栄花物語詳解巻十二
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栄花物語巻詳解 巻六
和田英松 佐藤球 合著
〔栄花物語巻第十二〕 たまのむらぎく
今年(ことし)東宮(とうぐう)七にならせ給(たま)ふ。長和四年とぞ言(い)ふ。御文始(はじ)めの事(こと)あり。がくしには、おほえのまさひらが子の一条(いちでう)の院(ゐん)の御時の蔵人(くらうど)つかうまつりし、挙周(たかちか)をぞなさせ給(たま)へる。其(そ)のころ大(おほ)殿(との)は左大臣(さだいじん)にておはします。堀河(ほりかは)のは右大臣(うだいじん)、閑院(かんゐん)をば内大臣(ないだいじん)と聞(き)こゆ。殿(との)の君達(きんだち)、大納言(だいなごん)にておはします。二郎は左衛門(さゑもん)のかうにて検非違使(けんびゐし)別当高松(たかまつ)殿(どの)のを二位(にゐ)中将(ちゆうじやう)など聞(き)こゆべし。よの上達部(かんだちめ)様々(さまざま)多(おほ)かれど記(しる)さず。
かやうにて過(す)ぎもてゆくに、左衛門(さゑもん)のかう殿(との)の上(うへ)、月頃(ごろ)唯(ただ)ならずものせさせ給(たま)ひける。七八月に当(あた)らせ給(たま)へりければ、四条(しでう)の宮(みや)にてあしかるべしとて、殿(との)人(びと)の三条(さんでう)に家(いへ)持(も)たるが許(もと)にぞ渡(わた)らせ給(たま)ひける。さて八月十余(よ)日にいと平(たひら)かに、いみじう美(うつく)しき女君(をんなぎみ)むまれ給(たま)へり。大(おほ)殿(との)よりも宮(みや)よりも、よろこびの御消息(せうそこ)あまりなるまで頻(しき)りに聞(き)こえさせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)殿(どの)・尼上(あまうへ)などの御けしき思(おも)ひ遣(や)るべし。御産屋(うぶや)の程(ほど)の有様(ありさま)、さらなれば、書(か)き続(つゞ)けず。三日の夜は本家にせさせ給(たま)ふ。五日の夜は大(おほ)殿(との)より、七日の夜は大宮(おほみや)よりとぞ、中宮(ちゆうぐう)・督(かん)の殿(との)よりは、ちご
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の御衣(ぞ)などぞありける。中宮(ちゆうぐう)より、御衣(ぞ)にそへて、
@雛鶴(ひなづる)の白妙衣(しろたへごろも)今日(けふ)よりは千年(ちとせ)の秋(あき)にたちや重(かさ)ねん W116。
などぞほのきゝ侍(はべ)りし。
かくて日頃(ひごろ)あるべき限(かぎ)りの御有様(ありさま)にて、四条(しでう)の宮(みや)にかへらせ給(たま)ふ。なりたふに様々(さまざま)のものかづけさせ給(たま)ふをば。さるものにて、大(おほ)殿(との)、かく平(たひら)かにせさせ給(たま)へる事(こと)ゝて、かかいをせさせ給(たま)ふ。かくて四条(しでう)宮(みや)に渡(わた)らせ給(たま)ひて、いつしかやがてよき日とて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、えもいはず美(うつく)しうおはしませば、始(はじ)めたる事(こと)にこそとて、年(とし)頃(ごろ)のさるべきものどものなかに、てほんなどを御贈(おく)り物(もの)にせさせ給(たま)ふ。只今(ただいま)は殿(との)限(かぎ)りなうかしづき聞(き)こえさせ給(たま)ふも理(ことわり)なり。大納言(だいなごん)殿(どの)には、うらやましく聞(き)こし召(め)すべし。
はかなう月日も過(す)ぎもてゆくに、此(こ)の隆家の中納言(ちゆうなごん)、月頃(ごろ)目をいみじう煩(わづら)ひ給(たま)ひて、よろづ治し尽くさせ給(たま)へど、猶(なほ)いと見苦(ぐる)しうて、今(いま)は事(こと)に交(ま)じらひもし給(たま)はず、あさましうて篭(こも)り居(ゐ)給(たま)ひぬ。さるは大(おほ)殿(との)なども、明(あ)け暮(く)れ碁(ご)・双六(すぐろく)がたきに思(おぼ)し、にくからぬ様(さま)にもてなし聞(き)こえさせ給(たま)ふに、いみじく心苦(こゝろぐる)しくいとほしき事(こと)に思(おぼ)されける。口惜(くちを)しくあたらしき事限(かぎり)な
し。斯(か)かる程(ほど)に、大弐(だいに)の辞書(じしよ)と言(い)ふもの、公(おほやけ)に奉(たてまつ)りたりければ、我(われ)も我(われ)もとのぞみののしりけるに、此(こ)の中納言(ちゆうなごん)、さばれこれや申してなりなましと思(おぼ)し立(た)ちて、さるべき人(ひと)に。言(い)ひあはせなどし給(たま)ひけるに、から人(ひと)は。いみじう目を
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なんつくろひ侍(はべ)るなる。さておはしましてつくろはせ給(たま)へなど、さるべき人々(ひとびと)聞(き)こえければ、うちにも奏せさせ給(たま)ふ。中宮(ちゆうぐう)にも申(まう)させ給(たま)ひければ、いと心(こころ)苦(ぐる)しき事(こと)に御門(みかど)も思(おぼ)されけるに、大(おほ)殿(との)も誠(まこと)にだに申(まう)さば、他人(ことひと)にとあべきならずとてなり給(たま)ひぬ。霜月(しもつき)の事(こと)なれば、さはなり給(たま)へれど、今年(ことし)などは思(おぼ)したつべきにあらず。いみじうあはれなる事(こと)に世(よ)人(ひと)聞(き)こゆ。
此(こ)の九月に殿(との)の上(うへ)うぢ殿におはしましたりけるに、それよりいみじき紅葉(もみぢ)につけて聞(き)こえさせ給(たま)へりし、
@見れど猶(なほ)あかぬ紅葉(もみぢ)のちらぬまは此(こ)の里人(さとびと)になりぬべきかな W117。
と聞(き)こえさせ給(たま)へりければ、中宮(ちゆうぐう)より御(おほん)かへし、
@心(こころ)にだにあさくは見(み)えぬ紅葉葉(もみぢば)をふかきやまべを思(おも)ひこそやれ W118。
とこそ聞(き)こえさせ給(たま)ひけれ。
月日も過(す)ぎて、年(とし)もかへりぬ。正二月例(れい)の世(よ)の有様(ありさま)にて過(す)ぎもてゆく。今年(ことし)は姫宮(ひめみや)の御年(とし)三(み)つにならせ給(たま)へば、四月に御袴(はかま)の事(こと)あるべし。今(いま)よりつくもどころにちいさき御具(ぐ)どもいみじうせさせ給(たま)ふ。御門(みかど)びば殿におはしませば、やがて其(そ)の殿(との)にてあるべし。うちにてあらぬ口(くち)惜(を)しく思(おぼ)し召(め)さるれど、御乳母(めのと)より始(はじ)め、宮(みや)の女房(にようばう)達(たち)いみじう急(いそ)ぎたり。
かく言(い)ふ程(ほど)に、哀(あは)れにあさましき事(こと)は、帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)の御はらからの僧都(そうづ)ぎみこそ、はかなく煩(わづら)ひてうせ
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給(たま)ひぬと言(い)ふめれ。今(いま)は此(こ)の中納言(ちゆうなごん)と、此(こ)の君(きみ)とこそ残(のこ)り給(たま)へりつれ。心(こころ)憂(う)くいみじき事(こと)を世(よ)人(ひと)も聞(き)こゆ。一品(いつぽん)の宮(みや)・帥(そち)の宮などいみじう覚(おぼ)し嘆(なげ)くべし。あさましう心(こころ)憂(う)かりける殿(との)の御有様(ありさま)をぞ、いでや、殿(との)方(がた)は世(よ)にさしもおはしまさじ。はゝ北(きた)の方(かた)の御方(かた)やいかになどあれど、さて山井大納言(だいなごん)、頼親(よりちか)の内蔵頭などは、皆(みな)はら<”の君達(きんだち)ぞかし。それはさばいかなるぞとあるに、げにと聞(き)こえたり。さるは故関白(くわんばく)殿(どの)の御心(こころ)ばへなど、あてにおほどかにて、かく御すゑなどなからんとも見(み)えさせ給(たま)はざりしものをと心(こころ)憂(う)し。帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)、僧都(そうづ)ぎみの御事(こと)に世(よ)のなかいと心(こころ)憂(う)く思(おぼ)されて、いかにせんと思(おぼ)し乱(みだ)れけれど、またぢせんもものぐるおしければ、よろづに思(おぼ)し乱(みだ)れけり。さてのみやはとてくだり給(たま)ふ。賀茂(かも)の祭(まつり)の又(また)の日と思(おぼ)して、いみじう急(いそ)がせ給(たま)ふ。
うちには四月一日姫宮(ひめみや)の御袴着(はかまぎ)なり。大(おほ)殿(との)もいみじう御心(こころ)に入(い)れて急(いそ)がせ給(たま)ふに、内(うち)はた何事(なにごと)をもと思(おぼ)し召(め)して、えもいはずめでたくて奉(たてまつ)る。三日の程(ほど)よろづいとめでたし。上はともすれば、御(おん)心地(ここち)あやまりがちに、御もののけ繁(しげ)うおこらせ給(たま)へば、しづごゝろなく思(おぼ)し召(め)されて、うちをよるをひるに急(いそ)がせ給(たま)ふ。おりさせ給(たま)はんの御心(こころ)に、うちを作り出(い)でざらんがいと口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)すなるべし。
かくて帥(そち)の中納言(ちゆうなごん)、祭(まつり)のまたの日くだり給(たま)ふべければ、さるべき所々(ところどころ)より、
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御むまのはなむけの御装束(さうぞく)どもあるなかに、中宮(ちゆうぐう)より御心(こころ)寄せ思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へりければ、御装束(さうぞく)せさせ給(たま)ひて、御あふぎに、
@すゞしさは生(いき)の松原(まつばら)まさるとも添(そ)ふる扇(あふぎ)の風(かぜ)な忘(わす)れそ W119。
かくてわれはかちより、北(きた)の方(かた)はふねにてくだらせ給(たま)ふ。一品(いつぽん)の宮(みや)を世(よ)に心(こころ)苦(ぐる)しう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひながら、かうはるかに思(おぼ)したちぬれば、宮(みや)もいみじう哀(あは)れに心(こころ)細(ぼそ)く思(おぼ)さるべし。げん中納言(ちゆうなごん)によろづ宮(みや)の御事(こと)聞(き)こえつけてくだり給(たま)ひぬ。あさましうあはれなる世(よ)の有様(ありさま)なりかし。おはする程(ほど)など、さき<”よりは。こよなしと、人(ひと)褒め聞(き)こゆるさへあはれなり。
殿(との)の大納言(だいなごん)殿(どの)を、今(いま)は左大将(さだいしやう)と聞(き)こゆ。御門(みかど)御もののけともすれば、おこらせ給ふも、いと恐(おそ)ろしく思(おぼ)すに、皇后宮(くわうごうぐう)の女一の宮(みや)は、斎宮にておはしましにき。女二の宮(みや)をちごよりとりわき悲(かな)しくし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、我が御身だに心(こころ)のどかにおはしまさば、いかにも<あべき御有様(ありさま)なれど、ともすれば今日(けふ)か明日(あす)かとのみ心(こころ)細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)したれば、いかで此(こ)の御ためにさるべき様(さま)にと思(おぼ)し召(め)すに、只今(ただいま)思(おぼ)しかくべき事(こと)なければ、此(こ)の大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)などにや。これをあづけ奉(たてまつ)りてまし。御め中務(なかつかさ)の宮(みや)の女ぞかし。それいかばかりかあらん。さりとも此(こ)の宮(みや)にえまさらざらん。またわれかくては、え疎(おろ)かならじと思(おぼ)して、大(おほ)殿(との)の参(まゐ)らせ給(たま)へるに、上(うへ)此(こ)の事(こと)をけしきだち
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聞(き)こえさせ給(たま)へば、殿(との)ともかくも奏すべき事(こと)にも候(さぶら)はずと、かしこまり申(まう)させ給(たま)ひて、まかでさせ給(たま)ひて、大将(だいしやう)殿(どの)をよび奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、かう<の事(こと)をこそ仰(おほ)せられつれども、かうも申(まう)さでかしこまりてまかでぬ。はやうさるべき用意(ようい)して、其(そ)の程(ほど)ゝ仰(おほ)せごとあらん折、参(まゐ)るばかりぞかしと宣(のたま)はすれば、大将(だいしやう)殿(どの)ともかくも宣(のたま)はで、唯(ただ)御めに涙(なみだ)ぞうきたるは、いみじう上(うへ)を思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、此(こ)の事(こと)は逃(のが)るべきにもあらぬが、いみじう思(おぼ)さるゝなるべし。殿(との)其(そ)の御けしきを御覧(ごらん)じて、男(をのこ)はめは一人(ひとり)やはもたる、しれのやうや、今(いま)ゝで子もなかめれば、とてもかくても唯(ただ)子をまうけんとこそ思(おも)はめ。此(こ)の辺(わた)りはさやうにもおはしましなんと宣(のたま)はすれば、かしこまりて立(た)たせ給(たま)ひぬ。
大将(だいしやう)殿(どの)我が御殿(との)にかへらせ給(たま)ひて、上(うへ)を見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いみじうめでたくしつらひたる御帳のまへに、短(みじか)き几帳(きちやう)をひきよせておはします。御衣(ぞ)のすそに。御(み)髪(ぐし)のたまりたる、几帳(きちやう)のそばより見ゆる程(ほど)、唯(ただ)絵(ゑ)に書(か)きたるやうなり。二の宮(みや)の御(み)髪(ぐし)有様(ありさま)はしらず、けだかく恥(は)づかしげにやむごとなからんかたは、えしもやまさらざらんと、御心(こころ)のうちに思(おぼ)されて、つねよりも心(こころ)よう物語(ものがたり)聞(き)こえ給(たま)ふに、うちとけたらぬ御けしきを、例(れい)の事(こと)ながら、ありつる事(こと)ほの聞(き)こえたるにやと、御心(こころ)のをにに苦(くる)しう思(おぼ)さるゝに、人(ひと)知れずむね騒(さわ)がせ給ふも、怪(あや)しうおゝしからぬ御心(こころ)
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なりや。それも御志(こころざし)の限(かぎ)りなきなるべし。何事(なにごと)も世(よ)の御物語(ものがたり)哀(あは)れにもおかしうも聞(き)こえ給(たま)ふ。宮(みや)の御直衣(なほし)すがたおかしうて出(い)で入りまぎれ給(たま)ふを、殿(との)唯(ただ)我が御子のやうに美(うつく)しう見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
内(うち)には人(ひと)知れず御用意(ようい)どもありて、つくもどころに御調度(てうど)の事(こと)、心(こころ)殊(こと)に召(め)し仰(おほ)せらる。皇后宮(くわうごうぐう)にも、内(うち)<にはいみじう思(おぼ)し召(め)し急(いそ)がせ給(たま)ふを、此(こ)の事(こと)いかでか漏り聞(き)こえけん。上(うへ)きかせ給(たま)ひて、唯(ただ)ともかくも思(おぼ)し宣(のたま)はせで、御心(こころ)のうちにこそは思(おぼ)すらめ。上(うへ)の御乳母(めのと)はとしとをがつまなり。これをきゝていとあさましう思(おも)ふ。例(れい)の人(ひと)よりは、心様(こころざま)はか<”しく、こころかしこき人(ひと)にてえ忍(しの)びあへず、ときどきくね<しき事(こと)など言(い)ふを、上(うへ)いとかたはらいたき事(こと)に思(おぼ)す。さばれ、かういはであれかしなど制し宣(のたま)はする程(ほど)も、なべてならぬ御こころなりかし。
さて皇后宮(くわうごうぐう)と内(うち)とより、頻(しき)りに御消息(せうそこ)かよひ、宮(みや)たちなどいそがしう出(い)で入り給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、いかゞしけん、大将(だいしやう)殿(どの)日頃(ひごろ)御(おん)心地(ここち)悩(なや)ましく思(おぼ)さる。御かぜなどにやとて、御湯(ゆ)茹(ゝ)でせさせ給(たま)ふ。ほを聞(き)こし召(め)し御読経の僧ども、ばんかかずつかうまつるべく宣(のたま)はせ、めいそんあざりよごとによゐつかうまつりなどするに、さらに御(おん)心地(ここち)をこたらせ給(たま)ふ様(さま)ならず、いとど重(おも)らせ給(たま)ふ。光栄(みつよし)・吉平(よしひら)など召(め)して、ものとはせ給(たま)ふ。御もののけや、かしこきかみのけや、人(ひと)の呪詛など様々(さまざま)に申せば、かみのけと
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あらば、御すほうなどあるべきにあらず。また御もののけとあるも、まかせたらんも恐(おそ)ろしなど、かたがた思(おぼ)しみだるゝに、唯(ただ)御祭(まつり)・祓頻(しき)りなり。大(おほ)殿(との)しづごゝろなくいそがしうありかせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)も安(やす)きそらなく思(おぼ)されて、渡(わた)らせ給(たま)はんとのみあれど、殿(との)の御(お)前(まへ)、をのがある同(おな)じ事(こと)なれば、只今(ただいま)はと聞(き)こえさせ給(たま)ふ程(ほど)に、猶(なほ)此(こ)の殿(との)は、ちいさくよりかぜおもくおはしますとて、かぜの治どもをせさせ給(たま)ふ。日頃(ひごろ)すぐるにさらにおこたらせ給(たま)はねば、今(いま)は筋(すぢ)なしとて御すほう五だん始(はじ)めさせ給(たま)ふ。いつかばかりに其(そ)の験(しるし)けざやかならず、御もののけ出(い)で来てののしる。大(おほ)殿(との)にもさき<”出(い)でくるもののけどもとぞ言(い)ふ。などてかそれかうしも悩(なや)まし奉(たてまつ)るべき。もののけはさぞ言(い)ふなど申して、例(れい)の験(しるし)ある心誉僧都(そうづ)・叡効律師など言(い)ふ人々(ひとびと)さばかりまめに加持(かぢ)し奉(たてまつ)るに、此(こ)の御もののけさらにまことゝおぼゆる事(こと)なし。験(しるし)見(み)えず。
かくて一七日過(す)ぎぬ。今(いま)七日延べさせ給(たま)へり。此(こ)の度(たび)ぞいとけ恐(おそ)ろしきこゑ<”したるもののけ出(い)で来たる。これぞ此(こ)の日頃(ひごろ)悩(なや)まし奉(たてまつ)るものなめるとて、鳴(な)りかかりて加持(かぢ)しののしりて、駆(か)り移(うつ)したるけはひ、いとうたてあり。いかに<と思(おぼ)す程(ほど)に、きぶねのあらはれ給(たま)へるなりけり。こはなどかかるべき。此(こ)の殿(との)あだなるわざせさせ給(たま)ふ事(こと)なかりけり。さらにおぼえぬ事(こと)なりと、よくたづぬれば、彼の内(うち)辺(わた)りより聞(き)こゆる事(こと)により、此(こ)の上(うへ)の
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御乳母(めのと)などの、それを申(まう)させたる程(ほど)に、自(おの)づからかみの御こころはかく煩(わづら)はしく聞(き)こえ給(たま)ふなりけり。上(うへ)いと聞き苦(ぐる)しく思(おぼ)さるれど、いかゞはせさせ給(たま)はん。
大(おほ)殿(との)いとあぢきなき事(こと)かなと、思(おぼ)し聞かせ給(たま)ひて、「いかゞすべき」などおぼす程(ほど)に、大将(だいしやう)殿(どの)唯(ただ)消(き)えに消(き)え入(い)らせ給(たま)ひて、いとゆゝしく見(み)えさせ給(たま)へば、そこらの御読経・御すほう、何(なに)くれの御祈(いの)りの僧ども、あつまりて加持(かぢ)参(まゐ)り誦経(じゆぎやう)しののしれど、あさましくておはすれば、殿(との)の上(うへ)ものもおぼえさせ給(たま)はず、急(いそ)ぎ渡(わた)らせ給(たま)へり。いとどゆゝしう見(み)え給へば、唯(ただ)御かほに御かほをあてゝ、涙(なみだ)をながしておはしますに、殿(との)をさへここらの年(とし)頃(ごろ)つかうまつりつる。法華経(ほけきやう)助け給(たま)へ。此(こ)の世界(せかい)も道(みち)弘(ひろ)ごらせ給(たま)ふ事(こと)、多(おほ)くはなにがしがつかうまつれる事(こと)なり。此(こ)の折だに験(しるし)を見(み)奉(たてまつ)らず、おんをかうぶらでは、いつをか待たんずると言(い)ひつゞけさせ給(たま)ひて、泣く<ずりやうほんを読ませ給(たま)ふに、大将(だいしやう)殿(どの)うちみじろき給(たま)ひて、うちあざ笑(わら)はせ給(たま)ふ。殿(との)いよ<涙(なみだ)とどめがたくて読み入りておはします。御もののけ御(お)前(まへ)近(ちか)く候ふ女房(にようばう)の日比かかる事(こと)なりつるに、移りぬ。御もののけいとけだかくやむごとなきけはひにて、いみじうなく、僧たち。皆(みな)しめりて候ふ大将(だいしやう)殿(どの)には御湯など参(まゐ)らせ給(たま)ひて、上(うへ)の御(お)前(まへ)唯(ただ)ちごのやうに抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。いみじう思(おぼ)し召(め)したる事(こと)限(かぎ)りなし。
御もののけ、殿(との)の御前(まへ)を近(ちか)く寄(よ)らせ給(たま)へと申せば、寄(よ)らせ給(たま)へれば、己(おのれ)は世(よ)に侍(はべ)りし折(をり)、いと痴(し)れ
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たりなどは人(ひと)おぼえずなん侍(はべ)りし。またあは<しく人(ひと)中に出(い)で来て聞(き)こゆるに、いと珍(めづら)しくある事(こと)なれど子の悲(かな)しさは大臣(おとゞ)も知(し)り給(たま)へればなん。此(こ)の大将(だいしやう)ををのが世(よ)に侍(はべ)りしおりごゝろさしありて、いかでなど思(おも)ひ給(たま)へしかど、命(いのち)絶(た)えてかく侍(はべ)るにこそあれと、あまかけりても此(こ)の辺(わた)りを片時(かたとき)去(さ)り侍(はべ)らず、いとつみふかからぬ身に侍(はべ)れば何事(なにごと)も皆(みな)見きゝてなん侍(はべ)るを、此(こ)の大将(だいしやう)をやむごとなきあたりに召(め)し入れられぬべく思(おぼ)しかまふめるを、日頃(ひごろ)安(やす)からぬ事(こと)と思(おも)ひ侍(はべ)れど、さはれ唯(ただ)まかせ聞(き)こえて見んと思(おも)ひ侍(はべ)るにいと安(やす)からぬ事(こと)におぼえて、みづから聞(き)こえんとばかり思(おも)ひしに、いとおしく此(こ)の君(きみ)のかくおどろ<しくものし給(たま)へば、いとこころ苦(ぐる)しくてなんかく聞(き)こゆると宣(のたま)はするは、故中務(なかつかさ)の宮(みや)の御けはひなりけりとこころ得(え)させ給(たま)ひつ。
殿(との)かしこまり申(まう)させ給(たま)ひて、すべてかへすがへす理(ことわり)に侍(はべ)れば、かしこまり申し侍(はべ)る。されどこれは此(こ)の男(をのこ)のおこたりにも侍(はべ)らず。またみづからのする事(こと)にも侍(はべ)らず。自(おの)づから侍(はべ)る事(こと)なりと申(まう)させ給(たま)へば、いかにさは子は悲(かな)しく思(おぼ)すやと、せめて度々(たびたび)申(まう)させ給(たま)ふ。此(こ)の事(こと)をながく思(おぼ)したらねどなるべし。殿(との)の御(お)前(まへ)に御覧(ごらん)ぜよ。げにさる事(こと)侍(はべ)らばと理(ことわり)のよし、度々(たびたび)申(まう)させ給(たま)へば、さは今(いま)はこころ安(やす)くまかりなん。さりともそらごとはおとどし給(たま)はじとなん思(おも)ひ侍(はべ)る。もしさらばうらみ申すばかりとて、さりぬ
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べき法文のあはれなるところうち誦しなどし給(たま)ふ。誠(まこと)にたがふところなくて暫(しば)しうち寝て覚めぬ。なごりもなく、御(おん)心地(ここち)さはやかにならせ給(たま)ひぬれば、殿(との)上(うへ)いみじう嬉(うれ)しと思(おぼ)したり。此(こ)の御もののけを、豪家(がうけ)にて様々(さまざま)あるにこそありけれ、これ去りぬれば、かきさましをともせず。御慎(つつし)み様々(さまざま)猶(なほ)いみじうせさせ給(たま)ふ。さてもあさましかりける御(おん)心地(ここち)にもあるかな。かねてかかる事(こと)のあるは、いと嬉(うれ)しき事(こと)なり。さて後(のち)にかやうの事(こと)あらましかば、たが御ためにもひなからましと宣(のたま)はするものから、口(くち)惜(を)しうなん思(おぼ)されける。
かくて御門(みかど)は猶(なほ)御(おん)心地(ここち)苦(くる)しう、ひさしうもたもつまじきなめりと思(おぼ)し召(め)すに、うちの出(い)でくまじきを口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。彼の大将(だいしやう)殿(どの)はさてもいかなりし事(こと)どもにかと、怪(あや)しう思(おぼ)されて、唯(ただ)ならましよりは、口(くち)惜(を)しう思(おぼ)さるべし。それも大臣(おとど)の御こころにくしかし。上(うへ)はいともの恥(は)づかしう思(おぼ)さる。御乳母(めのと)にてはなどかさもあらざらんと、にくからず猶(なほ)こころかしこからん御乳母(めのと)は人(ひと)の御為にたいせちのものにぞありける。さて後(のち)にはいみじき事(こと)ありとも、かひあらましやは。
また大宮(おほみや)に山井の四君と言(い)ふ人(ひと)参(まゐ)りたりしを、此(こ)の大将(だいしやう)殿(どの)ものなどときどき宣(のたま)はせけるを、唯(ただ)ならぬ様(さま)になりにければ、いかにも<さたにあらば、いかに嬉(うれ)しからんと思(おぼ)されけるに、
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其(そ)の程(ほど)になりて、出(い)で居(ゐ)ていみじう祈(いの)りし、殿(との)ものなど遣(つか)はして、きよき事(こと)思(おぼ)し召(め)しをきてさせ給(たま)ふに、其(そ)のけしきありて、よろづに騒(さわ)ぎける程(ほど)に、ちごはむまれ給(たま)ひて、母(はゝ)は失せ給(たま)ひぬとののしる。あはれなる事(こと)を思(おぼ)し宣(のたま)はする程(ほど)に、君(きみ)男(をとこ)にておはしければ嬉(うれ)しうもなど聞(き)こし召(め)しけるに、二三日ばかりありて、それも失せにけり。母(はゝ)いみじう老いて子むまご多(おほ)く失(うしな)ふ中にも、此(こ)の度(たび)の事(こと)をいみじうます事(こと)なく思(おも)ひけり。大将(だいしやう)殿(どの)の御有様(ありさま)かやうにて御子おはしますまじきにやとぞ人々(ひとびと)聞(き)こえさすめる。
かくてうちつくり出(い)でて、十月に渡(わた)らせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の有様(ありさま)例(れい)のごとし。中宮(ちゆうぐう)ちご宮(みや)入らせ給(たま)へとあれど、とみに入らせ給(たま)はぬ程(ほど)に、皇后宮(くわうごうぐう)ぞ入らせ給(たま)ふ。女二宮のこひしうおはしませば、聞(き)こえさせ給ふなるべし。さて入らせ給(たま)ひて日頃(ひごろ)おはします程(ほど)に、御物忌(ものいみ)なる日、皇后宮(くわうごうぐう)の御湯(ゆ)殿(どの)つかうまつりけるに、いかゞしけん、其(そ)の火出で来てうち焼けぬ。かかる事(こと)はさても夜(よる)などこそあれ。ひるなればいとかたはらいたくこころあはただしき事(こと)多(おほ)かり。東宮(とうぐう)も入らせ給(たま)へりしかば、それはやがて一条(いちでう)の院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。夜(よる)ひるきびしく仰(おほ)せられて、急(いそ)ぎ造(つく)り磨(みが)きたりけるに、入(い)らせ給(たま)ひて一月にだにならぬに、かかる事(こと)はあるものか。これにつけても御門(みかど)世(よ)の中(なか)をこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)さる事(こと)限(かぎ)りなし。皇后宮(くわうごうぐう)もあり<て参(まゐ)らせ給(たま)へるに、かかる
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事(こと)のあるを、いみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。上(うへ)はおりさせ給(たま)はんとて、かく夜(よる)を昼(ひる)に急(いそ)がせ給(たま)ひしかども、すべてこころ憂くかかる事(こと)のあるをぞ、うちの焼くる事(こと)は度々(たびたび)なり。一条(いちでう)の院(ゐん)の御ときなど度々(たびたび)なりしかど、此(こ)の度(たび)のやうにあへなきやうなし。殿(との)の御(お)前(まへ)などもいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。
御門(みかど)は枇杷(びは)殿へ渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。さても中宮(ちゆうぐう)の入らせ給(たま)はずなりにしをかへすがへすめでたき事(こと)に世(よ)人(ひと)も申し思(おも)ひける。中宮(ちゆうぐう)は京極(きやうごく)殿(どの)におはします。かへすがへすめづらかなる事(こと)を、上(うへ)はよろづの事(こと)のなかに思(おぼ)し召(め)さるべし。おりさせ給(たま)はん事(こと)も、内(うち)などよく造(つく)り出でられば、其(そ)の作法(さほふ)にてと思(おぼ)し召(め)しつるに、かへすがへす口(くち)惜(を)しくさりとて、それ又(また)造(つく)り出(い)でんを待(ま)たせ給(たま)ふべきにあらずと、心憂(う)き世(よ)の歎(なげ)きなり。すゑの世(よ)の例(ためし)にもなりぬべき事(こと)を思(おぼ)し召(め)す。理(ことわり)になん。
斯(か)かる程(ほど)に、御(おん)心地(ここち)例(れい)ならずのみおはしますうちにも、もののさとしなどうたてあるまであれば、御物忌(ものいみ)がちなり。御もののけなんなべてならぬわたりにしおはしませば、宮(みや)の御(お)前(まへ)も、もの恐(おそ)ろしうなど思(おぼ)されて、こころよからぬ御有様(ありさま)にのみおはしませば、殿(との)の御(お)前(まへ)も上(うへ)もこれをえさらず嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。斯(か)かる程(ほど)に、年(とし)はいくばくもあらねば、こころあはただしきやうなれど、いと悩(なや)ましく思(おぼ)し召(め)さるゝにぞ。いかにせましと思(おぼ)しやすらはせ給(たま)ふ。師走(しはす)の十余(よ)日月のいみじうあかきに、上(うへ)の御つぼねにて、宮(みや)
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の御(お)前(まへ)に申(まう)させ給(たま)ふ
@こころにもあらでうき世(よ)に長(なが)らへば恋(こひ)しかるべきよはの月かな W120。
長和五年正月十九日御譲位、東宮(とうぐう)には、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)ゐさせ給(たま)ひぬ。二月九日御即位(そくゐ)なり。御門(みかど)は九(こゝの)つにならせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)は廿三にぞおはしましける。こよなき程(ほど)の御およすけなり。おりゐの御門(みかど)をも三条(さんでう)院(ゐん)と聞(き)こえさす。おりさせ給(たま)へれど、うちの焼けにしかば、猶(なほ)枇杷(びは)殿におはしましつれば、其(そ)のまゝにおはします。中宮(ちゆうぐう)は一条(いちでう)の院(ゐん)におはしましつればさておはします式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)は、かく東宮(とうぐう)に立(た)たせ給(たま)ふべしと言(い)ふ事(こと)ありければ、年(とし)頃(ごろ)女御(にようご)の御もとに、堀河(ほりかは)院(ゐん)におはしましつるを、皇后宮(くわうごうぐう)におはしまして、我が住ませ給(たま)ひしもとの宮(みや)の東(ひんがし)の対(たい)に、俄(にはか)に渡(わた)し奉(たてまつ)らせ給(たま)ひてしかば、堀河(ほりかは)のおとども女御(にようご)もいかなるべき事(こと)にかと思(おぼ)して、なか<嬉(うれ)しき事(こと)にと言(い)ふらんやうに、事(こと)の始(はじ)めに思(おぼ)しみだるべし。かやうの事(こと)を宮(みや)には聞(き)こし召(め)して、ものこころづきなう思(おぼ)し召(め)す。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)とは一条(いちでう)の院(ゐん)の帥(そち)の宮をぞ今(いま)は聞(き)こえさすめる。もしこたみもやなど思(おぼ)しけん事(こと)音(おと)なくてやませ給(たま)ひぬ。東宮(とうぐう)を理(ことわり)に世(よ)人(ひと)は申し思(おも)ひたれど、此(こ)の宮(みや)にはあさましう殊(こと)の外(ほか)にもありけるかな。うちかへし<我が御身一(ひと)つを怨みさせ給(たま)へど、かひなげなり。
御即位(そくゐ)に大極殿に渡(わた)らせ給(たま)へるに、御角髪(びづら)結(ゆ)はせ給(たま)へる程(ほど)、いみじう美(うつく)しきもののめでたく
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おはします。東宮(とうぐう)の御有様(ありさま)のやんごとなくめでたくおはしますにつけても、皇后宮(くわうごうぐう)はあはれ大将(だいしやう)殿(どの)おはしまさましかば、いかにめでたき御後見(うしろみ)ならましとのみ、御こころのうちに思(おぼ)しつゞけさせ給(たま)ふもいみじければ、忍(しの)ばせ給(たま)ふ。大(おほ)殿(との)は世は変(かは)らせ給(たま)へど、我が御身はいとどさかへまさらせ給(たま)ふやうにて、かはそひ柳(やなぎ)風(かぜ)吹(ふ)けば、動くと見れど根はつよし。と言(い)ふ古歌(ゝるうた)のやうに、動(うご)きなくて、おはします。えもいはずめでたき御有様(ありさま)なるに、猶(なほ)又(また)此(こ)の度(たび)は今(いま)一入(ひとしほ)の色(いろ)も心殊(こと)に見(み)えさせ給(たま)ふぞ。いとどいみじうおはしますめる。院(ゐん)東宮(とうぐう)の御事(こと)をさへ申しつけさせ給(たま)へれば、姫宮(ひめみや)の御事を思(おも)ひきこえさせ給へば、御暇(いとま)もおはしまさねど、よろづ扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
堀河(ほりかは)の院(ゐん)には、音(をと)に聞(き)く御有様(ありさま)を、本意(ほい)なく思(おぼ)し嘆(なげ)かるれど、承香殿の今(いま)は宰相(さいしやう)のかくものし給(たま)ふを、口(くち)惜(を)しく見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へど、今(いま)は此(こ)の女御(にようご)の御有様(ありさま)にぞ。よろづ思(おぼ)し慰(なぐさ)めける。宰相(さいしやう)の御子など出で来(き)給(たま)へれば、彼の水(みづ)の折(をり)思(おぼ)し出でられこころ憂し。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)も、同(おな)じ宮(みや)たちと聞(き)こえさすれど御こころもかたちもいみじうきよらに、御ざえなどふかくやむごとなくめでたうおはしませば、御宿世(すくせ)の悪(わろ)くおはしましけるを、世に口(くち)惜(を)しきものに申し思(おも)へり。
大(おほ)殿(との)の大将(だいしやう)殿(どの)。此(こ)の宮(みや)の御事(こと)をふさはしきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、つねに参(まゐ)り通(かよ)はせ給(たま)ふと見し程(ほど)に、大将(だいしやう)殿(どの)の上(うへ)の御おとうとのなかの宮(みや)に此(こ)の
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宮(みや)をむこに取り奉(たてまつ)りてんと思(おぼ)し志(こころざ)したるなりけり。さてむことり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。大人(おとな)廿人(にん)。わらはべ四人(にん)下仕(しもづかへ)同(おな)じかずなり。我が御むすめのやうに、よろづを急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひて、騒(さわ)がせ給(たま)ふ程(ほど)、上(うへ)ひとゝころを思(おも)ひ聞(き)こえさせ給ふゆへにこそと見(み)えさせ給(たま)ふ。あるがなかのおと宮(みや)は、三条(さんでう)の入道(にふだう)一品宮の御(み)子(こ)にし奉(たてまつ)らせ給(たま)ひし。十ばかりにやおはしますらん。こたみの斎宮にゐさせ給(たま)ひぬ。其(そ)の御扱(あつか)ひも唯(ただ)此(こ)の大将(だいしやう)殿(どの)よろづにせさせ給(たま)ふ。式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)いとかひありて、もてなし聞(き)こえさせ給(たま)ひけり。一品(いつぽん)にておはしましゝかば、御有様(ありさま)いとめでたきに、今(いま)はいとど大将(だいしやう)殿(どの)御後見(うしろみ)せさせ給(たま)へば、御苻などいづれのくにの官(つかさ)かは疎(おろ)かに思(おも)ひ申(まう)さんと見(み)えて、いとどしき御有様(ありさま)なるに、大宮(おほみや)よりもつねに何事(なにごと)につけても聞(き)こえさせ給(たま)ふ。大将(だいしやう)殿(どの)の御志(こころざし)、院(ゐん)などのおはしまさましも、かばかりの事(こと)をこそはせさせ給ましかとのみ見(み)えさせ給(たま)ふ。程(ほど)なく唯(ただ)ならずならせ給(たま)ひにけり。いと哀(あは)れになん。
東宮(とうぐう)には、堀河(ほりかは)の女御(にようご)参(まゐ)らせ給(たま)へ<とあれど、さき<”のやうに思(おも)ひのまゝにてはいかでかと思(おぼ)しやすらふ。いかに大(おほ)殿(との)の御むこにならせ給(たま)ふべしとある事(こと)の世(よ)に聞(き)こゆるに、堀河(ほりかは)の院(ゐん)には、かやうの事(こと)にも、押しかへしものを思(おぼ)すべし。院(ゐん)には猶(なほ)御(おん)心地(ここち)いと悩(なや)ましう思(おぼ)されて、ものこころ細(ぼそ)く思(おぼ)し召(め)さる。今年(ことし)は御はらへだいじやうゑなどあべき年(とし)なれば、今年(ことし)ともかく
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もおはしまさずもがなとのみ、思(おぼ)し召(め)しけり。殿(との)の御(お)前(まへ)公(おほやけ)ごとの様々(さまざま)繁(しげ)きにも、思(おぼ)しまぎれず。院(ゐん)の御事(こと)を思(おぼ)し扱(あつか)はせ給(たま)ふ。枇杷(びは)殿におはしませば、宗像の御崇(たたり)もむつかしければ、三条(さんでう)院(ゐん)をよるをひるになして急(いそ)ぎ造らせ給(たま)ふとあるは、入道(にふだう)一品(いつぽん)の宮(みや)のおはしましゝところなりけり。
はかなう五月五日にもなりにければ、大宮(おほみや)より姫宮(ひめみや)にとて、くすだま奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。それに
@そこふかくひけどたえせぬあやめぐさちとせをまつのねにやくらべん W121
御かへし中宮(ちゆうぐう)より
@年(とし)ごとのあやめのねにもひきかへてこはたぐひなのながき例(ためし)や W122。
今年(ことし)は大事どもあるべき年(とし)なれば、今(いま)より若君(わかぎみ)たちはかなきつぼやなぐひのかざりのりむまのくらの事(こと)を思(おぼ)し急(いそ)ぎけるもおかし。かくて六月もたちぬ。七月朔日(ついたち)には、ほうこう院(ゐん)のみはかうなど急(いそ)がせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に一条(いちでう)殿(どの)の尼上(あまうへ)、日頃(ひごろ)御(おん)心地(ここち)例(れい)ならず思(おぼ)さるれば、殿(との)の上(うへ)渡(わた)らせ給(たま)ひて見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、此(こ)の御事(こと)例(れい)の御悩(なや)みには似させ給(たま)はず、ものこころ細(ぼそ)き様(さま)にはかなき事(こと)も宣(のたま)はせ思(おぼ)したる。理(ことわり)の御事(こと)なれど、いと哀(あは)れにしづごゝろなく思(おぼ)し嘆(なげ)きて、様々(さまざま)の御祈(いの)りどもかず知らずせさせ給(たま)ふ。殿(との)もあからさまにおはしまして、猶(なほ)今年(ことし)平(たひら)かにて過(す)ぐさせ給(たま)ふべき御祈(いの)りを、よく<せさせ給(たま)ふべし。いみじきだいじ
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あべき年(とし)なれば、いとこそ恐(おそ)ろしけれなど様々(さまざま)聞(き)こえさせ給(たま)ふは、あるものにてかうこころ細(ぼそ)く頼(たの)みすくなきけしきを、悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)して、寿命経のふだんの御読経などせさせ給(たま)ふ。御読経・御すほうかずをつくしたり。
権少将(せうしやう)・たんば中将(ちゆうじやう)御所去らず、いさゝかも立(た)ち離(はな)るれば、いづら<ともとめさせ給(たま)ふも、御志(こころざし)のいみじきと上(うへ)はいとこころ苦(ぐる)しう思(おぼ)ししらせ給(たま)ふ。念仏懺法などきかまほしうせさせ給(たま)へば、さるべき僧どもして、こゑ絶えず行(おこな)はせ給(たま)ふ。いみじうたうとし。さらぬだにかかる事(こと)はたうときを、まして年(とし)老い頼(たの)もしげなき御有様(ありさま)なるに、哀(あは)れにたうとき事(こと)どもに、上(うへ)の御(お)前(まへ)いとど涙(なみだ)をながさせ給(たま)ふ。ほうしやうじざすひゞに御かいさづけ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。其(そ)の程(ほど)の説経いみじうたうとく悲(かな)し。おはらの入道(にふだう)の君(きみ)も、年(とし)頃(ごろ)里(さと)に出で給(たま)はざりしを、こたみさへはいかでかときゝ過(す)ぐし難(がた)く思(おぼ)されて参(まゐ)り給(たま)ふ。唯(ただ)御まくらがみにて、ねぶつをし聞かせ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。傅殿もつねに参(まゐ)り給(たま)ひて、明(あ)け暮(く)れ候(さぶら)はぬ事(こと)を嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。つゐにむなしくならせ給(たま)ひぬれば、扱(あつか)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるかひなく、悲(かな)しと思(おぼ)し惑(まど)はせ給(たま)ふ。
大(おほ)殿(との)聞(き)こし召(め)して、急(いそ)ぎおはしまして、上(うへ)の御(お)前(まへ)立(た)ち出(い)でさせ給(たま)へと聞(きこ)えさせ給へど、ものもおぼえさせ給(たま)はぬ様(さま)なれば、聞(き)こえさせ煩(わづら)ひぬと、かく聞(き)こえさせて、上(うへ)の御前(まへ)立(た)ち出(い)でさせ給(たま)へれば、殿(との)はつちに立(た)たせ給(たま)ひて、一家にとりては、げに哀(あは)れに悲(かな)しき御事(こと)なり。されどせけんを見おもふに、これ必(かなら)ずあ
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べい事(こと)なり。そがなかにいつも同(おな)じ事(こと)ゝは言(い)ひながら、をのが侍(はべ)らざらん世などには、いと口(くち)惜(を)しからまし。かく平(たひら)かに誰(たれ)もおはしあるときに、かくなり給(たま)ひぬる、いとめでたき事(こと)なり唯(ただ)折節(をりふし)ひなしなと言(い)ふは、あまりの御事(こと)なり。彼のだいじの程(ほど)などに、かかるべきにもあらずなどあるこそあれ。それもよそ<にてさるべく掟(おき)て聞(き)こえん。同(おな)じ事(こと)なり。いかにぞ此(こ)の中将(ちゆうじやう)少将(せうしやう)の事(こと)はと聞(き)こえさせ給(たま)へば、ひまなくもとめ惑(まど)はし給(たま)ひつるは、猶(なほ)御志(こころざし)のいみじきと見つるになんあはれなる。年(とし)頃(ごろ)も哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)り、そひ奉(たてまつ)らざりつれどおはすと思(おも)ひつればこそありつれ、これこそは限(かぎ)りの度(たび)と見(み)奉(たてまつ)るが、いみじう悲(かな)しき事(こと)ゝて、塞(せ)きもあへず泣かせ給(たま)へば、殿(との)の御(お)前(まへ)も哀(あは)れに古体(こたい)なりつる。御こころこそこひしかるべけれ。夏(なつ)冬(ふゆ)の更衣(ころもがへ)の折の御志(こころざし)〔の〕程(ほど)、ときにつけてまづ思(おも)ひ出でられんとすらんと、うち嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。それは昔(むかし)より今(いま)に、御更衣(ころもがへ)の折の、夜昼(よるひる)の御装束(さうぞく)二領(ふたくだり)を、必(かなら)ずして奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ事(こと)のありつれば、さらに<今(いま)はかかる事(こと)、とどめさせ給(たま)へと聞(き)こえさせ給(たま)ひつるを、さは何事(なにごと)をか志(こころざし)とは見(み)え奉(たてまつ)るべきとて、せさせ給(たま)ふなりけり。傅の殿今(いま)はよりみつが家(いへ)におはしませと、それも同(おな)じ事(こと)ゝて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひける。
かくて彼の尼上(あまうへ)の掟(おき)てさせける事(こと)は、わか御門(みかど)の御事始(ことはじ)めにかく
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なりなん事(こと)の折節(をりふし)も、口(くち)惜(を)しき事(こと)なれば、暫(しば)しはさるべき様(さま)にて、やまでらなどにおさめて置かせ給(たま)へ。くも煙(けぶり)とも此(こ)の世(よ)のだいじの後(のち)に、こころ安(やす)くせさせ給(たま)へと聞(き)こえ置かせ給(たま)へれば、げに哀(あは)れによくも思(おぼ)し宣(のたま)ひけるかなとて、さやうにぞ思(おぼ)し掟(おき)てさせ給(たま)ひける。九月ばかりにぞさやうにおはしますべかりける。其(そ)の程(ほど)は入棺と言(い)ふ事(こと)してぞおはしまさせける。
明(あ)け暮(く)れの御もの参(まゐ)り、御てうづなど昔(むかし)の様(さま)の事(こと)ども、いみじう悲(かな)しく思(おぼ)し召(め)さるゝ程(ほど)に、七月廿余(よ)日(にち)に火出で来て、土御門(つちみかど)殿(どの)焼けぬ。大方(おほかた)其(そ)のあたりの人(ひと)の家(いへ)。残(のこ)りなくて四五町の程(ほど)焼けぬ。さしすぎほうこう院(ゐん)も焼けぬ。上(うへ)の御(お)前(まへ)は、かかる思(おも)ひにて一条(いちでう)殿におはしまし、大宮(おほみや)も殿(との)の御(お)前(まへ)もうちにおはします夜しも焼けぬれば、つゆ取り出(い)でさせ給(たま)ふものなく、年(とし)頃(ごろ)御つたはりのたからものどもかずも知らず。塗篭(ぬりごめ)にて焼けぬ。猶(なほ)さるべきなりけりと思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふに、此(こ)の殿(との)のやまなかじまなどの大木とも、松(まつ)の蔦(つた)懸(かか)りたりつるまつなど大方(おほかた)ひと木残(のこ)らずなりぬ。あさましう事(こと)さらにすとも、いとかく焼くるやうはありがたけなり。いみじきやと言(い)ふとも、つくり出(い)でてむ銀(しろがね)・黄金(こがね)の御宝物(たからもの)どもは、自(おの)づから出で来まうけさせ給(たま)ひてん。此(こ)の木どもの有様(ありさま)・おほきさなどをふかう口(くち)惜(を)しき事(こと)に思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。大宮(おほみや)の御領の宮(みや)なれば、其(そ)の御具(ぐ)どもさるべきものども、唯(ただ)此(こ)の殿(との)
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にのみこそは置かせ給(たま)へりつれ。すべてめづらかなりとも疎(おろ)かなり。
殿(との)は小二条(こにでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ふ。此(こ)の殿(との)はやがて八月より手斧(てをの)始(はじ)めせさせ給(たま)ひて、来年(らいねん)の四月以前(いぜん)に造(つく)り出(い)づべきよし仰(おほ)せ給(たま)ひて、国(くに)<の守(かみ)屋一(ひと)つゞつ当(あた)りて、夜(よる)を昼(ひる)にて急(いそ)ぎののしる。かくて九月に、尼上(あまうへ)くはんおんじと言(い)ふところにおはしまさせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)前(まへ)も御をくりにおはします。さてそこにさべき様(さま)におさめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御はてまでねぶつつかうまつるべく、そこらの僧によろづををきてさせ給(たま)ふ。いみじうきびしきやうにいませ給(たま)へど、上(うへ)の御(お)前(まへ)のおはしませば大将(だいしやう)殿(どの)を始(はじ)め、さるべき殿(との)ばら皆(みな)つかうまつらせ給(たま)へば、すべてえいみあへぬやうにおどろ<しき御よそひの程(ほど)、ただ推(お)し量(はか)るべし。古体(こたい)の事(こと)なれど、いみじかりける上(うへ)の御幸(さいはい)かなと、申し思(おも)ひはぬ人(ひと)無し。後(のち)<の御事(こと)など推(お)し量(はか)りて知りぬべし。
御はてまで山(やま)の僧どもの山(やま)ごもりしたるして尊勝のごま・あみだごまなどつかうまつらせ給(たま)ふ。たんば中将(ちゆうじやう)をばさるものにて、傅殿の小少将(こせうしやう)いみじう思(おも)ひ給(たま)へれば、上(うへ)の御(お)前(まへ)よろづの御(お)前(まへ)よろづにはぐゝみたまはず。くはんおんじより、又(また)の日かへらせ給ふそらなし。哀(あは)れに悲(かな)しく、涙(なみだ)をながさせ給(たま)へり。かしこにおはしましつる程(ほど)、都(みやこ)の御つかひ、さるべき御つかひどもかず知らず頻(しき)り参(まゐ)りつるもめでたく、さてかへらせ給(たま)ひぬ。またの日中宮(ちゆうぐう)に聞(き)こえさせ給(たま)へる一条(いちでう)殿(どの)より
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@あらしふくみ山(やま)の里(さと)に君(きみ)をゝきてこころもそらに今日(けふ)はしぐれぬ W123。
御衣(ぞ)のいろもゆゝしければ、猶(なほ)彼の御急(いそ)ぎまではとて、小二条(こにでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)はす。殿(との)の御(お)前(まへ)おぼつかなからず。一条(いちでう)殿(どの)に渡(わた)らせ給(たま)ひつゝぞよろづ聞(き)こえさせ給(たま)ひける。
怪(あや)しう今年(ことし)猶(なほ)世(よ)の中(なか)に火騒(さわ)がしくて、また所々(ところどころ)焼けぬ人(ひと)のくち安(やす)からぬ世(よ)にて、一条(いちでう)殿(どの)と枇杷(びは)殿(どの)と焼くべしとののしれば、うたてゆゝしう思(おぼ)されて、御慎(つつし)みなどありつれど、十月二日枇杷(びは)殿(どの)焼くるものか。あさましくいみじとも疎(おろ)かなり。さるべくもののいはするなりけりとも、いまぞ見ゆる宮(みや)の御(お)前(まへ)も、院(ゐん)も、此(こ)の枇杷(びは)殿(どの)いと近(ちか)きところの、東宮(とうぐう)の亮(すけ)なりとをと言(い)ひし人(ひと)の家(いへ)、大将(だいしやう)殿(どの)に奉(たてまつ)りたりしにぞ。まづ渡(わた)らせ給(たま)ひぬる。院(ゐん)宮(みや)いとあさましき事(こと)なりや。よろづいまはかかるべき事(こと)かは。おぼろげの位(くらゐ)をも去り離(はな)れたるに、さらにかかるべきにもあらず。人(ひと)のおもふらん事(こと)も恥(は)づかしうと思(おぼ)し召(め)しけり。
三条(さんでう)院(ゐん)もいまは出で来ぬれば、うるはしき儀式(ぎしき)もなくて、よるをひるに急(いそ)ぎて、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。宮(みや)は其(そ)の院(ゐん)いと近(ちか)き程(ほど)に、さぬきのかみなりまさの朝臣(あそん)の家(いへ)に、渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。枇杷(びは)殿(どの)の焼けし折のまゝ。命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)里(さと)よりきくにさして参(まゐ)らせたる
@いにしへぞいとどこひしきよそ<にうつろふいろをきくにつけても W124。
とあればべんの乳母(めのと)かへし
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@きくのはな思(おも)ひのほかにうつろへばいとど昔(むかし)の秋ぞこひしき W125。
さて程(ほど)なく宮(みや)の御(お)前(まへ)も三条(さんでう)院(ゐん)に渡(わた)らせ給(たま)ひぬ。院(ゐん)の様(さま)わざといけやまみづなけれどおほきなる木ども多(おほ)くて、こだちおかしくけたかうなべてならぬ様(さま)したり。こたみは心(こころ)異(こと)につくらせ給(たま)へり。入道(にふだう)一品(いつぽん)宮(みや)の、年(とし)頃(ごろ)すませ給(たま)ひしところなれば、理(ことわり)にぞ。昔(むかし)とこそはいまはいはめ。彼の宮(みや)のおはしましゝとき、四条(しでう)大納言(だいなごん)きんたうのごん中将(ちゆうじやう)など聞(き)こえし折、月よに参(まゐ)り給(たま)ひて、誰(たれ)ともなくて人(ひと)を呼びよせ給(たま)ひて、女房(にようばう)のなかに聞(き)こえよ松(まつ)かうらしま来て見ればと言(い)ひかけて、おはしにける程(ほど)など思(おも)ひ出でられておかし。
かくて、御(ご)禊(けい)になりぬれば、いみじうつねにもわかず。これはなにはの事(こと)もあらためさせ給(たま)へり。殿(との)ばら君達(きんだち)の御むまくらゆみやなぐひのかざりまでいみじ。女御代(にようごだい)には高松(たかまつ)殿(どの)の姫君(ひめぎみ)出(い)でさせ給(たま)へり。其(そ)の車(くるま)の袖口(そでぐち)かずも知らず多(おほ)く重(かさ)なりて耀(かかや)けり。
御門(みかど)わらべにおはしませば、大宮(おほみや)御こしに奉(たてまつ)りたれば、其(そ)の程(ほど)まねびやらんかたなくめでたし。大(おほ)殿(との)の御有様(ありさま)など聞(き)こえさせんにこたいなり。度々(たびたび)年(とし)頃(ごろ)の御けしきに、こよなうたちまさらせ給(たま)へり。思(おも)ひなしにやとまでなん。只今(ただいま)の左大将(さだいしやう)には、殿(との)のたらうぎみこそおはすれ右大将(うだいしやう)には、をのの宮(みや)の実資殿おはす。左大将(さだいしやう)の御わかさきひわにおかしきに、をのの宮(みや)のねび給(たま)へれば、それはいみじうなべてならぬかほつきにほゝゑみ給(たま)へるこそ、猶(なほ)ふりがたう
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事(こと)こもりて見(み)え給(たま)へ。ものこころにくき様(さま)し給(たま)ひたり。昔(むかし)の事(こと)などうちおぼえてぞ。左衛門(さゑもん)のかうにて、皆(みな)殿(との)の君達(きんだち)おはします。御ゑぶすがたどもものはなやかに折にあひたる御様(さま)ども、ときのはなの心地(ここち)して、いとめでたし。**46
宮(みや)の女房(にようばう)の車(くるま)、内方(うちかた)のなど女御代(にようごだい)の御供(とも)などえもいはぬ車(くるま)四五十りやうひきつゞきてをしこりたり。左大臣(さだいじん)にては大(おほ)殿(との)おはします。右大臣(うだいじん)にては堀河(ほりかは)のおとど内大臣(ないだいじん)にては閑院(かんゐん)のおとどおはします。いづれの殿(との)ばらも皆(みな)むまにてつかうまつらせ給(たま)へれど、大殿(との)はよろづはてゝ渡(わた)らせ給(たま)ひぬるきはに又(また)さらに御(お)前(まへ)などえりすぐりて、きずなくきらゝかなる限(かぎ)りをえらせ給(たま)ひて、三四十人(にん)ばかりつかうまつりたるに、御随身十二人(にん)内舎人(うどねり)の御随身などむまにのりてみさきえもいはず参(まゐ)りののしりて、われはからの御車(くるま)にておはします程(ほど)、すべてまねび聞(き)こえさすべきやうもなし。またさばかりめでたき事(こと)やはありつるいみじき見物も過(す)ぎぬ。霜月(しもつき)になりぬれば、大嘗会(だいじやうゑ)とて又(また)人々(ひとびと)ひゞきののしる五節(ごせつ)も今年(ことし)はいまめかしさまさりおかし。ゆきすきのうたども、例(れい)の筋(すぢ)同(おな)じ事(こと)なれど、片端(かたはし)をだにとてしるせり。ゆきのかたのうた。備中国いねつきうた内(うち)の蔵人(くらうど)よししげのためまさ。たまだのこほり
@年(とし)へたる玉田(たまだ)の稲(いね)をかり積(つ)みて千代(ちよ)の例(ためし)に舂(つ)きぞはじむる W126。
主基(すき)の方(かた)大ないきふぢはらののりたゞの朝臣(あそん)
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@いはこまの橋(はし)踏(ふ)み鳴(な)らし運(はこ)ぶなりそともの道(みち)の御雪(みゆき)ゆたかに W127。
ゆきすきのうたども同(おな)じ様(さま)にかやうなり。御屏風(びやうぶ)のうたためまさはやのと言(い)ふ所(ところ)を
@あきかぜになびくはやののはなずゝきほに出(い)でてみゆる君(きみ)がよろづよ W128。
たまのむらぎくと言(い)ふところを、これも御屏風(びやうぶ)のりたゞ
@うちはへてにはおもしろきはつしもに同(おな)じいろなるたまのむらぎく W129。
にひだのいけためまさ御屏風(びやうぶ)
@そこきよきにひだのいけの水のおもはくもりなきよのかがみとぞ見る W130。
かやうに同(おな)じこころなれば皆(みな)とどめつとよのあかりのよあれたるやどに、月のもりたりければ、里人(さとびと)誰(たれ)としらず
@珍(めづら)しきとよのあかりのひかりにはあれたるやどのうちさへぞてる W131。
此(こ)の御時の御即位(そくゐ)大嘗会(だいじやうゑ)。御はらへなどの程(ほど)の事(こと)どもすべて珍(めづら)しくやむごとなき事(こと)かずしらず。年中行事の御しやうじにもかきそへられたる事(こと)ども、いと多(おほ)くなんあなる。斯(か)かる程(ほど)に、前斎宮のぼらせ給(たま)ひて、皇后宮(くわうごうぐう)におはします。宮(みや)せばしとて、又(また)しらせ給(たま)ふ所(ところ)にぞおはしまさせ給(たま)ひける。年(とし)頃(ごろ)に大人(おとな)びはてさせ給(たま)へる御有様(ありさま)も、いみじう疎(おろ)かならず見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へれど、ほかに暫(しば)しとておはしまさせ給(たま)ふ程(ほど)に、帥(そち)殿(どの)のまつぎみ
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の三位中将(ちゆうじやう)。道雅の君(きみ)いかゞしけん、参(まゐ)り通(かよ)ふと言(い)ふ事(こと)世(よ)に聞(き)こえてざゝめき騒(さわ)げば、宮(みや)いみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ程(ほど)に、院(ゐん)にも聞(き)こし召(め)してげり。こと<”ならず斎宮の御乳母(めのと)、やがて宮(みや)の内侍(ないし)にて候ふ。中将(ちゆうじやう)の乳母(めのと)のしわざなるべしとて、院(ゐん)いみじうむつからせ給(たま)ひて、ながくまかでさせ給(たま)ひつ。宮(みや)は皇后宮(くわうごうぐう)むかへ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、院(ゐん)にはいとどしき御(おん)心地(ここち)、これを聞(き)こし召(め)しゝより、いとどまさるやうに思(おぼ)されて、宮(みや)たちひまなく御つかひにて、皇后宮(くわうごうぐう)院(ゐん)に御ふみしきれり。斎宮にもあらずいみじう思(おぼ)し召(め)さる。中将(ちゆうじやう)の内侍(ないし)はやがておはせ給(たま)ひけるまゝに、かのみちまさの君(きみ)むかへとりて、わがもとにいみじういたはりてをきたりと聞(き)こし召(め)す。皇后宮(くわうごうぐう)にはめざましう思(おぼ)し召(め)されて、人(ひと)しれずいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ひけり。まことそらごとしりがたき御有様(ありさま)なれど、世(よ)にかくもり聞(き)こえたるに、院(ゐん)の御けしきのいといみじきなり。かのさいご中将(ちゆうじやう)のこころのやみにまどひにき夢(ゆめ)うつゝとは世(よ)人(ひと)定(さだ)めよとよみたりしも、かやうの事(こと)ぞかし。それはまた誠(まこと)の斎宮にておはせしおりの事(こと)なり。されどこれは前の斎宮と聞(き)こえさすれば、あながちに恐(おそ)ろしかるべき事(こと)ならねど、院(ゐん)のいときはたけく思(おぼ)し宣(のたま)はするが、いとかたはらいたきをなん。皇后宮(くわうごうぐう)いといみじうみだれたるに、宮々(みやみや)の御けしきどもいみじ。東宮(とうぐう)もわりなうこころやましげに思(おぼ)しみだるべし。する事(こと)なき
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年(とし)だにはかなくあけくるゝに、まいていみじきだいじどものありつれば年(とし)もかへりぬ。今年(ことし)をば寛仁元年ひのとのとりの年(とし)と言(い)ふめり。正二月は例(れい)の有様(ありさま)にて過(す)ぎもてゆくに、三月には例(れい)のなをしものなど言(い)ふ事(こと)あればにや。三月四日司召(つかさめし)あり。大(おほ)殿(との)左大臣(さだいじん)をぢせさせ給(たま)へれば、堀河(ほりかは)の右大臣(うだいじん)。左大臣(さだいじん)になり給(たま)ひぬ。閑院(かんゐん)内大臣(ないだいじん)。右大臣(うだいじん)になり給(たま)ひぬ。内大臣(ないだいじん)には殿(との)の大将(だいしやう)殿(どの)ならせ給(たま)ひぬ。かやうに事(こと)どもかはりぬとみる程(ほど)に、同(おな)じ月の十七日、大(おほ)殿(との)摂政を内大臣(ないだいじん)殿(どの)に譲聞(き)こえさせ給(たま)ふ。内大臣(ないだいじん)殿(どの)御年(とし)。今年(ことし)廿六におはしましけり。いと若(わか)うおはしますにと恐(おそ)ろしう思(おぼ)し召(め)しながら、わがおはしませば、何事(なにごと)もと思(おぼ)し召(め)すなるべし。われは只今(ただいま)御官(つかさ)もなき宮(みや)にておはしますなれど、御位(くらゐ)は殿(との)も上(うへ)も准三宮におはしませば、世(よ)にめでたき御有様(ありさま)どもなり。殿(との)の御(お)前(まへ)の御さいはひは、さらにも聞(き)こえさせぬに、上(うへ)の御(お)前(まへ)。かく后とひとしくて、よろづの官(つかさ)かうぶりをえさせ給(たま)ひなどして、年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)は、皆(みな)かうぶりえ。あるは三位四位(しゐ)になるもあり。様々(さまざま)いとめでたくおはします。かくて四条(しでう)の皇太后宮(くわうだいこうくう)悩(なや)ませ給(たま)ひて、祭(まつり)などはてゝ後(のち)に、うせさせ給(たま)ひぬと言(い)ふ。わかるゝかたなく、よろづに四条(しでう)大納言(だいなごん)殿(どの)扱(あつか)ひ聞(き)こえ給(たま)ふを、あはれなる世(よ)のなかときゝおもふ。三条(さんでう)院(ゐん)御悩(なや)み猶(なほ)おどろ<しくおはします。殿(との)も上(うへ)もいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。