『源平闘諍録』総ひらがな版
凡例
底本: 内閣文庫蔵『源平闘諍録』(五冊、一之上・一之下・五・八之上・八之下)
『源平闘諍録 : 坂東で生まれた平家物語』上、下 福田豊彦、服部幸造 全注釈 講談社 (講談社学術文庫1397,1398)の訓読文に基づき制作しました。振り仮名のない箇所は、独自に読みました。
原本の割注は 〈 〉 に入れて示しました。
参考のため、ページ数を記しました。
源平闘諍録 一之上
P1019
げんぺいとうじやうろく いちのじやう
P1020
〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく いちのじやう
一 くわんむてんわうよりへいけのいちいんのこと
二 びぜんのかみただもりしようでんのこと〈 てんしようぐわんねんさんぐわつじふさんにち 〉
三 ただもりしきよののち、きよもりそのあとをつぎてさかゆること〈 にんぺいにねん ほうげんねん〈 ひのえね 〉しちぐわつ 〉
四 うちとゐんとおんなかふわのこと〈 えいりやく・おうほうのころ 〉
五 にでうのゐん、せんてうのきさきのみやをこひおはしますこと〈 ぜんてうのうち 〉
六 にでうのゐんほうぎよのこと〈 えいまんぐわんねんはちぐわつ 〉
七 えんりやく・こうぶくじ、がくうちろんのこと〈 まへにおなじ 〉
八 たかくらてんわうおんそくゐのこと〈 にんあんさんねんさんぐわつはつか 〉
九 うひやうのすけよりとも、いとうのさんぢよにかすること〈 にんあんさんねんさんぐわつ 〉
十 よりとものしそく、せんづるごぜんうしなはるること〈 おなじくじふいちぐわつげじゆんじふしにち 〉
十一 よりとも、ほうでうのちやくぢよにかすること〈 おなじくじふいちぐわつげじゆんのころ 〉
十二 とうくらうもりながゆめものがたり〈 おなじくじふにぐわつふつか 〉
十三 だいじやうにふだうきよもり、あくぎやうはじめのこと〈 おなじくにねんじふろくにち 〉
十四 だいじやうにふだうのだいにのおんむすめ、じゆだいあること〈 しようあんぐわんねんじふにぐわつじふしにち 〉
十五 しんだいなごんなりちか、だいしやうしよまうのため、さま〔ざま〕のきたうのこと〈 おなじころ 〉
十六 なりちか・しゆんくわん、へいけついたうのせんぎのこと〈 おなじころ 〉
十七 もくだいもろたか、はくさんのだいしゆとあらそひをおこすこと〈 あんげんにねんじふにぐわつじふくにち 〉
十八 さんもんのだいしゆ、しん〔よ〕をささげてげらくすること〈 ぢしようぐわん〔ねん〕しぐわつじふさんにち 〉
つけたり よりまさ、へんげのものをいること
十九 へいだいなごんときただ、せいせんにあづかること〈 おなじくじふしにち 〉
廿 かがのかみもろたか、をはりのくにへながさるること〈 おなじくはつか 〉
廿一 きんちゆう・らくちゆうえんしやうのこと〈 おなじくにじふはちにち 〉
P1022
一 くわんむてんわうよりへいけのいちいんのこと
ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろは、じやうしやひつすいのことわりをあらはせり。おごれるひともひさしからず、ただはるのよのゆめのごとし。たけきものもつひにはほろびぬ。ひとへにかぜのまへのちりにおなじ。とほくいてうをとぶらへば、しんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしうい、たうのろくさん、これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをいれず、てんがのみだれをもさとらず、みんかんのうれふるところをもしらざりしかば、ひさしからずして、うせにしものなり。ちかくはほんてうをたづぬれば、しようへいのまさかど、てんぎやうのすみとも、かうわのぎしん、へいぢのしんらい、おごれるこころもたけきことも、とりどりにこそありしかども、まぢかくはにふだうだいじやうだいじんたひらのきよもりとまうしけるひとのありさまをつたへきくこそ、こころもことばもおよばれね。
P1025
そのせんぞをたづぬれば、くわんむてんわうだいごのわうじ、いつぽんしきぶきやうかづらはらのしんわうくだいのこういん、さぬきのかみまさもりのまご、ぎやうぶきやうただもりのあそんのちやくなんなり。かのしんわうのみこたかみのわうは、むくわんむゐにてうせたまひぬ。そのみこにたかもちのわうのとき、じゆんなてんわうのぎよう、てんちやうねんちゆうのころ、たちまちにわうしをいでてじんしんにつらなり、はじめてたひらのあそんのしやうをたまはり、かづさのすけににんず。
P1027
かのたかもちにじふににんのこあり。ちやくなんくにかひたちのだいじよう、まさかどがためにちゆうせらる。じなんよしもちちんじゆふのしやうぐん、これまさかどがちちなり。さんなんよしかねかづさのすけ、まさかどとどどかつせんをくはだて、つひにうたれをはんぬ。しなんいげはこなくして、しそんをつがず。だいじふにのばつしよしふみむらをかのごらう、まさかどがためにはをぢたりといへども、やうしとなり、そのげいゐをつたふ。まさかどははつかこくをしたがへ、いよいよけうあくのこころをかまへ、しんりよにもはばからず、ていゐにもおそれず、ほしいままにぶつもつをおかし、あくまでわうざいをうばひしがゆゑに、めうけんだいぼさつ、まさかどがいへをいでて、よしふみがもとへわたりたまふ。これによつてよしふみ、かまくらのむらをかにきよぢゆうす。ごかこくをりやうじて、しそんはんじやうす。
P1029
かのよしふみにしにんのこあり。ちやくなんただすけ、ちちにさきだちてしきよしをはんぬ。じなんただよりむらをかのさぶらう、あうしうのすけとかうす。むさしのくにのあふりやうしとして、かづさ・しもふさ・むさしのさんがこくをりやうす。しもふさのちちぶのせんぞなり。さんなんただみつするがのかみをばごんのちゆうじやうといふ。まさかどのらんによつてひたちのくにしだのしまへはいるせらる。よつてひたちのちゆうじやうといふ。しやめんののちは、ふねにのつてみうらへつき、せいうんすけのむすめにかし、みうらのこほり・あはのくにをあふりやうす。みうらのせんぞこれなり。しなんただみちむらをかのへいたいふ、むらをかをやしきとして、かまくら・おほば・たむららをりやうちす。かまくらのせんぞこれなり。
P1031
またかのただよりにさんにんのこあり。ちやくなんただつね、かづさのくにこうずけのさとにきよぢゆうせしかど、のちにはしもふさのくにちばのしやうにうつつて、しもふさのごんのすけとかうし、りやうごくをりやうす。そのとき、めうけんだいぼさつはちやうちやくにつき、ちばのしやうへわたりたまふ。そのこにつねまさ、むさしのあふりやうしとなる。そのこにつねながちばのすけたいふ、じふにねんのかつせんのとき、くわんへいにかられ、はちまんどののおんともにありしが、かいだうのおほてのたいしやうぐんたり。そのこにつねかねちばのじらうたいふ、しやていつねふさかもねのさぶらう、ちだのせんぞこれなり。おなじくつねはるさうまのこごらう、かづさのせんぞなり。そのこにつねずみかづさのおほすけ。そのこにひろつねごんのすけ、よりとものめいによつて、かじはらのへいざうかげときがためにかさる。(あうしうおんげかうのとき、ひろつね、しんせつなることをいたくちんじ、ひきやぶりてきこくす。ゆゑにひろつねをおんたいぢす。あまりにつまびらかなり。そのすゑつねたねあうしうおんざいぢんのゆゑに、ちばのおんいちぞく、あうしうにおほくおはしますぎなり。かづさのくにしゆごしよく、そのとしいらいなり。)つねかねがじなんつねしげだいごんのすけ。しやていつねやすしらゐのろくらう。おなじくしやていさふさのはちらうつねつな。そのこにつねたねちばおほすけ、かまくらどののひだりのいちのざをたまはる。かのつねたねのしやていたねみつしひなのごらう、しひなのせんぞこれなり。
P1035
ただよりがじなんただたか、やまなかのあくぜんじとかうす。だいぢからのかくうちなり。そのこにつねとほかさまのあふりやうし、かげまさがためにちゆうさる。そのこにつねむねなかむらのたらう。そのこにむねひらなかむらのしやうじ。そのこにさねひらとひのじらう、とひのせんぞこれなり。そのしやていとほむねつちやのさぶらう、つちやのせんぞこれなり。
P1037
かのただよりがさんなんまさつねむさしのごんのかみ、ちちぶのせんぞこれなり。そのこにたけもとちちぶのべつたうのたいふ。そのこにたけつなちちぶのじふらう。そのこにしげつなごんのかみ、ちちぶのくわんじやといひて、じふにねんのかつせんのとき、せんぢんのたいしやうぐんたり。そのこにしげひろたらうたいふ。そのこにしげよしはたけやまのしやうじ。おなじくしやていをやまだのべつたうありしげ。しげよしがこにしげただはたけやまのじらう、かまくらどののせんぢんのたいしやうぐんこれなり。
P1038
ただみつむらをかのしらうはみうらのせんぞたり。そのこにためなみうらのへいたいふ。そのこにためつぐみうらのへいたらう、じふにねんのかつせんのときのかうへいしちにんのそのいちなり。そのこによしつぐろくらうしやうじ。そのこによしあきみうらのおほすけ、しげただがためにうたれをはんぬ。そのこによしむねすぎもとのたらう。じなんよしずみべつたうのすけ。そのこによしむらするがのかみ。
P1039
ただみちへいたいふ〈 かまくらのせんぞなり。 〉そのこにかげみちかまくらのごんのたいふ。そのこにかげむらかまくらのたらう。しやていかげまさごんごらう、さだたふをせめしときのかうへいしちにんのうち、ごぢんのたいしやうぐんたり。そのこにかげなが〈 まことにはかげむらがこなり。 〉、そのこにかげときかじはらのへいざう、うりんよりともにはごぢんのたいしやうぐんたり。
またくにか、そのこにさだもりへいしやうぐん、ちやくちやくのすゑ、たけのだいじようをはじめとして、よしだ・かしま・とうでう・をぐり・まかべ、このしちにんはかしまのしんじのつかひなり。いづのほうでうのせんぞはへいしやうぐん。そのこにこれひらひたちのかみ。そのこにこれのりゑちぜんのかみ。そのこにこれもりちくごのかみ。そのこに、さだもり・これひら・まさのり・まさひら・まさもり・ただもり、もりもとみののかみ。そのこにさだときひやうゑのたいふ。そのこにときいへ、ほうでうのすけのむすめにかして、ときいろのしらうたいふをまうけたり。そのこにときまさほうでうのしらう、とほたふみのかみとかうす。うだいしやうよりとものしゆうとたり。そのこによしときあうしうのかみ、うきやうのごんのたいふといふ。かのよしときはみやこをうちしたがへ、につぽんごくをちぎやうす。〈 じよぶん 〉
P1046
二 びぜんのかみただもりしようでんのこと
たかもちのしんわうのすゑ、につぽんごくをうちなびかすこと、すでにさんがどにおよべり。しかるに、せんぞさだもり、てうてきまさかどをちゆうしてちんぢゆふのへいしやうぐんににんず。へいしやうぐんよりびぜんのかみただもりにいたるまで、ろくだいのあひだは、しよこくのじゆりやうたりといへども、いまだてんじやうのせんせきをばゆるされず。しかるをただもりびぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわんとくちやうじゆゐんをざうしんして、さんじふさんげんのみだうをたて、いつせんいつたいのおんほとけをあんぢしたてまつる。そのこうによつて、てんしようぐわんねん〈 かのとゐ 〉さんぐわつじふさんにちのくやうのひ、ただもりにけんじやうおこなはれて、けつこくをたまはるよし、おほせくださるるうへ、ぜんぢやうほふわう、えいかんのあまりに、うちのしやうでんをゆるさるるあひだ、くものうへびといきどほりそねむ。
P1048
どうねんじふいちぐわつにじふさんにち、ごせちとよのあかりのせちゑのよ、やみうちにせんとしければ、ただもりがきんしんのらうどうん、しんのさぶらうだいふすゑふさがこ、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。このことをききえて、かりぎぬのしたにはらまきをき、さんじやくのたちをわきばさんで、ことあらば、ただいまはしりたつべきていにて、てんじやうのこにはについひざまづいてぞさうらひける。てんじやうびと、くわんじゆいげ、これをあやしみ、ろくゐのくらんどをめして、「うつぼばしらよりうちに、ほういのもののさうらふはなにものぞ。らうぜきなり。いそぎまかりいでよ」といはせければ、いへさだ、そでをおしあはせ、かしこまつてまうしけるは「おほせにしたがつて、もつともまかりいでさうらふべけれども、さうでんのしゆびぜんのかみどのを、そのよしもなきに、こんや、やみうちにせらるべきよし、うけたまはりさうらへば、いかにもなりたまはんやうをみんために、かくてさうらふ。えこそまかりいづまじけれ」とて、さうらひゐたり。そのうへ、おとうとのへいくらういへすゑも、たちをわきばさんで、はるかにひきさりてゐたりければ、くらんどたちかへつて、くはしくこのよしをまうしければ、おのおのしたをまいてをそれあへり。
P1050
さるほどに、ただもり「このこといかがあるべき」とやすらひ、ぎよいうもいまだはてざるに、やみうちのこと、けんじつよういのあひだ、ほかげにたちよつて、いつしやくさんずんのうちがたなの、こほりのごとくなるをぬきいだし、びんぱつにひきあて、おしのごひて、さわがずしてしづかにこしにさし、またしやうじのかげにたちより、くだんのかたなをぬきいだし、まてにとるに、ひとをうかがふけしき、いとあらはにみえたり。ややひさしく、てんじようのかたをみてたちければ、おもてをむくべきやうもなし。しかるあひだ、よしなしとやおもはれけん、そのよのやみうちとまりにけり。
P1052
そもそもごせつのえんすいとまうすは、これきよみはらのてんわうのおんときにはじめてよりこのかた、いまのよにいたるまで、「かたぬきには、しろうすやうのこぜんじのかみ、まきあげのそで、ともゑかいたるふでのじく」と、かくはやすに、ひやうしをかへて、「いせへいじはすがめなりけり」とぞはやしける。ただもりはいせのくによりおひたちけるうへ、かためのすがめをこころうしとはおもへども、しよぞんのむねあるによつて、よるしんかうにおよんで、かつうはごにちのそしようのために、ししんでんのごごにて、かたへのてんじようびとのみらるるに、くだんのかたなをとりいだして、とのもづかさにあづけおきてぞいでられける。いへさだまちうけて、「いかがさうらひける」とたづねまうしければ、「べちのことなし」とこたへけり。
P1055
しやうこにもかやうのことありけり。むかし、すゑなかきやうはいろのきはめてくろかりければ、ときのひと「こくそつ」とぞまうしける。しかるにくらうどのとうたりしとき、ごせつのえんに、「あなくろぐろし、くろきとうかな。たれかとらへてうるしぬりけん」とはやしけり。すゑなかきやうのかたうどに、てんじやうびと「あなしろじろし、しろきぬしかな。いかなるひとのはくをおしけん」とこれをはやす。また、くわさんのゐんのにふだうだいじやうだいじん、おんとしじつさいのとき、ちちただいへきやうにおくれたてまつり、みなしごにてましましけるを、なかのみかどのちゆうなごんいへなりきやう、はりまのかみたりしとき、むこにとり、はなやかにもてなされて、これもごせつに、「はりまよねはとくさか、むくのはか。ひとのきらをつく」とはやしけり。しかるに、じやうだいはあへてこともいできたらず。まつだいはいかがあるべからん、しりがたし。
P1056
ごせつもすでにはて、つぎのひになつて、あんのごとく、てんじやうびといちどうにうつたへまうされけるは、「それゆうけんをたいしてくえんにれつし、ひやうぢやうをたまはつてきゆうちゆうをしゆつにふすることは、みなきやくしきのりんめいをまもる、せんれいよしあるものなり。しかるにただもり、らうじゆうをしてひやうぐをおびさしめ、てんじやうのこにはにめしおきて、そのみまた、こしがたなをさしてせちゑのざにつらなる。むかしよりいまだきかず、てんじやうのしゆうにまじはるともがらの、こしがたなをたいすることを。りやうでうともにせんれいにあらず、きたいみもんのらうぜきなり。ことすでにちやうでふす。ざいかいかでかのがるべけんや。はやくみふだをけづつて、けつくわんちやうにんせらるべき」よし、おのおのうつたへまうされければ、しゆしやうおどろきおぼしめされて、ただもりをめして、おんたづねあるところに、ただもりのまうしじやう、まことにゆゆしくぞきこえし。
「まづらうじゆうこにはにしこうのでう、ただもりこれをかくごせず。ただし、きんじつ、ひとびとあひたくまるるしさいあるあひだ、ねんらいのけにんこのことをきき、そのはぢをすすがんがために、ただもりにしられず、ひそかにさんこうのでう、ちからおよばざるしだいなり。もしなほとがあるべくは、はやくそのみをめしまゐらすべきか。つぎにかたなをたいすること、すでにろけんのうへはもちろんなり。ただし、くだんのかたな、とのもづかさにあづけおけり。はやくかれをめしいだされてごひけんののち、かたなのじつぷにつき、とがのさうあるべきか」と、はばかるところなくまうしければ、しゆじやう「しかるべし」とて、かのかたなをめしいだし、えいらんありければ、まことのかたなにはあらず、いつしやくさんずんのきがたなをつくり、うへにくろうるしをぬつたるさやまきの、みにはぎんぱくをおしたりけり。
しゆじやうゐつぼにいらせおはしまして、おほせありけるは、「おのおのこれをうけたまはれ。たうざのなんをのがれんために、かたなをたいするよしをみせしむといへども、ごにちのそしようをぞんぢして、きがたなをたいするよういのほどこそしんべうなれ。きゆうせんのみちにたづさはらんはかりごとは、もつともかうこそあらまほしけれ。かねてはまたらうじゆう、しゆうのはぢをすすがんために、ひそかにさんこうのでう、かつうはぶしのらうどうのならひなり。まつたくただもりがとがにあらず。『もしなほそのとがあるべくは、そのみをめしまゐらすべきか』のまうしやう、まことにせいだうのほふなり。あはれ、りちをしつたるものかな」と、かへつてぎよかんあるうへは、あへてざいかのさたもなかりけ
また、ただもり、よのことのゆゆしきのみにあらず、かだうにとつてもやさしかりけり。そのかみはりまのかみたりしとき、くによりしやうらくせられたりけるに、ひとびとおほくあつまつて、「あかしのうらのつきはいかに」ととひければ、ただもりかくぞこたへける。
ありあけのつきもあかしのうらかぜはなみばかりこそよるとみえしかW
かやうによまれたりければ、ひとびというにぞおもはれける。
また、ただもり、ぎをんのにようごにみやづかひまうしけるちゆうらうのにようばうのもとへ、しのびてときどきかよひけるに、かたへのにようばうたち、これをそねみわらひあひしに、かのにようばう、あるとき、つきのいでたるあふぎをもちたりければ、にようばうたちこれをみて、「あないくつしのあふぎや。そのつきのかげはいづくよりさしまゐりたるぞ。あはれ、いでどころをしらばや」とて、わらひければ、このにようばう、まことにおもはゆげにおもひながら、
くもまよりただもりきたるつきなればうはのそらにはいはじとぞおもふWとよみければ、わらひけるにようばうたちも、きようさめてはぢあへり。
P1068
三 ただもりしきよののち、きよもりそのあとをつぎてさかゆること
さるほどに、ただもりのあつそん、にんぺいさんねん〈 みづのととり 〉しやうぐわつじふごにち、としごじふはちにてうしたまひぬ。きよもりちやくなんたりしかばそのあとをつぐ。ほうげんぐわんねん〈 ひのえね 〉しちぐわつ、さだいじんよりながきやう、よをみだしたまひしとき、あきのかみとしてみかたにこうしてくんこうありしかば、はりまのかみにうつつて、おなじきさんねん〈 つちのえとら 〉だざいのだいにににんじ、へいじぐわんねん〈 つちのとう 〉じふにぐわつ、うゑもんのかみのぶより・さまのかみよしとものあつそん、むほんのとき、またきようとをうちたひらげて、かさねたるおんしやうあるべきひととて、えいりやくぐわんねん〈 かのえたつ 〉しやうざんみにじよせらる。さいしやう・ゑふのかみ・けんびゐしのべつたう・ちゆうなごんににんじ、あまつさへしようじやうのくらゐにいたり、さうをへずしてないだいじんよりじゆういちゐにあがる。たいしやうにあらねども、ひやうぢやうをたまはつて、ずいじんをめしぐし、しつせいにあらねども、れんじやにのつてきゆうちゆうをしゆつにふす。
そもそも「だいじやうだいじんはいちじんをしはんとして、しかいにぎけいせり。そのひとにあらずはすなはちかけよ」といへり。そのひとにあらずんばけがすべきくわんにてもなかりけり。しかればすなはち「そくけつのくわん」となづく。しかれども、くわんゐこころにまかせ、いつてんしかいをたなごころのうちににぎるうへはしさいにおよばず。
P1070
かかりけるほどに、にんあんさんねん〈 つちのえね 〉じふいちぐわつじふいちにち、としごじふはちにてやまひにをかされ、ぞんめいのためにしゆつけにふだうす。そのしるしにや、しゆくびやうたちどころにいえててんめいをまつたくす。ひとのしたがひつくこと、ふくかぜのくさきをなびかすがごとし。よのあまねくあふぐこと、ふるあめのこくどをうるほすににたり。ろくはらどののいつかのきんだちとだにいへば、くわそくもえいようもおもてをむかへかたをならぶるひとぞなき。へいだいなごんときただきやうのまうされけるは、「このいちもんにあらざらんものは、をとこもをんなもあまもほふしも、にんぴにんなり」とぞいひける。しかるあひだ、いかなるひともそのゆかりにむすぼほれんとぞおもひける。まことにときにとつてはことわりなり。およそえもんのかきやう、えぼしのためやうよりはじめて、なにごともろくはらやうとだにいひければ、てんがのひとこれをまなぶ。
P1073
またいかなるけんわうせいしゆのおんまつりごと、せつしやう・くわんぱくのせいばいなれども、ひとのきかぬところにては、なにとなくよにあまされたるいたづらものなどの、そしりまうすことはつねのならひなり。しかるに、このにふだうのよざかりのあひだは、ひとのきかぬところなりとも、いささかもいるかせにまうすものなし。
そのゆゑは、にふだうのはかりごとに、じふしちはちばかりのわらはべのかみをかぶろにきりまはし、ひたたれ・こばかまをきせ、にさんびやくにんがほどめしつかはるるあひだ、これらきやうぢゆうにじゆうまんして、おのづからろくはらどののかたざまのうへをあしざまにいふものあらば、これらききだすにしたがつて、けをふきてきづをもとめ、さんびやくよにんざいざいしよしよにゆきむかひ、そくじにこれをまめつす。おそろしなんどまうすもおろかなり。さればすなはち、めにみ、こころにしるといへども、これをことばにあらはしていふものなかりけり。ろくはらどののかぶろとだにいへば、じやうげみなおぢおそれ、みちをとほるむまくるまもしさつてすぎけり。きんもんをしゆつにふするといへども、めいしやうをたづぬるにおよばず、けいしのちやうりこれがためにめをそばだつるか、とみえたり。
そもそも、だいじやうにふだうかぶろをおほくつかはれけることは、あへてしさいなきにあらず。そのゆゑは、いこくのこじをたづぬるに、かんのわうまう、てんがをうばひとらんとして、はかりごとにおほくのあかがねのにんぎやうのうまがたをつくり、たけのあひだをやぶつてこれをこめおき、かめをひいてこふに「しやう」のじをかき、これをかいちゆうにはなつ。はらめるをんなをにさんびやくにんあつめて、あかきすずめにくすりをあはせてぶくさしめ、ふかきやまにこれをこめおく。しかればすなはち、かのうみたりしこのいろのあかきことならびなし。やうやくそのとしじふさんしごになりければ、すなはちあかきころもをつくりてこれをきせ、うたををしへてうたはしむ。「たけのなかにあかがねのじんばあり。わうまうくらゐにつくずいさうなり。かめのこふに『しやう』のじあり。わうまうくにををさむるひやうじなり」と。ひとみなあやしみをなすあひだ、たけのなかをやぶりてみるに、まことにあかがねのじんばあり。かめをひきてこれをみるに、またこれ「しやう」のじあり。てんがのひとこれをおそれ、すなはちわうまうにしたがひにけり。しかれば、きよもりにふだうもこのことにおもひなぞらへ、かぶろわらはをつかはれけるにや。
P1082
わがみのえいがをきはむるのみにあらず、ちゃくししげもりないだいじんのさだいしやう、じなんむねもりちゆうなごんのうだいしやう、さんなんとももりさんみのちゆうじやう、しなんしげひらくらうどのとう、ごなんとものりみかはのかみ、ろくなんきよふさあはぢのかみ〈 にふだうのばつし 〉、ちやくそんこれもりしゐのせうしやう、しやていよりもりしやうにゐだいなごん、おなじくのりもりちゆうなごん、いちもんのくぎやうじふよにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう・
しよゑふ・しよし、つがふろくじふよにん。よにはまたひとなしとぞみえたりける。
ならのみかどのおんとき〈 いみなをしようほうしやうむてんわうといふ 〉、じんきごねん〈 つちのえたつ 〉こんゑのたいしやうをはじめておかれてよりこのかた、きょうだいさうにあひならぶことわづかにさんがどなり。はじめはもんとくてんわうのぎようにんじゆしねんに、かんゐんのぞうだいじやうだいじんふゆつぎのおとどのおんそく、そめどののくわんばくだいじやうだいじんちゆうじんこう〈 よしふさ 〉はちぐわつにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのにしさんでうのうだいじん〈 よしあふこう 〉どうねんのくぐわつにみぎにならびおはします。つぎにしゆしやくゐんのぎよう、てんぎやうぐわんねんに、こいちでうのくわんばくだいじやうだいじん〈 ていしんこうただひら 〉のおんそく、おののみやのくわんばくだいじやうだいじん〈 せいしんこうさねきよ 〉じふにぐわつにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのくでうのうだいじん〈 もろすけこう 〉おなじきにねんじふいちぐわつにみぎにならびおはします。まぢかくはにでうゐんのぎよう、えいりやくぐわんねんにほふしやうじのくわんばくだいじやうだいじん〈 ただみちこう 〉のおんそく、まつどののくわんばくだいじやうだいじん〈 もとふさこう 〉ごぐわつひとひにさだいしやうにごにんあつて、おんおとうとのくでうのくわんばくだいじやうだいじん〈 かねざねこう、つきのわどの 〉おなじきくぐわつにみぎにならびおはします。これみなせふろくのしんのおんしそくなり。はんじんにとつてはそのれいなし。
てんじやうのまじはりをだにもきらはれしひとのしそんの、きんじきざつぱうをゆるされ、りやうらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうをかねて、しそくきやうだいさうにならぶこと、まつだいなりといへども、これふしぎのことなり。
P1085
おんむすめはちにんあり。それもとりどりにさいはひたまへり。いちはさくらまちのちゆうなごんしげのりきやうのきたのかたにておはしまししが、のちにはくわさんのゐんのさだいじんかねまさこうのみだいばんどころにて、おんこあまたありけるが、いかなるもののしわざなりけん、くわさんのゐんどののよつあしもんにかきつけたり。
はなのやまたかきこずゑとおもひしがあまのこどもかふるめひろふはWと。いちにんはきさきにたちたまひて、わうじごたんじやうあつて、わうじこうたいしにたちたまひ、ばんじようのくらゐにそなはりたまひしかば、すなはちゐんがうあつて、けんれいもんゐんとまうす。てんがのこくもにておはしますうへは、しさいにおよばず。いちにんはろくでうのせつしやう〈 もとざねこう 〉のきたのまんどころにておはしましけるが、たかくらゐんのおんそくゐのおんときに、おんぱはしろにて、じゆさんごうのせんじをくだされ、おもきひとにて、しらかはどのとぞかうする。しはれいぜいのだいなごんたかふさきやうのおんまへにて、それもおんこあまたありけり。ごはこのゑのにふだうてんが〈 もとみちこう、ふげんじどの 〉のきたのまんどころ。ろくはしつでうのしゆりのだいぶのぶたかきやうにあひぐしけり。しちはごしらかはゐんにめされにようごのごとし。いくつしまのないしがはらとぞきこえし。このほか、くでうゐんのざふしときはがはらにいちにんあり。みだいばんどころにしたしきひととかうす。くわさんのゐんのさだいじんどののおんもとに、じやうらふにようばうにて、らふのおんかたとぞまうしける。
P1090
かくのごとくいちもんはんじようするあひだ、くぎやう・てんじやうびとも、ほとけにいのりかみにのたまひても、きよもりにふだうのしそんをもつてむこにもとり、ふにもならんとぞねがひける。しかるあひだ、ときにあるしつせいもとみち・もとざねふし、ともについしようをいたして、きよもりにふだうのむこになる。あるひと、これをにくんでふだをたてけり。
ひらまつにはひかかりたるわかふぢは へくそかづらにさもにたるかなW
P1091
につぽんあきづしまはわづかにろくじふろくかこく、へいけちぎやうのくにはさんじふよかこく、すでにはんごくにおよべり。そのうへ、しやうゑんでんばくそのかずをしらず。きらじゆうまんしてたうしやうはなのごとし。けんきくんじゆしてもんぜんいちをなす。ようしうのきん、けいしうのたま、ごきんのあや、しよくかうのにしき、ぜんしやぜんば、しつちんまんぽうひとつもかけたるところなし。かだうぶがくのもとゐ、ぎりようしやくばのもてあそびもの、ていけつもせんとうもいかでかこれにはすぐべきと、めでたくぞみえし。
P1092
そもそもだいじやうにふだうのかくなられけることは、ひとへにくまののごりしやうなり。のちにあくしんなくははてまでもさかゆべしとおぼえたり。そのゆゑは、せんねん、きよもり、いせぢよりくまのへまゐられけるに、おほきなるすずきせんちゆうにとびいりをはんぬ。せんだちこれをうらなひて、「きちじなり」とまうしければ、きよもりまたいひけるは、「むかし、いこくに、しうのせんこうのふねにはくぎよとびいりて、おもひのごとくにかうゐにのぼりたまひぬ。このひとをきちれいとすべし」とて、さばかりじつかいをもち、しやうじんけつさいのみちなるに、いへのこ・らうどうにいたるまでみなこれをかはしむ。まことにきちじなるゆゑにや、ほうげんぐわんねんしちぐわつ、みかたにこうしてはりまのかみにうつされ、おなじきさんねんだざいのだいにになり、へいぢぐわんねんじふにぐわつ、くまのさんけいのとき、きりめのしゆくよりかへり、またみかたにこうし、つぎのとししやうさんみにいたる。そののちののぞみは、りようのくもにのぼるよりもなほはやし。くわんゐほうろくくだいのそんにこえたり。
P1094
四 うちとゐんとおんなかふわのこと
むかしよりげんぺいりやうし、とりのふたつのつばさのごとく、くるまのふたつのわににたり。たがひにてうかにめしつかはれ、こくかをまもるとうりやうなり。しかるを、もしくわうくわにしたがはず、てうゐをかろんずるものには、おなじくこれをちゆうばつせしむるあひだ、あへてよのみだれもなかりしに、ほうげんにためよしきられ、へいぢによしともうたれしのちは、すゑずゑのげんじども、せうせうありといへども、あるいはながされあるいはちゆうされ、いまはへいけのいちるいのみはんじやうして、さらにかしらをさしいだすものなし。いかなるすゑのよにもなにごとかあらんとぞみえし。
P1096
されども、すぎぬるほうげんぐわんねんしちぐわつ、とばのほふわう〈 いみなをむねひとといふ 〉あんがののち〈 しちぐわつふつか。おんとしごじふし 〉は、ひやうがくうちつづき、しざい・るけい・げくわん・ちやうにんおこなはれて、かいだいもしづかならず。せけんもいまだらくきよせず。なかんづくえいりやく・おうほうのころより、うち〈 いみなをもりひとといふ。にでうのゐんなり。 〉とゐん〈 いみなをまさひとといふ。ごしらかはのゐん 〉とおんふしのおんなかおんふわのあひだ、うちのきんじゆしやをばゐんのおんかたよりこれをいましめ、ゐんのきんじゆしやをばうちのおんかたよりおんいましめあり。しかればすなはち、たかきもいやしきもおそれはばかり、やすきこころもなし。なほしんえんにのぞんではくひようをふむがごとし。しゆしやう・しやうくわう〈 ゐんなり。 〉ふしのおんなかなれば、なにごとのおんへだてのあるべきなれども、おもひのほかなることどもありけり。これもよげうきにおよんで、ひとにはけうあくをさきとするゆゑなり。
P1099
五 にでうのゐん、せんてうのきさきのみやをこひおはしますこと
しゆしやう、ほふわうのおほせをまうしかへさせたまひけるなかに、ひとのじぼくをおどろかし、よもつておほきにかたぶけまうしけるおんことは、ここんゑのゐんのきさきたいくわうたいこうぐうとまうしけるは、さだいじんつねむねきやうのおんはは、うぢのさだいじんどののやうしなり。ちゆうぐうよりたいくわうたいこうぐうにぞのぼりたまひける。せんていにおくれたてまつりおはしましてのち、ここのへのほかこんゑがはらのごしよに、うつりすませおはしましけり。せんてうのきさきのみやにてわたらせおはしましければ、ふるめかしくかすかにおはしますありさまなり。しようりやく・おうほうのころは、おんとしにじふにさんにならせおはしましければ、すこしすぎたるおんほどなり。しかるに、てんがだいいちのびじんのきこえありければ、しゆしやういろにそめるおんこころにて、ひそかにかうりよくしにぜうじて、ぐわいきゆうにひきもとめしむるにおよび、しのびてかのみやにおんせうそくあり。しかれども、みやあへてきこしめしいれられず。しのびかねたるおんおもひ、ひたすらはやほにあらはれて、じゆだいあるべきよし、うだいじんげにせんじをくださる。
P1101
このこと、てんがにおいてことにすぐれたることゆゑに、くぎやうせんぎあり。おのおのいけんにいはれけるは、「まづいてうのせんしようをたづぬるに、そくてんくわうごうはたいそう・かうそうりようていのきさきにたちたまへることあり。かのきさきとまうすは、とうのたいそうくわうていのきさき、かうそうくわうていのおんためにはけいぼなり。たいそうほうぎよののち、みぐしをおろし、せいごうじにこもりゐたまへり。たうていかうそうののたまはく、『ねがはくはきみきゆうしつにいつてまつりごとをたすけたまへ』と。てんしごどきたるといへども、あへてもつてしたがひたまはず。ここにみかどみづからせいごうじにりんこうあつていはく、『ちんあへてわたくしのこころざしをとげんとにはあらず。ただてんがのためなり』と。しかれどもくわうごうなびくおんこころなくして、ごちよくたふにまうされけるは、『せんていのたかいをとぶらひたてまつらんがために、たまたましやくもんにいれり。ふたたびぢんかいにかへるべからず』と。ここにくわうていないがいのぐんせきをかんがへあはせ、しひてかんこうをすすむといへども、くわうごうくわくぜんとしてひるがへらず。しかれどもこしようのぐんこうら、よこさまにとりたてまつるがごとくにして、みやにいれたてまつる。かうそうざいゐさんじふしねん、くにしづかにたみたのしめり。くわうていとくわうごうとににんしてまつりごとををさむるゆゑに、かのおんときをばじくわのぎようとぞまうしける。かうそうほうぎよののち、くわうごうぢよていとしててんがををさめ、ねんがうをじんこうぐわんねんとあらたむ。しうのわうそんたるゆゑに、たうのなをあらためて、たいしうのそくてんしやうくわうていとかうす。ここにしんか、なげきていはく、『せんていほうぎよののち、たいそうよをあひつぎてけいえいせしむること、そのこうせきここんにもたぐひなしといつつべし。しかるにてんしなきにしもあらず。ねがはくはくらゐをさつてたいそうのこうげふをながからしめたまへ』と。よつてございゐにじふいちねんとまうしけるに、たいそうのたいしちゆうそうくわうていにおんくらゐをさづけたてまつりたまふ。すなはちかいげんあつてだいたうしんきぐわんねんとしようす。すなはちわがてうのもんむてんわうけいうんにねん〈 きのとみ 〉のとしにあたれり。
これはいてうのせんぎたるうへはべつだんのことなり。わがてうにおいては、じんむてんわうよりこのかたにんわうしちじふよだいにいたるまで、いまだにだいのきさきにたちたまふれいをきかず」と、しよきやういちどうにまうされければ、ほふわうも、このことしかるべからざるよし、まうさしめたまひけれども、しゆしやうおほせありけるは、「てんしにふぼなし。ばんじようのほうゐをかたじけなくするうへは、これほどのことをえいりよにまかせざるべきやうやある」とて、すでにじゆだいのにちじをせんげせられけるうへは、しさいにおよばず。
P1104
みや、このことをきこしめし、ひきかずきて、おんとのごもらせたまふ。まことにおんなげきのいろふかくぞみえさせおはしましける。せんていこんゑゐんにをくれたてまつりしきうじゆのあきのはじめに、おなじくさばのつゆときえたりせば、かかるうきことをばきかざらましと、くちをしきことにぞおぼしめされける。ここにちちのだいじん、なぐさめまうされけるは、「『よにしたがはざるをもつてきようじんとす』といへり。すでにぜうめいをくだされをはんぬ。しさいをまうすにところなし。ただすみやかにじゆだいあるべきなり。これひとへにぐらうをたすけおはしますかうかうのおんぱからひなり。またしらずや、このおんすゑにわうじごたんじやうあらば、きみはこくもとあがめられおはしまさば、ぐらうはていそといはるべし。かもんのえいがにやあるべからん」とこしらへまうしたまへども、おんいらへもなし。
またそのころ、みや、なにとなきおんてならひのついでに、かくかきなぐさみたまひける。
うきふしにしづみやはてむかはたけのよにためしなきなをばながしつW
よにはなにとしてもれきこえけん、あはれにやさしきためしにこそおうかしけれ。
じゆだいのひには、ちちのおとど・ぐぶのかんだちめのしゆつしやのぎしき、こころもことばもおよばれず。みやはものうかるべきおんいでたち、とみにもいでたてまつらず、はるかによふけてなかばにむかひてぞかきのせおはしましける。ことさらいろあるぎよいをめされず、ただしろきぎよいじふごばかりぞめされける。うちにまゐらせたまひしに、やがておんをかうぶらせたまひ、れいけいでんにわたらせおはします。ひたすらあさまつりごとをすすめたてまつりおはしますおんありさまなり。またせいりやうでんのぐわとのしやうじに、つきをかきたるところあり。これはこんゑのゐんのえうていにてわたらせおはしまししそのかみ、なにとなきおんてまさぐりにかきくもらかしおはしましたりしが、ありしながらにすこしもかはらずありけるをごらんぜられて、せんていのむかしをおもひいだし、こひしくやおはしましけん、かくこそおぼしめしつづけられける。
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをみむとはW
このあひだのおんことども、あはれにやさしきおんありさまなり。
P1108
六 にでうのゐんほうぎよのこと
かかるほどに、えいまんぐわんねん〈 きのととり 〉のはるのころより、しゆしやうにでうのゐん、ごなうのよしきこえしほどに、そのなつのはじめにはことのほかにごふよにおはしますあひだ、うだいじんさねよしきやうのおんむすめのはらにきんじやうのみやのにさいにならせたまふを、わうじにてたてたてまつるべきよしきこえしほどに、ろくぐわつにじふごにち、にはかにしんわうのせんじをくだされて、やがてそのよおんくらゐをゆづりたてまつりき。なにとなくてんがあはてたるありさまなり。
P1110
わがてうのとうたいをたづぬるに、にんわうごじふろくだいせいわてんわう〈 いみなをこれひとといふ。 〉くさいにてもんどくてんわうのゆづりをうけ、てんあんぐわんねん〈 ひのとうし 〉じふにぐわつなぬか、だいこくでんにておんそくゐあり。これはわこくとうたいのはじめなり。しんだんのしうこうたんの、せいわうにかはりなんめんにしてまつりごとをおこなはれしになぞらへて、そぶちゆうじんこう、えうしゆをふちしたてまつる。これせつしやうのはじめなり。ようぜいてんわう〈 いみなをさだあきといふ。 〉くさい、いちでうのゐんしちさい、ごいちでうのゐんくさい、これはせめてぜんあくにつけておんこころもたけく、ぶんべつのかたもありければ、もつともしかるべし。しかるに、とばのゐんはごさい、こんゑのゐんはさんざいにておんそくゐありしを、いつしかなりとひとまうしあへり。このきみは〈 いみなをのぶひとといふ。 〉わづかににさいにならせたまふ。せんれいなし、ものさわがしとぞひとみなまうしける。
かかりしほどに、しちぐわつにじふににち、しんゐん〈 にでうのゐん 〉くらゐをおりたまひてのち、わづかにさんじふよにちとまうすにおんかくれあり。あはれなるかな、きのうはたうてい、じふぜんのほうゐにのぼりてはなやかなりしに、けふはしんゐん、ここのへのたまのすみかをいでてをちぶる。ちちのおんとしはにじふさん、おんこはわづかににさい。らうせうぜんごといひながら、よにあさましきおんことなり。
P1113
おなじきはちぐわつなぬか、かうりゆうじのうしとられんだいののあたり、ふなをかやまにおくりたてまつる。いたはしきかな、かたじけなきかな、ぎよくだいをすみかとしておはしましけるきみの、くさむらをやどりとしておはします。まことにやくなきせかいなり。ほんざうのしやうにん、をりふしさんかいして、かくおもひつづけける。
いつもあるみゆきのことをけふとへばいまをかぎりときくぞかなしきW
とよみつつ、すみぞめのそでをしぼりあへり。ことわりとぞおぼえける。ふなをかやまのおんいただきとまうすなり。いたはしきかな、かたじけなきかな、ぎよくだいをすみかとしておはしましけるきみの、くさむらをやどりとしておはします。まことにやくなきせかいなり。
このゑのおほみやは、にだいのきさきにたたせたまひたりしかども、さしたるおんさいはひもおはしまさず。またいつしかこのきみにもおくれたてまつりたまひしかば、やがておんかみをおろしおはしましけるとぞきこえし。
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七 えんりやく・こうぶくじ、がくうちろんのこと
さるほどに、そうそうのよ、えんりやくじ・こうぶくじのしゆとら、がくうちろんをしいだし、たがひにらうぜきにおよべり。こくわうのほうぎよあつて、そうそうのさほうには、なんぼくにきやうのそうとら、ことごとくぐぶしたてまつつて、わがてらのしるしには?をたててがくをうつ。なんとにはとうだいじ・こうぶくじをはじめとして、まつじまつじあひつらなれり。とうだいじはしやうむてんわうのごがん、あらそふべきてらなければ、いちばんなり。にばんにはたいしよくわん・たんかいこうのうぢでら、こうぶくじのがくをたてて、なんとのまつじとう、しだいにたてならべたり。こうぶくじのがくにおさへて、ほくきやうにはえんりやくじのがく、そのほかやまやまてらでらたてならべたるはせんれいなり。
しかるにこんどのごそうそうに、えんりやくじのそうと、ことをみだりて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのうへにがくをたつるあひだ、やましなでらのかたより、とうもんゐんのしゆと、さいこんだうのしゆう、くわんおんばう・せいしばうりやうさんにん、さんまいかぶとをき、さうのこてさして、くろかはをどしのよろひにおほなぎなたをもつてはしりいで、えんりやくじのがくをけづりたふして、「うれしやみず、なるはたきのみず」とはやして、こうぶくじのかたへはしりいりにけり。えんりやくじのそうと、せんれいをそむきてらうぜきをいたすほどならば、やがてそのざにててむかひすべきに、こころにふかくおもふことやありけん、ひとことばもいださざるこそおそろしけれ。いつてんのきみよをはやくせさせたまひしかば、なさけなきさうもくまでもうれひたるいろあるべきに、いはんやじんりんそうとのほふにおいてをや。あさましきこといできて、しきさほふ〔さんざんにて〕たかきもいやしきもしはうにたいさんし、をめきさけぶ。
P1121
おなじきここのかのねのときに、さんもんのだいしゆげらくのよしきこえければ、ぶし・けんびゐし、にしざかもとへはせむかひたりけれども、だいしゆおしやぶつてらんにふせんとす。きせんじやうげさわぎののしることなのめならず。くらのかみのりもりのあつそん、ほういにてさゑもんのぢんにさうらひけり。いかなるもののいひいだしたるにや、「じやうくわう、さんもんのだいしゆにおほせて、きよもりをついたうすべき」よし、ふうぶんありしかば、へいけのいちもんろくはらへはせあつまり、あはてあへり。うゑもんのかみしげもりばかりは、「なにゆゑにや、ただいまさやうのことはあるべき」とて、しづめられけり。じやうくわう、これをきこしめし、おどろきおぼしめされければ、にはかにろくはらごかうあり。ちゆうなごんおほきにおそれさわがれけり。
P1124
さんもんのだいしゆ、せいすいじにおしよせて、ぶつかく・そうばういちうものこさずやきはらふ。これはさるなぬかのがくうちろんのゆゑなり。せいすいじはこうぶくじのまつじたるゆゑに、これをやきはらふとぞきこえし。しかるに、せいすいじえんしやうのあした、「くわんおんくわきやうへんじやうちはいかに」といふふだをかきてたてたりければ、つぎのひ「りやくごふふしぎこれなり」といふへんれいをぞたてたりける。いかなるあとなしもののしわざなるらんと、をかしかりけり。
P1125
しゆとはへんざんしければ、しやうくわうはくわんぎよなりにけり。しげもりきやうはおんおくりにまゐられたり。ちちのきよもりはとどまりたまふ。なほようじんのためとかや。ちゆうなごんののたまひけるは、「ほふわうのじゆぎよこそまことにそのおそれありけれども、とにもかくにもおぼしめさるるむねのあればこそ、かやうにふうぶんもあるらめ。しかればすなはちほふわうのごかうあればとて、われらうちとくべからず」とぞいひける。うゑもんのかみしたをふるひ、おもてをあかくしてまうされけるは、「このこと、ゆめゆめおんことばにもおんいろにもいださるべからず。ひとにこころづけがほに、なかなかあしきことにてさうらひなん。それにつきてはいよいよえいりよにもそむかず、よのためひとのため、よきふるまひあらば、さだめてさんぽうぶつじんのかごもあるべし。さらずはごしそんのすゑ、なにごとにつきてもあしかるべくさうらふ」とまうしながら、いそぎたちたまひにけり。「うゑもんのかみはもつてのほかにおほやうなるものかな」とぞいひける。
P1129
八 たかくらてんわうおんそくゐのこと
ことしはてんかりやうあんたれば、ごけい・だいじやうゑもなし。おなじきとしじふにぐわつにじふごにち、けんしゆんもんゐんのおんはらの、ほふわうのだいごのわうじ〈 たかくらこれなり。 〉ましまししが、しんわうのせんじをかうぶらせたまひにけり。ほふわう、ねんらいはうちこめられておはしましけるが、今はほふわうのおもんぱからひにまかせたてまつることこそおんめでたけれ。
P1130
にんあんぐわんねん〈 ひのえいぬ 〉、ことしはすでにだいじやうゑあるべきよしきこえければ、てんがにそのいとなみありけり。おなじきとしじふぐわつなぬか、しんわうのせんじをかうぶりたまひしたかくらのゐん〈 いみなをのりひとといふ。 〉とうさんでうにてとうぐうにたちたまふ。とうぐうとまうすはたうていのおんこなり。これをたいしとかうす。またおんおとうとのまうけのきみにそなはりおはしますをたいていとまうす。それにこのとうぐうはおんおぢろくさい、しゆしやうはおんをひさんざいなり。ぜうもくいまだあひかなはず。ただし、くわんわにねん〈 ひのえいぬ 〉ろくぐわつにじふいちにち、いちでうのゐん〈 いみなをやすひとといふ。 〉しちさいのおんとき、だいこくでんにておんそくゐあり。さんでうのゐん〈 いみなをいやさだといふ。 〉じふいつさいのおんとき、しちぐわつじふろくにち、とうぐうにたちたまふ。これまたせんれいなきにしもあらず、とぞまうしける。
ろくでうのゐんにさいにて、えいまんぐわんねんろくぐわつにじふごにちにしんわうのせんじをかうぶらせたまひ、おんくらゐをうけとりおはしましてのち、わづかにさんねんをぞをさめたまひける。にんあんぐわんねん〈 ひのとゐ 〉にぐわつじふくにち、とうぐう〈 たかくらてんわう 〉おんせんそありしかば、ろくでうのゐんしさいにておんくらゐをしりぞき、しんゐんとかうせられおはします。いまだおんげんぶくもあらずといへども、だいじやうてんわうのそんがうあり。かんかにもほんてうにもこれぞとうたいのはじめなるらんと、めづらしきことどもなり。しかれどもつひにあんげんにねんしちぐわつじふはちにち、おんとしじふさんにてかくれたまひぬ。
にんあんさんねんさんぐわつはつか、だいこくでんにてしんてい〈 たかくらのゐん 〉おんそくゐあり。このきみのくらゐにつきたまひしおんことは、いよいよへいけのえいがとぞみえし。こくもけんしゆんとまうすはへいけのいちもんにてあるうへ、ことににふだうのきたのかたにゐどのとまうすはにようゐんのおんあねにておはしましければ、しやうこくのきんだち、にゐどののはらは、たうぎんのおんいとこたるあひだ、いみじきことどもなり。へいだいなごんときただきやうはにようゐんのおんせうと、しゆしやうのおんぐわいせき、ないげにつけしつけんたるあひだ、じよゐぢもくひとへにこのきやうのさたなり。しかればすなはち、このよにはへいくわんばくとぞまうしける。
P1137
九 うひやうのすけよりとも、いとうのさんぢよにかすること
さるほどに、おなじきとしのやよひのころにもなりければ、「えんざんにかすみたなびきて、がんきたにかへる。ちゆうりんにはなひらきて、うぐひすきやくをよぶ」とうちおもはれてものあはれなり。
るにんうひやうゑのすけよりとも、とうくらうもりなが・ささきのたらうさだつなをめしてのたまひけるは、「よりともじふさんのとき、へいぢぐわんねんじふにぐわつにじふはちにち、たうごく〈 いずのくに 〉にさせんせられてよりこのかた、ゆかりもなくてつれづれなれば、いとうのじらうすけちかにむすめよにんありときく。ちやくぢよはみうらのすけよしずみがさいぢよ、じぢよはとひのやたらうとほひらがさいぢよ、さんしはいまだぼうけをみず、やしなひてしんそうにありときく。しかるにくにぢゆうだいいちのびぢよとうんぬん。めとりかよはんとおもふはいかがあるべきや。」もりながまうしけるは、「いとうのじらうはたうじおほばんやくとしてしやうらくのあとなり。をりからしかるべしといへども、きみはるにんにてひんる、よになきおんみなり。すけちかはたうごくにおいては、うとくゐせいのものなり。うけひきたてまつらんことふぢやうなり。よくよくおんはからひあるべきか。」さだつなまうしけるは、「いかにとうくらうどの、ごへんはさんでうのくわんばくけんとくこうのおんすゑときく。さだつなはいやしくもうだてんわうのこういん、おうみげんじのもなかなり。たとひわれらむこにならんとしよまうすともきらはれじ。いはんやきみはろくそんわうのべうえい、はちまんどのしだいのばつえふ、とうごくのやつばらがためにはぢゆうだいのしゆうなり。たとひよになきおんみたりといへども、いかでかおほせをかろんぜんや。しかればすなはち、ないないおほせられんに、もしもちゐずば、すなはちわれらこれをおさへてとるべし」とまうしければ、よりともこれをきき、「さだつなのただいまのぞくしやうのさた、むやくなり。はからふところもこうぎなり。わどのばらとわがみとはときによつてほんちつなり。たうじにおいてはせんなし。ただくひねむつてよをまつべし。しかればすなはち、えんしよをとばしてこころをはかるべし」といひながら、かなたのみしたしきをんなにつけてたびたびこれをつかはせども、あへてもつてこれをもちゐず。
よりともなほおもひもやまず、こころづくしになりにければ、ひとしれずまたおぼしめしけるさまは、「むかし、なりひらのちゆうじやう、にでうのきさきにこころをかよはして、いくたびかおもひわづらひし。しかのみならず、『ももよのしぢのはしがきも、ちつかおふるにしきぎ』といふことあり。これせんしやうなきにしもあらず。よりとももいかでかもだすべき」とて、えんしよのかずもかさなるあひだ、いはきならねばなびきにけり。ひやうゑのすけはにじふいち、さまのかみのさんなん、ようがんゆゆしきをのこなり。いとうのさんぢよはじふろくさい、くにぢゆうだいいちのびぢよなり。たがひにちぎつてつきひをへ、いちにんのなんしをうみえたり。ようがんびれいにして、はんがくぎよくざんにあひおなじ。けいばうたんじやうにして、じやうかいのてんだうにことならず。しかるあひだ、よりともおもはれけるは、「われたうごくにるざいせられて、ゐなかのちりにまじはるといへども、このこをまうけたることはよろこびなり」とて、せんづるとなづけられたり。よりともいひけるは、「このこじふごにならんとき、いとう・ほうでうをあひぐしてせんぢんにうたせ、さだつな・もりながをさしめぐらし、とうごくのせいをまねき、よりともみやこにはせのぼつて、ちちのかたききよもりをうたん」といひながら、にしよごんげん・みしまのみやうじんのごほうでんにひそかにぐわんじよをぞをさめられける。
P1145
にんあんさんねん〈 つちのえね 〉さんぐわつはつか、たかくらのゐんごせんそののち、ほふわう〈 ごしらかはのほふわう 〉わくかたなく、しかいのあんきをば、たなごころのうちにてらし、はくわうのりらんをばこころのなかにかけ、ばんきのせいむをきこしめされければ、ほふわうのちかくめしつかはれけるくぎやう・てんじようびといげ、ほくめんのともがらにいたるまで、みなほどほどにしたがつて、くわんゐほうろくみにあまり、てうおんをかうぶるといへども、ひとのこころのならひなれば、なほこれをふそくにおもひけるあひだ、このにふだうのいちるいのみおほくくにをふさぎ、くわんをさまたぐることを、おのおのめざましくおもひしほどに、おろそかのひともなきときは、すなはちよりあひささやきけるは、「このにふだうのほろびたらば、そのくにはあきなん、そのくわんにはなりなん」とぞまうしける。
P1147
ほふわう、おほせありけるは、「むかし、くにのとこたちのみことよりだいしちだいいざなき・いざなみのみことのおんこあまてらすおほみかみ、わがてうあきづしまをしろしめししよりこのかた、いまにいたるまで、かたじけなくもじふぜんのそんがうをうけ、いやしくもばんきのほうゐにきよす。まつだいといへどもわうぼふいまだたえず。しんかいかでかかろんずべけんや。なかんづく、ここんにもてうてきをうつものこれおほし。たむらまろ〈 さがてんわうのときのひと 〉はたかまるをちゆうしてごんのだいなごんのくらゐにのぼるといへども、いまだせつろくのしんにはふさず。さだもり・ひでさとがしようへいのまさかどをうちし、みなもとのよりよしがてんぎのさだたふをちゆうせし、そのけんじやう、じゆりやうにはすぎず。しかるにきよもりにふだう、くわんゐほうろくそのみにすぎ、いちもんのはんじやうよにこえたり。ゆゑにえいりやく・おうほうのころよりあくぎやうばいざうし、むだうひれいなり。これわうぼふのつくるか、はたまたぶつぽふのほろぶるか」とぞおほせありける。
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十 よりとものしそく、せんづるごぜんうしなはるること
かおうぐわんねん〈 つちのとうし 〉しちぐわつじふいちにち、いとうのじらうすけちか、おほばんやくもはてければ、きやうよりげかうして、せんざいのかたをみければ、さんざいばかりのをさなきものを、ちひさきめのわらはのこれをいだきてあそびければ、すけちかこれをみて、「あのをさなきものはたがこぞ」とさいぢよにとひければ、さいぢよこたへけるは、「あれこそとののひさうせらるるさんのおんかたの、せいするをもきかず、るにんうひやうゑのすけどのにあひぐしてまうけらるるおんこ、せんづるごぜんとはこれなり」といはれければ、すけちかこれをきいて、おほきにふくりふしてまうしけるは、「むすめなりともしたしむべからず、まごなりともあいすべからず。おやのめいをそむき、るにんのこをうむ。へいけのきこえあらば、すけちかさだめてそのざいくわをかうむるべし。いそぎいそぎひろうなきさきにかのものをうしなふべし」とて、らうじゆうににん・ざふしきさんにんをめしよせ、まごのせんづるをうけとらす。ごにんのものども、これをうけとり、いずのくにまつかはのしらたきにゐてゆき、かはのはたにくだりすゑたてまつりければ、をさなきひとしはうをみまはしたまひて、「ちちごはいづくにぞ、ははごはいづくにぞ」といへば、「あれ、あのたきのしたに」とこれをまうす。「いざ、さらばとくゆかん」とのたまふとき、このものども、なさけなくしづめをつけ、ふしつけにするこそいとほしけれ。
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ここにすけちかのむすめ、をさなきひとをうしなはれ、もだへこがれかなしみて、「あなこころうや。わがこをばいかなるひとのこれをうけとりて、いかなるところへこれをゐてゆきけん。いかさまなるめをみせ、いかさまにかこれをうしなふらん。あはれなるかな、はははこのどにとどまり、こはめいかいにおもむきけり。わがみわがみにあらず、わがこころわがこころにあらず。ぶつじんさんぽう、しかるべくは、わがいのちをめしとりたまへ。いきてものをおもはんもたへがたし」と、てんにあふぎちにふして、なきかなしめどもかひこそなけれ。
あまつさへ、すけちか、なさけなくよりとものえんふをひきさり、たうごくのぢゆうにんえまのこじらうちかすゑをむこにとらんとあひぎするところに、このにようばう、ふうふのわかれをかなしみ、わかぎみのなごりをおもひしがゆゑに、ふかくふぼをうらみ、ちかすゑにおさへらるるといへども、あへてもつてなびくことなし。ひそかにかのところをにげいで、えんじやのもとにしのびこもりぬ。えまのこじらう、ちからおよばずやみにけり。
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うひやうゑのすけ、あいしをうしなはれえんふをさられ、ひとかたならずなやみければ、いきてしせるがごとくおもはれけり。さだつな・もりなが、うひやうゑのすけどのにまうしけるは、「たとひきみよにましまさずといへども、われら、きゆうせんのいへにうまれてさうらへば、なををしむものなり。われら、きみにつきそひたてまつること、よにもつてかくれなし。ぢゆうだいのなをくたさんこと、げにもつてくちをしくさうらふ。われらににんてをとりくんで、すけちかをとこにゆきむかつてしぬべくさうらふ」とまうしければ、うひやうゑのすけいひけるは、「おのれらがこころざし、ありがたし。ぢゆうだいのゆうしのみたるあひだ、おのおのまことにさこそおもふらめ。しかれどもよりとも、たうごくにるざいせられしよりこのかた、ちちのかたききよもりをうたんとおもふこころざし、にちやてうぼにはれやらず。しかるに、なんぞだいじのかたきをさしおいて、せうじにいのちをうしなふべけんや。おのれらがわれもわれもとおもはば、このことおもひやむべし」とせいせられけるあひだ、「あはれ、あはれ」といひながら、おほせにしたがひてやみにけり。
かのにようばうのおもひをものにたとふれば、いこくにかんていのおんとき、わうせうくんとまうしけるきさきは、ゑびすのてにわたされ、ほくろのたびにむかひて、「すいたいこうがん、きんしうのよそほひ、なくなくささいをたづねて、かきやうをいづ」となげかれけるがごとし。このにようばうも、よりとものやかたをいでたまひて、ちかすゑのもとへわたりぬ。いかでかかれにかはらんや。またよりともがなげきをものにたとふるに、たうのげんそうくわうていのようきひをうしなひたまひしおもひのごとし。それはされどもはうじをしてほうらいきゆうにもとめしめ、ぎよくひ、でんがふきんしやをもつてはうじにあたへてかたみにさづけ、「もつててんにあらばねがはくはひよくのとりとなり、ちにあらばまたれんりのえだとならむと、なさけのことばをちぎりししるしとなさむ」といひてつかはす。はうじかへつてこれをそうす。くわうていすなはちなぐさみたまふ。
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十一 よりとも、ほうでうのちやくぢよにかすること
うひやうゑのすけはかれにはにず、つたへかたらふひともなければ、やるかたもなきおもひなり。しかのみならず、すけちかにふだう、へいけのとがめをおそれ、ひそかにようちにせんとす。しかるにかのにふだうのしそく、いとうのくらうすけずみ、ひそかによりともにまうしけるは、「すけずみがちちにふだう、にわかにてんぐそのみにつきさうらひて、きみをようちにしたてまつらんとあひはかりさうらふ。たとひひだうをたくむといへども、おやのとがをあらはすべきにはあらねども、このひごろきみにあひなれたてまつつたるうへ、またさしたるとがもましまさず。このことをいはずはみやうのせうらんおそれあり。しかればただ、にふだうのおもひたたざるさきに、きみすべからくこのところをたちいでたまふべし。ゆめゆめごひろうあるべからずさうらふ」とまうしながら、はらはらとなきければ、うひやうゑのすけいひけるは、「にふだうのために、それほどにおもひこめられたるうへは、よりともこのところをたちしのぶといへども、きたるべきわざはひをばのがるべからず。またわがみにおいてはあやまりなければ、じがいをするにはおよばず。なんぢがこころざし、しやうじやうせせにもわすれがたし」といひければ、くらうやがてたちさりぬ。
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うひやうゑのすけ、さだつな・もりながをめしてのたまひけるは、「すけちかにふだう、よりともをうつべきよし、ひそかにこれをききえたり。たとひよりともいちにんこそうたるとも、おのれらはうたるべからず。おのれら、しよくけいここにとどまり、ごにちによりともをたづぬべし」といひければ、もりなが・さだつなまうしけるは、「しよせんざうらふ、かのにふだうおもひたたざるさきに、かへつてこれをうちさうらはん」とて、かれらににんおもひきつていでたちければ、うひやうゑのすけいひけるは、「かねていひしがごとく、いまだちちのかたききよもりにふだうをうたざるあひだ、なにごとのありともわれとさわぐべからず。あひかまへて、なんぢらおさへしづむべし」とて、おほくろかげといふうまにのり、おにたけといふとねりをあひぐし、はちぐわつじふしちにちのやはんばかりに、いとうのやかたをうちいでて、ほうでうへはせこえけり。よるもやうやくあけければ、さだつな・もりながあとをおひ、たづねゆきぬ。
うひやうゑのすけ、きねんしてまうされけるは、「なむきみやうちやうらい、はちまんさんじよきこしめすべし。よりとものせんぞいよのかみよりよしあそん、あうしうのさだたふをせめしとき、ちやくなんよしいへをもつてはちまんだいぼさつのうぢことなし、そのなをはちまんたらうとかうす。これによつて、だいぼさつ、うぢこにいたるまでまもるべしといふおんちかひあり。しかるによりともはこれはちまんどのよりしだいのうぢこなり。しかるべくははちまんだいぼさつ、につぽんごくをよりともにうちしたがはしめたまへ。よりとものこのかたき、いとうのにふだうをうちとらん」とのたまひはて、にしよごんげんにせいぜいをいたさる。
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おなじきじふいちぐわつげじゆんのころ、うひやうゑのすけ、いとうのむすめになほこりず、ほうでうのしらうのさいあいのちやくぢよに、ひそかにしのびてかよはれけり。このよならぬちぎりにてありけり。ゆゑにねんごろにかいらうをむすびぬ。ときまさはゆめにもこのことをしらず。ほうでう、おほばんをつとめてくだりけるほどに、みちよりこのことをきき、おほきにおどろきながら、へいけのゐをなげきおそれしがゆゑに、どうだうしてげかうしけるへいけのさぶらひ、いづのもくだいいづみのはんぐわんかねたかにやくそくせしむ。しかるあひだ、おなじきじふにぐわつふつか、むすめをとりかへし、もくだいかねたかがもとへわたす。しかれども、にようばうすべてなびかず。いまだゐのこくにならざるいぜんに、ひそかにかのところをのがれいでて、すみやかにいづのおやまのしゆくばうにいたれり。ししやをよりとものもとへたてられければ、とをか、うひやうゑのすけ、むちをあげてはせきたる。もくだいこれをききおよぶといへども、かのやまはだいしゆこはきところたるあひだ、たやすくもとりがたし。かねたかはちからおよばずやみにけり。ほうでうこれをきき、むすめをかんだうせしむ。
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十二 とうくらうもりながゆめものがたり
さるほどに、さがみのくにのぢゆうにん、ふところじまのへいごんのかみかげよし〈 おほばごんのかみかげむねがをとこ 〉このよしをきき、「うひやうゑのすけどの、いづのおやまにしのびておはしましける。しんぶつとぜんにんとはみやづかへまうすにむなしきことなし。かげよしまゐつていちやなりともおんとのゐつかまつるべし」とて、いづのおやまにはせのぼり、とうくらうもりながといつしよにおんとのゐつかまつるところに、そのあかつき、もりなが、ゆめものがたりをまうしていはく、「うひやうゑのすけどの、あしがらのやくらがだけにゐて、みなみにむかひ、ひだりのあしにてとうごくをふみ、みぎのあしにてさいごくをふみ、いつぽんばうしやうくわん〈 くわんおんほんばかりをよりともにをしへしゆゑに、かうしていつぽんばうといふなり。 〉るりのへいじをいだき、さだつなはきんのさかづきをささげ、もりながはぎんのてうしをとり、すけどのにむかひたてまつる。すけどのさんこんすでにをはつてのち、さうのそでをもつてつきひをいだきたてまつる。またねのひのまつをひきもち、さんぼんがしらにさし、きみはみなみにむかひてあゆませおはしますところに、しらはとにはてんよりとびきたつて、きみのおんかみにすくひ、さんしをうむとみえたり」とうんぬん。
かげよしききもあへず、「とうくらうがゆめあはせ、かげよしつかまつるべくさうらふ。きみ、あしがらのやぐらがだけにをりおはしますとみえたるは、につぽんごくをりやうちしおはしますべきへうじなり。またさかもりとみえたるはむみやうのさけなり。そのゆゑは、このひごろ、きみいづのくににながされ、ゐなかのちりにまじはりおはしまし、よろづにつけてみだりがはし。これさけにゑひたるおんここちなれば、とくゑふべくおはしますずいさうなり。ひだりのあしにてとうごくをふみおはしますとみえたるは、ひがしよりあうしうにいたつてしろしめすべきへうさうなり。みぎのあしにてさいごくをふみおはしますとみえたるは、きかいがしまをりやうじやうあるべしとのせんべうなり。さうのそでをもつてつきひをいだきおろすとみえたるは、きみぶしのたいしやうぐんとして、せいいしやうぐんのせんじをかうぶりおろすべし。だいじやうてんわうのおんまもりとなりたまふこうさうなり。このひのまつさんぼんをひきもちおはしますとみえたるは、きみひさしくにつぽんごくををさむべくおはしますずいさうなり。しらはとにはとびきたつておんかみのなかにすくひ、さんしをうむとみえたるは、きみにおんこさんにんあるべきへうじなり。みなみにむかひてあゆみたまふとみえたるは、むみやうのさけさめて、きみおもふところなくふるまひおはしますべきへうさうなり」と、かげよし、いさいにあはせたり。うひやうゑのすけこれをきいていひけるは、「よりとももしよにあらば、かげよし・もりなががゆめとゆめあはせのてんとうには、くにをもつてあてたまふべし」と、かんたんみにあまりて、きえつしたまふことかぎりなし。
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さるほどに、ほうでうはしかるべくもよほされけるくわほうにや、やうやくこころやはらぎゆき、むすめのかんだうをゆるしをはんぬ。よりともふさいをよびよせたてまつる。すでによりとも、いづのおやまよりまたほうでうへたちかへり、いよいよひごろのちぎりをむすび、ことにしらんのかたらひをいたし、やうやくねんげつをおくるあひだ、いちにんのぢよしをまうけたまへり。ようがんびれいにしてほとんどきちじやうてんによのごとし。しかるあひだ、よりとも、るざいのかなしみはふうふのかたらひにやみ、ころうのおもひはぢよしのたすけになごむ。あるとき、よりとも、をまのさかもりのついでに、ぢよしをみて、
たけのこはもるやまにこそそだちけれ
といひたまひければ、ときまさとりあへず、かくぞこれにつけにける。
すゑのよまでにちよをへよとてW
このれんがは、まことによりともふしともにさかえ、ほうでうはんじやうすべききたんなりと、これをきくひと、よしあるべきこととおうかせり。
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十三 だいじやうにふだうきよもり、あくぎやうはじめのこと
おなじきかおうにねんじふぐわつじふろくにち、まつどののせつしやうもとふさ、しゆしやう〈 たかくらてんわう。おんとしくさい 〉ごげんぶくのおんさだめあるために、なかのみかどのひがしのとうゐんのごしよよりごさんだいありけるほどに、こまつのないだいじんしげもりきやうのじなん、しんざんみのちゆうじやうすけもりきやう、そのときはゑちぜんのかみとまうしてじふさんになられけるが、れんだいのにいでてこたかがりして、うづら・ひばりをおつたてて、ひねもすにかりくらして、ふるゆきにかれののけいきあはれなりけるあひだ、ゆふべにおよんで、おほみやおほぢをくだりに、おほひのみかどおほみやへかへりけるに、てんがのぎよしゆつにはなつきにまゐりあはれたり。」
ゑちぜんのかみの、ほこりいさみて、よをもよとおもはざりけるうへ、めしぐすところのさぶらひども、れいぎこつぽふをもわきまへたることなければ、てんがのぎよしゆつともいはず、いつせつげばのれいぎもなかりけり。しかるあひだ、ぜんぐ・みずいじんら、きよもりにふだうのまごともしらず、ただうちまかせてのひとの、ぶれいにかけとほるとうちおもひて、あやしむゆゑに、「なんぞ、いかなるしれものぞ、らうぜきにてんがのぎよしゆつにのりあひしたてまつる。とつてひきおろせ」とまうしながら、みずいじんども、うまよりおどりおり、たちをぬいておつちらす。すけもりいげのさぶらひどもごろくにん、うまよりとつてこれをひきおとし、すこぶるちじよくにおよびけり。
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すけもりあそん、ろくはらのしゆくしよへはせかへつて、おほぢにふだうにむかつてなくなくまうされければ、にふだうさいあいのまごたるあひだ、おほきにいかりふくりふして、「たとひてんがたりとも、いかでかにふだうのあたりのことをば、それほどには、おぼしめさるべき。おひさきはるかのをさなきものに、さうなくちじよくをあたへらるるこそゐこんのしだいなれ。このことおもひしらせたてまつらずしては、えこそあるまじけれ。かかることよりひとにもあなづらるるぞ。てんがをうらみたてまつらばや」といひければ、こまつのだいふは、「このこと、ゆめゆめあるべからず。しげもりがこどもとまうしさうらはんずるものは、てんがのぎよしゆつにまゐりあひて、げばせざるこそびろうなれ。さやうにせられたてまつるは、ひとかずにおもはれたてまつるによつてなり。このことおもへばめんぼくなり。よりまさ・ときみつがやうのげんじなんどにあざむかれてさうらはんは、まことにちじよくにてもさうらひなん。かやうのことによつてだいじをひきおこしてこそ、よのみだれとはなりさうらはん」といさめまうされければ、そののちにはないだいじんにはいひあはせず、かたゐなかのさぶらひどものこはくふくつけなきが、にふだうどののおほせよりほかには、おもきことなしとおもひて、ぜんごをもわきまへぬものどもをじふしごにんめしよせて、「きたるにじふいちに、しゆしやうごげんぶくのさだめのために、てんがさんだいあらんずるみちにてまちうけたてまつりて、ずいじん・ぜんぐがかみをきれ」とぞげぢせられける。
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ここにてんがはくるまにめし、なかのみかど・ひがしのとうゐんのごしよより、うちのちよくろにさんにふせらるるところに、おほひのみかど・ゐのくまのあたりにて、ろくじふよきのぐんびやうら、てんがのぎよしゆつをまちかけたてまつる。てんがはゆめゆめこのことをばおぼしめさずして、うちまかせてのぎよしゆつよりもひきつくろひおはしまして、なにごころもなくぎよしゆつなりけるを、いころしきりころさずとも、かけちらしうちおとしなげおとす。あしにまかせてにぐるもあり、うまをすててかくるるもあり、ぜんぐろくにんのかみをきる。そのなかにくらんどのたいふたかのりのかみをきるとて、「これはなんぢがかみをきるにはあらず。おのれがしゆうてんがのかみをきるなり」といひけり。ずいじん〔じふ〕にんがうち、みぎのふしやうたけみつがかみもきられにけり。あまつさへおうしのしりがいをきりはなち、ゆみをあららかにおんくるまのうちへつきいれければ、てんがもおんくるまよりくづれおりさせたまひて、あやしのたみのいへへぞたちいらせたまひにける。ぜんぐ・みずいじんもいづちへかにげうせけん、いちにんもなかりけり。ぐぶのてんじやうびと、くものこをちらすがごとくはしりうせぬ。ろくじふよきのぐんびやうら、かやうにしちらして、よろこびのときをつくり、ろくはらへかへりにけり。にふだうこれをきき、「ゆゆしくしたり」とぞかんぜられける。
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こまつのだいふおほきにおどろきなげかれけり。「かげつな・いへさだきつくわいなり。にふだういかなるふしぎをげぢせらるとも、いかでかしげもりにゆめをばみせざるべき」とて、ゆきむかひたりしさぶらひどもじふよにんかんだうせられけり。「およそしげもりがこどもにてあらんものは、てんかをおそれ、れいぎをもぞんじてこそふるまふべきに、いふかひなきわかものどもをめしぐし、かやうのびろうをげんじて、にふだうどのにはらをたてさせ、かかるだいじをもひきいだし、ふそのあくみやうをたつる。ふかうのいたり、ひとりなんぢにあり」とて、ゑちぜんのかみをもいさめられけり。およそこのだいじんはなにごとにつけてもよきひとなりと、よにもほめられたまひけり。
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そののち、てんがのおんことをしりたてまつつたるひといちにんもなきほどに、みくるまぞひにさうらひけるこらうのものに、よどのじゆうにんいなばのさいつかいくにひさまるとまうしけるもの、げらうなりといへどもていけつものにて、「そもそもわがきみはいかにならせおはします」とて、ここかしこをたづねたてまつりけるに、てんが、あやしのたみのいへにたちかくれおはしましけるを、「きみはここにわたらせたまひける」とおもひて、みくるまのしやうぞくをとりととのへてよせければ、てんが、おんなほしのそでをおんかほにおしあてて、なくなくみくるまにめされけり。くにひさまるばかりただいちにんみくるまをつかまつつてくわんぎよなしたてまつりけり。くわんぎよのぎしきのこころうさはただおしはかるべし。せつしやう・くわんばくのかかるうきめをごらんずることは、むかしもいまもありがたきためしなるべし。これぞへいけのあくぎやうのはじめとぞきこえし。てんがはかかるなんにあはせたまひけるゆゑに、こんやはしゆしやうごげんぶくのさだめものびにけり。あさましかりしことどもなり。
P1204
十四 だいじやうにふだうのだいにのおんむすめ、じゆだいあること
しかるあひだ、おなじきにじふごにち、ゐんのごしよにてしゆしやうごげんぶくのさだめあり。せつしやうどの、おなじきじふにぐわつここのか、かねてせんじをかうぶりたまひて、おなじきじふしにち、だいじやうだいじんににんじたまふ。これすなはち、みやうねんしゆしやうごげんぶくかくわんのためなり。おなじきじふしちにち、せつしやうどの、おんがあれどもゆゆしくにがりてぞみえける。
P1206
かおうさんねんしやうぐわつついたち、だいりにはせちゑおこなはれて、ふつか、えんすいあり。みつか、みかどごげんぶくあり。よつか、かへう。なぬか、いぬのときに、ゐんのごしよほふぢゆうじどののなんめんに、くるまのわばかりのひかりものいできたり。おそろしともいふにおよばず。じふににち、てうきんのぎやうがうとぞきこえし。めづらしくはなやかに、ほふわうもにようゐんもとりまうさせたまふ。うひかうぶりのおんすがたいつくしくおはしましけり。はるのはじめのことなれば、ひとびとことにおんいはひことどもまうし、よろこびあへり。
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おなじきしぐわつ、かいげんあり、しようあんぐわんねんとかうす。おなじきしちぐわつ、すまひのせちあるべきよしきこえけり。こまつのだいふははなやかにてやかたにつかれたるありさまあたりをはらつてぞみえし。「しゆくほうかぎりあれば、くわんゐはおもふさまなりとも、みめかたちはこころにかなふべからねども、へいけのひとびとはいづれもようがんすぐれたり。なかにも、このしげもりきやうの、ことにみめことがらいうにおはしますめでたさよ」とぞまうしける。こどもたちにはかぐら・さいばらうたはせ、くわんげんぶぎをもてあそばせ、なさけあることをばすすめられけり。しようあんぐわんねん〈 かのとう 〉じふにぐわつじふしにち、だいじやうにふだうだいにのむすめ、じゆだいありしかば、じふごにて、ちゆうぐうのとくことぞきこえたまひし。おなじきにじふろくにち、にようごになりたまふ。
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十五 しんだいなごんなりちか、だいしやうしよまうのため、さまざまのきたうのこと
そのころ、めうおんゐんのだいじやうだいじんもろながのきやう、ないだいじんのさだいしやうにておはしましけるが、だいしやうをじしまうされけるあひだ、そのくわんをば、ごとくだいじのさだいじん、だいしやうになさるべきに、しんだいなごんなりちかきやうの、ひらにのぞみまうされけり。ゐんのごきしよくよかりしあひだ、さまざまのきたうをぞはじめられける。
やはたのみやにそうをこめ、しんどくのだいはんにやをよませられけるほどに、はんぶばかりにおよび、かはらのだいみやうじんのまへなるたちばなのきに、はとふたつくひあひてしににけり。はとはだいぼさつのだいいちのししやなり。しかるあひだ、べつたうじやうせい、このよしをそうもんしければ、みうらどもあり。「てんしのおんつつしみにはあらず、しんかのつつしみ」とぞまうしける。また、かものかみのやしろに、たけきそうをこめて、げほふをおこなはしむるほどに、ほうでんのうしろにあるすぎのきに、ひつきてもゆるあひだ、わかみやのやしろをやきにけり。ひぶんのことをいのりまうされけるあひだ、かみはひれいをうけたまはねば、かやうのこともいできたるにや。
また、だいなごん、かのやしろへだいしやうしよまうのために、ひやくにちまうでのいのりをくわだてられけり。ひやくにちにまんずるときに、ごほうでんのうちより、こゑあつて、
さくらばなかものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれW
とよみいだされたりければ、だいなごん、むねうちさわぎ、みのけよだつてぞおもはれける。
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十六 なりちか・しゆんくわん、へいけついたうのせんぎのこと
さるほどに、しげもりはうだいしやうにてありけるが、ひだりにうつつて、むねもりはちゆうなごんにてありけるが、うだいしやうになりたまふ。これをみて、なりちかのきやう、いとどくちをしくおもはれけるあひだ、いかにもしてへいけのいちもんをほろぼし、ほんまうをとげんとおもふこころつきにけり。なりちかのちちのきやうはちゆうなごんにてありしに、そのばつしとして、みのしやうぶんをもしらず、しやうにゐにのぼりあがり、くわんだいなごんににんじ、としわづかにしじふになるあひだ、あまたのたいこくをたまはり、いへのうちもたのしく、しそく・しよじゆうにいたるまでてうおんにあきみち、なにのふそくあつてかかるこころのつきにけん。ひとへにてんまのしよぎやうなり。なりちか、まのあたりにのぶよりきやうのありさまをみしひとぞかし。そのとき、しげもりのぢゆうおんをかうぶつてくびをつがれしひとにあらずや。しかるになりちか、うときひともなきところにてひやうぐをととのへあつめ、たけきつはものどもをあひかたらひて、このいとなみよりほかはあへてたじもなし。
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ひがしやまのおく、ししのたにといふところはほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんがしよりやうなり。くだんのところは、うしろはみゐでらにつづきてゆゆしきじやうくわくなり。かのところに、へいけをうつてひきこもらんとぞしたくせしめける。ほふわうもときどきしのびてごかうあり。あるとき、こせうなごんにふだうのしそく、じやうけんをめされ、このことをかのじんにおほせあはせられければ、「ゆめゆめしかるべからずさうらふ。ひとびとあまたこれをうけたまはりさうらひぬ。ただいまこのこときこえなば、てんかのだいじいでこなんず。あさましきことなり」とおほきになげきまうされければ、なりちか、けしきをたがへてたたれけるがおんまへなるへいじを、かりぎぬのそでにひきかけて、ひきたふされけるを、ほふわう「あれはいかに」とおほせられければ、「へいじのたふれてさうらふ」となりちかきやうまうされければ、ほふわう、ゑつぼにいらせおはします。「やすよりまゐつてさるがくつかまつれ」とおほせけるあひだ、やすよりとりあへずついたつて、「きんだいはへいじあまりにおほうさうらふに、ゑひてさうらふ」とまうしければ、なりちかきやう、「さてそれをばいかがすべき」といへば、「それをばくびをとりさうらはん」といひて、へいじのくびをとつていりにけり。じやうけんこれをきいて、あさましくおぼえて、あへてものもまうさず。
P1221
よりきのともがら、あふみのちゆうじやうにふだうれんじやう〈 ぞくみやうなりまさ 〉・ほつしようじのしゆぎやうほふいんしゆんくわん・やましろのかみもとかね・しきぶのたいふまさつな・へいはんぐわんやすより・そうはんぐわんのぶふさ・しんぺいはんぐわんすけゆき・ただのくらんどゆきつな・さゑもんのにふだうさいくわう、ほくめんのげらふども、あまたどういのよしきこえけり。そのなかに、ほふいんしゆんくわんは、きやうごくのげんだいなごんまさとしがまご、きでらのほふいんとしまさがこなり。しかればしゆんくわんはさしてきゆうせんのいへにあらねども、そぶだいなごんまさとしきやうは、ゆゆしくこころもたけくはらもあしきひとにて、きやうごくのいへのまへをばひともやすくとほさず、つねにおくばをくひしばりて、なにごともなくいかりあかみておはしましけり。かのひとのまごこたるあひだ、しゆんくわんもそうなりといへども、そのこころたけきひとにて、かやうのことにもくみせられけり。
P1226
十七 もくだいもろたか、はくさんのだいしゆとあらそひをおこすこと
ほくめんはこれしやうこにはなかりしを、しらかはのゐんのおんときよりはじめておかれ、ゑふどもあまたさうらひけり。ためとし・もりしげとまうすもの、わらはよりめしつかはれ、せんじゆまる・いまいぬまるとてきんじゆしやたり。とばのゐんのおんとき、すゑのり・すゑよりとまうして、ふしともにちかくめしつかはれけるほどに、をりをりはてんそうするときもありけり。しかれども、かれらはみなみのほどをしつてふるまひたりしに、このきみのおんときは、ほくめんのものども、ことのほかにくわぶんにて、くぎやう・てんじやうびとをもののかずともせず、れいぎもなかりけり。げほくめんよりじやうほくめんにうつり、あまつさへはてんじやうをゆるさるるともがらもありけり。かくのみおこなはるるあひだ、おごりいさめるものおほし。
なかにも、こせうなごんにふだうしんぜいのもとに、もろみつ・なりかげといふものありけり。ことねりわらはがかくごんしやにて、げらふなりといへども、さかしきものにて、ゐんのおんまなじりにかかりてめしつかはれけり。もろみつはさゑもんのじよう、なりかげはうゑもんのじようとて、ににんながらいちどにゆげひのじようになされけるほどに、せうなごんにふだうのことにあひしとき、ににんながらしゆつけして、さゑもんにふだうさいくわう・うゑもんにふだうさいけいとまうして、ににんともにみくらあづかりにてめしつかはれけり。さいくわうがしそくもろたかも、ちちがごとくきんじゆしやにて、けんびゐしごゐのじようになりあがりにけり。
P1229
あんげんにねん〈 ひのえさる 〉じふにぐわつじふくにち、かがのかみににんじ、こくむをおこなひしあひだ、せいむをそむき、ひほふひれいをちやうぎやうせしほどに、じんじやぶつじ・けんもんせいかのしやうえんともいはず、みなこれをもつたうして、さんざんにおこなふ。たとひていこうが、あとをふとも、をんびんのまつりごとをこそおこなふべかりしに、こころにまかせてふるまひしほどに、おなじきさんねんはちぐわつじふさんにち、もくだいもろたかとはくさんのまつじうんせんじのそうとと、ことをしいだすによつて、くにがたよりもろたかおしよせて、うんせんじのばうしやをやきはらふ。
よつてはくさんのしゆと、どうねんのふゆのころ、しんよをささげてじやうらくし、さんもんにうつたふるあひだ、わがやまのまつじたるによつて、だいしゆほうきす。
P1234
こくしもろたか・もくだいもろつねをるざい・きんごくにおこなはるべきよし、そうもんをふといへども、ごさいだんおそかりければ、だいじやうだいじん・さだいじん・うだいじんいげのくぎやう・てんじやうびと、おのおのなげきまうされけるは、「あはれ、このこととくとくごさいきよあるべきものを。さんもんのそしようはむかしよりたにことなり。もつてのほかにひろきことどもなり。そのゆゑは、おほくらのきやうためふさ・ださいのだいにもろすゑあそん、かれらはみなてうかのおんためにぢゆうしんたりといへども、だいしゆのそしようによつてるざいせられにき。もろたかがことはことのかずにもあるべきか。おんぱからひあるべきものを」と、ないないはだんがふすれども、ことばにいだしてそうもんせず。「たいしんはろくをおもんじていさめず、せうしんはつみをおそれていはず」といふことなれば、おのおのくちをとぢたまへり。
まことに、みをわすれてきみをいさめたてまつり、ちからをつくしてくにををさむべきひと、そのかずあまたありしうへ、ぶゐをかかやかしててんかをしづめしにふだうのしそく、しげもり・むねもりなんど、しゆくやのきんらうをつんでもよほされけれども、もろたかいちにんにはばかつて、ことばにかたぶきまうすとも、かんそうすることなかりけり。きみにつかへよををさむるほふ、げにもつてしかるべけんや。「くつがへつてたすけずは、あにそのしやうをたのまむや」と、せうかをばたいそうはおほせられけるとぞきこえし。きみもとどこほるべきにあらず、しんもこころよかるべきにあらぬおんことどもなり。いかにいはんや、くんしんのくにをみだらんにおいてをや。せいだうのよこしまなるにおいてをや。
P1237
しらかはゐんのちよくぢやうには、「かもがはのみず、すぐろくのさい、やまほふし、これぞまるがこころにかなはぬもの」とまうしつたへられたり。とばのゐんのおんとき、へいせんじをもつてさんもんにつけられけるには、「ごきえあさからざるによつて、ひをもつてりとなす」とこそせんげせられて、ゐんぜんをばくだされけれ。むかし、おほくらのきやうためふさ、るざいせらるべきよし、さんもんのしゆとうつたへまうしけるに、とうのちゆうなごんまうされけるは、「しんよをぢんとうへふりたてまつつてうつたへまうさんに、このときいかでかおんぱからひなくてあるべき」とまうされけり。まことにさんもんのそしようはもだしがたきことなり。
P1239
ほりかはのゐん〈 いみなをよしひとといふ。 〉のおんとき、かほうにねん〈 つちのとゐ 〉みののかみみなもとのよしつなあそん、たうごくみたちのしやうをたふしけるあひだ、やまのくぢゆうしやゑんおうをせつがいす。このことをうつたへまうさんがために、だいしゆさんらくすべきよし、ふうぶんありしかば、かはらへぶしをさしつかはして、これをふせがるるほどに、ひよしのしやし・えんりやくじのじくわん、つがふさんじふにんばかり、まうしじやうをささげてぢんたうにさんじやうしけるに、ごにでうのくわんばくもろみちのさたとして、なかつかさのじようよりはるにおほせてこれをふせぐといへども、なほだいりへいらんとするあひだ、よりはるがらうどうはつきおしよせてこれをいる。やにあたりてしぬるものににん、てをおふものいちにん。しやし。しよしともにしはうへちりうせぬ。もんとのそうがうら、しさいをそうもんのために、なほげらくせしむるところに、ぶしをにしざかもとへさしつかはしていれられず。だいしゆ、ひよしのしんよをこんぼんちゆうだうにふりあげたてまつつて、くわんばくもろみちをしゆそしたてまつる。いまだむかしよりかくのごときことをばきかず。しんよをうごかしたてまつること、これぞはじめとうけたまはる。
さんわうのおんとがめにて、くわんばくもろみち、おんみにぢゆうびやうをうけ、しなじなのごぐわんをたてられ、さまざまのおこたりをまうされけれども、まことにことのきふになりしとき、おんよはひををしませたまふ。まことにをしかるべし。いまだしじふにもみたずして、ちちのおほとのにさきだちたまふこと、くちをしかりしことなり。ときにとつてはあさましかりしことどもかな。さればすなはち、ここんにおいては、さんもんのそしようはおそろしきことなりとまうしつたへたり。らうせうふぢやうのさかひなれば、おいたるおやをさきだつべしといふことはさだまらず。せいぜんのしゆくごふにしたがふならひなれば、まんとくくわまんのせそんもじふちくきやうのだいじたちも、ちからおよばざるおんことにて、じひぐそくのさんわうも、なさけなくがうぶくしたまふをや。わくわうりもつのはうべんなれば、をりふしとがめたまふもことわりながら、うらめしくあさましきことなり。
P1246
十八 さんもんのだいしゆ、しんよをささげてげらくすること
つけたり よりまさ、へんげのものをいること
ぢしようぐわんねん〈 ひのととり 〉しぐわつ、ひよしのおんまつりにてあるべかりしを、だいしゆこれをうちとめて、おなじきじふさんにちたつのこくに、しゆとひよししちしやのみこしをささげたてまつり、ぢんとうにさんかうして、いそぎもろたかをざいくわにおこなはるべきよし、うつたへまうさんとするあひだ、ないだいじんしげもり・げんざんみよりまさいげげんぺいりやうけのたいしやうぐん、りんじのちよくをうけたまはつて、しはうのぢんをかため、これをふせぐ。しげもりにはかにうつたたれけれども、そのせいさんぜんよきなれば、さゑもんのぢんならびになんめんのびふく・しゆしやく・くわうかもんをかためけり。むねもり・とももりきやうだいににんはにしおもてのだつてん・さうへき・いんぶもんをかためけり。ほくめんのあんか・いかん・たつ〔ち〕いじやうここのつのもんをばとぢたり。
そのなかにげんざんみよりまさは、わづかにさんびやくよきのつはものをもつてきたのぢんをかためたり。だいしゆ、びんぎたるによつて、みこしをぬひどののぢんにめぐらす。
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よりまささるふるつはものにて、いそぎもんをひらき、かぶとをぬいでたかひもにかけ、うまよりおりてしんよをになひたてまつる。いへのこ・らうどうみなかくのごとし。しかるあひだ、よりまさ〈 よりみつのまごなり。 〉ししやをたてて、だいしゆのなかへまうしおくるむねあり。そのつかひをばいちのらうどう、わたなべのちやうしちみなもとのとなふといふものなり。となふのそのひのしやうぞくには、しげめゆひのひたたれに、こざくらをきにかへしたるよろひをき、くろはのやをおひて、かぶとをばたかひもにかけ、ぬりごめのゆみよこにとりなほし、だいしゆのまへについひざまづき、「げんざんみどののまうせとまうされさうらふは、『こんどさんもんのおんそしよう、りうんのでう、もちろんにこそおぼえさうらへ。ごさいきよのちちをこそよそにもゐこんにおぼえさうらへ。ただし、ちよくぢやうによつてこのもんをかためさうらへども、よりまさ、さんわうにかうべをかたぶけたてまつつてとしひさし。しかるあひだ、おそれをなしてしりぞかんとすれば、ゐちよくのとがのがれがたし。ぜうめいにしたがつてふせがんとすれば、しんりよまたはばかりあり。かたがたもつてなんぢのしだいにさうらふ。みなみのぢんはしげもりきやうかためてさうらふ。しかるべくはしゆとみなみのぢんへむかひ、おほぜいのなかにわつていりたまはば、さんわうのおんいきほひもいよいよおもく、だいしゆのめんぼくたるべきものか。しかるにぶせいにてこのぢんをかためてさうらへば、けつぢやうやぶられたてまつらんことうたがひなし。もんをばひらきさうらひてこのぢんよりいりたまはば、だいしゆめたりがほしたりとかやまうしさうらはん。さらんにおいては、ごにちのあざけりにこそとおぼえさうらへ。さゑもんのぢんへみこしをめぐらさるべくやさうらふらん』」といひおくりけるに、わかだいしゆどもは、「なんでふそのぎあるべき。ただおしやぶつていらん」といふものもあり、「みなみのぢんへみこしをまはせ」とまうすやからも〔あり〕。
P1251
らうそうどものなかにまたせんぎしけるは、「このこともつともいはれたり。みこしをさきだてたてまつりて、われらそしようをいたすならば、おほてをうちやぶつてこそこうだいのきこえもよけれ。なかんづくよりまさは、さんわうにかうべをかたぶけたてまつるうへ、ろくそんわうよりこのかた、きゆうせんのげいにたづさはつて、いまだふかくのなをとらず。それはぶしのいへなればいかがはせん。ふうげつのすきもの、わかんのさいじん、いうにやさしききこえあり。ひととせこゐんのおんとき、たうざのごかいのありしに、ごぜんより『みやまのはな』といふだいをいだされけるに、さちゆうじやうありふさあそん、よみわづらはれたりけるに、よりまさきやう、
みやまぎのそのこずゑともわかざりしさくらははなにあらはれにけりW
といふめいかのさくしや、ぎよかんをうごかしたてまつるやさをとこなり。このよりまさ、ひとすぢにたけくかふなるのみにもあらず、わかきよりなまめかしききこえもあり、かふなるきこえもあり。」
P1252
「にでうのゐんのえうていにてわたらせおはしまししとき、よなよなおびえさせたまふことありけり。これただごとにあらずとて、はうべんをつけてみせられければ、とうさんでうのこむらより、やはんばかりにくろくもひとむらいづるごとに、だいりのうへにかかりけり。まいどしゆしやうのごなうあるは、いかさまにもへんげのものにやとおぼえければ、よりまさつかまつるべきよしせんげせられけり。ちよくぢやうをかうぶりけるあひだ、ちからおよばず、りやうじやうをまうす。ごぐわつはつかあまりのことなれば、めをさすともしらぬやみよなり。しんかうにおよび、やうやくそのときにもちかづきければ、よりまさがたのむところのらうどうに、ちやうしちとなふ、くろいとをどしのはらまきに、さうのこてをさし、たちばかりをたいし、いおとすものあらばこれをいだくべきよし、まうしふくめらる。ごてんちかくにこうす。よりまさはもののぐもせず、くまたかのかざきりにてはいだるとがりやにすぢぬきもつて、すこしさしのきてまちかけたり。くぎやう・てんじやうびとけんぶつしてもんぜんいちをなす。やはんにおよび、れいのくろくも、きむらのうへよりたちいでて、ししんでんのむねにかかりけり。いづくをいつべしともおぼえず。しばしみつめて、しゆしやうまたおびえなきたまひけり。これをいそんずるものならば、ながきはぢたるべしとおもひ、とがりやをそんしため、くもすきにみければ、しもわのくろくものなかに、なほひとしほくろきもののみえければ、あはれ、これやらんとおもひ、よつぴいてしばしかためてひやうどいければ、てほんにこたへ、ふつときりぬ。『おう』といふやさけびにこたへて、ごてんのうへよりなにものにてかありけん、ころころとまろびおつ。のきばにひとむらきえて、にはへどうどおつ。
ちやうしち、あまだりにまちうけて、みしといだく。くぎやう・てんじやうびと、てでにしそくをさしてこれをみるに、かしらはさる、みはたぬき、をはきつね、あしはねこ、はらはへび、なくこゑはぬえにてぞありける。しゆしやうのごなう、たちまちにやませおはしましたり。ほふわうぎよかんのあまりに、とばのゐんよりつたへけるししわうといふぎよけんをみづからとりいだし、ぎよいにそへて、とうさんでうのうだいじんつねむねきやうにこれをたまはしむ。だいじんこれをたまはり、ししんでんのみなみのきざはしよりおりらる。
ころはごぐわつはつかあまりのひかずをへて、さみだれのそらいまだはれざるをりふしに、ほととぎすくものほかにおとづれければ、だいじん、きざはしにたちやすらひて、なくかたをうちながめ、
ほととぎすなをばくもゐにあぐるかな
とよりまさにいひかけ、ぎよけんをたまふ。よりまさ、さんのきざはしについひざまづきつつ、さうのそでをおしひらき、ぎよけんをたまはるとて、
ゆみはりづきのいるにまかせてWとつけけるぞゆゆしくきこえし。またいまだじゆうしゐにて、さんみをしよまうしけれどもかなはざりければ、
のぼるべきたよりのなくてこのもとにしゐをひろひてよをわたるかなW
とよみたりけるといへども、なほてんじやうをゆるされざりしかば、よりまさ、こころうきことにおもひて、
ひとしれずおほうちやまのやまもりはこがくれてのみつきをみるかなW
とよみて、くげにまゐらしめければ、しやうざんみにのぼり、てんじやうをゆるされにけり。だいりをまかりいでけるを、あるにようばうたちやすらひて、いひかけける、
つきづきしくもいでてゆくかな
といひかけければ、よりまさ、とりもあへず、
なにとなくくもゐのうへをはみそめてWとつけたりけり。ときどきはかやうにやさしきこともありけるよしをききけり。かやうのものには、いかでかときにのぞんでちぢよくをはあたふべき。なかんづく、げばのしやう、ししやのたてやう、まことにしりよふかし。さればすなはち、ないだいじんのかためたるさゑもんのぢんへみこしをまはせ」とせんぎせしむ。
P1258
よつてみこしをさゑもんのぢんへまはす。だいしゆみこしをさきとしておしいらんとするあひだ、らうぜきたちまちにいできて、しげもりがらうどうやをはなち、じふぜんじのみこしにたつ。またしんじんいちにん、みやびといちにん、やにあたつてしにをはんぬ。そのほか、きずをかうぶるものおほかりけり。しかるあひだ、しんよをふりあげたてまつり、だいしゆさんぜんにんこゑをあげてをめきさけぶ。ぼんでん・たいしやくぐうをもおどかしたてまつり、りゆうじんはちぶもさわぐらんとぞおぼえける。きせんじやうげことごとくみのけよだつて、しんじんしんよをすておきたてまつり、だいしゆなくなくほんざんにかへる。ぢゆうぢのさんぽう、しよしやのしんぎもいまはおはしまさず、たのむかたなく、ゆくさきめもくれてぞのぼりける。
くらんどのさせうべんかねみつ、おほせをかうぶつて、せんれいをだいげきにたづねまうされけり。またてんじやうにくぎやうせんぎあり。ほうあんしねんのれいにまかせて、ぎをんのべつたうにおほせて、かのやしろにいれたてまつり、ほんざんにおくりたてまつるべきよし、ぎぢやうあり。たうしやのしんべつたうごんのだいそうづちようけんおほせをうけたまはるによつて、しんよをへいしよくにむかへたてまつり、みこしにたつところのやをしんじんをしてこれをぬかしむ。
だいしゆ、さんわうのみこしをだいりにふりたてまつること、むかしよりどどにおよべり。えいきうぐわんねん〈 みづのとみ 〉よりこのかた、ぢしようぐわんねんにいたるまでろくかどなり。しかれども、ただぶしをもつてふせがるることはまいどのことなり、しんよをいたてまつることはせんれいなし。あさましともまうせばおろかなり。しちしやごんげん、いかばかりのことをかおぼしめされけん。「ひとのうらみ、かみのいかりはかならずさいがいあり」といへば、ただいまてんかのだいじいできなんと、ひとみなおそれあへり。
P1263
十九 へいだいなごんときただ、せいせんにあづかること
じふしにち、だいしゆなほげらくすべききこえこれありければ、よのなかに、しゆしやう〈 たかくらのみかどなり。 〉えうよをめして、ゐん〈 ごしらかはのゐんなり。 〉のごしよほふぢゆうじどのへぎやうかうあり。ないだいじんしげもりいげぐぶのひとびと、なほしのうへにやをおひてぐぶせらる。ぐんびやうすまんぎ、うんかのごとくみこしのぜんごにうちかこむ。ちゆうぐう〈 けんれいもんのにようご、たかくらのゐんのきさき 〉はみくるまにめし、ぎやうけいなる。よつてきんちゆうのじやうげ、あはてさわぐことなのめならず。きやうぢゆうのきせんはしりまどふ。くわんばくいげだいじん・しよきやう・てんじやうのたいしんはせまゐる。
しゆとら、ごさいだんちちのうへ、じんにん・みやじやにあたりてしばうし、しゆとおほくきずをかうぶりしあひだ、おほみや・にのみやいげのしちしや、かうだう、じやうげのしよだういちうものこさずやきはらひて、さんやにまじはるべきよし、さんぜんにんいちどうにせんぎせしむ、ときこえしかば、さんもんのじやうがうをめして、「しゆとのまうすところ、ごせいばいあるべき」よし、おほせくだされけるあひだ、おなじきじふくにちに、そうがうら、ちよくせんのおもむきをもんとのだいしゆにふれんがためにとうざんせしむるところに、しゆとらいかりをなしておひかへしければ、そうがうらいろをうしなひてにげくだる。
P1265
これによつて、「たれかさんじやうにまかりむかつて、ちよくせんのおもむきをまうしふくめ、だいしゆをなだむべき」と、くぎやうせんぎありければ、ひとびとおほきなかに、へいだいなごんときただきやうせいせんにあづかつてしやうけいにたつ。こんのくずばかま・たてえぼしにて、さぶらひにさんにんばかりあひぐしてのぼられけり。だいしゆこのことをきいて、かうだうのにはにさんぜんにんいちどうにくわいがふして、「なんでふそのぎあるべき。ときただきやうをまちうけて、そのをとこをとつてひきはり、もとどりをきれ」とののしるところに、ときただ、さわがぬていにて、「しゆとのおんなかにまうしいるべきことのさうらふ。しばらくしづまりたまへ」とて、こさぶらひをまねきよせ、もたせたるこすずりとりいだし、たたうがみをひきひらき、いつくのことばをかいてだいしゆのなかにおくりたり。しゆとらこれをひらきみるに、
しゆとのらんあくをいたすはまえんのしよぎやう
めいわうのせいしをくはふるはぜんせいのかご
とこそかいたりけれ。だいしゆこれをひきはるにおよばず、なみだをながしそでをしぼり、ぜんぴをくひてたにだにばうばうにぞかへりける。いつしいつくをもつてさんたふさんぜんのいきどほりをなぐさめ、こうしのはぢをすすぐ。ときただここうをのがれ、いそぎげらくす。さんじやう・らくちゆうのひとみなぢぼくをおどろかさざるはなし。およそこのひとはなにごとにつきてもていけつにて、にふだうのこころにもかなへり。
P1267
ぢしようぐわんねんしやうぐわつにじふしにちのぢもくに、としごじふろくにてだいなごんになさる。なかのみかどのちゆうなごんむねいへきやう・くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさ、くわんになさるべかりけるを、これをおしとどめてくにつなきやうのこえられけること、げにもつてありがたし。これもだいじやうのにふだうのばんじこころにまかするゆゑなり。このだいなごんは、ちゆうなごんかねすけはちだいのまご、さきのうまのすけもりくにがこなり。にさんだいはくらんどにだにもならず。くにつなをばしんじのざつしきといひしほどに、こんゑのゐんのおんとき、いんじきうあんしねんしやうぐわつなぬか、ほふしやうじどののすいきよによつていへをおこす。ことさらにだいじやうのにふだうにとりいり、だいせうのこと、ふたごころなくちゆうきんせしめ、なにものにてもまいにちにいつしゆをおくられければ、げんせのとくいこれにすぎたるひとなしとて、くにつながしそくいちにんをこひとりてにふだうのやうしにし、げんぶくせしめて、じじゆうきよくにとなづけらる。
P1269
ぢしようしねんのごせちはふくはらにておこなはりけり。てんじやうのえんすいのひは、うんかく、まへのみやのおんかたにまゐられけるに、あるくぎやうの「たけしやうほにまだらなり」といふらうえいをいだされたりけるを、くにつなきやうききとがめて、とりもあへず、「あなあさまし、これはきんきとこそうけたまはれ。いやいや、きかじ」とてにげられけり。さしてしよくぶんのいへにはあらねども、かやうなることをもとがめられけるとぞうけたまはる。
このくにつなのははは、かものだいみやうじんにこころざしをえらびてさんけいせしめ、「わがこのくにつなをいちにちのなかにくらんどをへさせたまへ」といのりまうされたりけるに、おんやしろびと、びろうのくるまにゐてきたり、わがいへのくるまやどりにたつとゆめをみて、こころえずおぼえてひとにかたりければ、「くぎやうのきたのかたになるべし」とあはせけり。「わがみ、としたけぬ。いまさらにをとこをまうくべからず」とおもひけるに、くらんどはこともなのめにや、せきらうのくわんじゆをへてしやうにゐのだいなごんにいたる。にふだう、このひとをさりがたくおもはれけるも、ひとへにかものだいみやうじんのごりしやうなり。
P1276
廿 かがのかみもろたか、をはりのくにへながさるること
おなじきはつか、ごんのちゆうなごんただちかにおほせて、かがのかみもろたかをげくわんしてをはりのくにへるざいせらる。またいんじじふさんにち、しんよをいたてまつりしぶしろくにんきんごくせらる。ないだいじんしげもりのらうどう・ずいひやう、たひらのとしいへ・おなじきいへかね・ふぢはらのひさみち・おなじきなりなほ・おなじきとしゆき・おなじきみつかげらなり。
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廿一 きんちゆう・らくちゆうえんしやうのこと
おなじきにじふはちにち、ゐのときばかりに、ひぐち・とみのこうぢよりひいできて、たつみのかぜはげしくふきて、きやうぢゆうおほくやけうせににけり。めいしよもさんじふよかしよ、くぎやうのいへじふろくかしよ、てんじやうびと・しよだいぶのいへはかずをしらず。はてにはおほうちにふきつけて、しゆしやくもんよりはじめて、おうでんもん・くわいしやうもん・だいこくでん・ぶらくゐん・しよし・はつ〔しやう〕・だいがくのかみ・しんごんゐんもやけうせにけり。ひぐち・とみのこうぢよりすみちがひにいぬゐのかたをさして、しやりんばかりのごとくなるほむらとびゆきけり。おそろしともいふはかりなし。よしありだいじんのほんゐんどの、ふゆつぎのおとどのかんゐん、これたかのみこをののみやのをののみやどの、わかまつどの、きたののてんじんのこうばいどの、たちばなのはやなりのたかまつどの、ゑんゆうのおとどのかはらのゐん、なかつかさのみやのちくさどの、ながよりさんみのやまのゐ、ごでうのきさきのとうごでう、ちゆうじんこうのそめどの、ていじんこうのこいちでう、きんたふのだいなごんのしでうのみや、とうさんでう、にしさんでう、これらのめいしよもやけにけり。いへいへのだいだいのもんじよ・しざいざふぐ・しつちんまんぽう、さながらちりはひとなりぬ。そのほかのつひえいかばかりぞ。ひとのやけしぬることすまんにん、ぎうばのたぐひはかずをしらず。すべてきたのきやうはさんぶんのいちやけにけり。
これただごとにあらず。さんわうのおんとがめとて、ひえいさんよりさるどもあまた、まつのはにひをつけてもちて、やきはらひてくだるとぞ、ひとのゆめにはみえける。
だいこくでんはこれせいわてんわうのおんとき、ぢやうぐわんじふはちねん〈 ひのえうま 〉しぐわつここのか、はじめてやけたりしを、おなじきじふくねんしぐわつみつか、ようぜいゐん、ぶらくゐんにおいておんそくゐあり。ぐわんぎやうぐわんねんしぐわつここのか、ことはじめあつて、おなじきにねんじふぐわつやうか、つくりいだされしを、またごれいぜいのゐんのぎよう、てんぎごねんにぐわつにじふいちにち、やけにけり。ぢりやくにねんはちぐわつふつか、ことはじめあつて、おなじきじふぐわつとをか、おんむねあげありけれどもつくりいだされざりしを、ごれいぜいのゐんかくれさせたまひて、ごさんでうのゐんのおんとき、えんきうしねんじふぐわつじふごにち、つくりたてられて、ぎやうがうなりつつえんくわいおこなはれし。ぶんじんしをけんじ、がくじんがくをそうす。いまはすゑのよとなり、くにのちからすいへいして、またつくりたてられんこともかたからんと、なげきまうすひともありけり。されども、せうなごんみちのりにふだう、ていけつなるひとにて、つひにつくりたてたりけり。
げんぺいとうじやうろく くわんいちのじやうをはり