藤岡 忠美 著 『紀貫之』

               2005年8月10日,講談社発行
               講談社学術文庫,322頁,1200円+税


目  次

 学術文庫版まえがき……………………………………………   3
第1章 紀氏に生まれて…………………………………………  13
  1 貫之という名前…………………………………………  14
  2 父・望行のこと…………………………………………  21
  3 童名は阿古久曾…………………………………………  26
  4 家系と紀氏………………………………………………  35
  5 大学寮時代………………………………………………  42

第2章 歌人誕生…………………………………………………  51
  1 雁信の歌…………………………………………………  52
  2 二つの歌合………………………………………………  60
  3 貫之の処女作と在原業平………………………………  67
  4 和歌の先達たち…………………………………………  75
  5 寛平期の政治と文学……………………………………  83

第3章 延喜の国政………………………………………………  95
  1 寛平から延喜へ…………………………………………  96
  2 宇多上皇………………………………………………… 103
  3 曲水の宴………………………………………………… 108
  4 延喜という時代………………………………………… 118

第4章	『古今和歌集』成る…………………………………… 125
  1 勅撰和歌集を創る……………………………………… 126
  2 四人の撰者……………………………………………… 135
  3 花鳥絵巻………………………………………………… 144
  4 ことばと幻想…………………………………………… 155
  5 投影のイメージ………………………………………… 162
  6 人はいさ心も知らず…………………………………… 173
  7 ふたたび「人はいさ」………………………………… 180

第5章	「小世界」の周辺……………………………………… 193
  1 専門歌人の立場………………………………………… 194
  2 『古今和歌集』以後…………………………………… 200
  3 屏風歌作者として……………………………………… 206
  4 定方と兼輔……………………………………………… 213
  5 桜散る木の下風は……………………………………… 228
  6 兼輔と貫之……………………………………………… 236
  7 「小世界」のこと……………………………………… 245

第6章	『土佐日記』前後……………………………………… 255
  1 道真の怨霊……………………………………………… 256
  2 土佐を去る……………………………………………… 263
  3 亡児追想………………………………………………… 268
  4 貫之の喪失感…………………………………………… 275
  5 女装の文学……………………………………………… 284
  6 晩年の歌、そして死…………………………………… 294

紀貫之関係図……………………………………………………… 306
貫之略年譜………………………………………………………… 307
参考文献…………………………………………………………… 315
貫之和歌索引……………………………………………………… 317


   学術文庫版まえがき

 本書は昭和六十年(1985)七月に、集英社版『王朝の歌人』(全10冊)の一冊
として出版された。昭和六十年というと、『新編 国歌大観』が「勅撰集編」を先頭に
刊行を開始したのが五十八年二月であり、「私家集編」の出たのが六十年五月のことで
あった。ちなみに、『大百科事典』『日本大百科全書』など大がかりな出版の始まった
のも昭和五十九年であり、総じてこの時期は日本文化の総括への気運が高まっていた
といえるのかもしれない。
 というわけで、本書は『新編 国歌大観』の恩恵を得るわけにはいかなかったのだ
が、今度の改版の機会に活用させてもらって、引用和歌の本文はほとんど同書のもの
に統一した。これまでは作品ごとに善本を選んだのである。
 私が貫之に関心を持ちはじめたのは、主に和歌史の立場からであった。『古今和歌
集』から『後撰和歌集』までの四十六年間は和歌史および文学史の画期的な時期に当
たり、昂揚した晴れの文芸としての勅撰和歌集の実現と、それの強い影響下に和歌が
日常生活を彩る、み、や、びな言語として人々を繋ぐ役割を果たすようになった、いわば日
本文化の故郷を形成したときなのであった。その注目すべき期間のおおよそに、貫之
の生涯が丸ごと重なりあうのである。しかも時あたかも政治史的にも古代の転換期と
して変動しており、受領身分の歌人貫之の歩みを「時代の児」として追うことにこそ、
ダイナミックな和歌史は拓かれるであろうとの期待であった。基本資料は乏しいが、
和歌のことばのあやを解きほぐす手順の中に、実体に迫る心証の確かさをおぼえる
場合もあるのである。
 それらの関係論文は、「古今集時代の意義」「古今から後撰へ」(『平安和歌史論』所
収。昭和四十一年二月、桜楓社)、「藤原兼輔の周辺」「紀貫之の贈答歌と屏風歌」「屏
風歌の本質」(『平安朝和歌 読解と試論』所収。平成十五年六月、風間書房)等であ
り、御参照いただければ幸いである。
 貫之の私生活、とくに恋愛関係についてほとんど触れていないのは、人並みで特別
なこともなかったらしいからである。歌人の伝記に私生活を持ち込むことに潔癖にな
っていたせいもある。今の私には少し取り上げておきたいこともあるのだが、この版
での加筆は控えておいた。
 改版に当たり、多少の補筆・修整・用字変更を行ったが、本文の趣旨に及ぶもの
ではない。巻末の「参考文献」は新しい文献を加え、入れ換えもした。
 貫之が平仮名の流通に果たした役割の重要性は、「時代の児」としてとらえるだけ
ですまされるものではない。貫之の存在の大きさに改めて感嘆しきりの心境である。
『古今和歌集』が成って千百年という記念の年にこの文庫本が世に出る運びとなった
のも、ありがたいことであった。御尽力をたまわった福田信宏氏ならびに杉山とみ子
氏に厚く御礼申し上げたい。
    平成十七年六月                    藤岡忠美


藤岡忠美(ふじおか ただはる)
1926年、東京生まれ。東京大学文学部卒業。北海道大学助教授、神戸大学教授、
昭和女子大学教授を経て、現在、神戸大学名誉教授。平安朝文学専攻。著書に、
『平安和歌史論』『和泉式部日記』『伊勢物語・竹取物語』『袋草紙』『躬恒集注釈』
『忠岑集注釈』『平安朝和歌――読解と試論』などがある。


新刊案内(近世文学・その他)に戻る
はじめに戻る