『粋の栞』第四号(明治23年11月10日)に
○高い物流行
として、次の記事があった。

浅草厩橋の裸体婦人の大人形初めて出来しより以来佐竹の原にも同様のものを作り其后浅草公園の木造富士これ又盤梯山破烈後其影響にや間もなく崩れて芝の愛宕館尋で又浅草の凌雲閣と各々其高きを競ふと雖もスペンサーは風船に乗つて是等を眼下に見る等実に上見れば及ばぬ事のさわなる世とはなれり(以下省略)


山本笑月『明治世相百話』(昭和11年4月20日。第一書房)246ページには、次の記述があって、やや詳しく事情が知れる。


浅草蔵前の女人形
     十二階出現までの大見世物

 奇抜な見世物も多いがこれらは特別、明治十二、三年ごろ浅草厩橋の近所、蔵前へできたハダカ女の大人形、高さ三丈余り、人家の屋根越しに乳から上がヌツと出て肌色の漆食塗、余りいい恰好ではなかつたが思い切つた珍趣向と、呆れながらもぞろぞろ見物、エロの利き目は今も昔も。
 木戸を入ると腰巻然たる赤い幕を潜つて膝の辺から体内へ、ゲラゲラ笑いながら上つて行く。腹のあたりに十ケ月の胎児の模型、もつともらしく説明が一とくさり、御順に上つて頭のてつぺん、三つばかり窓があつて四方を見晴らす。高場所のない下町の人間は珍らしがつて覗いたものだが、一年ばかりで止めたらしい。これが高い所へ登らせる見世物の始めで、おつぎは明治十七年、下谷の佐竹ノ原にできた大仏さま。
 大仏は高さ四丈八尺、これも土台は竹組みで漆食塗り、前のハダカ女と違って顔も恰好も立派なもの、その筈である。当時興行者が高村光雲先生に原型を頼んで念入の細工、大きさといひ姿といひ全く奈良からお引越しの体、見物は膝から上つて手の掌へ出られる。見あげると蟻のやうにぞろぞろ、頭の窓からは上野や浅草が手に取るばかり、体内には古物の展覧と閣魔さまの像、四五月頃の開場で相応の人出であつたが、その年九月の大荒れで無慚や大破。
 三度目が明治二十一年浅草公園の六区に出現の富士、木骨石灰塗で高さ十八間、さすがに高いがその無恰好は女人形以上、なんださざえの化物かとけなしながら中々の登山客、これも二年と経たぬうち禿山となって取崩し。最後が例の凌雲閣即ち十二階、二十五年落成、株屋の福原某が発起で英人の設計、高さ三十六七間で富士山の倍、但し六区のである。ところが昇降機はあつても使はれず、階段づたひに初手から失敗、そのうへ二十七年の地震に罅が入つて鉄のタガ、煙突式の図抜けたノツポに持て余しの形であつたが、大正の震災にポキン、これにて高い所へ引張り上げる興行物はひとまづ打止め。




厩橋の裸体婦人は、ネットにあった。

古写真に見る明治の東京~浅草区編の厩橋の写真の謎が解けた!
http://blog.goo.ne.jp/kenmatsu_fs/e/6c3abd2fdb6c2af2c6836a090f9d85db
「古写真に見る明治の東京~浅草区編」を見る
http://blog.goo.ne.jp/kenmatsu_fs/e/e609d12c5a6f13be9fae4934eb0a0363

頭部だけだが、当時の写真も見られる。
明治十二、三年頃にできて、すぐになくなったものらしい。


「佐竹の原」もネットにあった。
佐竹は今の台東区台東3丁目付近、佐竹屋敷があった所。ここの商店街のHPに、

佐竹トリビアの泉
http://www.satakeshotengai.com/torivia.htm
◎佐竹に明治時代大仏があった。
※明治十八年、高村光雲が高さ十五mの見世物用大仏を作った。

とある。
詳しくは下記を参照されたい。


佐竹の大仏
http://www.kinpodo.co.jp/1162
佐竹の原へ大仏をこしらえたはなし(高村光雲)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000270/files/1545_18900.html


「浅草公園の木造富士」もネットにある。

見世物興行年表
http://blog.livedoor.jp/misemono/archives/cat_50047702.html

明治20年とのこと。
この「見世物興行年表」は詳しいが、上記の裸体人形や木造富士は載っていないようだ。

「芝の愛宕館」とは、愛宕館付属の愛宕塔のことらしい。
これもネットにある。

愛宕塔(あたごとう)
http://urbanist.jp/sanpo_minato/bungaku_03.html
明治22年、現在の港区芝愛宕町1丁目の愛宕山上、愛宕神社左手に建てられた五階建ての高塔です。旅館兼西洋料理店の愛宕館に付属していて、最上階は望遠鏡がある展望台でした。
愛宕館が廃業した後も、愛宕塔だけは大正まで残っていたようで、現在はNHK放送博物館になっています。

凌雲閣は十二階で有名なので、省略する。


菊池眞一<et8jj5@bma.biglobe.ne.jp>