げんぺいとうじやうろく はちのげ
P2380
  〔もくろく〕
『げんぺいとうじやうろく』 くわんだいはちげ
 一、 よしつね、へいけせいばつのためにさいごくげかうのこと
 二、 いちのたに・いくたのもりかつせんのこと
 三、 くまがへ、たいふなりもりをうつこと
 四、 びつちゆうのかみのふね、せいくらうびやうゑふみかへすこと
 五、 ごとうびやうゑおつること
 六、 ほんざんみのちゆうじやう、かじはらにいけどらるること
 七、 ゑちぜんのさんみみちもり、うたるること
 八、 こざいしやうのつぼね、みをなげらるること
 九、 けいしやうのくび、ごくもんのきにかけらるること
 十、 〈 ご 〉しげひら、げんくうをこひ、ぢかいせらるること
十一、 〈 ぜん 〉しげひら、だいりにようばうをよびたてまつること
十二、 しげひら、くわんとうげかうのこと
十三、 これもり、くまのさんけいのこと つけたり なちのたきにみをなげらるること
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一 よしつね、へいけせいばつのためにさいごくげかうのこと
じゆえいにねんじふにぐわつにじふくにち、くらうよしつね、へいけせいばつのため、さいごくにげかうすべきよしふうぶんあり。
よつてろくでうどのによしつねをめされ、おほせくだされていへらく、「かみのよよりあひつたへてさんじゆのしんぎあり。しんじ・ほうけん・ないしどころこれなり。かのしんじとは、しゆじんてんわうのおんとき、やまとのくにしきのかみのこほりにてつくりいたてまつりたまへり。これすなはちていわうのしるしなり。またわうぼふでんのはこともいへり。なんぢよしつね、あひかまへてかのしんぎことゆゑなくみやこへいれたてまつるべし」とぞ、おほせくだされける。
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二 いちのたに・いくたのもりかつせんのこと
 さるほどに、へいけははりまのくにのむろやま、びつちゆうのくにのみづしま、にかどのかつせんにかつことをえしかば、さんやう・なんかいじふさんかこくのぢゆうにんら、ことごとくみがきしたがひて、そのせいすでにじふまんよきにおよべり。
 げんりやくぐわんねん〈 きのえたつ 〉しやうぐわつとをか、つのくにいちのたににじやうくわくをかまへ、ごぢんはすなはちはりまのくにのあかし・たかさご・むろやまにいたるまで、ぐんびやうおほくみちみちたり。
にぐわつよつか、ふくはらにてこだいじやうにふだうのきにちとてぶつじをおこなはる。そのついでに、じよゐ・ぢもく・そうしなんどおこなはれけるあひだ、そうぞくともにくわんをなす。だいげきなかはらのもろなほのしそくすはうのすけもろずみ、だいげきになる。ひやうぶのせうまさあきらはごゐのくらんどになされ、くらうどのじようとぞまうしける。「むかしまさかど、とうはつかこくをしたがへ、しもふさのくにさうまのこほりにみやこをたて、わがみはへいしんわうとかうされて、ひやくくわんをなしたりけるが、こよみのはかせばかりこそおかれざりけれ。それにはにるべからず。さんじゆのしんぎをたいし、きみもこれにおはしませば、いまはこれこそみやことし、じよゐ・ぢもくおこなはるること、ひがことともおぼえず」とぞまうしける。
 さるほどに、ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりは、つきひのやうやくかさなるままに、みやこにとどめおいたるひとびとのことをのみこひしくおぼしめすところに、あきんどのたよりに、きたのかたのおんふみあり。をさなきものどももなのめならずこひしがりたてまつるうへ、わがみにもつきせぬなげきやみがたきよし、かきやりたまひたるあひだ、これもりいとどせんかたなく、なみだもさらにせきあへざりけり。
 へいけは、げんじのうつてせめくだるよしいちぢやうときこえしかば、つのくにとはりまとのさかひ、いちのたにといふところにじやうくわくをかまへ、せんじやうをかため、をかにはうまをかひ、いくさぶねをうかべてぞあひまちける。
 おなじきにぐわつなぬか、おほてはつのくによりよせかけけり。
 かばのくわんじやのりよりたいしやうぐんとしてはまぢにむかひけり。あひしたがふともがらには、たけだのたらうのぶよし・かがみのじらうとほみつ・をがさはらのじらうながきよ・いちでうのじらうただより・いたがきのさぶらうかねのぶ・たけだのひやうゑありよし・いさはのごらうのぶみつ・かぢはらのへいざうかげとき・ちやくしげんたかげすゑ・おなじくへいじかげたか・むさしのくにのぢゆうにんはたけやまのしやうじじらうしげただ・しやていなかののさぶらうしげきよ・をぢいなげのさぶらうしげなり・おなじくしらうしげとも・おなじくごらうゆきしげ・やまののこしらうよしゆき・をのでらのたらうみちつな・さぬきのしらうだいふひろつな・むらかみのじらうはんぐわんだいもとくに・えびなのすけたらうすゑみつ・ちゆうでうのとうじいへなが・さうまのじらうもろつね・おなじくこくぶのごらうたねみち・ちばのすけつねたね・ちやくしたらうよりたね〈 まさなり 〉・まごのこたらうなりたね・さかひのへいじつねひで・しひなのじらうたねひら・しやうのさぶらうただいへ・おなじくしらうたかいへ・おなじくごらうひろかた・ゐのまたのこへいろくのりつな・てしがはらのごんざぶらうありなほ・なかむらの小さぶらうときつな〈 つね 〉・かはらのたらうたかなほ・おなじくじらうたかいへ・ちちぶのむしやしらうゆきつな・しぶやのしやうじしげくに・おなじくうまのじようしげすけ・あんぼのじらうさねみつ・しほやのごらうこれひろ・ふぢたのさぶらうだいふたかしげ・をしろのはちらうゆきひら・くげのじらうしげみつ、これらをはじめとしてごまんよき、おなじくにぐわつよつかうのときにみやこをたつて、おなじきひさるのこくに、せつつのこやのにぢんをとる。
 からめてのたいしやうぐんくらうくわんじやよしつねにあひしたがひ、いちのたにへむかふともがらは、とほたふみのかみよしさだ・おほうちのたらうこれよし・さいゐんのしくわんちかよし・やまなのさぶらうちかのり・たしろのくわんじやのぶつな・つちやのさぶらうむねとほ・おなじくなんこじらうよしきよ・みうらのすけよしずみ・わだのこたらうよしもり・さはらのじふらうよしつら・とひのじらうさねひら・ちやくしやたらうとほひら・やまなのさぶらうよしのり・あまわのじらうなほつね・たたらのごらうよしはる・おなじくじらうみつよし・かすやのごんのかみもりつね・ごとうびやうゑさねもと・おなじくなんもときよ・ひらやまのむしやどころすゑしげ・かはごえのたらうしげより・おなじくこたらうしげふさ・くまがへのじらうなほざね・しそくこじらうなほいへ・はらのさぶらうきよます・おほかはどのたらうひろゆき・をがはのこじらうすけやす・おなじくさぶらうすけよし・やまだのたらうしげずみ・かねこのじふらういへただ・おなじくよいちいへさだ〈 のちにちかのりといふ 〉・わたりやなぎのいやごらうきよただ・べつぷのたらうきよたか・げんぱちひろつな・かたをかのこじらうちかつね・ながゐのこたらうよしかね・つつゐのじらうよしゆき・あしなのたらうきよたか・えだのげんざう・くまゐのたらう・むさしばうべんけい・あうしうのさとうさぶらうつぎのぶ・おなじくしらうただのぶ・いせのさぶらうよしもり・なりだのごらうをはじめとしていちまんよき、おなじきひおなじきときにみやこをたつて、ふつかぢをいちにちにうつてゆく。いぬのときばかりに、たんばとはりまとのさかひなるみくさのやまのひがしのくちにはせつく。
 へいけはすまんぎのぐんびやうをそつしてこれをあひまつあひだ、げんじのつはものじふぶんの一にもおよばず。そのうへ、かのいちのたにはくちせばくしておくひろし。みなみはうみ、きたはやま、がけたかくしてびやうぶをたてたるがごとし。みづふかくしてくもみなみにむかへるににたり。まことにひともうまもかよひがたきじやうくわくなり。あかはたそのかずをしらずたてならべたり。はるのかぜにふかれてへうえうとして、かえんのもえあがるかとぞあやまちける。じやうちゆうにはおびたたしくいしゆみをはりまうけたりければ、まことにてきもおくしぬべくぞみえたりける。
 へいけのたいしやうぐんは、こまつどののじなんしんざんみのちゆうじやうすけもり・こまつのせうしやうありもり・びつちゆうのかみもろもり、さぶらひたいしやうぐんには、へいないびやうゑきよいへらをはじめとして、そのせいそうじてしちせんよき、みくさのやまのにしのやまぐちにぢんをとる。さんりのやまをなかをへだてて、げんぺいたがひにせんじやうをしむ。くらうよしつねはよひよりやどりたりけるやまぐちのざいけにひをかけたり。これをはじめとして、のにもやまにもひをつけたりければ、につちゆうにもおとらずぞてらしける。げんじのぐんびやう、やはんばかりにうちいで、さんりのやまをよるとともにぞこえにける。へいけはやはんにいたるまでようじんしけるが、「ただいまはよもよせじ」とて、もののぐぬいでふしたるところに、うへのやまよりおうとをめいてよせたりければ、へいけにはかにおどろきあわてさはぐこと、ろくしゆしんどうにことならず。げんじはやのひとつもいずして、いつせんよきをおひおとし、よもすがらやまをこえて、にしのやまぐちにぢんをとる。へいけはみくさのやまをせめおとされ、めんぼくなきあひだ、いちのたにへはむかはれず、むろやまよりふねにのり、さぬきのやしまにこえにけり。
P2398
 へいないびやうゑきよいへ、いちのたににまゐり、かくとまうしければ、だいじんどのおほきにおどろきたまひ、ししやをもつてのとのかみのぢんへまうされけるは、「いちのたにへはもりくに・さだよしをつかはしさうらひぬれば、さりともべつのことはあらじとおぼえさうらふ。いくたのもりへはしんぢゆうなごん・ほんざんみのちゆうじやうむかはれさうらへばよかりぬべしとおぼえさうらふ。みくさのやまはくらうくわんじやこのあかつきおとしてあんなれば、すすどきをのこにて、いまはこのぢんへちかづきさうらふらん。やまのてへはもりとしむかふべきよしまうしてさうらへば、きみたちいちにんそへらるべきむねまうしさうらふに、たれたれもみなじたいしさうらふ。さりとてはどどのかつせんにこそつかれてわたらせたまへども、むかはせたまふべくやさうらふらん。」のとのかみこのことをきいて、「かしこまつてうけたまはりさうらふ。さやうにひとびとのにくみまうされさうらふこそもつたいなくおぼえさうらへ。いくさとまうすは、みいちにんのだいじとするだにも、ややもすればかなひがたし。かれへはむかはじ、これへむかはんと、みをまつたうせんとおもはれば、はかばかしからじとおぼえさうらふ。のりつねにおいては、なんどなりともこはからんかたへむけたまへ。いのちのさうらはんほどはやぶるべくさうらふ」とまうされければ、だいじんどのなのめならずよろこびて、「あはれ、よをたてなほし、のとどのをよにあらせたてまつらばや」とぞのたまひける。
 いつかもくれにけり。よるにいつてみわたせば、げんじはこやのがたにぢんをとりければ、ところどころにぢんのひをたきけり。いくたのもりにもこれをみて、むかへひをやけとて、かたのごとくぞあかしける。
 ゑちぜんのさんみみちもりのきやう、おとうとのとのかみのかりやにもののぐぬぎおき、にようばうをよんでぞおはしましける。のとのかみこれをみていひけるは、「おそれあるまうしごとにてさうらへども、のりつねのふでうをばおほせをかうぶるべきに、おんことをばのりつねこそまうしさうらはんずれ。たにんはめにあまりこころにあまるとも、たれかひとこともこうじゆまうすべきや。このてはこはかるべしとて、のりつねをむけられさうらひをはんぬ。みのゆゆしきにはあらずさうらふ。ひとのじしまうすによつてなり。まことにこはかるべくさうらふ。なかにもばんどうのやつばらはばしやうにはたつしやなり。うへのかさよりみやりてどつとおとしさうらはば、とるものもとりあへずさうらふ。よくよくごしりよあるべくさうらふ」とまうされければ、げにもとやおもはれけん、いそぎもののぐして、にようばうをばかへされけり。しやうさいもんゐんにさぶらひけるこざいしやうどののつぼねこれなり。このときゆめのやうにゆきあはれ、たがひにそれぞさいごなりける。
 さるほどに、いつかのくれにおよびて、ゑつちゆうのせんじがたてのまへを、をじかひとつめじかふたつつれて、にしのかたへはしりとほりけり。ひとびと「あはやあはや」といひければ、いよのくにのぢゆうにんたけちのむしやきよのり、もとよりしかのじやうずなり、いつけのうまにはのつたり、「とのばらにしかをいてみせたてまつらん」とて、うはやのかぶらをぬきいだしてうちつがひ、むちをあてあぶみをかきあはせて、いちにのやにてめじかふたついたふしたり。をじかはもとのやまへかへりつきにけり。きよのりとつてかへして、「こころならずかりをしたり」とまうしたりければ、ひとびと「あたらやでてきをばいで」といひければ、「なにものなりともきうせんとりのまへをいきてとほらんずるものを、まへをとほすことなし」とぞまうしける。ゑつちゆうのせんじこれをみて、「いさとよ。とのばら、これこそこころえね。やまのしかのひとにちかづかざることをばぼだいにたとへたり。これにもひとかずおほくあり。おとなりにおそれていとどやまふかくこそいるべきに、このしかのはしりいづるさまこそしさいあるらめ。みくさのやまやぶれたるときこえし。みなもとのくらうがちかづきたるとおぼゆるぞ。とのばら、ようじんせらるべし」とて、うまのはるびをかため、かぶとのををしめけり。
 げんじはとうざいのきどぐちに、やあはせはなぬかのうのときとさだめければ、さらにもつていそがず。ここにぢんをとりうまをやすめ、かしこにひかへてひとをやすむ。
 ときしもきさらぎのはじめなれば、さすがにはるとはいひながら、よかんもいまだつきやらず。たけだけのしたにのこれるゆきをはなとみるところもあり。かすめるのべをみわたせば、ゆきまをわけてもえいづるわかくさのつのぐむところもあり。たにのうぐひすおとづれておぼろけにきこゆるところもあり。いづれもいづれもとりどりに、えんならざるはなかりけり。
 むゆか、よるにいつて、くらうよしつね、ひよどりごえといふふかきやまぢへうちいつたれば、きぎのこずゑももりにけり。うまのあしたちもみえず。「あはれ、このせいのなかにあんないしやあるらん。まゐつてまへうちつかまつれかし」とよしつねいひければ、おとするひともなきところに、むさしのぢゆうにんひらやまのむしやどころすゑしげすすみいでて、「それがしこそしつてさうらへ。ごぜんうちつかまつらん」とまうしければ、よしつねこれをきいて、「いかに、ひらやまはむさしのくにのものなり。しかもうひきやうじやうぞかし。はじめてみるさいこくのやまのあんないをば、いかでかしるべき」といひければ、しよにんききもあへず、ばつとわらひけり。ひらやままうしけるは、「てきのこもつたるやまのあんないをば、かうのものこそしつてさうらへ。させるしゆしかさるがくか、こころえぬとのばらのわらひやうかな」と、すこしもへんじせばくみおとしてしようぶしぬべきけしきにて、にくにくとまうしければ、ひとことのへんじするものさらになし。よしつね「もつともしかるべし」といひけるうへは、あへてとがむるともがらもなかりけり。
 さるほどに、あるやまのほらにたちいり、せうけよりわかきをとこをたづねいだしたり。ちちとおぼしきはしちじふゆうよのらうおうなり。ひらやま、かのせうくわんをとらへ、「さきにたつてこのやまのみちしるべせよ」とてうちけり。かのせうくわんまうしけるは、「あかうなりさうらふともおんうまのはなをむくまじくさうらふ。」みなもとのくらうこれをきいて、「かういふものはなにものぞ」といひければ、「このやまのしたにかせきするものにてさうらふ」とまうしければ、「それはなんのためにこれまでまゐつたるぞ。」「さんざうらふ。ひらやまどのとかや、やまのみちしるべせよとてとらはれてまゐつてさうらふ」とまうしければ、そのときわらひつるものども、「だうりにてこそひらやまは、しらぬやまのまへうちせんとまうしける。われらかやうのはかりことまではおもひもよらず。おそろしおそろし」とぞまうしける。
 おんざうし、かのをとこをちかくめし、「これよりいちのたにへはいくほどとほき」といひければ、せうくわんまうしけるは、「これよりさいこくさんりばかりさうらふらん」とまうしけり。「みちはあくしよか。」「さんざうらふ。このやまはつるごえとて、びやうぶをたてたるがごときじふごぢやうのたに、にじふぢやうのいはがけあり。ひとのかよふべきやうなし。ましてうまなんどはおもひもよるまじくさうらふ。そのうへ、やをたてひしをもうえてぞまちたてまつりさうらふらん」とまうしければ、「やれ、このやまにしかはなきか。」「しかはおほくさうらふ。せいやうのはるにもなればすま・あかしのうらかぜをしたひつつ、たんばのしかははりまへこえ、のわきふすあきにはたんばへかよひさうらふあひだ、かならずかよひぢあつてさうらふ」とまうしければ、「こはいかに、しかのかよはんみちはうまのばばや。なんぢとうとうみちしるべしてしなんせよ」といひければ、「うけたまはりさうらひぬ」とぞまうしける。
 このせうくわんをみれば、みめけしききもぎはよきをとこなり。おんざうしめをかけておもはれければ、「なんぢがおやをばなんといふぞ。なんぢがなをばたれといふぞ」とこれをとへば、「ちちをばましをのしやうじとまうしさうらふ。それがしはましをのさぶらうとまうしさうらふ」とこたへけり。おんざうし、かれをみちのしなんにして、ひよどりごえへむかはれけり。それよりましをのさぶらう、やがておんざうしにおもひつきたてまつり、むつまでくだり、さいごのともつかまつりけるは、このましをのさぶらうのことなり。
 おんざうし「れいのおほついまつにひをつけよ」といひければ、「うけたまはる」とて、とひのじらうさねひら、やどりたりけるざいけにひをかく。これをはじめとして、のにもやまにもくさきにもつけたりければ、につちゆうにもあひおとらず。「このあかりにらうばこそみちをしるらめ」とて、あしげなるうまにひきにたづなゆひかけておはれければ、あゆみもたがはず、さんりのやまをこえられけり。おんざうし、あるたふのしたにうまをひかへ、「からめてのせいはおほからずともくるしかるまじ。しかもがんぜきのやまぢなり。よるにいつてはかなふまじ」とて、いちまんよきをひきわけ、さんぜんよきはにしのおほてへむけられ、しちせんぎをばあひぐしてうたれけり。
P2409
 ここにむさしのくにのぢゆうにんくまがへのじらうなほざね、ちかくしそくこじらうなほいへをよんで、「やうれこじらう、いくさはあすのうのときのやあはせときく。あすのいくさはうちこみにて、たれさきしたりともきこえじ。こんどいつぱうのさきをもかけ、かまくらどのにきかれたてまつらんとおもひしに、からめてのたいしやうぐんにつきたり。こころせくともうましだいにて、さきせんともおぼえず。きこゆるはりまぢのなぎさへうちくだつて、いちのたにへさきによせん」とまうしければ、こじらう「さうけたまはりさうらひぬ。いくさはこれをはじめにてさうらふ。ひろみにておもふやうにかけ、こころのかうおくをも羨さうとこそぞんじさうらひしに、うましだいはくちをしくさうらふ。さらばとうとうよるふけさうらはぬに、おぼしめしたちさうらへ」とすすめければ、くまがへ「いざや、さらばひらやまにさきせられじ」とて、かちんのひたたれこばかまに、くろかはをどしのよろひ、ごんだくりげといふうまにぞのつたりける。しそくこじらうなほいへは、おもだかをひとしほすつたるひたたれに、あらひがはのはらまきよろひをき、さんまいかぶとのををしめ、きかはらなるうまにぞのつたりける。はたさしどもにたださんぎ、おほぜいのなかよりうちまぎれ、いちのたにへうちくだり、みなみをさしてうつてゆく。くまがへはひらやまにさきをせられじとおもひ、ひらやまはくまがへにさきをかけられじと、たがひにめをかけけり。
P2411
 ひらやま、いちのたにへまはらばやとおもひしところに、くまがへおやこささやきあつていでけるをみて、「あはれ、やつばらはにしのおほてへまはるごさんめれ」とめをかけ、これもにしへぞまはりける。またどうこくのぢゆうにんなりだのごらうも、くまがへ・ひらやまいでたちぬるをあやしうで、これもいちのたにへぞむかひける。
 ひらやまいちのたにをうちくだり、したはやにうつてゆくほどに、よるもふけがたになりにけり。にぐわつむゆかのよるなれば、よかんもいまだなごりあり。うまのあとくぼみにたりければ、うすごほりの、うまにさんびきのあととおぼしくて、あゆみやぶつてぞとほりたる。ひらやまこれをみて、「やすからぬ。くまがへさきにゆきにけり」とおもひて、したはやにこそいそぎけれ。
 ふけゆくままに、「こじらう、やうれ、このみちはあゆみたがへてやあるらん。ちかくとこそききつるに、こよひもすでにあけがたになりぬらんに、なぎさもいまだみえず。からめてをばはなれ、おほてにはつかず。いくさにおちたりとかいはれん。」こじらうまうしけるは、「このみちはたがはじとおぼえさうらふ。えだみちのあらばこそあゆみたがふることもさうらへ。しらぬやまぢなり。しかもよるでさうらへばこそ、とほきやうにはさうらへ。ちどりのないてさうらひつるは、うらちかくさうらふにや」といひもはてず、つとみなみのなぎさへいでたり。くまがへ「うみとなぎさとわくかたはなし。いかがすべき。」こじらう「みかたもすでにつづくらん。ここをとほらばみかたさはぎてよもとほさじ。からめてをすててこれへむかひつるは、さきをかけんとおもひてなり。このぎならばなじかはからめでをすてけん。」こじらうおきのかたをまもつて、「みちはさうらふ。なみのおりやう、これをみるに、このうみはとほあさとおぼえさうらふ。うみへうちくだつてうたせたまへ。みかたはよもしりさうらはじ。くつばみのおとをならしさうらふまじ」とて、うまよりとんでくだり、なぎさのもくづをとり、がばうをひきぬき、みづつきのとぢかねにおしかきおしかき、これをゆひつけ、またうまにとびのり、くつばみをつかみぐし、こじらうさきをしてうつてゆく。あんのごとくとほあさにて、うまのふとばら・からすがしらにはすぎず。おもひのごとく、くまがへてきみかたのあひだにうちいり、ひとうまのいきをぞやすむる。
 くまがへいひけるは、「てきもみかたもただいましづまりたり。あけになつてこそなのらめ。かつうはみかたちかづいたらんときこそきかれめ。」こじらうまうしけるは、「ただなのらせたまへ。てきをしようにんにたてよといふことはこれにさうらふ。みかたちかづいたらんときは、さきになのつたるくまがへと、これをなのらせたまひさうらはば、とくにようこそさうらはんずれ。」くまがへ、こにおしえられ、げにもとやおもひけん、てきのきどぐちちかくうちよせ、「おとにもきくらん、いまはめにもみよ。むさしのくにのぢゆうにんくまがへのじらうなほざね、おなじくしそくこじらうなほいへ。けふのいくさのいちばんなり」となのりけれども、てきもみかたもおともせず。
P2414
 さるほどに、あけになつてこれをみれば、なぎさのかたにむしやこそ、はたさしどもににき、うちつれていでたれ。くまがへこれをみて、「あはれ、ひらやまはうちこみのいくさをばこのまぬものなれば、それにてぞあるらん」とこれをおもふところに、ちかづくをみれば、それなりけり。みつしげめゆひのひたたれこばかまに、もえぎいとをどしのよろひをきて、めかすげといふいつけのうまにこそのつたりけれ。
 くまがへこれをみて、「あれはひらやまどのか。」「すゑしげよ。くまがへどのか。」「なほざねよ。」「いつより。」「よひより。」ひらやまこれをきき、「やたまへ、くまがへどの。さればこそとうにくるべかりつるを、なりだのごらうめにこしらへひかれて、とのもみつらう、いちのたにをうちくだり、にしのこざかへむかひ、われいちにんとおもひてうちのぼりつれば、うしろにものがこごゑに『ひらやまどの、ひらやまどの』とよびつるとき、たれぞとおもひ、これをひかへてきけば、なりだのごらうがこゑとききなして、『なりだどのか。』『さぞかし。』『なにごとぞ。』『あとつぎをばまたでぬけがけはせんなし。いのちいきてこそかうみやうをもせめ。おほぜいのなかにとりこめられてうたれなば、ゆめゆめひとこれをしるべからず。りをまげてみかたをうしろにあてたまへ』といひつるとき、もつともとおもひて、うまのかしらをしたになしてこれをまつほどに、なりだしたはやにうちのぼりつるほどに、ならうでうつべきかとおもひければ、さはなくて、あやなくうちとほる。きやつはだしぬくよとこころえて、『わぎみはわれをだしぬくか。そのぎならばうしろかげはみざるものを』とて、めかすげにはのつたり、しごちやうばかりはつづいてみえつるが、そののちはみえず。それもいまはちかづくらん」とかたりつつ、くまがへ・ひらやま、はたさしどもにごきになつてぞひかへたる。
 くまがへ、てきのしろのかまへをみれば、きたはやま、みなみはうみ、がけたかうしてびやうぶをそばだてたるがごとし。がんぜきががとしてひとあとひさしくたえたり。きたのやまぎはよりみなみのうみのとほあさまで、いはをくづしてやまをつき、きどぐちひとつをひらいて、たいぼくをきつてさかもぎをふさぐ。かあぶなほかよひがたし、いはんやうまのひづめにおいてをや。しやうにんほとんどこえがたし、いはんやぼんぶにおいてをや。きどのうへにはたかやぐらをかき、つはものひしとなみゐたり。したにはらうどうけんぞくしころをかたぶけてかずをしらず。やぐらのうしろにはくらおきうまをとへはたへにひつたてたり。うみのふかきにはおほぶねをうかべ、すせんのふねのなかにやぐらをかいてぞまもらせける。もしのこともあらばよういのためなり。あかはた・あかじるしかずをしらずたてならべたり。はるのかぜにふかれててんにへうえうし、かえんのもえあがるがごとし。まことにおびたたしくぞおぼえたる。てきもこれをみておくしぬばかりにぞおぼえける。
 くまがへ、かずかずあるきどぐちちかくにうちよつて、だいおんじやうをはなつてまうしけるは、「さきになのつたりつるくまがへのじらうなほざねこれにあり。こぞのふゆ、さがみのくにかまくらをたちしひより、いのちをばひやうゑのすけどのにたてまつる。なをばこうだいにとどめ、かばねをばつのくにいちのたににさらしおくべし。へいけがたのたいしやうぐんはたれぞや、なのらせたまへ。おとなきはおぢたか。ゑつちゆうのじらうびやうゑ・かづさのごらうびやうゑ・おとうとしちらうびやうゑら、まことか、びつちゆうのくにみづしま・はりまのくにむろやまりやうどのかつせんにかうみやうしたりといへども、いかに、てきによつてこそかうみやうはすれ、ひとごとにあうてはよもせじものを。なほざねにあうてかうみやうしたらんこそまことのかうみやうよ。のとのかみどのはましまさぬか。あなむざんのとのばらかな。あみだぶつあみだぶつ」とはぢしめられて、ゑつちゆうのせんじもりとし、ぢんのくちにたちいで、「せいばいしけんものを。きびしくしろのとぐちをかためよ。てきのやだねつきさせてうまのあしをつからかすべし」とぞまうしける。
 くまがへおやこをうたんとて、ゑつちゆうのじらうびやうゑもりつぎ・かづさのごらうびやうゑただみつ・おなじくあくしちびやうゑただいへ・ひだのさぶらうざゑもんかげつね・ごとうびやうゑさだつないげにじふさんぎ、しろのとぐちをひらきかけいでたり。なかにもゑつちゆうのじらうびやうゑはとくにすぐれてみわけたり。こんむらごのひたたれに、あかをどしのよろひをき、しらあしげのうまにぞのつたりける。くまがへまぢかくよりあへどもおちあはず。にじふさんぎさうなくならべてくまざりけり。にたんばかりをへだてあひ、くまがへおやこもやぶられじととがりやがたにたてなして、しころをかたぶけてひかへたり。「いかにやいかに、かけよやかけよ」とくまがへいひければ、あくしちびやうゑかけいでんとす。もりつぎひかへてまうしけるは、「きみのおんだいじこれにかぎるまじ。またもなきいのちをすてば、よきたいしやうにあうてこそすてめ。そうばうのやうなるものにあうていのちをすてていかんせん。をこのことなり」といひながら、これをとりとどめけり。
P2418
 ここにひらやま、うまのはるびをかため、はたさしどもににきうちつれて、「むさしのくにのぢゆうにんひらやまのむしやすゑしげ」となのつて、きどぐちをひらきたるあひだに、しろのうちへかけいる。じやうちゆうのものどもさんざんにかけちらされ、あるいはたにのおくへにぐるもあり、あるいはおほぢをひがしへにぐるもあり。おのおのくものこをちらすがごとし。やぐらのうへのつはものども、やぐらのしたのらうどうども、やをはなたんとすすめども、てきはにきにてはせゆく。てきをいばみかたをいつべきあひだ、ただことばばかりにて「ひきおとせや、とのばら、おしならべてくめやくめや」とののしりけれども、あへてくむものなかりけり。
 くまがへかつにのつて、「きたなし、やとのばら、うしろすがたはみぐるしや、かへせやかへせや」といひければ、ひだのさぶらうざゑもんのじよう、「かへさんにかたかるべきか」とて、なぎさをにしへかく。ごらうびやうゑ、さぶらうざゑもんがたづなをひかへて、「せんなし、やとの、きみのおんだいじけふにかぎるべきにあらず」とせいしければ、それをばおさへてもかけず。にじふさんぎも、おくぶかにうちいりたるひらやまをひだりさまになしてぞたたかひける。くまがへにうちあふものこそなかりける。あめのふるやうにいかくるやに、くまがへうまをいさせてかちむしやになつてたたかひけり。
 こじらうはおやをばうちすてて、たてぎはちかくうちよつて、「くまがへのこじらうなほいへ、しやうねんじふろくさい、いくさはこれぞはじめなる。われとおもはんとのばらは、なほいへにくめや」となのりけるが、みぎのこひぢをそでをくはへていつけられ、ちちなほざねがまへにならんでぞたつたりける。「こじらうてをおひたるか。」「さんざうらふ。みぎのこひぢをそでをくはへていつけられ、ゆみをひくべきやうなくさうらふ。やをぬいてたまへ。」「しばらくまて。ひまなし。わかむしやはてをおひてあけをひきたればこそみめよけれ。よろひをふりあげてものをみるな。やぐらのうへよりうちかぶとをいさすな。よろひづきをつねにすべし。あまりにかたぶけててつぺんいさすな。てきはせんまんありとも、ひとにうたせずわれいちにんしてうたんとおもへ。かけてはしぬとも、ひかへてたすからんとおもふな。あしくはひとでにはかけじ、なほざねがてにかけうずるぞ」といさめられて、うまれつきたるかうのものなれば、すこしもうしろあしをふまず、いとどこんじやうにてぞみえたりける。
 くまがへおやこがいおとされけるをみて、またひらやまいれちがへてたたかひけり。そのあひだにくまがへのりかへにてうつたつ。このあひだにまたひらやまうまをやすむるところに、ひらやまがはたさしてきにくみおとされ、くびをとられんとしければ、ひらやまおちあひててきをうち、はたさしをたすけてひきしりぞく。ひらやまがにどのかけとはこれなり。
 そののち、なりだのごらうさんじつきばかりにてはせきたつてたたかひけり。
 そののち、ちちぶ・あしかが・みうら・かまくらのともがら、よこやま・こだま・ゐのまた・のいよ・やまぐちたうのものども、われもわれもとをめいてかけいる。げんぺいたがひにみだれあひてたたかひけり。しばらくときをうつすほどに、かれこれともにうたるるもの、そのかずをしらず。およそいちのたにのおくのしのはらはみなくれないにぞなりにける。
P2422
 ひがしのおほていくたのもりは、うのときのやあはせとさだめたりければ、かぢはらへいざうかげとき、さきをかけてよせけり。かぢはらがてにかはらのたらうたかなほ・おなじくじらうもりなほ、さかもぎをのりこえ、たちをうちふるひ、おほぜいのなかへかけいりけり。へいけがたにこれをみて、「あなゆゆし、なかばんどうのもののこころのたけさや。ただににんしてこのおほぜいのなかへいつたらば、いかばかりのことのあるべき」といひあひけり。びつちゆうのくにのぢゆうにんまなべのしらう・おなじくごらう、いづれもせいびやうのゆうしたるあひだ、あにをばいちのたに、おとうとをばいくたのもりにおかれたり。まなべのしらう、やぐらのうへよりこれをいければ、かはらのたらうがみぎのひざふしをいられければ、やをひきぬいてこれをすてけるあひだに、たちをつへにつきたちけり。かはらのじらうはしりよつて、あにをかたにひつかけ、さかもぎをのりこえけり。まなべがにのやに、おとうとのゆんでのまたをいられければ、きやうだいひとつところにまろびければ、まなべがらうどうににんおちあひて、かはらきやうだいがくびをとりけり。
 そのとき、かぢはらへいざう、ごひやくよきにてはせきたり、「うたてあるとのばらかな。あとつぎなくてかはらきやうだいをうたせつ」とて、さかもぎをとりのけ、ごひやくよきをとがりやがたにたてなし、をめいてかけいる。しんぢゆうなごんとももり・しそくむさしのかみともあきら・ほんざんみのちゆうじやうしげひらをたいしやうぐんとしてにせんよき、かぢはらのごひやくよきをまんなかにとりこめ、「いつきももらさずうちとれ」とて、いつときばかりたたかひけり。かぢはらぶぜいなるあひだ、かなはじとやおもひけん、おほぜいのなかをうちやぶつていでけるが、「みをまつたうしてきみにつかふるはしんのいちのちゆうなり」とて、ひきしりぞきけるが、あとをみかへりて、「げんたはいかに」ととひければ、「おほぜいのなかにとりこめられてみえたまはず」とまうしければ、「さらばうたれたるか。げんたをうたせては、かげときいのちいきてもいかにかはせん」とて、とつてかへしてかけいり、これをみれば、げんたさんじつきばかりがなかにとりこめられ、ろくにんのてきにうちあひ、かぶとをばうちおとされ、わがみはうけたちになつて、いまはかうとぞみえたりける。「げんたいまだうたれず」とて、かぢはらおしよせてなのりけるは、「はちまんどののごさんねんのたたかひに、ではのくにかねざはのしろをせめしとき、しやうねんじふろくさい、てきにみぎのめをいさせ、そのやをぬかずしてたふのやをいてなをあげ、いまはごりやうのやしろといはれたる、かまくらのごんごらうかげまさがばつえふ、さがみのくにのぢゆうにんかぢはらのへいざうかげとき、いちにんたうぜんのつはものとはしらずや」とて、をめいてかく。いちにんたうぜんのなにやおそれけん、てきさうへひきしりぞく。そのとき、てきとげんたのなかへはせいり、げんたをうしろになしてさんざんにたたかひけり。しばらくいきをやすめ、「いざげんた」とて、ひきぐしていでにけり。
 げんたなほかぶとのををしめ、いむけのそでをやどもにをりかけにし、わがみはうすでおひ、「かぢはらのげんたこれにあり。これにあり」とて、おくぶかにはせいつてたたかひけり。たいしやうぐんのりよりこれをみて、ちちかげときのもとへいひやられけるは、「あまりにげんたのはやりたり。『あやまちすな。ひとをげちせよ、わがみはひかへよ』といひふくむべき」よしいひければ、げんたをまねいて、「たいしやうぐんのおほせにてあるぞ。しばらくうまのいきをやすめよ」といひければ、げんたとりあへず、かくばかり、
   〈むかしよりとりつたへたるあづさゆみ ひきてはひとのかへすものかは〉
とこそげんざんにいれおはしましさうらへ」とて、またとつてかへしてをめいてかく。
 またかぢはら、さくらのおもしろかりけるをこしにさしてはせゆきけるを、ほんざんみのちゆうじやうこれをみて、
   〈もののふのさくらがりこそよしなけれ〉
といひおくられたりければ、かげときとりあへず、
   〈いけどりとらんためとおもへば〉
とぞまうしける。
 またむさしのくにのぢゆうにんはたけやまのじらうしげただ、ごひやくよきにておしよせて、ひとときばかりたたかひけり。いしらまされてひきしりぞく。およそおほてばかりは人だねつくともやぶれがたくぞみえたりける。
P1428
 からめてのたいしやうぐんくらうよしつね、ひよどりごえのじやうだんにうちあがり、とうざいのきどぐちをみたまへば、しろはたあかはたあひまじりて、いりみだれてぞたたかひける。よしつねいひけるは、「むさしばう、あれをみよ。これほどのけんぶつありしや。」「たぐひさうらはず」とぞまうしける。おんざうし「いざ、かれをおとさん」といひければ、むさしばう「もつともしかるべくさうらふ」とて、おほきなるいしをたにのかたへむけてまろばしけり。はじめはみえて、おちつくところをいまだしらず。おんざうし「こればかりにてはいかでかしるべき。『らうばはみちをしる』といふほんもんあり」とて、らうばのかはらげなるをにひきたづねいだして、たづなむすんでうちかけ、たにのかたへむけてこれをおひおとす。なかばばかりはひとにおはれておちけるが、そののちはたにのかたにもうまいななきければ、こゑをあはせてはしりくだる。
 おんざうしいひけるは、「あはれ、とのばら、よかんずるは。かはらげはあしをそんじてたちもあがらず。いつぴきはなんなくおちついて、みぶるひしてたちたり。しゆうのつておとさばよもそんぜじ。ただおとすべし。わがみさきにかけん」とて、おとされければ、しちせんよきみなつづいておちぬ。およそこのたには、これこいしまじりのしろすなに、こけおひかさなり、すべりければ、うまのあしもすなもともにするりするりとながれけり。おとすほどにすこしうねむらなるところにおちつき、たつてひかへたり。
 そこをみれば、いはほそびえてびやうぶをたてたるがごとし。のぼるべきみちもなく、くだるべきかたもなし。「いかがせん」といひければ、みうらのおほすけがばつしに、さはらのじふらうよしつらすすみいでてまうしけるは、「これほどのところをがんぜきとまうし、さてとどむべくさうらふか。みうらのかたにて、しかひとつをもこし、とりひとつをもたてたるは、これにおとらぬところをはせゆくか。これらはみうらのばばかな。よしつらおとしてげんざんにいれん」とて、てぜいごひやくよきまつさきにかけてざつとおとす。おんざうしつづいておとしたまへば、たれかひとりもはばかるべき。しちせんよきみなともになんなくしたへぞおとしける。
 うへのやまのこぐれのひまより、しちせんよきいちどうにときをにはかにつくりけり。たけだけみね々にひびくこゑ、じふまんよきとぞきこえける。なのりもはてず、しろはたさんじふながれさしあげ、いとまもあたへずかけいりけり。
P2434
 ゑつちゆうのせんじさんびやくよきにてたたかへども、げんじのおほぜいにけちらされひきしりぞく。のとのかみ、まいどのかうみやうひとにすぐれておはしましけれども、このたびはいかがおもはれけん、ひといくさもせず、うすずみといふめいばにのり、すまのせきやにおち、それよりこぶねにのり、あはぢのいはやへわたられけり。
 ゑつちゆうのせんじばかりは、おもひきつてたたかひけり。ゆんづゑにすがり、のけかぶとになつてひかへたり。ここにゐのまたのこへいろくのりつなこれをみて、「たとひたいしやうぐんにあらずとも、へいけのさぶらひにしかるべきものなり」とて、「むさしのくにのぢゆうにんゐのまたのこへいろくのりつな」となのつて、おしならべてひきくんだり。いづれもともにだいぢからなれば、にひきのうまたへずして、ひざかきをつてふしにけり。ににんのものども、にひきのあひにおちたつたり。こへいろくはつよかりけれどもじふにんばかりのしよゐをこそすれ、もりとしはひとめにはにじふにんばかりがしよゐをすれども、ないないはろくしちじふにんがちからとぞきこえし。こへいろくをとつておさへ、くびをかききらんとす。こへいろく、かたなはぬいたりといへども、だいのをとこのだいぢからにしきつめられてひまなし。
 のりつなしたにふしながら、すこしもさはがずまうしけるは、「てきをうつはけみやう・じつみやうをきいたればこそよけれ。なもしらぬくびをとつたりともいかにかせん」とまうしければ、あんべいにおぼえて、「はやなのれ」といひければ、「われはこれむさしのくにのぢゆうにん、ゐのまたのこへいろくのりつなとて、たりじやうご、めいよのものなり。わぎみはたれぞ。」「へいけのさぶらひにゑつちゆうのせんじもりとしといふものなり。」「さてはわとのはおちうどにこそ。しゆうのよにましまさばこそ、くびをとつてくんこうもあらめ。へいけのうんめいおのれにかたぶきぬ。につぽんこくをてきにうけていかがしたまふべき。われをたすけたまへ。とののいのちばかりは、のりつながくんこうにまうしかへて、たすけまうすべし」といひければ、もりとしとうざいをみまはしけり。げんじのつはものみちみちてのがれやるべきかたなきあひだ、げにもとやおもひけん、「いちぢやうか。」
「いちぢやうよ。われをたすけたらんひとをば、いかでかたすけたてまつらざるべき。」もりとしまうしけるは、「とのもじやうごなりといひたり。もりとしもへいけのさぶらひにはいちばんのじやうごよ。たすけたまへ。のうでみせたてまつらん。こども・いへのこにじふよにんあり。たすけたまへ」とて、ひきおこすに、うしろはどろのふかきた、まへははたけのやうなるうねに、いちにんあしをさしくだして、いきをやすめてゐたり。
 ここに、よこやまたうにひとみのしらうといふもの、くろかはをどしのよろひに、あしげのうまにのつていでたり。ゑつちゆうのせんじ、あやしげにおもひて、「これはたさうらふぞ」ととひければ、こへいろくたちあがり、これをみてまうしけるは、「くるしうさうらはず。のりつながをぢにひとみのしらうとまうすものにてさうらふ。きこえさうらふだいぢからのせいびやうよ。のりつながさんじふにんのしよゐをするものなり。〈 からごんをかまへていへるなり。 〉のりつなうたれさうらふともてきをとるべきものにてさうらふ。のりつなのたすけたてまつるよしきくほどにては、ゆめゆめてをかけたてまつるまじきものでさうらふ。こころやすくおぼしめされよ」とまうしけり。されども、ゐのまたにはこころをうちあたへ、いまくるものをあやしげにおもひて、めをはなさずこれをみる。
 もりとしはだいのをとこのふとりきはまりたるが、ほそきうねにしりをかけ、むねかへりなるやうにてゐたり。「きやつがむないたをついたらんに、なじかつきこまざるべき。ころさん」とおもひ、いまきたるものをみるやうにて、ちからあしをたておほせ、ただひとかたなにえいとつく。あんのごとく、うしろのふかたにまさかさまにつきいりけり。くさずりのかへすところをつかみ、つかもこぶしもとほれとほれとみかたなさしてくびをとりけり。
 やまのてもはややぶれぬ、いちのたにはくまがへ・ひらやまにやぶられぬ。おほぜいしだいにせめいれば、へいけのぐんびやううみへぞはせいりける。なぎさなぎさにまうけぶねおほけれども、いつさうづつにはのらずして、もののぐしたるむしやども、ふねいつさうにいちにせんにんこみのりければ、なじかはしづまざるべき、まのあたりにおほぶねにさんさうしづみて、そこのもくづとなりぬ。せんてい・にゐどのいげしかるべきひとびとのめされたるふねどもに、あわてまよひのらんとしければ、おほいとの、ゑつちゆうのじらうびやうゑにおほせつけ、ふなばたをながせければ、あるいはうでをうちおとされ、あるいはかひなをうちおとされ、なぎさなぎさにたふれふし、をめきさけぶぞむざんなる。
 しなののくにのぢゆうにんむらかみのじらうはんぐわんだい、にしのおほてよりはせいり、すま・いたやどのざいけ・かりやにひをかけたりければ、にしのかぜはげしくふいて、くろけぶりひがしへおしかけたり。「あれみよや。にしのてはやぶられぬ」と、とるものもとりあへず、われさきにとおちまよひけり。たいしやうぐんもさんざんになりければ、いくたのもりもやぶれにけり。
 しもふさのくにのぢゆうにんとよたがらうどう、みなわのじらう・おなじくはちらう、「よからんてきもがな」とまつところに、くろかはをどしのよろひきたるが、かぶとをうちおとされたるむしやいつき、じゆうるいもなくていできたり。みなわのじらう、たれとはしらず、てきにおしならべ、ぬきまうけたるたちなれば、をどりかかつてしととうつ。みなわのじらううちもはてず、もとどりをつかんでくらのまへわにひきつけ、くびかききつてぞとつたりける。
 このくびをとりつけにつけ、うまにうちのつて、おとうとのはちらうをみるになし。はせまはつてこれをたづぬるほどに、ふるゐのくづれてあさくなつたるに、むしやににんくんでふしたり。うへなるをみればじやうらふとおぼえたり。くちばのあやのひたたれに、もえぎいとをどしのよろひに、しらほしのかぶとをき、ながふくりんのたちをはきたり。したなるむしやはくろいとをどしのよろひをきたり。じらう「はちらうか」ととへば、「さぞかし」といふ。じらううまよりくだり、うへなるてきをつかみひけども、げにもつてつよかりけり。みなわのじらう、ひだりのてにててつぺんのあなにてをいれ、みぎのてをもつてしころをつかみ、えいやごゑをいだしてこれをひいたりければ、てきかしらをひとふりふる。じらうゆんづゑいちまいばかりなげられけるが、かぶとのををひききり、とびながらおきあがりてもとどりをつかみたりければ、ひきあげてくびをかききつてとり、おとうとのはちらうをひきおこす。のちにこれをたづぬれば、しゆりのだいぶつねもりのばつし、むくかんのたいふあつもりとぞきこえける。
P2442
 さつまのかみただのりはをかべのろくやたがためにうたれたまひぬ。すまのせきやはただのりのちぎやうしよなれば、ゆきひらちゆうなごんのあとをおひ、つねにかのところへくだられけり。あるつじだうのぢゆうぢのそう、かたのごとくこしをりをするあひだ、ごくわいごとにめされつつ、なさけあることばをかけたりしかば、このおんかばねをたづねいだし、さうそう・だびのぎしきをいとなみ、さまざまのけうやうをいたす。されば、ひとはよにあるときは、もつともなさけあることばをひとにかくべきものをとぞおぼえし。
P2444
三 くまがへ、たいふなりもりをうつこと
くまがへのじらうなほざねはいまだぶんどりもせず、「あはれよからうてきもがな。うちとらん」とおもひ、すまのせきやへうちよせて、おきのかたをみやれば、たすけぶねどもをこぎちらせり。「さだめておちうどこれへぞくるらん」とおもひ、ひきあげたりけるおほぶねのかげに、とばかりありて、くつわのおときこゆるあひだ、ふねのはづよりさしのぞいてこれをみれば、むらさきぢにねりいとをもつてねしのをぬひたるひたたれに、むらさきすそごのよろひをき、うはおびにはかんちくのひちりきをこのしだんのやたてにいれてさしたり。またこまきものをさしぐしたり。のちにこれをみれば、かくぞかいたりける。
 あうばいたうりのはるのあしたになりぬれば、つまよつまよとさへずるうぐひすの、のべにあだめくしのびねや、のべのかすみにあらはれて、そとものさくらいかばかり、かさねさくらんやへざくら。きうかさんぷくのてんにもなりぬれば、ふぢなみいとふほととぎす、よよのかやりびしたもえて、しのぶるこひのここちかな。きぎくしらんのあきのくれにもなりぬれば、かべにすだくきりぎりす、尾上のしか、たつたのもみぢあはれなり。けんとうそせつのゆふべにもなりぬれば、たにのをがはのかよひぢも、みなしろたへになりわたる。さしもなごりのをしかりし、ふるさとのきぎのこずゑをみすてつつ、いちのたにのこけのしたにうもれんかなしさよ。
とぞかかれたる。
P2446
 うちかぶとはしろじろとして、わたりのふねをまぶつて、なみのなかへうちいりけるを、くまがへこれをみて、「ここもとをかくるはたいしやうぐんとこそみたてまつれ。たいしやうぐんほどのひとの、てきにうしろをみするやうやさうらふ。あなみぐるしや。かへさせたまへ」とまうしければ、うちわらつてひきかへしけるが、「ようこそみけれ。わぎみはたそ」といへば、「むさしのくにのぢゆうにん、くまがへのじらうなほざね」とぞまうしける。「なんぢにあうてはなのるべからず。ただくびをとつてひとにみせよ」といひければ、くまがへひつくんでなぎさにおちぬ。
 くまがへひきあふのけてこれをみれば、じふろくしちのわかてんじやうびとの、ふとまゆにつくり、かねぐろなり。こじらうにみあはせてこれをみるに、をりふしこじらうみえざりければ、うたれてやあるらんと、おぼつかなかりければ、「さんやのけだもの、がうがのうろくづまでも、おんあいのみちはせつなり。いはんやじんりんにおいてをや。いかでかおもひしらざるべき。このとののおや、このとのをうたせてなげきたまはんこと、なほざねがこじらうをうたせてなげかんも、いづれかしようれつあるべき。はなちたてまつらばや」とおもひて、しはうをみれば、みかたのものどもこれおほし。「たとひなほざねたすけたてまつるとも、よにんはよもたすけたてまつらじ。ひとでにかけたてまつり、『くまがへのうちもらしぬるをうつたり』といはれなば、こうだいのちじよくなり。せんずるところ、このとのをうち、ごせをとぶらひたてまつらばや」 とおもふあひだ、「かさねておんなをうけたまはらん」とて、まうしけるは、「べつのぎにてはさうらはず。かまくらどののおほせに、『へいじのたいしやうぐんをうつたらんものは、かうげをいはず、こくしゆになすべき』よし、はりぶみにおされてさうらふ。きみをうちたてまつらんくんこうのゆゑに、なほざねほどのぼくせうぐあんのみがこくしゆとなりさうらはんこと、ばくたいのごおんにあらずや。そのはうこうには、ぜんごんをしゆしそうをくやうしたてまつるとも、たがためにもゑかうしたてまつらざること、むねんにおぼえさうらへば、かやうにはまうしさうらふなり」とまうしければ、このとのいひけるは、「ぢゆうだいさうでんのけにんにもあらず、ひごろのよしみもなしといへども、これほどにおもふことこそしんべうなれ。うちまかせてはなんぢにあうてなのるべきにあらずといへども、このことばのありがたさになのるなり。われはこれだいじやうにふだうのおとうと、かどわきのへいぢゆうなごんのりもりのさんなん、くらんどのたいふなりもりとて、みづからはことしじふろくさい、はやはやくびをとれ」とぞいひける。
 くまがへまうしけるは、「きみはごいちもんともにいちごふしよかんのおんみにて、ときおそきこそさうらはんずれ、なほざねをうらみさせたまふな」とて、かぶとをとつてこれをひきあふのけてみれば、みどりのまゆずみあせににほひ、ぼけぼけとみえけり。いづくにかたなをあつべしともおぼえず、なくなくくびをぞとりにける。
 このくびをとりつけにつけ、うまにうちのり、みかたにあふごとに、「これごらんさうらへ、とのばら。かどわきどののさんなん、くらんどのたいふとて、じふろくさいになりたまふをうつたるぞや」とて、なきゆきけり。かまくらどのよをとりたまひてのち、いくほどなくてつひにしゆつけして、にしやまのしやうにんほふねんばうのでしになり、つひにわうじやうのそくわいをとげにけり。
P2451
四 びつちゆうのかみのふね、せいくらうびやうゑふみかへすこと
しんぢゆうなごんのさぶらひに、きよくらうびやうゑとまうしけるもの、しゆうにはおひはなれぬ、だいのをとこのふとくきはめたるが、かひなきうまにはのつたり、あとよりてきはおつかくる。おきのかたをみれば、ふねいつさうこいでとほる。びつちゆうのかみのふねとみなして、「ここをとほらせたまふはびつちゆうのかみどののおんふねとこそみたてまつりさうらへ。まうされさうらふは、しんぢゆうなごんどののみうちに、きよくらうびやうゑいへとしとまうすものにてさうらふ。たすけおはしませ」とまうしければ、ひとびとくちぐちに「ただこぎとほらせたまへ」とまうしければ、びつちゆうのかみいひけるは、「てきなりともたすけよといはれなばたすくべし。いはんやみかたなり。しかもしんぢゆうなごんのさいあいのものなり。もしせんにひとつもたすかりたらば、のちにいはれんことこそはづかしけれ。ただこのふねをさしよせよ」とて、よせられたり。いへとしたかきところにのぼりあがつてまちかけたり。あひだわづかにさんぢやうばかりなり。てきはちかづく、あまりにはやくみえければ、びつちゆうのかみいひけるは、「いへとしとべかし。」「さうけたまはりさうらふ」と、はばかりながらえいととびけるが、とびはづして、ふなばたをふんでふみかへす。これをみて、はせよつて、ふねをばくまでにかけてひきよせけり。びつちゆうのかみはうたれたまひぬ。いへとしもうせにけり。
P2453
五 ごとうびやうゑおつること
 ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきやうは、かちんにしろきいとをもつてむらちどりをぬひたるひたたれに、もえぎいとをどしのよろひきて、のりかへどもににきつれて、にしにむかつて、たすけぶねをこころざしておちられけるほどに、かぢはらのへいざう、たいしやうぐんとめをかけ、「あれはいかに。たいしやうぐんとこそみたてまつれ。おんうしろすがたみぐるしうさうらふ。かへさせたまへ」とまうしければ、きかぬがふねともてなしておつるところに、かぢはらがのつたるうまはのりつかれておひつきがたし、なかざしとつてつがひ、とほやにいたりけり。しげひらのめされたるどうじかげのさんづのしたに、のぶかうこそいこうだり。くつきやうのめいばなれども、やをたてぬれば、ことのほかによはりにけり。
 しげひらひさうのうまによめなしつきげをば、のりかへのために、めのとごごとうびやうゑをのせられたり。「どうじかげにやたちぬれば、このうまさだめてめされんずらん。ことばのかからぬさきに」とおもひ、うまのはなをきたのかたへひきむけておちゆきけり。さんみのちゆうじやうこれをみて、「やうれ、もりなが。そのうままゐらせよ。しげひらのうま、てをおひたり。ひごろはさはちぎらざりしものを。うらめしくもわれをすつるかな」とおほせられけれども、そらきかずして、いむけのそでなるあかじるしをぬきすて、むちあぶみをあはせてはせにげぬ。
P2455
六 ほんざんみのちゆうじやう、かじはらにいけどらるること
しげひらちからおよびたまはず、うみへはせいりたまへど、それもとほあさにて、しづみもえたまはず。こしがたなをぬいてうはおびをきりすてたまひけるは、じがいをせんとや、またうみにいらんとやみえしほどに、かぢはらほどなくはせきたり、うまよりとびおり、かちばしりにもたせたるなぎなたをとつて、「きみにわたらせたまふとみたてまつる。さがみのくにのぢゆうにん、かぢはらのへいざうかげとき、まゐつてさうらふ。おんともつかまつらん」とて、ひまなくはしりより、とりたてまつつてわがうまにのせたてまつり、しづわまへわにいましめつけ、わがみはのりかへにのつてひきぐしたてまつり、おほてのかたへぞむかひける。
 かげときまうしけるは、「いかにあれていのさぶらひをばめしぐせられさうらひけるぞ。かげときがやうにさうらはんものをめしぐせられさうらはんは、これほどのことさうらはじ」とはぢしめたてまつる。さんみのちゆうじやうのちにひとにかたりたまひけるは、「かげときにはぢしめられしこと、ひやくせんのほこをもつてむねをさされんも、これにはすぎじ」といひけり。
 ごとうびやうゑは、のちにはくまのほふしにをなかのほつけうとまうしけるごけにのもとに、うしろみをしたりけるが、そしようのためにしやうらくしたりければ、きやうぢゆうのきせんこれをみて、「あなむざんや、さんみのちゆうじやうどののさしもいとをしくおぼしめされたりしものの、いつしよにてともかうもならで、おもひもかけぬにこうのしりまひして、はれふるまひするこそむざんなれ」と、つまびきをしてにくみあひければ、そののちかくれにけり。
 しんぢゆうなごんとももり・しそくむさしのかみともあきら、さぶらひにはけんもつのたらうよりかた、さんぎつれてふねにつかんとはせられけるに、うちわのはたさしたるこだまたうにやありけん、ごろくきばかりにてをめいてかく。これをみて、けんもつのたらうきはめたるゆみのじやうずなれば、はたさしがくびのほねをいぬく。はたさしうまよりさかさまにおちにけり。
 しんぢゆうなごんとももり、ゆんだけのほどちかづけども、しそくむさしのかみともあきら、じふしちさいになられけるが、ちちをてきにくませじと、なかにへだててくんでおとし、とつておさへてくびをきる。てきがたのわらは、おちあひて、むさしのかみをばさしころす。けんもつのたらうよりかた、ひざのふしをいさせて、たちもあがらざりければ、はらをかききつてしににけり。
 しんぢゆうなごんは、このすきににげのびにけり。ゐのうへぐろといふくきやうのうまにのり、うみのめんにじふよちやうおよがせて、ふねにつきたり。かのふねにはうまのたつべきやうもなかりければ、あはのみんぶしげよしまうしけるは、「あたら、てきのものになんぬべし。いとめさうらはん」とまうしければ、「さもあらばあれ、ちくしやうといへども、われをたすけたらんうまをば、いかでかころすべき」とて、なぎさにむけておひかへす。
 しんぢゆうなごん、このうまのために、つきにいちどたいざんぶくんをぞまつられける。そのゆゑにや、かのうまにたすけられたまひにけり。くらうはうぐわん、かのうまをとつてゐんへまゐらせたりければ、なのたかきうまなれば、いちのみうまやにたてられけるが、くろきうまのふとくたくましければ、ゐのうへぐろともまうしけり。かはごえのたらうがとつたりければ、かはごえぐろともなづく。
P2460
 とももりのきやう、おほいとのにむかひたてまつり、なみだをながしてまうされけるは、「ただいちにんもちてさうらふむさしのかみにもおくれさうらひぬ。けんもつのたらうもうたれをはんぬ。いのちはよくをしいものでさうらひけり。ただひとりもつたるこが、おやのいのちにかはらんとてきにくみつるに、ひきもかへさざりけり。ほかのひとのみるところこそはずかしけれ」とてなかせたまへば、おほいとのおほせられけるは、「あはれなるかな。むさしのかみはてもきき、こころもたけく、よきたいしやうにておはしましつるものを」といひながら、おんこうゑもんのかみのかほをみたてまつり、さうがんよりなみだをうけたまひけり。これをみたてまつるつはものどももおのおのそでをぞしぼりける。
 むさしのさぶらうざゑもんありくに・いがのへいないざゑもんいへなが、これらににんはしんぢゆうなごんいちにのものどもにて、たがひにちぎりふかければ、いつしよにしなんとぞおもひける。
P2463
七 ゑちぜんのさんみみちもり、うたるること
かどわきのへいちゆうなごんのりもりのちやくし、ゑちぜんのさんみみちもりのきやう、みなとはたにつきおちられけり。あふみのくにのぢゆうにんささきのさぶらうもりつなこれをみたてまつり、ななきのせいにておつかけていく。くんだたきぐちのときかずといふさぶらひ、まへにふさがつて、「きみはおちさせたまへ。ふせぎやつかまつりさうらはん」とまうしければ、「いかに、なんぢはひごろいひつるちぎりをばたがはんとするぞ。このにようばうをば、われともかうもならば、みやこへおくりたてまつれ。それぞさいごのともしたるとおもふべし」といひけるあひだ、さすがにいのちもをしければ、やぶのなかへぞいりける。さんみ、うんやつきたまひにけん、うまさかさまにたふれければ、しちきがなかにとりこめて、うちたてまつる。くびをばたちのきつさきにさしつらぬき、「かどわきへいぢゆうなごんのちやくし、ゑちぜんのさんみどのをば、あふみのくにのぢゆうにんささきのさぶらうもりつなうつたり」と、たきぐちがゐたるまへをよびてとほる。ときかずはしりいでてとりつきたくはおもへども、かつうはゆいごんをもたがへじと、なくなくゐたるぞむざんなる。たきぐちよるにいつて、きたのかたにまゐり、このよしをまうしければ、「ゆめかうつつか、まことかや」とて、ひきかづいてふしたまひぬ。
P2466
いちのたに・いくたのもりにてうたれしひとびとはいくせんまんといふことをしらず。みなとがはひがしのはまぢより、にしはしほやぐちにいたるまで、ごじふよちやうのあひだに、ひしとくびをぞきりかけたる。しかのみならず、りたうをふくみてちにたふれ、ながれやにあたつてしにたるたぐひ、たださんをちらせるがごとし。そのほか、みづにしづみ、やまにかくれたるともがら、いくせんまんかあるらんと、あはれなりしことどもなり。
P2473
八 こざいしやうのつぼね、みをなげらるること
そもそも、このたびうたれぬるひとびとのきたのかた、みな、さまをぞかへられける。
 ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきたのかたは、ごでうのだいなごんくにつなのおんむすめ、だいなごんのすけどのとぞまうしける。うちのおんめのとにておはしましければ、おほいとのせいしけるあひだ、あまにもなりたまはず。
 ゑちぜんのさんみみちもりのきやうのきたのかたは、ことうぎやうぶきやうのりかたのおんむすめ、しやうさいもんゐん〈 とばのゐんのおんむすめ、ごしらかはのほふわうのきさき 〉のこざいしやうどのとまうしけるにようばうなり。みちもりたがひにこころざしふかかりければ、こきやうをたちいで、やへのしほぢにこえたまひしより、なみのうへ、ふねのうちにても、いちにちへんしなれどもあひはなれず。あすうちいでんとてのよる、おとうとののとのかみのかりやによび、のとのかみにいさめられたまひしも、このひとのおんことなり。いちぢやううたれたまへりとききたまひしかば、ひきかづきてふしたまふ。あはれなるかな、れんぼのなみだはまくらのうへのつゆをうかべ、しうたんのほのほはきものなかのしゆをこがす。
 こんどうたれたまへるひとびとのきたのかた、いづれもなげきはあさからねども、このきたのかたはことわりにすぎてふかかりけり。ひかずのふるままにふかくおもひいりたまひて、ゆみづをだにもきこしめし入れず。めのとごのにようばうただいちにんつきそひたてまつるも、おなじくまくらをならべふししづむるが、「かくてわたらせたまはんには、なんとかけてかつゆのいのちもながらへたまふべき」とおもひけるあひだ、このにようばうなくなくこしらへまうしけるは、「いまはいかにおぼしめすともかなふまじ。おんみみとならせたまひてのち、をさなきひとをもそだてたてまつり、ことののわすれがたみともごらんぜよ。それなほおんなぐさめなくは、おんさまをかへ、かのごしやうをもとぶらひおはしませかし。しやうじはつねのならひ、いまはじめておどろきおぼしめすべきにあらず」となぐさめまうせども、ただひとへになくよりほかのことはなし。
 じふさんにちのよる、ひとしづまりかうふけて、めのとごのにようばうをよびおこしていひけるは、「あすうちいでんとてのよる、よもすがらこころぼそきことどもかたりつづけて、『あすのいくさにはうたれんとこころぼそくおぼゆ』とて、なみだをながしたまひしかば、わがみも『いかにかくいふやらん』とこころさはぎしておもひしかども、かならずしかるべしともおもはざりき。またいひしことのいとをしさよ。『われもしうたれなんのちは、いかんしておはすらん。よのならひはさてしもあらじ。いかなるひとにみえたまふとも、われなわするな』といひしことのむざんなれば、みづのそこへもいらんとおもふぞとよ。またよにながらへてあるならば、こころならぬこともぞある。おのれがひとりなげかんことこそいとをしけれ。またひごろははづかしさにいはざりしかども、いまをかぎりとおもひしかば、『ひごろなやむことのありしを、ひとにとへば、ただならずとこそきけ』といひたりしかば、なのめならずこれをよろこび、『すでにさんじふになりなんとするに、こといふものなかりつるに、はじめてこれをみんことのうれしさよ』といひけることのえきなさよ。おろかなりけるかねごとかな。いかなるをとこなればいきてのわかれをかなしみ、いかなるをんななればをとこにをくれてつれなかるべき。このものをひととそだてて、みんをりをりごとには、むかしのひとのみこひしくて、おもひのかずはまさるとも、わするることはよもあらじ。いまはなかなか、みそめみえそめしくものうへのそのよるのちぎりくやしくて、かのげんじのたいしやうの、おぼろづきよのないしのかみ、こきでんのほそどのも、わがみのうへとかなしきぞ」と、なくなくいひけり。
 めのとごのにようばうむねうちさはぎ、あやしかりければ、「げにもおぼしめしたちさうらはば、ちひろのそこへもひきぐしてこそいらせたまへ。ながくはをくれたてまつらじものを」と、なくなくまうしければ、このことあしくきかれたるかとおぼされけん、ことばをかへていひけるは、「およそひとのわかれのかなしさ、よのうらめしさをおもふには、みをなげんといふこと、よのつねのならひぞかし。されどもいかでまさしくみをばむなしくなすべき。たとひいかなることをおもひたつとも、いかでかそこには知らせであるべき。こころやすくおもはれよ」といひければ、げにもとやおもひけん、すこしまどろみいりけるに、ひそかにはいいでて、さいごのいでたちをぞしたまひける。
 さんみどののさうしばこをひらき、これをみれば、かがみはくもりなけれども、うつりしひとのかげもなし。さるままにふるきうたいつしゆくちずさみたまふ。
   〈ことわりやくもればこそはますかがみ うつりしかげもみえずなるらめ〉
 げんじろくじふでふのなかに、つねにてなしたまひけるまきものごろくくわんをとり、さうのわきにいれ、ふなばたにのぞみたまひ、いづくかにしなるらんとみたまへば、まんまんたるかいちゆうにて、いづくをにしとはしらねども、つきのいるさのやまのはしを、そなたのそらとおもひやり、おきのしらすになくちどり、ともまどはすかとあはれなり。あまのとわたるかぢまくら、かすかにきこゆるえいやごゑ、なみだをもよほすつまとなる。にしにむかひいひけるは、「たとひさんみ、とうじやうかつせんのみちにおもむきて、いのちをすつるはつみふかきみなりとも、みだによらいはあくごふのともがらをもいんぜふしたまふなれば、われらふさいをむかへたまへ」とて、しのびてねんぶつひやつぺんばかりとなへつつ、てをあはせてうみへとびいりぬ。
P2479
 やはんのことなれば、ひとねいりてみたてまつらず。かんどりいちにんおどろきて、「にようばうのうみにいりたまひぬる」とののしるあひだ、めのとごのにようばうおきあがり、「あなこころうや」とて、かたはらをさぐれども、みえたまはず。「あなむざんや」とてをめきさけぶ。すいしゆ・かんどりをおろしひたしてたづねたてまつれども、つきはおぼろにかすかなり、なるとのおきのはやしほなれば、なみのはなもしろし、きたまへるきぬもしろければ、たづぬれどもたづぬれども、とみにもみつけたてまつらず。はるかにほどをへて、とりあげたてまつれば、ねりぬきのふたつぎぬにしろきはかま、たけなるかみをはじめてしほ々とぬれて、おんいきばかりかよふあひだ、おんめのとのにようばうこれをみて、ふしまろび、なくなくおんてをとつて、かほにあててまうしけるは、「われおいたるおやにはなれ、をさなきこをすててつきそひたてまつるかひもなく、みなそこへもひきぐしてはいりたまはずして、うらめしくもひとりむなしくならせたまひつるものかな。わがきみ、いまいちどおんこゑをきかせたまへ」とて、ふしまろびてかなしめども、ひとことのへんじもなし。よるもやうやうあけゆけば、かよひしいきもたえはてぬ。
 さるままに、のこりとどめたまひたりけるゑちぜんのさんみのきせながいちりやう、うかびもぞするとて、おしまとひたてまつり、うみへかへしいれにけり。めのとのにようばうも、をくれじとうみへとびいらんとしけるを、ひとびとあまたとりとどめければ、せんちゆうにふしまろび、をめきさけぶことかぎりなし。みづからかみをばはさみおろしければ、かどわきへいぢゆうなごんのりもりのおんこ、ちゆうなごんのりつしちゆうくわい、かみをそりのき、だいじようかいをさづけたまひけり。
 さつまのかみただのり・たぢまのかみつねまさのきたのかた、いづれもおとらぬなげきなれども、さらにわがみをばうしなはず。むかしもいまもためしすくなかりしことなり。かのとうてんのせつぢよがあとまでもおもひのこすことなし。
ひととせ、ほうげんのかつせんのとき、ろくでうのはんぐわんためよしがにようばう、をつとにをくれみをなげけるこそありがたしとおもひしに、これをきくものそでをしぼらぬはなかりけり。「けんじんはじくんにつかへず、ていぢよはりやうふにとつがず」といへり。かれはこのもんにたがはず、まことなるかな。ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりのきやう、このありさまをきいて、「かやうにひとりあかしくらすはものうけれども、かしこうぞこれらをみやこにとどめおきてける。まのあたりにかからまし」とぞいひける。
P2483
九 けいしやうのくび、ごくもんのきにかけらるること
 さるほどに、げんりやくぐわんねんにぐわつとをか、いちのたににてうたれしへいじのくびども、きやうにいるよし、ののしり
あへり。そのたぐひのひとびと、みやこにかくれゐたりけるが、きもをけしこころをまよはしあへり。おなじきじふさんにち、たいふはんぐわんなかよりいげのけびゐし、ろくでうがはらにいでむかひ、へいじのくびをうけとつて、ひがしのとうゐんおほぢをきたへわたし、ひだりざまのごくもんのきにかけてけり。
 ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりのきたのかたは、げんじのうつてさいこくへくだるよしきくたびごとに、きもをけしこころをさむくしたまふところに、いちのたににてへいけのこりすくなくうたれたまへるうへ、ほんざんみのちゆうじやうしげひらもいきながらぶしにとられてしやうらくし、ならびにへいじのくびどもおほくみやこへめされけるよしきこえければ、きたのかた、「さだめてわがひともこのうちにはもれじ」といひながらなきたまへば、わかぎみ・ひめぎみもともになきたまふことかぎりなし。
 ゑちぜんのさんみみちもり・さつまのかみただのり・たぢまのかみつねまさ・むさしのかみともあきら。かどわきのへいぢゆうなごんのりもりのばつしなりもり・しゆりのだいぶつねもりのしそくあつもり、このににんはいまだむくわんにて、ただたいふとぞまうしける。さぶらひにはゑつちゆうのせんじもりとしのくびもわたされけり。
 このくびどもおのおのおほぢをわたし、ごくもんのきにかけらるべきよし、のりより・よしつねともにこれをまうしけるあひだ、ほふわうおぼしめしわづらひて、くらんどのさゑもんごんのすけさだながをもつて、だいじやうだいじん・さだいじん・うだいじん・ほりかはのだいなごんにおんたづねありければ、おのおのいちどうにまうされけるは、「せんていのおんとき〈 あんとくてんわう 〉、このともがらはせきりのしんとしてともいへにつかへき。なかんづく、けいしやうのくびをおほぢをわたしごくもんのきにかけらるること、いまだそのれいをきかず。そのうへ、のりより・よしつねがまうしじやう、あながちにごきよようあるべからず」とまうされければ、わたさるまじかりけるを、のりより・よしつねかさねてまうしけるは、「ちちよしとものくび、おほぢをわたしてごくもんのきにかけられたることけんぜんなり。しかるをちちのはぢをすすがんがために、しんみやうをすててかつせんせしむるところなり。かつうはてうてきなり、かつうはしてきなれば、まうしうくるところ、おんゆるしなきにおいては、じこんいごなんのいさみあつてかてうてきをついたうすべき」と、よしつねことにこれをいきどほりまうしければ、おほぢをわたしかけられにけり。
 かのよしつねは、にさいのときちちよしともをうたれ、そのゆくへをしらず、にじふごねんのせいざうをおくり、ちちのてきをほろぼしけること、ふししぜんのことわりなり。
P2489
十 しげひら、だいりにようばうをよびたてまつること
 じふしにち、ほんざんみのちゆうじやうしげひらのきやう、ろくでうをひがしへわたさる。あいずりのひたたれに、こばちえふのくるまのぜんごのすだれをまきあげ、さうのものみをひらきてぞわたされける。いたはしくおもひいりたるけしきなり。みえじとはせられけれども、なみださらにとどまらず。みるひとそのかずをしらず。ただゆめのここちぞせられける。
 ひとびとまうしけるは、「いとをしや、このとのは、にふだうどのにもにゐどのにもおぼえのこにておはせしかば、よもおもんじたてまつり、したしきひとびともところをおき、うちへまゐりたまふにも、らうにやくことばをかけたてまつり、わがみもいたはしげに、くちをかしきことをもいひおき、ひとにもしたはれたまひしものを。これはなんとをほろぼしたまひぬるがらんのばつにこそ」とまうしあへり。
 ろくでうがはらまでわたして、はちでうほりかはのみだうにいれたてまつる。とひのじらうさねひら、ずいひやうさんじつきばかりをあひぐしてこれをしゆごしたてまつる。
 ゐんのごしよより、くらんどのさゑもんごんのすけさだながをおんつかひとして、しげひらのもとへまかりむかふ。せきいにしやくをぞもつたりける。さんみのちゆうじやうはねりぬきのふたつこそでに、こむらごのひたたれ、をりえぼしひきたててぞおはしましける。「むかしはなんともおもはざりしさだながを、いまはめいどにてみやうくわんをみんもこれにはすぎじ」とぞおもはれける。ゐんぜんのおもむき、でうでうこれをおほせふくむ。「せんずるところ、さんじゆのしんぎみやこへかへしいれたてまつらば、さいこくへかへしつかはすべきちよくぢやうあり」とまうしければ、さんみのちゆうじやうまうされけるは、「いまはかかるみになつてさうらへば、したしきものにおもてをあはすべしともおぼえずさうらふ。そのうへ、しゆしやうみやこへくわんぎよなからんには、いかでかしんぎばかりをかへしいれらるべき。もしをんなごころにてさうらへば、ははなんどやむざんともおもひさうらふらん。さりながら、もしやとさいこくへまうしてみさうらはん」とて、さきのさゑもんのじようしげくにをくだしつかはしけり。
P2492
 さんみのちゆうじやうのとしごろめしつかはれけるむくのうまのじようとものり、とひのじらうがもとへきてまうしけるは、「このとしごろめしつかはれさうらひしむくのうまのじようとまうすものでさうらふが、はつでうのゐんへけんざんして、かかるみにてさいこくへもくだりさうらはず。けふおほぢをわたされたまひつるをみたてまつり、あはれにかなしくさうらふ。おんゆるされをかうぶつて、おんこころをなぐさめたてまつりさうらはん。これごらんさうらへ、こしのかたなをだにもささずさうらへば、ゆめひがことすまじくさうらふ」と、なくなくまうしければ、とひのじらうなさけあるものにて、すみやかにこれをゆるしてけり。
 とものりまゐつたれば、さんみのちゆうじやうなのめならずうれしげにおぼしめし、こしかたゆくすゑをものがたりしたまひ、たがひになみだをぞながしたまひける。「そもそも、なんぢしてときどきふみをつかはしたりしだいりのひとはいかに」といへば、「だいりにおんわたりさうらふが、『つねにわすれたてまつらず』とおほせられさうらふとこそうけたまはりさうらへ」とまうしければ、「さいこくへくだりしときもなんぢなきあひだ、ふみをもやらず、ものをもいひおかざりしかば、ひごろのちぎりいつはりになりぬとこそおもひけめ」とて、ふみをかいてつかはさる。ぶしどもあやしみまうしければ、このふみをみせければ、すなはちゆるしけり。
 あさどき、だいりにもちまゐりてうかがへども、ひるはひとめのしげければ、ひをくらしてのち、だいりへまぎれいる。このにようばうのおんつぼねあたりへたたずみ、たちぎきしければ、にようばうのこゑにてなくなくいひけるは、「なんのつみのむくひによつてか、さんみのちゆうじやうばかりしもいきながらとられ、おほぢをわたされ、うきなをながすらん」とて、なきたまへば、「あなむざんや、ここにもおもはれけるものを」とおもひて、ちかくたちより、「ものまうさん」といふ。めのわらははしりいでて、「いづくより」ととひければ、「ほんざんみのちゆうじやうどのより、先々まゐりさうらひしむくのうまのじようなり」とまうしければ、
「おんふみはあるか。」「さうらふ」とてさしあげたり。
 ねんらいははぢてみえざりつるにようばうの、はしちかくさしいでて、ふみをとりあげ、これをみたまへば、おんふみのおくにいつしゆのうたをかかれたり。
  〈なみだがはうきなをながすみなれども いまひとしほもあふせともがな〉
 いそぎておんへんじありければ、さんみのちゆうじやうこれをひけんしければ、これもおんふみのおくにかくばかり、
  〈きみゆゑにわれもうきなをながせども そこのみくづとなりぬべきかな〉
 このふみをてばこのなかにとつておき、つねにみてこそなぐさまれけれ。
 さんみのちゆうじやう、とひのじらうにいひけるは、「かかるみにてかたがたそのはばかりあれども、ごせのさはりとなるべければ、まうしさうらふところなり。いちにちのふみのしゆうをみさうらはばや」といひければ、「なにかくるしくさうらふべき」とてゆるしたてまつる。
 さんみのちゆうじやうよろこびたまひて、ともときしてくるまをたづね、だいりへつかはされければ、にようばういそぎきたりけり。ぶしどもかくれてみたてまつれば、はばかりて、くるまやどりにやりよせ、すだれをうちおほひ、てをとりくんで、こしかたゆくすゑのことどもたがひにいひつづけたまひ、たもとをしぼられけり。ひとめをとつてしのびたまへども、おとはくるまのよそまできこえけり。つつむにたえぬなみだは文すだれにかかるつゆとなる。
 ちゆうじやういひけるは、「いくつきひをばかさぬとも、なごりはさらにつくしがたし。たうじはおほぢらうぜきなり。よるもふけなばあしかりなん。とうとうかへらせたまへ」とて、おんくるまをやりいだす。そでをひかへて、さんみのちゆうじやうかくばかり、
   〈あふこともつゆのいのちももろともに こよひばかりとおもふかなしさ〉
 にようばうとりあへず、
   〈かぎりとてたちわかれなばつゆのみの きみよりさきにきえぬべきかな〉
とて、いでたまふ。
 そののちはぶしゆるしたてまつらねば、たいめんもなかりけり。ときどきふみばかりぞかよひける。
P2497
十一 しげひら、げんくうをこひ、ぢかいせらるること
 さるほどに、さゑもんのじようたひらのしげくに、さぬきへわたり、へいけのひとびとにゐんぜんをつけたてまつる。おなじくにじふしちにち、しげくにきらくして、ないだいじんのへんじやうをまうす。さだなが、ゐんのごしよへまゐつてこのよしをそうもんす。ないだいじんのへんじやうにいはく、
 ちよくぢやうのうへは、もつともないしどころをばみやこへいれたてまつるべしといへども、わがきみはたかくらのゐんの
だいいちわうじ、じゆぜんあつてのちすでにしかねんにおよびたまへり。しかるに、ばうしんのざんそうによつて、こきよもりにふだうどどのほうこうをおぼしめしわすれ、あまつさへたうけをすてさせたまひ、げんけをもつてせめらるべきよし、ふうぶんにおよぶあひだ、そのなんをしりぞかせたまふやとて、みやこをいでさせたまへり。もしばうふのほうこうをおぼしめしわすれずは、ごかうをさいこくへなすべし。もしさらば、さいこくのつはものうんかのごとくあつまつて、きようぞくをたひらげんことうたがひなし。そのとき、しゆじやうもろともに、さんじゆのしんぎみやこへいれたてまつることやすかるべし。もしくわいけいのはぢをすすがずは、きかい・かうらいにいたるまでおちゆき、つひにいこくのたからとはなすとも、いかでかしげひらがいのちにはかへたてまつるべき。
とぞまうされける。
 さんみのちゆうじやう、しゆつけのこころざしをまうされければ、「よりともにみせてのちに」とゐんぜんをくだされければ、しげひらまたとひのじらうにいひけるは、「むしんのしよまうおほくつもるといへども、さいごのしよまうこのことのみにあり。ぜんぢしきをしやうじたてまつり、ごせのことをまうしあつらへばや」といひければ、「いかなるしやうにんぞ」ととひたてまつりければ、「ほふねんばう」とおほせられければ、「やすきことなり」とて、ほふねんしやうにんをよびたてまつる。
 ちゆうじやう、しやうにんにまうされけるは、「なんとをほろぼすこと、しげひらがしよぎやうなりとまうしあはせてさうらへば、しやうにんもさぞおぼしめされさうらふらん。まつたくそのぎはなくさうらふ。あくたうおほきなかに、いかなるものやひをいだしぬらん、いちうにつけておほくのがらんほろびたまひぬ。せめいちじんにきすとかやまうすなれば、しげひらいちにんがつみになり、むげんのごふうたがひなし。なかんづく、よにありしときは、たのしみにほこり、ごせをしらず。みやこをいでてのちは、あさゆふいくさのいでたちのみあつて、ひとをほろぼしわがみをたすからんとのみおもひ、だいけうまんのほかよりはたじなし。こんじやうのあくごふをおもへば、みらいのくほううたがひなし。みなひとのしやうじんのによらいとあふぎたてまつりさうらふしやうにんにふたたびげんざんにいること、これしかるべきぜんえんなり。しゆつけはゆるされなければ、かみそりばかりをいただきにあてて、かいをたもちたくさうらふ」とまうされければ、しやうにんなくなくいひけるは、「ありがたくこそおぼしめしたれ。このほどまでは、あみだぶつはつみふかきものにじひことにふかくして、たのみをかけぬればわうじやうをとぐ。なをとなうればゆくへやすし。されば『ごくぢゆうあくにんむたはうべん、ゆいしようねんぶつとくしやうごくらく』ともいへり。また『いつしやうしようねんざいかいぢよ』ともみえ、『せんしようみやうがうしさいはう』とものべたり。いまはひごろのあくしんをひるがへし、さんげねんぶつしたまはば、わうじやうなんのうたがひかあらん。およそせけんのむじやうをみるに、いとふべきはこのよ、ねがふべきはじやうどなり。このせかいのならひ、ちやうめいえいぐわをかんずといへども、かぎりあればまめつにかへす。ごくらくじやうどのありさま、むくむのうのところにして、ながくしやうじをはなれたり。ただひとへにこころにかけてきみやうをいたし、ねんぶつしたまふべし」とけうげにときをうつししかば、おんいただきにかみそりをあて、かいをさづけたてまつる。
 おんふせとおぼしくて、いかがしてとりおとされたりけるやらん、ねんらいかよひたまひしさぶらひのもとに、さうしばこのありけるを、をりふしこれをまゐらせたりければ、「いつしかもおんねんぶつおこたらぬおんことなれども、これをつねにおんめのまへにおきたまひ、おんねんぶつのついでにはかならずおぼしめしいださるべし」とて、これをたてまつりければ、げんくうよにもあはれげにて、すみぞめのそでをぞしぼりたまひける。「げんくうごしやうをばとぶらひたてまつらんずれば、さりともとおぼしめすべし」とて、くろたにへぞかへられける。
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十二 しげひら、くわんとうげかうのこと
 またひやうゑのすけ、しげひらのきやうをまうしこはれければ、さんぐわつとをか、かぢはらのへいざうかげときうけたまはりて、これをあひぐしてくわんとうへくだりけり。
 かものかはらをうちとほり、わうじやうのかたをみたまへば、さらぬだになほかすむそらの、やよひのかみのとをかなれば、なみだにくれてみもわかず。あさゆふりようがんにちかづきしかば、うんしやうのまじはりもさすがにおもひいでられて、みやこはこれをかぎりなりと、たちはなれたまひけるなごり、いかにをしかりぬらんと、おしはかられてあはれなり。とほやまのはなをばみちにのこし、みすててゆくこそかなしけれ。
 しのみやがはらのそでくらべ・あふさかやまのさねかづら、ひとしらぬみちならば、くるとたれかはおもふべき。おほつ・うちでをすぎたまへば、ともなきちどりのおとづれけるを、わがみのうへとあはれなり。からさきのまつ・ひえのやま、みるにつけてもこころぼそし。かすみにくもるかがみやま、いとどなみだにみえばこそ、ひらのたかねにかかるくも、いぶきのだけよりおろすかぜ、わがみにいつておもはれけり。みののなかやま・きんがのさと、みのゆくすゑにありときく、おいそのもりにもちかづきぬ。あれてなかなかやさしきは、ふはのせきやのいたびさし、つきのもるとはなけれども、まばらにいまはなりにけり。たまのゐのしゆく・くろだのしゆく、こころのつきのすみわたり、おもへばやみのそらなりけり。
 わがみのをはりかなしくて、あつたのみやにまゐりつつ、「ねがはくはだいみやうじん、かまくらへつかしめたまはずして、みちにていのちをめしたまへ」と、きねんのそでをあはせたまふこそ、せめてのことにやとあはれなり。いかになるみのしほひがた、わたりにそではしぼりつつ、ありはらのなりひらが、「からころもきつつなれにし」とながめける、みかはのやつはしにもつきぬれば、くもでにものをぞおもはれける。はまなのはしをもすぎければ、いけだのしゆくにぞつきたまふ。
 そのしゆくのちやうじやに、じじゆうといふいうくんあり。もとよりなさけありまのいうぢよなりければ、さんみのちゆうじやうのごしんちゆうおしはかりけるあはれさに、
   〈たびのそらはにふのこやのいぶせさに いかにみやこのこひしかるらん〉
と、これをよみつかはしたりければ、ちゆうじやう「こはなにものぞ。やさしきものかな」とおほせられければ、かぢはらのへいざうまうしけるは、「このしゆくのちやうじやにじじゆうとまうすきみにてさうらふ。このきみのことさうらふぞかし。ひととせ、はなみのためにみやこへのぼつてさうらひけるが、いささかのことあつて、やよひとをかよりに、わがしゆくしよにまかりくだりけるに、あるひとのかたより、『いかにみやこのはるをのこしておんくだりさうらふぞや。はなをみすててかへること、かりひとつにもかぎらざりけり』といひかけられて、
   〈いかにせむみやこのはるもをしけれど なれしあづまのはなやちるらむ〉
と、よみさうらひしものなり」とまうしければ、さんみのちゆうじやう「しかることききしとおぼえたり」とて、おんへんじにかくばかり、
   〈ふるさともこひしくもなしたびのそら いづくもつひのすみかならねば〉
と、おんへんじありければ、じじゆう、あはれにやさしきことにおもひ、ちゆうじやうちゆうされたまひてのち、このうたをみるごとに、ねんぶつまうしゑかうしけるとぞきこえし。
 よるもすでにあけければ、てんりゆうがはもわたりすぎ、なこそのせきをもこえにけり。さやのなかやまなかなかに、つゆのいのちもたのみなし。うつのやまべのつたのみち、こころのなかははれねども、つきもきよみがせきをすぎければ、ふじのすそのにつきにけり。
「ときしらぬやまはふじのね」とくちずさみてぞすぎられける。「こひせばやせぬべし」とみやうじんのうたひはじめたまひけんあしがらのせきをもすぎければ、こゆるぎのいそ・さがみがは・やつまつがはら・とがみがはら、これらもやうやくすぎければ、かまくらへこそいりたまひぬ。
 かぢはらまゐつて、「さんみのちゆうじやうすでにいりたまひぬ」とまうしければ、いそぎたいめんあり。
 うひやうゑのすけどのいひけるは、「よりともちちのはぢをすすがんがため、きみのおんいきどほりをなぐさめたてまつらんがために、うんをてんにまかせてだいじをおもひたつところに、まのあたりにかくげんざんにいりさうらひぬること、ゆゆしきかうみやうとこそぞんじさうらへ。このぢやうでは、やしまのおほいとのにもげんざんにいりさうらひぬとおぼえさうらふ」といへば、さんみのちゆうじやういひけるは、「いちぞくのうんつき、みやこをまよひいでしのちは、かばねをさんやにさらし、なをさいかいにながすべくぞんじさうらひしかども、かくまかりくだること、あへておもひもよらざりき。ただし、よにすむならひ、てきにとらはるること、はぢにてはぢならず。『でんわうはかたいにとらはれ、ぶんわうはかうりにとらる』といふほんもんあり。だいこくのしやうこなほかくのごとし。いはんやわがてうのぐようにおいてをや。せんずるところ、ごはうおんにはとうとうくびをきらるべし」といひけり。
 うひやうゑのすけどの、だうりしごくのあひだ、またうちかへしいひけるは、「ごいちもんにおいては、わたくしのいしゆなくさうらふ。どどゐんぜんをくだされけるうへは、ちからなきしだいなり」といひけり。しげひらのきやうそののちは、かののすけむねもちにぞあづけおかれける。
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十三 これもり、くまのさんけいのこと つけたり なちのたきにみをなげらるること
さるほどに、ごんのすけさんみのちゆうじやうこれもりは、よさうびやうゑしげかげ・いしどうまる、たけさとといふとねりをあひぐして、さぬきのやしまをたちいでて、あはのくにゆきのうらよりなるとのおきをこぎわたり、わかのうら・ふきあげのはま・たまつしまのみやうじん・にちぜん・こくけんのごぜんをおもひやり、きいのくにゆらのみなとにつきたまふ。それよりふるさとへかへりゆき、こひしきひとびとをもみたくおぼしめしけれども、ほんざんみのちゆうじやうのいきながらとらるるだにもこころうきに、これもりがみさへうきなをながすべきかと、ももたびちたびすすめども、こころにこころをいさめられ、なくなくかうやへさんけいしたまふ。
 さんでうのさいとうさゑもんだいふもちよりのしそく、さいとうたきぐちときよりは、ここまつのないだいじんどののさぶらひにて、ゆゆしきぶしときこえしが、ちち、よにあるひとのむこになさんとほつしけるを、ときより、よこぶえといふびぢよをおもひすてざりければ、ちちおほきにこれをせいす。ときよりはからひやりたるかたもなく、しんちゆうにおもひけるは、「ちちのめいをそむけばふかうのざいごふのがれがたし。おやのこころにしたがはばにせのちぎりくちぬべし。しかじ、ついでにしゆつけしてうきよのなかをいとはんには」と、おもひのあまりにしゆつけして、ごろくねんよりこのかた、このやまにこもりゐておこなひけるところに、たづねいりたまひけり。
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ときよりにふだう、これもりをみたてまつり、きもたましひもみにそはず、あわてさわぎまうしけるは、「いかんとしてこれまではおんわたりさうらふぞや。ゆめかうつつかまぼろしか、わきまへがたし」とまうしながら、すみぞめのそでしぼるばかりになきければ、これもりいひけるは、「みやこにてともかうもならずして、なまじひにさいごくへおちくだり、はてはかかるみにまかりなる。ふるさとにとどめおきしひとよりほかには、こころにかかることもなし。よのなかなにとなくあぢきなきほどに、おほいとの『いけのだいなごんのごとく、これもりぞんぢのむねあり』とおぼしめされ、うちとけたまはざるあひだ、いよいよこのよにこころをとどめず、にはかにやしまをたちいでて、しゆつけのためにたづねきたれり。ふるさとへかへり、いまいちどかはらぬすがたもみえたくおもひけれども、ほんざんみのちゆうじやうのいきながらぶしにとられ、きやう・かまくらにはぢをさらすだにかなしきに、これもりさへちちのしがいにちをあやさんこと、くちをしうおもふゆゑに、ただひとすぢにおもひきつて、このやまにてかみをそり、みづのそこにいらんとおもふ」といひながら、なみださらにかきあへず。ときよりにふだうもろともになくよりほかのことはなし。
[にぢゆう]\かのかうやさんとまうすは、これていとをさつてじはくり、せいらんこずゑをならし、おとまくらにひびき、こころあぢきなし。きやうりをはなれてむにんじやう、はくうんみねにそびえける、いろまどよりみるにものさびし。
 ときよりにふだうをさきだてて、これもりだうだうをじゆんれいし、おくのゐんへさんけいし、だいしのごべうをれいしたてまつる。そもそも、かのだいしのごにふぢやうは、すぎにしにんみやうてんわうのおんとき、しようわにねんさんぐわつにじふいちにち、とらのいつてんのこくなりければ〈 にんみやうてんわうはさがのてんわうだいにのみこにおはします。 〉、すぎにしかたはさんびやくよねんのせいざうなり。いまゆくすゑもはるかにして、ごじふろくおくしちせんまんざいをおくりたまふべし。じそんのしゆつせさんゑのあかつきをまちたまふらんこそひさしけれ。
P2520
 「これもりがみはせつせんのとりのなくがごとく、けふかあすかとおもふこそかなしけれ」といひながら、なきたまふこそいとをしけれ。そのよるはときよりにふだうのあんじつにとどまり、よもすがらものがたりして、なくよりほかのことぞなき。
 そもそも、ひじりのぎやうぎをひけんすれば、しごくじんじんのゆかのうへにはしんりのたまをやみがくらん、よるとともにきくあかのおと、きくにこころもすみわたる。ごや・じんでうのかねのこゑには、むみやうのねむりもさめぬべし。のがれぬべくんば、かくてもまたあらまほしくぞおぼされける。
 あけにければ、かいのしをしやうじてしゆつけのつとめあり。これもり、よさうびやうゑ・いしどうまるをめしよせていひけるは、「これもりこそおもひきつたればかくなるとも、おのれらはみやこへたちかへり、しんみやうばかりをたすくべし。」
 しげかげなくなくまうしけるは、「ちちかげやすはへいぢのかつせんのとき、こおほいとののおんともまうし、よしともがらうどうかまだびやうゑにくみあひて、あくげんたよしひらにうたれさうらひき。そのときにしげかげはにさいなり。はははしちさいのとししきよつかまつりぬ。しかるあひだ、あはれむべきひともなかりしを、こおほいとの『わがいのちにかはるもののこなり』とおほせられて、ことにふびんのことにおもはれたてまつる。しげかげくさいのとき、きみごげんぶくのよる、かたじけなくももとどりをとりあげられたてまつり、『もりのじはへいしやうぐんさだもりよりこのかた、せんぞぢゆうだいのもじなり。しげのじはまつわうにたまふ』とおほせられて、しげかげとおほせをかうぶりき。またわらはなをまつわうといはれしことは、『このいへをばこまつとなづけたれば、いはひてまつわうといふべし』とぞおほせられき。かのごげんぶくのとしよりはじめてきみにめしつかはれたてまつり、ことしすでにじふしちねんにまかりなる。いちにちへんしもあひはなれたてまつらずほうこうつかまつりき。こおほいとののごゆいごんにも『よくよくしげかげよ、みやつかへてせうしやうどののおんこころにたがふことなかれ』とおほせをかうぶりき。きみにをくれたてまつりてのちは、しげかげいかでかよにあるべき」と、みづからもとどりおしきり、ときよりにふだうにそらせけり。
 これをみて、いしどうまるもかみをきつてそりにけり。このわらはもはつさいよりちゆうじやうどのにつきたてまつり、ことしすでにじふいちねんなり。これもふびんのおほせをかうぶりしかば、しげかげがおもひにもあひおとらず。
 このものどもがこれもりにさきだつてかみをそるをごらんじて、さんみのちゆうじやうなみだもさらにかきあへず。かいのしすでにさんぽうをれいして、「るてんさんがいちゆう、おんあいふのうだん、きおんにふむゐ、しんじつほうおんじや」と、さんどとなへて、みぐしをそりおろす。さんみのちゆうじやう・よさうびやうゑともにもつてにじふしちさい、いしどうまるはじふはちなり。
 これもり、たけさとにおほせられけるは、「われしきよののち、なんぢはみやこへゆくべからず。これもりうせぬるよし、きたのかたこれをきかば、おもひにたえずしてさまをかへんこともいとをし。をさなきものどものこひかなしまんこともふびんなり」といひながら、なみだをながしたまひけり。またなくなくいひけるは、「これよりやしまへかへつて、しんざんみのちゆうじやうすけもり・さちゆうじやうありもりにまうすべし。そもそも、からかはといふよろひ、こがらすといふたちあり。たうけにはちやくちやくあひつたへてこれもりにいたるまではちだいなり。かのよろひ・たちをばひごのかみがもとにあづけおけり。これをとりよせて、さんみのちゆうじやうどのにたてまつるべし。もしよのなかふしぎにもたちなほることもあらば、ろくだいにたまふべし」とぞいひける。
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 これもりなくなくそれよりしてくまのへまゐられけり。ときよりにふだうももろともにやまぶししゆぎやうのありさまして、きいのくにさんどうといふところへいで、ふぢしろのわうじよりさんけいあつて、ちりのはまのみなみ、いはしろのわうじのほどにて、かりしやうぞくのものどもしちはつきばかりゆきあひたり。からめとらるべきかとおぼしめしければ、こしのかたなをぬいてはらをきらんとす。おんとものひとびともおなじくかたなにてをかけけり。しかるに、かれらげばしながらふかくおそれてとほりければ、「われをみしりたるものにこそ。たれひとならん」と、あさましくおぼしめしけるところに、ゆあさごんのかみにふだうむねしげのしそく、ゆあさのじらうびやうゑむねみつなり。らうどうども、「このやまぶしはなにびとにてさうらふ」ととへば、むねみつこたへけるは、「これこそこまつのだいじんのおんこ、ごんのすけさんみのちゆうじやうどのよ。なんとしてやしまよりはもりいでさせたまひぬらん。ごぜんにまゐりげんざんにいるべけれども、はばかりおぼしめすべしとぞんじつるあひだ、しらぬやうにてまかりすぎぬ」とかたりながら、そでをかほにあててなく。らうどうどももなきあへり。
 やうやくひかずをふるままに、いはだがはにぞつきたまふ。さんみのちゆうじやういひけるは、「そもそも、このかはをわたるものは、あくごふぼんなう、むしのざいしやうしやうめつすと。これをきけば、ただいまわたるもたのもしきよ」とぞいひける。さるほどに、ほんぐうしやうじやうでんにまゐり、ごぜんについひざまづき、ちちだいじんの「いのちをめしてごしやうをたすけたまへ」とまうされしこと、おもひいでてはあはれなり。「しやうじやういつしよはほんぢみだによらい、ほんぐわんあやまたずさいはうじやうどへいんぜふし、ふるさとにとどめおきしさいしあんをんにまもらせたまへ」といのるぞあはれなる。まことに、しやうじをいとひぼだいをねがふひと、なほまうじふはつきず。
 すでにほんぐうをいで、こけぢをさしてしんぐうへつたひ、くもとり・しかのみねといふけはしきやまをよそにこえてみ、なちのおやまへまゐりたまふ。さんじよのさんけいことゆゑなくとげられをはんぬ。
 さんぐわつにじふはちにち、おんふねにめしてはるかのおきにこぎいだしければ、さいしのことどもはおもひきつたれども、おんあいのならひなほこころにかかつておぼしめされけり。はるのてんすでにくれて、うみのおもてにかすみちり、こせんときうつり、かぜやはらかなるころ、おきこぐつりぶねのなみのそこにいるかとみゆるにつけても、わがみのうへかとおぼしめして、いよいよむじやうのおもひをなし、こしぢへかへるかりのおとづれわたるをきいても、たまづさをことづけたくぞおぼしめされける。
 ややひさしくあつて、おもひなほしてにしにむかひ、かうしやうにねんぶつとなへたまへども、なほふるさとのことをおもひいだして、なくなくいひけるは、「ただいまをこれもりがさいごともしらずして、おとづれをこそきかまほしくおもふらめ。いとをしいとをし。」またねんぶつをとどめていひけるは、「ひとのみにさいしをばもつまじかりけるものかな。こんじやうにものをおもはするのみにあらず、らいせのぼだいのさまたげとなる。われかみをそりおろしてぼだいのみちにいれども、なほまうじふつきざりければ、ほんぐうしやうじやうでんのごぜんにて、ふるさとにとどめおくさいしあんをんにといのりたてまつること、あさましあさまし。おもふことをみのうちにこめてひらかざれば、つみふかきゆゑに、かくのごとくさんげするなり。」
 これをきいて、ときよりにふだうなみだをおさへてまうしけるは、「おんあいのみちはじやうげをろんぜず、きせんをいはず、そのおもひひとつなり。いちやのまくらをかたぶけちぎるだに、なほこれごひやくしやうのしゆくえんなり。いはんやいちごのむつびをや。およそをつととなりつまとなること、こんじやういつせのことにもあらず。たしやうくわうごふのやくそくなり。されども、しやうじやひつめつはしやばのさだまれることわり、ゑしやぢやうりはえんぶのつねのならひなり。たとひちそくありともつひにいちどはわかるべし。せんずるところ、いちぶつじやうどのえんをねがひたまふべきなり。かのだいろくてんのまわうはよくかいのろくてんをりやうじて、そのなかのしゆじやうの、しやうじをはなれ、ぶつだうをなさんことををしむゆゑに、しよはうべんをめぐらしてこれをさまたぐる。なかにもさいしといふげだうは、ことにしやうじをはなれぬきづななり。これによつて、ほとけもふかくいましめたまへり。ただし、そのまうねんたえずといへども、ごしんじんまことあらば、かならずしやうじをはなれおはしますべし。むかし、いよにふだうよりよしは、じふにねんのかつせんにひとのかしらをきることいちまんごせんにん、さんやのきんじう・がうがのうろくづのいのちをたつこといくせんまんといふことをしらず。されども、ひとたびぼだいしんをおこし、みだのみやうがうをとなへたてまつるによつて、わうじやうすることをえたりとまうしつたへてさうらふ。これていのあくにんなほわうじやうをとぐるに、いはんやきみあながちにざいごふをつくりたまはず。そのうへしゆつけのくどくまします。いかでかおんわうじやうなからんや。なかんづく、みだによらいはじふあくごぎやくをきらはず、みやうがうをとなふればかならずいんぜふをたれたまふ。さればすなはち、ただいまのおんねんぶつによつて、みだによらい、にじふごのぼさつをひきぐし、さいはうじやうどよりこのところへらいかうし、くわんおん・せいしもしこんだいをささげ、きみをのせたてまつらんずれば、さうかいのそこにしづむとおぼしめすとも、しうんのうへにのぼり、つひにじやうどにわうじやうしたまひ、しやばのふるさとにげんらいし、こひしきひとびとをもむかへとりたてまつるべし」とけうげしたてまつれば、これもりにふだうたちまちにまうしんをひるがへし、かうしやうにねんぶつしたまひつつ、やがてうみにいりにけり。
 よさうびやうゑ・いしどうまるもつづいてうみへぞいりにける。
 とねりたけさともこれをみて、かなしさのあまりにうみにいらんとぎしければ、ときよりにふだうまうしけるは、「いかにごゆいごんをばたがふるぞ。げらふのみばかりくちをしきことはなし」とこれをはぢしむるあひだ、なくなくおもひとどまつて、ただふしまろびてなきさけぶ。これをものにたとふれば、しつだたいしのわうぐうをいでてだんどくせんにいりたまひしに、しやのくとねりがたいしにわかれたてまつるなげきも、これにはすぎじとぞおぼえける。
 ときよりにふだうもなきかなしめば、すみぞめのそでもしぼりあへず。かのひとびともしうきあがりたまふかと、しばしこれをみるほどに、さんにんながらみづのそこにしづみ、つひにみえたまはず。ひもやうやくくれければ、うみのおもてもみえざりけり。ときよりにふだうむなしきふねにさをさし、なくなくきしへぞこぎかへる。かいのしづくとそでのしたたりと、いづれもおとらずぞみえたりける。
ときよりにふだうはかうやさんへかへる。たけさとはごゆいごんにまかせて、やしまへかへり、しんざんみのちゆうじやうどのにまうしければ、すけもり「あなこころうや。われにしらせず、かくなりたまひぬることのうらめしさよ」となきたまふことかぎりなし。さるほどに、げんじ、やしまをせめんとしけれども、ふねなければ、とひのじらうさねひら・かぢはらのへいざうかげときをもつて、はりま・みまさか・びぜん・びつちゆう・びんごらをしゆごせしめ、さんやうだうをまもる。へいけはさいこくおよびくこくじたうをくわんりやうす。
おなじきさんぐわつにじふくにち、みかはのかみのりよりたいしやうぐんとして、すまんぎのぐんびやうをいんそつして、さいこくへげかうしけるほどに、むろ・たかさごにとどまりゐて、いうくん・いうぢよをめしあつめ、いうげをむねとしてひをおくるあひだ、くにのつひえたみのわづらひかぎりなし。
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 おなじきじふいちぐわつにじふはちにち、かぢはらのへいざうかげとき、ひそかにくらうはうぐわんのもとにさんかうしてまうしけるは、「みかはのかみどのたいしやうぐんとしては、としつきをふといへども、さらにへいけをせめおとすべからず。きみはじしやう、われらはまつしやうなり。すまんぎのぐんびやうをもつてやしまのやかたへおしよせ、いそぎへいけをうちおとさん」とまうしければ、よしつねいひけるは、「かまくらどのよりたいしやうぐんのおほせをかうぶらざれば、いかでかあにみかはのかみをこえてやしまをせむべきや。そのぎあらば、なんぢしそくいちにんくわんとうへさしくだし、ことのしさいをまうさるべし」。
 よしつねのめいによつて、かげときのをひいくたのじらうかげもと、くわんとうへくださる。かまくらどのしさいをきこしめされていひけるは、「のりよりかつせんのみちをえんいんせしめければ、じこんいごにおいては、くらうくわんじやをたいしやうぐんとせよ。さねひらにはよりともがはたをさし、いくさのせいばいをくはへ、へいけをほろぼすべし」。ただし、くわんとうしゆごのため、とどめおくところのぶしら、かさねてかまくらよりさしつかはすともがらは、あしかがのくらんどよしかね〈 げんじ 〉・ほうでうのこしらうよしとき・ちばのすけつねたね・おなじくしんすけたねまさ・おなじくおほすがのしらうたねのぶ・ちやくそんこたらうなりたね・おなじくさかひのへいじらうつねひで・たけいしのじらうたねしげ・みうらのすけよしずみ・*おなじくしそくへいろくよしむら・はつたのしらうむしやともいへ・おなじくたらうともしげ・かさいのさぶらうきよしげ・をやまのこしらうびやうゑともまさ・おなじくながぬまのごらうむねまさ・おなじくゆふきのしちらうともみつ・ひきのとうしらうよしかず・わだのこたらうよしもり・おなじくさぶらうむねざね・おなじくしらうよしたね・おほたわのじらうよしなり・あんざいのさぶらうかげます・こたらうあきかげ・くどうのいちらふすけつね・おなじくさぶらうすけもち・いづのとうないとほかげ・いつぽんばうしやうくわん・とさばうしやうしゆんらこれなり。

げんぺいとうじやうろく くわんだいはちげ