栄花物語詳解巻十六
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〔栄花物語巻第十六〕 もとのしづく
寛仁三年(さんねん)四月許、堀河(ほりかは)の女御(にようご)。明(あ)け暮(く)れ涙(なみだ)にしづみておはしませばにやおはしけん、御(おほん)心地(ここち)もうき、あとかたもおぼされて、れいならぬ様(さま)にてあり過(す)ぐさせ給(たま)ふ程(ほど)に、いと悩(なや)ましうおぼされければ、御風にやとて、 茹(ゆ)でさせ給(たま)ひてのぼらせ給(たま)ふまゝに、御口鼻(くちはな)より血(ち)あえて、やがて消(き)え入(い)り給(たま)ひぬ。おとど御こゑをさゝげてなきののしり給(たま)へど、何(なに)のかひかあらん。七十余(よ)になりぬる己(おのれ)をめせ。若(わか)くさかりなる人(ひと)の行末(ゆくすゑ)はるかなるをば、かへし給(たま)へ<とののしらせ給(たま)へど、かかるみちは筋(すぢ)なきわざなりければ、え留(とど)め奉(たてまつ)らせ給(たま)はず。いとあさましうかくはてさせ給(たま)ひぬれば、ゐん聞(き)こし召(め)して急(いそ)ぎ渡(わた)らせ給(たま)へれど、いまはかくと聞(き)こし召(め)して、御かほにひとへの御衣(ぞ)のそでををしあてゝ。立(た)たせ給(たま)へるより、御涙(なみだ)のつく<”ともりいでたる程(ほど)、もとのしづくやと、哀(あは)れに疎(おろ)かならず。いまはのぼらせ給(たま)ひてもかひなかるべければ、つちに立(た)たせ給(たま)ひて、宮々(みやみや)抱(いだ)きいで奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、一宮の御(おほん)乳母(めのと)の男(をとこ)。左近大夫むねゆきを召(め)して、とのはたものおぼえさせ給(たま)はざめり。この宮々(みやみや)かのひがしのたいにわたし奉(たてまつ)れ。あなかしこ、よるひる近(ちか)くて見(み)奉(たてまつ)れなど、かへすがへす仰(おほ)せられ
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て、いまは言(い)ふかひなければ、いま又(また)こむ。殿にもえたいめんせずなりぬる事(こと)ゝて、出(い)でさせ給(たま)ひぬ。源宰相(さいしやう)は、この御事(こと)かくののしれば、はかなきとのをだにとりあへて、女御(にようご)。もろともにほかへわたり給(たま)ひにけり。一の宮(みや)のいみじうなき給(たま)ひつるも、哀(あは)れに思(おも)ほされて、いくばくもあらざりける御(おほん)有様(ありさま)をなどてつらしと覚え奉(たてまつ)りつらんと、年(とし)頃(ごろ)の本意(ほい)なく、あはれなるわざかなとおぼされて、やがてしものみやに渡(わた)らせ給(たま)ひて、かう<の事(こと)なん侍る。哀(あは)れにいみじき事(こと)、この幼(をさな)き人々(ひとびと)いかゞし侍らんずらん。おとどいまはなくならせぬらん。いとふかくなる様(さま)にこそ聞(き)き侍つれなど、よろづに、哀(あは)れに宣(のたま)ひつゞけて、なかせ給(たま)ふもいみじう悲(かな)し、。とのはおはせぬをつと抱(いだ)きて、よろづに言(い)ひつゞけなかせ給(たま)ふ。かかるおもひにや、人(ひと)は法師(ほふし)にもなるらんと宣(のたま)はするを、御前なる人々(ひとびと)心(こころ)のうちにほゝゑまれけり。源宰相(さいしやう)は。心(こころ)苦(ぐる)しき殿(との)の御(おほん)様(さま)を、みすて奉(たてまつ)り給(たま)ふも、事(こと)の始(はじ)めのいとなさけなかりし御心(こころ)の忘(わす)れ給(たま)はぬなりけり。かくてゐん渡(わた)らせ給(たま)ひて、おんやうじ召(め)して、さるべき事(こと)も定(さだ)め宣(のたま)はせ、よろづに扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)も、又(また)いとめでたし。殿(との)の哀(あは)れにおほえれ給(たま)ふも、この宮々(みやみや)の御扱(あつか)ひをせさせ給(たま)ふ。後々(のちのち)の御事ども、みな世(よ)の常(つね)の様(さま)に覚(おぼ)しをきてさせ給(たま)へり。其(そ)の日になりて、つとめてゐんおはしましてよさり
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の事(こと)ども急(いそ)がせ給(たま)ふ。ゐんの殿上人(てんじやうびと)・しも人(ひと)も、年(とし)頃(ごろ)とりわざ。睦(むつ)まじう思(おぼ)し召(め)すは、残(のこ)りなく参(まゐ)るべくをきて仰(おほ)せらる。我そひてこまかに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬばかりなり。しものみやにはあまり親(した)しくなおはしましそなど聞(き)こえさせ給(たま)ふも理(ことわり)にて、このをきてどもくはしうせさせ給(たま)ひてかへらせ給(たま)ひぬ。さてよさりゐていで奉(たてまつ)れば、みやたちはゝの御供(とも)にわれもいなん<となかせ給(たま)ふに、そこらの僧俗(そうぞく)なきあはれがり聞(き)こえぬなし。とのつえにかからせ給(たま)ひてよろほひ、人(ひと)ひかへ奉(たてまつ)りつれど。えおはしましやらねば、夏(なつ)のよもはかなくあけぬべければ、猶(なほ)いとみ苦(ぐる)しき御事なり。御車(くるま)にてすがやかにおはしまさんと聞(き)こえて、みちにて御車(くるま)に奉(たてまつ)りぬ。さてよもすがらとかく扱(あつか)ひ奉て、若(わか)き御(おん)子(こ)に七十余(よ)にてをくれて、かへらせ給(たま)ふぞげに世(よ)の中(なか)のあはれは知(し)られける。御忌(いみ)の程(ほど)も哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くてすごさせ給(たま)ふ。ゐんよろづに哀(あは)れにおはします。とのはすこしものおぼしまぎるゝ折(をり)は、このみやたちを見(み)奉(たてまつ)り、慈(うつく)しみ奉(たてまつ)り給(たま)ひてはかばかりの事(こと)をおもふに、わが命(いのち)はこよなうのびぬらんかし。若宮(わかみや)たちの御(おほん)後見(うしろみ)をし。あやまつべき事(こと)かはと宣(のたま)はせ、ひぢはらせ給(たま)ふ哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)る。御(おほん)いみはてはこの宮(みや)達(たち)はむかへ奉(たてまつ)らんと思(おぼ)す。北(きた)の方(かた)は、中宮(ちゆうぐう)の姫君(ひめぎみ)に、さるべきところ奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば、そちわたり給(たま)ひにしかば、哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。やうやう御法事(ほふじ)の程(ほど)も近(ちか)うなれ
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ば、ゐん何事(なにごと)もおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。殿(との)の御ふなどもかかる折(をり)だにもとめせと、只今(ただいま)受領どもはたゞ御(み)堂(だう)のことをさきとする程(ほど)に、せう<のところの御事をば何(なに)ともおもひたらねどたゞゐんおはしませば、それをよろづに頼(たの)み聞(き)こえ給(たま)ひて、われはちごのやうにて過(す)ぐさせ給(たま)ふもいみじうあはれなり。このみやたちのかくおいほけ<とおはする。おとど一ところをまつはしいみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)へる程(ほど)ぞ、哀(あは)れに心(こころ)憂(う)きまでみえさせ給(たま)ふ。とのは折(をり)折(をり)には法師(ほふし)にならんと思(おも)へどこのみやみやの御(おほん)有様(ありさま)みはてんの本意(ほい)なり。いまの御門(みかど)・東宮(とうぐう)まだいと若(わか)うおはしませば、みやたちをもうけ給(たま)ふべきにあらず。このゐんのみやたちは、つきの世(よ)には必(かなら)ずたちいで給(たま)はん。但(ただ)しその御ときの摂政関白(くわんばく)は、我おほぢなりそれをゝきていみじからん。いまの摂政のおとど内(うち)のおとどもしは大蔵卿(おほくらきやう)などやたち心地(ここち)つかむ。それらはいと安(やす)しなど言(い)ふあらまし事を宣(のたま)ひ明(あ)かしくらさせ給(たま)へば、御忌(いみ)にこもりたるそうなどをのかどち忍(しの)びてうち笑(わら)ふべし。それはみやたちの御事の。おこがましきにはあらで、七十余(よ)にてかばかりよろづをおぼしほれて、あみだほとけなども申し給(たま)はで、いつとなくはるかなる程(ほど)の御心(こころ)をきてのをこなるべし。後々(のちのち)の御法事(ほふじ)などみなせさせ給(たま)ひて、よろづいと心(こころ)のどかにつれづれまさりて、哀(あは)れにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。ゐんはみやたち見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、しもの
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宮におはしますまゝにぞよらせ給(たま)ひける。あさましくひろ<おもしろきところに、このとのと一二のみやのみぞおはします。さてはうちたゝなど言(い)ふ人(ひと)のをとらぬ程(ほど)のよはひも、いみじう哀(あは)れなれば、ゐんはこのみやたちを哀(あは)れに心(こころ)苦(ぐる)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、はかなき御くた物などもよる夜中わかず奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。かくて九月ばかりに、大殿(との)の上(うへ)一条(いちでう)殿(どの)の尼上(あまうへ)をばくはんをんじと言(い)ふところにこそはおさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひしが、それを此(こ)の頃(ごろ)とかくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、のちはいませ給(たま)へばおはしまさで、こはた僧都(そうづ)の中河の家(いへ)に渡(わた)らせ給(たま)ひておはします。其(そ)の程(ほど)にも哀(あは)れにおかしきうたども数多(あまた)あり。斯(か)かる程(ほど)に大二のしそ度々(たびたび)奉(たてまつ)り給(たま)へば、のぞむ人(ひと)かずしらず多(おほ)かるに、侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)三位中将(ちゆうじやう)の。御扱(あつか)ひの心(こころ)もとなさにのぞみ給(たま)へば、ふたゝびとなくなり給(たま)ひぬ。其(そ)ののちはつくしよりものなどもて参(まゐ)りて、いとはなやかにもてなし聞(き)こえ給(たま)ふに、姫君(ひめぎみ)の御(おん)心地(ここち)。ともすればれいならぬをぞ、しづごゝろなくおぼさるゝ。はかなく年(とし)もかへりぬ。世(よ)の中(なか)いまめかし今年(ことし)いもがさと言(い)ふ物おこりぬべしとて、つくしのかたには古(ふる)き年(とし)より。やみけりなど言(い)ふこと聞(き)こゆれば、始(はじ)めやみけりのち、この年(とし)頃(ごろ)になりにければ、始(はじ)めやまぬ人(ひと)のみ多(おほ)かりける世なれば、公(おほやけ)わたくしいとわりなく、恐(おそ)ろしき事におもひ騒(さわ)ぎたり。入道(にふだう)殿(どの)は御(み)堂(だう)のにしによりて、あみだだうたて
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させ給(たま)ひて、九躰のあみだ仏つくらせ給(たま)ひて、この三月にくやうせさせ給(たま)はんとて、いみじう急(いそ)ぎののしりて、宮々(みやみや)もおはしますべければ、やなぎさくら、ふぢやまぶきなどいふ。あやをり物どもをし騒(さわ)がせ給(たま)ふ。かくてこのもがさ京にきにたれば、やむ人々(ひとびと)多(おほ)かり。前大弐も同(おな)じくはこの御(み)堂(だう)くやうよりさきにとおぼし急(いそ)ぎければ、此(こ)の頃(ごろ)のぼり給(たま)ひて、いみじきからのあやにしき多(おほ)く入道(にふだう)殿(どの)に奉(たてまつ)り給(たま)ひて、御(み)堂(だう)のかざりにせさせ給(たま)ふ。めでたき御(み)堂(だう)のゑとののしれども世(よ)の人(ひと)只今(ただいま)はこのもがさに事もおぼえぬさまなり。このもがさは大弐の御もとにきたるとこそはいふめれ。あさましく様々(さまざま)に煩(わづら)ひてなくなるたぐひ多(おほ)かり。いみじうあはれなること多(おほ)かり。斯(か)かる程(ほど)に故のよりさだの左兵衛督(さひやうゑ)のかう、この三月廿余(よ)日(にち)に検非違使(けんびゐし)別当(べつたう)かけ給(たま)ひつ。されどこの月頃(ごろ)心地(ここち)れいにもあらずおはしけるを、いかなるにかと覚(おぼ)し煩(わづら)ひて、この度(たび)もいまだ申し給(たま)はざりけり。ゐん女御(にようご)うせ給(たま)ひにしのち、殿(との)のいとおしう心(こころ)細(ぼそ)げにおはしければ、このはる堀河(ほりかは)殿(どの)にわたり給(たま)へれば、おとどもすこし御けしきよくなりて、め安(やす)かりつるに、かく悩(なや)み給(たま)へばいかに<とおぼしたり。うたてゆゝしきころなれば、ほかへもやなど思(おぼ)せとなをかくてすごし給(たま)ふ程(ほど)に、又(また)もがささへねして悩(なや)み給(たま)へば、よもやまの医師(くすし)をあつめよるひるつくろはせ給(たま)へどむげに
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頼(たの)みすくなき御有様(ありさま)なれば、別当(べつたう)ぢし給(たま)ひつ。関白(くわんばく)殿(どの)の上(うへ)の御(おほん)おぢにおはすれば、よろづにとひ聞(き)こえ給(たま)ふ。ものなど多(おほ)く奉(たてまつ)れさせ給(たま)ふ。いみじきことども度々(たびたび)せさせ給(たま)へどいとあべき程(ほど)にさへなりぬれば、哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)くおぼさる。六月九日法師(ほふし)になり給(たま)ひぬ。女御(にようご)の御はらの姫君(ひめぎみ)達(たち)の御有様(ありさま)を、哀(あは)れにいかに<とおぼしながら、われもふかくになり給にたれば、すべきやうなし。其(そ)の御けしきもわりなくたへかたくおぼされて、女御(にようご)もあまになり給(たま)ひぬ。とのものもおぼえ給(たま)はねど、何(なに)しにかと聞(き)こえ給(たま)へど御(おほん)志(こころざし)なる理(ことわり)にみえさせ給(たま)ふ。あはれなること多(おほ)かり。御とぶらひにをののみやのいま北(きた)の方(かた)参(まゐ)り給(たま)へり。殿(との)の御(おん)心地(ここち)をばさるものにて、殿(との)のうちの男(をとこ)女(をんな)めもあやにめでたくて、車(くるま)よりおりなどし給(たま)ふ程(ほど)、いかでかは疎(おろ)かならん。兵衛(ひやうゑ)督御位(くらゐ)も短(みじか)く、命(いのち)もえたへ給(たま)ふまじくいふかたなき御(おほん)有様(ありさま)なるに、たゞこの北(きた)の方(かた)参(まゐ)りて、哀(あは)れに忝(かたじけな)きさまに泣(な)く泣(な)く聞(き)こゆる程(ほど)ぞ、この世(よ)の御(おほん)有様(ありさま)にめでたかりける。さていとよはげにおはすれば煩(わづら)はしうて泣(な)く泣(な)くいで給(たま)ひぬといへば忝(かたじけな)しやをののみやには姫君(ひめぎみ)ひとところおはしける程(ほど)、大将(だいしやう)殿(どの)そひねさせ給(たま)ひて心(こころ)もとなくうしろめたうおぼされけるに、この北(きた)の方(かた)かへり給(たま)へれば、いと嬉(うれ)しく覚(おぼ)して車(くるま)よりおるゝを、わがいたちておろさせ給(たま)ふ程(ほど)の有様(ありさま)、世(よ)の中(なか)のいにしへよりいまゝでの世(よ)のさいはひ人(びと)にこれはこよなうすぐれたり
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とみえたり。姫君(ひめぎみ)などの御(おほん)有様(ありさま)、ことにめでたく美(うつく)しきや。されば戯(たはぶ)れに御(おん)子(こ)もおはせぬとのなれば、これをいみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)に、はゝ北(きた)の方(かた)世(よ)にめでたきこといはんかたなし。しきふきやう宮の女御(にようご)の御折(をり)に、このとのにつかうまつりけるを、女御(にようご)うせ給(たま)ひにければ、このとのにつかうまつりつきてありける程(ほど)に、自(おの)づからこの姫君(ひめぎみ)の生れ給(たま)ひにければ、いまは北(きた)の方(かた)にてあるなりけり。この大将(だいしやう)殿(どの)同(おな)じき殿(との)原(ばら)と聞(き)こゆれどよに心(こころ)にくゝやむごとなきものに覚え給(たま)ひけり。今日(けふ)明日(あす)の大臣がねにておはすなる、をののみやをえもいはずめでたくつくりたてさせ給(たま)ひて、寝殿(しんでん)の東面(おもて)に、この姫君(ひめぎみ)をかしづきたてゝすませ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。其(そ)の御(お)前(まへ)に、われも人(ひと)もときみだれてみえ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。いみじき后(きさき)がねとかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ程(ほど)、こと<”なくただはゝ北(きた)の方(かた)の、よにめでたきとみえたり。かくて兵衛(ひやうゑ)督の御(おほん)心地(ここち)をいかに<とつかひを頻(しき)りに奉給(たま)ふぞ理(ことわり)なりや。との男(をのこ)どもを召(め)しあつめつゞけたてさせ給(たま)ふ程(ほど)ぞ、なをいとめづらかなりけり。兵衛(ひやうゑ)督又(また)の日うせ給(たま)ひにけり。女御(にようご)いといみじうおぼしまどひたり。一条(いちでう)の院(ゐん)の御事などは、いみじながらもうと<しうてひさしうならせ給(たま)ひにしうちに、御(み)子(こ)などもおはせざりしかはこそあれ、これは世(よ)にたぐひなうおぼさるゝにも理(ことわり)とみえたり。おとど騒(さわ)がしき世(よ)の中(なか)に、こころのけからひぬる事とむつかり給(たま)ふを、女御(にようご)心(こころ)憂(う)くあさましと思(おぼ)すべし。のちのちの御事
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などせさせ給(たま)ふに、この君達(きんだち)みなもがさに煩(わづら)ひ給(たま)へば、わりなくおぼしみだれたり。御法事(ほふじ)などせさせ給(たま)ふに、とのおはしましてこの殿(との)のみやたちおはしますに、まが<しうあべいことにもあらずと、ことばにもふれさせ給(たま)はねば。女御(にようご)の御乳母(めのと)。このしせい僧都(そうづ)の家(いへ)にてぞせさせ給(たま)ひける。とのあさましうおいほけ給(たま)ひて、この女御(にようご)の御あたりの事。あやにくにおぼし宣(のたま)へば、堀河(ほりかは)の院(ゐん)の御ことをぞいまにろんぜさせ給(たま)ひける。これはやけたりしかば一条(いちでう)の院(ゐん)のこれひらしてつくらせ給(たま)へりしゐんなれば、女御(にようご)はわれ領すべしとおぼしたれど大臣(おとど)の券をば、故女御(にようご)とのに奉(たてまつ)り給(たま)ひてければ、ゐんにぞ候(さぶら)ふなる。女御(にようご)の御(おほん)方(かた)には大みやぞ御心(こころ)よせおはしまして、この女御(にようご)のえ給(たま)はんこそりならめなど宣(のたま)はすれば、おとどこのことをえすが<とおぼし定(さだ)めぬなるべし。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)くだり給(たま)ふべき日を、とりかへ<し給(たま)ふに今年(ことし)もくれぬれば、公(おほやけ)をはかり奉(たてまつ)るやうなりとかたはらいたう覚(おぼ)して、きやう<なれと辞してんと覚(おぼ)しなりぬ。それもこの姫君(ひめぎみ)のいといみじう。つねに悩(なや)み給(たま)へばかく思(おぼ)すなるべし。斯(か)かる程(ほど)に傅殿いみじう悩(なや)み給(たま)ひて、限(かぎ)り<と聞(き)こえて程(ほど)へぬ。いかに<と聞(き)き奉(たてまつ)る程(ほど)に、十月十三日法師(ほふし)になり給(たま)ひぬと聞(き)こゆれば、とのなども哀(あは)れに覚(おぼ)しながら、あへ
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なむめ安(やす)きことなめりときかせ給(たま)ふ程(ほど)に、二三日ありてうせ給(たま)ひにけり。あはれなる世なり。北(きた)の方(かた)いみじうおぼし嘆(なげ)きたり。よりみつもいみじう口(くち)惜(を)しう心(こころ)憂(う)きことに思(おも)へり。若(わか)き人(ひと)におい給(たま)へりとしりながらあはせ奉(たてまつ)りて、心(こころ)から我むすめをしそこなひつる嘆(なげ)きをしけり。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)大弐(だいに)、辞し給(たま)へれば、源中納言(ちゆうなごん)つねふさの君(きみ)なり給(たま)ひぬ。故源帥(そち)のながされ給(たま)ひしとき、わらはべにて御供(とも)におはしたりけるきみなり。十一月(じふいちぐわつ)廿九日にぞなり給(たま)ひぬる。同(おな)じ日侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)は大納言(だいなごん)になり給(たま)ひぬ。左兵衛(さひやうゑ)の督(かみ)のかはりの別当(べつたう)にやがて兵衛(ひやうゑ)督には故法住寺の大臣(おとど)の御子(こ)の公信の宰相(さいしやう)なり給(たま)ひにけり。かくいふ程(ほど)に年(とし)くれぬ。年号かはりてぢあん元年といふ。元三日の程(ほど)公(おほやけ)わたくしいまめかしうて過(す)ぎゆく。七日の叙位に上達部(かんだちめ)かず<御位(くらゐ)まさりつゝ、様々(さまざま)めでたし。二月にはかんのとの東宮(とうぐう)へ参(まゐ)り給(たま)ふべければ、其(そ)の御いそをしののしる。女房(にようばう)などいみじうえり整(ととの)へさせ給(たま)ふ。わらはべなどさき<”の御参(まゐ)りにことならず。いみじうれいのたまをみがゝせ給(たま)へり。さて二月十余(よ)日に参(まゐ)らせ給(たま)ふ。この度(たび)は大とのよろづにいみじうおぼつかなく、心(こころ)もとなく思(おぼ)し召(め)されつゝ、関白(くわんばく)殿(どの)の御(おほん)むすめとてこそは。中宮(ちゆうぐう)も后(きさき)にはゐさせ給(たま)ひしかば、この度(たび)も同(おな)じことせさせ給(たま)ふなりけり。さて参(まゐ)らせ給(たま)ひて登花殿にすませ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は梅壺(むめつぼ)におはしませば、ことさら近(ちか)きとのをと思(おぼ)し召(め)すなりけり。かくて参(まゐ)らせ給(たま)へ
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れば、心(こころ)あはただしきまでとく<とそゝのかし給(たま)はする程(ほど)も、との上(うへ)あさましう物はぢせさせ給(たま)はぬかなと、おかしう思(おぼ)し召(め)すに、やゝ夜ふけてのぼらせ給(たま)へるに、いつしかとかひ<”しう。むげに世なれたる男(をとこ)の有様(ありさま)におはしますもあさましう。上(うへ)の御(お)前(まへ)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御ふすまはれいの上(うへ)の御(お)前(まへ)参(まゐ)らせ給(たま)ふ。さてとりなど度々(たびたび)なけば、御むかへの人々(ひとびと)参(まゐ)りたれど、とみに許(ゆる)し聞(き)こえさせ給(たま)はぬ程(ほど)ぞやさしきや。さやうにて日頃(ひごろ)過(す)ぎさせ給(たま)ふ。御(おほん)乳母(めのと)達(たち)に贈(おく)り物(もの)などせさせ給(たま)ふ。この御参(まゐ)りいみじうめでたし。とのこの度(たび)なんたからふるひするなど宣(のたま)はせてせさせ給(たま)へるに、御(おほん)乳母(めのと)に小式部(こしきぶ)のきみの心(こころ)ざま、いづれの御(おほん)乳母(めのと)にもまさりて、きみの御事をいみじきものにおもひつかうまつることも限(かぎ)りなきに、やすみちもみののかみなればとの上(うへ)のせさせ給(たま)へることはさる物にて、女房(にようばう)にもみなさるべきことどもしわたしたり。かんのとのは御(おん)年(とし)十五ばかりにおはします。東宮(とうぐう)は十三にぞおはしますに、いみじうめ安(やす)き程(ほど)の御なからひにおはします。ひる登花殿に渡(わた)らせ給(たま)ひて御覧(ごらん)ずれば、御しつらひより始(はじ)めよろづめでたきに、かんのとのさゞやかにおかしげにて、御(み)髪(ぐし)たけに一尺ばかりあまらせ給(たま)へり。御心(こころ)もいとされおかしうおはしませば、いと殊(こと)の外(ほか)に恥(は)づかしげにもおはしまさず。東宮(とうぐう)をあなづらはしげにぞおもひ聞(き)こえさせ給(たま)へる。東宮(とうぐう)
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いみじうおかしう。ひわかく美(うつく)しげにおはします。さしならばせ給(たま)へる程(ほど)、いとめ安(やす)く見(み)奉(たてまつ)る。人々(ひとびと)はかなき御碁(ご)・双六(すごろく)、偏(へん)つがせ給ふなどもろともにせさせ給(たま)ふ程(ほど)の御有様(ありさま)、つくりあはせたるやうにめでたし。若(わか)き人々(ひとびと)見(み)奉(たてまつ)り、つかうまつるかひありて思(おも)へり。上(うへ)十余(よ)日ばかり見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、いまは心(こころ)安(やす)く出(い)でさせ給(たま)ふ。さて同(おな)じ月の晦日(つごもり)に、御本意(ほい)とけさせ給(たま)ひつ。かねてみなよろづしをかせ給(たま)へれば、やまのざす参(まゐ)りてみなさるべきやうに申(まう)させ給(たま)ふ。殿(との)の御出家(しゆつけ)の折(をり)、源三位なり給(たま)ひにけり。暫(しば)しありて高松(たかまつ)殿(どの)の上(うへ)もならせ給(たま)ひにし、この御(おほん)まへはかんの殿(との)の御(おほん)参(まゐ)りを過(す)ぐさせ給(たま)ひつる程(ほど)になんありける。かくてあり過(す)ぐしもてゆく。世(よ)の中(なか)いと騒(さわ)がしかるべしといひののしる程(ほど)に、そつ中納言(ちゆうなごん)三月にくだり給(たま)ふべき急(いそ)ぎをし給(たま)ひて、さすがに物のみ心(こころ)細(ぼそ)くおぼえ給(たま)ひて、いみじうくやしうおもひ乱(みだ)れ給(たま)へと、さりとて又(また)しせんも物ぐるをしう人(ひと)まねのやうなべければ、すぐせにまかせてとおぼしたつも、涙(なみだ)ぐましき折(をり)<多(おほ)かり。年(とし)頃(ごろ)大殿(との)の御このやうに、おもひ聞(き)こえ給(たま)へりければ、御かたがたにみな内外し給(たま)へり。うちにも皇后宮(くわうごうぐう)には権大夫(ごんだいぶ)にて年(とし)頃(ごろ)やがて同(おな)じみやのうちなどに候(さぶら)ひ給(たま)へれば、此(こ)の頃(ごろ)も御前に参(まゐ)りつゝ、心(こころ)細(ぼそ)げに物を申し給(たま)へば、御前にも御心(こころ)細(ぼそ)ういかにとおぼしきかせ給(たま)ふに、年(とし)頃(ごろ)の君達(きんだち)のはゝ北(きた)の方(かた)
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は、故右衛門(うゑもん)の督(かみ)の女なりかし。をののみやの大将(だいしやう)の御はらからなりしが。うせ給(たま)ひにしかば、やもめにてこの君達(きんだち)をばいだきおぼしたてたまへるにはとおぼいて、故北(きた)の方(かた)の御(おほん)おとうとの。ものし給(たま)ひけるをぞむかへ給(たま)ひける。さてもろともにとおぼして、三月十余(よ)日の程(ほど)に急(いそ)ぎたちてくだり給(たま)ふ。世(よ)の中(なか)いと騒(さわ)がしうて、みな人(ひと)いみじうしぬれば、はるかなる程(ほど)はいかゞ言(い)ひて、とどまる人(ひと)多(おほ)くぞありける。哀(あは)れにてくだり給(たま)ひぬ。侍従(じじゆう)の中納言(ちゆうなごん)の姫君(ひめぎみ)。朔日(ついたち)頃(ごろ)よりいみじう煩(わづら)ひ給(たま)ひて限(かぎ)り<とみえ給(たま)へば、大納言(だいなごん)も北(きた)の方(かた)も、しづごゝろなく覚(おぼ)し嘆(なげ)く。三位中将(ちゆうじやう)若(わか)き御(おほん)心地(ここち)に、いと哀(あは)れにおぼしたち、いみじう頼(たの)もしげなくおはすれば、限(かぎ)りにこそはと覚(おぼ)しまどひて、よろづのものをぶつじんにとりあつめ誦経(じゆぎやう)に年(とし)はてさせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)はゝ北(きた)の方(かた)、ものもおぼえ給(たま)はず。大納言(だいなごん)殿(どの)は、年(とし)頃(ごろ)頼(たの)み奉(たてまつ)りつる。不動尊仁王経たすけ給(たま)へ<とぬかをつき。まどひ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)きみもやのはしらのもとに、つらつえをつきていみじう嘆(なげ)きたるに、姫君(ひめぎみ)いともの聞(き)こえまほしげに覚(おぼ)したれば、つねはいと恥(は)づかしきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)へるに、いかに思(おぼ)すにか。近(ちか)くよらせ給(たま)へと、人々(ひとびと)聞(き)こゆれば、中将(ちゆうじやう)きみ泣(な)く泣(な)く近(ちか)うより給(たま)ひて、御かいなをとらへ給(たま)ひて、
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何事(なにごと)か思(おぼ)す宣(のたま)ふべきことやあるなど聞(き)こえ給(たま)へば、物いはまほしうおぼしながら、物も宣(のたま)はで、たゞ御涙(なみだ)のみこぼるべかめれば、おとぎみ御(おほん)直衣(なほし)のそでをかほにをしあてゝ、いみじうなき給(たま)ふ。この御有様(ありさま)のいみじさに、北(きた)の方(かた)も物も覚え給(たま)はで、かくれたるかたにてみづあみ給(たま)ひて、四方の仏神をおがみてなき給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)姫君(ひめぎみ)ははゝはいつら<ともとめ奉(たてまつ)り給(たま)へば、しづ心(こころ)なく急(いそ)ぎおはして、御懐(ふところ)につといだき奉(たてまつ)り給(たま)ひて、たゞくはんをん<とのみ申し給(たま)ふ程(ほど)に、姫君(ひめぎみ)の御けしきの。たゞかはりにかはりゆけば、いかにするわざぞとまどひ給(たま)ふにあはせて、人々(ひとびと)どよみてなきののしる程(ほど)の有様(ありさま)。ゆゝしう悲(かな)し。御乳母(めのと)きみの御あしを、つといだきてもろこゑになき惑(まど)ふとて、かくてやとおぼして戒うけさせ奉(たてまつ)り給(たま)ふとて、大納言(だいなごん)御(おほん)みみのもとにて、我御かはりにたもつ<とまどひなき給(たま)ふ。よろづ哀(あは)れにかひなければ、年(とし)頃(ごろ)この御事よりほかのことおもひ侍らざりつ。いまはかひなき事なりけりと、物のおぼえ給(たま)はぬまゝに、何事(なにごと)をとおぼし惑(まど)ふ。中将(ちゆうじやう)いみじう若(わか)う。おかしげなる男(をとこ)のゑぼし直衣(なほし)なるが、物もおぼえずなきまどひ給(たま)へる。哀(あは)れにみえ給(たま)ふ。いまはあさましうかひなく見なし奉(たてまつ)りてあれど、たゞれいの人(ひと)のねいりたるやうにもてなさせ給(たま)へり。さるべき人々(ひとびと)たちさらずなきこひ
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奉(たてまつ)る。かかれど七日有ても。いきいでたるたぐひどもを人々(ひとびと)かたり聞(き)こゆるまゝに、やま<寺々(てらでら)に御(おほん)祈(いの)りどもし聞(き)こえたり。中将(ちゆうじやう)きみ御うしろめたさに、御(み)堂(だう)よりも高松(たかまつ)殿(どの)よりも。頻(しき)りに御消息(せうそこ)ありけれど聞(き)こし召(め)しいれず。かくて日頃(ひごろ)になりぬれど、いろもかはり給(たま)はぬぞ哀(あは)れに悲(かな)しかりける。さて七八日ばかりありてきた山(やま)なるところに、たまやといふ物つくりて、よさりゐて奉(たてまつ)らせんとて、つとめてよりその御急(いそ)ぎをせさせ給(たま)ふにも涙(なみだ)のみつきせぬものにて、日くれぬれば、いまはとていで奉(たてまつ)る程(ほど)、誰(たれ)かは安(やす)からん。中将(ちゆうじやう)きみもろともにといでたち給(たま)へど、入道(にふだう)殿(どの)の御忌日なりければ、大納言(だいなごん)殿(どの)せちに留(とど)め奉(たてまつ)り給(たま)ひてわれ一人(ひとり)ぞおはする。きた山(やま)によろづの御調度(てうど)ども運(はこ)びて、しつらひすへ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の御(おん)心地(ここち)いふにも疎(おろ)かなれば、えまねばず。よろづにしつくしてそのてらのそうどもに、御はてまでねんぶつすべくをきてさせ給(たま)ふ。さるべきさまのもの運(はこ)びをかせ給(たま)ふ。女君(をんなぎみ)は十二、男君(をとこぎみ)は十五にてこそは、この御事の始(はじ)めの年(とし)。其(そ)ののち四年といふにかくならせ給(たま)ひぬるぞかし。哀(あは)れに口(くち)惜(を)しく悲(かな)しき御(おほん)有様(ありさま)なり。女君(をんなぎみ)の御(おん)年(とし)の程(ほど)よりは。美(うつく)しう整(とゝの)をりて、御ておかしう哥をよみ給(たま)ひつるさま、つきもせずおぼさる。さらぬ人(ひと)だにいまはと思(おも)ふは。いみじきわざをましてこれは理(ことわり)にいみじや。此の姫君(ひめぎみ)はかくいともの騒(さわ)がしきまぎれに、ともかくもおはせざりし折(をり)に
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かも。ゐんの上(うへ)のおはするところにわたり給(たま)ひにけり。御忌(いみ)の程(ほど)哀(あは)れに悲(かな)しきこと多(おほ)かり。中将(ちゆうじやう)のきみおもひねにね給(たま)へる夢(ゆめ)に、女君(をんなぎみ)のみえ給(たま)ひければ中将(ちゆうじやう)殿(どの)、
@夢(ゆめ)のうちの夢(ゆめ)のやどりにやどりしてわが身はしらず人(ひと)ぞ恋(こひ)しき W178
@しぬばかり恋(こひ)しき人(ひと)をこふるかなわたりがはにてもしもあふやと W179
はゝ御(お)前(まへ)、
@ちかづくもきみにみせばやみる程(ほど)も泣(な)く泣(な)くさむる夢(ゆめ)の悲(かな)しさ W180。
これをききて尾張権守、
@わかれぢはつゐのことぞと思(おも)へどもをくれさきだつ程(ほど)ぞ悲(かな)しき W181。
かくて日頃(ひごろ)過(す)ぎぬれば、御法事(ほふじ)せそんじにてせさせ給(たま)ふ。中将(ちゆうじやう)殿(どの)御方(かた)より、よろづおぼし急(いそ)ぎたり御正日はとのにて経仏など申しあげさせ給(たま)ふに、年(とし)頃(ごろ)この姫君(ひめぎみ)の御てずさひにかき給(たま)へりけるきやうをぞくやうし給(たま)ひける。御忌(いみ)はてゝそうなどみなまかでぬれば、はゝ北(きた)の方(かた)いとどおぼしまぎるゝかたなく、悲(かな)しうおぼさるべし。斯(か)かる程(ほど)に、世(よ)の中(なか)いみじう騒(さわ)がしうて、堀河(ほりかは)左の大臣殿(どの)。五月廿五日うせさせ給(たま)ひぬ。哀(あは)れにこころ細(ぼそ)き御ことなり。されど院(ゐん)入(い)り立(た)たせ給(たま)はぬばかりにて万(よろづ)におぼしをきてさせ給(たま)ふ。なをやむごとなき御なからひはことなるものにぞ。ゐんおはしまさゞらましかば、いかにいとおしき御有様(ありさま)ならまし。女御(にようご)はよろづに思(おぼ)せど、かひあるべきさまにもあらず。みやたちは、右衛門(うゑもん)の大夫むねゆきが家(いへ)にわたし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。後々(のちのち)の御したゝめ、
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ゐんにせさせ。又(また)閑院(かんゐん)の右の大臣(おとど)の御子(こ)の三昧(まい)の僧都(そうづ)と聞(き)こゆるもうせ給(たま)ひて、右のおとどいみじうおぼし歎(なげ)かせ給(たま)ふとは疎(おろ)かなり。同(おな)じ法事(ほふじ)と聞(き)こゆるなかにも、いとようおはして、人(ひと)にほめられ給(たま)ひつるものをと、かへすがへすこころうくあさましうあはれなる御ことなり。大方(おほかた)煩(わづら)ふ人(ひと)多(おほ)かることぞいみじかりける。其(そ)の年(とし)の七月臨時(りんじ)の司召(つかさめし)ありて、この殿(との)原(ばら)の御有様(ありさま)皆(みな)かはりもてゆく年(とし)頃(ごろ)は左大臣(さだいじん)にては此(こ)の堀河(ほりかは)のおとど右大臣(うだいじん)は閑院(かんゐん)のおとど内大臣(ないだいじん)にては関白(くわんばく)殿(どの)はおはしましつるを、左大臣(さだいじん)には関白(くわんばく)殿(どの)右大臣(うだいじん)には小野宮大将(だいしやう)内大臣(ないだいじん)には大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)に、閑院(かんゐん)のおとどならせ給(たま)ひぬ。八九月になりぬれば、木々の木(こ)の葉(は)もえだにとまらず、むしのこゑ<。ものおもひしりかほに、おぎふくかぜのをともそゞろさむく、たびねのかりのたよりなげなるこゑもみゝとまりて、おくやまのしかもいとどいやめに思(おも)ひ遣(や)られ、よろづ哀(あは)れにこころ細(ぼそ)きゆふぐれ、皇太后宮(くわうだいこうくう)の女房(にようばう)達(たち)、はしをうちながめておのかどちうちかたらふ。あはれつみをのみつくりて、過(す)ぐすはいみじきわざかな。いさ給(たま)へさるべき君達(きんだち)。もろともに契(ちぎ)りて、きやう一品づゝかきて申しあげむと言(い)ひて、いとよきことなりとかたらひあはせて、御(お)前(まへ)に参(まゐ)りてかう<のことをつかうまつらんとおもひ候(さぶら)ふ。いかがとけいすれば、いとよきことなり。さうばまめやかにしいでよなど仰(おほ)せられて、さるべき人々(ひとびと)。卅人(にん)
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けちゑんすべし。法華経(ほけきやう)のじよほんは。五の御方(かた)と定(さだ)めさせ給(たま)ひて、はうべんほんは土御門(つちみかど)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)など宣(のたま)はせつゝ、いまは一のみやになりて、各(おのおの)いかゞすべきなど聞(き)きにくきまでおもひ騒(さわ)ぐ。男(をとこ)ある人々(ひとびと)も、ものはか<”しからぬは。いかにせんとおもひまいて、さらぬ人(ひと)はおもひ嘆(なげ)きて、さるべき殿(との)原(ばら)君達(きんだち)などもみなとり<”にし給(たま)ふべし。只今(ただいま)はかやうのくどくのこととはおぼえて、いどみわざのやうにてなか<つみつくりに、みえかくし騒(さわ)ぐ程(ほど)に、十余(よ)日になりぬれば、九月の廿日の程(ほど)なり。きやうばこは御(お)前(まへ)にまうけさせ給(たま)ふ。さていかならんとおもふ程(ほど)に、みなしいで奉(たてまつ)りつれば同(おな)じう急(いそ)がせ給かうじはせいせうりしと志(こころざ)し思(おも)へり。其(そ)のれうにはあやうすものの宿直(とのゐ)さうぞく一くだり、さてはきぬ百ばかりぞある。いまはいづくかと定(さだ)めらるゝ程(ほど)に、との参(まゐ)らせ給(たま)へるに、みやの御物語(ものがたり)のつゐでに、こころに侍(はべ)る人々(ひとびと)の、かう<のことをし出(い)でて、いづこにてかと申すめると聞(き)こえさせ給(たま)へば、いなや御(み)堂(だう)よりほかに、いづこにてかつかうまつらんと申(まう)させ給(たま)へば、さはさにこそはと定(さだ)めさせ給(たま)ひて、さてもかうじには誰(たれ)をとか申す。かうじのれうには何(なに)をかまうけて候(さぶら)ふと申(まう)させ給(たま)へば、かうじにはせいせうとぞおもひて侍(はべ)る。それいとよきことに侍(はべ)るなり。いかゞまうけたると申(まう)させ給(たま)へば、典侍(ないしのすけ)候(さぶら)ひて、
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あやうすもののよるの装束一くだり、きぬ百ばかりなん。候(さぶら)ふめると申せば、いとまうなることにこそあなれ。絹は五十をかうじにはとらせて、残(のこ)りは題名僧にこそとらせめ。さてもいつかと宣(のたま)はすれば、今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)にとなんと聞(き)こえさすれば、明後日(あさて)仏にいとよき日なり。さらば御(み)堂(だう)かひはかせ、おい法師(ほふし)のゐ所(どころ)もはらはせ侍(はべ)らん。わかおもとたちのもの笑(わら)ひ給(たま)ふこと恥(は)づかしと宣(のたま)はせて、急(いそ)ぎかへらせ給(たま)ひぬ。御(み)堂(だう)におはしましてかう<のことあり。あみだだうにしやうごんし、其(そ)のみなみのらうに女房(にようばう)のゐどころさるべうしらしき。上達部(かんだちめ)などよばんその参(まゐ)りもの、御(み)厨子(づし)所(どころ)わざにすべし。女房(にようばう)のくひものなどすべしと宣(のたま)はせ。急(いそ)がせ給(たま)ふ。みやの女房(にようばう)殿(との)の聞(き)こし召(め)しつるを、恥(は)づかしういかに<とおもひ騒(さわ)ぎたるなどもいみじうみえたり。あみだだうにしやうごんいみじうせさせ給(たま)へり。とのその日のつとめて、みやに参(まゐ)らせ給(たま)へり。各(おのおの)いまいで奉(たてまつ)る。きやうの有様(ありさま)えもいはずめでたし。あるはこんじやうをぢにして、金のでいしてかきたれば、こんでいのきやうなり。あるはあやのもんにしたゑをし、かみしもにゑをかき、又(また)きやうのうちのことどもかきあらはし、涌出品の恒沙のぼさつの涌出し寿量品の常在霊鷲山の有様(ありさま)、すべて言(い)ふべきにあらず。だいばほんのかのりやうわうの家(いへ)のかたをかき、あるはしろがねこがねのふだをつけ、いひつゞけまねびやるべきかたなし。きやうとはみえ給(たま)は
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ず。さるべきの集などをかきたらんやうにみえ、このましうめでたうしたり。たまのぢくをし大方(おほかた)七ほうをもてかざれり。またかうめでたきことみず。きやうばこはしたんをもて色々(いろいろ)の玉(たま)を綾(あや)文(もん)に入(い)れて、黄金(こがね)の筋(すぢ)を置口(ゝきぐち)にせさせ給(たま)へり。唐(から)紺地(こんぢ)の錦(にしき)の小文(こもん)なるを折立(をたて)にせさせ給(たま)へり。あなめでた同(おな)じくはかやうにてこそ、持経にし奉(たてまつ)らめとみえたり。殿(との)の御(お)前(まへ)かへすがへすかんぜさせ給(たま)ひて、経蔵におさめて奉(たてまつ)らんと宣(のたま)はせて、ぐしておはしましぬ。女房(にようばう)とく<参(まゐ)るべしと宣(のたま)はせければ、宮司(みやづかさ)の車(くるま)ども四五召(め)して、五の御方(かた)を始(はじ)め奉(たてまつ)りて、卅人(にん)の女房(にようばう)のりこぼれて、御(み)堂(だう)へ参(まゐ)る。かかりけるはれのことに、さるべき用意(ようい)あるべかりけるものをと思(おも)へどありのまゝのすがたどもにて参(まゐ)る。此(こ)の頃(ごろ)のきくを色々(いろいろ)いみじうしたりつる。なりともなれば、ことさらにかうこそはとみえて、みだれのりて参(まゐ)りぬ。あみだだうのみなみのらうにおろさせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)ひがしのすのこにかうらんにうしろをあてつゝなみゐさせ給(たま)へり。殿(との)の御(お)前(まへ)かう<のことのありつれと、いさやさばかりぞあらんとおもひ侍(はべ)りつるに、あさましうめもをよばずこそみぬき給(たま)ひつれなどいみじうけうじ宣(のたま)はすれば、この殿(との)原(ばら)もいみじうかんぜさせ給(たま)ふ。女房(にようばう)のなかにおかしきさまにてくだものなどいれさせ給(たま)ふ。殿(との)原(ばら)もものなど聞(き)こし召(め)す。宮司(みやづかさ)。よりたふ・ためまさなど女房(にようばう)の
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こと、とり行(おこな)ふ。かうじのまへ題名僧のことなどはみな宮司(みやづかさ)よりときのふつかうまつれり。ことどもしたてたるきはに、かうじ参(まゐ)りたる。あかいろの装束いとうるはしうてめでたうて参(まゐ)り、かうろもたげてほとけおがみ奉(たてまつ)る程(ほど)、いかなることをいひいでんとすらんと、みえたり。かうざにのぼりて、かいひやくうちしてことのをもむき申して、ぐわんもんすこしうちよみて、ことの有様(ありさま)きやうのうちのこころばへ、れいの大宮(おほみや)釈名入文解釈より始(はじ)めて、いみじう聞(き)きよく珍(めづら)しういひもてゆくに、殿(との)の御(お)前(まへ)を始(はじ)め奉(たてまつ)り、いみじうかんぜさせ給(たま)ふ。無量(むりやう)義経よりして、ふげんきやうにいたるまで、ときつゞけたる程(ほど)。女房(にようばう)の面目(めんぼく)をきはめみやの御有様(ありさま)めでたし。ほとけのざいせのときぼだひしんをおこすもの。千まんにんありしかど、いまだあらじ、女(をんな)のみにて契(ちぎ)りをむすび。ことをかたらひてかくぼだひしんををこすこと、難解難入の法華経(ほけきやう)をかきうつしくやうじ、七ほうをもてかざり奉(たてまつ)れり。希有のなかのけ有のことなり。法華経(ほけきやう)かきうつしくやうのもの。必(かなら)ずとうりてんにむまる。いかにいはんやこの女房(にようばう)のいづれか。法華経(ほけきやう)をよみ奉(たてまつ)らざらむ。とそつてんにむまれ給(たま)ひて、こくらくにあんらくし給(たま)ふべし。いはんやこんごんるりしんずとうをもてかきうつし。くやうじ給(たま)へる。哀(あは)れにたうときことなり。この御志(こころざし)。すみせんよりもたかく、四大海(しだいかい)よりもふかし。只今(ただいま)御身どもは色々(いろいろ)のはなの袂(たもと)を、ふかくあさくにほとうほり。栴檀沈水にしみかへり、御かほは色々(いろいろ)にさいしき給(たま)ひて、かゞみにうつれるかげをみ給(たま)ひてはかの舎衛国の女人(によにん)のわがかほよしとみけんにもおとらず。
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ここのへのみやのうちにあそびゆけし給(たま)ふこと、かのとうりてんのけらくをうけて、歓喜苑のうちに遊けするにおとらず、喜見宮殿に遊けするにもまさりいま今日(けふ)のゆけのならびなし。まこと衆生(しゆじやう)のみづをもて、よく四すのかんろをなめ五めうのをんがくをきくに、三十三てんのみめうのてんによにひとしくおはする御みどもの、いかにおぼしたることにか、はるのはなのちるをみて、むじやうをさとりあきの木(こ)の葉(は)のおつるをみてうれへ、暁(あかつき)の月のとりのこゑに涙(なみだ)をながし、朝のしものあさ日にきえ、ゆふべのつゆ頼(たの)みすくなく、いりあひのかねのこゑ今日(けふ)もくれぬときくをあはれみ給(たま)ひて、いにしへの古(ふる)きうたをおもひて、いまのあはれを忍(しの)び給(たま)ひて、かかる大願(だいぐわん)をおこし給(たま)へり。かつは頼(たの)みつかうまつり給(たま)ふ。皇太后宮(くわうだいこうくう)ならびに、一品(いつぽん)の宮の御そくさいを祈(いの)り奉(たてまつ)り、かつはわたくしの二せのねがひあひかなひ、一切(いつさい)衆生(しゆじやう)をして、われ同(おな)じく、げんぜあんをんごしやうぜんしよのおもひとけしめんとおぼしたり。めうほう一じやうの経典文字ことにむなしかるべからず。綾羅錦繍黄金珠玉のかざり給(たま)へる衣のうらに、一じやうのたまをかけ給(たま)ひつ。二せの大願(だいぐわん)あひかなはじやなどぞいふ。哀(あは)れにめでたきこと多(おほ)かれどまねびやるべきかたなしことはてゝありつるろくつゝみきぬどもなどそへ給(たま)ひて、まかづる程(ほど)、なを人(ひと)よりことにみゆ。御(み)堂(だう)の所司のもの。題名僧みな絹えつゝたちぬ。殿(との)原(ばら)いみじうみやの女房(にようばう)をこころにくきものにかんじ給(たま)ふ。きやうは経蔵におさめさせ給(たま)ひつ。女房(にようばう)みやに参(まゐ)りて、今日(けふ)のことどもけいすれば、かひありて聞(き)こし召(め)す。かくてこの御とき。春日(かすが)の行幸(ぎやうがう)またしかり
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つれば、この十月にせさせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)も思(おぼ)し召(め)すやうありてびとつ御こしにておはします。みやの女房(にようばう)の車(くるま)。内(うち)よりの車(くるま)などあはせて廿よぞある。其(そ)の有様(ありさま)推(お)し量(はか)るべし。参(まゐ)らせ給(たま)へれば、神宝や何(なに)やとさき<”の御ときにはまさらせ給(たま)へり。舞人(まひびと)には君達(きんだち)つかうまつり給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)残(のこ)るなし。ことどもいみじうめでたくて日くれぬ。このやまなんみかさやまと申と聞(き)こし召(め)して、大宮(おほみや)の御(お)前(まへ)
@みかさやまさしてぞきつるいにしへの古(ふる)きみゆきのあとをたづねて W182。
と宣(のたま)はせけり。春日(かすが)のねぎはかうぶり給(たま)はり、位(くらゐ)給(たま)はらせ給(たま)ひて、よろこびどもあり。山階寺(やましなでら)には御(み)堂(だう)のうち様々(さまざま)のことどもしまうけさうむせさす。てらの別当僧どもに、みな禄給(たま)はす。別当僧都(そうづ)林懐は僧正になさせ給(たま)ふ。宣旨(せんじ)くださせ給(たま)ふに、かしこまりながらそうするやう、みづからは七十にまかりなりぬべし。かみ限(かぎ)りなき位(くらゐ)給(たま)はする、いとかしこき仰(おほ)せなれと、このゑいせう法師(ほふし)数多(あまた)のでしのなかに、昔(むかし)よりいとかしこうおもひ給(たま)ふるものなり。これをいかでいきて候(さぶら)ふ折(をり)。僧都(そうづ)になしてみ給(たま)はんの本意(ほい)なん、いとふかう候(さぶら)ふ。さればそうじやうの位(くらゐ)をかへし奉(たてまつ)りて、この法師(ほふし)を僧都(そうづ)になさせ給(たま)はんと申す。ともかくも申によらせ給(たま)ふべしと宣旨(せんじ)くだりぬれば、この別当僧都(そうづ)を始(はじ)めて、七大寺のそうどもひきてよろこび申したる程(ほど)いはんかたなう。めでたし。僧都(そうづ)今年(ことし)ぞ卅四になりける。
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ならかたのかく若(わか)うて、僧都(そうづ)になりたるこれなん始(はじ)めなりける。別当僧都(そうづ)同(おな)じ僧都(そうづ)なれど。このゑいせう僧都(そうづ)のまへにゐたる程(ほど)、別当僧都(そうづ)のために面目(めんぼく)めでたし。くにのかみより始(はじ)めさるべきてらの別当どもみやの御(お)前(まへ)に御くたもの参(まゐ)らするなかに、えもいはずおほきなるおほつゝみに、あかきつなつけて、ひきいだしたり。おどろ<しういかめしきこと限(かぎ)りなし。大安寺別当大威儀師あんてうか参(まゐ)らするなりけり。なかを御覧(ごらん)ずれば、様々(さまざま)のくだものをみなもののかたにつくりなどして、参(まゐ)らせたるなりけり。関白(くわんばく)殿(どの)などもいみじう御覧(ごらん)じけうぜさせ給(たま)ひて、これいさゝかそこなひあやまたで、京に参(まゐ)らすべきよし仰(おほ)せ給(たま)ひて、くにのかみまさもとの朝臣(あそん)にあづけ給(たま)はせつ。平(たひら)かにことなくてかへらせ給(たま)ひぬ。斯(か)かる程(ほど)に霜月(しもつき)になりぬ。此(こ)の頃(ごろ)中宮(ちゆうぐう)のだいぶにて、ほうずじの大臣(おとど)の御子(こ)の大納言(だいなごん)におはする御(み)子(こ)。数多(あまた)おはしぬべかりしを、みな失(うしな)ひ給(たま)ひて、たゞ姫君(ひめぎみ)一人(ひとり)をぞえもいはずかしづきたてても給(たま)へる。うちにとぞおぼし志(こころざ)して、三条(さんでう)院(ゐん)のみやたちなどさやうにおもひ聞(き)こえ給(たま)へりしかど、おぼしたえたるに、いまの御門(みかど)。いと若(わか)うおはしますうちにはまた中宮(ちゆうぐう)また限(かぎ)りなくておはしませば、おぼしたえたり。又(また)東宮(とうぐう)にかんのとの候(さぶら)はせ給(たま)ふ。かやうなるにはいかでかとおほす程(ほど)に、この殿(との)の三位中将(ちゆうじやう)。一人(ひとり)おはすれば、それにやとおぼしたちてむことり聞(き)こえ給(たま)ふ。年(とし)頃(ごろ)は何事(なにごと)をかは。たゞ
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この御かしづきよりほかのことなくおぼしたれば、御調度(てうど)どもより始(はじ)めよろづの御具(ぐ)ども耀(かかや)くやうに漢書の御屏風(びやうぶ)。文集の御屏風(びやうぶ)どもなどしあつめ給なれば、けに内(うち)春宮(とうぐう)に参(まゐ)り給(たま)はんとたへてみえたり。さてむことり奉(たてまつ)り給(たま)ふ。女房(にようばう)もとよりいと多(おほ)かるとのなれど、心(こころ)異(こと)にえらばせ給(たま)ひて、廿人(にん)童四人(にん)下仕(しもづかへ)同(おな)じことなり。ものごのみをし、昔(むかし)よりものはなやかなるわたりにて、いみじうしつくし給(たま)へり。男君(をとこぎみ)十八にやなり給(たま)ふらん。女君(をんなぎみ)はいますこしまさり給(たま)へるなるべし。御かたち有様(ありさま)とゝのぼりはてゝ、いみじうめでたうあてやかに、美(うつく)しうなまめき給(たま)へり。御(み)髪(ぐし)たけに多(おほ)くあまり給(たま)へり。たゞ人(ひと)にみえ給(たま)はんことおしけになん。ていとよくかき給(たま)ふ。ゑなどもいとおかしうかき給(たま)ふ。男君(をとこぎみ)いとかひあるさまにおぼして、いでいりかよひ給(たま)ふ程(ほど)に、五節(ごせつ)になりぬれば、其(そ)のころの御有様(ありさま)はなばなとしたて給(たま)へり。御(み)堂(だう)にもめ安(やす)くおぼし見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。五節(ごせつ)の侍(はべ)る夜(よ)、この大納言(だいなごん)殿(どの)に、ひいできてやけぬ。あめのどかにふりてけしめりにたりけるに、三位殿(どの)も大納言(だいなごん)殿(どの)も。五節(ごせつ)なれば、みなうちにおはしけるしもあることにて、よろづあさましう残(のこ)りなくて、やみぬ。こころうくあさまし。いみじとも世(よ)のつねなり。つとめてよろづの御とぶらひどもあり。御むこどりののち、この十余(よ)日にこそはなりぬれ。折(をり)しも口(くち)惜(を)しう。これも始(はじ)めたいにつけたりしを、かしこうけたれにしを、またそののち十余(よ)日あり
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て人(ひと)のたゆみたる程(ほど)に、かかるなりけり。いと怪(あや)しくさるべきかたきなどもなきにとおぼしながら、すゞろにいできたるひのさまなれば、なをいかなることにかと、殿(との)のうちの上下おもひたり。二条(にでう)のさじきとのにわたり給(たま)ひぬ。斯(か)かる程(ほど)に月頃(ごろ)御(み)堂(だう)のいぬゐのかたにへだてゝ、上(うへ)の御(み)堂(だう)たてさせ給(たま)へり。みなついぢをしこめて三げん四めんのひはだぶきの御(み)堂(だう)、いとさゞやかに、おかしげにつくらせ給(たま)ひて、きたみなみにしのかたと、らうわだ殿(どの)つくりつゞけさせ給(たま)ひて、十二月(じふにぐわつ)十余(よ)日の程(ほど)に、御(み)堂(だう)くやうあり。御たうの有様(ありさま)ほとけいとおかしげにて、三じやくばかりのあみだ・くはんをむ・せいしおはします。ぶつぐどもえもいはず。美(うつく)しうせさせ給(たま)へり。御(み)堂(だう)の有様(ありさま)、ひさしのかたにめぐりて、寺はうのなりと、このやうに、たゝみひとしきしくばかりの程(ほど)の、なげしのたかさ。四すんばかりの程(ほど)。のけてつくりて、それににしきのはしさしたるながだゞみどもを、にしひがしきたみなみとまはりてしかせ給(たま)へり。ほとけの御(お)前(まへ)に、かうざのひだり右に、礼盤たてよせ給(たま)へり。其(そ)のひさしのなげしのしものかたの。いたじきかげみゆばかりみがゝせ給(たま)へり。北(きた)の方(かた)にはもやのきはに御さうじを、いとおかしげに、ゑかきてたてさせ給(たま)へり。もかうかけさせ給(たま)へり。北(きた)の方(かた)に御つぼねは。しつらはせ給(たま)へり。せうそう七僧・百そうせさせ給(たま)ひて、七そうにははうぶくくばらせ給(たま)ふ。そのことはてゝ、なをやがて三日三よ、ふだんの御ねぶつせさせ給(たま)ふ。やまのねぶつのさまをうつし行(おこな)はせ給(たま)ふなりけり。ねぶつのそう、年(とし)十五をきはにて、十二三四までをえり召(め)したり。やまのさいたう・とうだう・よかは、
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山階寺(やましなでら)・にんわじ・三井寺(みゐでら)などに、各(おのおの)召(め)しあつめたる法師(ほふし)なれど其人(ひと)のこならぬは参(まゐ)らず。さるべき上達部(かんだちめ)、四位(しゐ)・五位(ごゐ)のこどもをぞ参(まゐ)らする。にんわじそうじやう。いみじうしたて給(たま)ひて、十人(にん)参(まゐ)らせ給(たま)へり。三井寺(みゐでら)より僧都(そうづ)ぎみ。同(おな)じくし給(たま)へり。山階寺(やましなでら)の別当僧都(そうづ)。てをつくしたり。ふくう僧都(そうづ)。同(おな)じことし給(たま)へり。やまのざす、ほうしやうじのざす、けいめい僧都(そうづ)などめでたくし給(たま)へり。よかはよりは法住寺の僧都(そうづ)したてゝ。参(まゐ)らせ給(たま)へり。御法事(ほふじ)はてゝ、御ねぶつ始(はじ)まるに、このそうどもの参(まゐ)りあつまりたる、いみじう美(うつく)しうおかしげなること限(かぎ)りなし。一ばんに十五人(にん)をぞむすばせ給(たま)へる。このこぼうしばら、みな宿直(とのゐ)すがたなり。そのさまのさうぞくをぞとのよりも給(たま)ふ。御ねぶつ始(はじ)まりて、 廻(めぐ)り読(よ)む様(さま)哀(あは)れにたうとし。このまとゐたち皆(みな)ちやう衆しよ衆にて、なかとこに候(さぶら)ふ。そうがうたちにも各(おのおの)のしたぢ美(うつく)しとゑみまけて、見ゐたり。なりどもはあるはむらさきの織物(おりもの)の指貫(さしぬき)、濃紫(こむらさき)。うすむらさきにて、たけに二尺ばかり踏(ふ)みしだき、薄鈍(うすにび)の織物(おりもの)、のりばりなどあやむもんあるはかたもんの織物(おりもの)、又(また)このいまやうのつや<などいふをぞむつばかりつゝわたうすらかにてきせたる。うすもののころも、あるは薄鈍(うすにび)むらさきかうなどしてもそめたり。香のかうばしきこと限(かぎ)りなし。きぬにひかれてあるきまふ程(ほど)、いとよたけくなり。
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かしらははなをぬり、かほにはべにしろきものをつけたらんやうなり。哀(あは)れに慈(うつく)しみ。たうときさま、ちいさきぢぞうぼさつは。かくやとおはすらんとみえ、又(また)あまかつなどのものいひうごくともみゆ。又(また)ちごどものめぐりするともみえたり。様々(さまざま)哀(あは)れにたうとし。こゑどものひわかく細(ほそ)く、美(うつく)しげにきかまほしきこと、かたおいのこゑともなく、かりやうびんがのこゑもかくやと聞(き)こえたり。これを疎(おろ)かにおもひて、宮々(みやみや)に御覧(ごらん)ぜさせずなりぬることゝ、殿(との)の御(お)前(まへ)もかへすがへす口(くち)惜(を)しがらせ給(たま)ふ。上達部(かんだちめ)殿(との)原(ばら)、またかかることなん見給(たま)へざりつる。世(よ)になふ珍(めづら)しう美(うつく)しきことゝ聞(き)こえ給(たま)ふ。よるまかて給(たま)ふをだに、口(くち)惜(を)しくおぼしてごやに参(まゐ)りあひ給(たま)ふ。これは誰(たれ)かそ。かれはそれかそなど殿(との)の御(お)前(まへ)。この殿(との)原(ばら)などとはせ給(たま)へば、したちそれかれとみな申し給(たま)ふ。そのおやどもを召(め)して、よきこをもたりけるかなとほめの給せて、したちにもよきでしなり。よく<したて給(たま)へなど宣(のたま)はすれば、各(おのおの)。したちおやたちめほくありて思(おも)へり。殿(との)の女房(にようばう)みやの女房(にようばう)などの子(こ)にて、御覧(ごらん)じおぼしゝるは、やがて上(うへ)の御つぼねに召(め)しいれて、くだも宣(のたま)はせなどすれば、かたみのこ法師(ほふし)ばら、うらやましげに思(おも)へり。三日過(す)ぎぬれば、各(おのおの)禄給(たま)ひてまかづる、誰(たれ)もなごり恋(こひ)しうおぼし宣(のたま)はす。そのころのことにはたゞ御物語(ものがたり)のみあり。やがてこの御(み)堂(だう)にさるべき
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そうどもちうし候(さぶら)ひ給(たま)ふ。かくて上(うへ)の御(お)前(まへ)ひんかし殿にかへらせ給(たま)ひぬ。何事(なにごと)につけても、よにめづらかなることどもを、し出(い)でさせ給(たま)ふ。てんぢく震旦のこともはるかにへだゝりたればしらず。これはなをいと様々(さまざま)めでたし。殿(との)の御(お)前(まへ)御(み)堂(だう)のことを、いまより思(おぼ)し召(め)したり。ちあん二年になりぬ。正月には公(おほやけ)わたくし繁(しげ)くて過(す)ぎぬ。枇杷(びは)殿やけてのち。六年になりぬ。つくりいでたれば、四月に渡(わた)らせ給(たま)ふべしとて、みやにはその御急(いそ)ぎある。正月ゆきのふる日、皇太后宮(くわうだいこうくう)より大みやに聞(き)こえさせ給(たま)へり、
@はなはゆきゆきははなにぞまがへつるうぐひすだにもなかぬはるにて W183。
大宮(おほみや)御返し、
@うぐひすのはなにまがふるゆきなれやおりもわかれぬこゑの聞(き)こゆる W184。
四条(しでう)大納言(だいなごん)には女御(にようご)尼上(あまうへ)姫宮(ひめみや)などはてんわうじへ二月にまうでさせ給(たま)ふ。忍(しの)びてとおぼしをきてしかど、こと限(かぎ)りあれば皆(みな)洩(も)り聞(き)こえぬ。さて三日ばかり候(さぶら)ひ給(たま)ひて、さるべきことどもほとけにもつかうまつらせ給(たま)ふ。そうにも給(たま)ひなどして、かへらせ給(たま)ひぬ。姫宮(ひめみや)と聞(き)こゆるは、この四条(しでう)大納言(だいなごん)の中姫君(なかひめぎみ)を、故宮の御こにし奉(たてまつ)らせ給(たま)へるなり。道より怪(あや)しう悩(なや)ましげに、おぼしたりとて、殿(との)も上(うへ)もしづごゝろなげにおぼしみだれたり。なをあだなる御(おん)心地(ここち)とこそおぼしゝが、誠(まこと)に苦(くる)しうして、頼(たの)もしげなくみえ給(たま)ふにも、故宮のいみじきものにおもひ聞(き)こえ給(たま)へりしものをと、いかにとのみ万(よろづ)
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にしつくさせ給(たま)へど、三月廿余(よ)日(にち)の程(ほど)にうせ給(たま)ひぬ。大納言(だいなごん)殿(どの)も尼上(あまうへ)も疎(おろ)かにおぼさんやは。いみじう嘆(なげ)きたり。弁のきみもおりしも御岳(みたけ)にまうで給(たま)ひにしかば、様々(さまざま)哀(あは)れにおぼし嘆(なげ)きて、さりとてやはとて、後々(のちのち)の御ことものし聞(き)こえ給(たま)ふ。いみじうあはれなり。四条(しでう)のみやのよろづの御たから、たゞこのきみにゆづり聞(き)こえ給(たま)へりしを、其(そ)ののちの御ことどもにことさらにおぼしをきてけり。きたのたいにとのはすませ、寝殿(しんでん)に女御(にようご)殿(どの)とこのみやとすませ給(たま)ふなりけり。大納言(だいなごん)の御(お)前(まへ)に、なでしこをいと多(おほ)くうへさせ給(たま)へりかれたるを御覧(ごらん)じて、大納言(だいなごん)殿(どの)
@つゆをだにあだしとおもひてあさゆふにわがなでしこのかれにけるかな W185。
てんわうじにて姫宮(ひめみや)のけづらせ給(たま)ひし。御(み)髪(ぐし)のもののなかよりいできたるをみ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)
@あだにかくおつとなげきしむばたまのかみこそながきかたみなりけれ W186。
かくて枇杷(びは)殿には四月に御わたりあり。そのよになりて渡(わた)らせ給(たま)ふに、一条(いちでう)殿(どの)とをからぬ程(ほど)なれば、四五丁ばかりそれにつゞきたちたり。みやの御(お)前(まへ)御こしに奉(たてまつ)りてしりに御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)、つかうまつり給(たま)へり。さてやゝおはします程(ほど)に、姫宮(ひめみや)の御(お)前(まへ)。からの御車(くるま)奉(たてまつ)りたる。御車(くるま)には五の御方(かた)土御門(つちみかど)の御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)など候(さぶら)ひ給(たま)ふ。次々(つぎつぎ)いと多(おほ)かることどもなれど、よるのことなればしらず。さて渡(わた)らせ給(たま)ひ
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ぬ。上達部(かんだちめ)殿上人(てんじやうびと)などの御禄様々(さまざま)なり。この度(たび)は姫宮(ひめみや)の御方(かた)しつらはせ給(たま)へり。あやにうすもの重(かさ)ねたるむらさきのすそごの。御几帳(きちやう)ども御帳のかたびらも同(おな)じやうにて、むらごのひもして、こんじやうでいなどして、ゑかきたり。御丁いとさゞやかにおかしげなり。何事(なにごと)もいと美(うつく)し。大宮(おほみや)の御方(かた)は寝殿(しんでん)のひがしのかたなり。それはいとうるはしうしつらはせ給(たま)へり。ひがしのたいは殿(との)原(ばら)参(まゐ)り給(たま)ふ折(をり)の料(れう)なり。北(きた)の対(たい)は、御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)またそのむすめの。このみやの内侍(ないし)東宮(とうぐう)の亮(すけ)なりとを朝臣(あそん)のむすめなり、その局(つぼね)どもなり。西(にし)の一二の対(たい)は御(み)櫛笥(くしげ)殿(どの)・五の御方(かた)・一品(いつぽん)みやの御乳母(めのと)達(たち)などたゞ女房(にようばう)の局(つぼね)なり。東(ひがし)の対(たい)の北(きた)の端(はし)、東(ひがし)面(おもて)は侍(さぶらひ)にせさせ給(たま)へり。三日の程(ほど)めでたううちあけあそびて過(す)ぎぬ。一品(いつぽん)みやの御方(かた)のわらはべ、おかしき・やさしき・ちいさき・大きさ・めでたきなど様々(さまざま)つけさせ給(たま)へり。いと美(うつく)しうしすへ奉(たてまつ)り、ことさらめきおかしうみえさせ給(たま)ふ。来年は御もきのことなどあるべし。おほ御(み)堂(だう)くやうは、この七月とて世(よ)の人(ひと)いみじう急(いそ)ぎたり。四条(しでう)大納言(だいなごん)の御もとには姫宮(ひめみや)の御はてなどせさせ給(たま)ひて、尼上(あまうへ)。こ二条(にでう)殿(どの)へわたり給(たま)ひぬ。日頃(ひごろ)ありて、姫宮(ひめみや)の御(み)髪(ぐし)のはこのありけるを、尼上(あまうへ)の御もとに奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとて、其(そ)のはこのしきに大納言(だいなごん)殿(どの)かかせ給(たま)ふ、
@明(あ)け暮(く)れもみるべきものを玉匣(たまくしげ)ふたゝびあはん身にしあらねば W187。
御(み)堂(だう)に五月には
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卅講とていとたうとし。はかなうて六月にもなりぬれば、宮々(みやみや)殿(との)原(ばら)いみじう急(いそ)がせ給(たま)ふ。行幸(ぎやうがう)東宮(とうぐう)の行啓などもあるべし。ゐんの女御(にようご)殿(どの)上(うへ)などもこの度(たび)のものは。御覧(ごらん)ずべければ、世(よ)のなかのあやをりゑしなどもかたがたにとりこめられて、いさかひをのみす。百五十人(にん)のそうのほうぶく、みなせさせ給(たま)ふ。この度(たび)のことにはそうの装束どもにもみなみやみやよりかつげものあるべければ、大方(おほかた)いみじき。にほんのだいじなり。ゐなかの人々(ひとびと)いみじき公(おほやけ)のせめをもすてゝ、よろづのことをかきて、みなのぼりこみて、この度(たび)のことはみそなはさんとすといひ思(おも)へり。すべていふにも疎(おろ)かなる度(たび)の御急(いそ)ぎなり。いつしかその程(ほど)もならはさしものぞかはやと思(おも)へどいと騒(さわ)がしくなれば、おもひもかけずながら、あひなうよものしづのかきねの。やまがつどもこれをいみじき急(いそ)ぎにして、けしきのきはきぬどもそめかけて、ぬひ騒(さわ)ぐも哀(あは)れにおかし。御(み)堂(だう)のむすびばた・にしきのはた・きりはたなども世(よ)の人(ひと)こころのいとまでのいとまなし。四条(しでう)大納言(だいなごん)殿(どの)にはあはれなる御ことどもをつきせずおぼさる。かの姫宮(ひめみや)の御すゝのおはしましけるおり。失(うしな)はせ給(たま)へりけるを、もののなかよりいできたりけるを、女御(にようご)殿(どの)より小二条(にでう)殿(どの)に、尼上(あまうへ)の御もとに奉(たてまつ)れ給(たま)ふとて、
@しるくしもみえぬなりけりかずしらずおつる涙(なみだ)のたまにまがひて W188。
尼上(あまうへ)の御かへりこと、
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@わかれにし人(ひと)にかへてもみてしがな程(ほど)へてかへるたまもありけり W189。
などいとあはれなることもいと多(おほ)くなん。御(み)堂(だう)には殿(との)の御(お)前(まへ)安(やす)きいも御とのごもらず、いみじうおぼし急(いそ)がせ給(たま)ふ。みやには多(おほ)くの女房(にようばう)候(さぶら)へど卅人(にん)ばかり参(まゐ)るべきなり。多(おほ)くの。あや織物(おりもの)を、このみやかのみや同(おな)じあやをりにせさせ給(たま)はず、様々(さまざま)さやなるえんしりたるをばいみじくくちを固(かた)めかたらせじの御こころを、宮司(みやづかさ)などいみじくせいしいふ折節(をりふし)。ものあはせいどみごとのやうにて、おかしき世(よ)の御有様(ありさま)どもなりけりよろづ聞(き)こえさせつくすべきかたもなくてなん。