げんぺいとうじやうろく いちのげ
P1286
〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく いちのげ
一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと
九 ゆきつなちゆうげんのこと
十 しやうこくむほんをそうすること ならびにしんだいなごんめしとらるること
十一 さいくわうほふし、めしとらるること
十二 しげもりきやう、ちちしやうこくをいさめらるること
十三 ほふわうをながしたてまつらんとほつするあひだ、かさねてちちをいさめたてまつること
十四 しげもり、ひやうしやをめさるること ならびにほうじのきさきのひゆ
十五 なりちかきやうのらうどう、しゆくしよへかへること ならびにせうしやうとらはるること
十六 かどわきどの、なりつねをこひうけらるること
十七 なりちかきやうながさるること
十八 なりちか・やすより・しゆんくわん、きかいがしまへながさるること やすより、しまにおいてせんぼんのそとばをつくること
十九 さぬきのゐんついがうのこと
二十 うぢのあくさふ、ぞうくわんのこと 〈 いちのまつ もくろくをはり 〉
P1288
一 てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらるること
あんげんさんねんごぐわついつか、てんだいざすめいうんだいそうじやう、くじやうをとめらる。くらんどをつかはして、ごほんぞんをめしかへす。やがて、しんよをふりたてまつるだいしゆのちやうぼんをめさるべしとうんぬん。「かがのくににざすのごばうあり、もろたかちやうはいのあひだ、そのしゆくいにより、もんとのだいしゆをかたらひてそしようをいたされければ、すでにてうかのおんだいじにおよばんとす」と、さいくわうほふしふしともにざんそうせしむるゆゑに、ほふわうおほきにげきりんあつて、ことにざすをぢゆうくわにおこなはるべきよし、おぼしめされけり。
P1291
二 みや、てんだいざすにならせたまふこと
おなじきなぬか、みや、てんだいざすにならせたまふ。かくくわいほつしんわうこれなり。とばのゐんのだいしちのわうじ、こしやうれんゐんのだいそうじやうぎやうげんのおんでしなり。ごじふろくだいのざすにあひあたりたまふ。でんきやうだいしのきもんにいはく、「わうじ、てんだいざすになりたまはば、まつせとおもふべし」と。「よすでにすゑにのぞめり」とまうしあへり。
P1294
三 めいうん、ざいくわにおこなはるべきせんじのじやう
おなじきひ、めいうんそうじやうをざいくわにしよすべきせんじのじやうにいはく、
さきのえんりやくじのざすそうじやうめいうん、でうでうをかさるること
一 だいそうじやうくわいしうたうざんざすたるあひだ、あくそうらをあひかたらひ、さんもんをおひはらはしむること
一 さんぬるかおうぐわんねん、みののくにひらのしやうみんらにつきそしやうをかまへ、たうざんのあくとをはつしてきゆうじやうへらんにふし、らうぜきをいたさしむること
一 きんじつのだいしゆほうき、ことのしだいは、かのかおうのらうぜきにちようかせり。まづ〔いつ〕たんのいしゆをもつてさんたふのきようとをもよほし、そとにはせいしのことばをかまへ、うちにはさうどうのくはだてをなす。てうしやうをべつじし、ぶつぽふをほろぼさむとす。あるいはきようとをもつてぢんちゆうにらんにふし、すかしよにひをはなし、あるいはけいごのともがらにむかひかつせんし、またひやうぐをたいしてげらくすべきよししつそうせしむ。まことにこれてうかのをんでき、ひとへにえいざんのあくまたるものか。
みやうほふはかせにおほせくだされ、でうでうのしよはん〔につき〕、めいうんしよたうのざいめいをかんがへまうさしむべし。
あんげんさんねん ごぐわつじふいちにち
くらんどのとううこんゑのちゆうじやうふぢはらのあそんみつよしうけたまはる
P1300
四 さんもんのだいしゆのそうもんのじやう、ならびににふだうしやうこくのかたにおくりそふるじやう
おなじきじふににち、さきのざすめいうんそうじやう〈 あきみちのだいなごんのおんこなり。 〉、しよしよくをとめられ、けんびゐしににんをつけてすいくわのせめにおよばしむ。あまつさへじふごにち、しざいいつとうをげんじてをんるせらるべしと、ほつけにかんがへまうさしむるよし、そのきこえあり。だいしゆ、またそうじやうをささげててんちやうをおどろかす。そのそうもんのじやうにいはく、
えんりやくじさんぜんのだいしゆ・ほふしら せいくわうせいきようつつしみてまうす
ことに てんおんをかうぶり、はやくさきのざすめいうんのはいる、ならびにしりやうもつくわんをちやうじせられむことをこふしさいのこと
みぎ、ざすはこれほふとうをかかぐるのしき、かいくわうをつたふるのじんなり。もしぢゆうくわにしよしはいるせられば、あにてんだいのゑんしゆうたちまちにほろび、ぼさつのだいかいながくうしなはるるにあらずや。これによつて、わがやまかいびやくののち、くわんじゆさうさうよりこのかた、ひやくわうのりらんこれことなりといへども、いつさんのあんきときにしたがふといへども、ただききやうのれいのみありてすべてるざいのれいなし。なかんづく、めいうんはこれけんみつのとうりやう、ぢぎやうのけんとくなり。いつさんくゐんのりようち、このときにきうせきにふくし、しきようさんみつのせうりう、そのぎじやうだいにはぢず。いまたちまちにゑんぱうにおもむき、ながくたうざんをわかれなば、しゆとのひたんなにごとかこれにしかむ。いかにいはむや、さきのざすはてんてうにおいてはまたぼさつかいのくわしやうなり。なんぞさんじのらいきやうをはこばざる。しよちをもつくわんせしめ、さらにぢゆうくわにしよせらるる、むしろたいぎやくざいにあらずや。つつしみていいきを〔たづね〕、ならびにきうれいをとぶらふに、いまだきかず、いつてうのこくしゆゑなくしてぎやくがいをかうぶることを。
そもそもはいるのくわたいこれなにごとぞや。りよかうのせつのごとくんば、あるいはひとのざんげんに、どどのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなり、あるいはくわいしうそうじやうをついきやくし、あるいはなりちかきやうをうつたへまうす、またたうじもろたかのこととうはひとへにこれめいうんがけつこうなり。てへればこのざんたつによつてたちまちにちよくかんをかうぶるとうんぬん。もしふうぶんのごとくんば、なんぞふげんをもちゐむ。すべからくかれこれをたいけつして、しんぎをきうめいせらるべきなり。くだんのことにいたりては、だいしゆうつぷんしまんざんししようをいたすのきざみ、さきのざすにおいてはまいどこれをきんせいしき。けだしさんもんのどうようをくわんじゆとしてこれをいたむがゆゑなり。たいけつのところ、そのかくれなきか。たとひふりよのをつどありといへども、なんぞぢゆうくわにおよばむや。しゆとらつつしみててんちやうをおどろかし、まつじのぐそうをすくはむとするところに、そのちやうぼんをめされ、なぎきをなすのあひだ、つひにほんざんのかうそうをうしなふでう、ふりよのうれひ、たとへをとるにものなし。それしやうちやくをかうぶらずしてえんばうをさんずることなかれ。これつねのれいなり。いまてんさいをいただくといへども、かへつてげんばつをかうぶる。いまだいをえず。
そもそもわがきみだいじやうほふわうは、ひとへにいわうさんわうのめいとくをあふぎ、ひさしくたいごくのさんぽうにきし、もつぱらさんしゆうさんがくのぜんりよをあはれみ、かたじけなくもこうりゆうのえいりよをぬきんでたまふ。しかるにいま、じんおんたちまちにへんじ、ちゆうりくにはかにきたる。すひやくさいのぶつにちここにくれ、すでにしんじんのしよぎやうにまよひぬ。さんぜんにんのきようくわしねんして、ぐしんのおくところをしらず。もしめいうんはいるせられば、しゆとたれかあとをとどめむ。ちんごこくかのだうじやう、がんぜんにまめつせむとす。
はやくめいうんはいるをなだめ、しりやうもつくわんをちやうじせられば、じふにぐわんわうあらたにぎよくたいをごぢし、さんぜんのしゆといよいよほうさんをいのりたてまつらむ。せいくわうせいきようつつしみてまうす。
あんげんさんねん ごぐわつじふろくにち
えんりやくじさんぜんのだいしゆほふしら
P1304
そもそも、このじやうをたれにつきてそうもんすべきかのよし、せんぎせしむるほどに、ふくはらのにふだうだいしやうこくにまうすべしと、さだめをはんぬ。これによつてじふしちにち、またそうもんのじやうにわたくしのじやうをそへておくらしむ。そのじやうにいはく、
えんりやくじのしゆとらつつしみてまうす
はやく、さきのざす、さしたるゆゑなくはいるせられ、ならびにもんぜきさうでんのしりやうをいはれなくちやうじせられしを、とりまうされむことをほつするしさいのじやう
みぎ、てんだいのゑんしゆうをほんてうにひろめ、ぼさつのだいかいをたうざんにおこししよりこのかた、いつてんしかいみなざすのほふたうをつたへ、ごきしちだうことごとくくわしやうのひかりをうく。これによつてけんわう・せいしゆただきえのぎのみあつて、わうこきんだいまつたくはいるのれいなし。しかるにさしたるくわたいなく、たちまちにるざいをかうぶる。あにゑんしゆうのまめつ、さんもんのもつばうにあらずや。
はいるのざいくわ、そもそもなにごとぞや。ふうぶんのごとくんば、あるいはざんげんに、たびたびのさんもんのそしようはみなこれめいうんのけつこうなりと。いはゆる、くわいしうそうじやうをついきやくし、なりちかきやうならびにもろたかをそしようまうすことこれなり。かのざんたつによつてこのぢゆうくわをかうぶるとうんぬん。これごんごだうだんのことなり。だいしゆのほうきはまつたくくわんじゆのしんたいにあらず。かのくわいしうそうじやう、しゆがくしやをせつがいせしによつて、さんもんをついきやくす。またなりちかきやう・もろたかあそんら、ざすなんのいこんあつてかおんしんをむすぶべきや。これによつてまいどのそしよう、くわんじゆかたくきんせいをくはふ。ちよくせんをおそるるがゆゑなり。しかるにだいしゆ、さんもんをおもひ、あへてせいほふにかかはらず。えいがくのさほふむかしよりかくのごとし。なんぞしゆとのうつたへをもつて、かへつてざすのつみにしよせむや。もしなほみしんあらば、たいけつせられむにそのかくれなきか。
ふしてことのこころをあんずるに、たうざんはこれちんごこくかのだうぢやうとして、せいてうあんをんのごぐわんをしゆす。これによつてところどころのそしよう、ひとびとのしうしよ、ゐをしんよにかり、いきどほりをてんちやうにたつす。そのなかに、あるいはこころよくてんさいをいただきてきさんし、あるいはせいだんをかうぶらずしてなみだにむせびもつてたいしゆつす。ここんつねのれいなり。それよりこのかたひさし。いまだあやまりをきかず。だいしゆのそしようによつてくわんじゆのるざいにおこなはるる。いはむやさきのざすはけんみつのほふしやう、ちぎやうのけんとくなり。このゆゑに、かうろんのむしろにはしようぎのものとしてげんぢゆうのごぐわんをたすけ、ゆがのだんにはあじやりとして、せいてうのあんをんをいのりたてまつる。しかのみならずめいうんはいやしくもほうけつにしかうし、ひさしくりようがんをおうごす。せいしゆこれにしたがひていちじようきやうをうけたまひ、せんゐんこれにつきてぼさつかいをつたへたまふ。すなはちこれいつてうのこくし、ほふわうのくわしやうなり。なんぞひとのざんたつをもつてたちまちにげんばつをかうぶらむや。またかのしりやうはこれしよううんくわしやうよりこのかた、もんぜきさうぞくしてちぎやうするところなり。じかくだいしのもんとそのかずありといへども、えだはのはんじやうはもつぱらなしもとにあり。しかるにこれをちやうじせしめてたにんにつくれば、むしろだいしのいりゆうのみだれにあらずや。くわしやうのいちもんたちまちにうしなはむや。たとひたしよくをとどむといへども、しりやうをぼつしゆうするにおよぶべからず。
そもそもぜんぢやうだいしやうこくはすでにいつてうのかためたり。またこればんにんのまなこなり。てんがのみだれ、さんじやうのうれひ、なんぞそのせいばいなからむ。なかんづくさきのざすはこれだいしやうこくのぼさつかいのくわしやうなり。このことにおいてはいかでかかんこをならされざらむや。
もしこのいきどほりをさんぜずして、だいかいのくわしやうをげんぞくせしめ、なほるざいせられば、すなはちわがやまのぶつぽふはめつのときいたるなり。もんえふいづれのものかそうとのぎあらむ。さんぜんのがくりよたれかしんみやうををしまむ。よつてだいかうだうのまへにおいてまんざんのぶつじん・がらんのごほふをおどろかしたてまつり、なくなくきしやうしていはく、しゆとのうつぷんさんぜずしてかたくるざいせられば、だいしゆみなかれにしたがひておなじくはいるのつみをかうぶり、まんざんのがくりよいちにんもとどまるべからずとうんぬん。
たうざんのそんばうただこのせいばいにあり。よろしくこのおもむきをさつし、とりまうさるべくは、さんぜんにんのるいせんたちまちにかはき、すひやくさいのほふとうふたたびにぐるものか。よつてしゆとのせんぎのじやう、くだんのごとし。
あんげんさんねん ごぐわつじふしちにち
とこれをかき、しよしらをもつてふくはらへつかはす。そのうへ、だいしゆなほさんらくすべきよし、ふうぶんありければ、だいりならびにゐんのごしよほふぢゆうじどのにぐんびやうらをめされけるあひだ、きやうぢゆうなにとなくさわぎあへり。
P1312
五 めいうんざいくわのけいぢゆうをさだめらるるせんぎ
おなじきはつか、さきのざすざいくわのことをせんぎせられんがために、だいじやうだいじん・さうのだいじんいげ、くぎやうじふさんにんさんだいせしむ。ぢんのざにれつしておのおのさだめまうされけり。そのなかにだいじやうだいじんもろなが・うゑもんのかみふぢはらのあそんただちか・さだいべんのさいしやうながかたあそんら、ほつけのかんもんにまかせてさだめまうされけるは、「はやくしざいいつとうをげんじてをんるせらるべきでう、かのめいうんだいそうじやうはけんがくけんみつ、じやうぎやうぢりつのうへ、いちじようめうきやうをもつてくげにさづけたてまつり、ぼさつかいをもつてほふわう〈 ごしらかはこれなり。 〉にさづけたてまつる。しかるにたちまちにげんぞくせしめてるけいにしよするでう、すこぶるいうよにおよぶべきぎか。よろしくちよくぢやうあるべし」と、はばかるところなくまうされければ、たうざのしよきやう、ことごとくながかたきやうのぎにつき、どうじまうされけれども、ほふわうのおんいきどほりふかかりければ、つひにるざいにさだめられにけり。
だいじやうにふだうもこのことをまうしなだめんがために、さんもんのそうじやうならびにわたくしのしよじやうをたいしてゐんざんせられけれども、おんかぜけのよしおほせあつて、ごぜんにもめされざるあひだ、にふだういきどほりふかくしてまかりいでられけり。
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六 めいうんをげんぞくせしめてながさるること
にじふいちにち、さきのざすめいうんそうじやうをげんぞくせしめて、だいなごんのだいぶふぢゐのまつえだといふぞくみやうをつけて、いづのくににながさるべきにさだまりぬ。そのとき、きやうわらんべ、うたによみてわらひけるは、
まつがえはみなさかもぎにこりはててやまにはざすにするものもなしW
と。ひとびとかたぶきまうしけれども、さいくわうほふしがざんそうによつて、つひにるざいにさだめられけり。
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こんやみやこをいだしたてまつれと、ゐんぜんきびしくて、かさねておつたてのけんびゐし、しらかはのごばうにまゐりてまうしければ、あはたぐちのほとり、いつさいきやうのべつしよをいでさせたまひぬ。しゆとこれをきき、さいくわうふしのみやうじをかいて、こんぼんちゆうだうにたたせたまふこんびらだいじやうのおんあしのしたにふませたてまつり、「じふにじんじやうしちせんやしや、じこくをめぐらさず、かれらににんがいのちをめしとりたまへや」と、じゆそしけるこそおそろしけれ。
P1324
七 やまのだいしゆせんぎして、めいうんそうじやうをうばひかへすこと
さるほどに、にじふさんにちにおよびて、さきのざすすでにいつさいきやうのべつしよをいでて、はいしよのたびにおもむきたまひけり。しばらくこくぶんじのだうにたちいりてたちやすらひたまふほどに、まんざんのだいしゆのこりとどまるものもなく、うんかのごとくにひがしざかもとよりあはづにいたるまでつづきて、ざすをとどめたてまつらんとぎするあひだ、きびしげなりつるおつたてのくわんにんども、いづちにもいちにんもみえず。
だいしゆこれをとどめたてまつりけれども、ざすはおほきにおそれおぼしめして、おほせられけるは、「ちよくかんのものはじつげつのひかりにだにもあたらずとこそまうしつたへたれ。さればすなはち、じこくをめぐらさずおひくださるべきよし、せんげせらるるうへは、しばしもとうりうすべからず。されども、ただいまえいがくのかげちようざんのくもにかくれぬるこころぼそさに、ひとしれずなみだこぼれてゆくさきもみえず。このだうにしばしたたずむばかりなり。しゆとはやはやかへりのぼるべし」とて、はしちかくたちいでていひけるは、「われ、さんたいくわいもんのいへをいでてしめいいうけいのまどにいりしよりこのかた、ひろくえんじゆうのけうぼふをまなびて、ただわがやまのこうりうをのみおもひ、こくかをいのりたてまつることおろそかならず。またもんとをはぐくむこころざしこれふかし。みにとりてあやまつことなし。りやうじよさんしやうもさだめてしようらんをたれたまふらん。むじつのざんそうによつてをんるのぢゆうくわをかうぶる。これせんぜのしゆくごふにこそとおもへば、よをもひとをもかみをもほとけをも、さらにうらむところなし。おのおのじひのもんをいでてけんなんのみちをしのぎ、これまでとぶらひきたりたまふしゆとのおんはうじこそまうしつくしがたけれ」とて、なみだにむせびたまふ。かうぞめのおんたもともしぼるばかりなり。みたてまつるだいしゆもみなこゑもをしまずさけぶことおびたたし。
P1327
ここにくわいしゆんりふしやとまうすあくそう、さんまいかぶとにさうのこてさし、もえぎいとをどしのはらまきのそでつきたるをきて、おほなぎなたわきにはさみ、だいしゆのなかにすすみいでたり。かのりふしやは、あくそういちだうにひいでたるのみにあらず、くしや・じやうじつのほか、てんだい・しんごんにいたるまでふかくあうぎをきはめ、しいかくわんげんにもまたたつしやたり。さればこのくわいしゆんすすみいでていひけるは、「つらつらことのこころをおもふに、たうざんさうさうよりこのかた、すひやくさいのせいざうをおくり、くわんじゆだいだいさうぞくして、かのひとつのはこのなかにそのなをしるしおかる。あへてじんちのおよぶところにあらず。ひとへにさんわうだいしのおんぱからひなり。かたじけなくもしめいのながれをくみ、さんみつのあうぎにたつするほどのひとの、じつぷをたださず、たちどころにぢゆうくわにおこなはれたまふこと、まつせのならひとはいひながらこころうきしだいにあらずや。かつうはてうかのおんしはんたり、かつうはしよそうのちやうらうたり。たれひとかなげかざらん、いかなるたぐひかとぶらはざらん。しんめいあはれみをたれ、さんぽういかでかせうらんせざらんや。もしこんどるざいにしづみたまはば、いごまたあしかるべし。せんずるところ、はやくきさんあるべきなり」といひければ、しゆとみななみだをながし、いくどうおんに、「もつとも」とみなどうじけり。
P1328
されどもざす、「こんじやうのさいかい、こんにちながくへだつといへども、ぼだいのはうきつ、かならずじちほうじやくくわうのあかつきをごすべし。はやはやかへりのぼりたまへ」とのたまひけり。だいしゆすでにいそぎおんこしをよせ、のせたてまつらんとしければ、「むかしこそさんぜんにんのくわんじゆたりしが、いまはかかるさまとなりたれば、いかでかやんごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいとこたちにはにげささげられて、わがやまにはかへりのぼるべき。わらぐつなんどいふものはきて、おなじありさまにてこそゆかめ」とのたまひければ、さいたふのにしだににかいじやうばうのあじやりいうけいとて、さんたふにきこえたるあくそうありけり。くろかはをどしのよろひに、おほあらめにくろがねまじりたるを、くさずりながにきなし、さんまいかぶとをゐくびにきなし、おほなぎなたつえにつき、ざすのおんまへにすすみむかひ、かぶとをぬいでたかひもにかけ、はつたとにらみたてまつりてまうしけるは、「あれほどのいひがひなきおんこころよわさでわたらせたまへばこそ、いつさんにきづをもつけ、こころうきめにもあはせたまはめ。くわんじゆはさんぜんのしゆとにかはつてるざいのせんじをかうぶりたまふに、またさんぜんのしゆとはくわんじゆにかはりたてまつつていのちをうしなひさうらふとも、なんのうれひかあるべき。とうとうおんこしにめされさうらへ」といひければ、ざす、いうけいのきしよくにおそれて、あはてさわぎていそぎおんこしにのりたまひぬ。だいしゆざすをとりえたてまつるこそあやしけれ。
げすほふしばらにはかかせず、いうけいさきのこしをいだく。ごぢんはとうだふのほふし、めうくわうばうのあじやりせんせい、いだきたてまつる。あはづよりとりのとぶがごとくにとうざんするに、いうけい・せんせいはいちどもかたをかへずかきたりけり。なぎなたのえもこしのながえもくだくばかりにぞみえたりける。さしもけはしきひがしざかをへいちをあゆむがごとし。
だいかうだうのにはにかきすゑたてまつり、めんめんにせんぎせしむ。「むかしこそいつさんのくわんじゆとあふぎたてまつりつれども、いまはちよくかんのせんじをかうぶり、をんるせられたまふひとをとりとどめたてまつること、いかがあるべからん」といふやからもありければ、いうけいすこしもへらず、かたをひらきつかつていひけるは、「わがやまはこれにつぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやうなり。さんわうのごゐくわうさかんにして、ぶつぽふわうぼふごかくなり。しかればすなはち、しゆとのいきどほりなほよざんにすぐれ、いやしきほふしばらまでもよもつてこれをかろしめず。いかにいはんや、わがきみはちゑかうきにしてさんぜんにんのくわんじゆたり。とくぎやうぶさうにしていつさんのくわしやうなり。つみなくしてもつてつみをかうぶりたまふこと、さんじやう・らくちゆうのみだれ、こうぶく・をんじやうのあざけりか。かなしきかな、しくわんのまどのまへにはけいせつのつとめすたれ、さんみつのだんじやうにはごまのけぶりたえなんこと、しやうじやうせせまでもこころうかるべし。せんずるところ、いうけい、こんどさんたふのちやうぼんにしよせられて、かばねをさんやにさらし、かうべをごくもんのきにかけらるるとも、すこしもいたみぞんぜず。こんじやうのめんぼく、めいどのおもひいで、なにごとかこれにしかん」とて、さうがんよりなみだをながしければ、まんざんのしゆ〔と〕これをきき、おのおのそでをしぼりつつ、「もつとももつとも」とどうじけり。これよりいうけいをばいかめばうとなづけたり。
さてざすをばとうだふのみなみだにめうくわうばうにいれたてまつる。
P1332
[ さんぢゆう ]ときのわうざいをばごんげのひとものがれざりけるにや。だいたうのいちぎやうあじやりはげんそうくわうていのおんとき、やうきひになをたちて、くわらこくへながされけり。そのゆゑは、いちぎやう、ちぎやうぶさうのうへ、ゑしたりけるあひだ、みかどおぼしめすしさいあるによつて、やうきひのかたちをゑにかかしむ。ふでをとりはづしてこれをおとす。ははくろのごとくにみえけり。くわうていあやしみおぼしめされておほきにげきりんあり。「いちぎやう、やうきひになじみちかづくよりほかには、いかでかはだへなるははくろをばしるべき」とて、むじつのざいくわによつて、くわらこくへながされけり。かのくわらこくといふは、つきひのひかりをもみずしてゆくところなり。みやうみやうとしてはるかなり。しかれどもかみはひほふをもちゐたまはず、てんたうむじつのつみをあはれみたまふゆゑに、くえうのかたちをげんじてこれをてらしまもりたまふあひだ、あへてもつてくらきことなし。そのときいちぎやう、みぎのゆびのはしをくひきつてちをあやし、ひだりのそでにかきうつしたまふ。くえうのまんだらとて、いまにいたるまでよにるふするところこれなり。
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八 やまのだいしゆ、めいうんをとどめたてまつるによつて、ほふわうげきりんあり、これによつてだいしゆかさねてじやうをしやうこくのかたにつかはすこと
しかるに、だいしゆ、さきのざすをとりとどめたてまつるよし、ほふわうきこしめされて、いとどやすからずおぼしめされけり。これによつて、だいしゆ、ふくはらのにふだうだいしやうこくのもとにかさねてしよじやうをつかはす。かのじやうにいはく、
えんりやくじのしゆとらかさねてまうす
かさねてそうたつせられむことをこふ。しゆとらしばらくさきのざすめいうんををしみとどめしこと、さらにむほんのぎにあらず、ひとへにちんごこくか、こうりうぶつぽふのために、はいるのことをまうしとどめ、ぼさつかいのけちみやくをつぎ、まさにさんわうだいしのそくわいにかなはむとす。しゆうたんひあい、しさいのこと。
みぎ、たうざんはでんきやうだいし、ちんごぐほふのたいぐわんをはつし、がらんをたいれいのうへにたて、くわんむくわうてい、ほうちようずいきのえいじやうによつて、はうきつをさうさうのなかにむすびたまふ。えんりやくじふさんねんにいたりてみやこをへいあんぐうにうつせしよりこのかた、ねんじよしひやくくわいにおよぶに、じやうぐうさらにうごくことなし。せいしゆすでにさんじふいちだい、ふちまつたくたにあらざるゆゑんなり。
さがてんわう、せんていのゆいせきをおひ、ゑんどんのけうぼふをあふぎ、ぼさつのだいかいをさづくべきむね、せうちよくをたうじにくだしたまはる。じようわくわうてい、そうぢのだうじやうをこんりふし、ちんごのかんぢやうをしゆうせしむ。じこくにはじめて、もしはたどにえるところのほふもんとうは、かならずだいしのおんかいをそへ、どくりつじまんのはかりことをせつだんし、そうじてもつてはさんわうごこくのじんこうをしやうごんす。ろくでうのしきはびやうどうをきゆうぞんし、ぢゆうくわにうるほふことなしとうんぬん。
しきはちんごかんぢやうのあじやりなり。ぼさつだいかいのくわしやうなり。もしはいるのとがにしよし、たちまちにげんぞくのなをえば、めいうんざすにふしていごじふいちねんのあひだ、とくどじゆかいのともがら、しらのりんしようをうしなひ、にふだんかんぢやうのともがら、しつちのけちみやくをほろぼさむ。たとひめいうんとがあるものにてしざいのおもきにおこなはるるとも、げんぞくはいるのがうにいたりては、まげていつさんのためにめんじよをかうぶらむとほつす。よつてしばらくていとのほかにこれをりゆうざいするは、しゆとのこんばうをいたさむことをそうたつせむがためなり。これすなはち、ほふをおもくししやうをかろんずるきしやうなり。なんぞむほんならむや。なんぞまうあくならむや。
しかるにいちよくのぎになずらへ、くわんへいのともがらをもよほしおほせ、さんじやう・さかもとのだうたふ・じんじやことごとくぜうしつせらるべきよし、ふうぶんあり。しうたんのいたりなにごとかこれにしかむ。ただし、しゆとのこふところはよりどころあらずしてくわいろくのいましめをのがれずといへども、にふだんのそうぢゐんにいたりては、なほてうかのおんためにこれをとどめのこさむとおもふ。もしめいうんあやまちありてまつたくさせんのつみのがるべからずは、だいしゆかはりてそのとがをかうぶり、でんかいわじやうのげんぞくのがうをけづらむとおもふ。かのゑしやうてんしのぶつぽふをほろぼすに、ちよくめいをもちくだして、じかくだいしのきてうをいうめんす。いはむや、だいじやうほふわうのゑんしゆうにかへしたまふをや。なんぞざいくわをなだめ、あらためてざすのはいるをとどめざる。
そもそもめいうんのざいくわ、しゆといまだこれをしらず、ひそかにくだすところのほつけのといじやうをみるに、いささかしさいをひちんせむとほつす。
まづくわいしうをついきやくせしことは、ぢゆうさんしゆがくしやのくびをきり、はかいむざんのうつはとなし、ひとへにをんしんをふくみ、はちじふにんのしゆとをしるしてしちやうにつけいましめしがゆゑに、でんかいのわじやうにたへず、かねてだいしのきしやうにそむく。よつてさんぜんのしゆとどうしんにざすしよくをちやうはいせり。かおうぐわんねんのそしようは、さらにざすのけつこうにあらず。これへいやのしやうみんらはねんぐのおんあぶらをそなへず、まさにしよだうのじやうとうたえなむとす。しかればさんたふのだいしゆ、いつたんてんちやうをおどろかしたてまつりしなり。たとひめいうんのしよゐたりといへども、てんまのたいしやいぜんのしよはんなり。いはつかく・みはつかく・いけつしやう・みけつしやう、みなことごとくゆるしのぞかれをはんぬ。にじにつきなんぞこんにちのつみとなさむや。はくさんのそしようにいたりては、まつたくざすのけつこうにあらず。さんだいのあひだのらうぜき、またしゆとのほんいにあらず。しぜんのふしやう、りんじのわうざいなり。かつうはけいしんのえいりよにより、かつうはきほふのごぐわんにまかせて、しゆとのこんしやうにしたがひ、はいるのいちじをとどめられむとほつす。
およそわがやまのほうこうちゆうせつはむかしにこえたり。ひよしのしやだんにりんかうするあひだは、しゆんにわたりひをつぎ、くだんのへいじをほくめんのしんとかうし、てんだいのかいだんにのぼりいでますみぎりは、ふかきにつけあさきによせて、かのしゆくげんをなんざんのひびきとかうす。しかればまのあたりにえいりよのりんしをかうぶり、いよいよきんらうのびこうをはげまさむ。なんぞいちよくのこころをおこし、むほんのくはだてをなさむや。ただにでんかいけちみやくのだんぜつをかなしみ、かねてけんみつかうとくのめつばうをいたむのみなり。つらつらことのこころをおもふに、ぜんぢやうせんゐんおんとんせいのときはをんじやうじのまへのだいそうじやうをもつてかいしとなし、ごとうだんのひにはさきのえんりやくじのざすをわじやうとなせり。かたじけなくもみゐのながれをくみ、しめいのかぜをあふぎたまふ。かならずちしやうのゆいかいにまかせて、じかくのばつえふすつることなかれ。かつうはいつてうのこくしはいるのれいをなくし、かつうはさんぜんのしゆとわうせいのおんをまぬがれんこと。はやくだいしゆのこんばうにまかせてるざいのいましめをあらためられば、わがやまのぶつぽふかさねてはんじやうし、ひよしのれいしやふたたびひかりをそへむ。このおもむきをもつてそうたつせらるべきじやう、くだんのごとし。
あんげんさんねんごぐわつにじふくにちとかきたり。
P1340
ほふわういよいよげきりんをふかくしたまふうへ、さいくわうほふしないないまうしけるは、「さんもんのしゆと、むかしよりみだりにそしようをいたすといへども、これほどのらうぜきいまだうけたまはりおよばず。もしくわんたいのおんさたあらんにおいては、よにあるまじくさうらふ。よくよくおんいましめあるべき」よしまうしけり。わがみのただいまにほろびんずることをもかへりみず、さんわうのしんりよにもはばからず、ざんそうをくはだて、いとどしんきんをなやましたてまつる。「ざんしんはくにをみだり、とふはいへをやぶる。そうらんしげからむとほつすれども、あきかぜこれをやぶる。わうじやあきらかならむとほつすれども、ざんしんこれをかくす」ともいへり。このげんまことなるかな。
ざすはめうくわうばうにおはしましけるが、だいしゆふたごころありときこしめされければ、「こはなにとなるべき」とこころぼそくおぼされけり。
P1345
九 ゆきつなちゆうげんのこと
かかるほどに、ただのくらんどゆきつな、ちぎりふかくたのまれながら、このことよしなしとおもひかへして、ゆぶくろのれうにたまはつたりししろぬのさんじつたん、げにんにもたせ、にじふくにちのよる、だいじやうにふだうのもとにゆきて、「まうすべきだいじのむねさうらふ。ひとづてにまうすべきことにあらず。げんざんにいつてまうすべし」といひければ、にふだうちゆうもんのらふにいでむかはれけり。ゆきつな、くだんのぬのをとりいだしてけんざんにいれ、ちかくゐよつてささやきけるは、「へいけのごいちもんをうたんがために、このひごろなりちかのきやうをはじめとして、しゆんくわんほふし・へいはうぐわんやすよりならびにほくめんのげらうどもよりきして、むほんをおこすべきよし、そのしたくあり」とかたりまうしければ、にふだうこれをきき、おほきにおどろきていひけるやうは、「このみ、きみのおんためにいのちをすてててうてきをうちしことにかどなり。ほうげんのためよし・へいぢのよしともこれなり。たとひざんげんありとも、きみいかでかにふだうをすてたまはんや。いまおもひあはするに、せんじつさんもんのだいしゆをもつてにふだうをうせらるべきよしきこえしは、まことなりけり」と、いよいよやすからずおもはれけり。ゆきつな、かくのごとくいひいれてかへりにけり。
P1347
にふだうおほきにはらだち、めをいからし、おくばをかんで、ちくごのかみさだよしをめして、「むほんのともがらありとききたるぞ。いそぎいちもんのひとびとにふれまはり、ぐんびやうどもをめしあつむべし」といひければ、ないだいじんしげもりよりはじめて、いちもんのしよじゆうらにいたるまで、のこるところなくこれをふれまはる。うだいしやうむねもり・さんみのちゆうじやうとももり・さまのかみしげひらいげのひとびと、かつちうをき、きゆうせんをたいしてはせきたる。そのほかのぐんびやうどもうんかのごとし。いちじのほどにごせんぎばかりぞあつまりける。
P1351
十 しやうこくむほんをそうすること ならびにしんだいなごんめしとらるること
おなじきろくぐわつついたちのよるみめいに、きよもりにふだう、けんびゐしあべのすけなりをめしよせていひけるは、「なんぢ、ゐんのごしよにまゐりむかつて、のぶなりについてそうもんすべし。ごきんじゆのひとびと、ほしいままにてうおんにほこり、よをみだるべきしたくのよし、そのきこえさうらふ。おんたづねあらんに、そのかくれあるべからずさうらふ」と。すけなりこれをうけたまはり、いそぎゐんのごしよにまゐりむかひ、のぶなりをしてこのよしをそうもんせしむ。のぶなりこれをききをはりて、いろをへんじきもをうしなひ、「こはあさましきしだいかな。なにとなるべきよのなかぞや」とおもひながら、をののくをののくごぜんにまゐり、そうもんせしむ。
ほふわうきこしめしておほせありけるは、「ちんあへてこころえず。こはさればなんといふことぞ」とばかりおほせくだされけり。すけなりいまだかへらざるまへに、にふだうかねてこのことをおしはかり、「いかさま、ふんみやうのおんへんじはあるべからず。ゐんもさだめてしろしめされたるらん」とおもふより、いとどやすからずあらだちけり。
やがてしんだいなごんなりちかのもとに、「いささかまうしあはすべきことのさうらふ。いそぎたちよりたまふべし」とししやをつかはされけるあひだ、なりちかのきやうこれをきき、おしはかりていはれけるは、「このししやは、かねてさんもんのことをぞんぢして、ごしよにそうもんせられんとや。このことは、ほふわうおんいきどほりふかくおぼしめされければ」と、わがみのうへとはしらず、いそぎせんぐいちにん、さぶらひさんにんめしぐして、にふだうのしゆくしよにしはつでうへゆきむかはれけり。さるほどに、にしはつでうにちかづき、しはうをみわたせば、ごちやうばかりのあひだにぐんびやうおほくじゆうまんしてうんかのごとし。これをみてなりちかのきやう、「われらがしたくもれきこえぬるにや」とおもふより、むねうちさわぎ、たましひもうせぬ。もんのうちにたちいり、はるかににはをみければ、ひやうぢやうをたいしたるものども、ところもなくみえけり。ちゆうもんのさうのわきよりきじんのごとくなるつはものどもごろくにんばかりたちいでて、なりちかのきやうのてをひきはり、ちゆうもんのうちへとりいれぬ。なりちかのきやうゆめうつつともわきまへず、しやうねんをうしなひ、とうざいもしらず。ひやうぢやうをたいしたるぶしじふよにん、ぜんごさうにうちかこみ、なりちかのきやうをいたじきのうへにひきあげ、ひとまなるところにおしこめて、そとよりきびしくこれをとづ。しかるあひだ、なりちかきやうのとものもの、しよだいぶ・さぶらひどもにいたるまでたてへだてられ、ぜんぐ・ざふしき・うしかひら、さんざんにみなにげうせぬ。だいなごんはこのほどのあつさたへがたきに、ひとまなるところにおしこめられ、あせもなみだもあらそひてぞながれける。
しかるあひだ、「あはれ、このことゆめならばいそぎさめよ」とせんをなしてまたれけり。「そもそも、われらがひごろのしたくをいかなるもののもらしつらん。ほくめんのものどものなかにやあるらん」とおもひながら、「あはれ、しげもりのきやうのおはしませかし。さりともおもひはなちたまはじ」とおもはれけれども、かたりつたふべきひとも〔なければ〕、なみだといひあせといひ、そでもたもともくちぬべし。
P1359
十一 さいくわうほふし、めしとらるること
にふだうのいきどほりふかくして、さいくわうほふしをめしとり、しさいをたづねとへども、さんざんにわるくちをはき、はくじやうせず。「あやつばらほどのものを、ゐんのきんじゆにめしつかはれ、くわぶんのくわんしよくをたまふあひだ、てうおんにほこるあまりに、かかるむほんにもくみしたり」といはれければ、さいくわうすこしもはばかるところなくまうしけるは、「わにふだうこそくわぶんのものとはみゆれ。せんぞよりちちただもりにいたるまで、あへてしようでんをもゆるされざりしに、だいじやうだいじんになりあがるはきたいみぞうのしだいなり。しかるにさぶらひほどのものの、じゆりやう・けんびゐしになるは、ゆめゆめくわぶんにあらず」と、したをうごかしくちをひらき、さやうのことをいはれはうげんしければ、にふだういよいよはらだち、つよくきうもんせしめけり。ことばにもにず、ありのままにはくじやうす。はくじやうはかみさんまいにかきつけけり。
P1361
にふだうみづからとりてかいちゆうし、なりちかきやうのゐたまふところにゆきむかはれけり。あしのおとのたかくきたるを「たれひとにか」とあやしみて、なりちかきやうききゐたまふほどに、あららかにしやうじをあけたるひとをみればきよもりにふだうなり。にふだうたちよりながら、めをいからし、はをはくわへ、かほをあからめ、こゑをあらげていはれけるは、「すでにへいぢのかつせんのとき、のぶより・よしともにかたらはれててうてきとなり、ちゆうせらるべかりしに、こまつのだいふがまうしじやうによつてくびをつぎしじんにあらずや。いつしかのほどにはうおんをわすれ、むほんをくはだて、このいちもんをほろぼさんとぎせらるるこそおほけなけれ。むかしもいまもこころあるをもつてじんとなし、おんをしらざるをひにんとなづく。なんぢ、だいふがはうおんをかうぶりながら、かへつてあたをなす。これすなはちにんげんのともがらにあらず。ひとへにいぬ・やかんのごとし」と、あつこうをはかれけるあひだ、なりちかきやうのしんちゆうきえいるがごとし。たへがたけれどもざせきをゐなほり、そでをかきあはせて、「このことをきこしめさるるあひだ、おんいきどほりさうらふでう、もつともおんことわりなり。ただしなりちかがみにおいては、このこと、あとかたもなきむじつにさうらふ。これすなはち、なりちかをうしなはんとするひとのざんげんとおぼえさうらふ」といはれたりければ、にふだうあざわらひながら、ふところよりさいくわうがはくじやうをひきいだし、「こはいかに」と、だいなごんのほほになげかけたり。なりちか、しぶしぶこれをひけんするに、ひごろわがみをたいしやうぐんとしてしたくせしめしこと、ひとこともおとさずはくじやうにあり。なりちか、はくじやうをおしまき、さきにさしおき、うちうつぶいてゐたまひけり。
にふだういよいよはらだち、もりくに・さだよし・つねとほ・やすかげらをめしけり。おにのわうのごときさぶらひども、しはうよりいできたる。にふだういひけるは、「そのをとこ、えんのうへよりひきおとし、さけびなかせよ」とのたまへば、さぶらひどもこれをうけたまはり、なりちかきやうのてあしをとつてつぼのうちにひきおろす。もりくにこころえたるをとこにて、てをもつてなりちかきやうのくびにうちかけ、ひざをむねにおしあて、こごゑにささやきけるは、「にふだうどののききたまふやうに、さけびなきたまへ」とまうしければ、なりちかきやうこころえて、いんいんとかうしやうににどをめきけるを、にふだうききてこころすこしゆきてぞみえられける。
P1367
十二 しげもりきやう、ちちしやうこくをいさめらるること
ややひさしくして、こまつのだいふしげもり、えぼし・すそつきにて、しそくのせうしやう、くるまのしりにのせて、ゑふしごにん・ずいじんにさんにんばかりあひぐして、みなほういに、たうぢやうをたいしたるものもなく、のどのどとにしはつでうどのにまゐられけり。にふだうどのをはじめとして、じやうげのしよにん、このありさまをみたてまつりて、「これほどのだいじのいできたるに、いかにかくのどのどと、もののぐしたるものをめしぐせられずして、おんちさんさうらふぞ」とまうしければ、ないだいじんこれをききたまひて、「なにごとかはあるべき」と、こともなきやうにいはれければ、めんめんにいさめまうしけるさぶらひども、しらけかへつておともせず。
しげもりしはうをにらみまはして、なみゐたるぶしどもをみられければ、むねもりのきやうは、かうけちのよろひびたたれにえぼしをおしたて、こぐそくばかりにやおひて、みぢかきらうどうじふよにんぜんごにさうらひて、わたどのにゐられけり。とももりのきやうは、あかぢのにしきのよろひびたたれに、らうどうどもしちはちにんばかりもののぐしてさうらひけり。かやうにものさわがしきていにて、そそろきはやりたり。だいふ、いたはしさにめもあてられずおもはれけるうへ、ちちにふだうどの、そけんのうすすみぞめのころものうへにもえぎいとのはらまききて、ことさらあかくすかしたるおほくちに、ひじりづかのかたなをさし、ひさうのてほこをつきて、なにごとやらん、かうしやうにげぢしてたたれたり。
しげもりこのありさまをみたてまつり、よにもあさましくおもはれければ、ことばすくなに、なりちかのきやうのゐたまふところにゆきたまふ。
P1370
なりちか、だいふをみつけたてまつりて、ごふりきかぎりありてあびだいじやうにだざいして、うかぶよなきざいごふじんぢゆうのざいにんの、てうじやくくなうひまなきが、ろくだうのうけ・ばつくよらくのしゆう、ぢざうさつたをみつけたてまつりたらんも、このうれしさにはすぎじと、てをあはせてよろこびながら、のたまひけるは、「このことまつたくなりちかしりぞんぜずさうらふ。かつうはしろしめされたるごとく、このみはぶげいのみちをしらねば、かつせんをこのむべきにあらずさうらふ。またなりちか、もとよりにふだうどのをはじめたてまつり、きんだちごいちもんにいたるまで、ゆめゆめおろかにおもひたてまつらず」といひながら、はらはらとなきたまふ。
これをみて、ないだいじん、いはきならねば、よにもむざんにおもはれ、そでをかほにおしあてて、たがひにものものたまはず。ややひさしくして、ないだいじん「このこと、ただひとのざんげんにてぞさうらはんずらん。おんいのちばかりにおいてはいかにもまうしたすけたてまつらばやとぞんじさうらへども、それもいかがあるべくさうらはんずらん」といひければ、だいなごんいよいよこころぼそくおもはれ、またなくなくまうされけるは、「へいぢのげきらんのとき、なりちかうしなはるべくさうらひしを、しかしながらごおんによつていのちをたすけられたてまつり、くらいしやうにゐにのぼり、くわんだいなごんににんじ、としすでにしじふよにおよびぬ。しやうじやうせぜにいかでかごおんをわするべき。しかるべくはこんどもいのちをたすけられたてまつり、せんなきかみをそりのぞき、かうや・こかはにこもりゐて、ただひとすぢにごせのはげみをなすべくさうらふ」となくなくいひけり。ないだいじんいひけるは、「しげもりかくてさうらへば、たのもしくおぼしめさるべくさうらへ。おんいのちにかはりたてまつるべし」とてたたれたり。
だいなごんはとものものどもいちにんもなければ、たれにかものをいひあはすべきと、もだへこがれたまふもあはれなり。わがみのかくなるにつけても、「せうしやうもめしやとられぬらん」とおぼつかなく、「おなじくはただいつしよにて、とにもかくにもならで、ところどころにうしなはれんことのかなしさよ。」またのたまひけるは、「けされいならず、をさなきもののかどおくりしてちゆうもんにたちいで、いとままうしをいひてとどめさうらひしこと、わかれのかぎりなりけんや。きたのかた・にようばうどももみすのきはになみいでて、ありさまをみえたりけり」と、かれといひこれといひおもひつづくるにやるかたもなし。ないだいじんのおはしつるほどは、いささかなぐさむこころもありつるに、たちかへりたまひしのちは、なほせけんもものおそろしく、あらきあしおとをきくにつけても、われをうしなひにきつるかと、たびごとにきもをけされけり。
P1372
しげもり、だいなごんのことをまうされんために、ちちのごぜんにまゐりたまふ。にふだうこれをしらずして、こんどはなほあかぢのにしきのひたたれに、いへにつたはるからかはといふよろひきて、しらほしのかぶとにこがらすといふたちはき、れいのこなぎなたつえにつき、「さまれ、やすからぬものかな。ぢゆうおんをわすれ、むほんをおこすなりちかを、よしなくだいふのたすけおきて、たうけのあたとなす。なにとまれ、じやうかいがてにかけてくびをきるべし」とくるはれけるところに、げんだいふはんぐわんすゑさだ、にふだうどののまへにはせまゐつて、「ただいまなほこまつどののまゐられさうらふ」とまうしければ、いそぎしやうじのかげにたちより、みなもののぐをぬぎすて、ながきじゆじゆをかきめぐらせ、そらねんじゆしてゐたまひけり。ごぜんにさうらふひとびともみなしづまりかへつてぞさぶらひける。
P1373
ないだいじん、ちちのごぜんにちかくまゐつて、えもんをただし、うるはしくはかまのそばかきしき、ものけなくまうされけるは、「そもそもだいなごんをうしなはれんことはよくよくおんぱからひあるべくさうらふ。かのだいなごんは、せんぞよりてうかにめしつかはれてとしひさし。たうじもきみのおんいとほしみよにこえたるを、たちまちにくびをきられんこと、いかがあるべくさうらふやらん。ただりをまげてをんごくにながさるべくさうらふ。もしきこしめされしむねひがごとならば、さだめておんこうかいあらんか。『きたののてんじんはときひらのおとどのざんげんによつてさせんせられ、にしのみやのさだいじんはただのまんぢゆうがざんそうにつきてるざいせられにき。これすなはちえんぎのせいしゆ・あんわのみかどのおんひがごとなり』とこそかたりつたへてさうらへ。しやうこかくのごとし、いはんやまつだいにおいてをや。けんわうまたあやまりあり、いはんやぼんぶにおいてをや。
しかれば、かのえんぎのみかどはけんわうのなをえたまふといへども、みつのつみによつてぢごくのなかにおちたまふ。ひとつには、ひさしくくにををさめけんわうのなをほどこさんとしたまひしみやうもんのつみ、ふたつには、ちちくわんぴやうほふわう、くわんだいじんのつみをまうしゆるさんがためにごかうありけれども、かうだいよりみおろしたてまつつて、ほふわうにおんことばをかけたてまつらざりしつみ、みつには、むしつをもつてくわんしようじやうをながされたる、これなり。しかればすなはち、『ぜんしやのくつがへるをみては、かならずこうしやのいましめとなすべし』といへり。すでにめしおかれぬるうへは、いそぎうしなはれずとてもなんのくるしきことかあるべき。こんやくびをきられんことは、ゆめゆめあるべからずさうらふ」とまうされけれども、にふだう、なほこころゆかぬけにて、「かのなりちか、このいちもんをほろぼし、よをみだらんにおいては、にふだういちにんにかぎらず、たれたれもあんをんにてあるべきか。にふだう、きみのおんためにつゆちりもふちゆうをぞんぜず。どどのくんこうたにことなれり。しかるに、なりちかがすすめまうすによつて、にふだうをうしなはるべきよしのごけつこうこそ、いこんもつてさんじがたけれ。おとなしきふるまひはことのよろしからんときなるべし。このことにおいてはだいじんのこうじゆむやくにおぼえさうらふ」とよにもにがにがしげにいへば、だいふかさねてまうされけるは、「しげもり、かのだいなごんのいもうとにあひぐしてさうらふ。これもりくわんじやまただいなごんのむこにてさうらふ。かやうにしたしくなつてさうらふあひだまうすとやおぼしめされさうらふらん。ゆめゆめそのぎにはあらずさうらふ。ただよのため、ひとのため、きみのため、いちもんのためにまうすところなり。」
またいひけるは、「こざかしくおぼしめすべくさうらへども、ほうげんのげきらんのとき、ほんてうにたえておこなはれざりししざいを、せうなごんにふだうまうしおこなひしゆゑに、なかにねんあつてへいぢにこといでてしんぜいいきながらうめられ、しがいほりいだしてくびをきり、おほぢをわたしごくもんのきにかけられき。しんぜいさしたるてうてきにはあらねども、さふのはかをじつけんせしそのむくひにやとおぼえて、おそろしきことなりき。ただしおんみにおいてはえいがのこるところなければ、なにごとをかおぼしめすべき。しかれどもひとはみなししそんぞんまでもはんじやうこそありたくおぼえさうらへ。『せきぜんのいへにはよけいあり。せきあくのもんにはよあうあり』とこそまうしつたへたれ」なんどさまざまにこしらへまうされければ、こんやだいなごんをきらるべきことはおもひとどまりたまひにけり。
P1376
だいふたちいでて、しかるべきさぶらひどもにむかひいひけるは、「おほせなればとてさうなくだいなごんをうしなふべからず。かねてしげもりにしらしむべし。にふだうどのはらのたつままにものさわがしきことあらば、かならずおんこうかいあるべし。おのおのひがごとをひきいだして、しげもりうらむべからず」といひければ、ぶしどもみなしたをふつておそれあへり。
またいひけるは、「なんばのじらう・せのをのたらうらがだいなごんになさけなくあたりたてまつりたりけるは、かへすがへすきくわいなり。いかでかしげもりをはばからざるべき。かたゐなかのものどもはいづれもこころえず」といひければ、つねとほ・やすしげいきたるここちもせず、おそれいつてぞさうらひける。だいふはかやうにいひおいて、こまつどのにかへりたまひにけり。
P1379
十三 ほふわうをながしたてまつらんとほつするあひだ、かさねてちちをいさめたてまつること
そののち、にふだう、つらつらまたこのことをあんじられけるに、「せんずるところ、ほふわうのごけつこうなり。はなちたてたてまつりてはかなふまじ」と、ながしたてまつらんとおもふこころつかれにけり。ぬぎおくところのもののぐとりいだし、こんどはよろひをきず、はらまきばかりなり。ちくぜんのかみさだよし、もくらんぢのひたたれに、ひをどしのよろひきて、うちたたんとするていなり。さるあひだ、いちもんのひとびと・さぶらひども、みなかつちうをよろひ、きゆうせんをたいしていでたち、うまどもにくらおき、もんがいにたてならべ、「ただいまゐんのごしよへまゐり、うらみたてまつるべし」とぞののしりける。
だいふのはんぐわんもりくに、こまつどのにはせまゐつて「にしはつでうどの、ただいま、ゐんのごしよほふぢゆうじどのへよせたてまつらんとて、ごいちもんをはじめたてまつり、さぶらひどもみなよろひ、うつたたれさうらふあひだ、いそぎおんわたりあるべきよし、まうしさうらふ。ほふわうとばどのへのごかうとうけたまはりさうらへども、ないないはさいごくへとこそききさうらひつれ。いかに」とまうしければ、ないだいじん「さしもやは」とおもはれけれども、「にふだうどの、ものぐるはしきひとにて、さることもやあるらん」とて、はつでうどのにまゐられけり。くるまよりおりてちゆうもんをみければ、ないげにうだいしやうむねもり・さんみのちゆうじやうとももり・さまのかみしげひらいげ、いちもんのうんきやくすじふにん、しよだいぶ・さぶらひどもにいたるまで、えんにもつぼにもひしとなみゐたり。はたざをどもひきそばめひきそばめ、うつたたんとするていなり。
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ないだいじんのどのどとさやめいていられけり。にふだう、きやくでんよりはるかにこれをみつけ、「れいのだいふがよをへうするとは」とおもひけれども、こながらもまたけんじんなれば、あのすがたにはこのありさまにてみえんも、さすがにおもはゆくやおもはれけん、はらまきぬぐべきひまもなかりければ、もののぐのうへにころもをとつてうちき、しきりにころものむねをひきちがへひきちがへせられけれども、はらまきのむないたのかなもの、すきとほりて、きらきらとみえけり。
にふだういひけるは、「そもそもこのむほんのしだいをたづねうけたまはりさうらふに、みなもとはほふわうのごえいりよよりおぼしめしたつところなり。おほかたはきんじゆのものどもが、をりにふれときにしたがひ、さまざまのことどもをすすめまうすあひだ、ごけいぎやうのきみにて、いちぢやうてんかのわずらひ、たうけのだいじ、いださせたまひぬとおぼえさうらふ。ほふわうをむかへとりたてまつり、かたほとりのほどにおしこめたてまつらんとぞんずることを、まうしあはせんがために、よびたてまつるなり」といへば、だいふ、「かしこまつてうけたまはりさうらふ」とばかりにて、すそつきのそでをかほにおしあて、とかうのへんじもなし。
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にふだうあさましながら、「いかにいかに」とのたまへば、ややひさしくして、だいふなみだをおさへてまうされけるは、「こはなんといふおんことにてさうらふぞや。ただいまこのおほせをうけたまはりさうらふに、ごうんすゑにのぞめりとおぼえさうらふ。たとひひとのざんげんによつてちよつかんをかうぶりたまふとも、いくたびもあやまたぬよしをちんじまうさせたまへ。たとひまたしざいにおこなはるるとも、いかでかそむきおはしますべき。ほうげんよりこのかたにじふよねんのあひだ、くわんゐといひ、あくまでにてうおんをかうぶりたまふ。むかしもいまもためしすくなきことどもなり。しげもりがやうなるむさいぐあんのみにいたるまで、さんこうのかずにくははり、けいしやうのくらいをぬすむ。しやうじやうぜぜにいかでかほうじたてまつるべき。それわがきみにつぽんあきつしまはへんぴそくさんのさかいとはまうしながら、しんこくにしてみちただし。いかでかひれいをいたすべけんや。しかればだいじやうだいじんのくわんにのぼり、なんぞへいぢやうをたいせらるべき。おんみはしかもごしゆつけなり。なんぞげだつどうさうのほふえをぬぎすてて、しゆらとうせんのかつちゆうをよろひ、じやけんはういつのきゆうせんをよこだへおはしまさん。うちにははかいむざんのつみをまねき、そとにはじんぎれいちしんのほふにももれぬらん。いかでかしんめいぶつだのかごあらんや。ぶつしんのめぐみなくは、すなはちかなふべからずとぞんぢおはしませ。むほんのともがらすでにめしおかれさうらひぬるうへは、なにごとかさうらふべき。えいぐわといひくわんしよくといひ、みにあまることせんれいなし。ゐんのおぼしめすところ、しさいことわりなきにあらず。さらんにとつては、きみにはいよいよほうこうのちゆうせつをぞんじ、たみにはことさらぶいくのじひをほどこし、せんぴをくひ、のちのぜをねがひ、さいだんわたくしなくおはしまさば、しんめいぶつだのかごをえて、くんしんじやうげのあいれいあるべし。もししからば、ぎやくしんたちまちにめつばうし、きやうとすなはちかたがたへたいさんせん。
おそれあるまうしごとにてはさうらへども、しばらくしんぢくわんぎやうをひらきみるに、よにしおんといふことあり。いちにはてんちのおん、ににはこくわうのおん、さんにはぶものおん、しにはしゆじやうのおん〈 あるいはだんせのおん 〉なり。そのなかにこくわうのおんこれおもし。これをしるものをじんりんとなし、これをしらざるものをきちくとなす。なかんづく、しんこくにおいてはことさらひれいをおこなふべからず。はちまんだいぼさつのしんりよにもそむき、てんせうだいじんのみやうりよをもかうぶるべからずさうらふ。しやうとくたいしのじふしちかでうのけんぼふにも、『ひとみなこころあり。このこころしゆあり。われをぜすればかれをひす。かれをぜすればわれをひす。しかればすなはちけんぐはたまきのはしなきがごとし』と。よくおもんばかりあるべし。しんこくにすみながらぶたうをおこなふべからずさうらふ。およそさうてんのした、そつとのうへ、たれかこくわうのおんなかるべき。しかれば、こくわうのおんにおいては、このいちもんことにきはまれり。げにくわんゐしよりやうしよにんにちやうゑつす。そのぢゆうおんをわすれたてまつり、ごゐんざんあらんにおいては、じつげつせいしゆく・けんらうぢしんまでもおんゆるされやあるべき。『てうてきとなるものは、ちかくはひやくにち、とほくはさんねんをすぎず』とこそまうしはべれ。しかればすなはち、しげもりにおいてはごゐんざんのおんともまつたくつかまつらずさうらふ。
それきみとしんとをくらぶるに、ちゆうはきみにあるべし。だうりとひきよとをおもふに、いかでかだうりにつかざらんや。かのぜんかんのせうかはくんかうあるによつて、くわんたいしやうこくにいたり、けんをたいしくつをはきながらてんじやうにのぼることをゆるされたり。しかれどもえいりよにそむくことありしかば、かうそいかりてていいにおもむけてきんぜられたり。ろんごとまうすふみのなかには、『くににみちなければふきははぢなり』といふほんもんさうらふ。いたましきかな、すすんできみのためにちゆうをいたさんとほつすれば、ふかうのざいごふみにあるべし。かなしきかな、しりぞいてちちのためにかうをおこなはんとほつすれば、ふちゆうのぎやくしんわれにありぬべし。しんたいここにきはまれり。ぜひわきまへがたし。
これをもつてむかしをおもふに、ほうげんのげきらんに、ろくでうのはんぐわんためよし、てうてきたるによつてしそくよしともこれをうけたまはつて、すざくおほぢにおいてくびをちゆうしたりしをこそひとのうへとおもひしに、ただいましげもりがみのうへになりさうらふことこそくちをしくおぼえさうらへ。かどかどをさしかためふせぎたてまつりさうらはば、もつてのほかのおんだいじにあらずや。このでうきつくわいにおぼしめされさうらはば、たれにてもさうらへ、さぶらひいちにんにおほせつけて、おつぼのうちにひきおろし、ただいましげもりがくびをめさるべし。すこしもいたくぞんぜずさうらふ。おんふるまひをみたてまつるに、ごうんはすでにつきぬとおぼえさうらふ。『ねかれなばすなはちしえふまたからず。みなもとつくればすなはちりゆうはつく』といふほんもんあり。ごうんいのちつきはててのち、われらがしそんあひつづくべからず。これをききたまふや、とのばら」とて、はらはらとなきたまへば、ひとびとみなおのおのよろひのそでをぞぬらされける。じつにだうりしごくにきこえけり。
にふだうけうざめしてともかくもものもいはず。だいふはかやうにいひおきて、いそぎこまつどのにぞかへりける。
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十四 しげもり、ひやうしやをめさるること ならびにほうじのきさきのひゆ
ししやをもつてふれられけるは、「しげもりをもしげもりとおもはんものは、ときをかへずわがかたにまゐるべし。てんがにだいじをききいだしたり」といひければ、「をぼろけにてはさわぎたまはぬひとのかくのたまふは」とて、われもわれもとまゐりけり。ほどなくいちまんよきになりにけり。
さるあひだ、にしはつでうにはたださだよしいちにんさうらひけり。にふだう、さだよしをめして、「ただいまたれかある」ととはれければ、「たれもさうらはず」とまうす。「こはふしぎのことかな。さるにてもつはものはなきか。うだいしやうはいかに。さんみのちゆうじやうはいかに」といへば、「きんだちもさぶらひどももみなこまつどのへ」とまうせば、にふだうなほふしんげにて、おほゆかにたち、うそうちふきながらえんぎやうだうし、これにひとあるか、かしこにひとあるかと、ここのめんだうかしこのめんだうをさしのぞきさしのぞきみまはしけれども、つはものいちにんもなし。にふだう「だいふとなかたがひてはかなはぬことかな」と、おほきにさわがれけり。
またのたまひけるは、「このていのひまにや、だいなごんのよたうよせきたらばいかがすべき」といひければ、さだよしまうしけるは、「しかることさうらはば、よきやうにおんぱからひあるべくさうらふ。おんこもおんこによりさうらふ。こまつどのにおんなかたがひおはしましてはあしくおぼえさうらふ」とまうしければ、「さぞとよ。たれもさぞおもふ。しかればさだよし、だいふのもとにまかりむかつていふべきやうは、『まことにはいかでかきみをながしたてまつるべき。いつたんのうらみをこそまうしさうらへ。しかれどもかやうにいさめられしうへは、いかでかそのぎあるべけんや。じこんいごは、ともかうも、だいふがはからひをそむくべからず。ぜんあくこれにおはしませば、よくよくまうしあはすべきことはべり』」といひつかはされ、はらまきをぬぎすて、そけんのころもにけさをうちかけ、ぢぶつだうにさしいつて、こころにもおこらぬねんじゆしてぞゐたりける。
さだよし、こまつどのにまゐつてこのよしをまうしければ、しげもりまたなみだをはらはらとながしていひけるは、「われたまたまにんがいにしやうをうけながら、かかるあくにんのことなりて、しかしながらざいごふをつくるかなしさよ。こはおやにあひてこそたいばうすとまうすべきに、われはこながらおやにたいばうせられんこと、これにすぎたるぎやくざいいかでかあらんや」とて、なみだもかきあへずなきたまへば、いちもんのひとびとならびにさぶらひども、みななみだをながさずといふことなし。
「しげもり、このおほせをうけたまはり、おんぺんじかしこまつてうけたまはりさうらひをはんぬ。さやうにゐんざんをおぼしめしとどまりさうらふうへは、いかでかおほせにそむきたてまつりさうらふべき。またなにごともみやうにち、のどやかにさんじやうせしめまうしうけたまはるべくさうらふ」とまうしたまひけり。にふだうこのことどもにおどろき、だいなごんのくびをきるべきこともうちおかれて、ほふわうをながしたてまつるべきこともおもひとどまられたまひぬ。
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かやうににふだうのしづまりたまひければ、ないだいじん、ぶしどもにむかひいひけるは、「しげもりてんがにだいじをききいだしつるによつて、めすところなり。おのおのいそぎまゐりたるこそしんべうなれ。しかれどもきこしめしなほしたれば、まかりかへるべし。ただしきやうこうもしげもりかやうにめさんには、まゐらぬこともやある。
いこくにさるためしあるぞとよ。むかし、しうのいうわう、ほうじをちようあいしたまふ。ほうじとはきさきなり。かのきさきのゆらいをたづぬるに、ならびのくににほうじこくといふくにあり。いうわうかのくにをうちとらんとほつしてこれをせめけるに、すでにさんぶんがいちはうちとられにけり。ここに、ほうじくににはかりことをめぐらされけるほどにちとせにへたるきつねをとらへて、うげんのそうじふにんをもつて、ひやくにちのあひだ、これをおこなはしむるに、かほかたちのいつくしきをんなとおこなひなしぬ。ていわうかのをんなにむかつていひけるは、『われ、いうわうのもとへつかはさば、なんぢいうわうのこころをたぶらかし、われにをしへてうたせよ。そののちはかならずはなつべし』といへば、けぢよこれをしようだくしけり。かのくにのみかど、けぢよにししやをそへて、いうわうのかたにまうされけるは、『きみせむるにわがくにたへがたし。しかるあひだ、わがくにだいいちのびぢよをたてまつらん。きやうごはせむることをとどめたまへ』とまうされたり。いうわう、くだんのけぢよをみて、こころすなはちとろけて、よろこびをなしてこれをうけとり、せむることをやむべきよし、りやうじやうしけり。すでにいちきさきをちやうしながら、ほうじこくよりいだされたるによつて、そのなをすなはちほうじとなづく。きさきかずありといへども、よそにこころをうつすこともなく、ひとへにほうじをしようあいす。
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ただしこのきさきすべてものいはず、わらふことなし。いうわうこれをなげくほどに、そのくにのならひとして、ほうくわのたいこといふことあり。てんがにこといできたれば、すなはちたいこのなかにひをもやしてこれをとばすあひだ、しよはうのぶし、ことごとくくんじゆしててうてきをたひらげ、てんがをしづむ。あるとき、みやこにことあるによつて、ほうくわのたいこをとばしたり。くだんのきさき、ゑみをふくんで、『あなおもしろや、たいこのそらにとぶことよ』といひけり。このきさき、ひとたびゑめばもものこびあり。ゆゑにいうわうこれをよろこび、けんぶつさせたてまつらんがために、なにごともなきにつねにこれをとばす。ぶしどもきたれどもあたなし。あたなければすなはちかへりぬ。これによつてそののちはまゐりあつまらず。しかれどもなにごともなきにつねにこのことをいたされけるあひだ、きさき、みかどのこころをとりはたし、ほうじこくわうにことのよしをまうす。わうおほきによろこび、すまんぎのくわんぺいにおほせて、いうわうをせめさす。ときにいうわう、ほうくわのたいこをあぐれども、れいのきさきのほうくわぞとこころえ、へいいちにんもまゐらざりけるあひだ、いうわうつひにほろぼされにけり。そのとき、くだんのきさきはをみつのきつねとなつて、いなづまのごとくにうせぬ。それよりびぢよをけいせいとなづけたり。ただしろをかたむくるのみにあらず、ひとをころしよをみだすなかだちとなる。つつしまざるべからず、といへり。
いこくにかかるためしあり。そのやうにこんどおのおのをめしつるに、ことなかりけり。のちにめすことあらば、まゐらぬこともやある。いくたびなりともめしにしたがふべし」と、かへすがへすこれをおほせふくめてかへされけり。
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ないだいじん、まことにはちちにむかひいくさせんとにはあらず、むほんのこころをなだめんがためなり。「きみきみたらずといへども、しんもつてしんたらざるべからず。ちちちちたらずといへども、こもつてこたらざるべからず」といへり。しげもりこのむねをぞんちして、ぶんせんこうのいひけるにたがはず。おほやけのためにはちゆうあり、ちちのためにはかうあり。かたがたゆゆしかりけるひとかな。
ほふわう、このことをもんじきして、「まるひとへにしげもりがおんをえたり」とおほせありけり。「くににいさむるしんあらば、すなはちそのくにかならずやすし。いへにいさむるこあらば、すなはちそのいへかならずなほし」といへり。このことまことなるかな。
P1401
十五 なりちかきやうのらうどう、しゆくしよへかへること ならびにせうしやうとらはるること
さるほどに、だいなごんのらうどうども、だいなごんのしゆくしよにはしりかえつていひけるは、「とのはにしはつでうどのにめしこめられおはしましさうらひぬ。このくれうしなひたてまつるべきよしうけたまはりさうらふ」とまうしければ、きたのかたきこしめしもあへず、うちふして、こゑもをしまずをめきさけびたまふことなのめならず。
またおんとものものどもまうしけるは、「せうしやうどのをはじめたてまつり、をさなききんだちにいたるまで、みなめしとられおはしますべきよし、うけたまはりさうらふ」とまうしもはてず、なきければ、きたのかた「これほどのことになりては、のこりとどまるとも、あんをんにても、たのむひともなく、なんのかひかはあるべき。このとの、けさをかぎりとのなごりにや、いつしかよりもなつかしげにて、いそぎいでもやらず、われとをさなきものども・にようばうたちをみたまひしは、これをさいごとやおもはれけん。わがひとよくよくみたてまつり、みえたてまつるべきなりけり」と、うちふしてなきたまへば、よそのたもともしぼるばかりなり。
「すでにぶしどもきなん」とひとまうしければ、かくてはぢがましきことをみえんもさすがなれば、いづちへもたちしのばんと、あとさきともなきひとびと、ひとつくるまにとりのせ、そことさしさだめども、やりいだしたまふぞあはれなる。にようばうたち・さぶらひども、かちはだしすあしにて、はぢをもしらずまよひいでにけり。
みぐるしきものどもをとりととのふるにもおよばず、もんはおしたつるひともなし。うまどもはうまやにたちならびたれども、くさかふものもなし。あしかきをしてとねりをしたへども、とねりひとりもなければ、くちをむなしくしていななく。ひごろはよあくればばしやもんにたちならび、ひんきやくざにれつす。まひおどりあそびたはむれ、よをよともおもはず。ちかきあたりのひとはものをだにもたかくいはず。もんぜんをすぐるものもおぢおそれてこそきのふまではありつるに、よるのあひだにかはるありさま、あさましといふもおろかなり。
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このだいなごんはあまりにいちはやく、いささかのたはむれごとにもいひすごすこともありけり。ごしらかはゐんのきんじゆしやに、ばうもんのちゆうなごんちかのぶとまうすひとあり。かのちちうきやうだいぶのぶすけあつそん、むさしのかみたりしとき、かのくににくだられたりしに、まうけられたるこなり。げんぶくじよしやくののち、ばんどうたいふとぞまうしたりける。ゐんちゆうにさうらひければ、ひやうゑのすけになり、ばんどうひやうゑのすけとなのりけり。しんだいなごんなりちかのきやう、はふわうのごぜんにまゐりあひ、ちかのぶにとひけるさまは、「ばんどうにはなにごとどもかあるやらん。」ちかのぶとりもあへず、「なはめのいろかくこそおほくさうらへ」といひければ、だいなごんのけしきすこしかはつてものもいはざりけり。あんぜちのだいなごんにふだうすけかたもそのところにさうらはれけり。のちにすけかたいひけるは、「ひやうゑのすけはゆゆしくへんたうしたりつるものかな。なりちかことのほかにこそにがりてみえつれ」とまうされたりけるとかや。これすなはち、へいぢのげきらんのとき、なりちかきやうのことにあはれしことなり。
P1407
このだいなごんのちやくし、たんばのせうしやうなりつね、ことしにじふいつさいなり。ゐんのごしよほふぢゆうじどのにうはぶしして、いまだまかりいでられぬほどに、だいなごんのおんともにさうたひつるさぶらひいちにん、ゐんのごしよにまゐつて、「とのはすでににしはつでうどのにめしこめられたまひぬ。こんやうしなはれたまふべきよし、うけたまはりさうらふ。きんだちもみなめしとられおはしますべきむねきこえさうらふ」とまうしければ、ほふわう「こはいかに」とおほせられて、なかなかあはておはします。せうしやう「いかにさいしやうのもとよりつげられざるらん」と、しうとをうらみけるほどに、いそぎさいしやうのもとよりつかひあり。「なにごとやらん、にしはつでうより、『せうしやうをぐしたてまつれ。うけたまはるべき』よしまうされたり。とくとくわたりたまへ」とまうしければ、これはいかなることにや、あさましといふもおろかなり。
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ゐんのごしよにさうらふひやうゑのすけとまうすにようばうを、せうしやうたづねいだされ、「かかることこそさうらふなれ。よべより、せけんものさはがしとうけたまはれば、れいのやまのだいしゆのげらくすべきかと、よそにおもひてさうらへば、みのうえのことにてさうらひけり。ごしよへもまゐりて、いまいちどきみをもみたてまつるべくさうらへども、かかるみとなりてさうらへば、はばかりぞんじてまかりいでぬと、ごひろうあるべし」とまうしながら、なみださらにふせぎあへず。ひごろみなれたてまつりたるごしよぢゆうのにようばうたち、せうしやうのたもとをひかへ、こゑもをしまずなきあへり。せうしやうのいひけるは、「なりつねはつさいのとき、はじめてきみのげんざんにいり、じふにさいよりよるひるごぜんをたちさらずごしよにさうらひて、かたじけなくもきみのおんいとほしみをかうぶり、たのしみにほこりてあかしくらしさうらひつるに、いかなるめをみるべきやらん。まただいなごんもうしなはるべきよしうけたまはりぬ。さだめてわがみもどうざいにこそおこなはれさうらはんずらめ。ただしちちうしなはれんうへは、よのなかなにごとかこころとどまることあらん」といひつづけてなきたまふ。よそのたもともしぼりあへず。
にようばうごぜんにまゐつて、このよしをまうされければ、はふわうおほきにおどろきおぼしめして、「これらがないないしたくせしことどものもれきこえけるよな」と、あさましくおぼしめされけり。「さるにてもこれへ」とのみけしきにてあれば、せうしやうはおそろしけれども、いまいちどきみのおんかんばせをみたてまつらんとおもはれければ、ごぜんにまゐりむかはれたりけれども、なみだにむせびてひとこともまうしいださず。ほふわうもおんなみだをおさへおはしまして、のたまひやりたるおんこともなし。「じやうだいにはかかることやはありし、まつだいこそこころうけれ」とばかりなり。せうしやうはつひにまうしやりたるむねもなく、まかりいでたまひぬ。にようばうたちはるかにおくりたてまつりて、みなそでをぞしぼりける。
せうしやうはしゆうとのしゆくしよろくはらへまかりいりたれば、このことをききたまふより、きたのかたはあきれまよつてものもおぼえぬけしきなり。ちかくさんしたまふべきひとにて、ひごろもなにとなくなやみたまひしが、ことさらこのことをききたまへば、いよいよふししづみたまふもあはれなり。せうしやうはけさよりながるるなみだつきせぬに、きたのかたのおんけしきをみたてまつるにつけても、いとどなげきはふかかりけり。「せめてこのひとのみとみとならんをみて、いかにもならばや」とおもはれけるぞいとほしき。
ここにろくでうとて、としごろせうしやうにつきたてまつたるにようばうありけり。ふしまろび、をめきさけびて、なくなくまうしけるは、「かなしや、わがきみのえなのなかにましまししをあらひきこえたてまつりて、いとほしかなしとおもひそめたてまつりしひよりいまにいたるまで、あけてもくれてもこのおんことよりまたほかにはさらにいとなむことなし。わがみのとしのつもるをばしらず、このきみのとくひととなりたまへかしとおもひしに、ことしはすでににじふいつさいなり。ゐんないへまゐりたまふにも、おそくいでたまへば、おぼつかなくこいしくのみこれをおもひたてまつりつるに、たちはなれたてまつりては、いちにちへんしもいきてあるべしともおぼえず」とまうしながら、なきかなしむことおびたたし。「まことにさこそおもふらめ」とせうしやうおもはれければ、なみだをおさへていひけるは、「さこそおもふところはことわりなり。しかれどもいたうなげくべからず。わがみにおいてはすこしもあやまちなければ、あながちにざいくわにおこなはるべしともおぼえず。そのうへさいしやうさておはしませば、なりつねがいのちばかりはいかでかまうしうけたまはざるべき」と、こまごまとなぐさめたまへども、なみださらにとどまらず。
またせうしやういひけるは、「いまいちどわかぎみをみんとおもふ」とて、よびよせたてまつり、みぐしをかきなでて、「しちさいにならば、げんぶくさせてごしよのげんざんにいればや、とこそおもひしに」といひもはてず、なきたまふ。また「われつみにしづまば、いかなることかあるらん。わかよきけ。ひととなりてあたまかたくは、ほふしになりてなりつねがぼだいをとふべし」といひながら、なきたまへば、きたのかたもうばもふしまろびてさけばれければ、わかぎみよにあさましげにぞおぼしめしゐられける。「はつでうどのよりおんつかひあり」とまうしければ、「いかさまにもはつでうどのへまかりむかつて、ともかくもまうすべし」とて、さいしやうにあひぐせられていでたまひぬ。このよになきひとをとりいだすやうにみおくりてぞなきあへる。ほうげん・へいじよりこのかたは、へいけのひとびとはたのしみさかえはありとも、いまだなげきのこゑをばきかざりつるに、さいしやうばかりこそよしなきむこゆゑに、かかるなげきにあはれけるこそいとほしけれ。
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十六 かどわきどの、なりつねをこひうけらるること
すでににしはつでうちかくやりよせてこれをみれば、しごちやうのほどにぶしじゆうまんしていくせんまんともしらず。せうしやうこれをみるにつけても、だいなごんのなさけなくぶしどもにしえられたまひけんこと、おもひやるこそあはれなれ。くるまをもんぐわいにたてて、さいしやうさんくわうのよし、あんないをまうしいれければ、にふだう「なりつねはいるべからず」といへば、せうしやうをばそのあたりちかきさぶらひのいへにくだしおかれて、さいしやううちにいりてみえたまはねば、いとこころぼそくぞおぼされける。
さいしやうすでにうちにいつて、げんざんにいるべきよしいへば、にふだうあへていであはれず。しかるあひだ、さいしやう、すゑさだをよびいだしてまうされけるは、「よしなきなりつねをむこにとることかへすがへすくやしくぞんじさうらへども、いまさらちからにおよばず。なりつねにあひぐしてさうらふむすめの、いたくなきかなしむこそかぎりなけれ。おんあいのみちはいまにはじめぬことなれども、よにむざんにおぼえさうらふ。しかもちかくさんすべきものにて、このほどなやむとうけたまはりしが、またこのなげきをうちそへなば、、みみとならぬさきに、いのちもたえぬべくおぼえさうらふ。かれをたすけんがために、おそれながらまうしなしてさうらふ。なりつねばかりをばりをまげてまうしあづかりて、のりもりかくてさうらへば、ゆめゆめひがことおこさせまじくさうらふ」となくなくまうされければ、すゑさだ、たちかへつてこのむねをまうす。にふだうよにこころえずおもはれて、いそぎてもおんぺんじなし。さいしやう、ちゆうもんにゐて、いまやいまやとまたれけるほどに、にふだうややひさしくしていひけるは、「なりちかのきやうこのいちもんをほろぼして、こつかをみだらんとするくはだてあり。しかれどもいつかのうんめいいまだつきざるによつて、このこといまろけんす。せうしやうはかのだいなごんのちやくしなり。おんみしたしといへどもまつたくなだめまうすべからず。かのむほんのくはだてとげましかば、それごへんとてもあんをんにてあるべきか。おんみのうえをばいかにかくはおほせらるるぞ。むこのこともこのことも、いかにだいじにおぼしめすとも、いかでかわがみにはまさらん」と、にふだうくつろぐけしきもなくおはします。
すゑさだかへりいでて、このよしをまうしければ、さいしやうおほきにほんいなくおもひて、「かやうにおほせらるるを、またかさねてまうすは、そのおそれふかけれども、しんちゆうにおもふことをのこさんもくちをしきことなり。ほうげん・へいぢりやうどのかつせんにも、みをすてておんいのちにかはりたてまつらんとこそぞんぜしか、じこんいごも、あらきかぜをまづふせがんとこそおもひたてまつりさうらへ。のりもりとしこそおいたりといへども、わかきものどもおほくさうらへば、しぜんのおんだいじもあらんときは、などかいつぱうのおんかためともならざるべき。なりつねをまかりあづからんとまうすをおぼつかなくおぼしめされておんゆるしのなきか。かくふたごころあるものにおもはれたてまつりて、よにありてもいかにせん。よにあればこそのぞみもあれ。のぞみのかなはねばこそうらみもあれ。せんずるところ、みのいとまをたまはつてしゆつけにふだうして、かたやまでらにもこもりゐて、ごせぼだいのつとめをいたすべき」よしいひければ、すゑさだにがにがしきことにおもひて、このさまをいさいににふだうどのにまうしければ、にふだういひけるは、「このさいしやうはものにこころえぬひとかな」とて、へんじもなし。
すゑさだまうしけるは、「さいしやうどのはおもひきられてさうらふおんけしきとおぼえさうらふ。いちぢやうごしゆつけさうらはんずらん。おんぱからひあるべし」とまうしければ、にふだういひけるは、「それほどにおもはるるうへは、ともかくもしさいをまうすべきにおよばず。しかればせうしやうをばしばらくおんしゆくしよにおかるべし」としぶしぶにいへば、すゑさだたちかへつてかくとまうしけるあひだ、さいしやうよろこびていでられけり。
せうしやう「いちにちなりとも、いのちをたすけらるるこそおろかならね」と、またなきたまふもあはれなり。「『ひとのみにぢよしをばもつまじかりけるものを』といひけるは、かやうのことをいひけるにや」とぞ、さいしやうおもひしられける。
せうしやうまた「わがみのすこしのびゆくにつけても、ちちだいなごんどの、いかがおはしますらん。かばかりあつきころに、しやうぞくもくつろげず、ひとまどころにおしこめられて、いかにたへがたくおはしますらんと、おぼつかなくおもひたてまつりさうらふ。いかやうにかきこしめされさうらふ」と、さいしやうにむかつてとひければ、「いさとよ、しらず。おんことばかりをとりまうしさうらふ。だいなごんどののおんことまではおもひもよらず」といへば、せうしやうこれをきいて、「まことにうれしくおもはるれども、だいなごんうしなはれんにおいては、なりつねいのちいきてもいかにせん。ただおなじみちにとおもひさうらふ」といへば、さいしやういひけるは、「だいなごんどののおんことは、ないだいじんたりふしまうされけるとこそうけたまはりさうらへ。しかりともおんいのちうしなはれんほどのことはおはしますまじとおぼえさうらふ」といへば、なりつねてをあはせてよろこびけり。さいしやうこれをみて、「むざんやな、こにあらざらんものは、たれかこれほどにおもふべき。ひとはまたこをばもつべかりけるものを」とぞ、ほどなくおもひかへされける。
P1419
せうしやうのいでられけるのち、きたのかたをはじめたてまつり、ははうえ・うば、ふししづみておきもあがらず、なきかなしむありさま、まくらもとこもくちぬべし。いかなることをかきかんずらんと、きもこころもあられず、おのおのおもはれけるほどに、「さいしやうかへりいりたまふ」といひければ、「せうしやうをうちすてておはしますにこそ。せうしやういまだいのちもうしなはれずは、たのもしきひとにすてられて、いかばかりこころよわくおぼしめすらん」と、おのおのもだへこがれけるに、「せうしやうどのもおんかへりさうらふ」と、ひとさきにはしりてまうせば、ひとびとくるまよせにいでむかつて、「まことかやまことかや」とこゑごゑにまたなきあへり。さいしやう、せうしやうともろともにのりぐしてかへりたまへり。きやうこうはしらず、ししたるひとのかへりたるやうに、よろこびなきになきあひけり。
さいしやうのいひけるは、「にふだうどののいきどほり、こともなのめならずふかく、たいめんもせられず、ゆゆしくあしきやうなりけれども、すゑさだをよびいだして、のりもりとんせいのよしをまうしつるほどに、しぶしぶ『しからばしばらくのりもりにあづけおく』といひつれども、しじゆうよかるべしともおぼえず」といひければ、「たとひいちにちたりとものびたまふことこそうれしけれ。けさたちいづるをかぎりなりとも、にどみたてまつること」と、みなおのおのよろこびなきあへり。
P1421
またさゑもんにふだうさいくわうを、こんやまつうらのたらうしげとしにおほせつけて、すいくわのせめにおよぶところ、さいくわうまうしけるは、「『みはおんのためにつかはれ、いのちはぎによつてかるし』といふほんもんなり。しかればすなはち、わがみはきみのおんためにめしつかはれ、いのちはむほんにくみするによつてうしなはるるあひだ、まつたくもつてをしからず。いつしやうはわづかにゆめのごとし。くさばにやどれるつゆににたり。ばんじはみなそめににたり。すいじやうにただよへるあわのごとし。しかるにへいけのいちもんもつてのほかにくわぶんにて、いちてんがをたなごころのうちににぎり、ばんじまつりごとをこころのままにおこなふあひだ、ぶつぽふをほろぼし、わうぼふをかろんず。これによつて、ちゆうしんかつうはげきりんをやすめたてまつり、かつうはぶつぽふをしゆごし、かのいちもんをほろぼすべきよし、たがひによりきするところなり。かのむほん、まつたくもつてわたくしにあらず。たとひろけんにおよぶとも、くびをのべてちんじまうすべし。ちよくめいをおそるるところなく、あまつさへすはいのくわんぐんをめしとり、くびをきらんとぎするでう、みやうのせうらんもはばかりあり。ただいまにてんのせめをかうぶり、いちもんのともがらへんしにほろびんことふびんなり。あみだぶつ、あみだぶつ」とまうして、はなぶえをふきゐたり。およそさいくわうがことばともおぼえず。「てんにくちなし、ひとのさえずりをもつていはせよ」とはこのことにや。おそろしおそろしと、きくひとまうしけり。
さるほどに、さいくわうをばそのよるまつらのたらうしげとしこれをうけたまはつて、すざくおほぢにひきいだしてくびをきる。きらるるところにてもさまざまのあくこうをはくときこえけり。これひとへにさんわうしちしやのおんばつをかうぶりぬらんとおそろしくおぼえし。らうどうさんにんきられにけり。さいくわうがこども、かがのかみもろたか・さゑもんのじようもろちか・うゑもんのじようもろひらついたうすべきよし、にふだうじやうかいげぢせられけるあひだ、ぶしども、をはりのはいしよにくだつて、いちいちにきりにけり。
かのさいくわうほふし、ともにゑんぢゆうのきんじゆしやにて、よをよともおもはず、ひとをひとともせず、しんりよをもはばからず、じんばうにもそむきしかば、たちどころにかかるめにあひにけり。「さみつることよ」とよもつておうかしけり。「およそをんなとげらふは、さかしげなるさまなれども、しりよなきものなり」といふこと、これほふれいのふみなり。さいくわうもいひがひなきげらふにてつひにじふぜんのきみにちかくめしつかはれて、くわほうたちまちつき、てんがのだいじをひきいだし、わがみこどもおなじくほろびにけり。
P1427
十七 なりちかきやうながさるること
ふつか、だいなごんをば、よるやうやうあぐるほどに、くぎやうのざにいだしたてまつり、ものまゐらせたてまつる。むねおしふさがりてえきこしいれたまはず。すでにくるまをさしよせ、「とくとく」とまうしければ、こころならずのりたまひぬ。ぐんびやうおほくうちかこみて、わがかたのものはいちにんもなし。われをいづちへぐしていくやらんとつげしらするひともなし。こまつどのにいまいちどあはばやとおもひけれども、それもかなはず。ただみにそふものとてはなみだばかりなり。
しちでうをにしへめぐり、しゆしやかをみなみへいきければ、おほうちやまをかへりみてもおぼしめしいだすことどもおほかりけり。とばどのをやりすぎたまへば、としごろひごろみなれたてまつりしとねり・うしかひども、はるかにみおくりたてまつり、おのおのなみだをながすめり。よそのたもとのしがらみだにしぼりせきあへがたくみゆるに、いかにいはんや、みやこにのこりとどまるきたのかた・をさなきひと・しよじゆう・けんぞくのこころのなか、おしはかられてあはれなり。
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だいなごん、いひけるは、「わがめしつかひしものどもさんぜんよにんもありけんに、ひとりだにもつきそふひともなくて」とひとりごとをいひて、こゑもをしまずなきたまふ。くるまのぜんごにさうらひけるつはものども、これをききて、みなよろひのそでをぬらしけり。すでになんもんのほどをいでたまへば、おんふねのしやうぞくをととのへ、「はやはやめせ」とまうしければ、「こはいづちへいくぞ。さてうしなはるべくは、ただこのあたりにてはからふべし」といひけるぞ、せめてのことにやといとほしき。おんくるまちかくさうらひけるぶしをみたまひて、「こはたれといふものぞ」ととひたまへば、つねとほこれをうけたまはつて、「なんばのじらうとまうすものにてさうらふ」とまうしければ、「このほどにさだめてわがかたざまのものやあるらん。たづねてまゐらせよ。ふねにのらぬさきに、いひおくべきことのあるぞ」といひければ、つねとほ「そのあたりをはしりまはつてたづねとひけれども、こたふるものさらになし」とまうしければ、なりちかのきやういひけるは、「おもふに、にふだうにおそれてこそこたふるもののなかるらめ。いかでかこのあたりに、わがかたのゆかりのものなからん。なりちかがいのちにもかはらんとちぎりしさぶらひいちにひやくにんもありけんを、いつしかかはるこころこそうらみなれ」とて、なみだをながしたまへば、たけきもののふもみなよろひのそでをぬらしけり。
またいひけるは、「くまのといひてんわうじといひ、きみのごさんけいのときは、ふたつかはらぶき、みつむねづくりのふねにおんすだれひき、もののうちにゐたまひて、つぎのふねにはにさんじふさうばかりこぎならべてこそまゐりしに、これはさるていなるやかたぶねに、おおまくばかりひきまはして、わがかたのものはひとりもなくて、いまだみもなれぬつはものどもとのりつれて、いづちともなくこぎいだされけり。さこそかなしくおぼしめしけめ。
こんやはだいもつといふところにとまりぬ。みつか、いまだくれざるに、きやうよりおんつかひありとてひしめきけり。すでにだいなごんをうしなはるべきやとききたまひしほどに、さはなくて、「びぜんのくにへ」といひて、ふねをいだすべきよしののしる。ないだいじんどのよりおんふみあり。だいなごんとりあげてこれをみるに、「みやこちかきやまざとなんどにうつしおきたてまつるべく、ちからのおよぶほどまうしさうらへども、つひにかなはざることこそ、よにあるかひもなくおぼえさうらへ。とかうしておんいのちばかりはまうしこひてさるらふ」とかかれたり。そのうへ、りよしゆくのおんぐそくととのへて、こまごまとおくられけり。またせのをのたらうやすしげがもとへも、「あなかしこあなかしこ、だいなごんどのにおんみやづかへまうすべし。そりやくにあたりたてまつるべからず」とねんごろにおほせくだされけるこそなさけぶかくきこえしか。
よもやうやうあけゆけば、「ふねとくいだせ」とののしる。まんまんたるたいかいにこぎいだす。くものなみ、けぶりのなみのうへなれば、ふねのうちにてみをこがす。ちかくめしつかひしきみをばわかれたてまつり、むつまじくなれこしうんじやうのそのゆかりもかれはて、をさなきひとびとをみすてて、いつしかかへるべしともなきをんごく、はるかなるさかひへおもむきたまふぞむざんなる。
からすのあたまのしろくなり、うまにつのおふるそのごもいつとしりがたければ、ただはいしよのつゆときゆらんのみにてはてんこそかなしけれ。ふねのなか、なみのうへのえり、ゆみづもさらにきこしめしいれたまはねば、おんいのちながらふべしともみえたまはねども、つゆのいのちもさすがにきえたまはず。ひかずもやうやくすぎゆきて、みやこのかたのみこひしくて、あとのことのみおぼつかなし。びぜんのくに、こじまといふところにつき、みんかのあやしげなるしばのいほりにいれたてまつる。かのところはうしろはやま、まへはいそ、まつふくかぜのおと、きしうつなみのひびき、いづれもあはれをもよほすなかだちなり。
P1434
そもそも、このだいなごん、ひととせちゆうなごんなりしとき、をはりのくにをしりたまひけるに、こくしのだいくわんにうゑもんのじようまさともとまうすものをくだしつかはされけり。じやうらくしけるに、さんもんのりやうみののくにひらののじんにんとことをいだしけり。そのゆゑは、じんにんくずといふものをもちきたりてばいばいせんとしけるを、ぢきせんのたせうをろんじて、かへさんとてふでをもつてくずにすみをつけたるを、じんにん、こころえぬことにいふほどに、とがめあがりて、それよりじんにん、さんもんにうつたへければ、さんもんまたくげにそうす。
こくしなりちかをるざいせられ、もくだいまさともをきんごくせらるべきよし、そうもんをへけり。さまうすほどこそありけれ、かをうぐわんねんじふにぐわつにじふしにち、ひえしちしやのみこしをらくちゆうにふりたてまつり、このゑのもんをふりすぎて、けんれいもんのまへにすておきたてまつつてかへりにけり。しかるあひだ、しゆじやうおぼしめしとどめられ、なりちかをびぜんのくにへるざいすべしとて、やがてそのひににしのしゆしやかにうつされけり。もくだいまさともをばすなはちきんごくせられけり。だいしゆやがてごせいばいにあづかることよろこびをなす。なりちかもとよりつみなきものなり。めしかへさるべしとまうすあひだ、ごかにちをへて、おなじきにじふはちにちににしのしゆしやかよりめしかへされ、おなじきみそかほんゐにふす。つぎのとししやうぐわついつか、さゑもんのかみをけんじてけんびゐしのべつたうになる。じゆうにゐよりしやうにゐしてだいなごんになりたまふ。かやうにゆゆしくさかえたまへば、ひとみたてまつりて、「だいしゆにはしゆそせらるべかりけるものをや」とこそまうしあひしか。「しんみやうのばつもひとのしゆそも、そくちのふだうこそあれ、いま、かかるめにあひたまへるは」とひとびとまうしけり。ところもびぜんのくにへとさだまることこそふしぎなれ。
だいなごんのたまひけるは、「ひととせやまのだいしゆのそせうにておびたたしかりしをだに、にしのしゆしやかまでつかはさることありしが、やがてめしかへされき。これはだいしゆのそせうにもあらず、きみのおんいましめにてもなし。いかなりけることかな」と、てんにあふぎちにふして、かなしみたまふぞむざんなる。
P1436
さるほどに、しんだいなごんふしのみにもかぎらず、いましめらるるひとびと、そのかずおほかりけり。あふみのにふだうれんじやう・ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわん・やましろのかみもとかぬ・しきぶのたいふまさつな・へいはうぐわんやすより・そうはうぐわんのぶふさ・しんぺいはうぐわんすけゆきらなり。これみなはつでうどのよりめしとられけり。
P1439
十八 なりちか・やすより・しゆんくわん、きかいがしまへながさるること やすより、しまにおいてせんぼんのそとばをつくること
はつか、だいじやうにふだう、ふくはらよりへいさいしやうのもとへまうされけるは、「たんばのせうしやうをこれへわたしたてまつりたまへ。あひはからひていづかたへもつかはすべし。みやこにおきたてまつりてはなほあしかるべし」とまうしおくられたりければ、さいしやうあきれてたましひをうしなひ、「このほどひかずをへれば、とりのぶるこころもありつるに、またふたたびものをおもはすることのかなしさよ。なかなかそのとき、ともかくもなるべかりけるものを」とおもはれけるが、こんどはおもひきりて、「とうとう」といふ。せうしやう、またたちいでながらいひけるは、「なりつね、けふにいたるまでもありつることこそふしぎなれ。」きたのかたもめのとのろくでうも、いまさらにたえいりなきかなしみて、「なほなほさいしやうどののまうしたまへかし」とおのおのおもはれけり。せうしやうはなほしさいのわかぎみをよびよせ、「さきにいひしがごとく、なんぢしちさいにならば、げんぶくさせてごしよにまゐらせんとおもひしかども、いまはいふにかひなし。かしらかたくそだちたらば、ほふしになりて、わがごしやうをとぶらへ」とのたまへば、わかぎみよつになりたまふあひだ、なにとはききわかねども、うちうなづきたまふぞあはれなる。さいしやう「いまはせんずるところ、よをすつるよりほかははかことはなし。しかれどもおんいのちをうしなはるるほどのことはよもさうらはじ」とぞいひける。
にじふににち、せうしやうふくはらへおはしましけるを、せのをのたらうかねやすにおほせて、びつちゆうのくにへつかはす。さいしやうのかへりきかんことをはばかりて、やうやうにいたはりたてまつり、こころざしあるていにこそふるまひけれ。しかれどもせうしやうなぐさみたまはず、よるひるなくよりほかのことはなし。だいなごんのおはしましけるなんばといふところと、せうしやうのおはしますせのをといふところは、そのあひわづかにさんじふよちやうなり。せのをのたらうに「だいなごんのおはしますところへはいくほどあるぞ」ととひたまへば、「かたみちじふさんにちにまかりさうらふ」とぞまうしける。せうしやうこれをききたまひて、「びつちゆう・びんごりやうごくのあひだとほしといへども、かたみちりやうみつかにはすぎじ。ちかきをとほしといふは、しらせじがためなり」とおもはれければ、そののちはかさねてとひたまはず。
P1443
にじふさんにち、だいなごんはすこしもくつろぎたまはず、いとどなげきぞまされける。「せうしやうもふくはらへめしとられたるよしきこえしに、いまにいたるまでさまをもかへずして、つれなくつきひをすごすこともおそれあり。ここにだいなごんのとしごろいとほしみふかかりけるさぶらひに、げんざゑもんのじようのぶとしといふものありけり。あるくれに、きたのかた、のぶとしをめしていひけるは、「とのはびぜんのなんばにながされたまふときけども、いきてやおはしますらん、しにてやおはすらん、そのゆくへもしらず。こなたのこともいかばかりかきかまほしくおぼすらん。なんぢたづねてまゐりなんやいなや」といへば、のぶとしなみだをおさへて、「かぎりのおんともをこそつかまつるべくさうらへども、おんかたざまのものはいちにんもつきたてまつらざるよしをうけたまはつて、おもひながらとどまりさうらひぬ。しかるにこのおほせをうけたまはりさうらふうへは、もつともしよまうのしだいなり。ぜんあく、おんふみをたまはり、たづねまゐるべし」とまうしければ、きたのかたおほきによろこび、おんふみをかきてたまはつてんげり。わかぎみ・ひめぎみもめんめんにいろはのじをひろひ、ふみをかき、のぶとしにとらせたまふ。
のぶとしなくなくなんばにくだり、しゆごのものどもにあひて、「これはだいなごんどのにとしごろめしつかはれさうらひしげんざゑもんとまうすものにてさうらふ。あまりにみたてまつりたくぞんずるがゆゑに、はるばるとこれまでたづねまゐつてさうらふ」とまうせば、「なにかくるしかるべき」とて、これをゆるす。のぶとしちかくまゐつて、すみぞめのおんたもとをみたてまつるに、ただひとめみたてまつつて、ごぜんにたふれふし、さけびをめくことかぎりなし。だいなごんにふだうもなみだにむせび、ものもいはず。ややしばらくあつて、だいなごんいひけるは、「おほくのものどものなかに、なんぢひとりたづねきたるこころざしこそありがたけれ。きたのかた・をさなきものどものありさまはいかに」ととひたまへば、「きたやまのあたりうりんゐんとまうすところにふかくしのびておはしましさうらふ」とて、おんなげきのあさからぬおんありさま、わかぎみ・ひめぎみのこひしたひたてまつるおんことを、こまかにかたりまうして、おんふみどもをとりいだしてこれをたてまつりけり。にふだうこれをひらいてみたまふに、なみだのいろにかきくれて、そのことのはもみもわかず。しかれども、なみだのひまよりこれをよみけるに、きたのかたのごしんちゆう、わかぎみ・ひめぎみのふでのあと、ぬしにむかふがごとくして、いとどなみだをながしけり。
のぶとし、むかしいまのものがたりして、にさんにちさうらひて、なくなくまたまうしけるは、「このおんありさまをもみたてまつりたくはぞんじさうらへども、きたのかた、いかばかりかおんおとづれをきかまほしくおぼしめされさうらふらん。いそぎおんぺんじをたまはつて、またこそまゐりさうらはめ」とまうせば、だいなごん「もつともしかるべし。われいかにもなりぬときかば、ごせをこそとぶらへ」とて、おんぺんじどもこまかにかきたまふ。おんぺんじどものなかにびんぱつをつつみそへ、のぶとしにたまふ。のぶとしなくなくみやこにのぼり、これをたてまつりたりければ、きたのかたもをさなきひとびとも、おんふみ〈 ならびに 〉おんかみをみたまひて、をめきさけびもだへこがれたまふことなのめならず。まことにめもあてられぬありさまなり。
P1445
たんばのせうしやうをばせのをのたらうにあづけてびつちゆうのくにへつかはされたりけるほどに、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ・へいはうぐわんやすよりを、さつまがたきかいがしまへながされけるあひだ、どうざいたるによつて、せうしやうをもあひそへてつかはされけり。へいはうぐわんやすよりはうちそとのたつしや、ふうげつのさいじんなるうへ、ないないだうしんありければ、せつつのくににてさまをかへてんげり。しゆつけはもとよりののぞみなれば、かくぞおもひつづけける。
つひにかくそむきはてけんよのなかを とくすてざりしことぞくやしき
かのしまは、さつまのくによりはるかにかいじやうをわたりてゆくところなり。いわうといふものおほきゆゑにいわうがしまとはまうすなり。なみたかくいそあれ、ふねをくつがへすことうんなんのろすいのごとし。しかればすなはち、たまさかにもわたるひとなし。かのしまにはひとまれなり。おのづからあるものは、このどのひとにもにず、いろきはめてくろくしてうるしをさすがごとし。みにはけおほくおひてはだへもかくるべし。ただひとへにごづのごとく、めづににたり。いふことばをばひとさらにききしらず。きるふくなく、こしにはもづくといふものをまとひきたればたうさきのごとし。をとこはえぼしもきず、はねかわといふものをしたり。をんなはかみもつつまず、くしけづることもなし。なんによともにきじんのごとく、やしやににたり。そののくわばをすかざれば、さらにけんぷのたぐひなし。しづがさわだをかへさねば、ましてべいこくのたぐひまれなり。むかしはおにがすみけるあひだ、またきかいがしまともなづけたり。およそこのしまには、つねにくろくもてんをおほひ、つきひのひかりもさらにみえず。とこしなへにはくらうちをうごかし、ふうすいのひびきともにわきまへがたし。しまのなかにはかうざんあつて、いつしかともなくくわえんもえたちもえあがる。ひるよるかみなりのおとひまなく、でんくわうしきりにひらめいて、ひるよるろくじにきもをけす。まことにいちにちへんしもいのちあるべきやうもなし。
しかればすなはち、さんにんひたひをあはせて、「このるざいはしざいにはましたり」と、なくよりほかのことはなし。
P1451
やすよりしゆつけののちははうぐわんにふだうしやうせうとぞまうしける。みのほどさいかくありければ、つねにしをつくり、うたをえいじてなぐさむほどにせうしやうもこれにひかれてこころをやりたまふ。さりながら、われらがみはせんぞのごふとおもへばちからおよばず。ふるさとにのこりとどまるひとびとのなげき、おもひやられてあはれなり。たまたまのよがれだにもこころもとなくおもはれしなかどもなるに、みやこのほか、くもゐのそら、やへのしほぢをひだてけん、たがひのこころぞいとほしき。そうづはあまりのなげきにつかれて、いはまのゆかになきゐたり。はうぐわんにふだうはいたくなきかなしみてもよしなしとて、ほとけをねんじてよをあかし、かみをたのみてききやうをいのりけり。
P1453
やすよりにふだうせめてのかなしさのあまりに、せんぼんのそとばをつくり、うへにはあじをかき、したにはにしゆのうたをかきつけて、うらにはねんがうつきひづけをして、まいにちにさんどかいしやうにこれをうかべたり。そのにしゆのうたにいはく、
さつまがたおきのこじまにわれありと おやにはつげよやへのしほかぜ
おもひやれしばしとおもふたびだにも なほふるさとはこひしきものを
と、にしゆのうたをかきつけて、すみはなみにきゆることもやあるとて、もじをゑりてすみをいれけるとかや。
しやうせうのおもひやかぜになりけん、そとばいつぽんはすみよしのにしのうらにふきつけられ、いつぽんはあきのくにいつくしまのやしろのまへのなぎさによりたりけるこそふしぎなれ。
P1454
そのころ、やすよりがためにゆかりなりけるそうの、あまりにははのなげきしあひだ、そのゆくへきかばやとて、うらうらをしゆぎやうしてまはりけるが、いつくしまのやしろにぞまゐりける。「かのみやうじんとまうすは、しやかつらりゆうわうだいさんのひめみやにて、ほんぢはだいにちによらいなり。はつしよのやしろはのきをきしる。ひやくはちじつけんのかいらうはいらかをならべたり。およそこのちのていたらくや、うしろにはせいざんががとしてたきおち、まへにはさうかいまんまんとしてなみしづかなり。かぜしようぜんのこずえをはらへばまうざうのねむりもさめぬべし。つきしやだんのいらかをてらせばむみやうのやみもはれんとす。しほみちきたるときにはなみのめんにとりゐたち、しほだにひればしらすにて、なつのよなれどもしもぞおく。まことにわくわうのりやくはいづれもまちまちにてましますといへども、いかなるいんねんをもちてか、このみやうじんはことにかいはんのいろくづにえんをむすびたまふらん」と、おもひめぐらしたてまつれば、いとどしんがうふかかりけり。
なぬかたうしやにさんらうして、「やすよりがことをきかせたまへ」といのりけるほどに、すでにいちしちにちにまんずるよる、つきいでてしほのみつるにおよび、そこはかともなくもづくのながれよりけるに、くだんのそとばをみつけたり。よあけてこれをみるに、やすよりにふだうのしゆせきなり。うへには「へいはうぐわんにふだう」とかきつけたり。このそういそぎみやこにのぼり、きたやまのむらさきのにしのびいり、ははのゆくへをたづねけるに、ははもまたおもひのあまりにやはたにこもり、「やすよりがゆくへをきかせたまへ」といのりしほどにやはたにまゐり、くだんのそとばをみせたりければ、ちがはぬやすよりがてにて、「たひらのやすより、いまはほふみやうせいしやう」とぞかいたりける。
ははこれをみて、「むざんやな、『おやにはつげよやへのしほかぜ』とかきぬらんわがこのしんちゆうこそいとほしけれ。さんにんがなかにもことさらになげくとききしかば、みちにてもしにやすらんとおもひしに、さてはしままでつきぬるにや。わかれしときのおもひより、このそとばをみるに、なかなかきもたましひもきえぬべし。せめてのおもひのあまりにてこそ、そとばにううたをもかきつらめ。いかになかなかにそとばよ、かんかたいこくもろこしのかたへもゆかずして、なにしにこれまでゆられきて、おいのあまにふたたびうきめをみするかなしさよ」とて、そとばをひたひにおしあて、てんにあふぎちにふして、もだへこがれたまひけり。
しかれば、ほふわうこのよしをきこしめして、くわんにんをつかはし、そとばをめしよせてえいらんあり、かたじけなくもおんなみだにむせびたまひけり。ないだいじんしげもりこれをたまはつて、ちちしやうこくにみせければ、しやうこくはつやつやこれをもちゐず、「きやうぢゆうのやつばらがつくりごとなり」とて、かへつてちようろうにおよびけるところにいまいつぽんのそとばすみよしよりみやこにのぼりたり。かれこれにほんすこしもたがはぬいつぴつのしゆせきなり。そのときにこそ、さしもよこがみをやぶられしじやうかいも、すこしあはれげにおもはれけるとかや。
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やすよりさんねんのゆめさめてみやこにかへりのぼるまで、このうたをくちずさみもてあそばぬひとはなし。むかしのそぶはごごんのしをつくり、ははのこひしさをとどめ、いまのやすよりはにしゆのうたをよみ、おやのおもひをなぐさむ。かれはくものうへ、これはなみのうへ、かれはたうてう、これはわがてう。わかんさかひはことなれども、おやこのちぎりはこれおなじ。えんきんへだつるといへども、はいるのかなしみこれなり。いづれもいづれもあはれなることどもなり。
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しかるに、だいなごんにふだうどのは、はいしよのこころうさ、みやこのこひしさ、やるかたなくおもはれけるにや、しちぐわつとをかごろより、ひにしたがつてよはられければ、つゆのいのちのきえるさきに、いまいちどこひしきひとびとをみたてまつりたくおもはれけれども、きやうとより「とくとくうしなひたてまつるべし」とてつかひありければ、なんばのじらうこれをうけたまはり、にさんにちしよくじをたち、さけにどくをいれてころしたてまつるとぞきこえし。またたにそこにひしをうゑて、たかきところよりつきかけてうしなひたてまつるともいひつたへたり。またふねにのせたてまつり、おきにこぎいでてふしづけにしたりともいへり。さんぎのなかに、ひしにつらぬきたまふはいちぢやうなり。なんばがこうけんにちめいといふほふしのさたとして、うしなひたてまつるとぞきこえし。かのほふしがさいあいのむすめをさんにんもちけるが、はじめはおほきむすめがものにくるひ、のやまにはしり、だいなごんのことばをはき、さまざまのことどもをののしり、はてにはしゆくしよのうしろのたけのうちへはしりいり、たけのきりくひにみをつらぬきてうせにけり。いちにんのかくあるをふしぎにおもひたれば、いもうとににんもまたかくのごとくすこしもたがはず、かくつらぬかれてしににけり。さてこそ、だいなごんのひしにつらぬかれたまふぎはいちぢやうなりとあらはれにけれ。
これをつたへききたまふきたのかたのしんちゆう、おしはかられてあはれなり。きたのかたは、もしたがひにいのちあらば、かはらぬすがたをいまいちどみえたてまつらんとおもひ、かみをつけたれども、いまはなににかせんとて、うんりんゐんのそうばうにてしのびておんかみをおとしたまふ。きんだちもみなさまをやつしこきすみぞめにひきかへて、けうやうはうおんよりほかはたじなくぞしゆせられける。あはれなりしことどもなり。
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十九 さぬきのゐんついがうのこと
にじふくにち、さぬきのゐんごついがうあつて、しゆとくゐんとなづけたてまつる。これはすなはちとばてんわうのいちのみやにて、しんゐんといはれしとき、むほんをおこしたまひしことなり。ほうげんぐわんねんしちぐわつふつか、ほんゐんとばてんわう〈 いみなをむねひとといふ。 〉ほうぎよあり。おなじきじふいちにちうのこくに、しんゐんとたうこんごしらかわてんわう〈 いみなをまさひとといふ。 〉とだいこくでんにおいてごかつせんあり。しんゐんつひにうちまけさせたまひて、おなじきじふににち、おんとしにじふいちにておんかざりをおとさせたまひ、おなじきにじふさんにち、さぬきのくにしどのだうぢやうにうつされたまひぬ。
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ねんげつをへさせたまふほどに、あながちにみやこをこひしくおぼしめされけるあひだ、たびたびしゆじやう〈 たかくらゐんか。 〉にまうされけれども、おんくつろぎなかりければ、いよいよおんうらみふかくして、わがみのおんことはちからおよばずおぼしめされけれども、ことにつきたてまつるところのにようばうたちの、なのめならずこきやうをこひしたひけるを、おんこころぐるしくおぼしめされ、ほつしやうじのくわんばくただみちのもとへ、「よきやうにはからひまうすべき」よし、おほせられけれども、よのなかにおそれをなして、おんひらうもなかりければ、しんゐんおぼしめしきつて、ごいつぴつにてごぶのだいじやうきやうをあそばし、みやこへまうさせたまひけるは、「にんげんかいにいきたるしるしに、かつうはごしやうぼだいをいのらんがために、このさんねんがほど、ごぶのだいじやうきやうをかきあつめてさうらふを、かいかねのおともせぬをんごくのさんちゆうにすておくこと、あさましくおぼえさうらふ。しかるべくは、おんきやうばかりをらくちゆう・やはた・とばあたりにいれたてまつり、おさめたてまつるべき」よし、まうさせたまひける。そのじやうのおくにいつしゆのごえいあり。
はまちどりあとはみやこにかよへども みはまつやまにねをのみぞなく
このおんしよをば、こんどはおむろへまうされければ、おむろこれをごらんぜられて、よにあはれにおもひたてまつり、このよしいささかくわんばくどのにまうさせたまふ。おほうちにてごせんぎありていはく、「るにんのおんじひつのおんきやうをいかでかぬしもなくみやこにいれたまふべき」とて、いれたてまつるにおよばざりけるあひだ、さぬきのゐんこのよしをきこしめして、「こころうきことかな。くだら・かうらい・しんら、いてうにいたるまで、きやうだいくにをあらそひ、をぢをひくわんをあげつらひて、かつせんをいたすことはつねのならひなり。しかれどもくわほうのしようれつによつて、あにはまけをぢはまけて、てをあはせてかうをこへば、からきつみにおこなふことなし。われあくぎやうのこころをおこすにあらず。これをかくことは、こんじやうのめいばうをおもひすて、ごせぼだいのためにおんきやうをかきたてまつれば、おきどころをだにゆるされず。ただいまこんじやうばかりのてきにあらず、ごしやうまでのてきごさんなれ」とおほせられて、おんしたのはしをくひきり、そのちをもつてきやうのじくのもとごとにおんちかひじやうをあそばされけるは、「わがこのごぶのだいじやうきやうをさんあくだうになげいれて、そのだいぜんりきをもつてにつぽんこくのだいまえんとなり、かならずこのうらみをむくいん」とちかひたまひて、くだんのおんきやうをちひろのそこにしづめられけり。おんつめをもきらず、おんかみをもそらず、いきながらてんぐのかたちをあらはしたまふ。
さるほどに、くかねんのせいざうをへて、ちやうくわんにねん〈 きのえさる 〉はちぐわつにじふににち、おんなげきややまいとなりにけん、おんとししじふろくのとき、ふちゆうのつつみのをかにてつひにかくれさせたまひにけり。しらみねとまうすやまでらにてこれをだびにしたてまつる。さしもおぼしめしけるしふしんのゆゑにや、だびのけむりもよそへはちらず、そのかたへぞなびきける。「おんこつをばかならづかうやさんへおくるべき」よし、ごゆいごんありけるが、いづれもいかがなりにけん、ごぞんぢにやとおぼつかなし。
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そのころ、あるものむさうをみることありけり。さぬきのゐんのおんこしをつかまつつて、だいりのさゑもんのぢんよりいれたてまつらんとす。ぐぶのともがらは、ほうげんのかつせんのときほろびしためよし・ただまさ・いへひろらはみなことごとくおんともにさうらふ。「このだいりははちだいみやうわうのしゆごしたてまつるあひだ、いらせたまふべきすきなくさうらふ」とまうしければ、「しからばきよもりがしゆくしよへつかまつれ」とて、だいじやうにふだうのにしはつでうへいれたてまつる、とみてのちこそ、にふだうのあくぎやうはひにしたがつてすすみけれ。
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さるにんあんさんねん〈 つちのえね 〉ふゆのころ、さいぎやうほふしなをあらためてえんしんしやうにんといはれけるが、くにぐにをしゆぎやうしけるついでに、さぬきのまつやまにらいりんす。「そもそもこれはしんゐんのわたらせたまひしところぞかし」とおもひいだしたてまつり、みまはしけれども、あへてそのおんあとかたもなし。あはれにおぼえさせたまひて、
まつやまになみにながれてこしふねの やがてむなしくなりにけるかな
おんはかはしらみねといふところにありとききて、かのところにまうでてみたてまつるに、ほつけざんまいをつとむるそういちにんもなし。あやしのこくじんのはかのごとくに、くさふかくしてわけがたし。「むかしはここのえのなかにりようらきんしうのおんころもにぬはれてあかしくらしたまひしが、いまはやへのむぐらのしたにふしたまふこそかなしけれ」とて、しやうにんおんはかにむかひゐて、つらつらせけんのむじやうをかんじながら、かうぞおもひつづけける。
よしやきみむかしのたまのとことても かからんのちはなににかはせん
おひをきのもとによせたてて、しばのいほりをけつこうし、なぬかななよごんぎやうして、「くわこしやうりやうしゆつりしやうじ」といのりたてまつり、さてあるべきにあらざれば、いとまをまうしておんはかよりいづるとて、にしゆのうたをぞかきつけける。
ここをまたわれすみうくてうかれなば まつはひとりにならんとやする
ひきかへてわがのちのよをとへよまつ あとしたふべきひともなきみぞ
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二十 うぢのあくさふ、ぞうくわんのこと
はちぐわつみつか、うぢのさだいじんのぞうくわんぞうゐのおんことあるべしとて、せうなごんまさもとおんつかひとして、かのごむしよへまゐりむかひ、せんみやうをささげて、だいじやうだいじんしやういちゐをおくりたてまつるよし、ごむしよによみかけたてまつる。かのごむしよは、やまとのくにそうかみのこほり、かはかみのむらはんにやののごさんまいなり。むかししがいをほりおこして、すてられしのちはみちのほとりのつちとなり、ねんねんにはるのくさのみしげくおひて、そのあとさらにみえわかず。てうかのおんつかひたづねいつて、ちよくめいのむねをつたへけるに、ばうこんいかがおぼしめすらんと、おぼつかなくぞおぼえし。
おもひのほかのことどもいできて、よをみだることただことにあらず、ひとへにしりやうのいたすところとぞ、ひとびとはからひまうされければ、かやうにもおこなはれけり。
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れいぜいゐんのものぐるはしくましましけるも、しりやうのゆゑなり。さんでうゐんのおんめのくらかりけるも、もとかたのみんぶきやうのおんりやうとぞうけたまはる。むかしもいまもおんりやう・しりやうはおそろしきことなれば、さはらはいたいしをばしゆだうてんわうとかうして、ゐがみないしんわうをばくわうごうのしきゐにふすといへり。これみなおんりやうをなだめられしはかりごととぞうけたまはる。
おなじきよつか、かいげんあつて、ぢしやうぐわんねんとまうしけり。
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げんぺいとうじやう〔ろく〕 くわんだいいちのげ
ほんにいはく、けんむしねんにぐわつやうか。またぶんわしねんさんぐわつにじふさんにち、これをかくなり。