大正8年11月1日発行の『赤』第五号に、宮武外骨は、
驚くべき諸物価暴騰の悪影響
帝国図書館の乱脈
と題する一文を書いている。
以下、引用。
驚くべき諸物価暴騰の悪影響
帝国図書館の乱脈
古来未曾有といへる諸物価暴騰の為め、各方面の人々が深刻骨に徹する生活難に苦んで居ることは顕著な事実であるにも拘らず、政府は之が根本救済策たる物価の調節もやらず、俸給の増加も容易に実行しない為め、其影響は今やあらゆる方面に及んで、従務者の能率を低め、文明機関の渋滞を来して居ることは実に甚だしいものであるが、近頃之に関して聞捨て成らぬ由々しき一大事を聞いた
上野公園にある帝国図書館は、都下の読書子に精神の糧を与ふる国家の重要文明機関であるが、同館に於ける図書出納係の少年給仕等は、殆んど昼夜休み無しの繁劇な職務であるのに、之に対する報酬は僅に日給三四十銭位に過ぎないので、近頃は大抵二ヶ月と続いて辛抱する者は無く、随つて雇へば随つて辞職し、新陳代謝が頗る激甚で、昨今は本の在処も知らない新参者ばかりで図書の出し入れをしてゐる有様であるさうなが、さういふワケで彼等は皆どうせ今日明日には辞職するのだからといふ心得で事務に当つて居るので、誰一人忠実に求覧図書を検出する者は無く、偶々引出したが最期、決して元の函なり棚なりへ番号に合せて納める事をせず、いゝ加減な所へ突込んで置く為め、図書は毎日行衛不明になるばかりである、それも活版本ならば小口から標題が読めるから検索にも多少の便宜もあるが、日本綴の古書に成るとペタペタと縦に置いてある為め、容易に発見することが出来ず、求覧の図書十種中半分は「出て居ます」といふ口実で見る事が出来ない有様である、それで毎日特別室で古書を調べてゐる三四十人の熱心な研究家は一同大コボシで、同館の河合出納係長に対して頻に苦情を持込むが、何せよ図書館は文部省の管属で経費が少ない為め、とても高価な日給を出す事が出来ぬので、気の利いた者は永続せず、別に人を雇つて整理をさせようにも費用の出所がないといふ惨憺たる始末である上に、司書の連中も亦、図書館一流の廉月給では、日々の生活が出来ないので、一同営養不良の為め頭のハツキリした者は無く中には貧の出来心で、前司書朝倉某《注》のやうに、一冊三十円五十円の価ある貴書珍籍を、コツソリ短衣の下へ隠し込んで持出し、それを売つた金を生活費の足しにする者もあるらしいので、復と得難い貴重書は、漸次有耶無耶の中に影を没するばかりで、図書館内部の乱脈は目下実に其絶頂に達して居るさうな、政府の奴等の施政方針が当を得ない為め、精神文明の進歩に斯の如き大なる障礙を与ふるに至つたことは、鼓を鳴らして之を責めなければならぬ所であるが、我輩は之を単に一図書館のみの問題とせず、原内閣全員に対する一大責任問題として絶叫しなければならぬ事だと思ふ
《注》朝倉某とは誰か。
外骨は『公私月報』第95号(昭和13年10月15日)四頁、
朝倉移山人の罪悪本
という文章の中で、
朝倉移山・朝倉亀三・朝倉無声
を批判している。詳しくは『公私月報』を参照されたい。
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菊池眞一