栄花物語詳解巻十一


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〔栄花物語巻第十一〕 莟(つぼ)み花(ばな)
一条(いちでう)/の-院(ゐん)失せさせ給(たま)ひ/て\後(のち)、女御(にようご)・更衣(ころもがへ)の御有様(ありさま)-共(ども)、様々(さまざま)に聞(き)こゆる/に、承香殿の女御(にようご)/に、故式部(しきぶ)きやう宮(みや)の源宰相(さいしやう)の君(きみ)よりさだの君(きみ)\忍(しの)びつつかよひ聞(き)こえ給(たま)ふ\程(ほど)/に、右のおとどきゝ給(たま)ひ/て、まことそらごとあらはし聞(き)こえんと思(おぼ)しける程(ほど)/に、御目に誠(まこと)/なりけりと見給(たま)ひてけれ/ば、いみじうむつからせ給(たま)ひ/て、さばかり美(うつく)しき御(み)-髪(ぐし)/を、手づからあまになし奉(たてまつ)り給(たま)ふ/に、憂き事(こと)かず知らず見(み)えたり。あさましう怪(あや)しき事(こと)/に、世(よ)-人(ひと)もとののうちにも言(い)ひ騒(さわ)ぐ程(ほど)/に、其(そ)/の後(のち)も猶(なほ)忍(しの)びつゝかよひ給(たま)ひけれ/ば、其(そ)/の度(たび)/は、いづちも<おはしねとあれ/ば、女御(にようご)の御乳母(めのと)/ゝ\ある/は、実誓僧都(そうづ)と言(い)ふ人(ひと)の車(くるま)やどり/なり、其(そ)/の家(いへ)に渡(わた)り\給(たま)ひ/ぬ。宰相(さいしやう)もさるべきにこそと思(おも)ひ/つゝ、疎(おろ)か/ならずかよひ給(たま)ふ程(ほど)/に、自(おの)づから御(み)-髪(ぐし)なども目安(やす)くなりもてゆく。怪(あや)しうひが<しき\事(こと)/に、世(よ)/の-人(ひと)も思(おも)ひ聞(き)こえたり。同(おな)じきわか君達(きんだち)/と\いへ/ども、これは村上(むらかみ)の四の宮(みや)、源帥(そち)-殿(どの)/の\御女(むすめ)の腹(はら)/なれ/ば、いとものきよくものし\給(たま)ふ/を、あやにくに此(こ)/の殿(との)宣(のたま)ふ/を/ぞ、かへすがへす怪(あや)しき事(こと)に人(ひと)聞(き)こゆ/める。又(また)、くらべやの女御(にようご)と聞(き)こえ
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/し/に/は、はゝのとう〔三〕位(ゐ)、今(いま)/の\宣耀殿(せんえうでん)の御はらから/の、修理(しゆり)/のかみをぞあはせ聞(き)こえためる。
かくて中宮(ちゆうぐう)も\唯(ただ)/におはしまさ/ね/ば、出(い)で/させ給(たま)ふ/に、斎信大納言(だいなごん)のおほいの御門(みかど)/の家におはしまい/て、月-頃(ごろ)にならせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、そこにて御(み)-子(こ)むまれ給(たま)ふ/べきにやとおもふ程(ほど)/に、此(こ)/の-頃(ごろ)土御門(つちみかど)-殿(どの)に渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/べけれ/ば、いへあるじ-殿(どの)、何(なに)わざをと思(おぼ)し急(いそ)が/せ給(たま)ふ。それも東三条(とうさんでう)院(ゐん)に出(い)で/させ給(たま)へ/り/し/を、そこの焼けにしか/ば、こちに渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/つるなりけり。さて土御門(つちみかど)-殿(どの)には渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/に、宮(みや)の御贈(おく)り物(もの)/に\何(なに)わざをして参(まゐ)らせんと思(おぼ)し/ける/に、何事(なにごと)も珍(めづら)しげなき世(よ)/の御有様(ありさま)となりにためれ/ば、なか</なり/とて、村上(むらかみ)の御ときのにつき/を、大(おほ)きなる冊子(さうし)四(よ)つに絵(ゑ)にかかせ給(たま)ひ/て、佐理の兵部(ひやうぶ)-卿(きやう)のむすめの君(きみ)/と、延〓きみとに書かせ給(たま)ひ/て、麗(うるは)しき筥(はこ)一双(ひとよろい)に入(い)れさせ給(たま)ひ/て、さべき御手本など具(ぐ)して奉(たてまつ)り給(たま)ひ/けれ/ば、宮(みや)はよろづのものにまさりて嬉(うれ)しく思(おぼ)し召(め)されけり。女房(にようばう)/の\中(なか)には大(おほ)いなる桧破子(ひわりご)をして、白(しろ)い物・薫物(たきもの)などをぞ入(い)れて出(い)だし給(たま)へりける。かくて渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/て、そこにて御祈(いの)り-ども/を、大宮(おほみや)の折の事(こと)どもを皆(みな)せさせ給(たま)ふ。いとわりなき\程(ほど)/の\有様(ありさま)/にて、いと恐(おそ)ろしく、いかに<と思(おぼ)し-騒(さは)が/せ給(たま)ふ。まこと/や、彼の\大納言(だいなごん)の御許(もと)にさるべき家司(いへづかさ)/なり、殿(との)位(くらゐ)などまさらせ給(たま)ひ/けり。いと面目(めいぼく)\ある\御様(さま)なり。
かくていかに<と御心(こころ)を尽くし、念(ねん)じ聞(き)こえ/させ
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\給(たま)ふ\程(ほど)/に、長和二年七月六日の夕がた/より、御けしきある様(さま)におはしませ/ば、御祈(いの)りの僧どもこゑをあはせてののしる。加持\参(まゐ)り、うちまきし騒(さわ)ぐ。うちにも聞(き)こし召(め)し/て、御つかひ頻(しき)り/に参(まゐ)る。御はらへ/の\程(ほど)、いみじくなりあひ/たり。月-頃(ごろ)いみじかりつる御祈(いの)りの験(しるし)/に/や、いぬのときばかりにいと平(たひら)かに御(み)-子(こ)むまれ給(たま)ひ/ぬ。今(いま)一(ひと)-頻(しき)り/のどよみの程(ほど)/に、あさましきまでおどろ<しき/に、僧などいと苦(くる)しから/ぬ\程(ほど)/に、なら/せ\給(たま)ひ/ぬ。世(よ)になくめでたき\事(こと)/なる/に、\唯(ただ)\御(み)-子(こ)何(なに)かと言(い)ふ事(こと)聞(き)こえ給(たま)は/ぬ/は、女(をんな)におはしますにやと見(み)えたり。殿(との)の御(お)-前(まへ)いと口(くち)-惜(を)しく思(おぼ)し召(め)せ/ど、さばれ、これ/を\始(はじ)めたる御事(こと)/なら/ば/こそ\あら/め、又(また)も自(おの)づからと思(おぼ)し召(め)す/に、これ/も\悪(わろ)からず思(おぼ)し召(め)さ/れ/て、こよひのうちに御湯(ゆ)-殿(どの)あるべくののしりたつ。
うち/に/は、けざやか/に\奏せさせ給(たま)は/ね/ど、自(おの)づから聞(き)こし召(め)しつ。御剣(はかし)いつしかと持(も)て参(まゐ)れり。例(れい)は女におはします/に/は。御はかし/は\なき/を、何事(なにごと)も今(いま)の世(よ)/の有様(ありさま)は様々(さまざま)の例(れい)を引かせ給(たま)ふ/べきにあら/ね/ば、殊(こと)/の-外(ほか)/にめでたければ、これを始(はじ)めたる例(ためし)になりぬべし。御使(つかひ)の禄(ろく)、夜目(よめ)にもけざやかに見(み)ゆる、鶴(つる)の毛衣(けごろも)の程(ほど)も心(こころ)-異(こと)/なり。御ちつけ/に/は、東宮(とうぐう)の御乳母(めのと)/の近江(あふみ)の内侍(ないし)/を\召(め)し/たり。それは御乳母(めのと)-達(たち)数多(あまた)候(さぶら)ふなか/に/も、これは殿(との)の上(うへ)の御乳母(めのと)ご/の\数多(あまた)のなかの其(そ)/の一人(ひとり)なる大宮(おほみや)の内侍(ないし)なりけり。
さて\日頃(ひごろ)\候ふ/べき/に、宮(みや)の御湯(ゆ)-殿(どの)/の儀式(ぎしき)有様(ありさま)思(おも)ひ-遣(や)り
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\聞(き)こゆべし。五位(ごゐ)・六位(ろくゐ)御弦打(つるうち)に廿人(にん)召(め)し/たり。五位(ごゐ)は蔵人(くらんど)五位(ごゐ)をえらば/せ給(たま)へ/り。女(をんな)におはしませ/ば、うちにも今(いま)少(すこ)し心(こころ)-異(こと)/にをきて聞(き)こえさせ給(たま)ふ。\唯(ただ)\同(おな)じく/は/と、誰(たれ)も思(おぼ)さ/る/べし。されど東宮(とうぐう)のむまれ給(たま)へ/り/し/を、\殿(との)の御(お)-前(まへ)/の御はつむまご/にて、ゑいぐわの初花(はつはな)と聞(き)こえ/たる/に、此(こ)/の御事(こと)をば莟(つぼ)み花(ばな)とぞ聞(き)こえさすべかめる。それは只今(ただいま)こそ心(こころ)もとなけれ。とき至(いた)りて開(ひら)けさせ給(たま)はん程(ほど)めでたし。白(しろ)い御調度(てうど)/など、\大宮(おほみや)の御例(れい)なり。
御乳母(めのと)に人々(ひとびと)いみじく参(まゐ)らまほしう案内(あんない)申す/べし。宮(みや)のうちの女房(にようばう)-達(たち)、さるべき君達(きんだち)の御(み)-子(こ)\産(う)み/たる/など、あかものに頼(たの)み申し/たり/けれ/ど、いかにも<\唯(ただ)\他人(よそびと)のあたらしから/ん/を/と/ぞ、宮(みや)の御(お)-前(まへ)思(おぼ)し志(こころざ)し/た/める。女房(にようばう)の白(しろ)き衣(きぬ)ども、さばかり暑(あつ)き程(ほど)/なれ/ど、よろづをしつくし、いかで珍(めづら)しき様(さま)にせんと思(おも)ひたる様(さま)ども、心々(こころごころ)におかしうなん。御産養(うぶやしなひ)、三日夜(よ)はとのせさせ給(たま)ふ。五日夜(よ)は宮司(みやづかさ)、七日は公(おほやけ)/より、九日は大宮(おほみや)よりぞせさせ給(たま)へるめる。此(こ)/の-頃(ごろ)殿(との)ばら・殿上人(てんじやうびと)の参(まゐ)る有様(ありさま)、三位より始(はじ)めて六位(ろくゐ)/まで、\唯(ただ)\大宮(おほみや)の御ときの有様(ありさま)なるべし。
東宮(とうぐう)まだ御乳(ち)聞(き)こし召(め)す程(ほど)/なれ/ば、内侍(ないし)とう参(まゐ)るべき御消息(せうそこ)頻(しき)り/なり。御乳母(めのと)に参(まゐ)らん/と申す\人々(ひとびと)数多(あまた)\ある/を、心(こころ)もとなく思(おぼ)し召(め)す程(ほど)/に、故関白(くわんばく)-殿(どの)/の御(み)-子(こ)/と\いは/るる。中務(なかつかさ)/の-大輔(たいふ)ちかよりの君(きみ)の妻(め)のおとうと、としとを/が\妻(め)/なり、御乳母(めのと)/は\いせのかみのむすめぞ\参(まゐ)り/たる/は、やがて夜(よ)の中(うち)に御(おほん)-乳(ち)
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\聞(き)こし召(め)さ/せ/て、内侍(ないし)はうちへ\参(まゐ)りぬ。さべき贈(おく)り物(もの)/など、\いとおどろ<しう思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ひ/て、御(おほん)-乳(ち)つけ/に/しも\あら/ず、やがて御乳母(めのと)の中(うち)に入(い)れさせ給(たま)ひ/つ。
若宮(わかみや)の御(み)-髪(ぐし)あさましくながく、ふりわけにをひさせ給(たま)へり。やがてかくて思(おぼ)し聞(き)こえさせんと定(さだ)めあり。何事(なにごと)もいとめでたし。いみじう美(うつく)し-げにおはします/を、うちにも聞(き)こし召(め)し/て、いつしかとゆかしく思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へり。此(こ)/の-頃(ごろ)は少(すこ)し心(こころ)のどかげ/にて、殿(との)の御(お)-前(まへ)よりよなかわか/ず、若宮(わかみや)の御扱(あつか)ひに渡(わた)ら/せ給(たま)ふ/に、誰(たれ)もわびしくあつき\程(ほど)/に、うちとけたるいねども、いとかたはらいたし。今(いま)\参(まゐ)りたる御乳母(めのと)/も、いとどもの恥(は)づかしげなり。
うちにいとゆかしげに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひ/つれ/ば、九月ばかりに行幸(ぎやうがう)あらせ/ん/と、殿(との)の御(お)-前(まへ)思(おぼ)し志(こころざ)したり。宮(みや)の御(お)-前(まへ)\其(そ)/の\後(のち)\悩(なや)ましげにのみおはしませ/ば、とみにも参(まゐ)らせ給(たま)ふ/まじ。行幸(ぎやうがう)/の事(こと)/を、此(こ)/の-頃(ごろ)/は。殿(との)のうち急(いそ)ぎ磨(みが)き、よろづつくろはせ給(たま)ふ。御五十日/を、御門(みかど)/はうちにて/など\思(おぼ)し宣(のたま)はすれ/ど、宮(みや)のえ参(まゐ)らせ給(たま)は/ね/ば、里(さと)にて聞(き)こし召(め)す。殿(との)よりよろづにし尽くさせ給(たま)ひ/て、うち、殿上人(てんじやうびと)・台盤所(だいばんどころ)/など、\よろづに大宮(おほみや)までもて\参(まゐ)りさばく。様々(さまざま)のおりびつ物・こもの/など、\かずをつくしてせさせ給(たま)へり。またうちよりいかでか思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ひ/けんと見ゆる/まで、よろづこまかにめでたくせさせ給(たま)へり。八月廿-余(よ)-日(にち)の程(ほど)/なれ/ば、女房(にようばう)のなりどもいみじうし/たる/に、また\唯(ただ)\睦月(むつき)の行幸(ぎやうがう)の事(こと)
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/を\急(いそ)ぎ立(た)た/せ給(たま)ふ。御うぶやの折/も、御五十日/に/も、うちの女房(にようばう)のさるべき限(かぎ)り\皆(みな)\参(まゐ)りたり。御門(みかど)/の御乳母(めのと)の紀の三位のむすめ、源典侍(ないしのすけ)を始(はじ)め、さかり少将(せうしやう)/など/や、さるべき人々(ひとびと)/は\皆(みな)宮(みや)のみふだ/に\つき/たる\ども、おぼつかなからず参(まゐ)りまかづめる。
九月にもなりぬれ/ば、行幸(ぎやうがう)の事(こと)今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)に急(いそ)が/せ給(たま)ふ事(こと)いみじ。宮(みや)の女房(にようばう)のなりいみじ/き/に、督(かん)/の-殿(との)の御方(かた)・殿(との)の上(うへ)の御方(かた)、われも</と\ののしる事(こと)いみじ。ふねのがくなどいみじく整(ととの)へさせ給(たま)へり。行幸(ぎやうがう)の有様(ありさま)、皆(みな)例(れい)の作法(さほふ)/なれ/ば、かきつゞくまじ。大宮(おほみや)の東宮(とうぐう)のむまれさせ給(たま)へ/り/し\後(のち)の行幸(ぎやうがう)、\唯(ただ)\\其(そ)/の\まゝの有様(ありさま)なり。殿(との)の有様(ありさま)いみじくおもしろし。ながしまのまつのつたの紅葉(もみぢ)/など、つねの年(とし)はいとかうしもあら/ね/ど、世(よ)/のけしきにしたがふ/に/や、いみじくさかり/に、色々(いろいろ)めでたく見ゆる/に、ゑましうそゞろさむし。上(うへ)の御覧(ご-らん)ずる/に、御目もをよばずめでたう思(おぼ)し召(め)さ/るゝ/に、ふね/の\がく-ども/の\まひ-出(い)で/たる/など、\大方(おほかた)心(こころ)の事(こと)ゝは思(おぼ)し召(め)さ/れ/ず、いみじく御覧(ご-らん)ぜらる。まつのかぜきんをしらぶるに聞(き)こえ、よろづおもしろく吹きあはせたり。御簾ぎはの女房(にようばう)/の\なり、いへ/ば\え/なら/ぬ\にほひどもなり。
入らせ給(たま)ひ/ていつしか/と、若宮(わかみや)をいづらはと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、殿(との)の御(お)-前(まへ)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て候はせ給(たま)へれ/ば、抱(いだ)き取(と)り奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、ふくよかに美(うつく)しうおはしまし/て、御(み)-髪(ぐし)\振り分けにおはします/を、御覧(ご-らん)じおどろか/せ
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\給(たま)ひ/て、いかになど聞(き)こえさせ給(たま)へ/ば、御物語(ものがたり)をこゑだかにせさせ給(たま)ひ/て、うちゑみうちゑみ-せ/させ給(たま)へ/ば、あな美(うつく)しがり給(たま)へるにこそあめれ。まだ\斯(か)かる人(ひと)をこそ見ざりつれ。うたてあまりゆゝしき御髪(かみ)かな。今年(ことし)過(す)ぎば居丈(ゐだけ)にもなりぬべかめりなど\仰(おほ)せ/られ/て、いみじく美(うつく)し-げに聞(き)こえさせ給(たま)ふ。
宮(みや)の御(お)-前(まへ)も見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、唐(から)の綾(あや)を白菊(しらぎく)にて押(を)し重(かさ)ねて奉(たてまつ)りたり。さればしろき御よそひと見(み)えてめでたき/に、いかに暑き程(ほど)/の御事(こと)/は、御(み)-髪(ぐし)のためこそいみじけれ/とて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へ/ば、御すそにたまり/たる\程(ほど)、こよなくところせげに見(み)えさせ給(たま)へ/ば、怪(あや)しく見苦(ぐる)しき子持(こもち)の御(み)-髪(ぐし)かな。古子持(ふるこもち)などは、髪(かみ)のすそ細(ほそ)う、色(いろ)青(あを)びれなどし/たれ/ば/こそ、心(こころ)苦(ぐる)しけれ。いとものぐるをしき御有様(ありさま)かな。此(こ)//の\ちご宮(みや)もはゝの御有様(ありさま)に似たるにこそあめれなど聞(き)こえ給(たま)ひ/て、いづら、乳母(めのと)はとゝはせ給(たま)へ/ば、殿(との)の御(お)-前(まへ)、御乳母(めのと)/は。いたく里(さと)び、物恥(ものはぢ)してえ\参(まゐ)り侍(はべ)ら/ざめり/とて、また抱(いだ)きゐて奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/ぬ。
御帳のうちに入らせ給(たま)ひ/て、月-頃(ごろ)の御物語(ものがたり)/など\心(こころ)のどかに聞(き)こえ給(たま)ふ。かく美(うつく)しき人(ひと)を今(いま)/ゝで\見/ざり/つる\事(こと)、猶(なほ)めでたき事(こと)/なれ/ど、此(こ)/の身の有様(ありさま)こそ苦(くる)しけれ。いみじくおもふ\人(ひと)/のともかくもおはせ/ん/を、とみにも見ぬ事(こと)いみじく口(くち)-惜(を)しかし/など、\よろづに聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、いざちごむかへ/て、なかに臥せて見ん。いみじく美(うつく)しきものかな。此(こ)/の宮(みや)たち/の
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\ちご/なり/し/を/こそ、美(うつく)しう\見/しか/ど、猶(なほ)それは例(れい)の有様(ありさま)なり。これは殊(こと)/の-外(ほか)/におかしく見ゆる/は、髪(かみ)の長(なが)ければなめり。猶(なほ)<疾く<入らせ給(たま)へ。うちにては乳母(めのと)いるまじ。まろ乳母(めのと)にて侍(はべ)ら//ん/など、聞(き)こえさせ給(たま)へ/ば、ものぐるをし/とて、少(すこ)し忍(しの)びやかに笑(わら)は/せ給(たま)ふ。
斯(か)かる-程(ほど)/に\日/も\暮れ/ぬれ/ば、上達部(かんだちめ)の御あそび/に\なり/ぬる/が、いみじくなつかしくおもしろき/に、ながしまのもののね/など、ものはるかに聞(き)こゆる/に、なみのこゑ・まつのかぜなども様々(さまざま)にいみじ/や。とみに出(い)で/させ給(たま)ふ/まじき御けしき/なれ/ば、殿(との)入らせ給(たま)ひ/て、夜(よ)に入(い)り侍(はべ)りぬ。かばかりおもしろきあそびども御覧(ご-らん)ぜんと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、いとおもしろしときゝ侍(はべ)り。がくのこゑは聞くこそおもしろけれ。見るはおかしうやはある。様々(さまざま)のまひどもは皆(みな)見侍(はべ)り/ぬ/と、いとのどかに宣(のたま)はすれ/ば、すげなくて出(い)で/させ給(たま)ひ/ぬ。むげに夜(よ)に入(い)りぬれ/ば、そゝのかし申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、しぶ</に\起き/させ\給(たま)ふ/とて、猶(なほ)疾く入らせ給(たま)へ。今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)にとかへすがへす聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て出(い)でさせ給(たま)ひ/ぬ。
かくて、左大将(さだいしやう)召(め)し/て、此(こ)/のいへのこ/の君達(きんだち)の位(くらゐ)まし、殿(との)の家(いへ)-司(づかさ)どもの加階-せ/させ、又(また)若宮(わかみや)の御乳母(めのと)のかうぶりゆべき\事(こと)など書き出(い)で/させ給(たま)ひ/て、宮(みや)の御(お)-前(まへ)には啓(けい)せさせ給(たま)ふ。殿(との)はやがて御(お)-前(まへ)にて舞踏し給(たま)ふ。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)かうぶり給(たま)はり、近江(あふみ)の内侍(ないし)はかかい/を/ぞ\せさせ給(たま)へる。かくて御贈(おく)り物(もの)、上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)/など/の贈(おく)り物(もの)、例(れい)の事(こと)ども
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\思(おも)ひ-遣(や)るべし。よろづあさましくめでたき殿(との)の有様(ありさま)なり。此(こ)/の土御門(つちみかど)-殿(どの)にいくそ度(たび)行幸(ぎやうがう)あり。数多(あまた)の后(きさき)出(い)で入らせ給(たま)ひ/ぬ/らん/と、世(よ)/のあみものに聞(き)こえつべき殿(との)なり。これを勝地と言(い)ふなりけり。これをゑいぐわと言(い)ふにこそあめれ/と、怪(あや)しの者(もの)どもの下(しも)を限(かぎ)れるしなどもゝ、喜(よろこ)び笑(ゑ)み栄(さか)えたり。げにこそよき事(こと)を見聞く/は、我が身の事(こと)/なら/ね/ども、嬉(うれ)しうめでたし。あしき事(こと)を見聞く/は、せんかたなくいとおしきわざ/なれ/ば、此(こ)/の殿(との)ばら・宮々(みやみや)の御有様(ありさま)/を、いづれの民(たみ)も愛(め)で喜(よろこ)び聞(き)こえたり。
御門(みかど)かへら/せ\給(たま)ひ/て\後(のち)/は、若宮(わかみや)を御心(こころ)につきこひしう思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、\唯(ただ)\疾く</と/のみ、御つかひ頻(しき)り/に参(まゐ)れ/ども、猶(なほ)例(れい)ならずのみ思(おぼ)さ/れ/て、のどかげなる御けしきなり。されどうちよりきゝにくきまで申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、十一月(じふいちぐわつ)十日の程(ほど)にぞ参(まゐ)らせ給(たま)ふ/べき。五節(ごせつ)・臨時(りんじ)/の-祭(まつり)などうちしきれ/ば、女房(にようばう)のなり/など、\数多(あまた)襲(かさね)の御用意(ようい)あるべし。月-頃(ごろ)ひさしくなりにける御里居(さとゐ)、若(わか)き人々(ひとびと)。猶(なほ)心(こころ)-異(こと)/に今(いま)めくめり。若宮(わかみや)の御乳母(めのと)今(いま)二人(ふたり)\参(まゐ)り添(そ)ひ/たり。一人(ひとり)はあはのかみまさときの朝臣(あそん)のむすめ、べんの乳母(めのと)ゝ言(い)ふ。今(いま)一人(ひとり)はいせの前司(ぜんじ)たかかたの朝臣(あそん)のむすめ、中務(なかつかさ)の乳母(めのと)ゝ言(い)ふ。月-頃(ごろ)様々(さまざま)\参(まゐ)りあつまりたる女房(にようばう)のかずなど多(おほ)かる/べし。こたみは法住寺の大臣(おとど)/の五の君(きみ)、やがて五の御方(かた)とて候(さぶら)ひ給(たま)ふ。故関白(くわんばく)-殿(どの)/の御むすめ、対(たい)の御方(かた)の腹(はら)の君(きみ)、此(こ)/の御門(みかど)/の東宮(とうぐう)におはしましゝときの御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)/にて\候ひ/し/は、麗景殿(れいけいでん)
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/の\内侍(ないし)のかみの御はらからなるべし。またまさみつの大蔵卿(おほくらのきやう)のむすめ、源帥(そち)/の御(おん)-中(なか)の君(きみ)はらも\参(まゐ)り給(たま)へり。それも御(み)-櫛笥(くしげ)-殿(どの)になさせ給(たま)へり。此(こ)/のほかのさべき人(ひと)のむすめなどかずいとおほふ\参(まゐ)り給(たま)へり。
すべて此(こ)/の-頃(ごろ)/の\事(こと)/に/は、さ/べき\人(ひと)/の\妻子(めこ)皆(みな)宮仕(みやづかへ)に出(い)ではてぬ。篭(こも)り居(ゐ)/たる/は、おぼろ-げ/の\疵(きず)、片端(かたは)づき/たら/ん/と/ぞ\言(い)ふ/める。さてもあさましき世なりや。太政(だいじやう)-大臣(だいじん)の御むすめ/も、かく出(い)で交(ま)じらひ\給ふ、いみじき事(こと)なり。今(いま)暫(しば)し\あら/ば、何(なに)の院(ゐん)/など/の御後(のち)も出(い)で給(たま)ひ/ぬべかめり/など/ぞ、人(ひと)\申す/める。かくて参(まゐ)らせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、若宮(わかみや)/を、上(うへ)の御(お)-前(まへ)御乳母(めのと)の煩(わづら)ひ\なく、明(あ)け暮(く)れ抱(いだ)きもて扱(あつか)はせ給(たま)ふ。あまりかたはらいたし。今(いま)よりはかなき御具(ぐ)ども、何事(なにごと)をし残(のこ)さ/んと思(おぼ)し召(め)したり。
はかなく年(とし)も返(かへ)り/て、長和三年(さんねん)になりぬ。正月一日より始(はじ)め/て、あたらしく珍(めづら)しき御有様(ありさま)なり。あらたまの年(とし)立(た)ち返(かへ)りぬれ/ば、くもの上(うへ)もはればれしう\見(み)え/て。そらをあふがれ、よ/の\程(ほど)/に\立(た)ち替(かは)りたる春の霞(かすみ)も紫(むらさき)に薄(うす)く濃(こ)くたなびき、日/の\けしき麗(うらゝ)かに光(ひかり)さやけく見(み)え、百千鳥(もゝちどり)も囀(さへづ)りまさり、よろづ皆(みな)心(こころ)ある様(さま)/に\見(み)え、花(はな)もいつしかと紐(ひも)をとき、垣根(かきね)の草(くさ)も青(あを)み渡(わた)り、朝(あした)の原(はら)も荻(をぎ)の焼原(やけはら)かき払(はら)ひ、春日野(かすがの)/の飛火(とぶひ)の野守(のもり)も、万代(よろづよ)の春(はる)の始(はじ)めの若菜(わかな)を摘(つ)み、氷(こほり)解(と)く風(かぜ)もゆるく吹(ふ)きて枝(えだ)を鳴(な)らさず、谷(たに)の鴬(うぐひす)も行末(ゆくすゑ)遥(はるか)なる声(こゑ)に聞(き)こえて耳(みゝ)とまり、船岡(ふなをか)の子(ね)の日(ひ)の松/も、いつしかと君(きみ)にひかれてよろづよ
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/を経(へ)/ん/と\思(おも)ひ/て、常磐堅磐(ときはかきは)の緑(みどり)色(いろ)深(ふか)く見(み)え、甕(もたひ)のほとりの竹葉(ちくえう)も末(すゑ)の世(よ)遥(はるか)に見(み)え、階(はし)の下(もと)の薔薇(さうび)も夏(なつ)を待(ま)ち顔(がほ)/に/など\し/て、様々(さまざま)めでたき/に、てうはいより始(はじ)め/て\よろづにおかしき/に、宮(みや)の御方(かた)の女房(にようばう)のなりども、つね/だに\ある/に、まいてものあざやか/に、薫(かをり)ふかきも理(ことわり)と見(み)えたり。
殿上にはしんどり/と\言(い)ひ/て、こちたく酔(ゑ)いののしり/て、うたてくらうがはしき事(こと)どもさしまじるべし。さるべき公(おほやけ)の御まつりごとをも思(おぼ)し紛(まぎ)れず、上(うへ)中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)に渡(わた)ら/せ給(たま)へり。え/も-いは/ずめでたき御直衣(なほし)/に、なべてならず耀(かかや)くばかりなる御(おほむ)-衣(ぞ)ども重(かさ)ねさせ給(たま)へり。御かたち有様(ありさま)、雄々(をを)しうらう<じう\恥(は)づかしげにおはします。宮(みや)の御(お)-前(まへ)はもえぎの御几帳(きちやう)にはたかくれておはします。かうばいの御衣(ぞ)/を/ぞ、やへにも過(す)ぎ/て、いくつともなく奉(たてまつ)り/たる。上(うへ)に、浮文(うきもん)の色(いろ)濃(こま)やかなるを奉(たてまつ)り/たる/に、同(おな)じ色(いろ)の御扇(あふぎ)のかたそばの方(かた)に、大(おほ)き/なる\山(やま)\書き/たる/を、わざ/と/なら/ず\さしかくさせ給(たま)へる御有様(ありさま)、なべて/なら/ず\恥(は)づかしげにけだかう\おはします。御(み)-髪(ぐし)のあさましうながく、ところせげにおはします\程(ほど)、いかでかくと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。織物(おりもの)に髪(かみ)みだる/と\言(い)ふ\事(こと)/は、髪(かみ)のかるびれ\すくなきときの事(こと)なりけり。やがてうるはしくすがり/て、ひまもなくめでたくおはします。
上(うへ)、いづら/は、若宮(わかみや)はととはせ給(たま)へ/ば、命婦(みやうぶ)の乳母(めのと)抱(いだ)き奉(たてまつ)りて参(まゐ)る。御はかしべんの乳母(めのと)もて参(まゐ)る。御(み)-髪(ぐし)/を\そがせ給(たま)へれ/ば、押しかへし今(いま)こそちごなりけれとて、
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それにつけ/て/も、あな美(うつく)しと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、抱(いだ)き取(と)り奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、もちゐかがみ見せ奉(たてまつ)ら/せ\給(たま)ふ/とて、きゝにくきまで祈(いの)りいはひつゞけさせ給(たま)ふ¥事(こと)ども/を、御(お)-前(まへ)に候ふ人々(ひとびと)はえ念ぜず。自(おの)づから\うちざゝめき、うづえほかひなど言(い)ふ心地(ここち)こそすれ/とて、忍(しの)びやかに笑(わら)ふ/をいかに<と\仰(おほ)せ/らるゝ\程(ほど)/も、すゞろにめでたくおぼえさせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)-たち、われも<と花を折(を)りてつかうまつる\程(ほど)/も、あらまほしげなり。
宮(みや)と御物語(ものがたり)せさせ給(たま)ひ/て、うち笑(わら)は/せ給ふなゝども聞(き)こゆ。若(わか)き人々(ひとびと)押(お)し凝(こ)りたる御几帳(きちやう)の際(きは)など、絵(ゑ)/に\かか/まほし。大納言(だいなごん)-殿(どの)参(まゐ)らせ給(たま)へれ/ば、暫(しば)し御物語(ものがたり)/など\有(あ)り/て、やがて御-供(とも)につかうまつらせ給(たま)ひ/ぬ。四宮の御髪(ぐし)長(なが)う/て、御直衣(なほし)すがた、女(をんな)をつくり立(た)てたらんやうに見(み)えさせ給(たま)ふ。事(こと)どもやう<果て/ゝ、心(こころ)のどかになりもていき/て、上(うへ)より松(まつ)にゆきのこほり/たる/を、
@春(はる)来(く)れど過(す)ぎにし方(かた)の氷(こほり)こそ松(まつ)にひさしくとどこほりけれ W112。
/と\あれ/ば、宮(みや)/の\御(おほん)-かへし、
@千代(ちよ)経(ふ)べき松(まつ)の氷(こほり)は春(はる)来(く)れどうち解(と)けがたきものにぞありける W113。
\晦日(つごもり)になりぬれ/ば、司召(つかさめし)/とて、嬉(うれ)しきもさらぬもあり。
彼の四条(しでう)大納言(だいなごん)の御姫君(ひめぎみ)/は、こぞより唯(ただ)/ならぬ御けしきなりけれ/ば、大納言(だいなごん)も尼上(あまうへ)/も、いみじう思(おぼ)し/て、様々(さまざま)の御祈(いの)りどもいみじ。男君(をとこぎみ)はいみじう思(おも)ひ聞(き)こえ給(たま)へ/れ/ど、
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\猶(なほ)いと心(こころ)づきなく、ともすれ/ば、御かくれあそび/の\程(ほど)/も、わらはげたる心地(ここち)-し/て、それをあかぬ事(こと)にぞ思(おぼ)されたる。
かくて内(うち)-辺(わた)りめでたくてすごさせ給(たま)ふ\程(ほど)/に、火出(い)で来(き)て焼(や)けぬ。御門(みかど)も宮(みや)/も、まつもとゝ言(い)ふところに渡(わた)ら/せ給(たま)ひ/ぬ。いづれの御とき/も、斯(か)かる事(こと)はあれ/ど、心(こころ)のどかにしも思(おぼ)し召(め)さ/れ/ぬ/に、斯(か)かる事(こと)をいと<口(くち)-惜(を)しく思(おぼ)さるべし。三日\あり/て、やがてだいりつくるべき事(こと)思(おぼ)しをきてさせ給(たま)ふ。其(そ)/の\折の修理(しゆり)/のかみ/に/は、皇后宮(くわうごうぐう)の御せうとのみちたう/の-君(きみ)、南殿造(つく)るべく仰(おほ)せらる。もくのかみ/に/は、此(こ)/の宮(みや)の御乳母(めのと)の男(をとこ)。中務(なかつかさ)/の-大輔(たいふ)ちかより/と\あり/し\君(きみ)/を、此(こ)/の司召(つかさめし)になさせ給(たま)へ/り/しか/ば、せいらう殿/を/ば。それつくる。こと殿(との)/を/ば、\唯(ただ)\受領各(おのおの)皆(みな)つかうまつるべき宣旨(せんじ)くだり/て、官使部原国々あかれぬ。此(こ)/の四月みあれの日より手斧(てをの)-始(はじ)め/て、来年の四月いぜん/に\つくりいださ/ゞら/ん/を/ば、官(つかさ)をとりくにを召(め)しかへしなどせさせ給(たま)ひ、其(そ)/の\程(ほど)/につくり/を\へ/たら/ん\あら/ば、任(にん)を延(の)べ位(くらゐ)をまさせ給(たま)ふべきよしの宣旨(せんじ)くだりぬ。かくきびしく\仰(おほ)せ/られしか/ば、まづ近(ちか)きくに<”、南殿・せいらうでん/など/は、皆(みな)四月棟(むね)上(あ)げんとす。公(おほやけ)ごとは異(こと)/なるものなりけり<と見(み)あさみ思(おも)ふべし。
斯(か)かる-程(ほど)/に、三月廿-余(よ)-日(にち)にいはしみづのりうじ/の-祭(まつり)/に、若宮(わかみや)の御乳母(めのと)、うち/に\え\候ふ/まじき\事(こと)/や\あり/けん、にはかに出だし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の上(うへ)添(そ)ひて率(ゐ)て奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。なんでんにぞおはします。御乳母(めのと)-たち、さる/べき\女房(にようばう)。五六人(にん)ぞつかうまつれる。出(い)で/させ給(たま)ひ/て又(また)の日、うち/より、
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\中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)より聞(き)こえさせ給(たま)へる。かぜの心(こころ)あはただしかり/けれ/ば/なる/べし。
@もろともにながむる折の花(はな)ならば散らすかぜをもうらみざらまし W114。
\これを御覧(ご-らん)じ/て、殿(との)の御かへし、
@心(こころ)して暫(しば)しな吹きそはるかぜはともに見るべき花(はな)も散(ち)らさで W115。
/と/ぞ。\
斯(か)かる-程(ほど)/に、一条(いちでう)/の-院(ゐん)-殿(どの)の尼上(あまうへ)、大宮(おほみや)の宮(みや)たち見(み)奉(たてまつ)り/し/に、我が命(いのち)はこよなう延びにたり。今(いま)は中宮(ちゆうぐう)の姫宮(ひめみや)をだに見(み)奉(たてまつ)らではとなん宣(のたま)はすれ/ば/とて、殿(との)の上(うへ)の御(お)-前(まへ)、さる/べき\ひま/を\思(おぼ)し召(め)しけれ/ば、かう<此(こ)/の宮(みや)/なん、此(こ)/の-頃(ごろ)心(こころ)に出(い)で/させ給(たま)へ/る。よき\折/なり、ゐて奉(たてまつ)ら/ん/と、一条(いちでう)-殿(どの)に聞(き)こえさせ給(たま)へれ/ば、いと嬉(うれ)しき\事(こと)/なり/とて、にはかに御まうけ-し、急(いそ)が/せ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)の御乳母(めのと)-共(ども)/に/は、上(うへ)の御(お)-前(まへ)見(み)えさせ給(たま)は/ね/ば、上(うへ)の御車(くるま)に宮(みや)をば乗せ奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、御乳母(めのと)-達(たち)・事(こと)-女房(にようばう)車(くるま)一りやう/して、\唯(ただ)/の\人々(ひとびと)大方(おほかた)の車(くるま)みつばかりにて渡(わた)ら/せ給(たま)ふ。
尼上(あまうへ)、いみじうしつらひ/て、我(われ)もいみじく心懸想(こゝろげさう)-せ/させ\給(たま)ひ/て、待(ま)ち聞(き)こえさせ給(たま)ふ\程(ほど)/に、渡(わた)ら/せ給(たま)へり。上(うへ)の御(お)-前(まへ)抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)へり。見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へれ/ば、いみじう美(うつく)し-げ/にて、\唯(ただ)\笑(わら)ひ/に笑(わら)は/せ給(たま)ふ。あな美(うつく)し。これを抱(いだ)き奉(たてまつ)らばやと思(おも)へ/ども、泣きやせさせ給(たま)は/ん/と、煩(わづら)はしくてと宣(のたま)はすれ/ば、など/て/か、\よも泣かせ給(たま)は/じ/とて、おはしませと申(まう)さ/せ給(たま)へ/ば、\唯(ただ)\かかりにかから
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/せ\給(たま)へ/ば、あな嬉(うれ)しやとて抱(いだ)き奉(たてまつ)らせ給(たま)ひ/て、いみじう慈(うつく)しみ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。猶(なほ)命(いのち)は長く侍(はべ)るべきにこそあめれ。此(こ)/の宮(みや)の抱(いだ)か/れ給(たま)ふ。ちごの抱(いだ)か/れぬはいむとこそきゝ侍(はべ)れ。いかで、此(こ)/の\御かたがたの皆(みな)斯(か)かるわざし給(たま)は/ん/を、見\奉(たてまつ)りてとこそは思(おも)ひ給(たま)ふれ/ば/と。宣(のたま)はする/を、上(うへ)いとあはれと見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。
さて御乳母(めのと)-達(たち)いみじくいたはらせ給(たま)ふ。上(うへ)の御(お)-前(まへ)も心(こころ)のどか/に御物語(ものがたり)聞(き)こえさせ給(たま)ひ/て、又(また)の日ぞかへらせ給(たま)ふ。御贈(おく)り物(もの)/に、此(こ)/の年(とし)-頃(ごろ)誰(たれ)にも知らせ給(たま)はで持たせ給(たま)へ/り/ける\香壷(かうご)の筥(はこ)一双(ひとよろひ)に、古(いにしへ)のえ/も-いは/ぬ香(かう)ども/の今(いま)は名をだにも聞(き)こえ/ぬ/や、其(そ)/の折の薫物(たきもの)/など/のいみじども/の\かず/を\尽くさせ給(たま)へり。又(また)みちかぜ/が\本/など、いみじきものども/の銀(しろがね)・黄金(こがね)の筥(はこ)に入(い)れ/たる/など/を/ぞ\奉(たてまつ)らせ給(たま)へる。斯(か)かる女(をんな)-宮(みや)出(い)でおはしますとて置(お)きて侍(はべ)り/つる/なり/とて、さがし奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。御乳母(めのと)-達(たち)/に/は、皆(みな)さるべき様(さま)のさうぞく-ども、また絹(きぬ)など添(そ)へて賜(たま)はせ給(たま)ふ。\唯(ただ)/の\女房(にようばう)-たち/に/も、様々(さまざま)いみじくせさせ給(たま)へり。あか/ず/と\いかにこひしくと聞(き)こえさせ給(たま)ふ。かくてかへらせ給(たま)ひ/ぬれ/ば、一人(ひとり)ゑみして、こひしうおぼえさせ給(たま)ふ\まゝ/に/は、あひなき事(こと)、少将(せうしやう)やこなた/に/や/と、いとど美(うつく)しう思(おぼ)し召(め)しまはす/も、おこがましうぞ見(み)えさせ給(たま)ひ/けるとぞ侍(はべ)りし。