栄花物語詳解巻十


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〔栄花物語巻第十〕 日かげのかづら
寛弘八年六月十三日御譲位、十月十六日御即位(そくゐ)なり。さき<”は見(み)ねば知(し)らず。こたみはいみじうめでたし。御門(みかど)もいみじうねびとゝのぼり、雄々(をを)しうめでたくおはします。大(おほ)殿(との)などをなべてならずいみじうおはしますと見(み)奉(たてまつ)り思(おも)ふに、事(こと)限(かぎ)りありければ、御輿(こし)のしりに歩(あゆ)ませ給(たま)ひたるこそあぢきなき事(こと)なりけれ。さるは、御有様(ありさま)などは、なぞの御門(みかど)にか。かばかりめでたき御有様(ありさま)にこそと見(み)奉(たてまつ)り思(おも)ふに、口(くち)惜(を)しうこそ、まめやかには、そこらの上達部(かんだちめ)・殿上人(てんじやうびと)、御送りつかうまつり給(たま)ひて、御輿(こし)の捧(さゝ)げられ給(たま)へる程(ほど)ぞ、猶(なほ)限(かぎ)りなき十善(じふぜん)の王(わう)におはしますめれ。
かくて今(いま)は御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)など、公私(おほやけわたくし)の大(おほ)きなる事(こと)に思(おぼ)し騒(さわ)ぐに、折(をり)しもあれ、此(こ)の頃(ごろ)、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)悩(なや)ませ給(たま)ふと言(い)ふ事(こと)こそ出(い)で来たれば、世(よ)にいみじき事(こと)なり。常(つね)の御有様(ありさま)なれば、さりともけしうはおはしまさじなど思(おぼ)したゆめど、猶(なほ)おぼつかなしとて、殿(との)の御(お)前(まへ)参(まゐ)らせ給(たま)ひて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、いみじう苦(くる)しげなる御気色(けしき)におはしますを、いかに<
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と見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ程(ほど)に、歌(うた)をぞ放(はな)ちあげて歌(うた)はせ給(たま)ひける。珍(めづら)しき事(こと)ならねど、あないみじのわざやと見(み)えさせ給(たま)ふは、猶(なほ)御気色(けしき)なども例(れい)の御有様(ありさま)にはかはらせ給(たま)ふと、事(こと)に見(み)えさせ給(たま)へば、いとうたておぼえさせ給(たま)ふに、さすがに見知り奉(たてまつ)らせ給(たま)へるも、恐(おそ)ろしうて急(いそ)ぎ出(い)でさせ給(たま)ひぬ。
内(うち)に参(まゐ)らせ給(たま)ひて、おはしましつる事(こと)どもを申(まう)させ給(たま)ひて、猶(なほ)いかゞとこそ見(み)奉(たてまつ)り侍(はべ)りつれ。折しもいみじかるべき事(こと)かな。天下のだいじにこそ侍(はべ)らめと申(まう)させ給(たま)へば、とまれかうまれ。参(まゐ)りて見(み)奉(たてまつ)らであべき事(こと)にもあらず。よき日して、今日(けふ)明日(あす)の程(ほど)に行幸(ぎやうがう)あるべき由(よし)をおほせらるれば、大(おほ)殿(との)それげに候(さぶら)ふべき事(こと)なれど、すべて行幸(ぎやうがう)は思(おぼ)しかけ給(たま)ふべきにあらず。御もののけいと<恐(おそ)ろしう見奉(たてまつ)らせ給(たま)ふとも、御こころの例(れい)におはしまさばこそあらめなど申(まう)させ給(たま)ふにつけても、哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、打(う)ち泣かせ給(たま)ふも、いみじき理(ことわり)の御有様(ありさま)なり。かかりとて御(ご)禊(けい)の事(こと)ども思(おぼ)したゆまず。急(いそ)がせ給(たま)ふ。御(ご)禊(けい)の女御代(にようごだい)には、宣耀殿(せんえうでん)の出(い)でさせ給(たま)ふべき御定(さだ)めありて、急(いそ)がせ給(たま)ふ。
斯(か)かる程(ほど)に、十月廿四日。冷泉(れいぜい)の院(ゐん)失せさせ給(たま)ひぬ。哀(あは)れに悲(かな)しなど聞(き)こえさするも疎(おろ)かなり。内(うち)にいみじう思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。さべき宮(みや)たちも皆失せはてさせ給(たま)ひて、たゞ此(こ)の御門(みかど)のみこそはおはしますぞ。いみじうおはせん宮(みや)たちをば、何(なに)ゝかはせん。年(とし)頃(ごろ)もこそおはしましつれ。かく御位(くらゐ)に即(つ)かせ給(たま)ひてのちしも、かうおはしませ
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ば、御(ご)禊(けい)・大嘗会(だいじやうゑ)のをこたる方(かた)こそあれ、失せさせ給(たま)ひぬる。院(ゐん)の御かざりもいみじ。当代の御ためにもいと様々(さまざま)哀(あは)れに見(み)えさせ給(たま)ふ。さるは年(とし)頃(ごろ)は司召(つかさめし)に、まづ怪(あや)しき国(くに)をも院分と選(え)り奉(たてまつ)らせ給(たま)へれば我が御代(よ)にだに、いかでよきをとこそ思(おも)ひつれ、口(くち)惜(を)しく哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)さる。
此(こ)のだいじども明年にこそはあらめ。まづ御さうそうの事(こと)など、よろづに大(おほ)殿(との)のみぞをきてつかうまつらせ給(たま)ふ。内(うち)には我が御かはりと思(おぼ)し召(め)して、宮々(みやみや)に御送りせさせ給(たま)ふべうをきて申(まう)させ給(たま)ふも、いみじう哀(あは)れにめでたし。のち<の御事(こと)どもゝ、哀(あは)れにめでたくせさせ給(たま)ふべし。世(よ)の中(なか)皆諒闇になりぬ。殿上人(てんじやうびと)のつるばみのうへのきぬの有様(ありさま)なども、からすなどのやうに見(み)えてあはれなり。よろづもののはへなく、口(くち)惜(を)しとも疎(おろ)かなり。一てんがの者(もの)嘆(なげ)きにしたり。よろづ〔を〕しつくして今(いま)はになるきはに、斯(か)かる事(こと)の出(い)で来たるを、いといみじきせけんの大事なり。
はかなくて月日も過(す)ぎて、年号かはりて、あくる年(とし)長和元年と言(い)ふ。元三日の有様(ありさま)、たゞならましかば、いかにめでたからまし。たれこめて殿上にも出(い)でさせ給(たま)はずなどして、いと口(くち)惜(を)し。督(かん)の殿(との)は、うへの御つぼねにおはしませど、ひるはいま<しく思(おぼ)し召(め)されて渡(わた)らせ給(たま)はず。宮(みや)たちも参(まゐ)らせ給(たま)へる御有様(ありさま)。いと<めでたし。うへの女房(にようばう)達(たち)、様々(さまざま)の世(よ)の例(ためし)に引き出(い)で聞(き)こえさせて中(なか)頃(ごろ)となりては、かやうに宮(みや)たちおはします
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やうもなし。村上(むらかみ)のせんていこそ、宮(みや)たち多(おほ)くおはしましなどして、おかしう、女房(にようばう)も明(あ)け暮(く)れ用意(ようい)したりけれ。寛平御時なども、猶(なほ)おかしき事(こと)どもありけり。まづはやうぜい院(ゐん)の御(み)子(こ)たち、いみじうすきおかしうおはしまさひて、かく、
@くや<とまつゆふぐれと今(いま)はとてかへるあしたといづれまされる W082。
と言(い)ふ哥を、しりかよひ給(たま)ひける。所々(ところどころ)に遣(つか)はしたりければ、本院(ゐん)の侍従と言(い)ふ人(ひと)、かくぞ聞(き)こえたりける、
@ゆふぐれは頼(たの)むこころに慰(なぐさ)めつかへるあしたはけぬべきものを W083。
とか。これはあるがなかにおかしく思(おぼ)されけるなど、昔(むかし)ごとを言(い)ひ出(い)でつゝ、宮々(みやみや)の御有様(ありさま)を聞(き)こえあへり。猶(なほ)此(こ)の御(おん)中(なか)に、式部(しきぶ)卿(きやう)の宮(みや)は、心(こころ)異(こと)におはしますかしなど聞(き)こゆれば、さて中務(なかつかさ)の宮(みや)は悪(わろ)くやおはします。兵部(ひやうぶ)卿(きやう)の宮(みや)は美(うつく)しうおはしますなど、各(おのおの)思(おも)ひ<に聞(き)こえさするもおかし。督(かん)の殿(との)の女房(にようばう)、常(つね)よりも人目(ひとめ)繁(しげ)きここちして、例(れい)のやうにもえ聞(き)こえさせずぞあめる。
さて世(よ)の中(なか)には、今日(けふ)明日(あす)、后(きさき)立(た)たせ給(たま)ふべしとのみ言(い)ふは、督(かん)の殿(との)にや、また宣耀殿(せんえうでん)にやとも申すめり。斯(か)かる程(ほど)に、宣耀殿(せんえうでん)に、内(うち)より、
@はるがすみ野辺(のべ)にたつらんと思(おも)へどもおぼつかなさをへだてつるかな W084。
と聞(き)こえさせ給(たま)へれば、御かへし、
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@かすむめるそらの気色(けしき)はそれながら我が身一(ひと)つのあらずもあるかな W085。
と聞(き)こえさせ給(たま)へれば、あはれと思(おぼ)し召(め)さる。
中宮(ちゆうぐう)には、年(とし)さへへだゝりぬるを、つきせず哀(あは)れに思(おぼ)し召(め)されて、たゞ御行(おこな)ひにて過(す)ぐさせ給(たま)ふ。正月十五日、一条(いちでう)の院(ゐん)の御念仏に、殿(との)ばら皆参(まゐ)らせ給(たま)へり。月のいみじうすみのぼりて、めでたき事(こと)はてて、出(い)でさせ給(たま)ふとて、殿(との)〔ゝ〕御(お)前(まへ)、
@君(きみ)まさぬやどには月ぞ一人(ひとり)住む古(ふる)き宮人(みやびと)たちもとまらで W086。
と宣(のたま)はすれば、侍従中納言(ちゆうなごん)、
@こぞの今日(けふ)こよひの月を見し折にかからんものと思(おも)ひかけきや W087。
はかなくて司召(つかさめし)の程(ほど)にもなりぬれば、世(よ)には司召(つかさめし)とののしるにも、中宮(ちゆうぐう)世(よ)のなかを思(おぼ)しいづる御気色(けしき)なれば、藤式部(しきぶ)卿(きやう)、
@くものうへをくものよそにて思(おも)ひ遣(や)る月はかはらずあめのしたにて W088。
哀(あは)れにつきせぬ御事(こと)どもなりや。宮(みや)の御(お)前(まへ)かへすがへす思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ひて、大(おほ)殿(との)ごもりたる暁(あかつき)方(がた)の夢(ゆめ)に、院(ゐん)のほのかにみえさせ給(たま)ひければ、
@あふ事(こと)を今(いま)はなきねの夢(ゆめ)ならでいつかは君(きみ)をまたは見るべき W089。
とて、いとど御涙(なみだ)せきあへさせ給(たま)はず。
内(うち)には、督(かん)の殿(との)の后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ふべき御事(こと)を、殿(との)に度々(たびたび)聞(き)こえさせ給(たま)へれど、年(とし)頃(ごろ)にもならせ給(たま)ひぬ。宮(みや)たち数多(あまた)おはします。
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宣耀殿(せんえうでん)こそ、まづさやうにはおはしまさめ。内侍(ないし)のかみの御事(こと)は、自(おの)づからこころのどかになど奏(そう)せさせ給(たま)へば、いとけうなき御こころなり。此(こ)の世をふさはしからず思(おも)ひ給(たま)へるなりなど、ゑじ宣(のたま)はすれば、さばよき日してこそは宣旨(せんじ)もくださせ給(たま)ふべかなれと奏(そう)して、出(い)でさせ給(たま)ひて、にはかに此(こ)の御事(こと)どもの御用意(ようい)あり。何事(なにごと)もそれに障(さは)り、日などのべさせ給(たま)ふべき。御世(よ)の有様(ありさま)ならねば、二月十四日后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ふとて、中宮(ちゆうぐう)と〔き〕こえさす。急(いそ)ぎ立(た)たせ給(たま)ひぬ。
其(そ)の日になりぬれば、常(つね)の事(こと)ながらも、いみじくやむごとなくめでたし。年(とし)頃(ごろ)の女房(にようばう)達(たち)、上中下の程(ほど)などの、わきがたう思(おも)ひ<なりつる程(ほど)、ねたがりつる人々(ひとびと)など、今日(けふ)のきざみに恥(は)づかしげなる事(こと)ども多(おほ)かり。何事(なにごと)もこころ苦(ぐる)しげに、内(うち)<なづましげなりつる人(ひと)も、事(こと)限(かぎ)りありければ、織物(おりもの)のからぎぬを着、年(とし)頃(ごろ)したりがほなりつる人(ひと)も、にはかにひらぎぬなどにて、いとこころやましげに思(おも)ひたるもおかしきに、さはいへど、大(おほ)宰相(さいしやう)の君(きみ)など言(い)ふ人(ひと)、をば、おとどなど言(い)ひつけ給(たま)ひ、をよびをさし言(い)ひつれど、いとけざやかにえもいはぬ。えびぞめの織物(おりもの)のからぎぬなどを着て候(さぶら)ふに、何(なに)くれの人(ひと)も、こころにくゝ思(おも)はれ、われはと思(おも)ひたりつるも、さしもあらずなど、しな<”わき給(たま)へる程(ほど)など、げに公(おほやけ)とならせ給(たま)ひぬるは、事(こと)なるわざなりけり。こころには誰(たれ)も安(やす)からず言(い)ひ思(おも)へど、ともかくもえ啓(けい)せで、こころの内(うち)にのみ
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むせ渡(わた)る程(ほど)も苦(くる)しげなり。又(また)さべき五位(ごゐ)のむすめなどのはぢなき程(ほど)なりつるを、蔵人(くらんど)などにて、おもの参(まゐ)らする。まかなひ・とり次(つぎ)などして、うたてゆゝしき事(こと)どもを、言(い)ひ思(おも)へど、つれなくもてなしたるもいとおしげなり。
宮(みや)の御(お)前(まへ)しろき御よそひにて、大床子に御ぐしあげておはしまし、御丁のそばのしゝ・こまいぬのかほつきも、恐(おそ)ろしげなり。御(お)前(まへ)の御ぐしあげさせ給(たま)へる程(ほど)は、いとこそめでたうおはしましける。もとより御をもやうのふくらかにおかしげにおはしますものから、世にめでたくおはしましける。猶(なほ)さるべうおはしますなりけりとこそは、見(み)奉(たてまつ)りけれ。御年(とし)十九ばかりにぞおはしましける。参(まゐ)らせ給(たま)ひて、三四年ばかりにぞならせ給(たま)ひぬらんかしとぞ。推(お)し量(はか)りまうす人々(ひとびと)あり。大宮(おほみや)は十二にて参(まゐ)らせ給(たま)ひて、十三にてこそ后(きさき)にゐさせ給(たま)ひけれ。されど此(こ)の御(お)前(まへ)は、少(すこ)しをとなびさせ給(たま)ひにけり。御(お)前(まへ)に火たきやすゑ、陣屋(ぢんや)つくり、吉上のことごとしげに、言(い)ひ思(おも)ひたるけしきより、事(こと)おこりて、侍(さぶらひ)のちやうどもなさせ給(たま)ひ、様々(さまざま)こと<”しげに見(み)えたり。やがて大饗いとどうせさせ給(たま)ふべし。大夫には大(おほ)殿(との)の御はらからのよろづのあにぎみの大納言(だいなごん)なり給(たま)ふ。大方(おほかた)宮司(みやづかさ)などみなえりなさせ給(たま)ふ。かくて、いとめでたう二(ふた)所(ところ)さしつゞきておはしますを、世(よ)の例(ためし)に、めづらかなる事(こと)に聞(き)こえさす。
内(うち)には今(いま)は、宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)の御事(こと)を、いかでかと思(おぼ)し召(め)せど、すがやかに殿(との)には申(まう)させ給(たま)はぬ程(ほど)に、
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宣耀殿(せんえうでん)には何(なに)とも思(おぼ)し召(め)したらぬ程(ほど)に、大方(おほかた)の女房(にようばう)のえん<につきて、里人(さとびと)の思(おも)ひのまゝにものを言(い)ひ思(おも)ふは、いかに<御(お)前(まへ)に思(おぼ)しおはしますらん。あさましき世(よ)の中(なか)に侍(はべ)りや。これはさべき事(こと)かはなど、いとさかしがほにとぶらひ参(まゐ)らする人々(ひとびと)などあるを、此(こ)のふみをもまた、かうなん、それかれは申しつるなどかたり申す人(ひと)を、女御(にようご)殿(どの)はなどかかうむつかしう言(い)ふらん。たとひ言(い)ふ人(ひと)ありともかたらでもあれかし。こころにはよろづ思(おも)ひ絶えて、今(いま)はたゞ、のちの世(よ)の有様(ありさま)のみこそ、わりなけれなど、ものまめやかにおほせらるれば、さこそあれ、御こころのひがませ給(たま)へれば、もののあはれ・有様(ありさま)をも知らせ給(たま)はぬと、さかしう聞(き)こえさせける。
斯(か)かる程(ほど)に、大(おほ)殿(との)の御こころ、何事(なにごと)もあさましきまで、人(ひと)のこころの内(うち)をくませ給(たま)ふにより、内(うち)にしば<参(まゐ)らせ給(たま)ひて、ここらの宮(みや)たちのおはしますに、宣耀殿(せんえうでん)のかくておはします、いとふびんなる事(こと)に侍(はべ)り。はやう此(こ)の御事(こと)をこそせさせ給(たま)はめと奏せさせ給(たま)へば、うへこころにもさはおもふを、此(こ)のてんじやうの男(をのこ)どもの、昔(むかし)物語(ものがたり)など各(おのおの)言(い)ふを聞(き)けば、内舎人(うどねり)などのむすめも昔(むかし)は后(きさき)に居(ゐ)けり。今(いま)も中(なか)頃(ごろ)も、納言のむすめの后(きさき)に居(ゐ)たるなんなきと言(い)ふをば、いかゞはすべからんとこそ聞(き)けと宣(のたま)はすれば、ひが事(こと)に候ふなり。いかでか。さらば、故大将(だいしやう)をこそは、贈大臣の宣旨(せんじ)をくださせ給(たま)はめと奏せさせ給(たま)へば、
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さらばさべきやうに行(おこな)ひ給(たま)ふべしと宣(のたま)はすれば、うけ給(たま)はらせ給(たま)ひて、官(つかさ)におほせごと給(たま)はす。さべきかみごとあらん。日を放(はな)ちて、よろしき日して、小一条(こいちでう)の大将(だいしやう)それがしの朝臣(あそん)、ぞう太政(だいじやう)大臣(だいじん)になして、彼のはかに宣命読むべしと宣(のたま)はす。べんうけ給(たま)ひぬ。
四月にさべき所々(ところどころ)の祭(まつり)はてゝ、よき日して、彼の大将(だいしやう)の御はかにちよくしくだりて、やがて修理(しゆり)の大〔夫〕そひてものすべくあれば、彼の君(きみ)も出(い)で立(た)ち参(まゐ)り給(たま)ふ。よき御(おん)子(こ)持(も)給(たま)ひて、故大将(だいしやう)のかくさかゆき給(たま)ふをぞ、世(よ)の人(ひと)めでたき事(こと)に申しける。彼の御いもうとの宣耀殿(せんえうでん)の女御(にようご)、村上(むらかみ)のせんていの、いみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひければ、女御(にようご)にてやみ給(たま)ひにき、男(をとこ)宮(みや)一人(ひとり)産(う)み給(たま)へりしかども、其(そ)の宮(みや)かしこき御(おん)中(なか)より出(い)で給(たま)へるとも見(み)え給(たま)はず、いみじきしれものにてやませ給(たま)ひにける、其(そ)の小一条(こいちでう)の大臣(おとど)の御むまごにて、此(こ)の宮(みや)のかうおはします事(こと)、世にめでたき事(こと)に申し思(おも)へり。
さて四月廿八日后(きさき)に居(ゐ)させ給(たま)ひぬ。くわうごうぐうと聞(き)こえさす。大夫などにはのぞむ人(ひと)も事(こと)になきにや。さやうのけしきや聞(き)こし召(め)しけん、故関白(くわんばく)殿(どの)のいづもの中納言(ちゆうなごん)なり給(たま)ひぬ。宮司(みやづかさ)などきをひのぞむ人(ひと)なく、ものはなやかになどこそなけれ、よろづたゞ同(おな)じ事(こと)なり。これにつけてもあなめでたや、女の御さいはひの例(ためし)には、此(こ)の宮(みや)をこそし奉(たてまつ)らめなど、きゝにくきまで世(よ)には申〔す。〕まづは大(おほ)殿(との)も誠(まこと)にいみじかりけ〔る〕人(ひと)の御有様(ありさま)なり。女(をんな)の御さいはひのもとには、此(こ)の宮(みや)をなんし奉(たてまつ)る
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べきおやなどにもをくれ給(たま)ひて、我が御身一(ひと)つにて、年(とし)頃(ごろ)になり給(たま)ひぬるに、又(また)けしからずびんなき事(こと)し出(い)で給(たま)はず。まづはここら多(おほ)くおはする宮(みや)たちの御(おん)中(なか)に、しれものの交(ま)じらぬにてきはめつかし。いみじき村上(むらかみ)のせんていと申(まう)ししかど、彼の大将(だいしやう)のいもうとの宣耀殿(せんえうでん)の女御の産(う)み給(たま)へりし。八の宮(みや)こそは、世(よ)のしれもののいみじき例(ためし)よ。それに此(こ)の宮(みや)たち五六人(にん)おはするに、すべてしれかたくなしきがなきなりなどこそは、申(まう)させ給(たま)ふ。まいて世(よ)の人(ひと)はきゝにくきまでぞ申しける。今(いま)は小一条(こいちでう)いかで造(つく)り立(た)てんと思(おぼ)し召(め)す。御門(みかど)も今(いま)は御本意(ほい)遂げたる御(おん)心地(ここち)せさせ給らんかし。
かくよろづにめでたき御有様(ありさま)なれども、皇后宮(くわうごうぐう)には、たゞおぼつかなさをのみこそは、尽きせぬ事(こと)に思(おぼ)し召(め)すらめ。同(おな)じ御こころにや思(おぼ)し召(め)しけん、内(うち)より、
@うちはへておぼつかなさを世と共(ゝも)におぼめぐ身ともなりぬべき哉 W090
と有御かへしに、
@露(つゆ)ばかりあはれを知らん人(ひと)もがなおぼつかなさをさてもいかにと W091。
よろづの中にも、姫宮(ひめみや)の御ゆかしさをぞ思(おぼ)し召(め)しける。大宮(おほみや)には院(ゐん)の御ぶくなども果てにたれば、尽きせずのみ思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふ。東宮(とうぐう)の美(うつく)しうをよずけさせ給(たま)ふを、明(あ)け暮(く)れ見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)はぬも、哀(あは)れに口(くち)惜(を)しう思(おぼ)さるゝに、三の宮(みや)のいみじう
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美(うつく)しう。紛(まぎ)れ歩(あり)かせ給(たま)ふにぞ、少(すこ)し思(おぼ)し慰(なぐさ)めける。
はかなく秋(あき)は過(す)ぎて冬(ふゆ)にもなりぬれば、内(うち)辺(わた)りは中宮(ちゆうぐう)の御方(かた)の更衣(ころもがへ)などの有様(ありさま)も、ものけざやかに、月日の行(ゆ)きかふ程(ほど)も知(し)られて、めでたかりける。ただ睦月(むつき)の大嘗会(だいじやうゑ)。御はらいなど、いみじう世(よ)に急(いそ)ぎたちにたり。内(うち)にも、御服立(た)ちぬる月に脱(ぬ)がせ給(たま)ひて、冷泉(れいぜい)の院(ゐん)の御はてもせさせ給(たま)ひて、今(いま)は此(こ)の事(こと)をいみじき事(こと)にののしらせ給(たま)ふ。女御代(にようごだい)には、大(おほ)殿(との)の内侍(ないし)の督(かん)の殿(との)出(い)でさせ給(たま)ふ。女御代(にようごだい)の御車(くるま)廿りやうぞあるを、まづ大宮(おほみや)より三(み)つ、中宮(ちゆうぐう)より三(み)つ、車(くるま)より始(はじ)めて、いといみじうののしらせ給(たま)ふ。こたみのもの見には、此(こ)の宮々(みやみや)の御車(くるま)なん。あべきとののしれば、いつしかと人(ひと)待(ま)ち思(おも)へるに、今(いま)は其(そ)の日になりて、女御代(にようごだい)の御車(くるま)のしざまより始(はじ)め、あさましきまでせさせ給(たま)へり。其(そ)の車(くるま)の有様(ありさま)いへば疎(おろ)かなり。あるはやかたをつくりて、ひはだぶき、あるはもろこしのふねのかたをつくりて、乗人(のりびと)のはへなりより始(はじ)めて、それにやぞあはせたり。そでにはをきぐちにてまきゑをしたり。山(やま)をたゝみ、海(うみ)をたたへ、筋(すぢ)をやり、すべて。大方(おほかた)ひきわたしていく程(ほど)、目も耀(かかや)きてえも見わかずなりにしが、車(くるま)一(ひと)つがきぬのかずすべて。十五ぞ着たる。あるはからにしきなどをぞ着せさせ給(たま)へる。此(こ)の世界(せかい)の事(こと)ゝもみえず、照りみちて渡(わた)る程(ほど)の有様(ありさま)、推(お)し量(はか)るべし。殿(との)ばら・君達(きんだち)のむま・車(くるま)、ゆみ・やなぐひまでの有様(ありさま)こそ、世(よ)にめづらかに、まだ見聞(き)こえ
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ぬ事(こと)ゞもなりけれ。過(す)ぎにし方はいはじ、今(いま)行末(ゆくすゑ)もいかで斯(か)かる事(こと)はと見(み)えたり。
冬(ふゆ)の日もはかなく暮れて、大嘗会(だいじやうゑ)の急(いそ)ぎせさせ給(たま)ふ。されど其(そ)の日(ひ)はたゞ麗(うるは)しうぞある。〔歌(うた)ども〕、悠紀の方(かた)は、大中臣能宣(よしのぶ)が子の、祭主輔親(すけちか)つかうまつる。主基の方(かた)は、前加賀守源兼澄(かねずみ)なり。此(こ)の人々(ひとびと)、輔親(すけちか)は能宣(よしのぶ)が子なればと思(おぼ)し召(め)したり。兼澄(かねずみ)は公忠のべんの筋(すぢ)なりなど思(おぼ)し召(め)して、歌(うた)の方(かた)にさもあるべき人(ひと)どもを、あてさせ給(たま)へるなるべし。
悠紀の方(かた)の稲舂歌(いねつきうた)、坂田(さかた)の郡(こほり)、輔親(すけちか)、
@山(やま)のごと坂田(さかた)の稲(いね)を抜(ぬ)き積(つ)みて君(きみ)が千歳(ちとせ)の初穂(はつほ)にぞ舂(つ)く W092。
御かぐらのうた、同(おな)じ人(ひと)、
@大八洲(おほやしま)国(くに)しろしめす始(はじ)めより八百万代(やほよろづよ)の神(かみ)ぞ護(まも)れる W093。
参(まゐ)り音声、高御座山(たかみくらやま)、
@万代(よろづよ)は高御座山(たかみくらやま)動(うご)きなきときはかきはに仰(あふ)ぐべきかな W094。
楽の破のうた、しきち、
@大宮(おほみや)のしきちぞいとど栄(さか)えぬる八重(やへ)のく磨(みが)き造(つく)り重(かさ)ねて W095
楽の急(いそ)ぎの歌(うた)、かな山(やま)、
@かな山(やま)にかたく根(ね)ざせる常盤(ときは)木の数(かず)に生(お)います国(くに)の富草(とみぐさ) W096。
まかで音声、野州川(やすがは)、
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@すべらぎの御代(みよ)をまちでゝ水(みづ)澄(す)める野州(やす)の川波(かはなみ)のどけかるらし W097。
又(また)次(つぎ)の日の参入音声、長等(ながら)の山(やま)、
@天地(あめつち)の共(とも)に久(ひさ)しき名(な)によりて長等(ながら)の山(やま)の長(なが)き御代(みよ)かな W098。
楽の破の歌(うた)、吉水(よしみづ)、
@吉水(よしみづ)のよき事(こと)多(おほ)く積(つ)めるかなおほくら山(やま)の程(ほど)はるかにて W099。
楽の急(きふ)の歌(うた)、
@ゆふしでの日蔭(ひかげ)の蔓(かづら)よりかけて豊(とよ)の明(あかり)のおもしろきかな W100。
退出(まかで)音声、安良(やすら)の里(さと)、
△△諸人(もろびと)の願(ねが)ふ心(こゝろ)の近江(あふみ)なる安良(やすら)の里(さと)の安(やす)らけくして W101。
主基の方(かた)稲舂歌(いなつきうた)、おほくら山(やま)、兼澄(かねずみ)、
@二葉(ふたば)よりおほくら山(やま)に運(はこ)ぶ稲(いね)年(とし)は積(つ)むとも尽(つ)くる世(よ)もあらじ W102。
御かぐらうた、ながむら山(やま)、
@君(きみ)が御代(みよ)ながむら山(やま)の榊葉(さかきば)を八十氏人(やそうぢびと)のかざしにはせん W103。
辰(たつ)の日の楽(がく)の破の歌(うた)、玉松山(たままつやま)、
@天(あま)つ空(そら)朝(あした)に晴(は)るゝ始(はじ)めには玉松山(たままつやま)の影(かげ)さへぞ添(そ)ふ W104。
同(おな)じ日の楽(がく)の急(きふ)の歌(うた)、いなふさ山(やま)、
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@年(とし)つくり楽(たの)しかるべき御代(みよ)なればいなぶさ山(やま)の豊(ゆたか)なりける W105。
同(おな)じ日参(まゐ)り音声、小石山(さゞれいしやま)、
@数知(かずし)らぬ小石山(さゞれいしやま)今年(ことし)より巌(いはほ)とならん程(ほど)は幾世(いくよ)ぞ W106。
同(おな)じ日のまかで音声、千歳(ちとせ)山(やま)、
@動(うご)きなき千歳(ちとせ)の山(やま)にいとどしく万代(よろづよ)そふる声(こゑ)のするかな W107。
巳(み)の日の楽(がく)の破(は)、とみつき山(やま)、
@君(きみ)が代(よ)はとみつき山(やま)の次(つぎ)<にさかへぞまさんよろづよまでに W108。
同(おな)じ日のがくの急(きふ)のうた、ながむら山(やま)、
@よろづよをながむら山(やま)のながらへてつきず運(はこ)ばんみつぎものかな W109。
同(おな)じ日の参(まゐ)り音声、とみのをがは、
@あめのしたとみのをがはのすゑなればいづれのあきかうるはざるべき W110。
同(おな)じ日のまかで音声、ちぢがは、
@にごりなくみえ渡(わた)るかなちぢがはの始(はじ)めてすめるとよのあかりに W111。
此(こ)の同(おな)じ折の御屏風(びやうぶ)のうたなどあれど、同(おな)じ筋(すぢ)の事(こと)なれば。かかず。こぞよりしていみじくののしりつる事(こと)どもゝはてゝ、内(うち)にはこころのどかに思(おぼ)し召(め)さるゝにも、麗景殿(れいけいでん)・淑景舎などのおはせましかばと思(おぼ)し出(い)でさせ給(たま)ふ。
かくて中宮(ちゆうぐう)いかなる
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にか、例(れい)ならず悩(なや)ましう思(おぼ)されけり。殿(との)の御(お)前(まへ)思(おぼ)し嘆(なげ)かせ給(たま)ふに、例せさせ給(たま)ふ事(こと)、立(た)ちぬる月、此(こ)の月、さもあらで過(す)ぎぬ。いかなるにかと、人々(ひとびと)おぼつかなくのみ聞(き)こえさするに、ものなどつゆ聞(き)こし召(め)さぬは、たゞならぬ御(おん)心地(ここち)にやと思(おぼ)し召(め)すに、御乳母(めのと)の典侍(ないしのすけ)、怪(あや)しう、立(た)ちぬる月、おぼつかなくて止(や)ませ給(たま)ひにし、事(こと)などのおはしますにやと申し給(たま)ふ。誠(まこと)にたゞならぬ御けしきにおはします。殿(との)の御(お)前(まへ)にも、内(うち)にも、いと嬉(うれ)しき事(こと)に思(おぼ)し召(め)して、殿(との)の御(お)前(まへ)何(なに)か、もの聞(き)こし召(め)さずともおはしましぬべき御(おん)心地(ここち)なりとて、よき日して様々(さまざま)の御祈(いの)りども始(はじ)めさせ給(たま)ふ。
師走(しはす)にもなりぬ。世(よ)の中(なか)こころあはただしう、内(うち)より始(はじ)め、宮々(みやみや)の御仏名にも、例(れい)の仏名経など誦ずる声(こゑ)もおかしきに、「降(ふ)る白雪(しらゆき)と共(とも)に消(き)えなんなどもあはれなり。はかなく暮れぬれば、朔日(ついたち)には元日のてうはいより始(はじ)め、様々(さまざま)にめでたし。殿上の方(かた)には、しんどりと言(い)ひていとまさなうこちたきけはひども聞(き)こえたり。朔日(ついたち)より始(はじ)め、事(こと)どもいみじうしげゝれば、様々(さまざま)いはひごとどもにて暮れぬべし。
正月にぞ宮(みや)の御(お)前(まへ)出(い)で〔さ〕せ給(たま)ふべき。其(そ)の日、女房(にようばう)のなりなど、あざやかにせさせ給(たま)ふ。さて其(そ)の夜になりぬれば、儀式(ぎしき)有様(ありさま)など思(おも)ひ遣(や)るべし。常(つね)の行啓せさせ給(たま)ふ、めでたしとありつれど、かうやは見(み)えさせ給(たま)ひつる。御輿(こし)の帷(かたびら)より始(はじ)めて、
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よろづいみじうさやかにめでたし。京極(きやうごく)殿(どの)は、かたふたがれば、えおはしまさで、東三条(とうさんでう)院(ゐん)に出(い)でさせ給(たま)ひぬれば、内(うち)にも御志(こころざし)いとあやにくなるまで、おぼつかなくぞ思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ふに、宮(みや)には殿(との)おはしまして、よき日して、大はんにや・くはんをんぎやう・やくしきやう・寿命経などの御読経、各(おのおの)ふだんにせさせ給(たま)ふ。法華経(ほけきやう)は始(はじ)めよりせさせ給(たま)へばなりけり。年(とし)頃(ごろ)山(やま)に籠りて、里(さと)へも出(い)でぬ。僧(そう)ども尋(たづ)ね召(め)し出(い)でて、此(こ)の御読経に、候(さぶら)はせ給(たま)ふ。公(おほやけ)よりは、長日の御すほう始(はじ)めさせ給(たま)ふ。様々(さまざま)の御祈(いの)りどもいみじ。
斯(か)かる程(ほど)に、殿(との)の高松(たかまつ)殿(どの)の二郎君、むまのかみにておはしつる、十七八ばかりにやとぞ、いかにおはしけるにか、よなかばかりに、よかはの聖(ひじり)の許(もと)におはして、われ法師(ほふし)になし給(たま)へ。年(とし)頃(ごろ)の本意(ほい)なりと宣(のたま)ひければ、ひじり、大(おほ)殿(との)のいとたうときものにせさせ給(たま)ふに、必(かなら)ず勘当(かんだう)侍(はべ)りなんと申してきかざりければ、いとこころぎたなきひじりのこころなりけり。殿(との)びんなしと宣(のたま)はせんにも、かばかりの身にては苦(くる)しうや覚(おぼ)えん。悪(わろ)くもありけるかな。こころになさずとも、かばかり思(おも)ひ立(た)ちてとまるべきならずと宣(のたま)はせければ、理(ことわり)なりと打(う)ち泣きて、なし奉(たてまつ)りにけり。聖(ひじり)の衣(ころも)取(と)り着(き)させ給(たま)ひて、直衣(なほし)・さしぬぎ・さるべき御衣(ぞ)など、皆ひじりに脱ぎ給(たま)はせて、綿(わた)の御衣(ぞ)一(ひと)つばかり奉(たてまつ)りて、山(やま)にむどうじと言(い)ふところに、夜の内(うち)におはしにけり。よかはのひじり、怪(あや)しき法師(ほふし)一人(ひとり)をぞそへ奉(たてまつ)りける。それを御とも
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にて登り給(たま)ひぬ。
此(こ)の大徳などや言(い)ひ散らしけん、日の出(い)づる程(ほど)に、此(こ)の殿(との)うせ給(たま)へりとて、大(おほ)殿(との)より多(おほ)くの人(ひと)をあがちて、もとめ奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、よかはのひじりのもとにて出家(しゆつけ)し給(たま)へると言(い)ふ事(こと)を聞(き)こし召(め)し〔て〕、哀(あは)れに悲(かな)しう、いみじと思(おぼ)し召(め)して、よかはのひじりを召(め)しに遣(つか)はしたるに、かしこまりて、とみにも参(まゐ)らず、いとあるまじき事(こと)なり。参(まゐ)れ<と度々(たびたび)召されて参(まゐ)りたれば、殿(との)の御(お)前(まへ)泣く<有様(ありさま)問(と)はせ給(たま)へば、ひじり申せしやう、宣(のたま)はせし様(さま)、かう<。いとふびんなる事(こと)をつかうまつりて、かしこまり申侍(はべ)ると申せば、などてかともかくも思(おも)はん。ひじりなさずとも、さばかり思(おも)ひたちては、とまるべき事(こと)ならず。いと若(わか)き心地(ここち)に、ここらの中(なか)を捨(す)てゝ、人(ひと)知れず思(おも)ひ立(た)ちける、あはれなりける事(こと)なりや。わがこころにもまさりてありけるかなとて、山(やま)へ急(いそ)ぎのぼらせ給(たま)ふ。高松(たかまつ)殿(どの)のうへは、すべてものもおぼえ給(たま)はず。
殿(との)おはしませば、いくその人々(ひとびと)かきをひ登り給(たま)ふ。いつしかおはしまし着きて、見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)へば、例(れい)の僧たちは、ひたいの程(ほど)けぢめ見(み)えでこそあれ、これはさもなくて、哀(あは)れに美(うつく)しう尊(たうと)げにておはす。猶(なほ)見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふに、御涙(なみだ)とどめさせ給(たま)はず。そこらの殿(との)ばら、いみじう哀(あは)れに見(み)奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。殿(との)の御(お)前(まへ)さてもいかに思(おも)ひ立(た)ちし事(こと)ぞ。何事(なにごと)のうかりしぞ。われをつらしとおもふ事(こと)やありし。官(つかさ)かうぶりのこころもとなくおぼえしか。又(また)いかでかと思(おも)ひかけし女(をんな)の事(こと)やありし。異事(ことごと)は知(し)ら
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ず。世(よ)にあらん限(かぎ)りは何事(なにごと)をか見捨てゝはあらんとおもふに、こころ憂く、かくはゝをもわれをも思(おも)はで、斯(か)かる事(こと)ゝ宣(のたま)ひつゞけて泣かせ給(たま)へば、いとこころ〔あ〕はただしげに思(おぼ)して、われも打(う)ち泣き給(たま)ひて、さらに何事(なにごと)をかおもふ給(たま)へん。ただ幼(をさな)く侍(はべ)りし折より、いかでと思(おも)ひ侍(はべ)りしに、さやうにも思(おぼ)しかけぬ事(こと)を、かくと申(まう)さんもいと恥(は)づかしう侍(はべ)りし程(ほど)に、かうまでしなさせ給(たま)ひにしかば、あれにもあらでありき侍(はべ)りしなり。誰(たれ)にも<、なか<かくてこそ、つかうまつるこころざしも侍(はべ)らめと申し給(たま)ふ。さてやがてそこにおはしますべき御こころをきて・あるべき事(こと)ども宣(のたま)はす。
宮々(みやみや)の御つかひなど、すべていともの騒(さわ)がし。殿(との)の御(お)前(まへ)、泣く<をりさせ給(たま)ひぬ。御さうぞく急(いそ)ぎして奉(たてまつ)らせ、様々(さまざま)のものども奉(たてまつ)らせたまひ、高松(たかまつ)殿(どの)のうへ、泣く<御衣(ぞ)の事(こと)急(いそ)がせ給(たま)ふ。殿(との)ばら・宮々(みやみや)の奉(たてまつ)らせ給(たま)ひつるは、きよらなりとて、皆てんだいの僧どもにくばらせ給(たま)ふ。高松(たかまつ)殿(どの)より奉(たてまつ)らせ給(たま)へる御衣(ぞ)をぞ、御料(れう)にはせさせ給(たま)ひける。いでや、今(いま)は布(ぬの)をこそとまでぞ思(おぼ)し召(め)しける。殿(との)よりも宮(みや)よりも、皆(みな)御具(ぐ)掟(おき)て奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。哀(あは)れにいみじうありがたき御出家(すけ)になん。
斯(か)かる程(ほど)に、皇后宮(くわうごうぐう)参(まゐ)らせ給(たま)へとあ〔れ〕ば、いかゞと覚(おぼ)しつゝませ給(たま)ふに、御こころの程(ほど)をや推(お)し量(はか)り聞(き)こえさせ給(たま)ひけん、殿(との)の御(お)前(まへ)、など皇后宮(くわうごうぐう)は参(まゐ)らせ給(たま)はぬにか。もろともに候(さぶら)はせ給(たま)はんこそ、よき事(こと)なるべければ、一所(ひとゝころ)おはしまさんは悪(あ)しき
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事(こと)なりと奏せさせ給(たま)へば、それにつけて、猶(なほ)疾く思(おぼ)したて、おとどもかやうになど、常(つね)に聞(き)こえさせ給(たま)へば、思(おぼ)し召(め)し立(た)ちて参(まゐ)らせ給(たま)ふ。御こしなどあたらしくせさせ給(たま)ひて、いとあるべき限(かぎ)りうるはしくしたてゝ参(まゐ)り給(たま)ふ程(ほど)も、一夜(ひとよ)の御まかでにこそ似ねど、儀式(ぎしき)有様(ありさま)は同(おな)じ事(こと)なり。姫宮(ひめみや)はいとげの御車(くるま)にぞ奉(たてまつ)りける。御こしには致仕の大納言(だいなごん)の御むすめ、大納言(だいなごん)の君(きみ)つかうまつり給(たま)へり。女房(にようばう)もより候(さぶら)ひしに、又(また)参(まゐ)りて、いと目安(やす)くこころにくき御有様(ありさま)なり。
男(をとこ)宮(みや)たち三(み)所(ところ)引(ひ)き連(つ)れさせ給(たま)ひつるに、四の宮(みや)は、御髪(ぐし)は膕(よをろ)過(す)ぎて脛(はぎ)ばかりなり。御かほつきなど、かばかりのわらはもがなと見(み)えさせ給(たま)ふ。それも御直衣(なほし)奉(たてまつ)りたる御有様(ありさま)など、さはいへど、いみじぎ殿(との)ばらの君達(きんだち)には似させ給(たま)はず。おはしましぬれば、年(とし)頃(ごろ)珍(めづら)しき御物語(ものがたり)共(ども)推(お)し量(はか)るべし。御(お)前(まへ)に火たき屋かきすへて、大床子などの程(ほど)のけはひ、うへの御(お)前(まへ)に御覧(ごらん)ずるも、かうてこそは見(み)奉(たてまつ)らんと思(おも)ひしか。みづからよりはかうては、おもふごとしたるこそ嬉(うれ)しけれなど、哀(あは)れにかたらひ聞(き)こえさせ給(たま)ふ。姫宮(ひめみや)の十二三ばかりにていと美(うつく)しうおはしますを、明(あ)け暮(く)れ見(み)奉(たてまつ)らぬ事(こと)を口(くち)惜(を)しう思(おぼ)し召(め)したり。
斯(か)かる程(ほど)に、大(おほ)殿(との)の左衛門(さゑもん)の督を女(むすめ)おはする殿(との)ばらけしきだち給(たま)へど、思(おぼ)し定(さだ)めぬ程(ほど)に、四条(しでう)大納言(だいなごん)の御女(むすめ)二(ふた)所(ところ)を、中姫君(なかひめぎみ)は、四条(しでう)宮に、産まれ給(たま)ひけるより、とり放(はな)ち聞(き)こえ給(たま)ひて、姫宮(ひめみや)とてかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。
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おほいぎみをぞ大納言(だいなごん)世(よ)になきものとかしづき聞(き)こえ給(たま)ふ。ばゝうへは、村上(むらかみ)のせんていの九の宮(みや)、まちおさの入道(にふだう)少将(せうしやう)たかみつの御女(むすめ)の御腹(はら)に、女宮のいみじうめでたしといはれ給(たま)ひしを、あはた殿(どの)取(と)り奉(たてまつ)りて、此(こ)の大納言(だいなごん)のむこどり給(たま)へりしなりければ、はゝうへさばかりものきよくおはします。されど年(とし)頃(ごろ)尼(あま)にておはしませば、大納言(だいなごん)殿(どの)はやまめのやうにておはすれど、ほかごゝろもおはせねば、たゞ此(こ)の姫君(ひめぎみ)をいみじきものに思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)へるに、此(こ)の左衛門(さゑもん)のぜうの君(きみ)をと思(おも)ひ聞(き)こえさせ給(たま)ひて、ほのめかし聞(き)こえ給(たま)ひけるに、こころにげなる御けしきなれば、思(おぼ)し立(た)ちて急(いそ)がせ給(たま)ふ。
内(うち)・東宮(とうぐう)などにこそ、斯(か)かる人(ひと)の御かしづきむすめは参り給ふ、例(れい)の事(こと)なれど、内(うち)には皇后宮(くわうごうぐう)、年(とし)頃(ごろ)宮々(みやみや)の御はゝにておはします。また中宮(ちゆうぐう)はたともかくも人(ひと)の申すべきにあらねば、筋(すぢ)なし。東宮(とうぐう)はた、三四ばかりにおはしまして、御あそびをのみしつゝ、ありかせ給(たま)ふに、内(うち)・春宮(とうぐう)放(はな)ちては、さばいかゞ。此(こ)の殿(との)の君たちの事(こと)のみこそは、人(ひと)のいみじき事(こと)は思(おも)ひためれと思(おぼ)し立(た)つ。げにと見(み)えたり。あべい事(こと)どもしたてさせ給(たま)ひて、四条(しでう)の宮(みや)の西(にし)の対(たい)にて、むこどり奉(たてまつ)らせ給(たま)ふ。寝殿(しんでん)にてと思(おぼ)せど、宮(みや)の御(お)前(まへ)などおはしましつきたれば、いまさらになど思(おぼ)し召(め)すなるべし。宮(みや)もろともに奉(たてまつ)らせ給(たま)ひて、むこどり奉(たてまつ)り給(たま)ひつ。姫君(ひめぎみ)十三四ばかりにて、御ぐしいとふさやかにて、御たけに足らぬ程(ほど)にて、
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すそなどいとめでたし。御(おほん)かほつきなど、いみじう美(うつく)しげにおはすれば、男君(をとこぎみ)おもふ様(さま)にいと嬉(うれ)しう思(おぼ)さる。よろづの事(こと)、おくぶかくこころにくき。御あたりの有様(ありさま)なれば、思(おも)ひ遣(や)るべし。
さて日頃(ひごろ)ありて、御露顕(ところあらはし)など、こころもとなからずせさせ給(たま)へり。宮(みや)もとよりいみじうものきよらかにおはしますに、此(こ)の頃(ごろ)の有様(ありさま)、する事(こと)どもを聞(き)こし召(め)しあはせて、殿(との)も宮(みや)も、聞(き)こえあはせ給(たま)ひつゝせさせ給(たま)へる事(こと)ども、いとなべてにあらず。大(おほ)殿(との)も、いと目安(やす)きわざなめり。彼の大納言(だいなごん)は、いと恥(は)づかしうものし給(たま)ふ人(ひと)なり。思(おも)ひのまゝにふるまひては、いとおしからんなど、常(つね)にいさめ聞(き)こえさせ給(たま)ふべし。日頃(ひごろ)ありて、御乳母(めのと)の、くらの命婦(みやうぶ)のもとに、はかなき御衣(ぞ)のおろしなどに、よろづあたらしき事(こと)どもなどそへさせ給(たま)へり。四条(しでう)の宮(みや)は、いかでわがあるとき、此(こ)の姫君(ひめぎみ)の事(こと)をともかうもとぞ、思(おぼ)されける。月日過(す)ぎもていきて、東三条(とうさんでう)殿(どの)には。中宮(ちゆうぐう)の御事(こと)誠(まこと)になりはてて、御(おん)心地(ここち)なども苦(くる)しう思(おぼ)されて、内(うち)の御つかひ日にふたゝびなど参り、はかなうあけくるゝにつけても、いつしかとのみ、いみじう疎(おろ)かならぬ御祈(いの)りどもなり。