平家物語 下村時房本 総ひらがな版

使用テキスト 『平家物語上・下』正宗敦夫。日本古典全集刊行会(大正15年・昭和2年再刊)。底本東北大学狩野文庫蔵本。
下村時房本 室町後期か。覚一本から流布本へと至る過渡的な本文。内閣文庫等蔵。

総ひらがな版で、原則としまして、歴史的仮名遣いに基づいています。
*記号の説明   ¥ / − 
単語を単位に区切り、記号で区別をします(この記号は、後に索引製作等に利用するために付けた物ですので、参考程度にお願いします。)
¥ 文節の区切り
/ 助詞・助動詞の前
― 連語のつなぎ

章段名を「  」にいれ、その後に、S+巻(上2桁)+章段(下2桁)で表記しました。参考としまして、覚一本(高野本)の章段名を該当個所に『  』T+巻(上2桁)+章段(下2桁)で表記しました。
例:「ぎをんしやうじや」S0101 『ぎをんしやうじや』T0101
参考としまして、流布本の章段名を該当個所にR+巻(上2桁)+章段(下2桁)で表記しました。上記と違う箇所に有る場合。一部です。
例:「ぐわんだて」R0113
覚一本には、和歌が100首有りますので、最初から番号を振り和歌の後に
W000 と表記しました。無い場合は欠番に成ります。

日本古典全集に基づき、改行しました。

日本古典全集のページを表示しました。P+巻数(上:1、下:2)+3桁。語句の途中の場合は、語句の後に表記しました。

P1003
へいけものがたりくわんだいいち もくろく
ぎをんしやうじや
てんじやうのやみうち
すすき つけたり かぶろ
わがみのえいぐわ
にだいのきさき
がくうちろん
きよみづえんじやう つけたり とうぐうだち
ぎわう
でんかののりあひ
ししのたに つけたり しゆんくわん
P1004
うかはかつせん
ぐわんだて
みこしふり
だいりえんじやう
P1005
へいけものがたりくわんだいいち
「ぎをんしやうじや」S0101 『ぎをんしやうじや』T0101
ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろ、しやうじやひつすいのことわりをあらはす。おごれるひともひさしからず、ただはるのよのゆめのごとし。たけきものもつひにはほろびぬ。ひとへにかぜのまへのちりにおなじ。とほくいてうをとぶらへば、しんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしうい、たうのろくさん、これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごとにもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをもおもひいれず、てんがのみだれんことをさとらずして、みんかんのうれふるところをしらざりしかば、ひさしからずして、ばうじにしものどもなり。ちかくほんてうをうかがふに、しようへいのまさかど、てんぎやうのすみとも、かうわのぎしん、へいぢのしんらい、これらはたけきこころも、おごれることもみなとりどりにこそありしか。まぢかくはろくはらのにふだうさきのだいじやうだいじんたひらのあそんきよもりこうとまうししひとのありさま、つたへうけたまはるこそ、こころもことばもおよばれね。そのせんぞをたづぬれば、くわんむてんわうだいごのわうじ、いつぽんしきぶきやうかづらはらのしんわうくだいのこういん、さぬきのかみまさもりがそん、ぎやうぶきやうただもりのあそんのちやくなんなり。かのしんわうのみこたかみのわうむくわんむゐにしてうせたまひぬ。そのみこたかもちのわうのとき、はじめてたひらのしやうをたまはつて、かづさのすけになりたまひしよりたちまちにわうしをいでてじんしんにつらなる。そのこちんじゆふのしやうぐんよしもち、のちにはくにかとあらたむ。くにかよりまさもりにいたるまでろくだいは、しよこくのじゆりやうたり
P1006
しかども、てんじやうのせんせきをばいまだゆるされず。
「てんじやうのやみうち」S0102 『てんじやうのやみうち』T0102
しかるにただもりのあそん、いまだびぜんのかみたりしとき、とばのゐんのごぐわん、とくぢやうじゆゐんをざうしんして、さんじふさんげんのみだうをたて、いつせんいつたいのみほとけをすゑたてまつらる。くやうはてんしようぐわんねんさんぐわつじふさんにちなり。けんしやうにはけつこくをたまふべきよしおほせくだされける。をりふしたじまのくにのあきたりけるをぞたまはりける。しやうくわうなほぎよかんのあまりに、うちのしようでんをゆるさる。ただもりさんじふろくにてはじめてしようでんす。くものうへびとこれをそねみいきどほり、おなじきとしのじふいちぐわつにじふさんにち、ごせちとよのあかりのせちゑのよ、ただもりをやみうちにせんとぞぎせられける。ただもり、このよしをつたへききて、「われいうひつのみにあらず、ぶようのいへにうまれて、いまふりよのはぢにあはんこと、いへのため、みのためこころうかるべし。せんずるところ、みをまつたうしてきみにつかへたてまつれといふほんもんあり」とて、かねてよういをいたす。さんだいのはじめより、おほきなるさやまきをよういし、そくたいのしたにしどけなげにさし、ひのほのくらきかたにむかつて、やはらこのかたなをぬきいでて、びんにひきあてられたりけるが、よそよりは、こほりなどのやうにぞみえたりける。しよにんめをすましけり。またただもりのらうどう、もとはいちもんたりしもくのすけたひらのさだみつがまご、しんのしらうだいふいへふさがこに、さひやうゑのじよういへさだといふものあり。うすあをのかりぎぬのしたに、もえぎをどしのはらまきをき、つかぶくろつけたるたちわきばさんで、てんじやうのこにはにかしこまつてぞさふらひける。くわんじゆいげ、あやしみをなして、「うつほばしらよりうち、すずのつなのあたりに、ほういのものさぶらふはなにものぞ。らうぜきなり。とうとう
P1007
まかりいでよ」と、ろくゐをもつていはせられたりければ、いへさだかしこまつてまうしけるは、「さうでんのしゆびぜんのかみどの、こんややみうちにせられたまふべきよしつたへうけたまはつて、それならんさまをみんとて、かくてさぶらふなり。えこそいでまじうさうらへ」とて、かしこまつてぞさぶらひける。これらをよしなしとやおもはれけん、そのよのやみうちなかりけり。ただもりまたごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをかへて、「いせへいしはすがめなりけり」とぞはやされける。かけまくもかたじけなく、このひとびとはかしはばらのてんわうのおんすゑとはまうしながら、なかごろはみやこのすまひもうとうとしく、ぢげにのみふるまひなつて、いせのくににぢゆうこくふかかりしかば、そのくにのうつはものにことよせて、いせへいじとぞはやされける。そのうへただもりのめのすがまれたりけるゆゑにこそ、かやうにははやされけるなれ。ただもりなんとすべきやうもなくして、ぎよいうもいまだをはらざるさきに、ひそかにごぜんをまかりいでらるるとて、ししんでんのおんうしろにして、かたへのてんじやうびとのみられけるところにて、とのもづかさをめしてよこだへさされたりけるかたなをば、あづけおきてぞいでられける。いへさだ、まちうけたてまつりて、「さていかがさふらひつる」とまうされければ、かくともいはまほしうはおもはれけれども、いひつるほどならば、やがててんじやうまでもきりのぼらんずるもののつらだましひにてあるあひだ、「べつのことなし」とぞこたへられける。ごせつには、「しらうすやう、こぜんじのかみ、まきあげのふで、ともゑかいたるふでのぢく」など、さまざまかやうにおもしろきことをのみこそうたひまはるるに、なかごろだざいのごんのそつすゑなかのきやうといふひとありけり。あまりにいろのくろかりければ、みるひと、こくそつとぞまうしける。そのひといまだくらうどのとうたりしとき、ごぜんのめしにまはれけるに、ひとびとひやうしをかへて、「あなくろくろ、くろきとうかな。いかなるひとのうるしぬりけん」とぞはやされける。またくわざんのゐんのさきのだいじやうだいじんただまさこう、いまだじつさいとまうししとき、ちちちゆうなごんただむねのきやうにおくれたまひて、みなしごにておはせしを、こなかみかどとうちゆうなごんかせいのきやう、そのときはいまだはりまのかみにておはしけるが、むこにとりて、はなやかにもてなされければ、これもごせつには、「はりまよねはとくさか、むくのはか、ひとのきらをみがくは」とぞはやさ
P1008
れける。「しやうこにはかやうにありしかども、こといでこず。まつだいいかがあらんずらん、おぼつかなしとぞひとびとまうしあはれける。あんのごとくごせつはてにしかば、てんじやうびと、いちどうにうつたへまうされけるは、「それゆうけんをたいしてくえんにれつし、ひやうぢやうをたまはりてきゆうちゆうをしゆつにふするは、みなこれきやくしきのれいをまもる、りんめいよしあるせんぎなり。しかるをただもりのあそん、あるいはさうでんのらうじゆうとかうして、ほういのつはものをてんじやうのこにはにめしおき、あるいはこしのかたなをよこだへさいて、せちゑのざにつらなる。りやうでうきたいいまだきかざるらうぜきなり。ことすでにちようでふせり。ざいくわもつとものがれがたし。はやくてんじやうのおんふだをけづりて、けつくわんちやうにんせらるべきよし、しよきやういちどうにうつたへまうされければ、しやうくわうおほきにおどろかせたまひて、ただもりをめしておんたづねあり。ちんじまうされけるは、「まづらうじゆうこにはにしこうのよし、まつたくかくごつかまつらず。ただしきんじつひとびとあひたくまるるむね、しさいあるかのあひだ、としごろのけにん、ことをつたへきくかによつて、そのはぢをたすけむがために、ただもりにはしらせずして、ひそかにさんこうのでう、ちからおよばざるしだいなり。もしそのとがあるべくば、かのみをめししんずべきか。つぎにかたなのことは、とのもづかさにあづけおきさふらひをはんぬ。めしいだされ、かたなのじつぷにつきて、とがのさうあるべきか」とまうす。このぎもつともしかるべしとて、かのかたなをめしいでてえいらんあるに、うへはさやまきのくろうぬつたりけるが、なかはきがたなにぎんぱくをぞおしたりける。「たうざのちじよくをのがれんがために、かたなをたいするよしあらはすといへども、ごにち
P1009
のそしようをぞんじて、きがたなをたいしたるよういのほどこそしんべうなれ。きゆうせんにたづさはらんほどのもののはかりごとは、もつともかうこそあらまほしけれ。かねてはまたらうじゆうこにはにしこうのよし、かつうはぶしのらうどうのならひなり。ただもりがとがにはあらず」とて、かへつてえいかんにあづかりしうへは、あへてざいくわのさたはなかりけり。
「すすき」S0103 『すずき』T0103
そのこどもはみなしよゑいのすけになりて、しようでんせしに、てんじやうのまじはりをひときらふにおよばず。あるときただもり、びぜんのくによりみやこへのぼりたりけるに、とばのゐんごぜんへめして、「あかしのうらはいかに」とおほせければただもり
ありあけのつきもあかしのうらかぜになみばかりこそよるとみえしか W001
とまうされたりければ、ななめならずにぎよかんありて、やがてこのうたをば、きんえふしふにぞいれられける。ただもり、またせんとうにさいあいのにようばうをもつてかよはれけるが、あるときおはしたりけるに、このにようばうのつぼねに、つまにつきいだしたるあふぎをとりわすれて、いでられたりければ、かたへのにようばうたち、「これはいづくよりのつきかげぞや、いでどころおぼつかなし」など、わらひあはれければ、かのにようばう、
くもゐよりただもりきたるつきなればおぼろげにてはいはじとぞおもふ W002
とよみたりければ、いとどあさからずおもはれける。さつまのかみただのりのははこれなり。にるをともとかやのふぜいにて、
P1010
ただもりのすいたりければ、かのにようばうもいうなりけり。かくてただもり、ぎやうぶきやうになつて、にんぺいさんねんしやうぐわつじふごにち、としごじふはちにてうせたまひしかば、きよもりちやくなんたるによつて、そのあとをつぐ。ほうげんぐわんねんしちぐわつに、うぢのさふ、よをみだりたまひしとき、あきのかみとてみかたにてくんこうありしかば、はりまのかみにうつつて、おなじきさんねんだざいのだいにになる。つぎにへいぢぐわんねんじふにぐわつ、のぶよりよしともがむほんのときも、みかたにてぞくとをうちたひらげたりしかば、くんこうひとつにあらず、おんしやうこれおもかるべしとて、つぎのとしじやうざんみにじよせられ、うちつづきさいしやう、ゑふのかみ、けんびゐしのべつたう、ちゆうなごん、だいなごんに〔へ〕あがつて、あまつさへじようしやうのくらゐにいたり、さうをへずして、ないだいじんよりだいじやうだいじんじゆいちゐにあがる。だいしやうにあらねども、ひやうぢやうをたまはつてずいじんをめしぐす。ぎつしやれんじやのせんじをかうむり、のりながらきゆうちゆうにしゆつにふす。ひとへにしつせいのしんのごとし。「だいじやうだいじんはいちじんにしはんして、しかいにぎけいせり。くにををさめみちをろんじ、いんやうをやはらげをさむ。そのひとにあらずは、すなはちかけよといへり。さればそくけつのくわんともなづけられたり。そのひとならではけがすまじきくわんなりとも、にふだうしやうこくいつてんしかいをたなごころのうちににぎりたまひしうへは、しさいにおよばず。そもそもへいけかやうにはんじやうすることは、くまのごんげんのごりしやうとぞきこえし。そのゆゑは、きよもりいまだあきのかみたりしとき、いせのくにあののつより、ふねにてくまのへまゐられけるに、おほきなるすずきのふねへをどりいりたりけるを、せんだちまうしけるは、「これはめでたきおんことかな、まゐるべし」とまうしければ、にふだうしやうこくさしもじつかいをたもつて、しやうじんけつさいのみちなれども、むかし、しうのぶわうのふねにこそ、はくぎよはをどりいりたなれとててうみしてわがみくひ、いへのこらうどうどもにもくはせらる。そのゆゑにやげかうののち、うちつづきて、きちじのみおほかりけり。わがみだいじやうだいじんにいたり、しそんのくわんも、りようのくもにのぼるよりはなほ
P1011
すみやかなり。くだいのせんじようをこえたまふこそめでたけれ。
「かぶろ」S0104 『かぶろ』T0104
かくてきよもり、にんあんさんねんじふいちぐわつじふいちにち、としごじふいちにてやまひにをかされ、ぞんめいのために、たちまちにしゆつけにふだうす。ほふみやうはじやうかいとこそつきたまへ。そのゆゑにや、しゆくびやうたちどころにいえててんめいをまつたうす。しゆつけののちも、えいえうはなほつきずとぞみえし。ぼんにんのおもひつきたてまつることは、ふるあめのこくどをうるほすがごとく、よのあまねくあふげることも、ふくかぜのくさきをなびかすにおなじ。ろくはらどののいつけのきんだちとだにいひてしかば、くわしよくもえいゆうも、たれかたをならべ、おもてをむかふきみなし。またにふだうしやうこくのこじうと、へいだいなごんときただのきやうのたまひけるは、「このいちもんにあらざらんものは、みなにんぴにんたるべし」とぞのたまひける。さればいかなるひとも、そのゆかりにむすぼれんとぞしける。えぼしのためやうよりはじめて、えもんのさしぬきのりんにいたるまで、なにごともろくはらやうとだにいひてしかば、いつてんしかいのひとみなこれをまなぶ。いかなるけんわうけんしゆのおんまつりごと、せつしやうくわんばくのごせいばいをも、よにあまされたるいたづらものなどの、ひとのきかぬところによりあひて、なにとなうそしりかたぶけまうすことはつねのならひなれども、このぜんもんよざかりのほどは、いささかゆるかせにまうすものなし。そのゆゑはにふだうしやうこくのはかりごとに、じふしごろくのわらべをさんびやくにんすくへて、かみをかぶろにきりまはし、あかきひたたれをきせて、めしつかはれけるが、きやうぢゆうにみちみちてわうへんしけり。おのづからへいけのおんことを、あしざまにまうす
P1012
ものあれば、ひとりききいださぬほどこそありけれ、よたうにふれもよほし、そのいへにらんにふし、しざいざふぐをついほし、そのやつをからめとりて、ろくはらへゐてまゐる。おほよそめにみ、こころにしるといへども、ことばにあらはしてまうすものなし。ろくはらどののかぶろとだにいひてしかば、みちをすぐるうまくるまも、みなよぎてぞとほりける。きんもんをしゆつにふすといへども、しやうみやうをたづねらるるにおよばず。けいしのちやうり、これがためにめをそばむとみえたり。
「わがみのえいぐわ」S0105 『わがみのえいぐわ』T0105
わがみのえいぐわをきはむるのみならず、いちもんともにはんじやうして、ちやくなんしげもり、ないだいじんのさだいしやう、じなんむねもり、ちゆうなごんのうだいしやう、さんなんとももり、さんみのちゆうじやう、ちやくそんこれもり、しゐのせうしやう、すべていちもんのくぎやうじふろくにん、てんじやうびとさんじふよにん、しよこくのじゆりやう、ゑふ、しよし、つがふろくじふよにんなり。よにはまたひとなくぞみえられける。むかしならのみかどのおんとき、じんきごねん、てうかにちゆうゑのだいしやうをはじめおかれ、だいどうしねんにちゆうゑをこのゑとあらためられしよりこのかた、きやうだいさうにあひならぶこと、わづかにさんしかどなり。もんどくてんわうのおんときは、ひだりによしふさ、うだいじんのさだいしやう、みぎによしすけ、だいなごんのうだいしやう、これはかんゐんのさだいじんふゆつぐのおんこなり。すじやくゐんのぎようには、ひだりにさねより、をののみやどの、みぎにもろすけ、くでうどの、ていじんこうのおんこなり。ごれいぜいゐんのおんときは、ひだりにのりみち、おほにでうどの、みぎによりむね、ほりかはどの、みだうくわんばくのおんこなり。にでうのゐんのぎようには、ひだりにもとふさ、まつどの、みぎにかねざね、つきのわどの、ほふしやうじどののおんこなり。これみなせふろくのしんのおんしそく、ぼんじんにとつてはそのれいなし。てんじやうのまじはりをだにきらはれしひと
P1013
のしそんにて、きんじきざつぱうをゆり、りようらきんしうをみにまとひ、だいじんのだいしやうになりてきやうだいさうにあひならぶこと、まつだいとはいひながら、ふしぎなりしことどもなり。そのほか、おんむすめはちにんおはしき。みなとりどりにさいはひたまへり。ひとりはさくらまちのちゆうなごんしげのりのきやうのきたのかたにておはすべかりしが、はつさいのとしおんやくそくばかりにて、へいぢのみだれいご、ひきちがへられて、のちには、くわざんのゐんのさだいじんどののみだいばんどころにならせたまひて、きんだちあまたましましけり。そもそもこのしげのりのきやうをさくらまちのちゆうなごんとまうしけることは、すぐれてこころすきたまへるひとにて、つねはよしののやまをこひつつ、ちやうにさくらをうゑならべ、そのうちにやをたててすみたまひしかば、くるとしのはるごとに、みるひと、みなさくらまちとぞまうしける。さくらはさきてしちかにちにちるを、なごりををしみ、あまてるおほかみにいのりまうされければにや、さんしちにちまでなごりありけり。きみもけんわうにてましませば、しんもしんとくをかかやかし、はなもこころありければ、はつかのよはひをたもちけり。いちにんはきさきにたたせたまふ。わうじごたんじやうありて、くわうたいしにたち、くらゐにつかせたまひしかば、ゐんがうかうぶらせたまひて、けんれいもんゐんとぞまうしける。にふだうしやうこくのおんむすめなるうへ、てんがのこくもにてましませば、とかうまうすにおよばれず。いちにんはろくでうのせつしやうどののきたのまんどころにならせたまふ。たかくらのゐんございゐのおんとき、おんははしろとて、じゆんさんごうのせんじをかうぶり、しらかはどのとて、おもきひとにてぞましましける。いちにんはふげんじどののきたのまんどころにならせたまふ。いちにんはしちでうのすりのだいぶのぶたかのきやうにあひぐしたまへり。いちにんはれんぜいのだいなごんたかふさのきやうのきたのかた、またあきのくにいつくしまのないしがはらにいちにん、おはしけるは、ごしらかはのほふわうへまゐらせたまひて、ひとへににようごのやうでぞましましける。そのほかくでうのゐんのざふしときはがはらにいちにん、これはくわざんのゐんどののじやうらふにようばうにて、らふのおんかたとぞまうしける。につぽんあきつしまはわづかにろくじふろくかこく、
P1014
へいけちぎやうのくにさんじふよかこく、すでにはんごくにこえたり。そのほかしやうえん、たはたいくらといふかずをしらず。きらじゆうまんして、だうじやうはなのごとし。けんきぐんじゆして、もんぜんいちをなす。やうしうのこがね、けいしうのたま、ごぐんのあや、しよくかうのにしき、しちちんまんぽう、ひとつとしてかけたることなし。かたうぶかくのもとゐ、ぎよりようしやくばのもてあそびもの、おそらくは、ていけつもせんとうも、これにはすぎじとぞみえし。
「にだいのきさき」S0106 『にだいのきさき』T0107
むかしよりいまにいたるまで、げんぺいりやうしてうかにめしつかはれて、わうくわにしたがはず、おのづからてうけんをかろんずるものには、たがひにいましめをくはへしかば、よのみだれはなかりしに、ほうげんにためよしきられ、へいぢによしともちゆうせられてのちは、すゑずゑのげんじどもあるいはながされ、あるいはうしなはれて、いまはへいけのいちるいのみはんじやうして、かしらをさしいだすものなし。いかならんすゑのよまでも、なにごとかあらんとぞみえし。されどもとばのゐんごあんがののちは、へいかくうちつづいて、しざい、るけい、けつくわん、ちやうにん、つねにおこなはれて、かいだいもしづかならず、せけんもいまだらくきよせず。なかんづくえいりやく、おうほうのころよりして、ゐんのきんじゆしやをば、うちよりおんいましめあり、うちのきんじゆしやをばゐんよりいましめらるるあひだ、じやうげおそれをののいて、やすいこころもなし。ただしんえんにのぞんで、はくひようをふむにおなじ。しゆしやうしやうくわうふしのおんあひだに、なにごとのおんへだたりあるべきなれども、おもひのほかのことどもおほかりけり。これもよげうきにおよんで、ひとけうあくをさきとするゆゑなり。しゆしやう、ゐんのおほせをつねはまうしかへさせおはしましけるなかにも、ひとじもくをおどろかし、よもつておほきにかたぶけまうすことありけり。ここのゑのゐんのきさき、たいくわうたいこうぐう
P1015
とまうししは、おほひのみかどのうだいじんきんよしこうのおんむすめなり。せんていにおくれたてまつりたまひてのちは、ここのへのほか、このゑがはらのごしよにぞうつりすませたまひける。さきのきさいのみやにて、かすかなるおんありさまにてわたらせたまひしが、えいりやくのころほひは、おんとしにじふにさんにもやならせましましけん、おんさかりもすこしすぎさせおはしますほどなり。されども、てんがだいいちのびじんのきこえましましければ、しゆしやういろにのみそめるみこころにて、ひそかにかうりきしにせうじて、ぐわいきゆうにひきもとめしむるにおよびて、このおほみやへごえんしよあり。おほみやあへてきこしめしもいれず。しゆしやうひたすらはやほにあらはれて、きさきごじゆだいあるべきよし、うだいじんげにせんじをくださる。このことてんがにおいてことなるしようじなれば、くぎやうせんぎありけり。おのおのいけんをいふ。「まづいてうのせんじようをとぶらふに、しんだんのそくてんくわうごうは、たうのたいそうのきさき、かうそうくわうていのけいぼなり。たいそうほうぎよののち、かうそうのきさきにたちたまふことあり。それはいてうのせんぎたるうへ、べつだんのことなり。しかれどもわがてうには、じんむてんわうよりこのかたにんわうしちじふよだいにおよぶまで、いまだにだいのきさきにならせたまふれいをきかず」としよきやういちどうにまうされたり。しやうくわうもしかるべからざるよし、こしらへまうさせたまへども、しゆしやうおほせなりけるは、「てんしにぶもなし。われじふぜんのかいこうによつて、ばんじようのほうゐをたもつ。これほどのことなどかえいりよにまかせざるべき」とて、やがてごじゆだいのひ、せんげせられけるうへは、ちからおよばせたまはず。おほみやかくときこしめされけるより、おんなみだにしづませおはします。せんていにおくれまゐらせにしきうじゆのあきのはじめ、おなじのばらのつゆともきえ、いへをもいでよをものがれたりせば、いまかかるうきことをばきかざらましとぞ、おんなげきありける。ちちのおとどこしらへまうさせたまひけるは、「よにしたがはざるをもつてきやうじん
P1016
とすとみえたり。すでにぜうめいをくださる。しさいをまうすにところなし。ただすみやかにまゐらせたまふべきなり。もしわうじごたんじやうありて、きみもこくもといはれ、ぐらうもぐわいそとあふがるべきずいさうにてもやさうらふらん。これひとへにぐらうをたすけさせおはしますごかうかうのおんいたりなるべし」と、やうやうにこしらへまうさせたまへども、おんぺんじもなかりけり。おほみやそのころなにとなきおんてならひのついでに、
うきふしにしづみもやらでかはたけのよにためしなきなをやながさん W004
よにはいかにしてもれけるやらん、あはれにやさしきためしにぞひとみなまうしあはれける。すでにごじゆだいのひにもなりしかば、ちちのおとど、ぐぶのかんだちめ、いだしぐるまのぎしきなど、こころ〔こと〕にだしたてまゐらさせたまひけり。おほみやものうきおんいでたちなれば、とみにもたてまつらず、はるかによふけ、さよもなかばになりてのち、みくるまにたすけのせられさせたまひけり。ごじゆだいののちは、れいけいでんにぞましましける。ひたすらあさまつりごとをすすめまうさせたまふおんさまなり。かのししんでんのくわうきよには、げんじやうのさうじをたてられたり。いいん、ていごりん、ぐせいなん、たいこうばう、ろくりせんせい、りせき、しば、てなが、あしなが、うまがたのさうじ、おにのま、りしやうぐんがすがたをさながらうつせるさうじもあり。をはりのかみをののみちかぜが、しちくわいげんじやうのさうじとかけるも、ことわりとぞみえし。かのせいりやうでんのぐわとのみさうじには、むかしかなをかがかきたりし、とほやまのありあけのつきもありとかや。こゐんのいまだえうしゆにてましましけるそのかみ、なにとなきおんてまさぐりのついでに、かきくもらかさせたまひたりしが、ありしながらにすこしもたがはぬをごらんじて、せんていのむかしもやおんこひしうおぼしめされけん、
P1017
おもひきやうきみながらにめぐりきておなじくもゐのつきをの[* の ノ字衍字]みんとは W005
そのあひだのおんなからひ、いひしらずあはれにやさしきおんことなり。
「がくうちろん」S0107 『がくうちろん』T0108
さるほどに、えいまんぐわんねんのはるのころより、しゆしやうごふよのおんことときこえさせたまひしが、なつのはじめにもなりしかば、ことのほかにおもらせたまふ。これによつて、おほくらのたいふいきのかねもりがむすめのはらに、きんじやういちのみやのにさいにならせたまふがましましけるを、たいしにたてまゐらさせたまふべしときこえしほどに、おなじきろくぐわつにじふごにち、にはかにしんわうのせんじくださせたまふ。やがてそのよじゆぜんありしかば、てんがなにとなうあわてたるさまなりけり。そのときのいうしよくのひとびとまうしあはれけるは、まづほんてうに、どうていのれいをたづぬるに、せいわてんわうくさいにして、もんどくてんわうのおんゆづりをうけさせたまふ。これはかのしうこうたんのせいわうにかはり、なんめんにして、いちじつばんきのまつりごとををさめたまひしになぞらへて、ぐわいそちゆうじんこう、えうしゆをふちしたまへり。これぞせつしやうのはじめなる。とばのゐんごさい、こんゑのゐんさんざいにてせんそあり。かれをこそ、いつしかなれとまうししに、これはにさいにならせたまふ。せんれいなし。ものさわがしともおろかなり。さるほどに、おなじきしちぐわつにじふしちにち、しやうくわうつひにほうぎよなりぬ。おんとしにじふさん。つぼめるはなのちれるがごとし。たまのすだれ、にしきのちやうのうち、みなおんなみだにむせばせおはします。やがてそのよ、かうりゆうじのうしとら、れんだいののおく、ふなをかやまにをさめたてまつる。ごさうそうのよ、こうぶくえんりやくりやうじのだいしゆ、がくうちろんといふことをしいだして、たがひに
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らうぜきにおよぶ。いつてんのきみほうぎよなりてのち、ごむしよへわたしたてまつるときのさほふは、なんぼくにきやうのだいしゆ、ことごとくぐぶして、ごむしよのめぐりに、わがてらでらのがくをうつことありけり。まづしやうむてんわうのごぐわん、あらそふべきてらなければ、とうだいじのがくをうつ。つぎにたんかいこうのごぐわんとてこうぶくじのがくをうつ。ほくきやうには、こうぶくじにむかへて、えんりやくじのがくをうつ。つぎにてんむてんわうのごぐわん、けうだいわじやう、ちしようだいしのさうさうとてをんじやうじのがくをうつ。しかるを、さんもんのだいしゆ、いかがおもひけん、せんれいをそむいて、とうだいじのつぎ、こうぶくじのうへに、えんりやくじのがくをうつあひだ、なんとのだいしゆ、とやせまし、かうやせましと、せんぎするところに、ここにこうぶくじのさいこんだうじゆ、くわんおんばう、せいしばうとて、きこえたるだいあくそうににんありけり。くわんおんばうはくろいとをどしのはらまきに、しらえのなぎなた、くきみじかにとり、せいしばうはもよぎをどしのはらまきに、くろぞめのおほだちもちて、ににんつとはしりいで、こうぶくじ[* えんりやくじ ノ誤カ]のがくをきつておとし、さんざんにうちわり、「うれしやみづ、なるはたきのみづ、ひはてるとも、たえずとうたへ」とはやしつつ、なんとのしゆとのなかへぞいりにける。
「きよみづえんじやう」S0108 『きよみづでらえんしやう』T0109
さんもんのだいしゆ、らうぜきをいたさばてむかへすべきところに、こころぶかうねらふかたもやありけん、ひとことばもいださず。みかどかくれさせたまひてのちは、こころなきさうもくまでも、みなうれひたるいろにこそあるべきに、このさうどうのあさましさにたかきもいやしきも、きもたましひをうしなひて、しはうへみなたいさんす。おなじきにじふくにちのうまのこくばかり、さんもんのだいしゆおびたたしう
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げらくすときこえしかば、ぶし、けんびゐし、にしざかもとにゆきむかつてふせぎけれども、ことともせず、おしやぶつてらんにふす。またなにもののまうしいだしたりけるやらん、「いちゐん、さんもんのだいしゆにおほせて、へいけついたうせらるべし」ときこえしかば、ぐんびやうだいりにさんじてしはうのぢんどうをけいごす。へいじのいちるいみなろくはらへはせあつまる。いちゐんもいそぎろくはらへごかうなる。きよもりこうそのときはいまだだいなごんのうだいしやうにておはしけるが、おほきにおそれさわがれけり。こまつどの、「なにによつて、ただいまさることさうらふべき」としづめまうされけれども、つはものどもさわぎののしることおびたたし。されどもさんもんのだいしゆろくはらへはよせずして、すぞろなるきよみづでらにおしよせて、ぶつかくそうばういちうものこさずみなやきはらふ。これはさんぬるごさうそうのよのくわいけいのはぢをきよめんがためとぞきこえし。きよみづでらはこうぶくじのまつじたるによつてなり。きよみづでらやけたりけるあした、「や、くわんおんくわけうへんじやうちはいかに」と、ふだにかきて、だいもんのまへにたてたりければ、つぎのひまた、「りやくこふふしぎちからおよばず」と、かへしのふだをぞうちたりける。しゆとかへりのぼりにければ、いちゐんもいそぎろくはらよりくわんぎよなる。しげもりのきやうばかりぞ、おんともにはまゐられける。ちちのきやうはまゐられず。なほようじんのためかとぞみえし。しげもりのきやう、おんおくりよりかへられたりければ、ちちだいなごんのたまひけるは、「さてもいちゐんのごかうこそおほきにおそれおぼゆれ。かねてもおぼしめしより、おほせらるるむねのあればこそ、かうはきこえめ。それにもうちとけたまふまじ」とのたまへば、しげもりのきやうまうされけるは、「このことゆめゆめおんけしきにも、おんことばにもいださせたまふべからず。ひとにこころつけがほに、なかなかあしきおんことなり。それにつけても、よくよくえいりよにそむかせたまはで、ひとのためにおんなさけをほどこさせましまさば、しんめいさんぽうかごあるべし。さらんにとつては、おんみのおそれさうらふまじ」とてたたれけれ
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ば、「しげもりのきやうはゆゆしうおほやうなるものかな」とぞ、ちちのきやうものたまひける。いちゐんくわんぎよののち、ごぜんにうとからぬきんじゆしやたち、あまたさぶらはれけるに、「さてもふしぎのことをまうしいだしたるものかな。つゆもおぼしめしよらぬものを」とおほせければ、ゐんぢゆうのきりものにさいくわうほふしといふものあり。をりふしごぜんちかうさぶらひけるが、すすみいでて、「てんにくちなし、にんをもつていはせよとまうす。へいけもつてのほかにくわぶんにさうらふあひだ、てんのおんいましめにや」とぞまうしける。ひとびと、「このことよしなし。かべにみみあり。おそろしおそろし」とぞ、おのおのささやきあはれける。
「とうぐうだち」S0109 『とうぐうだち』T0110
さるほどに、そのとしはりやうあんなりければ、ごけいだいじやうゑもおこなはれず。けんしゆんもんゐん、そのときはいまだひがしのおんかたとまうしける。そのおんはらに、いちゐんのみやのましましけるを、たいしにたてまゐらさせたまふべしときこえしほどに、おなじきじふにぐわつにじふしにち、にはかにしんわうのせんじかうぶらせたまふ。あくればかいげんありて、にんあんとかうす。おなじきとしのじふぐわつやうかのひ、きよねんしんわうのせんじかうぶらせたまひしわうじ、とうさんでうにてとうぐうにたたせたまふ。とうぐうはおんをぢろくさい、しゆしやうはおんをひさんざい、いづれもぜうもくにあひかなはず。ただしくわんわにねんに、いちでうのゐんしちさいにてごそくゐあり。さんでうのゐんじふいつさいにてとうぐうにたたせたまふ。せんれいなきにしもあらず。しゆしやうはにさいにておんゆづりをうけさせたまひ、わづかにごさいとまうししにぐわつじふくにちに、おんくらゐをすべりて、しんゐんとぞまうしける。いまだごげんぶくもなくして、だいじやうてんわうのそんがうあり。かんかほんてう、これやはじめならん。にんあんさんねんさんぐわつはつかのひ、しんていだいごくでんにして
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ごそくゐあり。このきみのくらゐにつかせたまひぬるは、いよいよへいけのえいぐわとぞみえし。こくもけんしゆんもんゐんとまうすは、へいけのいちもんにておはしけるうへ、とりわきにふだうしやうこくのきたのかた、はちでうゐんのにゐどののおんいもうとなり。またへいだいなごんときただとまうすも、にようゐんのおんせうとにてましましければ、ないげにつけてもしつけんのしんとぞみえし。そのころのじよゐじもくとまうすも、ひとへにこのときただのきやうのままなりけり。やうきひがさいはひしとき、やうこくちゆうがさかえしがごとし。よのおぼえ、ときのきらめでたかりき。にふだうしやうこくてんがのだいせうじをのたまひあはせられければ、ときのひと、へいくわんばくとぞまうしける。
「ぎわう」S0110 『ぎわう』T0106
にふだうは、しやうこくいつてんしかいをたなごころのうちににぎりたまひしうへは、よのそしりをもはばからず、ひとのあざけりをもかへりみず、ふしぎのことをのみしたまへり。たとへば、そのころみやこにきこえたるしらびやうしのじやうず、ぎわう、ぎぢよとておとどひあり。とぢといふしらびやうしのむすめなり。しかるにあねのぎわうをば、にふだうしやうこくちようあいせられけり。これによりて、いもうとのぎぢよをも、よのひともてなすことななめならず。ははとぢにもよきやつくりてとらせ、まいぐわつ〔に〕ひやくこくひやくくわんをおくられければ、かないふつきしてたのしいことななめならず。そもそもわがてうにしらびやうしのはじまりけることは、むかしとばのゐんのぎように、しまのせんざい、わかのまへ、かれらふたりがまひいだしたりけるなり。はじめはすいかんにたてえぼし、しろざやまきをさいてまひければをとこまひとぞまうしける。しかるをなかごろより
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えぼしかたなをのけられて、すいかんばかりをもちひたり。さてこそしらびやうしとはなづけけれ。きやうぢゆうのしらびやうしども、ぎわうがさいはひのめでたきやうをききて、うらやむものもあり、そねむものもありけり。うらやむものは、「あなめでたのぎわうごぜんのさいはひやな。おなじあそびめとならば、たれもみなあのやうでこそありたけれ。いかさまこれはぎといふもじをなにつけて、かくはめでたきやらん。いざわれらもついてみん」とて、あるいはぎいちとつき、ぎにとつき、あるいはぎふく、ぎとくなどいふものもありけり。そねむものは、「なでふなにより、もじにはよるべき。さいはひはただぜんぜのうまれつきでこそあるなれ」とて、つかぬものもおほかりけり。かくてみとせとまうすに、みやこにまたしらびやうしのじやうず、いちにんいできたり。かがのくにのものなり。なをばほとけとぞまうしける。としじふろくとぞきこえし。むかしよりおほくのしらびやうしどもはありしかども、かかるまひはいまだみずとて、きやうぢゆうのじやうげ、もてなすことななめならず。あるときほとけごぜんまうしけるは、「われてんがにきこえたれども、たうじさしもめでたうさかえさせたまふにしはちでうどのへ、めされぬことこそほいなけれ。あそびもののならひ、なにかくるしかるべき。すいさんしてみん」とて、あるときにしはちでうどのへぞまゐりたる。ひとまゐりて、「たうじみやこにきこえさうらふほとけごぜんがまゐりてさうらふ」とまうしければ、にふだう、「なでふ、さやうのあそびものは、ひとのめしにしたがひてこそまゐれ。さうなうすいさんするやうやある。そのうへ、かみともいへ、ほとけともいへ、ぎわうがあらんところへはいかにもかなふまじい。とうとうまかりいでよ」とぞのたまひける。ほとけごぜん、すげなういはれたてまつりて、すでにいでんとしけるを、ぎわうにふだうどのにまうしけるは、「あそびもののすいさんは、つねのならひにてこそさぶらへ。そのうへとしもいまだをさなうさぶらふなるが、たまたまおもひたちてまゐりてさぶらふを、すげなうおほせられて、かへさせたまはんことこそふびんなれ。
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いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶらふらん。わがたてしみちなれば、ひとのうへともおぼえず。たとひまひをごらんじ、うたをきこしめさるるまでこそなくとも、ごたいめんばかりは、なじかはくるしうさぶらふべき。ただりをまげて、めしかへしごたいめんありてかへさせたまはば、ありがたきおんなさけでこそさぶらはんずらめ」とまうしければ、にふだう、「いでいでわごぜがあまりにいふことなれば、げんざんしてかへさん」とて、おんつかひをたてて、めされけり。ほとけごぜんは、すげなういはれたてまつりて、すでにくるまにのりていでんとしけるが、めされてかへりまゐりたり。にふだうやがていであひたいめんありて、「けふのげんざんはあるまじかりつれども、ぎわうがなにとおもふやらん、あまりにまうしすすむるあひだ、げんざんはしつ。げんざんするほどではいかでかこゑをもきかであるべき。まづいまやうひとつうたへかし」とのたまへば、ほとけごぜん、「うけたまはりさぶらふ」とて、いまやうひとつぞうたうたる。きみをはじめてみるをりはちよもへぬべしひめこまつおまへのいけなるかめをかにつるこそむれゐてあそぶめれと、おしかへしおしかへし、さんべんうたひすましけれ。けんもんのひとびとも、みなじぼくをおどろかす。にふだうもおもしろげにおもひたまひて、「わごぜは、いまやうはじやうずにてありけり。このぢやうではまひもさだめてよかるらん。いちばんみばや、つづみうちめせ」とてめされけり。うたせていちばんまうたりけり。ほとけごぜんは、かみすがたよりはじめて、みめかたちよにすぐれ、こゑよくふしもじやうずなりければ、なじかはまひもそんずべき。こころもおよばずまひすましたりければ、にふだうしやうこくまひにめでたまひて、ほとけにこころをうつされたり。ほとけごぜん、「こはさればなにごとさぶらふぞや。もとよりわらははすいさんのものにて、いだされまゐらせさぶらひしを、ぎわうごぜんのまうしじやうによつてこそ、めしかへされてもさぶらへ。かやうにめしおかれなば、ぎわうごぜんのおもひたまはんこころのうち
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はづかしうはべるべし。はやばやいとまたまひて、いださせおはしませ」とまうしければ、にふだう、「すべてそのぎあさまし。ぎわうがあるをはばかるか。そのぎならばぎわうをこそいださめ」とのたまへば、ほとけごぜん、「それまたいかでかさることさぶらふべき。もろともにめしおかれんだにも、こころうくさぶらふべきに、ぎわうごぜんをいだされまゐらせて、わらはがいちにんめしおかれなば、いとどこころうくさぶらふべし。おのづからのちまでもわすれぬおんことならば、めされてまたはまゐるとも、けふはいとまをたまはらん」とぞまうしける。にふだう、「なでうそのぎあるべき。ただぎわうをいださめ」とて、ぎわうとうとうまかりいでよ」と、おんつかひかさねてさんどまでこそたてられけれ。ぎわうひごろよりおもひまうけたるみちなれども、さすがきのふけふとはおもひもよらず。しきりにいづべきよし、のたまふあひだ、はきのごひ、ちりひろはせ、みぐるしきものどもとりしたためて、いづべきにこそさだまりけれ。いちじゆのかげにやどりあひ、おなじながれをむすぶだに、わかれはかなしきならひぞかし。ましてこれはみとせがあひだすみなれしところなれば、なごりもをしうかなしくて、かひなきなみだぞこぼれける。さてしもあるべきことならねば、いまはかうとていでけるが、なからんあとのわすれがたみにもとやおもひけん、しやうじになくなくいつしゆのうたをぞかきつけける。
もえいづるもかるるもおなじのべのくさいづれかあきにあはではつべき W003
さてくるまにのりてしゆくしよへかへり、しやうじのうちにたふれふし、ただなくよりほかのことぞなき。ははやいもうとこれをみて、いかにやいかにととひけれども、ぎわうとかうのへんじにもおよばず、ぐしたるをんなにたづねてこそ、さることありともしりてける。さるほどにまいぐわつおくられけるひやくこくひやくくわんをもとめられて、いまはほとけごぜんのゆかりのものどもぞ、はじめてたのしびさかえける。きやうぢゆうの
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じやうげ、このよしをつたへききて、「まことやぎわうごぜんこそ、にしはちでうどのよりいとまたまひていでたるなれ。いざげんざんしてあそばん」とて、あるいはふみをつかはすひともあり、あるいはししやをたつるものもあり。ぎわう、さればとて、いまさらまたひとにたいめんして、あそびたはぶるべきにもあらねば、ふみをとりいるることもなし。ましてつかひにあひしらふまでもなかりけり。これにつけても、かなしくて、いとどなみだにのみぞしづみたる。かくてことしもくれぬ。あるはるのころ、にふだうしやうこく、ぎわうがもとへししやをたてて、「いかにや、そののちなにごとかある。あまりにほとけのつれづれげにみゆるに、まゐりていまやうをもうたひ、まひなどをもまひて、ほとけなぐさめよ」とぞのたまひける。ぎわうとかうのおんぺんじにもおよばず、なみだをおさへてふしにけり。にふだうかさねて、「などぎわうは、へんじをばせぬぞ。まゐるまじいか。まゐるまじくは、そのやうをまうせ。じやうかいもはからふむねあり」とぞのたまひける。ははとぢこれをきくにかなしくて、いかなるべしともおぼえず。なくなくけうくんしけるは、「いかにぎわうごぜん、などおんぺんじをばまうさぬぞ。かやうにしかられまゐらせんよりは」といへば、ぎわうなみだをおさへて「まゐらんとおもふみちならばこそ、やがてまゐるともまうさめ、まゐらざらんものゆゑに、なにとおんぺんじをまうすべしともおぼえず。このたびめさんにまゐらずば、はからふむねありとおほせらるるは、みやこのほかへいださるるか、さらずはいのちをめさるるか、これふたつにはよもすぎじ。たとひみやこをいださるるとも、なげくべきみちにあらず。たとひいのちをめさるるともをしかるべきわがみかは。いちどうきものにおもはれまゐらせて、ふたたびおもてをむくべきにもあらず」とて、なほおんぺんじをもまうさず、ははとぢかさねてけうくんしけるは、「いかにやぎわうごぜん、それあめがしたにすまんほどは、ともかうもにふだうどののおほせをば、そむくまじきことにてあるぞよ。なんによのえにし、すくせ、いまにはじめぬことぞかし。
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せんねんまんねんとはちぎれども、やがてわかるるなかもあり。あからさまとはおもへども、ながらへはつることもあり。よにさだめなきものは、をとこをんなのならひなり。いはんやわごぜは、このみとせがあひだおもはれまゐらせたれば、ありがたきおんなさけでこそさぶらへ。このたびめさんにまゐらねばとて、いのちをうしなはるるまではよもあらじ。ただみやこのほかへぞいだされんずらん。たとひみやこをいださるるとも、わごぜたちはとしわかければ、いかならんいはきのはざまにても、すぐさんことやすかるべし。されどもわがみはとしたけよはひかたぶいて、ならはぬひなのすまひこそ、かねておもふもかなしかりけれ。ただわれをみやこのうちにてすみはてさせよ。それぞこんじやうごしやうのおやこのけうやうにてあらんずる」といへば、ぎわううしとおもひしみちなれども、おやのめいをそむかじと、つらきみちにおもむきてなくなくいでたちける、こころのうちこそむざんなれ。ひとりまゐらんは、あまりものうしとて、いもうとのぎぢよをもあひぐし、またほかのしらびやうしににん、そうじてしにん、ひとつくるまにとりのりて、にしはちでうどのへぞさんじたる。さきざきめされけるところへはいれられず、はるかにさがりたるところに、ざしきしつらうてぞおかれける。ぎわう、「こはさればなにごとぞや。わがみにあやまつことはなけれども、すてられたてまつるだにあるに、ざしきをさへさげらるることのこころうさよ。こはいかにせん」とおもふこころにしらせじと、おさふるそでのひまよりも、あまりてなみだぞこぼれける。ほとけごぜんこれをみて、あまりにあはれにおもひければ、「あれはいかに、ひごろめされぬところにてもさぶらはばこそ。これへめされさぶらへかし。さらずはわらはにいとまをたべ。いでてげんざんせん」とまうしければ、にふだう「すべてそのぎあるまじ」とのたまふあひだ、ちからおよばでいでざりけり。にふだうやがていであひたいめんありてぎわうがこころのうちをばしりたまはず、「いかにそののちはなにごとかある。さてはまひもみたけれども、それはつぎのこと、
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まづいまやうひとつうたへかし」とのたまへば、ぎわう、まゐるほどでは、ともかうもにふだうどののおほせをば、そむくまじとおもひければ、ながるるなみだをおさへつつ、いまやうひとつぞうたうたる。ほとけもむかしはぼんぶなりわれらもつひにはほとけなりいづれもぶつしやうぐせるみをへだつるのみこそかなしけれと、なくなくにへんうたうたりければ、そのざにいくらもなみゐたまへるへいけいちもんのくぎやうてんじやうびと、しよだいぶ、さぶらひにいたるまで、みなかんるいをぞながされける。にふだうも「ときにとりてはしんべうにもまうしたるものかな。さてはまひもみたけれども、けふはまぎるることのいできたり。こののちはめさずともつねにまゐりて、いまやうをもうたひ、まひなどをもまうて、ほとけなぐさめよ」とぞのたまひける。ぎわうとかうのおんぺんじにもおよばず、なみだをおさへていでにけり。「うしとおもひしみちなれども、おやのめいをそむかじと、つらきみちにおもむきて、ふたたびうきめをみつることのこころうさよ。かくてこのよにあるならば、またもうきめをみんずらん。いまはただみをなげんとおもふなり」といへば、いもうとのぎぢよこれをききて、「あねみをなげば、われもともにみをなげん」といふ。ははとぢこれをきくにかなしくて、なくなくまたけうくんしけるは、「いかにぎわうごぜん、さやうのことあるべしともしらずして、けうくんしてまゐらせつることのうらめしさよ。まことにわごぜのうらむるもことわりなり。ただしわごぜがみをなげば、いもうとのぎぢよもともにみをなげんといふ。ふたりのむすめどもにおくれなんのち、としおいおとろへたるはは、いのちいきてなににかはせんなれば、われもともにみをなげんとおもふなり。いまだしごもきたらぬおやに、みをなげさせんずることは、ごぎやくざいにてぞあらんずらん。このよはかりのやどりなり。はぢてもはぢてもなにならず。ただながきよのやみこそこころうけれ。こんじやうでこそあらめ、ごしやうでだにあくだうへおもむかんずる
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ことのかなしさよ」と、さめざめとかきくどきければ、ぎわう「げにもさやうにさぶらはば、ごぎやくざいうたがひなし。いつたんうきはぢをみつることのくちをしさにこそ、みをなげんとはまうしたれ。ささぶらはばじがいをばおもひとどまりはべりぬ。かくてうきよにあるならば、またもうきめをみんずらん。いまはただみやこのほかへいでん」とて、ぎわうにじふいちにてあまになり、さがのおくなるやまざとに、しばのいほりをひきむすび、ねんぶつしてぞゐたりける。いもうとのぎぢよこれをみて、「あねみをなげば、われもともにみをなげんとこそちぎりしか。ましてよをいとはんに、たれかはおとるべき」とて、じふくにてさまをかへ、あねといつしよにこもりゐて、ごせをねがふぞあはれなる。ははとぢこれをみて、「わかきむすめどもだに、さまをかふるよのなかに、としおいおとろへたるはは、しらがをつけてもなににかはせん」とて、しじふごにてかみをそり、ふたりのむすめもろともに、いつかうせんじゆにねんぶつして、ひとへにごせをぞねがひける。かくてはるすぎなつたけぬ。あきのはつかぜふきぬれば、ほしあひのそらをながめつつ、あまのとわたるかぢのはに、おもふことかくころなれや。ゆふひのかげのにしのやまのはにかくるるをみても、ひのいりたまふところは、さいはうじやうどにてあるなり。いつかわれらもかしこへうまれて、ものもおもはですごさんずらんと、かかるにつけてもすぎにしむかしのうきことどもおもひつづけて、ただつきせぬものはなみだなり。たそかれどきをすぎぬれば、たけのあみどをとぢふさぎ、ともしびかすかにかきたてて、おやこさんにんねんぶつしてゐたるところに、たけのあみどを、ほとほととうちたたくものいできたり。そのときあまどもきもをけし、「あはれ、これは、いふかひなきわれらがねんぶつしてゐたるをさまたげんとて、まえんのきたるにてぞあるらん。ひるだにもひともとひこぬやまざとの、しばのいほりのうちなれば、よふけてたれかたづぬべき。わづかのたけのあみどなれば、あけずともおしやぶらんことやすかる
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べし。なかなかただあけていれんとおもふなり。それになさけをかけずして、いのちをうしなふものならば、としごろたのみたてまつるみだのほんぐわんをつよくしんじて、ひまなくみやうがうをとなへたてまつるべし。こゑをたづねてむかへたまふなるしやうじゆのらいがうにてましませば、などかいんぜふなかるべき。あひかまへてねんぶつおこたりたまふな」とたがひにこころをいましめて、たけのあみどをあけたれば、まえんにてはなかりけり。ほとけごぜんぞいできたる。ぎわう、「あれはいかに、ほとけごぜんとみたてまつるは。ゆめかやうつつか」といひければ、ほとけごぜんなみだをおさへて、「かやうのことまうせば、ことあたらしうはさぶらへども、まうさずばまたおもひしらぬみともなりぬべければ、はじめよりして、まうすなり。もとよりわらははすいさんのものにて、いだされまゐらせさぶらひしを、ぎわうごぜんのまうしじやうによつてこそ、めしかへされてもさぶらふに、をんなのみのいふかひなきことは、わがみをこころにまかせずして、おしとどめられまゐらせしこと、こころうくこそはべりしか。わごぜのいだされたまひしをみしにつけても、いつかまたわがみのうへおもひて、うれしとはさらにおもはず。しやうじにまた、『いづれかあきにあはではつべき』とかきおきたまひしふでのあと、げにもとおもひはべりしぞや。いつぞやまためされまゐらせて、いまやううたひたまひしにも、おもひしられてこそさぶらひしか。そののちはおんゆくへをいづくともしりまゐらせざりつるが、かやうにひとつところにとうけたまはりてのちは、あまりにうらやましくて、つねにはいとまをまうししかども、にふだうどのさらにおんもちひましまさず。つくづくものをあんずるに、しやばのえいぐわはゆめのゆめ、たのしみさかえてなにかせん。にんしんうけがたく、ぶつけうにはあひがたし。このたびないりにしづみなば、たしやうくわうごふをばへだつとも、うかびあがらんことかたかるべし。としのわかきをたのむべきにあらず。らうせうふぢやうのさかひ
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なり。いづるいきいるをもまつべからず。かげろふいなづまよりもなほはかなし。いつたんのたのしみにほこつて、ごせをしらざらんことのかなしさに、けさまぎれいでて、かくなりてこそまゐりたれ」とて、かづいたるきぬをうちのけたるをみれば、あまになりてぞいできたる。「かやうにさまをかへてまゐりたれば、ひごろのとがをばゆるしたまへ。ゆるさんとのたまはば、もろともにねんぶつして、ひとつはちすのみとならん。それにもなほこころゆかずは、これよりいづちへもまよひゆき、いかならんまつがね、こけのむしろにもたふれふし、いのちのあらんかぎりはねんぶつして、わうじやうのそくわいをとげん」とそでをかほにおしあてて、さめざめとかきくどきければ、ぎわうなみだをおさへて、「わごぜのこれほどにおもひたまひけるとはゆめにもしらず、うきよのなかのさがなれば、みのうしとこそおもふべきに、ともすればわごぜのことのみうらめしくて、わうじやうのそくわいをとげんことかなふべしともおぼえず。こんじやうもごしやうも、なまじひにしそんじたるここちにてありつるに、かやうにさまをかへておはしたれば、ひごろのとがは、つゆちりほどものこらず、いまはわうじやううたがひなし。このたびそくわいをとげんこそ、なによりもまたうれしけれ。わらはがあまになりしをだに、よにありがたきことのやうに、ひともいひ、われらもおもひしが、いまわごぜのしゆつけにくらぶれば、ことのかずにもあらざりけり。されどもそれはよをうらみ、みをうらみてさまをかふるはつねのならひ。わごぜはうらみもなくなげきもなし。ことしはわづかにじふしちにこそなるひとの、これほどにゑどをいとひ、じやうどをねがはんと、ふかくおもひいりたまふこそ、まことのだいだうしんとはおぼえさぶらひしか。うれしかりけるぜんぢしきかな。いざもろともにねがはん」とて、しにんひとつところにこもりゐて、あさゆふぶつぜんにけかうをそなへ、よねんなくねがひ
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けるが、ちそくこそありけれ、しにんのあまどもみなわうじやうのそくわいをとげけるとぞきこえし。さればごしらかはのほふわうのちやうがうだうのくわこちやうにも、ぎわう、ぎぢよ、ほとけ、とぢらがそんりやうと、しにんいつしよにいれられたり。ありがたかりしことなりけり。
「でんかののりあひ」S0111 『てんがののりあひ』T0111
さるほどにかおうぐわんねんしちぐわつじふろくにち、いちゐんごしゆつけあり。ごしゆつけののちも、ばんきのまつりごとをしろしめされければ、ゐん、うち、わくかたなし。ゐんぢゆうにちかうめしつかはれけるくぎやうてんじやうびと、じやうげのほくめんにいたるまで、くわんゐほうろく、みなみにあまるばかりなり。されどもひとのこころのならひにて、なほあきたらで、「あつぱれ、そのひとのうせたらば、そのくにはあきなん。そのひとほろびたらば、そのくわんにはなりなん」など、うとからぬどちは、よりあひよりあひ、ささやきけり。いちゐんもないないおほせなりけるは、「むかしよりよよのてうてきをたひらぐるものおほしといへども、いまだかやうのことなし。さだもりひでさとがまさかどをうち、らいぎがさだたふむねたふをほろぼし、ぎかがたけひらいへひらをせめたりしにも、けんじやうおこなはれしこと、わづかじゆりやうにはすぎざりき。きよもりは、かくこころのままにふるまふことこそしかるべからね。これもよすゑになりて、わうぼふのつきぬるゆゑなり」とおほせなりけれども、ついでなければおんいましめなし。へいけもまたべつしててうかをうらみたてまつることもなかりしに、よのみだれそめけるこんぼんは、いにしかおうにねんじふぐわつじふろくにちに、こまつどののじなん、しんざんみのちゆうじやうすけもり、そのときはいまだゑちぜんのかみとて、しやうねんじふさんになられけるが、ゆきはだれにふつたり
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けり。かれののけしき、まことにおもしろかりければ、わかきさぶらひどもさんじつきばかりめしぐして、れんだいのや、むらさきの、うこんのばばにうちいでてたかどもあまたすゑさせ、うづらひばりおつたておつたて、ひねもすにかりくらし、はくぼにおよびてろくはらへこそかへられけれ。そのときのおんせつろくはまつどのにてましましけるが、ひがしのとうゐんのごしよより、ごさんだいありけり。いうはうもんよりじゆぎよあるべきにて、ひがしのとうゐんをみなみへ、おほひのみかどをにしへおんいでなる。すけもりのあそん、おほひのみかどゐのくまにて、てんがのおんいでにはなつきにまゐりあふ。おんとものひとびと、「なにものぞ、らうぜきなり。おんいでのなるに、のりものよりおりさうらへおりさうらへ」といらでけれども、あまりにほこりいさみ、よをよともせざりけるうへ、めしぐしたるさぶらひどもも、みなはたちよりうちのわかものどもなれば、れいぎこつぽふわきまへたるものいちにんもなし。てんがのおんいでともいはず、いつせつげばのれいぎにもおよばず、ただかけやぶつてとほらんとするあひだ、くらさはくらし、つやつやだいじやうのにふだうのまごともしらず、またせうせうはしりたれども、そらしらずして、すけもりのあそんをはじめとして、さぶらひどもみなうまよりとりてひきおとす。すこぶるちじよくにおよびけり。すけもりのあそん、はふはふろくはらへおはして、おほぢのしやうこくぜんもんにこのよしうつたへまうされければ、にふだうおほきにいかつて、「たとひてんがなりとも、じやうかいがあたりをばはばかりたまふべきに、をさなきものにさうなうちじよくをあたへられけるこそゐこんのしだいなれ。かかることよりして、ひとにはあざむかるるぞ。このことおもひしらせたてまつらでは、えこそあるまじけれ。いかにもしててんがをうらみたてまつらばやとおもふはいかに」とのたまへば、しげもりのきやうまうされけるは、「これはすこしもくるしうさうらふまじ。よりまさ、みつもとなどまうすげんじどもにあざむかれてさうらはんは、まことにいちもんのちじよくにてもさうらふべし。しげもりがこどもとてさうらはんずる
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ものの、とののおんいでにまゐりあひて、のりものよりおりさうらはぬことこそかへすがへすびろうにさうらへ」とて、そのときことにあうたるさぶらひども、みなめしよせて、「じこんいごもなんぢらよくよくこころうべし。あやまつててんがへぶれいのよしをまうさばやとおもへ」とてこそかへされけれ。そののちにふだう、こまつどのにはかうとものたまひもあはせずして、かたゐなかのさぶらひどもの、きはめてこはらかにてにふだうのおほせよりほかは、またおそろしきことなしとおもふものども、なんば、せのををはじめとして、つがふろくじふよにんめしよせて、「きたるにじふいちにち、しゆしやうごげんぶくのおんさだめのために、てんがおんいであるべかんなり。いづくにてもまちうけたてまつり、せんぐみずいじんどもがもとどりきつて、すけもりがはぢすすげ」とこそのたまひけれ。つはものどもおそれうけたまはりてまかりいづ。てんがこれをばゆめにもしろしめされず、しゆしやうみやうねんごげんぶく、ごかくわんはいくわんのおんさだめのために、ごちよくろにしばらくござあるべきにて、つねのおんいでよりひきつくろはせたまひて、こんどはたいけんもんよりじゆぎよあるべきにて、なかのみかどをにしへおんいでなる。ゐのくまほりかはのほとりにて、ろくはらのつはものども、ひたかぶとさんびやくよき、まちうけたてまつり、てんがをなかにとりこめまゐらせて、ぜんごよりいちどに、ときをどつとぞつくりける。せんぐみずいじんどもが、けふをはれとしやうぞきたるを、あそこにおひかけ、ここにおつつめ、うまよりとつてひきおとし、さんざんにりようりやくし、いちいちにみなもとどりをきる。ずいじんじふにんがうち、みぎのふしやうたけもとがもとどりをきられてけり。そのなかにとうくらんどのたいふたかのりがもとどりをきるとて、「これはなんぢがもとどりとおもふべからず、しゆのもとどりとおもふべし」と、いひふくめてぞきつてける。そののちはみくるまのうちへも、ゆみのはずつきいれなどして、すだれかなぐりおとし、おうしのしりがいむながいきりはなち、かくさんざんにしちらして、よろこびのときをつくり、
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ろくはらへこそまゐりけれ。にふだう、「しんべうなり」とぞのたまひける。みくるまぞへには、いなばのさいづかひ、とばのくにひさまるといふをのこ、げらふなれども、さかざかしきものにて、やうやうにしつらひ、みくるまつかまつて、なかのみかどのごしよへくわんぎよなしたてまつる。そくたいのおんそでにておんなみだをおさへつつ、くわんぎよのぎしきのあさましさ、まうすもなかなかおろかなり。たいしよくくわん、たんかいこうのおんことはあげてまうすにおよばず、ちゆうじんこう、せうぜんこうよりこのかた、せつしやうくわんばくのかかるおんめにあはせたまふこと、いまだうけたまはりおよばず。これこそへいけのあくぎやうのはじめなれ。こまつどのおほきにさわいで、そのときゆきむかうたるさぶらひども、めしよせて、みなかんだうせらる。「たとひにふだういかなるふしぎをげぢしたまふとも、などしげもりにゆめをばみせざりけるぞ。およそはすけもりきくわいなり。せんだんはふたばよりかうばしとこそみえたれ。すでにじふにさんにならんずるものが、いまはれいぎをぞんぢしてこそふるまふべきに、かやうのびろうをげんじて、にふだうのあくみやうをたつ。ふけうのいたり、なんぢひとりにありけり」とて、しばらくいせのくにへおひくださる。されば、このだいしやうをば、きみもしんもぎよかんありけるとぞきこえし。
「ししのたに」S0112 『ししのたに』T0112
これによつて、しゆしやうごげんぶくのおんさだめはそのひはのばさせたまひて、おなじきにじふごにち、ゐんのてんじやうにてぞごげんぶくのおんさだめはありける。せつしやうどのさてもわたらせたまふべきならねば、おなじきじふいちぐわつここのかのひ、かねてせんじをかうぶらせたまひて、じふしにちだいじやうだいじんにあがらせたまふ。やがておなじきじふしちにち、よろこびまうしのありしかども、よのなかはにがにがしうぞみえし。さるほどにことしもくれて、かおう
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もみとせになりにけり。しやうぐわついつかのひ、しゆしやうごげんぶくありて、おなじきじふさんにち、てうきんのぎやうがうありけり。ほふわうにようゐんまちうけまゐらさせたまひて、うひかうぶりのおんよそほひも、いかばかりらうたくおぼしめされけん。にふだうしやうこくのおんむすめ、にようごにまゐらせたまふ。おんとしじふごさい、ほふわうごいうじのぎなり。そのころめうおんゐんのだいじやうだいじんどの、だいしやうをじしまうさせたまふことありけり。ときにとくだいじのだいなごんさねさだのきやう、そのにんにあひあたりたまふ。またくわざんのゐんのちゆうなごんかねまさのきやうもしよまうあり。そのほかこなかのみかどのとうぢゆうなごんいへなりのきやうのさんなん、しんだいなごんなりちかのきやうもひらにまうさる。このだいなごんはゐんのみけしきよかりければ、さまざまいのりをはじめらる。まづやはたにひやくにんのそうをこめて、しんどくのだいはんにやをしちにちよませられたりけるさいちゆうに、かうらのだいみやうじんのおんまへなるたちばなのきへ、をとこやまのかたより、やまばとみつとびきたつて、くひあひてぞしににける。はとははちまんだいぼさつのだいいちのししやなり。みやでらにかかるふしぎなしとて、ときのけんぎやう、きやうせいほふいんこのよしだいりへそうもんしたりければ、これただごとにあらず、おんうらなひあるべしとて、じんぎくわんにしておんうらなひあり。おもきおんつつしみとうらなひまうす。ただしこれはきみのおんつつしみにはあらず、しんかのつつしみとぞまうしける。だいなごんそれにおそれをもいたされず、ひるはひとめのしげければ、よなよなほかうにて、なかのみかどからすまるしんだいなごんのしゆくしよより、かものかみのやしろへ、ななよつづけてまゐられけり。ななよにまんずるよ、しゆくしよにげかうして、くるしさにすこしまどろみたりけるゆめに、かものかみのやしろへまゐりたるとおぼしくて、ごほうでんのおんとおしひらき、ゆゆしうけだかげなるみこゑにて、
さくらばなかものかはかぜうらむなよちるをばえこそとどめざりけれ W006
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しんだいなごんこれになほおそれをもいたされず、かものかみのやしろのごほうでんのおんうしろなる、すぎのうつろにだんをたて、あるひじりをこめて、だぎにのほふをひやくにちおこなはせられけるさいちゆうに、にはかにそらかきくもり、いかづちおびたたしうなりて、かのおほすぎにおちかかり、らいくわもえあがりて、きゆうちゆうすでにあやふくみえけるを、みやびとどもはしりあつまりて、これをうちけつ。さてのちげほふおこなひけるひじりをついしゆつせんとするに、「われたうしやにひやくにちさんろうのこころざしあり。けふはわづかしちじふごにちになる。まつたくいづまじ」とてうごかず。このよしをしやけよりだいりへそうもんしければ、ただほふにまかせよと、せんじをくださる。そのときしんじんしらづゑをもつてかのひじりがうなじをしらげて、いちでうのおほちより、みなみへおつこしてけり。しんはひれいをうけたまはずとまうすに、このだいなごん、ひぶんのだいしやうをいのりまうされければにや、かかるふしぎもいできにけり。そのころのじよゐぢもくとまうすは、ゐん、うちのおんはからひにもあらず、せつしやうくわんばくのごせいばいにもおよばず、ただいつかうへいけのままにてありければ、とくだいじ、くわざんのゐんもなりたまはず、にふだうしやうこくのちやくなんこまつどの、そのときはいまだだいなごんのうだいしやうにてましましけるが、ひだりにうつりて、じなんむねもり、ちゆうなごんにておはせしが、すはいのじやうらふをてうをつして、みぎにくははられけるこそ、まうすはかりもなかりしか。なかにもとくだいじどのは、いちのだいなごんにて、くわそくえいゆう、さいかくいうちやう、けちやくにてましましけるが、へいけのじなんむねもりのきやうに、かかいこえられたまひぬるこそゐこんのしだいなれ。さだめてごしゆつけなどもやあるらんずらん」と、ひとびとささやきあはれけれども、とくだいじどのはしばらくよのならんやうをみんとて、だいなごんをじしてろうきよとぞきこえし。しんだいなごんなりちかのきやうののたまひけるは、「とくだいじ、くわざんのゐんにこえられたらんはいかにせん。へいけ
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のじなんむねもりのきやうにこえられぬるこそ、ゐこんのしだいなれ。いかにもしてへいけをほろぼして、ほんまうをとげん」とのたまひけるこそおそろしけれ。ちちのきやうは、このよはひでは、わづかちゆうなごんまでこそいたられしか。そのばつしにて、くらゐじやうにゐ、くわんだいなごんにあがり、たいこくあまたたまはつて、しそく、しよじゆう、てうおんにほこれり。なにのふそくありてかかかるこころつかれけん、ひとへにてんまのしよゐとぞみえし。へいぢにもゑちごのちゆうじやうとて、のぶよりのきやうにどうしんのあひだ、すでにちゆうせらるべかりしを、こまつどのやうやうにまうして、くびをつぎたまへり。しかるにそのおんをわすれて、ぐわいじんもなきところに、ひやうぐをととのへ、ぐんびやうをかたらひおき、あさゆふはただいくさかつせんのいとなみのほかは、またたじなしとぞみえたりける。ひがしやまししのたにといふところは、うしろはみゐでらにつづいて、ゆゆしきじやうくわくにてぞありける。それにしゆんくわんそうづのさんざうあり。かれにつねはよりあひよりあひ、へいけほろぼすべきはかりごとをぞめぐらしける。あるよ、ほふわうもごかうなる。こせうなごんにふだうしんせいのしそく、じやうけんほふいんおんともつかまつらる。そのよのしゆえんに、このよしをおほせあはせられたりければ、ほふいん、「あなあさまし。ひとあまたうけたまはりさうらひぬ。ただいまもれきこえて、てんがのおんだいじにおよびさうらひなんず」とまうされければ、しんだいなごんけしきかはりて、さつとたたれけるが、おんまへにたてられたりけるへいじを、かりぎぬのそでにかけてひきたふされたりけるを、ほふわうえいらんありて、「あれはいかに」とおほせければ、だいなごんたちかへりて、「へいじたふれさうらひぬ」とぞまうされける。ほふわうもゑつぼにいらせおはしまして、「ものどもまゐりてさるがくつかまつれ」とおほせければ、へいはうぐわんやすよりつとまゐりて、「あああまりにへいじのおほうさうらふに、もてゑひてさうらふ」とまうす。しゆんくわんそうづ、「さてそれをば、いかがつかまつるべきとまうしければ、さいくわうほふし、「ただくびをとるにはしかじ」とて、へいじの
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くびをとつてぞいりにける。ほふいん、あまりのあさましさに、つやつやものもまうされず。かへすがへすもおそろしかりしことどもなり。よりきのともがらたれたれぞ。あふみのちゆうじやうにふだうれんじやう、ぞくみやうなりまさ、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、やましろのかみもとかぬ、しきぶのたいふまさつな、へいはうぐわんやすより、そうはうぐわんのぶふさ、しんへいはうぐわんすけゆき、ぶしにはただのくらんどゆきつなをはじめとして、ほくめんのものどもおほくよりきしてけり。
「うかはかつせん」S0113 『しゆんくわんのさた うがはいくさ』T0113
そもそもこの〔ほつしようじのしゆぎやう〕しゆんくわんそうづとまうすは、きやうごくのげんだいなごんまさとしのきやうのまご、きでらのほふいんくわんがにはこなりけり。そぶだいなごんは、ゆみやとるいへにはあらねども、あまりにはらあしきひとにて、さんでうのぼうもんきやうごくのしゆくしよのまへをば、ひとをもやすくとほされず、つねはちゆうもんにたたずみ、はをくひしばり、いかりてのみぞおはしける。かかるおそろしきひとのまごなればにや、このしゆんくわんも、そうなれども、こころたけく、おごれるひとにて、よしなきむほんにもくみしてけるにこそ。しんだいなごんなりちかのきやう、ただのくらんどゆきつなをめして、「こんどごへんをば、いつぱうのたいしやうにたのむなり。このことしおほせつるものならば、くにをもしやうをもしよまうによるべし。まづゆぶくろのれうに」とて、しろぬのごじつたんおくられたり。あんげんさんねんさんぐわついつかのひ、めうおんゐんどの、だいじやうだいじんにてんじたまへるかはりに、こまつどの、げんだいなごんさだふさのきやうをこえて、ないだいじんのさだいしやうになりて、やがてだいきやうおこなはる。だいじんのだいしやうめでたかりき。そんじやにはおほひのみかどのうだいじんつねむねこうとぞきこえし。いちのかみこそせんどなれども、ちちうぢのあくさふ
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のおんためし、そのはばかりあり。ほくめんはしやうこにはなかりけり。しらかはのゐんのおんとき、はじめおかれてよりこのかた、ゑふどもあまたさうらひけり。ためとし、もりしげ、わらはよりいまいぬまる、ちとせまるとて、これらはさうなききりものにてぞありける。とばのゐんのおんときも、すゑのり・すゑよりふしともに、てうかにめしつかはれてありしが、つねはてんそうするをりもありなんどきこえしかども、みなみのほどをばふるまうてこそありしか。このときのほくめんのともがらは、もつてのほかにくわぶんにて、くぎやうてんじやうびとをもことともせず、しもほくめんよりかみほくめんにあがり、かみほくめんよりてんじやうのまじはりをゆるさるるものおほかりけり。かくのみおこなはるるあひだ、おごれるこころどもついて、よしなきむほんにもくみしてけるにこそ。なかにもこせうなごんにふだうしんせいがもとにめしつかひ[* は ノ誤カ]れけるもろみつ、なりかげといふものあり。もろみつはあはのくにのざいちやう、なりかげはきやうのもの、〔しゆく〕[* 原本空白 ]こんいやしきげらふなり。こんでいわらは、もしはかくごしやなどにてもやありけん、さかざかしかりしによつて、ゐんにもめしつかはれけるが、もろみつはさゑもんのじよう、なりかげはうゑもんのじようとて、ににんいちどにゆきへのじようになりぬ。しんせいことにあひしとき、ににんともにしゆつけして、さゑもんにふだうさいくわう、うゑもんにふだうさいきやうとて、これらはしゆつけののちも、ゐんのみくらあづかりにてぞさぶらひける。かのさいくわうがこにもろたかといふものあり。これもさうなききりものにて、けんびゐし、ごゐのじやうまでへあがりて、あまつさへあんげんぐわんねんじふにぐわつにじふくにち、ついなのぢもくに、かがのかみにぞなされける。こくむをおこなふあひだ、ひほふひれいをちやうぎやうし、じんじやぶつじ、けんもんせいけのしやうりやうをもつたうして、さんざんのことどもにてぞありける。たとひせうこうがあとをへだつといふとも、をんびんのまつりごとをおこなふべかりしに、かくこころのままにふるまふ
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あひだ、おなじきにねんのなつのころ、こくしもろたかがおとうと、こんどうはんぐわんもろつねをかがのもくだいにふせらる。もくだいげちやくのはじめ、こくふのへんにうかはといふやまでらあり。をりふしじそうどもがゆをわかいてあびけるを、らんにふしおひあげ、わがみあび、ざふにんどもおろし、うまあらはせなどしけり。じそういかりをなして、「むかしよりこのところは、くにがたのもののにふぶすることなし。すみやかにせんれいにまかせて、にふぶのあふばうとどめよや」とぞまうしける。「もくだいおほきにいかりて、「さきざきのもくだいは、ふかくでこそいやしまれたれ。たうもくだいは、すべてそのぎあるまじ。ただほふにまかせよ」といふほどこそありけれ、じそうどもはくにがたのものをついしゆつせんとす。くにがたのものどもは、ついでをもつてらんにふせんと、うちあひ、はりあひしけるほどに、もくだいもろつねがひざうしけるうまのあしをぞうちをりける。そののちはたがひにきゆうせんひやうぢやうをたいして、いあひ、きりあひ、すこくたたかふ。よにいりては、もくだいかなはじとやおもひけんひきしりぞく。そののちたうごくのざいちやうらいつせんよにん、もよほしあつめて、うかはにおしよせて、ばうじやいちうものこさずやきはらふ。うかはといふは、はくさんのまつじなり。このことうつたへんとて、すすむらうそうたれたれぞ。ちしやく、がくみやう、ほうだいばう、しやうち、がくおん、とさのあざりぞすすみける。はくさんさんじやはちゐんのだいしゆ、ことごとくおこりあひ、つがふそのせいにせんよにん、おなじきしちぐわつここのかのひのくれがたに、もくだいもろつねがたちちかうこそおしよせたれ。けふはひくれぬ。あすのいくさとさだめて、そのひはよせてゆらへたり。つゆふきむすぶあきかぜは、いむけのそでをひるがへし、くもゐをてらすいなづまは、かぶとのほしをかがやかす。もくだいかなはじとやおもひけん、よにげにしてきやうへのぼる。あくるうのこくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。じやうのうちにはおともせず。ひとをいれてみせければ、「みなおちてさうらふ」とまうす。だいしゆちからおよばでひきしりぞく。
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さらばさんもんへうつたへんとて、はくさんちゆうぐうのしんよ、かざりたてまつつて、ひえいさんへふりあげたてまつる。〔おなじき〕はちぐわつじふににちのうまのこくに、はくさんのしんよ、すでにひえいさんひがしざかもとにつかせたまふときこえしかば、ほくこくのかたより、いかづちおびたたしくなりて、みやこをさしてなりのぼり、しらゆきふりてちをうづみ、さんじやうらくちゆうおしなべて、ときはやまのこずゑまで、みなしろたへにぞなりにける。
「ぐわんだて」S0114 『ぐわんだて』T0114
しんよをば、まらうとのみやへいれたてまつる。まらうととまうすは、はくさんめうりごんげんにておはします。まうせばふしのおんなかなり。まづさたのせいひはしらず、しやうぜんのおんよろこび、ただこのことにあり。うらしまがこのしつせのまごにあへりしにもすぎ、たいないのもののりやうぜんのちちをみしにもこえたり。さんぜんのしゆとくびすをつぎ、しちしやのしんじんそでをつらね、じじこくこくのほつせきねん、ごんごだうだんのことどもにてぞさうらひける。さるほどにさんもんのだいしゆ、こくしかがのかみもろたかをるざいにしよせられ、もくだいこんどうはんぐわんもろつねをきんごくせらるべきよし、そうもんすといへども、ごさいきよなかりければ、しかるべきくぎやうてんじやうびとは、「あはれとくしてごさいきよあるべきものを。むかしよりさんもんのそしようはたにことなり。おほくらのきやうためふさ、ださいのごんのそつすゑなかのきやうは、さしもてうかのちようしんたりしかども、さんもんのそしようによつてるざいせられたまひにき。いはんやもろたかなどはことのかずにもやはあるべき、しさいにやおよぶべき」とまうしあはれけれども、たいしんはろくをおもんじていさめず、せうしんはつみにおそれてまうさず」といふことなれば、おのおのくちをとぢたまへり。「ぐわんだて」R0113「かもがはのみづ、すごろくのさい、やまぼふし、これぞわがみこころにかなはぬもの」と、しらかはのゐん
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もおほせなりけるとかや。とばのゐんのおんときも、ゑちぜんのへいせんじをさんもんへよせられけることは、たうざんをごきゑあさからざるによつてなり。「ひをもつてりとす」とせんげされてこそ、ゐんぜんをばくだされけれ。さればがうぞつまさふさのきやうのまうされしやうは、「ひよしのしんよをぢんどうへふりたてまつりて、うつたへまうさんには、きみはいかがおんはからひさうらふべき」とまうされければ、「げにもさんもんのそしようはもだしがたし」とぞおほせける。いにしかほうにねんさんぐわつふつかのひ、みののかみみなもとのよしつなのあそん、たうごくしんりふのしやうをたふすあひだ、やまのくぢゆうしやゑんおうをせつがいす。これによつてひえのしやし、えんりやくじのじくわん、つがふさんじふよにん、まうしぶみをささげてぢんどうへさんじたるを、ごにでうのくわんばくどの、やまとげんじなかづかさのごんのせふよりはるにおほせて、これをふせがせらるるによりはるがらうどう、やをはなつ。やにはにいころさるるものはちにん、きずをかうぶるものじふよにん、しやし、〔しよし、〕しはうへみなたいさんす。これによつてさんもんのじやうかうら、しさいをそうもんのために、おびたたしうげらくすときこえしかば、ぶし、けんびゐし、にしざかもとにゆきむかつて、みなおつかへす。さんもんには、ごさいだんちちのあひだ、しちしやのしんよをこんぽんちゆうだうにふりあげたてまつり、そのおんまへにてしんどくのだいはんにやをしちにちよみて、ごにでうのくわんばくどのをじゆそしたてまつる。けちぐわんのだうしには、ちゆういんほふいん、そのときはいまだちゆういんぐぶとまうししが、かうざにのぼりかねうちならし、けいびやくのことばにいはく、「われらがなたねのふたばよりおほしたてたまひしかみたち、ごにでうのくわんばくどのに、かぶらやひとつはなちあてたまへ。だいはちわうじごんげん」とたからかにこそきせいしたりけれ。そのよやがてふしぎのことありけり。はちわうじのおんとのより、かぶらやのこゑいでて、わうじやうをさしてなりてゆくとぞ、ひとのゆめにはみえたりける。そのあしたくわんばくどののごしよのみかうしをあげけるに、ただいまやまよりとりてきたるやうに、つゆにぬれたるしきみひとえだ、たちたりけるこそふしぎなれ。やがてそのよより、
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ごにでうのくわんばくどの、さんわうのおんとがめとて、おもきおんやまふをうけさせたまひて、うちふさせたまひしかば、ははうへおほとののきたのまんどころ、おほきにおんなげきあつて、おんさまをやつし、いやしきげらふのまねをして、ひえのやしろへまゐらせたまひて、しちにちしちやがあひだいのりまうさせおはします。まづあらはれてのごりふぐわんには、しばでんがくひやくばん、ひやくばんのひとつもの、くらべうま、やぶさめ、すまふ、おのおのひやくばん、ひやくざのにんわうかう、ひやくざのやくしかう、いつぴしゆはんのやくしひやくたい、とうしんのやくしいつたい、ならびにしやか、あみだのぞう、おのおのざうりふくやうせられけり。またごしんぢゆうにみつのごりふぐわんあり。みこころのうちのおんことなれば、ひといかでしりたてまつるべきに、それになによりもまたふしぎなりけることには、しちやにまんずるよ、はちわうじのみやしろにいくらもありけるまゐりうどどものなかに、むつのくにより、はるばるとのぼりたりけるわらはみこ、やはんばかりにはかにたえいりにけり。はるかにかきいだしていのりければ、やがてたちてまひかなづ。ひときどくのおもひなしてこれをみる。はんじばかりまひてのち、さんわうおりさせたまひて、やうやうのごたくせんこそおそろしけれ。「しゆじやうらたしかにうけたまはれ。おほとののきたのまんどころ、けふしちにち、わがおんまへにこもらせたまひたり。ごりふぐわんみつあり。まづひとつには、こんどてんがのじゆみやうをたすけさせおはしませ。さもさぶらはば、おほみやのしたどのにさぶらふもろもろのかたはうどにまじはつて、いつせんにちがあひだ、あさゆふみやづかへまうさんとなり。おほとののきたのまんどころにて、よをよともおぼしめさで、すぐさせたまふみこころに、こをおもふみちにまよひぬれば、いぶせきことをもわすられて、あさましげなるかたはうどにまじはりて、いつせんにちがあひだ、あさゆふみやづかへまうさんとおほせらるるこそ、まことにあはれにおぼしめせ。ふたつにはおほみやのはしどのより、はちわうじのみやしろまで、くわいらうつくりてまゐらせんとなり。さんぜんにんのだいしゆ、あめ
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にもはれにも、しやさんのとき、いたはしうおぼゆるに、くわいらうつくられたらんは、いかにめでたからん。みつにはこんどてんがのじゆみやうをたすけさせおはしませ。さもさうらはば、はちわうじのみやしろにて、ほつけもんだふかうまいにちたいてんなくおこなはすべしとなり。このりふぐわんどもは、いづれもおろかならねども、せめてはかみのふたつは、さなくともありなん。ほつけもんだふかうこそ、いちぢやうあらまほしうおぼしめせ。ただし、こんどのそしようは、むげにやすかりぬべきことにてありつるを、ごさいきよなくして、しんじん、みやじいころされ、しゆとおほくきずをうけて、なくなくまゐりてうつたへまうすが、〔あまりに〕こころうければ、いかならんよにわするべしともおぼしめさず。そのうへかれらにあたるところのやは、すなはちわくわうすいしやくのおんはだへにたちたるなり。まことそらごとはこれをみよ」とて、かたぬいだるをみれば、ひだりのわきのした、おほいなるかはらけのくちほど、うげのいてぞみえたりける。「これがあまりにこころうければ、いかにまうすともしじゆうのことはかなふまじ。ほつけもんだふかういちぢやうあるべくは、みとせがいのちをのべてたてまつらん。それをふそくにおぼしめさばちからおよばず」とて、さんわうあがらせたまひけり。ははうへこのごりふぐわんのおんこと、ひとにもかたらせたまはねば、たれもらしぬらんと、すこしもうたがふかたもましまさず。みこころのうちのことどもを、ありのままにごたくせんありければ、いよいよしんかんにそうて、ことにたつとくおぼしめされ、「たとひいちにちへんしでさうらふとも、ありがたうこそさうらふべきに、ましてみとせがいのちをのべてたまはらんとおほせらるるこそ、まことにありがたうはさぶらへ」とて、おんなみだをおさへておんげかうありけり。そののちきのくににてんがのりやう、たなかのしやうといふところを、えいたいはちわうじへきしんせらる。さればいまのよにいたるまで、はちわうじのみやしろにて、ほつけもんだふかう、まいにちたいてんなしとぞうけたまはる。かかりしほどに、ごにでうのくわんばくどのおんやまふかるま
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せたまひて、もとのごとくにならせたまふ。じやうげよろこびあはれしほどに、みとせのすぐるはゆめなれや、えいちやうにねんになりにけり。ろくぐわつにじふいちにち、またごにでうのくわんばくどの、おんぐしのきはにあしきおんかさいでさせたまひて、うちふさせたまひしが、おなじきにじふしちにち、おんとしさんじふはちにて、つひにかくれさせたまひぬ。みこころのたけさ、りのつよさ、さしもゆゆしうおはせしかども、まめやかにことのきふにもなりぬれば、おんいのちををしませたまひけり。まことにをしかるべし。しじふにだにみたせたまはで、おほとのにさきだたせたまふこそかなしけれ。かならずちちをさきだつべしといふことはなけれども、しやうじのおきてにしたがふならひ、まんどくゑんまんのせそん、じふぢくきやうのだいじたちも、ちからおよばせたまはぬしだいなり。じひぐそくのさんわう、りもつのはうべんにてましませば、おんとがめなかるべしともおぼえず。
「みこしふり」S1015 『みこしぶり』T0115
さるほどにさんもんには、こくしかがのかみもろたかをるざいにしよせられ、おとうとこんどうはんぐわんもろつねをきんごくせらるべきよし、そうもんどどにおよぶといへども、ごさいきよなかりければ、ひえのさいれいをうちとどめて、あんげんさんねんしぐわつじふさんにちのたつのいつてんに、じふぜんじ、まらうど、はちわうじ、さんじやのしんよをかざりたてまつつて、ぢんどうへふりたてまつる。さがりまつ、きれづつみ、かものかはら、ただす、うめただ、やなぎはら、とうぼくゐんのへんに、しらだいしゆ、しんじん、みやじ、せんだうみちみちて、いくらといふかずをしらず。しんよはいちでうをにしへいらせたまへば、ごじんぼうてんにかかやき、じつげつちにおちたまふかとおどろかる。これによつてげんぺいりやうけのたいしやうぐんにおほせて、
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しはうのぢんどうをかためて、だいしゆふせぐべきよしおほせくださる。へいけにはこまつのないだいじんのさだいしやうしげもりこう、そのせいさんぜんよきにて、おほみやおもてのやうめい、たいけん、いうはう、みつのもんをかためたまふ。おとうとむねもり、とももり、しげひら、をぢよりもり、〔のりもり、〕つねもりなどは、にしみなみのぢんをかためたまふ。げんじにはたいだいしゆごのげんざんみよりまさ、わたなべのはぶく、さづくをさきとして、そのせいわづかにさんびやくよき、きたのもん、ぬひどののぢんをかためたまふ。ところはひろし、せいはすくなし、まばらにこそみえたりけれ。だいしゆそのせいたるによつて、きたのもん、ぬひどののぢんよりしんよをいれたてまつらんとす。よりまさのきやうさるひとにて、いそぎうまよりおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひして、しんよをはいしたてまつらる。つはものどももみなかくのごとし。よりまさだいしゆのなかへししやをたてて、いひおくらるるむねあり。そのつかひはわたなべのちやうしちとなふとぞきこえし。となふそのひは、きちんのひたたれに、こざくらをきにかへいたるよろひきて、しやくどうづくりのたちをはき、にじふしさいたるしらはのやおひ、しげどうのゆみわきにはさみ、かぶとをばぬいで、たかひもにかけ、しんよのおんまへにかしこまつて、「しばらくしづまられさうらへ。げんざんみどのより、しゆとのおんうちへ〔げんざんみどのの〕まうせとざふらふ」とて、「こんどさんもんのごそしよう、りうんのでうもちろんにさうらふ。ごさいだんちちこそは、よそにてもゐこんにおぼえさうらへ。しんよいれたてまつらんこと、しさいにおよびさうらはねども。ただしよりまさぶせいにさうらふ。あけていれたてまつるぢんよりいらせたまひなば、さんもんのだいしゆは、めだりがほしけりなど、きやうわらんべのまうさんこと、ごにちのなんにやさうらはんずらん。あけていれたてまつれば、せんじをそむくににたり。またふせぎたてまつらんとすれば、としごろいわう、さんわうにくびをかたぶけてさうらふみが、けふよりのち、ながくゆみやのみちにわかれさうらひなんず。かれといひ、これといひ、かたがたなんぢのやうにおぼえさうらふ。ひがしのぢんどうをばこまつどののたいぜいにてかためられてさうらふ。そのぢんよりいら
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せたまふべうもやさうらふらん」と、いひおくりたりければ、となふがかくいふにふせがれて、しんじん、みやじ、しばらくゆらへたり。わかだいしゆ、あくそうどもは、「なでふそのぎあるべき。ただこのぢんよりしんよをいれたてまつれや」といふやからおほかりけれども、らうそうのなかに、さんたふいちのせんぎしやときこえしせつつのりつしやがううん、すすみいでまうしけるは、「もつともこのぎさいはれたり。われらしんよをさきだてまゐらせて、そしようをいたさば、たいぜいのなかをうちやぶりてこそ、こうだいのきこえもあらんずれ。なかんづくこのよりまさのきやうは、ろくそんわうよりこのかた、げんじちやくちやくのしやうとう、ゆみやをとつて、いまだそのふかくをきかず。およそはぶげいにもかぎらず、かだうにもすぐれたるをのこなり。ひととせこんゑのゐんございゐのおんとき、たうざのごくわいのありしに、『みやまのはな』といふだいをいだされたりけるに、ひとびとみなよみわづらひたりしに、このよりまさのきやう、
みやまぎのそのこずゑともみえざりしさくらははなにあらはれにけり W007
といふめいかつかまりてぎよかんにあづかりたるほどのやさをとこに、いかがときにのぞんでなさけなうちじよくをばあたふべき。このぢんよりしんよかきかへしたてまつれや」と、せんぎしたりければ、すせんにんのだいしゆ、せんぢんよりごぢんまで、〔みな〕もつとももつともとぞどうじける。さてしんよをばかきかへしたてまつり、ひがしのぢんどう、たいけんもんよりいれたてまつらんとしけるに、らうぜきたちまちにいできて、ぶしどもさんざんにいたてまつる。じふぜんじのみこしにも、やどもあまたいたてけり。しんじん、みやじいころされ、しゆとおほくきずをかうぶり、をめきさけぶこゑぼんてんまでもきこえ、けんらうぢしんもおどろくらんとぞおぼえける。だいしゆしんよをばぢんどうにふりすてたてまつり、なくなくほんざんへぞかへりのぼりける。
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「だいりえんじやう」S0116 『だいりえんしやう』T0116
ゆふべにおよんでくらんどのさせうべんかねみつにおほせて、ゐんのてんじやうにて、にはかにくぎやうせんぎありけり。さんぬるほうあんしねんしぐわつにしんよじゆらくのときは、ざすにおほせて、せきさんのやしろへいれたてまつる。またほうえんしねんしちぐわつにしんよじゆらくのときは、ぎをんのべつたうにおほせて、ぎをんのやしろへいれたてまつらる。こたびはほうえんのれいたるべしとて、ぎをんのべつたうごんのだいそうづちようけんにおほせ、へいしよくにおよんでぎをんのやしろへいれたてまつらる。しんよにたつところのやをば、しんじんしてこれをぬかせらる。むかしよりさんもんのだいしゆ、しんよをぢんどうへふりたてまつることは、えいきうよりこのかた、ぢしようまではむたびなり。されどもまいどにぶしにおほせてふせがせらるるに、しんよいたてまつること、これはじめとぞうけたまはる。「れいじんいかりをなせば、さいがいちまたにみつといへり。おそろしおそろし」とぞおのおののたまひあはれける。おなじきじふしにちのやはんばかり、さんもんのだいしゆ、またおびたたしうげらくすときこえしかば、しゆしやうはよなかにえうよにめして、ゐんのごしよほふぢゆうじどのへぎやうがうなる。ちゆうぐう、みやみやは、みくるまにたてまつりて、たしよへぎやうげいありけり。こまつのおとどは、なほしにやおうてぐぶせらる。ちやくしごんのすけぜうしやうこれもりは、そくたいにひらやなぐひおひてぞまゐられける。くわんばくどのをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。およそきんちゆうのきせん、きやうぢゆうのじやうげ、さわぎののしることおびたたし。されどもさんもんには、しんよにやたち、しんじんみやじいころされ、しゆとおほくきずをかうぶりたりしかば、おほみやにのみやいげの、かうだう、ちゆうだう、すべてしよだう、いちうものこさずみなやきはらひて、さんやにまじはるべきよし、さんぜんいちどうにせんぎす。これによつてだいしゆのまうすところ、
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ほふわうおんはからひあるべしときこえしは、さんもんのじやうかうら、しさいをしゆとにふれんとて、とざんすときこえしかば、だいしゆにしざかもとにおりくだりて、みなおつかへす。へいだいなごんときただのきやう、そのときはいまださゑもんのかみにておはしけるが、じやうけいにたつ。だいかうだうのにはにさんたふくわいがふして、「じやうけいをとつてひつぱり、しやかぶりをうちおとし、そのみをからめて、みづうみにしづめよ」などぞまうしける。すでにかうとみえしとき、ときただのきやう、だいしゆのなかへししやをたてて、「しばらくしづまられさうらへ。しゆとのおんなかへまうすべきことのさうらふ」とて、ふところよりこすずりたたうがみとりいだし、いつぴつとてだいしゆのなかへおくらるる。これをひらいてみるに、「しゆとのらんあくをいたすは、まえんのしよぎやうなり。めいわうのせいしをくはふるは、ぜんぜいのかごなり」とこそかかれたれ。これをみて、だいしゆひつぱるにもおよばず、みなもつとももつともとどうじて、たにだににおり、ばうばうへぞいりにける。いつしいつくをもつて、さんたふさんぜんのいきどほりをやすめ、おほやけわたくしのはぢをものがれたまひけんときただのきやうこそゆゆしけれ。さんもんのだいしゆは、はつかうのみだりがはしきばかりかとおもひゐたれば、ことわりをもぞんぢしけりとぞ、ひとびとかんじあはれける。おなじきはつかのひ、くわざんのゐんごんぢゆうなごんただちかのきやうをじやうけいにて、こくしかがのかみもろたかをけつくわんせられて、をはりのゐどたへながさるる。おとうとこんどうはんぐわんもろつねをばきんごくせらる。またさんぬるじふさんにちしんよいたてまつりしぶしろくにんごくぢやうせらる。これらはみなこまつどののさぶらひなり。おなじきしぐわつにじふはちにちのいぬのこくばかり、ひぐちとみのこうぢよりひいできて、きやうぢゆうおほくやけにけり。をりふしたつみのかぜはげしくふきければ、おほいなるしやりんのごとくなるほむらが、さんぢやうごちやうをへだてて、いぬゐのかたへすぢかへにとびこえとびこえやきゆくは、おそろしなどもおろかなり。あるいはともひらしんわうのちぐさどの、あるいはきたののてんじんのこうばいどの、きついつせいのはへまつどの、おにどの、たかまつどの、
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かもゐどの、とうさんでう、ふゆつぐのおとどのかんゐんどの、せうぜんこうのほりかはどの、これをはじめて、むかしいまのめいしよさんじふよかしよ、くぎやうのいへだにもじふろくかしよまでやけにけり。そのほかてんじやうびと、しよだいぶのいへいへはしるすにおよばず。はてはおほうちにふきつけて、すじやくもんよりはじめて、おうてんもん、くわいしやうもん、だいごくでん、ぶらくゐん、しよしはちしやう、あいたんどころ、いちじがうちに、みなくわいじんのちとぞなりにける。いへいへのにき、よよのもんじよ、しつちんまんぽうさながらちりはひとなりぬ。そのあひだのつひえいかばかりぞ。ひとのやけしぬることすひやくにん、ぎうばのたぐひかずをしらず。これただごとにあらず。さんわうのおんとがめとて、ひえいさんより、おほいなるさるどもが、にさんぜんおりくだり、てんでにたいまつをともいて、きやうぢゆうをやくとぞ、ひとのゆめにみえたりける。だいごくでんはせいわてんわうのぎよう、ぢやうくわんじふはちねんにはじめてやけたりければ、おなじきじふくねんしやうぐわつみつかのひ、やうぜいゐんのごそくゐはぶらくゐんにてぞありける。ぐわんきやうぐわんねんしぐわつここのかのひ、ことはじめありて、おなじきにねんじふぐわつやうかのひぞつくりいだされたりける。ごれんぜいのゐんのぎよう、てんきごねんにぐわつにじふろくにち、またやけにけり。ぢりやくしねんはちぐわつじふしにちに、ことはじめありしかども、いまだつくりもいだされずして、ごれんぜいのゐんほうぎよなりぬ。ごさんでうのゐんのぎよう、えんきうしねんしぐわつじふごにちにつくりいだされて、ぶんじんしをたてまつり、れいじんがくをそうして、せんかうなしたてまつる。いまはよすゑになりて、くにのちからもみなおとろへたれば、そののちはつひにつくられず。

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