栄花物語 梅沢本 総ひらがな版

凡例
使用テキスト: 『栄花物語全注釈』松村博司 角川書店 
三条西家本(梅沢記念館蔵)を元とし、諸本により校訂した物です。
この本は、古本系統の第一種本で、鎌倉中期を下らない時期に書写されたものです。最善本と見ることが出来ます。
『栄花物語全注釈』の頁を記しました。P+全注釈の巻数1桁(1〜7)+ページ3桁
『栄花物語全注釈』の小見出し番号を[ ]に入れました。栄花物語の巻数2桁(01〜40)+番号2桁
歌の頭に@を付し、末尾にW+新編国歌大観番号を付しました。巻三の兼澄の歌は、新編国歌大観に無いためW000にしてあります。
引用句としての経典・漢詩漢文等の頭に@を付し、末尾にB+連番(01〜36)を付しました。

栄花物語 巻第一 月の宴
P1001
えいぐわものがたり くわんだいいち つきのえん
P1003
[0101]よはじまりてのち、このくにのみかどろくじふよだいにならせたまひにけれど、このしだいかきつくすべきにあらず。こちよりてのことをぞ、しるすべき。
よのなかに、うだのみかどとまうすみかど おはしましけり。そのみかどのみこたちあまたおはしましけるなかに、いちのみこあつひとのしんわうとましけるぞ、くらゐにつかせたまひけるこそは、だいごのせいていとまして、よのなかに、あめのしためでたきためしにひきたてまつるなれ。くらゐにつかせたまひて、さんじふさんねんをたもたせたまひけるに、おほくのにようごたちさぶらひたまひければ、をとこみこじふろくにん、をんなみこあまたおはしましけり。
P1009
[0102]そのころのだいじやうだいじんもとつねのおとどときこえけるは、うだのみかどのおんときにうせたまひにけり。ちうなごんながらときこえけるは、だいじやうだいじんふゆつぎのおんたらうにぞおはしける、のちには、ぞうだいじやうだいじんとぞきこえける、かのおんさぶらうにぞおはしける。そのもとつねのおとどうせたまひて、のちのおんいみな、せうぜんこうときこえけり。
P1011
[0103]そのもとつねのおとど、をとこぎみよにんおはしけり。たらうはときひらときこえけり。さだいじんまでなりたまひて、さんじふくにてぞうせたまひにける。じらうはなかひらときこえける、
P1012
さだいじんまでなりたまひて、しちじふいちにてうせたまひにけり。さぶらうかねひらときこえける、さんゐまでそおはしける。しらうただひらのおとどぞ、だいじやうだいじんまでなりたまひて、おほくのとしごろすぐさせたまひける。
P1013
[0104]そのもとつねのおとどのおんむすめのにようごのおんはらに、だいごのみやたちあまたおはしましける。じふいちのみこひろあきらのしんわうとまうしける、みかどにゐさせたまひて、じふろくねんおはしましてのちにおりさせたまひておはしましけるをぞ、すざくのゐんのみかどとはまうしける。そのつぎおなじはらからおなじにようごのおんはらのじふしのみこ、なりあきらのしんわうとまうしける、さしつづきてみかどにゐさせたまひにけり。てんけいくねんしぐわつじふさんにちにぞ、ゐさせたまひける。すざくのゐんはみこたちおはしまさざりけり。ただわうにようごときこえけるおんはらに、えもいはずうつくしきをんなみこひとところぞおはしましける。ははにようごもみこみつにてうせたまひにしかば、みかどわれひとところこころぐるしきものにやしなひたてまつりたまひける。いかできさきにすゑたてまつらむとおぼしけれど、れいなきことにて、
P1014
くちをしくてぞすぐさせたまひける。しやうしないしんわうとぞきこえさせける。
P1016
[0105]かくていまのうへのみこころばへあらまほしく、あるべきかぎりおはしましけり。だいごのせいていよにめでたくおはしましけるに、またこのみかど、げうのこのげうならむやうに、おほかたのみこころばへのををしうけだかく、かしこうおはしますものから、おんざえもかぎりなし。わかのかたにもいみじうしませたまへり。よろづになさけあり、もののはえおはしまし、そこらのにようご・みやすんどころまゐりあつまりたまへるを、ときあるもときなきも、みこころざしのほど、こよなけれど、いささかはぢがましげに、いとほしげにもてなしなどもせさせたまはず、なのめになさけありて、めでたうおぼしめしわたして、なだらかにおきてさせたまへれば、このにようご・みやすんどころたちのおんなかもいとめやすくびんなきこときこえず、くせぐせしからずなどして、みこうまれたまへるは、さるかたにおもおもしくもてなさせたまひ、さらぬはさべう、おんものいみなどにて、つれづれにおぼさるるひなどは、おまへにめしいでて、ご・すぐろくうたせ、へんをつかせ、いしなどりをせさせてごらんじなどまでぞ、おはしましければ、みなかたみになさけをかはし、をかしうなむおはしあひける。かくみかどのみこころのめでたければ、ふくかぜもえだをならさずなどあればにや、はるの
P1017
はなもにほひのどけく、あきのもみぢもえだにとどまり、いとこころのどかなるおんありさまなり。
P1024
[0106]ただいまのだいじやうだいじんにては、もとつねのおとどのみこしらうただひらのおとど、みかどのおんをぢにて、よをまつりごちておはす。そのおとどのおんこ、ごにんぞおはしける。たらうはいまのさだいじんにて、さねよりときこえて、をののみやといふところにすみたまふ。じらうはうだいじんにて、もろすけのおとど、くでうといふところにすみたまふ。さぶらうのおんありさまおぼつかなし。しらうもろうぢときこえける、だいなごんまでぞなりたまひける。ごらうもろただのさだいじんときこえて、こいちでうといふところにすみたまふ。
P1026
[0107]されば、ただいまは、このおほきおとどのおんこどもやがていとやむごとなきとのばらにておはす。このとのばらみなおのおのおんこどもさまざまにておはするなかに、くでうのもろすけのおとど、いとたはしくおはして、あまたのきたのかたのおんはらに、をとこじふいちにん、をんなろくにんぞおはしける。をののみやのさだいじんどのは、をのこぎみさんにんばかりぞおはしける。をんなぎみもおはしけり。ひとところはみやばらのぐにておはす。さしつぎはにようごにておはしけり。つぎつぎさまざまにておはす。こいちでうのもろただのおとど、をのこごふたり、をんなひとところぞおはしける。をのこごひとりははかなうなりたまひにけり。
P1029
[0108]かくて、にようごたちあまたまゐりたまへるなかに、くでうのもろすけのおとどのひめぎみ、あるがなかにいちのにようごにてさぶらひたまふ。またいまのみかどのおんはらからのしげあきらのしきぶきやうのみやのおんむすめ、にようごにておはす。またおなじおんはらからのよあきらのなかつかさのみやのおんむすめ、れいけいでんのにようごとてさぶらひたまふ。またありひらのあぜちのだいなごんのむすめ、あぜちのかういとてさぶらひたまふ。こいちでうのもろただのおとどのおんむすめ、いみじううつくしくて、せんえうでんのにようごときこえさす。またひろはたのちうなごんもろあきらのおんむすめ、ひろはたのみやすんどころとておはす。さてもこのおんかたがた、みなみこうまれたまへるどもなり。みこうまれたまはぬみやすんどころたちもあまたさぶらひたまふ。まこと、もとかたのみんぶきやうのむすめもまゐりたまへり。
P1031
[0109]としごろとうぐうもかくてふたたびうせたまひぬるに、とうぐうかくゐさせたまはぬに、ここらさぶらひたまふおんかたがたあやしうこころもとなう、みこうまれたまはざりけるほどに、くでうどののにようご、ただにもおはしまさで、めでたしとののしりしかど、をんなみこにて、いとほいなきほどに、たいらかにてだにおはしまさでうせさせたまひぬるに、もとかたのみやすんどころ、ただならぬことのよしまうして、まかでたまひぬれば、もしをのこみこうまれたまへるものならば、またなうめでたかるべきことによのひとまうしおもひたるに、いちのみこうまれたまへるものか。あなめでた、いみじとののしりたり。うちよりもみはかしよりはじめて、れいのおんさほふのことどもにて、もてなしきこえたまふ。もとかたのだいなごん、いみじとおぼしたり。とうぐうは、まだよにおはしまさぬほどなり。なにのゆゑにか、わがみことうぐうにゐあやまちたまはんと、たのもしくおぼされけり。
P1033
[0110]いみじくよのなかにののしるほどに、くでうどののにようご、ただにもおはしまさずといふこと、おのづからよにもりきこゆれど、もとかたのだいなごん、いで、さりともさきのこともありきなど、ききおもひけり。おほいどのも、くでうどのも、いとうれしうおぼすほどに、うへは、よはともあれかうもあれ、いちのみこのおはするを、うれしくたのもしきことに、おぼしめす、ことわりなり。
P1034
[0111]かかるほどに、だいじやうだいじんどの、つきごろなやましく、おぼしたりつるに、てんりやくさんねんはちぐわつじふよかうせさせたまひぬ。このさんじふろくねんだいじんのくらゐにておはしましけるを、おんとしことしぞしちじふになりたまひにける。ひだりみぎのおとどたちも、いとまためでたくたのもしきおんありさまなり。みかどうとからぬおんなからひにて、よろづかたがたのおんこともめでたくてすぎもていきて、にようごもおんぶくにていでたまひぬ。せんえうでんのにようごも
P1035
おなじくぶくにていでたまひぬ。こころのどかにじひのみこころひろく、よをたもたせたまへれば、よのひといみじくおしみまうす。のちのおんいみなていしんこうとまうしけり。つぎつぎのおんありさま、あはれにめでたくてすぎもていく。よのなかのことを、さねよりのさだいじんつかうまつりたまふ。くでうどのにのひとにておはすれど、なほくでうどのをぞいちくるしきにに、ひとにおもひきこえさせためる。
P1038
[0112]かかるほどに、としもかへりぬめれば、てんりやくよねんごぐわつにじふよかに、くでうどののにようご、をとこみこうみたてまつりたまひつ。うちよりはいつしかとみはかしもてまゐり、おほかたのおんありさまこころことにめでたし。よのおぼえことにさわぎののしりたり。もとかたのだいなごんかくときくに、むねふたがるここちして、ものをだにもくはずなりにけり。いといみじく、あさましきことをもしあやまちつべかめるかなと、ものおもひつきぬむねをやみつつ、やまひづきぬるここちして、おなじくはいまはいかでとくしなむとのみおもふぞ、けしからぬこころなるや。
P1039
[0113]くでうどのにはおんうぶやのほどのぎしきありさまなど、まねびやらむかたなし。おとどのみこころのうちおもひやるに、さばかりめでたきことありなむや。をののみやのおとど
P1040
も、いちのみこよりは、これはうれしくおぼさるべし。みかどのみこころのうちにも、よろづおもひなく、あひかなはせたまへるさまに、めでたうおぼされけり。
はかなうおんいかなどもすぎもていきて、うまれたまひてみつきといふに、しちぐわつにじふさんにちにとうぐうにたたせたまひぬ。くでうどのはおほきおとどうせたまひにしをかへすがへすくちをしくおぼされて、えいみあへずしほたれたまひぬ。いちのみこのははにようご、ゆみづをだにまゐらで、しづみてぞふしたまへる。いみじくゆゆしきまでにぞきこゆる。
P1042
[0114]はかなくてとしつきもすぎて、このおんかたがた、われもわれもおとらじまけじと、みなただならずおはして、みこたちいとあまたいできあつまりたまひぬ。あぜちのみやすんどころ、をとこさんのみや・をんなさんのみやうみたてまつりたまひつ。またこのくでうどののにようご、をとこしごのみやうまれたまひぬ。またせんえうでんのにようご、をところく・はちのみやうまれたまへりけれど、ろくのみやははかなくなりたまひにけり。はちのみやぞたいらかにておはしける。
P1043
れいけいでんのにようご、をとこしちのみや・をんなろくのみやうまれたまひにけり。しきぶきやうのみやのにようご、をんなしのみやぞうみたてまつりたまへりける。ひろはたのみやすんどころ、をんなごのみやうまれたまへり。
あぜちのみやすんどころ、をとこくのみやうまれたまひなどして、またくでうどののにようご、をんなしち・く・じふのみやなど、あまたさしつづき、うませたまひて、なほこのおんありさまよにすぐれさせたまへり。かくいふほどに、おほかたをとこみやくにん・をんなみやじふにんぞおはしける。
P1045
[0115]このおんなかにも、ひろはたのみやすんどころぞ、あやしうこころことにこころばせあるさまに、みかどもおぼしめいたりける。うちよりかくなむ、
@あふさかもはてはゆききのせきもゐずたづねてとひこきなばかへさじ W001。
といふうたを、おなじやうにかかせたまひて、おんかたがたにたてまつらせたまひけるに、このおんかへりごとをかたがたさまざまにまうさせたまひけるに、ひろはたのみやすんどころは、たきものをぞ、まゐらせたまひたりける。さればこそなほ、こころことにみゆれと、おぼしめしけり。いとさこそなくとも、いづれのおんかたとかや、いみじくしたててまゐりたまへりけるはしも、なこそのせきもあらまほしくぞおぼされける。おんおぼえもひごろにおとりにけりとぞきこえはべりし。
P1048
[0116]せんえうでんのにようごは、いみじううつくしげにおはしましければ、みかどもわがおんわたくしものにぞ、いみじうおもひきこえたまへりける。みかどさうのおんことをぞ、いみじうあそばしける。このせんえうでんのにようごにならはさせたまひければ、いとうつくしうひきとりたまへりけるを、にようごのおんはらからのなりときのせうしやう、つねにおまへにいでつつ、さりげなうききけるほどに、いみじうよくひきとりたまへりければ、うへいみじうきようぜさせたまひて、めしいだしつつをしへさせたまひて、のちのちはおんあそびのをりをりは、まづめしいでて、いみじきじやうずにてぞものしたまひける。
P1049
[0117]このとのばらのみこころざまども、おなじおんはらからなれど、さまざまこころごころに
P1050
ぞ、おはしける。をののみやのおとどは、うたをいみじくよませたまふ。すきずきしきものから、おくぶかくわづらはしきみこころにぞ、おはしける。くでうのおとどは、おいらかに、しるしらぬわかずこころひろくなどして、つきごろありてまゐりたるひとをも、ただいまありつるやうに、けにくくももてなさせたまはずなどして、いとこころやすげにおぼしおきてためれば、おほとののひとびと、おほくはこのくでうどのにぞ、あつまりける。こいちでうのもろただのおとどは、しるしらぬほどのうとさむつまじさも、おぼしおぼさぬほどのけぢめけざやかになどして、くせぐせしうぞおぼしおきてたりける。そのほど、さまざまをかしうなむありける。とうぐうやうやうおよずけさせたまふままに、いみじくうつくしうおはしますにつけても、くでうどののおんおぼえいみじうめでたし。またし・ごのみやさへおはしますぞめでたきや。
P1052
[0118]かかるほどに、てんとくにねんしちぐわつにじふしちにちにぞ、くでうどののにようご、きさきにたたせたまふ。ふちはらのやすいことまうして、いまは、ちうぐうときこえさす。ちうぐうのだいぶには、みかどのおんはらからのたかあきらのしんわうときこえさせし、いまはげんじにて、れいひとになりておはするぞ、なりたまひにける。つぎつぎのみやづかさども、こころことにえらびなさせたまふ。くでうどののおんけしき、よにあるかひありて、めでたし。をののみやのおとど、にようごのおんこと
P1053
をくちをしくおぼしたり。
P1054
[0119]をののみやのおとどのおんたらう、せうしやうにてあつとしとていとおぼえありておはせし、ひととせうせたまひにしぞかし。そのおんおもひにて、いみじくこひしのびたまひけるを、あづまのかたより、ひとかのせうしやうのきみにとて、うまをたてまつりたりければ、みたまひて、おとどよみたまひける、
@まだしらぬひともありけりあづまぢにわれもゆきてぞすむべかりける W002。
このとの、おほかたうたをこのみたまひければ、いまのみかどこのかたにふかくおはしまして、をりをりにはこのおとどもろともにぞ、よみかはさせたまひける。
P1056
[0120]むかしたかののによていのみよ、てんぴやうしようほうごねんには、さだいじんたちばなきやうもろえしよきやうだいぶなどあつまりて、まんえふしふをえらばせたまふ。だいごのせんていのおんときは、こきんにじふくわんえりととのへさせたまひて、よにめでたくせさせたまふ。ただいままでにじふよねんなり。いにしへのいまのとふるきあたらしきうたえりととのへさせたまひて、よにめでたうせさせたまふ。このおんときには、そのこきんにいらぬうたを、むかしのもいまのもせんぜさせたまひて、のちに
P1057
せんずとてごせんしふといふなをつけさせたまひて、またにじふくわんせんぜさせたまへるぞかし。それにも、このをののみやのおとどのおんうたおほくいりためり。ただしこきんには、つらゆきじよいとをかしうつくりてつかうまつれり。ごせんしふにもさやうにやとおぼしめしけれど、かれはそのときのつらゆきこのかたのじやうずにて、いにしへをひきいまをおもひ、ゆくすゑをかねておもしろくつくりたるに、いまはさやうのことにたへたるひとなくて、くちをしくおぼしめしけり。
P1060
[0121]このをののみやのおとどのじらうさぶらう、ふたところのこりておはしつるを、さぶらううゑもんのかみまでなりたまへりつるもうせたまひにければ、いまはじらうよりただときこゆるのみぞおはすめる。まだおんくらゐいとあさし。うゑもんのかみのわかうてかんだちめになりたまへりしが、かくてやみたまひにしかば、それにおぢて、すがすがしくもなしあげたてまつりたまはで。うゑもんのかみのおんこどもあまたおはしけるなかにも、さぶらうをぞ、おほぢおとどわがおんこにしたまひて、さねすけとつけたまへりける。あつとしのせうしやうのきみも、をのこごをんなごあまたもたまへりけるを、このおほぢおとどぞ、よろづにはぐくませたまひける。
P1061
くでうどののきさきのおんはらからのなかのきみは、しげあきらのしきぶきやうのみやのきたのかたにぞおはしける。をんなぎみふたりうみてかしづきたまひけり。
P1063
[0122]かくてとうぐうよつにおはしまししとしのさんぐわつに、もとかたのだいなごんなくなりにしかば、そののち、いちのみやもにようごもうちつづきうせたまひにしぞかし。そのけにこそはあめれ、とうぐういとうたてきおんもののけにて、ともすれば、おんここちあやまりしけり。いといとほしげにおはしますをりをりありけり。さるはおんかたちうつくしうきよらにおはしますことかぎりなきに、たまにきずつきたらむやうにみえさせたまふ。ただいみじきことには、みしゆほふあまただんにて、よとともによろづにせさせたまへど、しるしなし。いとなべてならぬみこころざま・かたちなり。おんけはひありさま、おんこわつきなど、まだちひさくおはしますひとのおんけはひともみえきこえず、まがまがしうゆゆしう、いとほしげにおはしましけり。これをみかどもきさきも、いみじきことにおぼしめしなげかせたまふ。
P1070
[0123]やうやうおんげんぶくのほどもちかくならせたまへれば、おんむすめおはするかんだちめ・みこたちは、いたうけしきばみまうしたまへど、かくおはしませば、ただいまさやうのことおぼしめしかけさせたまはぬに、さきのすざくのゐんのをんなみこまたなきものにおもひかしづききこえさせたまひしを、さやうにおぼしめしためるは、きさきにすゑたてまつらむのおんほいなるべし。されば、そのみやまゐらせたまふべきにさだめありて、ことひとびと、ただいまはおぼしとどまりにけり。
P1071
[0124]しきぶきやうのみやのきたのかたは、うちわたりのさるべきをりふしのをかしきことみには、みやづかへならずまゐりたまひけるを、うへはつかにごらんじて、ひとしれず、いかでいかでとおぼしめして、きさきにせちにきこえさせたまひければ、こころぐるしうて、しらぬがほにてにさんどはたいめせさせたてまつらせたまひけるを、うへはつかにあかずのみおぼしめして、つねになほなほときこえさせたまひければ、わざとむかへたてまつりたまひけれど、あまりはえものせさせたまはざりけるほどに、みかどさるべきにようばうをかよはせさせたまひて、しのびてまぎれたまひつつまゐりたまふ。またつくもどころにさるべきおんてうどどもまでこころざしせさせたまひけることを、おのづからたびたびになりて、きさきのみやももりきかせたまひて、いとものしきおんけしきになりにければ、うへもつつましうおぼしめして、かのきたのかたもいとおそろしうおぼしめされて、そのこととまりにけり。かのみやのきたのかたは、おんかたちもこころもをかしういまめかしうおはしける。いろめかしうさへおはしければ、かかることはあるなるべし。みかどひとしれず、
ものおもひにおぼしみだる。
P1073
[0125]かかるほどに、きさきのみやもみかども、しのみやをかぎりなきものにおもひきこえ
P1074
させたまひければ、そのおんけしきにしたがひて、よろづのてんじやうびと・かんだちめ、なびきつかうまつりてもてはやしたてまつりたまふほどに、やうやうじふにさんばかりにおはしませば、おんげんぶくのことおぼしいそがせたまふ。おんむすめもたまへるかんだちめは、いみじうけしきばみきこえたまふに、みやのたいふときこゆるひと、げんじのさだいしやうえもいはずかしづきたまふひとりむすめを、さやうにとほのめかしきこえたまひければ、みかどもみやもおんけしきさやうにおぼしければ、よろこびてよろづしととのへさせたまひて、やがてそのよまゐりたまふ。れいのみやたちは、わがさとにおはしそむることこそつねのことなれ、これはにようご・かういのやうに、やがてうちにおはしますにまゐらせたてまつりたまふべきさだめあれば、れいのにようご・かういのまゐりはさることなり、これはいとめづらかにさまかはりいまめかしうて、おんげんぶくのよやがてまゐりたまふ。みかど・きさきのおんよめあつかひのほど、いとをかしくなむみえさせたまひける。
かかるほどに、しげあきらのしきぶきやうのみやひごろいたくわづらひたまふといふこときこゆれば、くでうどのもいかにいかにとおぼしなげくほどに、うせたまひにければ、みかどひとしれず、いまだにとうれしうおぼしめせど、みやにぞ、はばかりきこえさせたまひける。おんいみなどすぎさせたまひて、このしのみやをぞ、いつぽんしきぶきやうのみやときこえさすめる。
P1077
[0126]かかるほどに、くでうどのなやましうおぼされて、おんかぜなどいひて、おんゆゆでなどし、くすりきこしめしてすぐさせたまふほどに、まめやかにくるしうせさせたまへば、みやもさとにいでさせたまひぬ。をとこぎみたちあまたおはすれど、まだはかばかしくおとなしきもさすがにおはせず。なかにおとなしきは、ちうじやうなどにておはするもあり。いかにおはすべきにかと、うちにもいみじうおぼしめしなげきたり。とうぐうのおんうしろみも、し・ごのみやのおんことも、ただこのおとどをたのもしきものにおぼしめしたるに、いかにいかにと、おほやけよりもみしゆほふなどおこなはせたまふ。いとめでたきおんさいはひによのひともまうしおもへり。てんとくよねんごぐわつふつかしゆつけせさせたまひて、よかうせさせたまひぬ。おんとしこじふさん。ただいまかくしもおはしますべきほどにもあらぬに、くちをしうこころうく、をしみまうさぬひとなし。よをしりたまはむにもいとめでたきみこころもちゐをと、かへすがへすおぼしまどはせたまふ。みやおはしませば、よろづかぎりなくめでたし。いちてんがのひと、いづれかはみやになびきつかうまつらぬがあらむ。
P1080
[0127]かくてのちのおんことども、あはれあはれときこえさするほどに、おんほふじもろくぐわつじふよにちにせさせたまふ。いまはとてうちにまゐらせたまへとあれど、いとあつきほどすぐしてとておはします。うだいじんには、こときひらのおとどのおんこあきただのおとどなりたまひぬ。このひだりのおとどのこりてかくおはする、いとめでたし。とうぐうのにようごも、みやのおんもののけのおそろしければ、さとがちにぞ、おはしましける。
P1081
[0128]としつきもはかなくすぎもていきて、をかしくめでたきよのありさまどもかきつづけまほしけれど、なにかはとてなむ。
みやたちみなさまざまうつくしういづかたにもおはしますを、うへともかうもとぞおぼしめさるるがうちにも、なほみやのおんかたのみこたちは、いとこころことにおぼしめす。くでうどののいそぎたるおんありさま、かへすがへすもくちをしういみじきことをぞ、みかどもきさきもおぼしめしたる。
P1082
[0129]よのなかなにごとにつけてもかはりゆくを、あはれなることにみかどもおぼしめして、なほいかでとうおりてこころやすきふるまひにてもありにしがなとのみおぼしめしながら、さきざきもくらゐながらうせたまふみかどは、のちのちのおんありさまいとところせきものにこそあれと、おなじくはいとめでたうこよなきことぞかしとまでおぼしめしつつぞ、すごさせたまひける。
P1083
[0130]しきぶきやうのみやも、いまはいとようおとなびさせたまひぬれば、さとにおはしまさまほしうおぼしめせど、みかどもきさきもふりがたきものにおぼしきこえさせたまふものから、あやしきことは、みかどなどにはいかがとみたてまつらせたまふことぞいできにたる。されば、ごのみやをぞ、さやうにおはしますべきにや
P1084
とぞ。まだそれはいとをさなうおはします。それにつけても、おとどのおはせましかばとおぼしめすことおほかるべし。
P1085
[0131]れいけいでんのおんかたのしちのみやぞ、をかしう、みこころおきてなどちひさながらおはしますを、ははにようごのみこころばへおしはかられけり。あぜちのみやすんどころことにおぼえなかりしかども、みやたちのあまたおはしますにぞ、かかりたまふめる。しきぶきやうのみやのにようご、みやさへおはしまさねば、まゐりたまふこといとかたし。さるはいとあてになまめかしうおはするにようごをなど、つねにおもひいでさせたまふをりをりは、おんふみぞたえざりける。
P1086
[0132]かかるほどに、きさきのみや、ひごろただにもおはしまさぬを、いかにとおぼしめさるるに、あやしうなやましうのみ、つねよりもくるしうおぼさるれば、いかなることにかと、わがおんここちにもおぼしめさるれば、しちだんのみしゆほふ、ちやうじつのみしゆほふ、おほやけがた・みやがたとおこなはせたまふ。ふだんのみどきやうなどおこなはせたまふしるしありて、おんここちさはやがせたまひなどすれば、いとうれしきことにおぼしめせば、またおなじことにくるしうせさせたまひなどして、つきひすぎもていくほどに、さとにいでさせたまふをなほなほかくてとまうさせたまへど、それもおそろしきことなりとていでさせたまひて、いよいよおんいのりひまなし。おほくのみやたちのおはしませば、うへいかにとのみ、しづごころなくおぼしまどふも、げにとのみみえさせたまふ。
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[0133]うちには、よろづにみこころをやりをかしきおんあそびも、このおんなやみによりおぼしたえて、いかさまにとおぼしたれば、をののみやのおとど、いとおそろしう、
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なほみこころをやりておはしましならひて、いたくしづませたまへるを、こころぐるしきおんことなりとて、またおんいのりなどよろづにつかうまつらせたまふ。このみやかくておはしませばこそ、よろづととのほりて、かたへのおんかたがたもこころのどかにもてなされておはすれ、もしともかくもおはしまさば、いかにいかにみぐるしきことおほからむと、ひとびともいひおもひ、おんかたがたもいみじくおぼしなげくべし。
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[0134]かかるほどに、おんなやみなほおどろおどろしうなりまさらせたまへば、うちにもとにもこのおんことをおぼしなげくに、うちよりおんつかひひまもなし。
しきぶきやうのみやこのをりさへやとて、やがていでさせたまひにしかば、うへさまざまにさうざうしくおぼつかなきことどもおほくおぼしめす。をんなみやたちは、なほしばしとてとどめたてまつらせたまへり。ごのみやをも、おんもののけおそろしとて、とどめたてまつらせたまひつ。かへすがへすいかなるべきおんここちにかとおぼしめさる。みやたちをば、さうざうしくおぼしめさるらむにとて、みこころのいとまなけれど、うへわたらせたまひて、よろづにこころしらひきこえさせたまふも、かつはいかがとおぼしつづけても、おんなみだこぼれさせたまへば、よくしのばせたまへど、
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みこころさわぎせさせたまふ。
[0135]ただにもあらぬにかくおはしますことを、よろづよりもあやふくだいじ
P1091
におぼしめさるるに、おんここちひさしうなれば、いとよわくならせたまひて、ともすれば、きえいりぬばかりにおはしますおんありさまを、うちには、むつまじきにようばうたち、かはりがはりにまゐりてみたてまつりつつそうすれば、さまざまみみかましきまでのおんいのりども、しるしみえず、いといみじきことにおぼしまどふ。おんもののけどもいとかずおほかるにも、かのもとかたのだいなごんのりやういみじくおどろおどろしく、いみじきけはひにて、あへてあらせたてまつるべきけしきなし。とうぐうをもいみじげにまうしおもへり。とうぐうもいかにいかにとおぼつかなさをおもひやりきこえさせたまふ。うちよりのおんつかひ、よるひるわかずしきりてまゐりつづきたり。おんはらからのとのばら・きみたち、こころをまどはしたまふ。
P1092
[0136]かかるほどに、おほかたのおんここちよりも、れいのおんことのけはひさへそひて、くるしがらせたまへば、いとどおんしつらひし、みずきやうなど、そこらのそうのこゑ
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さしあひたるほどに、いみじう、みやはいきだにせさせたまはず、なきやうにておはします。そこらのうちとぬかをつき、おしこりてどよみたるに、みこいかいかとなきたまふ。あなうれしとおもひて、のちのおんことどもをおもひさわぐほどぞいみじき。やとののしるほどに、やがてきえいらせたまひにけり。かくいふことは、おうわよねんしぐわつにじふくにち、いへばおろかなりや。おもひやるべし。うちのみやたちもよべぞいでさせたまひつる。このたびのみや、をんなにぞおはしましける。みやたちまだをさなくおはしませば、なにともおぼしたるまじけれど、おほかたのひびきにいみじうなかせたまふ。しきぶきやうのみやは、ふしまろびなきまどはせたまふもことわりにいみじう。うちにもきこしめして、すべてなにごともおぼえさせたまはず、おんこゑをだにをしませたまはず、ゆゆしきまでみえさせたまふおんありさまなり。とうぐうも、おんもののけのこのみやにまゐりたれば、れいのおんここちにおはしませば、いといみじうかなしきことにまどはせたまふもあはれに、みたてまつるひとみななみだとどめがたし。あはれなりともおろかなり。さてやはとて、いまみやは、じじゆうのみやうぶかねてもしかおぼししことなれば、やがてつかうまつる。あはれ、れいのやうにたひらかにおはしまさましかば、こたびはこころことにいかにめでたからましといひつづけて、とのばら・にようばうたちなきどよみたる、ことわりにいみじきおんことなりかし。
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[0137]かくてのみやはおはしまさんとて、ふつかありて、とかくしたてまつらむとおぼしおきてたるにも、ぎしきありさま、あはれにかなしういみじきことかぎりなし。うちうちにたてまつりつるいとげのみくるまにぞ、たてまつる。よのなかのさるべきてんじやうびと・かんだちめなど、まゐりおくりたてまつる、のこりすくなくみえたり。よろづよりも、しきぶきやうのみやのみくるまのしりにあゆませたまふこそ、いといみじうかなしけれ。たてまつりたまへりけるもののさまなどのいみじさよ。かうのこし・ひのこしなど、みなあるわざなりけり。すべておんとものをとこをんな、いとうるはしきさうぞくどものうへに、えもいはぬものどもをぞ、きたる。おほかたのぎしきありさま、いはんかたなくおどろおどろしう、うちにもとうぐうにもみなおんぶくあるべければ、らうあんだちたれど、これはてんじやうびとなどもうすにびをぞきたる。なつのよもはかなくてあけぬれば、このおんはらからのきんだち、そうもぞくもみなうちむれて、こはたへまうでたまふほどなど、たれもおそくときといふばかりこそあれ、いときのふけふとはおもはざりつることぞかしと、うちにおぼしめしたるおんけしきにつけても、なほめでたかりけるくでうどののおんゆかりかなとみえさせたまふ。おしかへし、みかどのおはしますに、さきだちたてまつらせたまひぬるも、またいとめでたしやとまうすたぐひもおほかりや。ごのみやはいつつむつにおはしませば、おんぶくだになきを、あはれなるおんありさま、よのつねのことにかはらずすぎもていくなかにも、よろづおどろおどろしく、こちたきさまはいとことなり。さてうち
P1097
はやがてみさうじにて、このほどはすべておんたはぶれにもにようご・みやすんどころのおんとのゐたえたり。いとさまことにけうじきこえさせたまふ。
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[0138]かくておんほふじろくぐわつじふしちにちのほどにぞ、せさせたまへりける。ごぐわつのさみだれにもあはれにてしほどけくらし、たごのたもとにおとらぬありさまにて、おんほふじにすべてつかさつかさのひとみなゐたち、さるべきおほやけがたざまにしおきてさせたまふ。かくておんほふじすぎぬれば、そうどもまかでぬ。みやのうちあらぬものにひきかへたり。されど、みやたちおはしませば、さるべきてんじやうびと・かんだちめたえず、このとのばらもさぶらひたまへば、いみじくあはれにかなしくなむ。もののこころしらせたまへるみやたちは、おんぞのいろなどもいとこまやかなるもあはれなり。おんめのとのじじゆうのみやうぶをはじめとして、せうにのみやうぶ・すけのみやうぶなど、にさんにんあつまりてつかうまつる。これはもとのみやのにようばう、みなうちかけたるなりけり。
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[0139]かくいみじうあはれなることを、うちにもまごころになげきすぐさせたまふほどに、をとこのみこころこそなほうきものはあれ、ろくぐわつつごもりにみかどのおぼしめしけるやう、しきぶきやうのみやのきたのかたはひとりおはすらむかしとおぼしいでて、おんふみものせさせたまふに、きさきのみやのおんおととのおんかたがた、をとこぎみたち、ただおやともきみともみやをこそたのみまうしつるに、ひをうちけちたるやうなるを、あはれにおぼしまどふ。
P1104
[0140]かくてみやたちうちにまゐらせたまふに、いまみやもしのびておはしますを、あはれにかなしとみたてまつらせたまふ。いみじうをかしげにめでたうおはします。おんいかはさとにてぞきこしめす。おんぞのいろども、ひたみちにすみぞめなり。
P1105
[0141]みやのきたのかたは、めづらしきおんふみをうれしうおぼしながら、なきおんかげにもおぼしめさむこと、おそろしうつつましうおぼさるるに、そののちおんふみしきりにて、まゐりたまへまゐりたまへとあれど、いかでかはおもひのままには、いでたちたまはむ。いかになどおぼしみだるるほどに、おんはらからのきみたちに、うへしのびて、このことをのたまはせて、それまゐらせよとおほせられければ、かかることのありけるを、みやのけしきにもいださで、としごろおはしましけることとおぼすにつけても、いとかなしうおもひいできこえたまふ。さてかしこまりてまかでたまひて、はやうまゐりたまへなどきこえたまへば、あべいことにもあらずおぼしたれば、いまはじめたるおんことにもあらざなるをなどはづかしげにきこえたまひて、このきみたちおなじこころにそそのかし、さるべきおんさまにきこえたまふ。うちよりはくらづかさにおほせられて、さるべきさまのこまかなることどもあるべし。さばとていでたちまゐりたまふを、おんはらからのきんだち、さすがにいかにぞや、うちおもひたまへるおんけしきどもも、すずろはしくおぼさるべし。
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[0142]さてまゐりたまへり。とうくわでんにぞみつぼねしたる。それよりとしておんとのゐしきりて、ことおんかたがたあへてたちいでたまはず。こみやのにようばう・みやたちのおんめのとなどやすからぬことにおもへり。かかることのいつしかとあること。ただいまかくおはしますべきことかはなど、ことしものろひなどしたまひつらむやうにきこえなすも、いといとかたはらいたし。おんかたがたには、みやのみこころのあはれなりしことをこひしのびきこえたまふに、かかることさへあれば、いとこころづきなきことにすげなくそしりそねみ、やすからぬことにきこえたまふ。まゐりたまひてのち、すべてよるひるふしおきむつれさせたまひて、よのまつりごとをしらせたまはぬさまなれば、ただいまのそしりぐさには、このおんことぞありける。わりなかりしをり、あやにくなりしにやとおぼされつるみこころざし、いましもいとどまさりて、いみじうおもひきこえさせたまひてのあまりには、ひとのこなどうみたまはざらましかば、きさきにもすゑてましとおぼしめしのたまはせて、ないしのかみになさせたまひつ。おんはらからのきんだちも、しばしこそこころづきなしとおぼしのたまはせしか、みこころざしのまことにめでたければ、たけからぬおんひとすぢをおぼすべし。をののみやのおとどなどは、あはれ、よのためしにしたてまつりつるきみのみこころの、よのすゑによしなきことのいできて、ひとのそしられのおひたまふことと、なげかしげにまうしたまふ。おんかたがたたまさかにぞ、おんとのゐもある。とうくわでんのきみまゐりたまひては、つとめてのおんあさい・
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ひるねなど、あさましきまでよもしらせたまはずおほとのごもれば、なにごとのいかなれば、かくよるはおほとのごもらぬにかと、けしからぬことをぞ、ちかうつかまつるをとこをんなまうしおもひためる。
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[0143]かかるほどに、あぜちのかういのおんはらのをんなさんのみや、ことをなむをかしくひきたまふときこしめして、みかど、いかでそのみやのこときかむ。まゐらせたまへと、みやすんどころにたびたびのたまはせければ、ははみやすんどころいとうれしくおぼして、したててまゐらせたまへり。うへ、ひるまのつれづれにおぼされけるにわたらせたまひて、いづら、みやはときこえたまへば、こなたにときこえたまへれば、ゐざりいでたまへり。じふにさんばかりにていとうつくしげにけだかきさましたまへり。けぢかきおんけはひぞあらせまほしき。みかどいづれもみこのかなしさはわきがたうおぼしめされて、うつくしくみたてまつらせたまふに、ははみやすんどころにおぼえたまへりとごらんずべし。みやすんどころもきよげにおはすれど、ものおいおいしく、いかにぞやおはして、すこしこたいなるけはひありさまして、みまほしきけはひやしたまはざらむ。ひめみやはまだいとわかくおはすれば、あてやかにをかしくおはするに、おんことをいとをかしうひきたまへば、ききたまふや。これはいかにひきたまふぞとのたまはすれば、ははみやすんどころ、さんじやくのきちやうをおんみにそへたまへるを、きちやうながら、ゐざりよりたまふほど、なまごころづきなくごらんぜらるるに、ものとなにとみちを
P1112
まかればきやうをぞ、ひとまきみつけたるを、とりひろげてこゑをあげてよむものは、ぶつせつのなかのまかのはんにやのしんきやうなりけりとひきたまふにこそとのたまふに、せんかたなくあやしうおぼされて、ともかくものたまはせぬほど、いとはづかしげなり。そのをりにあさましうおぼされたりけるおんけしきの、よがたりになりたるなるべし。かやうなることもさしまじりけり。
P1114
[0144]きさいのみやおはしまししをり、くのみやなどのおんたいめんありしなどこそ、いみじうめでたかりしかなど、うへのにようばうたちは、よるひるみやをこひしのびきこえさするさまおろかならず。おほかたのみこころざまひろう、まことのおほやけとおはしまし、かたへのおんかたがたにもいとなさけあり、おとなおとなしうおはしまししをぞ、おんかたがたもこひきこえたまふ。
P1115
[0145]ないしのかみのおんありさまこそ、なほめでたういみじきおんことなれど、ただいまあはれなることは、 このないしのかみのおんはらからのたかみつのせうしやうときこえつるは、わらはなはまちをさきみときこえしは、くでうどののいみじうおもひきこえたまへりしきみ、ちうぐうのおんことなどもあはれにおぼされて、つきのくまもなうすみのぼりてめでたきをみたまひて、
@かくばかりへがたくみゆるよのなかにうらやましくもすめるつきかな W003。
P1116
とよみたまひて、そのあかつきにいでたまひて、ほふしになりたまひにけり。みかどもいみじうあはれがらせたまふ。よのひともいみじくをしみきこえさす。たふのみねといふところにこもりて、いみじくおこなひておはしけるに、みつよつばかりのをんなぎみのいといとうつくしきぞおはしける。それぞなほおぼしすてざりける。たふのみねまでこひしさはつづきのぼりければ、ははぎみのおんもとに、それによりてぞおとづれきこえたまひける。かのちごぎみも、びやうぶのゑのをとこをみては、ててとてぞこひきこえたまひける。これはものがたりにつくりて、よにあるやうにぞ、きこゆめる。あはれなることには、このおんことをぞよにはいふ。
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[0146]はかなくとしつきもすぎて、みかどよしろしめしてのち、にじふねんになりぬれば、おりなばや。しばしこころにまかせてもありにしがなとおぼしのたまはすれど、ときのかんだちめたち、さらにゆるしきこえさせたまはざりけり。
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[0147]かうほうさんねんはちぐわつじふごや、つきのえんせさせたまはむとて、せいりやうでんのおまへに、みなかたわかちてせんざいうゑさせたまふ。ひだりのとうには、ゑどころのべつたうくらうどのせうしやうなりときとあるは、こいちでうのもろただのおとどのおんこ、いまのせんえうでんのにようごのおんせうとなり。みぎのとうには、つくもどころのべつたううこんのせうしやうためみつ、これはくでうどののくらうぎみなり。おとらじまけじといどみかはして、ゑどころのかたにはすはまをゑにかきて、くさぐさのはなおひたるにまさりてかきたり。やりみづ・いはほみなかきて、しろがねをませのかたにして、よろづのむしどもをすませ、おほゐにせうえうしたるかたをかきて、うぶねにかがりびともしたるかたをかきて、むしのかたはらにうたはかきたり。つくもどころのかたには、おもしろきすはまをゑりて、しほみちたるかたをつくりて、いろいろのつくりばなをうゑ、まつたけなど
P1121
をゑりつけて、いとおもしろし。かかれども、うたはをみなへしにぞつけたる。
ひだりのかた、@きみがためはなうゑそむとつげねどもちよまつむしのねにぞなきぬる W004。
みぎのかた、@こころしてことしはにほへをみなへしさかぬはなぞとひとはみるとも W005。
おんあそびありて、かんだちめおほくまゐりたまひて、おんろくさまざまなり。これにつけても、みやのおはしまししをりに、いみじくことのはえありて、をかしかりしはやと、うへよりはじめたてまつりて、かんだちめたちこひきこえ、めのごひたまふ。はなてふにつけても、いまはただおりゐなばやとのみぞおぼされける。
P1124
[0148]ときどきにつけてかはりゆくほどに、つきひもすぎて、かうほうよねんになりぬ。つきごろうちにれいならずなやましげにおぼしめして、おんものいみなどしげし。いかにとのみおそろしうおぼしめす。みどきやう・みしゆほふなどあまただんおこなはせたまふ。かかれどさらにしるしもなし。れいのもとかたのりやうなどもまゐりて、いみじくののしるに、なほ
P1125
よのつきぬればこそ、かやうのこともあらめと、こころぼそくおぼしめさる。かねてはおりさせたまはまほしくおぼされしかど、いまになりては、さばれ、おなじくはくらゐながらこそとおぼさるべし。おんここちいとおもければ、をののみやのおとどしのびて、そうしたまふ。もしひざうのこともおはしまさば、とうぐうにはたれをかとおんけしきたまはりたまへば、しきぶきやうのみやをとこそはおもひしかど、いまにおきてはえゐたまはじ。ごのみやをなむしかおもふとおほせらるれば、うけたまはりたまひぬ。おんなやみまことにいみじければ、みやたち・おんかたがたみななみだをながしたまふもおろかなり。そのなかにもないしのかみ、あはれにひとわらはれにやとおぼしなげくさま、ことわりにいとほしげなり。
P1127
[0149]されど、つひにごぐわつにじふごにちにうせたまひぬ。とうぐうくらゐにつかせたまふ。あはれにかなしきことたとへんかたなし。めでたうてりかかやきたるつきひのおもてにむらくものにはかにいできて、おほひたるにこそにたれ。またここのへのうちのともしびをかいけちたるやうにもあり。あさましういみじともよのつねなり。ここらのてんじやうびと・かんだちめたち、あしてをまどはかしたり。わがきみのおんやうなるきみには、いまはあひたてまつりなむや。われもおくれたてまつらじおくれたてまつらじと、あしずりをしつつぞなきたまふ。とうぐうのおんことまだともかくもなきに、よのひとみなこころごころにおもひさだめたるもをかし。おとどはみなしりておはすめるものをと。
P1128
[0150]よろづおんのちのことどもいといみじ。おんさうそうのよは、つかさめしありて、ひやくくわんをおしかへして、このみちかのみちとあかちあてさせたまふに、つねのつかさめしはよろこびこそありしか、これはみななみだをながすも、げにゆゆしくかなしうなむみえける。いづれのてんじやうびと・かんだちめかはのこらむとする、かずをつくしてつかうまつりたまふ。てんじやうにはひとただすこしぞとまれる。むらかみといふところにぞ、おはしまさせける。そのほどのありさまいはむかたなし。なつのよもはかなくあけぬれば、みなかへりまゐりぬ。
P1129
いみじけれどもおりゐのみかどのおんことは、ただひとのやうにこそありけれ、これはいといとめづらかなるみものにぞ、よのひとまうしおもひける。そののちつぎつぎのおんことども、いみじうめでたきおんこととまうせども、おなじさまにてつきひもすぎぬ。みやみやおんかたがたのすみぞめどもあはれにかなし。おなじらうあんなれど、これはいといとおどろおどろしければ、ただいちてんがのひとからすのやうなり。よもやまのしひしばのこらじとみゆるも、あはれになむ。
P1131
[0151]ことどももみなはてて、すこしこころのどかになりてぞ、とうぐうのおんことあるべかめる。しきぶきやうのみやわたりには、ひとしれず、おとどのおんけしきをまちおぼせど、あへておとなければ、いかなればにかとおんむねつぶるべし。げんじのおとど、もしさもあらずば、あさましうもくちをしうもあべきかなと、ものおもひにおぼされけり。
P1132
[0152]かかるほどに、くぐわつついたちとうぐうたちたまふ。ごのみやぞたたせたまふ。おんとしここのつにぞ、おはしける。みかどのおんとしじふはちにぞ、おはしましける。このみかどたたせたまふおなじひ、にようごもきさきにたたせたまひて、ちうぐうとまうす。しやうしないしんわうとぞまうしつるかし。すざくのゐんのみこころおきてを、ほいかなはせたまへるもいとめでたし。ちうぐうのだいぶには、さいしやうともなりなりたまひぬ。とうぐうのだいぶには、ちうなごんもろうぢ、ふにはこいちでうのおとどなりたまひぬ。みなくでうどののおんはらからのとのばらにおはすかし。ただしくでうどののきんだちは、まだおんくらゐどもあさければ、えなりたまはぬなるべし。
P1134
[0153]みかどれいのおんここちにおはしますをりは、せんていにいとようにたてまつらせたまへり。おんかたちこれはいますこしまさらせたまへり。あたらみかどのおんもののけいみじくおはしますのみぞ、よにこころうきことなる。ことしはごけい・だいじやうゑなくてすぎぬ。
かかるほどに、おなじとしのじふにぐわつじふさんにち、をののみやのおとどだいじやうだいじんになりたまひぬ。げんじのみぎのおとどひだりになりたまひぬ。うだいじんにはこいちでうのおとどなりたまひぬ。げんじのおとどくらゐはまさりたまへれど、あさましくおもひのほかなるよのなかをぞ、こころうきものにおぼしめさるる。かかるほどにとしもかへりぬ。
P1136
[0154]ことしはねんがうかはりてあんわぐわんねんといふ。しやうぐわつのつかさめしに、さまざまのよろこびどもありて、くでうどののおんたらうこれまさのきみ、だいなごんになりたまひて、いとはなやかなるかんだちめにぞおはする。をんなぎみたちあまたおはす。おほひめぎみうちにまゐらせたまはんとて、いそがせたまふといふことあり。にぐわつにとぞおぼしこころざしける。これをきこしめして、ちうぐうもさとにしばしいでさせたまふ。うへのおんもののけのおそろしければ、このみやもさとがちにぞ、おはしましける。
P1137
[0155]にぐわつついたちににようごまゐりたまふ。そのほどのありさまおしはかるべし。みかどいとかひありて、ときめかせたまふほどに、いつしかとただにもあらぬおんけしきにてものしたまふぞ、いとどゆゆしく、ちちだいなごんむねつぶれておぼされける。おんいのりをつくしたまふ。みかどもいとうれしきことにおぼしめしたり。みつきになりぬれば、ことのよしそうしていでさせたまふほど、いみじくめでたし。これにつけてもなほくでうどのをぞ、ふりがたきおんさまにきこえさすめる。さてさとにいでたまへるほども、
P1138
うちよりおぼつかなさをおぼしきこえさせたまふ。ちうぐううちにいらせたまへり。ちうぐうのおんかたのありさま、むかしもいまもなほいとおくぶかう、こころことにやむごとなくめでたし。
こぞはよのなかのひとすみぞめにてくれにしかば、ことしこそはごけい・だいじやうゑなどののしるめれ。さまざまにめでたきことをかしきこと、あはれにかなしきことおほかめり。
P1139
[0156]これまさのだいなごんいちでうにすみたまへば、いちでうどのとぞきこゆる。そのにようご、よのなかのだいじのいそぎどもはてて、すこしのどかになりてみこうみたてまつりたまへ
P1140
り。をとこみこにおはすれば、よにめでたきことにまうしおもへり。おんうぶやのほどのありさまいへばおろかなり。おほきおとどをはじめたてまつりて、みなまゐりこみさわぎたり。なぬかのよはくわんがくゐんのしゆうどもみなまゐり、しきふみんぶのつかさみなまゐりこみたり。いちてんがをしろしめすべききみのいでたまへると、よろこびをがみたてまつる。おほぢのだいなごんのおんけしきいみじうめでたし。くでうどの、このごろろくじふにすこしやあまらせたまはましとおぼすにも、おはしまさぬをかうやうのことにつけてもくちをしくおぼさるべし。なぬかもすぎ、つぎつぎのおんいかのおんありさまいはむかたなし。
P1142
[0157]げんじのおとどは、しきぶきやうのみやのおんことをいとどへだておほかるここちせさせたまふべし。みやのおんおぼえのよになうめでたくめづらかにおはしまししも、よのなかのものがたりにまうしおもひたるに、さしもおはしまさざりしかば、みなかくおはしますめり。みかどとまうすものはやすげにて、またかたきことにみゆるわざになむありける。
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[0158]しきぶきやうのみやのわらはにおはしまししをりのおんねのひのひ、みかど・きさきもろともにゐたたせたまひて、いだしたてたてまつらせたまひしほど、おんうまをさへめしいでて、おまへにておんよそひおかせなどして、たかいぬかひまでのありさまをごらんじいれて、こうきでんのはざまよりいでさせたまひし。おんともにさこんのちうじやうしげみつあそん・くらうどのとううこんのちうじやうのぶみつあそん・しきぶのたいふやすみつあそん・ちうぐうのごんのたいふかねみちあそん・ひやうぶのたいふかねいへあそんなど、いとおほくおはしきや。そのきみたち、あるはきさきのおんせうとたち、おなじききみたちときこゆれど、えんぎのみこなかつかさのみやのおんこぞかし。いまはみなおとなになりておはするとのばらぞかし。をかしきおんかりさうぞくどもにて、さもをかしかりしかな。ふなをかにてみだれたはぶれたまひしこそ、いみじきみものなりしか。きさいのみやのにようばう、くるまみつよつにのりこぼれて、おほうみのすりもうちいだしたるに、ふなをかのまつのみどりもいろこく、ゆくすゑはるかにめでたかりしことぞやとかたりつづくるをきくも、いまはをかしうぞ。しのみやみかどがねとまうしおもひしかど、いづらは。げんじのおとどのおんむこになりたまひしに、ことたがふとみえしものをやなど、よにあるひと、あいなきことをぞ、くるしげにいひおもふものなめる。
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[0159]みかどおんもののけいとおどろおどろしうおはしませば、さるべきてんじやうびと・とのばら、たゆまずよるひるさぶらひたまふ。いとけおそろしくおはしますに、けふおりさせたまふ、あすおりさせたまふとのみ、ききにくくまうしおもへるに、みかど
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とまうすものはひとたびはのどかにひとたびはとくおりさせたまふといふこともかならずあるべきことにまうしおもへるに、ことしはあんわにねんとぞいふめるに、くらゐにてみとせにこそはならせたまひぬれば、いかなるべきおんありさまにかとのみみえさせたまへり。
[0160]かかるほどに、よのなかにいとけしからぬことをぞ、いひいでたるや。それは、げんじのひだりのおとどの、しきぶきやうのみやのおんことをおぼして、みかどをかたぶけたてまつらむ
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とおぼしかまふといふこといできて、よにいとききにくくののしる。いでや、よにさるけしからぬことあらじなど、よのひとまうしおもふほどに、ぶつしんのおんゆるしにや、げにみこころのうちにもあるまじきみこころやありけむ、さんぐわつにじふろくにちにこのさだいじんどのにけびゐしうちかこみて、せんみやうよみののしりて、みかどをかたぶけたてまつらむとかまふるつみによりて、だざいのごんのそつになしてながしつかはすといふことをよみののしる。いまはおんくらゐもなきぢやうなればとて、あじろぐるまにのせたてまつりて、ただいきにゐてたてまつれば、しきぶきやうのみやのおんここち、おほかたならむにてだにいみじとおぼさるべきに、まいてわがおんことによりていできたることとおぼすにせんかたなくおぼされて、われもわれもといでたちさわがせたまふ。きたのかた・おんむすめ・をとこきんだち、いへばおろかなるとののうちのありさまなり。おもひやるべし。むかしすがはらのおとどのながされたまへるをこそ、よのものがたりにきこしめししか、これはあさましういみじきめをみて、あきれまどひて、みななきさわぎたまふもかなし。をとこぎみたちのかぶりなどしたまへるも、おくれじおくれじとまどひたまへるも、あへてよせつけたてまつらず。ただあるがなかのおとどにて、わらはなるきみのとののおんふところはなれたまはぬぞ、なきののしりて、まどひたまへば、ことのよしそうして、さばれ、それはとゆるさせたまふを、おなじみくるまにてだにあらず、うまにてぞおはする。じふいちにばかりにぞおはしける。ただいまよのなかにかなしくいみじきためしなり。ひとのなくなりたまふ、れいの
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ことなり。これはいとゆゆしうこころうし。だいごのみかど、いみじうさかしうかしこくおはしまして、ひじりのみかどとさへまうししみかどのおんいちのみこ、げんじになりたまへるぞかし。かかるおんありさまは、よにあさましくかなしうこころうきことによにまうしののしる。しきぶきやうのみや、ほふしにやなりなましとおぼせど、をさなきみやたちのうつくしうておはします、おほきたのかたのよをいみじきものにおぼいたるも、ただいまはみやひとところのおんかげにかくれたまへれば、えふりすてさせたまはず。いみじうあはれにかなしともよのつねなり。すませたまふみやのうちも、よろづにおぼしうもれたれば、おまへのいけ・やりみづも、みぐさゐむせびて、こころもゆかぬさまなり。さまざまにさばかりうゑあつめ、つくろはせたまひしせんざいうゑきどもも、こころにまかせておひあがり、にはもあさぢがはらになりて、あはれにこころぼそし。みやはあはれにいみじとおぼしめしながら、くれやみにてすぐさせたまふにも、むかしのおんありさまこひしうかなしうて、おんなほしのそでもしぼりあへさせたまはず、いきながら、みをかへさせたまへるぞ、あはれにかたじけなき。
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[0161]げんじのおとどのあるがなかのおととのをんなぎみの、いつつむつばかりにおはするは、おとどのおんはらからのじふごのみやの、おんむすめもおはせざりければ、むかへとりたてまつりたまひて、ひめみやとてかしづきたてまつりたまひて、やしなひたてまつりたまふ。それにつけても、いとあはれなるものはよなりけり。そちどのはほふしになりたまへるとぞきこゆめる。
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[0162]はかなくつきひもすぎて、ことかぎりあるにや、みかどおりさせたまふとてののしる。あんわにねんはちぐわつじふさんにちなり。みかどおりさせたまひぬれば、とうぐうくらゐにつかせたまひぬ。おんとしじふいちなり。とうぐうにおりゐのみかどのみこのちごみやゐさせたまひぬ。もろさだのしんわうなり。これまさのだいなごんのおんさいはひいみじくおはします。おりゐのみかどはれいぜいのゐんにぞ、おはします。されば、れいぜいのゐんときこえさす。とうぐうのおんとしふたつなり。おほきおとどせつしやうのせんじかうぶりたまひぬ。もろまさのおとどはさだいじんにておはす。ごけい・だいじやうゑなどもいとちかうなれば、よのひとさわぎたちたり。
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[0163]かかるほどに、こいちでうのさだいじんひごろなやみたまひける、じふぐわつじふごにちおんとしごじふにてうせさせたまひぬとののしる。せんえうでんのにようご、をとこきんだちよりはじめて、よろづにおぼしまどふ。いまのせつしやうどののおんはらからなれば、おんぶくにならせたまへば、だいじやうゑのをりのこと、いとくちをしうおぼせど、などてか。おんおとうとなれば、ひとつきのおんぶくこそあらめなどさだめさせたまふも、あはれなるよのなかなり。
れいのありさまのことどもありて、はかなくとしもくれぬれば、いまのうへ、わらはにおはしませば、つごもりのついなに、てんじやうびとふりつづみなどしてまゐらせたれば、うへふりきようぜさせたまふもをかし。
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[0164]ついたちになりぬれば、てんろくぐわんねんといふ。めづらしきおんありさまにそへて、そらのけしきもいとこころことなり。こいちでうのおとどのかはりのおとどには、ありひらのおとどなりたまへるを、はかなくなやみたまひて、しやうぐわつにじふしちにちうせたまひぬ。おんとししちじふはち。としのはじめにいとあやしきことなり。さるべきとのばらおんつつしみあり。うだいじんにてこれまさのおとどおはす。
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[0165]せつしやうどのもあやしうかぜおこりがちにておはしましてうちにもたはやすくはまゐりたまはず。いかなるにかとおぼしめす。をののみやのおとどひざうのこともおはしまさば、このいちでうのおとどよはしらせたまふべしとて、さるべきひとびとしのびてまゐる。このおほきおとどのじらうは、ただいまのさだいしやうにてよりただとておはす。せつしやうどののおんなやみいとおもくおはしまして、まめやかにくるしうなりもておはしまし、おんとしなどもおとろへたまへれば、ひといかにとぞまうしおもへる。おんはらからのとのばらはうせもておはしにたるに、かくひさしくよをたもたせたまひつるもいとおそろし。よろづみこころのままにつつしませたまふ。よこぞりてさわげども、ひとのおんいのちはずちなきことなりければ、ごぐわつじふはちにちにうせたまひぬ。のちのおんいみなせいしんこうときこゆ。さだいしやうよりただによをもゆづりきこえたまはで、ありのままにてうせさせたまひ
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ぬるみこころざまいとありがたし。おんとししちじふいちにぞ、ならせたまひける。あはれにかなしき
よのありさまなり。
しちぐわつじふよかもろうぢのだいなごんうせたまひぬ。ていしんこうのおんこをとこぎみよところおはし
ける、みなうせたまひぬ。おんとしごじふごにぞおはしましける。
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[0166]かかるほどに、ごぐわつはつか、いちでうのおとどせつしやうのせんじかうぶりたまひて、いちてんがわがみこころにおはします。とうぐうのおんおほぢ、みかどのおんをぢにていといとあるべきかぎりのおんおぼえにてすぐさせたまふ。このおんありさまにつけても、くでうどののおんありさまのみぞなほいとめでたかりける。
さだいじんにげんじのかねあきらときこゆる、なりたまひぬ。これもだいごのみかどのみこにおはして、しやうえてただびとにておはしつるなりけり。おんてをえもいはずかきたまふ。みちかぜなどいひけるてをこそは、よにめでたきものにいふめれど、これはいとなまめかしうをかしげにかかせたまへり。うだいじんには、をののみやのおとどの
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おんこよりただなりたまひぬ。
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[0167]かくいふほどに、てんろくにねんになりにけり。みかどおんとしじふさんにならせたまひにければ、おんげんぶくのことありけり。くでうどののおんじらうぎみとあるは、いまのせつしやうどののおんさしつぎなり。かねみちときこゆる。このごろくないきやうときこゆ。そのおんひめぎみまゐらせたてまつりたまふ。せつしやうどののひめぎみたちはまだいとをさなくおはすれば、えまゐらせたまはず。いとこころもとなくくちをしくおぼさるべし。くないきやうはほりかはなるいへをいみじくつくりてぞすませたまひける。にようごいとをかしげにおはしければ、うへいとわかきみこころなれど、おもひきこえさせたまへり。
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[0168]うちにはひとつおんはらのをんなくのみや、せんていいみじうおもひきこえたまへりしを、このいまのうへもいみじうおもひかはしきこえさせたまひて、いつぽんになしたてまつりたまへり。うちのいとさうざうしきに、をかしくておはします。
をんなじふのみや、このおんときにさいゐんにゐさせたまひにけり。
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[0169]くでうどののおんさぶらうかねいへのちうなごんときこゆる、いみじうかしづきたててひめぎみふたところおはす。ただいまのとうぐうはちごにおはします、うちにはほりかはのにようごさぶらひたまふ、きほひたるやうなりとて、れいぜいのゐんにこのひめぎみをまゐらせたてまつりたまふ。おしたがへたることによのひとまうしおもへり。
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[0170]せつしやうどののにようごときこゆるは、とうぐうのおんははにようごにおはす。そのおんひとつはらにをんなみやふたところうまれたまひにけり。されど、をんないちのみやはほどなくうせさせたまひて、をんなにのみやぞおはしましける。それはゐんのくらゐにおはしまししをりならねど、のち
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にうまれたまへる、いみじううつくしげにひかるやうにておはしましけり。とうぐうかくておはしませば、ときどきこそみたてまつりにもまゐらせたまへ、ただこのひめみやをよろづのなぐさめにおぼしめしたり。
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[0171]かかるほどに、かのむらかみのせんていのおんをとこはちのみや、せんえうでんのにようごのおんはらのみこにおはします、いとうつくしくおはしませどあやしうみこころばへぞこころえぬさまにおひいでたまふめる。おんをぢのなりときのきみ、いまはさいしやうにておはするぞ、よろづにあつかひきこえたまひて、こいちでうのしんでんにおはするにこのさいしやうはびはのだいなごんのぶみつのむすめにぞ、すみたまひける。はははちうなごんあつただのおんむすめなり。えもいはずうつくしきひめぎみささげものにしてかしづきたまふ。かのはちのみやは、ははにようごもうせたまひにしかば、このこいちでうのさいしやうのみぞよろづにあつかひきこえたまふにまだをさなきほどにおはすれど、このはちのみやいとわづらはしきほどに、おもひきこえたまへれば、ゆゆしうてあへてみせたてまつりたまはずなりにたり。をさなきほどはうつくしきみこころならでうたてひがひがしくしればみて、またさすがにかやうのみこころさへおはするをいとこころづきなしとおぼしけり。
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[0172]さいしやうのおんをひのさねかたのじじゆうも、このさいしやうをおやにしたてまつりたまふ。このひめぎみのおんあににてをとこぎみは、ながあきらのきみといひておはす。おほきたのかたとりはなちて、びはどのにてぞやしなひたてまつりたまひける。そのきみたちもただこのみやをぞ、もてわらひぐさにしたてまつりたまひければ、ともすれば、うちひそみたまふをいとどをこがましきことにわらひたてまつりたまへるに、にくさはひめぎみをいとめでたきものにみたてまつりたまひて、つねにまゐりよりたまひけるを、さいしやうむげにこころづきなしとおぼしなりにけり。このはちのみやじふにばかりにぞ、なりたまひにける。このみこころざまのこころえぬなげきをぞ、さいしやうはいみじうおぼしたる。さねかたのじじゆう・ながあきらのきみなどあつまりて、うまにのりならはせたまへ。のらせたまはぬはいとあしきことなり。みやたちはさるべきをりをりはうまにてこそありかせたまへとて、みまやのおんうまめしいでて、おまへにてのせたてまつりて、さざとみさわげば、おもていとあかくなりて、うまのせなかにひれふしたまへば、いみじうわらひののしるを、さいしやうかたはらいたしとおぼすにいだきおろしたてまつれ、おそろしとおぼすらむとのたまへば、さざとわらひののしりて、いだきおろしたてまつりたれば、うまのかみをひとくちくくみておはするをさいしやういとわびしとみたまふ。にようばうたちなどわらひののしる。
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かかるほどに、れいぜいのゐんのきさいのみや、みこもおはしまさず、つれづれなるをこのはちのみやこにしたてまつりて、かよはしたてまつらむとなむのたまはするといふことをさいしやうつたへききたまひて、いといとうれしうめでたきことならむ。かのみやはたからいとおほくもたせたまへるみやなり。こすざくのゐんのおんたからものはただこのみやにのみこそあむなれ。このみやはさいはひおはしけるみやなり。たからのわうになりたまひなむとすとて、よきひしてまゐりそめさせたまへり。ちうぐう、さりとも、かのみや、こいちでうのさいしやうをしへたてたらむこころのほど、こよなからむとおぼして、むかへたてまつらせたまふ。さいしやういみじうしたててゐてたてまつりたまへれば、みたてまつりたまふにおんかたちにくげもなし。みぐしなどいとをかしげにてよほろばかりにおはします。うつくしきおんなほしすがたなりや。やがてよびいれたてまつらせたまひて、みなみおもてのひのおましのかたにかしづきすゑたてまつらせたまひて、おんとものひとびとにかづけものたまひ、おんおくりものなどしてかへしたてまつらせたまふ。ものなどまうさせたまひけるに、すべておんいらへなくて、ただおんかほのみあかみければ、かぎりなくあてにおほどかにおはするなめりとおぼしけり。そののちときどきまゐりたまふになほもののたまはず。あやしうおぼしめすほどに、きさいのみやなやましうせさせたまひければ、さいしやう、みやのおんとぶらひにいだしたてたてまつらせたまふ。まゐりてはいかがいふべきとのたまはすれば、おんなやみのよしうけたまはりてなむとこそはまうしたまはめなどをしへられてまゐりたまへれば、
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れいのよびいれたてまつりたまふにありつることをいとよくのたまはすれば、みやなやましうおぼせど、うつくしうおぼしめして、さはのどかにまたおはせよなどきこえさせたまふ。まかでたまひて、さいしやうにありつることいとよくいひつとのたまへば、いであなしれがましやと、いとこころづきなうおぼして、いかでいひつとはまうしたまふぞ。それはかたじけなきひとをときこえたまへば、おいおいさなりさなりとのたまふほど、いたはりどころなうこころうくみえさせたまふをわびしうおぼすほどに、てんろくさんねんになりぬ。
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[0174]ついたちには、かのみや、おんさうぞくめでたくしたてて、みやへまゐらせたてまつりたまふ。きこえたまふべきことをこのたびはわすれて、をしへたてまつりたまはずなりにけり。みやには、はちのみやまゐらせたまひて、おまへにてはいしたてまつりたまへば、いといとあはれにうつくしとみたてまつらせたまふ。こころことにおんしとねなどまゐり、さるべきにようばうたちなどはなやかにさうぞきつついでゐて、いらせたまへとまうせば、うちふるまひいらせたまふほど、いとうつくしければ、あなうつくしやなど、めできこゆるほどに、しとねにいとうるはしくゐさせたまひて、なにごとをきこえたまふべきにかとあつまりて、あふぎをさしかくしつつ、おしこりてみなゐなみて、かつはあなはづかしや。こいちでうのひめぎみのおんかたのいみじからむものをなど、きこえあへるほどに、うちこわづくり
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てまうしいでたまふことぞかし、いとあやし。おんなやみのよしうけたまはりてなむまゐりつることとまうしたまふものか。こぞのおんなやみのをりにまゐりたまへりしにさいしやうのをしへきこえたまひしことをしやうぐわつのついたちのはいらいにまゐりて、まうしたまふなりけり。みやのおまへあきれてものものたまはせぬににようばうたちなにとなくさとわらふ。よがたりにもしつべきみやのおんことばかなとささめき、しのびもあへずわらひののしれば、いとはしたなく、かほあかみてゐたまひて、いなや、をぢのさいしやうのこぞのおんここちのをり、まゐりしかばかうまうせといひしことをけふはいへば、などこれがをかしからむ。ものわらひいたうしけるにようばうたちおほかりけるみやかな。やくなし。まゐらじとうちむづかりてまかでたまふありさま、あさましうをかしうなむ。こいちでうにおはして、あさましきことこそありつれとかたりたまへば、さいしやうなにごとにかときこえたまへば、いまはみやにすべてまゐらじ。ただころしにころされよとのたまはすれば、いなや、いかにはべりつることぞときこえたまへば、おんなやみのよしうけたまはりてなむまゐりつるとまうしつれば、にようばうのじふにじふにんといでゐて、ほほとわらふぞや。いとこそはらだたしかりつれ。されば、いそぎいでてきぬとのたまへば、との、いとあさましういみじとおぼして、すべてものものたまはず。いなや、ともかくものたまはぬは、まろがあしういひたることか。こぞまゐりしに、さまうせとのたまひしかば、それをわすれずまうしたるは、いづくのあしき
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ぞとのたまふを、いみじとおぼしいりためり。