円朝の引札(『円朝全集』未収録資料)
 
菊池眞一
 
 
『円朝全集』別巻二(岩波書店。平成二十八年)の「雑纂」に、「引札」として、
 
上野空也堂引札
浅草氷月庵引札
浅草ひしや引札
三遊屋引札
新富町塩瀬引札
柳光亭引札
日本橋布袋屋引札
 
の七種の引札が紹介されている。
 
 ここに挙げられていない円朝の引札を見かけたので、紹介しておく。
 
 田村栄太郎「明治商業資料図解」(『日本の風俗』第二巻第一号。昭和十四年一月)は、「(E)開業披露文と商店歌」で、円朝の引札を紹介している。前置きに、
 
上図は植木屋の開業のチラシ文を三遊亭円朝が書いたもの、但し代作であらうが、円朝の人気を示すものである。円朝の没したのは明治三十三年八月だから、それよりは余程前の広告だらうが、五月とばかりあつて年号がない。あいにく上の方が切取られてあつてわからないと思ふが、判断すると次の通りで、落語家らしいものである。
 
とあり、続いて引札を翻刻しているが、誤字があるうえ、振り仮名を全部省略しているので、ここに改めて紹介しておく。ただし、上端の切れている部分のルビは推定である。
 
   開業御披露
 
しやう せふ とを おも ちが ひ。 盆栽 ぼんさい 権妻 ごんさい あやま りしとは。 比日 このごろ ひとつの 談柄 だんぺい ながら。 その より どころなしとせず。 しやう よく 鬼神 きしん をも かん ぜしめ、 せふ も又 無量 むりやう 感触 かんしよく なきにあらず。 盆栽 ぼんさい 権妻 ごんさい たるは。 這度 こたび 開業 かいげふ せる 万樹楼 まんじゆろう なりけり。 庭中 ていちう せま からざれとも ちり かず。 手入 ていれ 化粧 けはい とも にとゞき。 やなぎ みどり 黒髪 くろかみ 髣髴 ほうふつ として。 涼風 りやうふう にけづり。 たて 芍薬 しやくやく すわ れば 牡丹 ぼたん 香水 かうすゐ となる 薔薇 ばら はな さか あらそ こう 時節 じせつ 散歩 さんぽ 旁々 かたがた 尊来 そんらい ありて。 異芳 いはう 馥郁 ふくいく たる 別品 べつぴん を。 手活 ていけ はな 御求 おもとめ ある やう 鳥渡 ちよつと 一腹 いつぷく 一泉 いつせん の。 煎茶 せんちや いろ 山吹 やまぶき ならで。 実入 みいり しげ 愛顧 あいこ を。 八重 やへ 一重 ひとへ 冀  こひねが ふと。 ことば はな つや もなく 主人 あるじ かは のぶ るになん
           三遊亭円朝
五月三日四日両日開設
   盆栽瓶花    浜町二丁目十一番地
   盛物各種      万樹楼
 
 
 現物が確認できず、写真版だけのものは全集に収録しない、という方針であれば、この資料は収録できない。
 
 なお、田村栄太郎発行雑誌『日本の風俗』は、第三巻第四号まで、国会図書館デジタルコレクションで見ることができるし、柏書房から複製本も出ている。円朝の(万樹楼)「開業御披露」の影印はこれを御覧いただきたい。
 
 
 
 
2019年4月11日公開
 
 
菊池眞一