げんぺいとうじやうろく ご
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  〔もくろく〕
げんぺいとうじやうろく くわんだいご
 一、ひやうゑのすけ、ばんどうのせいをもよほすこと
 二、かそりのくわんじや、ちだのはんぐわんだいちかまさとかつせんすること
 三、めうけんだいぼさつのほんぢのこと
 四、よりとも、たいぜいをそびやかし、ふじがはのいくさにむかふこと
 五、ごんのすけこれもり、うつてのつかひとしてとうごくへげかうすること
 六、よしつね、うきしまがはらにおいてふくしやうぐんとなること
 七、さたけのたらうただよし、かじはらにいけどらるること
 八、かづさのすけ、よりともとなかたがふこと
 九、さんもんそうじやうのこと
 十、みやこうつりのこと
十一、あふみげんじ、せめおとさるること
十二、なんとのてふじやうのこと
十三、なんとのえんしやうのこと
十四、とうだい・こうぶくざうえいのさたのこと
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一 ひやうゑのすけ、ばんどうのせいをもよほすこと
 ぢしようしねんくぐわつよつか、うひやうのすけよりとも、しろはたさしてごせんよきのつはものをそつして、かづさのくによりしもふさのくにへはつかうす。ここにかづさのごんのすけひろつね、うひやうのすけのおんまへにひざまづきてまうしけるは、「きみはこのほどのいくさにつかれさせたまひしうへ、つはものどももすすみがたくす。あらてのずいひやうをもつてひろつねせんぢんをつかまつらんとほつす。ひろつねにあひしたがふべきともがらには、うすゐのしらうなりつね・おなじくごらうひさつね、さうまのくらうつねきよ・あまうのしやうじひでつね・かねだのこたらうやすつね・せうごんのかみつねあき・さふさのじらうすけつね・ちやうなんのたらうしげつね・いんとうのべつたうたねつね・おなじくしらうもろつね・いほうのしやうじつねなか・おなじくじらうつねあき・たいふたらうつねのぶ・おなじくこだいふときつね・さぜのしらうぜんじらをはじめとして、いつせんよきのつはものをそつしてはつかうすべき」よしをまうすところに、ちばのすけつねたねまうしけるは、「ごんのすけのしよまういはれなし。たこくはしらず、しもふさのくににおいてはたにんのいろいあるまじ。つねたねせんぢんをつかまつるべし」とて、あひしたがふともがらは、しんすけたねまさ・じなんもろつね・おなじくたなべだのしらうたねのぶ・おなじくこくぶのごらうたねみち・おなじくちばのろくらうたねより・おなじくまごさかひのへいじつねひで・たけいしのじらうたねしげ・よしみつのぜんじらをはじめとして、さんびやくよきのつはものをいんそつして、しもふさのくにへうちむかひけり。
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二 かそりのくわんじや、ちだのはんぐわんだいちかまさとかつせんすること
 さるほどに、へいけのかたうどちだのはんぐわんだいふぢはらのちかまさ、うひやうのすけのむほんをきいて、「われたうごくにありながら、よりともをいずしてはいふにかひなし。きやうとのきこえもおそれあり。かつうはみのはぢなり」とて、あかはたをさしてしろうまにのつて、さふさのほうでうのうちやまのたちより、うひやうゑのすけのかたへむかはんとす。あひしたがふともがらたれたれぞ。さきのちばのすけたいふつねながのさんなん、かもねのさぶらうつねふさのまご、はらのじふらうたいふつねつぐ・おなじくしそくへいじつねとも・おなじくごらうたいふきよつね・おなじくろくらうつねなほ・をぢのかなばらのしやうじつねよし・おなじくしそくかなばらのごらうもりつね・あひはらのほそごらういへつね・しそくごんたもとつね・おなじくじらうあきつねらをはじめとして、いつせんよきのぐんびやうをあひぐして、むさのわうぢをこえ、しらゐのまわたしのはしをわたつて、ちばのゆふきへまかりむかひけり。
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ときにかそりのくわんじやしげたね、そぼしきよのあひだ、おなじくまごたりといへどもやうしたるによつて、ふそともにかづさのくにへさんかうすといへども、ちばのやかたにとどまつてさうさうのいとなみありけり。かのそぼはこれちちぶのたらうたいふしげひろのなかのむすめとぞきこえし。しかるほどに、「ちかまさのぐんびやう、ゆふきのはまにいできたる」よしひとまうしければ、しげたねこれをきいて、いそぎひとをかづさへまゐらせて、「ふそをあひまつべけれども、てきをめのまへにみてかけいださずは、わがみながらひとにあらず。あにゆうしのみちたらんや」とて、にはかにしちきをあひぐし、いつせんよきにぞむかひける。
なりたねすすみいでてまうしけるは、「かしはばらのてんわうのこういん、へいしんわうまさかどにはじふだいのばつえふ、ちばのこたらうなりたね、しやうねんじふしちさいにまかりなる」とて、しかくはつぱうをうちはらひ、くもで・じふもんじにかけやぶり、はるかなるおきにはせいでたり。されどもちかまさはたぜいなり、なりたねはぶぜいなるあひだ、りやうごくのさかひがはにせめつけられたり。
されどもかぶろなるわらはあつて、てきがいるやをちゆうにてうけとりしかば、なりたねおよびぐんびやうらにもあたらずして、さうにちがへてときをうつすほどに、りやうごくのすけのぐんびやうども、うんかのごとくにはせきたりけり。
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かづさのすけ、なりたねがぶぜいをみてまうしけるは、「あれはいかに、いくさのかどでにはもつともいはふべきものをや。ちばのこたらうぶぜいをもつてたぜいにむかふでうひがことなり」といひもはてず、ひろつねはやくうまをさきをかけんとす。なりたねこれをみて、「かづさのすけあしくもまうされつるものかな。そのうへふそともにかづさへまゐり、なりたねばかりのこりとどまるにおいては、ぢゆうだいさうでんのほりのうち、かならずてきにけらるべし。わがみうたれてのちはとまれかくまれ、そをしるべからず」といふにまかせて、いそぎうまのくちをひきかへし、せんぢんにたつ。
 これをみて、つづくつはものたれたれぞ。たべたのしらうたねのぶ・こくぶのごらうたねみち・ちばのろくらうたねより・さかひのへいじつねひで・たけいしのじらうたねしげ・うすゐのしらうなりつね・おなじくごらうひさつね・あまうのしやうじひでつね・かねだのこだいふやすつね・さふさのじらうすけつね・さぜのしらうぜんじらなり。
 これをみて、はらのへいじつねとも・おなじくごらうあきつね、たがひにおとらずすすみいでて、いのちをすててたたかひけり。あまうのしやうじがいけるやに、はらのろくらうじようめをいたふさる。ろくらうかねててをおひたれば、うまよりおりたち、たちをつえにつき、たつたりけり。これをみて、はらのへいじ・おなじくごらうたいふはせよつて、きよつねのうまにのせんとすれども、ろくらうだいじのてをおひければ、たましひをけしてのりえず。てきはしだいにちかづく。「われたすかるべしともおぼえず。てきすでにちかづきさうらふ。おのおのここをまかりさりたまへ」とまうしければ、ににんのあにどもうちすててさりにけり。あひはらのごんたもとつね、きんかうをいさせてうせにけり。かれこれいれちがへてたたかへども、ちかまさぶぜいたるによつて、ちだのしやうつぎうらのたちへひきしりぞきにけり。
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三 めうけんだいぼさつのほんぢのこと
ほうでうのしらうをはじめとして、ひとびとおなじくせんぎしけるさまは、「ごぢやうによつてちかまさをついたうせられんとすれども、ちかまさはそばごとなり。へいけのたいしやうぐんおほばのさぶらうかげちか、さがみのくににあり。はたけやまのじらうしげただ、むさしのくににあり。せんずるところ、いそぎくはたててかれらをうたん」とまうしければ、「もつともしかるべし」とぞおほせられける。
またうひやうゑのすけののたまひけるは、「さぶらひどもうけたまはるべし。こんどちばのこたらうなりたねのういいくさにさきをかけつることありがたし。くんこうのしやうあるべし。よりとももしにつぽんごくをうちしたがへたらば、ちばにはほくなんをもつてめうけんだいぼさつにきしんしたてまつるべし。そもそもめうけんだいぼさつは、いかにしてちばにはすうけいせられたまひけるにや。またごほんたいはいづれのほとけぼさつにておはしましけるにや」と。
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つねたねかしこまつてまうしけるは、「このめうけんだいぼさつとまうすは、にんわうろくじふいちだいしゆしやくのみかどのぎよう、しようへいごねん〈 きのとひつじ 〉はちぐわつじやうじゆんのころに、さうまのこじらうまさかど、かづさのすけよしかねとをぢをひふくわいのあひだ、ひたちのくににおいてかつせんをくはたつるほどに、よしかねはたぜいなり、まさかどはぶぜいなり。ひたちのくによりこがひがはのはたにせめつけられて、まさかどかはをわたさんとするに、はしなくふねなくして、おもひわづらひけるところに、にはかにこわらはいできたりて、『せをわたさん』とつぐ。
まさかどこれをききてこがひがはをうちわたし、とよたのこほりへうちこえ、かはをへだててたたかふほどに、まさかどやだねつきけるときは、かのわらは、おちたるやをひろひとりて、まさかどにあたへ、これをいけり。またまさかどつかれにおよぶときは、わらは、まさかどのゆみをとつてとをのやをはげててきをいるに、ひとつもあたやなかりけり。これをみてよしかね、『ただごとにもあらず。てんのおんぱからひなり』とおもひながら、かのところをひきしりぞく。
まさかどつひにかつことをえて、わらはのまへについひざまづき、そでをかきあはせてまうしけるは、『そもそもきみはいかなるひとにておはしますぞや』ととひたてまつるに、かのわらはこたへていはく、『われはこれめうけんだいぼさつなり。むかしよりいまにいたるまで、こころたけくじひじんぢゆうにしてしやうぢきなるものをまもらんといふちかひあり。なんぢはただしくくたけくかうなるがゆゑに、われなんぢをまもらんがためにらいりんするとこらなり。みづからはすなはちかうづけのはなぞのといふてらにあり。なんぢもしこころざしあらば、はるかにわれをむかへとるべし。われはこれじふいちめんくわんおんのすいじやくにして、ごせいのなかにはほくしんさんくわうてんしのごしんなり。なんぢとうぼくのかどにむかひて、わがみやうがうをとなふべし。じこんいご、まさかどのかさじるしにはせんくえうのはた〈 いまのよにつきほしとかうするなり。 〉をさすべし』といひながら、いづちともなくうせにけり。
よつてまさかどししやをはなぞのへつかはしてこれをむかへたてまつり、しんじんをいたし、すうきやうしたてまつる。まさかどみやうけんのごりしやうをかうぶり、ごかねんのうちにとうはちかこくをうちしたがへ、しもふさのくにさうまぐんにきやうをたて、まさかどのしんわうとかうさる。さりながらも、しやうじきてんねいとかはつて、ばんじのせいむをまげておこなひ、しんりよをもおそれず、てうゐにもはばからず、ぶつしんのでんちをうばひとりぬ。
ゆゑにめうけんだいぼさつ、まさかどのいへをいでて、むらをかのごらうよしふみのもとへわたりたまひぬ。よしふみはをぢたりといへども、をひのまさかどがためにはようしたるによつて、さすがたもんにはつかず、わたられたまひしところなり。
まさかど、みやうけんにすてられたてまつるによつて、てんぎやうさんねん〈 かのえね 〉しやうぐわつにじふににち、てんだいざすほつしやうばうのそんい、よかはにおいてだいゐとくのほふをおこなひて、まさかどのしんわうをてうぶくせしむるに、くれなゐのちほつしやうばうのおこなふところのだんじやうにはしりながれにけり。ここにそんいいそぎしつちじやうじゆのよしをそうもんせしかば、みかどぎよかんのあまりに、すなはちほふむのだいそうじやうになされにけり。
さてめうけんだいぼさつは、よしふみよりただよりにわたりたまひ、ちやくちやくあひつたへてつねたねにいたりてはしちだいなり」とまうしければ、
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うひやうのすけこれをきいて、「まことにめでたくおぼえさうらふ。しからばいささかよりともがもとへもわたしたてまつらんとおもふ。いかがあるべきや」。ちばのすけこたへてまうしけるは、「このめうけんだいぼさつはよのぶつしんにもにず、てんせうだいじんのさんしゆのじんぎの、こくわうとおなじくゐたまひてこそ、よよのみかどをまもりたまふがごとし。このめうけんだいぼさつも、まさかどよりこのかたちやくちやくあひつたはり、しんでんのうちにあんちしたてまつりて、いまだべつけへうつしたてまつらず。ものあやしきふしやういできたらんときは、きゆうでんのうちさうどうしてけいをしめし、じげんし、うぢこをまもるれいしんなり。いちぞくたりといへどもほんたいはながくばつしのもとへはわたられず。いかにいはんや、たにんにおいてをや。せんずるところ、つねたね、きみのおんかたへまゐりむかつてつかへたるを、ひとへにめうけんだいぼさつのおんわたりあるとおぼしめさるべくさうらふ」とまうしければ、うひやうのすけかうべをかたぶけてかつがうをいたしたまひしかば、さぶらひどもみのけよだつてぞおもひける。
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四 よりとも、たいぜいをそびやかし、ふじがはのいくさにむかふこと
さるほどに、おなじきいつか、うひやうのすけしちせんよきのつはものをたいして、ゆふきのはまよりはちまんのしやとうにはせいり、げばあつて、ぐわんじよをたてまつりにけり。やはたのはらをうちすぐれば、なりひら・さねかたがこころをとどめてえいぜられけるままのつぎはしうちわたり、くかにちのほどにたうごくのふちゆうにおはします。
 くにぢゆうのざいちやうをめせども、きやうとをおそれていちにんもまゐらず。ここにげすをとこいちにんをめしいだして、みうまやをあづけられにけり。かのをとこほうこうのちゆうによつて、みうまやのとねりこのかうベになされ、かづさのくにむさぐんなんごうのしいざきのむらをたまはる。いまのせうじようがせんぞこれなり。
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うひやうのすけ、ちばのすけをめして、つねたねをぶぎやうとして、かさいのさぶらうきよしげ・えどのたらうしげながにおほせて、「いそぎいそぎふとゐ・すみだにうきはしをくんでまゐるべし」とおほせくだされければ、ごかにちのうちにきんぺんのかはうみのふねをあつめ、うきはしをくんでげんざんにいれにけり。
かづさのすけまうしけるは、「きみはかうづけ・しもつけをうちめぐり、ぐんびやうどもをひきぐしてみやこへのぼらせたまへ」とまうしければ、うひやうのすけのたまひけるは、「われきく、せんずるときんばひとをせいし、のちにするときんばひとにせいせらると。きくがごとくんば、じゆうさんみうせうしやうちゆうぐうのごんのすけこれもりのきやう、うつてのつかひにくわんとうへおもむくよし、そのきこえあり。くわんぐんもしあしがらのひがしへせまりきては、われらのいくさふせぎがたし。しかじ、すみだがはをわたり、あしがらのせきをこえ、かひのくにのげんじをそつして、へいけをおそひうたんには」と。
おなじきじふににち、うひやうのすけ、ふちゆうをたつて、すみだがはをわたり、むさしのくにとしまのみしやうたきのかはにつきにけり。
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ここにさがみのくにのじゆうにんかぢはらのへいざうかげとき、ちよくかん〈 ひやうゑのすけをかくしたてまつりしゆゑに、そのきこえありて、めしのぼせらるるなり。 〉をかうぶつて、いちりやうねんのあひだきやうにめしきんぜられしほどに、いしばしのたたかひにまけてあはのくにへこゆるよし、つたへききにけり。きやうとをにげいでてまかりくだるほどに、ろしにてたびびとまうしけるは、「うひやうゑのすけどのはかづさのすけ・ちばのすけをあひぐし、すみだがはをわたり、むさしのくにへこえたまふ」よし、かたりければ、かげときこれをきいて、さがみのくにいちのみやのしゆくしよへはよらず、あしがらやまのねぎしにかかり、さがみがはのいよせ〈 いよせは、あうしうへくだるときにわたるゆゑに、いよせとなづくるなり。 〉をわたつて、たきのかはへはせまゐりにけり。うひやうのすけ、かげときをみたまひて、「よりともはいまだわすれやらず。なんぢちよくかんをかうぶつてきやうとへめしのぼせられしとき、いづのほうでうにいできたり、よのなかのことどもかたりあひしとき、『よりともたうごくにぢゆうしてはかなふべからず。あうしうのひでひらのもとへおちゆかんとおもふ』といひしかば、なんぢのことばに『そのおんぱからひあるべからずさうらふ。そのゆゑは、きみのごせんぞはちまんどののおんだいくわん、ごんのだいふつねきよのをとこきよひら、あうしうのちんじゆふのしやうぐんにふせられたりしよりこのかた、ひでひらはすでにしだいなり。しかれどもひでひら、では・むつをあふりやうして、いまうたぐひなく、うとくみにあまれり。まつたくきみをしゆくんとあふぎたてまつるべからず。われさんかねんのうちに、いかなるはかりことをしてもきやうとをにげくだり、まうしあはすべきことあらん。そのほどはかへすがへすかげときをあひまたるべくさうらふ。しざいにおこなはれざるよりほかはかならずはせくだるべき』よしやくそくせしが、ちぎりをたがへずまかりくだれるこころざしこそありがたけれ」となきたまへば、かげときもともになく。ひやうゑのすけいはく、「じこんいごにおいては、いくさのせいばいをばかげときうけたまはるべし。」かげときこのおほせをうけたまはり、いかばかりかうれしかりけん。
かじはらがにげくだりけるをきき、おなじくめしおかれたりつるはたけやまのしやうじしげよし・をやまだのべつたうありしげいげのともがらもきやうとをにげいでて、とうごくをさしてぞくだりける。ひとのじようめをおさへとり、さんざんのことにおよびけり。
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ここにむさしのくにのじゆうにんはたけやまのじらうしげただ、しらはたをさして、むさししちたうをはじめとして、うんかのごときせいをそつして、うひやうゑのすけにはせまゐりぬ。うひやうゑのすけ、はたけやまをまちらかしておほせられけるは、「いかにはたけやま、たがゆるしにしろはたをさしてまゐりたるぞ。じこんいごはしかるべからず。またなんぢなんのいしゆあつてよりとものかたうどみうらのすけ〈 よしあき 〉をばうちけるぞ。なんぢはいちだいにだいのみにあらず、よりともがためにはせんぞぢゆうだいのけにんなり」とおほせられければ、ごぜんにさうらひけるかぢはらまうしけるは、「かげときのこうじゆにおよぶべきにはあらねども、いくさのせいばいをうけたまはるうへは、みうら・かまくらこれいちいんなり。せんずるところ、はたけやまをばよしずみのてにうけとらすべし。しからずはちちぶとみうらとふわにして、せけんつねにさはがしかるべし」といひければ、はたけやまごぜんにかしこまつてまうしけるは、「しげただしろはたをさしてさんじやうするでう、これわたくしのはからひにあらず。きみのごせんぞはちまんどの、さだたふをせめさせたまひしとき、ちちぶのくわんじやしげつな、せんぢんのたいしやうぐんとして、はちまんどのよりたまはつたるところのはたなり。しかるあひだ、きちれいたるゆゑにさしてまゐるところなり。なほもつてひがことたらば、ともかうもごぢやうにしたがふべくさうらふ。またかぢはらのまうしじやう、もつともしかるべけれども、しげただがこころざしはきみのみかたにありながら、しんぶしげよし・をぢありしげ、ちよくかんをかうぶつてめしこめられたるあひだ、ににんがいのちをたすけんがために、ふりよのてきたいをしめすものなり」とうんぬん。
 ここにみうらのすけよしずみなみだをおさへてまうしけるは、「わたくしのてきをもつておほやけのてきをさまたぐること、まことにてんちのせうらんあらん。はたまたじやうげのそしりをたつべからず。きみのおんてきはいまだうちしたがへられず。きやうとにはきよもりあり、あうしうにはひでひらぢゆうし、ひたちのくににはさぶらうせんじやう・さたけのとのばら、しなののくににはきそのくわんじや、かひのくにのとのばらもいまだきみにあひしたがひたてまつらず。なかんづく、かねこのたらう、いくさのにはよりしげただのうちをおひはなちけるうへは、いかでかよしずみいこんをむすぶべきや。またくんしんのためにいのちをすつるはわうこのれい、あげかぞふべからず」とまうしければ、よりともこのよしをきこしめして、「はたけやまのまうしじやうしんべうなり。かならずくんこうのしやうあるべし。ただししろはたにおいてはもんひとつばかりあらたむべし。またはちまんどの、あうしうかつせんのとき、ちちぶのくわんじやしげつなをもつてせんぢんのたいしやうぐんとし、かまくらのごんごらうかげまさをもつてごぢんのたいしやうぐんとしたり。かのせんしようをたづぬれば、しげただはせんぢんたるべし、かげときはごぢんをうつべし」とのたまへり。
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さるほどに、はせまゐるひとびとは、としまのじらうなりしげ・あだちのうまのじようとほもと・かはごえのたらうしげより・いなげのさぶらうしげなり・おなじくはんがえのしらうしげとも・おほたのごんのかみゆきみつ・しもかふべのしらうまさよし、かうづけのくにには、かうのさぶらうしげとほ・くまののべつたうたんぞうらなり。ときにひやうゑのすけよりとも、じふまんよきのつはものをそつして、としまのごしやうだきのかはよりむさしのこくふにつきたまへり。
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ここにおほばのさぶらうかげちかによりきのともがらこれをきき、みなおのおのちぎりをへんじ、あるいはみをまかせてかうをこひ、あるいはぢんをそむいてはしりまゐるひとびとは、かすやのごんのかみもりひさ・しぶやのしやうじしげくに・えびなのげんぱちごんのかみすゑさだ・おなじくしそくろくにん・ほんまのごらう・もりのたらうかげゆき・はだののうまのじよう・そがのたらう・ながをのしんごらうためむね・かぢはらのへいじいへかげ・やぎしたのごらうまさつね・やべのごんざぶらうかげくに・おほばのげんざうかげゆき・やまのうちのたきぐちさぶらうつねとし・はらのそうざぶらう・かたひらのやごらなり。
 うひやうゑのすけいひけるは、「かのやつばらは、いしばしのかつせんのとき、よりともにはうげんしたりしものどもなり。けいぢゆうにしたがひ、につきにまかせて、ささきのたらうをぶぎやうとして、いちいちにくびをきるべし」とおほせくださる。
 をぎののごらうすゑとき、ひきはられてていしやうにいできたる。うひやうゑのすけこれをみていひけるは、「いかになんぢはいしばしのかつせんのとき、ふたつかなもののよろひをき、くろきうまにのり、『るにんひやうゑのすけあますな、もらすな、うちとれ』といくさのせいばいせしをば、おのれはいかにわすれたるか。」をぎののごらうすゑとき、すこしもいろをもへんぜずしておんへんじをまうしけるは、「しようぶのみちはしゆくんをきらはず、かつせんのならひはじやうげをろんぜず。たとひすゑときくびをばめさるとも、したをばかへすべからず。ことばをふたつにまかさばおくびやうのみなもとなり」と、すこしもはばからずぞまうしける。
 また「たきぐちのさぶらうつねとしはよりとものめのとごなり。しかれどもくわいもんのとき、よりともをあくこうせしやつなり。いちばんにたきぐちのさぶらう、にばんにをぎののごらう、さんばんにおなじくそがのたらう、しばんにえびなのげんぱちごんのかみ、ごばんにおなじくしらう、ろくばんにおなじくたらう、しちばんにおなじくこくぶのさぶらう、はちばんにはだののうまのじよう、くばんにほんまのごらうなり。おほばのさぶらうがよりきのなかに、ざいくわことにおもきともがらをむさしのにひきいだしてきらるべき」よし、おほせくだされけるところに、かげときそのひのしゆつしをやめにけり。ひやうゑのすけいひけるは、「かぢはらのいへのこ、しざいにおこなはるるあひだ、おそれをなしてさんじやうせずさうらふものか。ひやうゑのすけこのよしをききたり。げんぱちごんのかみすゑさだがいちるいのいのちはかげときにゆるすべし」といひけり。
 しかれども、つねとしよりはじめとしてごにんはさきだつてきられにけり。かのしよりやうどもはかげときこれをたまはる。あはれなるかな、せんごふいかなることぞや。くびをきらるるひとも、いのちをたすかるひともあり。のこりとどまるさいしのなげき、おもひやられてあはれなり。
 ながをのしんごらうためむねも、さなだのよいちがうたれしとき、よりきしたりしものなるあひだ、すでにちゆうされんとするところに、よいちのちちよしざね、よいちのけうやうのために、これをまうしゆるしてたすけにけり。
 へいけがたのたいしやうぐんおほばのさぶらうかげちか、このことをきいて、せんかたなくて、てをつかねてかうをこひ、おちまゐりければ、かづさのごんのすけひろつねにめしあづけられければ、かづさのくににてきられにけり。しやていごらうかげひさまうしけるは、「いしばしにてやをげんけにい、けふはここにしてかうをこふは、あへてちゆうしんのみちにあらず。むかし、そぶはゆきをくひてじふくねん、つひにほくてきにくだらず。てきせんはかすみをへだててさんぜんり、ながくぜんうにつかふることなし。ぼせつのこころざし、けんぐこれひとつなり。ふしやうなりといへどもわれなにかかうするにしのばんや」といひながら、ひそかにみやこにおもむき、つひにへいけにまゐりにけり。
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さるほどに、よりともにじふまんぎのぐんびやうをそびやかし、あしがらやまをこえて、するがのくにうきしまがはらにうちいでにけり。ここにかいのくにのどういしけるげんじ、たけだのたらうのぶよし・しなののかみとほみつ・やすだのさぶらうよしさだ、にまんぎにてせんやくをまもりて、かのくによりきせがはのあたりにらいかいす。
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五 ごんのすけこれもり、うつてのつかひとしてとうごくへげかうすること
 さるほどに、だいじやうだいじんきよもりにふだう、このよしをつたへきいて、しちしやにへいはくをささげ、さんたふにちんざいをなげたまふ。ここにごんのすけせうしやうこれもりあつそんをたいしやうぐんとして、うつてのつかひにくだされけり。
かのこれもりはさだもりよりくだい、まさもりよりごだい、にふだうたいしやうこくのまご、こまつのないだいじんしげもりこうのちやくなん、へいけちやくちやくのしやうとうなり。いまきようとをしづめんがためにたいしやうぐんのせんにあたる、ゆゆしきことなり。さつまのかみただのり〈 きよもりしやてい 〉・みかはのかみとものりをじしやうとして、かづさのすけただきよをまつしやうとなす。せんぢんのあふりやうしは、ひたちのくにのぢゆうにんさやのじらうよしもと・かづさのくにのぢゆうにんいんとうのじらうつねもちなり。
P2092
 むかしよりぐわいどにむかふたいしやうぐんは、まづさんだいしてせつたうをたまはる。しんぎなんでんにしゆつぎよし、このゑかいかにぢんをひく。ないべん・げべんのくぎやうさんれつして、ちゆうぎのせちゑをおこなはる。たいしやうぐん・ふくしやうぐん、おのおのれいぎをただしくしてこれをたまはる。しばししようへいのまさかど・てんぎやうのすみとものしようせきなれば、としひさしくなりてなずらへがたし。こんどは、ほりかはのゐんのおんとき、かしようにねん〈 ひのとゐ 〉じふにぐわつ、ていせんをかうぶつてつしまのかみみなもとのよしちかをついたうのために、いなばのかみたひらのまさもりがいづものくにへはつかうせしれいとぞきこえし。すずばかりをたまはつてかはのふくろにいれて、ひとのくびにかけさせたりけるとかや。
 さるほどに、ごんのすけせうしやういげのうつてのつかひ、ふくはらのしんとをいでて、おなじきにじふはちにちにふるさとにつき、これよりとうごくへおもむく。よろひ・かぶと・きうせん・やなぐひ・うまくらまでもかかやくばかりにぞいでたちたれたりければ、みるひとめをおどろかしけり。ごんのすけせうしやうはもえぎのにほひのいとをどしのよろひに、あかぢのにしきのひたたれの、おほくび・えりそでをばこんぢのにしきをもつてぬひかざりたり。れんぜんあしげのうまのふとくたくましきに、きんぶくりんのくらおいてのつたりけり。としをいはばにじふにさい、ようがんひとにすぐれたりければ、えにかくともふでもおよびがたくぞみえける。
 さつまのかみただのり、ねんらいこころざしあさからざりけるにようばうのもとよりおくりたりけるこそでに、うたをいつしゆよみつけたり。
   〈あづまぢのくさばをわくるそでよりも たたぬたもとはつゆぞこぼるる〉
さつまのかみこれをみて、
   〈わかれぢをなにかなげかむこえてゆく せきをむかしのあととおもへば〉
とかへしたりけるは、むかしへいしやうぐんさだもりがまさかどついたうのためにくだりしあとをおもひいだされて、かくよみけるにや。
 かいだうにうちむかひ、ろしのつはものをあひぐして、さんまんよきにぞなりにける。たいしやうぐんこれもりあつそん、するがのくにきよみがせきにぢんをとり、せんぢんかづさのすけただきよはかんばら・ふじがはなんどにぢんをとる。たいしやうぐんは、あしがらをうちこえて、はちかこくにていくさをせんとはやられけるを、ただきよまうしけるは、「はちかこくのつはものども、みなうひやうゑのすけにしたがふよしきこえさうらふ。いづ・するがのものどものまゐるべきだにもいまだみえずさうらふ。おんせいさんまんよきとはまうしさうらへども、ことにあふものにさんびやくにんにはよもすぎさうらはじ。さうなううちこえさせさうらはばあしかるべし。ただふじがはをまへにあててふせがせたまはんに、かなはずはみやこへかへりのぼらせたまへ」とまうしければ、せうしやうは「たいしやうぐんのめいをそむくやうやある」といはれけれども、「それもやうによることにてさうらふうへ、ふくはらをたたせたまひしときも、にふだうどののおほせには、『かつせんのしだいは、ただきよがまうさんにしたがはせたまふべき』よし、ただしくこれをうけたまはりさうらふ。そのことはきこしめされさうらふものを」とて、すすまざりければ、ひとりかけてうちいづるにもおよばず、てきをぞあひまたれける。
 ここにひやうゑのすけのせんぢんはたけやまのしやうじじらうしげただ、ぢんをかしまにとる。あすうのときのやあはせなりければ、ひやうゑのすけいひけるは、「したたかならんししやうしらずのものをしいて、うまのひくともかへらずこれにのり、だいみやういちにんのぶんにひやつきづつこれをいでたちて、へいけのぢんへかけさせなば、をめいてかけやぶつてとほらんものはとほれかし、しなんものはしねかし。すこしもとほりたらばかへしあはせてなかにとりこめよ」としたくせられけり。へいけのたいしやうぐんごんのすけせうしやうこれもり、ながゐのさいとうべつたうさねもりをめして、いくさのあひだのことをおほせあはせられけるついでにいひけるは、「ばんどうにさねもりほどのおほやをいるものいくばくほどかあるらん」とまうされければ、「さねもりだにもおほやをいるものとおぼしめされさうらふか。ばんどうにはじふにさんぞく・じふしごそくをいるもののみこそおほうさうらへ。ゆみはににんばり・さんにんばりをのみひきさうらふ。よろひもかぶともにさんりやうなんどをかさねて、はぶさまでいぬくものども、さねもりおぼえてだにもろくしちじふにんもやさうらふらん。うまにはのるよりほかにはおつることをしらず。ただしにんのうへをあゆみこえあゆみこえ、てきどもにつかみつかんとするもののみさうらふ。うまをばいちにんしてくつきやうのいちもつしごひきづつのりかへにぐしてさうらふ。きやうのものとまうし、さいこくのともがらは、いちにんもてをおひぬれば、それをあつかふとて、しちはちにんはひきしりぞきさうらふ。うまはよきひとこそいちもつにもめされさうらへ、いげのともがらのうまはつひにきやういでばかりこそかしらをもちあげさうらへ、そののちはくたくたとしてさうらはんずる。またばんどうのものどもじふにんにしてこそきやうむしやいちにひやくにんはむかひさうらはんずれ。それもなほくつきやうのいちもつをもつてひとあてあてられさうらひなば、なにかさうらはんや。なかんづくげんじのせいはにじふよまんぎときこえさうらふ。みかたはわづかにさんまんよきなり。おなじやうにさうらはんだにかなひがたし。いはんやわうじやくのせいにてこそさうらへ。おつたてられなば、かれらはあんないしやどもなり、おのおのはぶあんないしやなり。たうじげんじがたのものどものけうみやうこれをうけたまはれば、およそてきたいもかたくおぼえさうらふ。あはれ、『いそぎむさし・さがみへいらせたまひ、かのくにのせいをつけ、ながゐのわたしにぢんをとつててきをまたせたまへ』と、さいさんまうしさうらひしを、きかせたまはずして、あたらせいどものひやうゑのすけにつきさうらふなれば、いかにもいかにもこんどのいくさはかなひがたくさうらふ。たいしやうどののごおん、やまのごとくまかりかうぶりたるみにてさうらへば、いとまをたまはつて、いまいちどをがみたてまつらん。いそぎいそぎきさんつかまつり、うちじにしてげんざんにいるべくさうらふ」とて、せんぎのせいをひきわけて、きやうへかへりのぼりにけり。たいしやうぐんこれをきき、すこしききおくしてこころよはくおもはれけれども、うへには 「さねもりがなきところにてはいくさはせぬか」とぞいはれける。
 さるほどに、ふじがはのしりなんどにむらがりゐたるみづどりども、りやうはうのせい、ゆみかげ、ひとおとにおどろいてたちさはぐはおとのおびたたしかりければ、「てきかはじりをわたしてようちにせんとするぞ」とこころえ、とるものもとりあへず、われさきにとひきしりぞく。これもりくわいけいざんのこころざしをわすれて、やはんにおよびてみやこへにげぞのぼりける。
 そもそもむかしよりみにげといふことはあれども、ききにげといふことはいまだつたへてもきかず。これただことにあらず。はちまんだいぼさつのおんぱからひとぞおぼえける。そのゆゑは、「みづどりのなかにはとあまたありけり」とぞ、のちにひとまうしける。
 そのころ、かいだうのいうくんども、くちづけにまうしけるは、
   〈ふじがはのせぜのいはこすみづよりも はやくもおつるいせへいじかな〉
きうとのひとびと、このことをつたへきいて、はかばかしかるまじきよしをぞまうしあひける。
P2106
六 よしつね、うきしまがはらにおいてふくしやうぐんとなること
ひやうゑのすけ、しばらくうきしまがはらにやすらひおはしけるに、としにじふばかりなるわかきむしや、しろきゆみぶくろをささせ、きよげなるのりかへにじつきばかりあひぐして、ひやうゑのすけのぢんにうちよせ、「まへちかくげんざんにいれさせたまへ」といひたりければ、ひやうゑのすけこれをきき、「かれはいかなるひとぞ」ととひたまひけり。「これはこしもつけのさまのかみのこにうしわかとまうしさうらひしが、あうしうへげかうしてをとこにまかりなつてのち、くらうくわんじやよしつねとまうすものなり。ごかつせんのよしをつたへうけたまはり、さんかうつかまつりさうらふなり」とまうされければ、ひやうゑのすけこれをきいて、なみだをながしいひけるは、「げにさることさうらふらん。かつせんのよしきこしめされていそぎおはししたること、かへすがへすしんべうなり」とて、たいめんしていひけるは、
「むかしはちまんどの、ごさんねんのかつせんのとき、しやていぎやうぶのじようよしみつ、きんちゆうにさうらひけるが、かつせんのよしをきき、みかどにいとまをまうしけるに、おんゆるしなかりければ、くわらくをいでてかねざはのたてへきたりければ、はちまんどのことによろこびて、『こよりよしあつそんのおはしたるにこそとおぼゆれ』とてなみだをながし、これにちからをえて、たけひらをせめおとしけり。ただいまとののおはしたるに、こさまのかみどののおはしたるにこそ」とて、ともになみだをながされけり。
 さるほどに、うひやうゑのすけよりともいひけるは、「われ、ごんのすけせうしやうこれもりをついたうせんとおもふ。いかがあるべき。」おとなしきだいみやうらおのおのいさめまうしけるは、「『たとひてきにげはしるといへども、かすみをわけてながくてきひとのぢんへいるなかれ』といふこと、これほんもんのこころなり。しかれば、きみはうつのや・きよみがせきをこえさせたまふべからず。そのうへ、ひたちのくにのさたけのたらうただよしは、きみのさかひのうちのがうけつなり。そのほかのぐんしなほいまだまつろはざるやからあり。それ『ちかきをさきんじ、とほきをあとにせよ』といへるはれいてんのさだむるところなり。まづとうごくをたひらげてのち、くわんぜいにおよぶべし」とまうされければ、よりとももいさめにしたがひにけり。しかるあひだ、たけだのたらうのぶよしをもつてするがのくにをしづめ、やすだのさぶらうよしさだをもつてはとほたふみのくにをたひらげにけり。
P2111
 うひやうゑのすけよりともすでにかまくらにかへりいりてのち、いとうのにふだうすけちかをからめとつて、むこのみうらのすけよしずみにあづけおかれけり。すけちかほふし、せんじつのざいくわまぬがれがたきによつて、こしがたなをぬいてじがいす。
 ひやうゑのすけいひけるは、「しそくいとうのくらうをばちゆうすべしといへども、ちちのにふだう、よりともをうたんとせしに、ひそかにつげてわれをたすけたるものなり。おんをかうぶつてむくはざるはちくしやうのごとし、はたまたぼくせきにことならず。よつてくらうくわんじやにおいてはいのちをたすけんとおもふ。」いとうのくらうかしこまつてまうしけるは、「われきく、はんれい、ごわうをうつて、こうせんわうのためにちゆうしんのこうありといへども、ごこにいつてつひにわうにつかへず。きうはん、くんわうにつかへたてまつり、こうこうのためにちゆうしんのことありといへども、かはかみにめぐつてつひにひがしにかへらず。しかるにわれ、きみのためにほうこうなし。なにをもつてかよにあるべきや。そのうへちちにふだう、ごかんきのゆゑにじがいす。しかるべきごおんには、いとまをたまはつてとくめいどのともをすべくさうらふ」と、さいさんまうしけるあひだ、よりともおもひわづらはれけり。
 またくらうまうしけるは、「これほどまうしつるにおんもちひなくんば、はやくへいけがたにまゐつて、きみをいたてまつるべきなり。」よりともこれをきこしめして、「そのだんはさもあらばあれ。なんぢをうしなふこと、ふかくよりともふびんにおぼしめすなり」とて、つひにこれをゆるされしかば、へいけのかたにぞつきにける。
P1113
 またいとうのにふだうのさんぢよはひやうゑのすけのほんさいなり。ちちにふだうにひきさけらるといへども、たがひのなごりはわすれもやらず。かいらうをあらためんとおもへども、ほうでうがむすめもこころざしふかくさりがたければ、ふたごころなくおぼしめして、いとうのむすめをれんちゆうにめし、「ひごろのなさけすてがたければ、いかでかまよひものとなしたてまつらん。このさぶらひにれつざしたるだいみやうのなかに、たれををつととせんとおぼしめす。さしておほせいだされよ」といへば、いとうのさんぢよ、はづかしながらまんざをみまはして、まうされけるは、「あのさのいちのざにさうらふひと」とさしければ、ひやうゑのすけいひけるは、「あれこそさぶらひそのかずおほしといへども、ひのもとのしやうぐんとかうするちばのすけつねたねのじなん、さうまのじらうもろつねとはこれなり」とて、もろつねがかたへおんつかひをもつて、「かやうのしだいなり。よりともをばしうととおもはるべし。よりともはむことおもふべし」とおほせられければ、もろつねかしこまつてまうしけるは、「このにようばうのおもひとり、きみのごぢやうのうへはとかうしさいをまうすにおよばず。ぜひさうけたまはりさうらふ」とまうして、しゆくしよにまかりかへつてのち、やがてこのにようばうをむかへとり、かいらうをとうてうにあざけり、どうけつをなんさうにりす。
P2115
七 さたけのたらうただよし、かじはらにいけどらるること
 さるほどに、ひたちのげんじさたけのたらうただよしをたいしやうぐんとして、よりきのともがら、しもつまのしらうひろもと・おなじくしやていとうでうのごらうさだもと・かしまのごんのかみなりもと・おぐりのじふらうしげなり・とよたのたらうよりもとらをはじめとしてにまんよき、ひたちのくによりしもつけのくにへはつかうす。
 さたけのただよし、あしかがのたらうとしつなにかたらひ、しつかうのちぎりをいたしけり。ただよしまうしけるは、
「ひやうゑのすけすでにへいけをもつててきとし、ごかこくをうちしたがへをはんぬ。しかるにへいけのだいじやうだいじんきよもりにふだうは、そのみじゆごうのせんじをかうぶり、よにはくわんばくなきがごとし。まことにこれてんのあたふるところのくわほうなり。しかるによりとも、るにんのみとしてまうあくのはかりことをいたすこと、たうらうのをのをもつてりゆうしやにむかひ、えいじのかひをもつてきよかいをほさんがごとし。としつな、ただよしとよりきしてよりともをうたんに、へいけのおんをかうぶらんことうたがひなし」とまうしければ、としつなこれをきいておもひけるは、「よりともとただよしはこれこつにくのながれおなじなり。なんぞねをたちてそのはをからすべき。はなはだもつてふたうのじんなり。いはんやたにんにおいてをや。いかにもどくがひのこころあるべし。かのひとにおいてはよりきしてどういせざらんにはしかじ」と。よつてただよし、ひたちのくにさたけのたちへかへりいりにけり。
P1118
 おなじきじふぐわつはつか、ひやうゑのすけよりとも、さたけのたらうただよしをうたんがため、かまくらよりひたちのこくふへぞくだられける。しかるべきひとびとこのことによりきして、「いかがあるべき」とせんぎせしむるところに、かぢはらのへいざうかげときかしこまつてまうしけるは、「むかしきこえけるは、かうう、かうそとかつせんのとき、かうそうちまけてかうをこひ、かううのこうろのしろにゆきけり。をぢかううよろこびてをひかうそのくびをきるべきよしぎするところを、かううがらうどうにかうはくといふもの、かううにむかつてまうしけるは、『むかしよりいまにいたるまで、かうにんのひとのくびをちゆうするせいなし』と。ゆゑにつひにきらざりけり。さるほどに、かうそのらうどうにちやうりやうといふもの、かううのこうろのしろにゆき、もんこのいたをふみひらき〈 かのもんこはひやくにんにあらざればひらかず。しかれども、ちやうりやうはいつくわんのしよをならひ、さんりやくのじゆつをきはめ、きうせんのみちにたけたり。ゆゑにきみをたすけたてまつるものなり。 〉、しゆくんかうそをとりいだしてのち、はたのよこうへにくわうせきがさんりやくのしよをむすびつけ、かううがしろにたちかへり、かううをうつて、かうそくらゐにつきにけり。ここんことなるといへどもちゆうていこれおなじ。なんぞかげとき、ただよしをうつてきみをよにざいせたてまつらざらんや」とまうしながら、かまくらのいちいんさんじふよにんをあひぐし、もののぐをぬぎすてて、ひたたればかりにて、さたけのたちへうちいる。
 ただよしがらうどうども、たちさはぎてたたかはんとしければ、かぢはらすこしもおそれずはばからず、ただよしをいさめけるは、「あなかしこ、おのおのさはがるべからず。ごらんさうらへ、かげときひやうぢやうをもたいせず、かつちうをもきず。こころえらるべし。ひやうゑのすけどのはすでにじふよかこくをうちしたがへ、そのせいにじふよまんぎなり。まことにくものこくどにををうがごとく、かぜのくさきをなびかすがごとし。さたけのたちをおしかこみ、ただよしをうちたてまつらんことはあんのうちにやすかるべし。しかれどもゆめゆめそのぎにはあらず。さたけどのもよくよくこれをきこしめせ。へいけのよにはげんじかしらをさしいださず。たれもみないひかひなし。しかるをいまひやうゑのすけどの、ゐんぜんをかうぶり、げんけよりきのあひだ、じふよかこくをうちしたがへたり。しかるにただよしは、せいわてんわうのごべうえいなり。なんぞいちぞくをそむいて、よりきせざらんや」とまうしながら、さんじふよにんのつはものただよしをいこめてのち、かねてよういのあひだ、かげときののりうまおほばくりげといふうまをかどわきよりふちのきはまでひきよせ、ただよしをうちのせ、「べつのことあらずさうらふ。いそぎさんぢんあるべきなり」とて、つはものぜんごにおしまきてうちいだす。
 さたけあとをかへりみて、「らうじゆうどもいささかもらうぜきすべからず。いままでただよしまゐらざるでう、もつてのほかのひがことなり。ぜひしよぞんのむねあれば、まゐつてこれをちんじまうすべし」。ところに、かぢはらがしつづぎのせいごひやくよきにてこれをまちかけ、おしまとひてゆくほどに、よりとものまへにひきすゑたり。ただよしうつふしざまになり、てをつかね、おもてをあかくしてゐたりけり。
 うひやうゑのすけ、ただよしにたいめんしていひけるは、「なんぞごへんはおなじげんけのみながら、いちぞくにはよりきせず、ゐんぜんをばそむかれしぞや。こころのなかにしきよくをぞんじて、いちわうちんぜんとおもはるらん。いかにきららかにのたまふとも、よりともみなすいりやうのうへは、はやくいとまをたてまつるべし」とて、やがてかぢはらにおほせつけて、おほやのはしにてちゆうされにけり。
P2126
八 かづさのすけ、よりともとなかたがふこと
 おなじきにじふごにち、ひやうゑのすけいひけるは、「このついでにひでひらをせめんとおもふ。ゆゑは、よりとものせんぞ、むつのかみけんぎやうちんじゆふのしやうぐんじゆしゐのじやうみなもとのあつそんよしいへ、こくむのとき、かうにんとなり、しんみやうをたすけ、いつこくをはいりやうしけり。きよひらよりこのかたひでひらにいたるまではしだいのばつえふなり。きよひらがあとをついでいまにちんじゆふのしやうぐんとかうするは、ひとへにはちまんどののごおんなり。しかればよりともははちまんどのにはしだいなり。なんぞさうでんのしゆくんをわすれて、ひでひらいまにまゐらざらんや。よつてひでひらをちゆうりくせんとおもふなり」といひければ、かづさのすけひろつねすすみいでてまうしけるは、「かのあうしうはこれゆきふりつみて、さむさにむかへば、ひとうまさらにかよひがたし。たむらのしやうぐんはごんげのひとたりといへども、あくじのたかまるをせめんがために、じふさんねんのしゆんじゆうをおくり、いよのかみはじんづうのひとたりといへども、さだたふをうたんがために、かさねてりやうたふをへて、はちまんどのはさんかねんのあひだ、またて・かねざはをおとし、たけひら・いへひらをうちしをや。しかもつはもののならひはたうせんにあたつてしぬるはそくわいなり。ゆきにうめられてはなんのせんかあらんや。はやくかまくらへかへるべし」とまうしければ、ひやうゑのすけいひけるは、「およそ『ぶゆうのみちにたづさはるはたやすからず。てきぢんにおもむきてけんなんをおそれず』といへば、ぜひをろんぜずむかふべからず。なんぢはまことにぶしにはあらず。いひがひなし」といひければ、ひろつねいろをへんじてふくりふし、ひやうゑのすけをあくこうして、ごせんぎをひきぐし、かづさのくににかへりいる。よりとももうつぷんをふくみながらかまくらへぞかへられける。
P2129
 このよしみやこへきこえければ、へいけがたよりごんのすけをまねかんとぎす。またよりとものむほんさいごくにきこえければ、かまのくわんじやのりよりもたづねくだり、あくげんじもいできたる。
 さるほどに、とうくらうもりなが、いしばしのかつせんののち、ひやうゑのすけあはのくにへわたりたまひしきざみ、てきにおしへだてられ、あはのくにへわたりえず、いづのおくにはせいり、しのびゐたりけるが、もりながおもひけるは、「むかし、さいせいりよ、てうにつかへず、えいすいにかくれゐけり。れきしやうぐんがぶだうをにくみしも、はじめてろんごをよみて、これすなはちつはもののげいのみち、そのせんなきがゆゑか。われちゆうをしゆくんにぬきんでてすでににじふよねんなり。しかるにうんめいのつたなきによつて、しゆくんにあひしたがひてあはのくにへこえずしてたうごくにとどまる。ひとへにこれすうきのみなもとなり。さもあれわががいぶんをはかるべし。しかじ、ただうきよをいとひまことのみちにいらんには」とて、やまふかくこもりゐて、みねのこのみをひろひ、たにのみづをくみ、じつげつをおくりしほどに、ひやうゑのすけ、すこくをうちしたがへ、かまくらにきよぢゆうしたまふよしをつたへきいて、いづのおくをまかりいで、かまくらへはせさんじけり。
 ひやうゑのすけ、もりながをみていひけるは、「むほんをおこしよにあらんとおもひしも、せんずるところ、さだつな・もりなががおんにむくはんがためなり。しかるにまづむかしのなんぢがゆめものがたりのてんとうには、かうづけのくにのそうついぶしをたまふ。かげよしがゆめあはせのてんとうには、わかみやのぞくべつたう・つるがをかのじんにんのそうくわんならびにおほばのみくりやをたまふ」とおほせくだされけり。
P2132
 じふいちぐわつ、しんゐんあきのくによりみやこにかへりいらせたまひければ、しんごしよをつくつて、「おんわたりあるべし」とにふだうしやうこくまうされけり。じふいちにち、ほふわうおんこしにめしてしんごしよへおんわたりあり。
 おなじきじふごにち、とうごくにくだりしくわんびやうども、たいしやうぐんごんのすけせうしやうこれもり・さつまのかみただのり・みかはのかみとものりいげ、かづさのかみただきよらをはじめとして、みなおのおのかへりのぼりける。やひとつもいず、てきをもみず、とりのはおとにおどろき、ひやうゑのすけのせいのおほきよしをききて、にげのぼりたるこそおくびやうなれ。ごんのすけせうしやうのおちけるを、ならほふしうたによみてたてたりけり。
  〈ひらやなるむねもりいかにさわぐらん はしらとたのむすけかおとして〉
せんぢんかづさのすけただきよをよみたりけり。
  〈ふじがはによろひはすてつすみぞめの ころもただきよのちのよのため〉
P2134
 にふだうしやうこくあまりにはらをすゑかねて、「ごんのすけせうしやうをきかいがしまへながせ。ただきよやらんなんどくびをきるべし」といへば、ただきよ「げにみのとがのがれがたからん、いかにせん」とおもひわづらひけるところに、しめのはんぐわんもりくにいげ、ひとすくなにてかやうのさたどもありけるところへ、うかがひよつてまうしけるは、「ただきよじふはちのとしかとおぼえさうらふ。とばどのにぬすびとのこもりしを、よるものいちにんもなかりしに、ついぢをのぼりこえ、これをからめとつてよりこのかた、ほうげん・へいぢのかつせんをはじめとして、だいせうのことにあへども、いちどもきみをはなれたてまつらず。またいまだふかくをあらはさず。こんどとうごくにおもむきて、はじめてかかるふかくをつかまつりし。ただこととはおぼえずさうらふ。よくよくおんいのりあるべくさうらふ」とまうしければ、にふだうしやうこくげにもとやおぼされけん、つやつやものものたまはず、ただきよかんだうにおよばざりけり。
P2136
九 さんもんそうじやうのこと
 またせんとのことをばさんもんことにいきどほりまうしければ、このなつよりさんかどまでそうじやうをささげて、てんちやうをおどろかしたてまつる。だいさんどのそうじやうにいはく、
 みぎ、つつしんであんないをけみするに、しやくそんのゆいけうをもつてこくわうにふぞくしたまひしは、ぶつぽふくわうとくをまもりたてまつらむがゆゑなり。なかんづくくわんむてんわう、でんげうだいしとえんりやくねんぢゆうにふかくけいやくをむすびたまひ、せいしゆはみやこをおこして、したしくいちじようゑんじゆうをあがめ、だいしはたうざんをひらきて、とほくひやくわうのごぐわんにそなふ。そののちとししひやくくわいにおよぶまで、ぶつじつひさしくしめいのみねにかかやき、よさんじふだいにすぎたり。てんてうおのおのじふぜんのとくをたもちたり。じやうだいのきゆうじやうかくのごとくなるものはなきをや。けだしさんらくとなりをてんじ、かれこれあひたすくるなり。しかるにいま、てうぎたちまちにへんじてにはかにせんかうあり。これそうじてはしかいのうれへ、べつしてはいつさんのなげきなり。
 それさんそうら、みねのあらしのどかなりといへども、くわらくをたのむで、もつてひをおくる。たにのゆきはげしといへども、わうじやうをまぼつて、もつてよるをつぐ。もしらくようゑんろをへだててわうかんたやすからずは、あにこさんのつきをじし、へんぴのくもにまじはらむや。もんとのじやうかうらおのおのくじやうにしたがひ、とほくきうきよをなげうちてのち、とくいんつうじがたく、おんげんたえやすきとき、いちもんのせうがくらむしろさんもんにとどまらむや。ぢゆうざんのもののていたらく、はるかにほんがうをさるともがらは、ていきやうをかたつてぶいくをかうぶり、いへ、わうとにあるたぐひは、きんりんをもつてびんぎとなす。ふもとへんじてかうやとならば、みねあにじんせきをとどめむや。
 かなしいかな、すひやくさいのほつとうこのときたちまちにきえ、せんまんともがらのぜんとこのよにまさにほろびなむとす。いはんやしちしやごんげんのほうぜんはこればんにんはいきんのれいじやうなり。もしわうぐうみちとほくしてしやだんちかからずは、ずいりのつきのまへにほうれんのぞむことかたく、そうしのくものしたにきうしゆんながくたえむ。もしさんけいこれうとからば、れいひれいにいせむものなり。ただみやうおうなきのみにあらず、またしんこんをのこさむか。
 かのげつしのれいざんはすなはちわうじやうのとうぼくにあり、だいせいのきよくくつなり。じちゐきのえいがくはまたていとのうしとらにそばだつごこくのれいちなり。すでにてんぢくのしやうけいにおなじくして、ひさしくきもんのきやうがいをおさふ。いはんやじんじやぶつじにだいせいあとをたれ、ごんじやちをしめ、ごこくわうのむねをたて、しやうてきしやうぐんのれいざうをやすんず。わうじやうはつぱうをめぐつて、らくちゆうのばんにんをりし、きせんのききやうにわうらいいちをなす。ぶつしんのりしやう、かんおうましますがごとし。なんぞれいおうのみぎりをさり、たちまちにむぶつのさかひにおもむかむや。
 たとひあらたにしやうじやをたて、たとひさらにしんめいをこふとも、よぢよくらんにおよび、ひとごんげにあらず。だいせいのかんかう、かならずしもこれあらじ。むかしはくにとみ、たみあつく、みやこをおこしてきづつくることなし。いまはくにともしくして、たみきはまつて、せんいにわづらひあり。これもつてあるいはたちまちにしんぞくをわかれて、なくなくりよしゆくをくはだつるものあり。あるいはわづかにしたくをやぶれども、うんさいにたへざるものあり。ひたんのこゑすでにだいちをうごかす。じんおんのいたり、あにこれをかへりみざらむや。
 しちだうしよこくのてうこう、ばんぶつうんじやうのびんぎ、にしかはとうしん、たよりあつてわづらひなし。もしよそにうつりては、さだめてこうくわいあらむか。またたいしやうぐんにしにあり、はうがくすでにふさがる。なんぞいんやうをそむき、たちまちにとうざいをたがへむ。さんもんのぜんともつぱらぎよくたいあんをんをおもふ。ぐりよのおよぶところ、いかでかかんこをならさざらむ。しかのみならずこんどのことにおいては、ことにぐちゆうをぬきんづ。いちもんのをんじやうしきりにまねくといへども、あふぎてちよくせんにしたがふ。ばんにんのひばうちまたにみつといへども、ふしてごぐわんをいのる。
 なにによつてかきんらうをつくし、かへつてこのところをほろぼさむとほつする。こうをはこび、ばつをかうぶる、あにしかるべけむや。たとひべつのけんじやうなくとも、ただこのさいだんをかうぶらむとほつす。まさにそんばうただこのとかうにあるのみ。のぞみこふらくは、てんおんえいりよをめぐらさむことを。しゆとらひたんのいたりにたへず。せいくわうせいきようつつしみてまうす。
  ぢしようしねん ろくぐわつひ
                              だいしゆほふしら
P2141
十 みやこうつりのこと
 これによつて、にじふいちにちにはかにみやこがへりあるべしときこえければ、きせんじやうげてをあはせてよろこびあへり。
 むかしもさんもんのそしようはあだなることなし。いかなるひほふひれいなりといへども、せいだいもめいじもおんことはりにあり。これすなはちぶつぽふをおそるるゆゑなり。いかにいはんや、わうだいさんじふよだいのみやこ、これほどのだうりをもつてさいさんかやうにまうさんに、いかによこがみをやぶらるるにふだうしやうこくなりといへども、いかでかなびかざるべき。これをきいて、ふるさとにのこりとどまりなげきゐたるひとびとよろこびあへり。
P1142
にじふににち、いちゐん〈 ほふわう 〉・しんゐん〈 たかくら 〉ふくはらをしゆつぎよあつて、きうとにごかうなる。おなじきひ、つのくにのげんじてしまのくわんじや、へいけのけしきをみて、とうごくをさして、げんけをたづね、おちくだるよしきこえけり。にじふろくにち、しゆじやうはごでうのだいりへいらせたまふ。りやうゐんはろくはらのいけどのにましましけり。へいけのひとびと、だいじやうにふだう〔いげ〕みなこきやうへのぼらる。いかにいはんや、たけのひとびといちにんもとどまらず。よにもあり、ひとにもかずへらるるともがらはみなすみかをかまへられたれば、ひとびとのいへいへをばことごとくはこびくだして、このごろくかげつのあひだにつくりたててこれをうつしつつ、しざいざふぐをはこびよせたりつるに、またものぐるはしくほどなくみやこかへりあれば、いへなんどはこびかへすまではおもひもよらず、しざいざふぐをばかしこここにうちすてうちすて、こきやうへのぼりけり。こきやうへかへることはうれしくてまよひのぼりたれども、いづくのところにおちつくべしともおぼえずたびだちけるぞこころぼそし。
P2155
十一 あふみげんじ、せめおとさるること
 またうつてのつかひごんのすけせうしやうかへりのぼりてのち、とうごく・ほくこくのげんじども、いよいよかつにのつて、くにぐにのつはものひにしたがつてうひやうゑのすけになびきつく。きんごくあふみげんじにやまもと・かしはぎなんどとまうすあぶれげんじさへ、へいけをそむいてひとをもとほさずとぞきこえし。
 おなじきじふににち、さひやうゑのかみとももり・こまつのせうしやうすけもり・ゑちぜんのかみみちもり・さまのかみゆきもり・さつまのかみただのり・させうしやうきよつね・ちくぜんのかみさだよしいげ、あふみのくにへはつかうす。そのせいしちせんよき、ろしのつはものども、つがふいちまんよきばかりなり。やまもと・かしはぎ、みの・をはりのげんじどもをついたうせんがためなり。
 おなじきみつか、やまもとのくわんじや・かしはぎのはんぐわんだいをせめおとして、みの・をはりをうちたひらぐるよしきこえければ、だいじやうにふだうすこしけしきなほりけり。
P2162
十二 なんとのてふじやうのこと
 またなんとのだいしゆいかにもしづまりやらず、いとどもつてさうどうす。くげよりおんつかひしきなみにくだされて、「こはさればなにごとをいきどほりまうすぞ。ぞんぢのむねあらば、なんどなりともそうもんにこそおよばめ」なんどおほせくだされければ、「べつのしさいにはさうらはず。きよもりにふだうにあひてしぬべくさうらふ」とぞまうしける。これもただことにはあらず。
 にふだうしやうこくとまうすは、かたじけなくもたうぎんのおんぐわいそぶなり。それにかやうにまうしけるは、およそはなんとのだいしゆにてんまつきにけるとぞみえし。ことのもれやすきはわざはひをまねくなかだちなり。ことのつつしまざるはやぶりをとるみちなり。ただいまことにあはんとぞおぼえし。
 そのうへ、ごぐわつたかくらのみやのごかうによつて、みゐでらよりてふじやうをやりたりけるとき、へんてふにかきけることこそあさましけれ。そのじやうにいはく、
  ぎよくせん・ぎよくくわをけつす。りやうけのしゆうぎをたつといへども、きんしやうきんくおなじくいちだいのけうもんよりいでたり。なんきやう・ほくきやう、ただしもつてによらいのでしたり。じじ・たじ、たがひにでうだつがさんましやうをふすべし。
 そもそもきよもりにふだうはへいじのさうかう、ぶけのちんがいなり。そぶまさもりはくらんどごゐのいへにつかへて、しよこくじゆりやうのむちをとる。おほくらきやうためふさがかしうのししたりしいにしへ、けびゐししよにふす。しゆりのだいぶあきすゑがはりまのこくしたりしむかし、みまやのべつたうしきににんず。しんぶただもりにおよんでしやうでんをゆるされしとき、とひのらうせうみなほうだいりこのかきんををしみ、ないげのえいかうおのおのばたいのせんになきぬ。ちちただもりせいうんのつばさをかいつくろふといへども、よじんなほはくをくのしゆめいををしむことをかろくし、せいしそのいへにのぞむことなかりき。
 しかるあひだ、いんじへいぢぐわんねん、だいじやうてんわういつせんのこうをかんじて、ふしのしやうをさづけしよりこのかた、たかくしやうこくにのぼり、しかうしてひやうぢやうをたまはる。なんしはあるいはたいかいにまじはりあるいはうりんにれつし、によしはあるいはちゆうぐうのしよくにそなはりあるいはじゆごうのせんをかうむり、くんていそしみなきよくろをあゆみ、そのまごかのをひことごとくちくふにつらなる。しかのみならずきうしうをとうりやうし、はくしをしんだいし、みなぬびぼくじゆうたり。いちまうもこころにたがはば、すなはちわうこうといへどもこれをとりこにす。ヘんげんもみみにさかへば、またくぎやうとはいへどもこれをいさむ。
 これもつてもしくはいつたんのしんみやうをのべむがため、もしくはへんしのれうじよくをのがれむとおもふ。ばんじようのせいしゆなほめんいのこびをなす。ぢゆうだいのかくんかへつてしつかうのれいをいたす。だいだいさうでんのけりやうをうばふといへども、たなごころをあげておそれてしたをまく。いへいへさうじようのしやうゑんをとるといへども、けんゐにはばかりていふことなし。かつにのるあまりに、こぞふゆじふいちぐわつ、たいしやうくわうのすみかをついぶし、はくろくこうのみをあうりうす。ほんぎやくのはなはだしきこと、まことにここんにたえたり。
 そのとき、われらすべからくぞくしゆにゆきむかひ、もつてそのつみをとふべきなりき。しかれどもあるいはしんりよをあひはばかり、あるいはわうげんとしやうするによつて、うつたうをおさへてくわういんをおくるあひだ、かさねてぐんびやうをおこしていちゐんだいさんのしんわうのみやをうちかこむところに、はちまんさんじよ、かすがのごんげんすみやかにやうがうをたれて、せんぴつをささげたてまつり、きじにおくりつけて、しんらのとぼそにあづけたてまつる。
 わうぼふつくべからざるむねあきらけし。したがつてまたきじしんみやうをすててしゆごしたてまつるでう、がんじきのたぐひ、たれかずいきせざらむ。われらえんいきにあつてそのじやうをかんずるところに、きよもりにふだうきようきをおこしてきじにいらむとほつするよし、ほのかにもつてうけたまはりおよぶ。かねてよういをいたし、じふににちにだいしゆをしんぱつし、じふさんにちにしよじにてうそうす。まつじにげちしてぐんしをえてのち、あんないをたつせむとほつするところに、あをどりとびきたつてはうしよくをとうず。すじつのちくねんいつときにげさんす。
 かのたうけがしやうりやうのひつしゆすらなほたけむねのくわんびやうにかへる。いはんやわこくのなんぼくりやうもんのしゆと、いづくんぞばうしんのじやるいをやめざらむ。よくりやうゑんさうのぢんをかたくして、よろしくわれらしんぱつのつげをまつべし。てへればしゆうぎかくのごとし。よつててうそうくだんのごとし。こふらくはじやうをさつしてぎたいをなすことなかれ。もつててふす。
  ぢしようしねん ごぐわつひ
P2169
十三 なんとのえんしやうのこと
 かやうのことどもをきくにも、にふだういかでかこころよしとおもはるべき。「ぜひはあるまじ。くわんびやうをつかはしてなんとをせむべき」よしさたあり。つくづくせのをのたらうかねやすをたいしやうとして、さんびやくよきをさきそへ、やまとのくにのけびゐししよにほす。たうごくしゆごとしてくだらるるところに、だいしゆにおもむく。さるさはのいけのはたにてかねやすがよせいをさんざんにうちおとして、らうどう・いへのこにじふろくにんがくびをきつて、いけのふちにぞかけたりける。かねやすけうにしてにげのぼる。そののち、なんといよいよさうどうす。またおほきなるぎつちやうのたまをつくつて、「これはだいじやうにふだうがくび」とかうして、これをうちはり、けふみけり。
P2170
 にふだうしやうこくこれをきいて、やすからぬことにおもはれければ、しなんとうのちゆうじやうしげひらをたいしやうぐんとして、すまんぎのぐんびやうをなんとへむけられけり。だいしゆまたならざか・はんにやぢふたつのみちをうちふさぎ、ざいざいにじやうくわくをかまへ、らうせうをいはず、かつちうをよろひ、きうせんをたいしてあひまつところに、おなじきじふにぐわつにじふはちにち、しげひらあつそんすでにもつてはつかうしたりけり。まづさんぜんよきをふたてにわけて、ならざか・はんにやぢにむかふ。だいしゆをめいてよばはり、ふせぎたたかひけれども、ならざか・はんにやぢやぶられにけり。
 そのなかに、さかのしらうばうやうがくといふあくそうあり。うちものにとつてもきうせんにとつても、しちだいじじふごだいじにはさらにかたをならぶるものなし。たけしちしやくばかりのだいほふしの、ほねふとくたくましきが、きももたましひもすすどきが、しやうとくてんうんのむしやほふしなり。かちんのひたたれにもえぎいとをどしのはらまきのうへにくろくさずりのよろひをかさね、ぼうしかぶとのうへにさんまいかぶとをかさねてきたりけり。さんじやくごすんのたちをはき、おほなぎなたをばついたりけり。またどうじゆくじふににんさうにたつて、てんがひのもんよりうちいでたり。これのみぞしばらくふせぎたたかひける。よせむしやもこのやうがくにおほくうたれにけり。しかれどもおほぜいたちまちにおしかくれば、やうがくいちにんたけくおもへどもそのかひなし。いたでをおひしかばおちにけり。
P2172
 しげひらあつそんはならのほつけじのとりゐのまへにうつたつて、しだいになんとをほろぼしけり。りやうはうのじやうくわくをはじめとして、じちゆうにうちいり、だうしやばうちゆうにひをかけてやきはらふ。はぢをもおもひなをもをしむほどのものは、ならざかにてうちじにし、はんにやぢにてうたれにけり。ぎやうぶにかなふともがらはよしの・とつがはのかたへおちうせぬ。あゆみをもえぬらうそうども・じんじやうなるしゆがくしや・ちごども・にようばうたちなんどは、やましなでらのてんじやうにしごひやくばかりかくれのぼりぬ。だいぶつでんのにかいのらうもんのうへにはいつせんにんにげのぼりけるを、てきをのぼせじとてはしをばひきにけり。
 をりふしかぜおびたたしくふいたりければ、にかしよのしろにかけられたるひ、ひとつになつておほくのだうしやにふきうつりぬ。こうぶくじ・ほつけじ・やくしじをはじめとして、ぶつぽふさいしよのしやかのざうはとうこんだうにおはす。じねんゆじゆつのくわんおんはさいこんだうにおはす。かかるれいざうなさけもなくはいじんとなるこそかなしけれ。
 とうだいじはしやうむてんわうのごぐわん、てんがだいいちのきどくなり。うしつたかくあらはれてはんてんのくもにかくれ、びやくがうあらたにみがかれてまんどくのそんようをほむ。こうぶくじはたんかいこうのごぐわん、とうじいちりゆうのうぢでらなり。るりをならべししめんのらう、しゆたんをまじへしにかいのろう、くりんたかくかかやきしにきのたふもしかしながらけぶりとなるこそかなしけれ。ゆが・ゆいしきのりやうぶをはじめとして、ほふもんしやうげうもいつくわんものこらずやけにけり。だいぶつでんのうへ、やましなでらのうちにかくれこもりたりけるちごども・しゆがくしや・にこうども、ひのもえくるにしたがつて、をめきさけびよばはるこゑ、やまをひびかしちをうごかす。ひとりもなじかはのこるべき、みなやけしにたるこそあはれなれ。むげんぢごくのほのほのそこのざいにんのやくらんも、これにはいかでかすぐべきとぞみえし。
 むかししやうむくわうてい、じやうざいふめつじつぽうじやくくわうのしやうじんのおんほとけとおぼしめしなぞらへて、てづからみづからいあらはしたまひしこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつも、みぐしはやけおちてつちにあり。おんみはわきあがつてつかのごとし。まのあたりにみたてまつるもの、さらにめもあてられず。はるかにつたへきくひとは、なみだをながさずといふことなし。ぼんじやくしわう・りゆうじんはちぶ・みやうくわん・みやうしゆにいたるまで、さだめておどろきさはぎたまふらんとぞおぼえし。ほつさうおうごのかすがだいみやうじん、いかなることをかおぼしめすらん、しんりよもしりがたし。さればみかさやまのあらしのこゑもうらむるやうにぞきこえける。かすがののつゆのいろもいまさらかはれるふぜいなり。
 こんどやくところのだうしや、とうだいじにはだいぶつでん・こうだう・しめんのくわいらう・さんめんのそうばう・かいだん・そんしようゐん・あんらくゐん・しんごんゐん・やくしだう・とうなんゐん・はちまんぐう・けひのやしろ、こうぶくじにはこんだう・こうだう・なんゑんだう・とうこんだう・ごぢゆうのたふ・ほくゑんだう・とうゑんだう・しめんのそうばう・くわんじざいゐん・さいゐん・だいじようゐん・ちゆうゐん・しようやうゐん・ほくゐん・とうぼくゐん・とうしようゐん・くわんぜんゐん・ごだいゐん・きたかいだん・からゐん・しようゐん・でんぽふゐん・しんごんゐん・ゑんじやうゐん・くわうかもんゐんのおんたふ・そうぐう・ひとことぬしのやしろ・たきくらのやしろ・すみよしのやしろ・しようろういちう・おほゆやいちう・きやうざういちう。ただしかまはやけやぶれず、ふしぎそのいちなり。このほかだいせうのしよもん・じがいのしよだうはちゆうするにおよばず。ぼだいゐん・りゆうげゐん・どうばうりやうさんう・ぜんぢやうゐん・しんやくしじ・かすがのやしろ〈 ししよ 〉・わかみやのやしろなんどぞわづかにのこりにける。につぽんわがてうはまうすにおよばず、てんぢく・しんだんにもこれほどのほふめつはいかでかあるべきとぞおぼえし。
 そもそもこのだいぶつでんとまうすは、にんわうしじふごだいのみかどしやうむてんわう〈 いみなはしようほうといふ 〉のおんとき、てんぴやうろくねん〈 きのえさる 〉しやうぐわつにじふいちにち、とうだいじのだいぶつをこんどうをもつていはじめたてまつり、かうけんてんわう〈 いみなはあべといふ 〉のぎよう、てんぴやうはちねんじふぐわつにじふしにちにこうををへをはんぬ。しぢゆうさんかねんのあひだなり。〈 くどいたてまつる 〉もちふるところのじゆくどうしちじふさんまんくせんごひやくろくじふりやう、びやくらふいちまんしせんさんじふろくりやう、すいぎんごまんはつせんろつぴやくさんじふりやう、すみはいちまんろくせんいつぴやくごじふろくこく。だいぶつのすんぽふ、たかさはじふごぢやうさんじやくごすん、めんのながさいちぢやうろくしやく、ひろさくしやくごすん、かんびのたかささんじやく、まゆのながさごしやくしすん、あししたいちぢやうさんじやく、ひざはらしちしやく、らけはくひやくろつけ、かうおのおのいつしやくなり。しやうむてんわうよりあんとくてんわうにいたるまでわうそんさんじふしちだいにあたりたまふ。としのかずはしひやくしじふにねんなり。じこんいごたれかざうりふすべけんや。
 やけしぬるところのざふにんら、だいぶつでんにはせんしちひやくにんよなり。やましなでらにはごひやくよにん。あるみだうにはさんびやくにん。およそごにちにこれをかぞへければ、いちまんにせんよにんとぞきこえし。いくさばにてうたるるだいしゆしちひやくよにんのくびをば、ほつけじのとりゐのまへにかけてんげり。のこるところのさんびやくよにんのくびをばみやこへのぼす。そのなかににこうのくびどももせうせうありけり。
 にじふくにち、くらんどのとうしげひらあつそんなんとをほろぼして、きやうへかへりいらる。にふだうしやうこくいちにんばかりぞいきどほりをさんじてよろこばれける。いちゐん・しんゐん・せつしやうてんが・だいじん・くぎやうをはじめとして、すこしもぜんごをわきまへ、こころあるひとは、「こはなんとしつることぞや。あくそうどもをこそうしなはれぬとも、さばかりのがらんどもをはめつすべしや。くちをしきことなり」とぞかなしびあひたまひける。しゆとのくびどもをば、おほぢをわたしてごくもんのきにかけらるべきにてありけるが、とうだいじ・こうぶくじのやけにけるがあさましさに、さたにおよばず、ここかしこのほりみぞにすてられにけり。こくさうゐんのみなみのほりにならだいしゆのくびをもつてうめたりけり。まことにこころうしともいふはかりなし。
 とうだいじにかきおかれけるしやうむてんわうのごきしやうもんにいはく、「わがてらこうぶくせしめばてんがもこうぶくすべし。わがてらすいびせばてんがもすいびせん」とうんぬん。しかればいまちり−はひとなりぬるうへは、こくどのめつばううたがひなしとぞかなしみたる。これもしかるべきごにあひあたり、しんめいもかねてよりかんがみたまふらん。
P2178
十四 とうだい・こうぶくざうえいのさたのこと
 させうべんゆきたか、せんねんはちまんにまゐり、つやしけるよるのじげんに、「とうだいじざうえいぶぎやうのとき、これをもつべし」とて、しやくをたまはるとみえければ、うちおどろきてまへをみるに、げにしやくありけり。それをとつてげかうしけれども、「たうじなにごとにかつくりかへらるべし」としんちゆうにおもひながら、としつきをおくるほどに、これやけうせにしのち、だいぶつでんざうえいのさたのありしとき、べんのなかにかのゆきたかえらばれて、ぶぎやうすべきよしおほせくださる。そのとき、ゆきたかいひけるは、「ちよくかんをかうぶらずしてしだいのしようじんありなば、いまはべんくわんをばのぞかれなまし。たねんをへだててにかどべんくわんになりかへつて、いまぶぎやうのにんにあひあたる。せんぜのけちえんあさからぬにこそ」とよろこびて、ひととせだいぼさつよりたまはつたりししやくをとりいだして、ことはじめのひよりもちけるとぞきこえし。
げんぺいとうじやうろく くわんだいご