふろくのとき、ふちゆうのつつみのをかにてつひにかくれさせたまひにけり。しらみねとまうすやまでらにてこれをだびにしたてまつる。さしもおぼしめしけるしふしんのゆゑにや、だびのけむりもよそへはちらず、そのかたへぞなびきける。「おんこつをばかならづかうやさんへおくるべき」よし、ごゆいごんありけるが、いづれもいかがなりにけん、ごぞんぢにやとおぼつかなし。
P1469
そのころ、あるものむさうをみることありけり。さぬきのゐんのおんこしをつかまつつて、だいりのさゑもんのぢんよりいれたてまつらんとす。ぐぶのともがらは、ほうげんのかつせんのときほろびしためよし・ただまさ・いへひろらはみなことごとくおんともにさうらふ。「このだいりははちだいみやうわうのしゆごしたてまつるあひだ、いらせたまふべきすきなくさうらふ」とまうしければ、「しからばきよもりがしゆくしよへつかまつれ」とて、だいじやうにふだうのにしはつでうへいれたてまつる、とみてのちこそ、にふだうのあくぎやうはひにしたがつてすすみけれ。
P1470
さるにんあんさんねん〈 つちのえね 〉ふゆのころ、さいぎやうほふしなをあらためてえんしんしやうにんといはれけるが、くにぐにをしゆぎやうしけるついでに、さぬきのまつやまにらいりんす。「そもそもこれはしんゐんのわたらせたまひしところぞかし」とおもひいだしたてまつり、みまはしけれども、あへてそのおんあとかたもなし。あはれにおぼえさせたまひて、
 まつやまになみにながれてこしふねの やがてむなしくなりにけるかな
おんはかはしらみねといふところにありとききて、かのところにまうでてみたてまつるに、ほつけざんまいをつとむるそういちにんもなし。あやしのこくじんのはかのごとくに、くさふかくしてわけがたし。「むかしはここのえのなかにりようらきんしうのおんころもにぬはれてあかしくらしたまひしが、いまはやへのむぐらのしたにふしたまふこそかなしけれ」とて、しやうにんおんはかにむかひゐて、つらつらせけんのむじやうをかんじながら、かうぞおもひつづけける。
 よしやきみむかしのたまのとことても かからんのちはなににかはせん
おひをきのもとによせたてて、しばのいほりをけつこうし、なぬかななよごんぎやうして、「くわこしやうりやうしゆつりしやうじ」といのりたてまつり、さてあるべきにあらざれば、いとまをまうしておんはかよりいづるとて、にしゆのうたをぞかきつけける。
 ここをまたわれすみうくてうかれなば まつはひとりにならんとやする
 ひきかへてわがのちのよをとへよまつ あとしたふべきひともなきみぞ
P1474
二十 うぢのあくさふ、ぞうくわんのこと
はちぐわつみつか、うぢのさだいじんのぞうくわんぞうゐのおんことあるべしとて、せうなごんまさもとおんつかひとして、かのごむしよへまゐりむかひ、せんみやうをささげて、だいじやうだいじんしやういちゐをおくりたてまつるよし、ごむしよによみかけたてまつる。かのごむしよは、やまとのくにそうかみのこほり、かはかみのむらはんにやののごさんまいなり。むかししがいをほりおこして、すてられしのちはみちのほとりのつちとなり、ねんねんにはるのくさのみしげくおひて、そのあとさらにみえわかず。てうかのおんつかひたづねいつて、ちよくめいのむねをつたへけるに、ばうこんいかがおぼしめすらんと、おぼつかなくぞおぼえし。
おもひのほかのことどもいできて、よをみだることただことにあらず、ひとへにしりやうのいたすところとぞ、ひとびとはからひまうされければ、かやうにもおこなはれけり。
P1476
れいぜいゐんのものぐるはしくましましけるも、しりやうのゆゑなり。さんでうゐんのおんめのくらかりけるも、もとかたのみんぶきやうのおんりやうとぞうけたまはる。むかしもいまもおんりやう・しりやうはおそろしきことなれば、さはらはいたいしをばしゆだうてんわうとかうして、ゐがみないしんわうをばくわうごうのしきゐにふすといへり。これみなおんりやうをなだめられしはかりごととぞうけたまはる。
おなじきよつか、かいげんあつて、ぢしやうぐわんねんとまうしけり。
P1479
げんぺいとうじやう〔ろく〕 くわんだいいちのげ
ほんにいはく、けんむしねんにぐわつやうか。またぶんわしねんさんぐわつにじふさんにち、これをかくなり。



げんぺいとうじやうろく ご
P2020
  〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく くわんだいご
 一、ひやうゑのすけ、ばんどうのせいをもよほすこと
 二、かそりのくわんじや、ちだのはんぐわんだいちかまさとかつせんすること
 三、めうけんだいぼさつのほんぢのこと
 四、よりとも、たいぜいをそびやかし、ふじがはのいくさにむかふこと
 五、ごんのすけこれもり、うつてのつかひとしてとうごくへげかうすること
 六、よしつね、うきしまがはらにおいてふくしやうぐんとなること
 七、さたけのたらうただよし、かじはらにいけどらるること
 八、かづさのすけ、よりともとなかたがふこと
 九、さんもんそうじやうのこと
 十、みやこうつりのこと
十一、あふみげんじ、せめおとさるること
十二、なんとのてふじやうのこと
十三、なんとのえんしやうのこと
十四、とうだい・こうぶくざうえいのさたのこと
P2022
一 ひやうゑのすけ、ばんどうのせいをもよほすこと
 ぢしようしねんくぐわつよつか、うひやうのすけよりとも、しろはたさしてごせんよきのつはものをそつして、かづさのくによりしもふさのくにへはつかうす。ここにかづさのごんのすけひろつね、うひやうのすけのおんまへにひざまづきてまうしけるは、「きみはこのほどのいくさにつかれさせたまひしうへ、つはものどももすすみがたくす。あらてのずいひやうをもつてひろつねせんぢんをつかまつらんとほつす。ひろつねにあひしたがふべきともがらには、うすゐのしらうなりつね・おなじくごらうひさつね、さうまのくらうつねきよ・あまうのしやうじひでつね・かねだのこたらうやすつね・せうごんのかみつねあき・さふさのじらうすけつね・ちやうなんのたらうしげつね・いんとうのべつたうたねつね・おなじくしらうもろつね・いほうのしやうじつねなか・おなじくじらうつねあき・たいふたらうつねのぶ・おなじくこだいふときつね・さぜのしらうぜんじらをはじめとして、いつせんよきのつはものをそつしてはつかうすべき」よしをまうすところに、ちばのすけつねたねまうしけるは、「ごんのすけのしよまういはれなし。たこくはしらず、しもふさのくににおいてはたにんのいろいあるまじ。つねたねせんぢんをつかまつるべし」とて、あひしたがふともがらは、しんすけたねまさ・じなんもろつね・おなじくたなべだのしらうたねのぶ・おなじくこくぶのごらうたねみち・おなじくちばのろくらうたねより・おなじくまごさかひのへいじつねひで・たけいしのじらうたねしげ・よしみつのぜんじらをはじめとして、さんびやくよきのつはものをいんそつして、しもふさのくにへうちむかひけり。
P2035
二 かそりのくわんじや、ちだのはんぐわんだいちかまさとかつせんすること
 さるほどに、へいけのかたうどちだのはんぐわんだいふぢはらのちかまさ、うひやうのすけのむほんをきいて、「われたうごくにありながら、よりともをいずしてはいふにかひなし。きやうとのきこえもおそれあり。かつうはみのはぢなり」とて、あかはたをさしてしろうまにのつて、さふさのほうでうのうちやまのたちより、うひやうゑのすけのかたへむかはんとす。あひしたがふともがらたれたれぞ。さきのちばのすけたいふつねながのさんなん、かもねのさぶらうつねふさのまご、はらのじふらうたいふつねつぐ・おなじくしそくへいじつねとも・おなじくごらうたいふきよつね・おなじくろくらうつねなほ・をぢのかなばらのしやうじつねよし・おなじくしそくかなばらのごらうもりつね・あひはらのほそごらういへつね・しそくごんたもとつね・おなじくじらうあきつねらをはじめとして、いつせんよきのぐんびやうをあひぐして、むさのわうぢをこえ、しらゐのまわたしのはしをわたつて、ちばのゆふきへまかりむかひけり。
P2040
ときにかそりのくわんじやしげたね、そぼしきよのあひだ、おなじくまごたりといへどもやうしたるによつて、ふそともにかづさのくにへさんかうすといへども、ちばのやかたにとどまつてさうさうのいとなみありけり。かのそぼはこれちちぶのたらうたいふしげひろのなかのむすめとぞきこえし。しかるほどに、「ちかまさのぐんびやう、ゆふきのはまにいできたる」よしひとまうしければ、しげたねこれをきいて、いそぎひとをかづさへまゐらせて、「ふそをあひまつべけれども、てきをめのまへにみてかけいださずは、わがみながらひとにあらず。あにゆうしのみちたらんや」とて、にはかにしちきをあひぐし、いつせんよきにぞむかひける。
なりたねすすみいでてまうしけるは、「かしはばらのてんわうのこういん、へいしんわうまさかどにはじふだいのばつえふ、ちばのこたらうなりたね、しやうねんじふしちさいにまかりなる」とて、しかくはつぱうをうちはらひ、くもで・じふもんじにかけやぶり、はるかなるおきにはせいでたり。されどもちかまさはたぜいなり、なりたねはぶぜいなるあひだ、りやうごくのさかひがはにせめつけられたり。
されどもかぶろなるわらはあつて、てきがいるやをちゆうにてうけとりしかば、なりたねおよびぐんびやうらにもあたらずして、さうにちがへてときをうつすほどに、りやうごくのすけのぐんびやうども、うんかのごとくにはせきたりけり。
P2043
かづさのすけ、なりたねがぶぜいをみてまうしけるは、「あれはいかに、いくさのかどでにはもつともいはふべきものをや。ちばのこたらうぶぜいをもつてたぜいにむかふでうひがことなり」といひもはてず、ひろつねはやくうまをさきをかけんとす。なりたねこれをみて、「かづさのすけあしくもまうされつるものかな。そのうへふそともにかづさへまゐり、なりたねばかりのこりとどまるにおいては、ぢゆうだいさうでんのほりのうち、かならずてきにけらるべし。わがみうたれてのちはとまれかくまれ、そをしるべからず」といふにまかせて、いそぎうまのくちをひきかへし、せんぢんにたつ。
 これをみて、つづくつはものたれたれぞ。たべたのしらうたねのぶ・こくぶのごらうたねみち・ちばのろくらうたねより・さかひのへいじつねひで・たけいしのじらうたねしげ・うすゐのしらうなりつね・おなじくごらうひさつね・あまうのしやうじひでつね・かねだのこだいふやすつね・さふさのじらうすけつね・さぜのしらうぜんじらなり。
 これをみて、はらのへいじつねとも・おなじくごらうあきつね、たがひにおとらずすすみいでて、いのちをすててたたかひけり。あまうのしやうじがいけるやに、はらのろくらうじようめをいたふさる。ろくらうかねててをおひたれば、うまよりおりたち、たちをつえにつき、たつたりけり。これをみて、はらのへいじ・おなじくごらうたいふはせよつて、きよつねのうまにのせんとすれども、ろくらうだいじのてをおひければ、たましひをけしてのりえず。てきはしだいにちかづく。「われたすかるべしともおぼえず。てきすでにちかづきさうらふ。おのおのここをまかりさりたまへ」とまうしければ、ににんのあにどもうちすててさりにけり。あひはらのごんたもとつね、きんかうをいさせてうせにけり。かれこれいれちがへてたたかへども、ちかまさぶぜいたるによつて、ちだのしやうつぎうらのたちへひきしりぞきにけり。
P2050
三 めうけんだいぼさつのほんぢのこと
ほうでうのしらうをはじめとして、ひとびとおなじくせんぎしけるさまは、「ごぢやうによつてちかまさをついたうせられんとすれども、ちかまさはそばごとなり。へいけのたいしやうぐんおほばのさぶらうかげちか、さがみのくににあり。はたけやまのじらうしげただ、むさしのくににあり。せんずるところ、いそぎくはたててかれらをうたん」とまうしければ、「もつともしかるべし」とぞおほせられける。
またうひやうゑのすけののたまひけるは、「さぶらひどもうけたまはるべし。こんどちばのこたらうなりたねのういいくさにさきをかけつることありがたし。くんこうのしやうあるべし。よりとももしにつぽんごくをうちしたがへたらば、ちばにはほくなんをもつてめうけんだいぼさつにきしんしたてまつるべし。そもそもめうけんだいぼさつは、いかにしてちばにはすうけいせられたまひけるにや。またごほんたいはいづれのほとけぼさつにておはしましけるにや」と。
P2052
つねたねかしこまつてまうしけるは、「このめうけんだいぼさつとまうすは、にんわうろくじふいちだいしゆしやくのみかどのぎよう、しようへいごねん〈 きのとひつじ 〉はちぐわつじやうじゆんのころに、さうまのこじらうまさかど、かづさのすけよしかねとをぢをひふくわいのあひだ、ひたちのくににおいてかつせんをくはたつるほどに、よしかねはたぜいなり、まさかどはぶぜいなり。ひたちのくによりこがひがはのはたにせめつけられて、まさかどかはをわたさんとするに、はしなくふねなくして、おもひわづらひけるところに、にはかにこわらはいできたりて、『せをわたさん』とつぐ。
まさかどこれをききてこがひがはをうちわたし、とよたのこほりへうちこえ、かはをへだててたたかふほどに、まさかどやだねつきけるときは、かのわらは、おちたるやをひろひとりて、まさかどにあたへ、これをいけり。またまさかどつかれにおよぶときは、わらは、まさかどのゆみをとつてとをのやをはげててきをいるに、ひとつもあたやなかりけり。これをみてよしかね、『ただごとにもあらず。てんのおんぱからひなり』とおもひながら、かのところをひきしりぞく。
まさかどつひにかつことをえて、わらはのまへについひざまづき、そでをかきあはせてまうしけるは、『そもそもきみはいかなるひとにておはしますぞや』ととひたてまつるに、かのわらはこたへていはく、『われはこれめうけんだいぼさつなり。むかしよりいまにいたるまで、こころたけくじひじんぢゆうにしてしやうぢきなるものをまもらんといふちかひあり。なんぢはただしくくたけくかうなるがゆゑに、われなんぢをまもらんがためにらいりんするとこらなり。みづからはすなはちかうづけのはなぞのといふてらにあり。なんぢもしこころざしあらば、はるかにわれをむかへとるべし。われはこれじふいちめんくわんおんのすいじやくにして、ごせいのなかにはほくしんさんくわうてんしのごしんなり。なんぢとうぼくのかどにむかひて、わがみやうがうをとなふべし。じこんいご、まさかどのかさじるしにはせんくえうのはた〈 いまのよにつきほしとかうするなり。 〉をさすべし』といひながら、いづちともなくうせにけり。
よつてまさかどししやをはなぞのへつかはしてこれをむかへたてまつり、しんじんをいたし、すうきやうしたてまつる。まさかどみやうけんのごりしやうをかうぶり、ごかねんのうちにとうはちかこくをうちしたがへ、しもふさのくにさうまぐんにきやうをたて、まさかどのしんわうとかうさる。さりながらも、しやうじきてんねいとかはつて、ばんじのせいむをまげておこなひ、しんりよをもおそれず、てうゐにもはばからず、ぶつしんのでんちをうばひとりぬ。
ゆゑにめうけんだいぼさつ、まさかどのいへをいでて、むらをかのごらうよしふみのもとへわたりたまひぬ。よしふみはをぢたりといへども、をひのまさかどがためにはようしたるによつて、さすがたもんにはつかず、わたられたまひしところなり。
まさかど、みやうけんにすてられたてまつるによつて、てんぎやうさんねん〈 かのえね 〉しやうぐわつにじふににち、てんだいざすほつしやうばうのそんい、よかはにおいてだいゐとくのほふをおこなひて、まさかどのしんわうをてうぶくせしむるに、くれなゐのちほつしやうばうのおこなふところのだんじやうにはしりながれにけり。ここにそんいいそぎしつちじやうじゆのよしをそうもんせしかば、みかどぎよかんのあまりに、すなはちほふむのだいそうじやうになされにけり。
さてめうけんだいぼさつは、よしふみよりただよりにわたりたまひ、ちやくちやくあひつたへてつねたねにいたりてはしちだいなり」とまうしければ、
P2057
うひやうのすけこれをきいて、「まことにめでたくおぼえさうらふ。しからばいささかよりともがもとへもわたしたてまつらんとおもふ。いかがあるべきや」。ちばのすけこたへてまうしけるは、「このめうけんだいぼさつはよのぶつしんにもにず、てんせうだいじんのさんしゆのじんぎの、こくわうとおなじくゐたまひてこそ、よよのみかどをまもりたまふがごとし。このめうけんだいぼさつも、まさかどよりこのかたちやくちやくあひつたはり、しんでんのうちにあんちしたてまつりて、いまだべつけへうつしたてまつらず。ものあやしきふしやういできたらんときは、きゆうでんのうちさうどうしてけいをしめし、じげんし、うぢこをまもるれいしんなり。いちぞくたりといへどもほんたいはながくばつしのもとへはわたられず。いかにいはんや、たにんにおいてをや。せんずるところ、つねたね、きみのおんかたへまゐりむかつてつかへたるを、ひとへにめうけんだいぼさつのおんわたりあるとおぼしめさるべくさうらふ」とまうしければ、うひやうのすけかうべをかたぶけてかつがうをいたしたまひしかば、さぶらひどもみのけよだつてぞおもひける。
P2067
四 よりとも、たいぜいをそびやかし、ふじがはのいくさにむかふこと
さるほどに、おなじきいつか、うひやうのすけしちせんよきのつはものをたいして、ゆふきのはまよりはちまんのしやとうにはせいり、げばあつて、ぐわんじよをたてまつりにけり。やはたのはらをうちすぐれば、なりひら・さねかたがこころをとどめてえいぜられけるままのつぎはしうちわたり、くかにちのほどにたうごくのふちゆうにおはします。
 くにぢゆうのざいちやうをめせども、きやうとをおそれていちにんもまゐらず。ここにげすをとこいちにんをめしいだして、みうまやをあづけられにけり。かのをとこほうこうのちゆうによつて、みうまやのとねりこのかうベになされ、かづさのくにむさぐんなんごうのしいざきのむらをたまはる。いまのせうじようがせんぞこれなり。
P2070
うひやうのすけ、ちばのすけをめして、つねたねをぶぎやうとして、かさいのさぶらうきよしげ・えどのたらうしげながにおほせて、「いそぎいそぎふとゐ・すみだにうきはしをくんでまゐるべし」とおほせくだされければ、ごかにちのうちにきんぺんのかはうみのふねをあつめ、うきはしをくんでげんざんにいれにけり。
かづさのすけまうしけるは、「きみはかうづけ・しもつけをうちめぐり、ぐんびやうどもをひきぐしてみやこへのぼらせたまへ」とまうしければ、うひやうのすけのたまひけるは、「われきく、せんずるときんばひとをせいし、のちにするときんばひとにせいせらると。きくがごとくんば、じゆうさんみうせうしやうちゆうぐうのごんのすけこれもりのきやう、うつてのつかひにくわんとうへおもむくよし、そのきこえあり。くわんぐんもしあしがらのひがしへせまりきては、われらのいくさふせぎがたし。しかじ、すみだがはをわたり、あしがらのせきをこえ、かひのくにのげんじをそつして、へいけをおそひうたんには」と。
おなじきじふににち、うひやうのすけ、ふちゆうをたつて、すみだがはをわたり、むさしのくにとしまのみしやうたきのかはにつきにけり。
P2072
ここにさがみのくにのじゆうにんかぢはらのへいざうかげとき、ちよくかん〈 ひやうゑのすけをかくしたてまつりしゆゑに、そのきこえありて、めしのぼせらるるなり。 〉をかうぶつて、いちりやうねんのあひだきやうにめしきんぜられしほどに、いしばしのたたかひにまけてあはのくにへこゆるよし、つたへききにけり。きやうとをにげいでてまかりくだるほどに、ろしにてたびびとまうしけるは、「うひやうゑのすけどのはかづさのすけ・ちばのすけをあひぐし、すみだがはをわたり、むさしのくにへこえたまふ」よし、かたりければ、かげときこれをきいて、さがみのくにいちのみやのしゆくしよへはよらず、あしがらやまのねぎしにかかり、さがみがはのいよせ〈 いよせは、あうしうへくだるときにわたるゆゑに、いよせとなづくるなり。 〉をわたつて、たきのかはへはせまゐりにけり。うひやうのすけ、かげときをみたまひて、「よりともはいまだわすれやらず。なんぢちよくかんをかうぶつてきやうとへめしのぼせられしとき、いづのほうでうにいできたり、よのなかのことどもかたりあひしとき、『よりともたうごくにぢゆうしてはかなふべからず。あうしうのひでひらのもとへおちゆかんとおもふ』といひしかば、なんぢのことばに『そのおんぱからひあるべからずさうらふ。そのゆゑは、きみのごせんぞはちまんどののおんだいくわん、ごんのだいふつねきよのをとこきよひら、あうしうのちんじゆふのしやうぐんにふせられたりしよりこのかた、ひでひらはすでにしだいなり。しかれどもひでひら、では・むつをあふりやうして、いまうたぐひなく、うとくみにあまれり。まつたくきみをしゆくんとあふぎたてまつるべからず。われさんかねんのうちに、いかなるはかりことをしてもきやうとをにげくだり、まうしあはすべきことあらん。そのほどはかへすがへすかげときをあひまたるべくさうらふ。しざいにおこなはれざるよりほかはかならずはせくだるべき』よしやくそくせしが、ちぎりをたがへずまかりくだれるこころざしこそありがたけれ」となきたまへば、かげときもともになく。ひやうゑのすけいはく、「じこんいごにおいては、いくさのせいばいをばかげときうけたまはるべし。」かげときこのおほせをうけたまはり、いかばかりかうれしかりけん。
かじはらがにげくだりけるをきき、おなじくめしおかれたりつるはたけやまのしやうじしげよし・をやまだのべつたうありしげいげのともがらもきやうとをにげいでて、とうごくをさしてぞくだりける。ひとのじようめをおさへとり、さんざんのことにおよびけり。
P2077
ここにむさしのくにのじゆうにんはたけやまのじらうしげただ、しらはたをさして、むさししちたうをはじめとして、うんかのごときせいをそつして、うひやうゑのすけにはせまゐりぬ。うひやうゑのすけ、はたけやまをまちらかしておほせられけるは、「いかにはたけやま、たがゆるしにしろはたをさしてまゐりたるぞ。じこんいごはしかるべからず。またなんぢなんのいしゆあつてよりとものかたうどみうらのすけ〈 よしあき 〉をばうちけるぞ。なんぢはいちだいにだいのみにあらず、よりともがためにはせんぞぢゆうだいのけにんなり」とおほせられければ、ごぜんにさうらひけるかぢはらまうしけるは、「かげときのこうじゆにおよぶべきにはあらねども、いくさのせいばいをうけたまはるうへは、みうら・かまくらこれいちいんなり。せんずるところ、はたけやまをばよしずみのてにうけとらすべし。しからずはちちぶとみうらとふわにして、せけんつねにさはがしかるべし」といひければ、はたけやまごぜんにかしこまつてまうしけるは、「しげただしろはたをさしてさんじやうするでう、これわたくしのはからひにあらず。きみのごせんぞはちまんどの、さだたふをせめさせたまひしとき、ちちぶのくわんじやしげつな、せんぢんのたいしやうぐんとして、はちまんどのよりたまはつたるところのはたなり。しかるあひだ、きちれいたるゆゑにさしてまゐるところなり。なほもつてひがことたらば、ともかうもごぢやうにしたがふべくさうらふ。またかぢはらのまうしじやう、もつともしかるべけれども、しげただがこころざしはきみのみかたにありながら、しんぶしげよし・をぢありしげ、ちよくかんをかうぶつてめしこめられたるあひだ、ににんがいのちをたすけんがために、ふりよのてきたいをしめすものなり」とうんぬん。
 ここにみうらのすけよしずみなみだをおさへてまうしけるは、「わたくしのてきをもつておほやけのてきをさまたぐること、まことにてんちのせうらんあらん。はたまたじやうげのそしりをたつべからず。きみのおんてきはいまだうちしたがへられず。きやうとにはきよもりあり、あうしうにはひでひらぢゆうし、ひたちのくににはさぶらうせんじやう・さたけのとのばら、しなののくににはきそのくわんじや、かひのくにのとのばらもいまだきみにあひしたがひたてまつらず。なかんづく、かねこのたらう、いくさのにはよりしげただのうちをおひはなちけるうへは、いかでかよしずみいこんをむすぶべきや。またくんしんのためにいのちをすつるはわうこのれい、あげかぞふべからず」とまうしければ、よりともこのよしをきこしめして、「はたけやまのまうしじやうしんべうなり。かならずくんこうのしやうあるべし。ただししろはたにおいてはもんひとつばかりあらたむべし。またはちまんどの、あうしうかつせんのとき、ちちぶのくわんじやしげつなをもつてせんぢんのたいしやうぐんとし、かまくらのごんごらうかげまさをもつてごぢんのたいしやうぐんとしたり。かのせんしようをたづぬれば、しげただはせんぢんたるべし、かげときはごぢんをうつべし」とのたまへり。
P2080
さるほどに、はせまゐるひとびとは、としまのじらうなりしげ・あだちのうまのじようとほもと・かはごえのたらうしげより・いなげのさぶらうしげなり・おなじくはんがえのしらうしげとも・おほたのごんのかみゆきみつ・しもかふべのしらうまさよし、かうづけのくにには、かうのさぶらうしげとほ・くまののべつたうたんぞうらなり。ときにひやうゑのすけよりとも、じふまんよきのつはものをそつして、としまのごしやうだきのかはよりむさしのこくふにつきたまへり。
P2082
ここにおほばのさぶらうかげちかによりきのともがらこれをきき、みなおのおのちぎりをへんじ、あるいはみをまかせてかうをこひ、あるいはぢんをそむいてはしりまゐるひとびとは、かすやのごんのかみもりひさ・しぶやのしやうじしげくに・えびなのげんぱちごんのかみすゑさだ・おなじくしそくろくにん・ほんまのごらう・もりのたらうかげゆき・はだののうまのじよう・そがのたらう・ながをのしんごらうためむね・かぢはらのへいじいへかげ・やぎしたのごらうまさつね・やべのごんざぶらうかげくに・おほばのげんざうかげゆき・やまのうちのたきぐちさぶらうつねとし・はらのそうざぶらう・かたひらのやごらなり。
 うひやうゑのすけいひけるは、「かのやつばらは、いしばしのかつせんのとき、よりともにはうげんしたりしものどもなり。けいぢゆうにしたがひ、につきにまかせて、ささきのたらうをぶぎやうとして、いちいちにくびをきるべし」とおほせくださる。
 をぎののごらうすゑとき、ひきはられてていしやうにいできたる。うひやうゑのすけこれをみていひけるは、「いかになんぢはいしばしのかつせんのとき、ふたつかなもののよろひをき、くろきうまにのり、『るにんひやうゑのすけあますな、もらすな、うちとれ』といくさのせいばいせしをば、おのれはいかにわすれたるか。」をぎののごらうすゑとき、すこしもいろをもへんぜずしておんへんじをまうしけるは、「しようぶのみちはしゆくんをきらはず、かつせんのならひはじやうげをろんぜず。たとひすゑときくびをばめさるとも、したをばかへすべからず。ことばをふたつにまかさばおくびやうのみなもとなり」と、すこしもはばからずぞまうしける。
 また「たきぐちのさぶらうつねとしはよりとものめのとごなり。しかれどもくわいもんのとき、よりともをあくこうせしやつなり。いちばんにたきぐちのさぶらう、にばんにをぎののごらう、さんばんにおなじくそがのたらう、しばんにえびなのげんぱちごんのかみ、ごばんにおなじくしらう、ろくばんにおなじくたらう、しちばんにおなじくこくぶのさぶらう、はちばんにはだののうまのじよう、くばんにほんまのごらうなり。おほばのさぶらうがよりきのなかに、ざいくわことにおもきともがらをむさしのにひきいだしてきらるべき」よし、おほせくだされけるところに、かげときそのひのしゆつしをやめにけり。ひやうゑのすけいひけるは、「かぢはらのいへのこ、しざいにおこなはるるあひだ、おそれをなしてさんじやうせずさうらふものか。ひやうゑのすけこのよしをききたり。げんぱちごんのかみすゑさだがいちるいのいのちはかげときにゆるすべし」といひけり。
 しかれども、つねとしよりはじめとしてごにんはさきだつてきられにけり。かのしよりやうどもはかげときこれをたまはる。あはれなるかな、せんごふいかなることぞや。くびをきらるるひとも、いのちをたすかるひともあり。のこりとどまるさいしのなげき、おもひやられてあはれなり。
 ながをのしんごらうためむねも、さなだのよいちがうたれしとき、よりきしたりしものなるあひだ、すでにちゆうされんとするところに、よいちのちちよしざね、よいちのけうやうのために、これをまうしゆるしてたすけにけり。
 へいけがたのたいしやうぐんおほばのさぶらうかげちか、このことをきいて、せんかたなくて、てをつかねてかうをこひ、おちまゐりければ、かづさのごんのすけひろつねにめしあづけられければ、かづさのくににてきられにけり。しやていごらうかげひさまうしけるは、「いしばしにてやをげんけにい、けふはここにしてかうをこふは、あへてちゆうしんのみちにあらず。むかし、そぶはゆきをくひてじふくねん、つひにほくてきにくだらず。てきせんはかすみをへだててさんぜんり、ながくぜんうにつかふることなし。ぼせつのこころざし、けんぐこれひとつなり。ふしやうなりといへどもわれなにかかうするにしのばんや」といひながら、ひそかにみやこにおもむき、つひにへいけにまゐりにけり。
P2088
さるほどに、よりともにじふまんぎのぐんびやうをそびやかし、あしがらやまをこえて、するがのくにうきしまがはらにうちいでにけり。ここにかいのくにのどういしけるげんじ、たけだのたらうのぶよし・しなののかみとほみつ・やすだのさぶらうよしさだ、にまんぎにてせんやくをまもりて、かのくによりきせがはのあたりにらいかいす。
P2090
五 ごんのすけこれもり、うつてのつかひとしてとうごくへげかうすること
 さるほどに、だいじやうだいじんきよもりにふだう、このよしをつたへきいて、しちしやにへいはくをささげ、さんたふにちんざいをなげたまふ。ここにごんのすけせうしやうこれもりあつそんをたいしやうぐんとして、うつてのつかひにくだされけり。
かのこれもりはさだもりよりくだい、まさもりよりごだい、にふだうたいしやうこくのまご、こまつのないだいじんしげもりこうのちやくなん、へいけちやくちやくのしやうとうなり。いまきようとをしづめんがためにたいしやうぐんのせんにあたる、ゆゆしきことなり。さつまのかみただのり〈 きよもりしやてい 〉・みかはのかみとものりをじしやうとして、かづさのすけただきよをまつしやうとなす。せんぢんのあふりやうしは、ひたちのくにのぢゆうにんさやのじらうよしもと・かづさのくにのぢゆうにんいんとうのじらうつねもちなり。
P2092
 むかしよりぐわいどにむかふたいしやうぐんは、まづさんだいしてせつたうをたまはる。しんぎなんでんにしゆつぎよし、このゑかいかにぢんをひく。ないべん・げべんのくぎやうさんれつして、ちゆうぎのせちゑをおこなはる。たいしやうぐん・ふくしやうぐん、おのおのれいぎをただしくしてこれをたまはる。しばししようへいのまさかど・てんぎやうのすみとものしようせきなれば、としひさしくなりてなずらへがたし。こんどは、ほりかはのゐんのおんとき、かしようにねん〈 ひのとゐ 〉じふにぐわつ、ていせんをかうぶつてつしまのかみみなもとのよしちかをついたうのために、いなばのかみたひらのまさもりがいづものくにへはつかうせしれいとぞきこえし。すずばかりをたまはつてかはのふくろにいれて、ひとのくびにかけさせたりけるとかや。
 さるほどに、ごんのすけせうしやういげのうつてのつかひ、ふくはらのしんとをいでて、おなじきにじふはちにちにふるさとにつき、これよりとうごくへおもむく。よろひ・かぶと・きうせん・やなぐひ・うまくらまでもかかやくばかりにぞいでたちたれたりければ、みるひとめをおどろかしけり。ごんのすけせうしやうはもえぎのにほひのいとをどしのよろひに、あかぢのにしきのひたたれの、おほくび・えりそでをばこんぢのにしきをもつてぬひかざりたり。れんぜんあしげのうまのふとくたくましきに、きんぶくりんのくらおいてのつたりけり。としをいはばにじふにさい、ようがんひとにすぐれたりければ、えにかくともふでもおよびがたくぞみえける。
 さつまのかみただのり、ねんらいこころざしあさからざりけるにようばうのもとよりおくりたりけるこそでに、うたをいつしゆよみつけたり。
   〈あづまぢのくさばをわくるそでよりも たたぬたもとはつゆぞこぼるる〉
さつまのかみこれをみて、
   〈わかれぢをなにかなげかむこえてゆく せきをむかしのあととおもへば〉
とかへしたりけるは、むかしへいしやうぐんさだもりがまさかどついたうのためにくだりしあとをおもひいだされて、かくよみけるにや。
 かいだうにうちむかひ、ろしのつはものをあひぐして、さんまんよきにぞなりにける。たいしやうぐんこれもりあつそん、するがのくにきよみがせきにぢんをとり、せんぢんかづさのすけただきよはかんばら・ふじがはなんどにぢんをとる。たいしやうぐんは、あしがらをうちこえて、はちかこくにていくさをせんとはやられけるを、ただきよまうしけるは、「はちかこくのつはものども、みなうひやうゑのすけにしたがふよしきこえさうらふ。いづ・するがのものどものまゐるべきだにもいまだみえずさうらふ。おんせいさんまんよきとはまうしさうらへども、ことにあふものにさんびやくにんにはよもすぎさうらはじ。さうなううちこえさせさうらはばあしかるべし。ただふじがはをまへにあててふせがせたまはんに、かなはずはみやこへかへりのぼらせたまへ」とまうしければ、せうしやうは「たいしやうぐんのめいをそむくやうやある」といはれけれども、「それもやうによることにてさうらふうへ、ふくはらをたたせたまひしときも、にふだうどののおほせには、『かつせんのしだいは、ただきよがまうさんにしたがはせたまふべき』よし、ただしくこれをうけたまはりさうらふ。そのことはきこしめされさうらふものを」とて、すすまざりければ、ひとりかけてうちいづるにもおよばず、てきをぞあひまたれける。
 ここにひやうゑのすけのせんぢんはたけやまのしやうじじらうしげただ、ぢんをかしまにとる。あすうのときのやあはせなりければ、ひやうゑのすけいひけるは、「したたかならんししやうしらずのものをしいて、うまのひくともかへらずこれにのり、だいみやういちにんのぶんにひやつきづつこれをいでたちて、へいけのぢんへかけさせなば、をめいてかけやぶつてとほらんものはとほれかし、しなんものはしねかし。すこしもとほりたらばかへしあはせてなかにとりこめよ」としたくせられけり。へいけのたいしやうぐんごんのすけせうしやうこれもり、ながゐのさいとうべつたうさねもりをめして、いくさのあひだのことをおほせあはせられけるついでにいひけるは、「ばんどうにさねもりほどのおほやをいるものいくばくほどかあるらん」とまうされければ、「さねもりだにもおほやをいるものとおぼしめされさうらふか。ばんどうにはじふにさんぞく・じふしごそくをいるもののみこそおほうさうらへ。ゆみはににんばり・さんにんばりをのみひきさうらふ。よろひもかぶともにさんりやうなんどをかさねて、はぶさまでいぬくものども、さねもりおぼえてだにもろくしちじふにんもやさうらふらん。うまにはのるよりほかにはおつることをしらず。ただしにんのうへをあゆみこえあゆみこえ、てきどもにつかみつかんとするもののみさうらふ。うまをばいちにんしてくつきやうのいちもつしごひきづつのりかへにぐしてさうらふ。きやうのものとまうし、さいこくのともがらは、いちにんもてをおひぬれば、それをあつかふとて、しちはちにんはひきしりぞきさうらふ。うまはよきひとこそいちもつにもめされさうらへ、いげのともがらのうまはつひにきやういでばかりこそかしらをもちあげさうらへ、そののちはくたくたとしてさうらはんずる。またばんどうのものどもじふにんにしてこそきやうむしやいちにひやくにんはむかひさうらはんずれ。それもなほくつきやうのいちもつをもつてひとあてあてられさうらひなば、なにかさうらはんや。なかんづくげんじのせいはにじふよまんぎときこえさうらふ。みかたはわづかにさんまんよきなり。おなじやうにさうらはんだにかなひがたし。いはんやわうじやくのせいにてこそさうらへ。おつたてられなば、かれらはあんないしやどもなり、おのおのはぶあんないしやなり。たうじげんじがたのものどものけうみやうこれをうけたまはれば、およそてきたいもかたくおぼえさうらふ。あはれ、『いそぎむさし・さがみへいらせたまひ、かのくにのせいをつけ、ながゐのわたしにぢんをとつててきをまたせたまへ』と、さいさんまうしさうらひしを、きかせたまはずして、あたらせいどものひやうゑのすけにつきさうらふなれば、いかにもいかにもこんどのいくさはかなひがたくさうらふ。たいしやうどののごおん、やまのごとくまかりかうぶりたるみにてさうらへば、いとまをたまはつて、いまいちどをがみたてまつらん。いそぎいそぎきさんつかまつり、うちじにしてげんざんにいるべくさうらふ」とて、せんぎのせいをひきわけて、きやうへかへりのぼりにけり。たいしやうぐんこれをきき、すこしききおくしてこころよはくおもはれけれども、うへには 「さねもりがなきところにてはいくさはせぬか」とぞいはれける。
 さるほどに、ふじがはのしりなんどにむらがりゐたるみづどりども、りやうはうのせい、ゆみかげ、ひとおとにおどろいてたちさはぐはおとのおびたたしかりければ、「てきかはじりをわたしてようちにせんとするぞ」とこころえ、とるものもとりあへず、われさきにとひきしりぞく。これもりくわいけいざんのこころざしをわすれて、やはんにおよびてみやこへにげぞのぼりける。
 そもそもむかしよりみにげといふことはあれども、ききにげといふことはいまだつたへてもきかず。これただことにあらず。はちまんだいぼさつのおんぱからひとぞおぼえける。そのゆゑは、「みづどりのなかにはとあまたありけり」とぞ、のちにひとまうしける。
 そのころ、かいだうのいうくんども、くちづけにまうしけるは、
   〈ふじがはのせぜのいはこすみづよりも はやくもおつるいせへいじかな〉
きうとのひとびと、このことをつたへきいて、はかばかしかるまじきよしをぞまうしあひける。
P2106
六 よしつね、うきしまがはらにおいてふくしやうぐんとなること
ひやうゑのすけ、しばらくうきしまがはらにやすらひおはしけるに、としにじふばかりなるわかきむしや、しろきゆみぶくろをささせ、きよげなるのりかへにじつきばかりあひぐして、ひやうゑのすけのぢんにうちよせ、「まへちかくげんざんにいれさせたまへ」といひたりければ、ひやうゑのすけこれをきき、「かれはいかなるひとぞ」ととひたまひけり。「これはこしもつけのさまのかみのこにうしわかとまうしさうらひしが、あうしうへげかうしてをとこにまかりなつてのち、くらうくわんじやよしつねとまうすものなり。ごかつせんのよしをつたへうけたまはり、さんかうつかまつりさうらふなり」とまうされければ、ひやうゑのすけこれをきいて、なみだをながしいひけるは、「げにさることさうらふらん。かつせんのよしきこしめされていそぎおはししたること、かへすがへすしんべうなり」とて、たいめんしていひけるは、
「むかしはちまんどの、ごさんねんのかつせんのとき、しやていぎやうぶのじようよしみつ、きんちゆうにさうらひけるが、かつせんのよしをきき、みかどにいとまをまうしけるに、おんゆるしなかりければ、くわらくをいでてかねざはのたてへきたりければ、はちまんどのことによろこびて、『こよりよしあつそんのおはしたるにこそとおぼゆれ』とてなみだをながし、これにちからをえて、たけひらをせめおとしけり。ただいまとののおはしたるに、こさまのかみどののおはしたるにこそ」とて、ともになみだをながされけり。
 さるほどに、うひやうゑのすけよりともいひけるは、「われ、ごんのすけせうしやうこれもりをついたうせんとおもふ。いかがあるべき。」おとなしきだいみやうらおのおのいさめまうしけるは、「『たとひてきにげはしるといへども、かすみをわけてながくてきひとのぢんへいるなかれ』といふこと、これほんもんのこころなり。しかれば、きみはうつのや・きよみがせきをこえさせたまふべからず。そのうへ、ひたちのくにのさたけのたらうただよしは、きみのさかひのうちのがうけつなり。そのほかのぐんしなほいまだまつろはざるやからあり。それ『ちかきをさきんじ、とほきをあとにせよ』といへるはれいてんのさだむるところなり。まづとうごくをたひらげてのち、くわんぜいにおよぶべし」とまうされければ、よりとももいさめにしたがひにけり。しかるあひだ、たけだのたらうのぶよしをもつてするがのくにをしづめ、やすだのさぶらうよしさだをもつてはとほたふみのくにをたひらげにけり。
P2111
 うひやうゑのすけよりともすでにかまくらにかへりいりてのち、いとうのにふだうすけちかをからめとつて、むこのみうらのすけよしずみにあづけおかれけり。すけちかほふし、せんじつのざいくわまぬがれがたきによつて、こしがたなをぬいてじがいす。
 ひやうゑのすけいひけるは、「しそくいとうのくらうをばちゆうすべしといへども、ちちのにふだう、よりともをうたんとせしに、ひそかにつげてわれをたすけたるものなり。おんをかうぶつてむくはざるはちくしやうのごとし、はたまたぼくせきにことならず。よつてくらうくわんじやにおいてはいのちをたすけんとおもふ。」いとうのくらうかしこまつてまうしけるは、「われきく、はんれい、ごわうをうつて、こうせんわうのためにちゆうしんのこうありといへども、ごこにいつてつひにわうにつかへず。きうはん、くんわうにつかへたてまつり、こうこうのためにちゆうしんのことありといへども、かはかみにめぐつてつひにひがしにかへらず。しかるにわれ、きみのためにほうこうなし。なにをもつてかよにあるべきや。そのうへちちにふだう、ごかんきのゆゑにじがいす。しかるべきごおんには、いとまをたまはつてとくめいどのともをすべくさうらふ」と、さいさんまうしけるあひだ、よりともおもひわづらはれけり。
 またくらうまうしけるは、「これほどまうしつるにおんもちひなくんば、はやくへいけがたにまゐつて、きみをいたてまつるべきなり。」よりともこれをきこしめして、「そのだんはさもあらばあれ。なんぢをうしなふこと、ふかくよりともふびんにおぼしめすなり」とて、つひにこれをゆるされしかば、へいけのかたにぞつきにける。
P1113
 またいとうのにふだうのさんぢよはひやうゑのすけのほんさいなり。ちちにふだうにひきさけらるといへども、たがひのなごりはわすれもやらず。かいらうをあらためんとおもへども、ほうでうがむすめもこころざしふかくさりがたければ、ふたごころなくおぼしめして、いとうのむすめをれんちゆうにめし、「ひごろのなさけすてがたければ、いかでかまよひものとなしたてまつらん。このさぶらひにれつざしたるだいみやうのなかに、たれををつととせんとおぼしめす。さしておほせいだされよ」といへば、いとうのさんぢよ、はづかしながらまんざをみまはして、まうされけるは、「あのさのいちのざにさうらふひと」とさしければ、ひやうゑのすけいひけるは、「あれこそさぶらひそのかずおほしといへども、ひのもとのしやうぐんとかうするちばのすけつねたねのじなん、さうまのじらうもろつねとはこれなり」とて、もろつねがかたへおんつかひをもつて、「かやうのしだいなり。よりともをばしうととおもはるべし。よりともはむことおもふべし」とおほせられければ、もろつねかしこまつてまうしけるは、「このにようばうのおもひとり、きみのごぢやうのうへはとかうしさいをまうすにおよばず。ぜひさうけたまはりさうらふ」とまうして、しゆくしよにまかりかへつてのち、やがてこのにようばうをむかへとり、かいらうをとうてうにあざけり、どうけつをなんさうにりす。
P2115
七 さたけのたらうただよし、かじはらにいけどらるること
 さるほどに、ひたちのげんじさたけのたらうただよしをたいしやうぐんとして、よりきのともがら、しもつまのしらうひろもと・おなじくしやていとうでうのごらうさだもと・かしまのごんのかみなりもと・おぐりのじふらうしげなり・とよたのたらうよりもとらをはじめとしてにまんよき、ひたちのくによりしもつけのくにへはつかうす。
 さたけのただよし、あしかがのたらうとしつなにかたらひ、しつかうのちぎりをいたしけり。ただよしまうしけるは、
「ひやうゑのすけすでにへいけをもつててきとし、ごかこくをうちしたがへをはんぬ。しかるにへいけのだいじやうだいじんきよもりにふだうは、そのみじゆごうのせんじをかうぶり、よにはくわんばくなきがごとし。まことにこれてんのあたふるところのくわほうなり。しかるによりとも、るにんのみとしてまうあくのはかりことをいたすこと、たうらうのをのをもつてりゆうしやにむかひ、えいじのかひをもつてきよかいをほさんがごとし。としつな、ただよしとよりきしてよりともをうたんに、へいけのおんをかうぶらんことうたがひなし」とまうしければ、としつなこれをきいておもひけるは、「よりともとただよしはこれこつにくのながれおなじなり。なんぞねをたちてそのはをからすべき。はなはだもつてふたうのじんなり。いはんやたにんにおいてをや。いかにもどくがひのこころあるべし。かのひとにおいてはよりきしてどういせざらんにはしかじ」と。よつてただよし、ひたちのくにさたけのたちへかへりいりにけり。
P1118
 おなじきじふぐわつはつか、ひやうゑのすけよりとも、さたけのたらうただよしをうたんがため、かまくらよりひたちのこくふへぞくだられける。しかるべきひとびとこのことによりきして、「いかがあるべき」とせんぎせしむるところに、かぢはらのへいざうかげときかしこまつてまうしけるは、「むかしきこえけるは、かうう、かうそとかつせんのとき、かうそうちまけてかうをこひ、かううのこうろのしろにゆきけり。をぢかううよろこびてをひかうそのくびをきるべきよしぎするところを、かううがらうどうにかうはくといふもの、かううにむかつてまうしけるは、『むかしよりいまにいたるまで、かうにんのひとのくびをちゆうするせいなし』と。ゆゑにつひにきらざりけり。さるほどに、かうそのらうどうにちやうりやうといふもの、かううのこうろのしろにゆき、もんこのいたをふみひらき〈 かのもんこはひやくにんにあらざればひらかず。しかれども、ちやうりやうはいつくわんのしよをならひ、さんりやくのじゆつをきはめ、きうせんのみちにたけたり。ゆゑにきみをたすけたてまつるものなり。 〉、しゆくんかうそをとりいだしてのち、はたのよこうへにくわうせきがさんりやくのしよをむすびつけ、かううがしろにたちかへり、かううをうつて、かうそくらゐにつきにけり。ここんことなるといへどもちゆうていこれおなじ。なんぞかげとき、ただよしをうつてきみをよにざいせたてまつらざらんや」とまうしながら、かまくらのいちいんさんじふよにんをあひぐし、もののぐをぬぎすてて、ひたたればかりにて、さたけのたちへうちいる。
 ただよしがらうどうども、たちさはぎてたたかはんとしければ、かぢはらすこしもおそれずはばからず、ただよしをいさめけるは、「あなかしこ、おのおのさはがるべからず。ごらんさうらへ、かげときひやうぢやうをもたいせず、かつちうをもきず。こころえらるべし。ひやうゑのすけどのはすでにじふよかこくをうちしたがへ、そのせいにじふよまんぎなり。まことにくものこくどにををうがごとく、かぜのくさきをなびかすがごとし。さたけのたちをおしかこみ、ただよしをうちたてまつらんことはあんのうちにやすかるべし。しかれどもゆめゆめそのぎにはあらず。さたけどのもよくよくこれをきこしめせ。へいけのよにはげんじかしらをさしいださず。たれもみないひかひなし。しかるをいまひやうゑのすけどの、ゐんぜんをかうぶり、げんけよりきのあひだ、じふよかこくをうちしたがへたり。しかるにただよしは、せいわてんわうのごべうえいなり。なんぞいちぞくをそむいて、よりきせざらんや」とまうしながら、さんじふよにんのつはものただよしをいこめてのち、かねてよういのあひだ、かげときののりうまおほばくりげといふうまをかどわきよりふちのきはまでひきよせ、ただよしをうちのせ、「べつのことあらずさうらふ。いそぎさんぢんあるべきなり」とて、つはものぜんごにおしまきてうちいだす。
 さたけあとをかへりみて、「らうじゆうどもいささかもらうぜきすべからず。いままでただよしまゐらざるでう、もつてのほかのひがことなり。ぜひしよぞんのむねあれば、まゐつてこれをちんじまうすべし」。ところに、かぢはらがしつづぎのせいごひやくよきにてこれをまちかけ、おしまとひてゆくほどに、よりとものまへにひきすゑたり。ただよしうつふしざまになり、てをつかね、おもてをあかくしてゐたりけり。
 うひやうゑのすけ、ただよしにたいめんしていひけるは、「なんぞごへんはおなじげんけのみながら、いちぞくにはよりきせず、ゐんぜんをばそむかれしぞや。こころのなかにしきよくをぞんじて、いちわうちんぜんとおもはるらん。いかにきららかにのたまふとも、よりともみなすいりやうのうへは、はやくいとまをたてまつるべし」とて、やがてかぢはらにおほせつけて、おほやのはしにてちゆうされにけり。
P2126
八 かづさのすけ、よりともとなかたがふこと
 おなじきにじふごにち、ひやうゑのすけいひけるは、「このついでにひでひらをせめんとおもふ。ゆゑは、よりとものせんぞ、むつのかみけんぎやうちんじゆふのしやうぐんじゆしゐのじやうみなもとのあつそんよしいへ、こくむのとき、かうにんとなり、しんみやうをたすけ、いつこくをはいりやうしけり。きよひらよりこのかたひでひらにいたるまではしだいのばつえふなり。きよひらがあとをついでいまにちんじゆふのしやうぐんとかうするは、ひとへにはちまんどののごおんなり。しかればよりともははちまんどのにはしだいなり。なんぞさうでんのしゆくんをわすれて、ひでひらいまにまゐらざらんや。よつてひでひらをちゆうりくせんとおもふなり」といひければ、かづさのすけひろつねすすみいでてまうしけるは、「かのあうしうはこれゆきふりつみて、さむさにむかへば、ひとうまさらにかよひがたし。たむらのしやうぐんはごんげのひとたりといへども、あくじのたかまるをせめんがために、じふさんねんのしゆんじゆうをおくり、いよのかみはじんづうのひとたりといへども、さだたふをうたんがために、かさねてりやうたふをへて、はちまんどのはさんかねんのあひだ、またて・かねざはをおとし、たけひら・いへひらをうちしをや。しかもつはもののならひはたうせんにあたつてしぬるはそくわいなり。ゆきにうめられてはなんのせんかあらんや。はやくかまくらへかへるべし」とまうしければ、ひやうゑのすけいひけるは、「およそ『ぶゆうのみちにたづさはるはたやすからず。てきぢんにおもむきてけんなんをおそれず』といへば、ぜひをろんぜずむかふべからず。なんぢはまことにぶしにはあらず。いひがひなし」といひければ、ひろつねいろをへんじてふくりふし、ひやうゑのすけをあくこうして、ごせんぎをひきぐし、かづさのくににかへりいる。よりとももうつぷんをふくみながらかまくらへぞかへられける。
P2129
 このよしみやこへきこえければ、へいけがたよりごんのすけをまねかんとぎす。またよりとものむほんさいごくにきこえければ、かまのくわんじやのりよりもたづねくだり、あくげんじもいできたる。
 さるほどに、とうくらうもりなが、いしばしのかつせんののち、ひやうゑのすけあはのくにへわたりたまひしきざみ、てきにおしへだてられ、あはのくにへわたりえず、いづのおくにはせいり、しのびゐたりけるが、もりながおもひけるは、「むかし、さいせいりよ、てうにつかへず、えいすいにかくれゐけり。れきしやうぐんがぶだうをにくみしも、はじめてろんごをよみて、これすなはちつはもののげいのみち、そのせんなきがゆゑか。われちゆうをしゆくんにぬきんでてすでににじふよねんなり。しかるにうんめいのつたなきによつて、しゆくんにあひしたがひてあはのくにへこえずしてたうごくにとどまる。ひとへにこれすうきのみなもとなり。さもあれわががいぶんをはかるべし。しかじ、ただうきよをいとひまことのみちにいらんには」とて、やまふかくこもりゐて、みねのこのみをひろひ、たにのみづをくみ、じつげつをおくりしほどに、ひやうゑのすけ、すこくをうちしたがへ、かまくらにきよぢゆうしたまふよしをつたへきいて、いづのおくをまかりいで、かまくらへはせさんじけり。
 ひやうゑのすけ、もりながをみていひけるは、「むほんをおこしよにあらんとおもひしも、せんずるところ、さだつな・もりなががおんにむくはんがためなり。しかるにまづむかしのなんぢがゆめものがたりのてんとうには、かうづけのくにのそうついぶしをたまふ。かげよしがゆめあはせのてんとうには、わかみやのぞくべつたう・つるがをかのじんにんのそうくわんならびにおほばのみくりやをたまふ」とおほせくだされけり。
P2132
 じふいちぐわつ、しんゐんあきのくによりみやこにかへりいらせたまひければ、しんごしよをつくつて、「おんわたりあるべし」とにふだうしやうこくまうされけり。じふいちにち、ほふわうおんこしにめしてしんごしよへおんわたりあり。
 おなじきじふごにち、とうごくにくだりしくわんびやうども、たいしやうぐんごんのすけせうしやうこれもり・さつまのかみただのり・みかはのかみとものりいげ、かづさのかみただきよらをはじめとして、みなおのおのかへりのぼりける。やひとつもいず、てきをもみず、とりのはおとにおどろき、ひやうゑのすけのせいのおほきよしをききて、にげのぼりたるこそおくびやうなれ。ごんのすけせうしやうのおちけるを、ならほふしうたによみてたてたりけり。
  〈ひらやなるむねもりいかにさわぐらん はしらとたのむすけかおとして〉
せんぢんかづさのすけただきよをよみたりけり。
  〈ふじがはによろひはすてつすみぞめの ころもただきよのちのよのため〉
P2134
 にふだうしやうこくあまりにはらをすゑかねて、「ごんのすけせうしやうをきかいがしまへながせ。ただきよやらんなんどくびをきるべし」といへば、ただきよ「げにみのとがのがれがたからん、いかにせん」とおもひわづらひけるところに、しめのはんぐわんもりくにいげ、ひとすくなにてかやうのさたどもありけるところへ、うかがひよつてまうしけるは、「ただきよじふはちのとしかとおぼえさうらふ。とばどのにぬすびとのこもりしを、よるものいちにんもなかりしに、ついぢをのぼりこえ、これをからめとつてよりこのかた、ほうげん・へいぢのかつせんをはじめとして、だいせうのことにあへども、いちどもきみをはなれたてまつらず。またいまだふかくをあらはさず。こんどとうごくにおもむきて、はじめてかかるふかくをつかまつりし。ただこととはおぼえずさうらふ。よくよくおんいのりあるべくさうらふ」とまうしければ、にふだうしやうこくげにもとやおぼされけん、つやつやものものたまはず、ただきよかんだうにおよばざりけり。
P2136
九 さんもんそうじやうのこと
 またせんとのことをばさんもんことにいきどほりまうしければ、このなつよりさんかどまでそうじやうをささげて、てんちやうをおどろかしたてまつる。だいさんどのそうじやうにいはく、
 みぎ、つつしんであんないをけみするに、しやくそんのゆいけうをもつてこくわうにふぞくしたまひしは、ぶつぽふくわうとくをまもりたてまつらむがゆゑなり。なかんづくくわんむてんわう、でんげうだいしとえんりやくねんぢゆうにふかくけいやくをむすびたまひ、せいしゆはみやこをおこして、したしくいちじようゑんじゆうをあがめ、だいしはたうざんをひらきて、とほくひやくわうのごぐわんにそなふ。そののちとししひやくくわいにおよぶまで、ぶつじつひさしくしめいのみねにかかやき、よさんじふだいにすぎたり。てんてうおのおのじふぜんのとくをたもちたり。じやうだいのきゆうじやうかくのごとくなるものはなきをや。けだしさんらくとなりをてんじ、かれこれあひたすくるなり。しかるにいま、てうぎたちまちにへんじてにはかにせんかうあり。これそうじてはしかいのうれへ、べつしてはいつさんのなげきなり。
 それさんそうら、みねのあらしのどかなりといへども、くわらくをたのむで、もつてひをおくる。たにのゆきはげしといへども、わうじやうをまぼつて、もつてよるをつぐ。もしらくようゑんろをへだててわうかんたやすからずは、あにこさんのつきをじし、へんぴのくもにまじはらむや。もんとのじやうかうらおのおのくじやうにしたがひ、とほくきうきよをなげうちてのち、とくいんつうじがたく、おんげんたえやすきとき、いちもんのせうがくらむしろさんもんにとどまらむや。ぢゆうざんのもののていたらく、はるかにほんがうをさるともがらは、ていきやうをかたつてぶいくをかうぶり、いへ、わうとにあるたぐひは、きんりんをもつてびんぎとなす。ふもとへんじてかうやとならば、みねあにじんせきをとどめむや。
 かなしいかな、すひやくさいのほつとうこのときたちまちにきえ、せんまんともがらのぜんとこのよにまさにほろびなむとす。いはんやしちしやごんげんのほうぜんはこればんにんはいきんのれいじやうなり。もしわうぐうみちとほくしてしやだんちかからずは、ずいりのつきのまへにほうれんのぞむことかたく、そうしのくものしたにきうしゆんながくたえむ。もしさんけいこれうとからば、れいひれいにいせむものなり。ただみやうおうなきのみにあらず、またしんこんをのこさむか。
 かのげつしのれいざんはすなはちわうじやうのとうぼくにあり、だいせいのきよくくつなり。じちゐきのえいがくはまたていとのうしとらにそばだつごこくのれいちなり。すでにてんぢくのしやうけいにおなじくして、ひさしくきもんのきやうがいをおさふ。いはんやじんじやぶつじにだいせいあとをたれ、ごんじやちをしめ、ごこくわうのむねをたて、しやうてきしやうぐんのれいざうをやすんず。わうじやうはつぱうをめぐつて、らくちゆうのばんにんをりし、きせんのききやうにわうらいいちをなす。ぶつしんのりしやう、かんおうましますがごとし。なんぞれいおうのみぎりをさり、たちまちにむぶつのさかひにおもむかむや。
 たとひあらたにしやうじやをたて、たとひさらにしんめいをこふとも、よぢよくらんにおよび、ひとごんげにあらず。だいせいのかんかう、かならずしもこれあらじ。むかしはくにとみ、たみあつく、みやこをおこしてきづつくることなし。いまはくにともしくして、たみきはまつて、せんいにわづらひあり。これもつてあるいはたちまちにしんぞくをわかれて、なくなくりよしゆくをくはだつるものあり。あるいはわづかにしたくをやぶれども、うんさいにたへざるものあり。ひたんのこゑすでにだいちをうごかす。じんおんのいたり、あにこれをかへりみざらむや。
 しちだうしよこくのてうこう、ばんぶつうんじやうのびんぎ、にしかはとうしん、たよりあつてわづらひなし。もしよそにうつりては、さだめてこうくわいあらむか。またたいしやうぐんにしにあり、はうがくすでにふさがる。なんぞいんやうをそむき、たちまちにとうざいをたがへむ。さんもんのぜんともつぱらぎよくたいあんをんをおもふ。ぐりよのおよぶところ、いかでかかんこをならさざらむ。しかのみならずこんどのことにおいては、ことにぐちゆうをぬきんづ。いちもんのをんじやうしきりにまねくといへども、あふぎてちよくせんにしたがふ。ばんにんのひばうちまたにみつといへども、ふしてごぐわんをいのる。
 なにによつてかきんらうをつくし、かへつてこのところをほろぼさむとほつする。こうをはこび、ばつをかうぶる、あにしかるべけむや。たとひべつのけんじやうなくとも、ただこのさいだんをかうぶらむとほつす。まさにそんばうただこのとかうにあるのみ。のぞみこふらくは、てんおんえいりよをめぐらさむことを。しゆとらひたんのいたりにたへず。せいくわうせいきようつつしみてまうす。
  ぢしようしねん ろくぐわつひ
                              だいしゆほふしら
P2141
十 みやこうつりのこと
 これによつて、にじふいちにちにはかにみやこがへりあるべしときこえければ、きせんじやうげてをあはせてよろこびあへり。
 むかしもさんもんのそしようはあだなることなし。いかなるひほふひれいなりといへども、せいだいもめいじもおんことはりにあり。これすなはちぶつぽふをおそるるゆゑなり。いかにいはんや、わうだいさんじふよだいのみやこ、これほどのだうりをもつてさいさんかやうにまうさんに、いかによこがみをやぶらるるにふだうしやうこくなりといへども、いかでかなびかざるべき。これをきいて、ふるさとにのこりとどまりなげきゐたるひとびとよろこびあへり。
P1142
にじふににち、いちゐん〈 ほふわう 〉・しんゐん〈 たかくら 〉ふくはらをしゆつぎよあつて、きうとにごかうなる。おなじきひ、つのくにのげんじてしまのくわんじや、へいけのけしきをみて、とうごくをさして、げんけをたづね、おちくだるよしきこえけり。にじふろくにち、しゆじやうはごでうのだいりへいらせたまふ。りやうゐんはろくはらのいけどのにましましけり。へいけのひとびと、だいじやうにふだう〔いげ〕みなこきやうへのぼらる。いかにいはんや、たけのひとびといちにんもとどまらず。よにもあり、ひとにもかずへらるるともがらはみなすみかをかまへられたれば、ひとびとのいへいへをばことごとくはこびくだして、このごろくかげつのあひだにつくりたててこれをうつしつつ、しざいざふぐをはこびよせたりつるに、またものぐるはしくほどなくみやこかへりあれば、いへなんどはこびかへすまではおもひもよらず、しざいざふぐをばかしこここにうちすてうちすて、こきやうへのぼりけり。こきやうへかへることはうれしくてまよひのぼりたれども、いづくのところにおちつくべしともおぼえずたびだちけるぞこころぼそし。
P2155
十一 あふみげんじ、せめおとさるること
 またうつてのつかひごんのすけせうしやうかへりのぼりてのち、とうごく・ほくこくのげんじども、いよいよかつにのつて、くにぐにのつはものひにしたがつてうひやうゑのすけになびきつく。きんごくあふみげんじにやまもと・かしはぎなんどとまうすあぶれげんじさへ、へいけをそむいてひとをもとほさずとぞきこえし。
 おなじきじふににち、さひやうゑのかみとももり・こまつのせうしやうすけもり・ゑちぜんのかみみちもり・さまのかみゆきもり・さつまのかみただのり・させうしやうきよつね・ちくぜんのかみさだよしいげ、あふみのくにへはつかうす。そのせいしちせんよき、ろしのつはものども、つがふいちまんよきばかりなり。やまもと・かしはぎ、みの・をはりのげんじどもをついたうせんがためなり。
 おなじきみつか、やまもとのくわんじや・かしはぎのはんぐわんだいをせめおとして、みの・をはりをうちたひらぐるよしきこえければ、だいじやうにふだうすこしけしきなほりけり。
P2162
十二 なんとのてふじやうのこと
 またなんとのだいしゆいかにもしづまりやらず、いとどもつてさうどうす。くげよりおんつかひしきなみにくだされて、「こはさればなにごとをいきどほりまうすぞ。ぞんぢのむねあらば、なんどなりともそうもんにこそおよばめ」なんどおほせくだされければ、「べつのしさいにはさうらはず。きよもりにふだうにあひてしぬべくさうらふ」とぞまうしける。これもただことにはあらず。
 にふだうしやうこくとまうすは、かたじけなくもたうぎんのおんぐわいそぶなり。それにかやうにまうしけるは、およそはなんとのだいしゆにてんまつきにけるとぞみえし。ことのもれやすきはわざはひをまねくなかだちなり。ことのつつしまざるはやぶりをとるみちなり。ただいまことにあはんとぞおぼえし。
 そのうへ、ごぐわつたかくらのみやのごかうによつて、みゐでらよりてふじやうをやりたりけるとき、へんてふにかきけることこそあさましけれ。そのじやうにいはく、
  ぎよくせん・ぎよくくわをけつす。りやうけのしゆうぎをたつといへども、きんしやうきんくおなじくいちだいのけうもんよりいでたり。なんきやう・ほくきやう、ただしもつてによらいのでしたり。じじ・たじ、たがひにでうだつがさんましやうをふすべし。
 そもそもきよもりにふだうはへいじのさうかう、ぶけのちんがいなり。そぶまさもりはくらんどごゐのいへにつかへて、しよこくじゆりやうのむちをとる。おほくらきやうためふさがかしうのししたりしいにしへ、けびゐししよにふす。しゆりのだいぶあきすゑがはりまのこくしたりしむかし、みまやのべつたうしきににんず。しんぶただもりにおよんでしやうでんをゆるされしとき、とひのらうせうみなほうだいりこのかきんををしみ、ないげのえいかうおのおのばたいのせんになきぬ。ちちただもりせいうんのつばさをかいつくろふといへども、よじんなほはくをくのしゆめいををしむことをかろくし、せいしそのいへにのぞむことなかりき。
 しかるあひだ、いんじへいぢぐわんねん、だいじやうてんわういつせんのこうをかんじて、ふしのしやうをさづけしよりこのかた、たかくしやうこくにのぼり、しかうしてひやうぢやうをたまはる。なんしはあるいはたいかいにまじはりあるいはうりんにれつし、によしはあるいはちゆうぐうのしよくにそなはりあるいはじゆごうのせんをかうむり、くんていそしみなきよくろをあゆみ、そのまごかのをひことごとくちくふにつらなる。しかのみならずきうしうをとうりやうし、はくしをしんだいし、みなぬびぼくじゆうたり。いちまうもこころにたがはば、すなはちわうこうといへどもこれをとりこにす。ヘんげんもみみにさかへば、またくぎやうとはいへどもこれをいさむ。
 これもつてもしくはいつたんのしんみやうをのべむがため、もしくはへんしのれうじよくをのがれむとおもふ。ばんじようのせいしゆなほめんいのこびをなす。ぢゆうだいのかくんかへつてしつかうのれいをいたす。だいだいさうでんのけりやうをうばふといへども、たなごころをあげておそれてしたをまく。いへいへさうじようのしやうゑんをとるといへども、けんゐにはばかりていふことなし。かつにのるあまりに、こぞふゆじふいちぐわつ、たいしやうくわうのすみかをついぶし、はくろくこうのみをあうりうす。ほんぎやくのはなはだしきこと、まことにここんにたえたり。
 そのとき、われらすべからくぞくしゆにゆきむかひ、もつてそのつみをとふべきなりき。しかれどもあるいはしんりよをあひはばかり、あるいはわうげんとしやうするによつて、うつたうをおさへてくわういんをおくるあひだ、かさねてぐんびやうをおこしていちゐんだいさんのしんわうのみやをうちかこむところに、はちまんさんじよ、かすがのごんげんすみやかにやうがうをたれて、せんぴつをささげたてまつり、きじにおくりつけて、しんらのとぼそにあづけたてまつる。
 わうぼふつくべからざるむねあきらけし。したがつてまたきじしんみやうをすててしゆごしたてまつるでう、がんじきのたぐひ、たれかずいきせざらむ。われらえんいきにあつてそのじやうをかんずるところに、きよもりにふだうきようきをおこしてきじにいらむとほつするよし、ほのかにもつてうけたまはりおよぶ。かねてよういをいたし、じふににちにだいしゆをしんぱつし、じふさんにちにしよじにてうそうす。まつじにげちしてぐんしをえてのち、あんないをたつせむとほつするところに、あをどりとびきたつてはうしよくをとうず。すじつのちくねんいつときにげさんす。
 かのたうけがしやうりやうのひつしゆすらなほたけむねのくわんびやうにかへる。いはんやわこくのなんぼくりやうもんのしゆと、いづくんぞばうしんのじやるいをやめざらむ。よくりやうゑんさうのぢんをかたくして、よろしくわれらしんぱつのつげをまつべし。てへればしゆうぎかくのごとし。よつててうそうくだんのごとし。こふらくはじやうをさつしてぎたいをなすことなかれ。もつててふす。
  ぢしようしねん ごぐわつひ
P2169
十三 なんとのえんしやうのこと
 かやうのことどもをきくにも、にふだういかでかこころよしとおもはるべき。「ぜひはあるまじ。くわんびやうをつかはしてなんとをせむべき」よしさたあり。つくづくせのをのたらうかねやすをたいしやうとして、さんびやくよきをさきそへ、やまとのくにのけびゐししよにほす。たうごくしゆごとしてくだらるるところに、だいしゆにおもむく。さるさはのいけのはたにてかねやすがよせいをさんざんにうちおとして、らうどう・いへのこにじふろくにんがくびをきつて、いけのふちにぞかけたりける。かねやすけうにしてにげのぼる。そののち、なんといよいよさうどうす。またおほきなるぎつちやうのたまをつくつて、「これはだいじやうにふだうがくび」とかうして、これをうちはり、けふみけり。
P2170
 にふだうしやうこくこれをきいて、やすからぬことにおもはれければ、しなんとうのちゆうじやうしげひらをたいしやうぐんとして、すまんぎのぐんびやうをなんとへむけられけり。だいしゆまたならざか・はんにやぢふたつのみちをうちふさぎ、ざいざいにじやうくわくをかまへ、らうせうをいはず、かつちうをよろひ、きうせんをたいしてあひまつところに、おなじきじふにぐわつにじふはちにち、しげひらあつそんすでにもつてはつかうしたりけり。まづさんぜんよきをふたてにわけて、ならざか・はんにやぢにむかふ。だいしゆをめいてよばはり、ふせぎたたかひけれども、ならざか・はんにやぢやぶられにけり。
 そのなかに、さかのしらうばうやうがくといふあくそうあり。うちものにとつてもきうせんにとつても、しちだいじじふごだいじにはさらにかたをならぶるものなし。たけしちしやくばかりのだいほふしの、ほねふとくたくましきが、きももたましひもすすどきが、しやうとくてんうんのむしやほふしなり。かちんのひたたれにもえぎいとをどしのはらまきのうへにくろくさずりのよろひをかさね、ぼうしかぶとのうへにさんまいかぶとをかさねてきたりけり。さんじやくごすんのたちをはき、おほなぎなたをばついたりけり。またどうじゆくじふににんさうにたつて、てんがひのもんよりうちいでたり。これのみぞしばらくふせぎたたかひける。よせむしやもこのやうがくにおほくうたれにけり。しかれどもおほぜいたちまちにおしかくれば、やうがくいちにんたけくおもへどもそのかひなし。いたでをおひしかばおちにけり。
P2172
 しげひらあつそんはならのほつけじのとりゐのまへにうつたつて、しだいになんとをほろぼしけり。りやうはうのじやうくわくをはじめとして、じちゆうにうちいり、だうしやばうちゆうにひをかけてやきはらふ。はぢをもおもひなをもをしむほどのものは、ならざかにてうちじにし、はんにやぢにてうたれにけり。ぎやうぶにかなふともがらはよしの・とつがはのかたへおちうせぬ。あゆみをもえぬらうそうども・じんじやうなるしゆがくしや・ちごども・にようばうたちなんどは、やましなでらのてんじやうにしごひやくばかりかくれのぼりぬ。だいぶつでんのにかいのらうもんのうへにはいつせんにんにげのぼりけるを、てきをのぼせじとてはしをばひきにけり。
 をりふしかぜおびたたしくふいたりければ、にかしよのしろにかけられたるひ、ひとつになつておほくのだうしやにふきうつりぬ。こうぶくじ・ほつけじ・やくしじをはじめとして、ぶつぽふさいしよのしやかのざうはとうこんだうにおはす。じねんゆじゆつのくわんおんはさいこんだうにおはす。かかるれいざうなさけもなくはいじんとなるこそかなしけれ。
 とうだいじはしやうむてんわうのごぐわん、てんがだいいちのきどくなり。うしつたかくあらはれてはんてんのくもにかくれ、びやくがうあらたにみがかれてまんどくのそんようをほむ。こうぶくじはたんかいこうのごぐわん、とうじいちりゆうのうぢでらなり。るりをならべししめんのらう、しゆたんをまじへしにかいのろう、くりんたかくかかやきしにきのたふもしかしながらけぶりとなるこそかなしけれ。ゆが・ゆいしきのりやうぶをはじめとして、ほふもんしやうげうもいつくわんものこらずやけにけり。だいぶつでんのうへ、やましなでらのうちにかくれこもりたりけるちごども・しゆがくしや・にこうども、ひのもえくるにしたがつて、をめきさけびよばはるこゑ、やまをひびかしちをうごかす。ひとりもなじかはのこるべき、みなやけしにたるこそあはれなれ。むげんぢごくのほのほのそこのざいにんのやくらんも、これにはいかでかすぐべきとぞみえし。
 むかししやうむくわうてい、じやうざいふめつじつぽうじやくくわうのしやうじんのおんほとけとおぼしめしなぞらへて、てづからみづからいあらはしたまひしこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつも、みぐしはやけおちてつちにあり。おんみはわきあがつてつかのごとし。まのあたりにみたてまつるもの、さらにめもあてられず。はるかにつたへきくひとは、なみだをながさずといふことなし。ぼんじやくしわう・りゆうじんはちぶ・みやうくわん・みやうしゆにいたるまで、さだめておどろきさはぎたまふらんとぞおぼえし。ほつさうおうごのかすがだいみやうじん、いかなることをかおぼしめすらん、しんりよもしりがたし。さればみかさやまのあらしのこゑもうらむるやうにぞきこえける。かすがののつゆのいろもいまさらかはれるふぜいなり。
 こんどやくところのだうしや、とうだいじにはだいぶつでん・こうだう・しめんのくわいらう・さんめんのそうばう・かいだん・そんしようゐん・あんらくゐん・しんごんゐん・やくしだう・とうなんゐん・はちまんぐう・けひのやしろ、こうぶくじにはこんだう・こうだう・なんゑんだう・とうこんだう・ごぢゆうのたふ・ほくゑんだう・とうゑんだう・しめんのそうばう・くわんじざいゐん・さいゐん・だいじようゐん・ちゆうゐん・しようやうゐん・ほくゐん・とうぼくゐん・とうしようゐん・くわんぜんゐん・ごだいゐん・きたかいだん・からゐん・しようゐん・でんぽふゐん・しんごんゐん・ゑんじやうゐん・くわうかもんゐんのおんたふ・そうぐう・ひとことぬしのやしろ・たきくらのやしろ・すみよしのやしろ・しようろういちう・おほゆやいちう・きやうざういちう。ただしかまはやけやぶれず、ふしぎそのいちなり。このほかだいせうのしよもん・じがいのしよだうはちゆうするにおよばず。ぼだいゐん・りゆうげゐん・どうばうりやうさんう・ぜんぢやうゐん・しんやくしじ・かすがのやしろ〈 ししよ 〉・わかみやのやしろなんどぞわづかにのこりにける。につぽんわがてうはまうすにおよばず、てんぢく・しんだんにもこれほどのほふめつはいかでかあるべきとぞおぼえし。
 そもそもこのだいぶつでんとまうすは、にんわうしじふごだいのみかどしやうむてんわう〈 いみなはしようほうといふ 〉のおんとき、てんぴやうろくねん〈 きのえさる 〉しやうぐわつにじふいちにち、とうだいじのだいぶつをこんどうをもつていはじめたてまつり、かうけんてんわう〈 いみなはあべといふ 〉のぎよう、てんぴやうはちねんじふぐわつにじふしにちにこうををへをはんぬ。しぢゆうさんかねんのあひだなり。〈 くどいたてまつる 〉もちふるところのじゆくどうしちじふさんまんくせんごひやくろくじふりやう、びやくらふいちまんしせんさんじふろくりやう、すいぎんごまんはつせんろつぴやくさんじふりやう、すみはいちまんろくせんいつぴやくごじふろくこく。だいぶつのすんぽふ、たかさはじふごぢやうさんじやくごすん、めんのながさいちぢやうろくしやく、ひろさくしやくごすん、かんびのたかささんじやく、まゆのながさごしやくしすん、あししたいちぢやうさんじやく、ひざはらしちしやく、らけはくひやくろつけ、かうおのおのいつしやくなり。しやうむてんわうよりあんとくてんわうにいたるまでわうそんさんじふしちだいにあたりたまふ。としのかずはしひやくしじふにねんなり。じこんいごたれかざうりふすべけんや。
 やけしぬるところのざふにんら、だいぶつでんにはせんしちひやくにんよなり。やましなでらにはごひやくよにん。あるみだうにはさんびやくにん。およそごにちにこれをかぞへければ、いちまんにせんよにんとぞきこえし。いくさばにてうたるるだいしゆしちひやくよにんのくびをば、ほつけじのとりゐのまへにかけてんげり。のこるところのさんびやくよにんのくびをばみやこへのぼす。そのなかににこうのくびどももせうせうありけり。
 にじふくにち、くらんどのとうしげひらあつそんなんとをほろぼして、きやうへかへりいらる。にふだうしやうこくいちにんばかりぞいきどほりをさんじてよろこばれける。いちゐん・しんゐん・せつしやうてんが・だいじん・くぎやうをはじめとして、すこしもぜんごをわきまへ、こころあるひとは、「こはなんとしつることぞや。あくそうどもをこそうしなはれぬとも、さばかりのがらんどもをはめつすべしや。くちをしきことなり」とぞかなしびあひたまひける。しゆとのくびどもをば、おほぢをわたしてごくもんのきにかけらるべきにてありけるが、とうだいじ・こうぶくじのやけにけるがあさましさに、さたにおよばず、ここかしこのほりみぞにすてられにけり。こくさうゐんのみなみのほりにならだいしゆのくびをもつてうめたりけり。まことにこころうしともいふはかりなし。
 とうだいじにかきおかれけるしやうむてんわうのごきしやうもんにいはく、「わがてらこうぶくせしめばてんがもこうぶくすべし。わがてらすいびせばてんがもすいびせん」とうんぬん。しかればいまちり−はひとなりぬるうへは、こくどのめつばううたがひなしとぞかなしみたる。これもしかるべきごにあひあたり、しんめいもかねてよりかんがみたまふらん。
P2178
十四 とうだい・こうぶくざうえいのさたのこと
 させうべんゆきたか、せんねんはちまんにまゐり、つやしけるよるのじげんに、「とうだいじざうえいぶぎやうのとき、これをもつべし」とて、しやくをたまはるとみえければ、うちおどろきてまへをみるに、げにしやくありけり。それをとつてげかうしけれども、「たうじなにごとにかつくりかへらるべし」としんちゆうにおもひながら、としつきをおくるほどに、これやけうせにしのち、だいぶつでんざうえいのさたのありしとき、べんのなかにかのゆきたかえらばれて、ぶぎやうすべきよしおほせくださる。そのとき、ゆきたかいひけるは、「ちよくかんをかうぶらずしてしだいのしようじんありなば、いまはべんくわんをばのぞかれなまし。たねんをへだててにかどべんくわんになりかへつて、いまぶぎやうのにんにあひあたる。せんぜのけちえんあさからぬにこそ」とよろこびて、ひととせだいぼさつよりたまはつたりししやくをとりいだして、ことはじめのひよりもちけるとぞきこえし。
げんぺいとうじやうろく くわんだいご



げんぺいとうじやうろく はちのじやう
P2182
  〔もくろく〕
『げんぺいとうじやうろく』 くわんはちのじやう
 一 ゆきいへ・よしなか、うぢ・せたよりじゆらくのこと
 二 ほふわう、てんだいさんよりくわんぎよなること
 三 よしなか・ゆきいへにんくわんのこと
 四 これたか・これひとしんわう、くらゐあらそひのこと
 五 へいけのひとびと、つくしにだいりをたてらるること
 六 つかひやすさだ、よりともにゐんぜんをたまふこと
 七 をかたのさぶらうこれよし、つくしをしづむること つけたり せんぞのいはれ
 八 しゆしやうをはじめたてまつり、へいけ、うさのみやさんけいのこと
 九 へいけ、をかたのさぶらうにつくしをおひいだされ、しこくへわたりたまふこと
 十 きそ、きやうとにてゐんざんのしゆつしかたくななること
十一 きそ、へいけついたうのためにゐんぜんをまうすこと
十二 むろやま・みづしまかつせんのこと
十三 きそ、きやうとにてらうぜきをいたすこと
十四 きそついたうのために、よしつね・のりより、せた・うぢにむかはるること
十五 たかつな、うぢがはせんぢんのこと
十六 よしつね・はたけやまゐんざんのこと
十七 きそ、せたにてうたるること
P2184
一 ゆきいへ・よしなか、うぢ・せたよりじゆらくのこと
じゆえいにねんしちぐわつにじふろくにち、たつのこくばかりに、じふらうくらんどゆきいへ、いがのくによりうぢ・こはたをこえてきやうへいる。ひつじのこくに、きそのくわんじやよしなか、せたをわたつてきやうへいる。そのほか、かひ・しなの・をはりのげんじども、このりやうにんにあひしたがふ。そのせいろくまんよきにおよべり。このおほぜいきやうにいりしかば、ざいざいしよしよをついふくし、いしやうをはぎとつてしよくもつをうばひとりけるあひだ、らくちゆうのらうぜきなのめならず。
P2186
二 ほふわう、てんだいさんよりくわんぎよなること
にじふしちにち、ほふわうてんだいさんよりくわんぎよなる。にしごりのくわんじやはたをさしてせんぢんにさうらひけり。へいぢよりこのかた、たえてひさしかりししらはたを、こんにちはじめてほふわうのごらんぜらるるこそめづらしけれ。くぎやう・てんじやうびとおほくおんともにて、れんげわうゐんのごしよヘいらせたまひにけり。
にじふはちにち、よしなか・ゆきいへをゐんのごしよヘめして、「さきのないだいじんいげへいけのたうるいをついたうすべきよし、おほせくださる。よしなかはひがしよりいでたれば、あさひのしやうぐんとゐんぜんをくだされけり。ゆきいへはかちんのひたたれこばかまに、くろかはをどしのよろひきて、みぎにさうらひけり。よしなかはあかぢのにしきのひたたれに、からあやをどしのよろひをきて、ひだりにさうらふ。またさきのうひやうゑのすけよりともをかんじて、おんつかひをくわんとうへくだしつかはさる。
P2190
またたかくらのゐんのみこは、せんていのほかにさんじよおはしましけるを、にのみやをば、もしものことあらばまうけのきみにせんとて、へいけさいこくへとりくだしたてまつりぬ。さん・しのみやはみやこにとどまりたまふ。しかるに、さんのみや、ほふわうをきらひたてまつりて、おびたたしくむつからせおはしましけり。しのみやを「これへ」とめされければ、さうなくおんひざのうへにわたりおはしまして、なつかしげにおぼしめされけり。
「そぞろならんものは、かかるおいぼふしをば、なにとてかなつかしくおもふべき。このみやぞまことのまごなりける」とて、みぐしをかきなでて、「こゐんのおはしませしにすこしもたがはざるものかな。いままでみざりけることよ」とておんなみだをながさせたまひけり。しかるあひだ、おんくらゐはこのみやにとさだまらせたまひけり。さんのみやはごさい、しのみやはしさいにておはします。おんはははしちでうのしゆりのだいぶのぶたかのきやうのおんむすめなり。
P2192
三 よしなか・ゆきいへにんくわんのこと
おなじくはちぐわつとをか、ほふわう、れんげわうゐんのごしよよりなんでんにうつらせたまひてのち、ぢもくおこなはれけり。きそのくわんじやよしなか、さまのかみになされて、じふらうくらんどゆきいへ、びんごのかみになされけり。おのおのくにをきらひまうされければ、またじふろくにちにぢもくあつて、よしなかはいよのかみになされて、ゆきいへはびぜんのかみにうつされぬ。そのほかのげんじじふにん、くんこうのしやうとてゆぎへのじようになされけり。このじふよにちのさきまでは、げんじをついたうすべきよし、せんじをくだされて、へいけこそかやうにけんじやうをかうぶりしが、いまはへいけをついたうせよとてゐんぜんをくだされて、げんじぞてうおんにほこりける。
おなじきはちぐわつじふしちにち、へいけはちくぜんのくにみかさのこほりださいふといふところにおちつきたまへり。おほくのうみかはをへだてて、みやこはくもゐのそとになりにけり。ありはらのなりひらがすみだがはのほとりにて、みやこどりにこととはんといとどなみだをながしけんも、かくやとおぼえてあはれなり。きくちのじらうたかなほらをはじめとして、くこくのものどもなびきしたがひ、だいりをつくるべきよしまうしければ、すこしこころおちゐて、ひとびとあんらくじヘまゐりたまひけり。くわうごうぐうのすけ、かくぞよみたまひける。
すみなれしふるきみやこのこひしさは かみもむかしをわすれたまはじ
P2197
四 これたか・これひとしんわう、くらゐあらそひのこと
にじふしにち、みや、かんゐんどのにいらせたまひければ、くぎやう・てんじやうびと、せんみやうによつてせちゑをおこなはれけり。すでにしのみや、くらゐにさだまらせたまひければ、さんのみやのおんめのと、くちをしくほいなきことにおもはれけれども、ちからにおよばず。ていくわうのおんくらゐはいかにもぼんぷのとかうおもふによるべからず、みなてんせうだいじんのおんはからひとぞうけたまはる。さんのみやはのちにいみやうしんわうとてうたよみにてぞましましける。
P2198
みつかうぢのあくさふ、「てんにふたつのひなし、ちにふたりのしゆうなし」といへり。いこくにはかやうのためしもありけるにや。ほんてうにはていくわうわたらせたまはで、あるいはさんねんもしくはいちねんなんどありけれども、きやう・ゐなかにににんのみかどならびたまふことはこれはじめなりけり。
P2199
むかしもんどくてんわう、てんあんにねんはちぐわつにじふしちにちにほうぎよありけり。おんこたちくらゐにのぞみをかけたまひ、ないないおんきしやうありけり。これたかしんわうのごぢそうは、かきのもとのきのそうじやうしんぜいとて、とうじのちやうじや、こうぼふだいしのおんでしなり。これひとしんわうのおんいのりは、ぐわいそぶちゆうじんこうのごぢそう、ゑりやうくわしやううけたまはられけり。なにごともおとらぬかうそうたちなり。とみにことゆきがたうやあらんずらんとおもふほどに、みかどかくれさせたまひにければ、くぎやうせんぎありけり。「いづれのおんこかくらゐにつきたてまつるべき」とひやうぢやうありけり。あるいは「けいばのしようぶあるべし」とまうして、いちぎにそれをさだめがたし。りやうばうのおんげんじやたち、いづれかそらくをぞんぜざらん。しかるに、「ゑりやうはうせたまひぬといふひろうをなさば、しんぜいすこしたゆむこころもやあるらん」とて、「ゑりやうはうせたり」とひろうして、いよいよまだんなくかんたんをくだいていのりまうされけるほどに、すまふのせちにぞなりにける。あげいちをなしてけんぶつす。これたかしんわうのおんかたよりは、なとらのうゑもんのかみとて、ろくじふにんがちからをあらはしたるゆゆしきひとをいだされたり。これひとしんわうのおんかたよりは、よしをのせうしやうとて、せいちひさくていひがひなく、かたてにあふべしともみえぬひとをまうしうけていだしたりければ、なとら・よしをより
P2200
あひよりあふほどに、なとら、よしををつかんでさしあげ、いちぢやうばかりなげければ、つつたちなほつてすこしもたふれず。よしをまたよりあひてえいやとこゑをあげて、なとらをとつてふせんとす。なとらもともにこゑをあはせて、よしををとつてふせんとす。たがひにしようぶはなかりけり。けんぶつのひとじぼくをおどろかさざるはなかりけり。しかれどもぶゑいはかさにまはり、うりんはうつてにいつてぞみえにける。
P2202
けいばおなじくはじまりければ、これたかしんわうのおんかたにはつづいてさんばんかたせたまふ。これひとしんわうのおんかたにはつづいてさんばんまけさせたまふ。しんわうげよりおんつかひくしのはをならべたるがごとくはしりつづいて、「おんかたすでにまけいろにみえさうらふ。こはいかがさうらふべき」と、はしりかさなつてまうしければ、ゑりやうくわしやう「こころうきことかな」とおもひ、ちけんをもつてなづきをくだき、けしにまぜてごまをたき、けぶりをくんじてひともみもまれければ、だいゐとくみやうわうののりたまへるすいぎう、ひとこゑもうとほえたりけり。このときけいばつづいてろくばんかちにけり。せうしやうもすまひにかちにけり。しんわうくらゐにつかせたまふ。せいわのみかどこれなり。のちにはみづのをのてんわうともまうしき。それよりさんもんのそじやうには、いささかのことにも、「ゑりやうなづきをくだきしかば、じていくらゐにつかせたまひ、そんいけんをふりしかば、くわんしようれいをうしなひたまふ」ともつたへたり。こればかりやほふりきのいたすところなる、そのほかはてんせうだいじんのおんはからひとこそうけたまはれ。
P2204
しのみやこそすでにせんそあんなれときこえければ、へいけのひとびとは、「あはれ、さん・しのみやをもとりぐしたてまつるべきものを」とまうしあはれければ、「しからずはたかくらのみやのおんこ、きそがぐしたてまつりてほくこくよりのぼりたるをこそ、くらゐにつけたまふべけれ」と、ひとびとまうしあはれけり。
あるひとまうしけるは、「しゆつけのひとのげんぞくしたまへるは、いかでかおんそくゐあるべき」とまうしければ、へいだいなごんときただ・ひやうぶのせうまさあきなんどまうされけるは、「てんむてんわう、とうぐうにててんちのおんゆづりをうけさせたまふべきに、てんちのおんこおほとものわうじくらゐをあらそひたまひて、とうぐうをうちたてまつるべきよしきこえければ、とうぐうごなうとしようして、じしまうさせたまへども、みかどなほしひてまうさせたまひければ、とうぐうぶつでんのなんめんにしておんぐしをそりおとし、よしのやまへいらせたまひたりけるが、いが・いせ・をはりさんかこくのつはものをおこして、おほとものわうじをうちて、とうぐうくらゐにつかせたまふ。かくのごとく、しゆつけのひとくらゐにつくことなれば、きそがみや、なんかくるしかるべき」とぞまうされける。
P2206
五 へいけのひとびと、つくしにだいりをたてらるること
さるほどに、つくしにはだいりをつくりいだしてしゆじやうをわたしたてまつる。だいじんいげのひとびともやかたどもをしめにけり。さんぢゆう かのおほうちはやまのなかなれば、このまるどのともいつつべし。ひとびとのいへいへはのなかたなかなりければ、あさのころもはうたねども、ゑんろのさとともまうしつべし。をぎのはむけのあさあらし、ひとりまろねのとこのうへ、よるとともによはりゆくむしのね、くさのまくらにこたへて、かたしくそでもしほれにけり。
P2208
さるほどに、くぐわつちゆうじゆんにもはやなりにけり。あきのあはれはいづくもおなじといひながら、たびだつそらのものうさは、ことさらしのびがたければ、かはべのとまりもこころすごく、そぞろにあはれぞまさりける。じふさんやはいつよりもなをえたるつきなれども、ことにこよひはさやけくてみやこのこひしさもあながちなれば、さつまのかみただのり、かうぞえいじたまひける。
 つきをみしこぞのこよひのとものみや みやこにわれをおもひいづらん
しゆりのだいぶつねもり、これをききたまひて、
 みやこにてながめしつきのもろともに たびのそらにもいでにけるかな 
へいだいなごんときただのきやう、
 きみすめばこれもくもゐのつきなれど なほこひしきはみやこなりけり 
おのおのかやうによみたまひければ、こころあるひとひとはなみだをぞながしける。
しゆりのだいぶつねもりまた
 こひしとよこぞのこよひのよもすがら ちぎりしことのおもひいでられて
P2211
六 つかひやすさだ、よりともにゐんぜんをたまふこと
へいけはさいかいのなみにただよひ、とうごくにはげんじひにしたがつてはんじやうす。うひやうゑのすけよりともじやうらくのことたやすからじとて、ゐながらせいいたいしやうぐんのゐんぜんをくださる。おんつかひはくらんどのみぎのふしやうなかはらのやすさだとぞきこえし。
P2214
くぐわつよつか、とうごくへげちやくす。おなじきにじふろくにち、じやうらくして、ゐんのごしよのおんつぼに、くわんとうのしさいをつぶさにまうしあげけるは、「やすさだげかうつかまつりさうらひて、うひやうゑのすけにゐんぜんをふしてさうらへば、『よりともるにんのみとして、ぶゆうのめいよちやうぜるによつてか、かたじけなくもゐながらにせいいしやうぐんのゐんぜんをたまはる。わたくしのやかたにてうけとりたてまつること、そのおそれあり。わかみやのしやだんにてうけとるべし』とまうされけるあひだ、わかみやのしやだんへまかりむかひぬ。いへのこごにん、らうどうをあひぐす。ゐんぜんをばこけのはこにいれ、うへをふくろにいれ、ざうしきをとこがくびにかけさせて、わかみやのしやだんにまゐりむかひてみれば、つるがをかといふところなりき。
ちぎやういはしみづにおなじ。しゆくゐんあり、えんらうあり、つくりみちじふよちやうをみおろしたり。『そもそもこのゐんぜんをばたれしてかうけとりたてまつるべき』といふところに、『みうらのすけよしずみをもつてうけとりたてまつるべし』とさだめられにけり。『にんじゆありといへども、よしずみはとうはつかこくになをえたるゆみとりなり。そのうへちちよしあき、よりともがためにさきだつていのちをすてたるものなり。かつうはよしあきがくわうせんのみやうあんをてらさんがため、よしずみしかるべし』とて、もちゐられたり。
またいへのこににん、らうどうじふにんあひぐしたり。ににんのいへのこはわだのさぶらうむねざね・ひきのとうしらうよしかず、じふにんのらうどうはわがけにんにはあらず、じふにんのだいみやうの、ようぎことがらのよきものをいちにんづついだしたてたり。じふさんにんともにひたかぶとなり。よしずみはあかをどしのよろひをきたり。やすさだはゐんぜんをこけのはこにいれ、ていじやうにささげてたつたり。
よしずみ、じふさんにんのなかにほをすすめてちかづき、かぶとをぬいでゆみをわきにはさみ、みぎのひざをついてしきだいす。ゐんぜんをうけとりさうらひしとき、『いかならんものぞ』ととひさうらひしかば、みうらのすけとはなのらずして、ほんみやうを『みうらのじらうよしずみ』となのりさうらへり。
P2217
さてゐんぜんをうけとつてさうらへば、しばらくあつて、ゐんぜんをいれたりつるこけのはこをかへされさうらふをひらきみさうらへば、さきんじふりやうをいれられたり。はいでんにむらさきべりのたたみをしいてやすさだをすゑたり。さけをすすむるに、たかつきにさかなをしたり。ごゐいちにんやくそうをつとむ。うまをひくにあしげのうまいつぴき、おほみやのさぶらひのいちらふしたりしくどうのいちらふすけつねなり。そのひはうひやうのすけたいめんなし。しゆくしよをとりてかへさる。
わうばんゆたかにしてびれいなり。あつぎぬにりやう・こそでとかさね、ながもちにがうにいれてまうけたり。うはぎぬろくじつぴき・つぎぎぬひやつぴき・こんあゐずり・しろぬのともにせんたんづつをつまれたり。つぎのひ、うまじふさんびきをしゆくしよへおくられたり。うちさんびきにはくらおきたり。みなめをおどろかすほどのうまどもなり。
そのひひやうゑのすけのやかたへまかりむかひき。ないぐわいにさぶらひじろつけんなり。とさぶらひにはわかきらうどうどもひざをかさねてなみゐたり。うちのさぶらひにはおとなしきらうどうどもかたをならべてみちみちたり。そのじやうざにげんじどもいくらもありき。げんじのざじやうにむらさきべりのたたみをしきて、やすさだをすゑたり。しばらくあつて、ひやうゑのすけのめいにしたがつて、しんでんへむかひき。ひろびさしにしたんのたたみをしき、やすさだをすゑたり。うちにはかうらいべりのたたみをしき、みすをあげたり。
すでにうひやうゑのすけいでたり。このことがらをみたれば、かほおほきにてたけひくかりけり。ようめうびれいにてゆうびなり。げんぎよふんみやうにて、しさいをいちじのべたり。『ゆきいへ・よしなかとまうすは、よりともがだいくわんにさしのぼつてこそさうらへ。かれらをもつてしばらくへいけをせめらるべくさうらふ。みなくわんかかいはなされてこそさうらふなれども、じふらうくらんど・きそのくわんじやとこそかいてさうらへ。みなへんじはしてさうらへども、をりふしききがきたうらいしておほきにこころえずさうらひし。ながもちがえちごのかみになされ、たかよしがひたちのすけになされ、ひでひらがむつのかみになされさうらふは、おほきにこころえがたくさうらふ。これらをみな、よりともがめいにしたがふべきよし、おほせくだされよ』とこそまうしさうらひしか。やすさだ『みやうぶこそうけたまはりたくさうらへども、こんどはことさらにしやうらくつかまつりさうらはん。おとうとにてさうらふりのだいふしげよしも、このさまをまうせ、とまうしさうらひき』とまうしさうらひしに、『よりともがみにてはいかでかおのおののめいぼをばうけとりたてまつるべき。しからずとてもおろかのぎはあるまじき』よし、もんだうしてこそさうらひしか。きやうともおぼつかなくさうらへば、いそぎじやうらくのよしまうしさうらへども、『けふばかりはたうりゆうあるべし』とて、なほしゆくしよへかへされさうらひき。
P2220
またつぎのひ、ひやうゑのすけのやかたへむかひさうらひき。きんぶちのたちひとふり、ここのつさしたるそやひとこし、みもおぼえぬめづらしきものなりき。そのうへにうまさんじつぴきありき。らうどう・いへのこ・ざふしきにいたるまで、ひたたれ・こそで・うまくらにおよばしめたり。かまくらをいでしより、いつしゆくにこめごこくづつをはじめて、やどのものどもていねいにまうけて、ひやうじ・ざつしやうをつけておくられさうらひき。たくさんゆたかなるによつて、しかしながらせぎやうにこそひきてさうらへつれ」とかたりまうしければ、ほふわうゑみをふくませたまひけり。
P2225
七 をかたのさぶらうこれよし、つくしをしづむること つけたり せんぞのいはれ
ぶんごのくにはぎやうぶきやうのさんみよりすけのくになりければ、そのしそくよりつねこくしだいとしてげかうのあひだ、ひらうしけるは、「へいけねんらいてうてきとして、みやこをいで、おちくだるところに、くこくのともがらことごとくきふくのでう、すでにはなはだしくざいくわをまねくしよぎやうなり。すべからくたうごくのともがらにおいては、ことさらにそのむねをぞんじて、いささかもせいばいにしたがふべし。これまつたくわたくしのげちにあらず、しかしながらいちゐんのゐんぜんなり。およそちんぜいのともがら、いちみだうしんにくこくのなかをおひいだしたてまつるべし」とぞまうしける。
をかたのさぶらう、ぶんごのくによりはじめて、くこくにたうにきうせんをとるともがらにこれをふれければ、うすき・へつぎ・はらだのしらうだいふ・おほくらのたねなほ・きくちのじらうたかなほのいちるいのみへいけにつきたりけるが、そのほかはみなこれよしがげちにしたがひけり。
P2230
かのこれよしはたけきもののすゑにて、こくどをうつとらんとするほどのおほけなきものなりければ、くこくにおいてはしたがはぬともがらもなかりけり。むかし、ぶんごのくににたむらといふところのぬしに、たいふといふもののむすめに、かしはらのおもととてようばうならびなし。くにぢゆうにおなじほどのもの、むこにならんとしよまうしけれども、あへてこれをもちゐず。ただ「われよりかさめのぼりたるものを」とはおもへども、しかるべきものなかりけり。ひさうのむすめにて、ごゑんにいちうのやをつくりて、このむすめをぞすませける。たかきもいやしきもをとこといふものをばかよはせず。
このむすめ、あきのながきよもすがら、つれづれのままにながめあかすに、いづくよりきたるともおぼえぬじんじやうなるをとこの、みずいろのすいかんきたりけるが、このところにさしよつて、さまざまのものがたりありけり。そののち、よがれもせずかよひけるをしばしはこれをかくしけれども、つきつかはれけるめのわらは、ちちははにこれをかくとかたりければ、このにようばうのおやおやおほきにおどろいて、いそぎむすめにことのよしをとひけるに、あへてかくともいはざりければ、ちちはははらだちけるあひだ、おやのめいのそむきがたさに、「くるをばみれどもこれをしらず」と、ありのままにかたりければ、ははこれをあやしみて、「しからばかのひとのきたりたらんとき、しるしをしてそのゆくへをたづぬべし」と、ねんごろにをしへけるあひだ、あるよ、かのをとこきたりけるに、すいかんのくびにしづのをだまきのはしをはりにつけてさしにけり。
よるあけてのち、おやのかたへかくとつげたりければ、まことにしづのをだまきをくりひきて、ちひろももひろにひきのべたり。たいふふしさんにん、だんぢよのけにんしごじふにん、いそぎかのゆくへをたづねけるほどに、ひうがのくににしんざんあり。うばがたけといふたけのおそろしきいわしつがあなへぞひきいりたりける。
かのあなのくちにてきくに、おほきにいたみかなしむこゑあり。ひとみなみのけよだつて、おそろしさかぎりなし。ちちのをしへによつて、むすめいとをひかへて、「このあなのなかにいかなるものかある」ととひければ、おほきにおそろしきこゑにて、「われはそれへよよかよひしものなり。さるよ、くびにきずをおひていたみかぎりなければ、はひいでてみたけれども、ひごろのへんげすでにつきたり。いまはなにをかかくすべき、わがみはほんたいだいじやなり、いかでかみえたてまつるべき。ただしそのはらのなかにいちにんのだんじをやどせり。かならずあんをんにそだつべし。くさのかげにてもまもるべし。じんちくかたちはことなるといへども、こをおもふみちにかはりめはなし」と、これをさいごのことばとして、のちはおともせず。だいたたいふをはじめとして、おそろしさなのめならず。あわてさわいでにげかへりぬ。
さるほどに、つきひやうやくかさなりて、このむすめただならず、そのごにいたつていちにんのなんしをうみけり。せいちやうするにしたがひて、ようかんひとにすぐれ、こころざまたけきものにてぞはべりける。はかたのそふがかたなをとつて、だいたとぞいひける。あしにはあかがりつねにわれたりければ、いみやうにはあかがりだいたとぞまうしける。
P2233
いまのこれよしはだいたがごだいのまごなりければ、こころたけくおそろしきものなり。ゐんぜんをかうぶりぬるうへは、きようにいつてすまんぎのつはものをひきゐて、だざいふへはつかうす。しかるあひだ、くこくのものどもみなしたがひにけり。
P2234
八 しゆしやうをはじめたてまつり、へいけ、うさのみやさんけいのこと
じふぐわつとをか、しゆじやうをはじめたてまつつて、にようゐん・さきのだいふいげのいちもん、みなうさのみやへぞまゐられける。しやとうをばしゆじやうのくわうきよとなし、らうをばげつけい・うんかくのきよとしむ。おほとりゐをばごゐ・ろくゐのくわんにんらかためたりていしやうにはしこく・くこくのつはものなみゐたり。ししやうのおもむきは、ただしゆじやうきうとのくわんかうをぞまうされける。しちにちさんらうのあけがたに、さきのだいふむさうのつげをうけたまはる。だいぼさついつしゆのごえいにいはく、
よのなかのうさにはかみもなきものを なにいのるらんこころづくしに
おもひきや、かのほうこのつきをこのかいしやうにうつすべきとは。ここのえのゆきのうへ、ひさかたのくわげつにまじはりしともがら、いまさらにせつにおもひいだされて、こゑごゑにくちずさみたまひけり。
P2237
九 へいけ、をかたのさぶらうにつくしをおひいだされ、しこくへわたりたまふこと
じふぐわついつか、をかたのさぶらうこれよし、しそくののじりのじらうこれむらをししやとして、へいけへまうしつかはしけるは、「これよしごおんをもかうぶつてさうらひき。さうでんのきみにてわたらせたまふうへ、じふぜんのていわうにおはしませば、もつともほうこうつかまつるべくさうらへども、はやくくこくのうちをいだしたてまつるべきよし、ゐんぜんをくだされさうらふあひだ、ちからおよばざるしだいなり。とうとういでさせおはしませ」とまうしたりければ、へいだいなごんときただのきやう、のじりのじらうにいでむかつていひけるは、「わがきみはてんそんしじふくせいのしやうとう、にんわうはちじふいちだいのみかどなり。かたじけなくもだいじやうほふわうのおんまご、たかくらのゐんのきさきばらのだいいちのわうじにてわたらせたまふ。いせのだいじんぐういれかはらせたまふらん。みもすそがはのながれかたじけなきうへ、かみのよよりつたはれるさんしゆのじんぎをたいしておはします。しやうはちまんぐうもさだめてしゆごせさせたまふらん。いかでかたやすくかたぶけたてまつるべき。そのうへたうけは、へいしやうぐんさだもり、さうまのこじらうまさかどをついたうせしよりこのかた、こにふだうしやうこく、あくゑもんのかみのぶよりをちゆうりくせしにいたるまで、だいだいてうけのかためとしてていわうのまもりとなる。しかるによりとも・よしなかが『われいくさにうちかたば、くにをしらせん、しやうをとらせん』といふにすかされて、をこがましきものどもが、しはつれなくくわんびやうにむかつていくさするこそふびんなれ。なかんづく、ちくぜんのものどもはことにぢゆうおんをかうぶれるやつばらが、そのよしみはわすれてたうけをそむきはなぶんごがげちにしたがはんことこそしかるべからね。よくよくはらかふべし」といへば、これむら「このよしをひらうつかまつりさうらはん」とていそぎかへつて、ちちにこのよしをいひければ、「こはいかに。むかしはむかし、いまはいまのよのなかなり。ゐんぜんをくだされけるうへはしさいにやおよぶ」とて、はかたへおしよせてときをつくりたれければ、へいけがたにはひごのかみさだよしをたいしやうぐんとして、きくち・はらだのいつたうふせぎたたかひけれども、さんまんよきのおほぜいせめかかりければ、とるものもとりあへず、だざいふをぞおちられける。
P2242
かのたのもしかりしてんまんてんじんのしめのあたりをこころぼそくぞたちはなれたまひける。げかうのみちのほつせにも、ただしゆじやうきうとのぎやうかうとのみまうされけり。たるみやまをこえて、わしのはまをぞとほりける。みこしはあれどもつかふべきかよもなければ、しゆじやうはつぎのみこしにたてまつり、にようばう・なんばう・くぎやう・でんじやうびとはましてものにのるにもおよばれず。あるいはきぬのつまをとり、あるいはさしぬきのそばをはさみ、かちはだしにて、なみだとともにかきくれて、はこざきのつへまよひいでられけるこころのうちこそむざんなれ。
だざいふと、はこざきとまうすは、そのあひださいこくぢさんりへだたつたり。げらふはたやすくいちにちにたびたびゆきかへるところといへども、いつならはしのかちぢなれば、そのひいちにちにゆきくれて、よふけかうたけなはにいたるまでなほかなはず。ころははちぐわつげじゆんのことなれば、やみくらくして、まことにてんのせめをかうぶれるか。をりふしふるあめはしやぢくのごとし。ふくかぜはいさごをあぐるににたり。おつるなみだ、すぐるむらさめ、いづれとわきてみえざりけり。そのうちにありとあるきせんだんぢよ、ちかきはてをとりくみ、とほきはことばをかよはす。こゑはきけどもすがたはみえず。ちゆううのしゆじやう、ぢごくのざいにんもこれにはすぎじとぞおぼえける。
よもすがらなきあかし、あかつきになりければ、ふねにこみのりいでんとしたまひけれども、なみかぜはげしくてかなふべくもなし。しんだん・きかい・かうらい・てんぢくにいたるまでもおちゆかばやとはおもへども、かなふべしともおぼえねば、なみだとともにかなしむところに、やまがのひやうどうじひでとほといふをとこ、「やまがのしろこそかんしよにてさうらへ。しばらくいりおはしましてごらんぜらるべくやさうらふらん」とまうす。よろこびのみみをきくやうにおぼしめされて、やまがのじやうへうつりいらせたまふ。いはとのせうきやうおほくらのたねなほは、ねんらいのどうりやうをはじめてみあげんこともさすがにおぼえて、「おほちやまのせきあけてまゐらん」とまうして、おのがくにへぞかへりける。
[ちゆうおん]へいけはやまがのじやうにうつつて、しばらくここにすむ。それもじぢゆうあるべきやうもなくて、やなぎとまうすところにうつりけり。それもわづかにしちかにちおはしまして、やなぎのごしよをいでたまふ。たかせぶねとまうすこぶねにこみのり、いづくをさしてゆくともなく、かいじやうはるかにうかびたまひけり。
P2247
きよつねのさちゆうじやう、「みやこをばげんじにおはれ、ちんぜいをばこれよしにおひおとされ、うんほどにあらはれたり。いづくにいくとものがるべきかは」とて、ふねのへにたちいで、にしにむかひしづかにきやうをよみねんぶつまうして、うみにいりてうせられにけり。にようゐん・にゐどの・にようばうたち「あれはいかに」とこゑをあげてたちならび、をめきさけびたまふ。くぎやう・てんじやうびと「いかにせん」となげきあひたまひけり。しかれども、にどともみえたまはざりけり。
そののち、ながとのくにはしんぢゆうなごんちぎやうのぶんこくなりければ、こくしのだいくわんにたちばなのみんぶたいふみちすけといふものありけり。あき・すはう・ながとさんかこくのびぶつせんさんじつそうをてんていして、へいけにたてまつりたりければ、へいけこれにこみのりけり。いますこしみやこちかくとただよひゆき、しこくのうらにうかびたまひけり。
 あはのみんぶたいふしげよしはしはうにとほみしてたつたりけるが、はまのかたをみやるに、うみのおもてにたれともしらず、ささのはをきりうかべたるごとくに、ふねどもあまたみえけり。しげよしおもひけるは、「げんじのうつてはいまだみやこをいでたりともきかず。へいけのひとびと、いちぢやうちんぜいをおひいだされおはしますらん。まゐつてみたてまつりて、へいけにておはしまさばいれたてまつらん。てきならばはぢあるやひとついん。よういせよ」と、いちもん・こどもにいひおいて、わがみばかりふねにのり、おしいだしてみたてまつるに、へいけにておはしましけるあひだ、へいけよろこびをなしけり。あはのみんぶたいふをさきとして、しこくへわたりたまひ、さぬきのくにやしまのうらにこぎつきにけり。みんをくをくわうきよとするにたらざれば、おんふねをもつてだいりとなす。だいじんいげげつけい・うんかく・しづがふせやによをかさね、あまのとまやにひをおくる。くさまくらかぢまくらなみにうたれ、つゆにしほれてぞあかしくらしたまひける。
 しこくのものども、たいりやくしげよしになびきければ、おんきしよくげにもつてゆゆしかりけり。さてこそあはのかみにはなされけれ。さだよしはくこくをもしたがへずおひいだされたりければ、きらもなかりけり。
P2253
十 きそ、きやうとにてゐんざんのしゆつしかたくななること
きそいよのかみよしなかは、かほかたちきよげにてびなんなりけれども、たちゐのふるまひ、ものなんどいひたることばつぎ、けんごのゐなかびとにてをこなりけり。しなののくにきそのやまもとといふところに、さんざいよりにじふよねんのあひだかくれゐたりければ、ひとにはなるることなし。はじめてみやこびとになれそめんに、なじかはよかるべき。
ねこまのちゆうなごんみつたか、きそにまうしあはすべきことあつてわたられけるに、ざふしきをしてまゐれるよしをいひいれられたりければ、きりものにねのゐといふもの、「ねこまのまゐつてこそさうらへとおほせられてさうらふ」とまうしたりければ、きそこころえず、「とはなにごとぞ。されば、きやうのねこはひとにげんざんするか」といひければ、ねのゐかさねてざふしきにたづねければ、ざふしきまうしけるは、「しちでうばうじやう、みぶ・くしげのあたりをばきたねこま・みなみねこまとまうしさうらふ。これはきたねこまのじやうらふに、ねこまのちゆうなごんどのとまうすおんことなり」とくはしくまうしければ、そのときこころえて、きそ、ちゆうなごんどのをいれたてまつりてたいめんす。
きそいひけるは、「ねこどののたまたまわいたるに、ねのゐきつとものくはせよ」といひければ、ちゆうなごんあさましくおぼえて、「ただいまあるべくもなし」といひければ、「いかがけどきにわいたるに、ものくはせではあるべき。ぶえんのひらたけもありつ。とうとう」といひければ、「よしなきところへきて、いまさらかへらんこともさすがなり。かばかりのことこそなけれ」ときようさめて、さすがにむかひてはゐたり、たちさりえでぞおはしましける。しばらくあつて、ふかくおほきなるゐなかがふしのあらぬりなるに、けうつたつてくろぐろとあるはんをいしけにもりあげて、ごさいさんじゆ、ひらたけのしるひとつ、をしきにすゑて、ねのゐこれをもちて、ちゆうなごんのまへにぞすゑたりける。おほかたとかういふばかりなし。きそがまへにもおなじくこれをぞすゑたりける。きそまづはしをとりくひけり。ちゆうなごんはきようさめて、おはしもたてられず。きそこれをみて、「いかでかめしまさぬぞ。ぶえんのひらたけもあり。ねこどのかいたべ」といひければ、ちゆうなごん、くはでもおそろしければ、おはしをたててめすやうにしたまへども、あまりにがふしのいぶせさに、くひもやらず、ただおはしのはしをあひしらひ、がふしのふちにあてじとして、なかをふかぶかとむしりつとめゐたり。さすがにきそもこころえたるやらん、「なんとねこどの、がふしはくるしからじ。それはよしなかがしやうじんのがふしぞ。ただめせ」とぞまうしける。きそおほめしをのこりすくなにうちくひて、「ねこどのはせうじきにてわいけるや」とぞいひける。ちゆうなごんはかばかしくものものたまはで、かへられたり。
P2259
 それのみならず、をこがましきことどもおほかりけり。
 きそ、ほういにとりしやうぞくして、くるまにてゐんざんしけるが、きならはぬたてえぼしはきたり、えぼしのきはよりはじめて、さしぬきのすそにいたるまで、かたくななることいふばかりなし。くるま・うしはへいけのないだいじんのめされたりけるをとつたりければ、うしかひわらはもそれなりけり。げらふなれども、わがしゆうのてきと、めざましくこころうくおもひければ、くるまにのるありさまのいふばかりなくをかしかりけり。かぶとをうちきてうまにのつたるにはすこしもにず、じつにあやふくおちぬべしとはみえたりけり。きそのりはてたまひければ、うしかひひとずはえこれをうつ。かひこやしたるいちもつなり。
なじかはとどこほりあるべき。とぶがごとくにはしりけるあひだ、きそあふのけにくるまのうちにまろびけり。うしはけあがつてをどりゆく。
 きそおきあがらんとすれども、なにかはおきらるべき。てふのはねをひろげたるがごとくにて、あしをそらにささげて、なまりごゑにて、「やおれこでい、やおれこでい、しばししばし」とよべば、うしかひそらきかずして、しごちやうばかりあがかせたりければ、ともにありけるざふしきはしりつきて、「しばしおんくるまとめよ」とまうしければ、やめにけり。
「いかにかくはつかまつるぞ」とまうしければ、「おんくるまうしのはながこはくさうらふ」とぞちんじける。さておきあがりてのちもなほあやふかりければ、うしかひにくさはにくかりけれども、「それにさうらふてがたにてをかけてとりつかせたまへ」とまうしければ、「てがたとはなんぞ」ととひければ、「りやうはうにたちさうらふいたをほうだてとまうしさうらふなり。それにさうらふあなにおんてをいれてとりつかせたまへ」とまうしければ、そのときこれをみつけて、さうのてがたにちやうととりつき、「あはれしたくや。さればとくにもいはで。そもそもこれはわうないがしたくか、とののやうか、きのなりか」ととひたまひけるこそをかしかりけれ。
 ゐんのごしよにて、くるまかけはづしたりけるに、くるまのうしろよりおりんとす。「まへよりこそおりさせたまはめ」とざふしきまうしければ、「いかにすどほりにすぐべき」といひて、くるまのうしろよりおりけるこそをかしかりけれ。
ごしよにまゐつても、えぼしのきはよりさしぬきのすそまで、たちゐのふるまひおかしかりければ、わかてんじやうびとこれをみて、そのこととなくしいしいとわらひたまひけり。われをわらふとだにしりたらば、なにびとなりともよかるまじきを、わがみのうへとはゆめしらず、ともにつれてぞわらひける。
P2264
十一 きそ、へいけついたうのためにゐんぜんをまうすこと
じゆえいにねんじふぐわつ、へいけはさぬきのくにのやしまにありながら、さんやうだうはつかこく・なんかいだうろつかこく、あはせてじふしかこくをぞなびかしける。きそいよのかみよしなかこれをきき、ゐんぜんをまうすによつて、ゐんのちやうのおんくだしぶみをなしくだされけり。じやうにいはく、
 いんのちやうくだす さんやう・なんかいしよこくのあふりやうしとう
  はやくみなもとのよしなかをたいしやうぐんとして、かのさんだうしよこくあひともに、さきのないだいじんたひらのむねもりいげのたうるいをついたうせしむべきこと
 みぎ、くだんのたうるい、かんしんのあまりにほんぎやくをほしいままにし、るいだいのたからもの、しんじ・ほうけん・ないしどころをぐしたてまつり、ここのえのじやうとをいだす。これをせいとにろんずるに、ことにはぜんさいにたえたり。よろしくかのだうだうしよこくのあふりやうしらにおほせて、ほんぎやくのよりきをすみやかについたうせしめ、くはいしゆのともがらをいだすべし。すべからくふしのしやうにかふべし。てへれば、おほするところくだんのごとし。よろしくしやうちし、ちりゆうすべからず。ことさらにくだす。
 じゆえいにねんじふぐわつにじふいちにち  つかさのかみ おりべのじやうおほえのあつそん
とぞかかれたる。
P2267
十二 むろやま・みづしまかつせんのこと
いよのかみこれをたまはつて、あしかがのやたのはんぐわんだいよしきよ・うののやへいしらうゆきひろ、このににんをたいしやうぐんとして、ごせんよきをさしつかはす。げんじはびつちゆうのくにみづしまといふところにひかへたり。へいけはさぬきのやしまにあり。げんぺいうみをへだててささへたり。
うるうじふぐわつひとひ、みづしまがつよりこぶねいつさういだしたり。あまのつりぶねかとみるほどに、さはなくして、へいけのかたよりてふのつかひのふねなりけり。これをみて、げんじはふねせんよさう、ともづなをといて、かねてふねをつなぎほしあげたりけるを、にわかにともづなをきつて、をめきざざめきてくだしけり。
げんじのおほてのたいしやうぐんははつたのはんぐわんだいよしきよ、からめてのたいしやうぐんはうののやへいしらうゆきひろなり。へいけのおほてのたいしやうぐんはしんぢゆうなごんとももり・ゑちぜんのさんみみちもり、からめてのたいしやうぐんはほんざんみのちゆうじやうしげひら・のとのかみのりつねなり。へいけのふねはごひやくよさうなりけるを、にひやくさうはおきにひかへたり。さんびやくさうをばひやくさうづつみてにわけ、みづしまのとへさしまはし、げんじのふねをもらさじとおしまきたり。
 のとのかみいひけるは、「いかにかいくさはゆるなるぞや。とうごくのものどもにいけどらるな。げんじのふねはいつせんさう、われらがふねはごひやくさう、ところどころにわけてはかなはじ。みかたのふねをくめ」とて、ごひやくさうをおしあはせ、ともづな・へづなをくみあはせ、ところどころにあゆみのいたをわたしければ、へいへいとしてくがちのごとし。かやうにしたくして、ときをつくりやあはせしてたたかひけり。とほきものをばこれをい、ちかきものをばこれをきり、くまでにかけてとるもあり、とられひつくんでうみにいるもあり。おもひおもひこころごころにぞしようぶをしける。
 げんじのおほてのたいしやうぐんはつたのはんぐわんだいよしきよは、みばかりはちにんこぶねにのつておちけるほどに、へいけのかたよりくつきやうのすいれんさんにん、ふねよりくだりてなみのそこをついくぐり、かたきのふねのへりにたぐりつきててをささげ、ふねのふちをひきかへしければ、はちにんながらしづみけり。これをみて、からめてのたいしやうぐんうののやへいしらうゆきひろは、さんざんにたたかひ、うちじにしてぞうせにける。たいしやうぐんうたれにければ、のこるところのつはものども、なぎさにふねどもをおしよせ、おちじたくをぞしたりける。これをみて、へいけのかたには、ふねのうちにくらおきうまをよういしたりければ、うちのりうちのり、ふねどもなぎさへおしよせて、のりかたぶけてざつとおとし、をめいてかけたりければ、げんじのぐんびやうめんもあはせずみなおちにけり。それよりしてこそへいけにおほぜいつきにけれ。
P2273
いよのかみこれをきいていとどやすからず、よをひについでさいこくへはせくだる。
 せのをのたらうかねやすは、さんぬるろくぐわつひとひ、かがのくにしのはらのかつせんのとき、どうこくのじゆうにんくらみつのさぶらうなりずみにいけどられ、そののちはきそにしたがひにけり。りしけいがここくにとらはれ、ようけいがかんてうにかへるがごとし。ゑつわうこうせんのくわいけいざんのいくさにやぶれてごわうふさにつかへしは、これもつておなじことなり。かねやすはきそにしたがひ、よるはねず、ひるはかなしみのなみだをながし、ふたごころなくつかへしも、これいまいちどふるさとにかへり、ふたたびきうしゆをみたてまつり、みかたのいくさにまじはり、げんじをいんとのはかりことなり。
 いよのかみこれをばしらず、「なんぢはさいこくのものなれば、あんないはしつたるらん。みちしるべとしてさきにたて」とて、びぜんのくにふなさかやまにぞくだりける。「みつかとうりうあるべし」といひければ、かねやすまうしけるは、「そのぎならば、かねやすさきだちたてまつつて、うまのくさよういつかまつるべくさうらふ」とまうしければ、「しんべうなり。とくとくさきだちて、そのよういをせよ」といひければ、こたらうかねのぶ・らうどうむねとししゆうじゆうさんにん、いとまをたまはつてくだりけり。くらみつにみちにていひけるやうは、「ごへんはかねやすほどのものをいけどりて、いままでけんじやうなし。かねやすがほんりやうせのをはくつきやうのところなり。しよまうまうしてみたまふほどならば、このついでにどうだうしてしすゑたてまつらん」とまうしければ、くらみつげにもとおもひて、しよまうのあひだ、さうゐなくたまはりたり。
 やがてかねやすとうちつれ、びつちゆうのせのをにこえけるに、そのよるはやうやくこれをもてなして、あくるひはゆやをこしらへて、ゆをたててもくよくのよしにて、もののぐしたるむしやじふにんばかりゆやにうちいり、これをうつてんげり。そののちかねやすまうしけるは、「きそすでにびぜんのふなさかやまにくだるよしきこゆるに、へいけにこころざしをおもひたてまつるものはひとやいよ」とぞふれにける。これをきいて、こころざしあるものども、もののぐはなければ、くさりはらまきをつづりき、あるいはぬのこそでにつめひもをゆひ、しつこをかきおひかきおひ、かちむしやこそにさんびやくにんいできたれ。かねやすかれらをあひぐし、びぜん・びつちゆうのさかひふくりゆうじにじやうくわくをかまへ、きそをいんとぞしたくしける。
P2279
 されども、うしろのやまぢへさしまはしたるさんぜんよき、ささいへざつとおとしければ、せのをのたらうかねやすをはじめとしてさんびやくよにん、おもひきつてたたかへども、おほぜいにせめたてられて、つひにかなはずやぶれにけり。せのをのたらうはこたらうをすてておちけれども、おんあいのみちはちからおよばぬことなれば、ゆきもやらずおぼえければ、いつしよにてしなんとぞおもひける。「やしまへまゐつて、『ほくこくのいくさにきそがためにやぶられてさうらへば、こたらうといつしよにていかにもならんとぞんじさうらへども、このひごろあさゆふしこうつかまつりしことをまうさんがためにまゐつてさうらふ。』いまはおもふことなし」とて、じふよちやうはせかへつて、こたらうがあしをやみてゐたるところにゆきあひけり。たいぼくをきだてにしてまちかけたり。
 きそのかたにはねのゐのこやたちかゆき、さんびやくよきにてよせかけたり。「せのをのたらうかねやすここにあり」とて、さしつめひきつめさんざんにこれをいければ、じふさんぎにてをおはせ、かたきしちきをうちとりけり。やだねすでにつきければ、じがいしてぞしににける。しそくこたらうかねのぶもさんざんにたたかひて、おなじくじがいしてうせにけり。
P2281
さるほどに、きやうのるすにおいたりけるひぐちのじらうかねみつ、はやうまをたててまうしけるは、「じふらうくらんどどのこそ、ゐんのきりうどとして、かうのとのをうちたてまつらんとかまへられさうらへ」とまうしければ、いよのかみおほきにおどろき、へいけをうちすててみやこへはせのぼる。きそのぼるときこえければ、じふらうくらんど、ひぐちをようちにしてさいこくへくだり、きそぶぜいにていくさしつかれたらんとき、よせあはせてこれをうたんとないぎしたりけるが、かねみつにさとられて、したくさうゐしたりしかば、よるふけてみやこをうつたち、せんよきにてかつらがはのはたにひかへたり。きそすでにみやこへうちいるよしきこえければ、ゆきいへさしちがへて、つのくにをとほり、はりまへおもむきけり。
 げんじきらくのあひだ、へいけかちにのつておしてのぼるところに、じふらうくらんど、むろさかにゆきむかふときこえければ、へいけうつてをごてにわけて、せんぢんはゑつちゆうのじらうびやうゑもりつぎせんよきなり、にぢんはかづさのごらうびやうゑただみついつせんぎ、つぎはひだのさぶらうざゑもんかげつねいつせんぎ、つぎはほんざんみのちゆうじやうしげひらにせんぎ、またつぎはしんぢゆうなごんとももりごせんぎにて、むろさかへあゆませむかふ。げんじのせんぎはただいつてにてむかひけり。
 へいけのせんぢんやあはせしてたたかひけるに、もりつぎしばしささへてひきしりぞく。ゆきいへにぢんへはせむかひけるに、ただみつふせぎたたかひつつ、これもささへてめてのふもとへはせくだる。げんじこれをかけやぶつてつぎのぢんへはせむかひ、さんざんにたたかへどもしのびず、ひきしりぞきぬ。
 へいけはむろやま・みづしまにかどのいくさにかちてこそ、くわいけいのはぢをばすすぎけれ。
 しんぢゆうなごんふくはらにぢんをとつて、やしまへまうされけるは、「げんじのりやうたいしやう、ゆきいへをばせめふせさうらひぬ。よしなかはぶぜいにてさうらへば、みやこにてこれをせめおとし、きみをきやうへかへしいれたてまつらん」と、やしまへまうされければ、じやうげのなんによよろこびあへり。
 またせんぎありけるは、「よしなか・ゆきいへをうちおとしたりとも、よりともとうごくよりさしかへだいくわんどもをのぼせんには、かたきつくるごあるべしともおぼえず。いつたんみやこへせめいるともおくじなし。ただせいをそろへつはものをいたはりて、ごにちのかつせんをあひまつべし」と、おほいとのへんたふあつて、やしまへこぎかへりたまひぬ。
P2291
十三 きそ、きやうとにてらうぜきをいたすこと
たとひげんじのよになつたりとも、そのたぐひならざらんものはなんのよろこびかあるべきに、ひとのこころのしよせんなさは、へいけがたのよわるときいてはないないこれをよろこび、げんじのつよるときいてはきようにいつてこれをよろこびけり。
 へいけさいこくへおちしかば、そのさはぎにひかれて、やすきこころもなし。いはんやほくこくのえびすどもきやうにいつてのちは、すこしもきやうぢゆうおだやかならず。いへいへをついぶし、しざいざふぐをうばひとりければ、ゐんよりいきのはんぐわんともやすをおんつかひとして、らうぜきとどむべきよし、きそがもとへおほせくだされけるに、そのおんへんじをばまうさずして、「やたまえ、ともやす、わとのをきやうぢゆうにつづみはんぐわんといふは、ひとのためにうたるるか、はらるるか」といひければ、ともやすへんじもなくてにがわらひしつつ、きさんして、「よしなかはをこのものにてさうらひけり。むかひざまにとこそまうしてさうらひつれ。せいをたまはつてついたうせん」とぞまうしける。このともやすは、くつきやうのつづみのじやうずにてならびなければ、せけんのひと「つづみのはんぐわん」とぞまうしける。きそこれをきいて、かやうにまうしけるとかや。
 およそきそはをんごくのものとはいひながら、ひたすらのえびすなりければ、ゐんぜんをもことともせず、さんざんにふるまひければ、へいけにはことのほかにかへおとりしてぞおぼしめされける。げんじはしろじるしなり、へいけはあかはたあかじるしなり。へいじをげんじにひきかへて、ほふわうもちあつかうておはしましけるを、きやうわらんべうたによみてたてたりけるは、
〈あかさいいてしろたなごひにとりかへて かしらにまけるこにふだうかな〉
 きそかならずしもげちするともなけれども、さへゆくふゆのなかのつきのころ、しもべのものども、やまやまてらでらにみだれいり、だうしやをもこはしやき、ほとけをもやぶりやきければ、いよいよらうぜきやまざりけり。ともやすしきりにこれをうつたへまうしけるあひだ、はかばかしくひとにもおほせあはせられず、ひしひしとことさだまりにけり。
 しかるあひだ、みやでらのちやうりにおほせて、あくそうらをめしあつめけり。ひごろよしなかにしたがひたるげんじども、おほせをうけたまはつて、われもわれもとまゐりけり。およそしよじしよさんのべつたう・ちやうりにおほせて、つはものどもをめされけり。ほくめんのものども・わかてんじやうびと・しよだいふなんどは、おもしろきことにおもひて、きようにいりたりけり。おとなしきひとびと、もののことわりをわきまへたるともがらは、「こはあさましきことかな。てんがのだいじをいださん」となげきあへり。
 ほふぢゆうじどのにはじやうくわくをかまへ、つはものどもまゐりつつ、まつのはをもつてみかたのかさじるしとす。ともやすはみかたのたいしやうぐんとして、もんぐわいにしやうじにしりかけて、あかぢのにしきのよろひひたたれに、わいだてばかりをして、にじふしさいたるそやをひとすぢぬきいだして、ざらりざらりとつまやりて、「あはれ、しれもののくびのほねを、このやをもつて、ただいまいぬかばや」とぞののしりける。またよろづのだいしのみえいをかきあつめ、しはうのぢんにひろげかけけり。みかたにかたらふところのものは、ほりかはのしやうにん・まちのくわんじやばら・むかひつぶて・いんぢ・こつじきほふしばらどものかつせんのさまもいつかしならふべき、ややもすればにげあしをのみふむものどもぞおほくまゐりこもりたりける。もののかなめにたつべきものはいちにんもなかりけり。
P2298
 きそこれをきいてまうしけるは、「へいけむほんをおこして、きみをなやましよをみだす。よしなかこれをせめおとして、きみのおんよになしたてまつる。あにほうこうにあらずや。しかるになんのざいくわによつてかちゆうさるべき。これはただつづみのはんぐわんめがざんげんなり。やすからぬものかな。しやつづみめをうちやぶつてすてん」といひければ、ひぐちのじらうかねみつ・いまゐのしらうかねひらまうしけるは、「じふぜんのていわうにむかひたてまつつて、いかでかゆみをひきたまはん。ただなんどなりともあやまたぬよしをちんじまうして、くびをのべてまゐりたまふべくやさうらふらん」とまうしければ、「よしなか、としごろひごろどどのかつせんにあふといへども、いまだいちどもてきにうしろをみせず。たとひじふぜんのていわうにておはしますとも、かぶとをぬぎゆみをはづいてかうにんにまゐるべしともおぼえず。かたきつづみめにくびをきられなば、くゆともかなふべからず。こんどにおいてはさいごのいくさたるべし」とまうしければ、ともやすこれをきいて、いとどいかりをなして、いそぎついばつのよしをまうす。
 ともやすはにしきのよろひひたたれに、よろひをばきず、かぶとばかりをきて、してんわうのざうをえにかきてかぶとにおし、ひだりのてにほこをつき、みぎのてにはこんがうのれいをふり、ほふぢゆうじどののしめんのついがきのうへにのぼりて、ことをせいばいしけり。ときどきはまひなんどをまひけり。みるひとみな「ともやすにはてんぐつきにける」とぞまうしける。またしよだいしのみえいどもをやまでらよりかりもちきて、ついがきのうへにぞはりならべたりける。をこがましくぞおぼえし。
P2300
 さるほどに、きそがいくさのきちれいには、ぢんをしちてにわけければ、すゑはいつてにゆきあひけり。まづいまゐのしらうをたいしやうぐんとして、さんびやくきをもつてごしよのひがし、かはらざかのかたへおしまはし、のこりむてはてんでになるも、そのせいいつせんよきにはすぎざりけり。
 じふいちぐわつじふくにちたつのこくに、きそすでにうつたつよしきこえければ、たいしやうぐんともやすさはぎののしりけるほどに、やがてときのこゑをつくりかけて、しめんのもんぎはまでせめよせてたたかひけるに、ともやすまうしけるは、「なんぢら、かたじけなくもじふぜんのていわうにむかひたてまつつて、いかでかゆみをひきやをはなつべきや。せんじをよみかけたらんには、かれたるきくさもはなさきみなるなり。いかにいはんやにんげんにおいてをや。なんぢらがはなたんやは、かへつておのれらがみにあたるべし。これよりはなつやは、とがりやならずとも、おのれらがみにあたるべし。このむねをこころえよ」といひければ、きそあざわらつて、「さないはせそ」とて、をめいてかく。
 しかるあひだ、ごしよのきたのざいけにひをかけけり。をりふしきたかぜはげしくして、みやうくわをごしよにふきおほひて、くろけぶりおびたたしくみちみちたり。ごしよのうしろのいまぐまののかたより、いまゐのしらうさんびやくよきにてときをつくつてよせかけたりければ、まゐりこもられたりけるくぎやう・てんじやうびと・やまやまてらでらのそうと・かりむしやども、きもたましひもみにそはず、ゆみをひきやをはなつまではおもひもよらず。にしにはおほてせめむかふ、きたよりはみやうくわきたる。うしろにはからめてまはりてまちかけければ、なんめんのもんよりぞひとびとおほくまよひいでられける。にしめんはつでうばうもんのしゆけのもんをば、やまほふしこれをかためたりけるが、たてのろくらうちかただかけやぶつていりにければ、ついぢのうへにてこんがうのれいをふりつるともやすも、ひとよりさきにおちにけり。
 しちでうのすゑには、せつつのくにのげんじただのくらんど・てしまのくわんじや・おほたのたらうかためたりけるが、それもかなはで、しちでうをにしへぞおちてける。てんだいざすめいうんは、うまにのらんとおもひけるが、こしのほねをいすゑられてたちもあがりたまはず、しにたまひぬ。てらのちやうりはつでうのみやはあるこやにたちいらせたまひけるを、うちふしたてまつり、おんくびをとりけり。
P2304
 ほふわうは、おんこしにめしてなんめんのもんよりいでさせたまひけるを、ぶしどもせめかけければ、おんりきしやおんこしをすてたてまつりてみなにげうせぬ。くぎやう・てんじやうびともたちへだてられ、さんざんになりにけり。
 ぶんごのせうしやうむねながばかりぞさうらはれける。たてのろくらうちかただがおとうとのやじまのしらうゆきつな、ほふわうをとりたてまつりて、ごでうのだいりへわたしたてまつる。
 しゆじやうにはしちでうのじじゆうのぶきよ・きいのかみのりみつばかりつきたてまつりて、なんめんのいけなるおんふねにめして、さしのけおはしましたりけれども、ぶしどもやをはなつことあめのごとし。おんふなぞこにふせたてまつりて、よるにいりてばうじやうどのへわたしたてまつる。ほふぢゆうじのごしよよりはじめて、ひとびともんもんをならべ、のきをきしりてつくられたりけるしゆくしよしゆくしよ、いちうものこらずやけにけり。
 はりまのちゆうじやうまさかたは、たてのろくらうこれをいけどりていましめおきたてまつる。ゑちぜんのかみまさのぶは、うしろよりいたふされてやけしにたまふもむざんなる。ぎやうぶきやうのさんみよりすけは、あわてまよひにげいでけるが、しちでうがはらにてじやうげのいしやうをはがれ、えぼしさへうちおとされければ、もとどりはなちにまはだかにてたたれけるを、ゑちぜんのほつけうのふちにふれたるひとのちゆうげんほふし、これにつきたてまつりけるが、わがきたるころもをぬいできせたてまつり、ろくでうをにしへむいてぞおはしましける。
 およそをとこもをんなもいしやうみなはぎとられてあかはだかなりけるを、こころうしともいふばかりなし。なををしみはぢをもしるほどのひとは、みなわざとうたれてうせにけり。かひなきいのちいきたるひとひとは、にげかくれてみやこのそとへいで、さんりんにぞまじはりける。
P2308
 はつかうのこくに、きそ、ろくでうがはらにいでて、きのふのいくさにきるところのくびども、たけをゆひわたして、これをかけならべたり。いつせんよきのうまのはなをひがしへむけて、さんどときをつくりけり。ななへやへにかけならべたりけるくびのかず、さんびやくしじふとぞきこえし。そのなかに、めいうんそうじやうのくびとはちでうのみやのおんくびをばいつしよにぞかけたりける。あさましかりしことどもなり。きそはきのふのいくさにうちかつて、けふはくびどもをかけ、ろくでうがはらよりたちかへりて、いまはばんじこころのごとくにて、「うちにならんともゐんにならんともわがしんだいなり。ただしうちはわらはすがたなり。ゐんはほふしなり。いづれもこころにあはず。くわんばくにならん」といへば、らうどうどもまうしけるは、「ふぢはらうぢのものならでは、くわんばくにはならぬことにてさうらふ」とまうしければ、「さらばゐんのみうまやのべつたうにならん」とて、やがてかのしよくになりにけり。
 にじふいちにち、せつしやうをとどめたてまつる。およそぶんくわん・ぶくわん・しよこくのじゆりやう、つがふしじふくにんげくわんせられけり。まことにきそがあくぎやうは、へいけのしよぎやうにもこえたりけり。
P2310
 へいけみやこをおちぬとききて、かまくらどのよりせんにんのつはものをさしそへてのぼせられけり。おとうとににんはたいしやうぐんたり。をりふしきそいくさして、ほふぢゆうじどのをやきけるもなかなり。とうごくよりせいのぼるときこえければ、いまゐのしらうをさしつかはして、すずか・ふはのふたつのせきをかたむとぞふうぶんしける。おんざうしたちはあつたのだいぐうじのもとにとうりうして、かまくらどのへまうされければ、ひやうゑのすけおほきにおどろいていひけるは、「たとへばきそきつくわいならば、よりともにおほせてこそちゆうせらるべきに、さうなくともやすかつせんをまうしおこなふでう、こころえね」と、ふくりふせられけり。
 しかるに、いきのはんぐわん、きそがあくぎやうのことをまうさんがために、かまくらへくだりて、ひやうゑのすけのもとへまゐりけり。ひとびとおんけしきのほどをしつてまうしもいれざりければ、おんさぶらひにすいさんしたりけるを、れんちゆうよりひやうゑのすけこれをみいだして、しそくさゑもんのかみよりいへのいまだをさなくおはしましけるに、「やや、あのともやすはくつきやうのひふのじやうずときく。これをもつてひふをつくべしといへ」とて、しやきんじふにりやうわかぎみにたてまつりたまひければ、わかぎみこれをもちて、「ともやす、ひふあるべし」といへば、ともやすこのしやきんをたまはつて、「しやきんはてんがのたからのなかにはさいじやうなり。いかでかたやすくたまにはとるべき」とて、これをばくわいちゆうし、いしをみつとりもちて、めよりしたにとりもちて、すひやくせんひふをかたてにてつきさうのてにてつき、らんぶしつつ、「おう」といふこゑをあげて、ひとときばかりつきければ、まゐりあひたるだいみやうせうみやう、おのおのきようにいつてけんぶつす。そのときたいめんせられたり。ともやす、きそがかつせんのしだいをかたりけり。されどもひやうゑのすけ、さきだちてこころえてんげれば、へんじもなかりけり。ともやす、みすくみてみやこへのぼりけり。
 ひとはのうはあるべかりけるものかな。ともやすにおいては、さしもいこんふかくおぼされけるに、ひふゆゑにぞひやうゑのすけたいめんせられたりける。
P2314
十四 きそついたうのために、よしつね・のりより、せた・うぢにむかはるること
げんりやくぐわんねんしやうぐわつひとひ、ゐんのごしよはろくでうにしのとうゐんのだいぜんのだいぶなりただがしゆくしよなり。ごしよのていしかるべからざりけるあひだ、はいれいおこなはれず。ゐんのはいれいなかりければ、てんがのはいれいもおこなはれず。
 へいけはさぬきのくにやしまのいそにはるをむかへて、ぐわんにちぐわんざんのぎしきことよろしからず。せんてい〈 あんとくてんわう 〉わたらせおはしませば、しゆじやうとあふぎたてまつる。されどもしはうはいもなし、せちゑもおこなはれず、まなをもそうせず。よみだれたりしかども、みやこにてはさすがにかくはなかりしものをとて、いとどふるさとのこひしさぞおもひまさりける。せいやうのはるもきたり、うらふくかぜもやはらかに、ひかげのどかになりゆく。とうがんせい〔がん〕のやなぎちそくをまち、なんしほくしのうめのかいらくをよむころなれども、このひとびとはくににとぢこめられて、せつせんのかんくてうのきえぬゆきにうもれてなげくらんも、かくやとおぼえてあはれなり。しかるままに、みやこにはしきのをりふしにつけて、あふぎあはせのきよう、まり・こゆみのあそびさまざまなり。かやうのことどもおぼしめしいだしてぞ、ながきひをいとどくらしかねたまひける。
 おなじくとをか、〈 きそ 〉さまのかみよしなか、ゐんのごしよへまゐつて、へいけついたうのためにさいこくへはつかうすべきよしそうもんす。これによつて、「ほんてうにかみのよよりつたはりたるさんじゆのしんぎあり。いはゆるしんじ・ほうけん・ないしどころなり。ことゆゑなくかへしいれたてまつるべし」とおほせくだされければ、かしこまつてうけたまはり、まかりいでぬ。
 すでにけふかどいでとぞきこえける。されども、よしなかがあくぎやうみにあまるよし、ほくめんのげらふみなもとのはんぐわんすゑとしをもつて、くわんとうのよりともにおほせくだされければ、おほきにおどろいて、しやていかばのくわんじやのりより・くらうくわんじやよしつねをたいしやうとして、むねとのつはものさんじふにん、そのせいろくまんよきをうちのぼす。ひやうゑのすけ、つはものいちにんづつにむかつて、「こんどはなんぢをたのむぞ」とのたまへば、おのおのわれいちにんしてかうみやうせんとぞおもひける。
P2319
さるほどに、とうごくよりかばのおんぞうしのりより・くらうおんぞうしよしつねににんをたいしやうぐんとして、すまんぎのぐんびやうをさしのぼせらるるよしきこえけり。へいけはさいこくよりせめのぼる。きそはとうざいにつめられてせんかたなく、ひとつになつてげんじをせむべきよし、さぬきのやしまへまうしけれども、よりともがおもはんこともはづかしければ、「おんこころざしあらば、ゆみをはづしてかうにんにまゐれ」とて、もちゐられず。へいけはきそがあくぎやうをききつたへて、「きみもしんもやまもならも、このいちもんをそむいてげんじのよになしたれども、さもあるか」と、おほいとのよりはじめたてまつりて、きやうにいりてぞわらはれける。
P2322
さるほどに、よしなかがらんあくをきいて、とうごくよりひやうゑのすけよりとも、きそをついたうすべきよし、はやうまをたてて、のりより・よしつねのかたへいひつかはされけり。きそまたこのよしをきいて、らうどうどもをわけつかはしてこれをかこむ。ねのゐのこやたゆきちか・そのこたてのろくらうちかただ・かたらのさぶらうせんじやうよしひろ、これらさんにんをたいしやうぐんとして、ごひやくよきにてうぢをかためにこれをさしつかはす。いまゐのしらうかねひら・やしまのしらうゆきつな・おちあひのごらうのぶみつらさんにんをたいしやうぐんとして、ごひやくよきにてせたをかためにこれをさしつかはす。りやうはうともにはしをひいて、むかふてきをぞまちかけける。
P2325
 じゆえいさんねんしやうぐわつはつかとらうのときに、とうごくのぐんびやうりやうはうよりうちいりけり。
 せたのおほてのたいしやうぐんにはかばのくわんじやのりより・たけだのたらうのぶよし・かがみのじらうとほみつ・しそくをがさはらのじらうながきよ・いちでうのじらうただより・いたがきのじらうかねのぶ・たけだのひやうゑありよし・いさはのごらうのぶみつ、さぶらひたいしやうぐんにはちばのすけつねたね・ちやくしにたらうたねまさ・まごのこたらうなりたね・おなじくへいじつねひで・さうまのじらうもろつね・おほすがのしらうたねのぶ・おなじくごらうたねみち・おなじくろくらうたねより・しやていしひなのごらうたねみつ・しそくのじらうありたね・とひのじらうさねひら・いなげのさぶらうしげなり・はんがへのしらうしげとも・もりのごらうゆきしげ・をやまのこしらうともまさ・をのでらのたらうみちつな・さぬきのしらうたいふひろつな・ゐのまたのこんぺいろくのりつな・なかむらのこさぶらうときつな・しやうのさぶらうただいへ・おなじくしらうたかいへ・おなじくごらうひろかた・やまな・さつみのともがらをはじめとして、さんまんごせんよきとぞきこえし。
 からめてのうぢのたいしやうぐんにはくらうくわんじやよしつね・やすだのさぶらうよしさだ・おほうちのたらうこれよし・たしろのくわんじやのぶつな、さぶらひたいしやうぐんにはみうらのすけよしずみ・さはらのじふらうよしつら・しぶやのしやうじしげくに・おなじくうまのじようしげすけ・はたけやまのじらうしげただ・おなじくながののさぶらうしげきよ・くまがへのじらうなほざね・ひらやまのむしやどころすゑしげ・かすやのとうだありすゑ・かぢはらのへいざうかげとき・しそくげんたかげすゑ・ささきのしらうたかつな、これらをはじめとして、にまんごせんよき、いが・いせをへてうぢぢへむかふとぞきこえし。
P2328
十五 たかつな、うぢがはせんぢんのこと
 さるほどに、かまくらどのにするすみ・いけずきとて、ひさうのおんうまあり。なかにもいけずきは、すみくりげなるうまの、やきあまりなるが、したをしろく、ひとをもうまをもくひけるあひだ、いけずきとぞまうしける。ならびなきうまなりければ、いちのみうまやにたてられてひさうせられけるを、かばのおんざうしまうされけれどもたまはず。かぢはらのげんたまうしければ、「しかるべしといへども、しぜんのこともあらば、よりともこれにのつていづくへもむかはんとおもふ。しかるあひだたまはぬぞ。これとてもおとらぬうまぞ。これにのれ」とて、するすみといふうまの、ふとくたくましきが、をかみあくまでたり、ななきにあまりけるをかぢはらにたまふ。かぢはらこれをたまはつて、「いづれにてもあれ、まうすところむなしからねばめんぼくなり」とて、まかりいでぬ。
 またささきのしらうたかつな、ごぜんにまゐつてまうしけるは、「こんどうぢばしさだめてひかれてさうらふらん。うまなくてさうらへば、いかにしてさきがけつかまつるべしともおぼえずさうらふ。いけずきをたまはつて、まつさきかけさうらはばや」とまうす。かまくらどののたまひけるは、「なんぢがちちささきのげんざうひでよしよりほうこうたにことなれりとおぼしめさるるむねあれば、これはさきにかばのくわんじやとかぢはらのげんたとまうしつるにたまはねども、なんぢがまうせばたまふなり。さだめてげんたこれをきき、うらむるむねありなんとおぼえたり。そのむねぞんぢすべし」とて、たまはつてんげり。
 ささきのしらうたかつなおもひけるは、「ごしやていかばのおんざうしといちのじんかぢはらのげんたにもたまはぬを、たかつなこれをたまはることのありがたさよ。かからんしゆうのためにいのちをすてんは、なにかはをしかるべき」とおもひければ、たかつなまうしけるは、「しにたりときこしめされさうらはば、ひとにさきんぜられたりとおぼしめさるべくさうらふ。いきたりときこしめされさうらはば、せんぢんつかまつりたりとおぼしめさるべくさうらふ」と、ことばをはなつて、かまくらどののごぜんをたちにけり。
P2332
 しかるに、あしがらをこゆるほどに、みちきはめてせばし。こころはさきにとはやれども、うましだいにうちけるに、するがのくにうきしまがはらにうちいでけり。みなみはうみをかぎり、きたはぬまをかぎり、うちひろげてぞゆきける。かげすゑ、みしまのだいみやうじんにまうで、「ねがはくは、こんどゆみやのなをあげさせたまはば、しちばんのかさがけをいん」ときねんして、うきしまがはらにうちいで、すけどのよりたまはつたるするすみに、こあやがひのくらにもえたつほどのしりがいかけ、とねりろくにんにひかせ、「われよりほかにたれかはおんうまをたまはるべき」とおもふところに、くだんのうまを、ささきのしらう、とねりはちにんにひかせて、ひつかけひつかけうちいでたり。かぢはらこれをみて、「あはや、かげすゑのまうすにはをしませたまひつるいけずきを、たれかたまはつたるらん。こはやすからず」とおもひて、「たがおんうまぞ」ととふに、「ささきどののおんうまなり」とまうす。「ささきとはいづれぞ。」「しらうどののおんうまなり」とまうす。げんたこれをきいておもひけるは、「おなじさぶらひに、かげすゑがさきにこれをまうすにたまはらで、おぼしめしぬいて、ささきのしらうにたまひぬるこそうらめしけれ。これほどのふたごころおはしまさんしゆうをたのみたてまつつてもいかんせん。くちをしくもおぼしめしおとされたり。へいけにくんでこそしぬべけれども、おもひのほかに、ここにてかまくらどののをしみおぼしめされたるささきのしらうとさしちがへて、いちどにしんで、かまくらどのにそんとらせまうさん」とて、まちかけたり。
 さるほどに、ささきのしらうほどなくうちいでたり。かぢはらうちよつて、「いかにささきどの、そのおんうまはたまはられたるか」といひければ、「あはれ、かまくらどのの『ぞんぢせよ』とおほせられつるはここぞかし」としんちゆうにあんじいだして、「さうなく『たまはつたり』といひては、やつがけしきをみるに、いかにもなりなん。これほどのだいじをまへにかけながら、みかたうちしてはせんなし」とおもひければ、「やたまへ、げんたどの。このうまをまうしつるほどに、かなふまじきよし、おほせありつれば、このうまをぬすんでくびをきられたてまつらんも、みづにながされてしなんも、しにてんことはおなじことなり。おなじくはよきうまにのつてこそ、うぢがはをわたしてくびをきられたてまつらん、とおもひつるあひだ、あすいでんとてのよる、みうまやのこへいじにさけをもり、ゑひふしたるあひだに、つなをおしきつて、ぬすみいでたるぞ」といひければ、かぢはらこれをきいて、「ねたい、かげすゑもぬすむべかりしものを」とぞまうしける。
P2334
 やうやうひかずもふるほどに、それよりうちつれてにまんごせんよきのおほぜいにて、うぢがはのはしのつめにぞうちよせたる。むかひのはたをみれば、らんぐひをうちつなをはへ、さかもぎをつないでながしかけたり。まことにわたすべきやうなかりけり。
 はたけやまのしやうじじらうしげただ、しやうねんにじふいつさいになりけるが、ひをどしのよろひをき、くはがたうつたるかぶとに、しらあしげのうまのふとうたくましきに、きんぶくりんのくらおいてのつたりけるが、かはのふちにうちよせてまうしけるは、「かまくらどのも、『さだめてうぢ・せたのはしをばひいたるらん』と、おんさたのありしぞかし。しろしめさぬうみかはのにはかにいできたらばこそ、これにひかへてかくはまうさせたまはめ。これはあふみのみづうみのしりなれば、いかにほすともかはかされず。せくともまたせかれず。たうじはひらのたかねにゆききえて、みづかさなつていとどますらん。みづのこころをみわたしさうらふに、うまのあしのたたぬところはよもしごだんきはにはすぎじ。いんぬるぢしようしねんに、あしかがのまたたらうはおにかみにてこれをばわたしけるか。しげただせぶみつかまつらん」とて、はんざはのろくらうなりきよ・ほんだのじらうちかつね・せやまのじらう・ほりどのたらう・たんのたうらをあひぐして、かはなかへぞうちいりける。
 ここにささきのしらうたかつな・かぢはらのげんたかげすゑににん、こころばかりはたがひにせんぢんをあらそひけり。ささきのしらう、せぶみのためにひとをえらぶところに、かぢはらのげんたかげすゑ、するすみといふいちもつにはのつたり、まつさきかけてざつとおとす。ささきのしらうきつとみれば、げんたさんたんばかりさきにたつてをめいてわたいてゆく。たかつなこれをみて、うんやつきはてぬとおもひて、ことばをぞかけたりける。「やとの、かぢはらどの。ながはせしたるうまなれば、ぐそくゆるくみえたり。これほどのおほかはをわたしたまふに、くらをふみかへして、あやまちなしたまひそ」とぞまうしける。げにもとやおもひけん、つつたちあがり、はるびをひつつめひつつめしけり。
 しかるにくつきやうのうまなれば、はるびをかたむとこころえて、かはなかにふんばりてぞたつたりける。そのときたかつな、いちもつにのつたりければ、おしちがへてみづのをにつき、ざつといそぎわたしければ、にたんばかりさきだつてわたす。げんたこれをみて、「ささきにだしぬかれぬよ」と、やすからずおもひて、むちあぶみをあはせておひけれども、たかつなさきにすすみてんげれば、むかひのふちにつきにけり。つなのうまのくびにかかりけるをば、たちをぬいてふつときつてなんなくをかにあがりにけり。たかつな、げんたにことばをかけけるとき、おもひけるは、「ことばをかくるにきかぬかほにてわたさば、おしならべてこびきにひいて、みづぎはにさしさげてうまのはらをい、これをいおとし、さきをかけん」とぞおもひける。これもあやうかりしことなり。げんたはつなのうまのかしらにかかりけるをのらずして、おしながされてぞただよひける。
P2336
ささきのしらう・かぢはらのげんたがうちいつてわたすをみて、はたけやまごひやくよきにてうちいりけり。これをみて、そののちたいしやうぐんくらうよしつねをはじめとしてにまんごせんよき、われもわれもとわたしければ、みづはせかれてうへへのぼる、しもさまはざふにんどもかちにてわたるに、ひざよりうへをばぬららさず。はづるるみづこそいかにもたまるべしともみえざりけり。
 はたけやま、うまをばいさせてかちにてわたすに、みづは〓をひたしておびたたし。うしろをみれば、よろひきたるむしやいつき、おしながされてただよふ。はたけやまこれをおほくしとみて、かいつかんでなげあげたれば、むかへのきしにつつたちあがつて、「そもそもうぢがはのいちばんにうちいるところははたけやまなり。むかへにつくところはおほくしさきなり」となのりければ、これをきくひといちどうにどつとぞわらひける。
 そののち、かすやのとうだありすゑ・ひらやまのむしやどころすゑしげ・しぶやのしやうじしげくに・うまのじようしげすけ・くまがえのじらうなほざね、うまをふみはなし、はしげたをゆんづゑついてぞわたしける。
P2338
 ささきのしらういちばんにむかへのきしへうちあがつて、「あふみのくにのぢゆうにんささきのしらうたかつな、こんどうぢがはのせんぢんにわたす」とぞなのりける。むかへのはたにはごひやくよきさしむかひ、やじりをそろへてさんざんにいる。あめのふるやうにあたるといへども、よろひよければうらかかず、あきまをいねばてもおはず。おもふやうにかけまはす。
 かぢはらのげんた・はたけやまもつれてうちあがりけるが、ささきにせんぢんとなのられて、ここちあしげにやおもひけん、にぢんともさんぢんともなのることなかりけり。ちからにおよばざることなり。
 おほぜいうちわたしてせめければ、きそがらうどう、われもわれもとふせぎたたかへども、ぶぜいなればかなはずして、かたらのさぶらうせんじやううたれぬ、ねのゐのこやたてをおひぬ。にしな・たかなし・たてのろくらうちかただおちにけり。
P2340
 せたのてには、いちでうじらうただより、みぎはにうちよせまうされけるは、「いよのかみのかたより、けふのいくさのたいしやうぐんはたれぞや。なのれや」といはれければ、いまゐのしらうかねひら、ひをどしのよろひに、かげなるうまにのつたりけるが、なぎさにうちよせ、あふぎをひらきつかひてまうしけるは、「きそどののおんめのとごに、ちゆうざうごんのかみかねとほがこ、いまゐのしらうかねひら。けふのせんぢんをたまはつてかためてさうらふなり」とまうしければ、ただよりとりあへず、「さればいまゐがしよゐともおぼえぬかな。はしのひきやうのみくるしさよ」といひければ、かねひらまうしけるは、「むかしよりいまにいたるまで、てきのよするときいて、はしをかけ、みちをつくり、ふねをうかべてむかふるれいはなし。ただわれとおもはんひとびとはかけよや、かけよ」とまねけども、いちにんもわたすものはなし。ただうはやばかりをいちがへて、たがひにしようぶをけつしがたし。
 されども、むさしのくにのぢゆうにんいなげのさぶらうしげなり・おなじくしらうしげとも・もりのごらうゆきしげ、これらさんぎをさきとして、にひやくよきにて、こころざしするくごのせをわたしければ、さんまんごせんよきのおほぜいみなつづいてわたしけり。いまゐのしらう・やしまのしらう・おちあひのごらういげのつはものごひやくよき、ふせぎたたかへども、おほぜいにやぶられて、せたもうぢもまたからず。
P2342
のちに、かつせんのにつきかまくらへくだりたりければ、かまくらどの、まづおんつかひをめしておほせられけるは、「ささきのしらうといふものあるか。」「さうらふ」とまうす。「しかればさきがけしけるにこそ」とて、につきをごらんずれば、「うぢがはのせんぢんささきのしらうたかつな」とぞつけたりける。しかるに、〈 よしなかがらうどうどもぶぜいなりければ、かけちらされてさんざんになりにけり。 〉よしなかはうぢをおとしてきやうにうちいる。
P2344
 きそさまのかみ、うぢ・せたりやうはうへはうつてをさしむけつ、とうごくよりはつはものうんかのごとくせめのぼりければ、いづくへものがるべきかたなく、けふをかぎりとおもはれければ、にようばうのなごりををしまんとて、ろくでうきやうごくのしゆくしよへぞいりにける。かのにようばうとまうすは、まつどののにふだうてんがのおんむすめなり。きそやるかたなくなごりををしみて、うつたつべきけしきもなければ、いままゐりにゑちごのちゆうだいへみつといふものあり。ごぜんへまゐつてまうしけるは、「うぢのて、すでにおとされさうらひて、てきおほくさいしようくわうゐん・やなぎはらにうちいるよしきこえさうらふ。はやうつたちたまへ」とまうしけれども、きそにようばうのなごりをしさに、いつしかうつたつべきやうもなし。
 いへみちかさねてまうしけるは、「いままゐりのみたりといへども、ゆみやとりのならひは、ねんらいへんしのなさけにあらずといへども、いのちをすつるはつねのほふなり。さればすなはち、しぜんのおんことさうらはば、やおもてにたたんとこそぞんじさうらへども、おほぜいにかけへだてられさうらはば、よくしにたりともおつともごふしんのこらんことがくちをしくさうらへば、よはいまはかうとおぼえさうらふ。みうちへまゐりしひより、いのちにおいてはきみにたてまつりさうらふ。さきにいへみちしんでみせたてまつらん」とて、はらかききつてふしにけり。きそこれをみて、「いへみちがじがいはよしなかをすすむるにこそ」とて、「なほもなごりはをしけれども、らいせにてゆきあひたてまつらん」とて、かぶとのををしめ、なはのたらうひろずみをさきとして、いつぴやくきのせいにてうつたちけり。
 たかきもいやしきも、けんじんもぐじんも、なんによのみちはちからにおよばぬことなり。ましてただいまをかぎりにうちいでけるこころのなか、さこそとおしはかられてあはれなり。
P2346
 よしなかまづゐんのごしよろくでうどのへまゐつてまうしけるは、「うぢ・せたりやうはうのてやぶられさうらひぬ。さいごのげんざんにまかりいりさうらはん」とて、うまにのりながらなんていにまゐりけり。よしつねきやうへうちいるよしきこえければ、さしてまうすむねもなくてまかりいでければ、いそぎもんをぞさされける。じやうげてをにぎつてぐわんをたてぬといふことなかりけり。
 げにやよしなかはひやつきのせいにてろくでうがはらへはせむかふ。よしつねにひやくきのせいにてゆきあひぬ。よしなかはこれをさいごのかつせんとおもひきる。よしつねはここにてうちとめんとはやる。よしつね・しげただ・しげより・たかつな・かげすゑ・しげくに・しげすけらをさきとしてたたかひけり。
 よしなかすでにうたれんとすることどどにおよべども、かけやぶりかけやぶりとほらんとす。「かくあるべしとしりたらましかば、なにしにいまゐをせたへやりつらん。えうせうより、もしやのことあらばいつしよにふさんとこそちぎりしに、ところどころにふすことこそかなしけれ。いまゐがゆくへをみん」とおもひければ、かはをのぼりにかくるほどに、おほぜいおつかけてせめければ、とつてかへしとつてかへし、ろくでうがはらとさんでうがはらとのあひだ、しちかしよにてかへしあはせ、さんざんにたたかひ、かはをはせわたり、かはらをのぼりにぞおちられける。
 よしつね、らうどうをもつてこれをおはせ、わがみはごしよへはせまゐる。
P2350
十六 よしつね・はたけやまゐんざんのこと
 だいぜんのだいぶなりただ、ごしよのひがしのついがきにのぼりこれをみれば、ろくでうにしのとうゐんのごしよをさして、ぶしろくきはせまゐる。なりただおそるおそるごぜんにまゐつて、このよしをそうもんしければ、ほふわうをはじめたてまつり、くぎやう・てんじやうびと、ほくめんのともがらにいたるまで、「よしなかがよたうかへりまゐるにこそあれ。こんどぞよのうせはてなんよ」とてさはぎあへり。
 またかへりのぼつてこれをみれば、ろくきのむしや、もんのくちにてまうしけるは、「とうごくのよりとものしやていくらうくわんじやよしつね、うぢのてをおひおとしてまゐつてさうらふ。げんざんにいれたまひさうらへ」とまうしければ、なりただあまりのうれしさに、ついがきよりいそぎくだりけるが、こしをつきそんじけり。いたさはうれしさにわすれて、はふはふごしよにまゐつて、このよしをそうもんす。ほふわうをはじめたてまつり、じやうげしよにんあんどのおもひをなされけり。
 もんをひらかれければ、おのおのくるまやどりのまへにまゐつてかしこまる。よしつねいちにんおほゆかのちかくへあゆみよつてひざまづく。あかぢのにしきのひたたれにしろからあやをたたみ、すそくれないにをどしたるよろひに、こがねづくりのたちをはき、きりふのやをおひ、ぬりごめどうのゆみをぞもつたりける。ほふわうちゆうもんのれいしよりえいらんあり。ろくにんのものどものつらだましひ・ことがら、いづれもおとらずぞみえける。
 ぎよかんのあまりに、「おのおのけうみやうをなのりまうしさうらへ」とおほせくだされければ、「たいしやうぐんみなもとのくらうよしつね。」「しやうねんいつく。」「にじふろく」とまうす。いちにんは「むさしのくにのぢゆうにんはたけやまのじらうしげただ。」「しやうねんいくばくぞ。」「にじふいつさい」とまうす。いちにんは「どうこくのぢゆうにんかはごえのこたらうしげふさ」、いちにんは「さがみのくにのぢゆうにんかぢはらのげんたかげすゑ」、いちにんは「どうこくのぢゆうにんしぶやのうまのじようしげすけ」、いちにんは「あふみのくにのぢゆうにんささきのしらうたかつな」とまうす。よしつね・しげただをばとしまでおんたづねありけれども、のこりしにんはけうみやうばかりをぞとひめされ、としまではおんたづねもなかりけり。よろひはいろいろにかはりたれども、ゆみはみなぬりごめどうにてぞありける。かみをひろさいつすんばかりにきつて、ゆみのとりうちのところにひだりまきにまきたり。
 ほふわう、なりただをもつてかつせんのしだいをえいぶんあり。よしつねかしこまつてまうしけるは、「よしなか、いちもんたりといへども、ともいへをべつじよしたてまつるによつて、ついたうのために、あによりとも、しやていのりよりならびによしつねをたいしやうぐんとして、とうごくのけにんさんじふにんをえらびつけられてさうらふなり。そのせいすでにろくまんぎにおよべり。よしつねはうぢよりまかりいつてさうらふ。のりよりはせたをまはつてさうらひつるが、いまはちかくさうらひぬらん。よしなかはかはをくだりにおちさうらひつるを、らうどうどもをもつてこれをおはせさうらひつれば、さだめていまはうちとりさうらひぬらん」と、こともなげにまうしければ、「よしなかがよたうまたかへりまゐつてらうぜきつかまつることもこそあれ。このごしよよくよくしゆごしたてまつるべし」とおほせくだされければ、おのおのもんもんをぞかためける。
P2355
十七 きそ、せたにてうたるること
さるほどに、にまんよきのたいぜいろくでうがはらにみだれいる。きそはわづかにぶぜいなり。ひぐちのじらうかねみつはごひやくきのせいをぐそくして、じふらうくらんどをせめんがために、かはちのいしかはへくだりけり。いまゐのしらうかねひらはごひやくよきのせいをあひぐして、せたをかためにむかひけり。ねのゐのこやたはごひやくよきをひきぐして、うぢをかためにむかひけり。しかるあひだ、よしなか、せいすくなくてかなひがたさに、いまゐといつしよにふさんとちぎりたりければ、せたのかたへおつ。あはたぐち・せきやまにもなりければ、じやうげしちきになりにけり。
 そのなかにいつきはをんなにてありけり。なをばともゑとぞいひける。きはめてかほよきびぢよの、としさんじふになりけるが、だいぢからのかうのもの、つよゆみのせいびやう、やつぎばやのてきき、くつきやうのあらうまのり、あくしよがんぜきをはすること、すこしもきそどのにもあひおとらず。どどのかつせんにいちどもてきにうしろをみせず。まいどのかうみやうならびなきものなりけり。そのひはこんむらごのひたたれに、からあやをどしのよろひ、しらほしのかぶとをきて、ながふくりんのたちをはいたりけり。おほなかぐろのやかしらだかにとつてつけ、しげどうのゆみのまんなかとつて、あしげのうまにぞのつたりける。
 きそ、おほつのはまのこなたなるうちでのはまといふところにて、いまゐのしらうにゆきあひぬ。いまゐもきそどのとみたてまつり、きそもいまゐとみて、たがひにそれとめをかけて、こまをはやめてうちよせけり。「いまゐか」といへば、「さんざうらふ。てきにうしろをみすべきにはさうらはず。せたにていかにもなるべきにてさうらひつるが、きみをいまいちどみまゐらせさうらふかとて、みやこにのぼりさうらふ。もしまゐりみずてやさうらはんずらんと、こころぐるしくぞんじさうらひつるに、これにてまゐりあひたてまつりさうらふは、かへすがへすうれしくさうらふ」とまうしければ、きそいひけるは、「よしなかもろくでうがはらにていかにもなるべかりつれども、なんぢといつしよにてしなんとちぎりぬれば、いままではらをもきらずして、なんぢをたづねゆくなり。いまはこのよにおもひおくことなし」とて、いづかたへもすすみやらず、よろひのそでをぞぬらしける。
 いまゐまうしけるは、「このあたりにみかたのものやさうらふらん。おんはたをあげてごらんさうらへ」とまうしければ、「ろくでうがはらにてはたさしすてられたるなり」とのたまひければ、いまゐ「おんはたよういつかまつりさうらふ」とて、えびらのなかよりしろはたひとながれとりいだしてさしあげければ、「もつともしかるべし」とて、はたをさしあげたりければ、ここやかしこにかくれたるつはものども、「おんはたのみゆるは、きみにてわたらせたまふにこそ」とて、にさんじつき・じふしごきづつはせまゐるほどに、またさんびやくよきになりにけり。きそすこしちからつきて、「さいごのいくさしきはめてしなん」とて、はまくだりにうたれけるほどに、ろくしちせんぎばかりのせいいできたる。「たがて」ととひければ、「かひのいちでう・たけだ・をがさはらのせい」といふ。「さてはよいかたきにこそ」とてうちむかふ。
 ここにともゑまうしけるは、「しばらくしづかにものをごらんぜよ。わらはさいごのいくさつかまつつてげんざんにいれん」とて、ゆみをわきにかきはさみ、たちをぬいてひたひにあて、おほぜいのなかにかけいり、くもで・じふもんじにかけやぶつて、おほつのみづうみのはしにとほりければ、にきのてきありけり。なかにはせいり、ににんのてきをつかみ、さうのわきにはさんで、ににんのかぶとのはちをうちあはせ、みぢんのごとくにうちやぶつて、みづうみになげいれ、またとつてかへし、おほぜいのなかにはせまはる。いちでうのじらうまうしけるは、「『きそどののうちにだいぢからのをんなむしやあり。あひかまへていのちをころさずいけどりてまゐれ』と、かばのおんざうしのおほせられしなり。いのちをころさずてどりにせよ」とげちせられければ、つはものどもいるにおよばずきるにおよばず、ただおしならべてくまんくまんとこころははやれども、てにもたまらずはせまはりけり。
P2359
 きそどのはこれをみて、「ともゑうたすな。つづけや、つづけや」とはせまはる。
 きそはあかぢのにしきのひたたれに、ひをどしのよろひにくはがたうつたるかぶと、くろきうまにきんぶくりんのくらおいてのつたりけるが、すすみいでてなのられけるは、「せいわてんわうじふだいのばつえふ、はちまんたらうしだいのまご、たてはきのせんじやうよしかたがこ、きそのくわんじや、いまはさまのかみけんいよのかみ、あさひのしやうぐんみなもとのよしなかとよばるるぞ。うちとれやものども、うちとれものども」とて、さんびやくよきのつはものども、とがりやがたにたてなし、わがみはくしのさきのごとくになつて、おうとをめいて、しちせんぎがまんなかへかけいりたり。いちでうのじらうまうしけるは、「なのるてきをうちとれ、うちとれやものども、あますなもらすな。なかにとりこめてたたかへ」とげちしけれども、さんびやくよきあうぎをきはめたるものなれば、てにもたまらずはせまはつて、さんざんにかけやぶつて、くつとぬけていづるせい、にひやくよきにぞなりにける。むさし・かうづけ・しなののせいども、かしこここにあはせてごせんぎいできたる。きそがにひやくよきのつはものども、くつばみをならべてうちいりけり。
 むさしのくにのぢゆうにんおんだのしちらうむねはる、だいぢからのかうのもの、らうどうにあひていひけるは、「きそどののみうちにともゑといふをんなむしやは、きこうるだいぢからのかうのものなれば、をんなはいかにつよしといへども、なにほどのことかあるべき。うちすごしとほるやうにて、などくんでおとさざるべき。われもしくみふせられたらば、おのれらよりあふべし」とて、くつきやうのらうどうはつきうしろにたて、をめいてかく。「をんながよもひげあらじ。ひげのなからんをともゑとおもふべし」とて、うちかぶとにめをかけてみまはすほどに、ひげなきむしやいつき、うちかぶとしろじろとしていできたり。「これこそそれよ」とおもひ、おしならべてむずとくむ。ともゑ、しやむねはるがおしつけのいたをつかんで、くらのまへわにおしつくるとみれば、くびねぢきつてぞなげすててんげる。はつきのらうどうども、ひまもなくてよりあはするにもおよばず。
 このともゑとまうすは、これはひぐちのじらうがむすめなり。はははかざしとて、きそどののびぢよにめしつかはれけるを、ひぐちがこともいはねども、ひとみなそのことしりてけり。
P2361
 さるほどに、にひやくきのつはものとがりやがたにたてなして、ごせんぎのまんなかをふたつにかけやぶり、うしろへくつとぬけてとほるせい、しちじつきにぞなつたりける。そののち、どひのじらうさねひらをはじめとして、さがみのくにのけにんどもいつせんよきいできたる。きそまたしちじつきくつばみをならべてをめいてかく。たてよこ・くもで・じふもんじにかけちらし、うすくれないにたたかひなし、うらからおもてへくつとぬけていづるせい、にじふさんぎになりにけり。そののち、にさんびやくき、いちにひやくきばかり、しごじつき、にさんじつきづつ、ゆきあひゆきあひたたかひけるを、さんざんにかけちらしてとほりけり。さるほどに、いまはじやうげごきにぞなりにける。ともゑはおちやしぬらん、みえざりけり。
 てづかのべつたう、しそくたらうをまねいてまうしけるは、「このよのなか、いまはかぎりとみえたり。おちんとおもふ。つづいておちよ」といひければ、たらうまうしけるは、「ひとのおやのならひには、このおちんとまうすとも、せいしいましめらるべきに、ねんらいのぢゆうおん、いづちにかおつべき」とて、はせいでければ、てづかのべつたうおちにけり。たらうはうちじににす。
 ともゑはかまくらへおちまゐるほどに、わだのさゑもんまうしあづかりて、だいぢからのたねをつがんとおもひければ、いちにんのなんしをうませけり。あさいなのさぶらうよしひでこれなり。
P2363
 たてのろくらうちかただもうたれぬ。いまはいまゐのしらう・きそどのしゆうじゆうにきになりぬ。きそ、いまゐにうちならべていひけるは、「れいならずよしなか、よろひのおもくおぼゆるぞ。いかがせん」といへば、いまゐまうしけるは、「いまだおんつかれともみえたまはず。おんうまもよはらずさうらふが、ひとのなきによつて、おくしてさはおぼしめしさうらふやらん。かねひらいちにんをばよのものせんぎとおぼしめせ。あのまつばらはごたんにはよもすぎさうらはじ。まつのなかへいらせたまひて、しづかにおんねんぶつあつて、おんじがいあるべくさうらふ。やななつやついのこしてさうらへば、しばらくふせぎやつかまつるべくさうらふ。さりながら、かねひらがゆくへをごらんじはててのちに、おんじがいあるべし」とまうしければ、きそどのいひけるは、「みやこにてうたるべかりしが、これまできたりつるは、なんぢといつしよにしなんとおもふゆゑなり。ただにきになりて、ふたところにふさんことこそくちをしかるべけれ」とて、うまのはなをならべてかけんとしたまふところに、いまゐまうしけるは、「むしやはしんでのちがまことはかたまりさうらふ。としごろひごろいかにかうみやうはするとも、さいごのときにふかくをしつるものは、ながききづにてさうらふぞ。こころはいかにたけきていにおぼしめせども、ぶぜいはかなはぬことにてさうらふ。いひかひなきやつばらにくみおとされたまひて、うきなばしながさせたまふな。とうとうまつばらにいらせたまへ」とまうしければ、きそさもやとおもはれけん、うしろあはせにかけてゆく。
 さるほどに、おほぜいはいまだおひつかざりけるが、せたのかたよりさんじつきばかりにていできたる。いまゐをりふさがつてまうしけるは、「ふるくはおとにもききつらん、いまはめにもみよ。きそどののめのとご、きそのちゆうざうごんのかみかねとほがじなん、いまゐのしらうかねひら、きみとごどうねんにてさんじふさんにまかりなる。かまくらどのもしかるものありとはしろしめされたり。うちとつてげんざんにいれよや、ものども」とて、をめいてなかにかけいりければ、きこゆるだいぢからのかうのもの、つよゆみせいびやうなりければ、ざつとわつてぞのきにける。いまゐ、やすぢのやをもつておものいにてきをいければ、ひとつもむだやなし。ししやうはしらず、はちにんうまよりいおとしてんげり。そののち、たちをぬいてをめいてかく。これをくまんとするものさらになし。「かきひらいていよや」とて、あめのふるやうにいかけけれども、よろひよければうらかかず、あきまをいねばてもおはず。たたかひ〓つてぞくるひける。
P2366
 さまのかみ、まつばらをさしておちられけるに、あらてのむしやごきはせきたる。たいしやうぐんはこざくらをきにかへしたるよろひに、かげなるうまにのつてはせつづき、なのりけるは、「さがみのくにのぢゆうにんえびなのげんぱちひろすゑがまご、はぎののごらうすゑみつなり。あれはげんじのたいしやうぐんとみたてまつる。てきにうしろをみすることなし。」よしなか、いのこしたるなかゆびとつてつがひ、よつぴいてはなてば、すゑみつがむないたはつたといやぶり、うしろのおしつけにやさきみえていいだしたり。だいじのてなるあひだ、うけもあヘず、どうどおつ。「たいしやうぐんかへさせたまへ」とまうしければ、さがみのくにのぢゆうにんはぎののこごらうすゑみつ、とつてかへし、なのるてきをゆんでになし、よくひきつめてひやうどいる。すゑみつうまのはらをいられてはねおとさる。
 しやうぐわつはつかのことなれば、よかんいまだつきもせず。あはづのやつのまつばらのなかへすみちがへに、うすごほりのなしわたりたるふかたをしりたまはず、うまをはせいらせたまへり。うてどもはれども、あとへもまへへもうごかざりけり。いまゐをみんとふりかへりたまふうちかぶとを、さがみのくにのぢゆうにんいしだのこじらうためひさにいられ、だいじのてなりければ、かぶとのまつかうをうまのかしらにあててふしたまひければ、いしだがらうどうににんはだかになつてこれにおちあひ、きそどののおんくびをぞとりにける。
 きそがしなのをいでしには、あひぐするせいさんまんよき、ほくろくだう・ろしのつはものうちぐして、みやこへいりしにはごまんよきとぞきこえしが、しのみやがはら・そでくらべ・あはづのまつばらへむかふひは、ともなふものいちにんもなし。ましてちゆううのたびのそら、おもひやるこそあはれなれ。
P2368
 いまゐのしらうこれをみて、「わがきみをうちたてまつるはなにものぞ。なのれ」といへども、なのるものなかりければ、いまゐまうしけるは、「いまはいくさしてもいかんせん。きみのしでのやまのおんともをばたれかまうすべき。いそぎまゐらん」とて、たちをくちにふくみ、「かうのもののじがいする、みならへや」とて、うまよりさかさまにおちて、つらぬかれてぞうせにける。たちはつばのとめぐちまでいるばかりなり。いしだおちあひてくびをかくに、しばしはかかれず。たちをぬいてすててのち、くびをかききりけり。
 いまゐうたれてのち、あはづのしたのいくさはなかりけり。きそどのもうたれ、いまゐもじがいしてのちは、あはづのいくさもはてにけり。
 ともゑはをんななれば、うたれやしぬらん、おちやしぬらん、ゆきかたしらずうせにけり。
 ひぐちのじらうかねみつ・たてのろくらうちかただは、じふらうくらんどをうたんがために、かはちのくにへくだりたりけるが、じふらうくらんどをうちもらして、ふせぎやいけるいへのこ・らうどうどもがくび、にようばうたちもせうせういけとつてのぼりけるが、きやうのよどのおほわたりにて、いまゐがげにんはしりむかつて、「きそどのすでにうたれさせたまひぬ。いまゐどのもおんじがい」とまうしければ、ひぐちてんをあふいで、「よのなかはいまはかうぞ。やとのばら、いつしよにてともかうもなるべかりつるに、ところどころにふさんことのかなしさよ。いのちのをしからんひとびとは、いづかたへもおちられよ。きみにこころざしをおもひたてまつらんひとびとは、こつじき・づだのぎやうをもして、ごしやうをとぶらひたてまつれ。かねみつにおいては、きそどののうたれさせたまひしかた、いまゐがかばねのかたをまくらとして、しなんとおもふ」とまうしければ、いつきおちにきおち、しだいしだいにおちゆきければ、ごひやくよきのせいはみなおちて、ごじふよきにぞなりにける。とばのなんもんにてはさんじふよきになりにけり。
P2370
「ひぐちのじらうけふみやこにいる」ときこえければ、とうごくのたうもたかいへも、しちでうしゆしやか・よつづかのあたりへはせむかふ。けふのうつてのせんぢんは、さがみのくにのぢゆうにんしぶやのしやうじしげくにこれをうけたまはりければ、しぶやのしそくども、われもわれもとすすむところに、こだまたうにしやうのさぶらうただいへ、しぶやがためにはむこなりければ、せんぢんをこひうけけり。そのゆゑはしやていをたすけんためになり。
 しやていしやうのしらうたかいへは、きそどのにつきたてまつり、ほくろくだうをうつてみやこにいりにけり。ほふぢゆうじかつせんののちもきそどのにつきたてまつりほうこうつかまつりけるが、ひぐちのじらうかねみつにあひぐし、かはちのくにへくだり、おなじくみやこにいるべきよしきこえければ、しやうのさぶらうかねてつかひをくだしてまうしけるは、「ただいへ、くらうおんざうしにつきたてまつりてしやうらくす。きそどのはてうてきとしてうたれたまひぬ。ひぐちのじらうけふまたうたるべし。なんぢうちじにしてはいかんせん。かうにんになつてまゐれよ。せんぢんはただいへこれをうけたまはる。かぶとをぬいでゆみをはづし、ただいへにむかひたらば、おんざうしたちにとりまうし、たすけんずるぞ」とまうしたりければ、いちどは「さうけたまはりぬ」とまうしけれども、おそかりければ、かさねてつかひをはしらし、「なんとおそくはまゐるぞ。ただいまうつてのちかづくに」とまうしければ、しやうのしらうまうしけるは、「さきにはまゐるべきよしまうしさうらひしかども、つらつらおもへば、まゐるまじきにてさうらふ。きそどのをたのみたてまつり、いちどにいのちをすてなんずれば、かへしとるべきにもさうらはず。ぜんあくけふはおんざうしにてもわたらせたまへ、よりあはせたてまつらん」とて、まつさきにかけてはせむかふ。しやうのさぶらうこれをきき、「いかにもしてしやつをたすけん。さだめてさきをぞかくらん。ただいへよりあひてこれにくみたらば、しらうはちからおとりなれば、したにぞならんずらん。ただいへうへになつてのりゐたらば、わかたうあまたよつて、きづもつくるな、いけどりにせよ」 とぞげちしける。
 さるほどに、しぶやがこども、「われらがなからんにこそむこにさきをばかけめ」とおのおのあらそひけれども、ただいへはしぶやおぼえのむこなりければ、ゆるしけるとぞきこえし。
 さても、しやうのさぶらうはうちわのはたをさして、まつさきかけてをめいてかく。しやうのしらうおなじくうちわのはたさして、まつさきかけていできたる。りやうはうともにしばしもやすまず、せめよせけるあひだ、さんたんばかりにて、しやうのさぶらう「あれはしらうか、よれ、くまん。」「さうけたまはりさうらふ」とて、をめいてよりあひ、よろひのそでをひきちがへてみんじとくんで、どうどおつ。うへになりしたになりくみけるほどに、しらうあんのごとくちからおとりのものなればしたになる。しやうのさぶらうはだいぢからなり、しやとつておさへたり。やくそくしたるわかたうども、われもわれもとはしりよつて、てとりあしとりしてこれをいけどりにけり。しやうのさぶらう、おとうとをいけどつてうつたつたり。
 さるほどに、しなののくにのぢゆうにんすはのかみのみやちののたいふみついへがこちののたらうみつひろ、しやうねんさんじふさん、うちむかつていひけるは、「いちでうどののおんてはいづれぞや」とこれをたづねければ、つくしのごけにんにさはらのじふらうたかつな、さしむかへてまうしけるは、「いちでうどののてならではいくさはせぬか。いづれともせよかし。」「しさいにやおよぶ。なんぢをてきにきらふぎにはなし。さらばてなみせん」とて、ゆんでにひきをりたつて、よつぴいてこれをぞいける。さはらのじふらううちかぶとをいさせ、しばしもたまらずおちにけり。つづいておちあひ、くびをとつてたちにつらぬき、さしあげてまうしけるは、「しれものをばかうこそならはせ。かならずいちでうどののてをたづぬることは、ぞんずるむねのあるぞ。おとうとのちののしちらうがまへにてうちじに・じがいをもして、しなのなるににんのこどもにきかれなば、『わがちちはようてしにたり』とよろこびおもはせんためにこそ、かうもいひつれ」とて、やだねいつくしければ、あざまるといふたちをぬいて、あれにはせあひこれにはせあひ、てきしちにんうち、てきとくんでおち、さしちがへてぞうせにける。
P2374
 ひぐちかけいでて、「ひぐちのじらうかねみつ、うちとれや」とて、いよいよはやめてをめいてかけけるを、うちわのはたをさしてさんじつきばかりなるなかに、これをとりこめてうたんとするとみるに、ひぐちのじらうはこだまたうのむこたるあひだ、「われもひともゆみやをとるもののならひは、ひろきなかへいらんとするは、しぜんのこともあらば、ひとまどもはねをもやすめ、しばらくきをもやすめんとおもふゆゑなり。われらこんどのくんこうには、ひぐちがいのちをまうしこふべし」とて、おつとりこめて、しちでうをのぼりに、ゐんのごしよへまゐる。のりより・よしつねにこのよしをまうしければ、「わたくしのはからひにあるべからず。ごしよへまうせ」とて、このよしをまうしたりければ、すでにしざいをゆるされてるざいにさだめらる。ただし、「きそしてんのそのいちなり。おほぢをわたせ」とて、わたされぬ。
 ごしよのにようばうたちまうされけるは、「ほふぢゆうじどののいくさにかちしとき、かねみつ・かねひらしやつばら、われらにはづかしきめみせたりしか。これらをたすけられなば、かつらがはにみをなげん。」「わらははよどがはにしづまん。」「あまにならん。」「しゆつけせん」なんど、いちどうにまうされければ、さらばとてまたしざいにさだまりぬ。
 しんせつしやうどの、しよしよくをとめられて、もとのくわんばくなりたまひぬ。「むかしあはたのくわんばくはよろこびまうしののち、しちにちこそありけれ。これはろくじふにちのあひだにて、ぢもくもにどおこなはれき。おもひいでなきにしもあらず」とぞさたしけるとかや。
 おなじきにじふろくにち、ひぐちのじらう、ことにさたあつてちゆうせられけり。ほふぢゆうじどののたたかひのとき、ひとのいしやうをはぎとるなかに、たれとはしらず、じやうらふにようばうのいしやうをはがれてたちたまへるを、ひぐちのじらうよろひのしたよりこそでをぬいできせたてまつりたりければ、「われはゐんのごしよにしかしかといふものなり。かへらせよ」とおほせられけれども、しごにちがほどとりこめておきたてまつりたりければ、くちをしきことにおもひて、かたへのにようばうたちにこころをあはせてうつたへられければ、ちゆうせられけるとぞきこえし。
げんぺいとうじやうろく くわんだいはちじやう



げんぺいとうじやうろく はちのげ
P2380
  〔もくろく〕
『げんぺいとうじやうろく』 くわんだいはちげ
 一、 よしつね、へいけせいばつのためにさいごくげかうのこと
 二、 いちのたに・いくたのもりかつせんのこと
 三、 くまがへ、たいふなりもりをうつこと
 四、 びつちゆうのかみのふね、せいくらうびやうゑふみかへすこと
 五、 ごとうびやうゑおつること
 六、 ほんざんみのちゆうじやう、かじはらにいけどらるること
 七、 ゑちぜんのさんみみちもり、うたるること
 八、 こざいしやうのつぼね、みをなげらるること
 九、 けいしやうのくび、ごくもんのきにかけらるること
 十、 〈 ご 〉しげひら、げんくうをこひ、ぢかいせらるること
十一、 〈 ぜん 〉しげひら、だいりにようばうをよびたてまつること
十二、 しげひら、くわんとうげかうのこと
十三、 これもり、くまのさんけいのこと つけたり なちのたきにみをなげらるること
P2382
一 よしつね、へいけせいばつのためにさいごくげかうのこと
じゆえいにねんじふにぐわつにじふくにち、くらうよしつね、へいけせいばつのため、さいごくにげかうすべきよしふうぶんあり。
よつてろくでうどのによしつねをめされ、おほせくだされていへらく、「かみのよよりあひつたへてさんじゆのしんぎあり。しんじ・ほうけん・ないしどころこれなり。かのしんじとは、しゆじんてんわうのおんとき、やまとのくにしきのかみのこほりにてつくりいたてまつりたまへり。これすなはちていわうのしるしなり。またわうぼふでんのはこともいへり。なんぢよしつね、あひかまへてかのしんぎことゆゑなくみやこへいれたてまつるべし」とぞ、おほせくだされける。
P2385
二 いちのたに・いくたのもりかつせんのこと
 さるほどに、へいけははりまのくにのむろやま、びつちゆうのくにのみづしま、にかどのかつせんにかつことをえしかば、さんやう・なんかいじふさんかこくのぢゆうにんら、ことごとくみがきしたがひて、そのせいすでにじふまんよきにおよべり。
 げんりやくぐわんねん〈 きのえたつ 〉しやうぐわつとをか、つのくにいちのたににじやうくわくをかまへ、ごぢんはすなはちはりまのくにのあかし・たかさご・むろやまにいたるまで、ぐんびやうおほくみちみちたり。
にぐわつよつか、ふくはらにてこだいじやうにふだうのきにちとてぶつじをおこなはる。そのついでに、じよゐ・ぢもく・そうしなんどおこなはれけるあひだ、そうぞくともにくわんをなす。だいげきなかはらのもろなほのしそくすはうのすけもろずみ、だいげきになる。ひやうぶのせうまさあきらはごゐのくらんどになされ、くらうどのじようとぞまうしける。「むかしまさかど、とうはつかこくをしたがへ、しもふさのくにさうまのこほりにみやこをたて、わがみはへいしんわうとかうされて、ひやくくわんをなしたりけるが、こよみのはかせばかりこそおかれざりけれ。それにはにるべからず。さんじゆのしんぎをたいし、きみもこれにおはしませば、いまはこれこそみやことし、じよゐ・ぢもくおこなはるること、ひがことともおぼえず」とぞまうしける。
 さるほどに、ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりは、つきひのやうやくかさなるままに、みやこにとどめおいたるひとびとのことをのみこひしくおぼしめすところに、あきんどのたよりに、きたのかたのおんふみあり。をさなきものどももなのめならずこひしがりたてまつるうへ、わがみにもつきせぬなげきやみがたきよし、かきやりたまひたるあひだ、これもりいとどせんかたなく、なみだもさらにせきあへざりけり。
 へいけは、げんじのうつてせめくだるよしいちぢやうときこえしかば、つのくにとはりまとのさかひ、いちのたにといふところにじやうくわくをかまへ、せんじやうをかため、をかにはうまをかひ、いくさぶねをうかべてぞあひまちける。
 おなじきにぐわつなぬか、おほてはつのくによりよせかけけり。
 かばのくわんじやのりよりたいしやうぐんとしてはまぢにむかひけり。あひしたがふともがらには、たけだのたらうのぶよし・かがみのじらうとほみつ・をがさはらのじらうながきよ・いちでうのじらうただより・いたがきのさぶらうかねのぶ・たけだのひやうゑありよし・いさはのごらうのぶみつ・かぢはらのへいざうかげとき・ちやくしげんたかげすゑ・おなじくへいじかげたか・むさしのくにのぢゆうにんはたけやまのしやうじじらうしげただ・しやていなかののさぶらうしげきよ・をぢいなげのさぶらうしげなり・おなじくしらうしげとも・おなじくごらうゆきしげ・やまののこしらうよしゆき・をのでらのたらうみちつな・さぬきのしらうだいふひろつな・むらかみのじらうはんぐわんだいもとくに・えびなのすけたらうすゑみつ・ちゆうでうのとうじいへなが・さうまのじらうもろつね・おなじくこくぶのごらうたねみち・ちばのすけつねたね・ちやくしたらうよりたね〈 まさなり 〉・まごのこたらうなりたね・さかひのへいじつねひで・しひなのじらうたねひら・しやうのさぶらうただいへ・おなじくしらうたかいへ・おなじくごらうひろかた・ゐのまたのこへいろくのりつな・てしがはらのごんざぶらうありなほ・なかむらの小さぶらうときつな〈 つね 〉・かはらのたらうたかなほ・おなじくじらうたかいへ・ちちぶのむしやしらうゆきつな・しぶやのしやうじしげくに・おなじくうまのじようしげすけ・あんぼのじらうさねみつ・しほやのごらうこれひろ・ふぢたのさぶらうだいふたかしげ・をしろのはちらうゆきひら・くげのじらうしげみつ、これらをはじめとしてごまんよき、おなじくにぐわつよつかうのときにみやこをたつて、おなじきひさるのこくに、せつつのこやのにぢんをとる。
 からめてのたいしやうぐんくらうくわんじやよしつねにあひしたがひ、いちのたにへむかふともがらは、とほたふみのかみよしさだ・おほうちのたらうこれよし・さいゐんのしくわんちかよし・やまなのさぶらうちかのり・たしろのくわんじやのぶつな・つちやのさぶらうむねとほ・おなじくなんこじらうよしきよ・みうらのすけよしずみ・わだのこたらうよしもり・さはらのじふらうよしつら・とひのじらうさねひら・ちやくしやたらうとほひら・やまなのさぶらうよしのり・あまわのじらうなほつね・たたらのごらうよしはる・おなじくじらうみつよし・かすやのごんのかみもりつね・ごとうびやうゑさねもと・おなじくなんもときよ・ひらやまのむしやどころすゑしげ・かはごえのたらうしげより・おなじくこたらうしげふさ・くまがへのじらうなほざね・しそくこじらうなほいへ・はらのさぶらうきよます・おほかはどのたらうひろゆき・をがはのこじらうすけやす・おなじくさぶらうすけよし・やまだのたらうしげずみ・かねこのじふらういへただ・おなじくよいちいへさだ〈 のちにちかのりといふ 〉・わたりやなぎのいやごらうきよただ・べつぷのたらうきよたか・げんぱちひろつな・かたをかのこじらうちかつね・ながゐのこたらうよしかね・つつゐのじらうよしゆき・あしなのたらうきよたか・えだのげんざう・くまゐのたらう・むさしばうべんけい・あうしうのさとうさぶらうつぎのぶ・おなじくしらうただのぶ・いせのさぶらうよしもり・なりだのごらうをはじめとしていちまんよき、おなじきひおなじきときにみやこをたつて、ふつかぢをいちにちにうつてゆく。いぬのときばかりに、たんばとはりまとのさかひなるみくさのやまのひがしのくちにはせつく。
 へいけはすまんぎのぐんびやうをそつしてこれをあひまつあひだ、げんじのつはものじふぶんの一にもおよばず。そのうへ、かのいちのたにはくちせばくしておくひろし。みなみはうみ、きたはやま、がけたかくしてびやうぶをたてたるがごとし。みづふかくしてくもみなみにむかへるににたり。まことにひともうまもかよひがたきじやうくわくなり。あかはたそのかずをしらずたてならべたり。はるのかぜにふかれてへうえうとして、かえんのもえあがるかとぞあやまちける。じやうちゆうにはおびたたしくいしゆみをはりまうけたりければ、まことにてきもおくしぬべくぞみえたりける。
 へいけのたいしやうぐんは、こまつどののじなんしんざんみのちゆうじやうすけもり・こまつのせうしやうありもり・びつちゆうのかみもろもり、さぶらひたいしやうぐんには、へいないびやうゑきよいへらをはじめとして、そのせいそうじてしちせんよき、みくさのやまのにしのやまぐちにぢんをとる。さんりのやまをなかをへだてて、げんぺいたがひにせんじやうをしむ。くらうよしつねはよひよりやどりたりけるやまぐちのざいけにひをかけたり。これをはじめとして、のにもやまにもひをつけたりければ、につちゆうにもおとらずぞてらしける。げんじのぐんびやう、やはんばかりにうちいで、さんりのやまをよるとともにぞこえにける。へいけはやはんにいたるまでようじんしけるが、「ただいまはよもよせじ」とて、もののぐぬいでふしたるところに、うへのやまよりおうとをめいてよせたりければ、へいけにはかにおどろきあわてさはぐこと、ろくしゆしんどうにことならず。げんじはやのひとつもいずして、いつせんよきをおひおとし、よもすがらやまをこえて、にしのやまぐちにぢんをとる。へいけはみくさのやまをせめおとされ、めんぼくなきあひだ、いちのたにへはむかはれず、むろやまよりふねにのり、さぬきのやしまにこえにけり。
P2398
 へいないびやうゑきよいへ、いちのたににまゐり、かくとまうしければ、だいじんどのおほきにおどろきたまひ、ししやをもつてのとのかみのぢんへまうされけるは、「いちのたにへはもりくに・さだよしをつかはしさうらひぬれば、さりともべつのことはあらじとおぼえさうらふ。いくたのもりへはしんぢゆうなごん・ほんざんみのちゆうじやうむかはれさうらへばよかりぬべしとおぼえさうらふ。みくさのやまはくらうくわんじやこのあかつきおとしてあんなれば、すすどきをのこにて、いまはこのぢんへちかづきさうらふらん。やまのてへはもりとしむかふべきよしまうしてさうらへば、きみたちいちにんそへらるべきむねまうしさうらふに、たれたれもみなじたいしさうらふ。さりとてはどどのかつせんにこそつかれてわたらせたまへども、むかはせたまふべくやさうらふらん。」のとのかみこのことをきいて、「かしこまつてうけたまはりさうらふ。さやうにひとびとのにくみまうされさうらふこそもつたいなくおぼえさうらへ。いくさとまうすは、みいちにんのだいじとするだにも、ややもすればかなひがたし。かれへはむかはじ、これへむかはんと、みをまつたうせんとおもはれば、はかばかしからじとおぼえさうらふ。のりつねにおいては、なんどなりともこはからんかたへむけたまへ。いのちのさうらはんほどはやぶるべくさうらふ」とまうされければ、だいじんどのなのめならずよろこびて、「あはれ、よをたてなほし、のとどのをよにあらせたてまつらばや」とぞのたまひける。
 いつかもくれにけり。よるにいつてみわたせば、げんじはこやのがたにぢんをとりければ、ところどころにぢんのひをたきけり。いくたのもりにもこれをみて、むかへひをやけとて、かたのごとくぞあかしける。
 ゑちぜんのさんみみちもりのきやう、おとうとのとのかみのかりやにもののぐぬぎおき、にようばうをよんでぞおはしましける。のとのかみこれをみていひけるは、「おそれあるまうしごとにてさうらへども、のりつねのふでうをばおほせをかうぶるべきに、おんことをばのりつねこそまうしさうらはんずれ。たにんはめにあまりこころにあまるとも、たれかひとこともこうじゆまうすべきや。このてはこはかるべしとて、のりつねをむけられさうらひをはんぬ。みのゆゆしきにはあらずさうらふ。ひとのじしまうすによつてなり。まことにこはかるべくさうらふ。なかにもばんどうのやつばらはばしやうにはたつしやなり。うへのかさよりみやりてどつとおとしさうらはば、とるものもとりあへずさうらふ。よくよくごしりよあるべくさうらふ」とまうされければ、げにもとやおもはれけん、いそぎもののぐして、にようばうをばかへされけり。しやうさいもんゐんにさぶらひけるこざいしやうどののつぼねこれなり。このときゆめのやうにゆきあはれ、たがひにそれぞさいごなりける。
 さるほどに、いつかのくれにおよびて、ゑつちゆうのせんじがたてのまへを、をじかひとつめじかふたつつれて、にしのかたへはしりとほりけり。ひとびと「あはやあはや」といひければ、いよのくにのぢゆうにんたけちのむしやきよのり、もとよりしかのじやうずなり、いつけのうまにはのつたり、「とのばらにしかをいてみせたてまつらん」とて、うはやのかぶらをぬきいだしてうちつがひ、むちをあてあぶみをかきあはせて、いちにのやにてめじかふたついたふしたり。をじかはもとのやまへかへりつきにけり。きよのりとつてかへして、「こころならずかりをしたり」とまうしたりければ、ひとびと「あたらやでてきをばいで」といひければ、「なにものなりともきうせんとりのまへをいきてとほらんずるものを、まへをとほすことなし」とぞまうしける。ゑつちゆうのせんじこれをみて、「いさとよ。とのばら、これこそこころえね。やまのしかのひとにちかづかざることをばぼだいにたとへたり。これにもひとかずおほくあり。おとなりにおそれていとどやまふかくこそいるべきに、このしかのはしりいづるさまこそしさいあるらめ。みくさのやまやぶれたるときこえし。みなもとのくらうがちかづきたるとおぼゆるぞ。とのばら、ようじんせらるべし」とて、うまのはるびをかため、かぶとのををしめけり。
 げんじはとうざいのきどぐちに、やあはせはなぬかのうのときとさだめければ、さらにもつていそがず。ここにぢんをとりうまをやすめ、かしこにひかへてひとをやすむ。
 ときしもきさらぎのはじめなれば、さすがにはるとはいひながら、よかんもいまだつきやらず。たけだけのしたにのこれるゆきをはなとみるところもあり。かすめるのべをみわたせば、ゆきまをわけてもえいづるわかくさのつのぐむところもあり。たにのうぐひすおとづれておぼろけにきこゆるところもあり。いづれもいづれもとりどりに、えんならざるはなかりけり。
 むゆか、よるにいつて、くらうよしつね、ひよどりごえといふふかきやまぢへうちいつたれば、きぎのこずゑももりにけり。うまのあしたちもみえず。「あはれ、このせいのなかにあんないしやあるらん。まゐつてまへうちつかまつれかし」とよしつねいひければ、おとするひともなきところに、むさしのぢゆうにんひらやまのむしやどころすゑしげすすみいでて、「それがしこそしつてさうらへ。ごぜんうちつかまつらん」とまうしければ、よしつねこれをきいて、「いかに、ひらやまはむさしのくにのものなり。しかもうひきやうじやうぞかし。はじめてみるさいこくのやまのあんないをば、いかでかしるべき」といひければ、しよにんききもあへず、ばつとわらひけり。ひらやままうしけるは、「てきのこもつたるやまのあんないをば、かうのものこそしつてさうらへ。させるしゆしかさるがくか、こころえぬとのばらのわらひやうかな」と、すこしもへんじせばくみおとしてしようぶしぬべきけしきにて、にくにくとまうしければ、ひとことのへんじするものさらになし。よしつね「もつともしかるべし」といひけるうへは、あへてとがむるともがらもなかりけり。
 さるほどに、あるやまのほらにたちいり、せうけよりわかきをとこをたづねいだしたり。ちちとおぼしきはしちじふゆうよのらうおうなり。ひらやま、かのせうくわんをとらへ、「さきにたつてこのやまのみちしるべせよ」とてうちけり。かのせうくわんまうしけるは、「あかうなりさうらふともおんうまのはなをむくまじくさうらふ。」みなもとのくらうこれをきいて、「かういふものはなにものぞ」といひければ、「このやまのしたにかせきするものにてさうらふ」とまうしければ、「それはなんのためにこれまでまゐつたるぞ。」「さんざうらふ。ひらやまどのとかや、やまのみちしるべせよとてとらはれてまゐつてさうらふ」とまうしければ、そのときわらひつるものども、「だうりにてこそひらやまは、しらぬやまのまへうちせんとまうしける。われらかやうのはかりことまではおもひもよらず。おそろしおそろし」とぞまうしける。
 おんざうし、かのをとこをちかくめし、「これよりいちのたにへはいくほどとほき」といひければ、せうくわんまうしけるは、「これよりさいこくさんりばかりさうらふらん」とまうしけり。「みちはあくしよか。」「さんざうらふ。このやまはつるごえとて、びやうぶをたてたるがごときじふごぢやうのたに、にじふぢやうのいはがけあり。ひとのかよふべきやうなし。ましてうまなんどはおもひもよるまじくさうらふ。そのうへ、やをたてひしをもうえてぞまちたてまつりさうらふらん」とまうしければ、「やれ、このやまにしかはなきか。」「しかはおほくさうらふ。せいやうのはるにもなればすま・あかしのうらかぜをしたひつつ、たんばのしかははりまへこえ、のわきふすあきにはたんばへかよひさうらふあひだ、かならずかよひぢあつてさうらふ」とまうしければ、「こはいかに、しかのかよはんみちはうまのばばや。なんぢとうとうみちしるべしてしなんせよ」といひければ、「うけたまはりさうらひぬ」とぞまうしける。
 このせうくわんをみれば、みめけしききもぎはよきをとこなり。おんざうしめをかけておもはれければ、「なんぢがおやをばなんといふぞ。なんぢがなをばたれといふぞ」とこれをとへば、「ちちをばましをのしやうじとまうしさうらふ。それがしはましをのさぶらうとまうしさうらふ」とこたへけり。おんざうし、かれをみちのしなんにして、ひよどりごえへむかはれけり。それよりましをのさぶらう、やがておんざうしにおもひつきたてまつり、むつまでくだり、さいごのともつかまつりけるは、このましをのさぶらうのことなり。
 おんざうし「れいのおほついまつにひをつけよ」といひければ、「うけたまはる」とて、とひのじらうさねひら、やどりたりけるざいけにひをかく。これをはじめとして、のにもやまにもくさきにもつけたりければ、につちゆうにもあひおとらず。「このあかりにらうばこそみちをしるらめ」とて、あしげなるうまにひきにたづなゆひかけておはれければ、あゆみもたがはず、さんりのやまをこえられけり。おんざうし、あるたふのしたにうまをひかへ、「からめてのせいはおほからずともくるしかるまじ。しかもがんぜきのやまぢなり。よるにいつてはかなふまじ」とて、いちまんよきをひきわけ、さんぜんよきはにしのおほてへむけられ、しちせんぎをばあひぐしてうたれけり。
P2409
 ここにむさしのくにのぢゆうにんくまがへのじらうなほざね、ちかくしそくこじらうなほいへをよんで、「やうれこじらう、いくさはあすのうのときのやあはせときく。あすのいくさはうちこみにて、たれさきしたりともきこえじ。こんどいつぱうのさきをもかけ、かまくらどのにきかれたてまつらんとおもひしに、からめてのたいしやうぐんにつきたり。こころせくともうましだいにて、さきせんともおぼえず。きこゆるはりまぢのなぎさへうちくだつて、いちのたにへさきによせん」とまうしければ、こじらう「さうけたまはりさうらひぬ。いくさはこれをはじめにてさうらふ。ひろみにておもふやうにかけ、こころのかうおくをも羨さうとこそぞんじさうらひしに、うましだいはくちをしくさうらふ。さらばとうとうよるふけさうらはぬに、おぼしめしたちさうらへ」とすすめければ、くまがへ「いざや、さらばひらやまにさきせられじ」とて、かちんのひたたれこばかまに、くろかはをどしのよろひ、ごんだくりげといふうまにぞのつたりける。しそくこじらうなほいへは、おもだかをひとしほすつたるひたたれに、あらひがはのはらまきよろひをき、さんまいかぶとのををしめ、きかはらなるうまにぞのつたりける。はたさしどもにたださんぎ、おほぜいのなかよりうちまぎれ、いちのたにへうちくだり、みなみをさしてうつてゆく。くまがへはひらやまにさきをせられじとおもひ、ひらやまはくまがへにさきをかけられじと、たがひにめをかけけり。
P2411
 ひらやま、いちのたにへまはらばやとおもひしところに、くまがへおやこささやきあつていでけるをみて、「あはれ、やつばらはにしのおほてへまはるごさんめれ」とめをかけ、これもにしへぞまはりける。またどうこくのぢゆうにんなりだのごらうも、くまがへ・ひらやまいでたちぬるをあやしうで、これもいちのたにへぞむかひける。
 ひらやまいちのたにをうちくだり、したはやにうつてゆくほどに、よるもふけがたになりにけり。にぐわつむゆかのよるなれば、よかんもいまだなごりあり。うまのあとくぼみにたりければ、うすごほりの、うまにさんびきのあととおぼしくて、あゆみやぶつてぞとほりたる。ひらやまこれをみて、「やすからぬ。くまがへさきにゆきにけり」とおもひて、したはやにこそいそぎけれ。
 ふけゆくままに、「こじらう、やうれ、このみちはあゆみたがへてやあるらん。ちかくとこそききつるに、こよひもすでにあけがたになりぬらんに、なぎさもいまだみえず。からめてをばはなれ、おほてにはつかず。いくさにおちたりとかいはれん。」こじらうまうしけるは、「このみちはたがはじとおぼえさうらふ。えだみちのあらばこそあゆみたがふることもさうらへ。しらぬやまぢなり。しかもよるでさうらへばこそ、とほきやうにはさうらへ。ちどりのないてさうらひつるは、うらちかくさうらふにや」といひもはてず、つとみなみのなぎさへいでたり。くまがへ「うみとなぎさとわくかたはなし。いかがすべき。」こじらう「みかたもすでにつづくらん。ここをとほらばみかたさはぎてよもとほさじ。からめてをすててこれへむかひつるは、さきをかけんとおもひてなり。このぎならばなじかはからめでをすてけん。」こじらうおきのかたをまもつて、「みちはさうらふ。なみのおりやう、これをみるに、このうみはとほあさとおぼえさうらふ。うみへうちくだつてうたせたまへ。みかたはよもしりさうらはじ。くつばみのおとをならしさうらふまじ」とて、うまよりとんでくだり、なぎさのもくづをとり、がばうをひきぬき、みづつきのとぢかねにおしかきおしかき、これをゆひつけ、またうまにとびのり、くつばみをつかみぐし、こじらうさきをしてうつてゆく。あんのごとくとほあさにて、うまのふとばら・からすがしらにはすぎず。おもひのごとく、くまがへてきみかたのあひだにうちいり、ひとうまのいきをぞやすむる。
 くまがへいひけるは、「てきもみかたもただいましづまりたり。あけになつてこそなのらめ。かつうはみかたちかづいたらんときこそきかれめ。」こじらうまうしけるは、「ただなのらせたまへ。てきをしようにんにたてよといふことはこれにさうらふ。みかたちかづいたらんときは、さきになのつたるくまがへと、これをなのらせたまひさうらはば、とくにようこそさうらはんずれ。」くまがへ、こにおしえられ、げにもとやおもひけん、てきのきどぐちちかくうちよせ、「おとにもきくらん、いまはめにもみよ。むさしのくにのぢゆうにんくまがへのじらうなほざね、おなじくしそくこじらうなほいへ。けふのいくさのいちばんなり」となのりけれども、てきもみかたもおともせず。
P2414
 さるほどに、あけになつてこれをみれば、なぎさのかたにむしやこそ、はたさしどもににき、うちつれていでたれ。くまがへこれをみて、「あはれ、ひらやまはうちこみのいくさをばこのまぬものなれば、それにてぞあるらん」とこれをおもふところに、ちかづくをみれば、それなりけり。みつしげめゆひのひたたれこばかまに、もえぎいとをどしのよろひをきて、めかすげといふいつけのうまにこそのつたりけれ。
 くまがへこれをみて、「あれはひらやまどのか。」「すゑしげよ。くまがへどのか。」「なほざねよ。」「いつより。」「よひより。」ひらやまこれをきき、「やたまへ、くまがへどの。さればこそとうにくるべかりつるを、なりだのごらうめにこしらへひかれて、とのもみつらう、いちのたにをうちくだり、にしのこざかへむかひ、われいちにんとおもひてうちのぼりつれば、うしろにものがこごゑに『ひらやまどの、ひらやまどの』とよびつるとき、たれぞとおもひ、これをひかへてきけば、なりだのごらうがこゑとききなして、『なりだどのか。』『さぞかし。』『なにごとぞ。』『あとつぎをばまたでぬけがけはせんなし。いのちいきてこそかうみやうをもせめ。おほぜいのなかにとりこめられてうたれなば、ゆめゆめひとこれをしるべからず。りをまげてみかたをうしろにあてたまへ』といひつるとき、もつともとおもひて、うまのかしらをしたになしてこれをまつほどに、なりだしたはやにうちのぼりつるほどに、ならうでうつべきかとおもひければ、さはなくて、あやなくうちとほる。きやつはだしぬくよとこころえて、『わぎみはわれをだしぬくか。そのぎならばうしろかげはみざるものを』とて、めかすげにはのつたり、しごちやうばかりはつづいてみえつるが、そののちはみえず。それもいまはちかづくらん」とかたりつつ、くまがへ・ひらやま、はたさしどもにごきになつてぞひかへたる。
 くまがへ、てきのしろのかまへをみれば、きたはやま、みなみはうみ、がけたかうしてびやうぶをそばだてたるがごとし。がんぜきががとしてひとあとひさしくたえたり。きたのやまぎはよりみなみのうみのとほあさまで、いはをくづしてやまをつき、きどぐちひとつをひらいて、たいぼくをきつてさかもぎをふさぐ。かあぶなほかよひがたし、いはんやうまのひづめにおいてをや。しやうにんほとんどこえがたし、いはんやぼんぶにおいてをや。きどのうへにはたかやぐらをかき、つはものひしとなみゐたり。したにはらうどうけんぞくしころをかたぶけてかずをしらず。やぐらのうしろにはくらおきうまをとへはたへにひつたてたり。うみのふかきにはおほぶねをうかべ、すせんのふねのなかにやぐらをかいてぞまもらせける。もしのこともあらばよういのためなり。あかはた・あかじるしかずをしらずたてならべたり。はるのかぜにふかれててんにへうえうし、かえんのもえあがるがごとし。まことにおびたたしくぞおぼえたる。てきもこれをみておくしぬばかりにぞおぼえける。
 くまがへ、かずかずあるきどぐちちかくにうちよつて、だいおんじやうをはなつてまうしけるは、「さきになのつたりつるくまがへのじらうなほざねこれにあり。こぞのふゆ、さがみのくにかまくらをたちしひより、いのちをばひやうゑのすけどのにたてまつる。なをばこうだいにとどめ、かばねをばつのくにいちのたににさらしおくべし。へいけがたのたいしやうぐんはたれぞや、なのらせたまへ。おとなきはおぢたか。ゑつちゆうのじらうびやうゑ・かづさのごらうびやうゑ・おとうとしちらうびやうゑら、まことか、びつちゆうのくにみづしま・はりまのくにむろやまりやうどのかつせんにかうみやうしたりといへども、いかに、てきによつてこそかうみやうはすれ、ひとごとにあうてはよもせじものを。なほざねにあうてかうみやうしたらんこそまことのかうみやうよ。のとのかみどのはましまさぬか。あなむざんのとのばらかな。あみだぶつあみだぶつ」とはぢしめられて、ゑつちゆうのせんじもりとし、ぢんのくちにたちいで、「せいばいしけんものを。きびしくしろのとぐちをかためよ。てきのやだねつきさせてうまのあしをつからかすべし」とぞまうしける。
 くまがへおやこをうたんとて、ゑつちゆうのじらうびやうゑもりつぎ・かづさのごらうびやうゑただみつ・おなじくあくしちびやうゑただいへ・ひだのさぶらうざゑもんかげつね・ごとうびやうゑさだつないげにじふさんぎ、しろのとぐちをひらきかけいでたり。なかにもゑつちゆうのじらうびやうゑはとくにすぐれてみわけたり。こんむらごのひたたれに、あかをどしのよろひをき、しらあしげのうまにぞのつたりける。くまがへまぢかくよりあへどもおちあはず。にじふさんぎさうなくならべてくまざりけり。にたんばかりをへだてあひ、くまがへおやこもやぶられじととがりやがたにたてなして、しころをかたぶけてひかへたり。「いかにやいかに、かけよやかけよ」とくまがへいひければ、あくしちびやうゑかけいでんとす。もりつぎひかへてまうしけるは、「きみのおんだいじこれにかぎるまじ。またもなきいのちをすてば、よきたいしやうにあうてこそすてめ。そうばうのやうなるものにあうていのちをすてていかんせん。をこのことなり」といひながら、これをとりとどめけり。
P2418
 ここにひらやま、うまのはるびをかため、はたさしどもににきうちつれて、「むさしのくにのぢゆうにんひらやまのむしやすゑしげ」となのつて、きどぐちをひらきたるあひだに、しろのうちへかけいる。じやうちゆうのものどもさんざんにかけちらされ、あるいはたにのおくへにぐるもあり、あるいはおほぢをひがしへにぐるもあり。おのおのくものこをちらすがごとし。やぐらのうへのつはものども、やぐらのしたのらうどうども、やをはなたんとすすめども、てきはにきにてはせゆく。てきをいばみかたをいつべきあひだ、ただことばばかりにて「ひきおとせや、とのばら、おしならべてくめやくめや」とののしりけれども、あへてくむものなかりけり。
 くまがへかつにのつて、「きたなし、やとのばら、うしろすがたはみぐるしや、かへせやかへせや」といひければ、ひだのさぶらうざゑもんのじよう、「かへさんにかたかるべきか」とて、なぎさをにしへかく。ごらうびやうゑ、さぶらうざゑもんがたづなをひかへて、「せんなし、やとの、きみのおんだいじけふにかぎるべきにあらず」とせいしければ、それをばおさへてもかけず。にじふさんぎも、おくぶかにうちいりたるひらやまをひだりさまになしてぞたたかひける。くまがへにうちあふものこそなかりける。あめのふるやうにいかくるやに、くまがへうまをいさせてかちむしやになつてたたかひけり。
 こじらうはおやをばうちすてて、たてぎはちかくうちよつて、「くまがへのこじらうなほいへ、しやうねんじふろくさい、いくさはこれぞはじめなる。われとおもはんとのばらは、なほいへにくめや」となのりけるが、みぎのこひぢをそでをくはへていつけられ、ちちなほざねがまへにならんでぞたつたりける。「こじらうてをおひたるか。」「さんざうらふ。みぎのこひぢをそでをくはへていつけられ、ゆみをひくべきやうなくさうらふ。やをぬいてたまへ。」「しばらくまて。ひまなし。わかむしやはてをおひてあけをひきたればこそみめよけれ。よろひをふりあげてものをみるな。やぐらのうへよりうちかぶとをいさすな。よろひづきをつねにすべし。あまりにかたぶけててつぺんいさすな。てきはせんまんありとも、ひとにうたせずわれいちにんしてうたんとおもへ。かけてはしぬとも、ひかへてたすからんとおもふな。あしくはひとでにはかけじ、なほざねがてにかけうずるぞ」といさめられて、うまれつきたるかうのものなれば、すこしもうしろあしをふまず、いとどこんじやうにてぞみえたりける。
 くまがへおやこがいおとされけるをみて、またひらやまいれちがへてたたかひけり。そのあひだにくまがへのりかへにてうつたつ。このあひだにまたひらやまうまをやすむるところに、ひらやまがはたさしてきにくみおとされ、くびをとられんとしければ、ひらやまおちあひててきをうち、はたさしをたすけてひきしりぞく。ひらやまがにどのかけとはこれなり。
 そののち、なりだのごらうさんじつきばかりにてはせきたつてたたかひけり。
 そののち、ちちぶ・あしかが・みうら・かまくらのともがら、よこやま・こだま・ゐのまた・のいよ・やまぐちたうのものども、われもわれもとをめいてかけいる。げんぺいたがひにみだれあひてたたかひけり。しばらくときをうつすほどに、かれこれともにうたるるもの、そのかずをしらず。およそいちのたにのおくのしのはらはみなくれないにぞなりにける。
P2422
 ひがしのおほていくたのもりは、うのときのやあはせとさだめたりければ、かぢはらへいざうかげとき、さきをかけてよせけり。かぢはらがてにかはらのたらうたかなほ・おなじくじらうもりなほ、さかもぎをのりこえ、たちをうちふるひ、おほぜいのなかへかけいりけり。へいけがたにこれをみて、「あなゆゆし、なかばんどうのもののこころのたけさや。ただににんしてこのおほぜいのなかへいつたらば、いかばかりのことのあるべき」といひあひけり。びつちゆうのくにのぢゆうにんまなべのしらう・おなじくごらう、いづれもせいびやうのゆうしたるあひだ、あにをばいちのたに、おとうとをばいくたのもりにおかれたり。まなべのしらう、やぐらのうへよりこれをいければ、かはらのたらうがみぎのひざふしをいられければ、やをひきぬいてこれをすてけるあひだに、たちをつへにつきたちけり。かはらのじらうはしりよつて、あにをかたにひつかけ、さかもぎをのりこえけり。まなべがにのやに、おとうとのゆんでのまたをいられければ、きやうだいひとつところにまろびければ、まなべがらうどうににんおちあひて、かはらきやうだいがくびをとりけり。
 そのとき、かぢはらへいざう、ごひやくよきにてはせきたり、「うたてあるとのばらかな。あとつぎなくてかはらきやうだいをうたせつ」とて、さかもぎをとりのけ、ごひやくよきをとがりやがたにたてなし、をめいてかけいる。しんぢゆうなごんとももり・しそくむさしのかみともあきら・ほんざんみのちゆうじやうしげひらをたいしやうぐんとしてにせんよき、かぢはらのごひやくよきをまんなかにとりこめ、「いつきももらさずうちとれ」とて、いつときばかりたたかひけり。かぢはらぶぜいなるあひだ、かなはじとやおもひけん、おほぜいのなかをうちやぶつていでけるが、「みをまつたうしてきみにつかふるはしんのいちのちゆうなり」とて、ひきしりぞきけるが、あとをみかへりて、「げんたはいかに」ととひければ、「おほぜいのなかにとりこめられてみえたまはず」とまうしければ、「さらばうたれたるか。げんたをうたせては、かげときいのちいきてもいかにかはせん」とて、とつてかへしてかけいり、これをみれば、げんたさんじつきばかりがなかにとりこめられ、ろくにんのてきにうちあひ、かぶとをばうちおとされ、わがみはうけたちになつて、いまはかうとぞみえたりける。「げんたいまだうたれず」とて、かぢはらおしよせてなのりけるは、「はちまんどののごさんねんのたたかひに、ではのくにかねざはのしろをせめしとき、しやうねんじふろくさい、てきにみぎのめをいさせ、そのやをぬかずしてたふのやをいてなをあげ、いまはごりやうのやしろといはれたる、かまくらのごんごらうかげまさがばつえふ、さがみのくにのぢゆうにんかぢはらのへいざうかげとき、いちにんたうぜんのつはものとはしらずや」とて、をめいてかく。いちにんたうぜんのなにやおそれけん、てきさうへひきしりぞく。そのとき、てきとげんたのなかへはせいり、げんたをうしろになしてさんざんにたたかひけり。しばらくいきをやすめ、「いざげんた」とて、ひきぐしていでにけり。
 げんたなほかぶとのををしめ、いむけのそでをやどもにをりかけにし、わがみはうすでおひ、「かぢはらのげんたこれにあり。これにあり」とて、おくぶかにはせいつてたたかひけり。たいしやうぐんのりよりこれをみて、ちちかげときのもとへいひやられけるは、「あまりにげんたのはやりたり。『あやまちすな。ひとをげちせよ、わがみはひかへよ』といひふくむべき」よしいひければ、げんたをまねいて、「たいしやうぐんのおほせにてあるぞ。しばらくうまのいきをやすめよ」といひければ、げんたとりあへず、かくばかり、
   〈むかしよりとりつたへたるあづさゆみ ひきてはひとのかへすものかは〉
とこそげんざんにいれおはしましさうらへ」とて、またとつてかへしてをめいてかく。
 またかぢはら、さくらのおもしろかりけるをこしにさしてはせゆきけるを、ほんざんみのちゆうじやうこれをみて、
   〈もののふのさくらがりこそよしなけれ〉
といひおくられたりければ、かげときとりあへず、
   〈いけどりとらんためとおもへば〉
とぞまうしける。
 またむさしのくにのぢゆうにんはたけやまのじらうしげただ、ごひやくよきにておしよせて、ひとときばかりたたかひけり。いしらまされてひきしりぞく。およそおほてばかりは人だねつくともやぶれがたくぞみえたりける。
P1428
 からめてのたいしやうぐんくらうよしつね、ひよどりごえのじやうだんにうちあがり、とうざいのきどぐちをみたまへば、しろはたあかはたあひまじりて、いりみだれてぞたたかひける。よしつねいひけるは、「むさしばう、あれをみよ。これほどのけんぶつありしや。」「たぐひさうらはず」とぞまうしける。おんざうし「いざ、かれをおとさん」といひければ、むさしばう「もつともしかるべくさうらふ」とて、おほきなるいしをたにのかたへむけてまろばしけり。はじめはみえて、おちつくところをいまだしらず。おんざうし「こればかりにてはいかでかしるべき。『らうばはみちをしる』といふほんもんあり」とて、らうばのかはらげなるをにひきたづねいだして、たづなむすんでうちかけ、たにのかたへむけてこれをおひおとす。なかばばかりはひとにおはれておちけるが、そののちはたにのかたにもうまいななきければ、こゑをあはせてはしりくだる。
 おんざうしいひけるは、「あはれ、とのばら、よかんずるは。かはらげはあしをそんじてたちもあがらず。いつぴきはなんなくおちついて、みぶるひしてたちたり。しゆうのつておとさばよもそんぜじ。ただおとすべし。わがみさきにかけん」とて、おとされければ、しちせんよきみなつづいておちぬ。およそこのたには、これこいしまじりのしろすなに、こけおひかさなり、すべりければ、うまのあしもすなもともにするりするりとながれけり。おとすほどにすこしうねむらなるところにおちつき、たつてひかへたり。
 そこをみれば、いはほそびえてびやうぶをたてたるがごとし。のぼるべきみちもなく、くだるべきかたもなし。「いかがせん」といひければ、みうらのおほすけがばつしに、さはらのじふらうよしつらすすみいでてまうしけるは、「これほどのところをがんぜきとまうし、さてとどむべくさうらふか。みうらのかたにて、しかひとつをもこし、とりひとつをもたてたるは、これにおとらぬところをはせゆくか。これらはみうらのばばかな。よしつらおとしてげんざんにいれん」とて、てぜいごひやくよきまつさきにかけてざつとおとす。おんざうしつづいておとしたまへば、たれかひとりもはばかるべき。しちせんよきみなともになんなくしたへぞおとしける。
 うへのやまのこぐれのひまより、しちせんよきいちどうにときをにはかにつくりけり。たけだけみね々にひびくこゑ、じふまんよきとぞきこえける。なのりもはてず、しろはたさんじふながれさしあげ、いとまもあたへずかけいりけり。
P2434
 ゑつちゆうのせんじさんびやくよきにてたたかへども、げんじのおほぜいにけちらされひきしりぞく。のとのかみ、まいどのかうみやうひとにすぐれておはしましけれども、このたびはいかがおもはれけん、ひといくさもせず、うすずみといふめいばにのり、すまのせきやにおち、それよりこぶねにのり、あはぢのいはやへわたられけり。
 ゑつちゆうのせんじばかりは、おもひきつてたたかひけり。ゆんづゑにすがり、のけかぶとになつてひかへたり。ここにゐのまたのこへいろくのりつなこれをみて、「たとひたいしやうぐんにあらずとも、へいけのさぶらひにしかるべきものなり」とて、「むさしのくにのぢゆうにんゐのまたのこへいろくのりつな」となのつて、おしならべてひきくんだり。いづれもともにだいぢからなれば、にひきのうまたへずして、ひざかきをつてふしにけり。ににんのものども、にひきのあひにおちたつたり。こへいろくはつよかりけれどもじふにんばかりのしよゐをこそすれ、もりとしはひとめにはにじふにんばかりがしよゐをすれども、ないないはろくしちじふにんがちからとぞきこえし。こへいろくをとつておさへ、くびをかききらんとす。こへいろく、かたなはぬいたりといへども、だいのをとこのだいぢからにしきつめられてひまなし。
 のりつなしたにふしながら、すこしもさはがずまうしけるは、「てきをうつはけみやう・じつみやうをきいたればこそよけれ。なもしらぬくびをとつたりともいかにかせん」とまうしければ、あんべいにおぼえて、「はやなのれ」といひければ、「われはこれむさしのくにのぢゆうにん、ゐのまたのこへいろくのりつなとて、たりじやうご、めいよのものなり。わぎみはたれぞ。」「へいけのさぶらひにゑつちゆうのせんじもりとしといふものなり。」「さてはわとのはおちうどにこそ。しゆうのよにましまさばこそ、くびをとつてくんこうもあらめ。へいけのうんめいおのれにかたぶきぬ。につぽんこくをてきにうけていかがしたまふべき。われをたすけたまへ。とののいのちばかりは、のりつながくんこうにまうしかへて、たすけまうすべし」といひければ、もりとしとうざいをみまはしけり。げんじのつはものみちみちてのがれやるべきかたなきあひだ、げにもとやおもひけん、「いちぢやうか。」
「いちぢやうよ。われをたすけたらんひとをば、いかでかたすけたてまつらざるべき。」もりとしまうしけるは、「とのもじやうごなりといひたり。もりとしもへいけのさぶらひにはいちばんのじやうごよ。たすけたまへ。のうでみせたてまつらん。こども・いへのこにじふよにんあり。たすけたまへ」とて、ひきおこすに、うしろはどろのふかきた、まへははたけのやうなるうねに、いちにんあしをさしくだして、いきをやすめてゐたり。
 ここに、よこやまたうにひとみのしらうといふもの、くろかはをどしのよろひに、あしげのうまにのつていでたり。ゑつちゆうのせんじ、あやしげにおもひて、「これはたさうらふぞ」ととひければ、こへいろくたちあがり、これをみてまうしけるは、「くるしうさうらはず。のりつながをぢにひとみのしらうとまうすものにてさうらふ。きこえさうらふだいぢからのせいびやうよ。のりつながさんじふにんのしよゐをするものなり。〈 からごんをかまへていへるなり。 〉のりつなうたれさうらふともてきをとるべきものにてさうらふ。のりつなのたすけたてまつるよしきくほどにては、ゆめゆめてをかけたてまつるまじきものでさうらふ。こころやすくおぼしめされよ」とまうしけり。されども、ゐのまたにはこころをうちあたへ、いまくるものをあやしげにおもひて、めをはなさずこれをみる。
 もりとしはだいのをとこのふとりきはまりたるが、ほそきうねにしりをかけ、むねかへりなるやうにてゐたり。「きやつがむないたをついたらんに、なじかつきこまざるべき。ころさん」とおもひ、いまきたるものをみるやうにて、ちからあしをたておほせ、ただひとかたなにえいとつく。あんのごとく、うしろのふかたにまさかさまにつきいりけり。くさずりのかへすところをつかみ、つかもこぶしもとほれとほれとみかたなさしてくびをとりけり。
 やまのてもはややぶれぬ、いちのたにはくまがへ・ひらやまにやぶられぬ。おほぜいしだいにせめいれば、へいけのぐんびやううみへぞはせいりける。なぎさなぎさにまうけぶねおほけれども、いつさうづつにはのらずして、もののぐしたるむしやども、ふねいつさうにいちにせんにんこみのりければ、なじかはしづまざるべき、まのあたりにおほぶねにさんさうしづみて、そこのもくづとなりぬ。せんてい・にゐどのいげしかるべきひとびとのめされたるふねどもに、あわてまよひのらんとしければ、おほいとの、ゑつちゆうのじらうびやうゑにおほせつけ、ふなばたをながせければ、あるいはうでをうちおとされ、あるいはかひなをうちおとされ、なぎさなぎさにたふれふし、をめきさけぶぞむざんなる。
 しなののくにのぢゆうにんむらかみのじらうはんぐわんだい、にしのおほてよりはせいり、すま・いたやどのざいけ・かりやにひをかけたりければ、にしのかぜはげしくふいて、くろけぶりひがしへおしかけたり。「あれみよや。にしのてはやぶられぬ」と、とるものもとりあへず、われさきにとおちまよひけり。たいしやうぐんもさんざんになりければ、いくたのもりもやぶれにけり。
 しもふさのくにのぢゆうにんとよたがらうどう、みなわのじらう・おなじくはちらう、「よからんてきもがな」とまつところに、くろかはをどしのよろひきたるが、かぶとをうちおとされたるむしやいつき、じゆうるいもなくていできたり。みなわのじらう、たれとはしらず、てきにおしならべ、ぬきまうけたるたちなれば、をどりかかつてしととうつ。みなわのじらううちもはてず、もとどりをつかんでくらのまへわにひきつけ、くびかききつてぞとつたりける。
 このくびをとりつけにつけ、うまにうちのつて、おとうとのはちらうをみるになし。はせまはつてこれをたづぬるほどに、ふるゐのくづれてあさくなつたるに、むしやににんくんでふしたり。うへなるをみればじやうらふとおぼえたり。くちばのあやのひたたれに、もえぎいとをどしのよろひに、しらほしのかぶとをき、ながふくりんのたちをはきたり。したなるむしやはくろいとをどしのよろひをきたり。じらう「はちらうか」ととへば、「さぞかし」といふ。じらううまよりくだり、うへなるてきをつかみひけども、げにもつてつよかりけり。みなわのじらう、ひだりのてにててつぺんのあなにてをいれ、みぎのてをもつてしころをつかみ、えいやごゑをいだしてこれをひいたりければ、てきかしらをひとふりふる。じらうゆんづゑいちまいばかりなげられけるが、かぶとのををひききり、とびながらおきあがりてもとどりをつかみたりければ、ひきあげてくびをかききつてとり、おとうとのはちらうをひきおこす。のちにこれをたづぬれば、しゆりのだいぶつねもりのばつし、むくかんのたいふあつもりとぞきこえける。
P2442
 さつまのかみただのりはをかべのろくやたがためにうたれたまひぬ。すまのせきやはただのりのちぎやうしよなれば、ゆきひらちゆうなごんのあとをおひ、つねにかのところへくだられけり。あるつじだうのぢゆうぢのそう、かたのごとくこしをりをするあひだ、ごくわいごとにめされつつ、なさけあることばをかけたりしかば、このおんかばねをたづねいだし、さうそう・だびのぎしきをいとなみ、さまざまのけうやうをいたす。されば、ひとはよにあるときは、もつともなさけあることばをひとにかくべきものをとぞおぼえし。
P2444
三 くまがへ、たいふなりもりをうつこと
くまがへのじらうなほざねはいまだぶんどりもせず、「あはれよからうてきもがな。うちとらん」とおもひ、すまのせきやへうちよせて、おきのかたをみやれば、たすけぶねどもをこぎちらせり。「さだめておちうどこれへぞくるらん」とおもひ、ひきあげたりけるおほぶねのかげに、とばかりありて、くつわのおときこゆるあひだ、ふねのはづよりさしのぞいてこれをみれば、むらさきぢにねりいとをもつてねしのをぬひたるひたたれに、むらさきすそごのよろひをき、うはおびにはかんちくのひちりきをこのしだんのやたてにいれてさしたり。またこまきものをさしぐしたり。のちにこれをみれば、かくぞかいたりける。
 あうばいたうりのはるのあしたになりぬれば、つまよつまよとさへずるうぐひすの、のべにあだめくしのびねや、のべのかすみにあらはれて、そとものさくらいかばかり、かさねさくらんやへざくら。きうかさんぷくのてんにもなりぬれば、ふぢなみいとふほととぎす、よよのかやりびしたもえて、しのぶるこひのここちかな。きぎくしらんのあきのくれにもなりぬれば、かべにすだくきりぎりす、尾上のしか、たつたのもみぢあはれなり。けんとうそせつのゆふべにもなりぬれば、たにのをがはのかよひぢも、みなしろたへになりわたる。さしもなごりのをしかりし、ふるさとのきぎのこずゑをみすてつつ、いちのたにのこけのしたにうもれんかなしさよ。
とぞかかれたる。
P2446
 うちかぶとはしろじろとして、わたりのふねをまぶつて、なみのなかへうちいりけるを、くまがへこれをみて、「ここもとをかくるはたいしやうぐんとこそみたてまつれ。たいしやうぐんほどのひとの、てきにうしろをみするやうやさうらふ。あなみぐるしや。かへさせたまへ」とまうしければ、うちわらつてひきかへしけるが、「ようこそみけれ。わぎみはたそ」といへば、「むさしのくにのぢゆうにん、くまがへのじらうなほざね」とぞまうしける。「なんぢにあうてはなのるべからず。ただくびをとつてひとにみせよ」といひければ、くまがへひつくんでなぎさにおちぬ。
 くまがへひきあふのけてこれをみれば、じふろくしちのわかてんじやうびとの、ふとまゆにつくり、かねぐろなり。こじらうにみあはせてこれをみるに、をりふしこじらうみえざりければ、うたれてやあるらんと、おぼつかなかりければ、「さんやのけだもの、がうがのうろくづまでも、おんあいのみちはせつなり。いはんやじんりんにおいてをや。いかでかおもひしらざるべき。このとののおや、このとのをうたせてなげきたまはんこと、なほざねがこじらうをうたせてなげかんも、いづれかしようれつあるべき。はなちたてまつらばや」とおもひて、しはうをみれば、みかたのものどもこれおほし。「たとひなほざねたすけたてまつるとも、よにんはよもたすけたてまつらじ。ひとでにかけたてまつり、『くまがへのうちもらしぬるをうつたり』といはれなば、こうだいのちじよくなり。せんずるところ、このとのをうち、ごせをとぶらひたてまつらばや」 とおもふあひだ、「かさねておんなをうけたまはらん」とて、まうしけるは、「べつのぎにてはさうらはず。かまくらどののおほせに、『へいじのたいしやうぐんをうつたらんものは、かうげをいはず、こくしゆになすべき』よし、はりぶみにおされてさうらふ。きみをうちたてまつらんくんこうのゆゑに、なほざねほどのぼくせうぐあんのみがこくしゆとなりさうらはんこと、ばくたいのごおんにあらずや。そのはうこうには、ぜんごんをしゆしそうをくやうしたてまつるとも、たがためにもゑかうしたてまつらざること、むねんにおぼえさうらへば、かやうにはまうしさうらふなり」とまうしければ、このとのいひけるは、「ぢゆうだいさうでんのけにんにもあらず、ひごろのよしみもなしといへども、これほどにおもふことこそしんべうなれ。うちまかせてはなんぢにあうてなのるべきにあらずといへども、このことばのありがたさになのるなり。われはこれだいじやうにふだうのおとうと、かどわきのへいぢゆうなごんのりもりのさんなん、くらんどのたいふなりもりとて、みづからはことしじふろくさい、はやはやくびをとれ」とぞいひける。
 くまがへまうしけるは、「きみはごいちもんともにいちごふしよかんのおんみにて、ときおそきこそさうらはんずれ、なほざねをうらみさせたまふな」とて、かぶとをとつてこれをひきあふのけてみれば、みどりのまゆずみあせににほひ、ぼけぼけとみえけり。いづくにかたなをあつべしともおぼえず、なくなくくびをぞとりにける。
 このくびをとりつけにつけ、うまにうちのり、みかたにあふごとに、「これごらんさうらへ、とのばら。かどわきどののさんなん、くらんどのたいふとて、じふろくさいになりたまふをうつたるぞや」とて、なきゆきけり。かまくらどのよをとりたまひてのち、いくほどなくてつひにしゆつけして、にしやまのしやうにんほふねんばうのでしになり、つひにわうじやうのそくわいをとげにけり。
P2451
四 びつちゆうのかみのふね、せいくらうびやうゑふみかへすこと
しんぢゆうなごんのさぶらひに、きよくらうびやうゑとまうしけるもの、しゆうにはおひはなれぬ、だいのをとこのふとくきはめたるが、かひなきうまにはのつたり、あとよりてきはおつかくる。おきのかたをみれば、ふねいつさうこいでとほる。びつちゆうのかみのふねとみなして、「ここをとほらせたまふはびつちゆうのかみどののおんふねとこそみたてまつりさうらへ。まうされさうらふは、しんぢゆうなごんどののみうちに、きよくらうびやうゑいへとしとまうすものにてさうらふ。たすけおはしませ」とまうしければ、ひとびとくちぐちに「ただこぎとほらせたまへ」とまうしければ、びつちゆうのかみいひけるは、「てきなりともたすけよといはれなばたすくべし。いはんやみかたなり。しかもしんぢゆうなごんのさいあいのものなり。もしせんにひとつもたすかりたらば、のちにいはれんことこそはづかしけれ。ただこのふねをさしよせよ」とて、よせられたり。いへとしたかきところにのぼりあがつてまちかけたり。あひだわづかにさんぢやうばかりなり。てきはちかづく、あまりにはやくみえければ、びつちゆうのかみいひけるは、「いへとしとべかし。」「さうけたまはりさうらふ」と、はばかりながらえいととびけるが、とびはづして、ふなばたをふんでふみかへす。これをみて、はせよつて、ふねをばくまでにかけてひきよせけり。びつちゆうのかみはうたれたまひぬ。いへとしもうせにけり。
P2453
五 ごとうびやうゑおつること
 ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきやうは、かちんにしろきいとをもつてむらちどりをぬひたるひたたれに、もえぎいとをどしのよろひきて、のりかへどもににきつれて、にしにむかつて、たすけぶねをこころざしておちられけるほどに、かぢはらのへいざう、たいしやうぐんとめをかけ、「あれはいかに。たいしやうぐんとこそみたてまつれ。おんうしろすがたみぐるしうさうらふ。かへさせたまへ」とまうしければ、きかぬがふねともてなしておつるところに、かぢはらがのつたるうまはのりつかれておひつきがたし、なかざしとつてつがひ、とほやにいたりけり。しげひらのめされたるどうじかげのさんづのしたに、のぶかうこそいこうだり。くつきやうのめいばなれども、やをたてぬれば、ことのほかによはりにけり。
 しげひらひさうのうまによめなしつきげをば、のりかへのために、めのとごごとうびやうゑをのせられたり。「どうじかげにやたちぬれば、このうまさだめてめされんずらん。ことばのかからぬさきに」とおもひ、うまのはなをきたのかたへひきむけておちゆきけり。さんみのちゆうじやうこれをみて、「やうれ、もりなが。そのうままゐらせよ。しげひらのうま、てをおひたり。ひごろはさはちぎらざりしものを。うらめしくもわれをすつるかな」とおほせられけれども、そらきかずして、いむけのそでなるあかじるしをぬきすて、むちあぶみをあはせてはせにげぬ。
P2455
六 ほんざんみのちゆうじやう、かじはらにいけどらるること
しげひらちからおよびたまはず、うみへはせいりたまへど、それもとほあさにて、しづみもえたまはず。こしがたなをぬいてうはおびをきりすてたまひけるは、じがいをせんとや、またうみにいらんとやみえしほどに、かぢはらほどなくはせきたり、うまよりとびおり、かちばしりにもたせたるなぎなたをとつて、「きみにわたらせたまふとみたてまつる。さがみのくにのぢゆうにん、かぢはらのへいざうかげとき、まゐつてさうらふ。おんともつかまつらん」とて、ひまなくはしりより、とりたてまつつてわがうまにのせたてまつり、しづわまへわにいましめつけ、わがみはのりかへにのつてひきぐしたてまつり、おほてのかたへぞむかひける。
 かげときまうしけるは、「いかにあれていのさぶらひをばめしぐせられさうらひけるぞ。かげときがやうにさうらはんものをめしぐせられさうらはんは、これほどのことさうらはじ」とはぢしめたてまつる。さんみのちゆうじやうのちにひとにかたりたまひけるは、「かげときにはぢしめられしこと、ひやくせんのほこをもつてむねをさされんも、これにはすぎじ」といひけり。
 ごとうびやうゑは、のちにはくまのほふしにをなかのほつけうとまうしけるごけにのもとに、うしろみをしたりけるが、そしようのためにしやうらくしたりければ、きやうぢゆうのきせんこれをみて、「あなむざんや、さんみのちゆうじやうどののさしもいとをしくおぼしめされたりしものの、いつしよにてともかうもならで、おもひもかけぬにこうのしりまひして、はれふるまひするこそむざんなれ」と、つまびきをしてにくみあひければ、そののちかくれにけり。
 しんぢゆうなごんとももり・しそくむさしのかみともあきら、さぶらひにはけんもつのたらうよりかた、さんぎつれてふねにつかんとはせられけるに、うちわのはたさしたるこだまたうにやありけん、ごろくきばかりにてをめいてかく。これをみて、けんもつのたらうきはめたるゆみのじやうずなれば、はたさしがくびのほねをいぬく。はたさしうまよりさかさまにおちにけり。
 しんぢゆうなごんとももり、ゆんだけのほどちかづけども、しそくむさしのかみともあきら、じふしちさいになられけるが、ちちをてきにくませじと、なかにへだててくんでおとし、とつておさへてくびをきる。てきがたのわらは、おちあひて、むさしのかみをばさしころす。けんもつのたらうよりかた、ひざのふしをいさせて、たちもあがらざりければ、はらをかききつてしににけり。
 しんぢゆうなごんは、このすきににげのびにけり。ゐのうへぐろといふくきやうのうまにのり、うみのめんにじふよちやうおよがせて、ふねにつきたり。かのふねにはうまのたつべきやうもなかりければ、あはのみんぶしげよしまうしけるは、「あたら、てきのものになんぬべし。いとめさうらはん」とまうしければ、「さもあらばあれ、ちくしやうといへども、われをたすけたらんうまをば、いかでかころすべき」とて、なぎさにむけておひかへす。
 しんぢゆうなごん、このうまのために、つきにいちどたいざんぶくんをぞまつられける。そのゆゑにや、かのうまにたすけられたまひにけり。くらうはうぐわん、かのうまをとつてゐんへまゐらせたりければ、なのたかきうまなれば、いちのみうまやにたてられけるが、くろきうまのふとくたくましければ、ゐのうへぐろともまうしけり。かはごえのたらうがとつたりければ、かはごえぐろともなづく。
P2460
 とももりのきやう、おほいとのにむかひたてまつり、なみだをながしてまうされけるは、「ただいちにんもちてさうらふむさしのかみにもおくれさうらひぬ。けんもつのたらうもうたれをはんぬ。いのちはよくをしいものでさうらひけり。ただひとりもつたるこが、おやのいのちにかはらんとてきにくみつるに、ひきもかへさざりけり。ほかのひとのみるところこそはずかしけれ」とてなかせたまへば、おほいとのおほせられけるは、「あはれなるかな。むさしのかみはてもきき、こころもたけく、よきたいしやうにておはしましつるものを」といひながら、おんこうゑもんのかみのかほをみたてまつり、さうがんよりなみだをうけたまひけり。これをみたてまつるつはものどももおのおのそでをぞしぼりける。
 むさしのさぶらうざゑもんありくに・いがのへいないざゑもんいへなが、これらににんはしんぢゆうなごんいちにのものどもにて、たがひにちぎりふかければ、いつしよにしなんとぞおもひける。
P2463
七 ゑちぜんのさんみみちもり、うたるること
かどわきのへいちゆうなごんのりもりのちやくし、ゑちぜんのさんみみちもりのきやう、みなとはたにつきおちられけり。あふみのくにのぢゆうにんささきのさぶらうもりつなこれをみたてまつり、ななきのせいにておつかけていく。くんだたきぐちのときかずといふさぶらひ、まへにふさがつて、「きみはおちさせたまへ。ふせぎやつかまつりさうらはん」とまうしければ、「いかに、なんぢはひごろいひつるちぎりをばたがはんとするぞ。このにようばうをば、われともかうもならば、みやこへおくりたてまつれ。それぞさいごのともしたるとおもふべし」といひけるあひだ、さすがにいのちもをしければ、やぶのなかへぞいりける。さんみ、うんやつきたまひにけん、うまさかさまにたふれければ、しちきがなかにとりこめて、うちたてまつる。くびをばたちのきつさきにさしつらぬき、「かどわきへいぢゆうなごんのちやくし、ゑちぜんのさんみどのをば、あふみのくにのぢゆうにんささきのさぶらうもりつなうつたり」と、たきぐちがゐたるまへをよびてとほる。ときかずはしりいでてとりつきたくはおもへども、かつうはゆいごんをもたがへじと、なくなくゐたるぞむざんなる。たきぐちよるにいつて、きたのかたにまゐり、このよしをまうしければ、「ゆめかうつつか、まことかや」とて、ひきかづいてふしたまひぬ。
P2466
いちのたに・いくたのもりにてうたれしひとびとはいくせんまんといふことをしらず。みなとがはひがしのはまぢより、にしはしほやぐちにいたるまで、ごじふよちやうのあひだに、ひしとくびをぞきりかけたる。しかのみならず、りたうをふくみてちにたふれ、ながれやにあたつてしにたるたぐひ、たださんをちらせるがごとし。そのほか、みづにしづみ、やまにかくれたるともがら、いくせんまんかあるらんと、あはれなりしことどもなり。
P2473
八 こざいしやうのつぼね、みをなげらるること
そもそも、このたびうたれぬるひとびとのきたのかた、みな、さまをぞかへられける。
 ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきたのかたは、ごでうのだいなごんくにつなのおんむすめ、だいなごんのすけどのとぞまうしける。うちのおんめのとにておはしましければ、おほいとのせいしけるあひだ、あまにもなりたまはず。
 ゑちぜんのさんみみちもりのきやうのきたのかたは、ことうぎやうぶきやうのりかたのおんむすめ、しやうさいもんゐん〈 とばのゐんのおんむすめ、ごしらかはのほふわうのきさき 〉のこざいしやうどのとまうしけるにようばうなり。みちもりたがひにこころざしふかかりければ、こきやうをたちいで、やへのしほぢにこえたまひしより、なみのうへ、ふねのうちにても、いちにちへんしなれどもあひはなれず。あすうちいでんとてのよる、おとうとののとのかみのかりやによび、のとのかみにいさめられたまひしも、このひとのおんことなり。いちぢやううたれたまへりとききたまひしかば、ひきかづきてふしたまふ。あはれなるかな、れんぼのなみだはまくらのうへのつゆをうかべ、しうたんのほのほはきものなかのしゆをこがす。
 こんどうたれたまへるひとびとのきたのかた、いづれもなげきはあさからねども、このきたのかたはことわりにすぎてふかかりけり。ひかずのふるままにふかくおもひいりたまひて、ゆみづをだにもきこしめし入れず。めのとごのにようばうただいちにんつきそひたてまつるも、おなじくまくらをならべふししづむるが、「かくてわたらせたまはんには、なんとかけてかつゆのいのちもながらへたまふべき」とおもひけるあひだ、このにようばうなくなくこしらへまうしけるは、「いまはいかにおぼしめすともかなふまじ。おんみみとならせたまひてのち、をさなきひとをもそだてたてまつり、ことののわすれがたみともごらんぜよ。それなほおんなぐさめなくは、おんさまをかへ、かのごしやうをもとぶらひおはしませかし。しやうじはつねのならひ、いまはじめておどろきおぼしめすべきにあらず」となぐさめまうせども、ただひとへになくよりほかのことはなし。
 じふさんにちのよる、ひとしづまりかうふけて、めのとごのにようばうをよびおこしていひけるは、「あすうちいでんとてのよる、よもすがらこころぼそきことどもかたりつづけて、『あすのいくさにはうたれんとこころぼそくおぼゆ』とて、なみだをながしたまひしかば、わがみも『いかにかくいふやらん』とこころさはぎしておもひしかども、かならずしかるべしともおもはざりき。またいひしことのいとをしさよ。『われもしうたれなんのちは、いかんしておはすらん。よのならひはさてしもあらじ。いかなるひとにみえたまふとも、われなわするな』といひしことのむざんなれば、みづのそこへもいらんとおもふぞとよ。またよにながらへてあるならば、こころならぬこともぞある。おのれがひとりなげかんことこそいとをしけれ。またひごろははづかしさにいはざりしかども、いまをかぎりとおもひしかば、『ひごろなやむことのありしを、ひとにとへば、ただならずとこそきけ』といひたりしかば、なのめならずこれをよろこび、『すでにさんじふになりなんとするに、こといふものなかりつるに、はじめてこれをみんことのうれしさよ』といひけることのえきなさよ。おろかなりけるかねごとかな。いかなるをとこなればいきてのわかれをかなしみ、いかなるをんななればをとこにをくれてつれなかるべき。このものをひととそだてて、みんをりをりごとには、むかしのひとのみこひしくて、おもひのかずはまさるとも、わするることはよもあらじ。いまはなかなか、みそめみえそめしくものうへのそのよるのちぎりくやしくて、かのげんじのたいしやうの、おぼろづきよのないしのかみ、こきでんのほそどのも、わがみのうへとかなしきぞ」と、なくなくいひけり。
 めのとごのにようばうむねうちさはぎ、あやしかりければ、「げにもおぼしめしたちさうらはば、ちひろのそこへもひきぐしてこそいらせたまへ。ながくはをくれたてまつらじものを」と、なくなくまうしければ、このことあしくきかれたるかとおぼされけん、ことばをかへていひけるは、「およそひとのわかれのかなしさ、よのうらめしさをおもふには、みをなげんといふこと、よのつねのならひぞかし。されどもいかでまさしくみをばむなしくなすべき。たとひいかなることをおもひたつとも、いかでかそこには知らせであるべき。こころやすくおもはれよ」といひければ、げにもとやおもひけん、すこしまどろみいりけるに、ひそかにはいいでて、さいごのいでたちをぞしたまひける。
 さんみどののさうしばこをひらき、これをみれば、かがみはくもりなけれども、うつりしひとのかげもなし。さるままにふるきうたいつしゆくちずさみたまふ。
   〈ことわりやくもればこそはますかがみ うつりしかげもみえずなるらめ〉
 げんじろくじふでふのなかに、つねにてなしたまひけるまきものごろくくわんをとり、さうのわきにいれ、ふなばたにのぞみたまひ、いづくかにしなるらんとみたまへば、まんまんたるかいちゆうにて、いづくをにしとはしらねども、つきのいるさのやまのはしを、そなたのそらとおもひやり、おきのしらすになくちどり、ともまどはすかとあはれなり。あまのとわたるかぢまくら、かすかにきこゆるえいやごゑ、なみだをもよほすつまとなる。にしにむかひいひけるは、「たとひさんみ、とうじやうかつせんのみちにおもむきて、いのちをすつるはつみふかきみなりとも、みだによらいはあくごふのともがらをもいんぜふしたまふなれば、われらふさいをむかへたまへ」とて、しのびてねんぶつひやつぺんばかりとなへつつ、てをあはせてうみへとびいりぬ。
P2479
 やはんのことなれば、ひとねいりてみたてまつらず。かんどりいちにんおどろきて、「にようばうのうみにいりたまひぬる」とののしるあひだ、めのとごのにようばうおきあがり、「あなこころうや」とて、かたはらをさぐれども、みえたまはず。「あなむざんや」とてをめきさけぶ。すいしゆ・かんどりをおろしひたしてたづねたてまつれども、つきはおぼろにかすかなり、なるとのおきのはやしほなれば、なみのはなもしろし、きたまへるきぬもしろければ、たづぬれどもたづぬれども、とみにもみつけたてまつらず。はるかにほどをへて、とりあげたてまつれば、ねりぬきのふたつぎぬにしろきはかま、たけなるかみをはじめてしほ々とぬれて、おんいきばかりかよふあひだ、おんめのとのにようばうこれをみて、ふしまろび、なくなくおんてをとつて、かほにあててまうしけるは、「われおいたるおやにはなれ、をさなきこをすててつきそひたてまつるかひもなく、みなそこへもひきぐしてはいりたまはずして、うらめしくもひとりむなしくならせたまひつるものかな。わがきみ、いまいちどおんこゑをきかせたまへ」とて、ふしまろびてかなしめども、ひとことのへんじもなし。よるもやうやうあけゆけば、かよひしいきもたえはてぬ。
 さるままに、のこりとどめたまひたりけるゑちぜんのさんみのきせながいちりやう、うかびもぞするとて、おしまとひたてまつり、うみへかへしいれにけり。めのとのにようばうも、をくれじとうみへとびいらんとしけるを、ひとびとあまたとりとどめければ、せんちゆうにふしまろび、をめきさけぶことかぎりなし。みづからかみをばはさみおろしければ、かどわきへいぢゆうなごんのりもりのおんこ、ちゆうなごんのりつしちゆうくわい、かみをそりのき、だいじようかいをさづけたまひけり。
 さつまのかみただのり・たぢまのかみつねまさのきたのかた、いづれもおとらぬなげきなれども、さらにわがみをばうしなはず。むかしもいまもためしすくなかりしことなり。かのとうてんのせつぢよがあとまでもおもひのこすことなし。
ひととせ、ほうげんのかつせんのとき、ろくでうのはんぐわんためよしがにようばう、をつとにをくれみをなげけるこそありがたしとおもひしに、これをきくものそでをしぼらぬはなかりけり。「けんじんはじくんにつかへず、ていぢよはりやうふにとつがず」といへり。かれはこのもんにたがはず、まことなるかな。ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりのきやう、このありさまをきいて、「かやうにひとりあかしくらすはものうけれども、かしこうぞこれらをみやこにとどめおきてける。まのあたりにかからまし」とぞいひける。
P2483
九 けいしやうのくび、ごくもんのきにかけらるること
 さるほどに、げんりやくぐわんねんにぐわつとをか、いちのたににてうたれしへいじのくびども、きやうにいるよし、ののしり
あへり。そのたぐひのひとびと、みやこにかくれゐたりけるが、きもをけしこころをまよはしあへり。おなじきじふさんにち、たいふはんぐわんなかよりいげのけびゐし、ろくでうがはらにいでむかひ、へいじのくびをうけとつて、ひがしのとうゐんおほぢをきたへわたし、ひだりざまのごくもんのきにかけてけり。
 ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりのきたのかたは、げんじのうつてさいこくへくだるよしきくたびごとに、きもをけしこころをさむくしたまふところに、いちのたににてへいけのこりすくなくうたれたまへるうへ、ほんざんみのちゆうじやうしげひらもいきながらぶしにとられてしやうらくし、ならびにへいじのくびどもおほくみやこへめされけるよしきこえければ、きたのかた、「さだめてわがひともこのうちにはもれじ」といひながらなきたまへば、わかぎみ・ひめぎみもともになきたまふことかぎりなし。
 ゑちぜんのさんみみちもり・さつまのかみただのり・たぢまのかみつねまさ・むさしのかみともあきら。かどわきのへいぢゆうなごんのりもりのばつしなりもり・しゆりのだいぶつねもりのしそくあつもり、このににんはいまだむくわんにて、ただたいふとぞまうしける。さぶらひにはゑつちゆうのせんじもりとしのくびもわたされけり。
 このくびどもおのおのおほぢをわたし、ごくもんのきにかけらるべきよし、のりより・よしつねともにこれをまうしけるあひだ、ほふわうおぼしめしわづらひて、くらんどのさゑもんごんのすけさだながをもつて、だいじやうだいじん・さだいじん・うだいじん・ほりかはのだいなごんにおんたづねありければ、おのおのいちどうにまうされけるは、「せんていのおんとき〈 あんとくてんわう 〉、このともがらはせきりのしんとしてともいへにつかへき。なかんづく、けいしやうのくびをおほぢをわたしごくもんのきにかけらるること、いまだそのれいをきかず。そのうへ、のりより・よしつねがまうしじやう、あながちにごきよようあるべからず」とまうされければ、わたさるまじかりけるを、のりより・よしつねかさねてまうしけるは、「ちちよしとものくび、おほぢをわたしてごくもんのきにかけられたることけんぜんなり。しかるをちちのはぢをすすがんがために、しんみやうをすててかつせんせしむるところなり。かつうはてうてきなり、かつうはしてきなれば、まうしうくるところ、おんゆるしなきにおいては、じこんいごなんのいさみあつてかてうてきをついたうすべき」と、よしつねことにこれをいきどほりまうしければ、おほぢをわたしかけられにけり。
 かのよしつねは、にさいのときちちよしともをうたれ、そのゆくへをしらず、にじふごねんのせいざうをおくり、ちちのてきをほろぼしけること、ふししぜんのことわりなり。
P2489
十 しげひら、だいりにようばうをよびたてまつること
 じふしにち、ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきやう、ろくでうをひがしへわたさる。あいずりのひたたれに、こばちえふのくるまのぜんごのすだれをまきあげ、さうのものみをひらきてぞわたされける。いたはしくおもひいりたるけしきなり。みえじとはせられけれども、なみださらにとどまらず。みるひとそのかずをしらず。ただゆめのここちぞせられける。
 ひとびとまうしけるは、「いとをしや、このとのは、にふだうどのにもにゐどのにもおぼえのこにておはせしかば、よもおもんじたてまつり、したしきひとびともところをおき、うちへまゐりたまふにも、らうにやくことばをかけたてまつり、わがみもいたはしげに、くちをかしきことをもいひおき、ひとにもしたはれたまひしものを。これはなんとをほろぼしたまひぬるがらんのばつにこそ」とまうしあへり。
 ろくでうがはらまでわたして、はちでうほりかはのみだうにいれたてまつる。とひのじらうさねひら、ずいひやうさんじつきばかりをあひぐしてこれをしゆごしたてまつる。
 ゐんのごしよより、くらんどのさゑもんごんのすけさだながをおんつかひとして、しげひらのもとへまかりむかふ。せきいにしやくをぞもつたりける。さんみのちゆうじやうはねりぬきのふたつこそでに、こむらごのひたたれ、をりえぼしひきたててぞおはしましける。「むかしはなんともおもはざりしさだながを、いまはめいどにてみやうくわんをみんもこれにはすぎじ」とぞおもはれける。ゐんぜんのおもむき、でうでうこれをおほせふくむ。「せんずるところ、さんじゆのしんぎみやこへかへしいれたてまつらば、さいこくへかへしつかはすべきちよくぢやうあり」とまうしければ、さんみのちゆうじやうまうされけるは、「いまはかかるみになつてさうらへば、したしきものにおもてをあはすべしともおぼえずさうらふ。そのうへ、しゆしやうみやこへくわんぎよなからんには、いかでかしんぎばかりをかへしいれらるべき。もしをんなごころにてさうらへば、ははなんどやむざんともおもひさうらふらん。さりながら、もしやとさいこくへまうしてみさうらはん」とて、さきのさゑもんのじようしげくにをくだしつかはしけり。
P2492
 さんみのちゆうじやうのとしごろめしつかはれけるむくのうまのじようとものり、とひのじらうがもとへきてまうしけるは、「このとしごろめしつかはれさうらひしむくのうまのじようとまうすものでさうらふが、はつでうのゐんへけんざんして、かかるみにてさいこくへもくだりさうらはず。けふおほぢをわたされたまひつるをみたてまつり、あはれにかなしくさうらふ。おんゆるされをかうぶつて、おんこころをなぐさめたてまつりさうらはん。これごらんさうらへ、こしのかたなをだにもささずさうらへば、ゆめひがことすまじくさうらふ」と、なくなくまうしければ、とひのじらうなさけあるものにて、すみやかにこれをゆるしてけり。
 とものりまゐつたれば、さんみのちゆうじやうなのめならずうれしげにおぼしめし、こしかたゆくすゑをものがたりしたまひ、たがひになみだをぞながしたまひける。「そもそも、なんぢしてときどきふみをつかはしたりしだいりのひとはいかに」といへば、「だいりにおんわたりさうらふが、『つねにわすれたてまつらず』とおほせられさうらふとこそうけたまはりさうらへ」とまうしければ、「さいこくへくだりしときもなんぢなきあひだ、ふみをもやらず、ものをもいひおかざりしかば、ひごろのちぎりいつはりになりぬとこそおもひけめ」とて、ふみをかいてつかはさる。ぶしどもあやしみまうしければ、このふみをみせければ、すなはちゆるしけり。
 あさどき、だいりにもちまゐりてうかがへども、ひるはひとめのしげければ、ひをくらしてのち、だいりへまぎれいる。このにようばうのおんつぼねあたりへたたずみ、たちぎきしければ、にようばうのこゑにてなくなくいひけるは、「なんのつみのむくひによつてか、さんみのちゆうじやうばかりしもいきながらとられ、おほぢをわたされ、うきなをながすらん」とて、なきたまへば、「あなむざんや、ここにもおもはれけるものを」とおもひて、ちかくたちより、「ものまうさん」といふ。めのわらははしりいでて、「いづくより」ととひければ、「ほんざんみのちゆうじやうどのより、先々まゐりさうらひしむくのうまのじようなり」とまうしければ、
「おんふみはあるか。」「さうらふ」とてさしあげたり。
 ねんらいははぢてみえざりつるにようばうの、はしちかくさしいでて、ふみをとりあげ、これをみたまへば、おんふみのおくにいつしゆのうたをかかれたり。
  〈なみだがはうきなをながすみなれども いまひとしほもあふせともがな〉
 いそぎておんへんじありければ、さんみのちゆうじやうこれをひけんしければ、これもおんふみのおくにかくばかり、
  〈きみゆゑにわれもうきなをながせども そこのみくづとなりぬべきかな〉
 このふみをてばこのなかにとつておき、つねにみてこそなぐさまれけれ。
 さんみのちゆうじやう、とひのじらうにいひけるは、「かかるみにてかたがたそのはばかりあれども、ごせのさはりとなるべければ、まうしさうらふところなり。いちにちのふみのしゆうをみさうらはばや」といひければ、「なにかくるしくさうらふべき」とてゆるしたてまつる。
 さんみのちゆうじやうよろこびたまひて、ともときしてくるまをたづね、だいりへつかはされければ、にようばういそぎきたりけり。ぶしどもかくれてみたてまつれば、はばかりて、くるまやどりにやりよせ、すだれをうちおほひ、てをとりくんで、こしかたゆくすゑのことどもたがひにいひつづけたまひ、たもとをしぼられけり。ひとめをとつてしのびたまへども、おとはくるまのよそまできこえけり。つつむにたえぬなみだは文すだれにかかるつゆとなる。
 ちゆうじやういひけるは、「いくつきひをばかさぬとも、なごりはさらにつくしがたし。たうじはおほぢらうぜきなり。よるもふけなばあしかりなん。とうとうかへらせたまへ」とて、おんくるまをやりいだす。そでをひかへて、さんみのちゆうじやうかくばかり、
   〈あふこともつゆのいのちももろともに こよひばかりとおもふかなしさ〉
 にようばうとりあへず、
   〈かぎりとてたちわかれなばつゆのみの きみよりさきにきえぬべきかな〉
とて、いでたまふ。
 そののちはぶしゆるしたてまつらねば、たいめんもなかりけり。ときどきふみばかりぞかよひける。
P2497
十一 しげひら、げんくうをこひ、ぢかいせらるること
 さるほどに、さゑもんのじようたひらのしげくに、さぬきへわたり、へいけのひとびとにゐんぜんをつけたてまつる。おなじくにじふしちにち、しげくにきらくして、ないだいじんのへんじやうをまうす。さだなが、ゐんのごしよへまゐつてこのよしをそうもんす。ないだいじんのへんじやうにいはく、
 ちよくぢやうのうへは、もつともないしどころをばみやこへいれたてまつるべしといへども、わがきみはたかくらのゐんの
だいいちわうじ、じゆぜんあつてのちすでにしかねんにおよびたまへり。しかるに、ばうしんのざんそうによつて、こきよもりにふだうどどのほうこうをおぼしめしわすれ、あまつさへたうけをすてさせたまひ、げんけをもつてせめらるべきよし、ふうぶんにおよぶあひだ、そのなんをしりぞかせたまふやとて、みやこをいでさせたまへり。もしばうふのほうこうをおぼしめしわすれずは、ごかうをさいこくへなすべし。もしさらば、さいこくのつはものうんかのごとくあつまつて、きようぞくをたひらげんことうたがひなし。そのとき、しゆじやうもろともに、さんじゆのしんぎみやこへいれたてまつることやすかるべし。もしくわいけいのはぢをすすがずは、きかい・かうらいにいたるまでおちゆき、つひにいこくのたからとはなすとも、いかでかしげひらがいのちにはかへたてまつるべき。
とぞまうされける。
 さんみのちゆうじやう、しゆつけのこころざしをまうされければ、「よりともにみせてのちに」とゐんぜんをくだされければ、しげひらまたとひのじらうにいひけるは、「むしんのしよまうおほくつもるといへども、さいごのしよまうこのことのみにあり。ぜんぢしきをしやうじたてまつり、ごせのことをまうしあつらへばや」といひければ、「いかなるしやうにんぞ」ととひたてまつりければ、「ほふねんばう」とおほせられければ、「やすきことなり」とて、ほふねんしやうにんをよびたてまつる。
 ちゆうじやう、しやうにんにまうされけるは、「なんとをほろぼすこと、しげひらがしよぎやうなりとまうしあはせてさうらへば、しやうにんもさぞおぼしめされさうらふらん。まつたくそのぎはなくさうらふ。あくたうおほきなかに、いかなるものやひをいだしぬらん、いちうにつけておほくのがらんほろびたまひぬ。せめいちじんにきすとかやまうすなれば、しげひらいちにんがつみになり、むげんのごふうたがひなし。なかんづく、よにありしときは、たのしみにほこり、ごせをしらず。みやこをいでてのちは、あさゆふいくさのいでたちのみあつて、ひとをほろぼしわがみをたすからんとのみおもひ、だいけうまんのほかよりはたじなし。こんじやうのあくごふをおもへば、みらいのくほううたがひなし。みなひとのしやうじんのによらいとあふぎたてまつりさうらふしやうにんにふたたびげんざんにいること、これしかるべきぜんえんなり。しゆつけはゆるされなければ、かみそりばかりをいただきにあてて、かいをたもちたくさうらふ」とまうされければ、しやうにんなくなくいひけるは、「ありがたくこそおぼしめしたれ。このほどまでは、あみだぶつはつみふかきものにじひことにふかくして、たのみをかけぬればわうじやうをとぐ。なをとなうればゆくへやすし。されば『ごくぢゆうあくにんむたはうべん、ゆいしようねんぶつとくしやうごくらく』ともいへり。また『いつしやうしようねんざいかいぢよ』ともみえ、『せんしようみやうがうしさいはう』とものべたり。いまはひごろのあくしんをひるがへし、さんげねんぶつしたまはば、わうじやうなんのうたがひかあらん。およそせけんのむじやうをみるに、いとふべきはこのよ、ねがふべきはじやうどなり。このせかいのならひ、ちやうめいえいぐわをかんずといへども、かぎりあればまめつにかへす。ごくらくじやうどのありさま、むくむのうのところにして、ながくしやうじをはなれたり。ただひとへにこころにかけてきみやうをいたし、ねんぶつしたまふべし」とけうげにときをうつししかば、おんいただきにかみそりをあて、かいをさづけたてまつる。
 おんふせとおぼしくて、いかがしてとりおとされたりけるやらん、ねんらいかよひたまひしさぶらひのもとに、さうしばこのありけるを、をりふしこれをまゐらせたりければ、「いつしかもおんねんぶつおこたらぬおんことなれども、これをつねにおんめのまへにおきたまひ、おんねんぶつのついでにはかならずおぼしめしいださるべし」とて、これをたてまつりければ、げんくうよにもあはれげにて、すみぞめのそでをぞしぼりたまひける。「げんくうごしやうをばとぶらひたてまつらんずれば、さりともとおぼしめすべし」とて、くろたにへぞかへられける。
P2503
十二 しげひら、くわんとうげかうのこと
 またひやうゑのすけ、しげひらのきやうをまうしこはれければ、さんぐわつとをか、かぢはらのへいざうかげときうけたまはりて、これをあひぐしてくわんとうへくだりけり。
 かものかはらをうちとほり、わうじやうのかたをみたまへば、さらぬだになほかすむそらの、やよひのかみのとをかなれば、なみだにくれてみもわかず。あさゆふりようがんにちかづきしかば、うんしやうのまじはりもさすがにおもひいでられて、みやこはこれをかぎりなりと、たちはなれたまひけるなごり、いかにをしかりぬらんと、おしはかられてあはれなり。とほやまのはなをばみちにのこし、みすててゆくこそかなしけれ。
 しのみやがはらのそでくらべ・あふさかやまのさねかづら、ひとしらぬみちならば、くるとたれかはおもふべき。おほつ・うちでをすぎたまへば、ともなきちどりのおとづれけるを、わがみのうへとあはれなり。からさきのまつ・ひえのやま、みるにつけてもこころぼそし。かすみにくもるかがみやま、いとどなみだにみえばこそ、ひらのたかねにかかるくも、いぶきのだけよりおろすかぜ、わがみにいつておもはれけり。みののなかやま・きんがのさと、みのゆくすゑにありときく、おいそのもりにもちかづきぬ。あれてなかなかやさしきは、ふはのせきやのいたびさし、つきのもるとはなけれども、まばらにいまはなりにけり。たまのゐのしゆく・くろだのしゆく、こころのつきのすみわたり、おもへばやみのそらなりけり。
 わがみのをはりかなしくて、あつたのみやにまゐりつつ、「ねがはくはだいみやうじん、かまくらへつかしめたまはずして、みちにていのちをめしたまへ」と、きねんのそでをあはせたまふこそ、せめてのことにやとあはれなり。いかになるみのしほひがた、わたりにそではしぼりつつ、ありはらのなりひらが、「からころもきつつなれにし」とながめける、みかはのやつはしにもつきぬれば、くもでにものをぞおもはれける。はまなのはしをもすぎければ、いけだのしゆくにぞつきたまふ。
 そのしゆくのちやうじやに、じじゆうといふいうくんあり。もとよりなさけありまのいうぢよなりければ、さんみのちゆうじやうのごしんちゆうおしはかりけるあはれさに、
   〈たびのそらはにふのこやのいぶせさに いかにみやこのこひしかるらん〉
と、これをよみつかはしたりければ、ちゆうじやう「こはなにものぞ。やさしきものかな」とおほせられければ、かぢはらのへいざうまうしけるは、「このしゆくのちやうじやにじじゆうとまうすきみにてさうらふ。このきみのことさうらふぞかし。ひととせ、はなみのためにみやこへのぼつてさうらひけるが、いささかのことあつて、やよひとをかよりに、わがしゆくしよにまかりくだりけるに、あるひとのかたより、『いかにみやこのはるをのこしておんくだりさうらふぞや。はなをみすててかへること、かりひとつにもかぎらざりけり』といひかけられて、
   〈いかにせむみやこのはるもをしけれど なれしあづまのはなやちるらむ〉
と、よみさうらひしものなり」とまうしければ、さんみのちゆうじやう「しかることききしとおぼえたり」とて、おんへんじにかくばかり、
   〈ふるさともこひしくもなしたびのそら いづくもつひのすみかならねば〉
と、おんへんじありければ、じじゆう、あはれにやさしきことにおもひ、ちゆうじやうちゆうされたまひてのち、このうたをみるごとに、ねんぶつまうしゑかうしけるとぞきこえし。
 よるもすでにあけければ、てんりゆうがはもわたりすぎ、なこそのせきをもこえにけり。さやのなかやまなかなかに、つゆのいのちもたのみなし。うつのやまべのつたのみち、こころのなかははれねども、つきもきよみがせきをすぎければ、ふじのすそのにつきにけり。
「ときしらぬやまはふじのね」とくちずさみてぞすぎられける。「こひせばやせぬべし」とみやうじんのうたひはじめたまひけんあしがらのせきをもすぎければ、こゆるぎのいそ・さがみがは・やつまつがはら・とがみがはら、これらもやうやくすぎければ、かまくらへこそいりたまひぬ。
 かぢはらまゐつて、「さんみのちゆうじやうすでにいりたまひぬ」とまうしければ、いそぎたいめんあり。
 うひやうゑのすけどのいひけるは、「よりともちちのはぢをすすがんがため、きみのおんいきどほりをなぐさめたてまつらんがために、うんをてんにまかせてだいじをおもひたつところに、まのあたりにかくげんざんにいりさうらひぬること、ゆゆしきかうみやうとこそぞんじさうらへ。このぢやうでは、やしまのおほいとのにもげんざんにいりさうらひぬとおぼえさうらふ」といへば、さんみのちゆうじやういひけるは、「いちぞくのうんつき、みやこをまよひいでしのちは、かばねをさんやにさらし、なをさいかいにながすべくぞんじさうらひしかども、かくまかりくだること、あへておもひもよらざりき。ただし、よにすむならひ、てきにとらはるること、はぢにてはぢならず。『でんわうはかたいにとらはれ、ぶんわうはかうりにとらる』といふほんもんあり。だいこくのしやうこなほかくのごとし。いはんやわがてうのぐようにおいてをや。せんずるところ、ごはうおんにはとうとうくびをきらるべし」といひけり。
 うひやうゑのすけどの、だうりしごくのあひだ、またうちかへしいひけるは、「ごいちもんにおいては、わたくしのいしゆなくさうらふ。どどゐんぜんをくだされけるうへは、ちからなきしだいなり」といひけり。しげひらのきやうそののちは、かののすけむねもちにぞあづけおかれける。
P2513
十三 これもり、くまのさんけいのこと つけたり なちのたきにみをなげらるること
さるほどに、ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりは、よさうびやうゑしげかげ・いしどうまる、たけさとといふとねりをあひぐして、さぬきのやしまをたちいでて、あはのくにゆきのうらよりなるとのおきをこぎわたり、わかのうら・ふきあげのはま・たまつしまのみやうじん・にちぜん・こくけんのごぜんをおもひやり、きいのくにゆらのみなとにつきたまふ。それよりふるさとへかへりゆき、こひしきひとびとをもみたくおぼしめしけれども、ほんざんみのちゆうじやうのいきながらとらるるだにもこころうきに、これもりがみさへうきなをながすべきかと、ももたびちたびすすめども、こころにこころをいさめられ、なくなくかうやへさんけいしたまふ。
 さんでうのさいとうさゑもんだいふもちよりのしそく、さいとうたきぐちときよりは、ここまつのないだいじんどののさぶらひにて、ゆゆしきぶしときこえしが、ちち、よにあるひとのむこになさんとほつしけるを、ときより、よこぶえといふびぢよをおもひすてざりければ、ちちおほきにこれをせいす。ときよりはからひやりたるかたもなく、しんちゆうにおもひけるは、「ちちのめいをそむけばふかうのざいごふのがれがたし。おやのこころにしたがはばにせのちぎりくちぬべし。しかじ、ついでにしゆつけしてうきよのなかをいとはんには」と、おもひのあまりにしゆつけして、ごろくねんよりこのかた、このやまにこもりゐておこなひけるところに、たづねいりたまひけり。
P2515
ときよりにふだう、これもりをみたてまつり、きもたましひもみにそはず、あわてさわぎまうしけるは、「いかんとしてこれまではおんわたりさうらふぞや。ゆめかうつつかまぼろしか、わきまへがたし」とまうしながら、すみぞめのそでしぼるばかりになきければ、これもりいひけるは、「みやこにてともかうもならずして、なまじひにさいごくへおちくだり、はてはかかるみにまかりなる。ふるさとにとどめおきしひとよりほかには、こころにかかることもなし。よのなかなにとなくあぢきなきほどに、おほいとの『いけのだいなごんのごとく、これもりぞんぢのむねあり』とおぼしめされ、うちとけたまはざるあひだ、いよいよこのよにこころをとどめず、にはかにやしまをたちいでて、しゆつけのためにたづねきたれり。ふるさとへかへり、いまいちどかはらぬすがたもみえたくおもひけれども、ほんざんみのちゆうじやうのいきながらぶしにとられ、きやう・かまくらにはぢをさらすだにかなしきに、これもりさへちちのしがいにちをあやさんこと、くちをしうおもふゆゑに、ただひとすぢにおもひきつて、このやまにてかみをそり、みづのそこにいらんとおもふ」といひながら、なみださらにかきあへず。ときよりにふだうもろともになくよりほかのことはなし。
[にぢゆう]\かのかうやさんとまうすは、これていとをさつてじはくり、せいらんこずゑをならし、おとまくらにひびき、こころあぢきなし。きやうりをはなれてむにんじやう、はくうんみねにそびえける、いろまどよりみるにものさびし。
 ときよりにふだうをさきだてて、これもりだうだうをじゆんれいし、おくのゐんへさんけいし、だいしのごべうをれいしたてまつる。そもそも、かのだいしのごにふぢやうは、すぎにしにんみやうてんわうのおんとき、しようわにねんさんぐわつにじふいちにち、とらのいつてんのこくなりければ〈 にんみやうてんわうはさがのてんわうだいにのみこにおはします。 〉、すぎにしかたはさんびやくよねんのせいざうなり。いまゆくすゑもはるかにして、ごじふろくおくしちせんまんざいをおくりたまふべし。じそんのしゆつせさんゑのあかつきをまちたまふらんこそひさしけれ。
P2520
 「これもりがみはせつせんのとりのなくがごとく、けふかあすかとおもふこそかなしけれ」といひながら、なきたまふこそいとをしけれ。そのよるはときよりにふだうのあんじつにとどまり、よもすがらものがたりして、なくよりほかのことぞなき。
 そもそも、ひじりのぎやうぎをひけんすれば、しごくじんじんのゆかのうへにはしんりのたまをやみがくらん、よるとともにきくあかのおと、きくにこころもすみわたる。ごや・じんでうのかねのこゑには、むみやうのねむりもさめぬべし。のがれぬべくんば、かくてもまたあらまほしくぞおぼされける。
 あけにければ、かいのしをしやうじてしゆつけのつとめあり。これもり、よさうびやうゑ・いしどうまるをめしよせていひけるは、「これもりこそおもひきつたればかくなるとも、おのれらはみやこへたちかへり、しんみやうばかりをたすくべし。」
 しげかげなくなくまうしけるは、「ちちかげやすはへいぢのかつせんのとき、こおほいとののおんともまうし、よしともがらうどうかまだびやうゑにくみあひて、あくげんたよしひらにうたれさうらひき。そのときにしげかげはにさいなり。はははしちさいのとししきよつかまつりぬ。しかるあひだ、あはれむべきひともなかりしを、こおほいとの『わがいのちにかはるもののこなり』とおほせられて、ことにふびんのことにおもはれたてまつる。しげかげくさいのとき、きみごげんぶくのよる、かたじけなくももとどりをとりあげられたてまつり、『もりのじはへいしやうぐんさだもりよりこのかた、せんぞぢゆうだいのもじなり。しげのじはまつわうにたまふ』とおほせられて、しげかげとおほせをかうぶりき。またわらはなをまつわうといはれしことは、『このいへをばこまつとなづけたれば、いはひてまつわうといふべし』とぞおほせられき。かのごげんぶくのとしよりはじめてきみにめしつかはれたてまつり、ことしすでにじふしちねんにまかりなる。いちにちへんしもあひはなれたてまつらずほうこうつかまつりき。こおほいとののごゆいごんにも『よくよくしげかげよ、みやつかへてせうしやうどののおんこころにたがふことなかれ』とおほせをかうぶりき。きみにをくれたてまつりてのちは、しげかげいかでかよにあるべき」と、みづからもとどりおしきり、ときよりにふだうにそらせけり。
 これをみて、いしどうまるもかみをきつてそりにけり。このわらはもはつさいよりちゆうじやうどのにつきたてまつり、ことしすでにじふいちねんなり。これもふびんのおほせをかうぶりしかば、しげかげがおもひにもあひおとらず。
 このものどもがこれもりにさきだつてかみをそるをごらんじて、さんみのちゆうじやうなみだもさらにかきあへず。かいのしすでにさんぽうをれいして、「るてんさんがいちゆう、おんあいふのうだん、きおんにふむゐ、しんじつほうおんじや」と、さんどとなへて、みぐしをそりおろす。さんみのちゆうじやう・よさうびやうゑともにもつてにじふしちさい、いしどうまるはじふはちなり。
 これもり、たけさとにおほせられけるは、「われしきよののち、なんぢはみやこへゆくべからず。これもりうせぬるよし、きたのかたこれをきかば、おもひにたえずしてさまをかへんこともいとをし。をさなきものどものこひかなしまんこともふびんなり」といひながら、なみだをながしたまひけり。またなくなくいひけるは、「これよりやしまへかへつて、しんざんみのちゆうじやうすけもり・さちゆうじやうありもりにまうすべし。そもそも、からかはといふよろひ、こがらすといふたちあり。たうけにはちやくちやくあひつたへてこれもりにいたるまではちだいなり。かのよろひ・たちをばひごのかみがもとにあづけおけり。これをとりよせて、さんみのちゆうじやうどのにたてまつるべし。もしよのなかふしぎにもたちなほることもあらば、ろくだいにたまふべし」とぞいひける。
P2524
 これもりなくなくそれよりしてくまのへまゐられけり。ときよりにふだうももろともにやまぶししゆぎやうのありさまして、きいのくにさんどうといふところへいで、ふぢしろのわうじよりさんけいあつて、ちりのはまのみなみ、いはしろのわうじのほどにて、かりしやうぞくのものどもしちはつきばかりゆきあひたり。からめとらるべきかとおぼしめしければ、こしのかたなをぬいてはらをきらんとす。おんとものひとびともおなじくかたなにてをかけけり。しかるに、かれらげばしながらふかくおそれてとほりければ、「われをみしりたるものにこそ。たれひとならん」と、あさましくおぼしめしけるところに、ゆあさごんのかみにふだうむねしげのしそく、ゆあさのじらうびやうゑむねみつなり。らうどうども、「このやまぶしはなにびとにてさうらふ」ととへば、むねみつこたへけるは、「これこそこまつのだいじんのおんこ、ごんのすけさんみのちゆうじやうどのよ。なんとしてやしまよりはもりいでさせたまひぬらん。ごぜんにまゐりげんざんにいるべけれども、はばかりおぼしめすべしとぞんじつるあひだ、しらぬやうにてまかりすぎぬ」とかたりながら、そでをかほにあててなく。らうどうどももなきあへり。
 やうやくひかずをふるままに、いはだがはにぞつきたまふ。さんみのちゆうじやういひけるは、「そもそも、このかはをわたるものは、あくごふぼんなう、むしのざいしやうしやうめつすと。これをきけば、ただいまわたるもたのもしきよ」とぞいひける。さるほどに、ほんぐうしやうじやうでんにまゐり、ごぜんについひざまづき、ちちだいじんの「いのちをめしてごしやうをたすけたまへ」とまうされしこと、おもひいでてはあはれなり。「しやうじやういつしよはほんぢみだによらい、ほんぐわんあやまたずさいはうじやうどへいんぜふし、ふるさとにとどめおきしさいしあんをんにまもらせたまへ」といのるぞあはれなる。まことに、しやうじをいとひぼだいをねがふひと、なほまうじふはつきず。
 すでにほんぐうをいで、こけぢをさしてしんぐうへつたひ、くもとり・しかのみねといふけはしきやまをよそにこえてみ、なちのおやまへまゐりたまふ。さんじよのさんけいことゆゑなくとげられをはんぬ。
 さんぐわつにじふはちにち、おんふねにめしてはるかのおきにこぎいだしければ、さいしのことどもはおもひきつたれども、おんあいのならひなほこころにかかつておぼしめされけり。はるのてんすでにくれて、うみのおもてにかすみちり、こせんときうつり、かぜやはらかなるころ、おきこぐつりぶねのなみのそこにいるかとみゆるにつけても、わがみのうへかとおぼしめして、いよいよむじやうのおもひをなし、こしぢへかへるかりのおとづれわたるをきいても、たまづさをことづけたくぞおぼしめされける。
 ややひさしくあつて、おもひなほしてにしにむかひ、かうしやうにねんぶつとなへたまへども、なほふるさとのことをおもひいだして、なくなくいひけるは、「ただいまをこれもりがさいごともしらずして、おとづれをこそきかまほしくおもふらめ。いとをしいとをし。」またねんぶつをとどめていひけるは、「ひとのみにさいしをばもつまじかりけるものかな。こんじやうにものをおもはするのみにあらず、らいせのぼだいのさまたげとなる。われかみをそりおろしてぼだいのみちにいれども、なほまうじふつきざりければ、ほんぐうしやうじやうでんのごぜんにて、ふるさとにとどめおくさいしあんをんにといのりたてまつること、あさましあさまし。おもふことをみのうちにこめてひらかざれば、つみふかきゆゑに、かくのごとくさんげするなり。」
 これをきいて、ときよりにふだうなみだをおさへてまうしけるは、「おんあいのみちはじやうげをろんぜず、きせんをいはず、そのおもひひとつなり。いちやのまくらをかたぶけちぎるだに、なほこれごひやくしやうのしゆくえんなり。いはんやいちごのむつびをや。およそをつととなりつまとなること、こんじやういつせのことにもあらず。たしやうくわうごふのやくそくなり。されども、しやうじやひつめつはしやばのさだまれることわり、ゑしやぢやうりはえんぶのつねのならひなり。たとひちそくありともつひにいちどはわかるべし。せんずるところ、いちぶつじやうどのえんをねがひたまふべきなり。かのだいろくてんのまわうはよくかいのろくてんをりやうじて、そのなかのしゆじやうの、しやうじをはなれ、ぶつだうをなさんことををしむゆゑに、しよはうべんをめぐらしてこれをさまたぐる。なかにもさいしといふげだうは、ことにしやうじをはなれぬきづななり。これによつて、ほとけもふかくいましめたまへり。ただし、そのまうねんたえずといへども、ごしんじんまことあらば、かならずしやうじをはなれおはしますべし。むかし、いよにふだうよりよしは、じふにねんのかつせんにひとのかしらをきることいちまんごせんにん、さんやのきんじう・がうがのうろくづのいのちをたつこといくせんまんといふことをしらず。されども、ひとたびぼだいしんをおこし、みだのみやうがうをとなへたてまつるによつて、わうじやうすることをえたりとまうしつたへてさうらふ。これていのあくにんなほわうじやうをとぐるに、いはんやきみあながちにざいごふをつくりたまはず。そのうへしゆつけのくどくまします。いかでかおんわうじやうなからんや。なかんづく、みだによらいはじふあくごぎやくをきらはず、みやうがうをとなふればかならずいんぜふをたれたまふ。さればすなはち、ただいまのおんねんぶつによつて、みだによらい、にじふごのぼさつをひきぐし、さいはうじやうどよりこのところへらいかうし、くわんおん・せいしもしこんだいをささげ、きみをのせたてまつらんずれば、さうかいのそこにしづむとおぼしめすとも、しうんのうへにのぼり、つひにじやうどにわうじやうしたまひ、しやばのふるさとにげんらいし、こひしきひとびとをもむかへとりたてまつるべし」とけうげしたてまつれば、これもりにふだうたちまちにまうしんをひるがへし、かうしやうにねんぶつしたまひつつ、やがてうみにいりにけり。
 よさうびやうゑ・いしどうまるもつづいてうみへぞいりにける。
 とねりたけさともこれをみて、かなしさのあまりにうみにいらんとぎしければ、ときよりにふだうまうしけるは、「いかにごゆいごんをばたがふるぞ。げらふのみばかりくちをしきことはなし」とこれをはぢしむるあひだ、なくなくおもひとどまつて、ただふしまろびてなきさけぶ。これをものにたとふれば、しつだたいしのわうぐうをいでてだんどくせんにいりたまひしに、しやのくとねりがたいしにわかれたてまつるなげきも、これにはすぎじとぞおぼえける。
 ときよりにふだうもなきかなしめば、すみぞめのそでもしぼりあへず。かのひとびともしうきあがりたまふかと、しばしこれをみるほどに、さんにんながらみづのそこにしづみ、つひにみえたまはず。ひもやうやくくれければ、うみのおもてもみえざりけり。ときよりにふだうむなしきふねにさをさし、なくなくきしへぞこぎかへる。かいのしづくとそでのしたたりと、いづれもおとらずぞみえたりける。
ときよりにふだうはかうやさんへかへる。たけさとはごゆいごんにまかせて、やしまへかへり、しんざんみのちゆうじやうどのにまうしければ、すけもり「あなこころうや。われにしらせず、かくなりたまひぬることのうらめしさよ」となきたまふことかぎりなし。さるほどに、げんじ、やしまをせめんとしけれども、ふねなければ、とひのじらうさねひら・かぢはらのへいざうかげときをもつて、はりま・みまさか・びぜん・びつちゆう・びんごらをしゆごせしめ、さんやうだうをまもる。へいけはさいこくおよびくこくじたうをくわんりやうす。
おなじきさんぐわつにじふくにち、みかはのかみのりよりたいしやうぐんとして、すまんぎのぐんびやうをいんそつして、さいこくへげかうしけるほどに、むろ・たかさごにとどまりゐて、いうくん・いうぢよをめしあつめ、いうげをむねとしてひをおくるあひだ、くにのつひえたみのわづらひかぎりなし。
P2536
 おなじきじふいちぐわつにじふはちにち、かぢはらのへいざうかげとき、ひそかにくらうはうぐわんのもとにさんかうしてまうしけるは、「みかはのかみどのたいしやうぐんとしては、としつきをふといへども、さらにへいけをせめおとすべからず。きみはじしやう、われらはまつしやうなり。すまんぎのぐんびやうをもつてやしまのやかたへおしよせ、いそぎへいけをうちおとさん」とまうしければ、よしつねいひけるは、「かまくらどのよりたいしやうぐんのおほせをかうぶらざれば、いかでかあにみかはのかみをこえてやしまをせむべきや。そのぎあらば、なんぢしそくいちにんくわんとうへさしくだし、ことのしさいをまうさるべし」。
 よしつねのめいによつて、かげときのをひいくたのじらうかげもと、くわんとうへくださる。かまくらどのしさいをきこしめされていひけるは、「のりよりかつせんのみちをえんいんせしめければ、じこんいごにおいては、くらうくわんじやをたいしやうぐんとせよ。さねひらにはよりともがはたをさし、いくさのせいばいをくはへ、へいけをほろぼすべし」。ただし、くわんとうしゆごのため、とどめおくところのぶしら、かさねてかまくらよりさしつかはすともがらは、あしかがのくらんどよしかね〈 げんじ 〉・ほうでうのこしらうよしとき・ちばのすけつねたね・おなじくしんすけたねまさ・おなじくおほすがのしらうたねのぶ・ちやくそんこたらうなりたね・おなじくさかひのへいじらうつねひで・たけいしのじらうたねしげ・みうらのすけよしずみ・*おなじくしそくへいろくよしむら・はつたのしらうむしやともいへ・おなじくたらうともしげ・かさいのさぶらうきよしげ・をやまのこしらうびやうゑともまさ・おなじくながぬまのごらうむねまさ・おなじくゆふきのしちらうともみつ・ひきのとうしらうよしかず・わだのこたらうよしもり・おなじくさぶらうむねざね・おなじくしらうよしたね・おほたわのじらうよしなり・あんざいのさぶらうかげます・こたらうあきかげ・くどうのいちらふすけつね・おなじくさぶらうすけもち・いづのとうないとほかげ・いつぽんばうしやうくわん・とさばうしやうしゆんらこれなり。

げんぺいとうじやうろく くわんだいはちげ