海賀変哲編
端唄及都々逸集
附はやり唄と小唄
東京博文館蔵版


 あらゆる俗曲中、文章詞藻の見るべきもの多きは端唄であらう。
    『人と契るなら薄く契つて末まで遂げよ、紅葉を見よ、薄きが散るか
     濃きが先づ散るもので候、さうぢやないか。』
の如き簡潔にして興味津々たるを覚ゆるがある。
 次には都々逸である、端唄程 妙味はなくとも、その行はるゝ範囲の広きに至つては、蓋俗曲中のオーソリチーである、いかな調子外れの人間でも、都々逸の唄へぬ者は殆ど無い。
 されば本書は端唄を主とし都々逸を従とし、附属として、はやり小唄、小唄等を収録した、尤も古い小唄には、文句や句調の耳馴れぬものも随分あつて、今日の俗曲界から忘れられたのもあるが、之をしも捨るには忍びなかつた。
 はやり唄に至つては、新陳代謝甚しく、一時的のもの頗る多いのであるから、朝に生れて夕に死す底の、生命の儚いものは凡て取捨てた。
     丁巳晩春          編者識



俗曲文庫端唄及都々逸集
附はやり唄と小唄



端唄

あの部
○あら玉(本調子)
新玉の、年の始に筆とりて、千代と書き初め主の名を、思ひ参らせ候かしこ。
さアさよい/\よいわいな。
○浅くとも(本調子)
浅くとも、清き流の杜若、飛んで往き来の編笠を、覗いて来たか濡燕、顔が見たうはないかいな。
○あれは当麻(二上リ)
あれはたいまのやくはんへ、やつとこせいやな、あれはたいまの中将姫だによいやな、あれはアリヤ/\/\/\よいとこ/\せ。
○あのや児雷也(二上リ)
あのや児雷也さんが、綾女を嫌ふ、うちのたがねに恋慕する、それから綾女が嫉妬して蛇へび。
○飛鳥川(本調子)
飛鳥川、昨日の淵は今日の瀬と、変り易さの浮世にも、主ゆゑこの身は捨小舟、いつか恋路の深緑。
○あやめ(二上リ)
あやめに似たる杜若はあれど、主に見かへる花はない、ほんに浮世は、アヽヽヽ任意ならぬ。
○あれあの蝶(本調子)
あれあの蝶の女夫連、巴の様に狂ひ行く、春の野に菜種畑、見るにつけても羨しい楽しい仲ぢやないかいな。
○朝顔(本調子)
朝顔の、露の命の果敢なさは、ほんにゐるやらゐないやら、一目見るにも目は見えず、何んと此身せやうぞいな。
○朝顔に(本調子)
朝顔に、釣瓶とられて物思ひ、人の心と淀の水、はや明け近き鳥羽の船、もはや離れぬ蔦鬘、声も優しき田植唄。
○朝顔の盛り(三下リ)
朝顔の、盛りは憎し向ひ駕籠、夜はまつ虫ちん/\ちろり、見えつ隠れつかくれんぼ、行末は誰が肌触れん紅の花、案じ過しを枕にかたる、髪結はぬ夜の女郎花、いふてもお呉れな小夜嵐。
○青柳の(本調子)
青柳の、若紫の小夜衣、忍ぶの乱れ玉章に、数々知らす言の葉も、深き縁となりひらや、小町の昔知らずして、恋し床しも恥かしや。
○雨の音(本調子)
頃も五月か五月雨か、狩場へ忍ぶ雨の音、しつぽりとあと二人連れ、遂げて嬉しい仲かいな。
○雨の夜雪や(本調子)
雨の夜、雪や風の夜も、通ひ比べに負けまじと、船に行く身の小夜嵐、土堤の寒さに凍えても、君の姿を幻影に。
○淡雪(本調子)
淡雪と消ゆる、此身の思ひ寐に、浮名を厭ふ恋の中、乱れし儘のびんつけや、義理といふ字は是非もなく、夢か現か朝鴉。
○雨の夜(本調子)
雨の夜も、また雪の夜も何んのその、恋の闇路を唯一人、思ひは積る九十九夜、通ふ心を察さんせ。
○雨や大風(二上リ)
雨や大風吹くのに、傘させますかいな、雨や/\大風吹くのに傘がさせますかいな、ハイ骨が折れまする。
○あれ春雨が
あれ春雨が降るわいな、傘に春雨がばら/\と、降ると濡れたる宵鴉、かあい/\も久しい物よ、ハテさうぢやいな、さうぢやわいな。
○雨の降る夜(本調子)
雨の降る夜は、只しん/\と、心淋しき閨の内、はかなき恋の遣瀬なや、ほんに浮世は儘ならぬ、思ひ焦がれて更け渡る、ヱヽ憎らしい女夫がり、うつら/\と夜を明かす。
○秋の夜長(本調子)
秋の夜長に、しつぽりと、好いた同志の差向ひ、晴れて差し込む窓の内、月が取り持つ縁かいな。
○秋の夜永
秋の夜長に、主に逢ふ夜の短さよ、月夜鴉が鳴くわいな、月ぢやごんせぬしら/゛\と明けの鐘
○秋の野(二上リ)
秋の野に出て、七草見れば、サアヤレ、露で小褄が皆濡れる、サアよしてくんな鬼薊。
○歌の七草(二上リ)
秋の七草虫音に、来ては蛍が身を焦す、君をまつ虫、啼く音にほそる、恋といふ字が大切ぢや。
○秋の夜(本調子)
秋の夜は、長いものとは真ん円な、月見ぬ人の心かも、更けて待てども来ぬ人の、音信るものは鐘ばかり、数ふる指も寐つ起きつ、わしや照らされてゐるわいな。
○秋が来たとて(三下リ)
秋が来たとて、鹿さへ鳴くに、なぜに紅葉は色づかぬ、ほんに気儘な浮世ぢやとても、妻にひかれて、今日も降るわいな、じつ/\ほんかいな、まんざら嘘かいな、わしや人にいふわいな。
○明け安き(本調子)
明け安き、里とはなりぬ花の頃、言の葉残るきぬ/゛\に、解けかかりたる寝巻帯、結ぶ縁を待つわいな)
○朝桜(本調子)
深と更け行く春の雨、待ち疲かれたる仮寝を、驚かされて恋人に嬉しさ隠す痴話の中、もしヱ、起きなまし、夢であつたかヱヽしんき、ほろ/\こぼるゝ朝桜。
○逢ふ事(三下リ)
逢ふ事の、絶え間勝ちなる仲々を、なうてがましく短夜を、辛気/\に面窶れ、アヽ隠す言葉も夏痩と、人に答ふる胸の内、ほんに浮世は儘ならぬ。
○逢ふは別れ(本調子)
逢ふは別れと、兼ては知れど、今朝のきぬ/゛\いつより辛や、たまに逢ふ夜は飛び立つばかり、ヱヱ自烈たい友千鳥。
○逢ふた夜(本調子)
逢ふた夜の、宵は騒ぎでまぎれてゐても、更けて来るほど深々と、最早や時刻と思ふてゐるに、ごんと撞出す鐘の音に、もしヱお駕籠が参りました、ヱヽモ辛気な駕籠屋さん、たま/\逢ふのを知りもせで。
○逢ひたさ見たさ(本調子)
逢ひたさ見たさに、親の目顔をくゞり忍んで、闇ぢや/\と待つ内に、お月様がひよいと出て、南無三宝、蕎麦屋さん何時ぢや、四つぢや引けぢや。
○逢ふと見し夢(本調子)
逢ふと見し、夢は空しく覚めて又、辛き現の閨の中、思うて見ても、欝いでも、ほんに心の遺る方もなや、どうで逢はれぬ、浮世なら、深山の奥の、その奥の、ずつとの奥に、住居して、人目思はで、物思ひたや。
○腮で知らせて(三下リ)
腮で知らせて、目で受けて、必ずやいのと約束したに、今に於て、今以て、首尾も間合もない事か、ヱヽ儘ならぬこそ浮世、世の中、娑婆世界。
○天の戸(本調子)
天の戸の、明くるといへる嬉しさに、つひひかさるゝ春霞、想ひのたけをいふ節も、すぐな心の一筋や、酒の機嫌できそ初め、顔にうつらふ初日の出。
○朝日(本調子)
朝日さす、蓬莱山に鶴舞うて、亀の齢を尉と姥、苔の岩間にこの花の、匂り床しき若竹の、常盤の松が枝葉をかさね、かゝる目出たき春霞。
○曙(本調子)
曙に、可愛いと啼た初烏、常きく鳥も憎うなうて、主の便りか春風に、れんじにそよと通ふ神、薫りにぱつと振り向けば、ヱヱ憎らし床の梅、笑うてゐるぢやないかいな。
○味な事(本調子)
味な事から、つい惚れ込んで、精神込めし神詣、叶はぬ恋も仮名書きの、文言伝にまかせる便り、逢はれぬ辛さに又飲む酒は、温めもせで呑み明かす、その儘其所へ懊悩伏してふつと目を覚せば、ヱヽ火の要心さツしやりやせう。
○仇な笑顔(本調子)
仇な笑顔についほだされて、妻こふ雉子のほろゝぎも、千尋の海の雁がねに、言伝たのむ燕のたより、うそならほんにかほ鳥見てと、羽がひの肌にしつぽりと、それなりそこへとまりあひ、嬉しい首尾ぢやないかいな。

いの部
○色の名(本調子)
色の名も、いはぬ/\と山吹の、靡くといふのも粋の中、水に流すが、わしや気に掛る、何にを蛙が、くど/\と、ほんに女子といふものは、遣瀬無い者で御座んすわいな。
○色がある(三下リ)
色がある、承知で惚れた横恋慕いひ出すからは何処までも、立てて貰はにやならぬぞえ。
○色気ないとて(本調子)
色気無いとて、苦にせまいもの、賤が伏屋に月も差す、見やれ薔薇にも花が咲く、田植戻りに袖棲引かれ、今宵逢はうと目遣ひに、招く合図の小室節、薄に残る露の玉、かしこと読んだが無理かいな。
○色の植込(本調子)
色の植込、連理の巷、交す契りは上咲く花よ、笑ひながらも、もの卯月、ないて嬉しき時鳥。
○幾代さか(本調子)
幾代さか、主に淡路の島田髷、浪の枕に寝乱れて、鳴いて明石の浦千鳥、せめて夢路に通へかし。
○いとしさに(本調子)
いとしさに、互に明す誠と誠、それに今更切れ言葉、外に大方増花が、出来てのことで御座んせう、それ、切れるのかえ。
○伊勢に宇治橋(本調子)
伊勢に宇治橋、内宮外宮、八十末社の宮続き、あひの山ではお杉お玉が、しまさんこんさんなかのりさん、岩戸さんには道続き、二見ケ浦には浅間山、あうむせき磯辺比丘尼に代々神楽や、これ申し泊らんせ。
○黄色露の濡衣(本調子)
打ち水に、残る暑さも何所へやら、軒の簾に波打ちて、暮れぬ先から月影を、宿す小庭の行潦。
誰を招くか、招くか誰を、尾花の露のばら/\と、風になるこの切戸口。
帰る燕に来る雁を、待つ夜は辛き鐘の声、身に泌む秋の村雨に、濡るゝも恋の縁の端。
何時しか空も吹き晴れて、雲間を洩るゝ月の顔、ぞつと素肌に風凉し、今は隔ても中垣に、乱るゝ萩の女郎花、他所目にいはぬ色見えて。
思ふ心の梢まで、届かで葛の恨みがち、明日待たるゝ朝顔も、背の蕾が花なれや。
忍ぶその身に、桐一葉、落ちて驚く胸の波、実に辛気ぢやないかいな。

うの部
○梅が香(本調子)
梅が香に、鳥影絶えぬ潦水、眺も倦かぬ初花を、見捨てて帰る小田の雁、名残惜しいぢやないかいな。
○梅に仲好く(本調子)
梅に仲良く、黄鳥囀る春霞、菫蒲公英、かたみ劣らぬ朝景色、雨に綻ぶ花の蕾も誰故ぞ何うして主は此様に、女子を迷はす悪性者。
○梅の春(地唄)
此花の、薫りまさしく北風に、吹きまねかれて冬ごもり、袖をかざしに春告げ草の、咲くやゆかりの紋どころ、今を春べと世々に栄へん。
○梅にも春(本調子)
梅にも春の色添へて、若水汲みか車井の、音もせわしき鳥追ひや、朝日に繁き人かげは、若しやと思ふ恋の慾、遠音神楽の数取りに、まつ辻占や鼠なき逢うて嬉しき酒機嫌。
○梅が枝さん〔指きり紙きり替唄〕(二上リ)
梅が枝さんは、すとんと炬燵に腰を掛け、煙比べん浅間山、/\、そらさぬ顔にて吹き寄せる、今宵の内に三百両、出来るかえ、出来まする、どうでも鎧を請戻し、お前の出世を待つわいな。
○梅と松(本調子)
梅と松とや若竹の、手に手ひかれて注縄飾り、ならばヱヽうそぢやないかやほんだはら海老の腰とや千代までも友白髪ようイようイ世の中よい、ところへゆづり葉の、テモマァ明けまして、お目出たい春ぢやヱ。
○梅暦辰巳園(本調子)
神垣に植ゑし園女の山桜、変らぬ花に古を、思へば八重の咲く頃は、重ね袷に江戸褄の目立つ模様の染色も、深川鼠辰巳風、作らぬ花の投入に、木咲の儘のとりなりは、油気薄き洗ひ髪、顔へ掛かりし青柳の、鬢の解れも誰と寐し、口舌の果と他目には、浦山吹や仇名草、芽出し紅葉の色に出で、浮名の立ちし岡惚に、思ひ佃の送り舟、網手の桴に白魚の、首尾も四手の遠篝り、火影を厭ふ簾越し、芝浦霞む春の夜の、月も朧に帆柱の、海へ映りてぱら/\と、雲脚早く雨となり、又立帰る塩頭、新地の花を横折れて、色に血道をあげ南、客で逢ひしも昨日今日、真の話に間夫となり、浮気を捨てし仲町に、座敷も引けてしつぽりと、小雨の音に春ながら弥生鰹に後れじと、更けて一声時鳥、あれといふ間も明け近く、八幡鐘の後朝に、別れて後の物思ひ、涙に重き目の縁も、昨夜の酒に紛らして、洲崎へ帰る雁が音の、文の通ひ路繁き恋中。
○鶯(本調子)
鶯の、笹啼き初める小柴垣、色も香もある愛嬌に、ほだされて咲く冬の梅、思ひのたけを年忘れ、早く初音をまつばかり。
○鶯の身(二上リ)
鶯の、身は逆に初音屋の本調子「籠立てさせて青木町、こゝがのんどのかはさきと、道を急いで梅見草。
○浮名立てじと
浮名立てじと口先で、態とけなして或時は、胸でのろけて知らぬ顔、噂するさへならぬとは、ほんにうるさい人の口。
○薄墨(本調子)
薄墨に、書く玉章の思ひして、雁鳴き渡る宵闇や、月影ならで主さんに、焦がれて愚痴な畳算、思ひ廻はして儘ならぬ、早く苦界を候かしこ。
○うつ/\(本調子)
うつ/\と、寐た頃叩く柴の戸を、誰そと問へども答もせずに、若しやそれかと胸騒ぎサツテも嵐か木枯か、主ぢやあらぬか夢現、ヱヽ自烈たい明けの鐘。
○浮気同士(本調子)
浮気同士、誠明かして、惚れ合ふて、どうもかうもならぬやうになつたわいな、うそぢやないぞえ。
○浮気同士が(本調子)
浮気同士が、ついかうなつて、あゝでもないと四畳半、湯の沸るより音もなく、あれ聞かしやんせ松の風。
○浮草や(本調子)
浮草や、今日は向ふの岸に咲く、さりながら、誘ふ水にも懲りもせで。
○浮草の(本調子)
浮草の、身は定めなき此の里へ、今日は東の人と寐て、翌は他国へ仮の閨、柳々で世を面白う、泣いて楽む日はたまさかに、笑ふて辛き夜毎の浮世、短き明けの鴉さへ、憎らしい、愚痴な心根は、それ真実の人にある。
○宇治茶(本調子)
宇治は茶所さま/゛\な、中に噂の大吉山と、人の気にあふ水にあふ、色も香もある濡れたどし、粋な浮世に野暮らしい、こちや/\濃茶の仲ぢやいな。
○うべや河竹(本調子)
うべや河竹、うきふしの、風に反かぬ柳橋、焦れ渡りて世のことは、よしや吉原深川の深き契をいつか我、吾妻の富士の根津の里
○後髪(本調子)
後髪、引かるゝ方を眺むれば、駒形あたり有明の、月が啼いたと思ひしは、誰を待乳の山時鳥、今一声の聞きたさよ、又も乗込む山谷堀。
○うらわかみ(本調子)
うらわかみ、ねよげになける黄鳥の、初音ゆかしといふだすき、かけしや袖の濡れた同士、春野に出でて若菜摘む、霞もいつか晴れ/゛\と、君のよめなになるわいな。
○仮寝(本調子)
仮寝を、つい其の儘に後から、小夜着をそツと掛けまくも、神に誓ひし人ぢやもの、首尾して逢ふた嬉しさに、起こしたい気をおし鎮め、むつと寐顔を見るにつけ、ヱヽまア自烈たいほど好いた人。
○打ち水(本調子)
打ち水の、昼の暑さを忘れてし、雫の山の草の葉に、月と宿りて凉風の、添うて沢辺に鳴く蛙、更けてたよ/\飛ぶ蛍。
○疑ぐる(本調子)
疑ぐるは、恋の習ひといひながら、早や明け近き後朝は、涙にしめる袖の露、嘘か誠か手管か実か、割つて見せたいこの思ひ、勤めする身は果敢ないものぢや。
○嘘と誠(本調子)
嘘と誠の二瀬川、だまされぬ気でだまされて、末は野となれ山となれ、わしが思ひは君ゆゑならば、三又川の船の中、心のたけを御察し。
○梅に結びし(三下リ)
梅に結びし引裂紙よ、たより待つ間もおぼろ月、こちや晴れやらぬ胸の内。

お、をの部
○同じ空〔投節〕(二上リ)
同じ空なる顔かと思て、見れば怪しや月さへさまと、共に見ぬ目で変るげな。
○思やすむ(三下リ)
思やすむ、おもやすみます思やすむ、余所の花だと思やすむ、逢はぬ昔と思や済む。
○お前と一生(本調子)
お前と一生暮すなら、深山の奥の詫住居、柴刈る手業糸車、細谷川の布晒し、縫針仕事厭やせぬ。、
○お前黄鳥(二上リ)
お前黄鳥なら、梅の木小枝へ、とまりんかなも、とんとまりんかなも。
○朝のゆづり(二上リ)
親のゆづりの五本の指を、四本半には誰がした、ほんにお前は罪な人。
○お互ひに(本調子)
お互ひに、知れぬが花よ世間の人に、知れりや互ひの身の詰り、飽くまで私が情立てゝ惚れたが無理かえ、しよんがいな、惚れたが無理かえ。
○お互ひに深く(本調子)
お互ひに、深く沈みし恋の淵、せきにせかれて逢瀬は稀に、忍び逢ふ夜の嬉さは、一夜を千夜の夢見草、果敢ない仲ぢやないかいな。
○思ふ方より(二上リ)
思ふ方より、文つけられて、読むにや読まれず人頼まれず、裏の背戸の口を出て見て、ひつ広げてかい転び、ものもかゝねば是非もなや。
○思ひかね(本調子)
思ひかね、つい転寝の手枕に、夢か現か呼ぶ声に、覚めりや水鶏の人ぢらし、自烈たいではないかいな。
○朧夜に(本調子)
朧夜に、姿はそれとまぼろしの、たしかに主の俤と、見る甲斐もなき雲の色、晴れて逢ふ夜を待つばかり。
○起きて見つ
起きて見つ、寐て見つ待てど便りなく、蚊帳の広さに唯一人、燈火よりも胸の火の、燃ゆる思ひを察さんせ。
○送る玉章(本調子)
送る玉章、来る文で、逢ふて今宵は恋積る、雪が降るか東風好くか、可愛/\の忍び寐の、枕に響く遠砧。
○お三輪(本調子)
恋の川路の、露踏み文けて、慕ひくる/\苧手巻の、唯一筋にいとしらし、竹に雀は品好く留まる、留めて留まらぬ色の道かいな、後の世契る妹脊山。
○落葉(本調子)
更けて二人が、打ち解けて、口舌を中に人音が、寝巻の儘に障子越し、聞けば木の葉の散るばかり、ヱヽてもあはれな。
○置く霜の(本調子)
置く霜の、白きは夜も更闌けて、鐘や氷らん逃水の、氷面鏡さへ恥かしく、愚痴に心も乱れ萩、青菜も何日か末枯れて、昔濡れたる亥中の月も、今は仇なれ小夜風に、
○送り駕(本調子)
実意から、ついしたことをいひ過ぎて、何んと詫びたら好かろやら、まだ中直りもせぬ内に、浅草寺の明けの鐘、真乳颪の肌塞く、帰しともなき送り籠。
○落し文〔地唄〕(三下リ)
何方へ、鳴いて行くらん時鳥、枕の山の迷ひ道、聞く度々に珍らしく、いつも初音の心地して、可愛/\の忍び音に、尽ぬ名残や有明の、きつう鳴いたは仇鴉。
○鬼が責めに来りや(本調子)
鬼が責めに来りや、豆がらひいらぎ、赤鰯で防ぎもしようが、心の鬼が身を責めるのは豆がらひいらぎ赤いわしぢや、ホツてもないこと防がれぬ。
○大磯節(二上リ)
誰に見せうとて紅鉄漿つける、殿御待つ夜の化粧坂、まつよのな、殿御待つ夜の化粧坂。
君に焦れて大磯通ひ、月も隠れて松の影、かくれてな、月も隠れて松の蔭。
蜑の小舟も櫓櫂をおすや、恋し小磯へ寄る浪の、こいそへな、恋し小磯へ寄る浪の。
男可愛や漕行く小舟、十七島田が櫓櫂おす、しまだがな、十七島田が櫓櫂おす。
○鴛鴦(本調子)
をし鳥の、飛び立つ程に思ひつめ、問はれぬつらさ待ちわびて、無理に合はせた畳算、ぢれて迷ふて迷ふてぢれて、ぢれて烟管に歯のあとが、夜明の星や、二つ三つ四つ。
○小野の小町(本調子)
小野の小町と花頂の傘は、浮世にすねて骨となる、そして世上へ名をのこす。

かの部
○髪の霜(本調子)
我が黒髪も、白糸の、千尋/\に又ちひろ、憂さや辛さの十寸鏡、いづくよりか置く霜。
○可愛がられて(本調子)
可愛がられて筍子も、今はむかれてわられて桶の、輪にかけられて〆られた。
○かあい/\と(三下り)
かあい/\と、啼く虫よりも、啼かぬ蛍が身を焦がす、何んの因果で実なき人に、真を明かしてヱエ悔し。
○隠れ蓑の笠(本調子)
隠れ蓑の笠、お前に着せて、忍び逢ふ身の吉丁字、閨の灯に長き夜の、話し嬉しき宝船。
○垣根卯の花(本調子)
垣根卯の花杜鵑、一声鳴いて聞かまほし、音信ないが御無事かと、どうぢやいな/\、
あのなどうぢやいな。
○川竹(本調子)
川竹の、浮名流す鳥さへも、番に放れぬ鴛鴦の、中に立つ月すご/\と、別れの辛さに袖絞る、ほんに辛気なことぢやいな。
○重ね扇(本調子)
重ね扇はよい辻占よ、二人しつぽり抱柏、菊の花ならいつまでも、活けて眺めてゐる心、色も香もある梅の花。
○可愛い男に(本調子)
可愛男は、わしや命でも、今宵逢はねば焦がれ死ぬ、どうぞ/\首尾をして、逢いたいものぢやと誰がいふ、お互ひ/\。
〇かりがね(本調子)
かりがねに、月は優しや閨までも、さし込む癪の後向き、外の浮気は止めしやんせ、憎いお方ぢやないかいな。
○桂川(本調子)
桂川、お半を脊中に長右衛門、肩に掛けたる振袖も、はや五月の岩田帯、〆たが無理かい。
○枯野(本調子)
枯野ゆかしき隅田堤、心も晴るゝ夜半の月、田面に映る人影に、ばつと立つてはアレ雁がねの女夫連。
○枯れ細る(本調子)
枯れ細る、冬の野原の虫の声、誰に焦れて啼くぢややら、更けるに寒き独り寝や、君に心を置く霜の、解けぬ一夜が恨めしい。
〇兼ねてより(本調子)
兼ねてより、口説き上手と知ら乍ら、此の手が〆た唐繻子の、いつしか解けて憎らしい、借りて髱かく黄楊の櫛、きつと辻占ひくばかり、ほんに遣瀬がないわいな。
○書き送る(本調子)
書き送る、文もしどなき、かな川で、だいて寐よとの沖越えて、岩に急かれて散る浪の雪か霙か霙か雪か、解け浪路の二つ文字、夫を恋しと慕うて暮すヱヱ。
○風誘ふ(本調子)
風誘ふ、音と思へど若しや又、思はせ振りに忍ばるゝ、心の内の真の闇、飛び立つ程に思ふのを、知らぬ振りして寐て見ても、どうも寝られぬ恋の癖。
○霞棚引く(本調子)
霞棚引く春景色、いづくの家の柱立、若松さまよ、コりヤどうしたへ、枝も栄えて葉も茂る、イイヤレ葉も茂る、ヅント葉も茂る、枝も栄えてサ葉も茂る、アレ聞かしやんせ、風が持て来て浮かすぞへ。
○陽炎(本調子)
陽炎の、燃ゆる柴戸に小蝶の遊び、夫れとは知らで玉琴の/\、糸の青柳引き寄せて、鳥渡東風吹いてぬれかゝる、軒に近づく八重梅や、好いた二人がきげんぜう、まだ春若き鶯の、恥かし初音を聞きに来た。
○紙をたたんで(本調子)
紙をたゝんで眉毛をかくし、ちよいと歯を染め後ろ帯、よう似合ふたか見やしやんせ、もしえといふて名を呼ばぬ、楽しむ中の気楽酒。
○川竹や寄る辺渚(本調子)
川竹や、寄る辺渚の身の程を、舟に譬へん気苦労を、昨日の粋も今日の野暮、じれて見てさへ儘ならず、袖に露置く夜もすがら、焦す思ひは同じ身と、鳴かぬ蛍がましぞかし。
○垣の梅(本調子)
嗽の後の垣の梅、莟●(テヘン+「宛」)ぎ取り二三輪、含む笑顔の身だしなみ、それとは知れど男気についじらかして笑ひ顔、馬鹿なやうだが恋の癖。
○蝙蝠が(三下リ)
蝙蝠が、出てきた浜の夕凉、川風さつとふく牡丹、からい仕かけの色男、いなさぬ/\いつまでも、浪花の水にうつす姿絵。
○角兵衛獅子(二上リ)
越後の国の角兵衛獅子、国を出るときや親子連れ、獅子を被ぶつて、ちよいと立つて首を振りまする、親父や真面目で笛を吹く。
○鎌倉の(二上リ)
鎌倉のなア、御所のお庭で庄屋さんの、娘が酌にに出た、酌に出たさうな、肴よりも酒よりも、庄屋さんの娘が目についた、目についたとなア、連れて往かんせ何所までも、女子は他生の縁ぢやもの、縁ぢやものとてなア、たとひ野の末そりや山の奥、賤が伏家も厭やせぬ。
○かかる所へ(本調子)
かかる所へ、葛西領なる篠崎村の、弥陀堂の坊様は、雨降り揚句に修行と出掛けて、右に珠数持ち、左の方には、大きな木魚横たに抱へて南無からたんのうとらやあ/\、おらが嚊がづばらんだの、隣の内儀さん是者ぢやの、何んのかんのと、修行はよけれど、遥か向うから、十六七なる、姉さんなんぞを、ちよいと又見そめた、ヱヽヱヽせのよい/\よい、よつぽど女にや、のら和尚。
○海晏寺(本調子)
あれ見やしやんせ海晏寺、真間や龍田や高尾でも、及びないぞえ、紅葉狩。

きの部
○君は今(二上リ)
君は今頃駒形あたり、啼いて明かせし山杜鵑、月の顔見りや思ひ出す。
○君を待乳(本調子)
君を待乳の神かけて、待つ甲斐もなく鳥が鳴く、東男のエヽ憎らしい程すいたヱヽ。
○君来ずば(本調子)
君来ずば、閨へは入らじ柴の戸を、出でては帰りかへりては、縁のはし場の遠砧、もて来る風の音づれに、覗いて見れば、我れより外に影ぞなき。
○銀河祭(本調子)
初秋や、名も文月の恋の謎、銀河祭の戯れに、サアいつか女夫の約束も、ヨイ/\ヨイヨイヨイサア。
○後朝(本調子)
後朝の、別れに空も雨さそふ、蝉と蛍を秤にかけて、泣いて別りよか、焦がれて退きよか、アヽ昔思へば見ず知らず。
○金時が(本調子)
金時が金時が、熊をふまへて、鉞を持つて、富士や裾野の松林、義経、弁慶、渡辺の綱、唐の大将あやまらせ、神功皇后、武内の臣、いくさ人形よしあし耙、菖蒲刀や、あやめ草。
○桐一葉(本調子)
秋の夜は、いとど物憂き夜すがらや、もしやそれかと庭下駄の、音も忍びて技折戸を、明くれば冴ゆる月影に、ヱヽも憎らしい桐一葉。
○桐の雨(本調子)
桐の雨、かゝりし袖に濡れ乙鳥、アレ見やさんせ鳥でさへ、馴れし所を振り捨てゝ、知らぬ他国で苦労して、児をまうけて遥々と、故郷へ帰る旅の空、しほらしいではないかいな。
○京へ行くなら(本調子)
京へ行くなら、夜舟で行きやれ、それ/\佐田や牧方、淀、伏見、そいつは早いもんぢやな、どえらいもんぢやな。
○京の人(本調子)
京の人、都言葉と自慢が可笑、男の癖に何んぢややら、そうぢやさかいのいきんかの、けたいな奴ぢやほたいがの、すこい小僧よとなまのろく、女なりけり都鳥、ありやなしやの隅田川、洗うて見たい江戸の水。
○紀伊の国(本調子)
紀伊の国は音無州の水上に、立たせ給ふは船玉山、船玉十二社大明神、さて東国に至りては、玉姫稲荷が三囲へ、狐の嫁入りお荷物を、担ぐは合力稲荷さま、頼めば田町の袖摺が、さしづめ今宵は待女郎、仲人は真先き真黒な、黒助稲荷に誑まれて、子までなしたる信田妻。
○きつれて(三下リ)
着つれて連れた花笠や、内ぞ床しき花の顔、どれが姉やら妹やら、よう似たさつても、よく似たしやな/\、何うとも斬うともいふにいはれぬ風俗は、鎌倉風の今様に、唯和らぐのさゝめ言、九十三騎の大一座、大磯小磯化粧坂、名ある女郎衆を引き寄せて、並べて置て酒にしやう、思ひ/\に差す盃の、まだ見も馴れぬ禿衆、朝さんを向ひに立てゝ、今や/\と其の返事。
○京の四季〔地唄〕(本調子)
春は花、いざ見にごんせ東山、色香争ふ夜桜や、浮かれ/\て粋も不粋も物堅い、二本差しても和らかう、祇園豆腐の二軒茶屋。
御秡ぞ夏は打ち連れて、河原に集ふ夕凉み、よい/\よい/\よいやサ。
真葛が原にそよ/\と、秋の色増す華頂山、時雨を厭ふ傘に、濡れて紅葉の長楽寺。
思ひぞ積もる円山に、今朝も来て見る雪見酒、ヱヽそして櫓のさし向かひ、よい/\よい/\よいやサ。
○菊の露〔地唄〕(本調子)
鳥の声、鐘の音さへ身にしみて、思ひ出すほど涙が先へ、落て流るゝ妹脊の川を、とわたる船の楫だに絶えて、かいもなき世と恨みて過る。
思はじな、蓬ふは別れといへども口に、庭の小菊のこの名にめでゝ、昼はながめてくらしもなろが、夜る/\ごとにおく露の、露の命のつれなやにくや、今は此身にあきの風。
○起請〔地唄〕(二上リ)
思ふこと、叶はねばこそ、浮世とは、能く明きらめた無理な言、神や仏が嘘吐くならば惚れた証拠はどう書こぞいな、嘘ぢや/\は女子の癖ぢや、無理は言訳する墨の、馬鹿らしい程いとしうてならぬ浮名立つとも男の心、たとひどのよな辛苦もほんに、なんの厭ひはせん仏かみ、もうし/\これもうし、拝みやんすと、たのむ神さん。
○雉子〔地唄〕(三下リ)
雉子鳴く、野辺の若草摘み捨てられて、余所の嫁菜といつかさて、こがれ焦がるゝ苦界の船の寄る辺定めぬ身はかげろふの、吾妻が顔も見忘れて、うつゝないぞやこれなウ男、アレ虫さへも番ひ離れぬ上げ羽の蝶、われ/\とても二人づれ、すいた同士のなか/\に春にもそだつ花誘ふ、菜種の蝶に花知らず、蝶は菜種の味知らず、知らず、知られぬ仲ならば、浮かれまいものさりとては、そなたの世話になりふりも、わが身の末のはなれ駒、長き夜すがら引しめて、昔語りの飛鳥川。

くの部
○来るか/\(本調子)
来るか/\と、待ち詫びて、つい癇癪の独り言、顔見りやよい/\、よいやさア。
○来るか/\と(二上リ)
来るか/\と、冷酒を、呑んで明かしゝ床の内、妻戸明くれば、明けの鐘、わしやどうしよぞえの、さりとては辛気ぢやえ。
○来るか/\と待つ(本調子)
来るか/\と待つ辻占に、土手の四手の声床しくも、櫺子まで出て呼子鳥、たつきも知らぬ憎らしさ、あれ心なの月の冴、浮いて寝られぬ船底枕、いつそ浮世ぢやないかいな。
○愚痴も出る筈(本調子)
愚痴も出る筈女ぢやものよ、嫌なものなら何故又初手に、気強くいはれりやあきらめる。
○愚痴は去年に(本調子)
愚痴は去年に、笑顔は今年、軒の柳も初風に、吹かれて薫る梅が香は、憎らしい程床しうて、実に愉快ぢやないかいな。
〇愚痴な女子(本調子)
愚痴な女子に、未練な男、つい惚れ過ぎた悋気から、口舌の床に明け近く、仲直りすりや鶏の、鳴いて別れを告げるぞえ。
○口舌して(本調子)
口舌して、つい無理止めの綻びを、私を退けて外に縫ふ、人もありやと今更に、悔やんでばかりゐたわいな。愚痴をいふのも恋の癖。
○口舌して(本調子)
口舌して、思はせ振りな空寝入り、奥の座敷の爪弾が、つい媒介でそれなりに、乱るゝ髪の黄楊の櫛、八幡鐘の後朝に、別れともなや送り舟。
○草も寝沈む(本調子)
草も寝沈む、夜もすがら、枕一つに寝もやらず、起きも直らずまた片思ひ、逢はぬ人なら知らで済む、心ばからか、ヱヽ罪のもと。
○葛のうら葉(本調子)
葛が恨めば、尾花が招く、中ほひかるゝ藤袴、濡れて牡鹿の妻恋に、萩は上辺の仇戦ぎ。
○雲に桟橋(本調子)
雲に桟橋、霞に千鳥、(二上リ)「及びないとて惚れまいものよ、惚れりや夜も日もないわいな、いつそとんまになつたさうな、アヽアヽさうぢやいな。
○蜘蛛の糸(本調子)
春の夜の、更けて障子の朧月、霞込めたる遠山の、鐘はいつしか明け白む、起きて庭掃く軒の端に、ふと目についた蜘蛛の糸、今宵来るとの知らせかえ。
呉竹の(本調子)
呉竹の、根岸の寮に黄鳥の、老といはるゝ夏の来て、木々の落葉に軒闇く、簾かゝげて雪と見る、卯の花垣や時鳥、あれ憎らしい、影見せず、忍が岡へ越えて行く。
○黒髪〔地唄〕(三下リ)
黒髪の、結ぼうれたる思ひをば、とけて寝た夜の枕こそ、独り寝る夜はあだ枕、袖をかざして妻ぢやといふて、愚痴な女子の心は知らず、しんと更けたる鐘の声、夕べの夢の今朝覚めて、床しなつかし遣る瀬なや、積ると知らで積る白雪。

けの部
○今日は日も(二上リ)
今日は日もよいお出でかと思うて、小松林で夜もすがら、それやらしやれ/\。
○今日は如何なる(本調子)
今日は如何なる吉日よ、巡り逢ふたる嬉しさに、飛び立つ程に思へども、一目多けりや儘ならぬ。
○今朝の辻占(三下リ)
今朝の辻占はづさずに、当る恵方の主さんと、子の日遊びの約束も、ヱヽかわゆらし初鴉。
○今朝の別れ(本調子)
今朝の別れに、主の羽織が隠れんぼ、雨があんなに降るわいな、青田見なましがたかたと鳴く蛙。
○今朝の別れに(本調子)
今朝の別れに袖濡れて、乾く間もなく土手の露、よつ手のたれをおろしても、又も鳴きゆく明鴉、襟に風泌む衣紋坂。
○今朝の雨(本調子)
今朝のナ雨にしつぽりと、また居続けに長の日を、短かう暮す床の内、紙を引き裂き、眉毛を隠し、もうしこちの人ヱ、わたしが替名は何んとしやう、アレ寝なんすか起きなんし、曙ならで暮の鐘。
○芸者商売(本調子)
芸者商売始めから、得心づくで斯う成つて、今では地味な女房気も、浮気な酒にまぎらして、座敷つとめて客さんの、機嫌をとるが珍らしいか、三味線ひくが不思議なか、コレ甚助も、休み/\言はんしたがよいわいな。
○源氏車の(二上リ)
源氏車の、後へは引かぬ、意地と我慢の江戸気質、分つてそして、お前は程がよい。

この部
○御所のお庭(二上リ)
御所のお庭に、右近の橘、左近のサヽヽヽ桜、右大臣左大臣、サヽ緋の袴穿いたる官女達/\。
○こちの裏屋に(三下リ)
こちの裏屋に、千代と竹植て/\、雀の来るやうに、こちや竹植て、雀をとんまらかして、ちう/\/\のちう。
○焦れたる(三下リ)
焦れたる、君に鮑の片思ひ、伊達と意気地を春の夜の、月も朧に猫の恋。
○頃は常夏(三下り)
頃は常夏、短夜に、口舌の儘の迎ひ籠、心が残る別れ路に、毒と知りつつ茶椀酒、止めずと呑ませて下ださんせ。
○恋し/\(本調子)
恋し/\がつい癪となる、胸に差し込む窓の月、今や来るかと待つ身は知らで、待たぬ一声時鳥。
○恋しさに(本調子)
恋しさに尋ね来し、あはれ深雪が零落の果、涙に曇る爪調べ、露の干ぬ間の朝顔に、照らす日影の情なさに、あはれ一村雨ぞかし、ばら/\ばつと降れかしや。
○恋すてふ(本調子)
恋すてふ、身は浮舟の遣瀬なき、浪のよる/\漁火の、燃ゆる思ひの苦しさに、消ゆる命と察さんせ、世を宇治川の網代木や、水にせかれてゐるわいな。
○恋は無常(本調子)
恋は無常と捨小舟、思ひ廻はして果しある、身の果しなくアヽ儘ならぬ、夢に見てさへ、うたた寐の、肱を枕に三井の鐘。
○恋は曲者(本調子)
恋は曲物やるせなや、迷ひとやらの心から、今日か昨日に増す思ひ、変らぬ誓ひ先きの世で、逢ふか逢はぬか白雪の、蓮の台のあら世帯、愚痴になる程いとしうて、ヱヽ結ぶ出
雲の人ぢらし。
○恋の重荷(本調子)
恋の重荷のナア島の内、送り迎ひに舁く駕籠の、誰であらうとしてこいな、棒ばなにくくり付けたる提灯の、ひからの約束して来たナア、高いも低いも色の道かいなアエ、立てる立てぬの息杖に、尽きぬ楽み、えいさつさ、サアサおせ/\夢の通ひ路なアヽエ。
○小町思へば(本調子)
小町思へば、照る日も曇る、四位の少将が涙雨、九十九夜さで御ざんしよう、仰せに及ばず、そりやさうでのうてかいな、御所車に簾をかけたかい、こちや卒塔婆に腰かけた、エヽ婆々じやエ。
○小町姫(二上リ)
小町姫、色深草の少将が、恋には誰しも行き悩む、癪といふ字に別れても、敷居の高き門の戸を、雨か霰かばら/\と、わたしの悋気は主のわざ、頓て百夜通うて添ふならば、サアヱ嬉しい事ぢやないかいな、サツサ焦るる筈ぢやいな。
○心で留めて(三下リ)
心で留めて返す夜は、可愛い御方の為にもなろと、泣て別れて又御見もじ、猪牙の蒲団も夜露に濡れて、後は物憂き独り寝するも、此所が苦界の真中かいな。
○此の里(本調子)
此の里へ、もう幾度か鶯の、初音を聞いて泣き明かす、山杜宇我が涙、五月の雨と降りしきる、空渡り来る雁の声、悲しき思ひ白妙の、雪のすがたは身に泌々と、世を送る年月日ほんに指折り数へ歌。
○今度見て来た(二上リ)
今度見て来た大阪の城は、四方白壁、ヤアレ、八ツ棟造り、前は淀川帆かけて走る、ヤアレ、ヨイサ/\アヽしめろ中綱、ヨンヤナア。
○今度長崎から(三下リ)
今度長崎から、あじなもの覚えたが、後先は覚えなんだが、中の唱歌を忘れて、さこそあんべいちうと書いて貰うて忘れた/\/\ことなら、しやうことがない、エヽ何んとかいふたげな、忘れた面目ない。
○ここは島原(二上リ)
此処は島原、出口の柳、招く禿が合図の手管、忍び逢ふ夜のその楽は、千代の契りのいなばの松よ、青葉栄える共白髪まで、恋の重荷はこれなんめり、サツサよい/\よい殿御。
○五条の橋で
五条の橋で、牛若足駄穿いて、擬宝珠の上から、ちよいと下へ飛んだとサ、弁慶渋滞まず松原の木蔭へ走り寄つて往んだとサ、とう/\弱いさうで負けたとサ、よいやな。
○御所車〔地唄〕(二上リ)
香に迷ふ、梅が軒端の匂ひ鳥、花に逢瀬を待つ年の、明けて嬉しき懸想文、開く初音も恥じ恥かしく、まだ解け兼ぬる薄氷、雪に思ひを深草の、百夜も通ふ恋のやみ、君がなさけの仮寝の床よ、枕かたしきよもすがら。
○紅梅(本調子)
紅梅に、こがれて今朝は白妙の、思ひのたけを降りつもる、ぞつと身もよも有られうものか、雪の肌に春を待つ。
○越の戸〔地唄〕(本調子)
浮草は、思案の外の誘ふ水、恋が浮世か、浮世が恋か、ちよつと聞きたい松の風、問へど答へず山時鳥、月やはものゝやる瀬なき、癪に嬉しき男の力、じつと手に手を何んにもいはず、二人してつる蚊帳のひも。

さの部
○五月雨や〔夕暮替歌〕(本調子)
五月雨や、ある夜ひそかに松の月、かげを畳へ移り気な、心も憎き浮気もの、アレ余所外に忍び妻、何れに実をば尽すのか。
○五月雨や空に(三下リ)
五月雨や、空に一声ほとゝぎす、晴れて漕ぎ出す木母寺の、関屋離れて綾瀬口、牛田の森を横に見て、越ゆる間もなく堀切や、咲くやよさくの花あやめ。
○五月雨に池の
五月雨に、池の真菰に水まして、何れがあやめかかきつばた、さざかにそれと吉原へ、程もあらぬ水神の、離れ座敷の夕間暮れ、ちよつと見かはす富士筑波。
○皐月五月雨(三下リ)
皐月五月雨、蓬に菖蒲、わたしやお前に幟竿、ヱヽモ惚れりやしよことがないわいな。
○五月雨の湿り
五月雨の、湿り勝ちなる仇枕、更けて廊下の音絶えて、水鶏を笑ふ鴛鳶の床、晴れて櫺子に残る月。
○嵯峨の秋(本調子)
さこそ心も澄みぬらん/\月の嵯峨野や秋の色、千代のふる道露分けて、軒に忍ぶの轡虫、蜂の嵐か松風か、尋ぬる人の爪音か、思ひ乱るゝ萩の戸を、洩れて床しき想夫恋。
○桜見よとて(三下リ)
桜見よとて名をつける、まづ朝桜夕桜、よい夜桜は間夫の昼ぢやとて、ヱヽどうなと首尾して揚がらんせ、何ん時ぢや、引け過ぎぢや、誰哉行燈、ちらりほらり、鉄棒曳く。
○咲いた桜(三下リ)
咲いた桜の木に、コリヤ/\駒の手綱をしつかと解どけぬ様に括りつけ、駒がかぶりよ振うりや、美事に咲いた桜の花が散る、美事に咲いた桜の葉、花散る、美事に咲いた桜の
花が散る。
○桜霧島(二上リ)
桜え、桜霧島、山茶花、難波の石巌花か今宮か、萩仰山な、菊大源氏、菖蒲杜若女郎花蒲公英咲け/\紅花咲かしやれ、匂ひが好きなら、サツサ、牡丹紅梅美人草かえ。
○相模名所(本調子)
相模名所は様々に、海士が三筋の厭ひなく、澪標てぞ相生の、松葉巴の波枕、富士のつる芝影さして、すみ絵の島ぢやないかいな。
〇鷺を烏と(本調子)
鷺と烏と、いふたが無理か、葵の花が赤く咲く、一羽の鳥と鶏と、雪といふ字も墨で書く。
○笹の一夜の(本調子)
笹の一夜の、つま迎へ、送る文月、主様まゐる、雁の便りを松虫や、袖の露飛ぶ月の影。
○笹の露(本調子)
笹の露、丸めあうせて木母寺、人目の関屋憚らず、月の光に影仰ぐ、心も隅田の名に清き、流れに遊ぶ都鳥、ありやなしやの歌沢を、幾世栄えん石碑と、契りを籠めて残る松風。

しの部
○東雲〔夕暮れ替歌〕(本調子)
東雲に、向ふ見渡す羞す袖が浦、沖に風情の篝舟、洲崎の鼻が見ゆるぞへ、アレ汐がひる汐干舟、弥生の癖か花曇り。
○しものとうじ(二上リ)
しものとうじが、羅生門にはば茨木童子といふ鬼が住むげな、渡辺の綱の兜を、サササ引ツかんでまい上がる、太刀ぬきかざしてかいなきる。
○姑嫁ふる(本調子)
姑嫁ふる、嫁下女をふる、下女はナ、釣瓶の縄をふる、なんのこつた、いつかな、かまアこたアね。
○思案なかばに(本調子)
思案なかばに空飛ぶ鳥は、連れて退けとの辻占か、ヤツトコドツコイ/\/\、世の中陽気にしやんせ、この面白や。
○志賀の唐崎(本調子)
志賀の唐崎一つ松、夜毎々々に泊り鴉が群来るを、あほ/\と嬉し涙の乾く間も、曇り勝ちなる夜の雨。
○時雨降(本調子)
時雨降る、浅茅が原の夕暮に、二声三声雁がねの、便り待つ身のうやつらや、恋の浮橋中絶えて、遣瀬涙や縺れ髪、ゆうにいはれぬ胸の中、思ひ遣つたがよいわいな。
○忍び駒(本調子)
寄り掛かりたる、床柱、三味線取つて爪弾きの、仇な文句の一節も、過ぎし昔の忍び駒。(頼山陽作)
○忍ぶなら(本調子)
忍ぶなら/\、暗の夜は、おかしやんせ、月に雲の障りなく、しんき待つ宵十六夜の、内の/\首尾はよいとの/\。
○忍ぶ恋路(本調子)
忍ぶ恋路は、さてはかなさよ、今度逢ふのが命掛け、汚す涙の白粉も、その顔かくす無理な酒。
○忍ぶ夜(本調子)
忍ぶ夜に、傘も邪魔なり、村時雨、待たるゝ身より待つ人の、来ぬ夜来果敢なき胸の内、愚痴や未練にほだされて、知りつゝ野暮な神いぢり、いつか求めし此の苦労。
○忍ぶ身(本調子)
忍ぶ身の、月とは不破の板庇、漏れて浮名のたま/\に、逢ふたその時や真実らしく、つい載せられて其の口車、帰る/\がわしや気に掛かる、いつまでも、いつ/\までも此の儘に、二人寝がちに引〆て。
〇四社にあります(二上リ)
四社にあります、住吉さまの、岸の姫松は裾に寄りかゝる、ソレナすそに濡れ掛かる、岸に寄る波、よる浪は磯に打ちかゝる、ソレ磯に打ちかゝる、見やれな島山出て見やれ、しまやま出て見やれ、月もキナサレナ、住吉が名所でござる。
○松寿千年(本調子)
松寿千年、おのづから、操の節を色こめて、峯の嵐を余所に聞く、調べの糸の相夫恋。
枝葉も繁る、常盤木の、比翼の鶴の巣籠りや、幾千代かけて羽重ねの、契りも殊に深緑、君が齢ぞ久しける。
○白酒(二上リ)
そもやそも、この富士の白酒と申すは、昔々駿河の国三保の浦に、白龍といふ漁父、天人と夫婦になり、その天乙女の乳房より、流れ出でたる色を見て、造り始めし酒なる故にそれからどうしたへ、第一寿命の薬にて、さればにや、東方朔はこの酒を、八盃呑んで八千年、また浦島は三盃呑んで三千年、三浦の大助百六つ、オヽさつてもてもさつても、寿命の長い富士の白酒/\。
○松竹梅(本調子)
門松の、葉さへ巴に巡り逢ふ、睦まし月の行きかひは、恵方詣りや年礼の、屠蘇の機嫌にさしのぞく、顔も初日にほんのりと、目元や愛にうら/\と、忍ぶが岡も打ち忘れ染る時雨の松蔭や、竹の根岸の垣越に、薮鷺のさゝ啼きは、節も葉唄と夕月の、梅にうけたる輪飾りの、三筋嬉しき爪弾は、誰の音〆と聞き惚れて、誘ふ浮気の風に連れ、いつか綻ぶ窓の梅、浮かれ易いぢやないかいな。

すの部
○硯引き寄せ(本調子)
硯引き寄せ、書く文の、逢ひたいが色、見たいが病、恋し/\が差し込んで、押せど下らぬ癪つかへ。
○過ぎし夜(本調子)
過ぎし夜すがら、恋の柵とけ兼て、うつら/\と寝ぬわいな、訳もないこと思ひわび、軒の露。
○住吉の杉に(本調子)
住吉の、岸に雀が巣をくうて、白鷺御挨拶、わしは使に行かねばならぬ、鰌土産に進ぜませう。
○住吉の岸(本調子)
住吉の、岸の姫松我が見ても、久しくなりぬ滝の水、絶えず逢瀬を松の葉の、色変らじと心の丈を、あかして結ぶ妹背中、さてもよい/\よいやさ。
○須磨の浦波(三下リ)
須磨の浦、波打つ岸辺に、敦盛御座船、御船に乗り遅れ、青葉残しゝ一の谷。
○隅田の河辺〔和歌の浦替歌〕(三下リ)
隅田の河辺の、名所を問へば、一に真崎、二に梅若や、三に三囲、四に首尾の松、嬉しの森や、待乳の山の、聖天さんはよけれども、待つといふ字は辛いもの、さつさ待つ身は辛いもの。
○鈴虫の(本調子)
鈴鹿の、我が身思ふや忍び音の、枕調べ松風の、月も流石の秋の色、恥かしながら忍び合ひ、肱を枕に、雁の声。
○簾越し(本調子)
日影をいとふ簾越し、芝浦霞む春の夜の、月も朧に帆柱の、海へ映りてばら/\と、雲足早く雨となる、また立ちかへる汐がしら、新地の岬も横折れて、色にちなみをあげみなみ。
○簾船(本調子)
簾おろした船の内、顔は見えねど羽織の紋は、たしか覚えの三つ柏、呼んで違はば何うせうと、後と先とに心が迷ふ、エヽエヽエエヽモ自烈たい船の内。
○好いた同士(本調子)
好いた同志が、つい斯うなつて、あゝでもないと四畳半、湯のたぎるより音もなく、アレ聞かしやんせ松の風。
○透綾縮(二上リ)
透綾縮に、何に奈良晒、あだになる海の結鹿子、麻やすゞしの萌黄の蚊帳よ、上総木綿は丈なきものと知れよかし、どう言ふた強らし鬼縮。
○粋な浮世に(二上リ)
粋な浮世に、生れて来ても、なぜに其様に、野暮堅い、サヽどうでも斯うでも、口説き落した、その後好き次第。
○粋な浮世を恋
粋な浮世を恋故に、野暮に暮すも心がら、梅に香添ふる春風に、二枚屏風を押し隔て、朧月夜の薄明り、忍び/\て相惚れの、口舌の床の涙雨、池の蛙も夜もすがら、しんに鳴くではエヽないかいな。
○拗ねずぢらさず(二上リ)
拗ねずぢらさず、程にして、可愛がつたりがられたり、無理もいふべの乱れ髪、掻き上げながらの笑ひ顔。
○捨小船〔地唄〕(三下リ)
年経とも、変らじものは立花の、小島が崎と誓ひてし、此舟を今は捨小舟、せめてつれ立つ雁がねの、文と思へばなつかしや、何を憎うも小夜秋風に、荻も薄もあちら向く、かこち顔なる我涙かな、歎けよとにはなき物を、なう歎けよとにはなき物を、寝もせで目を目を一人ただ、身は浮雲のはれもなく。

せの部
○せなよ働らけ(二上リ)
せなよ働らけ、今年のくれは、裏や脊戸から嫁がくる、ずいらずら、がら/\/\、ちやんぽんぽ。
○清玄(本調子)
恋佗びし、身は墨染の清玄が、操を立つる坂東の、流れ濁らぬ隅田川、残す誉や紫の色香秀づる花勝見。
○せじよや万ぢよ
せじよや万じやうの鳥追が参りて宿かりさむらふ、音もさかえ栄ふる、御代も栄てましんます、おしらげの米あらふが浄なら、福や徳が参りて御長者のお庭に音のするは誰々ぞ、右大臣左大臣関白様の鳥追に、近衛様の鳥追、東の方には酒井様に榊原、井伊や、本多の鳥追、松平の大御代こそ万々歳と、御繁盛祝ひ納めて御目出たや。
○脊戸の段畑に(本調子)
脊戸の段畑に、茄子と南瓜の、喧嘩が御座る、南瓜もとより徒者だよ、長い手を出し茄子の木に搦みつき、其所で茄子の木は、真黒になつて腹を立て、其所へ夕顔仲裁入れてこれさ待て/\待て/\南瓜、色が黒いとて脊が低いとて、茄子の木は地主だよ、己や其方は店借身分で、他所の地主が這入るが無理だよ、南瓜の蔓奴が雪隠搦んで、後架を倒して、十日の手間損、おや/\如何する/\わけもなや。

その部
○空ものどか(本調子)
空ものどかに、花見の連は、船乗出す向島、土手にあれ、ちら/\と散るわいな。
○空に一声(本調子)
空に一声、アレ時鳥、態と隠れてじらすのか、声聞きや姿も見たくなる。
○その日暮し(二上リ)
その日暮しの朝顔さへも、思ひ/\の色を持つ、それも縁なら、アヽ儘ならぬ。
○ぞめきにごんせ(二上リ)
ぞめきにごんせ島原へ、小野の道風ぢやなけれども、蛙に柳を見て暮すえ。
○そも/\松の(本調子)
そも/\松の大木を臼となし、その枝々を杵となし、臼と杵とは女夫中、陰陽和合寿きて、餅を搗くこそ目出度けれ。
○空ほの暗き(本調子)
空ほの暗き東雲に、木の間隠れの杜鵑、鬢のほつれを掻き揚げて櫛の雫か雫が露か、濡れて嬉しき朝の雨。
○そなた思へば(三下リ)
そなた思へば照る日も曇る、鑿や才槌鉋まで、そなたの顔に見ゆるとは、どうした因果なことぢやいなア、それさにうつ惚れ申して、夜も昼も物が手にやつかぬ、野良で見初めて脊戸口で、口説くにそれ程憎いのか、さりとはつれない男づら、ヱヽ面憎や。
○袖頭巾〔地唄〕(本調子)
夕嵐、寒さいとはぬ袖頭巾、つゝめど人目たち花の、花の薫りもそらに吹く、やぐら太皷の呼び出しを、一寸仲間へ知らすのは、どういふてよかろやら、思ひ直せどかこつ身を祈れど更に神さんも、ほれた同志は是非がない、たゞ世の中は恋草の、種と真砂は尽きせめや。

たの部
○高砂や(三下リ)
高砂や、この浦船に帆をあげて、月諸共に出で潮の、浪の淡路の島影や、遠くなる尾の沖過ぎて、はや住の江に着きにけり、はや住の江に着きにけり。
○竹の柱(三下リ)
竹の柱に、葭簀の屋根で、二枚筵で暮すとも、好いたしようがにや、どんな世帯も厭やせぬ。
○竹に雀(本調子)
竹に雀は、品よく留まる、さて止まらぬは恋の道、私ばかりが情立てて、思ふ御方の面憎や、よい/\/\よいやさ、それへ。
○竹になりたや(二上リ)
竹になりたや、紫竹竹、元は尺八、中は笛、末はそもじの筆の軸、思ひ参らせ候かしこそれ/\そうじやえ。
○立田川辺(本調子)
立田川辺に舟止めて、まだうら若き娘気の、どういふてよからうやら、しんき枕の空寝入り。
○だまされし(本調子)
だまされし、室の桜や浮世はうそか、誠籠りし床の内、浮かれ鴉、オヤ塒離れて飛んで出る、あれも勤めぢやないかいな。
○尋ね来て(本調子)
尋ね来て見よ和泉なる、信田の森の故郷を、障子に残せし筆の跡、涙で消ゆる狐火や、ヱヽ恨みとは葛の葉よ、童子は可愛ゆうないかいな。
○玉川(本調子)
玉川の、水に晒せし雪の肌、積る口舌のその内に、解けし島田の縺れ髪、思ひ出さずに忘れずにまた、来る春を待つぞへ。
○棚の達磨(本調子)
あまり辛気臭さに、棚の達磨さんを鳥渡と下して、鉢巻をさせたり、又転がしても見たり。
○達磨大師(二上リ)
達摩大師に、お銭を貸して、行けども/\返しやせぬ、大きな目玉で睨み附け、達磨さんにおあしがあるものか、知らん/\/\。

ちの部
○散るはうき(本調子)
散るは浮き、散らぬは沈む紅葉の、影は高尾か山川の、水に流れて月の影。
○散りもせで(本調子)
散りもせで、咲きも残らぬ朝桜、春といふ名も爰の事、心にとめて忘られぬ、ふりかけられたい忘れ草。
○ちまたの柳(本調子)
ちまた/\の青柳さへも、アレ春風が吹くわいな、わたしの心の遣る瀬なや、思ふお方に知らせたや。
○千代の松風(本調子)
千代を寿く糸竹の、世々の調の道の奥、伝へて高き足柄や、月も今宵は照り添ひて、峰に雲なき松の風。
○契りつゝ(本調子)
契りつゝ、晴れて逢はれぬ因果同士、人目の関の垣越えて、忍び逢ふ夜は明け易く、話が残るぢやないかいな。
○千歳ふる
千歳ふる、松の梢も春風が、誘へばいつか若緑、柾木のかつら長き世に、照る月影も住吉の、岸打つ音や高砂の、末代かけし言の葉も、今は尽きせぬ御代なれや。
○長南(本調子)
長南の元宿で、いちこの亭主がうるさうて、それでも神楽の笛吹いた、アラやとこせよいやさ、よいこのさんやれ、そなたばかりが咲くよ花、野でも山でも咲くよ花。
○中将の(二上リ)
中将の、東の方へ行く雲の、月夜の花に弥勝る、恋の重荷を置土産、かへり近江の堅田より、姿影さす鏡山、琵琶の湖辺を辿りつゝ、やがて三河八橋杜若、サア、着つゝ馴れにし旅衣、さつさ急いで参りませう。

つの部
○番ひ放れぬ(三下リ)
番ひ放れぬ、蝶々さへも、水のもやうで放れ行く、人の口ゆゑ遠ざかる。
○辻占(本調子)
誰が罪か、あとぞ障子に指穴の、隙もる三味の高ぎれを、まつ辻占を聞けば、よひ/\宵の首尾。
○露の色〔菖蒲に擬ふの替歌〕(二上リ)
瑠璃や絞りの、朝顔に、見せぬ寝顔も身だしなみ、逢ふて濡れたき、アヽ露の色。
○月明り(三下リ)
月明り、見れば朧の舟の内、あだな二上り爪弾に、忍び逢ふ夜の首尾の松。
○月影(本調子)
月影に、うつる姿の、ヱヱ憎らしいおぼろ影、鬢かき撫でゝ物思ひ、かうも窶るゝものかいな。
○月夜鴉(二上リ)
月夜鴉に、偶と目を覚し、逢ひたさ自烈体さに、無理なこといふて私や神祈り、逢ひたい病は癇症のせいか、酒で凌がんせ、苦の世界ぢや。
○月は冴ゆれど(本調子)
月は冴ゆれど、心は晴れぬぢやないかいな、真に惚れゝば、夜も日もあけぬ、いツそ邪見がヨイこのヨイサ、これはのサ、ヱヽよいせ。
○月花の(本調子)
月花の、中にたつ名や杜鵑、吹けよ川風簾越し、さえた音〆の調子さへ、逢うて嬉しきもやひ綱、解けぬも縁のはし間へ。
○月の砧(本調子)
松に住む、月と相手に打つ砧、我が家一つの秋にやと、思へばいとゞ淋しさに、木の間隠れに啼く虫の、ほんに心も遣る瀬なや。
○月影(本調子)
月影や、草も露けき秋の夜に、まだ寝も遣らでくよ/\と、庭の松虫誰を待つ、折戸にそツと音便れて、もう寝たかとは憎らしい、どう寝られうぞ明かすとも。
○月の八日は(二上リ)
月の八日はお薬師様よ、薬師参りの下向の道で、ちらと見初めし大振袖よ、どうせ今宵は忍ばにやならぬ、忍び損ねて若し露見はれて、長い刀でちよん切られうと儘よ、ままよままよ。
○つれ/゛\に(本調子)
つれ/゛\に、ひらく扇の風につれ、心のながめひとすぢに、余所へ靡かぬ糸柳。
○つくろひ(本調子)
つくろひは、なけれど何所か尾花艸、露を含めるしほらしさ、月に光を増すわいな。
○つつみ(本調子)
つゝみと隔たれど、縁の引綱一筋に、思ひあふたる恋中を、義理の柵、情の枷首、籠に比翼の引き分れ。
○つれない(本調子)
つれないと、思ふ程なほ身に泌々と、寝ぬ目で書いた明日の文、はなしともない心のそこを、一層女房になる気になつて、今はやるせがないわいな。
○摘み草(三下リ)
摘草の/\、嫁菜にたんぽゝつく/゛\し、芹なづな、これな、つみ草の種とかや、摘ましやんせあるわいな、なんぼかあるぢやないかいな。
○摘みやれ(三下リ)
摘みやれ摘みやれ、宇治の里の茶摘、二十余りは莟の花よ、廿の人のホと書いて、茶といふ文字に読むわいな、伊予簾下して茶と摘みやれ。
○辻占(本調子)
辻占や、松葉簪畳算、恋といふ字に引かされて、独り雪の夜忍んで来たに、腹が立つかやわしぢやとて、待たす心はないわいな。
○辻君(本調子)
辻君の、絶えぬ流れの思ひ川、恋には細る柳影、暫し留めたき三日月の、櫛のむねさへ小夜風に、さらりと解けし洗ひ髪、結んで清き水の音。
○露は尾花(本調子)
露は尾花と寝たといふ、尾花は露と寝ぬといふ、アレ寝たといふ、寝ぬといふ、尾花が穂に出て現はれた。
○露の干ぬ間(二上リ)
露の干ぬ間の朝顔に、照らす日影の情れなさは、あはれ一村雨の、はら/\と降れかし。
○鶴の声〔地唄〕(本調子)
軒の雨、たちよる蔭はなにはづや、あしふく宿のしめやかに、かたりあかせし可愛とはうそか誠かその言の葉に、鶴の一声幾千代までも、末は互の共白髪。
○綱は上意(本調子)
綱は上意を豪りて、羅生門にぞ着きにける、折しも雨風烈しき後より、兜の錣を引ツ掴み、引戻さんとゑいと曳く、綱も聞えし武士にて、彼の曲物に諸手を掛け、止しやれ、放しやれ、錣が切れる、錣切れるは厭ひはせぬが、たつた今結た鬢の毛が、損じるは/\、七ツ過には行かねばならぬ、其所へ行かんすりやこちや気に掛かる、誰ぢや/\鬼ぢやないもの人ぢやもの、兜も錣も何つちもいらねへ、サツサ持つてけ、背負つてけ。

ての部
○蝶は菜種(本調子)
蝶は菜種の味知らず、菜種は蝶の花知らず、知らず知られぬ仲ならば、狂ふまいもの、味気なや。
との部
○鳶凧(三下リ)
春風に、そよと揚がりし鳶凧、骨が折れよが砕けよが、人のしやくりぢや切れはせぬ。
○鳥影(三下リ)
鳥影に、鼠鳴きして嬲らるゝ、これも苦界の憂さ晴らし、愚痴が呑ませる冷酒は、辛気辛苦の、アア癪の種。
○鳥の声(本調子)
鶏の声、鐘の音さへ身に泌みて、最ど淋しき寝屋の内、待つ身は辛き肱枕、思はせ振りな不如帰。
○鶏が鳴く(本調子)
鶏が鳴く、東男の一本目、すつきりとして色も香もある、何所やらかたい、白菊の花。
○友千鳥(本調子)
若水や、心に結ぶ加茂川の、絶えぬ流れに千代かけて、寿祝ふ友千鳥、楽しい仲ぢやないかいな。
○隣座敷(三下リ)
隣座敷を、覗いて見たらば、辛気臭さの煙草盆、話途切れてな、アアモウ何ん時ぢや、まあよい/\。
○留めても帰る(本調子)
留めても帰るなだめても、かへる/\の三ひよこひよこ、飛んだ不首尾の裏田圃、ふられついでの、ヱヱ夜の雨。
○遠里へ(三下リ)
遠里へ、時節を知つて帰る雁、春行く空や故郷を、思ひ出してなつかしく、袖を濡らしてゐるわいな。
○遠くして(本調子)
遠くして、近いが色のならひとは、清女が筆の綾瀬川、さそふ桜の花の露、濡れてほしいと夕暮の、あかぬながめも恋ゆゑに、窶れ姿の都鳥、浮き寝の床も儘ならぬ、心関屋の詫住居。
○十返りの(本調子)
十返りの、松も色濃き門飾り、そのなよ竹に注連縄は、離れぬ中の縁結び、倶白張の傘に、橙ちぎる海老や、穂俵とは裏白の、羨ましいぢやなかいな、常盤/\の幾千代をかけて目出度き御代の春。
○土手に飛びかふ(三下リ)
土手に飛びかふ夕の蛍、追はれ/\て、ちらり/\と、そつとおさへた団扇の手くだ、ヱヽしよんがえ。
○鳥羽のあたり(本調子)
鳥羽のあたりの瓜作り、瓜をば人に盗られじと、守夜数多になりぬれば、瓜を枕につい寝たり。
○十日夷〔地唄〕(二上リ)
十日夷の売物は、はせぶくろにとりばち銭がます、小判に金箱立烏帽子、ゆでばすさい槌束ね熨、お笹を担げて、千鳥足。
さてお客の身の果は、方々の茶屋を三番叟で、後には紙衣の衣を着て、編笠被ツて門に立つ。さておやまの身の果は、三井か鴻の池か辰巳屋か、請出しその儘奥様に、手代に腰元引き連れて、乗物つらして物参り、したらばよかろがそりやならん。

なの部
○何となく(本調子)
何と無く、噂をすれば影とやら、鳥が障子に映るかへ、ヱヽヱヽマア逢ひたい鼠鳴き。
○なま中に(本調子)
なま中に、逢うて思ひをます鏡、曇らぬ月に葉隠れて、若しやと見返る一声は、それかあらぬか、ほとゝぎす。
○並木駒形(三下リ)
並木駒形花川戸、山谷堀から鳥渡上がり、長い土手をば通はんせ、花魁がお待ち兼。
○夏の夕べ(本調子)
夏の夕べに、上野山、彼方此方とさまようて、遊んで歩く女夫中、凉しい風が来るわいな。
○夏の凉みは(本調子)
夏の凉みは、両国の、出舟入り舟、屋形船、上がる流星、星下り、玉屋が取り持つ縁かいな。
○夏の暑さに(三下リ)
夏の暑さに、主と二人で凉み舟、そしてあやめ菖蒲や杜若、ほつそりと投島田、凉風ぞさあよウ。
○夏木立(本調子)
昨日まで、花に厭ひし風すぎて軒に凉しき風鈴や、音信る人もなく鳥の、姿も見えぬ夏木立、青葉隠れに羽音して。
○長き夜の夢(二上リ)
長き夜の、夢も結ばぬ閨の中、泣いた口舌が昔とは、寝物語の私語、恨むや恋の小夜嵐透間を洩れて夜着の袖。
○長き夜(三下リ)
長き夜の、とほの眠りの皆目覚め、波乗り船の音のよきかな、福神集り酒事は、ほんに目出度き事ぢやへ、宝入船御目出度たう。
○長き夜のとをの(本調子)
長き夜のとをの眠りのみな目ざめ、浪のり舟の音のよきかな、下から読んでも長き夜の、とをのねぶりのみな目ざめ、なみのり舟の音のよきかな、正月二日の初夢に。
○名にし負ふ(本調子)
名にし負ふ、富士と筑波の山合に、露の情の一夜褄、色もほのめく千草の里へ、一目の関屋忍びつゝ、木の間隠れに逢ふ夜さは、水にすみ田の月もいや。
○七草(本調子)
七草の、綻び初むる秋の野に、招く芒の穂に出でし、若紫の藤袴、桔梗苅萱こきまぜて、色を争ふその中に、仇に名の立つ女郎花、何を恨みて葛の真の、物思はしき朝顔の、定めぬ空の情なさを、かこつ姿のしほらしや。
○菜の葉〔地唄〕(二上リ)
可愛いといふ事は、誰が初めけん、外の座敷は上の空、許さま参るとしめす心のあどなさは、上々様の痴話文も、別に変らぬ様参る、思ひ廻はせば勿体なうて、言葉さげたら思ふこと、菜の葉にとまれ蝶の朝。

にの部
○西に不二(三下リ)
西に不二、東に筑波両国の、中を隔つる隅田川、棹さすお人がうらめしい。
○日本堤の(本調子)
日本堤の、編笠でたち、見返り柳ふりもよく、振り出せ/\六法姿の、丹前男の巻羽織。

ぬの部
○朝に逢ふ夜(三下リ)
主に逢ふ夜の楽しみは、辛い勤めもなんのその、親方さんの目を忍び、人が譏ろが何ういほが、惚れたが無理か恋知らず、やかましい、アレ/\見さんせ、花野胡蝶の女夫づれ。
○射干玉(本調子)
ぬば玉の、闇とお前に登り詰め、二階せかれて忍び逢ふ、夜は夢さへ黒塗の、枕言葉ぢやないかいな。
○濡れ燕(本調子)
春雨に、窓を明ければ、傘さして、顔は見えねどすれちがふ、羽風にかたる妹が袖、エエ思はせぶりな濡れ燕。
○濡るる情(本調子)
濡るゝ情の春雨に、咲いて乱れた桜花、色も変へぬにはら/\と、散らす名残の仇嵐。
○濡れて色よし(本調子)
濡れて色よし雨の藤、その仇咲きも君ゆゑに、姿つくろふ水鏡、由縁の色もなか/\に嬉しい縁ぢやないかいな。
○濡れぬ先(本調子)
濡れぬ先から浮名立つ、薄は露を恋ひ慕ふ、二人が仲を意地悪な、風が邪魔してちらちらと、落ちて恥づかし月の影。
○濡れて来た(本調子)
濡れて来た、文箱に添えし花菖蒲、いとど色増す紫の、恋といふ字に身を堀切の、水にまかせてゐるわいな。
○濡衣松藤浪(本調子)
春の夜の、夢も結ばで明鴉、残る口舌に有馬山、いなせともなき後朝に、互ひに募る恋の情、晴れて逢瀬を待つわいな。
粋な浮世も恋故に、野暮に愚痴さへ有明の、花には曇る空癖の、雨もいつしかはるの宵、星もちらほら薄明り。
忍び/\て相惚れの、嬉しき床にまだ消える、吹穀で見る顔と顔、しんの仲ではないかいな。
薄墨に、にぢみ書なる玉章の、書くに書かれぬ筆の鞘、涙に雨のふる里へ、泣いて別れて帰る雁、止めて止まらぬ春の暮、花を見捨てゝ候かしこ。

ねの部
○閨の春雨(本調子)
閨の春雨、しツぽり更けて、テモ美くしい寝入り花、そツと引き寄せ屏凧の内に、可愛とないた一声は、夢か現か、明鴉。
○念が届いて(本調子)
念が届いて、斯うなるからは、春の氷の薄きは嫌と、寝乱れ髪の恥かしく、解けた素顔の夏の富士、秋の扇と聞くも憂し、こちやしつぽりと夜の雪、積り/\て深うなり、人目忍びし冬籠り。
○子の日(本調子)
子の日する、野辺に小松のなかりせば、千代のためしに何にをひく、君が別れに袖引き留めて、屠蘇の機嫌で恥かしさ、顔もほんのり紅梅の、枝にかしこのまだ莟、歌詠む鳥も返歌さへ、嘴若き春風に、山が笑ふが厭やせぬ。
○根岸八景(本調子)
鶯の、初音の里の八ツの景、花に日暮し夕照は、豊島の帰帆見渡せば、霞も八重に一重帯、アレ三島の宮の小夜嵐、晴れて嬉しき互ひの三の輪。
心のたけを打明けて、堅き約束石山の、月の入るまで口舌して、そのきぬ/゛\の分れも惜しさ告ぐる暁、上野の鐘に、とけし素顔の雪の肌、暮雪とも見で笹の雪。
雲井にかけしかかりがねも、琴柱に落ちて六つ五つ、四つ三つ二人のなか村は、はなれぬ仲ぢやないかいな、御行の松の夜の雨、ぬれてしつぽり〆縄の、結ぶえにしぞたのしけれ。

のの部
○上り下り(本調子)
上り下りのおつゞら馬よ、さても見事な手綱染めかいな、馬子衆の癖か高声で、鈴を便りに小室節、坂は照る/\鈴鹿は曇る、合の土山雨が降る。
○上り夜舟(二上リ)
上り夜舟のかいろぢやとて、楫を取つたエヽノエ、さだや牧方淀、水に車がくるくると伏見へ着くに、オヽイ/\爺殿、その金こつちへ貸して呉れ、与市兵衛仰天し、いえ/\金ではござんせぬ、娘化粧すりや狐が覗く、賽の河原の地蔵菩薩、一ツとやア、一夜明くれば賑やかで/\、飾り立てたるが松一木、変らぬ色の世界に色なき物は、私と母さんと糸とてゐたらば、東上総のいすみの郡、村の小名をばかね、沖に見ゆるは肥後様の船よ、紋は九ッ九曜の星、蝶々留まれや、菜の葉がいやなら葦の先へ、ちよいと留まれ。

はの部
○春の寿。(二上リ)
初春の寿、祝ひ納めて目出度参らせ候かしこ、正月元日年始のお礼に、俳名書いて水引かけて、もしの、これをば揚屋へもていて旦那はんに届けてくんなましと、吉原言葉でいひなます、色の世界ぢやないかいな。
○初春の(本調子)
初春の、日向に並び福寿草、目出度き御代の長閑さに、花の心の移り気な、つい莟さへ。
○春もやや(本調子)
春もやや、景色調ふ月と梅、障子の内の爪弾は、何所に行うぞ村鴉、塒迷ふか憎らしい。
○春霞(本調子)
春霞、曳いて北やら南やら、送る匂ひの梅の花、ほんに嬉しい風便り、離れぬ縁ぢやないかいな。
○春の夕(本調子)
春の夕の手枕に、しつぽりと降る軒の雨、濡れて綻ぶ山桜、花が取持つ縁かいな。
○春風に(本調子)
春風に、梅が薫れば君を待つ、心のたけの嬉しさに、初音の夢を身に添へて、アレ憎らしい明の鐘。
○春は賑ふ(本調子)
春は賑ふ、隅田の景色、植込む松も色増して、梅の薫りのほんのりと、仇な桜に恋の淵、流れ/\し水鳥の、今はわたしも女夫連。
○春は長閑に
春は長閑に梅屋敷、東の森のうら/\も、霞に噎ぶ柳島、あかぬ詠めぢやないかいな。
○春の夜の夢(本調子)
春の夜の、夢ばかりなる手枕に、驚かしたる一声は、人にはあらで久方の、雲井を照す月の影、濡れて嬉き恋衣。
○春に梅見て(三下リ)
春は梅見て楽ましやんせ、色は紅白錦に咲いて、つぎ穂女夫に枝交し、好いた同士と思はんせ、アレ嬉しい花ぢやないかいな。
○春は鶯(二上リ)
春は鶯、仇な初音に口説かれて、梅も開けば桜も芽ぐむと知れよかし、夏は好みに揃ひ浴衣で打ち連れ、色も吉原騒も床しと知れよかし、秋は小男鹿、己が深山に妾恋うて、紅葉踏み分け鳴青も床しと知れよかし、冬は洲崎島の、ちん/\千鳥かむら/\と、己が友呼び鳴く音も床しと知れよかし。
○春の月(本調子)
暮れかけて、水田にうつる春の月、塒に通ふ白鷺に、むかふ一目にみめぐりや、竹といふ字も川竹の、声をまつちの呼子鳥。
○春の夜(本調子)
春の夜の、夢はあやなす移り香や、空もわが目も八重霞、サア花に小蝶の女夫連、よいよい/\/\よいやさ。
花の名(三下リ)
花の名/\、ほうれんふうれん、南天牡丹、海棠連翹うんじやんすんべん、するどひな。
○花の中にも(本調子)
花の中にも、桜は陽気、なぞといはんせ、酒が相手ぢやないかいな。
○花の宿(本調子)
よきことを、きくの盛りの朝露に、君の情の色添ひて、久しかるべき花の宿。
○花にとて(本調子)
花にとて、除けて置く日はなきものを、立寄る主もしら梅の、薫り床しき軒のいし文。
○花の色香
花の色香も、よい姥桜、姿優しきほら/\と、二重の帯をきり/\しやんと縁結び、おせや目元の可愛ゆらし。
○花が咲く(三下リ)
花が咲く、陽気に連れて隅田堤、それから越ゆる夜桜や、つい朝桜、夕桜。
○花が見たくば(本調子)
花が見たくば、吉野へ御座れ、雪は白うて、お月様いつでも、丸いぢやないかいな。
○花も実(本調子)
花も実を、結ぶ誠のしんの床、若葉に暗き下座敷、話す間も無き短夜に、東雲近く杜鵑只一声を二人して、右と左の耳に聞く、嬉しい仲ぢやないかいな。
○花の曇(本調子)
花の曇りか、遠山の、雲か花かは白雪に、中をそよ/\吹く春風に、浮寐さそふや漣の、此所は鴎も都鳥、扇拍子もざんざめく、内や床しき、内ぞゆかしき。
○花吹雪(本調子)
人の譏も何に憚からう、恋は思案の外といふ、床しい言葉もあるわいな、結びあふせの兼言を、憎む嵐の花吹雪。
○花は上野か(本調子)
花は上野か、染井の躑躅、今日か明日かと日暮しの、君の王子の狐穴から、いろはの女郎衆に招かれて、うつら/\と抱て根岸のねまり地蔵を横に見て、吉原五町廻れば、これもし馬鹿らしなんざます。
○初桜(本調子)
初桜、いつか紅葉に染めかはる、若葉繁山白妙や、往来も早き四つの時、恋は浮世の旅の夢、覚めぬが蝶よ面白や。
○葉桜(本調子)
葉桜や、窓を明くれば山杜鵑、又も鳴くかと待つ内に、松魚々々、オヤ勇みぢやと飛んで出る、浮気性ではないかいな。
○萩桔梗
萩桔梗、中に玉章忍ばせて、月は野末の草の露、君をまつ虫夜毎に集く、更け行く鐘に雁の声、恋は斯うしたものかいな。
○蓮の葉(三下リ)
蓮の葉に溜まりし水は、釈迦の涙か有り難や、所へ蛙がひよこと出て、それは私のしいで候。
○初秋(本調子)
初秋や、名も文月の恋の謎、銀河祭りの戯れに、サアいつか女夫の約束も、よい/\よいよいやサア。
〇春風(本調子)
春風に、梅が薫れば君を待つ、心のたけを嬉しさに、初音の夢を身に添へて、アレ憎らい明けの鐘。
○春風に吹く(本調子)
春風に吹きまはされし小蝶さへ、番ひ離れぬ女夫仲、菜の葉に契る心根を、風が邪魔して、袖や袂のあやとなる。
○花に啼く(本調子)
花に啼く鶯、水に住む蛙にも、みやびは同じあいたいの、雲の籬のいさり舟、流れ次第は風次第緑の髪につながるゝ、楫を枕に港ぞへ。
○春雨(二上リ)
春雨に、しつぽり濡るる鶯の、羽風に匂ふ梅が香の、花に戯れしほらしや、小鳥でさへも一筋に、塒定むる気は一つ、わたしや鶯、主は梅、やがて身儘気儘になるならば、サア鶯宿梅ぢやないかいな、サアサ何でもよいわいな。
○春雨に相合傘(本調子)
春雨に、相合傘の柄漏りして、つい濡れ染めし袖と袖、誰しら壁と思ふ間に、いろと書かれてゐるわいな。
○春雨の霽れて
春雨の、霽れて朧に月のさす、粋な桜の色よりも、ほろ酔醒の仲の町、一房ほしき花の露。
○春雨口舌(本調子)
春雨に、口舌とぎれて只くよ/\と、泣いてゐるのを寐たふりに、寄る術もなき女気の癪が取り持つ中直り。
○初日影(三下リ)
初日影、昨日の思ひいつかはや、解けて嬉しき若水に、移す心の曇りなく、門に立て添ふ七五三飾り、霞棚引く春景色。
○晴れ遣らぬ(二上リ)
晴れ遣らぬ、思ひにかこつ涙やら、雨さみだるゝ閨の窓、我れも恋故杜鵑、啼いて血に染む袖袂。
○橋本(本調子)
橋本へ、着けるや岸に浮かれ舟、簾かゝげて二階から、覗いて田毎の村雀。
○早や告ぐる(本調子)
早や告ぐる、浅草鐘の後朝に、東雲包む頬冠り、いつ逢はれうか忍ぶ身の、モシ話し残りがあるわいな。
○初音(本調子)
初音聞かして春告鳥や、人の心も白梅の、香を訪うて来つ嬉し鳴き、エヽじれつたい、恋の浮世か浮世の恋か、鳥渡一筆懸想文。
○羽織かくして(本調子)
羽織かくして袖引き留めて、どうでも今朝は行かんすかと、いひつゝ立つて櫺子窓、
障子細目に引き開けて、それ見やさんせ、この雪に。
○肌寒き(二上リ)
肌寒き、秋の思ひも十寸穂の芒、雲居に雁の散らし文、まゐらせ候の言の葉に、夕栄照らす色見草。
○はる/゛\(本調子)
遥々と、尋ねて此所に紀伊の国、岸打つ浪の三熊野の、巡礼に御報謝と、門に立つのをすご/\と、名乗れぬ辛さに噎せ来る涙、あはれ鳴門の生の親。
○半纒がけ(本調子)
半纒かけの鳶の者、通りかゝつて、おい引けやなか綱、御太儀ながらも囃すにえ、これぞ地行の木遣節、おいやれよい/\/\/\よんやな。
○派手な由良さん(三下リ)
派手な由良さん、手の鳴る方へ、捕らまいて酒にしやう、とらまいてさゝにしやう、芸者おやまに手を引かれ、思はず九太夫に抱き付き、ても粗想な由良さんぢや。
〇八景(本調子)
鳴呼がましくも八景や、茲に隅田をうつし歌、沢辺に生る若草も、君に心をつく/゛\し、人目つゝみの桜狩、ふつとお顔をみめぐりで、思ひのたけの晴嵐に、いひそゝくれて時鳥、鳴くかなか洲に落つる雁、浅草寺の浅からぬ、恵み尊き鐘の声、夕日照り添ふ吾妻橋、橋場も縁の渡し舟、逢ふ瀬待乳に秋の月、忍び/\し恋の淵、今宵の首尾のまつ間さへ、雨に色増す閨の内、むつごと積る筑波根の、雪の膚に書き残す、及ばぬ筆の後や先、尽きせぬ名残や惜むらん。

ひの部
○人さんが(三下リ)
人さんが、いはゞいはんせ謗らんせ、人のせぬこと為たぢやなし、ほんに五月蝿い人の口。
○人と契る
人と契るなら、薄く契つて末まで遂げよ、紅葉を見よ、薄きが散るか、濃き先ず散るもので候、さうぢやないか。
○鬢のほつれ
鬢のほつれは、枕の科よ、勤めする身は、是非がない、苦海ぢや/\、許さんせ。
○独り寐(本調子)
独り寐の、心淋しき柴の戸を、叩く水鶏に欺されて、若やそれかと出て見れば、月に恥かし、我が姿。
○一言(本調子)
一言が、十言に向ふ嬉しさは、忘らりよものか忘られぬ、うそにも惚れたを実にして、ヱヽ暮すヱ。
○久方の(本調子)
久方の、春の長閑に鳥の声、主に思ひをあこがれし、待つ夜は長し春の日も、今日は短う暮すぞえ。
○人に異見(本調子)
人に異見をしたわしが、今では我身がはづかしい、思案の外とはこの事か。
○一夜明くれば(本調子)
一夜明くればまた気もかはる、花の盛りは梅屋敷、初音一声鶯の、ほう法華経の約束は、実に嬉しいぢやないかいな。
〇一夜逢はねば(本調子)
一夜逢はねば、又気もすまぬ、主の心に若し秋風の、辰巳の空に明烏、妻呼ぶ声を聞くにさへ、実に辛いぢやないかいな。
○一声(本調子)
一声は、月が啼いたか杜鵑、何時しか白らむ短夜に、まだ寝もやらぬ手枕や、男心はむごらしい、女心はさうぢやない、片時逢はねばくよ/\と、愚痴な事いふて、泣いてゐるわいな。
○東山〔地唄〕(本調子)
蒲団着て、寝たる姿は古めかし、起きて春めく知恩院、この楼門の夕暮に、好いたお方に逢ひもせで、好かぬ客衆に呼びこまれ、山寺の入相告ぐる鐘の声、諸行無常はまゝのかは、わしはむしように登り詰め、花のいたゞき、どれ行て見やう、花はうつろふものなれど、葉こそ惜しけれ、惜しけれ葉こそ、緑の芽だち色ふかみ草。

ふの部
○冬の寒さに(本調子)
冬の寒さに、置き炬燵、痴話が嵩じて背と背、蒲団が恋の仲立ちで、雪が取り持つ縁かいな。
○船ぢや寒かろ(三下リ)
船ぢや寒かろ、着て行かしやんせ、わたしの着替への此の小袖、誰に遠慮もないわいな。
○船をつけ/\(二上リ)
船をつけ/\、蝦夷が島へ、行かれませうかいな、石火矢射たとて、矢を射たとて、函館とるとてかまやせん、さしてかま事アござましね。
○富士は名所(本調子)
富士は名所さま/゛\の、中に噂の三国一よ、かのこまだらの雪景色、夏も氷の肌白く、解けて流れて行く末は、ひいふう三島女郎衆の化粧の水。
○風鈴の(三下リ)
風鈴の、音に気がつき、縫針止めて、風邪ひかんすなと、かい立つて、そつと取り出す夜着蒲団、酒が過ぎるも口の内、寝顔に見とれて笑ひ顔。
○更けて逢ふ夜(本調子)
更けて逢ふ夜の気苦労は、人目をかねて格子先、互に見合はす顔と顔、目に持つ涙袖濡れて、ヱヽ意地悪な火の用心、話す話も後や先。
○文は遣りたし(二上リ)
文は遣りたし書く手は持たぬ、遣るぞ白紙、ヤアレ文と読め、白紙、書いた文でさへハア読めない私に、書かぬ白紙、文と読むとは無理なこと、ヤアレヨイサ/\ハア、ヨンヤナア。
○富士や浅間(三下リ)
富士や浅間の烟りは愚か、衛士の焚く火は沢辺の蛍、焼くや藻汐で身を焦がす、そうぢやいな、相縁奇縁は味なもの、片時忘るゝ暇もなく、一切身体も遣る気になつたわいな、エヽおかたじけ。
○二人連の万歳(本調子)
二人連の万歳は、一人は峠にすご/\と、跡に残りし万歳は、山の麓に友呼ぶ調べ、エイ/\すぽゝんのぽん、ヱイ/\、すぽゝんのぽん、すつぽ/\/\/\ぽん、といふては舞を舞ふて候、エイ/\すぽゝんのぽん、エイ/\すぽゝんのぽん。
○二人が仲を(本調子)
二人が仲を天照す、天の岩戸は夜着の洞、煮凍り大根大二天、恋と情と義理と寄せ、三つのお山は熊野山、浅間ケ嶽は浄瑠璃に、反魂香と仇文句、愛宕は愛嬌守神、出雲は御存知縁結び、凉みは貴船恋の神、潮来出島に佃富士、富が岡には岩清水、洲崎に弁天芸者守護神、奇妙々見大菩薩、風にも靡く柳島。

への部
○返事書く(本調子)
返事書く、灯火細く雁の声、手さへたゆたう夜の更けて、筆の命毛そこはかと、泣くは泣かぬにいやまさる、乱れ心のあとや先、せめてとどめて候かしこ。

ほの部
○杜鵑今一声(本調子)
杜鵑、今一声の聞かまほし、月は冴ゆれど姿は見えぬ、ヱヽ自烈体何んとせう、辛気くさいぢやないかいな。
○ほととぎす〔お互に替唄〕(本調子)
杜鵑、塒定めぬ只うか/\と、月に浮かるゝその風情、はし間に舟の賑ひは、こべりに繻子の空解けは、しめぬが無理かへ。
○杜鵑自由(三下リ)
杜鵑、自由自在に聞く里は、酒屋へ三里豆腐屋へ、二里といふ在所でも、粋な好いた御方と暮すなら、末は野末の薦垂に、身は捨草の此の体。
○時鳥暁傘
時鳥、暁傘は月が召し、土手の草葉に置く露の、編笠深き武士の、裾も短に伊達模様、奴が腕振る尻を振る、空尻馬に小室節、鞍に揺られて眠た気に、聞こゆる鐘は浅草寺。
○ほんのりと(本調子)
ほんのりと、明けても闇き朝霧や、島隠れにも捨て海小船、ヱヽヱヽ誰に焦がれてゐるぞいな。
○ほんに思へば(本調子)
ほんに思へば、昨日今日、月日立つのも上の空、人の譏も世の義理も、思はぬ恋の三瀬川、逢はぬ其の日は気に掛かり、逢へば口舌の種となる、憎らしい程可愛ゆうて、ヱヽわしが心は何んぢややら。
○蓬莱に(本調子)
蓬莱に聞かばや伊勢の初便り、恋の山田のひと踊り、茶汲み女子の前垂に、結ぶ御縁の神垣や、合の山々言の葉も、所変れば品変る、ほんに嬉しいけんしさん、ヨヲあつたぞいおきなはれ、今宵忍ばゞちよと脊戸までごんせ、すかんたらしいようだ、なまりの可愛ゆらし。
○惚れて通ふ(三下リ)
惚れて通ふに、何に恐からう、今宵は逢はうと、闇の夜道を只一人、先や左程にも思やせぬのに、こちや登り詰め、ヱヽ/\、山を越えて逢ひに行く、毎晩逢ふたら嬉しかろ、ジツどうすりや添はれる縁ぢややら、自烈たいよ。
○本町二丁目(二上リ)
本町二丁目のナア、本町二丁目の糸屋の娘、姉が二十一、妹が二十、妹ほしさにナアヨイ、伊勢に七度、熊野へ三度、愛宕さんへはコラ月参り。

まの部
○待春(本調子)
待つ春も、はや橘の寺々に、虎がゆかりのむら千鳥、焦るゝ恋の歌枕、畳へ落す簪も、よい辻占ぢやないかいな。
○松は唐崎(二上リ)
松は唐崎、時雨は外山、月の名所は須磨明石、雪は越路かの久方よの、あはれよい/\よ、あはれさてなこれさてな。
○松虫(本調子)
見やしやんせ、露をしたふて松虫の、千草に遊ぶしほらしや、芒尾花は物思ひ、うつむく顔にそゝげ髪、此方向ひて笑はんせ。
○まつの葉(本調子)
千束つかぬる錦木の、思ひに沈む恋の淵、底しら河の関越えて、いつか逢ふ瀬をまつ嶋の、松に情なやこれ見よがしに、落葉ながらも女夫連。
○松の操(本調子)
道芝の、露も流れて澄む沢水に、映す笑顔のこぼれ松、浮いた浮世に浮名を立てて、嬉し二葉の末長く、変らぬ色ぞ千代までも、ヱヽ離れぬ中ぢや千代までも。
○窓の時雨(本調子)
窓の時雨に眼を覚まし、主の寐顔の窶れを見れば、見るにつけても増す苦労、鐘は上野か浅草か。
○待乳沈んで(本調子)
待乳沈んで、梢に乗り込む山谷掘、土手の合傘かたみかはりの夕時雨、君を思へば逢はぬ昔がましぞかし、どうして今日はござんした、さう言ふ初音を聞きに来た。
○待ち侘びて(三下リ)
待ち侘びて、逢ひ見るまではいはうぞと、まさかの顔見りやそれなりに、愚痴も悋気も何所へやら。
○待ち侘びて逢へば(本調子)
待ち侘びて、逢へば人目に隔てられ、飛び立つ胸を押し鎮め、やう/\首尾して閨の内、惚れりや互の愚痴と愚痴、心も解けて何時しかに、余念のなきを憎さうに、あれ撞き放す暁の、鐘の恨みか疳癪の、男の腕に歯の痕も、夜明の星の二つ三つ。
○待てど暮せど(二上リ)
待てど暮せど、暮せど待てど、紺の暖簾の廊下口、草履の音は若い衆が、油を注ぎに不寝の番、これぢや愛想も余りの事に、月の晦日に三日月様よ、やがて白々明の鐘、よいさよいさ。
○松尽し(二上リ)
歌ひ囃せや大黒の、一本目には池の松、二本目には庭の松、三本日には下り松、四本目には志賀の松、五本目には五葉の松、六つ昔の高砂や、尾上の松や曾根の松、七本目には姫小松、八本目には浜の松、九ツ小松を植並べ、十でとよくの伊勢の松、この松は芙蓉の松にて、情け有馬の松が枝に、口説けば靡く相生の松、またいついつの約束に、日を待つ時待つ暮を待つ、連理の松に契りを込めて、福大黒を見なさいな。

みの部
○身は一つ(本調子)
身は一つ、心は二つ三つまたの、流れに淀む泡沫の、君に逢ふ夜の楫枕、暁方の雲の帯、鳴くかなかずの杜鵑。
○短夜(本調子)
短夜に残る口舌の朝直し、向ひの猪牙も捨小舟、其の儘今朝の居続けは、互ひに積る恋の情、晴れて添寝を待つわいな。
○道芝や、(本調子)
道芝や、忘れ扇のなつかしく、唄といふ字が恋の謎、千年変らぬ筆の先、三筋に花の咲心、思ひ増すではないかいな。
○水に蛍(三下リ)
水に蛍を映して見ても、光り栄えなき片心、恋の苦労も似たものか。
○見ずや空(三下リ)
水や空、空や水なる燕子花、今を盛りの紫組よ、気も合ふた同志、五人連、前に結んで後ろで〆た、帯のやの字は解けても解けぬ、ヨイサヨ、それを解くのは何所の誰さんぢやら、エヽヽ面憎や。
○水差の(本調子)
水差の、二言三言いひ募り、茶杓にあらぬ癇癪を、わけしら玉の投げ入れも、思はせ振りな春雨に、帛包捌きの濡れ衣を、口舌もいつか炭手前、主を囲ひの四畳半、嬉しい仲ぢやないかいな。
○見たいな/\(本調子)
見たいな/\、吉野の桜、覗いて見たれば花盛り、明けて見たればなア、花ではなうて大事の/\、山伏さんの鼻の先、見たいな/\、文箱の中を、覗いて見たれば玉手箱、開けて見たればなア、文ではなうて、大事の/\、お局さんの夜の物。

むの部
○紫は江戸(三下リ)
紫は江戸の花かや、水道の水に、あだな浮名の色染め分けて、何れあやめか杜若。
○紫(本調子)
紫の、結び目かたき縁の糸、解けぬも色の深緑、まつに来ぬ夜は筆の先、恨みかさねし命毛も、硯の海へはまる程、深い浅いは客と間夫、苦労するのも男ゆゑ。
○紫(本調子)
紫の、ゆかりに似たる書き初めに、ほの/゛\告ぐる鶯の、音にほだされし縁の糸、恋の上下の三筋だて、花の寒さに春風を、厭うて暮すぢやないかいな。
○室の桜(本調子)
だまされし、室の桜や、浮世は嘘よ、誠籠りし床の内、焦がれ鴉が、オヤ塒離れて飛んで出る、あれも勤めぢやないかいな。
○村雀(二上リ)
この君の。代々の緑の色に愛で、千代の契を結ばじと、忍ぶ垣根に立寄れば、我より先にヱヽ憎らしい、塒定むる村雀。
○武蔵野(本調子)
武蔵野の、桔梗苅萱女郎花、招く尾花にうか/\と、月も心で品定め、何れに宿らん露の上。
○無理留め(二上リ)
無理留めするのが、煩さいならば、焦れさせずに来るがよい、ほんにお前は罪な人。
○むつとして(本調子)
むつとして、帰れば門の青柳に、曇りし胸を春雨の、また晴れて行く月の影、ならば朧にしてほしや。
○向うより来る(本調子)
向うより来る小提燈、伊吾よ/\とよんでも見たか、可愛よし松たれと寝た、サアお父さんと寝たらばよい/\。
○向ふ通るは(二上リ)
向ふ通るは、慥に彼の人ぢやないかいな、いゝや、いゝや違ふた、渋蛇の目合傘にしつぽりと、アヽ春雨が降るわいな、濡れくさる、エヽさりとは濡れくさる、ちよつと/\寄つて行かしやんせ。
○向ふの長押(二上リ)
向うの長押に、懸けたる長薙刀は、誰が持つたる長薙刀と問ふたれば、ヤレ/\よんやな、西塔の武蔵坊弁慶が、持つたる長薙刀、柄も八尺、刃も八尺。
〇六の花(本調子)
駒とめて、袖うちひふ蔭もなき、佐野のわたりの雪ならで、アレ櫺子にも六の花、野慕に見られぬ朝景色、是非帰るとは人ぢらし、羽織かくすも有りふれた、みどりや余ツぽど積ツたか。
○陸奥の殿様(本調子)
仙台の、陸奥の殿様、吉原通ひ、御家中引き連れて、中洲の沖へと急ぎ船やれ、船歌よいな、アヽ目出度/\の若松様や、アヽ不憫や高尾は下げ斬りだい。

めの部
○めぐる日(本調子)
めぐる日の、春に近いとて老木の梅も、若やきて候、しほらしや/\、かほり床しと待ちわび兼ねて、さゝなきかける鶯の、来ては朝寝を起しけり、さりとは気短な、今帯〆めて行くわいな、ほう法華経といふ人さんぢや。

もの部
○催合ひ傘(本調子)
草も若やぐ春風に、梅が香匂ふ雨の音、しつぽりと、アレもあひ傘、濡れて嬉しき仲かいな。
○紅葉の橋
紅葉の橋の袂から、袖を垣板の言伝に、ちよつと耳をば鵲の、霜にいつしか白々と、積もる程なほ深くなる、雪をめぐらす舞の手や、ヨイ/\/\/\よいやさ。

やの部
〇八重一重(三下リ)
八重一重、山もおぼろに薄化粧、娘盛りはよい桜花、嵐に散らで主さんに、逢うて生中後悔む、恥かしいではないかいな。
○柳橋から〔待乳沈んで替唄〕(本調子)
柳橋から、小舟で急がせ山谷堀、土手の相傘、かたみがはりの衣紋坂、君を思へば逢はぬ昔ぞましぞかし、どうして今日は御ざんした、さういふ初音を聞きに来た。
○柳(二上リ)
柳々で、世を面白う、うけて暮すが命の薬、梅に従ひ桜に靡く、その日/\の風次第、嘘も誠も義理もなし、初は粋に思へども、日増に惚れてつい愚痴になり、昼寝の床の憂き思ひ、どうした日和の瓢箪か、あだ腹のたつ月ぢやへ。
○闇の夜に〔夕立替歌〕(三下リ)
闇の夜に、吉原ばかりが月夜かな、廻る見世先格子先、来るか来るかと畳算、ほんに前世の事ぢやぞえ、明けの鉄棒、火の用心さつしやりませうと、眼を覚ます。
○八百屋半兵衛(三下リ)
八百屋半兵衛が留守に、お千代を虐め出したる姑の、甥の嘉十に跡取らせ、ヤレ可愛や二人は草の露。
○奴さんどちらへ(二上リ)
奴さんどちらへ行く、旦那のお迎へに、サツテモ寒いのに供揃ひ、雨の降る夜も風の夜も、お供は辛いね、いつも奴さんは高端折り、コラセそれもさうぢやいな。
○闇の梅(本調子)
闇の梅、薫りにむかふ窓と窓、便りを風にそむけられ、せめて楽しむ夢にさへ、アヽ偖辛気見えもせぬ、なんの如才も墨筆のとがにならねばうつゝなき、なさけに沈むなさけとなさけ、すぐる月日の数々も、すつる枕や恋の淵。
○槍さび(本調子)
やりはさびても名はさびぬ、昔わすれぬおとしざし、サヽヨイ/\/\/\ヨイヤナ。

ゆの部
○夕立(三下リ)
夕立や、田を三囲の神ならば、葛西太郎が洗ひ鯉、酒が嵩じて狐拳、ほんに全盛なことぢやえ、堀の舟宿、竹屋の人と呼子鳥。
○夕化粧〔我が物替歌〕(本調子)
一輪を、開けば梅は天が下、春とつぐなる鳥の音に、氷も解けて青柳の、緑の髪を洗ひしか、三日月櫛の夕化粧、じつに奇麗ぢやないかいな。
○夕凉吹川風(本調子)
秋汐の、打ち来る浪の安房上総、凉しき袖が浦風を、送る佃の島越して、縁の橋間の舟の中。
暑さに空もうち解けて、夕日を忍ぶ葭戸さへ、隔てぬなかのゆかしさは、櫛に露置く川水へ、まだくれぬのに八日月、うつり心の村雲よりも、アヽ気にかゝるではないかいな。
○夢の手枕(三下リ)
夢の手枕、つい夜が明けて、別れ烟草の思ひの烟、思ふお方へ靡き行く。
○夢のあと(二上リ)
夢にあかせし夢のあと、乱るる髪の青柳や、今朝はうぐびす啼きもせで、
○行く末は(本調子)
行く末は、誰が肌ふれん紅の花、しほらしいではないかいな、昔恋しき筒井筒、振分髪も元結に、掛けしや袖の濡れた同志、蕾綻ぶ露の玉。
○指切り髪切り(二上リ)
指切り髪切り、すとんとお前に惚れました、それが小指の癇癪/\に、末は涙の蜆川、流れてお前は泣かしやんせ、悲しからう、左様であろ、どうでも小春に心中立てや、曾根崎通ひをしやんせ。
○夕雲(三下リ)
来るかふるかとまつらん癪に、しびりやきるゝ雲の脚、主をよだちの、エヽじれつたい夜もすがら。
○行くも帰るも(本調子)
行くも帰るも五条坂、寒さにつけて酒一つ、それが互の縁となり、たしか編笠景清さんに、清水寺の分れ路は、はかない縁と御察し。
○行かうか戻ろか(本調子)
行かうか戻ろかり、戻ろか行かうか、アヽまゝよ女房の角も生え次第、こゝらが世にいふ就中、虫のせい、からかさ灸でもおすゑなさい。
○雪が降り候〔梅が主替歌〕(本調子)
雪が降り候、三囲白く、鴎はちらほら恋馴れし、二人手に手を懐中で、しめて莞爾船の内。
○雪の夜(本調子)
雪の夜のつめたさに、アレ小座敷の二人連、互ひに知らす合言葉、ほつれかゝりし洗ひ髪、ヱヽモじれつたい噛楊枝。
○雪は巴(本調子)
雪は巴に降りしきる、屏風が恋の中立ちで、蝶と千鳥の三つ蒲団、もときに帰る塒鳥、まだ口青いぢやないかいな。
○雪はしん/\(二上リ)
雪はしん/\、夜も更け渡る、どうせ来まいと真中へ、一人ころりと袖枕、何時ぢや、ヱヽ寐いられぬ。
○夕暮(本調子)
夕くれにながめ見わたす隅田川、月にふぜいを待乳山、帆かけた舟が見ゆるぞえ、アレ鳥がなく鳥の名の都に名所があるわいな。
○雪を待ち(本調子)
雪を待ち、霰に忍び逢ふ夜さは、返さゞならぬ首尾となり、後独寐の寐屋の内、あたりに残る面影は、憎い時計の音ばかり。
○雪の夜(本調子)
雪の夜に、雨戸へさつと音づれに、もしやと明けて銀世界、寒さを凌ぐ置火燵、もはや一時か眠られぬ。
○雪はちら/\(本調子)
雪はちら/\銀世界、帛紗さばきや名香の、洩れて床しき風吹きさそふ、暫しとめ木の移り香に、待たば来んとの約束に、手に手とりあふ後朝の、袖に吹雪のかゝる嬉しき。
○雪は月夜と(本調子)
雪は月夜と、疑はれ、月夜は雪と疑はれ、吉野の山の山桜、雲かとのみぞ疑はれ、待つに寂しき閨の軒、嵐の音のおとづれも、若しや主かと疑はれ。
○雪か桜か〔行こか戻ろか替歌〕(本調子)
雪か桜か、曇るは花か、アヽ散るよ、科戸の風の吹き次第、光りも長閑けき春なれど、賤心、浮世はどうでも邪魔がある。
○雪〔地唄〕(本調子)
花も雪も、払へば清き袂かな、ほんに思へば、昔の昔のことよ、我が待つ人も我れを待ちけん、鴛鴦の辺に物思ひ羽の、氷る襖に啼く音もさぞな、さなきだに心も遠き夜半の鐘、聞くも淋しき独寝の、枕に響く霰の音も、おしやといつそせきかねて、落つる涙の氷柱より、辛き命は惜しからねども、恋しき人は罪深う、思はぬ事の悲しさに、捨てた浮世、捨てた浮世の山かつら。
○夕顔〔地唄〕(本調子)
昨日まで、詠めし花もいつしかに、今日はわが身となつ草の、日にぞしほるゝ憂き思ひ、せめてあはれと夕顔の、露の命と兼ては知れど、知らで果敢なき夢の世や。
袖は涙の乾く間も、泣いて明かして山時鳥、一声空に冴えわたり、月の鏡は照りながら曇りがちなる胸の闇、エヽ儘ならぬ裟婆世界、早や更け渡る鐘の声、迷ひも晴れて死出の旅、急ぐ心は夏の夜に、凉しき方のみちもせを、照らし給はれ三つのともし燈。

よの部
○宵は待ち(本調子)
宵は待ち、夜中は焦がれ、明くる頃、せめて夢にと肱枕、アレ耳やかましい鳥の声、ほんにしんきなことぢやいな。
○夜の雨(二上リ)
夜の雨、もしや来るかと畳算、紙で蛙の咒も、虫が知らせて燈火の、丁字も飛んだ今時分、気紛ぐれざんす、ヱヽヱヽ主の声。
○夜桜(三下リ)
夜桜や、浮れ烏が毎々夜、花の木蔭に誰やらがゐるわいな、とぼけさんすな、芽吹き柳が風に揉まれて、ふうわり/\と、オヲサさうぢやわいな、さうぢやないかいな。
○夜や寒き(本調子)
夜や寒き、氷る衾の風厭ふ、振りの袂も恥かしく、人目を忍ぶ筆のあと、月は行けども果てしなく、その面影がまぼろしや、思ひ残して候かしこ。
○四方に霞(本調子)
四方に霞の、棚曳きて、綻び出でし梅が枝に、まだ黄鳥の片言まじり、残んの雪のむらなく消えて、野辺に若草萌え出づる、風が持て来る梅が香床し、心浮き立つ春景色。
○淀の車(本調子)
淀の車は、水故まはる、わたしや悋気で気が廻はる、それで浮名が立つわいな、それそれそうぢやな。
○淀の川瀬〔地唄〕(二上リ)
淀の川瀬のナ、景色を此所に、引いて登る、ヤレ三十石船、清き流れを汲む水車、廻る間毎に皆々目覚め、献いた盃おさゑて助りや、酔うて伏見へ管巻き綱よ、斯した所が千両松、ヨイ/\/\/\ヨイ/\/\/\。
〇四の袖〔地唄〕(二上リ)
憂き中の、習ひと知らば斯く許り、花の夕の契りとなるも、始めの情、今の仇、いつそ逢はねば斯うした事も、ほんにあるまい由なや辛や、仇に暮らせし月日の程も、いはず思ひの涙の種に、いとど朽なん四つの袖。
○酔醒吹凉風(本調子)
秋潮の、打ち来る波の安房上総、凉しき袖が浦風を、送る佃の島越して、縁の橋間の船の中。
暑さに帯も打ち解けて、夕日を忍ぶ葭戸さへ、隔てぬ中の差し向ひ。
扇の音も撥の音も、暫し途切れて途切れて暫し、しんと鳴海の浴衣まで、濡れて嬉しき汗拭ひ、ほつれし鬢を掻き上げる。
櫛に露置く川水へ、まだ暮れぬのに八日月、移り心か叢雲よりも、マヽ気に懸かるではないかいな。

らの部
○楽は苦労〔露は尾花替歌〕(本調子)
楽は苦労の裏にある、苦労は楽の裏にある。あれ浮世とは、その中に、迷ふて暮す夢の事。
○楽は苦の種(本調子)
楽は苦の種、苦は楽の種、吝薔坊が柿の種、油が菜種、綿の種、米になるのが籾の種、安い人参ありやをたね、天満宮のお守は梅の種、乙な言葉が話しの種、口舌が床の痴話の種、二人して取る人の種。

りの部
○悋気らしいが(本調子)
悋気らしいが、よう聞かしやんせ、愚痴になつたもお前故、叱らしやんすな私ぢやとて、何の/\言ひたい事はない。
○悋気さんすりや(三下リ)
悋気さんすりや、こちやあくまでも、只通したい恋の意地、出雲で結んだ縁ぢやもの、さうぢやないかいな、ちつとは粋にならんせよ。

るの部
○留守の戸へ(本調子)
留守の戸へ来て、梅さへ余所の垣根から、覗いて東風に吹き送る、薫りもなまじ気に掛る、仇憎らしい鶯に、先を越されて誘はれしかと、思へば燃る胸の陽炎。

れの部
○櫺子日がさしや(本調子)
櫺子日がさしや、仲どん内所で起きる、もう帰るかえ別れがつらい、そしていつ来なますえ、お前大層髪が乱れたが、つい撫付けて上げう、羽織がアレ片裄な、なぜにこんなに可愛かろ、お前は此頃お痩せだね、いつもの薬をおあがりか、なければ私が上げやうか。

ろの部
○炉開き(本調子)
炉開きに、今や来るかと松風を、湯の煮音に聞く燈台の、灯影恥らふ袖垣や、まださし竹も青々と、濃茶に浮名が立つわいな。

わの部
○私や野に咲く(本調子)
私や野に咲く、一重の桜、さアくら、八重に咲く気は無いわいなな/\。
○わしが国(二上リ)
わしが国さで見せたいものは、昔や谷風、今伊達模様、床しなつかし宮城野しのぶ、浮かれまいぞへ松島辺り、しよんがへ。
○我が黒髪も(本調子)
我が黒髪も白糸の、千尋々々に又千尋、憂さや辛さの十寸鏡、いづくよりか置く霜。
○我が袖は(本調子)
我が袖は、誰にいはれぬ沖の石、濡れて乾かぬ床しさを、振り捨て兼ねて鈴虫に、あれ松虫を楽みに、恋路の迷ひの種かいな。
○我れが住家(三下リ)
我れが住家の隠れ里、猫が三味弾く鼠が歌ふ小唄の面白や、これを思へばヤツコリヤサ浮気思惑さゝ舟に乗せて、楫を枕に寝てころりん、しよんがえ。
○我が物(本調子)
我が物と、思へば軽き傘の雪、恋の重荷を肩へかけ、妹許行けば冬の夜の、川風寒く千鳥啼く、待つ身に辛き置炬燵、実に遣る瀬がないわいな。
○わしが思ひ(三下リ)
わしが思ひは三国一よ、富士のみ山の白雪、積りやするとも解けはせぬ、浮名たつかや立つかや浮名、あんなお方といはんすけれど、人の心は相縁奇縁、とんと命も遣る気になつたわいな。
○我が恋は(三下リ)
我が恋は、住吉浦の春景色、ただ青々とまつばかり、まつは憂いもの辛いもの。

我が恋は、細谷川の丸木橋、渡るにや怖し渡らねば、思ふお方に逢はりやせぬ。
○(本調子)
我が恋は、雪の氷の日蔭とや、心一つを二筋に、三筋にかけし三味線の、糸もあやなす胸の内、声もしどろにむら千鳥。
○(本調子)
我が恋は、何にやら足らぬ秋雨に、うき身の笠のかくれがへ、きては晴れ行く胸の雲、ならば身儘にしてほしや。
○王子さんへ(二上リ)
王子さんへは、わしや月参り、無理を願ひを願かけて、狐のしばらく、八百屋お七、麦こがしに鳥さしをチヨイとさして。
○和歌の浦(本調子)
和歌の浦には、名所が御座る、一に権現、二に玉津島、三に下り松、四に塩浜よ、天の橋立切戸の文殊、文殊さんはよけれども、きれるといふ字が気にかゝる、サツサ何んとしやうか、どうしやうぞいな。

端唄《終》



都々逸
◎四季景物読込
○意気な刈萱仇めく桔梗、
そして風情な女郎花。
○意気な梅が香婀娜めく桜
赤き心の桃の花。
○岩間隠れの躑躅でさへも、
燃ゆる思ひの色に咲く。
○最ど松虫身は蟋蟀、
又も日ぐらし啼くばかり。
○庭に遣り水燈籠に火影、
夏の小座敷釣り荵。
○花は世上の愛嬌者よ、
野暮な人にも香を送る。
○花を咲かせて又散らすとは.
心無いぞへ春の風。
○花を散らしつ柳を解いつ、
解いつ散らしつ春の風、
○花に焦れる胡蝶の夢を、
悪や風めがきて醒す。
○花の盛りを訪ひ来る胡蝶、
嵐に揉まれて遠ざかる。
○花に逢ひ初め月夜に焦れ、
雪にや待つ身の眼も合はず。
○手の届く技にや花無し花ある枝にや、
折る可らずの禁止札。
○粋な花だが彼の木は高い、
所詮私の手にや折れぬ。
○手の届く梅の梢を折らずに置いて、
届かぬ桜で苦労する。
○咲いた桜に手は届けども、
余所の花なりや見て戻る。
○花よ咲くなよ蕾で居れよ、
咲いて小枝を折られなよ。
○咲いたが花やら咲かぬが花か、
咲くを待つのが花の花。
○解いて結んだ柳の糸を、
じらす心か春の風。
○刺の中にも花咲く茨よ、
知らず手を出や怪我をする。
○散ればこそ最ど桜は可愛たい者と、
悟りながらも辛い雨。
○濡燕門を幾度も通るは無事な、
顔を見せにか見に来たか。
○瑠璃や浅黄に咲く朝顔も、
色は変れど根は一つ。
○私とお前は小籔の小梅、
生るも落つるも人知らぬ。
○私が心は蓮の花よ、
泥気離れて清く咲く。
○私やどうでも彼方の儘ぢや、
乱れ柳も風の儘。
○可愛らしいは碗豆の花よ、
花は小花で濃紫。
○烏何んで啼く長兵衛の屋根に、
銭も持たずにかほ/\と。
○好いた水仙好かれた柳、
心石竹気は紅葉。
○風よ吹け/\木葉を乗せて、
乗せた木葉の落ちぬ程。
○玉川に吹ける卯の花岸白々と、
雪か月夜か置く霜か。
○竹に雀は品好く止まる、
止めて止まらぬ恋の道。
○竹に雀が仲良いけれど、
切れば餌差しの敵竿。
○立てば芍薬座れば牡丹、
歩む姿は百合の花。
○月を枕に旭を抱いて、
宝尽しの夢を見た。
○面の憎さよ彼の蟋蟀、
思ひ切れきれ切れと啼く。
○啼くな鶏騒ぐな烏、
明けりやお寺の鐘が鳴る。
○明の鴉と鶏や憎い、
可愛い男の眼を覚す。
○梅も桜も牡丹も厭よ、
私は返事をきくがよい。
○梅の匂ひを桜に込めて、
技垂柳に咲かせ度い。
○枝垂柳に桜を咲かせ、
梅の匂ひを持たせ度や。
○梅の香りを桜に込めて、
意気な欅に咲かせ度い。
○梅に絡まる柳の糸を、
解きに来たのか春の風。
○黄鳥を留めてしつぽり楽む梅を、
そつと見てゐる野暮な月。
○美しく咲く彼の薔薇さへも、
花に隠れた刺を持つ。
○野辺の茅花も時節が来れば、
人の眼に附く花が咲く。
○尻に敷かれる筵も時節、
藺さへ花咲く夏がある。
○朧月夜にあれ憎らしい、
一人々々の二人連。
○お月様さへ夜遊びなさる、
殿の夜遊びや無理は無い。
○山で赤いのは躑躅に椿、
咲いて絡まる藤の花。
○朝咲いてよつに萎れる牽牛花さへも、
露に一夜の宿を貸す。
○春の遊びに摘み残されて、
秋の野にさく花もある。
○咲いた花なら散らねばならぬ。
恨むまいぞへ小夜嵐。
○桜三月菖蒲は五月、
咲いて年とる梅の花。
○様と私とは山吹育ち、
花は咲けども実は生らぬ。
○君は野に咲く薊の花よ、
見れば優しや寄れば刺す。
○君は吉野の千本桜、
色香好けれどきが多い。
○千里胡沙吹く風さへ絶えて、
淋し馬子唄冬の月。
○無理に蕾を咲かせた罰で、
花の春風他所に吹く。
○月の夜にさへ送つて貰た、
見捨てられたよ暗の夜に。
○馬鹿になさるな枯木ぢやとても、
藤が絡まりや花が咲く。
○薔薇も牡丹も枯れゝば同じ、
花でありやこそ別け隔て。
○紅葉踏む鹿憎いといへど、
恋の文書く筆となる。
○花の雫で書く此文は、
愛憐お方の文机に。
○娘島田に蝶々が止まる、
蝶々とまれや花ぢやもの。
○忍ぶ恋路は誰白梅の、
色にや出さねど香に洩るゝ。
○人がいひますこなたの事を、
梅や桜のとりどりに。
○泣くにや泣かれず飛んでも行けず、
心墨絵の時鳥。
○名残惜気に見かへる顔に、
露か涙か朝桜。
○月もさやけく気も澄渡る、
添夜ながめる閨の中。
○ぬしを待夜にくの字の雁は、
来と出雲の神便り。
○只もあはれときく雁音に、
待夜いやます我思ひ。
○今宵来ぬとの玉章持て、
居りはせぬのか今の雁。
○閨の隙さへつれない主に、
いつそ傾く月をまつ。
○飽ぬながめに戸もたて兼て、
独り夜更す閨の月。
○門の足音主かと聞ば、
耳におもはずつきのかり。
○遠くはなるゝ恋しき人の、
姿うつせよねやの月。
○心そゞろに待夜は耳も、
上のそらなる雁をきく。
○寝物語りに角立つ口舌、
窓にさす月まろけれど。
○待てど来ぬ夜は閨淋しさに、
照す月にも宿を貸す。
○外へ便をするのが憎い、
まつ夜はるかに雁の声。
○天下はれての今宵の月は、
寝物語のたねとなる。
○逢はで居る身をなだめる気かも、
待夜聞ゆる雁の声。
〇一夜ながらも待身はつらい、
憎や女夫の雁の声。
○花も吹雪と今朝だけ変はれ、
辛らい別れの間際だけ。
○主を見送る力もぬけて、
共にぼんやり閨のつき。
○あはれ知てか待夜に雁も、
共にしほれて鳴渡る。
○主の来ぬ夜は仮寝の床に、
月を眺めつ眺められ。
○ぬしと月との外には知らぬ、
首尾も宵から籠る閨。
○共に月まで痩ゆく思ひ、
こゝろ細さよ閨のうち。
○やがて来るとの先触らしい、
主を待夜に雁の声。
○首をのばして心も空に、
待夜雁さへなきわたる。
〇二人見し夜の月をば一人、
見るも悲しい閨の中。
○悪い辻占まつ夜の雁の、
声もはなれて一羽づゝ。
○待間行末思へばむねも、
共にみだるゝ雁のこゑ。
○待夜不楽しき心をしばし、
月に忘るゝ閨のうち。
○閨をへだてゝ旅路の主は、
何と観るやら今日の月。
○待てど来ぬ夜の空行雁も、
首を伸してなくらしい。
○どんな浮名を流して来たか、
河岸へつないだ花見船。
○露をたづぬる昼間の蛍。
丁度わたしに似た苦労。
○窓をのぞけよ飽までのぞけ、
来ぬ夜淋い●(「虫」+「厨」)の月。
○ならば昼見る蛍の様に、
忍ぶ夜光らず居て欲い。
○見えぬ姿のわびしき夜半に、
月は顔出す●(「虫」+「厨」)の中。
○邪魔にした夜が今更恋し、
ひとり見夜の●(「虫」+「厨」)の月。
○おなじ影さへ嬉しと悲し、
逢夜来ぬ夜の●(「虫」+「厨」)の月。
○広さ喞ちて居る独り寝を、
月が照した蚊帳の中。
○寝顔見る気か月迄蚊帳を、
そつと覗いて笑ふ様。
○うそを月夜に蚊帳迄釣せ、
待てど出て来ぬ憎しさ。
○胸の憂やらあついのやらで、
此身も痩るよ●(「虫」+「厨」)の月。
○さんざ端居にながめた月に、
又も未練が残る蚊帳。
○ひるは世間をはゞかる蛍、
夜半の逢瀬を楽みに。
○いやな夢をば蚤蚊がさして、
燭り眺めた●(「虫」+「厨」)の月。
○人目しのぶの葉裏へ来ては、
昼の蛍の身を隠す。
○昼のほたるとわたしの心、
うつら/\と草の闇。
○宵の口説もいつしか更て、
さして嬉い蚊帳の月。
○あふて心のくもりも晴て、
二人ながむる●(「虫」+「厨」)の月。
○昨夜首尾した労か今日は、
草に隠れて寝る蛍。
○帰すあとから力もおちる、
昼の蛍の果敢ない身。
○見せぬ乍らも昼間の蛍、
もゆる思ひを籠のうち。
○闇をねひゆく蛍もひるは、
草にかくれて只の虫。
○はれて逢ふ夜にさす●(「虫」+「厨」)の月、
狭い中にも広い胸。
○昼は労れて千草のかげで、
夢を見るらしあの蛍。
○思ひ千筋にまつ●(「虫」+「厨」)の目を、
洩れて此身を照す月。
○蚊帳の寝姿羨ましいか、
かつら男が来てのぞく。
○こがれ/\て明たる後は、
昼のほたるの物思ひ。
○うそは言はさぬ今宵は月が、
●(「虫」+「厨」)を覗いて聞て居る。
○昼の蛍が夜をまちかねて、
出たり入たり草の中。
○夜はさん/゛\浮気に飛で、
昼は寝て居るあの蛍。
○若やと思ふて閨の戸開りや、
月が有/\●(「虫」+「厨」)へさす。
○帰り待わび入る閨の戸を、
漏れてすました月の顔。
○待夜うれしくきく雁音に、
主は定めし道すがら。
○雁は音信すれども主は、
待夜便りもせぬつらさ。
○首尾も宵から籠りし●(「虫」+「厨」)は、
月より外には知らぬ中。
○昨夜の労れに蛍も今日は、
露をたのみの草の上。
○草葉がくれの蛍は昼も、
人のしらない身を焦す。
○雲間はなれて●(「虫」+「厨」)もる月に、
見せてはづかし乱れ髪。
○のぞく月にも気が恥しい、
夜毎釣らるゝ蚊帳の中。
○蚊帳の目からも浮名が洩れる、
浮と月をば忍ばせて。
○夜の遊びに労れて昼は、
草に休んで居るほたる。
○恋にその身のやつれも知らで、
草に夕べをまつ蛍。
○人目いとはぬ今宵の首尾も、
更て恥し蚊帳の月。
○浮名もれるは気になる●(「虫」+「厨」)に、
月の洩れるは好けれど。
○ひるの蛍のこの身のあかり、
立たぬ草葉の日蔭者。
○まるい世帯に拝むも嬉し、
心へだてぬ蚊帳の月。
○忍ぶ邪魔してまだあきたらず、
●(「虫」+「厨」)の中迄覗く月。
〇すてゝ置とはつれない仕方、
昼の蛍を見る様に。
○人目いとふか蛍も昼は、
むねを押へて身を隠す。
○帰る雁をば未練に麦の、
伸上つては招くふり。
○蚊帳の月さへ添たる今日は、
曇らぬ心の鏡やら。
○あはにや蚊帳洩る月にも気兼、
只一人じや広過る。
〇二人うれしく蚊帳から拝む、
月は今宵の拾ひ物。
○昼は草葉のほたるの様に、
見せて暮れば出る積り。
○ひるは人目を憚るほたる、
暮て飛出す時をまつ。
○月の光にてらされ乍ら、
苦労紙帳のうちに待つ。
○月にかくれし蛍も今日は、
草の葉裏に身を隠す。
○月は連子をのぞいて居ても、
待に淋しき●(「虫」+「厨」)の中。
○飛ぶにや飛ばれず昼間の蛍、
一日思案をくさのなか。
○一人くよ/\待間の蚊帳を、
月が弄りて覗くらし。
○ゆふべの労を治さん為か、
昼寝して居る彼ほたる。
○はれて逢はれぬ身は日の影を、
しのぶ草葉に這ふ蛍。
○人目忍んで日影の草に、
何を夢見てゐるほたる。
○蚊帳のひろさを知る夜は月も、
心細げに閨のぞく。
○昼の蛍の辛さをしのぶ、
露にぬれたる夜に替て。
○夜が勤めと言るゝほたる、
籠の苦労を昼に知る。
○霜や雪さへ事ともせずに、
一と肌ぬいたる花の兄。
○ひとり思案の心はよそに、
花は笑ふて居る憎さ。
○土手の騒ぎに花見を外し、
ひとり嬉しい舟の中。
○はれて逢夜のない此春は、
夢も朧のむねのうち。
○思ひなやみて見上る顔に、
憎やちら/\花が散。
○ひとり見て居る門辺の花も、
主の帰りを待つ様な。
○夜桜見るとて行かれた留守に、
夢が捜しに出て歩く。
○見ても左程に気は浮立たぬ、
主の来ぬ日の庭の花。
○花をちらして吹春風が、
ひとり看る身に染渡る。
○花のながめも涙のつゆと、
共に独りの眼に余る。
○花よ散るのを待て今しばし、
主と揃うて来る日迄。
○ひとり思ひに沈んだ胸の、
愚痴を笑ふか庭の花。
○主は旅路よ写真を持て、
二人居る気でする花見。
○花の色香を見捨て何を、
思ひ越路へ帰る雁。
○楽しい思ひもあの淡雪と、
消えて悔しい夢の首尾。
○案じ労れに寝ついた夢を、
憎や破つたうかれ猫。
○憎や逢ふたる夢をばさます、
恋に夜を啼く浮れ猫。
○宵のすご六寝て迄夢に、
主とうれしう春のたび。
○ひとり花見に隅田のあたり、
行て猶更苦労ます。
○ゆめに見て居る昔の苦労、
添ふて気楽の春の閨。
○痴話で帰してすぐ出す迎ひ、
独見るのは惜い花。
○冷る涙がゆめをばやぶる、
残る寒さの独り寝に。
○はれぬ思ひでまどろむ夢が、
覚りや憎らし朧月。
○共に嬉しく逢ふたは夢で、
胸もとゞろく春の雷。
○ゆめはさめても胸一ぱいに、
春の夜空の朧がち。
○夢でありしをもしやと思ひ、
雨戸開ければ朧月。
○蚤や蚊がさす邪魔さへ無くて、
添た夢見る春の閨。
○慾にや今宵の朧をしほに、
晴て逢たい夢なりと。
○はれて逢たる夢さへさめて、
眼にもお顔が朧月。
○せめて花でも笑顔を見せよ、
主を送つた朝の庭。
○ひとり見て居る心も知らで、
花にたはむる蝶二つ。
○独り花守るのをうらやむか、
東風が折々邪魔に来る。
○見すてゝ連立つ雁さへにくい、
独待つ身の花の下。
〇一人見てさへ楽しき花よ、
況て二人で見たならば。
○夢にこぼした涙の雨が、
降てゆるむか春の夜半。
○ひとり山家で花見るよりも、
増か昔の籠ずまゐ。
○ひとり来て見りや漫に恋し、
共に語りし花の下。
○偶の日永に逢ふたと思や、
夜半は苦労の夢を見る。
○一人まつ間の浮かない気をば、
花が笑顔で慰める。
○待し主さへ来ぬ日は庭に、
独り花見て気を散す。
○蝶に宿貸す花ながめては、
遠ざかる身を思出す。
○どうせ遅いと宵寝の夢の、
覚りや憎らし春の雨。
○昼間妬みし番ひの蝶を、
夢に見る夜は頼母しい。
○冬は枯木と言はれて居ても、
いまに花咲く春が来る。
○雨も降るなよ此庭ざくら、
主が来て見る夫迄は。
○啼て留守居の夢覚させる、
雁は帰らで宜いものを。


◎情事(混題)
○今の苦労のなみだの雨が、
川といふ字になるを待つ。
○たかい低いも斯うなるからは、
互に実意の道普請。
○今はうれしく止んだる浮気、
余念無子に引かされて。
○言はぬいろある山吹ごろも、
外へかさねず開く胸。
○長い夜だと誰が言初めた、
逢はぬ幾夜を埋る首尾。
○何処を縫ひ/\帰るか憎い、
家ぢや待間を針仕事。
○角目立たは人前ばかり、
実はこゝろのあふた栗。
○迎ひの人にもお百度ふます、
主はわたしの守神。
○秋の夜永も何処でかぬしが、
短く暮らして居るらしい。
○まてど来ぬ夜にする針仕事、
めども分らぬ眼の曇。
○花の眼もとに朧にゆるむ、
日の出ぬうちから帰る主、
○苦労甲斐なく浮名が立て、
枕の手よりも痛む胸。
○外に涙は見せないつもり、
きいた山葵の夫よりも。
○いつか誠に出あふもうれし、
鷽の換くらしながらも。
○せめて花でも笑顔を見せよ、
主を送つたあさの庭。
○義理がえにしを切とはしらず、
石の枕に結ぶ夢。
○思ひこめてはあの桜田に、
赤い心を見せるゆき。
○舌は二枚につかへど腕の、
二世は一つの胸にある。
○女夫中にも波風たてぬ、
笑顔うつしてする汐干。
○つらい波風たゝせた中も、
今は嬉しいはるの川。
〇二人で見るならあの雁がねの、
来るも帰るも苦に成らぬ。
○合図も宵から逢たる二人、
互の首尾さへ午祭り。
○海の水さへひく日があるに、
引かれぬ勤の身が辛い。
○主の来ぬ夜は道路の普請、
こいし/\で山をなす。
○そつと二階へ寐かすも実意、
二日酔とはしり乍ら。
○ともにこゝろは海よりひろい、
晴て嬉い汐干狩。
○おそい帰が苦になる汐干、
つらや浪立つ留守の胸。
〇二人のこゝろの底まで見えて、
首尾も嬉い汐干狩。
○舟はとまれど二人のむねは、
浮て計の汐干がた。
○分れ/\の釣瓶をつなぎ、
丸く添はせる井戸の綱。
○まつた腹いせつひ言過て、
胸でわびさす憎い人。
○ぬがす草鞋のひもより先へ、
胸のとけゆく旅戻。
○うらみ涙が来ぬ夜はぬらす、
枕に貸す人ない膝を。
○帰す実意につひなりかねて、
未練積りし朝の雪。
○招くといふ名が有なら主を、
来ぬ夜呼べかし棚の猫。
○かたい中ゆゑ少の隙も、
いとふて〆たるネヂ廻。
○今の不実を思ふに付けて、
過しなさけが愚痴の種。
○明日はいぬてふ日も憎らしい、
酉に一夜を泊めた主。
○木々の梢に未練の色を、
思ひのこして秋はゆく。
○塞いだ口さへ漸々あいて、
胸の透たる玉ラムネ。
○苦労のたねをば嬉しく取て、
晴れてぬれ衣干あんず。
○あとは苦労にやせゆく月と、
知らぬ三五の宵の首尾。
○すてゝ置かれりや野末の菊の、
胸は苦労にみだれ咲。
○来ぬを恨みの露眼にためて、
こゝろ淋い秋の暮。
○首尾も近づくうれしい頃に、
淋しがらせる秋の暮。
○ものゝあはれを知る主ならば、
逢に来てくれ秋の暮。
○門の虫より来ぬ文ひらき、
さきへなき出す秋の暮。
○たまにあふみは千尋の海の、
底の玉をば取る心地。
○ふとした事から狂ふて北へ、
磁石見たよに向る足。
○どこの帰といざ言問はん、
花見もどりのこの団子。
○服紗さばきも思はず狂ふ、
主の所望でする茶の湯。
○白髪苦して抜合ふ当座、
末は共にとちかへども。
○暇にならふてゐる横文字も、
嬉し抱子の後の為。
○ほそく長くとかけたる思ひ、
やつと向ふへ渡す橋。
○胸に仕掛た実意のバネで、
無理も素直に受ける椅子。
○つられながらも操はかたく、
縁を繋いだ鉄の橋。
○二人見るのをなぶるか花も、
昔濡らした袖へふる。
○百合の花ほど一重に願ふ、
八重の思を根に籠て。
○たがひに離れて居る飛石も、
仇にや心は動かさぬ。
○石の臼ほど互にまるく、
添ふてはなれぬかたい中。
○来ぬときめても似た足音に、
承知しながら気が迷ふ。
○来ぬ夜なみだを落した灰に、
愚痴が堅まる莨盆。
○こゝろ丈夫に出来たる橋に、
堅い心でわたり初。
○腹から出たとは思へぬ仕打、
腹に無い事探られて。
○主故わたしの気象が変る、
お顔見ぬ日は雨模様。
○今宵逢ふたら又今日迄の、
様に焦れにや逢へぬのか。
○悋気した顔鬼にもなれと、
凄み見せたる金入歯。
○さても怪しい羽織の皺と、
いつか眉にも皺寄せる。
○あたまごなしに冷かされても、
赤い心で居る西瓜。
○思ひつめたる身は空蝉の、
真のからだが有ばかり。
○主の帰りを未練で送りや、
揃へる下駄迄後向き。
○知らぬ苦労をする身は共に、
知らぬ嬉しさ知た今日。
○涙ばかりで別れの今朝は、
止る工夫の智慧が出ぬ。
○鴉たのんで灸して欲しい、
他で世辞言ふ主の口。
○指に紙縒を結ぶの神に、
ちかひし詞は忘られぬ。
○笑つて見せたる朝顔さへも、
垣に表とうらが有る。
○変りがちなる此の他の中に、
何のとがめよ主一人。
○帰る支度にさす烟管筒、
ぽんとこたゆる胸の中。
○添ふて居ながら昔のゆめを、
見ては鴉に眼を覚す。
○何をふさぐと実意な主の、
声に猶さらふさぐ胸。
○よそで浮気の熱度を高め、
うちで頭痛は主の癖。
○おもかげ許を眼にちらつかせ、
憎や姿を見せぬ主。
○空のくもりが主をばとめる、
涙の雨さへ手伝うて。
○主に逢ふ夜は二つの帯で、
巻て置たい明の鐘。
○人にや風邪だと言紛せる、
昨夜首尾した疲寝を。
○主のすがたを畳の上に、
とめて置たい今日の月。
○逢はぬうらみを責ない先に、
待夜寒さが身を攻る。
○人目しのんで蛇の目にかくれ、
濡ぬ様にと濡に行く。
○留守に角さへ出初の式を、
それて廓の梯子乗り。
○偶に首尾すりや終慾が出て、
此儘添度い気にも成る。
○照/\坊主に首尾をば頼み、
逢へば涙の雨降らす。
○水の輪ほどに広がる元は、
こひにこぼした一雫。
○氷るものなら嬉しく提た、
手桶の笑顔も共々に。
○主に逢たる夢さめたのも、
嬉し涙のつめたさに。
○かはす指輪の金剛石も、
照しかねたる恋の闇。
○互ひに見そめた紅葉と紅葉、
中に隔ての滝の川。
○外に是程不足が出来りや、
妾の苦労は減るだらう。
○来たと知つてか見越の松の、
そつと手を伸す塀の外。
○薬のんでも身体はやせる、
思ひ計りは日に太る。
○文字は葉書で足る数なれど、
人目封じて送る文。
○腹をさん/゛\探つて主は、
憎や上たり下かばん。
○主をすゞみに出すさへ苦労、
熱い所へ外れるかと。
○絶てなみだのかゝらぬ袖は、
君が情を笠に着て。
○主が邪見に抜出た今朝は、
後でふくれて居る蒲団。
○君のこゝろに秋風吹て、
荻の葉露とちるなみだ。
○ふけて今宵は来るとの報せ、
まつに甲斐ある月の影。
○月を待つとの偽り事も、
更てまことに成るつらさ。
○未練残せば足めが承知、
せずに下駄をば踏返す。
○あつくなつては何洗揚の、
うまる時なき此苦労。
○胸にあり丈言はしておくれ、
幾夜支へて居るうらみ。
○ぬしの言葉の濁りが見へて、
洗ひかねたる酒の染。
○長い苦労にからだは痩て、
結ぶ帯さへ長くなる。
○誰もとめねど世に逢坂の、
関は人目が越えさせぬ。
○濡て居乍らもつれが出来て、
今朝は萎るゝ門柳。
○川といふ字に成たも元は、
夜毎しのびし袖の露。
○幾夜寝ざめの淋しい浦に、
友呼ぶ千鳥の啼明す。
○蓬ふて居乍ら話が出来ぬ、
むねのくるしさ人の前。
○出所知れないこの年賀状、
主は芽出度思ふのか。
○独り苦労のやまぬが口惜し、
主の浮気が止まぬ故。
○俄づくりの世帯もなれて、
共に覚えた味噌の味。
○ながく逢はずにや居られぬ中で、
お近い中とは水臭い。
○恋の病にあるバイキンは、
顕微鏡でも分るまい。
○名さへ嬉しいこのすき焼に、
手鍋提るの下稽古。
○かたく見えても主や厚氷、
とけりや矢張元の水。
○一人に嬉しう逢はれるならば、
謗る世間は怖く無い。
○おもひかなふて心も隅田、
人目の関屋も入らぬ今日。
○身をば蹴られる夫より辛い、
帰る足音ひゞく胸。
○心にも有らぬ恨の此玉章は、
誰の水さす硯から。
○短いきせるで吸つけ烟草、
昔わすれぬ忘れぐさ。
○添ふた当座に思はず知らず、
鼠なきした廓の癖。
○是から一花咲かせて見る気、
東風の吹く頃持つ世帯。
○にらみ合ふては居る門松も、
掘れば互に根は持たぬ。
○首尾を案じて帰しはしたが、
濡はしまいか此雪に。
○別れ辛さに胸押し詰り、
知らすなみだが湧て出る。
○あまる思ひが活動写真、
うつして見せ度い胸の中。
○暫の間なりと引止たさに、
袖に見出す仕附糸。
○うれし笑顔をもらした猪口を、
恋しいお方へ思ひ献。
○添ふて立日は短くおもふ、
同じ月日と言ひながら。
○かよはき妾もぬしより外に、
引手許さぬ姫小松。
○土産にもらひし此鬢櫛は、
心とけよと言ふ謎か。
○浮名が世間へひろがる度に、
次第/\に細る胸。
○花にまよひのあの八重霞、
心一重にひいて欲し。
○夢かと思ふた昨夜の首尾を、
辛や今宵は夢に見る。
○松と竹との話しを聞けば、
雪と寝た夜は苦労した。
○道寄りせぬとは偽りらしい、
提げた鞄が口をきく。
○はれてお顔を見るそれ迄は、
気にも掛りし胸の雲。
○ゆきの降夜に殊さらかよふ、
解て嬉しき夢を見に。
○まつの友鶴いく千代かけて、
色も変らぬ好た同志。
○逢へば口舌の交るも共に、
へだて心のないゆゑに。
○死なねば誠も皆嘘に成る、
勤と言ふ名の弱みから。
○噛でころした怨みがすぐに、
靨と変るも弱身から。
○旅に出てゆく恋しい主を、
呼べど機関車連てゆく。
○かはらぬ誓と互ひの腕に、
念に念をば入れた文字。
○斯うして苦労も苦に仙桃酒、
味を知たも主の為。
○水のたまりに笑顔もうつる、
首尾を急ぎの雨の路。
○一寸文かく事さへまゝに、
成らぬ浮世の風にくや。
○見送る心をしらぬがにくい、
主に勧める門の車夫。
○下駄は此様に減らしたけれど、
何故に苦労が減らぬやら。
○何処で疲れて居るやら主が、
今日に限つて為る朝寝。
○汗を流して共/゛\稼ぎ、
しぼり上げたる新世帯。
○此頃お出が遠音の太皷、
聞けば村でも雨いのる。
○何とこの身は鳴海の浴衣、
此頃逢瀬も玉しぼり。
○待てど便りも涙の顔を、
かけりや画にして送り度い。
○かはす指環も宝石入りで、
互ひの心を磨いてる。
○泣た拍子に覚たが惜しい、
夢としつたら泣ぬのに。
○文の便を見るたび毎に、
逢ふたこゝろで末を待つ。
○一日二日は我慢もしやう、
噂の日数は持切れぬ。
○閉て考へ開けてはながめ、
主の来る夜の門のくち。
○是が浮世と諦めながら、
思ひ沈めば愚痴も出る。
○彼ほど約束堅田で居たに、
主のこゝろは浮御堂。
○心あり気に空をば見つめ、
濡れて欲しさの枝蛙。
○直した時計の油にすゝむ、
胸をさす程はやい針。
○逢ふた夢でも見て居るらしい、
主の昼寝の笑ひがほ。
○今日は羽蟻の飛び立つ思ひ、
晴て添はるゝ好日和。
○苦労甲斐絹の裏地をつけて、
主の書生の羽織縫ふ。
○思ひつめては只ぼんやりと、
夢の浮世に夢を見る。
○つゝみ隠せど濡たる事を、
人に知られて汗襦袢。
○なさけ荒波邪見な風に、
もめて砕ける海の月。
○はいれない門是見よがしに、
出入る燕が憎らしい。
○さんざ苦労をかさねて添ふて、
尽す誠はひとつ鍋。
○春につれなく振捨られて、
独り意気地を通し鴨。
○見るも眼の毒吸ふのも未練、
主の残した巻烟草。
○一先小言を言はせて置て、
あとで言訳するつもり。
○浮名儲けと人には言へど、
笑顔がゆるさぬ胸の浪。
〇二つ巴のお前の紋を、
見てもしれるよまるい中。
○水に姿をうつして風に、
こゝろうごかすいと柳。
○首尾のあしたに赤らむ顔は、
思案の外なる色の紅。
○咽につまつた様なる仕打、
何うも妾の腑におちぬ。
○閨の行燈の月さへ朧、
はるの猫めくかげふたつ。
○近頃お顔を水かさまさり、
苦労も太つた夏の滝。
○とめる工夫を余り仕過ぎ、
主のお出を止られた。
○いつか浮名が世間へ洩る、
水も洩さぬ中ぢやのに。
○主に二枚と見られて悔し、
気障に使ふた舌の先。
○うるさい蝿さへ追払はずに、
手をば合せて留る首尾。
○思ひあふたる生酒の中へ、
水をさすとは憎らしい。
○主のからだは磁石じやないが、
知れぬ力で吸寄せる。
○我身で我身じやない此私、
主に任せた我身ゆゑ。
○まてど来ぬ夜は辻占買て、
焦るゝ思ひを焙り出し。
○洗ふた泥足汚すも覚悟、
嬉し二人で田植する。
○だん/\小さくなる主の影、
見送る妾のむね迄も。
○しらぬ濡衣着せられ通し、
乾く間も無き袖の露。
○ためる覚悟で倹約するも、
末をたのみの実から。
○積みきれないのか出る船さへも、
胸の思ひを残す烟。
○苦労しながら待間の長さ、
欠びしてさへ出る涙。
○添ふた当座はみな手につかぬ、
中に覚えた酒の燗。
○瀧月夜にしのぶとすれば、
憎や火ともす窓の梅。
○はれて世間へ顔出すさへも、
うれし恥かし此嫁菜。
○外へ出るなと我子を叱る、
主を昔もとめたゆき。
○愛想づかしを言ふたもしたも、
是が世間の口塞ぎ。
○先のうたがひ晴ないうちは、
妾の心もくもり勝。
○うれしい思ひも半時たてば、
とめる苦労と入替る。
○痩たと言はれて嬉しく思ふ、
妾の苦労が知れたかと。
○一夜なりともうち解合ふて、
不二の娯みして見度い。
○寒さこらえて待つ身の悋気、
息も烟るか燃る胸。
○引分られては未練が残る、
此処は人目の関角力。
○先に曲りがあるとも知らず、
こゝろ一途に走る汽車。
○いつも曇りと書きたい心、
ぬしに別れた旅日記。
〇案じて居る身が待草臥る、
浮気に出て居る足よりも。
○恋に心を取られた猫の、
憎や呼べども寄らぬ膝。
○雲が邪魔して月さへ朧、
晴れぬ思ひにする憎さ。
○春の別れの近づく辛さ、
散るは涙かはなの雨。
○逢はにや話もなく/\文を、
涙に濡らして書送る。
○癪の虫さへ互ひに押へ、
咲いた喧嘩の花戻り。
○愚痴の芽さへも出ぬ様祈る、
主が浮気の種おろし。
○忍ぶ恋路は人目が関よ、
蔭で見張の有るつらさ。
○主に居続け促がす雨が、
止めたい矢先に降出して。
○酒が云はせた言葉が縁、
花の上野で逢た今日。
○何処へ是から心が散るか、
春も名残になつた花。
○幾度いふても尽ない怨み、
わづか一度の不実から。
○井戸の蛙と言はれるわたし、
ないて思ひに沈み勝。
○来ぬを怨みの手紙の末も、
目出度可祝と書て有る。
○沈む思ひに夜もいねやらず、
浮くは瞼の涙のみ。
〇一度ぬれたが苦労の始め、
今は身を知る雨つゞき。
○はれて嬉しく今日初節句、
心そらまでのぼり鯉。
○細く長くと千歳の縁、
結びこめたる笹ちまき。
○花見もどりにそれない様に、
大な瓢を出してやる。
○心まちする雨夜の耳に、
つくはとなりの傘の音。
○噂ばかりが実となりて、
嘘にも逢れぬ自烈たさ。
○むかしや止たる此春雨に、
今は出さない工夫為る。
○主の忘れた扇をしほに、
未練が嬉しく呼び止める。
○咲かぬ桜を咲かすが情、
八重も一重も人ごゝろ。
○世帯はじめの道具のうちに、
名さへ嬉しい長火鉢。
〇三百六十四日は怨み、
今日は待たるゝ除夜の鐘。
○無理と思へど其場はすまし、
機嫌よい時言ひ返す。
○人の口には戸をたてながら、
門を細めに開けて待つ。
○浮気に出て行く主にも寒さ、
案じ過すも実意から。
○添へる支度を島台さへも、
みなりかざつて床の上。
○水をさゝれて思はず薄く、
なるも足らはぬ木の硯。
○うまく話て狂言かく気、
さきのこゝろを引た幕。
○罪をすまして作つて置て、
知らぬ顔して居るも罪。
○餌を運んで泥水際で、
すゐなお客を釣りおとす。
○遠く海山へだてゝ居ても、
変らぬ心に春がくる。
○主の心はあの白糸よ、
どんな色にもすぐそまる。
○浅い心に只くよ/\と、
すまぬ思ひのはるの川。
○板を数へてゐる天井に、
鶴も首をばのばす夜半。
○胸に手をあて思案に更て、
癪もいつしか出る様子。
○お礼詣りにゆく日の心、
神のかゞみに写したい。
○覗く乙鳥の有るのに憎や、
野暮な雁めは通り越す。
○我と目につく程この窶れ、
ほんに浮名も立た筈。
○当つて砕ける譬へもあれば、
逢ふて話が身の願ひ。
○茲が思案の上野を過ぎて、
花の吉原来てまよふ。
○花も見る影もうないさくら、
藪の黄鳥老を啼く。
○文を書き/\また出る邪推、
一人心のまがる墨。
○浅い智意だと言はれる迄も、
深く隠れて居る積り。
○夢の一夜がうつゝの種よ、
我に分らぬ我こゝろ。
○足を向けない不実な主は、
夫でわたしを踏つける。
○のぼり詰たる二階の梯子、
互ひに段々身の詰り。
○添ふて嬉しさみも縮むやう、
足を奇麗に洗ひ鯉。
○逢ひたさ堪えて添日を待てば、
苦労で苦労を消す思ひ。
○よしや地獄で憂目を見よが、
主と住むなら地蔵顔。
○文で恨みの言へないわたし、
逢へば口まで唖となる。
○皺にして来る羽織と知れど、
外飾もさせ度く着せて出す。
○溝の名に呼ぶそのおはぐろに、
あだな昔を隠す今日。
○にくい仕打と思はず握る、
拳に苦労の見ゆる痩。
○勤の誠をしらせて見たい、
主を苦界の人にして。
○あとは涙の種とは知れど、
わざと気強くかへす朝。
○誰が来やうと笑ふて見せる、
其処がつとめの廓の花。
○首尾の乱れ毛人目について、
いつか浮名を散らし髪。
○知れて見度さと隠して見たさ、
添ふた当座の心もち。
○互に開いて見せなきや成らぬ、
胸に蕾んで居る花を。
○あとへ/\と話をついで、
家へ帰るもわすれ草。
○こがれ/\て身は宇治橋に、
隔てられつゝ飛ぶ蛍。
○ぬしの浮気がまだ山鯨、
わき目ふらずに廓通ひ。
○首尾が重なりや猶ます慾の、
早く秋の夜来ても欲し。
○棚の達磨もわらはゞ笑へ、
悟り開いてもつた主。
○外に増花アルコールゆゑ、
主はこのごろ混成酒。
○苦楽二つをわけたる声は、
逢ふと逢はぬの夜半の鐘。
○待つに今宵もまた紺甲斐絹、
何処へ矢飛白外れたやら。
○明日来るとも今宵のうちに、
焦がれ死だら何うなさる。
○実の異見をきかない口へ、
すゑてやり度い二日灸。
○つもる話もつきぬに酒が、
尽きりや憎らし寝る瓢。
○だしに使ふて棄ると思や、
妾や胸さへいた昆布。
○廓で苦労を積だる夜具に、
まさる世帯の薄布団。
○うれし涙もまぶたに宿る、
好と仮寝の草まくら。
○一度笑顔で送つて見度い、
いつも涙のわかれ際。
○暮に出あるく主や蝙蝠の、
こゝろ曲つた傘の骨。
○毛ほどの事でも床屋の噂、
香水まく様ぱつとする。
○庭の花をば一度も見ずに、
廓の花のみ主は見る。
○切れる切れぬの二筋道は、
心ひとつの保ちやう。
○別れともない気は同じ眼に、
湧出す情のつゆの玉。
○風邪をひいても嬉しい嚔、
主に噂をされるなら。
○しげる若葉に人目を隠す、
誰も小庭の立ばなし。
○かはした写真の本望とげて、
二つ写したこの笑顔。
○義理で通ひ路絶てども夜毎、
夢は往来ふぬしの傍。
○仮令逢はずも写真を力、
添ふた心でつくす実。
○逢ばたまつた苦労の数も、
胸の炎も何処へやら。
○奢らぬ世帯に気も安々と、
衣服も丈夫の手織縞。
○真に切れたと口には言ふて、
腹で浮名を消す手段。
○嫁菜つみあふ二人の中は、
野遊するさへ一つ籠。
○深いなさけをゆるしの色に、
濡れて風情の燕子花。
○色は違へどこの白玉の
一つコツプのわび住居。
○嬉しく数寄屋に忍ぶは能いが、
人の手前があしや釜。
○のぼる旭に朝寝の床を、
見られて恥かし首尾の朝。
○夢にかよはす其通ひ路は。
ぬしが布設の電話線。
○主は浮気で出歩行ばかり、
こゝろ駒下駄狂ひ勝。
○あだな噂も自分の事と、
しらずながした柘榴口。
○主のたもとに有る血の薬、
外にやる人有るらしい。
○どうせ別れにや成らない中も、
胸のそこまで割楊枝。
○遅い帰りに身はともし火の、
こゝろ細/゛\置洋燈。
○離れて暮らせど心は一つ、
掛けりや通じる電話線。
○立た浮名もつゝんで呉よ。
旭かくしたこの屏風。
○今日は苦労の種蒔三番、
なれぬ舞台のふみ初め。
○主が浮気のその魂も、
はやく出代りして欲い。
○頼まぬ浮名をかく新聞に、
そふて広告頼みたい。
○首尾の縺れ毛かけよの謎か、
櫛が落てる枕もと。
○苦労したいと願はぬ神に。
なぜか苦労が増計り。
○はいる戸口に鳴るあの鈴は、
心の奥までとゞく音。
○人の口には戸をたて乍ら
主にや掛金はづす口。
○しんと更ゆく鐘の音数へ、
まてど便りもなき明し。
○耐え/\て口にも出さぬ、
胸の苦労が癪に出る。
○畳触りもあら/\かしく、
四五日来ぬとの文を見て。
○主の気性はみな呑こめど、
浮気と言ふ気は呑込めぬ。
○元の子どもに成るかと思ふ、
日毎苦労にちゞむ身は。
○言はぬ積の言葉がいつか、
愚痴と成るのも実意から。
○花にくもりし心の迷ひ、
ひとり思案にくれの鐘。
○胸ははらして置ても何処か、
澄まぬ色ある春の月。
○主に実意の有たけつくし、
偶に不実な真似もする。
○心は鬼ほど強うは持てど、
鬼の眼からも又なみだ。
○うれし涙の種ともなれよ、
待てど来ぬ夜のため涙。
○後ぢや機嫌を取る気で笑ふ、
さんざ泣言言ふてから。
○あふたつもりで写真に対ひ、
愚痴の有たけ言て見る。
○あふとあり/\今見し夢の、
覚めた行方が蝶二つ。
○やさしい言葉の残りし耳へ、
今朝は聞こえぬ切辞。
○嫁と言はれてうれしい桐の、
重ね箪笥にあまる笑。
○主にや情もやはらかもので、
あたら障も無い仕立。
○兄と弟のちかひにかへて、
主と桃咲く日をちぎる。
○藤を二人でながめた噂、
うてばひゞくの太皷橋。
○どんな間答するとも主と、
人目の関所を通り度い。
〇五臓の労れと言ふとも嬉し、
主に逢たる夢なれば。
○胸に波さへ妾や打つ思ひ、
風にもこゝろを沖の石。
○添はれぬ人じやと諦め附けて、
兄とおもふて尽す実。
○後指をば指さりよが儘よ、
主から手招ぎしられては。
○他人行儀に主や二度三度、
迎に遣らなきや来ぬ憎さ。
○きつと逢はうと行ては見たが、
はひり兼たる主の門。
○しめて見たれど心は主の、
うしろ姿に附て行く。
○道はくらくも心は晴て、
合乗り車のめをとづれ。
○夢に逢のが只/\うれし、
夢に浮名は立たぬゆゑ。
○別れた其後は只くよ/\と、
欝ぎがちなる雨の空。
○かたく約束白縮緬の、
仇にや解けない扱き帯。
○うそを誠ときかせる主の、
口の車にまたも乗る。
○金の外にも主故欲しい、
義理と情けに身が二つ。
○春の長閑に鳥まで今日は、
晴て嬉しい花に逢ふ。
○汚れなき身の肌には凉し、
添ふて苦労も夏の襯衣。
○うまく欺して夫とは言はず、
一杯喰はしたたぬき汁。
○つらき浮世の潮のうちも、
揉まれて苦労を駿河灘。
○そでにのこりし此移り香が、
幾夜寝覚のもの思ひ。
○夜半のあらしの有とも知らず、
咲て笑ふたやまざくら。
○先の見えない身は暗やみの、
苦労して居る日陰もの。
○包む事ほど顕はれ易い、
いつか香に出る桜もち。
○つらい別をかむハンカチに、
未練が移つた口の紅。
○むかし浮名の色ある文に、
今はさいてる黴の花。
○浮気家業と見くびる憎さ、
尽す実意も外にして。
○なれぬ世帯の夕餉の菜の、
思案なかばに初松魚。
○機嫌取り膳出す椀もりの、
あつい情に味のよさ。
○あつい南の風にも知れよ、
独り旅路につく吐息。
○実に逢夜は千辛万苦
しぼり尽した智恵ぶくろ。
○盛りと言ふのも暫しの花よ、
狂ふ胡蝶の気が知れぬ。
○そこが女の泣くより外は、
思案に塞がる胸のうち。
○旅の花みる時にも思ふ、
主と遊んだあすかやま。
○粒々辛苦を今日つむ俵、
二人そろふと米のとし。
○気障にも任せる身は抜殻よ、
心は飛んでる主の傍。
○胸は猶更盃洗までも、
気障な座敷で濁りがち。
○今更苦労にやせたと言へぬ、
命までもと言つた口。
○何処で是をときく烟草入、
ぬしの言訳烟のやう。
○つなぎとめたい操の幹へ、
ぬしの心のくるひ駒。
○浮名の出た時一手で買て、
焼すて度なる新聞紙。
○つらい苦がいに沈みし妾、
ぬしを便にうく思ひ。
○苦労させるが気の毒抔と、
他人見たよな世辞を言ふ。
○迷はすお前は贋造葡萄、
口はあまくもわるい腹。
○旗も出やうで汽車さへ止る、
それを邪見に帰る主。
○逢はれぬ今宵と知る上からは、
夢に見度さに気が急ぐ。
○胸に有だけ言はしておくれ、
主の小言はあとで聞く。
○主の気心はかつて見たら、
段々不審を桝ばかり。
○思案かへよと手を置胸に、
邪魔な胡蝶の衣紋止。
○添ふまで苦労に苦労を重ね、
添へば一時に取返す。
○来ねば茶うけの黄鳥餅に、
まけぬ顔色青ぎな紛。
○痩て憂めをミルクの味を、
覚えさせたも主の罪。
○門に首尾まつ弱みを知て、
藪蚊頻りにさしに来る。
○互ひに心はあの甘海苔の、
石の上をも厭はない。
○夢の通ひ路人目に立たぬ、
しかし浮名は寝言から。
○此様に別れが辛いと思や、
無理をして来て逢はぬもの。
○胸にある程口へは出せず、
鳴くか鳴かぬの初かはづ。
○帰すあとから降くる雨は、
止て不首尾に成らぬ様。
○まるいこゝろで四角な物を、
つかふ世帯の渋団扇。
○似合ふた縞だと言はれて嬉し、
世帯染たる昨日今日。
○約束してゐる時ともしらず、
捨鐘撞くのが怨めしい。
○辛いおもひで首尾する中に、
花も実も成る時が来る。
○はかり知りたい千尋の海と、
君が情のふかさとを。
○門に彳み柳にもたれ、
招きたいほどまつて居る。
○写しましたと写真を出すも、
呉と言はせる下ごゝろ。
○よそでぬれたと夕の雨に、
かげで角出すかたつむり。
○今日の首尾をば悦ぶらしい、
軒に来て啼くあの鴉。
○知らぬ嬉しさ知つたはよいが、
共に覚えたこのやまひ。
○目と目忍んで恋路の闇を、
共に気を揉む二頭馬車。
○少しや為にも成かと思ひ、
中に振られぬ客も有る。
○首をのばした其日を忘れ、
勤めうれしう引た鶴。
○情夫の顔見りや笑凹で迎へ、
客の顔見りや眉に皺。
○楚歌の重囲の夫よりつらい。
此頃逢瀬の道絶えて。
○癪の上りしわが胸さきへ、
又もつきくる明の鐘。
○人目にこゝろを奥山住居、
訳有る二人が出養生。
○幾世寝ざめの思ひの種は、
たつた一夜の迷から。
○もゆる思ひにつひ逆上眼の、
人の眼に附く腫れ瞼。
○雁よりつれなく帰つた主の、
あとへ未練が残る花。
○奥山住居に過ぎたる姿、
誰が手折かあの躑躅、
○おそいお前の羽織の皺で、
胸に苦労の皺が寄る。
○こゝろ計りは惚たる思ひ、
主と笑顔の雨の首尾。
○何程耳をば隠したとても、
胸にうち込む明の鍾。
○主のなさけは薄墨筆の、
よそへ心をちらし書き。
○思ひ出してはうれしい顔が、
いつか涙のかほと成る。
○綾や錦に気は動かねど、
実の襤褸に気が動く。
○主の帰りが此頃遅い、
葢好のが出来たのか。
〇五百羅漢のある其中に、
主に似たのは無いらしい。
○文はよめても心がよめぬ、
墨もなさけもうすい主。
○帰すあしたに出す生鶏卵、
ちらぬ心がたのもしい。
○はづかしいやら嬉い心地、
添ふて昔のくせが出て。
○添ふて着るなら木綿も嬉し、
廓で絹着て居るよりも。
○粋な夜風に身をのみ焦し、
行つ戻りつ飛ぶほたる。
○遠く離れりやつひ薄くなる、
縁も浅間に立つけむり。
○涙ながらにうらみの文を、
夜もねずみの紙に書く。
○番ひはなれず狂ふて居ても、
人目に葉隠れする胡蝶。
○あらい浪ほどしづかにうけて、
梶にこゝろを沖の舟。
○たつた一こと聞度いばかり、
幾夜寝もせで恋し鳥。
○怨みある眼の涙をうらむ、
隠すが本意と知る身では。
○わざと欠伸をして見るつらさ、
悲しいなみだを隠すため。
○にくや雨のみ誠であつて、
さめて悔しき夢の首尾。
○聞けば聞くほど苦労の種と、
耳を潰せば眼に見える。
○夢のさめたる矢先に又も、
思ひ増させるつがひ蝶。
○なぶりに来るかと思へば憎い、
出ては待戸に蚊喰烏。
○ぬしの顔には畑はないが、
妾や思ひの種をまく。
○はり裂思ひの胸さへ堅く、
締てたしなむ衣紋止。
○悋気の角をば生さぬ様に、
しかと丸留結びたい。
〇二人ならんだ女夫の銚子、
縁を結ぶのかみの蝶。
〇二重廻しをかけたが縁で、
十重も廿重も苦労する。
○うれし降出す雨をば汐に、
今朝は涙の痕を絶つ。
○わたしに任せた吸物料理、
主は加減も水くさい。
○ぢれて待夜に障子を開りや、
舌を出す様な雲の月。
○むすぶ縁しの糸底まるく、
五郎八茶碗の深い中。
○明後日行うじや心に染まぬ、
今夜逢はねば済ぬ胸。
○筆の尻をばくはえて書いた、
文でうごかす先の胸。
○恋の重荷を下しに行けば、
別れる明朝の重い足。
○腹は涙の滝津瀬なれど、
露ほど悋気はせぬ貞女。
○待夜ついだる炭まで消えて、
いとゞ心のわきかへる。
○気障と主ほどへだてが有るよ、
夜明がらすに不如帰。
○何処で借たと心も蛇の目、
傘の出所きいて見る。
○後で取消す言葉は無駄よ、
出たが証拠の新聞紙。
○色にかけてはまだ青眼鏡
見透されない主の胸。
○指折りまちしも今宵で廿日、
胸に怨みも深見ぐさ。
○主がすなをの心で活けた、
花にや拗たる枝も無い。
○ゆめに人目の関所はなくて、
昼寝の床にもかよふ主。
○主にありたけ尽した故か、
人にやつひ欠く義理情。
○帰す苦労もからすの声も、
みんな忘れる新世帯。
○主がくるとの辻占楊枝、
違はぬ様にと髷へさす。
○思ひ通りにやらずの雨が、
降れば苦に成る家の首尾。
○やみを幸ひ手をひく二人、
粋な蛍がよけて飛ぶ。
○一人寝る身を思ひもやらで、
憎や寒さが身に迫る。
○めづらしいよりこの初雪を、
止める心で誉て居る。
○笑はれるのは覚悟の上よ、
羨まれる身に成るは後。
○直な糸をばたぐつて居るに、
にくや何所へか搦む凧。
○何を邪見に鐘つく坊主、
まるい天窓を持ながら。
○主の心がやみ夜の海で、
妾やかぢさへ取かねる。
○かくす年さへ主には告る、
合ふた相性嬉しさに。
〇たまに逢夜は胸一杯に、
涙で二人に見える主。
○添にや添れず添ずに居れば、
立つた浮名が承知せぬ。
○此頃苦労も四十度以上、
のぼりつめたる体温器。
○楽は苦の種逢夜がいつか、
立てゝ浮名にする苦労。
○見るに付ても悔しいものは、
軒の乙鳥のめむと連。
○誠を手管と主やいつ迄も、
客の心で居るにくさ。
○ならば夜道を自転車借りて、
うしろ暗くも通ひ度い。
○畳む羽織にのばした皺が、
訝しがる身の眉へ出る。
○泣て止ても聞かない主に、
涙も呆れて出なくなる。
○もしやと祈つて見る気の迷ひ、
旭が西から出るやうに。
○うはべ飾れどいつしか剥る、
ぬしの言葉は金鍍金。
○今の苦労は兎に角末の、
世帯の苦労がして見度い。
○つらいきぬ/゛\思案に余る、
止て宜いやら悪いやら。
○つねに似合ぬ曲つた仕打、
是もたれかのさし金か。
○末を見越しのあの松ケ枝を、
頼むちからの蔦かつら。
○主に貰ふた半身写真、
ねこをかぶつた小判形。
○はつと噂の立つその頃は、
はたの人目に附く花火。
昨夜の車のおそさにかへて、
今朝の別れのこの早さ。
○星のあふたる恋しい主と、
共に月日をおくり度い。
○過ぎた五年は一日の如く、
まてば一日が五六年。
○ほんに嬉しい眼の正月よ、
年始の途中で主に遇ふ。
○浮気で咲たる花さへちれば、
松の操がよく知れる。
○明て言はれぬ思ひの文を、
書くもうれしい筆始。
○主の名前を今日書きぞめに、
嬉しき心のかるい筆。
○怨み言ふにも腹たてぬ様、
浮気やむやう切れぬ様。
○相撲見に来た桟敷で二人、
顔を合せる今日の首尾。
○火打石には角ありながら、
まるいこゝろの新世帯。
○ふかい巧の有りとは知らず、
はまり込だる猪のあな。
○こゝろ計りは気楽な世帯、
手足に休みはない迄も。
○直な道をばゆく自転車も、
二つならんだ円いなか。
○ぴんと済して刎ては見れど、
義理となさけが承知せぬ。
○主の姿がめにちらついて、
忘れられない恋の暗。
○まつに便もある雁がねに、
返事書く手も上の空。
○腹の針をばかくして主は、
甘い言葉に迷はせる。
○極た直よりも酒手をはづむ、
逢に行く夜の人力車。
○甘いこと言や好気になつて、
主は浮気をしろ砂糖。
○酒の上から泊つて来たと、
酒の上から詫びを言ふ。
○好で求めた苦労と言ふが、
是もわたしの意気地故。
○笑顔並べてくむ若水に、
釣瓶の縄さへまとひ付く。
○まつ間ぢれてはながめる写真、
憎や夫さへうしろむき。
○水も漏らさぬ屏風が浦に、
寄せて楽い女男なみ。
○主に上たる指輪のかざり、
妾の真珠がこめて有る。
○帰さにや成らない主をば無理に、
止て今宵はぬくめどり。
○ぬしの心の電話がくるひ、
外へ混線せねばよい。
○浮気あるきに出すから傘が、
結句此身の袖濡らす。
○あへば忽ち引きはなされる、
めぐる因果の車井戸。
○悋気起して主待つ夜半は、
憎や薬鑵もチン/\と。
○誰が呉たと聞かれる指輪、
主がアルミと惚気いふ。
○主を帰して未練で床の、
暖みで思はずする朝寝。
○噂せぬ日は一日も無いに、
この頃影さへさゝぬ主。
○逢て居るのにさし込む癪は
逢はぬ怨みの虫の業。
○願ふ世帯の苦労は出来ず、
願はぬ浮気の苦労する。
○人が嫌がる雨をば祈る、
好た主をば止めたさに。
○古い手管と言はれて悔し、
つくす実意を嘘にして。
○嘘や手管はもう売りあきて、
今じや誠の売れのこり。
○うしろ姿に未練が残り、
隠した帽子で呼もどす。
〇五つ所へ羽織の紋も、
きせるこゝろは只一つ。
○ならんで撮した写真の裏に、
添ふた月日を書て置く。
○堅く結びしこの下紐は、
主よりゆるさぬ肌襦袢。
○外で誠を言ふ其口で、
斯うなる昔をいはせたい。
○主が外出の種にもなると、
思や今日吹く花も邪魔。
○飛でゆきゝの乙鳥となつて、
主の門口のぞきたい。
○思ふまいとは思ふちや居れど、
思はぬ事からツイ思ふ。
○降れよ積れよ今宵は粉雪、
主のくるまの音もせぬ。
○庭の花には飽たと見えて、
あちらこちらと迷ふ蝶。
○残る暖みの炬燵が愚痴の、
種と成るなら帰さぬに。
○浮気山の手如何する気だか、
主の底意が汲めぬ井戸。
○おもひ切たと口には言へど、
夢は正直またしても。
○鶴の一声くもゐにたかく、
のぼる初旭の日本晴。
○寒さいとはず通ふも実意、
つくす心の寒まゐり。
○苦労師走の峠も越して、
今じや嬉しい睦み月。
○のぼるなさけの風の手絶えて、
次第に力の落ちる凧。
○乱れ初たる思ひをそれと、
こゝろ曳馬の萩の筆。
○ならべ立たる怨みの数を、
主は笑顔で打こはす。
○殖る世帯の道具にかへて、
胸の苦労が減てくる。
○うれしい噂も実になつて、
目出度祝ふた当選日。
○日毎苦労にからだも痩る、
それも一人の主ゆゑに。
○悪い虫めの附かない様に、
主の着物へナフタタン。
○初手は憂目を蜜柑の船も、
届いて落つく紀の国屋。
○智慧を文珠の九助に借りて、
出雲へ直訴をして見度い。
○飲むとひだりに魂入れて.、
夜ごとぬけ出す額の馬。
○犬と猿でもお供をするに、
いつもわたしは留守居役。
○先を案じて求める苦労、
浮気せぬならせね丈に。
○何の用事と叱られるのを、
聞度い計りにやる手紙。
○さんざ苦労を舌切雀、
むかし噺に成つた今日。
○こゝろ写すに影水かねの、
剥げて鏡をわしや怨む。
○人目厭はず手に手を鳥の、
をしも及ばぬ睦ましき。
〇四十八手の覚えの腕も、
ぬしに向へばちから負。
○見ても唾した梅さへ好に、
成つたは嬉い主のたね。
○ぬらす涙でかはりし色を、
見ても気で気を紅絹の切。
○主の来た夜に休ます時計、
昼夜はたらく其かはり。
○主は水性わたし木性、
一夜みずでもきが澄まぬ。
○人が噂をして居らしい、
逢に来た夜に出るくさめ。
○粋をきかして喰ふなよ獏よ、
主にやさしくされた夢。
○たのむ片腕其ほり物の、
灸にこゝろの変るぬし。
○顔は見ゆれど手に取る事も、
泣て思ひのますかゞみ。
○泣て出たのは昔の事よ、
今じやわらつて出る涙。
○互ひの思ひ羽つながる縁は、
切ても切れない番鴛驚。
○無理な逢瀬の身は玉くしげ、
ふたり気儘に暮し度い。
○かへす/゛\と文には書けど、
帰し共ない今日の首尾。
○立つた浮名は昔となれど、
消ぬかひなの文字の痕。
○家は狭くも肩身や顔は、
ひろくうれしい新世帯。
○あさき心でつひ踏まよひ、
落ちた思案の深い淵
○うれし不実と言ふ事しらぬ、
主に実意が有り過て。
○狭い肩身も今日から広く、
晴て世間へ見世開き。
○十夜詣りとうそいふ主は、
仏の方便借りて来て。
○逢はぬ夜更はあの簑虫も、
主よ/\となく様手。
○別に用意の手数も内儀、
主とうれしくお取膳。
○思ふ念力山をもぬいて、
往つ戻りつ通ふ汽車。
○燃る立田の紅葉を見ても、
逢はにや降出す袖時雨。
○茶断塩断した甲斐有つて、
からい浮世に持つ世帯。
○人目忍んだその苦を思や、
世帯の苦労は何のその。
○いとゞまつ身は思案に余る、
時計の針さへ胸をさす。
○別れ惜しさに未練が門へ、
下駄で二の字を置て行く。
○梅山越したる妾でさへも、
人目の関所は越し憎い。
○苦労で縮めた体も妻と、
呼れる今日から伸る様。
○うれし鳴海の浴衣に浮名、
包み兼たる夕すゞみ。
○つひに深みへはまつた田螺、
泣て暮らした泥の中。
○忘れて見様と読む小説が、
思ひ増させる種となる。
○いつを限りぞ燃立つ思ひ、
富士の烟も消た世に。
○川と云ふ字になつても見度、
なれば海ほど広い胸。
○得心づくにて帰した布団、
のこる暖みに又未練。
○命の玉の緒繋いでたもと、
神を力にすがる鈴。
○思ひ切れとの辻占だらう
思案なかばに桐一葉。
○願ひかけたる渡がついて、
やつと越たる思ひ川。
○痛くない程叩いた背中、
脛に傷もつ種となる。
○淋い枯野を見に出る日にも、
花は二人の胸に咲く。
○待てど来ぬ夜は胸一杯の、
恨が眼からも溢れ出す。
○晴て添ふ日は心も長閑、
胸の曇りも何処へやら。
○花を咲かせた昔の事を、
思やなみだの落葉掻き。
○帚とる手の力もおちて、
果敢ない浮世の花の塵。
○客は夜毎にかはれど主に、
変らぬまことの胸の中。
○主の心は浅草なれど、
わたしや深川思ひつめ。
○赤い心は色にも知れる、
この頃浮名の立田ひめ。
○表裏二股ある世の中に、
たつた一すぢ恋のみち。
○見えてすいたるその魂胆を、
隠すこゝろのあさ黄幕。
○心の底まで見抜ておいて、
浮てゐるとは憎らしい。
○思ひ染てはあからむ顔を、
水にうつして初もみぢ。
○かよふ千鳥を邪魔する霧が、
隠してしまふた淡路島。
○とめる工夫に寝られぬものを、
知るかしら河夜舟漕ぐ。
○うれし我子の運動会に、
晴と待身に成つた今日。
○好な名前を寝言に呼んで、
隠して居たのが顕れる。
○胸は猶更火になるばかり、
うまい思案も出て粉炭。
○帯もとかぬに色半切の、
浮名が世間へはつと立つ。
○添へぬ人だと諦めつけて、
居る身もいつしか出る未練。
○添はぬむかしを話の種に、
嬉しや二人が年わすれ。
○何処か寄道して来たらしい、
などと悋気の遠廻し。
○胸のうやむやすつかり晴て、
真如の月をば見る二人。
○むかふ火鉢で不実を言はれ、
滾す涙で火を消した。
○あたらしいのと替ても欲い、
苦労に尽たる智慧嚢。
○むりにすゝめて帰した主を、
未練が忘れて迎ひ文。
○やせた姿を見て見ぬふりの、
主に怨みを夕月夜。
○はつと引たる浮名の虹も、
消て嬉しく晴れた空。
○春がとなりとなる嬉しさに、
洩す笑顔の雪のうめ。
○わたしに苦労の尽たる時は、
主に苦労をかける時。
○なさけ碓氷の紅葉も露に、
濡て次第に色を増す。
○とめる手段もつき出ず鐘に、
翻すなみだの一時雨。
○来ぬ夜吹き出す吐息の色は、
床の浦わにひいた虹。
○うれしく眺めた夜の明初て、
のきに未練の残る月。
○来ぬ夜聞こゆる彼半鐘は、
首尾もおぢやんと鳴らしい。
○ひとり焦れてほろりと涙、
ながす蝋燭身は細る。
○案じさせまい気で隠しだて、
したが妾の身のおちど。
○胸に思ひの絶えない頃は、
心にもない愚痴が出る。
○来ると言ひつゝ来もせぬ晩は、
ついだ炭迄おこり勝ち。
○かうと実意に教へたものゝ、
あとで案じる雪の道。
○うらみ幽霊いつしか消る、
風に柳と受けられて。
○なまじ言訳するのが可笑し、
聞かぬ事迄饒舌る主。
○やつれすがたを鏡にうつし、
斯うも苦労をするものか。
○誠明かすに疑ぐりやしやんす、
何すりやお前の程にあふ。
○変るまいとのたがひの実は、
絶えずたよりの文のつて。
○今に見さんせみごとに添ふて、
立ちし浮名を反古にやせね。
○爪弾の心意気からふとした縁で、
いまぢや人目をしのび駒。
○義理も人情も今日このごろは、
すてゝ逢ひたいこと許り。
○こちの黄菊をさきやしら菊よ、
とゞかぬくろうを作り菊。
○滝の水岩に当りて二つに分れ、
末はながれて又ひとつ。
○神にむかへば親よりさきへ、
頼まにやならない主の事。
〇一夜あはねば尚ふかくさの、
少将なりとも顔見たや。
○なまじ初手からやさしくなくば、
今の苦労はしまいもの。
○雨のふる日はたゞうつ/\と、
何彼につけても思ひ出す。
○惚りやうたぐる疑ぐりや喧嘩、
けんくわ高じて深くなる。
○苦労するのもお前がたより、
それにじやけんな事許り。
○さきで秋風ふかせるならば、
すべよくこの身もちる柳。
○秋の夜に風がもてくるあの虫の声、
焦るゝ我身にしみ/゛\と。
○かねがかたきで身は人のもの、
こゝろ計りがぬしのもの。
○実が高じりや万事のことを、
あんじすごして腹が立つ。
○今は年季がながいといふが、
月日の立つのは早いもの。
○いろでまよはすあの花でさへ、
かれて落ればごみに成る。
○ふじの雪かや私がおもひ、
積るばかりで消えはせぬ。
○来てはちら/\思はせ振な、
今日もとまらぬあきの蝶。
○嬉しまぎれにつひ惚過ぎて、
あとで猶ますものおもひ。
○思ひ切られぬ因果なわたし、
胸のあく魔が死ねばよい。
○手の届く梅の小枝は折らずに置て、
届かぬさくらで苦労する。
○ふさぐ矢さきに来たよと言はれ、
こゝろせけどもしらぬ顔。
○思ひ詰め暫まどろみお前の事で、
さめてつめたい枕紙。
○零れ松葉を羨むやうな、
愚痴な心にたれがした。
○異見されゝばただ俯向て、
聞て居ながら思ひ出す。
○もしや知れたら夫から夫へ、
わたる世間に鬼は無い。
○梅が主なら桜がわたし、
こゝろないぞへ山あらし。
○およそ世間に切ないものは、
惚れた三字に義理の二字。
○胸に手をあてつまらぬ人と、
思ひながらも切れられぬ。
○たまに逢ふ客すゑつむ花よ、
日々に咲くはなちり易い。
○人もかうかと邪推がまはる、
愚痴なやうだが腹が立つ。
○玉簾の内ぞ床しき彼御所車、
恋に隔ては有るものか。
○おたのしみぢやと朋輩衆が、
明日の気兼は知りもせで。
○気を取直してかゞみに向ひ、
なみだながらのうす化粧。
○月は傾く夜はしら/゛\と、
はなし途切れて眼に涙。
○惚れた証拠にや万事の癖が、
兎かくわたしへ移りがち。
○切れる心は微ぢんもないを、
むりな口説の言ひがゝり。
○口で言ふほど万事がゆけば、
誰もくらうをするものか。
○便ない身にたよりが出来て、
求めて苦労を為るわいな。
○はるの若草つみすてられて、
つちにおもひの根を残す。
○庭のまつ虫音をとめてさへ、
もしや来たかと胸さわぎ。
○敵は大ぜい味かたはひとり、
頼むおまへはふたごゝろ。
○星のかずほど男は有れど、
つきと見るのはぬしひとり。
○硯たのんで筆にていはせ、
わすれまいぞやかみのおん。
○文のたよりを待つ雁よりも、
かへるつばめがいぢらしい。
○春の草さへあきには枯れる、
峨嵯のいほりのはてを見な。
○主のこゝろと今戸のけふり、
かはりやすさよかぜ次第。
○主は木性でわたしはかねよ、
きがねするのはしれたこと。
○花はよし野と風雅にいへど、
いきなさくらはなかの町。
○禿みどりも時さへ来れば、
まつの太夫の八もん字。
○女房もちとは知つての事よ、
惚れるに加減の出来やうか。
○火事がなくなりや半鐘は入らぬ、
とかくやけるはいろの道。
○曇りがちなるもなかの月よ、
はれてあはれぬつぢうらか。
○とげの中にも花咲くばらよ、
知ずに手を出や怪我をする。
○釈迦に邪魔する提婆もあれば、
ぬしに魔のさすものもゐる。
○言ふておくれよ言づてたのむ、
泣いてくらすと言ておくれ。
○腹が立てどもまたわけきけば、
のろいやうだが左様かいな。
○惚た手前たちや不憫だけれど、
爾うはからだがつゞかない。
○変なところへまた気をまはし、
むりはおまへのつねかいな。
○逢ふても/\まだあいたらぬ、
あさ黄ぞめかやあひ足らぬ。
○鐘の供養になにつくものか、
かあいをとこの目をさます。
○女禁ぜい高野のやまに、
たれが植たかをみなへし。
○舟ぢや寒かろこれ着ておいで、
妾が部屋着のこのどてら。
○一度言や分る事だにはて愚痴な人、
主もどろみづ呑みながら。
○牽牛花に照らす日影の情ない迚も、
明日も盛りが有るわいな。
○はたぢや何ともおもひはせぬに、
自分の邪推でさとられる。
○苦労させたり気をもむもとは、
身から出た錆是非がない。
○たばこのむさへただうか/\と、
主のまねして笑はるゝ。
○際どいたのしみ格子のさきで、
握る手と手のかぎわらび。
○かはるまくらの寝ざめの床に、
ねぐらさだめぬとりの声。
○波にうきくさながれの身でも、
少しや実のなる花もさく。
○ふとした事からつひ乗がきて、
雨の降る夜もかぜの夜も。
○往こか戻ろかもどろか往こか、
道はふたすぢ身はひとつ。
〇五月雨のある夜密に恋路の闇に、
ぬしのこげんを松の月。
○たのみない身はつひ乗りやすい、
こわい他人のくちぐるま。
○算盤のたまに逢故心が知れぬ、
わつて見度いは胸のうち。
○忍びあふにも此のみちばかり、
年に似あはぬ智恵が出る。
○隅田川清くながるゝ心は一つ、
にごすはお前のむね一つ。
○夢に見るよぢや惚よがうすい、
実に惚れたらねむられぬ。
○ゆふべの嬉しさわかるゝ今朝の、
袖のなみだにうめあはせ。
○人の手前はてくだと見せて、
実にほれたでむねの癪。
○水の月手にはとれぬと諦め乍ら、
ぬれて見たさの恋の慾。
○たゝく水鶏にまただまされて、
起きてはづかし我が姿。
○人に問はれてする言ひわけも、
暗きこひ路のさぐり足。
○眉毛おとしちや愛想がつけう、
青菜がくれの遅ざくら。
○仮令泥田のせりにもさんせ、
心あらへば根はしろい。
○からだ二つを一つによせて、
縫ふておきたや縁の糸。
○風はふかねど心のなみに、
かぢの取りよが分らない。
○夕立の雨の晴まはいつでも有るが、
私のこゝろは晴はせぬ。
○文は来たれどさふらへどもで、
またもしんきで候かしこ。
○うめのはなでも油断はならぬ、
実がとゞけばつくしまで。
○またせ明した夜のうづみ火は、
誰がおもひにやするやら。
○直にそだつたわたしのこゝろ、
まげるおまへはゆきの竹。
○帰しかねてはとらへし袖に、
つらやこぼるゝあさのつゆ。
○草の葉末のつゆではないが、
もろく見えてもなぜおちぬ。
○せかれ/\てもし恋死なば、
わたしや蛇籠になるわいな。
○つとめする身はつぎ木の枝よ、
かりのちぎりにはなが咲く。
○かゝるつな無き身はすて小舟、
よしとあしとにつゝまれる。
○今朝のわかれがまことの別れ、
あふたゆふべがうそらしい。
○ひぢをまくらに逢ふ夜のとこに、
ふたつ笑くぼの入る布団。
○背中あはしてすねては居れど、
きかせともなや明のかね。
○逢へば手がるにぬがせた羽織、
なぜに此様に着せにくい。
○辛抱さへすりや曲らぬ針に、
魚も掛るぢやないかいな。
○焦れまつ身をあれ茶にさんす、
わたしや土びんの口惜い。
○表向きでは切れたと言へど、
かげでつながるはすの糸。
○おもひまはせば身はあさがほの、
ほんにつれない花のえん。
○ゆきの加減と人には言へど、
あはぬおもひが癪となる。
○理を非に曲ても添はねばならぬ、
すゑは兎もあれ三日でも。
〇ふみのかけはしおとづれ絶えて、
なかをながるゝなみだ川。
○おこつた顔してつひ笑ひ出し、
はては泣き出すふかい中。
○客にうそをばつくそのばちか、
まことあかせど疑ぐられ。
○気に入らぬ風もあるのを柳に受て、
なびく勤めも主のため。
○あらましはなしはして帰したが、
あとの一こと気にかゝる。
○是ぢやならぬと気をとり直し、
なみだながらにうす化粧。
○小田の水口つま呼ぶかはづ、
かあい/\となきわたる。
○何をいふにもわたしは女子、
ことにつとめの籠の鳥。
○是が惚たといふのか知らず、
いとしなつかし気が揉る。
○すねたまつにもこゝろの操、
根には松露が有るわいな。
○用があるとて呼んだは嘘よ、
お顔見たさのはかりごと。
○よそにまつ身のあるとはしらず、
わたしや焦れて主をまつ。
○逢ふは別れのはじめと聞けど、
明のからすがうらめしい。
○秋のもゝ夜とひと夜にしても、
積るはなしはし足りない。
○あかぬ別れをなく鶏よりも、
まつ夜鐘の音なほつらい。
○月は傾く夜はしん/\と、
こゝろぼそさよ明のかね。
○ぬしは田毎のうはきな月よ、
どこへまことを照すやら。
○不破のせきやにさす月よりも、
かくすこひ路はもれ易い。
○水のつきかげ手にとるやうに、
見えてなほ更気がもめる。
○夫婦げんくわは三日のつきよ、
ひと夜/\にまろくなる。
〇一日あはねば持病のしやくが、
ふけてさしこむまどの月。
○花にもゝたび来る客よりも、
ゆきの初会がたのもしい。
○庭のあらしにふる雪ならで、
つもるわたしの物おもひ。
○しらぬ旅寝もおまへとならば、
夜道ゆきみち苦にはせね。
○恋といきぢをたとへて言はゞ、
うめのにほひに花のつや。
○すなほに話すをお前はぢれて、
横にくるまの無理ばかり。
○花につぎ穂の手ぎはも有れば、
むりなえんでも添ひ遂る。
〇一重ざくらのうすいはいやよ、
かさね/\て八重ざくら。
○捨る神ありやたすける神が、
なまじある故気がもめる。
○なごり惜しげに見返る顔へ、
露かなみだかあさざくら。
○傾城に真ないとはむかしの譬、
お客にまことが有りもせず。
○遠くはなれてくらすも時代、
儘になるのをまたしやんせ。
○人の噂も七十五日、
この土地ばかりは日が照ぬ。
○まはし屏風のをしどりながめ、
ひとり寝るならうちへ寝る。
○文のやりとりはれては出来ぬ、
うはさするのも胸のうち。
○夜中すぎての吸ひつけたばこ、
宵の口ぜつのなかなほり。
○たよりや有るかときかれるたびに、
棄てられましたと言ふ辛さ。
○風の小船のろかいも絶えて、
浪に任せたこのからだ。
○人がどのよにいはうと儘よ、
私のめがねで惚れた人。
○夢でみめぐり来るかとまつ乳、
あへばこゝろも隅田川。
○落ちたかんざしそのまゝおいて、
主をまつ夜のたゝみ算。
○逢ふて別れて別れてあふて、
末にやしつかと結ぶ帯。
○おつにからんであげ足許り、
垣根の糸瓜を見た様に。
○鐘が辛いかからすがいやか、
帰る/\のこゑがいや。
○まてど来ぬ夜の欠のかずは、
ふたつ三つ四つ明の鐘。
○なれぬ渡世の憂かんなんも、
末の夫婦がちからぐさ。
○朝顔の絡む手先を引放されて、
俯向やなみだの露が散る。
○切れた/\と口にはいへど、
みづに浮草根は絶えね。
○種まかぬ岩に松さへはへるぢやないか、
思ふて添はれぬ事は無い。
○まゝの川とてどこにもないが、
流れわたりの捨ことば。
○主のたよりと辻うらこんぶ、
開くその間をまちかねる。
○梅の匂ひをかすみにこめて、
空にひと刷毛ちやうじ引。
○ほんにめでたやむかしの苦労、
女蝶男てふのゆめにして。
○親へかう/\世間へ義理も、
たてゝ程よく逢ひにきな。
○ゆきのかん苦をしのいで今は、
はなのあに貴のわらひ顔。
○思ひさだめて切れぶみかけば、
兎角なみだで字がにじむ。
○行平さんでも世にすてられて、
汐くみ二人が宮づかへ。
○たつは蝋燭たゝぬは年期、
おなじながれの末ながら。
○儘になるよでならずに居るは、
こいついづもに揉めがある。
○竹田あふみをたのんで来ても、
恋のからくりむづかしい。
○涙こぼして辛ばうすれば、
後はすみよくなる蚊やり。
○よそでいらした羽織の皺を、
妹が火のしのあてこすり。
○惚れた惚れぬはまだ初手の内、
かうなりや何だか分ら無い。
○降りるはし子のまん中ごろで、
辛抱さんせと眼になみだ。
○越すに越されぬ紋日ともの日、
馬鹿もなければ身が立ぬ。
○胸に手をあて思あんをすれば、
あだなひとほど実はない。
○家のはんじやうよしあし共に、
女房ひとつのむねにある。
○門のいぬにも用あるたとへ、
愛想づかしをせぬがよい。
○すゞみや附けたりお前の顔が、
見たいばかりのほたる狩。
○ありのおもひは天とは言へど、
ふたりのねがひのおそい事。
○あはぬ夜中にあれほとゝぎす、
泣いてひやつくまくらがみ。
○貧にくらすはかくごの上よ、
いまはたがひにじつくらべ。
○炭をつぎ/\火ばしをふでに、
あついをとこのかしら文字。
○義理のなさけの二すぢみちは、
ゆけばゆくほどしんの闇。
○吐思つく/゛\あんじて見れば、
どうで末にはわかれもの。
○月は昇りてさしこむしやくを、
ひらく思案のれんじまど。
○かたい見かけの平内さんも、
いつかとりもつ文のかず。
○寝ぼけがらすについ起されて、
見ればわがみと月ばかり。
○おつな意気地でみだれた糸の、
切れてくやしきいかのぼり。
○障子あければあれほとゝぎす、
ぬしのくるのを待乳やま。
○女房気どりで私やゐるものを、
主は手くだとおもふてか。
○逢へばたがひになみだと涙、
はなしや互ひの胸のうち。
○主はわか竹すなほに見えて、
まるいうちにもふしがある。
○憎いからすと言ふてはみれど、
あれもうれしのもりで啼く。
○江戸へはる/゛\紀の国みかん、
すいもあまいも育ちがら。
○どちら向いても苦労は絶えぬ、
女夫つくばにやもめ富士。
○月のいやがる雨ぐもはれりや、
花のきらひなかぜが吹く。
○玉子の様なるあのきみさまの、
かへる/\が気にかゝる。
○胸にあるほど口には言へず、
たらぬところを目にいはす。
○水にすなほな心を見せて、
かぜに浮気なかはやなぎ。
○金で買はれる苦がいの身でも、
惚れりやしろとも同じ事。
○すねて抛つたまくらのとがか、
来ぬを苦にしてこの頭痛。
○へんじするのも呼ぶのも笑顔、
添ふた当座はみな斯うか。
○世間はれての夫婦となつて、
おれいまゐりに二人づれ。
○ぎりといふ字がしみ/゛\辛い、
逢へば逢はるゝ仲ながら。
○主のかんしやく日頃のくせよ、
添ふてわたしがなほします。
○ほれたほの字はほとけのほの字、
死んでもお前はわすれない。
○廊下できれたるこの上草履、
たてゝ見せるが女郎のいぢ。
○たゝむ羽織のうつり香ほめて、
ちよつと火のしの当こすり。
○しらぬふりして素通りすれば、
そでにかほりを留めるうめ。
○兎にも角にも心がしれぬ、
しれぬこゝろに惚れながら。
○花にうらみのあのかねなれど、
ぬしの顔見るときがある。
○人のそしりもうき世の義理も、
すてゝわたしをすてぬやう。
○玉のこしにものらるゝ身をば、
捨てゝのつたるくちぐるま。


◎名所読込
○急げ早よ漕げ桑名の船頭、
やがて熱田の宮に着く。
○磯で名所は大洗様よ、
松が見えますほのぼのと。
○磯で曲り松湊で雌松、
なかの祝ひ松をとこ松。
○新潟女郎衆は錠か綱か、
今朝も出船を二艘止めた。
○金が敵か大津の女郎は、
雪駄なほしか一の客。
○新発田八万石荒地になろが、
新潟通ひは止められぬ。
○琉球へおぢやるなち草鞋履いておじやれ
琉球は石原小いしはら。
○主の為なら米山様へ、
はだし参りも辛か無い。
○行こか参りませうか米山薬師、
一ツア身のため主のため。
○私や備前の岡山育ち、
米の生る木をまだ知らぬ。
○私や長良の船頭の娘、
船も櫓も漕ぐ擢も曳く。
○私や太田の金山育ち、
他に木は無い松ばかり。
○忍路高島及びも無いが、
せめて歌棄磯谷まで。
○大磯今朝出て程ケ谷宿り、
はなの藤沢昼はたご。
〇五万石でも岡崎の殿は、
城の下まで船が着く。
○安芸の宮島廻れば七里、
七里七浦なゝ恵比須。
○安芸と黒田は国は遠けれど、
色のお江戸ぢや軒並べ。
〇三十五反の帆を捲き上げて、
蝦夷地離れりや佐渡の島。
〇三十五反の帆を捲き上げて、
那賀の港へはしり込む。
○木曾ぢや御嶽甲州ぢや御嶽、
西ぢや乗鞍鎗がたけ。
○夢で三廻り来るかと待乳、
逢へば心もすみだがは。
○見まシヨ見せまシヨ浦戸を明けて、
月の名所は桂はま。
○港明神町の四郎助稲荷、
私がためには守り神。
○碓氷峠の権現様は、
私がためには守り神。
○関の五本松一本切りや四本、
彼は切られぬ女夫松。
○関の岬には蛇が居るさうな、
大な蛇ぢやげな嘘ぢやげな。
○行こか松前蝦夷樺太へ、
朝の別れが無いとやら。
○水戸を離れて東へ三里、
なみに花散る大洗。
○須磨の浦には今里の子が、
吹くや青葉の麦の笛。
○此所はp莢樫の木坂よ、
下に見ゆるは畑の茶屋。


◎雑物読込
○筆の命毛縮めるおもひ、
こゝろ二つに割たペン。
○いつそ汽車より昔の駕で、
新婚旅行をして見度い。
○主の移香ある手拭に、
ハンカチーフを濡らす夜半。
○外にお客はナイフだ杯と、
小刀細工の世辞を言ふ。
○重ね箪笥の苦労を重ね、
主故勤めを支那かばん。
○赤い毛糸で編む靴下は、
こまかい情のあみ模様。
○思ひ通りになる此靴と、
共にならべた日和下駄。
○はれて背広の洋服つける、
書生羽織を脱ぎすてゝ。
○夫と火のしを当るもならず、
皺を隠した網の襯衣。
○堅く見えても狂ふはぬしの、
帯にはさんだ金時計。
○何処で着物に薔薇香水を、
つけて来たのか憎い主。
○首尾につる蚊帳嬉しい息を、
一杯拭き込むゴム枕。
○洗ひ立てする石鹸に勝る、
思ひを包んでみがく糠。
○バケツに汲込釣瓶の水も、
軽いおもひの新世帯。
○人目忍んで書くその文に、
筆もまよふてインキ壼。
○添ふて帰りを待つ靴の音、
草履に待たせた夜に替て。
○こゝろ狂はす三味線よりも、
まこと込めたる紙腔琴。
○はいりかねては猶予ふ門に、
靴と並びしをんな下駄。
○人の眼鏡に立つたる故に、
今はうき名のたか帽子。
○浮名ひろげた風呂敷さへも、
添ふてちゞめた提げ鞄。
○旅と頼んだ蝙蝠傘も、
憎や邪見にはぢくばね。
○雨に外套着てゆき乍ら、
怪しい羽織の袖のぬれ。
○同じつらさは鐘より勝る、
遅くも早くも成る時計。
○嬉しい世帯の電気とかへて、
名をば消し度い御神燈。
○仇な名前の提灯消して、
つけたい世帯の軒洋燈。
○燧木が湿つて出ぬのも嬉し、
帰る下駄をばさがす時。
○急いて半紙へ書いたるペンの、
さきも怨みに蹴躓く。
○洋服を脱がせる間も気が急ぐ、
対の浴衣を着せ度さに。
○結ぶ縁台いつしか棄て、
憎や浮いてる釣り寝台。
○お名は知らねど竹屋の舟で、
幾度お顔を水馴れ棹。
○渡し船から流した浮名、
花にぬれたる去年の春。
○来るか/\と待てども主は、
うそを月夜の渡し船。
○うつかり其手に乗合馬車で、
主に誠をひき出され。
○ぬしの口端に乗合馬車の、
心うか/\落つかぬ。
○川の向ふに待つ身を思ひ、
早くたのむよ渡し船。
○心急のに起きてはくれぬ、
雪の竹屋のわたし舟。
○うしと思ひし昔にかわり、
馬車に乗合ふ好いた同士。
○行けば妹山戻れば脊山、
なかをうれしいわたし舟。
○首尾の夜便し鉄道馬車も、
今じや我子の邪魔に成る。
○ふつと乗合ふ馬車にて主に、
逢ふも何かのゑん太郎。
○首尾の嬉しさ漕ぐ船頭も、
いさむ竹屋のわたしぶね。
○主と妾の二筋みちも、
こゝろ一つにひいた馬車。
○乗合馬車より出来たる恋は、
いつか浮名もひと走り。
○川を一つに隔てゝ居れど、
つなぐえにしの渡し船。
○待てば甘露の日和に逢ふて、
ぬしと二人でわたし舟。
○お年の功だけ傍からうまく、
はなしを外さず渡し船。
○主と嬉しく乗合馬車の、
わざと人目を離れ場所。
○主の心はあの赤馬車よ、
何もお尻がおちつかぬ。
○気障なお客と乗合馬車の、
半区が千里も有る思ひ。
○橋にして欲し逢夜の惜い、
時をつぶさすわたし船。
〇二人並んで乗合ふ馬車へ、
憎や他人に割こまれ。
○実が通へばさす竿よりも、
直なこゝろの渡し船。
○心の竹屋を明して仕舞や、
是で角田の夕わたし。
○他のお客に気を鐘が淵、
そつと袖からわたし舟。
○恋の重荷を積では居れど、
浮いて苦界をわたし舟。
○血道上げ汐たゞ一筋に、
中洲乗り切るわたし船。
○未練に漕ぎ出す心もしらず、
邪見に漕ぎ出す渡し船。
○此処で思はず乗合ふ二人、
話もさきへと走る馬車。
○知らぬ他人に是見よがしの、
二人乗合ふ馬車のうち。
○並んで掛れば顔見にくしと、
向ひ合ふたる馬車の中。
○女心の一筋道に、
なみかぜ恐れぬ渡し船。
○呼べば出てきて此身の願ひ、
叶へて向ふへわたし船。
○浮いた根性さゝれた棹に、
身をば任せるわたし船。
○人目浮かとは笑顔も出来ぬ、
不意に出逢ふた馬車の中。
○馬に鞭うつ駁者迄可愛、
逢ひに馬車にて急ぐ日は。
○是さへ有るなら彼清姫も、
蛇にはなるまい渡し船。
○雨は止んでも別るゝ主が、
またもとまつた渡し船
○なけりや逢はれぬ渡しの船が、
何でこんなに憎いやら。
○うかとはづみに乗合馬車の、
話からして立つ浮名。
○思ひに沈んで居る恋の淵、
ねがひ届いた渡し船。
○こひであやなす手管の棹に、
客を浮かせる渡し船。
○心まかせぬうき渡し舟、
夜毎日毎のきやく次第。
○君と手を取り乗る渡し舟、
是が恋路のわたり初。
○他人まかせの船さへ岸へ、
渡る世間に鬼は無い。
○逢ひに行く日の実ある足は、
水にも濡らさず渡し舟。
○とまる渡しの舟迄うらむ、
お顔水かさまさる首尾。
○うはさの浪風立つともうれし、
ぬしと乗合ふわたし舟。
○好と乗つたる渡しの舟に、
長うしたいは川のはゞ。
○惜い渡しで行合川に、
あとを見かへる船と船。
○馬車に乗り合ふ欠落者は、
悪事千里のたびのそら。
○いつそ添はれざ此儘沈み、
浮名ながせよ渡しぶね。
○何も遠慮は船頭ばかり、
あとはお前とわたし船。
○ぬしと思はず乗合馬車の、
むねの調子のくるふ駒。
○人は白髭参詣ながら、
ぬしと首尾した渡し舟。
○逢ふて居乍ら乗合馬車の、
人目に主とも呼び兼る。
○向島さへこゝろが有らば、
ほんに行きたい渡し船。
○狭いながらも心は広い、
主と乗合ふ馬車のうち。
○うまい手管に乗合馬車の、
それから心もくるふ駒。
○寄り添ふ中をば嫉むか人が、
込んで押合ふ馬車の中。
○添ふて二人が乗合馬車の、
狭い中でも気はひろい。
○先を急いだ心もしらず、
いやに待たせる渡し舟。
○通ふ今宵はあの渡し場の、
船がこゝろの舵を取る。
〇二人乗合ふ馬車さへうれし、
馬も並んでともかせぎ。
○うまい調子につい乗合の、
傍眼なら無い馬車の馬。
○急ぐ恋路に乗合馬車の、
憎や呼ばれて止まりがち。
〇上野二枚と言ふはづかしさ、
添ふてのり合ふ高架線。


◎怪談
○うらみ幽霊顔あをざめて、
凄やこゝろも乱れ髪。
○幽霊見たよにやつれし妾、
是限逢はねば浮べない。
○子迄なしたを見捨た不実、
晴さにや成らない此怨。
○芝居のお化と男のこゝろ、
色火次第に早がはり。
○不実するなら妾や死神に、
なつてお前を取り殺す。
○かはした起証も只一枚の、
さらに怨みの残るむね。
○今か/\と待つ夜の思ひ、
ろくろ首にも化さうな。
○幽霊ばなしが十八番と、
知らずに迷つて憎らしい。
○浮気止まねば迷つて出ると、
見せる苦労のみだれ髪。
○手練手管の糸吐出して、
うまく綾なす蜘の精。
○牡丹燈籠片手にさげて、
焦れ死んだら通ひたい。
○嘘を幽霊おどして笑ふ、
主の仕打がうらめしや。
○洗ひ髪見て幽霊などと、
いきな頭をしらぬひと。
○主にや生体すぐ顕れる、
化物ばなしが痴話の種。
○足が無やら出て来ぬ主は、
幽霊見たよにかくす影。
○柳に幽霊むかしの事よ、
今じや白鬼すんで居る。
○幽霊の様に焦れて痩たも知らず、
主はわたしを迷はせる。
○人のわる口幽霊ほどに、
やせた姿にたれがした。
○通ふ夜道のうらみも深く、
つもるさむさの雪女郎。
○とめて欲さと止まつて欲さ、
お化ばなしの首尾の閨。
○いつか浮名もはや高砂や、
目出度く添日を松の精。
〇三つ目一つ目よし出る迚も、
主に逢ふ夜は何のその。
○確かに戦死をなされた主が、
思ひ切れない床に出た。
○どろん/\と消えたり出たり、
おばけ芸者の引眉毛。
○幽霊見たよに妾をやつれ、
させたお前が恨めしい。
○主は幽霊妾や化物で、
何れ真面目の中じや無い。
○怖さこらへて化物ばなし、
主をかへさぬ種にする。
○女の一念お岩を見ても、
怖いでせうと釘をさす。
○いつそ添はれぬ身は幽霊に、
なつてお傍に居るがまし。
○怨み残して別れし後は、
こゝろ引かるゝうしろ髪。
○逢ふたその夜は頓生菩提、
またもあしたはまよふ魂。
○待つ間丑満果敢なく更けて、
ろくろ首にもなるおもひ。
○深ひ迷ひに出る幽霊も、
浮かぶ瀬のある川施餓鬼。
○焦れ死にして迷ふて出ても、
ぬしにや吃驚させはせぬ。
○障子にうつした幽霊姿、
うらみ待つ夜のみだれ髪。
○怖いむかしの幽霊よりも、
今じやおそろし人の口。
○乱れ髪して出た幽霊も、
元のもつれが解けね故。
○人が見るのを恥てか顔を、
袖で際して居るうぶめ。
○人の噂が二人の身には、
お化よりかも恐ろしい。
○怨かさねが最後の土手場、
残る思ひのうしろがみ。
○強い吹雪で抜けたるろくろ、
首も縮まるこの寒さ。
○怨が言ひ度いもし幽霊に、
たつた一日成れるなら。
○出ると噂の化物さへも、
忍ぶ恋路にや恐れない。
○うれし涙で二つに見える、
ぬしのすがたは離魂病。
○仮令化物屋敷になりと、
共に住むなら借りてほし。
○主の約束もう違ふなら、
化ても小指を取りもどす。
○恋におもひは此古葛籠、
脊負て立てない苦労する。
○狐なんぞとからかふ主が、
化りや恐ろしふるだぬき。
○怨み幽震うかばれぬ身は、
主の手管にころされて。
○うつる人影身の毛もよだつ、
怨めしさうなる乱れ髪。
○みくろ首より猶おそろしい、
ふたつ目の有る白い首。
○主が無理をば幽霊なれど、
妾や柳にうけて居る。
○来ぬと知らねば待つ夜の長さ、
ろくろ首にもなる思ひ。
○ろくろ首やら三つ目になつて、
ぬしの行く先探し度い。
○忍ぶ夜道は幽霊もどき、
月のあかりが怨めしい。
〇一念凝つては幽霊さへも、
来るに来ぬのは恨めしい。
○苦労にやつれて幽霊姿、
これも恋路の迷ひから。
○恋にや心もつひ細り勝ち、
主をまつ夜はろくろ首。
○いつも嘘をば主や幽霊の、
つかまへ所の無い話。
○寧そこがれて此世を去らば、
夜/\お傍へいきす魂。
○応挙のかいたる幽霊よりも、
こはいは分らぬ主の腹。
○何を幽霊はなしも出来ず、
ぬしは姿をけむにして。
○明くれ焦れて身は幽霊の、
ちうに釣られて居る妾。
○思ふものから扨消えかねて、
幽霊見たよな胸のうち。
○隠す思ひも人目に付いて、
愚痴を幽霊痩すがた。
○迷ふ恋路に身は幽霊の、
ほれた因果のふかい中。
○化け物出さうな淋しい夜道、
人目恐がるふたりづれ。
○牡丹燈籠のおつゆの様に
死で逢はれりや妾や死ぬ。
○無理をいつても主や幽霊の、
何の恨みが有るのやら。
○あとへ未練をひく幽霊の、
今朝の別れのうしろ髪。
○いつそ逢はれぬ身ならば死んで、
化て夜な/\主のそば。
○やつれ姿を尋ねて呉れず、
幽霊などゝは恨めしい。
○幽露話しをするのも主を、
更けて帰さぬ下ごゝろ。
○幽霊見たよに乱れし髪を、
洗ふて涼しく主を待つ。
○幽霊見たよな嘘をばついて、
影もかたちも見せぬ主。
○主と妾は幽霊ほどに、
迷ひ重ねてくれを待つ。
○辛い別れにあと振り向ば、
一つまなこで舌を出す。
○化物出るよな一つ家なりと、
主と二人で暮らし度い。
○つもる雪にも恋故ならば、
厭はず忍んでゆき女郎。
○人が噂を幽霊ならば、
足を隠してつきまとふ。
○嘘を幽霊不実な主に、
迷ふた此身が怨めしい。
○音もせず来てもの幽霊の、
あとに未練の残る影。
○お菊ならねど口説の種は、
一まい不足の此写真。
○そつと出かけて行く幽霊の、
人目兼てる恋のやみ。
○生て居ながら幽霊ほどに、
やつれ果しも誰故か。
○人の噂がわしや恐ろしい、
一眼小僧のお化より。
○芝居の幽霊見て来て主へ、
死んで化ると言ふ怨。
○待つ夜門べの柳を見ても、
幽霊ほどなる怨めしさ。
○離魂病にもなりたい思ひ、
儘に逢はれぬ好た同士。
○主の来る夜はお顔を三つ目、
お顔見ぬ夜は轆轤くび。
○傘のお化は一本足よ、
ぬしと合ひ傘四本あし。
○共に住なら深山はおろか、
化物屋敷を借りるとも。
○ふわり/\と主や幽霊の
夜毎浮気にぬけて出る。
○幽霊見たよになつたも元は、
主が彼方此方迷ふ故。
○来たと思へばもうお姿を、
幽霊見たよに隠す主。
○怖い人目に別れちや居れど、
幽霊見たよに気が残る。
○幽霊染みたと言はるゝ迄に、
主を案じて身のやつれ。
○見捨られたら化ても出ると、
化ぬ先から化かし掛け。
○主にあふ夜は化物屋敷、
ふいに泣いたり笑つたり。
○太鼓の音羽屋どろ/\極て、
座敷で消えたる凄い主。
○たてた帚もお化と見える、
怖いと思ふた迷ひから。
○好いたお方と闇路を行けば、
化物ぐらゐは怖く無い。
○迷ひ出て待つ夜の淋しさに、
むねは燃えたつ焼酎火。
○罪もなきゆく飛鳥おとす、
あだを那須野の原の石。
○更て逢ふ夜の灯を消しに、
油なめでも来て欲しい。
○主の顔見て怨みも忘れ、
笑ひ般若になるりん気。
○気休め文句を又幽霊の、
いつの間にやら消えた主。
○主は柳でわしや幽霊よ、
ひるは離れて夜はあふ。
○借て戻つた其から傘に、
眼が附き遂々足が附く。
○妾や芝居の幽霊らしい、
つられ乍らに迷ふてる。
○やさしい柳も心の鬼が、
責めて幽霊見せもする。
○迷ひつめては妾や幽霊の、
昼は出られぬ身の因果。
○床の掛地の幽霊さへも、
主の来ぬ夜はうらみ顔。
○足が無いのに幽霊でさへも、
遠いところを来るものを。


◎文句入りの部
(義太夫)
○わたしが心は変らぬけれど、
日吉丸「もしや見捨はなさらぬかと、
ほんにあらゆる神様や、仏さまゝ
で無理いふて、
茶断ち塩だちするわいな。
○こゝろがらとて浮気なぬしに、
岡崎「アヽコレ申しまう何にも申しま
せぬ、顔は見ねども言ひなづけの
をとこ持つのがうるさゝに、邸を
もどつたその時から、尼になる気
で袈裟ころも、今日一日に気がか
はり、染めちがふたるかねつけ
の、元の白歯とすみ染めに、そめ
直してもはがしても、おもひ染め
た煩悩の、
私でわたしの気がしれぬ。
○人は逢はぬとさめると言ふが、
音羽「いとし男にまた相の手よ、かは
るまくらのおかしさは、初手はた
がひに客であひ、それから後はい
ろであひ、今はしんみの女夫
合、あきもあかれもせぬ中を、
わしは逢はぬとなほつのる。
○ぬしと二人で世帯をもてば、
伊太八「手づからわたしがまゝたい
て、家の者此方の人明日は何うし
て斯うしてと、
こんな苦労もいとやせぬ。
○やぶれかぶれと身は三味線の、
安達「おねがひ申したてまつる、今の
憂き身のはづかしさ、父上や母さ
まのお気にそむきし報ひにて、二
世のつまにも引きわかれ、泣きつ
ぶしたる目なし鳥、
苦労するはずおやのばち。
○おもひ切れとはむかしの事よ、
堀川「そりや聞えませぬ伝兵衛さん
お言葉無理とはおもはねど、そも
逢ひかゝるはじめより、末の末ま
で言ひかはし、互ひにむねを明し
あひ、何の遠慮も内証の、せはし
られても恩に着ぬ、ほんの女夫と
思ふもの、
おもひきられる義理かいな。
○思ひつめたる気はひとすぢに、
朝顔「またもみやこを迷ひいで、いつ
かはめぐり逢坂の、関路をあとに
近江路や、美濃尾張さへさだめな
く、恋し/\に目も泣きつぶし、
ものゝあいろも水鳥の、陸にさま
よふ悲しさは、
ぬしに何うして逢はれやう。
○女心のたゞ一すぢに、
野崎「あんまり逢ひたさなつかしさ
に、くわん音様をかこつけに、逢
ひに北やらみなみやら、
来て見りやつれない事計り。


(清元)
○実もまこともつくしたあとは、
お半「明日待たぬ身の何かせん、長命
寺ともたのまれぬ、世は牛島の浮
世ぞと、果敢なき事を喞つにぞ、
なみだばかりでこゑも出ず。
○こゝろ関屋にひと目をしのび、
お染「つぼみの花のふり袖も、うちを
しのんでやう/\と、此処で互ひ
の約束は、心も真に隅田川、
みやこどりさへ女夫づれ。
○なみだ脆きはをんなのこゝろ、
権八「けふるやなぎの烟草盆、たがひ
に引あひ顔そむけ身をそむけた
る風見草、
わざとすねると知りながら。
○かはらやせぬぞへ若葉の翠り、
北州「松の位を見かへりの、やなぎさ
くらの仲の町、いつしか花もちり
てつとんと、店すがゝきの風かほ
る、簾かゝげてほとゝぎす、なく
や五月のあやめ草、
濡れるたび/\いろをます。
○土手をみめぐりあれみやこ鳥、
梅の春「君にあふ夜は、たれ白髭のも
り越て、待乳の山と庵崎の、其鐘
が淵かねごこも、たのしい中ぢや
ないかいな、おもしろや、
女夫なかよくすみ田がは。
○なじみかさねていとしさまさり、
お半「ほんに思へばきのふけふ、小さ
い時からお前にだかれ、手ならひ
せいと言はしやんして、お手本か
いてもらうたる、
色にいのちをちらし書き。
○おもひ詰めたる気は一すぢに、
喜撰「わたしやお前の政どころ、いつ
か果報も一もりと、誉められたさ
の身のねがひ、
千代のすゑまでともしらが。
○むりなねがひも叶ふてほんに、
山帰り「四谷ではじめて逢ふたとき、
好たらしいと思ふたが、因果な縁
の糸車、めぐり/\て大山も、石
尊さまの引きあはせ、
嬉しからうぢやないかいな。
〇をとこごゝろに秋風立ちて、
康秀「あだにくらしい何ぢやいな、お
きよどころの暗まざれ、晩にやい
のと耳に口、むべ山風のあらしほ
ど、ぞつと身にしむ嬉しさも、
いまは野末の枯れ尾ばな。


(長唄)
○来てはちら/\すがたを見せて、
吾妻八景「はるかあなたのほとゝぎす、
初音かけねか羽ごろもの、松は天
女の戯れを、三保にたとへて駿河
の名ある、だいのよせいのいや高
く、見おろす岸のいかだもり、
みづにくらせばあきらめる。
○恋にこがるゝわたしのこゝろ、
鷺娘「縁をむすぶの神さんに、取りあ
げられしうれしさも、あまる色香
のはづかしや、須磨の浦辺で汐汲
むよりもきみのこゝろは取りに
くい、然りとは実にまことゝおも
はんせ、
ちつとは察して見たがよい。
○ついちや居られずエヽ、ぢれつたや、
傾城道成寺「まぶの男はつらにくや、抱
て寝たときや我ならで、ほかの女
郎にや逢はぬといふて、
だましくさつたが口惜しうてならぬ、
つとめの身なれば儘ならぬ。
○わかれりや逢日を又まちかねて、
吉原雀「文のたよりになア、今宵ごん
すと其うはさ、いつの紋日もぬし
さんの、野暮な事ぢやと比翼もん
はなれぬ中ぢやとしよんがへ、
添はざやむまいこの苦労。
○つもるはなしはまた泣くたねよ、
二人わん久「ほさぬなみだのしつぽり
と、身にしみ/゛\と可愛さの、そ
れが高じた物狂ひ、迚も濡れたる
やみなりやこそ親の異見もわざく
れと、
今はふたりが身のつまり。
○よくも揃ふた二人がえにし、
舌出し三番「さて婚礼の吉日は縁をさだ
んの日をゑらみ、送る荷物は何々
やろな、瑠璃の手箱に珊瑚の櫛笥
玉をのべたる長持に
数も調度のいさぎよく、
千代をことぶくまつとたけ。
○もしや左様かと顔さしのぞき、
浅妻「そりや言はいでもすまうぞへ、
すまぬ口舌の言ひがゝり、背中あ
はせの床の山、此方むかせて引よ
せて、つめつて見ても漕船の、あ
だし仇波浮気づら、
しやくが取りもつ仲直り。
○きみのためとて身はやつせども、
勧進帳「人のなさけのさかづきを受け
てこゝろをとゞむとかや、今はむ
かしの語り草、あら恥かしの我が
こゝろ、一度まみえし女さへ、迷
ひのみちの関越えて、今またこゝ
に越えかぬる、
むねとせきとをあけかぬる。


(常盤津)
○したふ願ひもさきへは知れず、
五人囃「愚痴な操り言あどなさに、喰
ひさき紙の縁むすび、
むすめ心にや無理もない。
○月のすみだの夕べにぬしを、
滝夜叉「見そめて染めてはづかしの、
もりの下露おもひはむねに、
とけぬ苦労がしやくとなる。
○程もきりやうも勝れたお前、
関の戸「一たいそさまの風俗は、花に
もまさるなりかたち、桂のまゆづ
み青うして、又と有るまいお姿を、
お公家さんがたお邸さん、多くの
中で見そめたら、人の惚れぬがわからない。
○たとへこの世はあきらめやうが、
一の谷「この世の縁こそうすくとも、
来世では末ながう、添ひとげてた
べ我がつまと、顔にあて身に添て
おもひの限り声かぎり、なく音は
須磨の浦ちどり、涙にひたす袖た
もと、
二世の証拠が妾や見たい。

(一中節)
○雲間がくれの三日月ならで、
江島「すがたは見せずほとゝぎす、思
はせぶりは誰やらが、恋のこゝろ
をうつせ貝、
ひとらくよ/\もの思ひ。
○お前ばかりがをとこぢやないと、
浅間「千も二千も三千も、世界に一人
のをとこぢやと、楽しむ中の若み
どり、
言ふてこゝろでないて居る。
○とても一つになられぬならば、
黒髪「所詮この世はかりわげの、恋に
うき身を投島田、覚悟極めしこゝ
ろをば、主に何とぞつげの櫛
はやくあの世であら世帯。
○千話がつのりて口舌のはての、
吉原八景「あらしは晴れて一時雨、ぬれ
てあふ夜は寝てからさきの、
まつた甲斐なきあけがらす。
泣てわかれてまた約束を
傾城「夜毎にくもる燈籠の、消ぬは辛
気ともし火を、消して寝たとき帯
紐を、
むすぶえにしの裏ざしき。
〇二階せかれてかなしさつらさ、
吉原八景「ふけて青田にこがるゝほた
る、れんじまで来て蚊帳の外、
何でこんなにまよふやら。

(新内)
○なまじ逢はねば焦れてしぬに、
「あけくれこいしゆかしいの、心が
つうじておまめなお顔、
見れば話もちよいと出ぬ。
○よそに待つみのあるとはしらず、
「花さそうてうはかすみの、野辺
をまつ、日かげのきゞに花をまつ
わたしやこがれて主をまつ。
○かわすきしようはほごにはせぬと、
「ひよつとおくの客がいきなやつ
で、そなたの気がかはろうかと、
いひなますほどわすられぬ。
○おきるひやうしに屏風をたをし、
「ねまきのまゝに若草は、床をぬ
けいであき部屋に、忍びよりて
いの介が、姿みるより縋りつき
あいたかつたと目になみだ。
○すまぬ心にんなきたつ千鳥、
「人の見る目もはづかしと、おく
びをかきいだき、
ないてあかしの浦さびし。
○人めせきれいこひおしへ鳥、
衒売女色ととくからに、仏の国
もからくにも、かたひ詞はおもて
むき、そのないせうはやはらか
な、神の教のいろの道、
とび立おもひをかごのとり。
○すきな酒ゆへついうか/\と、
「いきつかせて寝かせるつもりか
それはあんまりむごいぞや、くる
たびによいたをれ、
さめてくやしきよぎのばん。
○人のうはさに世間もせまく、
「おまへのそうした癇癪は、つね
のことゝはいひながら、四つ谷で
はじめて逢ふたとき、
いまのおもひをかくしづま。
○人の花じやとながめるうちも、
「おそのとゆふていひなづけの、
女房があると、
知つてゐながらきれられぬ。
○おいへさんのあるとは初手から知らず、
「子までなしたる半七さん、ほの
ふのなかにくらそふが、あなたを
のいて片時も、
いきちやいられぬ身の辛さ。
○口じやなほさら見ちやわからない、
「われらがやうに、三びやうしそ
ろふたものもないでへす、しんだ
いと男振にはふそくなし、
こゝろいきなら惚れて見な。
○すかれぬさきからすいたがむりか、
「なんの因果にそのやうな、
気づよい男がわしやかあい、
くらうくけんもうはの空。
○むすぶえにしもいつやら解て、
「たのみもきれてゆくたこの、お
ち行く先もなきくらし、独りかく
悟をきはめしに、
ふたり死ぬとはつきぬえん。
○たつた一日逢はずにゐても、
「コレあわしまさん、さぞいひた
いことがござんせう、わしもきゝ
たい事は山々、
つもるはなしのあとやさき。
○いつそふじつかま事の気なら、
「わたしが身をうつて、其かねを
又こなさんにみな入あげられ、う
れしからうかよからうか、
はらのたつほどきれられぬ。
○きれてくれろもみな義理づくめ、
「申しおみやさん、なるほど思ひ
切やせう、だん/\のおはなしを
きいて、
あいといふのもぬしのため。
○云ふてかへらぬ事とはしれど、
「きのふにかわる有様は、こひし
き人にあはしまの、すがたとなり
て、
どうぞそいたいくされゑん。
○お気の毒だがはたけがちがふ、
「みなはらゆへに親と子の、きか
りもいまはたへはてゝ、
茄子のさかりとなりました。
○うはきをするなと目うへの異見、
「ういめを見せてたまつている、
つめたい女じや、さすがいやしい
者程ある、
云はるゝ私の身のつらさ。
○夢にみてさへいゝ事あらば、
「女房のつのがはへたら、見せ物
にして大かねまうけ、
そのときや半口のせてやる。
○人のかづけるよせばののろけ、
「悪口ばかりいひなんす、此いと
さんがおまちかね、はやう二階へ
行きなんし、
あとのうわさに出るくさめ。
○春の夜でさへなかいといはぬ、
「升酒屋の小七とて、やぎしがよ
いのやさ手代、正月中はやくそ
くの、
かねがかたきのうきづとめ。
○おまへの心がもしかはろかと、
「わたしが思ふ半分でも、おまへ
の心にあるなれば、
ほんに苦労もせぬはいな。
○積る恋路に夜はしん/\と、
「わたしはさむうはなけれども、
時さんがあのやうにたゝかれさん
したのが、おまへはさぞくやしう
ござりませう、
松もみどりも雪のなか。
○ゑさへすゝまぬわしや籠の鳥、
「ふつゝりおもひきらうぞと、た
しなんでみても情なや、
おもふ男ははなしがい。
○ぬしのためならとく下ひもの、
「みせへいづものかみさんも、か
た贔屓なるえんむすび、
結びちがひしむねのうち。
○人にいはれりやなほはなされず、
「深いなじみとなりしばの、もゆ
る思ひをひや酒に、
じつとこらへてゐるつらさ。
○ひるはうはさにすこしは忘れ、
「おもひも深き川竹の、流れよる
べも定めなき、
ないてあかさぬ夜はもなし。
○ぬしの便りをきくたび/\に、
「コレはやぎぬ、けふまではいろ
いろと首尾しては来たけれども、
今宵がそなたも見おさめと、ゆふ
顔つく/゛\うち守り、
むねはやたやのそでしぐれ。


◎醇朴古雅
○お茶を摘む時や赤茜の襷、
今度五月にや黒だすき。
○寒や小寒や山から来ても、
親ぢやなければ茶も呉ぬ。
○信州信濃の新蕎麦よりも、
私しやお前のそばがよい。
○場所だ/\と鍵の手が場所だ、
行けば裸になる場所だ。
○謡へお十六声張り上げて、
なゝつ屋形に響くほど。
○糸をとるならむらなく細く、
可愛いをとこの夏羽織。
○富士の裾野の一村薄、
いつか穂に出て乱れあふ。
○沖の暗いのに白帆が見える、
あれは紀の国蜜柑ぶね。
○松とつけまい赤子の名をば、
まつは思ひの深いもの。
○花の様なる若殿様を、
やるか信濃の炭焼きに。
○これのお脊戸のちら/\雪は、
誰がつけたか下駄の跡。
○山が高うてあの家が見えぬ、
ある家可愛や山憎くや。
〇四十だ/\と今朝まで思うた、
三十九ぢやもの花ぢやもの。
○今年や豊年歳穂に穂がさいた、
みちの小草にや米がなる。
○山の者ぢやとしやべつて呉れな、
山ぢや木もある気も晴れる。
○様が来るげな様が来る夜は、
うらの蓮他に鴨が立つ。
○伊勢は津でもつ津は伊勢でもつ、
尾張名古屋は城でもつ。
○船頭可愛や音戸の瀬戸で、
一丈五尺の艪がしわる。
○来いとゆたとて行かれよか佐渡へ、
佐渡は四十五里波のうへ。
○親の意見と茄子の花は、
千にひとつも仇がない。
○新潟出る時や涙で出たが、
今ぢや新潟の風もいや。
○山雀が山が憂いとて里へ出て、
さとでさゝれて山恋し。
○逢ひはせなんだが遠江灘で、
二本ばしらの大和丸。
○木曾の名物お六の櫛は、
切りし前髪の留にさす。
○木曾の御嶽さんは夏でも寒い、
袷やりたや足袋ヨ添へて。
○源治よ見たさに朝水汲めば、
すがた隠しの霧が降る。
○金の牛児に錦の手綱、
己も引きたい引かせたい。
○西は追分東は関所、
開所越ゆれば茶屋の町。
○花が蝶々か蝶々が花か、
来てはちら/\迷はせる。
○君と寝やろか五千石取ろか、
何の五千石君と寝ろ。
○沖の鴎に汐時問へば、
わたしや立つ鳥浪に聞け。
○来いといひなされや儂や何所迄も、
蝦夷や千島のはてまでも。
○いつは来いでも盆には御座れ、
死んだ人さへみな御座る。
○一里二里なら伝馬で通ふ、
五里と隔たりや風だより。
○走る船でも招けば磯へ、
寄るは心のまことから。
○遠く離れて逢ひ度い時は、
月をかゞみに為る様に。
○爺さん婆さん達ちやちよこ/\走り、
何所で濃茶が煮えるやら。
○主の来る夜は宵から知れる、
しめた扱帯が空解ける。
○男伊達なら千ケ崎沖の、
潮の速いのを止めて見よ。
○男伊達なら彼の利根川の、
水の流れを止めて見や。
○若い時や二度無い両親様よ、
少しや大目に見てお呉れ。
○十九二十は名の立つ盛り、
親も大目に見てお呉れ。
〇金の生る木を一本欲しや、
それを育てゝ孫に遣る。
○可愛男よどうして呉る、
腹は七月かくされぬ。
○可愛男は通れど寄らぬ、
にくい男は日に幾度。
○笠は菅笠襷は茜、
茶摘女のしほらしや。
○傘を買うなら三本買うて御座れ、
日がさ雨がさ忍びがさ。
○叩く水鶏か松吹く風か、
更けて妻戸を音づるゝ。
○ならば此身が水鶏となつて、
おもふ妻戸を叩き度い。
○峰の嵐か恋しの人か、
更けて雨戸に音づるゝ。
○寄辺無き身は夢こそ頼め、
打つな妻戸を夜のあめ。
○待つ夜の柴の戸叩くは誰ぞ、
ぬしか水鶏か風の音か。
〇呼ぶに呼ばれず戸は叩かれず、
はしら抱いたり空見たり。
〇逢ひに来たれど戸は叩かれず、
うたの文句で悟らんせ。
○用があるとて呼んだは嘘よ、
おかほ見たさの謀。
○晩に忍ばゞ裏から忍べ、
おもて八重垣錠下りる。
○宵の明星さんを夜明と思ひ、
殿を帰して今くやし。
○月夜鴉を夜明と思ひ、
ぬしを帰して後悔む。
○高い山には霞が掛かる、
私は其方に眼が掛る。
○烟草一葉が千両シヨと儘よ、
様の寝烟草絶やしやせぬ。
○木挽さんかよ壊しゆ御座る、
わしの殿御も木挽さん。
○鋸と鑢と流れて下る、
何所の木挽が死んだやら。
○揃た/\よ田植新造が揃た、
稲の出穂よりよう揃た。
○波の上にも御座れなら行こよ、
船にや艫もある櫂もある。
○下へ/\と枯木を流す、
ながす枯木に花が咲く。
○夏の山道谷間を見やれ、
谷間/\に百合が咲く。
○情無いぞや今朝立つ霧は、
かへる姿を見せもせず。
○沖を遥に出て行く船を、
憎やかすみが隠すかや。
○胸で苦しさ火は焚くけれど、
烟立たねば人知らぬ。
○昔思へば怨めしう御座る、
何故に昔は今無いぞ。
○昔や馬道今車道、
通ひくるわの恋の路。
○映るものなら映して見やれ、
月のかゞみに主の影。
○臼の廻るよに仕事が廻りや、
蔵を建てませう七戸前。
○生まれ来たりし古問へば、
君に契れと夢に見た。
○馬がよければ馬方までも、
馬が勇めばいそ/\と。
○馬方船頭は乞食に劣る、
乞食や夜る寝て昼稼ぐ。
○及び無いとはそりや気が弱い、
しつが伏家も月は射す。
○お前正宗私や錆刀、
お前切れても私や切れぬ。
○お前一人か連衆は無いか、
つれ衆後から駕籠で来る。
○お医者さんでも有馬の湯でも、
惚れた病は癒りやせぬ。
○思ひ直して来る気はないか、
鳥も枯木に二度とまる。
○沖の暗いのに苫とれ苫を、
とまは濡れ苫苫とれぬ。
○踊をどるなら品よく踊れ、
品の好いのを嫁に取る。
○お米三文する御山は盛る、
桝屋斗掛で金はかる。
○お婆々何所へ行きやる三升樽提げて、
嫁の在所へ孫抱きに。
○己が隣で嫁取るさうな、
揃て行きませう錫立てに。
○草は刈とも蝮蛇は狩るな、
蝮蛇狩りすりや足噛まる。
○山に咲く花嵐が毒よ、
わしは君様見るがどく。
○山を通れば薔薇が留める、
茨放しやれ日が暮れる。
○山家/\と悪気にいやる、
色の好い花山に咲く。
○都みやこと私連れて来て、
此所が都か山なかを。
○山に床とりや木の根が枕、
落る木の葉が夜着蒲団。
○破れ被れも貧から起る、
堂の老僧も魚油点す。
○闇夜なれども忍ばゞ忍べ、
伽羅の香を知るべにて。
○待つがよいかよ別れがよいか、
いやの別れよ待つがよい。
○待てと仰しやらば五年は待たう、
誰が十年待つものか。
○ままよ三升樽片手に提げて、
破ぶれかぶれの頻被り。
○松の並木が何に怖かろか、
惚りや三途の川も越す。
○罷違へば二足の草鞋、
管て穿たり穿かせたら。
○招く蛍は手元に寄らず、
払ふ蚊が来て身を責る。
○傾城に誠無いとはそりや誰がいふた、
まことあるまで通はんせ。
○女郎の試と卵の四角、
あれば晦日に月が出る。
○富士の白雪朝日で解ける、
娘島田は寝て解ける。
○富士の白雪朝日に解けて、
三島女郎衆の化粧の水。
○舟は帆を巻く帆は真中に、
可愛殿御は帆の影に。
○恋の痴話文鼠に引かれ、
鼠捕るよな猫欲しや。
○燃ゆる想ひを消さんとするか、
野辺の蛍の露に寝る。
○心あり気に散り込む花を、
載せて棹さす筏ぶね。
○今宵曇らば曇つて出でよ、
迚もなみだで見る月を。
○こなた思へば野もせも山も、
藪も林も知らで行く。
○月の出合に約束すれば、
月は早よ出て森の上。
○来いよ来いよと待つ夜は来いで、
待たぬ夜さ来て門に立つ。
○来いといはれてその行く夜さの、
足の軽さようれしさよ。
○かうなるからには大風吹かし、
咲いた花まで散らせ度い。
○今夜臼引き遊びに御座れ、
臼が重いかといふて御座れ。
○濃茶出したに婆様も御座れ、
よめの悪口言て呑もに。
○来たら寄りなよ立聞き止しな、
寄れば茶も煮る菓子も出す。
○今夜一夜は緞子の枕、
明日は出船の浪まくら。
〇五尺手拭中染め分けて、
さまに三尺私や二尺。
〇ねんねしなされねる子は可愛い、
起きて泣く子は面憎い。
○この児よう泣くよツぼど能泣く、
親が泣き/\産けた児か。
○昆布で屋根葺きや細藻でしめる、
雨の降る度芳汁が出る。
○貞女立てたり独寝したり、
人に楽だといはれたり。
○寺の御門に八緒の雪駄、
をんな通ふか此の寺に。
○赤い襷は伊達には掛けぬ、
可愛をとこの目印に。
○銀の簪伊達には差さぬ
島田崩しの留めに差す。
○姉が差すかよ妹が差すか、
おなじ蛇の目の傘を。
○あれに見ゆるは茶摘ぢや無いか、
茜だすきに菅のかさ。
○あれに見えるが御殿の館、
煙立つのがなつかしい。
○様は釣竿私や池の鮒、
釣られながらも面白い。
○しやんとしてこそ男が好けれ、
余りお前はしたゝるい。
○さんざ振れ/\三尺袖を、
着せて振らせて見と御座る。
○さつさ押せ/\下の関までも、
押せば港が近くなる。
○寒や北風冷たや嵐
私を思はゞまじが吹け。
○君は三夜の三日月様よ、
宵にちらりと見たばかり。
○目出度/\の若松様よ、
枝も栄へる葉も茂る。
○目出度/\が三つ重なれば、
庭に鶴亀五葉のまつ。
○目出度/\が三つ重なれば、
下のめでたが重たかろ。
〇三月食はでも三年着でも、
殿に着せ度い紗の羽織。
○見送りまシヨとて浜まで出たが、
泣て去らばがいへなんだ。
○辛苦島田に今朝結た髪を、
様が乱しやる是非も無い。
○辛棒仕厭きた金とり厭きた、
様の機嫌もとり厭きた。
○辛抱仕て呉れ辛抱が金ぢや、
辛抱するきに金が生る。
○心中仕ましよか髪切ましヨか
髪は生え物身はたから。
○死んで行く時や如来様たより、
娑婆にゐる時や親たより。
○死なば諸共稼がば共に、
乞食ヨするとも二人連れ。
○思案仕所分別どころ、
親の意見も聞きどころ。
○人の娘と新造の舟は、
人が見たがる乗りたがる。
○人の噂も七十五日、
ならば百日いはれたい。
〇人の事かと立寄聞けば、
聞けば指名は私がこと。
○駒は名物風吹く度に、
ひんと斯き尾筒振る。
○腰の痛さにせこちの長さ、
四月五月の日の長さ。
○今夜爰に寝て明日の夜は何所に、
明日は田の中畦まくら。
○男五人持ちや五々二十五日、
後の五日は誰と寝る。
○若も道中で雨降るならば、
私がなみだと思はんせ。
○千両箱不二の山程積んでもいらぬ、
私しやあなたの気に迷た。
○千両万両の金には惚れぬ、
お前一人にわしや惚れた。
○好きと好きなら泥田の中で、
稲を刈るとも苦にやならぬ。
○西に殿持ち東に居れば、
西に入る日がなつかしい。
○嫁に行きたや白木の籠で、
お寺なかうどで西の国。
○娘幾人良いとは見だが、
嫁に欲いと見れば無い。
○鰯の頭も崇めりや神よ、
信が無ければ神は無い。
〇二百十日に風さへ吹かにや、
殿御江戸へは遣るまいに。
○凉し曙蓮吹く風が、
絽蚊帳二人の夢醒ます。
○門口をトンと叩いて是若誰さん、
たれか二人の主居るか。
〇都ゆかしや仏の姿、
御旨こもるか彼の花に。
○盆の十六日お寺で施餓鬼、
蝉が御経読む木のしんで。
○池の鯉かや尾鰭を切られ、
死ぬる間際に生づくり。
○庭で餅舂く座敷で祝儀、
おくの一間で黄金量る。


都々逸終




はやり唄と小唄

◎追分節

碓氷峠の権現さまよ、私が為には守り神、スイ/\、来たか長さん待てたほい、お前ばかりが可愛うて、朝起なろかいなア。

アヽヱ西は追分東は関所、せめて関所の茶屋までも、スイ/\。

おしよろ高しまおよびもないが、せめて歌棄磯谷まで、スイ/\。

江差照る/\、函館くもる、花の福山花が咲く、スイ/\。

大島小島の間通る船は、江差通ひかなつかしや、スイ/\。

別れの風だよあきらめしやんせ、いつまた逢ふやう逢はぬやら、スイ/\。

◎立山節

お前故ならあのわしや何処までもへ、たとへ野のすゑ、エヽ虎ふす野辺も、賤が伏屋で、まゝもたいたり縫ひはり手わぎ。

憎い男と恨んでゐれど、一人寝る夜の寒さしのぎ、茶碗酒からつい逢ひとなる女子のみれん。

◎きやりぶし

長い旅すりや、烟管なんどはいらぬヨウイヤ、ヨウイヤサ、きせるめんどくさいと腰にさすへ、ヨウイヤ、ヨウイヤサ、ヱンヤレコノ、セハモセ、これをもせ、ヱンヤラヨ。

めでた/\の若松さまよ、ヨウイヤヨウイサ、枝も栄へりや葉も茂る、エヽヨウイサ、エンヤラヨ。

浅草出茶屋の娘の小万、花か紅葉か、花なれば、一枝折りたや、エンヤラサ、ヨウイサ、ヨイヤサ、エンヤラヤレコノセハモセ、これをもせ、エンヤラヨ。

◎きやりくづし

本町二丁目のナア/\、ヤレナアヨ、本町二丁目の糸屋の娘、姉が二十一ナア/\、ヤレナアヨ、姉が二十一妹が二十、妹ほしさにナア/\、ヤレナアヨ、妹ほしさに宿願かけて、伊勢へ七度ナア/\、ヤレナアヨ、伊勢へなゝたび熊野へ三度、芝の愛宕さんへは、コラ月参り。
◎いよ節

花は上野か染井の躑躅、けふかあすかへ日ぐらしの、思ひこんだる狐穴から、いろはの娼妓衆に招かれて、うつら/\と抱いてねぎしの身がはり地蔵を横に見て、よし原五丁まはればひけ四ツすぎの情夫の客、あがらんせ。

君に逢ふ夜の気も嬉しさよ、胸の雲さへ春雨に、濡てほしさの軒の雫も二人の心つまされて、ポツリ/\と落て木末を小夜吹く嵐にちらされて、袂が文も湿れば、ヲヤ若きかんせ鶏がなく、夜があけた。

◎琉球節

琉球へおじやるなら草鞋をはいておじやれ、琉球は石原こいし原、シタリヤヨメ/\。シンニヨタ/\、シテガン/\、セツセ。

琉球と鹿児島と地つゞきならば、
通ふて酒宴して見たい、シタリヤヨメ/\、シンニヨタヨタシテガン/\。セツセ。

親のかたきを討たんが為めに、万歳姿に身をやつし、棒と杖とに太刀仕込む、シタリヤヨメ/\、シンニヨタ/\シテガン/゛\、セツセ。

花に霧島烟草は薩摩、浮いてのぼるは桜島、シタリヤヨメ/\、シンニヨタ/\シテガン/\、セツセ。

船のとも綱とく/\時は、船子勇んで真帆かけた、シタリヤヨメ/\、シンニヨタ/\シテガン/\、セツセ。

稚児が前髪を切らしやるならば、私も止めましよ振袖を、シタリヤヨメ/\、シンニヨタヨタシテガン/\、セツセ。

◎若狭節

桜にや惚ても梅には惚ぬ、アホラシイジヤナイカ、うめに鶯コレサ来てとまる。

義理あるお前と親への気がね、アホラシイジヤナイカ、惚たよは身にやコレサ遠慮がち。

◎仙台節

十四の春から通はせおいて、今更いやとはどうよくな、烏が啼こが夜があけよが、お寺の坊さん鐘つこが、枕屏風に日がさそが、そのわけきかなきやコレナンダイ帰りやせぬ。

初手はあれ程口説ておいて、今更浮気は何の事、主がおころが腹たとが、悋気らしいと言はりやうが、世間の人が笑はうが、マヽ其訳言はなきやコレナンダイ気がすまぬ。

こがれ染たるお前ゆゑ、お寺の坊さん鐘つこが、明の烏がいそがうが、柱時計のチン/\も、恋し男はコレナンダイ帰しやせぬ。
勤めする身ははかなき物よ、思ふおかたは足どほく、手がみを遣るにも銭はなし、まして宛名は知れもせず、ホンニおもへばコレナンダイつまらない。

かぜに柳のはかない勤め、思ふお方はたまに来て、思はぬ客の流連に、受くる猪口さへ気につかへ、迎ひ酒よりコレナンダイ猶つらい。

◎新潟節
にがたへ/\、にがた出る時や涙で出たが、今はにがたの風もいや。

見世へ/\、見世へ出るときや涙で出たが、今じや廓のかぜしだい。

◎ひや/\節

意見しやんす、意見しやんすメツポやたらに意見しやんす、親たち木のまたからでも産れしやんしたか、どうしたら気まゝに添はりやうか、テモまあしんきな浮世だね、ヒヤ/\

はやく帰せば、お家の首尾はよからうけれども、帰しやいつ又逢はれる事やら分りやせぬ、どうしても今宵は帰しやせぬ、テモまあしん気な浮世だね、ヒヤ/\。

◎こちやゑ節

お前をまち/\蚊帳のそと、蚊にくわれ、七ツの鐘のなる迄も、コチヤ七ツの鐘のなるまでも、コチヤエヽ/\。

お前をまち/\夕暮に、格子さき、十時の時計のなる迄も、コチヤ辛いこと待どほな、コチヤエヽ/\。

おいらん待々まはし部屋、火はきへる、夜あけの鐘のなるまでも、コチヤ眠りやせぬ、コチヤエヽ/\。

◎よつしよこしよ節

やめてお呉よつきあひ酒を、夫が浮気のもとゝなる、浮気のヨツシヨコシヨ、もとゝなる。

ちからに負ても意気地にや負ぬ、思ひ立ぬく処まで、おもひ立ぬくヨツシヨコシヨ、ところまで。

◎勉強せへ節
浮気するのはナア、やめたがよいよ、わしが意見は主のため、ハア女房もたせて辛抱せへ辛抱せへ。

私しやナア、このんでするのじやないが、芸妓になるのも金の為、ハア坐敷で三味線勉強せへ勉強せへ。

◎よさこい節

おまへ一人かつれ衆はないか、連衆はあとから駕籠で来る、ヨサコイヨサコイ。

◎ぱあ/\節

さる物、日々に疎しとそりや誰がいふた、遠ざかるほど深くなる、サツテモナア、いましばし、ヒヤラリコ/\ほんまかへ、パア/\。

惚て片とき忘れて見たい、昼はまぼろし夜は夢、サツテモナア、今しばしヒヤラリコ/\ほんまかへ、パア/\。

◎ぎつちよん/\節

たかい山から谷そこ見れば、ギツチヨンチヨン/\瓜やなすびの花さかりイヤヲヤマカドツコイ/\、ドツコイヨイヤサーギツチヨンチヨン/\。

◎どん/\節

蒸汽出てゆく煙りは残る、ドン/\、のこる煙りがしやくの種、ソウジヤナイカドン/\。

衣服ころして女郎買に、ドン/\、女郎にふられてやけ起す、ソウジヤナイカドン/\。

◎賛成節

サツサ大賛成、賛成/\賛成じや、コリヤお座つき二上り三下り、賛成/\賛成じや、コリヤ活ぽれ端唄にうかれぶし、賛成/\賛成じや、コリヤお酌に芸妓に幇間、賛成/\賛成じや、コリヤどんどこ/\大陽気、賛成/\賛成じや、コリヤ大尽気どりの廓遊び、賛成/\賛成じや、コリヤおもしろかろやつて見な、賛成/\賛成ぢや、コリヤお金があつたらやつて見よ、賛成/\賛成ぢや。

◎きんらい節

浦里が、しのび泣すりや緑もともに、貰ひ泣する明がらす、キビスガン/\、イガイドンスキンギヨクテンスノソクレンポウ、スツチヤンマンマンカンマンカイノ、オツペラポウノキンライ/\、アホラシイジヤオマヘンカ。

◎とんやれ節

宮さん/\御馬の前に、ちら/\するのは何じやいな、あれは朝敵征伐征討、錦の御旗を知らないか、トコトンヤレトンヤレナ。

宮さん/\お前の頭に、ぐる/\まいたは何じやいな、是は流行束髪、いぎりす結びを知らないか、トコトンヤレトンヤレナ。

◎ひよこほい節

何をくよ/\川端やなぎ、水の流れを見て暮す、ヒヨコホイ/\。

◎よいじやないか節
よいじやないかへ彼の隅田川、花にも月にも雪見にも。

よいじやないかへ腹立てず共、はなせばたがいに分る胸。

◎縁かいな節

春の眺は芳野山、峰も谷間も爛漫と、ひと目千本二千本、花が取もつ縁かいな。

夏の眺は両国で、出船入船屋形船、上る流星ほし下り、玉屋が取持つ縁かいな。

秋のながめは石やまで、出船入船矢橋船、上る石場の仇姿、月が取もつ縁かいな。

冬の眺は円山で、上り下りの京女郎、開く左阿弥の大広間、雪が取もつ縁かいな。、

春の夕の手枕に、しつぽりと降る軒の雨、ぬれて綻ぶ山桜、花が取持つ縁かいな。

空も長閑き春風の、柳にそひし二人連、目元たがひに桜色、花が取持つ縁かいな。

秋の夜長に差向ひ、痴話が高じて脊と脊、晴て射込む硝子窓、月が取持縁かいな。

勤めする身は儘ならぬ、好なお方はたまの首尾、又も呼だすいやな客、
そこをとりもつ金かいな。

冬の寒さにおき炬燵、屏風が恋のなかだちで、積るはなしは寝てとける、雪が取持つ縁
かいな。

末は巴の初ちぎり、恋の万字とながらみの、積るくぜつもとける身は、雪がとりもつえん
かいな。

高が農夫とあなどりて、おもきねんぐの堀田領、民の怨もてきめんに、むくふ宗吾のねん
かいな。

軍もやぶれ浜松へ、引をおひつめ武田勢、酒井が智略打出すは、櫓大皷のドンかいな。

つらい苦界のすて小舟、浪のまに/\流れの身、その日/\の風次第、うかぶ瀬をまつ年
かいな。

秋の月夜の共かせぎ、夫婦中ようあいづちの、拍子を取つて打つきぬた、ひゞきはトント
ントコかいな。

年は不足も内々が、家の嫁御の美しき、姿に心かけ眼鏡、ほんにこまつたチヤンかいな。

御国の為に正行が、敵の矢襖ことゝせず、四条畷で討死は、忠義の鉄石心かいな。

積るうらみは夜の雪、心赤穂の武士が、堪へかねたる主の仇、せめ込む前後の門かいな。

浮名を流す不忍に、弁天さんの眼をかすめ、はつとたつたる鬼蓮は、ほんにふしぎのれん
かいな。

小野の小町に深草が、通いつめたる九十九夜、いつしかつれないおとし穴、これが骨折そ
んかいな。

人が譏ろが笑はうが、互の心相性と、三世相にもかいてある、二世を契の縁かいな。

秋の広野のそれならで、仇し胡蝶の飛つれて、宿も一夜の女郎花、露が取もつ縁かいな。

ふたり暑さを川風に、流す浮名の凉み船、あはす調子の爪びきは、水も洩さぬ縁かいな。

呼だ芸妓に思ひをかけて、渡す祝儀につゝんだ心、あけて嬉しきマア此首尾は、酒が取
もつ縁かいな。

ちらりと姿を三囲の、仇し契を枕ばし、恋の闇路に言とひの、お茶屋が取もつ縁かいな。

◎丹後の宮津

二度とゆくまい丹後の宮津、しまの財布が空になる、丹後の宮津でピントダシタ。

きみに別れて松原ゆけば、まつの露やらなみだやら、丹後の宮津でピントダシタ。

主を帰してあと見送れば、エヽぢやけんな曲りかど、丹後の宮津でピントダシタ。

◎さいこどん/\

すねて怒らせわしや気がもめる、こいつはすねなきやコラヤノヤ、よかつたね、サイコドン/\。

人に水をばさゝれるごとにサ、思ひすごしをコラヤノヤ、われしらず、サイコドン/\。

私しやおまへにナア、一重の桜、主は浮気で八重ざくら、チヨト咲きや何でもかまことない、サイコドンドン、サヽサイコドン/\。

お前其文ナア、どこから来たの、思ふお方の処から、チヨイト来りや見ないでおくものか、サイコドンドン、サヽサイコドン/\。

主と私しはナア、朝湯の中よ、あつい/\で首つたけ、チヨイト這いりや逆すもかまことない、サイコドンドン、サヽサイコドン/\。

◎すてゝこ

さても酒席の大一座、小意気な男子のふりごとや、端唄に大津絵字あまり都々逸、甚句にかつぽれ賑やかで、芸妓にうかれて皆さん御愉快、お酌のステヽコ、太皷をたゝいて三味線枕でゴロニヤン/\。

◎へら/\
(二上リ)

赤い手拭赤地の扇、それを開いてお芽出たや、ヘラ/\ヘーノヘラ/\へー、太皷がなつたら賑やかだよ、本統にそうならすまないねへ、トコドツコイヘラ/\ヘーノヘラヘラヘラヘー。

◎おつぺけぺゑ

亭主の職業は知らないが、お娘は当世の束髪で、言葉は開化の漢語にて、晦日の断り洋犬だいて、不似合だ、およしなさい、何にも知らずに知つた顔、むやみに西洋を鼻にかけ、日本酒なんぞは呑まれない、ビールにブランデーベルモツト、腹にも馴れない洋食を、やたらに喰ふのもまけをしみ、内証でそうつと反吐ついて、真面目な顔してコーヒ呑む、をかしいねへ、オツペケペ、オツペケペツポーペツポーポー。

世の中陽気だね、梅は小村井臥龍梅、さくらは上野か向島、菖蒲に藤は堀切に、亀井戸もいゝだらう、瓢をさげての御愉快は、本当に陽気だねへ、オツペケぺ、オツペケペツポーペツポーポー。

◎恋じやへ(二上リ)
○恋じやへ、恋じやとて往かりよかのんし、佐渡へサツコレ/\佐渡は四十九里ヤンレ波の上、「権兵衛が茶屋まで三里はないぞへ、こいとてこなけりやかつさき待ぞへ、サツコレサツコレ、あつみさ鶏はみんごやのサツコレ/\、可愛男のヤンレ目をさます、「少々からく共なんばんばたけでやつてくれ、枯木に花が二度咲くか、サツササツコレ/\。

◎猫じや/\(本調子)

猫じや/\とおしやますが、猫が、/\下駄はいて杖ついて絞りの浴衣で来るものか、ヲツチヨコチヨイノチヨイ。

蝶々蜻蛉やきり/゛\す、山でさへづるのは松虫すゞ虫くつは虫、ヲツチヨコチヨイノチヨイ。

下戸だ/\と言はんすが、下戸が一升樽かついで前後も知らずに酔ふものか、ヲツチヨコチヨイノチヨイ。

しよ/\に墜道切り開き、山も野山も平地で馬車や人力車やをか蒸気、ヲツチヨコチヨイノチヨイ。

ちよいと御らんよあの年増、やけに/\洗ひ髪で小いきな絞りのはで浴衣ヲツチヨコチヨイノチヨイ。

◎磯ぶし

磯で名所は大洗さまよ、サイシヨネ、松が見え升ほの/゛\と、マツガネ、見え升イソほのぼのと、テヤテヤテヤテヤいさゝかりん/\、すかれちやどん/\、お客の性なら毎晩来い、芸妓の性ならつまとつて来い、青菜の性なら萎れて来い、一日あはなきやおとつさんも心配、お母さんも心配、共に私もイソ御心配。

磯はまがり松港は女松、サイシヨネ、中のみなと町は男松、中の港町はイソ男松、テヤテヤテヤテヤいさゝかりん/\すかれちやどん/\お客の性なら毎晩来い、芸妓の性ならつまとつて来い、青菜の性なら萎れて来い、
一日あはなきやおとつさんも心配、お母さんもしんぱい、共にわたしもイソ御心配。

沖のくらいのに苫とれ苫を、サイシヨネ、苫はぬれ苫とまとれぬ、テヤテヤテヤテヤいさゝかりん/\、すかれちヤどん/\、お客の性なら毎晩来い、芸妓の性ならつまとつて来い、青菜の性なら萎れて来い、一日あはなきやおとつさんも心配、お母さんも心配、共に私もイソ御心配。

山で赤いのがつゝじに椿、サイシヨネ、咲てからまる藤の花、テヤテヤテヤテヤいさゝかりん/\、すかれちやどん/\、お客の性なら毎晩来い、芸妓の性ならつまとつて来い、青菜の性なら萎れて来い、一日逢はなきやお父さんも心配、お母さんも心配、ともに私も、イソ御心配。

◎豊国節

ころは天文五年の春の、元日生れの人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

末は天下を握れるはじめ、草履握んだ人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

謀略駿速十日の内に、御主の仇うつ人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

四国九州小田原かけて、攻て靡けし人はたれ、豊国さん、どゑらい御威徳。

男大活発万事に掛て小事を嫌ふた人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

上を敬ひ下憐れみて、金銀散らした人はたれ、豊国さん、どゑらい御威徳。

朝鮮八道攻め立てられて、唐が畏がる人はたれ、豊国さん、どゑらい御威徳。

国を始めて異国を攻て、向ふに敵なき人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

元はいやしき民家に生れ、神と祭らる人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

詣れ人々阿弥陀が峯に、鎮まり在ます人は誰、豊国さん、どゑらい御威徳。

◎諸国はやり唄
○春は嬉しや
春は嬉しや、ふたりころんで花見の酒、庭の桜におぼろ月、それを邪魔する雨風が、ちいと散らしてまたさかす。

夏は嬉しやふたり揃うて鳴海の浴衣、団扇片手に橋の上、雲がすゐして月かくす、ちいと浮名が流れ行く。

秋は嬉しや二人並んで月見の窓、色々はなしを菊の花、しかとわからぬしの胸、ちいとわたしが気を紅葉。

冬は嬉しや二人ころんで雪見の酒、苦労知らずの銀世界、はなしもつもれば雪も積む、ちいと解けます炬燵中。

○西行法師
西行法師がはじめて東を下る時、岩に腰ヨかけ海を眺め、蟹に畢丸はさまれた、此畜生奴はなしやがれ。
〇二本さしたる
二本さしたる武士よりも、矢立さしたる主がよい。

花に蝶々はさて気がもめる、来てはちら/\迷はせる。
○お前の浜の
お前は浜のお奉公さん、潮風に吹かれてお色が真黒け、こちや構やせぬ、こちやえ、こちやえ。

お前はどんで行燈で、若い主に先立てられて、ともされて、こちや構やせぬ、こちやえ、こちやえ。
○京の金閣寺
京の金閣寺の茶の湯の座敷は御覧じなしたか、拝見なしたか、楠天井の一枚板ではないか、榛木のちがへ棚、南天柱、名所々々。
〇二度と行くまい
二度と行くまい丹後の宮津、縞の財布がだんせん空になる、丹後の縮緬加賀の絹、仙台平では南部縞、陸奥の米沢江戸ごゝろ、丹後の宮津でぴんと出した
○かん/\のう
かん/\のうきうのですきはきうです、三升ならえ、さあいほふみいかんさんめんこが、おはをでひうかん、さん/\とてつるつん。
○千両箱
千両箱富士の山ほど貰うてもいやよ、冥途の土産になりやせまい大しやり/\しやりよ。

一夜五両でも妻持ちいやよ、つまの思ひが恐ろしや、大しやり/\しやりしよ。
○千畳座敷
千畳座敷の唐紙育ち、坊ツちやまもよい子になる時は、地面をふやして倉建てゝ、倉の隣に松植ゑて、松の隣に竹植ゑて、竹の隣に梅植ゑて、梅の小技に鈴さげて、其鈴ちやらちやら鳴る時は、ぼつちやまもさぞ/\嬉しかろう。
○ねん/\よ
ねん/\よおころりよ、おころりお山の兎は、なぜにお耳が長うござる、おかツさんのお腹に居た時は、琵琶の実、笹の実喰べまして、それでお耳が長うござる。
○弁慶が
弁慶が五条の橋に出迎へば、向ふへほつそり柳ごし、白き衣をば鎌に掛け、汝は誰ぢやと問ふたれば、吾こそ源牛若丸、さてこそ曲物ござんなれ、薙刀小脇にかい込んで、ちよいと突きやアちよいと飛ぶ、おちよ/\のちよいと突きや、おぴよぴよいのぴよいと飛ぶチヨンがヨイヤサ、ヨイヤ/\。
○とんびとろゝ
とんびとろゝ、赤い物何だ、南蛮胡椒だ、胡椒なら甞めろ、甞めれば辛い、辛か水呑め、水呑めば腹がいたい、腹痛か寝て居ろ、寝て居れば蚤が喰ふ、蚤喰はゞつぶせ、つぶしたくも爪がない、爪がなきや湯へ行け、湯へ行きたくも金がない、金がなきや借りろ、借りても貸さぬ、貸さなか盗め、盗めば追はれる、追はれたら逃げろ、逃げれば転ぶ、ころんだら起きろ、起きるうちに捕らまる、捕らまる。
○おえとこさうだ
オヱトコソウダノ、紺の暖簾に伊勢屋と書いたんの、おんめ女郎は十代伝はり、粉屋の娘だんよ、あの子よい子だあの子と添ふなら、三年三月も裸体で薔薇もしよいましよ、汲みましよ、お米もとぎましよ、なるだけ朝起、上る東海道は五十三次、粉箱ヤツコラサと、担いでホイ、歩かにやなるまい、オエトコ其処のけたんの。
○清盛公
清盛公は火の病、山へ登るは石堂丸、丸い卵も切りよで四角、兎角浮世は色と酒、竹に雀は仙台さんの御紋、御門くゞれば油売茶売、高いやまから谷底見れば、見れば歯堅め歯の薬、薬峠の権現さまよ、三度笠三味猫の皮、爺と婆があつたとサ、あたあたあたゝの観音様一寸八分、八分去つても一寸残る、残る合浦外が浜、鎌で刈るよな毛が生えた、はいた傘下駄足駄、夢の枕はどうでござんす。

◎ラツパ節

おぼろ月夜の春の宵、人目をさくる松蔭に、さゝめく言葉うちたえて、一つに見ゆる影二つ、トコトヽヽテヽヽヽ。

水に浮べるをし鳥の、離れぬ様を見るにつけ、主と私と今の身を、思へばやる瀬がないわいな、トコトヽヽテヽヽヽ。

抜けば玉散る日本刀、砲声碍弾雨の其中に、我身忘れて勇ましく、討死するのも国の為めトコトヽヽテヽヽヽ。

国の誉は身の誉、散りて甲斐ある大丈夫の、残る香りは後の世に、桜と匂ふ九段坂、トコトヽヽテヽヽヽ。

宇治は茶処唄処、青葉隠れに乙女子が、赤い襷を綾とつて、節を揃えて唄ふなり、トコトヽヽテヽヽヽ。

義理と貞女を一筋に、立てし房江の真心を、神や仏も守るらん、昭信夫婦は幾久しう、トコトヽヽテヽヽヽ。

畳たゝいてこちの人、私しや悋気でなけれども、一人で挿た傘なれば、かた袖ぬれようはづはない、トコトヽヽテヽヽヽ。

母の手引で静々と、位牌捧げて歩む子の、いとしき姿うち眺め、涙に咽ぶ胸の中、トコトヽヽテヽヽヽ。

好いたお方と差し向ひ、互に心を打ち明けて、ニッコり笑つて酌をする、晴れて添ふ日を胸の中、トコトヽヽテヽヽヽ。

主は今頃いづくにと、思ふ矢先へ郵便と、投げ込む文を開き見て、思はず抱きしめ嬉しなき、
トコトヽヽテヽヽヽ。

三筋の糸で胡魔化して、そして此世渡れども、誠を明かす主もある、これが苦界の楽しみと、トコトヽヽテヽヽヽ。

男女の中にしも、恋の焔の燃ゑざらば、人の世如何に寒からん、人の世如何に寒からんトコトヽヽテヽヽヽ。

鳴て行くなる雁よ、
妾が心を察しなば、征旅に在す良夫さんへ、懐をおくれ月の夜に、トコトヽヽテヽヽヽ。

今鳴る時計は八時半、それに遅れりや重営倉、今度の日曜はないじやなし、放せ軍刀に錆がつく、トコトヽヽテヽヽヽ。

情なくされても切れはせぬ、世間の人が笑はうが、仮令未練といわれよが、思ふ念力立て見しよ、トコトヽヽテヽヽヽ。
○いきな書生さんへコ帯は、いつも学校落第し、勉強するのは女郎買、あいまに芸者も買がよい、トコトヽヽテヽヽヽ。

度々云ふのはくどけれど、便りに思ふは主斗り、不便と思ふて末ながく、かならず見捨てくださるな、トコトヽヽテヽヽヽ。

二ツ体があるなれば、一ツをお前の儘にして、残る一ツで働らいて、貯たお金はみんなやる、トコトヽヽテヽヽヽ。

一念叶ふて添ふたゆゑ、世間の噂も厭やせぬ、見れば見るほど懐しや、何うしてこんなに惚たやら、トコトヽヽテヽヽヽ。

独り淋しき閨の戸に、君や如何にと寝もやらず、思ひ乱れて更くる夜を、血に啼き過ぐる時鳥、トコトヽヽテヽヽヽ。

忽ち聞こゆる喇叭の昔、敵の逆襲小賢しと、日本刀抜きつれ先に立ち、躍進前へと弾丸の中、トコトヽヽテヽヽヽ。

◎チリツプ節

さうした邪見と初手から知れば、かうした苦労はしやせまい、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

撞いて呉れるな有明鐘の、まてよ暫しと袖とめて、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

主に叩かれ顔うちながめ、涙ふきつゝ側に寄る、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。
○粋の懐中さぐつて見たら、色の手本がたんとある、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

ないた目元を笑顔に作り、人にしらさぬ者おもひ、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

辛気待つ夜に手びのしあてゝ、のばす寝まきのすわりだこ、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

ひがし白むに灯を掻立てゝ、せめて逢ふ夜を延ばしたい、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

露の醜草なびけた殿が、声もやさしや田植唄、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

義理と人情の峠を越せば、これから出雲へ何里ある、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

遺恨十年研いた剣、抜けば玉散る日本刀、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

すねて脊中を合してゐれど、聞かしともない明の鐘、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

泥に汚れて猶さら好いは、田植もどりの妹が顔、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

四角いやうでも郵便ばこは、恋のとりもちするわいな、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。
吝な理窟を捻ねくる様な、奴にかけたい髭の税、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

義理もなさけも甘いもすいも、知れど浮気は妾のつね、チリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

名残をしさは口ヘは出さす、じつと押へし帯のはしチリツプ、チヤラツプ、アツプク、チキリキ、アツパツパー、リユウセイリユウセイ、アツプク、チキリキチヤー。

◎新吉原節

腕に二人が、互ひの固めをば、名を入墨がきれずみと、世間の手前切れねばならぬとは、苦労は初手から、ズイトコリヤ承知でも。

紙屋治兵衛は、曽根崎其辺で、女房子供のあるなかで、衣類質におき小春買ふといナ、色は思案のズイトコリヤ外かいナ。

纔か三巾の蒲団の其中で死ぬる生るの痴話喧嘩、傍で見て居る仲居は堪りやせぬ、思案のズイトコリヤ外じやもの。
源氏平家が戦争其中で梶原源太景季は、よろいしちに置き梅ケ枝買ふといナ、色は思案のズイトコリヤ外かいナ。
早野勘平が火なはで火をつけて、猪と思ふたら二ツ玉、縞の財布に小判で五十両、妻のお軽さんがズイトコリヤ身を沈む。
腹這しながら、煙管で連子窓、小障子明て見やしやんせ、主も余程情がこわすぎる、この雪見かけてズイトコリヤ帰る気か。

春は花咲く青山辺で、鈴木主水と云ふ人は、女房子あるに白糸買ふたといな色は思案のズイトコリヤ外かいナ。

◎いとやせぬ節

お前とならば何処迄も、箱根山、白糸滝の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

白糸滝はまだ愚か、日光の、華厳の滝の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

華厳の滝はまだ愚か、桜島、吹出す煙の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

吹出す煙はまだ愚か、アルプスの、峰の白雪中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

峰の白雪まだ愚か、アフリカの、広い砂漠の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

広い砂漠はまだ愚か、シベリヤの、氷の吹雪の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

氷や吹雪はまだ愚か、銀の、月の世界の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

月の世界はまだ愚か、金星の、黄金の山の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お前とならば何処迄も、富士山の、霞込めたる中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

霞の中は攻だ愚か、太平洋、山なす怒涛の中までも、何処いとやせぬ.いとやせぬ。

山なす怒涛はまだ愚か、伊太利の、ベニスのゴンドラの中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ベニスのゴンドラはまだ愚か、ベンカルの、ヤシの葉蔭の下までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ヤシの葉蔭はまだ愚か、フランスの、ヱルト、ガイストの中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ヱルト、ガイストはまだ愚か、スエーデン、錦の雲の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

錦の雲はまだ愚か、南極の、オーロラ見ゆるはてまでも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お前とならば何処迄も、三越の、ヱレベーターの中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ヱレベーターはまだ愚か、上野山、五重の塔の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

五重の塔はまだ愚か、浅草の、十二階の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

十二階はまだ愚か、オランダの、凱旋門の中までも何処いとやせぬ、いとやせぬ。

凱旋門はまだ愚か、オランダの、ウインドミルの中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ウインドミルはまだ愚か、ロッキーの、ケーブルカーの中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

ケーブルカーはまだ愚か、所沢、モーリス飛行機の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

モーリス飛行機はまだ愚か、ジヤーマンの、ツヱツペリン飛行船の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お前とならば何処までも、四畳半、箪笥長持鉢の中、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お鉢の中はまだ愚か、裏長屋、九尺二間の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

九尺二間はまだ愚か、借二階、借りた蒲団の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

借りた蒲団はまだ愚か、天幕張、草の褥の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

草の祷はまだ愚か、茅の屋根、竹の柱の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

竹の柱はまだ愚か、山の奥、炭焼くお釜の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

炭焼くお釜はまだ愚か、鴨川の、河原の石の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

河原の石はまだ愚か、頭駄袋、よどれた筵の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お前とならば何処迄も、喫茶店、コーヒー茶碗の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

コーヒー茶碗はまだ愚か、まつくろけ、豆の畑の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

豆の畑はまだ愚か、製鉄所、高い煙筒の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

高い煙筒はまだ愚か、木賃宿、破れた畳の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

破れた畳はまだ愚か、浮世節、譬尺八の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

尺八の中はまだ愚か、北海道、暗い獄舎の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

暗い獄舎はまだ愚か、彼世道、地獄の釜の中までも、何処いとやせぬ、いとやせぬ。

お前とならば何処までも、世帯して、手鍋ミズシヤ針仕事、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

ミズシ仕事はまだおろか、裏長屋、たとへ月洩る荒屋も、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

月洩る荒屋まだおろか、弁当提げ、造幣通ひをするとても、何処いとやせぬ、かまやせね。

造幣通ひはまだおろか、出来た子を、背に荷車の後押しも、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

荷車の後押しまだおろか、男装して、エンヤコラ捲いたも苦にはせぬ、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

エンヤコラ捲いたはまだおろか、日に三度、戴く御飯も二度にする、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

御飯の節倹まだ愚か、身はたとへ、骨と皮とになるとても、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

骨身をけづるはまだおろか、二人連れ、線路の錆となるとても、何処いとやせぬ、かまやせぬ。

線路の錆はまだおろか、手を取りて、三途の川の川越へも、何処いとやせぬ、かまやせぬ。



古風のもの
◎よいわいな節
鷺をからすといふたが無理か、申さでの、すむも濁るも隅田川、雪といふ字を墨でかくわいな、よいなよいわいな。

梅を桜といふたがむりか、申さでの、花も匂ひもよし野川、紅といふ字を桔梗まがひにかくわいな、よいなよいわいな。

よねをながれといふたがむりか、申さでの、昨日も今日も飛鳥川、水といふ字を紙にかくわいな、よいなよいわいな。

◎うまれぶし

かたへの烏帽子紅桔梗、身の性かくす嵯峨の、さがの奥、柴の庵の鉦の声、なまいだ、祇王祇女とて浮名たつ。

わが身の上を夜もすがら、涙とゝもに懺悔、さんげして、あたら黒髪二世三世、小指をきれば切るとて浮名たつ。

心の内はしら罌粟の、花より早き夏の風、長い羽織に合せびん、五分裂は、粋とぶすいの浮名たつ。

浮気をやめて一すぢに、末長かれとたのむ、頼む身の蓬ふ夜嬉しき実話し、異見こはいこととて浮名たつ。

◎めりやす(寛文、延宝の頃流行せり、江戸弄斎より出づ)

君が来ぬとて枕な投げそ、投げた枕にとがもなや。

衣紋つくろひ通へども、逢ひ見ることは程を経て、逢へば優曇花うれしやな。

誰が始めし恋のみち、いかなる人も踏み迷ふ、秋の夜もはや明やすき、独りねるより長の夜や

ちらり/\と花めづらしき、雪のふり袖ちらと見初しより、今は思ひの種となる。

うつゝか夢かまぼろしの、身をもちながら、遊べや唄へや、洒のみて。

◎土手鍋(寛文の頃より謡ひ始む)

かゝる山谷の草深けれど、君が住家と思へばよしや、玉のうてなも愚かでどざる、よその見る目も厭はぬ私ぢやに、お笑ひやるな名のたつに。(この外「吉原小唄」の部に出づ。)

◎芝垣節(明暦年間流行せり、唄ふのみにあらで、節に合せて踊るなり)

思ふ殿御の声はして、姿へだつる柴垣の、逢ひたや見たや恋しやと、ひとりこがるゝ胸の火の、いつそ此身をこがせかし。

柴垣々々しばがきごしに、雪のふら袖ちらと見た、ふり袖え、雪のふり袖ちらと見た。

あはれに見ゆる橋場の烟、ついに焼かるゝ身とは知らずや。

◎のんやほぶし(元緑時代の流行)

晩に御座らば、ひごなたさいてござれ/\、晩にや梅の木の技おろそ、のんやほのんやほのんやほ、ひごなたさいてござれ、晩にや梅の木の枝おろそのんやほ。

恋はうきもののんやほ、待背きぬ/゛\、つらやつらひあふ夜ながらもわが涙、のんやほのんやほ、やほ待宵きぬ/゛\つらひ/\あふ夜ながらもわが涙のんやほ。

春はござらばのんやほ、みよしの芳野へござれ/゛\、いつもながらの山ざくら、のんやほのんやほ、やほみよし野よし野へござれ/\いつもながらの山桜のんやほ。

思ひかけてはのんやほ、雲井の鳥の一声々々、閨の伽羅の香むつ言に、のんやほのんやほのんやほ、雲井の鳥の一こゑ、ねやのきやらのか睦言よ、のんやほ。
○いつの有明、のんやほ袖ふり別れしつらさに/\に、もはやあさぢもせにすぎた、のんやほやほやほ、袖ふり別れしつらさにつらさに、もはやあさぢもせにすぎたのんやほ○こひはあやにく五月雨、ふりくる涙/\/\、せめて訪へかしほとゝぎす、憂き身をさみだれ/\ふりくる涙、なみだせめて訪へかし時鳥うき身を。

夕べ/\は常さへもの淋しきに、わびし/\ちぢのあはれは妻恋ふ鹿の音、たそかれ/\物わびしきに、妻恋ふ鹿の音。

◎薩摩ぶし
(元禄時代の流行)
親は他国に、子は島原に、さくら花かやちり/゛\に。

空に鳴く音はみな、うそどりよ、ねやの内こそほとゝぎす。

お江戸出てから、戸塚はとまり、こまを早めて藤沢へ。

美濃に妻もち、尾張にすめば、雨はふらねどみのこひし。

◎ちん/\ぶし

幾夜かさねてふりつむ雪の、さのゝ渡りに駒ひきとめて、はらひかねたる吹雪のみぞれまじりにふりくるを、かちひともへそれは恋の夕ぐれ、いろに凍えて死のとも、せめて思ひを語りなばはてそれまで。

ならぬ恋ならやめたもましよ、沖のちん/\千鳥が、はねうちちがひの恋衣、さてよい中それかしやうよ、沖のちん/\千鳥がはねうちちがひの恋衣、さてよい中。

もはや明けぼの、別れのつらさ、ねやにことゝふ虫の音、絶えなばたえよ玉のを、吾が涙へそれはうき、人のねやにこと問ふ虫のね絶えなば絶えよ、玉の緒わがなみだへ。

船にめせ/\色ある里へ、なみのよる/\たれまつち山、をひてあらしのきました、みつけはこざきわけの里、船召さぬかそれはあだしあだ波、おちてしづんでしのとも、ひきはかへさじ二丁だち名はながさじ。

まつに程なく今宵となりて、年に一夜のあふせもたえて、たのむかさゝぎ/\恋のみなとの渡守、いくあきもそれはまたのおりひめあかぬ別れの名残に、いとゞたもとは星合の空にきのどく。

◎さいこのぶし(元禄時代流行せり)

佐渡と越後は、さいこのさいよすじむかひ、それはへはしをなはしをかきよ、やれさいこの/\、いよふなはしをそれはへ。

春はよしのは咲いたとさ/\、はつはなざくらをそれはへ。

夏は雲井にないたとさ/\、山時鳥それはへ。

秋は高尾にそめたとさ、そむるとなほ/\露しぐれそれはへ。

冬は霜夜のさえたとさ、冴ゆるとさなく友千鳥、それはへ。
◎源五兵衛ぶし

源五兵衛どこへ行くさかい町のまちへ、高い桟敷から楽屋を見れば、役者かわいや骨折ぢやゑ源五兵衛。

源五兵衛どこへいくさんやの町へ、高い土手から田圃を見れば、おほひかいてが打連だちて、布引てゑ源五兵衛。

源五兵衛弟はさんちやの町へ、高い二階からかしわた見れば、けんとかはいや身むさらすゑ源五兵衛。

源五兵衛おてきの伊達帯見れば、幅が二尺に長さが三尋、中はしんくの八つ打てゑ源五兵衛。

源五兵衛つけたる定紋見れば、花は吉野よ紅葉は高尾、松は唐崎霞は外山、変りあるまい我小袖ゑ源五兵街。

◎のほゝんぶし
小柴とは誰が名をつけた/\、色にみちては/\上がない。あのやおてきをたとへて見れば/\、桜花をば咲かせ/\、梅の匂ひの/\ある君ぢや/\。

梅の木末に鳴く鶯を/\、さすなさはるな/\やさしきに/\。

恋の道には浮名が立つに/\、ひらにおきやれの/\、せいげん坊/\。

君は深山のあの遅桜々々、我はさきたい/\しば桜/\。

花に短冊たが又つけた/\、枝を手折れば/\花がちる/\。

◎かゞぶし(万治、寛文の頃より唄ひ始めしもの、隆達、弄斎節より出づ)

つとめものうき一筋ならば、とくも消えなむ露の身の、日蔭しのぶのよる/\人に、逢ふをつとめの命かな。

いつしいづれの日にたちそめて、いなさはそえのみをづくし、くちも果てなば浮名も共に、おなじ浜名の橋ばしら。

よしやわざくれ身は朝顔の、日影まつ間の花の色、恨みられしもうらみし人も、共に消え行く野辺の露。

仇しこの身を烟となさば、とても浅茅の里ちかく、小夜の衣にかはとゞまりて、せめて見ぬ世のたのみとも。

別きてつれなき人ゆゑ吾は、くらす日影の朝顔か、露は袂におきあまれども甲斐も涙の身ぞつらき。

ひとり留めて怨みし甲斐も、もとの水なき隅田川、さても流れに身はくれ/゛\て、いまは藻屑の捨小舟。

◎わきてぶし(元禄時代流行せり)

花と雪とは、どれが吉野のながめやら、どうやらかうやら、わきていろわかちなく、どれが吉野のながめやら、花やら雪やらわきて

荻とはぎとは、どれが露やら嵐やら、どうやらかうやらわきて、まつ夜の袖はどれが露やら涙やら、どうやらかうやらわきて。

須磨と明石は、どれが月やら名所やら、どうやらかうやらわきて色わかちなく、どれが月やら名所やら、どうやらかうやらわきて。

仇し情は、いづれはかなき思川、どうやらかうやらわきて、あふせもなしでいづれはかなき思川、どうやらかうやらわきて。

◎長崎ぶし

しんきなしめそもめんぐるま、かけてめぐりあふよる/\は、そりやあふよる/\は、かけてめぐりあふ夜ばかり、そりやあふ。

焦れ/\てもろこし舟の、袖に湊のよる/\は、そりやあふよる/\は、袖にみなとの夜ばかり、そりやあふ。

桐の一葉のなほそれよりも、もろき涙のつゆ/\よ、そりやあふつゆ/\よ、もろき涙の露ばかり、そりやあふ。

◎潮来節(文化頃より江戸に伝はりて流行したり)

潮来出じまのまこもの中で、菖蒲さくとはしをらしや。

宇治の柴舟早瀬をわたる、わたしや君ゆゑのぼりつめ。

花はいろ/\五色に咲けど、主に見かへる花はない。

花をひともと忘れて来たが、あとで咲くやら開くやら。

ぬしはわし故わしやぬし故に、人にうらみはないわいな。

空飛ぶ鳥が物云ふならば、たよりきゝたやきかせたや。

逢うた夢見て笑うてさめて、あたり見まはし涙ぐむ。

まゝよ田舎がすみよかろ、ぬしと二人で暮すなら。

ぬしに似たやうな男があらうか、実のないのがぬしのきず。

ぬしの来る夜は宵から知れる、しめたしごきが空どける。

遠けりや遠いであきらめもせうが、なまじ近所で物思ひ。

染めてくやしきあだむらさきも、元のしら地がわしや恋し。

何の因果でわしやこのやうにむごいお前に身をやつす。

たとへ烏が鳴いたとて、天とう様出ぬうちや返しやせぬ。

月はひさしや閨までさすに、わしがこゝろはしんの闇。

ちらり/\とふる雪さへも、つもり/\てふかくなる。

柳よ/\すぐなるやなぎ、いやな風にも靡かんせ。

嘘ぢやないのに茶にするお前、ほんに私はエヽ自烈体わいな。

すこし休まうとうたゝねすれば、ぬしの夢見てまたふさぐ。

あけの烏とにはとりにくい、可愛い男の目をさます。

縁と時節をまてとはいへど、じせつどころか片時も。

くるか来るかとゆふ告鳥の、とぶをながめて思案顔。

ひぐれ/\にあなたの空を、見ては思はず袖しぼる。

裾をとらへてこれ聞かしやんせ、実ぢや誠ぢやうそぢやない。

◎二上り新内

花に嵐はちらさるゝ、わたしも義理故遠ざかる、とは云ふものゝその内に、ひよんな心が出ねばよい。

横に車を押さずとも、いやならいやぢやと云はしやんせ、相談づくのことなれば、切れても愛想はつかしやせぬ。

たぶさとる手に取すがり、あんまりむごいどうよくな、ぶたずと理解は分らうに、邪見はお前の玉に瑾。

去りし女房のかたみとて、行燈にのこせし針の跡、啼く子を肌に抱入れて、男涙にもらひ乳。

去りし女房のかたみとて、行燈にポチ/\針の跡、今度の女房が張替えて、またも気にしてじれて居る。

達磨みゝづく風車、よその子供を見るにつけ、うちの坊やも今頃は賽の河原で小石つむ。

悪どめせずとそこ放せ、翌の月日も無いやうに、とめるそなたの心より、帰る此身がどんなに/\辛からう。

一度は気やすめ二度は嘘、三度のよもやに引かされて、浮気男の癖として、女房にするとは、これが一寸の洒落かいな。

今朝も廊下でふつゝりと、切れし鼻緒の上草履、もしや昨夕の癇癪で、切れはせぬかと案じますわいな。

日の暮れ方に空見れば、塒を尋ぬる鳥さへも、夫を慕うて飛ぶものを、悲しや此身は籠の鳥。

秋はものうし鴫の声、たそがれつぐる鳩吹の、上手こそ猶物淋し、月はさすがに秋のもの。

主を待つ夜もいつしかに、更けて仮寝の床の上、叩く水鶏にだまされて、独りものうき恋の情。

きれてくれろとやはらかに、真綿で首のこわいけん、八千八声ほとゝぎす、血を吐くよりも猶つらい。

飽きもあかれもせぬ中を、よしないお方の口の端で、しばしの間とほざかり、あはれぬこの身を察さんせ。

◎トツチリトン

昔紀の国熊野の浦に、まなごの庄司が娘にて、きりよう其の名も清姫は、熊野参りの山伏の、跡を慕うて日高川、ざんぶと飛込む水けぶり、忽ち大蛇となるはての、末の此身は道成寺、蛇塚と古蹟を残します。

されば日本の出世のかゞみ、父は尾張の中村に、筑阿弥々助といふ漁師、母は日吉の権現へ、願こめかけし徴にて、程なく男子を生み落し、その子を名づけて日吉丸。

生れ故郷は忍ぶが里に、貴き僧と呼ばれたる、清水寺の清玄が、ふつと見染めし桜姫、恋に焦れて此様に、破れ衣に破笠、山家の庵にとぢ籠り、ゑがきし姿を見るにつけ、ま一目逢ひたい桜姫。

花のあづまで其名を残す、五人娘の浮気もの、白木屋お駒は髪結の、どんなもつれもゆひほどく、仇な才三を三つ櫛で、思ひきられず、きぐしが開きかゝりし花ぐしの、あの荒ぐしをさしぐしで番頭が悋気でつげの櫛。

しん州信濃のしん蕎麦よりも、いつもかはらぬ親のそば、さて名物は一の谷、義太夫「無官の太夫敦盛は、道にて敵を見失ひ、御座船にはせ着いて、父経盛に身のうへを、告げしらす事もありと、須磨の磯辺に出でられしが、船一艘もあらざれば、詮方なみに駒をのり入れ、沖の方へぞ打たせたまふ、かゝる所へ後より、
駒を早めて追ひかくる、熊が谷手打の敦盛や、紀の国そばやぜにぐはんどう、そばに居ながら知りもせず、つもごりそばのうんつよく、マ私のすきなはぬしのそば。

さけは恋路をとりもつ薬、むかしも今は三輪の里、娘心の一すぢに、上るり「これまでおまへと私が中、あふ事さへもたま/\に、千ねんも万年も、替らぬ契とおつしやつた、その約束はいつはりか在所育ちの私でも、言ひかはしたこと忘れはせぬ、あんまりむごいと取りついて、
願をかける七夕の、星の夫婦は天の川、鵲ならぬ小田巻の、うはき男の糸筋を、わきへ乱るゝこともやと、マ案じて思ひ杉酒屋。

恋のしがらみ露もつ葉末、みなと口よりさきがけも、父の安否を問はんため、上るり「その御心とはつゆ知らず、都でお別れ申してより、勿体ないことながら、とゝさんやはゝさまを思ふ案じはどこへやらあなたのことが苦になつて、ほんに指折り日をかぞへ、大内こゝろもよしひろの、はなれはせんどう灘右衛門、ねずみなきしてまり川か、しのべ浮名はたかどのに、かとうをさまる夫婦なか。

わしが思ひは千本桜、さとられまいと思へども、こゝろ弥助にうちあけて、上るり「父もきこえず母さまも、夢にも知らして下さつたら、たとへ焦れて死すればとて
ないし若君ある人に、すきぢやとむすめが惚れらりよか、ひとめはぢても心では、思ひ切られぬ胸のやみ、どうぞよしのゝしも市と、マあいもつ恋のつるべずし。

苦労すがはらぬしや白太夫、菅相丞のこの身をば、千代とけがして刈屋姫、八重にみだれし吾がおもひ、かつは判官てる国の、たつたのもみぢ色にいで、はぢをかくじゆもいとはずに
心のたけべをうちあけて、マ夫婦となるを松王丸。

これは町中この頃はやる、
いなづま形のはんてんに、日和かまはず傘をさし、たいこかたげて来たわいな、三国一の観世音、身丈は一寸八分でも、御利生のあることおをろしい、
かみなりおこしのことなれば、へそをかゝへて笑ひます。

茶屋の座敷で皆けだ物が騒いでけつかる、畜生め、こたへられぬとのぞいたら、獅子は無暗にまひまする、太皷は馬がたゝきます、狸の金さん腹つづみ、見さんせ向ふにてらされて、赤い顔してきよろきよろと、口を動かす芸なしざる。

今日は来るかと切戸をあけて、忍び泣すりや真似をする、とんだ蛙の向ふ見ず、あざけりそしる面憎さ、こそ/\風まで笑ふかと、思へばさゝにほだされて、雀もべちやくちや悪口と、見る物ごとに悪うなる、思ひなをせば恥かしや、貧はすれども風雅でくらす、心の中はちがひ棚、毎晩ねたる床のまゝ、鼻を垂してゐる顔は、遠州流で賑やかに、てんじやういもで薩摩すぎ、朝ばん二階や梯子酒、店と座敷と中の間を、かねて茶にする四畳半

いこか戻ろか気が定まらぬ、ちよつとこゝらで辻占と、待てどもまてども人は来ず、幸ひむかふに立飲みで、出来て居るかと聞いたれば、つい出来ました上加減、こいつはよいと呑み込んで、あんばいよしと言ひたれば、味噌をつけたでやめにした。

ぬしにあふみで顔三井寺と、思ふばかりで粟津ゆゑ、心もかたき石山も、秋の月からはしたなく、矢ばせない気になりますと、なみだは比良につもる雪、ふみさへあだなる片だより、水に暮らせしうきみ堂、それから先はまつばかし。

これは深草少将さまは、小野小町に恋焦れ、百夜の誓文たてんとて、雨やあられのいとひなく通ひ/\しその内に、雪にこごえて行き倒れ、
みな無駄事の九十九夜、恋にはゑらい深草も、せう/\ぬけたお人だろ。

下駄の安いのと悋気の無理は、ちつともちがはぬたとへごと、あんまりひどいやきすぎは、人には安く思はれて、一ツつまづきや緒が切れて、足にかけられ引きずられ、役にたゝぬとほりだされ、ぬしがなくなる後家となる、悪いのでひろいてがないわいな。

ぬしに一度はさかろの松よ、思ふ心の信実で、くどけばなびく相生の、松はつれないつれないと、そのつれないと打とけて、これからさきの一ツ松、夜の雨ほどしつぽりと、いつか心が住音の、岸のひめまつ首尾をまつ。

慾の世界に誰しもまよふ、さて天竺の横町の、雷殿は丸裸、ぶちや太皷を質に入れ、虎の皮のふんどしと、はかりてつきう売りはらひ、可愛やわが子の黒雲と、さて稲妻に生き別れ、地獄へ年季に行くわいナア。

白い豆ほど苦労をします、青いうちからむしられて、ゆでさやなんぞにはかられて、味噌につかれてすられたり、豆腐や醤油につくられて、馬に喰はれて屈にこかれ、としは薬とよくいつた、さて節分になりますと、鬼めも私にや困ります。



吉原小唄総まくり

△さかな端唄づくし

行く末ひろき武蔵野の、ひろき恵みの/\折りなれや。

槙の戸かりて明石の月を見つ、人ごゝろ天津乙女のへだてなく、おもひおもはす物がたり、永き夜すがらいく秋も。

くる/\/\とめぐりあひ、はやよのさまにいつか逢瀬の浪まくら。

あめが下みなうるほひて、二葉の松もはへそへて、千代のはじめに/\。

君が代の、久しかる可きためしにも、かねてぞ浮世すみよしのまつ。

山がらす、誰をうらみて墨染めに、浅きちぎりにあひ馴れそめて、なか/\今はなか/\に。

人かひ船がうらめしや、とてもうらるゝ身ぢやほどに、しづかに漕やれ、もんたとの、むかうから見し月の光らをしるべにて、今宵や君にしに行らん。

浅き契りにあひなれ染めて、なか/\今はすむまじきぞ我がこゝろ。

あの君さまに、久しうて見れど、しらたま椿色もかはらぬよ。

あの君様は、なめの木のそだちゆなれど、おちぬめなしの木よ。

なさけの花は逢ふ時ばかり、わかれになればしほれしほるゝ。

むかしも今も恋する人は、身につまされていとしう御ざるよの。

十五や六のざしきのかざり、しやくやく牡丹庭のかざりよの。

△あふみかはりまし

是から見れば上野が見ゆる、湯島浅草隅田川、あらしにつゞく笠もてたもれ、うへのあみがさを。

△れんぼながし(万治、寛文の頃流行)

君はさみだれ思はせぶりや、いとゞこがるゝ身は浮船の、浪にゆられて島磯千鳥、れんれつれつれ。

ゆふべ/\に身は浅草の、露をふみわけあの吉原に、しどろもどろと君ゆゑ迎る、れんぼれゝつれ。

△一節切

よし野山をゆきかと見れば、ゆきにはあらでこれの花のふぶきよの、これの。

なれ/\茄子背戸やのなすび、ならねばよめの、これのよめの名の立つに。これの。
君があそばす尺八を、その名たれがつけつらん、一節切りとはうらめしや、千代よろづ代のよをこめて、心のたけはかはるなよ、ふし/゛\なれば、名の立つに/\。

△ゆめのかよひ路ひらくくすし

人の身を露のいのちといふ事は、終には野辺におけばなれ、桃の媚あるすがたをば、けふとけのちにすてられて、かうは浮世にとすれども、こんな冥途にゆく道のあらさびし、此度の空誰に問はまし、道芝の露か涙かうらめしや、とはおもへども二世かけたるしるしには、憂きもつらきも君と我、同じ冥途の苦しみは、ともうけへは怨めしや。

△ほそりづくし(片撥と共に寛永の頃流行す)

ほそりのやれでところはやまとの壼坂そのふしなをすな美濃の谷汲、おしやれば誠になう、扨美濃のたにぐみ。

われも他国よ、貴所さまも又他国よ、たいがいちがいにのうされお目を下さアりよ、おしやればまことになう、扨お目を下さりよ。

しろの御門で今朝見た、又若衆は筆かな墨かな、のう扨硯紙かな、画にかきうつしてのう、扨国の土産にかしやれい、まことにのう扨国の土産に。

△れんぼの砧

哀れなるかな人々は、勤めも今はうか/\と、只いたづらになり給ふ、あるゆふぐれの事なりしに、余り彼の方恋しさに、いざやそもじを、おもはじとなづけて一夜あかさんと、朋輩ながら戯むれて、なきこのきけとなづけつゝ、さいつさゝれつ諸共に、くどきごとこそいたはしけれ、いつか斬様に彼方と、一夜なりとも我がまゝになさば、などかは今のおもひは有明の、月まつほどのうたゝ寝も、ならぬこの身はそもいかに、いつの世のむくひぞや、とは思へども御身と我身かはらずは、末はあふせとなるべしと、思ふこゝろをたよりにて、すこしの憂を凌ぎけり、かゝるところにいづくともなく、物音たかく聞えしは、若しも籬の音なるか、行て見給へとありしかば、しばたちいでゝそなたの方を眺むれば、砧の音ぞ聞こえける。実にや我が身のうきまゝに、ふること思ひいでられて候ふぞや、もろこしにそみんと言ひし人は、胡国とやらんに棄おかれしが、ふるさとにとゞめおきたる忍びつま、夜寒の寝覚をおもひやり、かうろうにのぼつて砧をうつ、思ひの末のとをりけるか、万里の外なるそみんが方に、ふるさとの砧聞こえけり、夫故憂きをも凌ぐかなれば、妾もおもひやとをらん、とてもさびしきくれはとり、綾の衣をきぬたに打ち、すこしの思ひをはらさんと、薄雲衣を取出し、いざ/\きぬたうたんとて、馴れ伏す猪の床の上涙かたしくさむしろに、むらさき立寄り諸ともに、うらみのきぬた打つとかや。

△砧の巻歌浄瑠璃
ころもにおつる松の声、夜寒を風や散らすらん、音信の/\稀なる中の秋風に、憂をしらする夕べかな、面白の折からや、頃しも秋の夕つかた、男鹿の声も物すごし、見ぬ秋風を送り来て、梢はいづれ一葉ちる、空すさましき月かげの、軒の荵にうつろひて、露の玉だれかゝる身の、思ひをのぶる夜もすがら、あらしの音を残すなよ、今のきぬたの声添へて、君がそなたに吹けや風、余りに吹きて松風よ、レイゼイブシわがこゝろ、通ひて人に見ゆならば、外の夢ばしまもるなよ、破れて後は此ころも、誰かきたりてとふ可きと、来てとふならばいつまでも衣は裁ちかへなんに、夏衣うすき契りはいまはしや、君がいのちは永き夜の、月にはとても寝られぬに、いざ/\ころも打うよ、彼の棚機のちぎりには、一夜ばかりのかり衣、天の川浪立ちへだて、逢ふ瀬甲斐なきうき秋の、梶の葉もろき露なみだ、両つの袖やしぼるらん、水かけ草の露ならば、なみうちよせようたかたの、そのふみ月のあかつきや、八月九月実にまさに永き夜の/\、月の色風景色まで、砧の音や夜あらしの、かなしみの、声虫の音の、まじりておつる露涙、ほろ/\はら/\といづれ砧のやらん/\。

△かはりいせぶし

我が庵はみやこのたつみしかぞ住む、世をうぢ山と、ゑい人は言ふなり、喜せんほつしよ。

△ひきよく

天下泰平長久に、おさまる峯の松風、雛鶴は千歳ふる、谷の流れに亀あそぶ。

桐壷の更衣の、比翼連理の契りも定めなき世のならひとて、夢のうちぞかなしき。

誰そやこの夜中にまぎれ、坂戸を敲くは雲井の雁がねか、水鶏のつくる声/\。

うらめしき我が縁、薄雪の契りか消にし人のかたみとて、涙ばかりやのこるらん。

行きくれて、旅の道うらぞさびしき波の音、かへろうと鹿のなくこゑに、我も夜すがらなきあかす。

武蔵の野辺に月の出べき山もなし、町よりいでゝ町にこそ入れ。

行平のことを松風に問へば、むらさめのことに涙ばかりよの。

彼の君さまはいなりの紅葉、色うすけれどはまに深草の見れば心も消/゛\と。
○すずむし(土手節)
うらめしの鈴虫松虫、なくべき原ではなきもせで、君さまと我との間をきれんやきれ、あんれ、きれ/\、ちんからころりと啼くの憎さよ。
○葛の菓(同)
我が恋は、葛の裏葉のきり/゛\す、怨みてはなき怨みてはなく。

人目の関(同)
思へども人目の関にとめられてこゝろ計り通ひ来ぬらん。
○ばうのつ
名残惜しさに出て見れば、庭の雪にあとあり。是こそかたみよ。雪消な/\。ばうのつの中のいもせはかはるとも、君もかはらじ我もかはらじ。

△片撥かはりぶし(片撥、ほそり、の二曲寛永の頃流行せり)

一方ならぬおもひをすれば、枕もきけよ夜こそ寝られぬ。

さすさかづきは三世の奇縁、二世までちぎる、さすもさかづき。

短夜の月に、語りも足らぬ山ほとゝぎす、初音恋しや。

あこがれて、我はさきの花よ、情に一夜宿をかるかや。

ゆめの間の浮世しんではいらぬ、おなさけあらば命あるうちに。

あらなつかしの松虫の声や、声きくたびにおりんこひしや。

つれなき君にあひなれそめて、浮名はたつに思ひふかくさ。

うらみの有るも思ひのあまり、おもはぬ君にはうらみなや、辛や。

やぶれた橋はわたるが大事、ぬしあるきさまをひくが大事よ。

寺/゛\の鐘はつきてもなるが、縁つきぬればならぬものかな。

見れば見わたす棹さしやとゞく、何故に我が恋とゞかぬぞ。

声はきけどもすがたは見えじ、君はふかみのきり/゛\す。

△雲井のらうさい(弄斎節は隆達節より謡変へたる一流にて、享保以前より行はる)

文はやりたし我が身はかゝず、ものを云へかし白紙が。

おもひすつるな、かなはぬとても、縁と浮世は末をまて。

花はちりてもまた春咲くが、君は我とは一盛り。

△吉原かはり名寄せたゞのり

花を吉野と見る人の、恋路にまよふ山谷の果、なさけにおもひ染め川や、末を高瀬ときくからに、同じ初瀬の波まくら、君もろともにいなば山、松がえはなの藤なみや、かはち八はし折を得てければ、おもひやせわたるわかれ/\のいづみの玉川や、然れば千寿のちかひにも、枯れたる木にも花咲きやわかさは二度となきものを、何なげくらん思ひあかしやと御利生有こそ嬉しけれ。めてはわかやま、せいしゆの君、実にやまことにちわごとの、頃はよしだのなりの末、こゝろの定家々隆の故に行、日頃手なれし流行り唄、ませゐらせ上げたまふにより、三味線などに乗せられて、なるうたつらめく玉かつら、かけてぞ頼むとおもひしに、西をたかせに薄雲や、さこそもみち出ぬらん、あら面白や、こがれ焦るるつくませんじゆ生田坂たのめりふしも、寝られぬまゝにたどり行、万代千代もかはらじと、夜毎にかよふはつ山の、こゝろ清原たのむとて、まさつねならね我思ひ、こよしのよしある恋衣。

△かはり美人揃へ

万代とも千代の世ながし松ケ枝のわかさ常盤にて、岸の藤なみ濡れ/\て、こむらさきそう花の香を、はつ山吹の花ごろも、こよしのかはる一ふしに籬/\の忍びごゑ、てきに語るな我が買ひ人、様を山いろおもはくしやみせんぬし、かづの怨みの玉かづら、たまかに見ゆるとやまのだけや流れんいづみなる、ふかき姿の玉川や、たかせの浪となりぬべし、西をはるかに見わたせば、さがみせいしゆに吉田の里、清原高尾いなば山、正つね坂田生田の森、吉野初瀬に花さきよ、河内にははしかをよ、花はなのさそふほとゝぎす、可惜初音の咎はつげぬぞうらみなる、漕ばいざ/\こがば浮れん対島船、浮れて山谷につきにけり。

そんじさごろも、あやめもいやよ、君のすがたを花と見る。

君は照る日かわりやふるゆきか、見ればこゝろの消え/゛\と。

思ひ出す夜はまくらと語ろ、枕ものゆゑこがるゝに。

おもてみじかの更紗の小袖、うらみながれも着ておよれ。

まくら屏風に書きおくほどに、恋しかろとや、おうさて見よ。

すゝぐまいものかたみの小袖、なれしむかしが薄くなる。

神やほとけをうらむは輪回、過去の因果よ是非もなや。

君を見たさに行てはかへり、何の因果の末ぢやら。

夢に見てさへそさまの事を、はらとないては消え/\と。

逢ふにその夜の明六つ鐘を、待つにかへたや暮六つに。

△禿おもはくおどり

思ひわかるゝそのあかつきは、鳥もはら/\われもなく。

涙でくもる今宵の月は、おもひしやまのはれやらず。

袖の振りあはせさへ他生の縁と聞くに、いはんや枕を並べてうち解けておいて、おひ/\事を今語らひて、又もあらせはふりよで侯。

月日かけてかはらじとちぎりし中を、くやくや、増花あれば見すてらる/\。

浮世にうつろひやすき君はうらみぬ、数ならぬ身ぞうらめしき。

あらしの外の友呼ぶ千鳥、君呼びかへせ、小夜ふけぬ間に。

年たけて見るも二世までのちぎり、いく千代なれや小夜の中山。

△かはりぬめり歌(ぬめり唄は万治、寛文の頃より出づ)

君が来ぬとて枕な投げそ、なげそ枕に咎もなや。

狩場の鹿は明日をも知らぬ、戯れあそべ夢の浮世に

千早振る神の前での鈴の音、神楽乙女のさつ/\の声。

衣紋つくろひ通へども、あひ見ることは程を経て、あふは優曇華嬉しやな。

見ぬまでも、夢うつゝともおもひしに、今見こがるゝそもじゆゑかな。

誰はじめし恋のみち、いかなる人もふみまよふ秋の夜。

なにはにず、しらなみたてる隅田川、見ても見あかぬ、よし野ざくら。

未生以前がはるかにましぢや、何の因果にしばへきて。

すゝぐまいもの、かたみの小袖、なれしむかしが薄くなる。

てんと八幡此上からは、立つやうき名は無にせまい。

うつゝか夢か、まぼろしの身をもちながら、遊べやうたへ酒のみて。

浮世にすめば思ひのますに月と入ろやれ山の端に。

ちゝり/\と花めづらしき、雪のふり袖ちらと見そめしより、今は思ひの種となる。

菊のませがき結たてられて、今はなか/\すいられぬ。

大津絵節

げはう梯子剃りかみなり太鼓で釣をする、お若衆は鷹を据え、塗り笠おやまは藤のはな、座頭のふんどしに犬つけば、仰天して杖をば振りあげる、あらきの鬼も発起して、鐘撞木瓢たんなまづを押へます、やつこの行列つりがね弁けい矢の根五郎。

オヽイく親父どの、その金こつちへ貸してくれ、与一兵衛びつくり仰天し、イヱ/\金では御座りませんむすめがして呉れた用意のにぎり飯、お先へ参じましよ、ヤレ/\しぶとい親父めと、抜きはなし何の苦も無く一ゑぐり、いのちと金と恩愛わかれの二つ玉。

かゝるところへ春藤玄蕃、鉄が嶽駄々右衛門と打ち連帰る、深編笠のさむらひ二人、阿漕の平治どんは家でかへ、聞いてお弓は飛んで出、此の垣一重がくろがねの、使ひはたして二分のこる、一年まてどもまだ見えね、朝顔がそりやきこえませぬ伝兵衛さん、回向せうとておすがたを、いくさのかど出にくれ/゛\も。

梅にも春はめぐる日の、はなのくもりかゆふぐれに、あだな笑がほに惚れてかよう、ふけて逢ふ夜のひとこゑは、つなはじやう意をはるさめに、書きおくる紀伊のくに、宇治は茶どころ、ゆきはともえにきんときが、枯れ野ゆかしきあきの野に出て、かうもりが玉川の月夜からすに、川だけの口舌して、むつとして羽おりかくして我がものは。

鎌倉の鶴が岡、足利将軍直よし公は、たづねたもうかぶとあらために、星ときらめく諸大名、我も/\と登りくる、かぶとのかずも四十七、目利の役目はかほよ御前、花の姿のやさしさに、師直見染て送りし玉づさを、桃の井に見付られ、むつとして目に角立て別れます。

としの若狭はたんりよ気で、鶴が岡でのいしゆばらし、あすの登城にはすつぱりこうしてと、家来加古川本蔵に様子を咄して聞かすれば、本蔵聞いてにはへおり、松の小枝を打落し、いさめる心の一思案、使者にくる力弥に出向ふ小浪こそ、まだ娘気の後や先き恥かしながらと顔隠す。

あいてかはりて塩谷が難義、師直文箱をおしひらき、何に/\これは、さなきだに重きが上のさよ衣、我妻ならでつまをかさねん、よみしてには新古今、それからいゝだすぞうごん過ごん、鮒だ/\と殿中のけんくわ、判官様はこらへかねてぞ切かける、鮒と云ふのも無理はない、もとのおこりはこひの道。

扇ケ谷の上屋敷、名ある桜をとりそろへ、花は開けどひらかぬ門戸、入くる上使は右馬の助、つゞいて薬師寺治郎左衛門、上座にならんでまじめ顔、かねてのかく悟と判官様は、無紋の上下もろはだぬいでこりや力弥、、由良之助はまだこぬかと、こへのうちほどなく来かゝる由良之助、さいごのかたみと残せし九寸五分。

てんばつであたる二つ玉、勘平見るよりこれはたび人、なむさんばうしなしたり、くすりはなきやとくわい中を、さぐりあてたる金財布、みちならぬ事ながら、天道我に与へし金と、無理な道理の分別で、ふところにをさめてかけだす元の道、弥五郎どのにお渡し申す御用金にといそぎ行く。

むつましい夫婦中も、金ゆゑわれる身のつらさ、一文字屋はおかるが手をとりて、むりにおし込籠の中、もう行きますこちの人、ずゐぶんまめでいてくださんせ、かゝさんさらばと暇乞、折から尋ね来る千崎弥五郎原郷右衛門、様子を聞いてつめかける、身の云ひ訳と勘平切腹、疵あらためて早まったとさし出す連判帳。

一力の先生は、手のなる方ヘとたいこまつしや、由良さんは人の目を忍び、つりとうろの火をてらし、よむ長文は御台よりかたきの様子こま/゛\と、よその恋じとおかるは二階からのべてうつして見る鏡、九太夫はゑんの下から覗き見る、いだきおろして顔と顔、うそからでた誠と身請のさうだん。

はる/゛\とながのたび、古郷をはをれて親子連、道もはかどらぬ女のたびぢ、富士のけしきも初雪に、今ふり袖の娘盛、早うお顔が三保の松、小浪が心はいそぐとたへぬ思ひをくみわけて、母親は夫のたましい二腰を、ひきで物に携へ山科さしてぞたどり行く。

おもてにはこむ僧が、尺八も鶴の過ごもり、鳥類でさへ子を思ふ、親のよく目か知らねども、十人並にもまさつた娘、つれない心の大石どの、かく悟はよいかとそりあげる、又も吹き出す尺八に、御無用ととたんのひやうしに声を掛、奥より出来るしうとのお石、かいどり姿で白木の三方持て出る。

泉州堺のにぎはひは、諸国荷物の入舟出舟、名も高き天川屋儀兵衛は鎌倉方のお屋敷へ、送る荷物も数ある中にもにはかにかつぎ込む長持と、共に黒しやうぞく目ばかりづきんでじつていをふりあげる、儀兵衛は長持のうへにのり、五分でも引かぬ男気を見込で頼みし由良之助。

けい略の忍姿、門をかけやで打壊し、義士のめん/\は乱入り、勇みに勇みし仇討に夜討夜討とおたがひにうろたへて下女のおさんはまるはだか、ゆもじ一つでぼんぼりをだしかけて、あんどをひつくりかへしてかはらけを、わられてながれる油だし突かれて息をつく屋のじやい。

つもり/\し雪の中、やまよ川よと合詞、高名手柄のてぞろいで、そこよこゝよと尋ね合忍ぶ師直は炭部屋の中より引出し、恨の匁大星はじめ四十七人本望とげる一刀、東天に光かがやくめん/\はほしのかたみの仮名手本名こそ高輪泉岳寺。

仇討で其名も高き、伊賀の上野で渡辺数馬助太刀は、名にしおふ荒木又右衛門、主従四人今やおそしと待かける、河合は三十六人のり込み来ればこゑをかけ、互に名乗合ひ切結ぶ中にも竹中星合桜井ひつしとたゝかへど、元より覚悟の四人は本望とげてその名を末世にのこす。

大芝居みよしやと、人の評判菊五郎、所作事は沢村と昇りつめたる長十郎、愛けうたつぷりの粂三郎、岩井の水ぎはが目に立つて、娘形は師匠譲りの梅幸は花盛り、匂は舞台香は高島屋、おや玉譲りの八代目ひゐきは益々三升で大当たり。

江戸の町芸の花、白金あざぶは新内で、常盤津は檜物丁、一中なかばし宇治湯島、お蔵前はかとうぶし、江戸半太夫は吉原よ、富本は柳橋清元はお玉が池のかつぶしや、義太夫よしずはり、役者は三丁町勧進大すもうは回向院。

江戸の花三丁町、岩手のだてしは芝雀に定十郎、娘形で花友に新車、小手のきいたる歌助権十郎、ひゐきはかはらぬ河原さき、若太夫長十郎猿蔵もおなじく小目玉、やがて出世のたきのぼり、団之助半道小次郎翫右衛門中村市村河原さき、みな/\大入人の山。

たびの衣はすゞかけの、つゆけき袖やしぼるらん、あたかのしん関にとがしの左街門きつと守つてゐる所へ山ぶし姿で十二人、きやく僧止れと呼かくる、弁慶さそくの勧進帳うたひ「それつら/\おもんみれば大おん教主のあきの月、生死長夜のながき夢「おどろかすべき人もなし、なん/\なんぞといつはり通り行く。

しおきの場所は七条河原、検使の役目は早野弥藤次相役に岩木当馬、さしもにたけき五衛門も、天命のがれぬなわ目の身となり、五郎市諸共座になほる、稚心の不便さは、(とと様みち/\もいふ通りわしやま一度かゝ様に逢たひ)としやくり上たる哀さを、聞人々ともに涙で袖しぼる、時刻移るとせき立て、五郎市を小わきにかゝへて釜の中。

縁の橋場があればこそ、吾妻橋と思ひ染、堅く誓ひし中の郷、ぬしの来るのを待乳山、何日二人が三囲の、逢ふて咄を菴崎とむらなくぜつと首尾の松、今は人目の関屋にて、まゝならぬぬしは秋葉のうすもみぢ、末は女夫に業平で嬉しの森や花川戸。

花の雲鐘は上野、また浅草は花川戸、あげ巻の助六がゆかりはち巻黒小袖、ひとヘまへを一つさげ、二へまへのくものをび、まさの下駄尺八じやの日傘、こりや又なんのこつた江戸の花、不二筑波まげの間から見へるのがあは上総どうでんすな、花のあなへやかた舟こまされるな。

君の乗るのは御所車、子供衆の持のが風車、、舟でまくのが帆車で、今のはやいと車は組は源氏車、きやりじやぼう車、引間戸でがら/\なるのがぜに車、えんさかほいとかけ声で引出は大八車や、たかなわ牛車よどの川瀬の水車だまして借るが口車。

思ひをば重菊、わたしが心は矢竹に石竹でふでをとり、起証をかきつばた、常々かわせしことのはも、きゝやうの朝顔夕顔と待あかし、よひからおもてにたち花でおまへさんの心はおにあざみ、富士つくばむねにうらみの山吹も、一夜はおまへにあをいでにつこり福寿草。

なべやきを喰ませう、かあをまへばんとりなべ姉さんは蛤なべよ、いへ/\おかねはかしはなべ、くどかれてもみぢなべ八代目はぼたんなべ、おどりこどぜうなべ、ぶう/\いふのが正がくばう、シヤモしつぽくふさんは豚なべまぐろなべ、手なべさげましよヲヤうそばつかりつくまなべ。

首尾を待乳へ三囲、おふて宵のやくそく待かねがふちうらみ五百ざき小松川、ぬしは白ひげ秋葉てゝ、日本つゝみの夕日かげ、のびた鼻げの花の里、よい中のごうめうと心はなしやたかいに隅田川、梅若もとりに竹や人。

わしが恋路は草花づくし、ぬしの桔梗をしりながら、朝顔見ると其儘に、き菊をもんだ甚助で、むねのひおゝぎけしかねて、あやめもわかぬやみの夜に、でゝゆけがしのおにあざみ、二人が中の撫子の、ねた顔ちよつとをみなへし。

身をつくし逢た夜は、人目のせきやさ乙女の、しん実をあかしたく思へどぬしはうつせみの、すまぬ顔していやしやんす、ほかにます花あろうかと、胸のかゞり火消えやらず、おまへを待風きをもみぢのか寝てさへも、夢のうきはしさめてはまぼろしかげろふの、かほ見りや気もうき舟こゝろのうす雲はれまする。

君が姿を見染し時は、ひく袖貝を振はらひ、恋はあわびの片思ひ、梅の花貝桜貝、すゐなすがいは男の心、ころは姫貝一筋にをんな心はそふじやない、いつかうれしきあふせおば、とこぶしにあふてはなれぬ蛤の、月見がすぎるとむこ入目出度いもせ貝。

西塔のむさしばう、亀井片岡伊勢駿河、山ぶしのいでたちを見るより関守ふしん顔、さとられぬそのうちに弁慶はたちあがりこんがう杖でてう/\/\、荒気の心をわざと見せむねのうち、これを見てうたがいはらして通します、主従ほつといき昔にひきかへ此ありさまと袖しぼる。

おそい/\判官殿と、いはれて高貞はつとへいふくし、おそなわりしはせつしやがぶてうほう、これはなにやらおくかほよと、文箱取出しなに/\さなきだにおもきがうへのさよごろも、これがかほよどのゝ歌かいな、むつとしてふなだ/\ふなさむらひ、ふとなとゆつても大事ないはづ、元のおこりはこひじやもの。

もふし/\おやしきさん、その様にすまして行きなます、よいの内あがらんせ、いえ/\お金ばござりませんよう/\二百ある、おさきへまはります、やれ/\しわんぼうなおやしきと、無理やりになんのくもなくひきあげる、ねらひをさだめててつぽうはなした二つ玉

大層なくらひぬけ、かゝあがちぢれつけにおしがぬけ、おふくろがみな歯ぬけ、弟がのみぬけにあねごがきたふぬけ、妹がまぬけで新造がねむけ、芸者があくぬけ路次は通りぬけ、意見は尻へぬけ、ぼうずがなまいだ/\念彿たむけ、灸はちりけおのれは夜な/\すつぱぬけ、ばばさんは白いけとくろいけのまじりげで、おまけにおぢごがきぬけでアヽなんとゆいましたつけ。

はる/゛\とゑんごく、へだてしのぶはかなしさに、あねへを尋ね江戸サアはあらくさかる所ときいて、浅草の観音様で目まなこのこはいふとが連れて逢はしてやらうとの詞を誠とうれしさに、神のめぐみか知らねども姉さあに逢つてこよひはものがたり、だアだやがアまのむねんをはらさしてくんされ姉さアちやあ。

親々のいふことそむき、都へ上りて様子を聞けば其人は、吾妻へお下りと聞て恟り都を立退いて、いつかはめぐり逢阪の、関路を跡にしておふみぢや、みのをわりさだめなく/\目もつぶれ、朝顔のものゝあいろもみづとりの、くがをさまよふ此身はいかなるいんがぞへ。

名にしあふみの八景を、茲に写して三井寺や、勢田の夕せう今こゝに、夕ぐれてらす仲の丁、君にかた田のかりねさせ、まゝにあはづのせいらんと、軒の燈ろやもの見月、約束堅い石山の、ひらのゆきぬれて色益唐崎の、まつかひもなう帰帆もはやきやばせぶね。

はいほうかたよれ/\、是はどなた様のお通りじや、藤原の時平公、なんと聞いたか桜丸、ぞんぶん云はうじやあるめへか、車やらぬとだいおんで兄きがすつとせきばらい、この松王がひきかけたみくるまを、ならば手柄にとめてみよ、時平がにらんでむめまつさくらのひやうし幕。

初鰹魚とよぶこゑは、いさみはだなる江戸つ子がはち巷はんてんで往来中を飛ぶ、そこらへ飛行ほとゝぎす、てつぺんかけねとうれて行、うの花甘茶にうかされて、おしやかもはだかでをどり出し、○もなき娘もいろめだち、かはらけへちう/\ひへまきめぐみだし、この頃うすぎになりまして合せ鏡ではなみだう。

一の谷すまの浦、いそ打浜辺に熊谷直実は、せがれの小次郎の矢きずをば無念のはがみをかみならし、おちむしやがくるかと今やおそしと待かける、それとは御大将は夢しらず、しおやの館を落給ふ道すがら、扇を開いて呼かへす、敵にうしろを見するとの一言の詞でぜひなく引かへす。

源平の舟いくさ、知盛いかりをさしあげる、能登守は舟を飛忠のりめいつはよるのはなたいしやう見送れば、日のまるでよびかへし、駒の首を振むけてあつ盛討取ほつきしてかねしゆもく、景清かぶとをとらへましよふ、与市の功名あふぎまとうに矢の見ごと。

風の夜にめつぽう早く、ねぼけてでかける火の用心さつしやりませうと三丁金ぼうで、割竹から/\打ならし、ろじや六つ切で締つ切、家主はつめばしよ仕事する、てう代さんはじしん番でまじめ顔、中にもひげだらけなばん太郎おやじや、火事をながめ拍子木たゝいてとうい/\と、やけばをさして弁当箱幟を持てはしる。

此春の吹風に、世間は五色の色をなす、天水桶が黒くなり金持地主はざつぴで青くなる、いへ主はおみきの加減でゆるりにあたつて赤くなる、店借は拍子木かち/\おくり番、割竹をがら/\ひいてねむい目をこすり、黄色な声を張上げて火の用心さつしやりませうとふれて行く。

六つ切りのろじ口で、しめだしくろうたばん太郎、たゝいてもあけてはくれず犬にはわんわんほへられて、せんかたしやうもなまけもの、いつそ是から吉原へ留りに行かうと思へども、ごろねするには銭はなし、四つ過に四百四病の病より、四百ないのはつらいもの、野宿するのはなさけなや。

夜廻りのさびしさに、しんみちうらやのけいこじよも、暮ると暇になりものは、ぺんともしやんとも音はなし、義太夫は声もふとざほで割竹本や新内の、おもてうら里明烏、火の用心とふれて行く、長うたの長き夜番も風さわぎ、清元たいせつ文字は六つぎりで〆ります。

かさ手本用心蔵、夜廻り夜打の出たちで、四十七きのまとひ組、おほやけ大飯くらの介、めい/\りゝしき合じるし、かけやにあらぬ弓張や、槍にまがひのとび口で、高名てがらのけしふだに家主はすき腹をかゝえて我家へ戻り、炭部屋り香の物を引ずりだして茶漬くひ本望とげる。

へつゝい河岸へ店を借、釜や堀から鍋町に、おたんす町を改代町で幸橋と思ふたが、浮気を数寄屋町で品川町、女と三田なら麹町、内にはちつともいなば町、渡をばあんまり馬場に聖天町、今更ぐちを飯田まちもぬしを代地と思ふゆゑ。

春風が吹屋町、てりふり町の其時は火の用心と声を大阪町、割竹町や金棒の其音羽町から水をくみ、龍こしで屋根の上野へ揚屋町、夜谷中根津に夜番を駿河町、夫で火事沙汰さつぱり仲町、世の中よし町で安針町。

思ひ思ふた其人に、わたしや三囲うれしの森とぬしの心をしらひげに、文の綾瀬をかき送り逢て恨みをいほざきと、胸もせきやのはやりぎを、こらへてじつとあくしやうな、宵の口舌のそれなりに、背中合せて結んだ夢のあけ烏、かわい/\のきぬ/゛\にちよきで戻りの三やぼり。

世の中の片輪もの、大勢あつまり立ち茶ばん、よい/\が道具立びつこが幕をひく、ちうきがつけを打つ、てんばうが三昧をひく押し唖が浄瑠璃を語ります、うしろぢや三つ口が笛をふく、腰ぬけがをどりをおどつて盲人が見物いたします、かげにてきいたらがたくりがたぴし間違ひだらけで滅法にをかしかろ。

恋ゆゑに、虫にうらみを言ふ時は花の香に迷はされ、くるひかけたるはるの蝶、切れるこころか蜘蛛のいと、いとど日ぐらし気がもめて、角を出したるでんで虫、ひよんな音づれすゞむしの、儘ならぬ末をたよりと松むしも、聞けば添はれぬ縁かよ今ではきり/゛\す。

三味線の鳴りぞめは、糸し皮いにひかされて、こつそりと忍びごま、抱て音じめのうれしさも、心ざはりが出来たやら、つらい苦労に合の手の今は顔さへ水調子、切れる下地か狂ひ出す本調子、胸は二上り三下り、何うぞ最一度音いろにあはして下さんせ。

しつぽりとぬれた夜は、恋の意地気を春雨にうつ/\と気がふさぎ、晴れぬおもひのさみだれに、眼にはなみだの入梅の雨、それに気づよくゆふだちの真につれなく振りすてゝ、今はわたしを秋の雨にくらしや主のこゝろのむら時雨、身もよもあられず解けぬおもひにつもる雪。

人の名で人でないものは、茶碗の五郎八にやけのやん八、三味線の三四郎神前の五兵衛に仏の太助、あまい薬が勘蔵に若いをんなが新造で、手水の入ものが半蔵で鮒の源五郎に鰯が金太郎、ゆびの人形が与次郎風呂のまるいが五右衛門に、きびしよが六兵衛に渡が源八合羽が重兵衛。

夏草も恋ゆゑに、苦労するかやしほ/\としなだれて物おもひ、ほんに嬉しと思ふ夜は、つらやみじかう別れして、にくや日かげにてらされて痩てゆくほど身はこがれ、ぬれて欲しさにむしやくしやと気がもつれ、また/\逢ふた夕立にとけぬ口説か打れ叩かれするわいな。

ヲヽイ定九郎どん、此金お前に貸してやる、定九郎は吃驚仰天し、いへ/\金子なら入りませぬ、盗みもしたけれど、もう入らぬと逃仕度、やれ/\慾ない定九郎と金子渡しや、なんの気もなくふくれ面、かすとからぬの、押分わかれの二人馬鹿。

あれ見やしやんせ此雪に、不憫やお袖はとぼ/\と、妹がり行けば冬の夜の、川風寒く鳥鳴く、身の終りさへ定めなく、恋し恋しに眼を泣明したる時鳥、仰げば顔にはら/\と泣く/\取り出す緋威しの、義経弁慶渡辺の綱、裏より向ふ大星力弥、右大臣左大臣あまたの女中立寄つて、これ/\申し尾上さま、帆上げた舟が見ゆるぞへ、逢ひに北やら南やら難波大津や奥二階、互に胸を明し合ひ、濡れて紅葉の長楽寺、京は故郷と立ち別れ又来る春を待つぞえ。

大津絵ぶしの唄物はヲーイ/\親父どのか、梅忠道行、大小づくし、丸角づくし、浄瑠璃ほこり叩き、端歌よせ文句、色町の仇文句、五十三次、一日橋づくし、山づくし、町づくし咄し家が青筋立て、声振り上ける新文句、青物乾物に魚づくし、うたひ廻しのおつぎは、のをまはし、おまけでちよと一盃。

四季のあそびは様々に、春立つ日の出や松に鶴、梅に鶯、花見に幕を張り、桜短冊ついて居る中にも、紫や目に立つと柳に春雨御用心、藤に尾花に牡丹に夏の蝶、菖蒲の八橋や手を引きあふて、萩の下露も、粋なゆかりに菊の盃、桐に鳳凰、鹿に紅葉に、野山のすゝきに更け行くかりがね時雨の冬ごもり。

鷲の心を白鷺が、ぬしは此頃うきね島、雁や燕の便りさへ、絶えてどこへかとびの空、わたしや鶯籠の鳥、あとを鸚鵡も儘ならぬ鶉々と日を送り、いくら鷽をば鴒で、情なき男鳥の悪鳥や、此崎どうしてよしきりか、浮気が元から今の鴫。

三筋四筋の世渡りも、うき川竹に浮れの身、合はす一座の調子さへ、客の心に合せ手や、胸は二上り三下り、浮いて見せるは水調子、義理でつとめるそのつらさ。嫌な顔すりや爪弾の、はじかるゝ家のもつれは糸まきよ、とけて恥かし音〆して、細くも命をつなぎ棹。

はやり唄と小唄終



字句略解

 鶯宿梅(村上帝の御代、清凉殿の梅樹枯れたれば、帝惜しませ玉ひ、この梅と等しかるべき名木を捜し求めよと仰せあり、蔵人承りて西の京に至り、一樹を得て奉る、その梅に短冊の附けありしを、帝御覧ぜられしに、「敕ならばいともかしこし鶯の、宿はと問はばいかゞ答へん」と書かれあり、この梅の主こそ紀の貫之が娘なり、帝深く感じ玉ひて、梅を戻させられしとなり、この故事によりて、鷺宿梅の名は起れり。)
ありやなしやの歌沢
(業平の歌に「名にしおはばいざこと問はん都鳥、わが思ふ人はありやなしやと」とあり、業平中将東に下り、隅田川の鴎を見て、都鳥と名付くる由を聞き、そゞろに都(京都)を思ひ出で、都鳥の名ある上は都の事も知り居らん、我が思ふ人は恙なきか、と問ひかけたるなり、「ありやなしやの歌沢と言ひかけし文句なり。)
あだな草
(桜の異名なり。)
合せ鬢
(男の髪の結ひ方にて、髷の下鬢を送り込み、太き元結にて結びたるもの。)
あらくさかる
(甚だ繁昌するとの意なり。)


いもがり行く
(「妹許行く」なり、女の許へ通ふ事をいふ、「思ひかねいもがり行けば冬の夜の、川風寒み千鳥なくなり」とあり。)
伊予簾
(細茎の蘆にて編める簾、伊路より産するゆえこの名あり。)
いきす魂
(生存せる人の怨霊の出るをいふ、生霊の事。)


うべや川竹
(「うべ」は宜なり、げにもといふに同じ。)
うれしの森
(大川端の屋敷に大木の椎あり、うれしの森と俗称す、対岸の首尾の松あり、山谷通ひの猪牙船は、この椎の木を見て喜ぶといふ、「船ぢや椎の木首尾の松、」「ソレ椎の木ぢや合点ぢや」などいへり。)
うしろ帯(古への婦人の帯は、皆前にて結びたりしが、立ちふるまひの邪魔となるより、横に廻したるが、慚々後ろにて結ぶ事となれり。)


おしらげの米
(精白米をいふ)
思ひ羽
(つるぎ羽、また、いてふ羽ともいふ、鴛鴦の両脇にありて、いてふの如き形をしたる羽根。)
送り舟(舟にて遊所に通ふは、山谷、深川などの仮宅に通ふ頃より盛になれるにて、遊女等は客の迎ひにとて、屋根船に乗り、船宿まで迎ひに出て、また送りとて、客と共に船に乗り行けり、之を送り舟といふ。)


かよふ神
(遊女が客に送る文の封じ目に、通ふ神と書く、転じて遊客の事ともせり。)
かほ鳥
(かほよどりの略、美しき鳥をいふ。)
蛙に柳を見てくらす
(蛙を買はずに言ひかけ、柳は島原の出口の柳にきかせたり。)
かつら男
(月の異名)
梶の葉もろき露涙
(梶の葉は七夕の夜、歌を書きて奉るもの、その葉の散りやすきをいへり。)


清元たいせつ
(「火の元たいせつ」をもぢりたるもの。)
きつゝなれにし旅衣
(業平が東下りの途次、三河国八つ橋に、かきつばたの花咲けるを見、その名を折句として歌よめと人に望まれ、「か(○)ら衣き(○)つゝなれにしつ(○)ましあれば、は(○)る/\来ぬるた(○)びをしぞ思ふ」と咏めり、意は、愛する妻を都に残して遠く来たれば、旅を佗しく思ふとなり。)

葛の葉のうらみ勝ち
(葛の葉は、風に吹かれて裏を見するものなれば、裏見、を怨みに言ひかくる事しば/\あり。)


けんと
(「けんとかあいや身をさらす」)のなどいふ、遊女の事なるが、「けんどん」の略ならん寛文のころ、一人前五分にて、「けんどん蕎麦」を売出せる者あり、端女郎の価も五分なるより、「けんどん」と異名するに至れり。
けふとけのち
(「気うとき地」との意なるべし、)「骸はけうとき山の中におさめて」と徒然草にも言へり、人気疎きの意にて、埋葬の地をいふ。)


誘ふ水
(「わびぬれば身を浮き草の根にたえて、誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ」小野小町の歌なり、文屋の康秀が三河の掾と成りし時、共に行かずやと誘はれて、この歌をよめり。)
ささの一と夜
(七夕の夜といふ。)
散茶
(遊女の異名、寛文年間、端々の売女吉原へ移りしとき風呂屋者ありて、風呂屋の家作りを用ゐ、妓夫台を置き客を引きたるが、以前の傾城とは違ひ、意気地もなくて、ふらぬといふ処より、散茶と言ひ始めしが、遂に総名となれるよし。)


しまさんこんさん
(伊勢間の山の女乞食、比丘尼などが、往来の人を見て、投げ銭を乞ふにその生国を言ひ当て、京のどなた、河内、長崎のなど誤らぬが不思議なりとぞ、また衣服を見て、縞さん紺さん、なかのりさんなどいふ、なかのりは三宝荒神のま中に乗れるをさしたるならんと。)
しなどの風
(東南の風をいふ。)
しば出立
(しば/\立ち出での意。)
忍ぶの乱れ玉章に
(伊勢物語中に、昔男元服して奈良の春日の里に所領して、狩に出でしに、其里になまめいたる同胞の女住み居たるを垣間見て心動き、しのぶずりせし狩衣の裾を切りて、「春日野の若紫のすり衣、しのぶの乱れ限り知られず」と一首の歌を書き付けやりしとなり、その意を取れり。)
しめろ中綱
(土木の工事に重き石材其の他を運ぶに、元綱、中綱、さき綱と三本の綱に多くの人掛りて、木遣り唄をうたひて引く、「中の綱から見事によ揃ふた、やれ先の綱にへ、えいや/\などいへり。)
しものとうじ(下京の東寺をいふ。)


杉酒屋
(三輪の杉酒屋などいへり、酒造家の軒に杉の葉を束ねたるを出してし印とせり、酒桶は凡て杉を用ゐ、また杉の葉を酒にひたす時は、味の変りたるをなほすともいへり、「三輪にしるしの杉」「杉葉たてる門」など咏める歌多し、大和三輪神社にある神木は三輪の神杉とて名高きものなり。)


ぜに車
(銭の穴へ心棒を通して車の如くしたるもの、戸の下へ付けて、敷居を辷りよくせるをもいふ。)


卒塔婆に腰かけた
(小野の小町老て零落し、諸所を放浪して、歩み労れて卒塔婆の上へ腰かけ憩ひ居たるを咎められたる時、「極楽の内ならばこそかたからめ、そとは何かは苦しかるべき」と歌へり、「卒塔婆」を「外は」に通はせ言へるなり。)
袖頭巾
(目のみ出して他を包める頭巾、お高祖頭巾ともいふ、日蓮宗の高祖、日蓮上人の像の頭巾に似たればといふ、宝暦中、順光といふ坊主、品川へ通ふに、日蓮上人の冠り物より思ひ付きて作りたる由、最初は、「順光頭巾」と言ひたりとか。)


たつき
(よるべ、よすがの意、「遠近のたつきも知らぬ山中に、おぼつかなくも呼子鳥かな」の歌なり。)
たそや行燈(吉原には、昔往来に夜燈を点さざりしが、「たそや」といへる遊女の闇討にせられしより以来、行燈を点ずる事とせる由、これたそや行燈の起原なりといふ。)
丹前男
(承応明暦の頃、神田雉子町に松平丹後守屋敷あり、その前に風呂屋ありて数十人の美女を抱へ、垢掻させたり、吉原通ひの若者等は、こゝにて入浴し酒など飲みて遊べるが、その頃六法組とて男達の党あり、大小をさし立髪にて異様の風をなして徘徊せしを、丹前姿とて歌舞伎にまねびしものなりといふ、「丹前」とは、「丹後殿前」を略せる語なり、「六法姿」参照。)
台笠
(昔、大名などが行列に携へし笠にて、袋に入れて棒を添へたるもの。)
立傘
「袋に入れたる長柄の傘にて、昔貴人の行列に用ゐたるもの。)
たのむかさゝぎ
(七月七日の二星の逢ふ夜なり、この時鵲来つておのが羽をひろげ、天の河に橋をかけ、織姫を渡すなりとぞ。)


辻占
(昔、何にても占はんと思ふ事ある時は、四辻へ出て、「辻や辻四辻が占の市四辻、占正しかれ辻占の神」と三遍となへて待ち、道行く人の三人目が、言ふ事を聞きて占ふ、三人目の人が物いはざれば、次の人の詞を聞くなり、「ちよつとこゝらで辻占と、待てども/\人は来ず」などいへり。)
つもごり蕎麦
(江戸にては、晦日にそばを食へば、小遣銭に困らずといへり。)
つくまなべ
(筑摩祭、また鍋祭りともいふ、近江筑摩神社の祭にて村の女共は、逢ひたる男の数程鍋を冠るなり、数を偽り冠る時は、神罰を蒙るといふ。)
十日夷の売物
(摂州今宮にて、正月十日夷の祭あり、十日夷といふ、縁起物を売る、笹の先に付けあり、其品は「●●(はぜ)袋」とて、砂金を入るゝ袋にかたどり、黄紅白の紙にて作り、中にハゼ麦を入る、「取鉢」は銀行両者屋等にて用ゐる木皿、現今用ゐられある紙を張りたる笊はこれなり、「銭叺」銭を入るゝ叺にて昔ありしも今は無し、「小判に金箱」「たばね熨斗」は普通の熨斗「茹蓮」は株が殖ゆるとの縁起、「才槌」等にて「のし」の外は皆張子細工なり。


にげ水
(武蔵野のに迯水といへり、諸説あり、この野の面を遠く望めば、水の流るゝ如く見え、行き見れば他方へ流るゝ如く見ゆ、これ一説なり、また、水野村のそれがしの構への内の小川、藪の中へ流れ入りて行末なしといふ、また一説は、宮寺村に年とらず川といふがあり、畑中より湧き出て川となり、十二月晦日にのみ、水絶ゆる故、年取らず、迯げ水といへり、又他の説には、霖雨の折、野路の通ひ成り難く、往来の人こなたあなたに迯げありく故この名ありとぞ。)
錦木
(「ちづか束ぬるにしき木の」)などいへり、一尺程なる木を彩色せしもの、奥州の夷は、女を恋いわたる時、文を送らず、錦木をその女の門に立つ、女応ぜんと思はば、早く取り入るゝなり、もし、取り入れざる時は、毎夜の如く立てて、千束にも及ぶに至れば、女逢ふ事もありといふ)
二丁立
(山谷通ひの猪牙船の艫を、二挺三挺として、急がせたりしが、其後禁止せられて、一挺となれり。)


のもせ
(「野も狭」の義にて、野も狭きまでに、の意、野もせにすだく虫の音など言へるを誤つて、体言とし、「野面」の意に用ゐたり。)



(大皷を打つ棒、バチ。)
花かつみ
(まこもの事なりともいふ、実物定かならず。)
橋場の烟
(端場とも書けり、昔は浅草橋場に火葬場ありしよりしかいふ。)
鳩吹
(猟夫の鹿を寄せんとする時、両手を合せて吹き鳴らし、鳩の声を発するをいふ、「鳩吹の上手に吹てあはれなり」の句あり。)


ひとへ前を一つさげ
(助六の文句に、「一つ印籠一つ前」とあり、昔は印籠と巾着とを合せて腰に提げたるが、助六を演ぜし俳優が、巾着を外づして、印籠のみ提げて舞台に表はれたり、また小袖で重ね着るに、前を別々に合せたりしも、この折に、前を一つに合せて登場せし故斯くはいふなり、「ひとへ前」は「ひとつ前」の誤か、一つ印籠については京伝が奇跡考に、「助六の扮作ハツハ鮫鞘一つ印籠皆其頃流行の物なり」とあり、これに依れば、俳優の創意にてはなき様なり。)


ふたつ文字
(この字の隠語なら、「ふたつ文字牛の角もじ直なもじ、ゆがみ文字とぞ君はおぼゆる」といへる歌あり、「こひしく」の隠語なり。)
ふと
(「人」なり東北地方の言。)
二つの袖やしぼるらん
(ふたつの袖とは、七夕に相逢ふ二星の袖をいふ。)
不破の板庇
(「人住まぬ不破の関屋の板庇、
あれにし後は只秋のかぜ」新古今集中の歌なり。)


べこ
(牛の事をいふ、方言なり、「べこツ児」などいふ。)


ほそり
(「ほそり」「片撥」の二曲共に寛永頃の流行歌なり。)
ぼう車
(「木遣ぢやぼう車」)」などいふ、昔重き木石等引く時、その下に「てこ」を支ひ、木遣りの唄に合せて綱を引きたり、「ぼう車」とは之をいふならん。)


まさきのかつら
(長の字の枕詞。)
まじ
(西南の海より吹き来る風、日方といふ。)


三つ櫛
(櫛は三つを以て一具となす、「解、簾、細」)これなり、解はとき櫛にて髪を解くに用うる歯の荒き櫛、簾はすき櫛にて髪の垢を取るに用うる歯の密なる櫛、細はびん櫛をいふ。)


ゆふつげ鳥
(鶏の異名。)
夢見早
(桜の異名。)


よね
(女郎をいふ、宿と書く夜寝の義なるべしと。)


龍こし
(「龍骨車」なり、古き頃の消防の用具にて龍吐水とも、ポンプともいへり、現時の蒸気喞筒とは構造違へり。


六法姿
(万治、寛文の頃ありし男達の党を六法組といへり、鶺鴒組、吉屋組、鉄棒組、唐犬組、笊籬組、大小神祇組これなり、その風俗の常の者と変れるより六法姿といへり、尚ほ「丹前男」を参照すべし。)

字句略解終



(奥付)
大正六年六月二日印刷
大正六年六月五日発行
俗曲文庫第六編
端唄及都々逸集
附はやり唄と小唄
編者海賀篤麿
発行者東京市日本橋本町三丁目八番地
   大橋新太郎
印刷者東京市小石川区久堅町百○八番地
   高橋季吉
印刷所東京市小石川区久堅町百○八番地
   博文館印刷所
発行所
東京市日本橋本町三丁目
博文館
振替貯金口座東京二四〇番
定価五十五銭